<ヒノマル戦争・番外>温泉一泊二日ご招待
●
ヒノマル陸軍総帥、暴力坂乱暴。
同じく第六覚醒隊長、大黒トモカズ。
二人は白いハンドルコントローラーを持って二人でマ○カーしていた。
「あっバカヤロコノヤロ! 甲羅投げてくんじゃねえ!」
「フッフッフ、この世は弱肉強食なので――ああっ! キラー!」
楽しく遊んでる風な二人だが、これでもれっきとした会議中である。現に御牧という作戦参謀が書記に徹している。
「総帥、このまえ湯涌温泉が制圧されたじゃないですか」
「されたなあ。おーキノコキノコ」
「それで、なんかファイヴが温泉そのまま使わせて欲しいって言ってきたんですけど」
「は? なんで!?」
翌日。
中 恭介(nCL2000002)は経費の表を眺めながら電話を受けていた。
「温泉を使いたい? いいだろう、しかしイベント参加者のためだけに温泉旅館をひとつまるごと運営するとなるとコストがかかりすぎるな。人件費もばかにならな……ん? ヒノマル側がなんだって? は……特別費用を出す?」
●
でもって、こんなビデオレターが届いた。
暴力坂乱暴は和服を纏い、カメラに頭を下げた。
「ファイヴに所属するメンバー諸君、あけましておめでとう。
えー、挨拶はこのくらいにして本題を話そうと思うが……なんだテメェら、俺たちみてえな連中と戦わされてる割に摩耗したらしっぱなしらしいじゃあねえか。
ダメだろいうのは。一個働いたら一個遊ぶ。そうしねえと人間ダメになるぜ。
決戦前だっつーのにガリガリでやせ細ってちゃ戦いにならねえ。いっちょう温泉旅館をまるごと奢るからよ、湯に浸かって美味い飯食って、ついでに遊んで力つけろや。
じゃあな!」
ヒノマル陸軍総帥、暴力坂乱暴。
同じく第六覚醒隊長、大黒トモカズ。
二人は白いハンドルコントローラーを持って二人でマ○カーしていた。
「あっバカヤロコノヤロ! 甲羅投げてくんじゃねえ!」
「フッフッフ、この世は弱肉強食なので――ああっ! キラー!」
楽しく遊んでる風な二人だが、これでもれっきとした会議中である。現に御牧という作戦参謀が書記に徹している。
「総帥、このまえ湯涌温泉が制圧されたじゃないですか」
「されたなあ。おーキノコキノコ」
「それで、なんかファイヴが温泉そのまま使わせて欲しいって言ってきたんですけど」
「は? なんで!?」
翌日。
中 恭介(nCL2000002)は経費の表を眺めながら電話を受けていた。
「温泉を使いたい? いいだろう、しかしイベント参加者のためだけに温泉旅館をひとつまるごと運営するとなるとコストがかかりすぎるな。人件費もばかにならな……ん? ヒノマル側がなんだって? は……特別費用を出す?」
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でもって、こんなビデオレターが届いた。
暴力坂乱暴は和服を纏い、カメラに頭を下げた。
「ファイヴに所属するメンバー諸君、あけましておめでとう。
えー、挨拶はこのくらいにして本題を話そうと思うが……なんだテメェら、俺たちみてえな連中と戦わされてる割に摩耗したらしっぱなしらしいじゃあねえか。
ダメだろいうのは。一個働いたら一個遊ぶ。そうしねえと人間ダメになるぜ。
決戦前だっつーのにガリガリでやせ細ってちゃ戦いにならねえ。いっちょう温泉旅館をまるごと奢るからよ、湯に浸かって美味い飯食って、ついでに遊んで力つけろや。
じゃあな!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.温泉旅館で一泊二日する
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
ヒノマル陸軍第六覚醒隊が慰安費をあてて作った非営業温泉旅館を二日間だけ(タダで)稼働させてもらえることになったので、この際だからキッチリ遊んで命数を回復させましょう。
●旅館の内容
金沢市の湯涌温泉街にある、人工温泉による温泉旅館です。
大正時代のロマンあふれる建築様式をそのまま採用して新築されており、よくある温泉旅館そのまんまの作りになっています。
六覚隊が作戦後の宴会に使うためだけに作られたお遊び施設なので全く営業していませんが、今回だけ人を雇って営業することになりました。
・チェックイン(お昼過ぎ)
部屋は湯涌の庭園や温泉街を望む穏やかな雰囲気の畳み部屋です。
お夕食中に布団をしきにまり居ますので、夜は敷き布団でお休み頂けます。
・お風呂(夕方、日が暮れる前)
男女別の大浴場と露天風呂がございます。
露天風呂は緑豊かな自然に囲まれた落ち着いた雰囲気となっております。
ご希望の方には混浴の貸し切り温泉をご用意できますので、大切な時間をゆっくりとお過ごし頂けます。
・お夕食(夕方)
宴会場をご用意しておりますので、本格的な旅館板前の料理をお楽しみください。
(この宿には板前がいなかったので、別の旅館から今日だけつれてきました)
メニューはズワイガニの焼き物に大和芋の蒸しウニのせ、白子焼き、鯛のかぶと煮、ズワイガニの刺身に甘エビに茹でズワイガニとなっております。カニだらけです。
・ご朝食(翌朝)
宴会場にてバイキング形式となっております。
スクランブルエッグやフライドポテトなどオーソドックスなものから、煮物や焼き物といったものまで幅広くご用意しております。
主食にはパンやご飯は勿論おそばやうどんもございますので、お好きなものをお選びください。
朝食後はチェックアウトとなっております。
●暴力坂からのお年玉
今回、お前ら命数減りすぎだろブラック企業かよとドン引きした暴力坂が各部屋に人数分のお年玉を置いていきました。
具体的には命数が回復するアイテムです。こちらを参加者全員に配布します。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
36/50
36/50
公開日
2017年01月21日
2017年01月21日
■メイン参加者 36人■

●これもひとつの戦争風景
マイクロバスを降り、神城 アニス(CL2000023)はキャリーバッグを地面に置いた。
帽子のつばをあげ、全景を目に映す。
それは古めかしくも見事な大正建築の温泉旅館である。
宿泊施設でありながら旅館営業をしていない、いわゆる巨大な別荘ともいうべきここは、値段のつけようがない高級旅館の様相を呈していた。
