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【信仰と侵攻】聖女と僧兵

●
「何故、何故、何故だ、何故こんな事に……」
「神民だぞ、我々は神民なのだぞ! それが何故……」
「魔女だ、魔女どもが騒いだからだ!」
「魔女を黙らせろおおおおっ!」
口々に喚きながら男たちが、アマリアの身体から衣服を剥ぎ取りにかかる。
(何故……どうして……)
押し倒されながらアマリアは、心の中で同じような問いかけをしていた。
(何で……あたしは、オラクルじゃないの? 力さえあれば、こんな連中……)
否、問いかける相手などいない。誰も、答えてなどくれない。
「ああああ、魔女ってのはキレーな肌してんなあオイ。いいカラダしてやがんなあああ!」
「魔女ってのはよォー、ミトラース様から俺ら神民への贈り物なんだよぉ! だから何したってイイんだよおおお」
「我々は神民なのだからなあ! 神民に逆らってはならんぞ? 魔女の分際で」
「てめえら魔女が騒いだせいでよォ、自由騎士団なんて連中が来ちまっただろーがあ? 俺ら神民の生活メチャクチャになっちまっただろうがぁーッ!」
喚き、覆い被さり、のしかかって来た男たちが、ことごとく宙を舞った。空中に、脳漿や臓物をぶちまけた。
「学ばせてもらったぞ、人間たちよ……」
岩山のような巨漢が1人、そこにいた。男たちを、引きちぎりながら放り捨てている。
「お前たちの信仰……その行き着いた果ての、有り様をな」
頭蓋骨の形がよくわかる禿頭、尖った両耳。燃え盛る眼光に鋭い牙。
その巨漢は、人間ではなかった。
「誰……」
胸を抱き隠しながら、アマリアは呆然と問いかけた。
「……イ・ラプセルの、自由騎士……? じゃあ、ないわね」
「ふむ、何故そう思う?」
巨漢が、鋼の杖を振るった。逃げ惑う男たちが、片っ端から破裂して噴き上がる。
「あいつら……そんな事、してくれないもの……」
アマリアは呻く。
「自由騎士の連中、この国のクソッタレどもを殺そうともしない……」
「まあ、それはな。私もいささか歯痒さに耐えかねているところ」
巨漢の分厚い掌から、白色の光が迸る。気の光の、奔流。
男たちは1人残らず、白い輝きの中で砕け散った。
「だから、こうして出て来てしまった」
「……わざわざ、あたしを助けるために?」
「それは物のついでよ。私はな、信仰というものを見て回っているのだ」
原形をとどめぬ男たちの屍を、人外の巨漢は見渡している。
今のシャンバラそのもの、とも言える虐殺の光景であった。
「この国は、信仰によって滅びた……ヘルメリアも、遠からず同じような道を辿るであろう。イ・ラプセルも」
巨漢は言った。
「……実存の神は、人々を破滅にしか導かぬ。なのに何故、人間たちは信じ崇めるのか。ミトラースを、ヘルメスを、アクアディーネを……何故」
「……言い訳が、欲しいのさ」
アマリアは吐き捨てた。
「どいつもこいつも、弱い者いじめをする理由と言い訳が欲しいだけ! 何でもかんでも神様のせいにしてりゃ、何だって出来る! 何だって許される! それが信仰ってもの」
恩人である巨漢を、アマリアは思わず睨んでいた。
「……あんたたち幻想種にしてみりゃ、ミトラースだのアクアディーネだのは関係ないよね」
「神は、心の中にのみ在わすもの」
人外の巨漢が、拳を握る。鉄槌の如き拳が、岩盤にも似た胸板に当てられる。
「我が名はアイアンスカル。我が部族の神に仕える僧兵だ」
「それが何で、こんな所に?」
「ミトラース、ヘルメス、アクアディーネ……おぞましき実存の神々が、世に戦乱をもたらした。その戦乱で人間たちが殺し合い、滅びてゆく……」
オーガー、いやトロールであろうか。
人間を骨まで噛み砕く牙を剥きながら、巨漢は言った。
「その殺戮と滅亡が……幻想種と一括りに呼ばれてしまう我々に及ぶのは、今や時間の問題ではないのか。どうもな、そのように思えてならぬ」
「だろうね……ふ、ふふっ。あたし、さっきまでオラクルの力が欲しいって思ってたけど」
アマリアは笑った。
「やっぱ要らない、かな……だってオラクルってバカしかいないんだもの。ミトラースみたいなクソ化け物の言う事、神様だって理由だけで何でも聞いちまう。で、人を殺す。ヨウセイを殺す。あの自由騎士って連中だって、そうさ。アクアディーネが『ゴブリンを滅ぼせ』『オークを滅ぼせ』『トロールを滅ぼせ』って言えば、躊躇いなくやるだろうね。幻想種皆殺しの嵐が吹くよ」
「……先手を打たねばならぬ。本当に、そうであるならば」
「本当にそうだって事、あたしが証明してやるよ。だから……一緒にやらない? その馬鹿力、貸してよ」
●
私は確かにアマリア・カストゥールを、まあ利用してはいたのだろう。
アクア神殿がひた隠しにしていた汚物を、彼女は大いに暴き立ててくれた。私に、見せつけてくれた。
おかげで私は、決心を固める事が出来たのだ。
「……アクア神殿は、潰す。滅ぼす。神殿にいる者ども、皆殺しにせねばならぬ」
アマリアの扇動に容易く乗って、大いに醜態狂態を晒した者ども。
他種族への攻撃をアマリアが口にしていたら、容易にそれに流されていたであろう者ども。
生かしておくわけには、いかなかった。
イ・ラプセル王都サンクディゼールへと向かって、私・トロールのアイアンスカルは今、原野を歩み進んでいる。
わからないのは、あの自由騎士団という者たちだ。
彼ら彼女らが、果たしてアマリアの言う通り、他種族の殲滅に走り得るものかどうか。
私が先日あの村で出会った者たちに限って言えば、それはないのではないか、と根拠なく思う程度の事は出来る。しかし、わからない。
ミトラースは、シャンバラの民を狂信・狂乱へと駆り立て、結果として国を滅ぼした。
ヘルメスはどうか。
ヘルメリアの現状を見る限り、かの神が、人民を玩具のようなものとしか認識していないのは明白である。
「アクアディーネだけは違うと……お前たちは何故、信じる事が出来るのだ? 自由騎士団よ」
シャンバラの聖堂騎士団も、信じていたのであろう。自分たちの神ミトラースだけが、唯一絶対の真の神であると。
「……そもそも、神の蠱毒とは何なのだ」
この場にいない自由騎士たちに、私は語りかけていた。
「傲慢なる実存の神々が、お前たちを手駒として使い潰しながら、くだらぬ遊びに興じている……私には、そのようにしか見えぬ」
その遊びで、人間が滅びる。亜人・幻想種と呼ばれている各種族にまで滅びが及ぶ、としたら。
