過去ログ
聖域の内側で
[2019/02/17]

――聖央都ウァティカヌス・シャンバラ教皇庁。
この戦時下に置いて、軍議を開くための会議室で彼は報告を聞いていた。
「……白銀騎士団、敗走。『暁』オーレリア聖歌隊、全員自決。“青騎士”殿も」
報告内容を告げる聖堂騎士の声は震えていた。
紙に記されたそれを読み上げながらも、全く内容が信じられなかった。
ニルヴァン小管区を占領したイ・ラプセルの軍勢に対し、これを撃退すべく派遣されたシャンバラ正規軍たる聖堂騎士団。
だが、そのほとんどが敗れた。
先に派遣した斥候部隊は任務を果たせずに失敗。
再起をかけて今回の戦いに挑んだ“青騎士”アムランも討ち死に。
白銀騎士団は“白銀旗”ナディア、隊長エルネスト他、隊長格は健在なれどいずれの戦いでも敗走することとなり、戦力を大きく削られた。
聖歌隊もまた今回の戦いで多くが死んでその数を減らすこととなった。
黄金騎士団は実質的な中心人物であった猛将ヴァルドーンが死んだ。
最強の赤竜騎士団も手傷を負って撤退に追いやられる始末。
もはや、誰の目から見ても明らかだ。
聖堂騎士団は、イ・ラプセルの前に敗北を喫したのだ。
「何ということだ……」
報告を聞き終えた枢機卿ゲオルグ・クラーマーは額に手を当てた。
その声は、報告した騎士よりもさらに大きく震えていた。
当然だろう。
まさかこんな結末になろうとは、いったい誰が予測できたか。
「おお、おおお……、おおぉぉ……」
軍議用の円卓に肘を突いて、ゲオルグが両手で顔を覆う。
この嘆き、尊き同胞の死を悼んでいるのだろう。
“魔女狩り将軍”などと揶揄される彼であるが、やはりシャンバラの民。同胞を思う気持ちは強いのだろうな、と、聖堂騎士は思った。
だが彼は、それが間違いであることにすぐ気づいた。
「…………ハハハ」
顔を覆って肩を震わせていたゲオルグから漏れた、その小さな声。
それは、笑い声であった。
「フハ、ハハハ、ハハハハハハ……」
声がどんどん大きくなってくる。そしてそれはたちまち哄笑へと変わった。
「ハーっはハハハハハハハハハハハハハ! 素晴らしい! 実に素晴らしいなぁ、イ・ラプセル! そうか、聖堂騎士団をも真っ向から跳ね返すか! ハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「枢機卿猊下……」
「ん~? 何ですか? 何でしょうかねぇ?」
「何を笑っておられるのです! 我が騎士団は敗れ、多くの同胞が死んだというのに! それを嘆きもせずに――」
「神のための死を嘆いてどうするのですか? 皆、我らが主ミトラースのために戦い、そして死んだのです。まさに偉大なる死。嘆くのではなく称えなさい。神のための葬列に参加できたのですからね」
「し、しかし……! イ・ラプセルは……」
「神の敵です」
ゲオルグは一言で断じた。
「これ以上ない強敵です。ええ、確かに。しかし、しかししかし! だからこそよいのです。まさに最上の神への供物。主ミトラースの威光を世に知らしめ、その正義を実証する。彼らの血は、そのための最高の材料となるでしょう」
そしてまたゲオルグは笑った。笑い続けた。
直後――轟音が、窓の外から響いてきた。
「ひぃ!?」
「…………ふむ」
笑いを止めて、ゲオルグは窓の外を見る。
空に大きく煙が広がっていた。
「ヘルメリアか? ヴィスマルクか? パノプティコンということはあるまい。まぁいずれにせよ、徒労でしかないがな。ククク……」
「す、枢機卿猊下……」
「聖堂騎士ともあろう者がこの程度の意ことで怯えてどうするのですか」
身を縮こまらせていた騎士を、ゲオルグが笑った。
「すでに聖央都には絶対防衛領域たる“聖域”が展開しているのです。いかなる脅威も、この聖なる都を脅かすことはできません」
「そうでした。申し訳ありません」
ゲオルグの言葉通り、今や聖央都全域が淡い光の壁で包み込まれていた。
この光壁こそは“聖域”。
外部からの攻撃をほぼ完全に防ぎきる、無敵の防壁である。
「さて、これからどうしましょうか……」
謝る騎士に笑顔で眺めつつ、ゲオルグは次の一手を考えた。
その脳裏に浮かんでいるのは、かつて自分が捕らえた、あのヨウセイの少女の顔であった。