<雷獣結界>豊後国の大雷獣
●友を笑う
大分県のとある山間部。
そこには大きめの天然温泉が湧く地域があった。
遥か昔戦国の世から江戸、そして近年に至るまで、多くの者に愛されていた湯治の場であった。
だがしかし、今ここに人の姿はない。
かれこれ二十五年の歳月が、ここに人を寄せ付けなかった。
「ふぃー」
その場所で今一匹の獣が湯に浸かり、まるで人間のようにため息を吐いた。
イタチのような見た目だが、その姿は何倍も大きく、恐らく人と比べても二倍はあろうかという程で。右目に大きな切り傷があるのも相まって、強大な威圧感を見る者に与える容姿をしていた。
その巨躯が肩まで湯に浸され、何とも気の抜けた顔を浮かべているのだ。
雷獣、と。地域の古きを知る者はそれを呼ぶ。
「ミチユキ様ー!」
湯治を愉しむ雷獣の元へ、一匹の小鳥の姿をした古妖が慌てた様子で飛んできた。
「なんだ、どうした千鳥」
「ミチユキ様、天麟様のお使いが参られ雷獣結界を解くよう連絡がございました!」
「……ほう!」
千鳥と呼ばれた古妖の言葉に、ミチユキの口角がつり上がる。
「あいつ先に音をあげたか! ならば俺の勝ちだな!」
「根競べしてたわけじゃないでしょうに! それよりも、解除に伴いもう一つのお話が」
千鳥は結界解除に伴い、封印していた妖を退治する人の集団があることを伝える。その話を受けたミチユキは、ますます笑みを深めついには大声をあげて笑い始めた。
「こいつは愉快だ! 遂に人と協力することになるとは! いいぞ、悪くない!」
覇気のある声で言い切りミチユキは温泉から出る。すると突如として湯船から大量の気泡が湧き出し、それらは天然温泉の湧く地域全体に広がっていく。
「いい加減風呂に浸かり続けるのも飽いた。人の子の活躍、楽しみにさせて貰うぞ!」
湧き上がる気泡、沸き立つ湯気、その中にいくつもの人影が現れ揺らめいた。
「ついでだ、久方ぶりに俺も派手に暴れてやるか!」
封じている妖達の気配をヒシヒシと感じながら、ミチユキはFiVEの覚者の到来を待っていた。
●雷獣からの挑戦状
「雷獣さま、大きな、もふもふ……」
集まった覚者達を前に、『紫水晶』神塚・蛍(nCL2000140)は力強く頷いてみせた。
「助け、欲しいって言ってる」
現在日本の各地で発生している電波障害、それは各地で妖を封じる雷獣達の展開した結界が原因だった。
二十五年もの間維持し続けた結界も既に限界が近く、今回の要請へと繋がった。
「雷獣さま、今まで守ってくれてた……なら。次は、こっち」
今度はこちらが助ける番だと、蛍は訴える。
「視たのは、湯気に踊る、人達」
彼女の夢見は結界を解いた後の戦いを視ていた。封じられているのは温泉地に堆積した多くの人々の想念から生まれた妖達。その数はいくらかと数え切れない程だという。
まともに相対し続ければ、いずれはその圧倒的な数に押されて湯に沈む事になるだろう。
「蓋をしてた雷獣さま、力……貸してくれる」
蛍が古めかしい竹簡を一つ、覚者達の前で開いてみせた。そこには筆文字で今回の作戦に関わる内容が示されていた。
――我ガ主ノ雷、時ヲ掛ケ御力ヲ溜メ放ツ。是ニ依リテ妖共ヲ消シ飛バス也。
時間を稼いで欲しい。そう手紙には書いてあるようだった。
「力、ぐってしてる時、雷獣さまは無防備……みたい」
自らの視たモノから察せた状況を伝えながら、蛍は改めて覚者達を見つめる。
「協力、しよ?」
少女の願いは後の日本の、多くの人の助けになる。断る理由はない。
だが、覚者達の目にはもう一つ、気になる物が映っていた。
竹簡に追伸として書かれていた一文。
――“雷切”ノ称号欲シクバ、放ツ雷ニ挑ムベシ。
大分県のとある山間部。
そこには大きめの天然温泉が湧く地域があった。
遥か昔戦国の世から江戸、そして近年に至るまで、多くの者に愛されていた湯治の場であった。
だがしかし、今ここに人の姿はない。
かれこれ二十五年の歳月が、ここに人を寄せ付けなかった。
「ふぃー」
その場所で今一匹の獣が湯に浸かり、まるで人間のようにため息を吐いた。
イタチのような見た目だが、その姿は何倍も大きく、恐らく人と比べても二倍はあろうかという程で。右目に大きな切り傷があるのも相まって、強大な威圧感を見る者に与える容姿をしていた。
その巨躯が肩まで湯に浸され、何とも気の抜けた顔を浮かべているのだ。
雷獣、と。地域の古きを知る者はそれを呼ぶ。
「ミチユキ様ー!」
湯治を愉しむ雷獣の元へ、一匹の小鳥の姿をした古妖が慌てた様子で飛んできた。
「なんだ、どうした千鳥」
「ミチユキ様、天麟様のお使いが参られ雷獣結界を解くよう連絡がございました!」
「……ほう!」
千鳥と呼ばれた古妖の言葉に、ミチユキの口角がつり上がる。
「あいつ先に音をあげたか! ならば俺の勝ちだな!」
「根競べしてたわけじゃないでしょうに! それよりも、解除に伴いもう一つのお話が」
千鳥は結界解除に伴い、封印していた妖を退治する人の集団があることを伝える。その話を受けたミチユキは、ますます笑みを深めついには大声をあげて笑い始めた。
「こいつは愉快だ! 遂に人と協力することになるとは! いいぞ、悪くない!」
覇気のある声で言い切りミチユキは温泉から出る。すると突如として湯船から大量の気泡が湧き出し、それらは天然温泉の湧く地域全体に広がっていく。
「いい加減風呂に浸かり続けるのも飽いた。人の子の活躍、楽しみにさせて貰うぞ!」
湧き上がる気泡、沸き立つ湯気、その中にいくつもの人影が現れ揺らめいた。
「ついでだ、久方ぶりに俺も派手に暴れてやるか!」
封じている妖達の気配をヒシヒシと感じながら、ミチユキはFiVEの覚者の到来を待っていた。
●雷獣からの挑戦状
「雷獣さま、大きな、もふもふ……」
集まった覚者達を前に、『紫水晶』神塚・蛍(nCL2000140)は力強く頷いてみせた。
「助け、欲しいって言ってる」
