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イェーガー

●
獣になれ。
クシュレナ・ルフタサーリは、己にそう言い聞かせた。
ある種の肉食獣は、1頭の獲物を仕留めるために、何日もかけて追跡を行う。その執念深さが、今の自分には必要なのだ。
1人も、生かしてはおかない。口が利ける状態で、帰すわけにはいかない。
隠れ里へと至る道を、見つけられてしまったのだ。口を封じなければならない。
人を殺した事はないが、獣を殺すのと感触はそう違わないだろう、とクシュレナは思っていた。先程までは。
「ティルダ、ごめん……帰り、ちょっと遅くなる」
足音を殺して森の中を疾駆しながらクシュレナは、今この場にいない少女に語りかけていた。
行ってらっしゃい。気を付けてね、レーナ。獲物が見つからないからって、あんまり森の奥まで行ったら駄目だよ?
ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)はそう言って、クシュレナを送り出してくれた。
獲物があれば意気揚々と、なければ悄然と。隠れ里に戻って、ティルダに「ただいま」を言う。そんな狩猟の日々であった。今日も、そうなるはずであった。
ならなかったのは、森の中で魔女狩りの一団を見つけてしまったからだ。
こんな所まで来られてしまった以上、隠れ里が見つかるのは時間の問題である。
5人いた。全員、銃を携えていた。
クシュレナは木陰で弓を引き、1人を射殺した。
人間を殺すのは、小鳥や兎を仕留めるよりも簡単だ。クシュレナが思った事はまず、それだった。草陰に潜む兎と比べて、人間など棒立ちの的でしかない。
とてつもなく弱々しい手応えが、弓から伝わって来るかのようであった。
あまりの弱々しさに一瞬、クシュレナは呆然とした。
その一瞬の間に、他の4人は逃げ去っていた。
獣の如き追跡行の、始まりであった。
銃声が轟いた。
クシュレナにとっては、居場所を教えてくれたようなものだ。素人が森の中でぶっ放す銃撃など、そう当たるものではない。
クシュレナは矢をつがえ、弓を引いた。
時間をかけて狙いを定める、必要はない。即座に弦を手放す。放たれた矢が、木陰に吸い込まれて行く。
またしても、嫌な手応えが伝わって来た。刃物か何かで直接、殺したわけでもないのにだ。
銃を構えたまま、その男は木陰で痙攣していた。首筋に、矢が突き刺さっている。
森の小動物と違って人間は、何故こうも容易く矢に当たってくれるのか。クシュレナは、まるで理解出来なかった。
いや、もっと理解し難い事がある。
「あんたたちは……こんなに弱いくせに何で、あたしたちを攻撃するの?」
クシュレナは短剣を振るい、その男を楽にしてやった。
鹿を解体した事がある。あの時と比べて、手応えは遥かに軽い……ようでいて、重い。べっとりと貼り付くような、不快な重さである。
命を奪う。それは、獣も人も変わらぬはずだ。
なのに何故、人間を殺した時だけ、このような不快感に苛まれなければならないのか。
人間である。
自分たちヨウセイを「魔女」などと呼び、迫害の限りを尽くす者たちである。
これを仕留めたのなら、むしろ快感を覚えて当然ではないのか。
クシュレナは頭を振った。
残るは3人。今は、これを追撃せねばならない時である。
またしても銃声が聞こえた。それも複数。
クシュレナは駆け出し、その足をすぐに止めた。
森の中、いくらか開けた場所である。
残る3人のうち、2人が倒れていた。首が、おかしな方向に曲がっている。
最後の1人は、胸ぐらを掴まれていた。宙吊りになったまま怯え泣きじゃくり、小便を滴らせている。
「見よ、哀れなものだ」
その男の銃を片足で踏み折りながら、巨漢は言った。
いくらか猫背気味の、筋骨たくましい身体に、鎖を巻き付けている。鎖の先端は、鉄球だ。
そんな武器をしかし使う事なく、素手で男2人の首をへし折ったようである。
「あまりにも哀れ……ゆえに俺は、こやつを生かしておいてやろうと思うが。どうかな?」
泣き叫ぶ男の身体を放り出しながら、巨漢はクシュレナの方を向いた。
牙を伸ばした、猪の頭部である。
ケモノビトであった。
ここシャンバラ皇国における種族的身分は、ヨウセイより多少はまし、といった程度であろうか。
比べて遥かに高い地位にいる、はずの人間……ノウブルの男が、失禁しながら這いつくばり、命乞いをしている。
「……許して……助けて、下さい……」
「……あたしたちの里で、何をするつもりだったの?」
猪のケモノビトが何者であるかはさておいて、クシュレナは訊いた。
「隠れ里を見つけて……一体、何をするつもりだったのか。正直に言いなさいよね」
「あ……あなたたち魔女を大勢、捕まえれば……神民に、成れるんですぅ……」
予想通りの、答えではあった。
「わっ私には、お腹を空かせた子供が3人いて……神民になれば、いい暮らしが出来るんです! 子供たちが飢える事もなく」
「なるほど? あんたの子供たちがお腹いっぱいになるために……あたしたちに酷い目に遭え、と」
クシュレナは山刀を振るった。身体が、ほとんど勝手に動いていた。
重く凄惨な感触が、べっとりと掌に貼り付いた。
男は倒れ、頭蓋骨の内容物を地面に垂れ流した。
「人が、人を殺す。これはな、食べるために獣を殺すようなわけにはゆかぬ。命は平等、とはいかんのだな」
猪のケモノビトが言った。
「この場合の人、とは人間だけではないぞ。お前たちヨウセイや我らケモノビト、亜人などと一括りされてしまう連中全てを含めて……人はな、人を殺す時、獣を狩る時とは比べものにならぬほど大きなものを踏み越えなければならない」
呆然と、クシュレナは聞き流した。
「それを踏み越えられる人材を、我らヴィスマルク軍は広く求めている」
自分は、人を殺した。
クシュレナは、それだけを思った。
「このシャンバラという国は、もはや長くはない。イ・ラプセルに大義名分を与えてしまったのだからな。お前たちヨウセイを救うため……やがて自由騎士団が、この国を攻め滅ぼすだろう。我らは漁夫の利を狙わせてもらう」
人殺しの感触が、両手にこびり付いている。
もう、ティルダの頭を撫でてやる事も出来ない。
「そのために、お前の力が必要だ……獣と差別なく人を狩り殺す、猟兵となれ。そして隠れ里を守るのだ」
「守る……」
クシュレナは花のブローチを外し、木の根元に置いた。今の自分に、これを身に付ける資格はない。
自分は、人を殺した。
ティルダに「ただいま」を言う資格を失ったのだ。
●
隠れ里にいた頃は、様々な獣を狩った。兎を狩り、鹿を狩り、猪を狩り、熊を狩った。
隠れ里を出てからは、人を狩るようになった。ノウブルを狩り、キジンを狩り、亜人を狩り、マザリモノを狩った。イブリースも狩った。
狩る事で、ヴィスマルク軍から給料を貰う。