「神の蠱毒とやらを、我らが外側から破壊せねばならなくなる……いや、しかしまだわからぬ」
あの自由騎士たちを信じてみたい気持ちは、確かにある。だが、信じられるのか。
「……まあ良い。ともかく、アクア神殿はこの世から消す。あれこそは神の蠱毒が産み落とした、最も正視し難い汚物の1つだ」
あのような者たちでも、自由騎士団は守るのであろうか。私の前に、立ち塞がるのであろうか。
「ならば見せてもらう。お前たちの、信仰を」
私は立ち止まり、荒野に佇んだまま祈りを捧げた。
「我らが神よ。私の行いもまた、信仰がもたらす暴虐なのでしょうか……」
「何故、何故、何故だ、何故こんな事に……」
「神民だぞ、我々は神民なのだぞ! それが何故……」
「魔女だ、魔女どもが騒いだからだ!」
「魔女を黙らせろおおおおっ!」
口々に喚きながら男たちが、アマリアの身体から衣服を剥ぎ取りにかかる。
(何故……どうして……)
押し倒されながらアマリアは、心の中で同じような問いかけをしていた。
(何で……あたしは、オラクルじゃないの? 力さえあれば、こんな連中……)
否、問いかける相手などいない。誰も、答えてなどくれない。
「ああああ、魔女ってのはキレーな肌してんなあオイ。いいカラダしてやがんなあああ!」
「魔女ってのはよォー、ミトラース様から俺ら神民への贈り物なんだよぉ! だから何したってイイんだよおおお」
「我々は神民なのだからなあ! 神民に逆らってはならんぞ? 魔女の分際で」
「てめえら魔女が騒いだせいでよォ、自由騎士団なんて連中が来ちまっただろーがあ? 俺ら神民の生活メチャクチャになっちまっただろうがぁーッ!」
喚き、覆い被さり、のしかかって来た男たちが、ことごとく宙を舞った。空中に、脳漿や臓物をぶちまけた。
「学ばせてもらったぞ、人間たちよ……」
岩山のような巨漢が1人、そこにいた。男たちを、引きちぎりながら放り捨てている。
「お前たちの信仰……その行き着いた果ての、有り様をな」
頭蓋骨の形がよくわかる禿頭、尖った両耳。燃え盛る眼光に鋭い牙。
その巨漢は、人間ではなかった。
「誰……」
胸を抱き隠しながら、アマリアは呆然と問いかけた。
「……イ・ラプセルの、自由騎士……? じゃあ、ないわね」
「ふむ、何故そう思う?」
巨漢が、鋼の杖を振るった。逃げ惑う男たちが、片っ端から破裂して噴き上がる。
「あいつら……そんな事、してくれないもの……」
アマリアは呻く。
「自由騎士の連中、この国のクソッタレどもを殺そうともしない……」
「まあ、それはな。私もいささか歯痒さに耐えかねているところ」
巨漢の分厚い掌から、白色の光が迸る。気の光の、奔流。
男たちは1人残らず、白い輝きの中で砕け散った。
「だから、こうして出て来てしまった」
「……わざわざ、あたしを助けるために?」
「それは物のついでよ。私はな、信仰というものを見て回っているのだ」
原形をとどめぬ男たちの屍を、人外の巨漢は見渡している。
今のシャンバラそのもの、とも言える虐殺の光景であった。
「この国は、信仰によって滅びた……ヘルメリアも、遠からず同じような道を辿るであろう。イ・ラプセルも」
巨漢は言った。
「……実存の神は、人々を破滅にしか導かぬ。なのに何故、人間たちは信じ崇めるのか。ミトラースを、ヘルメスを、アクアディーネを……何故」
「……言い訳が、欲しいのさ」
アマリアは吐き捨てた。
「どいつもこいつも、弱い者いじめをする理由と言い訳が欲しいだけ! 何でもかんでも神様のせいにしてりゃ、何だって出来る! 何だって許される! それが信仰ってもの」
恩人である巨漢を、アマリアは思わず睨んでいた。
「……あんたたち幻想種にしてみりゃ、ミトラースだのアクアディーネだのは関係ないよね」
「神は、心の中にのみ在わすもの」
人外の巨漢が、拳を握る。鉄槌の如き拳が、岩盤にも似た胸板に当てられる。
「我が名はアイアンスカル。我が部族の神に仕える僧兵だ」
「それが何で、こんな所に?」
「ミトラース、ヘルメス、アクアディーネ……おぞましき実存の神々が、世に戦乱をもたらした。その戦乱で人間たちが殺し合い、滅びてゆく……」
オーガー、いやトロールであろうか。
人間を骨まで噛み砕く牙を剥きながら、巨漢は言った。
「その殺戮と滅亡が……幻想種と一括りに呼ばれてしまう我々に及ぶのは、今や時間の問題ではないのか。どうもな、そのように思えてならぬ」
「だろうね……ふ、ふふっ。あたし、さっきまでオラクルの力が欲しいって思ってたけど」
アマリアは笑った。
「やっぱ要らない、かな……だってオラクルってバカしかいないんだもの。ミトラースみたいなクソ化け物の言う事、神様だって理由だけで何でも聞いちまう。で、人を殺す。ヨウセイを殺す。あの自由騎士って連中だって、そうさ。アクアディーネが『ゴブリンを滅ぼせ』『オークを滅ぼせ』『トロールを滅ぼせ』って言えば、躊躇いなくやるだろうね。幻想種皆殺しの嵐が吹くよ」
「……先手を打たねばならぬ。本当に、そうであるならば」
「本当にそうだって事、あたしが証明してやるよ。だから……一緒にやらない? その馬鹿力、貸してよ」
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私は確かにアマリア・カストゥールを、まあ利用してはいたのだろう。
アクア神殿がひた隠しにしていた汚物を、彼女は大いに暴き立ててくれた。私に、見せつけてくれた。
おかげで私は、決心を固める事が出来たのだ。
「……アクア神殿は、潰す。滅ぼす。神殿にいる者ども、皆殺しにせねばならぬ」
アマリアの扇動に容易く乗って、大いに醜態狂態を晒した者ども。
他種族への攻撃をアマリアが口にしていたら、容易にそれに流されていたであろう者ども。
生かしておくわけには、いかなかった。
イ・ラプセル王都サンクディゼールへと向かって、私・トロールのアイアンスカルは今、原野を歩み進んでいる。
わからないのは、あの自由騎士団という者たちだ。
彼ら彼女らが、果たしてアマリアの言う通り、他種族の殲滅に走り得るものかどうか。
私が先日あの村で出会った者たちに限って言えば、それはないのではないか、と根拠なく思う程度の事は出来る。しかし、わからない。
ミトラースは、シャンバラの民を狂信・狂乱へと駆り立て、結果として国を滅ぼした。
ヘルメスはどうか。
ヘルメリアの現状を見る限り、かの神が、人民を玩具のようなものとしか認識していないのは明白である。