「こんなにすごい旅館に泊まれるなんて。ですが、戦うための療養、ってことなんですよね……」
先にやってきたバスで到着していた葦原 赤貴(CL2001019)が、庭園側へ歩いて行く。つられてふらっと覗いてみると、うっすらと雪をかぶった見事な庭が広がっていた。
全ての樹木が縄と長い棒でくくられ、なんかクリスマスツリーみたくなっているが、これは『雪つり』という古くから伝わる樹木の保護技術である。雪で枝が折れないように縄でつっているのだ。
それがなんとも不思議な風情をかもしていて、赤貴もまたほうとけむる息をついた。
「ここに、一晩泊まるのか」
抑揚の薄いながら、どこかわくわくとした空気を、赤貴からは感じた。
金沢の湯涌(ゆわく)はその名の通り天然の湯が沸く土地である。
なんでも白鷺が温泉につかっていたのが由来だとかで、そこかしこに白鷺をモチーフにしたものが売られている。
かの加賀藩常用の湯であり万博では日本名泉として推薦されるなど、文化的にもゆかりの深い温泉街だ。
「うおー! 温泉だー! ひゃっはー!」
勢いよく飛び込んだ天楼院・聖華(CL2000348)がばっさばっさ泳ぎ始めるが、広々とした露天風呂ゆえたいして気にならない。
エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)やアニスも、ゆったりと岩に背をつけてくつろいでいた。
「営業していないのが信じられませんね」
「ほとんど、土地と建築技術の無駄遣いよね」
「でも、そのおかげでのんびりできてるんだよね」
四条・理央(CL2000070)は薄紅色にそまって頬をハンドタオルでそっとぬぐった。
彼女は彼女で、人前で諸肌を晒すのは恥ずかしいというタイプなのできっちりバスタオルを巻いているのだが、むしろその辺りを気にしない人の方が多いようで……。
「いやっほーい! 温泉宿ハピネース!」
すいーっと湯船を滑るように堪能する酒々井 数多(CL2000149)。
「この温泉って効能なあに? 美人度? やばいわ、数多ちゃんのかわいさで国が滅んじゃう」
いつもテンション高いなあこの人、と思って眺めていると、数多はふと遠い目をして空を見やった。
「いよいよ決戦、かあ。……とびっきりの私、見せなきゃね」
露天風呂の楽しみ方は数あれど、浮かべた木桶にとっくりを乗せて清酒をちびちびとやりながら浸かるスタイルは有名である。
身体を中と外から温め、心身共にうっとりとひたるさまは、暴力的なまでの夢心地だった。
「焼き肉やら、温泉やら……頂いてばかりですね」
手足をぐっと伸ばしてみる紅崎・誡女(CL2000750)。
かつての大戦で喪った声や血もだいぶ身体に巡るようになり、思えば声も随分と整ったように感じた。
とかやっていると、ばーんと引き戸が開け放たれた。
タオルを肩にかけた椿屋 ツバメ(CL2001351)である。
「やはり温泉といえば露天に限る。譲れんな!」
うーんと背伸びをするツバメに、胸のタオルを当てた西荻 つばめ(CL2001243)がちょこちょこと歩み寄った。
「椿屋さん、長い髪のままではいけませんわよ」
髪を結ってやって、タオルでくるむつばめ。
「おっと、すまんな。これで準備万端、いくぞつばめ!」
「ふふふ、露天風呂が大好きなんですのね」
二人して湯につかり、はあとため息を漏らす。
「そういえば椿屋さん、踊り手さんだそうですわね」
「そうだが、興味があるのか」
「日本舞踊と新体操を、少々」
「へえ、いいじゃないか」
「今度踊りを拝見してみたいものですわ」
二人はくすくすと笑いあった。
一方こちらは男湯側。
露天風呂でゆっくりと手足を伸ばす赤貴と奥州 一悟(CL2000076)。
「やっぱ広い風呂はいーよなー」
「湯船につかるだけでも、なかなか」
「あだっ、いつつ……」
後から入ってきた緒形 逝(CL2000156)が、生傷の多い身体で湯船に使った。
暫く傷に湯がしみて痛いようなそぶりを見せていたが、ふと動きを止めて傷口に触れた。
「おや? 思ったより痛くないさね。これが噂に聞く湯治ってやつかい?」
「違うと思うが」
「へえ、不思議なもんだ」
温泉はその含有成分によって異なるが、場合によっては傷の痛みを和らげたり、治癒を早める効果を持つ。
もとよりヒノマル陸軍第六覚醒隊が戦闘作戦にりょう命数減少を取り戻すために作られた施設ゆえ、なるほどの効能であった。
「これなら、長く浸かっていられそうだなあ……ふう」
そんな露天風呂へ、一足遅れてやってくる少年たちがいた。
「わーい、露天風呂だ! ひろーい!」
「ゴチんなりまーす!」
友達連れでやってきた鹿ノ島・遥(CL2000227)、工藤・奏空(CL2000955)、御影・きせき(CL2001110)、でもって柄司たちである。
「はー、筋肉がゆるむー。足が伸ばせる温泉ってほんと気持ちいいよなー」
「鎬次郎さんお背中流しまーす」
年相応にきゃっきゃとはしゃぐ成長期の少年たちであった。
「俺新しい必殺技思いついた。水面をこうやって薙いで水しぶきを起こして……ウォーターウィンド!」
「かっけー!」
「あっ、いいなあ、ぼくもや……らないもん! 高校生になるんだからね!」
きゃっきゃとはしゃぐ中高生であった。
●貸し切り温泉ダイジェスト
さて、この温泉旅館には混浴の貸し切り温泉が存在する。
通常営業を意識していないだけあって複数存在し、それぞれがこじんまりとした、静かで落ち着いた作りになっていた。
それゆえ、カップルで入ろうものなら……である。
折角だからこの温泉をリクエストした三つのカップルをここぞとばかりに注目していこう。
「いきなりで驚いたか?」
「予想はしてなかったというか水着は持ってきてないといいますか……えっとその……はは」
照れ笑いを浮かべて膝を抱える華神 悠乃(CL2000231)。
その横では、背筋をぴんと伸ばした天明 両慈(CL2000603)が整った胸板を晒していた。
性格ゆえか端正についた全身の筋肉。主張はせずともがっしりとした胸板から、しっかりとした腹筋。
腿やふくらはぎまでバランスのとれた、いわゆる男性モデル体型である。
なんか癖で一通り見てしまった悠乃は、ハッとして湯船に顔をつけた。
「どうした? 湯につかりすぎたか? 悠乃にはいつも身体を張って貰っているからな。礼といってはなんだが、背中を流そう」
「えっ」
「聞こえなかったのか? 背中を流すから、洗い場に上がろう」
立ち上がり、手を差し出す両慈。