現在日本の各地で発生している電波障害、それは各地で妖を封じる雷獣達の展開した結界が原因だった。
二十五年もの間維持し続けた結界も既に限界が近く、今回の要請へと繋がった。
「雷獣さま、今まで守ってくれてた……なら。次は、こっち」
今度はこちらが助ける番だと、蛍は訴える。
「視たのは、湯気に踊る、人達」
彼女の夢見は結界を解いた後の戦いを視ていた。封じられているのは温泉地に堆積した多くの人々の想念から生まれた妖達。その数はいくらかと数え切れない程だという。
まともに相対し続ければ、いずれはその圧倒的な数に押されて湯に沈む事になるだろう。
「蓋をしてた雷獣さま、力……貸してくれる」
蛍が古めかしい竹簡を一つ、覚者達の前で開いてみせた。そこには筆文字で今回の作戦に関わる内容が示されていた。
――我ガ主ノ雷、時ヲ掛ケ御力ヲ溜メ放ツ。是ニ依リテ妖共ヲ消シ飛バス也。
時間を稼いで欲しい。そう手紙には書いてあるようだった。
「力、ぐってしてる時、雷獣さまは無防備……みたい」
自らの視たモノから察せた状況を伝えながら、蛍は改めて覚者達を見つめる。
「協力、しよ?」
少女の願いは後の日本の、多くの人の助けになる。断る理由はない。
だが、覚者達の目にはもう一つ、気になる物が映っていた。
竹簡に追伸として書かれていた一文。
――“雷切”ノ称号欲シクバ、放ツ雷ニ挑ムベシ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.15ターンまで雷獣ミチユキを守り戦線を維持する。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
みちびきいなりと申します。
今回は結界を張り人々を妖の脅威から守っていた雷獣との共闘を行なう依頼です。
強大な古妖である雷獣ミチユキが力を溜め奥義を放つその時まで、何とか彼を守り抜いて下さい。
●舞台
大分県の山間部にある広い天然温泉が棚田のように湧いている自然地域が舞台です。
時刻は昼、天候は晴れ。足場は滑りやすく、また温泉が各所で沸き湯気が立っています。
雷獣結界の効果で人は近づいていません。寄り付きません。
周囲を森に囲まれていますが、主戦場は傾斜こそあれ視界は開けています。
●敵について
有数の湯治場であるここに訪れた数多の人々の想念が歪んで顕現し妖となった者達が相手です。
心霊型のランク1妖に分類されます。
一体一体の力は雑魚と言って差し支えありませんが、その数が膨大で温泉のように湧き続けます。
多い時は十体程が常に戦場に発生している状態となるでしょう。
戦場には二種類の特徴を持った敵が出現します。以下はその能力です。
『近接型』
・奪熱の手
[攻撃]A:特近単・冷え切った手で対象に触れ小ダメージを与える。
『遠距離型』
・間欠弾
[攻撃]A:物遠単・温泉の湯を圧縮して弾丸にし、対象に撃ちつけ小ダメージを与える。
●雷獣ミチユキについて
過去のある因縁から人間に対して好意的な古妖です。右目の裂傷がチャームポイントの大イタチ。
戦場では高所に陣取り己の必殺の力を溜めていきます。
彼の技が完成するのは15ターン目、発動するのはその次のターンです。
自らを雷と化し戦場を駆け抜け妖の根元から断ちます。
その際、戦場を離脱していない者も巻き込んでしまうようです。
まともに受ければ、切り抜けられなければ、今の覚者では重症ものでしょう。
数で押し切られないよう規定の時間を守り抜き、尚且つ自らを危険から上手に脱して下さい。
もしも伝説に挑むのであれば、覚悟が必要です。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年12月10日
2016年12月10日
■メイン参加者 8人■

●結界解除
豊後国、時の戦国大名に仕える武将が、雷獣の纏う雷を刀で切り裂いたという“雷切”伝説。
後の世にも語り継がれるこの伝説は今この時、生き証人を前に本物と証明された。
人の倍はあるイタチの古妖。この地を守る雷獣を前にして……
「今まで電波が届かないことに文句言いまくっちゃってごめんなさいっ!」
『田中と書いてシャイニングと読む』ゆかり・シャイニング(CL2001288)は見事な土下座を決めていた。
「あっ、今は土下座してる場合じゃないですね!」
「……」
即座に立ちあがるゆかりをあっけに取られて見ているのは、雷獣ミチユキの従者である小鳥の古妖、千鳥だ。
「や、彼女はこれで平常運転だ」
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)のフォローに千鳥はただ「はぁ」と声をあげた。
「ガッハッハ! いいじゃねぇか!」
しかしミチユキにはウケたらしく、大きな口を思い切り開けて笑っていた。
「遅ればせながらですが、恩返しといきましょうか」
「はい。二十五年もの間、妖を封印してくれていたことに報いなくては……!」
『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)と『希望峰』七海 灯(CL2000579)の意志表明に大きく頷きを返すと、時が惜しいとばかりにミチユキは言う。
「結界を解けばわんさか妖共が沸いてくる。俺がぶちかますまでしっかり守ってくれよ?」
「ああ、任せてくれ」
「当然!」
鈴白 秋人(CL2000565)と姫神 桃(CL2001376)が応じれば、覚者達は各々戦う姿へ覚醒していく。
「……」
『二重未来世界』空閑 ぼいど(CL2000958)は仲間達がそうする間に一人、手にした鉱石ラジオを掻き抱く。
この件が解決すれば、日本は電波を取り戻す。それはこのノイズだらけのラジオに音が戻ることでもあり……
(おじいちゃん……)
祖父の聞いていた世界が戻ろうとしている。それはとても嬉しいことで、でも同時に、戸惑いもある。
「いいか、結界解くぞ!」
