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【S級指令】ピルグレイス大聖堂制圧



●大管区攻略戦
「ピルグレイス大管区を攻め落とすよ!」
 階差演算室に集まった自由騎士達に、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)がそう告げた。
 先日行われた、シャンバラへの潜入任務。
 それによって得られた情報の中に、大管区に関わるものがあったのだ。
「今、シャンバラの聖央都が聖域っていう結界に包まれてるのは知ってるよね? それを展開するために必要な魔力が、聖央都の周りにある大管区の聖櫃から送られてるみたいなの。だから――」
 大管区を攻め落とし、そこにある聖櫃さえ破壊すれば、聖央都を包み込んでいる防護結界である聖域にほころびが生じるかもしれない。
「ただ、大管区は敵の中枢に近い場所だから、これまで戦ってきた小管区とは置かれてる戦力が全然違うと見て欲しいんだよ」
 クラウディアが深刻な顔つきで言う。
 だがそれは、最前線で戦うものにしてみれば当然の話であろう。
 厳しい戦いになる。
 それは、この場にいる誰もが分かっていることだ。
「でも、今回は他のみんなも頑張るから、きっと大丈夫だよ!」
 そう。
 今回、大管区という敵の一大拠点の攻略に際し、イ・ラプセルは多数の小管区を同時に攻撃するという大規模な陽動作戦を立案していた。
 大管区の戦力を少しでも減らして勝利の可能性を引き上げると同時に、イ・ラプセルの勢力を最大限拡大する一石二鳥の作戦である。
「みんなが頑張ってる間、他のみんなも頑張ってる。今回の戦いは、自由騎士団の総力を挙げた大事な戦いなんだよ!」
 いつにも増して熱く声を張り上げるクラウディアに、集まった自由騎士達も深くうなずき、それぞれが決意を新たにする。
「それじゃあ、今回水鏡が映した情報を言っていくね。それは――」
 クラウディアがプラロークとして解析した情報の説明に入る。
 自由騎士達はジッと集中し、それを聞いて覚えていこうとする。
 ピルグレイス大管区攻略戦。
 それは――二度目のS級指令として発令された、負けられない戦いだった。

●ピルグレイス大管区にて
 ――これらは水鏡が映し出した映像である。
「イ・ラプセルが来ますね」
 ピルグレイス大管区中枢、聖櫃が存在するピルグレイス大聖堂にて。
 彼は――地位を得ようとも決して自前の革鎧を脱ごうとしない『魔女狩り将軍』ゲオルグ・クラーマー(nCL3000057)は、大聖堂前に集まっている黄金騎士団の指揮官に向かってそう断言した。
「連中が来る、と枢機卿猊下が言われる根拠は?」
「無論、聖域の魔力供給源が大管区にあると連中に知られているからですよ」
 そしてまた彼は断言する。
「かの国は未来を知ります。それも、一部については恐るべき精度で。これはアルマイアからもたらされた報告も裏付けています」
「……未来を知る、ですか。にわかには信じられませんが」
「いけません。いけませんねぇ、ジークラント様。普通とは切り捨てるべきもの。常識とは疑うべきものなのですよ。仮にも敵は我が偉大なる主ミトラースと同じく神を僭称する者を頂に置いているのです。いかに連中が愚かにして劣等の輩であろうとも、神を名乗るならば、そこには名乗るに足るだけの何かがある。そう見るべきなのですよ」
 いつも通りに饒舌にしゃべりながら、ゲオルグは話し相手である若き黄金の騎士を見てニタリと笑った。
「私はそれを知っています。そしてイ・ラプセルが次に狙うのは、七、八割の確率でここ、連中の勢力圏から最も近い大管区であるピルグレイスでしょう。だから私はあなたをここに、ええ、このピルグレイスにお連れしたのですよ、ジークラント様。……だって、取りたいでしょう、仇?」
「…………」
 告げられて、若き騎士ジークラントはその顔つきを厳しいものに変える。
「ン~フフフ♪ よい。実によい面構えですよ、ジークラント様。あなたの内心は今、自由騎士を名乗る連中に対する復讐心に燃え滾っていることでしょう。ええ、そうですとも。それは正しい。あなたの復讐はまさしく正義でありましょう。何故ならば、あなたの父君であるヴァルドーン様はこの国を守るべく戦い、そして散っていかれたのですから。あなたはまさにその任を継ぐ者。言うなれば“金色の継嗣”。それこそが今のあなたなのですから!」
「――――」
 ゲオルグはジークラントの双肩にユラリと立ち上がるものを見た。
 そしてそれは瞬く間に、周りを囲む黄金騎士達に伝播していく。
「若」
 一人の黄金騎士が彼を呼んだ。
「やりましょう」
「そうです。俺達の手で、親父さんの仇を!」
「若!」
「若様!」
 呼び声は次々に増えていく。
 ジークラントは彼らの方に向き直って、しばし沈黙を貫いた。
「若様、俺達の命の使いどころはここです!」
「そうですよ、親父さんの仇を、そして我が主のために!」
「若!」
「若様!」
「ジークラント様!」
 燃え上がる。士気が燃え上がる。金色の騎士達が怪気炎を上げる。
 そして――
「鎮まれ」
 ジークラントは一声で、彼ら黄金騎士を制止した。
「枢機卿猊下」
「何でしょうか、“金色の継嗣”殿」
「此度の戦い、周りにはどの程度の配慮をすればよろしいでしょうか」
 彼は問うた。
 ピルグレイス大聖堂は、都市部のど真ん中にある。
 この場を戦場とするならば周囲の建物への被害を気にかける必要があった。
「ああ、そんなものは全く気にする必要はありませんよ」
「よろしいのですか? 知っての通り、我らは聖堂騎士団きっての荒くれです。周りを気にせず戦うとなれば、辺り一帯、更地になるかもしれませんが」
「これは我が主のための戦いなのですよ、継嗣殿。この都市も何もかも、我が主のために存在するのです。どうして、我が主よりも都市を優先する必要がありましょうや」
 すでに大聖堂周辺の住民は非難を完了している。
 ならば、どれだけ建物を巻き込んでも構わないと、ゲオルグは言った。
「神敵の討滅、お任せしますよ」
「――承りました」
 そしてジークラントは空へと叫んだ。
「我が黄金騎士団こそ最強! 我が黄金騎士団こそ無敵! 我が黄金騎士団に敵はなし! 往くぞ者共! 自由騎士なる連中を鎧袖一触に叩き潰す!」
「「雄々々々々々々々々々々々々々々々々々――――ッッ!」」
 沸き立つ黄金騎士団を眺めつつ、ゲオルグは笑みを深めた。
「さて、どうなりますかねぇ」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXシナリオ
シナリオカテゴリー
S級指令
担当ST
吾語
■成功条件
1.ピルグレイス大聖堂の聖櫃を破壊すること。
大きな山場がやってきました。
吾語でございます。それでは以下、シナリオ情報となります。