湯船にタオルを浸すもんじゃあないっていうマナーを適切に守っているとはいえ。
なんだろうこの。
なんだこれ。
「おっと」
両慈が湯底に足を滑らせて、悠乃は慌てて腕を出した。
胸に頭を抱く形になりつつ。
苦笑する。
「もしかして、慌てさせて楽しんでませんか」
「……そう見えるか?」
うっすらと笑う両慈に、悠乃は目を背けた。
きっと部屋に戻ってもこの調子なのだろう。
夕方も、夜も、次の朝でさえも。
暫くは、心臓も落ち着きそうに無い。
「敵に塩ならぬ、温泉宿を送られるとはね……」
両手で湯をすくい上げ、顔にかぶる酒々井・千歳(CL2000407)。
「暴力坂乱暴、どういう心算なのやら」
鋭いまなざしで湯船に反射するオレンジ色のライトを見つめる水瀬 冬佳(CL2000762)。
なんだかすごく真面目な話をしているが、現在二人とも混浴の貸し切り温泉で肩をつけている最中である。
ふうと息をつき、岩に背を預けた。
「ああ、考えても仕方がありませんね」
「折角の機会だし、楽しまなきゃ」
千歳はごつごつとした岩に頭をあずけ、柵の間から覗く空を見た。
若い書生を思わせる千歳の体つきは、お世辞にも武術をたしなむ人間のものには見えない。ほっそりとしてどことなく骨張った指。そして透けるように白い肌。
正座をして筆をとるほうが、剣を握るよりずっと似合っているとすら思える。
「不思議な場所だね。ここまで作り込まれているのに、温泉宿じゃないなんて」
「軍の保養施設、ということになるんでしょうか」
すこし真面目な話に戻してみたが、それでも場は場である。
男と女が二人で湯につかり、手足を伸ばすさまである。
「豊かな自然に、暖かい温泉。極めつけには、最高の美女。こんなに幸せだと、誰かにさされそうだね」
振り向いて言う千歳に、冬佳は頬をぬぐうふりをして目を背けた。
「めいっぱい楽しんで帰ろうね、冬佳さん」
「折角……ですものね」
湯の中で手を重ねる。
頬の朱は、湯の熱さのせいにすればよい。
まずは永倉 祝(CL2000103)と鈴白 秋人(CL2000565)の関係について語らねばならない。
つい最近にプロポーズを果たした二人は、それからなんやかんやで色んな作戦に参加したりしなかったりしていたが、温泉旅行なんていういかにもなイベントは未だ経験していなかった。
故にこれが、プロポーズ後はじめての温泉旅行であり、はじめての混浴である。
混浴である。
混浴、である。
「そ、その……秋人さんがいいなら、いいよ?」
「うん……その、まあ、嬉しいかな」
受付で貸し切り温泉にチェックを入れる際、そんな初々しいやりとりがあったこともまた、語らねばなるまいて。
これから十年や二十年先になれば、このくらい普通のことになってしまうのやもしれないが。
何事も初々しきは尊きかな、である。
そうして、「い、行こうか?」「うん、温泉? うん」みたいな目を合わせない感じのほかほかした会話を経て温泉に入る二人である。
なんなら更衣室で服を脱ぐ際の情緒について触れてもいいが、これ怒られないかな。恐いからやめとこう。
「…………」
「…………」
二人して、黙って湯につかる。
沈黙はよくないかと思って何か喋っては、湯煙のごとく途切れ、そしてまた何か語っては途切れていく。
それが永遠に続くかのように、二人は肩を並べて語らった。
おそらくはきっと、これが適切な表現方法だろう。
湯煙のように、二人は語らった。
●コーヒー牛乳の空き瓶
温泉をほかほか堪能した宮神 羽琉(CL2001381)は、別々に入浴した男女や家族が合流するために用意されたような、ロビー隅のソファーに腰掛けていた。
女性と待ち合わせをするのだ。
日頃長い髪をふわふわさせて、どこかお嬢様めいたふわふわした服を好んで着る、まるで蜂蜜のお菓子みたいな女性である。
待ち合わせゆえ、普段の彼女を想像しながら目で探す。
「ごめん……ちょっと、待たせちゃったかな」
髪を結い上げ、薄い浴衣を纏った明石 ミュエル(CL2000172)がそこにいた。
色浴衣といって様々な柄模様の入った浴衣は、この日のためにと(板前同様)湯涌温泉街から貸し出されたものである。
薄紅色の花模様。
ほんのりほてった頬。
ドライヤーで乾かしたとはいえほんのりとしめった結い上げ髪。
「大丈夫ですよ。全然待ってません」
羽琉はわざと手元に視線を落として言った。
隣に腰掛けるミュエルから、蜂蜜のような香りがした。
さて、一旦視点を切り替えて。
ソファに腰掛けてスマートホンをいじる志賀 行成(CL2000352)と篠草・大地(CL2001266)。
なんか電波障害が解消されてからこういう風景増えたなあみたいな会話をしつつ、ほぐれた身体をリラックスさせていた。
そこへ。
「お待たせ男子共、湯上がり美人ですよ」
「さあ敬え」
不思議なポーズをとった麻弓 紡(CL2000623)と、それを後ろから押す如月・彩吹(CL2001525)が現われた。
「なんで自慢げやの」
お風呂セットを持ってあとからやってくる新堂・明日香(CL2001534)と鐡之蔵 禊(CL2000029)。
「ねえ聞いて聞いて、女湯にね、石鹸バーがあったんだよ! 色んな香りの石鹸を使えるの。リンゴとか、蜂蜜とか」
「ほぼ食べ物だな……」
「美味しそうな香りだったよー」
ほらほらといって腕を出してくる明日香である。
「これでね、背中を洗いっことかしたんだよ。男湯もそんな感じだった?」
「そんな感じだったら嫌やわ」
行成がすっくと立ち上がり、温泉セットを手に取る。
「そろそろ夕飯時だ。カニ料理だそうだな。行こうか」
「かにー!」
賑わう人々を目で追う羽琉。
ミュエルは彼の肩に頭を乗せて、すやすやと寝息を立てていた。
髪からかおる椿に、肌からかおる蜂蜜に。
羽琉はどこか特別な気持ちを感じながら、目の前の光景をぼうっと眺めていた。
「あっ、ごめん……重かった、よね」
目を覚まし、慌てて起き上がるミュエル。
羽琉は小さく首を振って、なんでもないように笑った。
「大丈夫ですよ。さ、ご飯に行きましょうか」
●カニを割ってはかぶりつき
「えー、制圧退去させられた身の上ながら温泉旅行にお招き頂きサンキューファイブ! お礼に一曲披露します、お楽しみください。六覚隊オールスター・ウィズ・暴力坂総帥で『逃げマルダンス ~逃げるは負けだがまた戦える~』」
しばし、ステージの上で逃げ恋ダンスを踊る暴力坂と愉快な仲間たちをご想像ください。
「カニ料理だー!」
