過去ログ

●神の刃たるもの

[2019/02/05]

 今、シャンバラの中枢である教皇庁には多くの神官が集まっていた。
 司教、大司教の区別なく、全ての神官が教皇の命によって召集されたのだ。
 場所はミトラースが座するシャンバラ大聖堂。
 この聖央都ウァティカヌスの、まさしく心臓部と呼ぶべき場所である。
「教皇猊下、此度の招集は一体……?」
「――――」
 側近の一人に問われても、教皇ヨハネス・グレナデンは黙して答えなかった。
 やがて、全大司教、司教、聖堂騎士が大聖堂に揃った。
 ニルヴァン小管区が占領されたという話がある中での突然の招集。
 前もっての連絡もなく、この場にやって来た神官達はただ戸惑うばかりだ。
「――皆、静粛に」
 教皇ヨハネスが神官達の前に出た。
 彼の登壇によってざわついていた場が水を打った如くに静まり返る。
「まずは、いきなりの招集でありながら集まってもらえたことを感謝いたします。皆様、我らが主ミトラースに祈りを」
 言って、ヨハネスは手を重ねて祈りを捧げた。
 場にいる全員も同じく、祈る。
 そして祈りが終わると早速ヨハネスは本題に入った。
「すでに皆様、お聞き及びのこととは存じますが、異国の蛮民が不遜にも豊穣の楽土たるシャンバラの国土を踏み荒らし、一部を占拠いたしました」
 その言葉に、再び場がざわついた。
「我らが主ミトラースがそれを看過するはずもなく、主はこの事態の完全なる解決を成すべく、“枢機卿”の選定をわたくしにお命じになられました」
 ――“枢機卿”。
 教皇の口から出たその言葉に、ざわめきは一気に強まった。
「“枢機卿”ですと……!」
「何と、それまでの事態であったとは……」
 “枢機卿”とはシャンバラにあって教皇に次ぐ地位を示す称号だった。
 教皇を王とするならば、それは宰相に相当する役職だ。
 だが、何より神の意向が重んじられるこのシャンバラでは、事実上教皇が宰相も兼任しており、これまで空位であった役職でもある。
「この危難のときに於いて、聖央都にて職務に励んでおられる皆様方の上に立ち、聖央都を守護すべき役割を持った周囲の大管区を統括する。それこそが、此度わたくしが選定した“枢機卿”が果たすべき職務となります」
 ヨハネスの説明によって、場はみたび騒然となる。
 大管区の統括者とは、つまり大管区に駐留する聖堂騎士団の統括者でもある。
 聖央都の守護者という立場は軍弦を握る者にこそ与えられるものだ。
 ならば教皇が選んだ“枢機卿”とは宰相ではなく、むしろ元帥。
「一体、誰がそのような立場に……」
「この場にいない大司教は――」
 神官達がこの場にいない大司教を探そうとする。
 “枢機卿”とは大司教の中から選ばれるのが通例であるからだ。
 が、そこには全ての大司教が揃っていた。
 場に疑問が膨れ上がりつつあるのを感じながら、ヨハネスが面を上げた。
「それでは皆様にご紹介しましょう。わたくしが選んだ“枢機卿”は――」
 神官達が入ってきた大聖堂の大扉が重々しい音と共に開かれて、その向こう側に背の高い男が立っていた。
 振り向いた神官達はその男の姿を見て驚愕に言葉を失った。
「“枢機卿”ゲオルグ・クラーマー、只今参じましてございます」
 皆が神職衣で正装している中、頭を下げて入ってきたゲオルグはいつも通りの薄汚れて半ばすり切れた革鎧の姿のままであった。
 それを見て、祭壇に立つヨハネスまでもがにわかに顔をしかめた。
 ズカズカと大股に歩きだしたゲオルグへ、次々に神官達から声が飛んだ。
「不敬な!」
「この大聖堂にそのような出で立ちで入るとは!」
「魔女狩り風情が“枢機卿”だと!?」
「これは我らへの冒涜だ!」
「認められるものか!」
 瞬く間に不満が噴出していた。
 しかしゲオルグは静かに笑って受け流し、祭壇へと登る。
 彼は神官達を見ていなかった。教皇たるヨハネスすら眼中になかった。
 ゲオルグは両手を広げて、歓喜のままに呟いた。
「――主よ。私はあなたの御許に」
 すると、天より光が射した。真っ白い、そして冷たくも暖かい光が。
「おお……」
 神官達が感嘆の声を漏らす。
 見上げたそこには、純白の神の御姿があった。
『我は天に一つなるもの。我こそ唯一なるもの。我がいとし子らよ』
「おお、主よ」
「ミトラースよ……」
 ゲオルグを除く全員がその場に跪いて祈り始めた。
『我がいとし子らよ、心を一つとせよ。糺すべきは異神の徒。この者は我が手に握りし神の刃なれば、異神の胸に刃突き立て、その臓腑を抉るであろう』
「おお、おお……!」
 ミトラースが下したその言葉によって、ゲオルグへの不満は霧散する。
 そして――
「“枢機卿”ゲオルグ!」
「我らが神の刃、ゲオルグ・クラーマー!」
「神敵に滅びを!」
「神敵に鉄鎚を!」
「我らが神の正義を証明すべし!」
「「神敵必滅! 神敵必滅! 神敵必滅!」」
 神官達の心は、ミトラースの言葉の通り一つになっていた。
 彼らの歓声をその身に受けて、ゲオルグはヨハネスの方を向いた。
「早速ですが教皇猊下、“枢機卿”として二つほどお願いがございます」
「何ですかな?」
「一つは、聖央都絶対防衛のため、“聖域”の展開の許可を」
「いいでしょう。手配しておきましょう。もう一つは?」
 問われ、ゲオルグは顔から笑みを消した。
「すぐに発動できないことは承知の上で申し上げますが、今は国家危難のとき。我らが神敵を滅すべく、アルス・マグナの起動準備の許可を賜りたく――」


●シャンバラの情勢が大きく変化しました。
 白蒼激突の戦線には影響しませんが、今後の状況が変動することになるでしょう。



ヨハネス・グレナデン (VC:えび