◆敵
・“金色の継嗣”ジークラント・ガイアロド
 ノウブルの重戦士。ヴァルドーンの息子で騎士団の新たな中心人物。
 彼の叫びは父とは違い仲間を鼓舞するのではなく破壊衝動を感染させます。
 装着している鎧が魔導の効果を帯びており、常時HPチャージ状態。
 装着している突撃槍が魔導の効果を帯びており、常時【貫通】付与。
 ランク2までの重戦士スキルを全て使用します。

 Exスキル:デッドリーロアー
 叫べ。心のままに。砕き、壊し、殺し尽くせと。さすればその声、全ての者に荒ぶる狂気を伝えるだろう。
 味全・補助強化

・黄金騎士団×そこそこ~大多数
 全員ノウブルで重戦士。平均レベルはかなり高め。
 装着している鎧が魔導の効果を帯びており、常時HPチャージ状態。
 装着している武器が魔導の効果を帯びており、常時【貫通】付与。
 ランク2までの重戦士スキルを全て使用します。
 
※彼らが乗っている馬も金色の鎧で武装しており、常時HPチャージ状態です。
 なお、ジークラントを含め全員が特攻兵と化しています。
 説得は不可能で、最後の一人が死ぬまで戦いをやめることはありません。
 黄金騎士団は陽動作戦の結果によって数が変動します。

・“魔女狩り将軍”ゲオルグ・クラーマー
 シャンバラ皇国の枢機卿にして魔女狩りでもある男です。
 ピルグレイス大聖堂の大礼拝堂にて自由騎士を待っています。
 ランク2までのネクロマンサースキルを全て使用します。

・聖堂騎士×4
 ゲオルグの護衛を務める最精鋭たる騎士です。
 編成は「防×2 医×2」となります。
 全員がそれぞれのスタイルのランク2までのスキルを使用します。

◆戦場
 ピルグレイス大聖堂の門の前にある広場が戦場となります。時刻は夕方から夜です。
 ここは都市部の中央にある広場であり、普段は公園として使われています。
 門前には黄金騎士団が陣取っています。
 中に入るには黄金騎士団を半分以上倒す必要があります。
 また、中に入ると大きな礼拝堂があり、そこにゲオルグが待ち構えています。
 聖櫃の間は礼拝堂の奥にある階段からさらに降りた地下にあります。
 正攻法で地下に降りるには護衛を二人以上倒す必要があります。

以上、これまでになく厳しい戦いになるかと思われますが、何とかして大管区の聖櫃を破壊し、聖域を破るための突破口を作りましょう。
なお、この依頼に参加する場合、陽動作戦のシナリオには参加できません。ご了承いただけますようお願いいたします。
それでは皆様のご参加をお待ちしています!
状態
完了
報酬マテリア
6個  6個  6個  6個
11モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
9日
参加人数
10/10
公開日
2019年03月19日