いっぱい食べるぞーとか言いながらカニの殻をばきってやる禊。
カニカマ換算で五つ分くらいのぶっといカニの身が向きだしになり、禊はほどよく味付けされたその身へ大胆にかぶりついた。
「お値段気にしなくていいって、幸せ」
なんだか高そうなお酒をで弱で飲みつつ、彩吹は深く息をついた。
「へへ、ちょっと火をもらうねー」
カニの甲羅に酒をそそぎ、火で炙ってぐいっとやる紡。なんか素晴らしきアニメで見てからやる人増えたけど、これをやるにはカニ選びから始めないとなので結構上級者向けの飲み方やもしれぬ。
「大人になったら試してみたいかな……それにしても、カニっておいしいね。夢中になるよ」
明日香が蒸しウニをちまちまやりながら、カニづくしの和食にうっとりとしている。
ただ軽い場酔いをしているのか、どこかぽーっとした様子だった。
「飲ませてないよな?」
「まさか」
視線を交わして頷き会う行成と大地。
大地はなんかカニの身を割り箸で削り出すことにひたすら執念を燃やしているようで、行成は仕方が無いという風に酒をあおった。
「しかしこの旅館、石鹸バーにカニづくしとは色々やっとるようやな。商売人の血がさわぐわ」
「いや、商売ではやっていないがな……」
とはいえ、たかだか数人の保養目的でここまでの施設を確保するとは思えないので、ヒノマル陸軍というのもかなり巨大な規模をもつ組織なのだろう。
さておき。
「今は、カニだ」
行成は刺身を頬張り、清酒を手に取った。
プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が土下座していた。
いきなり何が起こったのかと困惑されるかもしれないので、ややカメラを引いてごらん頂きたい。
お膳のカニをぱきりと折る九条蓮華と、その正面で美しく土下座するプリンスという構図である。
蓮華はむき出しにしたぶっといカニの身をなまめかしく舐めたかと思うと、大胆に噛み千切る。
「サーッセンッシタァー! 二度もニアミスって、サーッサンシヤァー!」
「べ、別に謝って欲しいとかじゃないし。勘違いしないでよね」
「なにそれツンデレ?」
「腕を逆向きにへし折りたいだけなんだからね」
べきりとカニの腕をへし折る蓮華。
プリンスは額を畳みに叩き付けた。
「シャッシャアスアーッ!」
一方で、田場 義高(CL2001151)は酒を手酌しながらあぐらをかいていた。
「なんであいつは徐々に『スイマセンデシタ』が崩れていくんだ。べろんべろんに酔っ払ったからか?」
まあなんでもいいか、と言いながら酒をあおる。
どうやら酒飲みは少なくないようで、新田・成(CL2000538)と片科 狭霧(CL2001504)も互いに酒を酌み交わしていた。
「以前に依頼でご一緒した……片科君、でしたかな」
「……あら」
挨拶のつもりで酌をしたつもりが、横に座って語らうようになる。
「改めてご挨拶を。私は五麟大学で教授をやっている、新田と申します。袖すり合うも多生の縁、よろしければ一献いかがですかな?」
「片科 狭霧と申します。気が向いた時に組織のお手伝いをさせて頂いて
おりますわ。私が相手で宜しければ、喜んでご一緒致しましょう」
「ここに来る間によいものを見つけまして」
成はそう言って酒瓶を取り出した。
旅館のお膳に酒瓶持ち込むのは割とマナー違反だが、ここはいわゆる巨大な別荘みたなもんなのでセーフ、と考えて頂きたい。
「あら、能登の銘酒ですわね」
「おや片科さん、その辺明るいのですかな」
「いえ、教授ほどでは……」
なんてお酒に盛り上がる大人たちの一方で、子供たち(?)はカニに盛り上がっていた。
切裂 ジャック(CL2001403)と時任・千陽(CL2000014)である。
「川にいるやつのおっきいのだ! こいつ食べれたのか!」
「ああ、サワガニですね。こちらはズワイガニですので、ちょっと違いますが
まあ、そんなものですね」
「とととときちか、蟹が攻撃してくる……!!
「って、当たり前ですよ。甲殻類をなめないでください。これは甲殻を剥いて食べるものですから」
殻をまるごと囓ろうとするジャックを取り押さえて、千陽は身をえぐり出して皿に盛り始めた。
「おーい」
「……」
「おーい、ときちかー」
「……」
カニをむく千陽は真剣そのもので、話しかけても全くリアクションがなかった。
ので、頬をつついて遊んでみる。
ついでに、千陽のぶんのカニも食べてみる。
それに気づいた千陽が顔を上げ、ジャックはにっこりと笑った。
「……おや?」
「食べちゃった。あとこれ、代わりに食べて!」
ピーマンを子供っぽくのこしたジャックが突きだしてくるが、千陽はそれを突き返した。
「確か、食べれるようになったと聞き及んでいたのですが俺の気のせいでしたか? 君はただでさえ細いのだから、自分でたべてください!」
「苦いこやつを食えと! 鬼! 悪魔! 軍人!」
などと。
そんな風に過ごしているうちに、宴の席はすぎてゆく。
●月にかかる雲がいつもより綺麗にみえるのだ
夜通し騒ぐ大人たちの声は遠く、装飾の施された木枠の窓辺に蘇我島 恭司(CL2001015)と柳 燐花(CL2000695)は並んでいた。
向かい合わせの椅子。
うつらうつらとふねをこぐ燐花に、恭司は苦笑した。
氷の残ったグラスをテーブルにおいて、燐花を布団へと運んでいく。
薄目をあけ、まだ眠っていないとでも言いたげにする燐花。
「もっとお話していたいのに、眠る時間なんてひどいです」
「気持ちは嬉しいけど、夜更かしはお肌に悪いっていうよ、燐ちゃん」
寝かされ、布団をかけられる燐花。
対して恭司は、再び窓辺の椅子に腰掛けた。
「まだ、休まれないんですか?」
「うん……まだ、もうちょっとね」
グラスを手にする恭司に、燐花は不思議な表情をした。
「ご一緒したいのですが」
一緒に外を眺めていたいという意味で言った彼女に、恭司は苦笑だけで応える。
「ほら、無理はダメだよ。おやすみ燐ちゃん」
そばに寄ってきて、頭を撫でられる。
寝かしつけられる子供のようで、心地よく、ゆらゆらと意識が暖かいものに包まれていく。
「すきです……これ」
呟きを最後に、燐花は意識を夢の中へ沈めていった。
胸の中にある不思議な感情を抱いたまま、深く深く沈んでいく。
この感情は、なんて名前があるのだろう。
ただ。
明日に目を覚ましたとき、この人がそばにいたらいい。
そうとだけ思った。
眠る間際の呟きに、恭司の手は止まった。
「……はは」
眠る少女を起こしてはならぬと、小声で笑う恭司。