何の事はない、とクシュレナは思う。狩りをして糧を得る。している事は、隠れ里にいた時と同じだ。獣が、人に変わっただけだ。
ただ給与の出る軍務とは別に、魔女狩りの関係者も大いに狩り殺した。隠れ里を守るために。
ティルダを、守るために。
やがてシャンバラ皇国は滅亡し、ヨウセイは解放された。隠れ里を守る必要はなくなった。
そうなるとクシュレナには、ヴィスマルク帝国の猟兵として生きる道しか残されていなかった。
今や皇国ではない、旧シャンバラ領。現在はイ・ラプセルによって総督府が置かれている。
この総督府に、ヴィスマルクによる工作がどれほど及んでいるのかクシュレナは知らない。
有能な民政官が1人いて、工作の妨げとなっている事は聞かされている。
今回の任務は、その民政官の殺害であった。
役人用の住宅があるにはあるが、ここ数日は帰らず、総督府に寝泊まりして仕事をこなしているという。
深夜。総督府の、とある一角。
広い露台に、クシュレナは音もなく降り立っていた。
1人、手強いオラクルがいて、平時はその民政官の護衛をしているようだが、不在である事は確認済みである。民政官本人に負けぬほど多忙な男で、旧シャンバラ領内を転戦しているらしい。
今この総督府に、ヴィスマルク帝国狩猟兵クシュレナ・ルフタサーリを止められる者はいない。
だがクシュレナは、露台の上で立ち尽くしていた。
夜闇の中に、気配がある。まるでクシュレナを待ち受けていたかのように。
声も、聞こえた。
「……もう、レーナったら。いつまで狩りに出てるのよ」
レーナとは誰の事だ、とクシュレナは思った。
隠れ里で平和に暮らしていたヨウセイの少女レーナは、もういない。
今ここにいるのは、人も獣もイブリースも差別なく狩り殺す帝国猟兵なのだ。
「誰だか知らないけれど、そこをどきなさい……誰だか、知らないけれど」
クシュレナは告げた。
「あたしは……今もまだ、狩りの最中なのよ」
「そんな狩りは、もうおしまい」
夜闇の中から、細身の人影が進み出て来てクシュレナと対峙する。
懐かしい笑顔。懐かし過ぎる。幻に違いない、とクシュレナは思った。
この懐かしい声も、幻聴であるに決まっていた。
「……お帰りなさい、レーナ」
獣になれ。
クシュレナ・ルフタサーリは、己にそう言い聞かせた。
ある種の肉食獣は、1頭の獲物を仕留めるために、何日もかけて追跡を行う。その執念深さが、今の自分には必要なのだ。
1人も、生かしてはおかない。口が利ける状態で、帰すわけにはいかない。
隠れ里へと至る道を、見つけられてしまったのだ。口を封じなければならない。
人を殺した事はないが、獣を殺すのと感触はそう違わないだろう、とクシュレナは思っていた。先程までは。
「ティルダ、ごめん……帰り、ちょっと遅くなる」
足音を殺して森の中を疾駆しながらクシュレナは、今この場にいない少女に語りかけていた。
行ってらっしゃい。気を付けてね、レーナ。獲物が見つからないからって、あんまり森の奥まで行ったら駄目だよ?
ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)はそう言って、クシュレナを送り出してくれた。
獲物があれば意気揚々と、なければ悄然と。隠れ里に戻って、ティルダに「ただいま」を言う。そんな狩猟の日々であった。今日も、そうなるはずであった。
ならなかったのは、森の中で魔女狩りの一団を見つけてしまったからだ。
こんな所まで来られてしまった以上、隠れ里が見つかるのは時間の問題である。
5人いた。全員、銃を携えていた。
クシュレナは木陰で弓を引き、1人を射殺した。
人間を殺すのは、小鳥や兎を仕留めるよりも簡単だ。クシュレナが思った事はまず、それだった。草陰に潜む兎と比べて、人間など棒立ちの的でしかない。
とてつもなく弱々しい手応えが、弓から伝わって来るかのようであった。
あまりの弱々しさに一瞬、クシュレナは呆然とした。
その一瞬の間に、他の4人は逃げ去っていた。
獣の如き追跡行の、始まりであった。
銃声が轟いた。
クシュレナにとっては、居場所を教えてくれたようなものだ。素人が森の中でぶっ放す銃撃など、そう当たるものではない。
クシュレナは矢をつがえ、弓を引いた。
時間をかけて狙いを定める、必要はない。即座に弦を手放す。放たれた矢が、木陰に吸い込まれて行く。
またしても、嫌な手応えが伝わって来た。刃物か何かで直接、殺したわけでもないのにだ。
銃を構えたまま、その男は木陰で痙攣していた。首筋に、矢が突き刺さっている。
森の小動物と違って人間は、何故こうも容易く矢に当たってくれるのか。クシュレナは、まるで理解出来なかった。
いや、もっと理解し難い事がある。
「あんたたちは……こんなに弱いくせに何で、あたしたちを攻撃するの?」
クシュレナは短剣を振るい、その男を楽にしてやった。
鹿を解体した事がある。あの時と比べて、手応えは遥かに軽い……ようでいて、重い。べっとりと貼り付くような、不快な重さである。
命を奪う。それは、獣も人も変わらぬはずだ。
なのに何故、人間を殺した時だけ、このような不快感に苛まれなければならないのか。
人間である。
自分たちヨウセイを「魔女」などと呼び、迫害の限りを尽くす者たちである。
これを仕留めたのなら、むしろ快感を覚えて当然ではないのか。
クシュレナは頭を振った。
残るは3人。今は、これを追撃せねばならない時である。
またしても銃声が聞こえた。それも複数。
クシュレナは駆け出し、その足をすぐに止めた。
森の中、いくらか開けた場所である。
残る3人のうち、2人が倒れていた。首が、おかしな方向に曲がっている。
最後の1人は、胸ぐらを掴まれていた。宙吊りになったまま怯え泣きじゃくり、小便を滴らせている。
「見よ、哀れなものだ」
その男の銃を片足で踏み折りながら、巨漢は言った。
いくらか猫背気味の、筋骨たくましい身体に、鎖を巻き付けている。鎖の先端は、鉄球だ。
そんな武器をしかし使う事なく、素手で男2人の首をへし折ったようである。
「あまりにも哀れ……ゆえに俺は、こやつを生かしておいてやろうと思うが。どうかな?」
泣き叫ぶ男の身体を放り出しながら、巨漢はクシュレナの方を向いた。
牙を伸ばした、猪の頭部である。
ケモノビトであった。
ここシャンバラ皇国における種族的身分は、ヨウセイより多少はまし、といった程度であろうか。
比べて遥かに高い地位にいる、はずの人間……ノウブルの男が、失禁しながら這いつくばり、命乞いをしている。
「……許して……助けて、下さい……」
「……あたしたちの里で、何をするつもりだったの?」
猪のケモノビトが何者であるかはさておいて、クシュレナは訊いた。
「隠れ里を見つけて……一体、何をするつもりだったのか。正直に言いなさいよね」
「あ……あなたたち魔女を大勢、捕まえれば……神民に、成れるんですぅ……」
予想通りの、答えではあった。