「アクアディーネだけは違うと……お前たちは何故、信じる事が出来るのだ? 自由騎士団よ」
シャンバラの聖堂騎士団も、信じていたのであろう。自分たちの神ミトラースだけが、唯一絶対の真の神であると。
「……そもそも、神の蠱毒とは何なのだ」
この場にいない自由騎士たちに、私は語りかけていた。
「傲慢なる実存の神々が、お前たちを手駒として使い潰しながら、くだらぬ遊びに興じている……私には、そのようにしか見えぬ」
その遊びで、人間が滅びる。亜人・幻想種と呼ばれている各種族にまで滅びが及ぶ、としたら。
「神の蠱毒とやらを、我らが外側から破壊せねばならなくなる……いや、しかしまだわからぬ」
あの自由騎士たちを信じてみたい気持ちは、確かにある。だが、信じられるのか。
「……まあ良い。ともかく、アクア神殿はこの世から消す。あれこそは神の蠱毒が産み落とした、最も正視し難い汚物の1つだ」
あのような者たちでも、自由騎士団は守るのであろうか。私の前に、立ち塞がるのであろうか。
「ならば見せてもらう。お前たちの、信仰を」
私は立ち止まり、荒野に佇んだまま祈りを捧げた。
「我らが神よ。私の行いもまた、信仰がもたらす暴虐なのでしょうか……」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.幻想種トロールの撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
シリーズシナリオ『信仰と侵攻』最終回であります。これまでの御参加、ありがとうございました。
幻想種トロールの僧兵アイアンスカルが、王都へ殴り込んでアクア神殿関係者を皆殺しにしようとしております。戦って、止めて下さい。
アイアンスカルの攻撃手段は、主に鋼の聖杖を用いての白兵戦(攻近単または範)、気の放出(魔遠単または範)。
トロールなので再生能力を持っており、1ターン毎に『メセグリン』と同程度の体力回復が行われます。(BS『致命』有効)
場所は原野、時間帯は夕刻。
普通に戦って体力を0にしていただければ、アイアンスカルは存命のまま戦闘不能になります。その後の生殺与奪は皆様次第。生かしておけば、また同じような事をするかも知れません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
シリーズシナリオ『信仰と侵攻』最終回であります。これまでの御参加、ありがとうございました。
幻想種トロールの僧兵アイアンスカルが、王都へ殴り込んでアクア神殿関係者を皆殺しにしようとしております。戦って、止めて下さい。
アイアンスカルの攻撃手段は、主に鋼の聖杖を用いての白兵戦(攻近単または範)、気の放出(魔遠単または範)。
トロールなので再生能力を持っており、1ターン毎に『メセグリン』と同程度の体力回復が行われます。(BS『致命』有効)
場所は原野、時間帯は夕刻。
普通に戦って体力を0にしていただければ、アイアンスカルは存命のまま戦闘不能になります。その後の生殺与奪は皆様次第。生かしておけば、また同じような事をするかも知れません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年03月14日
2020年03月14日
†メイン参加者 8人†
●
小麦粉は大地の恵みだ、と『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は思っている。
ひたすらにパスタを食らい続ける自由騎士数名を、『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が、呆れながらも気遣ってくれた。
「おいおいおい、死ぬぞ。お前ら」
「大丈夫。アンジェさんのパスタ、吸収めっちゃいいからね」
きちんと口の中のものを呑み込んでから、ナバルは答えた。
「腹ごしらえは必要だよ。特に今回は……すきっ腹で、勝てる相手じゃなさそうだ」
「同感。腹が減っては戦が出来ないってね」
言いつつ『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が、小さな身体にパスタを掻き込んでいる。
野営中の食事風景を見渡しながら、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が、
「大したものだ。これから、イブリースの群れを単身で殲滅するような怪物と戦わなければならぬと言うのに」
半ば呆れ、半ば感心している。
パスタのお代わりを食らいながら、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が言った。
「テオドールさんは食べないんですか? ロンベルさんも」
「私は……うむ」
テオドールは、己の腹回りをいくらか気にしているようだ。
「……少しばかり、食事制限をされているものでな」
奥方にだろう、とナバルは思った。
「俺はな、すきっ腹の方が力が出るのよ」
ロンベルが言う。
「飢餓こそがベストコンディション……極上の獲物を、美味しくいただくためだぜ」
「……トロールは食べられませんよ、きっと」
食器類の後片付けを手伝いながら、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が言った。
「ロンベルさんもね、もう少し甘いものとか食べるといいんです」
「はっはははは、獣の牙が虫歯になっちまったら様にならねえよ」
「……楽しそうですね」
早々と食事を済ませてしまった『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が、彼女らしくもない陰鬱な声を発している。
「戦うのが楽しくて仕方ないですか? ロンベルさんは」
「強い奴と戦って勝つ! 最高だろうがよ」
ロンベルが、ニヤリと牙を見せた。
「……お前さんは、どうだい。戦いは嫌いか?」
「大っ嫌いです……戦いが大好きな、自分が!」
叫びながら、ミルトスは頭を抱えた。
「私ロンベルさんを見ているとね、何だか自分を見せられているようで腹立たしい気分になるんですよ。だから貴方にどうしろって話じゃないですけど」
「受け入れちまいな」
言葉と共にロンベルが、原野の地平線を睨み据える。
「自分に変なブレーキかけたまんまで……勝てる相手じゃねえぞ、アレは」