再び椅子に腰掛け、窓の外を眺めた。
ウィスキーの瓶はまだ半分。これを全て飲み干したら、自分も眠くなるだろうか。
酔いは随分回っている筈なのに、妙に目がさえて眠れない。
ふと、眠る燐花の顔を見た。
「いや、まさかね」
グラスに酒を注ぎ、椅子に背を預ける。
「……」
この感情は、そんな名前なんかじゃない。
ただ。
今窓から見える月を、もっと眺めていたい。
そうとだけ思った。
「見て! 五百円玉を入れる穴がある!」
「でかしたぞきせき!」
「ああああああああ五百円玉がない! なんでこういうときだけ無いんだよ!」
「ロビー両替を……くそっ、このためだってバレる! 一体どうすれば……!」
奏空、遥、きせきの三人はテレビの脇についたピンクチャンネルとかいう広告を手に苦悩の限りを尽くしていた。
そんな中、きせきがガマ口の中からそっと五百円玉を取り出した。
「きせき……!」
「うん、持ってたよ。これでテレビ見れるんだよね」
「えっ? うん、テレビテレビ。見れるからそれ入れてくれ、な!」
「わかった!」
きせきはコイン投入口に五百円玉を投げ込んだ。
神が光りあれと言ったその時に世界に光が生まれたように、真っ暗な画面にベッドと女性が映り込んだ。
――こういうの初めて?
『はい……』
――経験人数教えてくれる?
『えっと、15人です』
――じゃあ経験豊富なんだ。
『そういうわけじゃ』
照れ笑いする女性。
正座する奏空と遥。
首を傾げて体育座りするきせき。
――じゃあ、早速始めようか。
スッと立ち上がった女性は、気合いと共に覚醒。80台のババアへと変身すると身に纏っていた服をはじき飛ばした。
『かかってきなァ! ママの中に還してやるよォ! ホオオオオワァッ!』
ヌンチャクのように乳を振り回し、蟷螂の構えでベッドから飛びかかるババア。
咄嗟にテレビの電源を消す遥。
「…………」
「…………」
「あれ、どうして消しちゃうの? 続き見よ?」
「いいんだ。いいんだ……」
遥と奏空は、男の涙を流した。
夜は更けていく。
一日が終わっていく。
ヒノマル陸軍との決戦は、もう目の前まで迫っていた。
マイクロバスを降り、神城 アニス(CL2000023)はキャリーバッグを地面に置いた。
帽子のつばをあげ、全景を目に映す。
それは古めかしくも見事な大正建築の温泉旅館である。
宿泊施設でありながら旅館営業をしていない、いわゆる巨大な別荘ともいうべきここは、値段のつけようがない高級旅館の様相を呈していた。
「こんなにすごい旅館に泊まれるなんて。ですが、戦うための療養、ってことなんですよね……」
先にやってきたバスで到着していた葦原 赤貴(CL2001019)が、庭園側へ歩いて行く。つられてふらっと覗いてみると、うっすらと雪をかぶった見事な庭が広がっていた。
全ての樹木が縄と長い棒でくくられ、なんかクリスマスツリーみたくなっているが、これは『雪つり』という古くから伝わる樹木の保護技術である。雪で枝が折れないように縄でつっているのだ。
それがなんとも不思議な風情をかもしていて、赤貴もまたほうとけむる息をついた。
「ここに、一晩泊まるのか」
抑揚の薄いながら、どこかわくわくとした空気を、赤貴からは感じた。
金沢の湯涌(ゆわく)はその名の通り天然の湯が沸く土地である。
なんでも白鷺が温泉につかっていたのが由来だとかで、そこかしこに白鷺をモチーフにしたものが売られている。
かの加賀藩常用の湯であり万博では日本名泉として推薦されるなど、文化的にもゆかりの深い温泉街だ。
「うおー! 温泉だー! ひゃっはー!」
勢いよく飛び込んだ天楼院・聖華(CL2000348)がばっさばっさ泳ぎ始めるが、広々とした露天風呂ゆえたいして気にならない。
エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)やアニスも、ゆったりと岩に背をつけてくつろいでいた。
「営業していないのが信じられませんね」
「ほとんど、土地と建築技術の無駄遣いよね」
「でも、そのおかげでのんびりできてるんだよね」
四条・理央(CL2000070)は薄紅色にそまって頬をハンドタオルでそっとぬぐった。
彼女は彼女で、人前で諸肌を晒すのは恥ずかしいというタイプなのできっちりバスタオルを巻いているのだが、むしろその辺りを気にしない人の方が多いようで……。
「いやっほーい! 温泉宿ハピネース!」
すいーっと湯船を滑るように堪能する酒々井 数多(CL2000149)。
「この温泉って効能なあに? 美人度? やばいわ、数多ちゃんのかわいさで国が滅んじゃう」
いつもテンション高いなあこの人、と思って眺めていると、数多はふと遠い目をして空を見やった。
「いよいよ決戦、かあ。……とびっきりの私、見せなきゃね」
露天風呂の楽しみ方は数あれど、浮かべた木桶にとっくりを乗せて清酒をちびちびとやりながら浸かるスタイルは有名である。
身体を中と外から温め、心身共にうっとりとひたるさまは、暴力的なまでの夢心地だった。
「焼き肉やら、温泉やら……頂いてばかりですね」
手足をぐっと伸ばしてみる紅崎・誡女(CL2000750)。
かつての大戦で喪った声や血もだいぶ身体に巡るようになり、思えば声も随分と整ったように感じた。
とかやっていると、ばーんと引き戸が開け放たれた。
タオルを肩にかけた椿屋 ツバメ(CL2001351)である。
「やはり温泉といえば露天に限る。譲れんな!」
うーんと背伸びをするツバメに、胸のタオルを当てた西荻 つばめ(CL2001243)がちょこちょこと歩み寄った。
「椿屋さん、長い髪のままではいけませんわよ」
髪を結ってやって、タオルでくるむつばめ。
「おっと、すまんな。これで準備万端、いくぞつばめ!」
「ふふふ、露天風呂が大好きなんですのね」
二人して湯につかり、はあとため息を漏らす。
「そういえば椿屋さん、踊り手さんだそうですわね」
「そうだが、興味があるのか」
「日本舞踊と新体操を、少々」
「へえ、いいじゃないか」
「今度踊りを拝見してみたいものですわ」
二人はくすくすと笑いあった。
一方こちらは男湯側。
露天風呂でゆっくりと手足を伸ばす赤貴と奥州 一悟(CL2000076)。
「やっぱ広い風呂はいーよなー」
「湯船につかるだけでも、なかなか」
「あだっ、いつつ……」
後から入ってきた緒形 逝(CL2000156)が、生傷の多い身体で湯船に使った。