「わっ私には、お腹を空かせた子供が3人いて……神民になれば、いい暮らしが出来るんです! 子供たちが飢える事もなく」
「なるほど? あんたの子供たちがお腹いっぱいになるために……あたしたちに酷い目に遭え、と」
クシュレナは山刀を振るった。身体が、ほとんど勝手に動いていた。
重く凄惨な感触が、べっとりと掌に貼り付いた。
男は倒れ、頭蓋骨の内容物を地面に垂れ流した。
「人が、人を殺す。これはな、食べるために獣を殺すようなわけにはゆかぬ。命は平等、とはいかんのだな」
猪のケモノビトが言った。
「この場合の人、とは人間だけではないぞ。お前たちヨウセイや我らケモノビト、亜人などと一括りされてしまう連中全てを含めて……人はな、人を殺す時、獣を狩る時とは比べものにならぬほど大きなものを踏み越えなければならない」
呆然と、クシュレナは聞き流した。
「それを踏み越えられる人材を、我らヴィスマルク軍は広く求めている」
自分は、人を殺した。
クシュレナは、それだけを思った。
「このシャンバラという国は、もはや長くはない。イ・ラプセルに大義名分を与えてしまったのだからな。お前たちヨウセイを救うため……やがて自由騎士団が、この国を攻め滅ぼすだろう。我らは漁夫の利を狙わせてもらう」
人殺しの感触が、両手にこびり付いている。
もう、ティルダの頭を撫でてやる事も出来ない。
「そのために、お前の力が必要だ……獣と差別なく人を狩り殺す、猟兵となれ。そして隠れ里を守るのだ」
「守る……」
クシュレナは花のブローチを外し、木の根元に置いた。今の自分に、これを身に付ける資格はない。
自分は、人を殺した。
ティルダに「ただいま」を言う資格を失ったのだ。
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隠れ里にいた頃は、様々な獣を狩った。兎を狩り、鹿を狩り、猪を狩り、熊を狩った。
隠れ里を出てからは、人を狩るようになった。ノウブルを狩り、キジンを狩り、亜人を狩り、マザリモノを狩った。イブリースも狩った。
狩る事で、ヴィスマルク軍から給料を貰う。
何の事はない、とクシュレナは思う。狩りをして糧を得る。している事は、隠れ里にいた時と同じだ。獣が、人に変わっただけだ。
ただ給与の出る軍務とは別に、魔女狩りの関係者も大いに狩り殺した。隠れ里を守るために。
ティルダを、守るために。
やがてシャンバラ皇国は滅亡し、ヨウセイは解放された。隠れ里を守る必要はなくなった。
そうなるとクシュレナには、ヴィスマルク帝国の猟兵として生きる道しか残されていなかった。
今や皇国ではない、旧シャンバラ領。現在はイ・ラプセルによって総督府が置かれている。
この総督府に、ヴィスマルクによる工作がどれほど及んでいるのかクシュレナは知らない。
有能な民政官が1人いて、工作の妨げとなっている事は聞かされている。
今回の任務は、その民政官の殺害であった。
役人用の住宅があるにはあるが、ここ数日は帰らず、総督府に寝泊まりして仕事をこなしているという。
深夜。総督府の、とある一角。
広い露台に、クシュレナは音もなく降り立っていた。
1人、手強いオラクルがいて、平時はその民政官の護衛をしているようだが、不在である事は確認済みである。民政官本人に負けぬほど多忙な男で、旧シャンバラ領内を転戦しているらしい。
今この総督府に、ヴィスマルク帝国狩猟兵クシュレナ・ルフタサーリを止められる者はいない。
だがクシュレナは、露台の上で立ち尽くしていた。
夜闇の中に、気配がある。まるでクシュレナを待ち受けていたかのように。
声も、聞こえた。
「……もう、レーナったら。いつまで狩りに出てるのよ」
レーナとは誰の事だ、とクシュレナは思った。
隠れ里で平和に暮らしていたヨウセイの少女レーナは、もういない。
今ここにいるのは、人も獣もイブリースも差別なく狩り殺す帝国猟兵なのだ。
「誰だか知らないけれど、そこをどきなさい……誰だか、知らないけれど」
クシュレナは告げた。
「あたしは……今もまだ、狩りの最中なのよ」
「そんな狩りは、もうおしまい」
夜闇の中から、細身の人影が進み出て来てクシュレナと対峙する。
懐かしい笑顔。懐かし過ぎる。幻に違いない、とクシュレナは思った。
この懐かしい声も、幻聴であるに決まっていた。
「……お帰りなさい、レーナ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.狩猟兵クシュレナ・ルフタサーリの撃破。
お世話になっております。ST小湊拓也です。
旧シャンバラ領内。イ・ラプセル総督府において、とある要人がヴィスマルク軍暗殺者クシュレナ・ルフタサーリ(ヨウセイ、女、20歳。レンジャースタイル)に命を狙われております。これを阻止して下さい。
クシュレナは『アローファンタズマLV4』『ブリッツクリークLV3』『アローレインLV3』を使用。『暗視』も持っています。
場所は総督府の露台、時間帯は深夜。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
旧シャンバラ領内。イ・ラプセル総督府において、とある要人がヴィスマルク軍暗殺者クシュレナ・ルフタサーリ(ヨウセイ、女、20歳。レンジャースタイル)に命を狙われております。これを阻止して下さい。
クシュレナは『アローファンタズマLV4』『ブリッツクリークLV3』『アローレインLV3』を使用。『暗視』も持っています。
場所は総督府の露台、時間帯は深夜。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP
100LP
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年07月30日
2020年07月30日
†メイン参加者 6人†
●
獣になれ。
このクシュレナ・ルフタサーリという女性は、ずっと己にそう言い聞かせ続けてきたのだろうと『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は思った。
目を見れば、わかる。夜闇の中、禍々しく灯る眼光。
常に狩りをして獲物を喰らい続けていないと餓えて死ぬ、肉食獣の眼光である。
「狩りをして、獲物を仕留め続けていないと……耐えられなく、なっちゃうんだね」
カノンは呟いた。小声である。クシュレナに語りかけたわけではない。
彼女は今、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)と対峙している。
クシュレナは、まずはティルダと語り合わなければならない。自分たちが言葉を挟むべきではない、とカノンは思う。
何かをしていないと、例えばイブリースとでも戦っていないと、耐えられない。ほんの一時期、カノンもそうであった。今はどうか。
