トロッコと笑顔
●天秤
例えばの話。
以下に述べるのは倫理学の有名な思考実験だ。
暴走するトロッコがある。その線路の先には一人の少女がいる。
幸いにもその線路はスイッチ式で進路を変えられる。
しかしその進路を変えた先には、五人の男。
線路を切り替え五人の男の命を犠牲にするか、それとも一人の少女が死ぬのを傍観するか。
しかし、貴方にはどちらも犠牲にしない方法が用意されている。
――自らの身を投げ、そしてトロッコを止めることだ。
●笑み
雨が、降ろうとしていた。
どんよりと鉛色の雲の下、そこにあったのは工事現場。
そして、そこにいたのは三人の人物。
一人は少女だった。16歳程度の学生だろう。
学校の授業を終え帰宅途中だったようで、鞄をぶら下げ特に何を考えることもなく歩いていた。
一人は男だった。30も半ばを過ぎた、スーツ姿の勤め人だった。
偶然この場を通り過ぎただけだったのかもしれない。
一人は青年だった。そして、覚者だった。
腰の辺りに鳶色の翼を持つ彼もただ、偶然この道を歩いていたようだった。
次の瞬間、クレーンで宙づりになっていた鉄骨が落ちた。
重力に従って次第に速度を増すソレの先にいたのは、少女。その光景を見ていた男が、咄嗟に少女の身体を突き飛ばす。
少女は無事だった。幸いにも擦り傷と軽い打ち身程度だった。
しかし、当然ながら。
「………………」
鉄骨の下。その少女の身代わりとなった者の血が、アスファルトに飛び散っていた。
その光景を見ていた翼人の青年は、直後驚きはした。だが、しばらくしてからまるでその光景がさも当たり前であるかのように、諦念に満ちた笑みをその顔に浮かべていた。
●人が死ぬ
「今日の夕方、人が一人死ぬ」
朝。集まった覚者の面々を前にし、久方 相馬(nCL2000004)が重々しく口を開いた。
「……俺も色んな夢見てきたけど、今回のはなんつーか。……かなり後味悪くってさ」
相馬はそう言いつつ、どこかげっそりとしながら本題を切り出した。
事件は今日の夕方発生するらしい。
現場は工事現場。
被害者はサラリーマンの男性。
突如発生した妖の仕業によって鉄骨の下敷きになり、死ぬそうだ。
「だからそのサラリーマンが死なないように妖を退治してほしいっつー話なんだ。妖は物質系。一つはランク1で鉄骨そのものなんだが複数出てくるから気を付けてくれ。で、もう一体はランク2でクレーンなんだけど、攻撃すると部品をばらまいて雑魚を呼び出してくる可能性がある」
そこまではまだ、ありふれた話だった。
さてどうやって一般人の侵入を防ぐべきか、はたまたどうやってその妖を蹴散らすか。そんなことを思い思いに考える面々を見て、相馬はポツリ。
「その場所にもう二人……人間が来るんだ」
とだけ。覚者の視線が彼に集まった。
「一人は一般人。普通の女子高生だと思う。で、問題はもう一人なんだけど。……覚者なんだ。天行で因子は翼。名前は空野 旦太(そらの あした)。年齢は19歳。五麟大学に通う大学生だ」
そこまで相馬が言って、覚者の1人がこう聞いてきた。
なんだ、それじゃあ保護する対象を増える訳か、と。
相馬はそれに眉根を寄せた。
「まあ確かにそうなんだけど。問題はそうじゃなくってさ。俺、見たんだよ。そのサラリーマンが女子高生を庇ってさ、死ぬんだけど」
そこまで呟いてから深い息を吐き、そして言葉を続ける。
「その旦太って奴、サラリーマンの男が死んだ直後に笑ってたんだ……」
突然起きた悲劇。その渦中にいるにもかかわらず、笑っていた青年。それが相馬には気味が悪くて仕方が無かった。
笑っていた理由は分からない。
その青年が妖を手引きしているのか、それとも他に何か理由があるのか。相馬はそれに薄気味悪いものを感じてならなかったのだろう。
しかし覚者たちのすべきことは変わらない。
誰も死なせずに、妖を討伐することなのだ。
例えばの話。
以下に述べるのは倫理学の有名な思考実験だ。
暴走するトロッコがある。その線路の先には一人の少女がいる。
幸いにもその線路はスイッチ式で進路を変えられる。
しかしその進路を変えた先には、五人の男。
線路を切り替え五人の男の命を犠牲にするか、それとも一人の少女が死ぬのを傍観するか。
しかし、貴方にはどちらも犠牲にしない方法が用意されている。
――自らの身を投げ、そしてトロッコを止めることだ。
●笑み
雨が、降ろうとしていた。
どんよりと鉛色の雲の下、そこにあったのは工事現場。
そして、そこにいたのは三人の人物。
一人は少女だった。16歳程度の学生だろう。
学校の授業を終え帰宅途中だったようで、鞄をぶら下げ特に何を考えることもなく歩いていた。
一人は男だった。30も半ばを過ぎた、スーツ姿の勤め人だった。
偶然この場を通り過ぎただけだったのかもしれない。
一人は青年だった。そして、覚者だった。
腰の辺りに鳶色の翼を持つ彼もただ、偶然この道を歩いていたようだった。
次の瞬間、クレーンで宙づりになっていた鉄骨が落ちた。
重力に従って次第に速度を増すソレの先にいたのは、少女。その光景を見ていた男が、咄嗟に少女の身体を突き飛ばす。
少女は無事だった。幸いにも擦り傷と軽い打ち身程度だった。
しかし、当然ながら。
「………………」
鉄骨の下。その少女の身代わりとなった者の血が、アスファルトに飛び散っていた。
その光景を見ていた翼人の青年は、直後驚きはした。だが、しばらくしてからまるでその光景がさも当たり前であるかのように、諦念に満ちた笑みをその顔に浮かべていた。
●人が死ぬ
「今日の夕方、人が一人死ぬ」
朝。集まった覚者の面々を前にし、久方 相馬(nCL2000004)が重々しく口を開いた。
「……俺も色んな夢見てきたけど、今回のはなんつーか。……かなり後味悪くってさ」
相馬はそう言いつつ、どこかげっそりとしながら本題を切り出した。
事件は今日の夕方発生するらしい。
現場は工事現場。
被害者はサラリーマンの男性。
突如発生した妖の仕業によって鉄骨の下敷きになり、死ぬそうだ。
「だからそのサラリーマンが死なないように妖を退治してほしいっつー話なんだ。妖は物質系。一つはランク1で鉄骨そのものなんだが複数出てくるから気を付けてくれ。で、もう一体はランク2でクレーンなんだけど、攻撃すると部品をばらまいて雑魚を呼び出してくる可能性がある」