暫く傷に湯がしみて痛いようなそぶりを見せていたが、ふと動きを止めて傷口に触れた。
「おや? 思ったより痛くないさね。これが噂に聞く湯治ってやつかい?」
「違うと思うが」
「へえ、不思議なもんだ」
温泉はその含有成分によって異なるが、場合によっては傷の痛みを和らげたり、治癒を早める効果を持つ。
もとよりヒノマル陸軍第六覚醒隊が戦闘作戦にりょう命数減少を取り戻すために作られた施設ゆえ、なるほどの効能であった。
「これなら、長く浸かっていられそうだなあ……ふう」
そんな露天風呂へ、一足遅れてやってくる少年たちがいた。
「わーい、露天風呂だ! ひろーい!」
「ゴチんなりまーす!」
友達連れでやってきた鹿ノ島・遥(CL2000227)、工藤・奏空(CL2000955)、御影・きせき(CL2001110)、でもって柄司たちである。
「はー、筋肉がゆるむー。足が伸ばせる温泉ってほんと気持ちいいよなー」
「鎬次郎さんお背中流しまーす」
年相応にきゃっきゃとはしゃぐ成長期の少年たちであった。
「俺新しい必殺技思いついた。水面をこうやって薙いで水しぶきを起こして……ウォーターウィンド!」
「かっけー!」
「あっ、いいなあ、ぼくもや……らないもん! 高校生になるんだからね!」
きゃっきゃとはしゃぐ中高生であった。
●貸し切り温泉ダイジェスト
さて、この温泉旅館には混浴の貸し切り温泉が存在する。
通常営業を意識していないだけあって複数存在し、それぞれがこじんまりとした、静かで落ち着いた作りになっていた。
それゆえ、カップルで入ろうものなら……である。
折角だからこの温泉をリクエストした三つのカップルをここぞとばかりに注目していこう。
「いきなりで驚いたか?」
「予想はしてなかったというか水着は持ってきてないといいますか……えっとその……はは」
照れ笑いを浮かべて膝を抱える華神 悠乃(CL2000231)。
その横では、背筋をぴんと伸ばした天明 両慈(CL2000603)が整った胸板を晒していた。
性格ゆえか端正についた全身の筋肉。主張はせずともがっしりとした胸板から、しっかりとした腹筋。
腿やふくらはぎまでバランスのとれた、いわゆる男性モデル体型である。
なんか癖で一通り見てしまった悠乃は、ハッとして湯船に顔をつけた。
「どうした? 湯につかりすぎたか? 悠乃にはいつも身体を張って貰っているからな。礼といってはなんだが、背中を流そう」
「えっ」
「聞こえなかったのか? 背中を流すから、洗い場に上がろう」
立ち上がり、手を差し出す両慈。
湯船にタオルを浸すもんじゃあないっていうマナーを適切に守っているとはいえ。
なんだろうこの。
なんだこれ。
「おっと」
両慈が湯底に足を滑らせて、悠乃は慌てて腕を出した。
胸に頭を抱く形になりつつ。
苦笑する。
「もしかして、慌てさせて楽しんでませんか」
「……そう見えるか?」
うっすらと笑う両慈に、悠乃は目を背けた。
きっと部屋に戻ってもこの調子なのだろう。
夕方も、夜も、次の朝でさえも。
暫くは、心臓も落ち着きそうに無い。
「敵に塩ならぬ、温泉宿を送られるとはね……」
両手で湯をすくい上げ、顔にかぶる酒々井・千歳(CL2000407)。
「暴力坂乱暴、どういう心算なのやら」
鋭いまなざしで湯船に反射するオレンジ色のライトを見つめる水瀬 冬佳(CL2000762)。
なんだかすごく真面目な話をしているが、現在二人とも混浴の貸し切り温泉で肩をつけている最中である。
ふうと息をつき、岩に背を預けた。
「ああ、考えても仕方がありませんね」
「折角の機会だし、楽しまなきゃ」
千歳はごつごつとした岩に頭をあずけ、柵の間から覗く空を見た。
若い書生を思わせる千歳の体つきは、お世辞にも武術をたしなむ人間のものには見えない。ほっそりとしてどことなく骨張った指。そして透けるように白い肌。
正座をして筆をとるほうが、剣を握るよりずっと似合っているとすら思える。
「不思議な場所だね。ここまで作り込まれているのに、温泉宿じゃないなんて」
「軍の保養施設、ということになるんでしょうか」
すこし真面目な話に戻してみたが、それでも場は場である。
男と女が二人で湯につかり、手足を伸ばすさまである。
「豊かな自然に、暖かい温泉。極めつけには、最高の美女。こんなに幸せだと、誰かにさされそうだね」
振り向いて言う千歳に、冬佳は頬をぬぐうふりをして目を背けた。
「めいっぱい楽しんで帰ろうね、冬佳さん」
「折角……ですものね」
湯の中で手を重ねる。
頬の朱は、湯の熱さのせいにすればよい。
まずは永倉 祝(CL2000103)と鈴白 秋人(CL2000565)の関係について語らねばならない。
つい最近にプロポーズを果たした二人は、それからなんやかんやで色んな作戦に参加したりしなかったりしていたが、温泉旅行なんていういかにもなイベントは未だ経験していなかった。
故にこれが、プロポーズ後はじめての温泉旅行であり、はじめての混浴である。
混浴である。
混浴、である。
「そ、その……秋人さんがいいなら、いいよ?」
「うん……その、まあ、嬉しいかな」
受付で貸し切り温泉にチェックを入れる際、そんな初々しいやりとりがあったこともまた、語らねばなるまいて。
これから十年や二十年先になれば、このくらい普通のことになってしまうのやもしれないが。
何事も初々しきは尊きかな、である。
そうして、「い、行こうか?」「うん、温泉? うん」みたいな目を合わせない感じのほかほかした会話を経て温泉に入る二人である。
なんなら更衣室で服を脱ぐ際の情緒について触れてもいいが、これ怒られないかな。恐いからやめとこう。
「…………」
「…………」
二人して、黙って湯につかる。
沈黙はよくないかと思って何か喋っては、湯煙のごとく途切れ、そしてまた何か語っては途切れていく。
それが永遠に続くかのように、二人は肩を並べて語らった。
おそらくはきっと、これが適切な表現方法だろう。
湯煙のように、二人は語らった。
●コーヒー牛乳の空き瓶
温泉をほかほか堪能した宮神 羽琉(CL2001381)は、別々に入浴した男女や家族が合流するために用意されたような、ロビー隅のソファーに腰掛けていた。
女性と待ち合わせをするのだ。
日頃長い髪をふわふわさせて、どこかお嬢様めいたふわふわした服を好んで着る、まるで蜂蜜のお菓子みたいな女性である。
待ち合わせゆえ、普段の彼女を想像しながら目で探す。
「ごめん……ちょっと、待たせちゃったかな」
