過去ログ
魔女狩り将軍の懊悩
[2019/03/28]

さて、いよいよ進退窮まってきた。
「いやぁ、参った参った。まさかここまでしてやられるとは」
聖央都ウァティカヌスにある教皇庁の一室で、ゲオルグ・クラーマーは自らを嘲って笑いを漏らした。
「よもや運命までもが我がシャンバラの敵に回っていようとは、さすがに俺でもそこまでは読めやしないさ。……クックック、さて、どうしたものか」
“獄層”に捉えていたヨウセイを根こそぎイ・ラプセルに掻っ攫われて、シャンバラ皇国が取れる手筋はもうほとんど残っていない。
ここまで、ゲオルグの目論見は順調であったはずだ。
講和会談という名の茶番は、だが“獄層”のヨウセイ達がいる限り、絶対に無視できるものではなかった。
アルス・マグナ発射までの時間稼ぎは成功するはずだったのだが。
「――あの一手が悪手だったか」
ゲオルグは唇を噛む。
思い返すのは、ピルグレイス大聖堂での聖櫃を巡る戦い。
あそこで追い込まれかけたゲオルグは、聖櫃に囚われていたヨウセイの少女の情報を自由騎士に告げて動揺を引き出すという手段を取った。
マリアンナの両親もあの少女も、捕らえたのはゲオルグだ。だからこそ、その顔ははっきりと覚えていた。
これによってゲオルグは相手の隙を突き、窮地を脱することはできた。
だが、まさかあの少女が“獄層”を続く地下道の存在を知っていようとは。
読めない。さすがに読めない。
ゲオルグを以てしてもそこまで読むのは不可能だ。
これを読みきるなど、それこそ未来を見通すだけの能力が必要となろう。
「未来か……。フン――」
イ・ラプセルが抱えているデウスギア、水鏡階差演算装置。
会談の席では『現在の状況を感知するもの』との説明を受けたが、無論、そんなものははなから信じちゃいない。
あれは間違いなく、未来予測を可能とするものだ。
そう、そこまでは推測できた。
「だがどこまでだ。……どこまで読める?」
未来予測を可能とする。その能力は理解した。
だが未だ分からないのが予測の精度の高さである。一体どこまで見通すのか。
全てを見通す。それはおそらくないだろう。
何もかも見通しているのならば、シャンバラはとっくに亡びているはずだ。
だが戦況は不利なれど、未だシャンバラはここに健在。
つまり水鏡階差演算装置は全知ではないということになる。
「……どこだ? どこまで読める? どこからが見えない? 見たい未来を見れるのか? それともランダムなのか? 未来の出来事を完全な形で予知するのか? 断片しか見通せないのか? どこまで、いつまで見える?」
部屋で一人、ブツブツ呟きながらもやがて彼は天井を見上げた。
「――まあいい」
未来予知は確かに脅威だ。
対処のしようがないという意味でも厄介だ。
今この瞬間とて、相手のデウスギアから筒抜けになっているかもしれない。
いや、その前提で動くべきなのだろう。
だがさすがに全ての行動が見られているという前提で動くのは不可能だ。
どうあれ、いずれ何らかの形で対処する必要がある。
しかし、今だけに限れば相手の未来予知を恐れる必要はなかった。
状況はすでに固まり切っているからだ。
イ・ラプセルは“獄層”のヨウセイを救出し、シャンバラはアルス・マグナの発射準備を整えようとしている。
未来はすでに完全に定まっていた。未来など予知するまでもなく。
――決戦あるのみ。
「準備をしましょうか。我が栄光のシャンバラが勝利を得るための準備を」
ひとりごちて、シャンバラの枢機卿は足早に部屋を出ていった。
ゲオルグ・クラーマー
(VC:L)