ミチユキの声にハッとして、ぼいどもまた覚醒した。現の因子により、己が最も力を持つ二十歳の姿へ。
「さあて、つまんねえ戦いはちゃっちゃと終わらせて、伝説の上書きをさせてもらうとすっかな!」
右手の拳の内から彩の因子の輝きを放ち、鹿ノ島・遥(CL2000227)が眼下を見やる。
「お出ましだ。人の子らの今の力、見せてみろ!」
ピリピリとしていた空気が弾け飛ぶように消えた。そして広がる温泉地からそれらは一斉に姿を現わす。
この土地に眠る記憶が歪み妖となった異形の者達。
戦いが始まる。
●湯煙演舞
まず高所である。
覚者達は雷獣を守るために彼に背を向けた陣を敷く。それは妖を下に、自らを上に位置取ることになった。
天駆、蔵王といった術式で己を強化していく覚者達の中、初手から沸き上がる妖へ颯爽と飛び込むのは遥と桃だ。
「道は、ここ!」
後衛から秋人の放つ波動弾が戦場を縦一文字に貫き彼らの駆け込む道を作れば、
「どっせい!」
中列に密集している一団を目敏く見つけた遥が飛び込み、地を這い流れる様な連打を決め、
「はぁぁ!」
彼がすり抜けた前列へ桃が双刀を見事に振るい切り裂いていく。桃に至っては普段好んで使う得物と違った戦闘であったが、その攻撃は相手に出血と痺れを確かに撒き散らしその正確さを証明した。
「桃さんそのまま走り抜けちゃってください!」
「! わかった!」
手応えに笑う暇もなく、桃は遥の後を追うように駆け抜ける。直後、痺れに動けない妖達を火柱が襲った。
「さぁー! ドッカンドッカン燃やしていくのです!」
桃へ声を掛け追い打ちの火柱を放ったゆかりが、巻き起こす度に舞い起こる蒸気の霧の中踊っていた。
「背中任せたわよ!」
「任された!」
敵陣に飛び込んだ遥と桃に妖達が殺到する。二人は背中合わせでそれらを迎え撃つ。
一体一体の動きは読みやすく直撃を受けることはまずないが、数に物言わせた攻撃は確実に二人へダメージを蓄積していく。
「……ッ!」
微かにかすれた吐息と共に、誡女が集積した水の気で虚弱を引き起こす迷霧を作り上げる。
「オォォ……!?」
実体が不安定とされる心霊型の妖であってもその効果は的確に発揮され、目に見えて動きが鈍る。
「い、ま……! 前……列、3割以下ッ!」
例え音がかすれようとも、誡女は声を張る。自らの観察で得た情報を伝える。
「地烈、穿ちます!」
灯が飛び込んだ。踏みしめた足裏が飛沫をあげる間に前へ進み、分銅で妖達を絡めとり、絞り、
「はぁっ!」
鎌で纏めて切り裂く二連撃。巻き込まれる前列の妖達はその身をくねらせ弾け消えた。
「あれがFiVE、ですか」
「上等じゃねぇか。人の子らよぅ!」
驚くほどの手際に感嘆する千鳥を横に、ミチユキもまた己の役割を果たすべく力を溜め始めた。
戦いの前半は覚者達が妖を圧倒していく。
(フィオナさん、右の湯から新手……あの動き、水を練ってる)
沸き上がる敵の攻撃方法から正確にその特質をぼいどが見抜き、送受心で伝達する。
「一つ! 二つ! 次はどこ!」
「正面、隠れて……る! 右の湯のは……遠距離!」
それらの情報に加え桃や誡女が積極的に声を張ることで情報共有をより確かな物にしていた。
情報があるということは、即ち立ち回りが有利になるということ。
「回り込ませはしないよっ!」
初手こそ強化に回ったが、そこからフィオナは早かった。加速した分もあり灯、誡女に並んで相手を大きく上回る手数で行動する。
「いくぞ、ガラティーン!」
愛剣の名を叫び湯煙を駆け抜ける。
振るう刃は二本の太刀筋が一つに見えるほどの高速の斬撃、疾風双斬。
「ヒィッ!」
「ギォォッ!」
前列の、特に中衛のゆかりを狙いに来る相手を目掛け刃は奔り、切り裂いていく。
「次ぃ!」
急ブレーキをかけた足は体をくるりと回転させて、ぼいどの指示があった敵へと弾丸のように跳んだ。
蒼炎を纏った剣で一刀両断。沸き出した増援を切り伏せる。
「ヒュウッ!」
「やるじゃない!」
フィオナの八面六臂の活躍を目にした遥と桃にさらに熱が入る。競い合う友である彼らはお互いの力を鼓舞するように戦場を舞った。
(この勢いなら……空閑さん!)
(任せて)
送受心を駆使した灯とぼいどが同時に動く。
戦局有利と見た灯が体術を温存し始め、ぼいどは彼女の動きに合わせてBOTを展開、前に出て敵を纏めて貫通波動弾に巻き込み殲滅力を高める。
「……今か!」
前衛の傷の具合に合わせ、秋人の支援の手が動く。
癒しの霧と潤しの雨。二つの回復は覚者達に窮地という状況をまったく与えない。
「お、これはイケるのでは? 思いっきり燃やすのです!」
ゆかりの炎が中列の妖を焼いたのが戦闘開始から1分の時が経った頃。
「ほお!」
力を溜めるミチユキの見下ろす先、戦場の妖達はその悉くを殲滅され霧散していた。
「FiVE! 想像以上ですな、ミチユキ様!」
「ああ。だが……」
息をつく間もなく新手が出現する。それも、一気に十体。
「ここからが本番だ」
練り上がっていく力を感じながら、ミチユキは愉快そうに戦場を見守っていた。
●突破と挑戦
戦いが始まり2分が経過しようといった所で、状況は尚も覚者が優位だった。
「ッ!」
敵の水弾を受け止めたたらを踏んだぼいどの足を、ぬるりとした地面が受け止める。本来なら体勢を崩すそれをしかし靴底に仕込んだ滑り止めが防いだ。
「無理はしちゃダメだよ?」
「ん」
即座に傷を癒し始めた秋人の助言に頷きを返しながら、敵の中陣へ切り込んでいった遥達を見やる。
「っとと!」
「遥、手!」
連撃の繋ぎで体を浮かせてしまった遥の手を掴み桃が独楽のように回る。そして投げる。絶妙なバランス感覚に基づいた無茶な動きだ。
「動き止めるから!」
「了解!」
仕留めきれない量の敵を捌くため、桃は攻撃ではなく鈍化の捕縛蔓を展開、妖達を絡め取っていった。
投げられた遥は再び攻撃の構えを取り、ミチユキを狙っていた遠距離型の妖に雷を顕現させた拳でぶん殴る。
「グギッ!」
(浅いか!?)