奪った命を、心に刻む。その命に恥じない生き方をする。
そんなものは、しかし殺人者の思い上がりでしかないのだろう。人を殺した。それが、それだけが事実なのだ。
「意味のない事だろうけど……カノン、1つ無責任な事を言わせてもらうよ」
話しかけてきた、と言うよりは独り言のような口調で『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
「……あの場にいたのが僕であったら、僕がヨハネス教皇を殺していただろう。巡り合わせとして、君だった……そういう事だと思う」
「ありがとう、マグノリアさん。カノンは大丈夫だよ」
言いつつ、カノンは苦笑した。大丈夫とは、どういう事か。もはや、いくら人を殺しても平気でいられる、という事なのか。
クシュレナは恐らく、その境地を目指しているのだろう。だからヴィスマルク帝国の狩猟兵として、人を狩り続けている。
「やめて……やめなさいよ、誰だか知らないけれど」
獣の眼光をティルダに向けたまま、クシュレナが言う。
「あたしに、お帰りなさいを言わないで……誰だか、知らないけれど……」
「見つめなさい、クシュレナ嬢」
厳格な声を発したのは『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)である。
「まずは見守るつもりであったが、これだけは言わせていただく……目の前で手を差し伸べているのが、誰であるのか。クシュレナ嬢、貴女はしっかりと見て認識しなければいけない。誰だか知らない、などとは言わせぬ」
「……ノウブルがっ! 利いた風な口を!」
クシュレナが激昂し、弓を引こうとする。
矢がテオドールに向けられそうになった、その時。
「やめなさいレーナ!」
ティルダの、怒りの叫びであった。夜を切り裂くように、鋭く響き渡る。
「わたしの仲間を、傷付けるなら……ねえレーナ。わたし、あなたと戦わなきゃいけなくなるのよ……」
「引っ込み思案で、おどおどしてる……」
クシュレナの声が、震えている。
「……ようでいて、いざとなれば……あたしを、叱る…………ティルダ……なのね、本当に……」
「何度だって言うよ、レーナ。お帰りなさい……こんな狩りはね、もうおしまい」
「終わってはいない! あたしはヴィスマルクの狩猟兵、狩りをやめるわけにはいかないのよ!」
クシュレナの弓が雷鳴を発した。稲妻が夜闇を切り裂いた、ように見えた。
電光の如く放たれた矢が、3本。『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)を直撃していた。
ティルダの悲鳴が、かすれた。
「オルパさん……!」
「ぐっ……だ、大丈夫……でも、ないかな」
オルパの細い身体に、矢が3本、突き刺さっている。
自力でそれを引き抜き、うずくまるオルパを、『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)が背後に庇う。
「……なるほど、とんでもない腕前……ヴィスマルク軍が、欲しがるわけだ」
ヨツカのたくましい身体の陰で、オルパが呻いた。
負傷した細身が、淡く白い光をキラキラとまとう。魔道医療の輝き。
マグノリアの繊手によって振り撒かれた、その光が、オルパのみならず自由騎士全員を包み込んでいた。僅かな負傷であれば、放っておいても回復する状態に全員がある。
だが。この美しき狩猟兵が、僅かな負傷で済ませてくれるはずはなかった。
「さあティルダ。あたし、あんたの仲間を傷付けたわよ! これで戦えるでしょッ」
クシュレナが叫び、弓を引き、夜空に向かって矢を放つ。
氷の矢の雨が、自由騎士団に降り注いだ。
それらをかわし、何本かはかわしきれず肩や背中に受けながら、オルパが踏み込んで行く。漆黒と深紅、左右2本の短剣が超高速でクシュレナを襲撃する。オルパの言葉に合わせてだ。
「お嬢さん、貴女に武器は似合わない……」
間断なき刃の襲撃を、しかしクシュレナはことごとくかわしてゆく。
「……ごめん嘘。レーナ殿、だったな。弓を引く貴女の姿、最高に痺れるよ。美しい、かっこいいと思う。だから、俺たちと一緒に戦おう」
「世迷言を!」
「オルパ兄さんは」
その間、カノンは別角度から忍び寄るように踏み込んでいた。
肩の辺りに、氷の矢が突き刺さっている。体内を侵す冷気が、淡く白い癒しの光に温められて消えてゆく。
「……女の人が相手だと、やっぱり調子が悪い?」
冷気に身体能力を損なわれる事もなくカノンは、両手の小さな五指を獣の牙に変えた。
突き刺さっていた氷の矢が、蒸発した。
燃え上がる気の嵐が、顎門を成した両掌から、獣の咆哮となって迸る。
「うーん……そうなっちまうかな」
咆哮を叩き込まれたクシュレナの細身が、へし曲がって倒れ、だが即座に立ち上がる様を見つめながら、オルパが呟く。
「まあでも……俺は嬉しいよ、レーナ殿」
負傷した彼の身体に、マグノリアが癒しの光を特に大量に振りかけている。
浴びながら、オルパが言う。
「貴女と言い、ティルダ殿と言い……ヨウセイの女性が頑張っている。本当に、嬉しくなるよ」
「……ヨウセイの男、あんたも頑張ってみたらどうなの」
弓を引こうとするクシュレナの身体に、その時。目に見えぬ何かが絡み付いた、とカノンは感じた。
不可視の、泥のような拘束。
クシュレナが、石畳に立ったまま、存在しない泥沼にでも落ち込んだかのようであった。
「くっ……? これは……」
「やめて……本当にやめて、お願いよレーナ……」
藍花晶の杖をかざし、見えざる泥沼を制御しながら、ティルダは言った。
「わたし、レーナと戦いたくない……」
「……それなら、私の前に立たないでよね」
見えぬ泥の束縛に抗いながら、クシュレナは弓を構えようとする。彼女の、まさしく獣じみた敏捷性が、いくらかは損なわれているのだろうか。
「そこを通して……あたしに、仕事をさせてよ……うっぐ!」
クシュレナが、前屈みに細身を折った。目に見えぬ刃で、腹を刺されたかのように。
「そういうわけには、ゆかぬ」
テオドールが、白い短剣を己の鳩尾に当てていた。
「ティルダ嬢、見ての通りだ。戦いは避けられぬ……言葉だけで、クシュレナ嬢を救う事は出来ぬ」
「……救う? ノウブルが、あたしたちヨウセイを……?」
クシュレナが、苦しげに微笑んだ。
憎悪の笑みだ、とカノンは思った。
「……面白い冗談、だけど……笑えないわよっ!」
弓を引こうとしたクシュレナの身体が突然、へし曲がり吹っ飛んだ。
とてつもなく重い一撃が、叩き込まれていた。
「安心した……お前は、強い」
ヨツカの、野太刀であった。
「ヨツカたちが本気で戦っても……死には、しない。だから戦って止める。ティルダ……ヨツカを、恨め」
●
命は、平等ではない。
人が、人を殺す。それは、食べるために獣を殺す事とは明らかに違うのだ。