†メイン参加者 10人†



●金色の破壊者
 ピルグレイス大聖堂へとやってきた自由騎士達を出迎えたのは、
「圧し潰せ! 潰し殺せェェェェェェェェ――――ッッ!!!!」
「「雄々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」」
 押し寄せる、黄金騎士団であった。
 “金色の継嗣”ジークラントの号令によって、破壊の徒と化した騎士達が他の何に目もくれることなく、自由騎士だけを狙って馬を走らせる。
 突き出した突撃槍はミトラースの権能によって、その破壊力を広範囲に渡って作用させる威力の壁と化し、逃げ場は極端に制限された。
「来るぞ、身を低く伏せろ……!」
 先んじてそれに気づき、逃げるよりも先に耐えるよう告げたのは『信念の盾』ランスロット・カースン(CL3000391)であった。
 その声に、自由騎士達は何とか反応しようとする。
 しかし黄金騎士の突進は鋭く、そしてあまりに早すぎた。
「ぐ、おお!」
 『尽きせぬ誓い』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)が吹き飛ばされた。
「ボルカ……、ぐ、ァ!?」
「うわぁぁぁぁ――ッ!」
 『RED77』ザルク・ミステル(CL3000067)と『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)も、突撃に巻き込まれてしまう。
「いきなり、ご挨拶……!」
 防ぐのではなく迎え撃とうとする『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)であったが、だが数の差は覆せない。
 彼女もまた、拳を振り抜く前に全身を衝撃に晒された。
「KillKiliKill!! Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」
 仲間達が次々に突撃の英時期となる中、『空に舞う黒騎士』ナイトオウル・アラウンド(CL3000395)は大剣を手に猛然と立ち向かっていった。
 その勢いは、黄金騎士団にも劣らぬほどであったが、
「悪々々々々々々々々々々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」
 大剣ごとジークラントの突撃槍に弾かれて、黒騎士は宙に放り出された。
「クソッタレが! コイツで凍りやがれ!」
 苛立ちをそのまま口にして、『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が拳銃を連発する。
 弾丸は黄金騎士の一体に命中し、その身を凍てつかせるが、だが止めるには至らない。突撃はウェルスにも及び、肉を潰す生々しい音がした。
「こ、これは……!?」
 『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が目を剥いた。
 仲間を大聖堂へと送り、彼は黄金騎士を大聖堂に立ち入らせないための壁となる予定だった。だが、そんな先のことを考えていられる状況ではないと、ここに到着してすぐさま気づかされた。
 魔導を使おうとする。が、敵は目前。間に合わない。
「アルカナム嬢、回復を! 温存している余裕は――」
 叫ぶ彼の声は黄金騎士団が鳴らす蹄の音にかき消されてしまった。
「……わ、分かりました!」
 しかしその声は『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)にしっかり届いていた。
 彼女は全身を走る悪寒を禁じ得ない状況で、癒しの魔導を行なおうとする。
 無論、金色の暴力はすでに肉薄している。
 それを間一髪で阻んだのは、唯一空へと逃れていた『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)であった。
「いつまでも、やらせないわよ!」
 彼女の撃ち放った弾丸がフーリィンを襲わんとする黄金騎士の腹を撃ち抜き、かろうじてその進路を逸らさせた。
「これで……!」
 そしてフーリィンが癒しの魔導を成就する。
 後が厳しくなるのでのであまり使いたくないが、しかし状況は彼女に温存を許さない。癒しの魔力が仲間の苦痛を取り去っていく。
「……く」
 何とか、ボルカスも立ち上がる。
 その後方で、派手な破砕音が轟いた。振り向けば、黄金騎士団の突撃の直線状にあった家屋が完全に粉砕されていた。突撃によるものであろう。
「総員、戻れェ!」
「「はっ!」」
 ジークラントが叫ぶと、黄金騎士団はほとんど隊列を乱すことなく踵を返してまた元の位置、大聖堂の門前へと戻っていった。
「こいつらは……」
 それを目の当たりにしたボルカスは、背に冷たいものを感じた。
 自由騎士達を前に、復讐に燃える黄金騎士団は、だが憤怒をむき出しにしながらも一切統制を乱すことなく完全に一つにまとまっている。
 その恐ろしさを、彼は肌で感じ取ってしまったのだ。
「――決死の戦いになるぞ」
 自分達が大聖堂へ到達するために、まずは黄金騎士団を超える必要がある。
 だがそれは、力の温存など許されない総力戦になるだろう。
「潰してやるぞ、自由騎士……!」
 ジークラントが憎悪燃え上がる瞳で自由騎士を睨みつけた。