そこまではまだ、ありふれた話だった。
さてどうやって一般人の侵入を防ぐべきか、はたまたどうやってその妖を蹴散らすか。そんなことを思い思いに考える面々を見て、相馬はポツリ。
「その場所にもう二人……人間が来るんだ」
とだけ。覚者の視線が彼に集まった。
「一人は一般人。普通の女子高生だと思う。で、問題はもう一人なんだけど。……覚者なんだ。天行で因子は翼。名前は空野 旦太(そらの あした)。年齢は19歳。五麟大学に通う大学生だ」
そこまで相馬が言って、覚者の1人がこう聞いてきた。
なんだ、それじゃあ保護する対象を増える訳か、と。
相馬はそれに眉根を寄せた。
「まあ確かにそうなんだけど。問題はそうじゃなくってさ。俺、見たんだよ。そのサラリーマンが女子高生を庇ってさ、死ぬんだけど」
そこまで呟いてから深い息を吐き、そして言葉を続ける。
「その旦太って奴、サラリーマンの男が死んだ直後に笑ってたんだ……」
突然起きた悲劇。その渦中にいるにもかかわらず、笑っていた青年。それが相馬には気味が悪くて仕方が無かった。
笑っていた理由は分からない。
その青年が妖を手引きしているのか、それとも他に何か理由があるのか。相馬はそれに薄気味悪いものを感じてならなかったのだろう。
しかし覚者たちのすべきことは変わらない。
誰も死なせずに、妖を討伐することなのだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖3体+αの討伐
2.その場に出くわす三名を無事保護すること(軽傷までなら可)
3.なし
2.その場に出くわす三名を無事保護すること(軽傷までなら可)
3.なし
純戦ですが薄気味悪い謎を込めておりますのでその理由を推測するもよしです。
何であれ成功すればハッピーエンド自体は間違いないので、安心して参加して下さい。
単発依頼なので空野旦太(以下、旦太)の笑顔の理由は陰謀等ではないですが、その真実が明らかになるのは皆様のプレイング次第でしょう。
当該依頼は時間が迫っており、事前調査は不可能です。
従って旦太等のNPC身元は以下データを超える物を入手することは出来ません。
道路を封鎖する等の申請は有効ですので上記2つの目的を達成し、成功すること自体はさして難しくないでしょう。
ですがその場合OPの一部の真意や相馬が言っていた旦太の「笑顔」の理由は謎のままとなります。
逆に彼等3人が現場に近づいた状況で交戦となると彼等を庇いつつ戦う必要がある為、一般人を引き離しつつ戦う等の工夫が必要になります。
しかし妖のランク自体がさほど高くないこと、募集人数が多いこと等から難易度は普通の域を超えません。2つの条件を守り笑顔の理由を知るのは無理難題ではないでしょう。
§エネミーデータ
・妖(クレーン)×1
ランク2の妖。正式名称はラフレレーンクレーン。STがあんまクレーン詳しくな……いえいえ何でもありません。
総重量は約1.4t。かなり重い上にストッパーが掛かっているのでノックバックは効きません。
クレーン部分無しで、縦8m横2m高さ3mの車体を持ちます。
クレーンの腕部分は妖が宿っているために上下前後左右360度自由自在に動きます。
ある程度本体を叩くとフック部分から宿っていた妖がフックごと地面に落ちて顔を出します。
クレーン自体は非常に頑丈なので物理も特殊ダメージも効きづらいようですが、クレーンに宿った妖自体の防御は双方決して高くないのでどちらでも有効打となります。
スキル
クラッシュ(遠距離単)腕部分で対象一体に物理的ダメージ
暴走(遠距離列)フックを振り回しこちらの前衛の列に物理的ダメージ
呼び出し フックに宿った妖の体力が半分を切ると発動。PC参加数、レベルに応じて部品(長さ3mの金属片の妖)を2~8体呼び出す。
・妖(金属片)
ランク1の妖。クレーンによって呼び出される。
黄色い金属片と赤い金属片がいるが能力に差はない。全長約3m前後。
スキル
体当たり(近接単)対象一体に物理的ダメージ
突進(単貫2)対象一体とその後方に物理的ダメージ
・妖(鉄骨)×2
ランク1の妖。銀色の鉄骨。全長約5m。サラリーマンを潰した張本人(人?)
スキル
体当たり(近接単)対象一体に物理的ダメージ
金属音(遠距離単)特殊攻撃。命中した場合対象の防御力を下げる。
金属片と鉄骨は出現した瞬間からクレーンを庇うように前衛に出てきます。
鉄骨と金属片は体術や術式により(ノックバックでなかったとしても)吹き飛ばそうと思えば可能な重量です。
鉄骨の方が物理的耐久に優れ、金属片の方が特殊耐久に優れているようですが、あくまで「ちょっと優れている程度」なので鉄骨に物理系の体術をぶつけたり、金属片に術式を放って倒すことも可能です。
§覚者データ
空野 旦太(そらの あした)
19歳。五麟大学理学部に通う大学生。
天行翼。FiVEには属していませんがその存在や儚因子があることは知っており、FiVEについてはいい印象も悪い印象も持っていません
「ああ。あの覚者集団か」ぐらいの認識です
条件次第ではPCの指示(仲間の回復、一般人を連れて逃げろ等)に従います。プレ無記入の場合は旦太自身が判断し適宜行動をとります。
スキルは雷獣、填気、エアブリット、迷霧、癒しの霧
技能スキルは韋駄天足、飛行
特攻、反応速度が高めですが物理耐久は低いです
彼の人となりですが、少々達観した所は見受けられますが明るい性格で普通に応対は出来るようで、友人も数名いるようです
条件さえ満たせば彼が今後FiVEに協力することもあるかもしれません
§一般人データ
サラリーマン(35歳男性)
高校生(16歳女性)
その場を通りかかった一般人です。FiVE側で取り急ぎ調べた限りだと旦太との接点は一切ないです。
FiVEの存在は知っているのでPCの指示には従います。
§状況
移動手段についてはFiVEが手配をしてくれます。
事件現場についてですが、幅4m程度、片道一車線のみの道路に工事現場が隣接しています。
道路は交通量が少なく車が通ることは稀です。
相馬の夢ではサラリーマンの男性はこの道路を歩いていた時に鉄骨の下敷きになって死んだようです。他の二人もこの道路を歩いていました。
幸いにも本日の現場作業は終わったので工事現場に人はおらず、工事現場自体も広いです。