大柄な人影が、悠然と近付いて来る。
急いでいる、ようには見えない。
だが、その姿はすでに、はっきりと視認出来る。
法衣の上からでも見て取れる筋肉は、まるで岩だ。
かつて髑髏の仮面を着用していたが、素顔はそれとあまり変わり映えしない。禍々しい悪鬼の頭蓋骨が、そのまま肉を盛り上げて眼光を燃やしている。
鋼の聖杖でズシリと地面を撞きながら、トロールのアイアンスカルは立ち止まった。
カノンが、対峙している。
「悪いけど、ここから先へは行かせないよ。君を、絶対に止める」
アイアンスカルは、まずは微笑んだ。
「自由騎士団……出迎えてくれるのだな、私を」
「無論」
まず会話に応じたのは、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。
「アクア神殿の守りは、貴方がお考えになるよりもずっと堅固……その堅き守りの一番手が、私たちです」
「お前よ、冷静な奴かと思ったが実は大馬鹿野郎だな? おい」
ロンベルが、アイアンスカルに向かって愉しげに牙を剥く。
「たった1人でよ、俺たち全員を皆殺しにしてアクア神殿を潰す? こんなイカレた野郎は見た事がねえ……が、なるほど。結局のところ最後はソレが一番正しい答えになっちまったりしてな」
1人、ロンベルは頷いている。
「力で潰す……どうやったって最終的には、そうなる」
「まさしく。我らもシャンバラにて、それを実行した」
テオドールが同調した。
「力で攻め入り、神を斃す……我々でさえ、出来た事だ。アクア神殿の守りの堅さ、過信するべきではないだろう」
「だから、ここで止めるぞアイアンスカル……オレたちが、お前をなっ」
ナバルは、トロールの僧兵に槍を向けた。
「オレは、お前を許すわけにはいかない!」
「ふむ」
「アマリアもそうだったけどな、お前もだ! 自分の見たいものしか見てないだろ? 神様の言う事ホイホイ聞いてバカをやらかす連中が許せない!? この国に、そんな奴らがどれだけ居たよ! おい!」
「無論、ほんの一握りよ」
アイアンスカルは答えた。
「その一握りを、この世から消す。他の者には一切、危害を加えないと、我らが神の名にかけて約束しよう。そこを通してくれぬか」
「一握りの人々を、私たちは守ります。アクア神殿を潰させはしません」
アンジェリカが、ナバルの隣で十字架を振るい構えた。
アイアンスカルが、聖杖を揺らす。
「……守るのか、あの者どもを」
「守る。それがオレたちの戦いだ」
ナバルが答える。アイアンスカルは、なおも問う。
「あのような者ども、お前たちが命を懸けるに値すると思うのか」
「お前らに唆されただけの、かわいそうな連中だ。守ってやるさ!」
「……唆されるような者どもを、私は許さぬ」
「許してあげて下さい。本当にね、取るに足らない人たちなんです」
エルシーが、続いてアンジェリカが言った。
「そのような人々の血で、貴方の手が汚れてしまう……私たちは、それが許せないのです。イブリースを斃し、民を守るための手……汚させはしません、絶対に」
「まずは、貴公らの血で汚す事になってしまうが」
「いいでしょう」
言葉と共にミルトスが、ゆらりと身構える。
「……私でよろしければ、いくらでもお相手しますよ」
●
咆哮が、響き渡った。2頭の猛獣が吼えている。
アンジェリカとロンベルの、ウォーモンガーであった。
猛る牝獣と化したアンジェリカが、巨大な十字架を振るう。
アイアンスカルが鋼の聖杖で応戦しようとするが、アンジェリカの方がいくらか速い。
十字架の一撃が、聖杖を叩き落としていた。
「む……」
トロールの僧兵の、巨体が揺らぐ。大木のような足を、十字架による殴打の嵐が薙ぎ払っていた。本当に大木であれば、叩き折られているところであろう。
倒れず踏みとどまるアイアンスカルに、エルシーは続いて拳を叩き込んでいった。龍氣螺合による強化を得た『震撃』が、岩山にも似た巨体にめり込んだ。
強固な手応えを握り締めながら、しかしエルシーは後退していた。うかつな殴り方をしたら拳の方が砕けてしまうほどの、強固さである。
後退するエルシーを追うが如く、アイアンスカルが踏み込んで来る。叩き落とされた武器に固執する事なく、徒手空拳のまま。
巨大な素手が、白い光を発していた。気力の輝き。
それが、迸った。
破壊力そのものである白色光の塊が、エルシーを襲う。
そして、ナバルを直撃した。甲冑まとう少年の身体が、激しくへし曲がるが辛うじて倒れない。
アイアンスカルが呻く。
「貴様……」
「オレは……邪魔な盾、だぜ……」
ナバルが、血を吐きながら微笑んだ。
「……真っ先に、潰したらどうだ? おい……」
「ナバル兄さん、無茶は駄目だよ!」
カノンが、続いてミルトスが、狼の如く疾駆した。
2頭の狼が交わった、ようにエルシーには見えた。カノンとミルトス、2人の『影狼』が、交差しながらアイアンスカルを直撃する。
揺らぐ僧兵に、ミルトスが残心をしながら声を投げる。
「貴方は、アマリア・カストゥールを利用した……そう言いつつも本当は何らかの絆があったものと私は勝手に考えています。ええ甘いですよね、だけど私は思います。貴方と彼女には、行動を共にしていて欲しかった」
「酷な事を。何の力もない偽りの聖女に今更、何をさせようと言うのだ」
「彼女の扇動能力があれば! 貴方が今から殺し尽くそうとしている神殿の人たちを、喰らい合わせて自滅に導く事だって出来たはずです!」
ミルトスが叫ぶ。
「何故、貴方が1人で手を汚すような事を……」
「皆殺しってのは、てめえの手でやるもんだからよ!」
ロンベルが吼え、疾駆し、戦斧を叩き付ける。
アイアンスカルの巨体が、鮮血を散らせて揺らぐ。
ロンベルは、危うく戦斧を取り落としそうになりながら後退していた。先程のエルシーのように。
「堅ぇえ……何だその筋肉と骨。殺気と闘志の塊かよ!」
ロンベルが悦び叫ぶ。
「皆殺しも殺し合いも全部テメエ1人でやり遂げる……神様が全てってぇ世界によ、てめえ1人で喧嘩を売る! 最高じゃねえか!」
「神々が何をしているのか、見えぬわけではあるまい。自由騎士団よ」
ロンベルに向かって踏み込もうとするアイアンスカルの巨体に、白く鋭利なものが絡み付いた。岩のような筋肉が穿たれ、鮮血が飛散しながら凍り付く。
氷の、荊であった。
「実存の神々が許せぬか、貴卿」
テオドールが杖をかざし、氷の荊を操っている。