髪を結い上げ、薄い浴衣を纏った明石 ミュエル(CL2000172)がそこにいた。
色浴衣といって様々な柄模様の入った浴衣は、この日のためにと(板前同様)湯涌温泉街から貸し出されたものである。
薄紅色の花模様。
ほんのりほてった頬。
ドライヤーで乾かしたとはいえほんのりとしめった結い上げ髪。
「大丈夫ですよ。全然待ってません」
羽琉はわざと手元に視線を落として言った。
隣に腰掛けるミュエルから、蜂蜜のような香りがした。
さて、一旦視点を切り替えて。
ソファに腰掛けてスマートホンをいじる志賀 行成(CL2000352)と篠草・大地(CL2001266)。
なんか電波障害が解消されてからこういう風景増えたなあみたいな会話をしつつ、ほぐれた身体をリラックスさせていた。
そこへ。
「お待たせ男子共、湯上がり美人ですよ」
「さあ敬え」
不思議なポーズをとった麻弓 紡(CL2000623)と、それを後ろから押す如月・彩吹(CL2001525)が現われた。
「なんで自慢げやの」
お風呂セットを持ってあとからやってくる新堂・明日香(CL2001534)と鐡之蔵 禊(CL2000029)。
「ねえ聞いて聞いて、女湯にね、石鹸バーがあったんだよ! 色んな香りの石鹸を使えるの。リンゴとか、蜂蜜とか」
「ほぼ食べ物だな……」
「美味しそうな香りだったよー」
ほらほらといって腕を出してくる明日香である。
「これでね、背中を洗いっことかしたんだよ。男湯もそんな感じだった?」
「そんな感じだったら嫌やわ」
行成がすっくと立ち上がり、温泉セットを手に取る。
「そろそろ夕飯時だ。カニ料理だそうだな。行こうか」
「かにー!」
賑わう人々を目で追う羽琉。
ミュエルは彼の肩に頭を乗せて、すやすやと寝息を立てていた。
髪からかおる椿に、肌からかおる蜂蜜に。
羽琉はどこか特別な気持ちを感じながら、目の前の光景をぼうっと眺めていた。
「あっ、ごめん……重かった、よね」
目を覚まし、慌てて起き上がるミュエル。
羽琉は小さく首を振って、なんでもないように笑った。
「大丈夫ですよ。さ、ご飯に行きましょうか」
●カニを割ってはかぶりつき
「えー、制圧退去させられた身の上ながら温泉旅行にお招き頂きサンキューファイブ! お礼に一曲披露します、お楽しみください。六覚隊オールスター・ウィズ・暴力坂総帥で『逃げマルダンス ~逃げるは負けだがまた戦える~』」
しばし、ステージの上で逃げ恋ダンスを踊る暴力坂と愉快な仲間たちをご想像ください。
「カニ料理だー!」
いっぱい食べるぞーとか言いながらカニの殻をばきってやる禊。
カニカマ換算で五つ分くらいのぶっといカニの身が向きだしになり、禊はほどよく味付けされたその身へ大胆にかぶりついた。
「お値段気にしなくていいって、幸せ」
なんだか高そうなお酒をで弱で飲みつつ、彩吹は深く息をついた。
「へへ、ちょっと火をもらうねー」
カニの甲羅に酒をそそぎ、火で炙ってぐいっとやる紡。なんか素晴らしきアニメで見てからやる人増えたけど、これをやるにはカニ選びから始めないとなので結構上級者向けの飲み方やもしれぬ。
「大人になったら試してみたいかな……それにしても、カニっておいしいね。夢中になるよ」
明日香が蒸しウニをちまちまやりながら、カニづくしの和食にうっとりとしている。
ただ軽い場酔いをしているのか、どこかぽーっとした様子だった。
「飲ませてないよな?」
「まさか」
視線を交わして頷き会う行成と大地。
大地はなんかカニの身を割り箸で削り出すことにひたすら執念を燃やしているようで、行成は仕方が無いという風に酒をあおった。
「しかしこの旅館、石鹸バーにカニづくしとは色々やっとるようやな。商売人の血がさわぐわ」
「いや、商売ではやっていないがな……」
とはいえ、たかだか数人の保養目的でここまでの施設を確保するとは思えないので、ヒノマル陸軍というのもかなり巨大な規模をもつ組織なのだろう。
さておき。
「今は、カニだ」
行成は刺身を頬張り、清酒を手に取った。
プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)が土下座していた。
いきなり何が起こったのかと困惑されるかもしれないので、ややカメラを引いてごらん頂きたい。
お膳のカニをぱきりと折る九条蓮華と、その正面で美しく土下座するプリンスという構図である。
蓮華はむき出しにしたぶっといカニの身をなまめかしく舐めたかと思うと、大胆に噛み千切る。
「サーッセンッシタァー! 二度もニアミスって、サーッサンシヤァー!」
「べ、別に謝って欲しいとかじゃないし。勘違いしないでよね」
「なにそれツンデレ?」
「腕を逆向きにへし折りたいだけなんだからね」
べきりとカニの腕をへし折る蓮華。
プリンスは額を畳みに叩き付けた。
「シャッシャアスアーッ!」
一方で、田場 義高(CL2001151)は酒を手酌しながらあぐらをかいていた。
「なんであいつは徐々に『スイマセンデシタ』が崩れていくんだ。べろんべろんに酔っ払ったからか?」
まあなんでもいいか、と言いながら酒をあおる。
どうやら酒飲みは少なくないようで、新田・成(CL2000538)と片科 狭霧(CL2001504)も互いに酒を酌み交わしていた。
「以前に依頼でご一緒した……片科君、でしたかな」
「……あら」
挨拶のつもりで酌をしたつもりが、横に座って語らうようになる。
「改めてご挨拶を。私は五麟大学で教授をやっている、新田と申します。袖すり合うも多生の縁、よろしければ一献いかがですかな?」
「片科 狭霧と申します。気が向いた時に組織のお手伝いをさせて頂いて
おりますわ。私が相手で宜しければ、喜んでご一緒致しましょう」
「ここに来る間によいものを見つけまして」
成はそう言って酒瓶を取り出した。
旅館のお膳に酒瓶持ち込むのは割とマナー違反だが、ここはいわゆる巨大な別荘みたなもんなのでセーフ、と考えて頂きたい。
「あら、能登の銘酒ですわね」
「おや片科さん、その辺明るいのですかな」
「いえ、教授ほどでは……」
なんてお酒に盛り上がる大人たちの一方で、子供たち(?)はカニに盛り上がっていた。
切裂 ジャック(CL2001403)と時任・千陽(CL2000014)である。
「川にいるやつのおっきいのだ! こいつ食べれたのか!」
「ああ、サワガニですね。こちらはズワイガニですので、ちょっと違いますが
まあ、そんなものですね」
「とととときちか、蟹が攻撃してくる……!!