建っていた建物を壊した後で、これから建物を建て始めようとしていた時だったので妖のクレーンを含め覚者たちの戦闘で重機含め現場や周囲に被害が及ぶという心配も無用です。
それでは皆様の参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年11月30日
2016年11月30日
■メイン参加者 10人■

●鈍(にび)
空一面、厚い雲に覆われている。予報では夕方から夜にかけて雨が降るそうだ。今回の依頼を受けた10人の覚者達は大型車に揺られ、現場に急いで移動していた。
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は憂い顔の空を、大型車の車窓からその青い瞳で眺めていた。
諦念に満ちた顔。夢見が見たという未来で笑っていた青年の心境は、こんな空模様なのだろうか。
そんなことを思っている彼女の傍らで、中田・D・エリスティア(CL2001512) が口を開く。
「人が死んで笑ってるってのは気に食わないね」
どんな理由があるかは知らないけれどと付け加えるが、そんな彼女の緑の視線はシビアだ。率直な感想なのだろう。
それを聞いた『希望峰』七海 灯(CL2000579)は、少し思案を巡らせてから慎重に言葉を選んで口を開く。
「確かに、人の死に遭遇したのに笑顔だったというのは普通じゃありませんが……」
そこまで言って、少し言葉を濁す。恐らく何か裏があるのかもしれないと思ったものの、あくまでそれは推測だと感じたのだろう。そんな空気を読まずに『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)が同意を示した。
「俺も彼の感情が気になって気になって仕方がありませんね。興味深いです」
当然妖を退治することも重要だとは分かっているのだが、それでも泰葉の興味のベクトルはその笑顔の理由にある。
「まあ笑顔って言っても色々あるしさ。でもまずは妖退治じゃね?」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)が面々の様子を見てそう言う。彼にしてみればこんなことで人が死ぬなど見過ごせる筈がない。自分にはそれを回避させる能力も自信もあるのだ。だから今回の依頼も成功させるぞと意気込んでいる。
隣にいた『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)も、相棒である翔の言葉に頷く。
「不幸な未来はお断りだよね。誰もそんなの望んでないんだし」
「死そのものは避けられないがな。こういう事件は俺達の力があれば回避できるんだ。やるっきゃないだろ」
日頃工房で細かい作業をしているせいか、香月 凜音(CL2000495)はどこかけだるそうに首を回してそう言う。しかしその言葉は意気込みを感じさせるには十分だ。
「ん。二人は大丈夫?」
紡が気になって後部座席にいる二人――如月・彩吹(CL2001525) と新堂・明日香(CL2001534) に声を掛ける。灯もそちらに視線を向けた。中田もそうだが彼女達も今回が初の依頼だ。
「私は大丈夫さ」
彩吹は泰然自若と言った様子で頷きを返した。男手一つで育てられた彼女のその深い藍の瞳は紡と灯を真っすぐ見据えている。
「誰も死なないように敵を倒す。シンプルな作戦だよね」
膝の上にいる白猫の守護使役を何度もふわふわと撫でながら、明日香も決意に満ちた目で頷いた。
「初めての仕事だしね。あたしもこの子と頑張りますよ!」
「そっか。ボクもフォロー頑張るから安心してね?」
「俺も身体を張って仲間を守るしな! 安心しろ!」
『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)が目を見開き、胸を張ってそう断言する。少しなごんだ空気の中、しかし悟は、遠くに見えるクレーンを見て一人思った。
(ああ、鉄骨は当たったら痛いだろうな……。でも潰されたら死ぬだろうな……。いやしかしあのクレーンに吊るされるのも捨て難い……)
そんな彼のマゾヒスティックな欲求に気づいたのは、果たして何人いたものか。
●白
ギィ、と。不穏な音がした。灰色の空に、銀色の鉄骨が宙吊りになっている。近くを通ろうとした翼人の青年、空野 旦太はそれに嫌な予感を一瞬覚えたものの、しかし歩みを進めた。
その場にいたのは旦太を含め3人。クレーンの丁度正面に少女がやってきたその時のこと。
何かが大きな音を立てて、千切れた。鉄骨は重力を受けどんどんと速度を増し、少女目掛けて落ちていく。あぶない、と彼が気が付いて叫んだその瞬間には、既に彼女が避けるには遅かった。
突然黒い影と電気を帯びた何かが前を横切り、耳をつんざくほどの轟音が響く。膨大な熱と周囲に淀む湿度で湿気が水蒸気となって周囲が白に染まる中、2本の鉄骨は後方へと派手に吹き飛ぶ。
もやの掛かった視界の中、得意げな声が聞こえた。
「ピンチの時にこそヒーローってのは来るんだぜ?」
その言動には似つかわしくない長身の体躯の青年がびしっとまるで特撮ヒーローの如く颯爽と現れ、旦太はぽかんとしていた。
「危なかったねぇ青年」
その左腕と両足を獣化させた黒猫の人物にそう声を掛けられ、困惑を隠せぬまま彼は周囲を見回す。
サラリーマンの男の傍には茶髪の女性が。そして女子高生の傍には黒い翼の女性がいた。
「こっちは保護したよ!」
「こちらも同じく。ここは危ない。誘導するから離れよう」
一般人にそう避難を促す二人に、今度は青い髪の少女が凜とした声で言った。
「とりあえず二人に従って逃げて下さい!」
「さあ! 俺が全部受け止めてやる!」
混乱する頭でようやく結論を導き出そうとした頃には、鉄骨とクレーンに立ち塞がりその四肢を盾と化す白髪の男の姿が。何か今し方鉄骨が物理的にあり得ない動きをして彼に激突し、男は男で何か感極まって言った気がするが無かったことにしよう。
鉄骨は見事に男に気を取られたようで、彼の周囲を音を立てて飛び回っている。
「そこのお兄さん」
「へ?」
中性的な声が聞こえたのでそちらを向けば青い翼の少女が一人。
「ちょっと妖退治に来たFiVEです」
「ふぁいぶ……」
「最近秘匿組織じゃなくなったからアンタも知ってるだろ」