●暴虐の波濤を超えろ
「DiIIIIiiIIIIIiIIIiiiIiiIIiiIiieEEEEeeeeeEEEEEEEeEeeeEEeE!!!!」
 翼を広げたナイトオウルが、高くより大剣を振り下ろした。
 刃はジークラントの頭を狙うが、
「若、危ねぇ!」
 割って入った黄金騎士が、その一撃を自らの肩で受け止める。
「よくやったぞ!」
 そしてジークラントが突き出した突撃槍がナイトオウルの脇腹を抉った。
「ナイトオウル! ……ッケンなァ!」
 その様を見ていたウェルスが逆上して銃をぶっ放した。
 だがやはり、黄金騎士が身を挺して弾を受け止めジークラントには届かない。
「そいつは後だ! とにかく、数を減らすんだ!」
 剣戟の音が鳴りやまぬ中でザルクはそう指示した。
 彼自身も敵へと向けて発砲を続ける。
 束縛の結界こそ展開しているが、連中、それを易々と破ってくる。
 こういう時に限ってツイてない。ザルクは内心に苛立ちを溜め込んでいた。
「「雄々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」
 そこに、黄金騎士団が再び突撃を仕掛けてきた。
 銃弾のリロード。間に合わない!
「ぐ、おお!?」
 当たっていないはずの突撃に捉えられ、ザルクの身が大きく軋んだ。
 走る激痛の中で彼は悟る。
 一人二人を倒したのではまるで間に合わない。
 この状況を打破するには、敵全体を呑み込む破壊が必要だ、と。
 吹き飛ばされながらも彼が見たのは、ボルカスの方だった。
「――分かっている」
 その視線に気づいたボルカスが、天を衝く咆哮を場に轟かせた。
 それを耳にした自由騎士達は己の体に熱が沸くのを感じる。
 聴いた者の闘争本能を呼び起こして力を与える、それはかつて黄金騎士団を率いた猛将が得意としていた鼓舞の叫びであった。
「貴様は……」
 そして、ジークラントを始めとする黄金騎士団がボルカスを睨んだ。
 視線に込められた殺気たるや、今までよりもさらに鋭く突き刺すかのようだ。
 だが当然ろう。
 彼らにしてみれば、それは奪われた技術なのだから。
 もはや殺気は場に満ちるのみでなく、轟風の如く吹き荒れるまでになっていた。これが挑発だったならば、この上ない大成功だ。
「覚悟を決めろ」
 集まった自由騎士達に、ランスロットがそう告げた。
「何の、覚悟かな?」
「死ぬ覚悟だ」
 問い返すテオドールへ、彼はこともなげにそう言い切った。
「連中の次の突撃は、今までのものよりさらに激しくなるだろう。だが、それは黄金騎士団が頭も含めて完全に逆上している証だ。……付け込める」
 ランスロットの言わんとしているところを、皆が理解した。
 次の黄金騎士団の攻撃を凌げば、大聖堂に到達できるかもしれない。
 だがそれには――
「裸一貫で嵐に飛び込む覚悟が必要だ」
 再度ランスロットが告げたとき、それに恐れを見せる者はいなかった。
 ここまで来ている以上、とっくに覚悟を決めている者ばかりだ。
「じゃあ」
 エルシーが拳をゴキリと鳴らす。
「ちょっとみんなで、死にに行きましょうか」
「死にたくなんてないけど、今だけは死んでもいいやって思ってあげるよ!」
 カノンもムッと腹に力を込めて、前を見据えた。
 蹄が地面を蹴る音がする。
「邪教の徒を、肉塊に変えろォォォォォォォォォォォ!」
「「雄々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」」
 来た。
 破壊の波濤と化した黄金騎士団が一塊になって突撃してくる。
「我らの活路は、あの嵐の中にしかない!」
「飛び込めェェェェェェェ!」
 自由騎士達は、迫る波濤へと向かって踏み出した。
 全員が、明らかな死の気配をそこに感じながら、それでも前を突き進む。
「焼け、爛れたまえ!」
 道を作るべく、最初に攻めに走ったのはテオドールだった。
 生み出された強電磁場が、そこを走る黄金騎士達を呑み込んで激しく爆ぜた。
 だが巻き起こった爆煙の向こうから、敵が次々に飛び出してくる。
 一発では止められない。
 そんなこと、自由騎士達も重々承知していたことだ。
「お次はこいつでどうだ、よ!」
 拳銃を両手に構えたウェルスが、身を振り回して魔力の渦を作り出す。
 魔力の渦は騎馬の足を絡めとってその動きを阻みかけた。
「クソ亜人がァァァァァ――――ッ!」
 ウェルスに勢いを削がれた黄金騎士数人が、叫びと共に突撃槍を振り回す。
 それに身を打たれ、刺され、噴き出す血のぬるさを感じながら、ウェルスは続くエルシーへと高く吼えた。
「俺に続け! 道を、作れェェェ!」
「言われなくても――!」
 すでに自由騎士と黄金騎士団は接敵している。
 それはつまり、権能によって広がっている破壊の範囲が自由騎士団に及んでいるということでもある。
「突っ込む! 次お願い!」
「分かっている。行け!」
 答えるランスロットに、エルシーがうなずく。
 見えない衝撃に幾度も身を打たれ、体に無数の傷を作りながら、彼女は後に向かって言うと敵に向かって猛然と飛び込んだ。
「とぉりゃあああああああ――――ッ!」
 間断なく衝撃に晒されながらも、エルシーの鮮やかな拳舞が黄金騎士を次々に打ち据えた。怒りに我を失っている騎士達が次々に落馬していく。
「見えた、ぞ……!」
 こじ開けられた黄金騎士の向こう側に、大聖堂の門が垣間見える。
「行け。突っ込め! 走れ!」
「させるかよォォォォォォォォォォォ!」
 ジークラントが隙間を埋めるようにして突っ込んできた。
「道を閉ざして、なるものかッッ!」
 だがランスロットが体を張ってジークラントを馬ごと受け止める。
「どけェェェェェェェェェェェェ!」
「そちらがどけ! そちらこそが、道を開けろォォォォォォォ!」
 そのとき、ランスロットは自らの命を燃焼させて抗った。
 黄金騎士団の突撃が一瞬止まる。ランスロットが、全てを受け止めたのだ。
 その必死の抵抗が、今度こそ敵陣に隙間を生じさせる。
「走れェェェェェェェ――――!」
 ザルクを先頭として、五人の自由騎士が次々に大聖堂へと駆け出した。
 そして、扉を蹴って中に入ったあとで最後に入ったボルカスが扉を閉じてそこに施錠の魔導を施した。
「ハァ! ハァ! ハァ! ハァ……!」
 扉の向こうに黄金騎士の怨嗟の声を聴きながら、彼は肩を激しく上下させた。
 身が軋む。痛みが酷い。傷から流れた血が床に滴る。
 何とか大聖堂には入れたものの、五人とも無傷には程遠い有様だ。
 奥の方から、拍手の音が聞こえてきた。
「まさか辿り着けるとは! 素晴らしい、実に素晴らしいですねぇ~!」
 癇に障る声だった。
「さてそれでは、本番と参りましょうか?」
 ステンドグラスから光射し込む大聖堂の奥に一つの影が見えた。
 ゲオルグ・クラーマーが笑ってそこに立っていた。