「確かにミトラース、それにヘルメスと、悪しき実例が続いてしまった……が、我らは言いきれる。アクアディーネ様は違うと」
「……ミトラースの信徒らも、ヘルメスを信じ崇めた者どもも、思っていた事であろう。自分たちの神だけは違う、とな!」
氷の荊を、アイアンスカルは無理矢理に引きちぎっていた。岩山のような巨体表面のあちこちが、ズタズタに裂けて血飛沫を散らす。
それら傷が、塞がってゆく。トロールという生物が持つ、肉体再生能力。
自己修復を行いながら、しかしアイアンスカルは片膝をついていた。体内に、目に見えぬ傷でも負ったかのように。
「ぐっ……貴様……」
睨むアイアンスカルの眼光の先ではティルダが、桃紅晶の腕環をぼんやりと発光させている。
「因果逆転……あなたの再生能力で、傷は塞がるでしょう。ですが生命力はより消耗していきます。このままでは、無傷の屍になってしまいますよ」
ティルダらしからぬ脅し文句、ではあった。
「わたし……あなたがアマリアさんを利用したのは許せません。結果的に助けてあげたのだとしても……利用は、駄目です。良くないです」
物として利用されてきた、それはヨウセイという種族の言葉であった。
●
歪んだ鏡を見つめている。ミルトスは、そう思った。
歪んではいる。だがそれは、心の奥底にいる真の自分を映し出す鏡なのだ。
血まみれの獣が、暴れ狂う。戦斧が暴風と化す。
アイアンスカルが素早く聖杖を拾い上げ、その猛襲を迎え撃つ。
ぶつかり合った。大量の血飛沫が噴出した。
互いに痛撃を叩き込んだロンベルとアイアンスカルが、よろめいて踏みとどまる。
「戦いが……楽しいのか、貴公……」
アイアンスカルの問いかけに、ロンベルは笑い応えた。
「強え奴は、斬る……俺が弱けりゃ、斬られる……それだけよ。そういうもんだろ?」
自分が、そこにいる。ミルトスは、そう思った。
「……危険だな、貴公」
アイアンスカルが、猛然と踏み込む。
「この場で、息の根を止めておかねばならぬ……!」
「光栄だぜ……」
膝をついたロンベルに、鋼の聖杖が叩きつけられてゆく。
それは、しかし飛び込んだナバルを直撃していた。
甲冑もろとも激しくへし曲がったナバルが、血を吐きながらも槍を振るう。
捨て身のカウンターが、アイアンスカルに叩き込まれていた。
吹っ飛び倒れたトロールに、ナバルが弱々しく微笑みかける。
「オレを……護るだけの奴だと、思ったか……?」
「……盾も、矛も……まとめて潰すのみよ!」
アイアンスカルは即座に立ち上がり、地響きを立てて駆け、聖杖を振りかざす。ナバルとロンベルを、まとめて粉砕せんとする。
疾風が吹いた。巨大な十字架が、風を巻き起こしていた。豊かな獣の尻尾が、ふっさりと泳ぐ。
「させませんよ……絶対に」
アンジェリカの、超高速の一撃が、トロールの剛腕を殴打していた。鋼の聖杖が、叩き飛ばされて宙を舞う。
それが地面に落ちる、よりも早く、
「ねえミスター……少し、大目に見てくれませんか? 人間はね、弱いんです」
エルシーが踏み込んでいた。
鋭利な拳が、真紅の閃光と共に繰り出される。
「神様のせいにしながら、じゃないと生きていけないんです」
アイアンスカルの巨体が、高々と吹っ飛んだ。
「だからって、もちろん何でも許されるわけじゃありません。神殿の上層部の人たちは、私だって許せないです」
「許せないから……殺す、なんて」
吹っ飛び、落下するアイアンスカルを、カノンが待ち構えている。
「それが正しいなんて、君だって! 思ってないでしょ!? ねえッ!」
鐘の音が、鳴り響いた。
カノンの小さな身体が、拳で天空を抉るが如く跳躍し、トロールの僧兵を直撃していた。
着地・残心をしながら、カノンはさらに言う。
「カノンはね……幻想種を殺した事、あるよ」
「……私も、大いに人間を殺した」
墜落したアイアンスカルが、よろよろと立ち上がる。
カノンは言葉を続ける。
「殺し合うしかない、時もある……だけど、わかり合う事だって出来る! カノンにはね、幻想種のお友達もいるよ? だから君とだって」
「……甘いぞ、自由騎士……」
アイアンスカルの分厚い掌が、白く発光した。
「お前たちは、ここで! 私を、殺して止めねばならぬはずであろうがっ!」
怒号と共に、気の白色光がカノンに向かって迸る……寸前。
アイアンスカルの巨体がメキメキッ! と歪み凹んだ。透明な巨人の手に、掴まれ捻られたかのように。
「ヨウセイの聖女と、トロールの僧兵……あなたたちは、わたしの、もう1つの姿。かも知れません」
ティルダが片手をかざし、可憐な五指で、目に見えぬ何かを掴んでいる。
「神、という理由を振りかざして酷い事をする……そんな人たちを、力で排除する事が出来たなら……」
「だがティルダ嬢は、その道を選ばなかった」
言いつつテオドールが、存在しない弓を引いている。
「アイアンスカル卿は……甘い、とお思いか。カノン嬢の思想と理想を」
「……貴公らの甘さに……随分とな、歯痒い思いをさせられたものだ……」
呪いの握力を、アイアンスカルは振りほどきにかかる。
「シャンバラにおいても……自由騎士団は、執拗なまでに……殺戮を、避けていた……」
「それが、権能というものだ」
目に見えぬ、呪力の矢をつがえながら、テオドールは語る。
「アクアディーネ様は、生ける者たちの可能性を何よりも重んじておられる。無論それが悪しき可能性となる場合もあるであろうが」
「そんな時のために、私たち自由騎士はいるんです!」
ティルダが叫び、呪いの圧力を強めてゆく。
肉のひしゃげる音、骨折の音。様々な凄惨なる響きを発しながら、しかしアイアンスカルは、それを振りほどいていた。
「私は……悪しき可能性は、叩き潰さずにはおれぬ!」
光まとう巨大な素手を、アイアンスカルは叩き込んで来た。
至近距離で、ミルトスはそれを食らった。
気の光の奔流をぶつけられながら、衝撃に耐えて踏み込み、拳を一閃させる。
相手の攻撃と激しく交叉する、カウンターの一撃。
「私は……戦いが、好き……」
岩盤のような胸板に、鋭利な拳を刻印されたアイアンスカルが、血を吐きながらも倒れない。
次に何か食らったら、自分は死ぬ。自分に、もう耐える力はない。
ぼんやりと、それを思いながら、ミルトスは呟いた。
「戦いの嫌いな、アクアディーネ様が……好き……」
呪力の矢が、アイアンスカルに突き刺さる。それが最後の一撃となった。
「結局……それだけの事、でしか……ないんですね……」
