MagiaSteam
死者還りのにわか雨




 ばたばたと雨が地面を叩く音がする。
 男はぼんやりと覚醒した意識の中でその音を聞いていた。
 ――自分は何をしていたのだろう。確か、何か大事なものを守るために戦っていたはずだ。
 ――大事なもの、そう、故郷だ。故郷と大切な恋人。ああ、守らなければ。
 誰かが置き忘れたらしい斧を片手に男はふらりふらりと歩き出した。
 彼は町へ向かう道を進んでいた。そんな彼の目の前に現れたのは彼の探していた恋人だった。雨よけ代わりに上着を頭から被っていた彼女は、彼の姿を見て喉を引き攣らせる。
 ――どうして。なんで。だって。
 怯えた様子の彼女を意に介することもなく彼は斧を振り上げる。
 ――大丈夫、これからはずっと一緒にいる。だから、一緒にいこう。
 そして、彼は彼女の脳天目掛けて斧を振り下ろした。
 ばたばたと雨が地面を叩く音がする。
 空から降り続ける雨が彼と彼女についた赤を流していった。それを見ることもなく男は町の方へと進んでいった。


「還リビトだ」
 水鏡の予測を簡潔に説明したのは『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)だ。
 場所は王都サンクディゼール近郊の町。その町にある墓場から蘇った還リビトは近くにあった斧で一人の女性を殺すと町の人を次々と襲っていくのだという。ただそこまで強力な還リビトではないため落ち着いて対処すれば討伐は難しくなさそうとのことだ。
「すぐに出発すれば最初の女性に被害が出る前に現場に到着して討伐にあたることができるだろう。しかし、予測を見るかぎり雨が降るようである。そのあたりは注意しておくべきだろう」
 そこまで話したクラウスはよろしく頼むと締めくくる。
 その話を聞いて君たちは現場となる町に向かう。そんな君たちを見下ろす空は濃い灰色の雲で覆われており、今にも泣き出しそうだった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
酒谷
■成功条件
1.還リビトの討伐
 こんにちは、酒谷です。
 一説によると、雨の日は幽霊が活発になる天気らしいです。というわけで今回は雨の中の還リビト討伐になります。

●敵情報
・還リビト 1体
 墓場から出てきた還リビトです。片手斧を持っています。特に優れた能力はありません。

攻撃方法
・通常攻撃 攻撃/近距離/単体
 普通に斧で攻撃してきます。
・斧を振り回す 攻撃/近距離/単体
 斧を振り回して近距離にいる敵を攻撃します。加減なしで振り回しているため、命中は低いですがダメージが大きいです。

●場所情報
 時刻は昼間ですが、現場に到着する頃には雨が降っているため薄暗くあまり視界はよくありません。
・町と墓場を繋ぐ道
 舗装はされていませんが平らで基本的には歩きやすいです。しかし、雨の影響でぬかるみができていますので注意が必要です。

●その他
 特に周囲に気を配らなければならないものはありません。落ち着いて対処すれば問題になるようなことはないでしょう。

 どうぞよろしくお願いします。
状態
完了
報酬マテリア
5個  1個  1個  1個
12モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
6/6
公開日
2019年07月02日

†メイン参加者 6人†




 『尽きせぬ誓い』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)は自身の軍馬であるメアリに乗って一足先に目的の町へと向かっていた。出発してからそう時間の経たないうちに降りはじめた雨は徐々にその強さを増している。打ち付ける雨はボルカスやメアリの身体を容赦なく叩き、平坦だった地面にいくつものぬかるみを作っていった。
 泥水を跳ね飛ばして進んでいたボルカスは目的の場所の近くで雨の中に遠く霞む一つの人影を見つけた。その人影は頭から上着を被って雨よけ代わりにしている。そして、その格好のまま雨の中を走っていた。その姿からボルカスはその人物が最初に還リビトの被害に遭う女性だと気付く。ボルカスはすぐに彼女の元へと馬を走らせた。雨音に交じる馬の蹄の音に気付いたのか、女性が足を止めてボルカスの方を見る。
 彼女はまだ還リビトと遭遇していないようだ。
 ならばとボルカスは還リビトがここにやってくる前に女性をここから離そうとした。しかし、そこに妙に綺麗に耳に届く足音が聞こえてきた。
 ペタリ、ペタリ。
 不規則かつ湿った足音だった。聞こえてきた足音から庇うようにボルカスは女性を自分の背に追いやる。そんなボルカスの様子に何かを感じたのか、女性は被っていた上着をきつく握りしめた。周囲を警戒するボルカスの視線の先、そこには斧を片手にふらふらと近付いてくる人影があった。その姿を見て女性はボルカスの背後で息を飲んだ。そして呟く、どうしてあなたが、と。ボルカスには女性が動揺しているのが手に取るように分かった。
「危険だ、下がれ」
 ボルカスの言葉を受けて女性は呆然としながら一歩、二歩とややふらつきながら下がる。女性に無遠慮に踏み付けられた泥が跳ねた。
 この様子では女性が自力でここから離れることは難しそうだとボルカスは判断した。ボルカスはオーバーロードを使い防御の姿勢を整えて、近付いてくる還リビトを真っ直ぐ見据える。還リビトはボルカスには目もくれず虚ろな目でただ女性だけを見つめて、手にしていた斧をおもむろに振りかぶった。ボルカスはそれを真正面から受け止める。まずは女性を守ることが最優先。そう、後からやってくる仲間と合流するまでは自身が女性を守り切らなければならない。まだ生きている彼女の命は勿論、目の前の死者の名誉のためにも。