当たりの実感の無さに遥は顔を顰めたが、直後。
「ガギャッ!」
遥の動きにクロスさせるように灯が駆け抜け一閃、止めを刺す。
「次っ!」
彼女の視線は既に別の敵を捉え、靴が多少滑ろうとも物ともしない速度で走っていく。
時間は着実に進み、際限なく沸き上がる敵がどんどんとその数を増していく。
覚者達は現時点で一人の脱落もなく、戦えない状態に陥る者もいない奮戦ぶりを発揮していた。
主戦場となっていた敵を再び殲滅しきった頃、誰かが声を張り上げた。
「あれっ! 妖達が!」
気づけば戦場に殺到しようと20や30などゆうに超える数の妖達が、覚者達の眼下から這い上がりひしめいている。
「ぎょえぇぇっ! あれはさすがに無理なのです!」
「落ち着いて田中さん、もう時間だ」
「え、時間?」
秋人の言葉にハッと我に返ったゆかりは、虫の知らせを受けたかのように後ろを振り返る。
「お待たせしました、人の子らよ! ミチユキ様の御力、お披露目の時です!」
丁度そのタイミングで千鳥の誇らしげな声が戦場を駆けた。不思議とよく通る声だった。
振り返ったゆかりはハッキリとその眼で見た。
「ど、どっひゃぁぁ!?」
全身に雷を纏いさらに肥大化し、その姿周りの木々よりも高く立つ雷獣ミチユキの姿を。
「!」
ぼいどはその身にミチユキの意識を受け取る。
(伝説ニ挑ム強者ハ何レカ!? 挑ム者ハ我ヲ見ヨ! 挑マヌ者ハ疾ク遁レヨ!)
その意志の圧はぼいどの背筋を震わせる。けれど、自分に与えられた役割に気づけば即座に辺りを見回し仲間の姿を確認する。
「来たるべき新しい時代もこの身で照らせるように、挑みます……!」
「アンタの全力、オレの拳が、全力でもって迎え撃つぜ!」
「私の剣の名に賭けて……炎で雷を――斬ってみせる!」
「認めて貰うわ。貴方を乗り越えたい純粋な気持ちと、一緒に戦ってくれる仲間をこれからも守っていくために!」
「覚悟は完了してるよ……俺は、いつだって最善を尽くす」
戦場に残ったのは自分を含めて六人。ぼいどはそれを確かめてからミチユキへと向き合った。
(挑戦者六名。巻き込んでよし)
意識は確かに送られた。雷獣は、その瞬間確かに笑っていた。
そして秒針は進み、ミチユキは迅雷となった。
●迅雷を断つ!
曰く、その時鳴り響いた雷音は九州全土に轟いたと伝えられる。
大雷獣ミチユキはまず空へと跳び上がる。それは数多の電光を奔らせ刹那も待たず完遂された。
覚者達を飛び越え這いずる妖共に飛び込む。そしてただ、通り過ぎる。
「――――ッ」
たったそれだけのことで、妖達は消し飛んだ。
さらには妖達を通して未だ地に眠る妖の気配すらを焼き切った。
挑戦を誓った覚者達は初めてそこで自分達が飛び越えられたことを知り、妖の居た場所を見る。
そして戦慄する。
この技は、彼の全てだと。魂で理解する。
行くぞ、と。彼は吠えた。
轟音と共に木々が鳴き、大地が震える。
「雷怖いです! おへそ取られちゃいます!」
「こ、っち!」
慌てふためき逃げ惑うゆかりの手を掴み、誡女は戦場を離れ近くの森の中へと飛び込む。
苦し紛れに投げたゆかりの斧が稲妻の一つを吸い寄せ、バチリと激しく閃光を迸らせ遠くへ弾かれる。
「ひぇっ、みなさんは無事なのへぶっ」
「……伏せて!」
顔をあげようとしたゆかりを潰し、自身も身を低くしてやり過ごす。
不思議と雷光は逃げた二人にそれ以上の危害を加えなかった。
桃はまず己の欲を捨てた。
(相手の力の一端を知る? 血肉にする? そんな余裕なんてない!)
見せつけられた力は、今の己が見知ってどうのという段階の物ではないと即座に悟った。
だから、彼女はただそれだけを探した。
(左目の傷! そこを捉えれば!)
左手の刀は地に、右手の刀は真っ直ぐに。生き残るために絶対に必要だと全身が叫んでいた。
(雷にだけは、負けるわけにはいかないんでな!)
その隣で、鳴り響く轟音にも恐れず遥は真っ向勝負とばかりに身構えた。
防御、気合。やること、ミチユキにカウンターで正拳突きを叩きこむ!
思考はシンプルに、それがそのまま早さになる。
「桃! フィオナ! 称号はオレがいただくぜ!」
必勝の意識だけを武器に、遥は雷へと挑む。
秋人は迫りくる熱を前に冷静だった。
(これを乗り切ることが試練なら、俺に出来ることは……!)
本来なら仲間を癒すために使う水気の霧を、自らの前面に展開する。それは迫る痛みへの保険であり、
(雷の性質をあの力が持つのなら、光の乱反射……いけるか!?)
覚悟はある。秋人の瞳はただ正面を見据えていた。
(先程の移動で起こった空気の震え、肌で感じる刺激。その全てが私に教えてくれています)
何よりも己の目を信じ、灯は分銅をアースに、鎌を避雷針に見立て立ち向かう。
(私は私を越え、より高みを目指していかなければならないんです……!)