この場合の人とは、人間……ノウブルのみを指すわけではない。
カノンやヨツカといったオニヒトたち、オルパやティルダやクシュレナらヨウセイ族、それにキジンやケモノビト、ミズヒトにソラヒトたち。全て「人」である。
自分マグノリアのようなマザリモノさえ、この仲間たちは「ヒト」として扱ってくれる。
ヒトが、ヒトを殺す。それは、自由騎士がイブリースを討滅する事と、どう異なるのか。
言葉で説明出来る者など、この場のオラクル7名の中にはいないであろう。
言葉で語れぬ事を、カノンは実行した。クシュレナは実行してきた。
それに関して、マグノリアがしたり顔で語れる事など何もない。ただ、思う事はある。
(教皇ヨハネスを手にかけたのが、このマグノリア・ホワイトであったら……僕は、カノンのように重く受け止める事はなかっただろう。クシュレナのように、思い悩む事もなかった……)
細い全身で、マグノリアは自然界のマナを吸収し、癒しの力に変換し、そして解き放った。
「ともかく、この場にいる……人は、誰も死なせはしない……!」
解放された回復力の嵐が、負傷した自由騎士全員を包み込む。
「クシュレナ、君にも……これ以上、誰も殺させはしない。君は……人を殺す事に向いているヒト、ではないよ」
「あたしだって、殺したくはなかった……なんて今更、言うつもりはないけれどっ」
クシュレナは弓を引いた。
「殺さずに済んだなら、そうね。どんなに良かったか!」
またしても、雷鳴が轟いた。
傷の治療が施されたばかりのテオドールの身体に、電光のような3本の矢が突き刺さる。
「……辛かった……で、あろうな……」
血を吐き、よろめきながら、テオドールは呻く。
「殺さねば、隠れ里を守る事が……出来ない……苦渋の選択、などという言葉では……とても足りぬ……言葉が、見つからぬ……」
「あたしは……お前らノウブルの、そういうところが許せない!」
次なる矢をつがえながら、クシュレナが吼える。
「他の種族を! ケモノビトを、オニヒトを! マザリモノも、ソラヒトやミズヒトも! キジンも、ヨウセイも! 踏みつけて踏みにじって自分らの優位を確保してるくせに! 口から出るのは綺麗事ばかり……」
その叫びが、凍り付いた。弓を引こうとする動きが、固まった。
「……いい加減にして、レーナ」
ティルダの言葉に合わせて氷の荊が生じ、クシュレナの細い全身を縛り上げ切り裂きつつあった。
「これ以上……わたしの仲間を、傷付けるなら……!」
「……あたしを……殺して、止めなきゃ……ね」
クシュレナが、苦しげに青ざめながら微笑する。
「そう……それでいいのよ、ティルダ……あんたの手で、あたしを……」
凄まじい衝撃が、氷の荊を叩き斬りながら、クシュレナの細身をへし曲げ打ち倒していた。
「……ヨツカは、頭が悪い」
一撃を繰り出したばかりの野太刀を構え直しながら、ヨツカが言った。
「だけど、お前はそれ以上だクシュレナ。お前くらいの、わからず屋……そうはいない。ティルダはお前の友達で、お前をずっと待っていた。わからないのか」
「……わからず屋……そう、それでいいのよ……」
血まみれの細身を、クシュレナはよろりと立ち上がらせた。
「あんまり、ものわかりのいい奴に……ヴィスマルクの軍人は、務まらないから」
「教えてレーナ。ヴィスマルクは、あなたを……ヨウセイを、大事にしてくれる?」
ティルダは、涙を流していた。
「レーナが戦えるうちは、道具として便利に使う。戦えなくなったら、捨てる……違う? そうじゃないの?」
「何度でも言うけど、それでいいのよティルダ」
クシュレナは、血を流している。
「戦いが出来なくなったら、捨てられて当然。そうでしょ、ねえティルダ……」
「……昔から、そうだよねレーナは」
涙を拭いながらティルダは無理矢理、微笑もうとしているようだった。
「毎日、一生懸命に狩りをして……隠れ里のみんなのために、頑張ってくれた……まるで……」
藍色と桃色の瞳が、涙に沈みかけながらもクシュレナを見据える。
「……役に立たなくなるのが、恐い……みたいに……」
クシュレナの、血まみれの美貌が引きつった。泣き出す寸前の子供、に見えた。
子供ではありえない射撃が、しかし直後、放たれた。矢が、つがえられると同時に射出されていた。
そして、ヨツカの分厚い胸板に突き刺さる。マグノリアの施した治療が、ほぼ無かった事になった。それでも治し続けるのが自分の役目だ、とマグノリアは思い定めた。
「わかる……わかるぞ……役立たずになるのは、誰だって嫌だ……」
無理矢理、矢を引き抜きながら、ヨツカが言った。
「だからクシュレナ、お前は……頑張り過ぎて、何かが……見えなくなってる……」
「やかましい!」
弓を引こうとするクシュレナを、疾風が襲った。
それは踏み込んでの斬撃と刺突、でありながら、放たれた矢のようでもあった。
「……よくわかってるじゃないか、ヨツカ殿」
オルパだった。漆黒の刃と深紅の刀身が、クシュレナを直撃していた。
ヨツカが俯いた。
「……面目ない。ヨツカもよく、頭に血が昇って色々見えなくなる」
「大丈夫。そういう時のために、仲間がいるのさ」
夜闇の中でキラリと歯を光らせながらオルパは、鮮血をしぶかせ倒れゆくクシュレナを抱き止める。
マグノリアは嫌な予感がしたが、オルパは暢気なものだ。
「もう、いいだろう? レーナ殿。貴女を傷付けた事で、俺も傷付いた……痛みと悲しみしか生まない戦いだという事が、よくわかったよ。さあ今、傷を治す……今のシャンバラは、戻り頃だ。一緒にお茶でも」
抱擁の中で、クシュレナが山刀を振るった。その一撃が、オルパの端整な顔面を横薙ぎに叩き割る……寸前、カノンが踏み込んでいた。獲物に忍び寄る狼のように。
クシュレナの強靭な細身が、吹っ飛んでいた。真紅の衝撃光を飛散させながらだ。
鐘の音が、高らかに鳴り響く。
カノンの拳が、天を衝く形に叩き込まれていた。
「うん……こういう時のために、仲間が必要だね」
「……はい……まったくもって、ごもっとも」
尻餅をついたオルパが、頭を搔く。
残心をしながら、カノンは言った。
「まあでもカノンもわかるよ。ヨツカ兄さんの言う通り……劇団のみんなの足引っ張っちゃいけないって、思い込めば思い込むほど、お芝居がグダグダになっちゃったりしてね」
「……あたしは、狩りをしている……お芝居をしているわけじゃあ、ないのよ……」
錐揉み状に落下して石畳に激突したクシュレナが、それでも即座に立ち上がってくる。
カノンが、なおも言った。
「レーナさんは……いままでずっと、お芝居をやってたんだと思う。ヴィスマルクの狩猟兵っていう役を、とっても上手く演じてきた。充分だよ、もう。幕、下ろそう? 戻らなきゃ。ティルダお姉さんの、大切な友達に」
「ふざけないで! あたしに、そんな資格! あるわけないでしょうがぁあああああああッッ!」