「助けられる命であるならば、なんとしても助けなくては。お願い、間に合って」
 水鏡の予測を聞いて現場に急ぎながらそう口にしたのは『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)だ。そんな彼女と一緒に他の自由騎士たちも現場に向かって駆けている、馬で先行したボルカスが女性を保護してくれていることを信じて。
 後続の自由騎士たちの中で『黒炎獣』リムリィ・アルカナム(CL3000500)は獣化変身でカバになり一足先にボルカスを追う。降り注ぐ雨を跳ね除けながら泥を蹴り飛ばして走るリムリィは、一人の人影を庇いながら還リビトに向き合っているボルカスを見つけた。リムリィは走ってきた勢いそのままに還リビトに突っ込んでいく。ボルカスに向かって斧を振り下ろさんとしていた還リビトは突然現れたリムリィによって吹き飛ばされた。
「……じゆうきしだん、ただいまさんじょう」
 人の姿に戻ったリムリィはビシッと決めポーズをしてそう宣言した。そして龍氣螺合を使って戦闘態勢になった。そんなリムリィに続いて他の自由騎士たちも続々と現場に到着した。
「雨にも負けず風にも負けず! 幽霊にも負けない元気の子! スピンキー・フリスキー!」
 そんな名乗りとともに現れたのはスピンキー・フリスキー(CL3000555)だ。
「命迄喪って守ろうとした者を殺してどうする馬鹿者め」
 女性を庇って戦っていたボルカスの隣に立った『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は起き上がった還リビトを見据えてそう言った。続いてやってきたティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)は悲しげな表情を浮かべて還リビトと女性を交互に見た。そして一度目を閉じると、覚悟を宿したオッドアイで還リビトに向き合う。その上空には雨に濡れてもなお力強く翼を羽ばたかせているレオンティーナがいる。仲間の到着にボルカスはクレイジーロアを使って完全なる防御態勢から攻撃へと意識を移す。
「仕方ないから生前の貴様の遺志を私等が代行してやる。感謝しろ色男」
 ツボミの言葉に反応したかのように還リビトはうめき声を上げて手にしていた斧を構える。その虚ろな目は自由騎士たちがやってきてもなお、彼らの背後にいる一人の女性に向けられていた。