故に灯は挑む。無茶だと理解していても。
ぼいどは鳴り響く音の中土壁を盾に身構えていた。
(空電の原因、雷獣の結界、電磁波が原因なのだというなら……)
自分は見届けなければならない。それは試練以上に自分がなさねばならない使命のようにも感じていた。
「……!」
展開する土壁はVの字を描く。突端から雷撃を迎え撃ち削り抜く構えだ。
その少し離れた所で、フィオナが力を溜めていた。
(ゆかり達はちゃんと逃げられたようだな。だったら!)
見るべきは前だ。彼女の空色の視線は鋭さを増し、愛剣の柄を握る力を増す。
そして、電光の津波は彼らを飲み込んだ。
強すぎる電圧はアースとして用意した備えを簡単に砕く。吸い寄せたことで耐えられなくなり、武器は弾かれ飛んでいく。
壁として前面に張った石壁は、その先端から削られ砕かれ消し飛んでいく。霧は食い破られ、弾けて消えた。
あまりにあっさりと、覚者達の守りは破られる。
だが、それは確かに役目を果たしたことの証左でもあった。
しかしそれでも、雷獣の雷は彼らを蹂躙するに足る威力を残していた。
だから、ここからは己の全てが、覚悟が、問われることとなった。
ミチユキは始めにそうしたように彼らの間も駆け抜けた。
駆け抜けて、初めに立っていた場所で立ち止まり、己の行いの跡を見下ろす。
挑んだ覚者達の誰一人として立っている者はいなかった。
「ミチユキ様!」
羽ばたいてくる千鳥の声を聴きながら、彼は確かにその手応えを感じていた。
「……見事也!」
直後、ミチユキの体から複数の傷が生まれた。
●雷切
「……!」
灯は武器が弾かれるのを予想していたかのように、その持ち手を入れ替える。雷光が武器に奔る瞬間手放し、再び握る。
手が焼ける。けれど離さない。
「はぁぁぁッッ!」
彼女は裂帛の気合と共に、鎌を振るった。
それがミチユキの前足を切り裂いた。
「うおおおおおお!」
遥は雷光の中にあっても瞳を閉じなかった。慣れ親しんだその輝きから目を逸らすことなどありえなかった。
「そこだあああ!」
自分の体が焼き潰れる事もいとわず彼は真っ直ぐに拳を放つ。
それは確かにミチユキの胸元を打った。
「なっ!」
左の刀が弾き飛ばされた時、桃の脳裏には一瞬の焦りと後悔が浮かんだ。だが、
(こちとらそんな生半可な覚悟で挑んでんじゃないのよ!!)
覚悟。それだけは他のどの覚者よりも彼女は抜きん出ていた。
「負けるもんかぁぁぁ!!」
歯を食いしばり振るわれた右手の刀は、ミチユキの左頬を横一文字に切り抜けた。
覚悟。ことそれに関してぼいどは自らが傷つくことを考えていた。それでも見たいから挑んだ。
だが、フィオナはそれを認めなかった。
「うおおおーっ!!」
彼女は溜めていた己の技を解除して、ぼいどを庇うことを選択する。ぼいどの前に割り込み雷への壁となる。
ぼいどがそうしたように凸に愛剣を構え立ち向かう。
(私の剣も伝説なんだ! ……例えそれが本当でなくても、同じ名を冠する別物であったとしても!)
彼女の手の中にあるのは、彼女の信じる伝説そのものだ。
「せい、せい、どう、どうーーーー!」
ぼいどはフィオナの戦いぶりを見ていた。時代を切り開く蒼い炎の煌きを見ていた。
今まで自分達を守り閉じ込めてきた空電の極みが、目の前で切り払われていく様をしかと見届けた。
フィオナの刃は大事な仲間を守り抜いた。
全ての決着の後、覚者とミチユキは湯治と洒落込んでいた。
「ダメだったか……」
悔しげに呟く秋人を守護使役のピヨが慰めるように寄り添った。
即座に誡女の治療が行われたこともあり、重症者は多かったが誰も命に別状はなかった。
「しかし四人か。やるもんだ」
傷ついた前足を舐めながらミチユキは笑う。心の底から楽しげに。
「いやぁ~、ゆかりは貴方達がやってくれるって信じてました!」
彼が認めた強者は四人。灯、遥、桃、フィオナ。
今は疲労からかゆかりの声も届かず湯に溶けてしまっているが、彼らこそ“雷切”だ。
「人の世がますます面白くなりそうだ」
ミチユキの視線は、少し離れた所で鉱石ラジオを操作するぼいどに向けられる。
「……でんぱのこえは、かわりましたか?」
耳を当てても、今はまだノイズしか聞こえない。
場所も悪ければ今この瞬間に動く発信局などありはしないのだから。
だが、そう遠くない未来。また音を拾い始める。
「新しい……繋がり、ですか」
誡女の言葉は雷雲過ぎた澄み切った空へと溶けていった。
豊後国、時の戦国大名に仕える武将が、雷獣の纏う雷を刀で切り裂いたという“雷切”伝説。
後の世にも語り継がれるこの伝説は今この時、生き証人を前に本物と証明された。
人の倍はあるイタチの古妖。この地を守る雷獣を前にして……
「今まで電波が届かないことに文句言いまくっちゃってごめんなさいっ!」
『田中と書いてシャイニングと読む』ゆかり・シャイニング(CL2001288)は見事な土下座を決めていた。
「あっ、今は土下座してる場合じゃないですね!」
「……」
即座に立ちあがるゆかりをあっけに取られて見ているのは、雷獣ミチユキの従者である小鳥の古妖、千鳥だ。
「や、彼女はこれで平常運転だ」
『星護の騎士』天堂・フィオナ(CL2001421)のフォローに千鳥はただ「はぁ」と声をあげた。
「ガッハッハ! いいじゃねぇか!」