クシュレナが叫び、弓を引く……よりも早く。テオドールが血を吐きながら、存在しない弓を引き、見えざる矢を放っていた。
「……そんなものは、貴女1人だけの……単なる、思い込みだ」
呪力の矢が、クシュレナの身体に突き刺さっていた。
「クシュレナ嬢……貴女の帰る場所は、そこにある。本当は、見えているのだろう?」
今度こそ、本当に倒れゆくクシュレナの身体を、ティルダが受け止め抱き締めていた。
テオドールも力尽き、よろめき、倒れかかった。
マグノリアが抱き止めた。
「君も無茶をするねテオドール……君の帰るべき場所に、帰れなくなるところだったよ」
「冷静沈着であろう……と、心がけていたのだがな」
「今、全員の傷を治す……クシュレナ、君も含めてだ」
たおやかな手で魔導医療の光をキラキラと振りまきながら、マグノリアは言った。
「まだ戦うと言うのなら、戦うがいい。僕は、いくらでも治す……繰り返すが、誰も死なせはしない」
クシュレナは応えない。ティルダに抱かれたまま、小声を発しているようだ。
聞き取れぬ声で、ティルダも会話に応じている。
自分たちに出来る事は、ここまでなのだ、とマグノリアは思った。
「全てのノウブルを代表し、謝罪する……」
テオドールが言った。
「……などという傲慢な事が私に出来れば、どれほど良いか……」
今回、ノウブルは彼1人だけなのだ、とマグノリアは今更ながら気付いた。
「出来る限りの事をする、としか言えぬ……言葉とは、無力なものだな」
「テオドール……あんたが良いノウブルである事、ヨツカたちは知っている」
オルパと肩を貸し合いながら、ヨツカが声をかける。
「だから……気にするな、というのは変な話か……くそ。本当に、言葉とは無力だ」
「……いや、私は力付けられた。ありがとう、ヨツカ卿」
テオドールが、自力で立った。
「さて……クシュレナ嬢の、今後だが」
「まあ、民政官様のお慈悲にすがるしかないだろうな」
オルパが言った。
「大丈夫、命を狙われまくってる御仁だ。暗殺者の1人や2人、大目に見てくれるさ」
「うーん、まあカノンからも頼むけどね……まだ起きて、仕事してるのかな」
「お土産を、渡して来ようか」
そう言ってマグノリアが懐から出したものを見て、カノンが目を見開いた。
「え……まさかそれ、あの人に飲ませるの? 死んじゃうよ! そりゃカノンには効いたけど」
「ふふ、ひどい言われようだね。大丈夫、僕にも効いた」
土産物と一緒に、手紙も用意してある。
貸しを1つ。返すためには、クシュレナの処遇に関して充分な考慮をしてもらう事になる。そんな内容だ。
「……まだ言うの? ティルダ……」
そのクシュレナが、少し大きな声を発している。ティルダも言う。
「一緒に生きて、一緒に幸せになろう? それがミトラースへの復讐になるから……何度でも言うね。お帰り、レーナ」
「……ただいま、ティルダ」
クシュレナは、根負けしたようであった。
獣になれ。
このクシュレナ・ルフタサーリという女性は、ずっと己にそう言い聞かせ続けてきたのだろうと『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は思った。
目を見れば、わかる。夜闇の中、禍々しく灯る眼光。
常に狩りをして獲物を喰らい続けていないと餓えて死ぬ、肉食獣の眼光である。
「狩りをして、獲物を仕留め続けていないと……耐えられなく、なっちゃうんだね」
カノンは呟いた。小声である。クシュレナに語りかけたわけではない。
彼女は今、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)と対峙している。
クシュレナは、まずはティルダと語り合わなければならない。自分たちが言葉を挟むべきではない、とカノンは思う。
何かをしていないと、例えばイブリースとでも戦っていないと、耐えられない。ほんの一時期、カノンもそうであった。今はどうか。
奪った命を、心に刻む。その命に恥じない生き方をする。
そんなものは、しかし殺人者の思い上がりでしかないのだろう。人を殺した。それが、それだけが事実なのだ。
「意味のない事だろうけど……カノン、1つ無責任な事を言わせてもらうよ」
話しかけてきた、と言うよりは独り言のような口調で『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
「……あの場にいたのが僕であったら、僕がヨハネス教皇を殺していただろう。巡り合わせとして、君だった……そういう事だと思う」
「ありがとう、マグノリアさん。カノンは大丈夫だよ」
言いつつ、カノンは苦笑した。大丈夫とは、どういう事か。もはや、いくら人を殺しても平気でいられる、という事なのか。
クシュレナは恐らく、その境地を目指しているのだろう。だからヴィスマルク帝国の狩猟兵として、人を狩り続けている。
「やめて……やめなさいよ、誰だか知らないけれど」
獣の眼光をティルダに向けたまま、クシュレナが言う。
「あたしに、お帰りなさいを言わないで……誰だか、知らないけれど……」
「見つめなさい、クシュレナ嬢」
厳格な声を発したのは『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)である。
「まずは見守るつもりであったが、これだけは言わせていただく……目の前で手を差し伸べているのが、誰であるのか。クシュレナ嬢、貴女はしっかりと見て認識しなければいけない。誰だか知らない、などとは言わせぬ」
「……ノウブルがっ! 利いた風な口を!」
クシュレナが激昂し、弓を引こうとする。
矢がテオドールに向けられそうになった、その時。
「やめなさいレーナ!」
ティルダの、怒りの叫びであった。夜を切り裂くように、鋭く響き渡る。
「わたしの仲間を、傷付けるなら……ねえレーナ。わたし、あなたと戦わなきゃいけなくなるのよ……」
「引っ込み思案で、おどおどしてる……」
クシュレナの声が、震えている。
「……ようでいて、いざとなれば……あたしを、叱る…………ティルダ……なのね、本当に……」
「何度だって言うよ、レーナ。お帰りなさい……こんな狩りはね、もうおしまい」
「終わってはいない! あたしはヴィスマルクの狩猟兵、狩りをやめるわけにはいかないのよ!」
クシュレナの弓が雷鳴を発した。稲妻が夜闇を切り裂いた、ように見えた。
電光の如く放たれた矢が、3本。『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)を直撃していた。
ティルダの悲鳴が、かすれた。
「オルパさん……!」
「ぐっ……だ、大丈夫……でも、ないかな」
オルパの細い身体に、矢が3本、突き刺さっている。
自力でそれを引き抜き、うずくまるオルパを、『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)が背後に庇う。