 まず動いたのはリムリィだった。バッシュを使って気合を乗せたハンマーヘッドを還リビトに向かって振り下ろす。しかし、雨で柄は滑りやすくなっている上地面はものの見事にぬかるんでいてうまく踏ん張りが効かない。振り下ろされたそれは微かに還リビトに掠っただけで地面を叩いて泥水を跳ね上げた。
「あ」
「り、リムリィさん、援護します!」
 その彼女を援護するようにティルダが還リビトに向かってスワンプを放つ。戦闘に慣れていないながらもしっかり敵を見て放ったそれは、リムリィの動きに合わせるように動いた還リビトに直撃する。動きの鈍った還リビトに今度こそとリムリィはもう一度ハンマーヘッドを振るう。今度はしっかりと還リビトに直撃して、還リビトは泥水の中に転がった。泥にまみれた還リビトはすぐに起き上がって女性を庇っているボルカスに向かっていくが、それを阻むようにスピンキーが還リビトに向かう。
「うなー!」
 雨音に負けないように叫んだスピンキーはウォークライで還リビトを足止めする。その上空からリュンケウスの瞳によってしっかりと敵の姿を捉えたレオンティーナが凛々しく弓を引く。
「このくらいの雨では、私の翼は折れません。戦乙女の矢、その身に受けなさい!」
 その手から放たれた矢は確実に還リビトを射貫いた。しかし、愛か執念か、還リビトはなおも女性を、そして、女性の近くにいるボルカスに向かって駆け出して斧を振り上げる。振り下ろされた斧をボルカスは己の槍で受け止めた。加減などなく欲望のままに振り下ろされたそれは重い振動をボルカスに叩き込んだ。そこに還リビトを追ってきたスピンキーが割り込んでバッシュを使ってボルカスと女性から還リビトを引き離す。
「だめだべ、連れてっちゃ」
 還リビトが力任せに振り回した斧をかがんで避けたスピンキーは、拳を握りしめて還リビトの足元からアッパーを繰り出す。
「好きなら、大切なら、連れてっちゃだめだべ」
 動きの鈍った還リビトはそんな訴えと共に繰り出された拳を避けきる事ができず、再びバシャンと泥の中に転がった。その隙にツボミは今まで一人で女性を庇っていたボルカスの傷をメセグリンで治療していく。治療を受けた直後、泥にまみれて這いずりながらも女性に向かっていく還リビトにボルカスはバッシュを叩き込んで女性から還リビトを引き離した。吹き飛ばされた還リビトの着地点、自由騎士の誰からも少し距離のある場所めがけてティルダはアイスコフィンを放つ。それに合わせてレオンティーナは再び弓を引いた。冷たい氷が還リビトを包み、戦乙女の矢が氷ごと還リビトを貫いた。
 数多の攻撃を受けた還リビトの手から斧が滑り落ち、バシャンと泥に沈んでいく。同時に還リビトも泥に崩れ落ちた。それでも還リビトは死した四肢で泥を掻いている。最後の一撃を入れる前にリムリィはぬかるんだ地面に還リビトを押さえつける。還リビトの抵抗を全て押さえつけたリムリィは、少し離れたところでボルカスに庇われながら呆然と戦いを見ていた女性に視線を向けた。
「……なにか、つたえたいことある?」
 突然リムリィにそう言われた女性は驚いたように目を見開いた。押さえ込まれている還リビトは女性に虚ろな目を向けてもがいている。被っている上着を握りしめたまま唇を震わせている女性にリムリィは続ける。
「……とどくかわからないけど……でも、いわないままだと……ずっとこうかいするかも」
 リムリィの紫水晶のような瞳が真っ直ぐに女性に向けられる。ふらりと女性が一歩だけ還リビトに近付いた。自由騎士たちはいつ還リビトが動いても大丈夫なように警戒は解かずに女性と還リビトの間で構える。女性は上着を握りしめたまま何度か言葉を紡ごうと口を動かす。そして、一度きつく唇を噛みしめるとぽつりと呟いた。もういいの、ありがとう、と。その言葉を合図にボルカスが静かに槍を構える。この後何が起こるか理解してしまった女性はその場にずるずるとしゃがみこんでボルカスの槍の先を凝視している。そんな彼女の後ろからスピンキーは優しくその目を塞ぐ。
「見たらだめだべや。こういうのは、見るもんでねーべや」
 スピンキーの手に温かい水滴がまとわりつく。そして、ボルカスの槍が許しを与えるように還リビトを貫いた。