しかしミチユキにはウケたらしく、大きな口を思い切り開けて笑っていた。
「遅ればせながらですが、恩返しといきましょうか」
「はい。二十五年もの間、妖を封印してくれていたことに報いなくては……!」
『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)と『希望峰』七海 灯(CL2000579)の意志表明に大きく頷きを返すと、時が惜しいとばかりにミチユキは言う。
「結界を解けばわんさか妖共が沸いてくる。俺がぶちかますまでしっかり守ってくれよ?」
「ああ、任せてくれ」
「当然!」
鈴白 秋人(CL2000565)と姫神 桃(CL2001376)が応じれば、覚者達は各々戦う姿へ覚醒していく。
「……」
『二重未来世界』空閑 ぼいど(CL2000958)は仲間達がそうする間に一人、手にした鉱石ラジオを掻き抱く。
この件が解決すれば、日本は電波を取り戻す。それはこのノイズだらけのラジオに音が戻ることでもあり……
(おじいちゃん……)
祖父の聞いていた世界が戻ろうとしている。それはとても嬉しいことで、でも同時に、戸惑いもある。
「いいか、結界解くぞ!」
ミチユキの声にハッとして、ぼいどもまた覚醒した。現の因子により、己が最も力を持つ二十歳の姿へ。
「さあて、つまんねえ戦いはちゃっちゃと終わらせて、伝説の上書きをさせてもらうとすっかな!」
右手の拳の内から彩の因子の輝きを放ち、鹿ノ島・遥(CL2000227)が眼下を見やる。
「お出ましだ。人の子らの今の力、見せてみろ!」
ピリピリとしていた空気が弾け飛ぶように消えた。そして広がる温泉地からそれらは一斉に姿を現わす。
この土地に眠る記憶が歪み妖となった異形の者達。
戦いが始まる。
●湯煙演舞
まず高所である。
覚者達は雷獣を守るために彼に背を向けた陣を敷く。それは妖を下に、自らを上に位置取ることになった。
天駆、蔵王といった術式で己を強化していく覚者達の中、初手から沸き上がる妖へ颯爽と飛び込むのは遥と桃だ。
「道は、ここ!」
後衛から秋人の放つ波動弾が戦場を縦一文字に貫き彼らの駆け込む道を作れば、
「どっせい!」
中列に密集している一団を目敏く見つけた遥が飛び込み、地を這い流れる様な連打を決め、
「はぁぁ!」
彼がすり抜けた前列へ桃が双刀を見事に振るい切り裂いていく。桃に至っては普段好んで使う得物と違った戦闘であったが、その攻撃は相手に出血と痺れを確かに撒き散らしその正確さを証明した。
「桃さんそのまま走り抜けちゃってください!」
「! わかった!」
手応えに笑う暇もなく、桃は遥の後を追うように駆け抜ける。直後、痺れに動けない妖達を火柱が襲った。
「さぁー! ドッカンドッカン燃やしていくのです!」
桃へ声を掛け追い打ちの火柱を放ったゆかりが、巻き起こす度に舞い起こる蒸気の霧の中踊っていた。
「背中任せたわよ!」
「任された!」
敵陣に飛び込んだ遥と桃に妖達が殺到する。二人は背中合わせでそれらを迎え撃つ。
一体一体の動きは読みやすく直撃を受けることはまずないが、数に物言わせた攻撃は確実に二人へダメージを蓄積していく。
「……ッ!」
微かにかすれた吐息と共に、誡女が集積した水の気で虚弱を引き起こす迷霧を作り上げる。
「オォォ……!?」
実体が不安定とされる心霊型の妖であってもその効果は的確に発揮され、目に見えて動きが鈍る。
「い、ま……! 前……列、3割以下ッ!」
例え音がかすれようとも、誡女は声を張る。自らの観察で得た情報を伝える。
「地烈、穿ちます!」
灯が飛び込んだ。踏みしめた足裏が飛沫をあげる間に前へ進み、分銅で妖達を絡めとり、絞り、
「はぁっ!」
鎌で纏めて切り裂く二連撃。巻き込まれる前列の妖達はその身をくねらせ弾け消えた。
「あれがFiVE、ですか」
「上等じゃねぇか。人の子らよぅ!」
驚くほどの手際に感嘆する千鳥を横に、ミチユキもまた己の役割を果たすべく力を溜め始めた。
戦いの前半は覚者達が妖を圧倒していく。
(フィオナさん、右の湯から新手……あの動き、水を練ってる)
沸き上がる敵の攻撃方法から正確にその特質をぼいどが見抜き、送受心で伝達する。
「一つ! 二つ! 次はどこ!」
「正面、隠れて……る! 右の湯のは……遠距離!」
それらの情報に加え桃や誡女が積極的に声を張ることで情報共有をより確かな物にしていた。
情報があるということは、即ち立ち回りが有利になるということ。
「回り込ませはしないよっ!」
初手こそ強化に回ったが、そこからフィオナは早かった。加速した分もあり灯、誡女に並んで相手を大きく上回る手数で行動する。
「いくぞ、ガラティーン!」
愛剣の名を叫び湯煙を駆け抜ける。
振るう刃は二本の太刀筋が一つに見えるほどの高速の斬撃、疾風双斬。
「ヒィッ!」
「ギォォッ!」
前列の、特に中衛のゆかりを狙いに来る相手を目掛け刃は奔り、切り裂いていく。
「次ぃ!」
急ブレーキをかけた足は体をくるりと回転させて、ぼいどの指示があった敵へと弾丸のように跳んだ。
蒼炎を纏った剣で一刀両断。沸き出した増援を切り伏せる。
「ヒュウッ!」
「やるじゃない!」
フィオナの八面六臂の活躍を目にした遥と桃にさらに熱が入る。競い合う友である彼らはお互いの力を鼓舞するように戦場を舞った。
(この勢いなら……空閑さん!)