●ゲオルグという男
「ン~フフフ♪ 計算違いがまず一つ」
 左右に四人の聖堂騎士を侍らせて、ゲオルグはクツクツと笑った。
「正直、あなた方は黄金騎士団に仕留められると思っていたのですよ、私は。それがまさか、ここまで辿り着くとは」
 言いながら、ゲオルグが硬い靴音を鳴らしながら前へと歩く。
「お疲れのようですねぇ」
 閉ざされた扉前、五人の自由騎士は膝を突きそうになっていた。
 ゲオルグは彼らを見下ろして笑みを深める。
 だがそこに浮かぶ笑みは、己の優位を悟るがゆえの笑みではなく、何故だか優しく慈しんでいるかのような笑みであった。
「……何だ、その顔は」
 息を乱しながら、ザルクが彼に尋ねた。
「お前がそんな顔をする理由が、どこにある」
「ありますよ。ありますとも。ええ、あなた方を私の予想を覆した。あの黄金騎士団の猛攻を凌いでここまでやってきた勇者達を、私は尊敬しています」
「尊敬、か……」
 言って、ボルカスが血の混じった唾を吐き捨てる。
「お前にだけは向けられたくない感情だ、それは」
「おや、そうですか? 敵対はしていようとも、敬意を払うべき相手には相応の態度で接しますとも、ええ」
 慇懃な態度でゲオルグは言うが、だが自由騎士から見れば彼の言動は結局無礼にしか映らない。
 礼を失さぬ無礼。それはただ罵倒されるよりはるかに神経を逆なでしてくる。
「あなたが、ゲオルグ……。マリアンナをつけ回す変態ね?」
「おお、マリアンナ嬢をお知りでしたか、お嬢さん。しかししかし、ああ何たること。この私めが変態とは、私のことも知らずにその呼称はあんまりです」
「何を……! 知っているわよ、“魔女狩り将軍”! あなたの非道は!」
「おっと、そうでしたか。それは失礼」
 がなるアンネリーザに、ゲオルグは悪びれた様子もなく肩をすくめた。
「…………」
「おや、そちらのお嬢さんも私めに何かありますかな?」
 ゲオルグの視線が今度はフーリィンに向けられた。
 彼女は先ほどから、睨むというほどではないがゲオルグの方を見ていた。
「私は、戦争なんて嫌いです」
「そうですか」
「でも、それでも、そんなことは関係なくて、戦いは起きて……」
「非常に悲しいことです。私めも日々終わることなき戦いに胸を引き裂かれるような想いを抱いています。だが口惜しいことではありますが、止められないのです」
 ゲオルグが語る。
 その長広舌を聞きながら、ザルクは目線を横に流して近くの柱の陰に隠れているカノンを確認した。
 聖櫃の間はこの大聖堂の奥にあるはず。
 それを目指し破壊する役目は、カノンが担うことになっていた。
 ゆえに他の四人はもう少しゲオルグの注意を引き続けなければならなかった。
「そういえば――、お前、ジョセフにあまり似ていないな」
 ザルクは“魔女狩り将軍”に向かって挑発を飛ばした。
「ジョセフ……?」
 ゲオルグがザルクに反応を見せた。釣れた。内心で彼は拳を握る。
 今こそ勝負に出る時だ。彼はカノンへ視線を送る。
 隠れていたカノンはうなずくと、わざわざゲオルグ達の前に自ら姿を晒した。
「な、ァ!?」
 そして全く関係ない方向を向いて、いきなりの驚愕。
「――んッ?」
 彼女の声の大きさに、ゲオルグはカノンの見た方を向いた。
 会心の手応え。カノンは自身の作戦の成功を悟る。
 驚愕をもって隙を作り、そして奥へと走り抜けるという、ザルクの仕込みと合わせた二重の作戦。カノンは内心に笑みを浮かべながら走り出そうとした。
「クク……」
 だが聞こえる、ゲオルグの含み笑い。
 そこに一瞬気を取られて、直後、彼女の全身を驚愕が走り抜けた。
 ――動けない!?
「な、これ……!」
 見れば、カノンの足元は泥化し、くるぶしまで完全に沈んでしまっていた。
「聖堂騎士、神敵を滅せよ」
「「御意!」」
 全身鎧をまとった聖堂騎士が闘気を放ち、立ち上がりかけたカノン以外の四人は吹き飛ばされて壁にしたたかに打ち付けられた。
「ぐ……、ぉ……」
「お前らの狙いは聖櫃だろう? それが分かっている上で、どうして俺が聖櫃に通じる道への注意を怠ると思ったんだ? ん? お前らの中で、俺はそれほどまでの阿呆か? どうにでもなると高を括ったか? それは少し見通しが甘すぎるんじゃないか? なぁ、我が神の怨敵よ」
 今度こそ、ゲオルグは自由騎士に向かって嘲りを見せた。
「それともお前らはこの程度か? ならばこのまま死に絶えろ。神敵にも値せぬのならば、全員揃って我らが信仰の贄となれ」
 呻く自由騎士達へ、ゲオルグは底冷えするような声を向けたのだった。