「……なるほど、とんでもない腕前……ヴィスマルク軍が、欲しがるわけだ」
ヨツカのたくましい身体の陰で、オルパが呻いた。
負傷した細身が、淡く白い光をキラキラとまとう。魔道医療の輝き。
マグノリアの繊手によって振り撒かれた、その光が、オルパのみならず自由騎士全員を包み込んでいた。僅かな負傷であれば、放っておいても回復する状態に全員がある。
だが。この美しき狩猟兵が、僅かな負傷で済ませてくれるはずはなかった。
「さあティルダ。あたし、あんたの仲間を傷付けたわよ! これで戦えるでしょッ」
クシュレナが叫び、弓を引き、夜空に向かって矢を放つ。
氷の矢の雨が、自由騎士団に降り注いだ。
それらをかわし、何本かはかわしきれず肩や背中に受けながら、オルパが踏み込んで行く。漆黒と深紅、左右2本の短剣が超高速でクシュレナを襲撃する。オルパの言葉に合わせてだ。
「お嬢さん、貴女に武器は似合わない……」
間断なき刃の襲撃を、しかしクシュレナはことごとくかわしてゆく。
「……ごめん嘘。レーナ殿、だったな。弓を引く貴女の姿、最高に痺れるよ。美しい、かっこいいと思う。だから、俺たちと一緒に戦おう」
「世迷言を!」
「オルパ兄さんは」
その間、カノンは別角度から忍び寄るように踏み込んでいた。
肩の辺りに、氷の矢が突き刺さっている。体内を侵す冷気が、淡く白い癒しの光に温められて消えてゆく。
「……女の人が相手だと、やっぱり調子が悪い?」
冷気に身体能力を損なわれる事もなくカノンは、両手の小さな五指を獣の牙に変えた。
突き刺さっていた氷の矢が、蒸発した。
燃え上がる気の嵐が、顎門を成した両掌から、獣の咆哮となって迸る。
「うーん……そうなっちまうかな」
咆哮を叩き込まれたクシュレナの細身が、へし曲がって倒れ、だが即座に立ち上がる様を見つめながら、オルパが呟く。
「まあでも……俺は嬉しいよ、レーナ殿」
負傷した彼の身体に、マグノリアが癒しの光を特に大量に振りかけている。
浴びながら、オルパが言う。
「貴女と言い、ティルダ殿と言い……ヨウセイの女性が頑張っている。本当に、嬉しくなるよ」
「……ヨウセイの男、あんたも頑張ってみたらどうなの」
弓を引こうとするクシュレナの身体に、その時。目に見えぬ何かが絡み付いた、とカノンは感じた。
不可視の、泥のような拘束。
クシュレナが、石畳に立ったまま、存在しない泥沼にでも落ち込んだかのようであった。
「くっ……? これは……」
「やめて……本当にやめて、お願いよレーナ……」
藍花晶の杖をかざし、見えざる泥沼を制御しながら、ティルダは言った。
「わたし、レーナと戦いたくない……」
「……それなら、私の前に立たないでよね」
見えぬ泥の束縛に抗いながら、クシュレナは弓を構えようとする。彼女の、まさしく獣じみた敏捷性が、いくらかは損なわれているのだろうか。
「そこを通して……あたしに、仕事をさせてよ……うっぐ!」
クシュレナが、前屈みに細身を折った。目に見えぬ刃で、腹を刺されたかのように。
「そういうわけには、ゆかぬ」
テオドールが、白い短剣を己の鳩尾に当てていた。
「ティルダ嬢、見ての通りだ。戦いは避けられぬ……言葉だけで、クシュレナ嬢を救う事は出来ぬ」
「……救う? ノウブルが、あたしたちヨウセイを……?」
クシュレナが、苦しげに微笑んだ。
憎悪の笑みだ、とカノンは思った。
「……面白い冗談、だけど……笑えないわよっ!」
弓を引こうとしたクシュレナの身体が突然、へし曲がり吹っ飛んだ。
とてつもなく重い一撃が、叩き込まれていた。
「安心した……お前は、強い」
ヨツカの、野太刀であった。
「ヨツカたちが本気で戦っても……死には、しない。だから戦って止める。ティルダ……ヨツカを、恨め」
●
命は、平等ではない。
人が、人を殺す。それは、食べるために獣を殺す事とは明らかに違うのだ。
この場合の人とは、人間……ノウブルのみを指すわけではない。
カノンやヨツカといったオニヒトたち、オルパやティルダやクシュレナらヨウセイ族、それにキジンやケモノビト、ミズヒトにソラヒトたち。全て「人」である。
自分マグノリアのようなマザリモノさえ、この仲間たちは「ヒト」として扱ってくれる。
ヒトが、ヒトを殺す。それは、自由騎士がイブリースを討滅する事と、どう異なるのか。
言葉で説明出来る者など、この場のオラクル7名の中にはいないであろう。
言葉で語れぬ事を、カノンは実行した。クシュレナは実行してきた。
それに関して、マグノリアがしたり顔で語れる事など何もない。ただ、思う事はある。
(教皇ヨハネスを手にかけたのが、このマグノリア・ホワイトであったら……僕は、カノンのように重く受け止める事はなかっただろう。クシュレナのように、思い悩む事もなかった……)
細い全身で、マグノリアは自然界のマナを吸収し、癒しの力に変換し、そして解き放った。
「ともかく、この場にいる……人は、誰も死なせはしない……!」
解放された回復力の嵐が、負傷した自由騎士全員を包み込む。
「クシュレナ、君にも……これ以上、誰も殺させはしない。君は……人を殺す事に向いているヒト、ではないよ」
「あたしだって、殺したくはなかった……なんて今更、言うつもりはないけれどっ」
クシュレナは弓を引いた。
「殺さずに済んだなら、そうね。どんなに良かったか!」
またしても、雷鳴が轟いた。
傷の治療が施されたばかりのテオドールの身体に、電光のような3本の矢が突き刺さる。
「……辛かった……で、あろうな……」
血を吐き、よろめきながら、テオドールは呻く。
「殺さねば、隠れ里を守る事が……出来ない……苦渋の選択、などという言葉では……とても足りぬ……言葉が、見つからぬ……」
「あたしは……お前らノウブルの、そういうところが許せない!」
次なる矢をつがえながら、クシュレナが吼える。
「他の種族を! ケモノビトを、オニヒトを! マザリモノも、ソラヒトやミズヒトも! キジンも、ヨウセイも! 踏みつけて踏みにじって自分らの優位を確保してるくせに! 口から出るのは綺麗事ばかり……」
その叫びが、凍り付いた。弓を引こうとする動きが、固まった。
「……いい加減にして、レーナ」
ティルダの言葉に合わせて氷の荊が生じ、クシュレナの細い全身を縛り上げ切り裂きつつあった。
「これ以上……わたしの仲間を、傷付けるなら……!」
「……あたしを……殺して、止めなきゃ……ね」
クシュレナが、苦しげに青ざめながら微笑する。
「そう……それでいいのよ、ティルダ……あんたの手で、あたしを……」
凄まじい衝撃が、氷の荊を叩き斬りながら、クシュレナの細身をへし曲げ打ち倒していた。
「……ヨツカは、頭が悪い」
一撃を繰り出したばかりの野太刀を構え直しながら、ヨツカが言った。
「だけど、お前はそれ以上だクシュレナ。お前くらいの、わからず屋……そうはいない。ティルダはお前の友達で、お前をずっと待っていた。わからないのか」