赤い瞳をこちらに向けてそう言う灰色の髪の少年に、旦太は頷きを返した。
「リーマンとJKの二人は無事な所に連れてったけども。君はどうする?」
「どうするって……」
「力を貸して下さい」
今度は銀髪の少女が口を開いた。彼女は真剣と言った面持ちでこちらをその赤い瞳で見ている。どこか何かを見透かされたような気がして、旦太はわずかに目を横に逸らした。
「無理にとは言いません。ですがもし今踏み出す勇気があるなら……一緒に戦って欲しいんです」
「それって――」
旦太が呟いたその時、クレーンが急にそのフックを振り回し暴れる。
しかし、それは先程鉄骨に吹き飛ばされ悦に入っていた男が吐血しながら受け止め、カウンターとばかりに吹っ飛ばした。
そこに追撃するように、少女が炎をまとい青い髪を揺らしながらその脚で蹴り飛ばす。
「流石にクレーンの奴、硬いな」
不惑手前と言った様子のこれまた渋い紫髪の女性がぼそりと一言。
彼女は手に持った種を鉄骨の一本に向けてピンと弾いた。その種が鉄骨に付いた瞬間、とてつもない音を立てて軋み、鉄骨を貫かんと襲い掛かる。
そこに先程の黒猫の獣憑きがナックルに炎をまとわせ鉄骨を吹き飛ばした。
「この様子じゃあんまり暇ねーぜ?」
射貫くような、こちらに向けられたその紫色の髪の女性の厳しい視線。それに旦太は少し眉根を寄せた。
「大丈夫ですよ。あたしだってこれが初めての戦いだし」
今度はさっき女子高生を保護した女性が彼に話しかける。
どうやら今は覚醒状態らしくその瞳は蒼で髪は銀色だ。韋駄天足を使うために敢えて覚醒しなかったのだろう。
そして、鉄骨からの攻撃に身を張って戦う陰陽師姿の青年が大きな声を上げて一言。
「安心しろ! みんなで戦えばぜってー生き残れる!」
その言葉に、彼は何かハッとした様子で目を見開いた。
「さ、早く立って」
黒い翼の女性が、彼に手を差し伸べる。
「ふふ。腹が決まったみたいだね。お仲間さん」
「俺にも名前があるんだけどな?」
女性の手を借りて立ち上がった。
「翔、待たせたな」
灰色の髪に赤い瞳の覚者、凜音はそれを見て癒しの霧を発動し、前衛の覚者の傷を癒しつつ声を掛ける。
「へへっ。これぐらい痛くもかゆくもねーって」
それに対し、凜音に名を呼ばれた長身の青年、翔は負けじと笑った。
「やせ我慢は禁物だよ。相棒」
それを見て青い翼の覚者、紡は翔に声を掛ける。翔はそれに別にやせ我慢じゃねーよとごちた。
「こんなハードなプレイ、俺にはまたとないご褒美なんだがな」
翔の傍らで鉄骨の金属音やクレーンの虐げを受けていた白髪の覚者、悟は一切よろめきもせず立っている。
「クレーンがやはり硬いですね」
そんな面々を一切気にせず、青い髪をポニーテールにした覚者、灯は敵を見据えてそう呟く。
「鉄骨潰せば少しは楽になるだろ?」
二本の剣を持ち、中年の女性覚者、エリスティアがそう灯に返した。
「ならまずは鉄骨を潰すのが先ですかね?」
黒猫の覚者、泰葉がその金の瞳で獲物を見据えて呟く。
「私はクレーンに攻撃しますね」
その言葉に赤い瞳と銀の髪の魔女、ラーラが頷きを返し、封印を解かんとその本、煌炎の書に手を掛けた。
「一般人の人達の事は逃がして安心させた。後は妖を倒すだけ。単純な話だ」
一対二本の刀を携え、黒い翼の覚者、彩吹が余裕の笑みを浮かべる。
「あたしさ、ちょっとドキドキしてるけど。皆や雪ちゃんがいるから大丈夫って信じてる」
猫の守護使役と同じように銀の髪と蒼の瞳を持った覚者、明日香はそんな面々を見回しながら、弓を携えた。
総勢10人の覚者。その背を見据え、旦太も鳥の守護使役に触れる。
「行くか、しーた」
直後彼のその腰の翼が、無数の鳶色の羽根を散らした。
それを見た灯は思う。彼にエネミースキャンを使う必要が無くてよかった、と。
あのスキルは敵を解析するものだ。味方にやったらその人物の心証が悪くなるのがオチだったろう。
「よーし。じゃあガンガンいくよー」
紡がクーンシルッピをくるくると器用に回し、演舞・清爽を発動する。
それが戦いへと向かう、合図だった。
「特に障害物はない。前衛中衛の連中好きに暴れろ!」
周囲の状況を調べ、敵の解析を進めながら金属片のタイミングを見計らう凜音がそう伝える。
「私もあの人達を逃がすときに周囲を見たが、特に心配は要らないみたいだ」
彩吹の言葉に翔が手に持ったスマホの画面に触れ、雷獣を撃ち放つ。
鉄骨が反動で派手に上へと吹き飛ぶ。そこに錬覇法で能力を強化した明日香の召雷が追撃で降り注ぐ。何度も何度も空は戦慄き、紫電がうなりを上げた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……」
ラーラは煌炎の書の封印を解き、意識を集中させるために言葉を紡いていた。
「イオ・ブルチャーレ!」
その言葉と共に巨大な火球が現れ、翔が飛ばした鉄骨の間を縫うように炎がクレーンへと飛んでいく。火焔連弾は流石に強力な一撃だったらしく、ぶらんぶらんとフックと共にクレーンが揺れた。
その上、鉄骨への攻撃は止まない。紡の戦巫女之祝詞と、彼女が協力を求めた明日香の戦之祝詞の効果で物理攻撃を得意とする覚者達の火力は増していた。
灯は携えた影鎖を振り回し、二本の鉄骨目掛けて地烈を放つ。鉄骨が地面に叩きつけられた所に葛葉の爆裂天掌がクリーンヒット。一本が無残な形となってひしゃげた。
もう一本はと言えば、何を血迷ったのか覚者達の間を縫って彩吹の元へ。
しかしそれは無惨にも、彼女が息を吐くように放った鋭刃脚の一撃で紙の如く吹き飛んだ。
「なんだ。もう少し壊し甲斐があると思ったのに」
あっという間に鉄塊と化した妖に、思わずポツリ。
しかしこれで邪魔は無くなった。凜音の回復を合図とし、覚者達の一斉攻撃がクレーンに降り注ぐ。無数に鳴り響く雷霆。それに追撃の如く走る稲妻。輻射熱で熱くなる空気。金属を貫く木の棘。圧縮されて凶悪な威力を持った水の凶弾。炎を纏った拳。鎌の刃。スリングショットの弾丸。鉄塊さえ容易く吹き飛ばした足技。
ぐらり、と揺れが大きくなって落ちてきたフックから、金属の虫が顔を出した。これが本体らしい。
だが。
「そろそろ来るぞ!!」
凜音の言葉。直後、耳をつんざく酷い金属音が周囲に響き渡る。どこからともなくやってきた金属片は――幸いにも4枚。これならこちらの方が優勢だ。覚者達の顔に、安堵が少し浮かんだ。