よろりと座り込んでしまいそうになりながら、ミルトスはかわした。エルシーの拳をだ。
返礼の肘打ちを放つ。
それをガッチリと受け止めながら、エルシーは微笑んだ。
「私もね、戦いは大好きですよ? シスター・ミル」
●
「神の蠱毒に関して……お恥ずかしい話ですが、私たちも多くを知るわけではありません」
放っておけば傷の癒えるトロールの肉体に手当てを施しながら、アンジェリカが言った。
「貴方が神々を危険視なさるのも、確かに当然ですね」
「神の蠱毒が完了した時、何かが起こるのは間違いないだろう」
テオドールの言葉を、エルシーが受け継いだ。
「大変な事態だと思います。トロールの方々の、協力が必要です。絶対、協力しましょう。ぜつ☆きょー! ですよ」
「他の、全ての神々が滅びた瞬間……」
アイアンスカルが呻く。
「アクアディーネが……それまでの慈愛をかなぐり捨て、想像を絶する怪物に変わる……としたら?」
「殴って止めるよ、アクアディーネ様を」
カノンが拳を握る。アイアンスカルが、微笑む。
「実存の神だからこそ……出来る事、か」
「お前にも手伝ってもらう。だから、生きろ」
ナバルが言った。
「……ったく。それにしても、よく勝てたよ。オレ、何回も死んだような気がする」
「俺もだぜ。このバケモノ野郎、いずれ1対1で戦いてえもんだ」
「私……何回か、自分の傷が治っていくのを確認しました」
「私もだミルトス嬢。しかし」
テオドールが、全員を見回す。
「今回……癒しの術式の使い手が、果たしていただろうか?」
「……魔女の仕業、だと思いますよ」
言いつつ、ティルダは見上げた。丘陵の上。
「あと……傀儡師、でしょうか」
細身の人影が2つ、いくらか慌てて走り去って行った。
小麦粉は大地の恵みだ、と『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は思っている。
ひたすらにパスタを食らい続ける自由騎士数名を、『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が、呆れながらも気遣ってくれた。
「おいおいおい、死ぬぞ。お前ら」
「大丈夫。アンジェさんのパスタ、吸収めっちゃいいからね」
きちんと口の中のものを呑み込んでから、ナバルは答えた。
「腹ごしらえは必要だよ。特に今回は……すきっ腹で、勝てる相手じゃなさそうだ」
「同感。腹が減っては戦が出来ないってね」
言いつつ『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が、小さな身体にパスタを掻き込んでいる。
野営中の食事風景を見渡しながら、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が、
「大したものだ。これから、イブリースの群れを単身で殲滅するような怪物と戦わなければならぬと言うのに」
半ば呆れ、半ば感心している。
パスタのお代わりを食らいながら、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が言った。
「テオドールさんは食べないんですか? ロンベルさんも」
「私は……うむ」
テオドールは、己の腹回りをいくらか気にしているようだ。
「……少しばかり、食事制限をされているものでな」
奥方にだろう、とナバルは思った。
「俺はな、すきっ腹の方が力が出るのよ」
ロンベルが言う。
「飢餓こそがベストコンディション……極上の獲物を、美味しくいただくためだぜ」
「……トロールは食べられませんよ、きっと」
食器類の後片付けを手伝いながら、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が言った。
「ロンベルさんもね、もう少し甘いものとか食べるといいんです」
「はっはははは、獣の牙が虫歯になっちまったら様にならねえよ」
「……楽しそうですね」
早々と食事を済ませてしまった『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が、彼女らしくもない陰鬱な声を発している。
「戦うのが楽しくて仕方ないですか? ロンベルさんは」
「強い奴と戦って勝つ! 最高だろうがよ」
ロンベルが、ニヤリと牙を見せた。
「……お前さんは、どうだい。戦いは嫌いか?」
「大っ嫌いです……戦いが大好きな、自分が!」
叫びながら、ミルトスは頭を抱えた。
「私ロンベルさんを見ているとね、何だか自分を見せられているようで腹立たしい気分になるんですよ。だから貴方にどうしろって話じゃないですけど」
「受け入れちまいな」
言葉と共にロンベルが、原野の地平線を睨み据える。
「自分に変なブレーキかけたまんまで……勝てる相手じゃねえぞ、アレは」
大柄な人影が、悠然と近付いて来る。
急いでいる、ようには見えない。
だが、その姿はすでに、はっきりと視認出来る。
法衣の上からでも見て取れる筋肉は、まるで岩だ。
かつて髑髏の仮面を着用していたが、素顔はそれとあまり変わり映えしない。禍々しい悪鬼の頭蓋骨が、そのまま肉を盛り上げて眼光を燃やしている。
鋼の聖杖でズシリと地面を撞きながら、トロールのアイアンスカルは立ち止まった。
カノンが、対峙している。
「悪いけど、ここから先へは行かせないよ。君を、絶対に止める」
アイアンスカルは、まずは微笑んだ。
「自由騎士団……出迎えてくれるのだな、私を」
「無論」
まず会話に応じたのは、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。
「アクア神殿の守りは、貴方がお考えになるよりもずっと堅固……その堅き守りの一番手が、私たちです」
「お前よ、冷静な奴かと思ったが実は大馬鹿野郎だな? おい」
ロンベルが、アイアンスカルに向かって愉しげに牙を剥く。
「たった1人でよ、俺たち全員を皆殺しにしてアクア神殿を潰す? こんなイカレた野郎は見た事がねえ……が、なるほど。結局のところ最後はソレが一番正しい答えになっちまったりしてな」
1人、ロンベルは頷いている。
「力で潰す……どうやったって最終的には、そうなる」
「まさしく。我らもシャンバラにて、それを実行した」
テオドールが同調した。
「力で攻め入り、神を斃す……我々でさえ、出来た事だ。アクア神殿の守りの堅さ、過信するべきではないだろう」
「だから、ここで止めるぞアイアンスカル……オレたちが、お前をなっ」