(任せて)
送受心を駆使した灯とぼいどが同時に動く。
戦局有利と見た灯が体術を温存し始め、ぼいどは彼女の動きに合わせてBOTを展開、前に出て敵を纏めて貫通波動弾に巻き込み殲滅力を高める。
「……今か!」
前衛の傷の具合に合わせ、秋人の支援の手が動く。
癒しの霧と潤しの雨。二つの回復は覚者達に窮地という状況をまったく与えない。
「お、これはイケるのでは? 思いっきり燃やすのです!」
ゆかりの炎が中列の妖を焼いたのが戦闘開始から1分の時が経った頃。
「ほお!」
力を溜めるミチユキの見下ろす先、戦場の妖達はその悉くを殲滅され霧散していた。
「FiVE! 想像以上ですな、ミチユキ様!」
「ああ。だが……」
息をつく間もなく新手が出現する。それも、一気に十体。
「ここからが本番だ」
練り上がっていく力を感じながら、ミチユキは愉快そうに戦場を見守っていた。
●突破と挑戦
戦いが始まり2分が経過しようといった所で、状況は尚も覚者が優位だった。
「ッ!」
敵の水弾を受け止めたたらを踏んだぼいどの足を、ぬるりとした地面が受け止める。本来なら体勢を崩すそれをしかし靴底に仕込んだ滑り止めが防いだ。
「無理はしちゃダメだよ?」
「ん」
即座に傷を癒し始めた秋人の助言に頷きを返しながら、敵の中陣へ切り込んでいった遥達を見やる。
「っとと!」
「遥、手!」
連撃の繋ぎで体を浮かせてしまった遥の手を掴み桃が独楽のように回る。そして投げる。絶妙なバランス感覚に基づいた無茶な動きだ。
「動き止めるから!」
「了解!」
仕留めきれない量の敵を捌くため、桃は攻撃ではなく鈍化の捕縛蔓を展開、妖達を絡め取っていった。
投げられた遥は再び攻撃の構えを取り、ミチユキを狙っていた遠距離型の妖に雷を顕現させた拳でぶん殴る。
「グギッ!」
(浅いか!?)
当たりの実感の無さに遥は顔を顰めたが、直後。
「ガギャッ!」
遥の動きにクロスさせるように灯が駆け抜け一閃、止めを刺す。
「次っ!」
彼女の視線は既に別の敵を捉え、靴が多少滑ろうとも物ともしない速度で走っていく。
時間は着実に進み、際限なく沸き上がる敵がどんどんとその数を増していく。
覚者達は現時点で一人の脱落もなく、戦えない状態に陥る者もいない奮戦ぶりを発揮していた。
主戦場となっていた敵を再び殲滅しきった頃、誰かが声を張り上げた。
「あれっ! 妖達が!」
気づけば戦場に殺到しようと20や30などゆうに超える数の妖達が、覚者達の眼下から這い上がりひしめいている。
「ぎょえぇぇっ! あれはさすがに無理なのです!」
「落ち着いて田中さん、もう時間だ」
「え、時間?」
秋人の言葉にハッと我に返ったゆかりは、虫の知らせを受けたかのように後ろを振り返る。
「お待たせしました、人の子らよ! ミチユキ様の御力、お披露目の時です!」
丁度そのタイミングで千鳥の誇らしげな声が戦場を駆けた。不思議とよく通る声だった。
振り返ったゆかりはハッキリとその眼で見た。
「ど、どっひゃぁぁ!?」
全身に雷を纏いさらに肥大化し、その姿周りの木々よりも高く立つ雷獣ミチユキの姿を。
「!」
ぼいどはその身にミチユキの意識を受け取る。
(伝説ニ挑ム強者ハ何レカ!? 挑ム者ハ我ヲ見ヨ! 挑マヌ者ハ疾ク遁レヨ!)
その意志の圧はぼいどの背筋を震わせる。けれど、自分に与えられた役割に気づけば即座に辺りを見回し仲間の姿を確認する。
「来たるべき新しい時代もこの身で照らせるように、挑みます……!」
「アンタの全力、オレの拳が、全力でもって迎え撃つぜ!」
「私の剣の名に賭けて……炎で雷を――斬ってみせる!」
「認めて貰うわ。貴方を乗り越えたい純粋な気持ちと、一緒に戦ってくれる仲間をこれからも守っていくために!」
「覚悟は完了してるよ……俺は、いつだって最善を尽くす」
戦場に残ったのは自分を含めて六人。ぼいどはそれを確かめてからミチユキへと向き合った。
(挑戦者六名。巻き込んでよし)
意識は確かに送られた。雷獣は、その瞬間確かに笑っていた。
そして秒針は進み、ミチユキは迅雷となった。
●迅雷を断つ!
曰く、その時鳴り響いた雷音は九州全土に轟いたと伝えられる。
大雷獣ミチユキはまず空へと跳び上がる。それは数多の電光を奔らせ刹那も待たず完遂された。
覚者達を飛び越え這いずる妖共に飛び込む。そしてただ、通り過ぎる。
「――――ッ」
たったそれだけのことで、妖達は消し飛んだ。
さらには妖達を通して未だ地に眠る妖の気配すらを焼き切った。
挑戦を誓った覚者達は初めてそこで自分達が飛び越えられたことを知り、妖の居た場所を見る。
そして戦慄する。
この技は、彼の全てだと。魂で理解する。
行くぞ、と。彼は吠えた。
轟音と共に木々が鳴き、大地が震える。
「雷怖いです! おへそ取られちゃいます!」
「こ、っち!」
慌てふためき逃げ惑うゆかりの手を掴み、誡女は戦場を離れ近くの森の中へと飛び込む。
苦し紛れに投げたゆかりの斧が稲妻の一つを吸い寄せ、バチリと激しく閃光を迸らせ遠くへ弾かれる。
「ひぇっ、みなさんは無事なのへぶっ」
「……伏せて!」
顔をあげようとしたゆかりを潰し、自身も身を低くしてやり過ごす。
不思議と雷光は逃げた二人にそれ以上の危害を加えなかった。
桃はまず己の欲を捨てた。
(相手の力の一端を知る? 血肉にする? そんな余裕なんてない!)
見せつけられた力は、今の己が見知ってどうのという段階の物ではないと即座に悟った。
だから、彼女はただそれだけを探した。
(左目の傷! そこを捉えれば!)
左手の刀は地に、右手の刀は真っ直ぐに。生き残るために絶対に必要だと全身が叫んでいた。
(雷にだけは、負けるわけにはいかないんでな!)
その隣で、鳴り響く轟音にも恐れず遥は真っ向勝負とばかりに身構えた。
防御、気合。やること、ミチユキにカウンターで正拳突きを叩きこむ!
思考はシンプルに、それがそのまま早さになる。
「桃! フィオナ! 称号はオレがいただくぜ!」
必勝の意識だけを武器に、遥は雷へと挑む。
秋人は迫りくる熱を前に冷静だった。
(これを乗り切ることが試練なら、俺に出来ることは……!)