●壊す者と阻む者
 金色の暴力が猛威を振るう。
「砕けろ、砕けろ、砕けろ自由騎士ィィィィィィィィィィィィィ!」
「AaaaaAAAARRrrrrrRrrrrrrrggGHhHHHhHHHhhhh――――ッ!」
 ジークラントへ、ナイトオウルは果敢に攻めかかった。
 しかし黒騎士の一閃はまたしても槍に弾かれ、頭から突っ込むジークラントがそのままナイトオウルの胸部を強打し、吹き飛ばした。
「軽い、軽い軽い! 軽いわァァァァ!」
「「雄々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」」
 “黄金の継嗣”を先頭に、金色の騎士団が一つになって攻め込んできた。
 彼らの攻撃方法はそれしかない。
 ワンパターンでしかなく、まさに馬鹿の一つ覚え。
 だが強い。
 多大な質量を伴った高速突撃は、それだけでただただ強い。
「ク、クソ……!」
 ウェルスが気力を振り絞って魔導を使い、周りにいる皆を癒す。
 本来であれば敵の足止めに力を割きたいところだが、とてもとても、そちらにまで手を回せない。現状、彼が戦線を支えている形だ。
「とてつもないな……、これは……」
 体力が戻るのを感じながら、しかし魔力はすでに尽きかけ、テオドールは肩で息をした。肉体ではなく、精神面の疲労が色濃い。
 ガヅ、ガヅという蹄の音が遠ざかる。
 黄金騎士団が間合いを空け、突撃の準備をしようとしているのだ。
「来るわね……!」
 緊張と共に、エルシーが呟いた。
 離れていようともありありと分かる、黄金騎士団の濃密な殺気、殺意。
「破壊してやるぞ、自由騎士。貴様らも、中に入った連中もだ!」
 ジークラントが低く言う。
 彼の言葉は後背に並ぶ黄金騎士団へと伝わり、熱気が一気に膨張した。
 破壊への意思。撃破への決意。黄金騎士団が力を漲らせて突撃を開始する。
 だが、自由騎士達とて覚悟をもってこの場に臨んでいるのだ。
「殺されはせん。そして、通しもせん!」
 ランスロットが盾を前に置き、そこに肩を押し付けて踏ん張る態勢を作った。
「浅いわ馬鹿が! このまま物言わぬ骸と成り果てろ!」
 ジークラントが嘲笑う。
 が、黄金騎士団が準備を整えている間に、自由騎士も準備を終わらせている。
「そうそう、思い通りにはいかせんよ!」
 テオドールであった。
 発動した彼の氷の魔導が、前を駆ける黄金騎士の一人を凍てつかせた。
「構うものか、圧し潰せィ!」
「「雄々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」」
 被害など知ったことかとばかりに黄金騎士団が駆けてくる。
 そして相対距離は縮まって、金色の騎士達はエルシーの間合いに入った。
 身が軋む。権能によって拡大された敵の攻撃威力はすでに彼女に及んでいた。
 だがそれは、エルシーもまた攻めに転じられるということだ。
「ハァァァァ――――ッ!」
 黄金騎士の槍を踏み台にして、飛びあがった彼女の肢体が舞い躍る。
 エルシーの拳と蹴りが、黄金騎士の顔面と首筋を強打して、
「せぇぇぇぇぇあ!」
「くぁっ!」
 しかしジークラントが振り回した槍に弾かれ、惜しくも三発目は空振り。
 彼女は着地するものの、関節に激しい痛みが走った。
「う、ぐ、く……!」
「串刺しにしてくれる!」
 黄金騎士の一人が動けないでいるエルシーを狙おうとする。
「通さんと言ったァ!」
 間一髪、割って入ったランスロットが代わりにその一撃を受け止めた。
 槍の切っ先が盾の表面を削りながら滑り、耳障りな音を立てる。
「チィッ!」
 突撃に失敗した黄金騎士団が、再び離れていった。
 それを睨みながら、ランスロットはエルシーへと手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか……。でも、敵を誘導できないのは辛いわね……」
 口から垂れる血を拭い、彼女は手を握り返して立ち上がった。
 自由騎士達が陣取っているのは、大聖堂の門の前。
 魔法によって施錠したとはいえ黄金騎士団の破壊力をもってすればそんなものは一撃で紙細工のように吹き飛ぶのは間違いなかった。
 破られないために、自分達が身を挺して壁となるしかない。
「何、死ななければどうにかなる」
「……この場面でそれは笑えねぇんだけどな」
 言って小さく笑うランスロットに、癒しの魔導を使ったウェルスが返した。
「自由騎士共ッ……!」
「来い、黄金騎士団。幾度でも阻んでやるぞ、貴様らが力尽きるまで」
 壊す者と阻む者、互いに睨み合いながら、幾度目かになる全力でのぶつかり合いが始まろうとしていた。