ナバルは、トロールの僧兵に槍を向けた。
「オレは、お前を許すわけにはいかない!」
「ふむ」
「アマリアもそうだったけどな、お前もだ! 自分の見たいものしか見てないだろ? 神様の言う事ホイホイ聞いてバカをやらかす連中が許せない!? この国に、そんな奴らがどれだけ居たよ! おい!」
「無論、ほんの一握りよ」
アイアンスカルは答えた。
「その一握りを、この世から消す。他の者には一切、危害を加えないと、我らが神の名にかけて約束しよう。そこを通してくれぬか」
「一握りの人々を、私たちは守ります。アクア神殿を潰させはしません」
アンジェリカが、ナバルの隣で十字架を振るい構えた。
アイアンスカルが、聖杖を揺らす。
「……守るのか、あの者どもを」
「守る。それがオレたちの戦いだ」
ナバルが答える。アイアンスカルは、なおも問う。
「あのような者ども、お前たちが命を懸けるに値すると思うのか」
「お前らに唆されただけの、かわいそうな連中だ。守ってやるさ!」
「……唆されるような者どもを、私は許さぬ」
「許してあげて下さい。本当にね、取るに足らない人たちなんです」
エルシーが、続いてアンジェリカが言った。
「そのような人々の血で、貴方の手が汚れてしまう……私たちは、それが許せないのです。イブリースを斃し、民を守るための手……汚させはしません、絶対に」
「まずは、貴公らの血で汚す事になってしまうが」
「いいでしょう」
言葉と共にミルトスが、ゆらりと身構える。
「……私でよろしければ、いくらでもお相手しますよ」
●
咆哮が、響き渡った。2頭の猛獣が吼えている。
アンジェリカとロンベルの、ウォーモンガーであった。
猛る牝獣と化したアンジェリカが、巨大な十字架を振るう。
アイアンスカルが鋼の聖杖で応戦しようとするが、アンジェリカの方がいくらか速い。
十字架の一撃が、聖杖を叩き落としていた。
「む……」
トロールの僧兵の、巨体が揺らぐ。大木のような足を、十字架による殴打の嵐が薙ぎ払っていた。本当に大木であれば、叩き折られているところであろう。
倒れず踏みとどまるアイアンスカルに、エルシーは続いて拳を叩き込んでいった。龍氣螺合による強化を得た『震撃』が、岩山にも似た巨体にめり込んだ。
強固な手応えを握り締めながら、しかしエルシーは後退していた。うかつな殴り方をしたら拳の方が砕けてしまうほどの、強固さである。
後退するエルシーを追うが如く、アイアンスカルが踏み込んで来る。叩き落とされた武器に固執する事なく、徒手空拳のまま。
巨大な素手が、白い光を発していた。気力の輝き。
それが、迸った。
破壊力そのものである白色光の塊が、エルシーを襲う。
そして、ナバルを直撃した。甲冑まとう少年の身体が、激しくへし曲がるが辛うじて倒れない。
アイアンスカルが呻く。
「貴様……」
「オレは……邪魔な盾、だぜ……」
ナバルが、血を吐きながら微笑んだ。
「……真っ先に、潰したらどうだ? おい……」
「ナバル兄さん、無茶は駄目だよ!」
カノンが、続いてミルトスが、狼の如く疾駆した。
2頭の狼が交わった、ようにエルシーには見えた。カノンとミルトス、2人の『影狼』が、交差しながらアイアンスカルを直撃する。
揺らぐ僧兵に、ミルトスが残心をしながら声を投げる。
「貴方は、アマリア・カストゥールを利用した……そう言いつつも本当は何らかの絆があったものと私は勝手に考えています。ええ甘いですよね、だけど私は思います。貴方と彼女には、行動を共にしていて欲しかった」
「酷な事を。何の力もない偽りの聖女に今更、何をさせようと言うのだ」
「彼女の扇動能力があれば! 貴方が今から殺し尽くそうとしている神殿の人たちを、喰らい合わせて自滅に導く事だって出来たはずです!」
ミルトスが叫ぶ。
「何故、貴方が1人で手を汚すような事を……」
「皆殺しってのは、てめえの手でやるもんだからよ!」
ロンベルが吼え、疾駆し、戦斧を叩き付ける。
アイアンスカルの巨体が、鮮血を散らせて揺らぐ。
ロンベルは、危うく戦斧を取り落としそうになりながら後退していた。先程のエルシーのように。
「堅ぇえ……何だその筋肉と骨。殺気と闘志の塊かよ!」
ロンベルが悦び叫ぶ。
「皆殺しも殺し合いも全部テメエ1人でやり遂げる……神様が全てってぇ世界によ、てめえ1人で喧嘩を売る! 最高じゃねえか!」
「神々が何をしているのか、見えぬわけではあるまい。自由騎士団よ」
ロンベルに向かって踏み込もうとするアイアンスカルの巨体に、白く鋭利なものが絡み付いた。岩のような筋肉が穿たれ、鮮血が飛散しながら凍り付く。
氷の、荊であった。
「実存の神々が許せぬか、貴卿」
テオドールが杖をかざし、氷の荊を操っている。
「確かにミトラース、それにヘルメスと、悪しき実例が続いてしまった……が、我らは言いきれる。アクアディーネ様は違うと」
「……ミトラースの信徒らも、ヘルメスを信じ崇めた者どもも、思っていた事であろう。自分たちの神だけは違う、とな!」
氷の荊を、アイアンスカルは無理矢理に引きちぎっていた。岩山のような巨体表面のあちこちが、ズタズタに裂けて血飛沫を散らす。
それら傷が、塞がってゆく。トロールという生物が持つ、肉体再生能力。
自己修復を行いながら、しかしアイアンスカルは片膝をついていた。体内に、目に見えぬ傷でも負ったかのように。
「ぐっ……貴様……」
睨むアイアンスカルの眼光の先ではティルダが、桃紅晶の腕環をぼんやりと発光させている。
「因果逆転……あなたの再生能力で、傷は塞がるでしょう。ですが生命力はより消耗していきます。このままでは、無傷の屍になってしまいますよ」
ティルダらしからぬ脅し文句、ではあった。
「わたし……あなたがアマリアさんを利用したのは許せません。結果的に助けてあげたのだとしても……利用は、駄目です。良くないです」
物として利用されてきた、それはヨウセイという種族の言葉であった。
●
歪んだ鏡を見つめている。ミルトスは、そう思った。
歪んではいる。だがそれは、心の奥底にいる真の自分を映し出す鏡なのだ。
血まみれの獣が、暴れ狂う。戦斧が暴風と化す。
アイアンスカルが素早く聖杖を拾い上げ、その猛襲を迎え撃つ。
ぶつかり合った。大量の血飛沫が噴出した。
互いに痛撃を叩き込んだロンベルとアイアンスカルが、よろめいて踏みとどまる。
「戦いが……楽しいのか、貴公……」
アイアンスカルの問いかけに、ロンベルは笑い応えた。