本来なら仲間を癒すために使う水気の霧を、自らの前面に展開する。それは迫る痛みへの保険であり、
(雷の性質をあの力が持つのなら、光の乱反射……いけるか!?)
覚悟はある。秋人の瞳はただ正面を見据えていた。
(先程の移動で起こった空気の震え、肌で感じる刺激。その全てが私に教えてくれています)
何よりも己の目を信じ、灯は分銅をアースに、鎌を避雷針に見立て立ち向かう。
(私は私を越え、より高みを目指していかなければならないんです……!)
故に灯は挑む。無茶だと理解していても。
ぼいどは鳴り響く音の中土壁を盾に身構えていた。
(空電の原因、雷獣の結界、電磁波が原因なのだというなら……)
自分は見届けなければならない。それは試練以上に自分がなさねばならない使命のようにも感じていた。
「……!」
展開する土壁はVの字を描く。突端から雷撃を迎え撃ち削り抜く構えだ。
その少し離れた所で、フィオナが力を溜めていた。
(ゆかり達はちゃんと逃げられたようだな。だったら!)
見るべきは前だ。彼女の空色の視線は鋭さを増し、愛剣の柄を握る力を増す。
そして、電光の津波は彼らを飲み込んだ。
強すぎる電圧はアースとして用意した備えを簡単に砕く。吸い寄せたことで耐えられなくなり、武器は弾かれ飛んでいく。
壁として前面に張った石壁は、その先端から削られ砕かれ消し飛んでいく。霧は食い破られ、弾けて消えた。
あまりにあっさりと、覚者達の守りは破られる。
だが、それは確かに役目を果たしたことの証左でもあった。
しかしそれでも、雷獣の雷は彼らを蹂躙するに足る威力を残していた。
だから、ここからは己の全てが、覚悟が、問われることとなった。
ミチユキは始めにそうしたように彼らの間も駆け抜けた。
駆け抜けて、初めに立っていた場所で立ち止まり、己の行いの跡を見下ろす。
挑んだ覚者達の誰一人として立っている者はいなかった。
「ミチユキ様!」
羽ばたいてくる千鳥の声を聴きながら、彼は確かにその手応えを感じていた。
「……見事也!」
直後、ミチユキの体から複数の傷が生まれた。
●雷切
「……!」
灯は武器が弾かれるのを予想していたかのように、その持ち手を入れ替える。雷光が武器に奔る瞬間手放し、再び握る。
手が焼ける。けれど離さない。
「はぁぁぁッッ!」
彼女は裂帛の気合と共に、鎌を振るった。
それがミチユキの前足を切り裂いた。
「うおおおおおお!」
遥は雷光の中にあっても瞳を閉じなかった。慣れ親しんだその輝きから目を逸らすことなどありえなかった。
「そこだあああ!」
自分の体が焼き潰れる事もいとわず彼は真っ直ぐに拳を放つ。
それは確かにミチユキの胸元を打った。
「なっ!」
左の刀が弾き飛ばされた時、桃の脳裏には一瞬の焦りと後悔が浮かんだ。だが、
(こちとらそんな生半可な覚悟で挑んでんじゃないのよ!!)
覚悟。それだけは他のどの覚者よりも彼女は抜きん出ていた。
「負けるもんかぁぁぁ!!」
歯を食いしばり振るわれた右手の刀は、ミチユキの左頬を横一文字に切り抜けた。
覚悟。ことそれに関してぼいどは自らが傷つくことを考えていた。それでも見たいから挑んだ。
だが、フィオナはそれを認めなかった。
「うおおおーっ!!」
彼女は溜めていた己の技を解除して、ぼいどを庇うことを選択する。ぼいどの前に割り込み雷への壁となる。
ぼいどがそうしたように凸に愛剣を構え立ち向かう。
(私の剣も伝説なんだ! ……例えそれが本当でなくても、同じ名を冠する別物であったとしても!)
彼女の手の中にあるのは、彼女の信じる伝説そのものだ。
「せい、せい、どう、どうーーーー!」
ぼいどはフィオナの戦いぶりを見ていた。時代を切り開く蒼い炎の煌きを見ていた。
今まで自分達を守り閉じ込めてきた空電の極みが、目の前で切り払われていく様をしかと見届けた。
フィオナの刃は大事な仲間を守り抜いた。
全ての決着の後、覚者とミチユキは湯治と洒落込んでいた。
「ダメだったか……」
悔しげに呟く秋人を守護使役のピヨが慰めるように寄り添った。
即座に誡女の治療が行われたこともあり、重症者は多かったが誰も命に別状はなかった。
「しかし四人か。やるもんだ」
傷ついた前足を舐めながらミチユキは笑う。心の底から楽しげに。
「いやぁ~、ゆかりは貴方達がやってくれるって信じてました!」
彼が認めた強者は四人。灯、遥、桃、フィオナ。
今は疲労からかゆかりの声も届かず湯に溶けてしまっているが、彼らこそ“雷切”だ。
「人の世がますます面白くなりそうだ」
ミチユキの視線は、少し離れた所で鉱石ラジオを操作するぼいどに向けられる。
「……でんぱのこえは、かわりましたか?」
耳を当てても、今はまだノイズしか聞こえない。
場所も悪ければ今この瞬間に動く発信局などありはしないのだから。
だが、そう遠くない未来。また音を拾い始める。
「新しい……繋がり、ですか」
誡女の言葉は雷雲過ぎた澄み切った空へと溶けていった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし

■あとがき■
依頼完了。覚者の皆様はお疲れ様でした。
そして、伝説へ挑戦した皆様、それを補助した皆様。お見事!
ミチユキに認められた実績を発揮した方々に『雷切』の称号が与えられます。
皆様の活躍により、九州を覆う雷獣結界はその役目を終えました。
これから新しい世界が広がっていくことでしょう。
今回のお話、楽しんでいただけたなら幸いです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
そして、伝説へ挑戦した皆様、それを補助した皆様。お見事!
ミチユキに認められた実績を発揮した方々に『雷切』の称号が与えられます。
皆様の活躍により、九州を覆う雷獣結界はその役目を終えました。
これから新しい世界が広がっていくことでしょう。
今回のお話、楽しんでいただけたなら幸いです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。