「ちょっと試してみちゃおうかな」
複数の敵の出現に、紡が青い翼を羽ばたかせる。艶舞・寂夜によって周囲に不思議な空気が漂った。
刹那、がらんがらんと音を立てて文字通り金属片が落ちた。妖と化した為に生物に近い状態になったため、クレーン以外に効いたのだろう。
「紡、ナイス!」
翔が歓喜の声を上げた。
覚者達は再び一斉攻撃を仕掛けた。五月雨の如く攻撃に、親玉のクレーンを庇う暇もなく凹んで動かなくなる金属片。
これで完全にクレーンは丸裸になった。
灯の飛燕。エリスティアの棘一閃。泰葉の猛の一撃。ラーラの火焔連弾。翔のB.O.T.。紡のエアブリット。凜音の水礫。彩吹の鋭刃脚。
一撃一撃に本体の虫は気味の悪い悲鳴を上げて暴れまわる。
そして。
「気力、足りないんだろ?」
旦太が明日香にそう声を掛け、施したのは填気。彼女は突如みなぎった感覚に笑い、そしてその掌を天へと翳した。
「召雷祈願! いざやおいでませい、天の光!」
雷鳴が、鳴り響く。そして周囲は白に包まれた。
●橙
戦いは、終わった。
天気予報は、大きく外れた。いつの間にか雲っていた空にはいくつかの雲が浮かぶだけで、空は橙に染まっている。
翔とのハイタッチを済ませた紡が旦太に棒付き飴を勧める。彼女は「あの二人にもあげる分もあるから遠慮なく」といって彼に渡した。
そこで旦太は覚者達の視線が自分に集中していることに気づいた。
「まず自己紹介な」
最初に口を開いたのは翔だった。それを皮切りに彼等の口から語られた『夢見の見た夢』。その事実に旦太はぽかんとしてしまった。
「だからさ、心当たりがあるなら話してほしいんだ」
「責めるつもりはないさ。ただ……少し、辛そうな顔をしている」
次いで彩吹がそう付け加える。旦太はそれにどこか困ったように笑ってポツリ。
「まあ、ほら。小さい頃から『これ』との付き合いでさ。その手の話よく知ってるだろ?」
そう言いつつ、彼は腰の小さな翼に触れた。
覚者の中にはその容姿の奇異さ故に酷い目に遭う。良くある話だ。彼もその被害に遭ったということなのだろう。
「多分その時の俺、『トロッコ問題』だと思ったんじゃないかな……」
「一方を救うために他の一方を犠牲にするか、そういう話ですね」
ラーラの言葉に旦太は頷く。何かを思い出したのか、彼のその水色の瞳は絶望で深く染まっていた。
「でもよ」
その様子を見ていた凜音が口を開く。
「そういう運命に抗う奴もいる。俺達みたいにな」
少し震える身体。それを見ていた悟が落ち着かせるように彼の肩を叩く。そこで彼は詰まった息を吐いた。
「でも」
とつとつと。しかし震えは無く、彼は言葉を続ける。
「あの鉄骨が吹っ飛んだ瞬間、それは分かったよ。『ああ、こんな簡単に運命って変わるんだ』ってな。何かがすっきりした」
「そうだよ。あたしも皆が助かって幸せだよ?」
現実的な話でFiVE入ったけど、こうなってホント良かったと思う。そう付け加えた明日香の言葉に彼は笑みを返した。
「トロッコなんて素手で止めちゃえ! あたし達はそれだけの力を与えられたんだから。そうカミサマは言ってる気がするよ」
「そう、かもな」
ようやく本当の笑顔を浮かべた旦太を見て、彩吹がうんうんと頷いて一言。
「横からトロッコを横転させるのもいいと思うぞ」
「それは流石に……」
凜音がげんなりとしてそう呟く。それに紡はくすくすと笑っていた。
「空野、ウチの劇団来いよ? 度胸付くぜ?」
エリスティアもそう彼に誘いを掛ける。しかし彼はそれに笑って。
「すみません。勉強に忙殺されてて。でも暇が出来たら演劇は見に行かせて貰います」
「ふむ」
そんな様子を見ていた泰葉がようやく口を開く。
絶望、諦念、そして喜び。まるで今日の天気のようなそれに興味を持った彼は『楽』の仮面を被り、旦太に近づいた。
「所で君、不思議に感じてたんだけど……どこかの組織に属してたりしないかね?」
「組織?」
「填気、エアブリット、迷霧、癒しの霧……どれもこれも仲間への支援向きじゃないですか?」
灯と泰葉の質問に、旦太は目を見開いていた。顔が言っている。「何かの冗談だろ?」と。
その感情を察知した泰葉が首を傾げる。どう見ても嘘を言っている気配はない。恐らく本当に在野の覚者なのだろう。それからごまかしのように泰葉は見せかけの笑いを見せた。
「済まないね。悪戯が過ぎてならない」
「勘弁してくれよ。サークルには入ってるけどさ。みかんめいそんっていう」
「みかんそーめん?」
「翔、なんかそれ美味しそうだけど。めいそん」
すかさず突っ込む紡。
なんだそれ、と言わんばかりの視線が集まったのを見て、旦太はどこか照れくさそうにそっぽを向いた。
「大学の非公式のサークル。何でか教員連中もいるんだけど。みかんフレーバーのもの持ち寄って液クロとかで分析かけたり、みかんの旬とか消費量とかの統計データ調べたり。そういう感じの自分の専門分野使ってみかん研究する同好の会、で、さ……」
だんだん声が小さくなっていくあたり、自分でみかんめいそんと言っていて恥ずかしくなったのだろう。
彼のその顔は、陽に当たって更に赤く染まっていた。
空一面、厚い雲に覆われている。予報では夕方から夜にかけて雨が降るそうだ。今回の依頼を受けた10人の覚者達は大型車に揺られ、現場に急いで移動していた。
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は憂い顔の空を、大型車の車窓からその青い瞳で眺めていた。
諦念に満ちた顔。夢見が見たという未来で笑っていた青年の心境は、こんな空模様なのだろうか。
そんなことを思っている彼女の傍らで、中田・D・エリスティア(CL2001512) が口を開く。
「人が死んで笑ってるってのは気に食わないね」
どんな理由があるかは知らないけれどと付け加えるが、そんな彼女の緑の視線はシビアだ。率直な感想なのだろう。
それを聞いた『希望峰』七海 灯(CL2000579)は、少し思案を巡らせてから慎重に言葉を選んで口を開く。
「確かに、人の死に遭遇したのに笑顔だったというのは普通じゃありませんが……」
そこまで言って、少し言葉を濁す。恐らく何か裏があるのかもしれないと思ったものの、あくまでそれは推測だと感じたのだろう。そんな空気を読まずに『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)が同意を示した。