「強え奴は、斬る……俺が弱けりゃ、斬られる……それだけよ。そういうもんだろ?」
自分が、そこにいる。ミルトスは、そう思った。
「……危険だな、貴公」
アイアンスカルが、猛然と踏み込む。
「この場で、息の根を止めておかねばならぬ……!」
「光栄だぜ……」
膝をついたロンベルに、鋼の聖杖が叩きつけられてゆく。
それは、しかし飛び込んだナバルを直撃していた。
甲冑もろとも激しくへし曲がったナバルが、血を吐きながらも槍を振るう。
捨て身のカウンターが、アイアンスカルに叩き込まれていた。
吹っ飛び倒れたトロールに、ナバルが弱々しく微笑みかける。
「オレを……護るだけの奴だと、思ったか……?」
「……盾も、矛も……まとめて潰すのみよ!」
アイアンスカルは即座に立ち上がり、地響きを立てて駆け、聖杖を振りかざす。ナバルとロンベルを、まとめて粉砕せんとする。
疾風が吹いた。巨大な十字架が、風を巻き起こしていた。豊かな獣の尻尾が、ふっさりと泳ぐ。
「させませんよ……絶対に」
アンジェリカの、超高速の一撃が、トロールの剛腕を殴打していた。鋼の聖杖が、叩き飛ばされて宙を舞う。
それが地面に落ちる、よりも早く、
「ねえミスター……少し、大目に見てくれませんか? 人間はね、弱いんです」
エルシーが踏み込んでいた。
鋭利な拳が、真紅の閃光と共に繰り出される。
「神様のせいにしながら、じゃないと生きていけないんです」
アイアンスカルの巨体が、高々と吹っ飛んだ。
「だからって、もちろん何でも許されるわけじゃありません。神殿の上層部の人たちは、私だって許せないです」
「許せないから……殺す、なんて」
吹っ飛び、落下するアイアンスカルを、カノンが待ち構えている。
「それが正しいなんて、君だって! 思ってないでしょ!? ねえッ!」
鐘の音が、鳴り響いた。
カノンの小さな身体が、拳で天空を抉るが如く跳躍し、トロールの僧兵を直撃していた。
着地・残心をしながら、カノンはさらに言う。
「カノンはね……幻想種を殺した事、あるよ」
「……私も、大いに人間を殺した」
墜落したアイアンスカルが、よろよろと立ち上がる。
カノンは言葉を続ける。
「殺し合うしかない、時もある……だけど、わかり合う事だって出来る! カノンにはね、幻想種のお友達もいるよ? だから君とだって」
「……甘いぞ、自由騎士……」
アイアンスカルの分厚い掌が、白く発光した。
「お前たちは、ここで! 私を、殺して止めねばならぬはずであろうがっ!」
怒号と共に、気の白色光がカノンに向かって迸る……寸前。
アイアンスカルの巨体がメキメキッ! と歪み凹んだ。透明な巨人の手に、掴まれ捻られたかのように。
「ヨウセイの聖女と、トロールの僧兵……あなたたちは、わたしの、もう1つの姿。かも知れません」
ティルダが片手をかざし、可憐な五指で、目に見えぬ何かを掴んでいる。
「神、という理由を振りかざして酷い事をする……そんな人たちを、力で排除する事が出来たなら……」
「だがティルダ嬢は、その道を選ばなかった」
言いつつテオドールが、存在しない弓を引いている。
「アイアンスカル卿は……甘い、とお思いか。カノン嬢の思想と理想を」
「……貴公らの甘さに……随分とな、歯痒い思いをさせられたものだ……」
呪いの握力を、アイアンスカルは振りほどきにかかる。
「シャンバラにおいても……自由騎士団は、執拗なまでに……殺戮を、避けていた……」
「それが、権能というものだ」
目に見えぬ、呪力の矢をつがえながら、テオドールは語る。
「アクアディーネ様は、生ける者たちの可能性を何よりも重んじておられる。無論それが悪しき可能性となる場合もあるであろうが」
「そんな時のために、私たち自由騎士はいるんです!」
ティルダが叫び、呪いの圧力を強めてゆく。
肉のひしゃげる音、骨折の音。様々な凄惨なる響きを発しながら、しかしアイアンスカルは、それを振りほどいていた。
「私は……悪しき可能性は、叩き潰さずにはおれぬ!」
光まとう巨大な素手を、アイアンスカルは叩き込んで来た。
至近距離で、ミルトスはそれを食らった。
気の光の奔流をぶつけられながら、衝撃に耐えて踏み込み、拳を一閃させる。
相手の攻撃と激しく交叉する、カウンターの一撃。
「私は……戦いが、好き……」
岩盤のような胸板に、鋭利な拳を刻印されたアイアンスカルが、血を吐きながらも倒れない。
次に何か食らったら、自分は死ぬ。自分に、もう耐える力はない。
ぼんやりと、それを思いながら、ミルトスは呟いた。
「戦いの嫌いな、アクアディーネ様が……好き……」
呪力の矢が、アイアンスカルに突き刺さる。それが最後の一撃となった。
「結局……それだけの事、でしか……ないんですね……」
よろりと座り込んでしまいそうになりながら、ミルトスはかわした。エルシーの拳をだ。
返礼の肘打ちを放つ。
それをガッチリと受け止めながら、エルシーは微笑んだ。
「私もね、戦いは大好きですよ? シスター・ミル」
●
「神の蠱毒に関して……お恥ずかしい話ですが、私たちも多くを知るわけではありません」
放っておけば傷の癒えるトロールの肉体に手当てを施しながら、アンジェリカが言った。
「貴方が神々を危険視なさるのも、確かに当然ですね」
「神の蠱毒が完了した時、何かが起こるのは間違いないだろう」
テオドールの言葉を、エルシーが受け継いだ。
「大変な事態だと思います。トロールの方々の、協力が必要です。絶対、協力しましょう。ぜつ☆きょー! ですよ」
「他の、全ての神々が滅びた瞬間……」
アイアンスカルが呻く。
「アクアディーネが……それまでの慈愛をかなぐり捨て、想像を絶する怪物に変わる……としたら?」
「殴って止めるよ、アクアディーネ様を」
カノンが拳を握る。アイアンスカルが、微笑む。
「実存の神だからこそ……出来る事、か」
「お前にも手伝ってもらう。だから、生きろ」
ナバルが言った。
「……ったく。それにしても、よく勝てたよ。オレ、何回も死んだような気がする」
「俺もだぜ。このバケモノ野郎、いずれ1対1で戦いてえもんだ」
「私……何回か、自分の傷が治っていくのを確認しました」
「私もだミルトス嬢。しかし」
テオドールが、全員を見回す。
「今回……癒しの術式の使い手が、果たしていただろうか?」
「……魔女の仕業、だと思いますよ」
言いつつ、ティルダは見上げた。丘陵の上。
「あと……傀儡師、でしょうか」
細身の人影が2つ、いくらか慌てて走り去って行った。