 動きを止めた還リビトにツボミが近付いていく。
「さて、コイツはキッチリ埋葬し直してやらんとな。何せ故郷と女を守って死んだ英雄殿だ。ちょっと寝ぼけて暴れた程度でその功績は消えんさ」
 なあ、貴様もそう思うだろう? と、ツボミは自身の背後にしゃがみこんでいる女性を見た。女性はツボミの言葉に僅かに笑って、そうですね、と頷いて立ち上がった。それを見たツボミは遺体に向き直り可能な限りその身体を修復していく。その背後から女性が静かにその光景を見ていた。そんな女性にレオンティーナは声をかける。
「大丈夫ですか? どこかお怪我はありませんか?」
 尋ねられた女性はゆっくりと首を横に振った。しかし、身体はすっかり冷えてしまっている。レオンティーナは女性の身体を温めるように寄り添った。
 ツボミの修復と並行してティルダは交霊術を試みていた。交霊術を始めてからしばらくしてティルダの元に静かな声が届いた。その声にティルダは問いかける。
「あ、あの……何か、遺しておきたい言葉は、ありませんか?」
 声は答えた、彼女に謝りたいと。帰ってこれなかったことを、置いて逝ってしまったことを、還ってきてしまったことを、連れて逝こうとしてしまったことを。
「わ、わかりました。ちゃんと、伝えます」
 少しばかりどもってしまってはいたが、きちんと芯のあるティルダの言葉に声は静かに笑った。彼女とともに在ると約束した、約束を守りたかった、だから、ともにセフィロトの海に還りたかったのだと。ティルダは声の想いを受け止めてしっかりと頷いた。
 遺体の修復を終えて自由騎士たちは、女性に案内してもらい遺体を再びあるべき場所に埋葬し直す。
「恋人を置いて逝った上に還リビトなぞになって更に悲しませて……とも言えるが、でもそもそも死んだ事も還リビトになった事も貴様のせいじゃないからなあ。つか、ま、災難だったな……今度こそセフィロトの海でゆっくり休め」
 ちょっとした説教に満たないエッセンスを込めながらツボミは墓の主に労りの言葉をかける。
「……どうだ、見たか。我らが神の、アクアディーネ様のご加護は凄いぞ。今だって、ちゃんと彼女の命をお前の名誉を守ってやれる。だから、安心してセフィロトの海に還るといい……」
 ボルカスは真っ直ぐに、それこそ己の武器である槍のように愚直に死者を労った。
「どうか安らかに眠ってください」
 レオンティーナは不本意に還リビトとなってしまった彼を思い、今度こそ乱されることのない静かな眠りを願った。
 墓標の前で祈るように膝をついた女性が言った。この人は先の戦争で亡くなったのだと。将来を誓い合っていた、ともに在るのだと契っていた、変わらずに寄り添っていくと約束したのだと。そんな彼女にティルダは受け取った言葉を伝える。
「まさか、死んでもなお約束を守ろうとしてくれただなんて……」
 本当にどこまでも愚直な人、と女性は笑う。そんな彼女の背には絶えず雨が降り注いでいる。女性の表情を見てスピンキーは空を見上げた。
「お空が泣いてるみたいだにゃあ」
 スピンキーはそう呟いたが、直後に静かに首を横に振った。
「違うかぁ……空が誰かの代わりに泣いてんのかもしんねーなぁ」
 誰か。それは目の前の彼女かもしれないし、還ってきてしまった彼のことかもしれない。
「……そうかもしれない」
 スピンキーの言葉に同意したのはリムリィだった。
「……あめは、なけないだれかのかわりにないてくれたりするから」
 それに、とリムリィは続ける。
「……あめは、つよがりななみだをかくしてくれたり、わすれたいことをあらいながしてくれたり、それでもながされずにのこるものもあるって、おしえてくれたりする」
 リムリィの言葉に女性がそうかもしれないですねと答えた。
 それから少しの間、女性は雨に打たれながら墓標に祈っていた。そして、女性が立ち上がり墓標に背を向けようとしたとき、雨脚が弱まって濃い灰色の雲の切れ間から僅かに光が差した。その光は女性と自由騎士たちと彼の墓標に平等に優しく降り注いだ。
 徐々に広がっていく雲の切れ間。
「……止んだな」
 空を見上げたボルカスが呟く。
 激しく降っていた雨が止んだ。世界を濡らしていた雫が光を浴びてきらきらと輝いている。そんな光に満ちた世界の中で女性と自由騎士たちだけはべたべたの泥まみれだった。
「早く帰って、お風呂に入りましょう。このままでは風邪を引いてしまいますわ」
 レオンティーナは雨や泥でべたべたになった服の裾をつまんで顔をしかめた。それを合図に他の自由騎士たちや女性は己の姿を顧みる。
「こりゃ確かに酷い有様だ」
「毛がゴワゴワするべー」
「わ、わ、服の中まで、ぐっしょりです……」
 ツボミやスピンキー、ティルダは服や体毛についた泥を払う素振りを見せる。当然、払おうとした手に泥が付くだけで落ちる気配など全くない。リムリィは払う素振りも見せず足元の水たまりを一度だけ軽く踏んだ。女性はもう雨よけにもならないほど濡れてしまった上着を見て苦笑し、軽く絞って綺麗に畳んで腕にかける。
「さぁ、貴女も、自由騎士団の詰め所に参られますか? そこで落ち着かれてから帰宅されてはいかがです?」
 レオンティーナは女性に問いかける。突然の提案に女性は目を丸くするが、すぐに苦笑を浮かべて、ではお言葉に甘えてご一緒させていただいてもよろしいですか、と言った。
「なら、戻るとしよう」
 雨の中一つの命と一つの名誉のためにかけてくれた自身の馬を労りながらボルカスが言った。それに続くように自由騎士たちと女性はぬかるんだ大地を踏みしめて歩き出す。
 ふと女性があ、と声を上げた。どうしたのかと自由騎士たちが女性に問いかけると女性は静かに空を指差す。
「おおー! 虹だべや!」
「あら、本当ですわね」
「ほう、随分とはっきり見えるな」
「そうだな」
「……綺麗ですね」
「……うん、きれい」
 そこには、天と地を繋ぐ橋がかかっていた。


 大地に降り注いだ悲しみのにわか雨は、やがて命を育てる翠雨になるだろう。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†

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