「俺も彼の感情が気になって気になって仕方がありませんね。興味深いです」
当然妖を退治することも重要だとは分かっているのだが、それでも泰葉の興味のベクトルはその笑顔の理由にある。
「まあ笑顔って言っても色々あるしさ。でもまずは妖退治じゃね?」
『ファイブレッド』成瀬 翔(CL2000063)が面々の様子を見てそう言う。彼にしてみればこんなことで人が死ぬなど見過ごせる筈がない。自分にはそれを回避させる能力も自信もあるのだ。だから今回の依頼も成功させるぞと意気込んでいる。
隣にいた『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)も、相棒である翔の言葉に頷く。
「不幸な未来はお断りだよね。誰もそんなの望んでないんだし」
「死そのものは避けられないがな。こういう事件は俺達の力があれば回避できるんだ。やるっきゃないだろ」
日頃工房で細かい作業をしているせいか、香月 凜音(CL2000495)はどこかけだるそうに首を回してそう言う。しかしその言葉は意気込みを感じさせるには十分だ。
「ん。二人は大丈夫?」
紡が気になって後部座席にいる二人――如月・彩吹(CL2001525) と新堂・明日香(CL2001534) に声を掛ける。灯もそちらに視線を向けた。中田もそうだが彼女達も今回が初の依頼だ。
「私は大丈夫さ」
彩吹は泰然自若と言った様子で頷きを返した。男手一つで育てられた彼女のその深い藍の瞳は紡と灯を真っすぐ見据えている。
「誰も死なないように敵を倒す。シンプルな作戦だよね」
膝の上にいる白猫の守護使役を何度もふわふわと撫でながら、明日香も決意に満ちた目で頷いた。
「初めての仕事だしね。あたしもこの子と頑張りますよ!」
「そっか。ボクもフォロー頑張るから安心してね?」
「俺も身体を張って仲間を守るしな! 安心しろ!」
『意識の高いドM覚者』佐戸・悟(CL2001371)が目を見開き、胸を張ってそう断言する。少しなごんだ空気の中、しかし悟は、遠くに見えるクレーンを見て一人思った。
(ああ、鉄骨は当たったら痛いだろうな……。でも潰されたら死ぬだろうな……。いやしかしあのクレーンに吊るされるのも捨て難い……)
そんな彼のマゾヒスティックな欲求に気づいたのは、果たして何人いたものか。
●白
ギィ、と。不穏な音がした。灰色の空に、銀色の鉄骨が宙吊りになっている。近くを通ろうとした翼人の青年、空野 旦太はそれに嫌な予感を一瞬覚えたものの、しかし歩みを進めた。
その場にいたのは旦太を含め3人。クレーンの丁度正面に少女がやってきたその時のこと。
何かが大きな音を立てて、千切れた。鉄骨は重力を受けどんどんと速度を増し、少女目掛けて落ちていく。あぶない、と彼が気が付いて叫んだその瞬間には、既に彼女が避けるには遅かった。
突然黒い影と電気を帯びた何かが前を横切り、耳をつんざくほどの轟音が響く。膨大な熱と周囲に淀む湿度で湿気が水蒸気となって周囲が白に染まる中、2本の鉄骨は後方へと派手に吹き飛ぶ。
もやの掛かった視界の中、得意げな声が聞こえた。
「ピンチの時にこそヒーローってのは来るんだぜ?」
その言動には似つかわしくない長身の体躯の青年がびしっとまるで特撮ヒーローの如く颯爽と現れ、旦太はぽかんとしていた。
「危なかったねぇ青年」
その左腕と両足を獣化させた黒猫の人物にそう声を掛けられ、困惑を隠せぬまま彼は周囲を見回す。
サラリーマンの男の傍には茶髪の女性が。そして女子高生の傍には黒い翼の女性がいた。
「こっちは保護したよ!」
「こちらも同じく。ここは危ない。誘導するから離れよう」
一般人にそう避難を促す二人に、今度は青い髪の少女が凜とした声で言った。
「とりあえず二人に従って逃げて下さい!」
「さあ! 俺が全部受け止めてやる!」
混乱する頭でようやく結論を導き出そうとした頃には、鉄骨とクレーンに立ち塞がりその四肢を盾と化す白髪の男の姿が。何か今し方鉄骨が物理的にあり得ない動きをして彼に激突し、男は男で何か感極まって言った気がするが無かったことにしよう。
鉄骨は見事に男に気を取られたようで、彼の周囲を音を立てて飛び回っている。
「そこのお兄さん」
「へ?」
中性的な声が聞こえたのでそちらを向けば青い翼の少女が一人。
「ちょっと妖退治に来たFiVEです」
「ふぁいぶ……」
「最近秘匿組織じゃなくなったからアンタも知ってるだろ」
赤い瞳をこちらに向けてそう言う灰色の髪の少年に、旦太は頷きを返した。
「リーマンとJKの二人は無事な所に連れてったけども。君はどうする?」
「どうするって……」
「力を貸して下さい」
今度は銀髪の少女が口を開いた。彼女は真剣と言った面持ちでこちらをその赤い瞳で見ている。どこか何かを見透かされたような気がして、旦太はわずかに目を横に逸らした。
「無理にとは言いません。ですがもし今踏み出す勇気があるなら……一緒に戦って欲しいんです」
「それって――」
旦太が呟いたその時、クレーンが急にそのフックを振り回し暴れる。
しかし、それは先程鉄骨に吹き飛ばされ悦に入っていた男が吐血しながら受け止め、カウンターとばかりに吹っ飛ばした。
そこに追撃するように、少女が炎をまとい青い髪を揺らしながらその脚で蹴り飛ばす。
「流石にクレーンの奴、硬いな」
不惑手前と言った様子のこれまた渋い紫髪の女性がぼそりと一言。
彼女は手に持った種を鉄骨の一本に向けてピンと弾いた。その種が鉄骨に付いた瞬間、とてつもない音を立てて軋み、鉄骨を貫かんと襲い掛かる。
そこに先程の黒猫の獣憑きがナックルに炎をまとわせ鉄骨を吹き飛ばした。
「この様子じゃあんまり暇ねーぜ?」
射貫くような、こちらに向けられたその紫色の髪の女性の厳しい視線。それに旦太は少し眉根を寄せた。
「大丈夫ですよ。あたしだってこれが初めての戦いだし」
今度はさっき女子高生を保護した女性が彼に話しかける。
どうやら今は覚醒状態らしくその瞳は蒼で髪は銀色だ。韋駄天足を使うために敢えて覚醒しなかったのだろう。
そして、鉄骨からの攻撃に身を張って戦う陰陽師姿の青年が大きな声を上げて一言。
「安心しろ! みんなで戦えばぜってー生き残れる!」