「って、当たり前ですよ。甲殻類をなめないでください。これは甲殻を剥いて食べるものですから」
殻をまるごと囓ろうとするジャックを取り押さえて、千陽は身をえぐり出して皿に盛り始めた。
「おーい」
「……」
「おーい、ときちかー」
「……」
カニをむく千陽は真剣そのもので、話しかけても全くリアクションがなかった。
ので、頬をつついて遊んでみる。
ついでに、千陽のぶんのカニも食べてみる。
それに気づいた千陽が顔を上げ、ジャックはにっこりと笑った。
「……おや?」
「食べちゃった。あとこれ、代わりに食べて!」
ピーマンを子供っぽくのこしたジャックが突きだしてくるが、千陽はそれを突き返した。
「確か、食べれるようになったと聞き及んでいたのですが俺の気のせいでしたか? 君はただでさえ細いのだから、自分でたべてください!」
「苦いこやつを食えと! 鬼! 悪魔! 軍人!」
などと。
そんな風に過ごしているうちに、宴の席はすぎてゆく。
●月にかかる雲がいつもより綺麗にみえるのだ
夜通し騒ぐ大人たちの声は遠く、装飾の施された木枠の窓辺に蘇我島 恭司(CL2001015)と柳 燐花(CL2000695)は並んでいた。
向かい合わせの椅子。
うつらうつらとふねをこぐ燐花に、恭司は苦笑した。
氷の残ったグラスをテーブルにおいて、燐花を布団へと運んでいく。
薄目をあけ、まだ眠っていないとでも言いたげにする燐花。
「もっとお話していたいのに、眠る時間なんてひどいです」
「気持ちは嬉しいけど、夜更かしはお肌に悪いっていうよ、燐ちゃん」
寝かされ、布団をかけられる燐花。
対して恭司は、再び窓辺の椅子に腰掛けた。
「まだ、休まれないんですか?」
「うん……まだ、もうちょっとね」
グラスを手にする恭司に、燐花は不思議な表情をした。
「ご一緒したいのですが」
一緒に外を眺めていたいという意味で言った彼女に、恭司は苦笑だけで応える。
「ほら、無理はダメだよ。おやすみ燐ちゃん」
そばに寄ってきて、頭を撫でられる。
寝かしつけられる子供のようで、心地よく、ゆらゆらと意識が暖かいものに包まれていく。
「すきです……これ」
呟きを最後に、燐花は意識を夢の中へ沈めていった。
胸の中にある不思議な感情を抱いたまま、深く深く沈んでいく。
この感情は、なんて名前があるのだろう。
ただ。
明日に目を覚ましたとき、この人がそばにいたらいい。
そうとだけ思った。
眠る間際の呟きに、恭司の手は止まった。
「……はは」
眠る少女を起こしてはならぬと、小声で笑う恭司。
再び椅子に腰掛け、窓の外を眺めた。
ウィスキーの瓶はまだ半分。これを全て飲み干したら、自分も眠くなるだろうか。
酔いは随分回っている筈なのに、妙に目がさえて眠れない。
ふと、眠る燐花の顔を見た。
「いや、まさかね」
グラスに酒を注ぎ、椅子に背を預ける。
「……」
この感情は、そんな名前なんかじゃない。
ただ。
今窓から見える月を、もっと眺めていたい。
そうとだけ思った。
「見て! 五百円玉を入れる穴がある!」
「でかしたぞきせき!」
「ああああああああ五百円玉がない! なんでこういうときだけ無いんだよ!」
「ロビー両替を……くそっ、このためだってバレる! 一体どうすれば……!」
奏空、遥、きせきの三人はテレビの脇についたピンクチャンネルとかいう広告を手に苦悩の限りを尽くしていた。
そんな中、きせきがガマ口の中からそっと五百円玉を取り出した。
「きせき……!」
「うん、持ってたよ。これでテレビ見れるんだよね」
「えっ? うん、テレビテレビ。見れるからそれ入れてくれ、な!」
「わかった!」
きせきはコイン投入口に五百円玉を投げ込んだ。
神が光りあれと言ったその時に世界に光が生まれたように、真っ暗な画面にベッドと女性が映り込んだ。
――こういうの初めて?
『はい……』
――経験人数教えてくれる?
『えっと、15人です』
――じゃあ経験豊富なんだ。
『そういうわけじゃ』
照れ笑いする女性。
正座する奏空と遥。
首を傾げて体育座りするきせき。
――じゃあ、早速始めようか。
スッと立ち上がった女性は、気合いと共に覚醒。80台のババアへと変身すると身に纏っていた服をはじき飛ばした。
『かかってきなァ! ママの中に還してやるよォ! ホオオオオワァッ!』
ヌンチャクのように乳を振り回し、蟷螂の構えでベッドから飛びかかるババア。
咄嗟にテレビの電源を消す遥。
「…………」
「…………」
「あれ、どうして消しちゃうの? 続き見よ?」
「いいんだ。いいんだ……」
遥と奏空は、男の涙を流した。
夜は更けていく。
一日が終わっていく。
ヒノマル陸軍との決戦は、もう目の前まで迫っていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
参加者全員に暴力坂よりポチ袋が送られました。