●魔女狩り将軍は侮らない
 大聖堂内は今、静寂とは程遠い状況にあった。
「このっ、ッッ! う、動け、動いてよ……!」
 カノンが必死にもがく。
 だが、本来であれば迅雷を極める速度で駆けれるはずの足が、ぬかるみと化した床にしっかりはまり込んで微動だにしてくれない。
「カノンさん! 今、歩けるようにしますね!」
 フーリィンが印を結び、解除の魔導によって床の泥化を解いた。
 カノンの足を捉えていた重さが一気になくなった。
「やった、ありがと!」
 彼女はフーリィンに礼を言うと、再び大聖堂の奥を目指そうとする。
「どこへ行こうというのだ?」
 だが、向いた先にあったのは冷たい鋼鉄の質感。
「あ――ッ」
 ゲオルグの護衛を務める重装騎士の盾が、カノンを激しく打ち据えた。
「カノン……! こ、の!」
 翼を広げて飛び上がったアンネリーザが重装騎士にライフルを向ける。
 発射された弾丸は鎧の継ぎ目を穿ち、パッと血が散った。
「我らが主よ、我が同胞に救いの力を――!」
 しかし直後に敵の司祭が杖をかざし、発動した魔導がその傷を癒してしまう。
「……行動が早すぎる。どういうレベルの連携だ」
 一連の流れを目にして、ボルカスが忌々しげに呟いた。
 二人の重装騎士と二人の癒術士。
 ゲオルグが護衛として連れてきた四人の聖堂騎士は、まず個々の力量からして自分達を超えている。その上、連携が抜群に上手い。
 幾度も戦場を共にしてきた自分達でも、こうもスムーズにはいかないだろう。
「お前らも、動けなくなりな!」
 観察していたボルカスの隣で、ザルクが床に向かって銃を撃つ。
 弾丸に込められた呪力が展開し、そこに束縛の結界を作るが――
「見え透いた手だ」
 敵司祭の一人が言い放って、直ちにその結界を浄化した。
「……何だとォ?」
「パラライズショット、だったか。これまで幾度使ってきた? 通り一辺倒の手段がいつも、いつまでも、どこまでも、誰にでも、通用すると思ったか?」
 ゲオルグの指摘にザルクは舌を打った。
 パラライズショットは彼の戦術を支えてきた技術だが、さすがにこの戦争で使いすぎたのだろう。すっかり敵に知れ渡っているようだ。
「神敵必滅ッッッ!」
「滅せよ、我らが主の威光のもとに!」
 二人の重装騎士が解き放った闘気が、衝撃波となって自由騎士を襲う。
「ぐゥ――」
「うおおお!」
 奥を目指そうとしていたカノン達も巻き込んで、衝撃波は五人を諸共壁際にまで吹き飛ばした。
「う、ぐ……」
 低い呻きを漏らしつつも、何とかして立ち上がる。
 だが誰もが迫る己の限界を感じていた。
 明らかに、黄金騎士団戦で被ったダメージが尾を引いている。
「まだ、だ!」
「そうです。……まだ、まだです!」
 ボルカスとフーリィンが、同時に癒しの魔導で皆から痛みを取り除く。
「私達を、ナメないでよ……!」
 睨むアンネリーザに、ゲオルグは笑みを深めた。
「ナメてなどいませんとも」
 それが、彼の答えだった。
「ここまでやってくれたあなた方を、どうして侮ることができましょう。ええ、あなた方は強敵です。だからナメません。侮りません。隙も見せません。ここで、全力を尽くし、全霊を果たして、あなた方を徹底的に磨り潰します」
 彼の言葉に、こちらを軽んじる響きは一切なかった。
 本気だ。ゲオルグ・クラーマーは本気で自分達を危険視しているのだ。
 ――まともにぶつかっても勝機はない。潰されるだけで終わる。
 自由騎士達全員がそれを悟った。そして、
「ブチ当たれェェェェェェ――――ッ!」
 直後、ボルカスの怒号と共に全員が飛び出した。
「何ッ」
 ゲオルグは軽く驚いた。まさか、ここで真っ正面から来るとは。
 だがすぐに察する。そうか、もはや自由騎士達にはそれしか手がないのだ。
 まともにぶつかっても潰される。
 策を弄したところで見破られ、そして結局潰される。
 だからまっすぐに、余力も考えずに全力でブチかましに行く。
 相手の全力以上の全力をもって――!
 愚か。実に愚か。
 だがその愚かさこそが何より恐ろしいと、ゲオルグは知っていた。
「ウオオオオオオオオオオオオ――――!」
 先頭を駆けるのはボルカスだ。
 穂先燃え盛る槍を手に、彼は重装騎士に体ごとぶつかっていった。
 凄まじい圧力。重装騎士が後退しそうになる。
 だがもう一人の方の重装騎士が鎚を振りかぶってボルカスを狙った。
「させねぇよ!」
 割り込んだのは、ザルク。
 彼は手にした銃砲で絶え間ない連射を続け、敵をその場に押し込む。
 さらに、アンネリーザが再び飛翔し、天井近くから重装騎士を狙撃した。
「主よ!」
 敵癒術士がただちに魔導を結び、仲間の傷を癒した。
 その瞬間、聖堂騎士の陣形に隙間ができる。カノンが待っていた瞬間だ。
「今度こそ走り抜けてやる――ッ!」
「どうした、必死を尽くして結局同じことの繰り返しかァ!」
 ある種の失望を覚えながら、ゲオルグはカノンの足元を泥化させる。
「それは、こっちのセリフ!」
 だがカノンは言い返した。伸ばした手でアンネリーザの手を握り、その身を空中に投げ出しながら。
「くぅぅぅぅ――――ッッ!」
 腕一本でカノンの身を引っ張って、アンネリーザが必死に耐える。
 だがそのおかげで、カノンの足はかすかに宙に浮いていた。
「今、です! 床を元に戻します!」
 フーリィンが魔導によって、床の泥化が解除される。
 その上に、カノンが着地した。
「な……ッ!」
 ゲオルグの顔が驚きに強張る。
「どうだ、見たか!」
 彼女はそう叫ぶと、ゲオルグの横を走り抜け、大聖堂の奥へと消えていった。
「……………………クヒッ」
 ゲオルグの顔に、気味の悪い笑みが刻まれた。