その言葉に、彼は何かハッとした様子で目を見開いた。
「さ、早く立って」
黒い翼の女性が、彼に手を差し伸べる。
「ふふ。腹が決まったみたいだね。お仲間さん」
「俺にも名前があるんだけどな?」
女性の手を借りて立ち上がった。
「翔、待たせたな」
灰色の髪に赤い瞳の覚者、凜音はそれを見て癒しの霧を発動し、前衛の覚者の傷を癒しつつ声を掛ける。
「へへっ。これぐらい痛くもかゆくもねーって」
それに対し、凜音に名を呼ばれた長身の青年、翔は負けじと笑った。
「やせ我慢は禁物だよ。相棒」
それを見て青い翼の覚者、紡は翔に声を掛ける。翔はそれに別にやせ我慢じゃねーよとごちた。
「こんなハードなプレイ、俺にはまたとないご褒美なんだがな」
翔の傍らで鉄骨の金属音やクレーンの虐げを受けていた白髪の覚者、悟は一切よろめきもせず立っている。
「クレーンがやはり硬いですね」
そんな面々を一切気にせず、青い髪をポニーテールにした覚者、灯は敵を見据えてそう呟く。
「鉄骨潰せば少しは楽になるだろ?」
二本の剣を持ち、中年の女性覚者、エリスティアがそう灯に返した。
「ならまずは鉄骨を潰すのが先ですかね?」
黒猫の覚者、泰葉がその金の瞳で獲物を見据えて呟く。
「私はクレーンに攻撃しますね」
その言葉に赤い瞳と銀の髪の魔女、ラーラが頷きを返し、封印を解かんとその本、煌炎の書に手を掛けた。
「一般人の人達の事は逃がして安心させた。後は妖を倒すだけ。単純な話だ」
一対二本の刀を携え、黒い翼の覚者、彩吹が余裕の笑みを浮かべる。
「あたしさ、ちょっとドキドキしてるけど。皆や雪ちゃんがいるから大丈夫って信じてる」
猫の守護使役と同じように銀の髪と蒼の瞳を持った覚者、明日香はそんな面々を見回しながら、弓を携えた。
総勢10人の覚者。その背を見据え、旦太も鳥の守護使役に触れる。
「行くか、しーた」
直後彼のその腰の翼が、無数の鳶色の羽根を散らした。
それを見た灯は思う。彼にエネミースキャンを使う必要が無くてよかった、と。
あのスキルは敵を解析するものだ。味方にやったらその人物の心証が悪くなるのがオチだったろう。
「よーし。じゃあガンガンいくよー」
紡がクーンシルッピをくるくると器用に回し、演舞・清爽を発動する。
それが戦いへと向かう、合図だった。
「特に障害物はない。前衛中衛の連中好きに暴れろ!」
周囲の状況を調べ、敵の解析を進めながら金属片のタイミングを見計らう凜音がそう伝える。
「私もあの人達を逃がすときに周囲を見たが、特に心配は要らないみたいだ」
彩吹の言葉に翔が手に持ったスマホの画面に触れ、雷獣を撃ち放つ。
鉄骨が反動で派手に上へと吹き飛ぶ。そこに錬覇法で能力を強化した明日香の召雷が追撃で降り注ぐ。何度も何度も空は戦慄き、紫電がうなりを上げた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……」
ラーラは煌炎の書の封印を解き、意識を集中させるために言葉を紡いていた。
「イオ・ブルチャーレ!」
その言葉と共に巨大な火球が現れ、翔が飛ばした鉄骨の間を縫うように炎がクレーンへと飛んでいく。火焔連弾は流石に強力な一撃だったらしく、ぶらんぶらんとフックと共にクレーンが揺れた。
その上、鉄骨への攻撃は止まない。紡の戦巫女之祝詞と、彼女が協力を求めた明日香の戦之祝詞の効果で物理攻撃を得意とする覚者達の火力は増していた。
灯は携えた影鎖を振り回し、二本の鉄骨目掛けて地烈を放つ。鉄骨が地面に叩きつけられた所に葛葉の爆裂天掌がクリーンヒット。一本が無残な形となってひしゃげた。
もう一本はと言えば、何を血迷ったのか覚者達の間を縫って彩吹の元へ。
しかしそれは無惨にも、彼女が息を吐くように放った鋭刃脚の一撃で紙の如く吹き飛んだ。
「なんだ。もう少し壊し甲斐があると思ったのに」
あっという間に鉄塊と化した妖に、思わずポツリ。
しかしこれで邪魔は無くなった。凜音の回復を合図とし、覚者達の一斉攻撃がクレーンに降り注ぐ。無数に鳴り響く雷霆。それに追撃の如く走る稲妻。輻射熱で熱くなる空気。金属を貫く木の棘。圧縮されて凶悪な威力を持った水の凶弾。炎を纏った拳。鎌の刃。スリングショットの弾丸。鉄塊さえ容易く吹き飛ばした足技。
ぐらり、と揺れが大きくなって落ちてきたフックから、金属の虫が顔を出した。これが本体らしい。
だが。
「そろそろ来るぞ!!」
凜音の言葉。直後、耳をつんざく酷い金属音が周囲に響き渡る。どこからともなくやってきた金属片は――幸いにも4枚。これならこちらの方が優勢だ。覚者達の顔に、安堵が少し浮かんだ。
「ちょっと試してみちゃおうかな」
複数の敵の出現に、紡が青い翼を羽ばたかせる。艶舞・寂夜によって周囲に不思議な空気が漂った。
刹那、がらんがらんと音を立てて文字通り金属片が落ちた。妖と化した為に生物に近い状態になったため、クレーン以外に効いたのだろう。
「紡、ナイス!」
翔が歓喜の声を上げた。
覚者達は再び一斉攻撃を仕掛けた。五月雨の如く攻撃に、親玉のクレーンを庇う暇もなく凹んで動かなくなる金属片。
これで完全にクレーンは丸裸になった。
灯の飛燕。エリスティアの棘一閃。泰葉の猛の一撃。ラーラの火焔連弾。翔のB.O.T.。紡のエアブリット。凜音の水礫。彩吹の鋭刃脚。
一撃一撃に本体の虫は気味の悪い悲鳴を上げて暴れまわる。
そして。
「気力、足りないんだろ?」
旦太が明日香にそう声を掛け、施したのは填気。彼女は突如みなぎった感覚に笑い、そしてその掌を天へと翳した。
「召雷祈願! いざやおいでませい、天の光!」
雷鳴が、鳴り響く。そして周囲は白に包まれた。
●橙
戦いは、終わった。
天気予報は、大きく外れた。いつの間にか雲っていた空にはいくつかの雲が浮かぶだけで、空は橙に染まっている。
翔とのハイタッチを済ませた紡が旦太に棒付き飴を勧める。彼女は「あの二人にもあげる分もあるから遠慮なく」といって彼に渡した。
そこで旦太は覚者達の視線が自分に集中していることに気づいた。
「まず自己紹介な」
最初に口を開いたのは翔だった。それを皮切りに彼等の口から語られた『夢見の見た夢』。その事実に旦太はぽかんとしてしまった。
「だからさ、心当たりがあるなら話してほしいんだ」
「責めるつもりはないさ。ただ……少し、辛そうな顔をしている」