「……わからず屋……そう、それでいいのよ……」
血まみれの細身を、クシュレナはよろりと立ち上がらせた。
「あんまり、ものわかりのいい奴に……ヴィスマルクの軍人は、務まらないから」
「教えてレーナ。ヴィスマルクは、あなたを……ヨウセイを、大事にしてくれる?」
ティルダは、涙を流していた。
「レーナが戦えるうちは、道具として便利に使う。戦えなくなったら、捨てる……違う? そうじゃないの?」
「何度でも言うけど、それでいいのよティルダ」
クシュレナは、血を流している。
「戦いが出来なくなったら、捨てられて当然。そうでしょ、ねえティルダ……」
「……昔から、そうだよねレーナは」
涙を拭いながらティルダは無理矢理、微笑もうとしているようだった。
「毎日、一生懸命に狩りをして……隠れ里のみんなのために、頑張ってくれた……まるで……」
藍色と桃色の瞳が、涙に沈みかけながらもクシュレナを見据える。
「……役に立たなくなるのが、恐い……みたいに……」
クシュレナの、血まみれの美貌が引きつった。泣き出す寸前の子供、に見えた。
子供ではありえない射撃が、しかし直後、放たれた。矢が、つがえられると同時に射出されていた。
そして、ヨツカの分厚い胸板に突き刺さる。マグノリアの施した治療が、ほぼ無かった事になった。それでも治し続けるのが自分の役目だ、とマグノリアは思い定めた。
「わかる……わかるぞ……役立たずになるのは、誰だって嫌だ……」
無理矢理、矢を引き抜きながら、ヨツカが言った。
「だからクシュレナ、お前は……頑張り過ぎて、何かが……見えなくなってる……」
「やかましい!」
弓を引こうとするクシュレナを、疾風が襲った。
それは踏み込んでの斬撃と刺突、でありながら、放たれた矢のようでもあった。
「……よくわかってるじゃないか、ヨツカ殿」
オルパだった。漆黒の刃と深紅の刀身が、クシュレナを直撃していた。
ヨツカが俯いた。
「……面目ない。ヨツカもよく、頭に血が昇って色々見えなくなる」
「大丈夫。そういう時のために、仲間がいるのさ」
夜闇の中でキラリと歯を光らせながらオルパは、鮮血をしぶかせ倒れゆくクシュレナを抱き止める。
マグノリアは嫌な予感がしたが、オルパは暢気なものだ。
「もう、いいだろう? レーナ殿。貴女を傷付けた事で、俺も傷付いた……痛みと悲しみしか生まない戦いだという事が、よくわかったよ。さあ今、傷を治す……今のシャンバラは、戻り頃だ。一緒にお茶でも」
抱擁の中で、クシュレナが山刀を振るった。その一撃が、オルパの端整な顔面を横薙ぎに叩き割る……寸前、カノンが踏み込んでいた。獲物に忍び寄る狼のように。
クシュレナの強靭な細身が、吹っ飛んでいた。真紅の衝撃光を飛散させながらだ。
鐘の音が、高らかに鳴り響く。
カノンの拳が、天を衝く形に叩き込まれていた。
「うん……こういう時のために、仲間が必要だね」
「……はい……まったくもって、ごもっとも」
尻餅をついたオルパが、頭を搔く。
残心をしながら、カノンは言った。
「まあでもカノンもわかるよ。ヨツカ兄さんの言う通り……劇団のみんなの足引っ張っちゃいけないって、思い込めば思い込むほど、お芝居がグダグダになっちゃったりしてね」
「……あたしは、狩りをしている……お芝居をしているわけじゃあ、ないのよ……」
錐揉み状に落下して石畳に激突したクシュレナが、それでも即座に立ち上がってくる。
カノンが、なおも言った。
「レーナさんは……いままでずっと、お芝居をやってたんだと思う。ヴィスマルクの狩猟兵っていう役を、とっても上手く演じてきた。充分だよ、もう。幕、下ろそう? 戻らなきゃ。ティルダお姉さんの、大切な友達に」
「ふざけないで! あたしに、そんな資格! あるわけないでしょうがぁあああああああッッ!」
クシュレナが叫び、弓を引く……よりも早く。テオドールが血を吐きながら、存在しない弓を引き、見えざる矢を放っていた。
「……そんなものは、貴女1人だけの……単なる、思い込みだ」
呪力の矢が、クシュレナの身体に突き刺さっていた。
「クシュレナ嬢……貴女の帰る場所は、そこにある。本当は、見えているのだろう?」
今度こそ、本当に倒れゆくクシュレナの身体を、ティルダが受け止め抱き締めていた。
テオドールも力尽き、よろめき、倒れかかった。
マグノリアが抱き止めた。
「君も無茶をするねテオドール……君の帰るべき場所に、帰れなくなるところだったよ」
「冷静沈着であろう……と、心がけていたのだがな」
「今、全員の傷を治す……クシュレナ、君も含めてだ」
たおやかな手で魔導医療の光をキラキラと振りまきながら、マグノリアは言った。
「まだ戦うと言うのなら、戦うがいい。僕は、いくらでも治す……繰り返すが、誰も死なせはしない」
クシュレナは応えない。ティルダに抱かれたまま、小声を発しているようだ。
聞き取れぬ声で、ティルダも会話に応じている。
自分たちに出来る事は、ここまでなのだ、とマグノリアは思った。
「全てのノウブルを代表し、謝罪する……」
テオドールが言った。
「……などという傲慢な事が私に出来れば、どれほど良いか……」
今回、ノウブルは彼1人だけなのだ、とマグノリアは今更ながら気付いた。
「出来る限りの事をする、としか言えぬ……言葉とは、無力なものだな」
「テオドール……あんたが良いノウブルである事、ヨツカたちは知っている」
オルパと肩を貸し合いながら、ヨツカが声をかける。
「だから……気にするな、というのは変な話か……くそ。本当に、言葉とは無力だ」
「……いや、私は力付けられた。ありがとう、ヨツカ卿」
テオドールが、自力で立った。
「さて……クシュレナ嬢の、今後だが」
「まあ、民政官様のお慈悲にすがるしかないだろうな」
オルパが言った。
「大丈夫、命を狙われまくってる御仁だ。暗殺者の1人や2人、大目に見てくれるさ」
「うーん、まあカノンからも頼むけどね……まだ起きて、仕事してるのかな」
「お土産を、渡して来ようか」
そう言ってマグノリアが懐から出したものを見て、カノンが目を見開いた。
「え……まさかそれ、あの人に飲ませるの? 死んじゃうよ! そりゃカノンには効いたけど」
「ふふ、ひどい言われようだね。大丈夫、僕にも効いた」
土産物と一緒に、手紙も用意してある。
貸しを1つ。返すためには、クシュレナの処遇に関して充分な考慮をしてもらう事になる。そんな内容だ。
「……まだ言うの? ティルダ……」
そのクシュレナが、少し大きな声を発している。ティルダも言う。
「一緒に生きて、一緒に幸せになろう? それがミトラースへの復讐になるから……何度でも言うね。お帰り、レーナ」
「……ただいま、ティルダ」
クシュレナは、根負けしたようであった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
FL送付済