次いで彩吹がそう付け加える。旦太はそれにどこか困ったように笑ってポツリ。
「まあ、ほら。小さい頃から『これ』との付き合いでさ。その手の話よく知ってるだろ?」
そう言いつつ、彼は腰の小さな翼に触れた。
覚者の中にはその容姿の奇異さ故に酷い目に遭う。良くある話だ。彼もその被害に遭ったということなのだろう。
「多分その時の俺、『トロッコ問題』だと思ったんじゃないかな……」
「一方を救うために他の一方を犠牲にするか、そういう話ですね」
ラーラの言葉に旦太は頷く。何かを思い出したのか、彼のその水色の瞳は絶望で深く染まっていた。
「でもよ」
その様子を見ていた凜音が口を開く。
「そういう運命に抗う奴もいる。俺達みたいにな」
少し震える身体。それを見ていた悟が落ち着かせるように彼の肩を叩く。そこで彼は詰まった息を吐いた。
「でも」
とつとつと。しかし震えは無く、彼は言葉を続ける。
「あの鉄骨が吹っ飛んだ瞬間、それは分かったよ。『ああ、こんな簡単に運命って変わるんだ』ってな。何かがすっきりした」
「そうだよ。あたしも皆が助かって幸せだよ?」
現実的な話でFiVE入ったけど、こうなってホント良かったと思う。そう付け加えた明日香の言葉に彼は笑みを返した。
「トロッコなんて素手で止めちゃえ! あたし達はそれだけの力を与えられたんだから。そうカミサマは言ってる気がするよ」
「そう、かもな」
ようやく本当の笑顔を浮かべた旦太を見て、彩吹がうんうんと頷いて一言。
「横からトロッコを横転させるのもいいと思うぞ」
「それは流石に……」
凜音がげんなりとしてそう呟く。それに紡はくすくすと笑っていた。
「空野、ウチの劇団来いよ? 度胸付くぜ?」
エリスティアもそう彼に誘いを掛ける。しかし彼はそれに笑って。
「すみません。勉強に忙殺されてて。でも暇が出来たら演劇は見に行かせて貰います」
「ふむ」
そんな様子を見ていた泰葉がようやく口を開く。
絶望、諦念、そして喜び。まるで今日の天気のようなそれに興味を持った彼は『楽』の仮面を被り、旦太に近づいた。
「所で君、不思議に感じてたんだけど……どこかの組織に属してたりしないかね?」
「組織?」
「填気、エアブリット、迷霧、癒しの霧……どれもこれも仲間への支援向きじゃないですか?」
灯と泰葉の質問に、旦太は目を見開いていた。顔が言っている。「何かの冗談だろ?」と。
その感情を察知した泰葉が首を傾げる。どう見ても嘘を言っている気配はない。恐らく本当に在野の覚者なのだろう。それからごまかしのように泰葉は見せかけの笑いを見せた。
「済まないね。悪戯が過ぎてならない」
「勘弁してくれよ。サークルには入ってるけどさ。みかんめいそんっていう」
「みかんそーめん?」
「翔、なんかそれ美味しそうだけど。めいそん」
すかさず突っ込む紡。
なんだそれ、と言わんばかりの視線が集まったのを見て、旦太はどこか照れくさそうにそっぽを向いた。
「大学の非公式のサークル。何でか教員連中もいるんだけど。みかんフレーバーのもの持ち寄って液クロとかで分析かけたり、みかんの旬とか消費量とかの統計データ調べたり。そういう感じの自分の専門分野使ってみかん研究する同好の会、で、さ……」
だんだん声が小さくなっていくあたり、自分でみかんめいそんと言っていて恥ずかしくなったのだろう。
彼のその顔は、陽に当たって更に赤く染まっていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『慧眼の癒し手』
取得者:香月 凜音(CL2000495)
『小さなヒーロー』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『同じ翼を持つ者』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『サリュ・モン・ポット』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『翼に笑顔を与えた者』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『赤き炎のラガッツァ』
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
取得者:香月 凜音(CL2000495)
『小さなヒーロー』
取得者:成瀬 翔(CL2000063)
『同じ翼を持つ者』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『サリュ・モン・ポット』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『翼に笑顔を与えた者』
取得者:新堂・明日香(CL2001534)
『赤き炎のラガッツァ』
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
特殊成果
『みかん味の飴』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員

■あとがき■
字数が足りませんでした……!
皆様お疲れさまでした。あまりにもMVPをお渡ししたかった方が多く、迷ってつい……。
レベルに大きな差があったのですが、カンスト勢の破壊的スキルの威力にクレーンもひとたまりも無かったようです。
旦太はああやって照れてはいますが、今回の件を機にFiVEに対していい印象を抱いたようです。今後彼にどこかで会えるかもしれません。
そしてみかんめいそんの野望とは!?……まあそんなもの多分ないですけど。
なにはともあれ、今回の参加本当にありがとうございました!!
皆様お疲れさまでした。あまりにもMVPをお渡ししたかった方が多く、迷ってつい……。
レベルに大きな差があったのですが、カンスト勢の破壊的スキルの威力にクレーンもひとたまりも無かったようです。
旦太はああやって照れてはいますが、今回の件を機にFiVEに対していい印象を抱いたようです。今後彼にどこかで会えるかもしれません。
そしてみかんめいそんの野望とは!?……まあそんなもの多分ないですけど。
なにはともあれ、今回の参加本当にありがとうございました!!