●破壊者達の終焉
 結局のところこの戦いは、倒れなかった者の勝ちなのだ。
 大聖堂への道を阻む自由騎士と、それを蹂躙せんとする黄金騎士団。
 向かい合い、睨み合う両者だがしかし、そこに大きな差があった。
「――幾つ残った」
 手綱を握り、ジークラントが後方の部下に問う。
「は……、私と若を含め、四騎であります」
 答える黄金騎士の声は苦渋に満ちていた。
「そうか」
 だがジークラントは静かにうなずき、大聖堂の門を見据える。
 五人の自由騎士が立っていた。
 未だ一人も欠けることなく、五人が五人とも、そこに立っていた。
「上回られたか」
 自由騎士達の足元には、大きな血だまりが出来ていた。
 夥しい量だ。五人分と考えても、それは致死量を疑うべき大きさであった。
 この距離から見て分かる。五人とも体が震えていた。
 立つのがやっとの状態なのだ。
 完全に瀕死。されども、その有様で黄金騎士団の突撃を幾度も喰らい、そして逆に、少しずつこちらの数を削っていた。
 その果ての、今という現状。
「――親父がいたら怒鳴られるな、これは」
 “金色の継嗣”は軽く自重の笑みを浮かべた。そして――
「往くぞ、我が具足共。我らは最後の最期まで、栄光ある黄金の騎士である」
「若!」
「若様!」
「往くぞ黄金騎士、往くぞ自由騎士! 見せつけるのだ、我らが王道を!」
「「雄々々々々々々々々々――――――――ッッ!!!!」」
 四人の黄金騎士が、大聖堂の門に向かってこれまでで最高速度の突撃を見せる。数こそ減ったがしかし、その威圧感は未だ少しも衰えない。
 熊のケモノビトが銃を撃ってきた。
 もはや魔力も気力も尽き果てているだろうに、何ともしつこい。
 そも、このケモノビトがいなければ戦いはこちらが勝っていたに違いない。
 忌まわしくも癒しの魔導などでこいつが敵の戦線を支えなければ!
「AaaaaAAAARRrrrrRrrrrrrRrRRRRrrrggGHhHHHhHHHhhhhhhhhhh!!!!」
 そして、ソラビトの黒装の騎士が空から降ってくる。
 叩きつけられた刃はジークラントの肩にめり込み、金色の鎧が砕けた。
「貴様、も――!」
 しつこい。しつこい!
「若から離れんかァァァァァァァァァア!」
 隣を駆ける黄金騎士の突撃槍が、黒装の騎士の腹を深く貫いた。
「Arr――」
 さすがに力尽きたか、黒騎士はそのまま脱力して地に墜ちた。
「よくやった……、ナイトオウル」
 そして、黄金騎士団の直線上。そこに、灰色の髪の自由騎士が立っていた。
 その男は一体何を考えているのか、持っていた盾を投げつけて両腕を大きく広げた。黄金騎士の突撃に、無防備に身を晒そうというのか。
「もはや避けれんぞ、今度こそ潰れて死ねェ!」
「潰せるのならばやってみろ!」
 鈍い激突音は、まるで巨岩が分厚い壁に激突したかのようであった。
 巻き起こった土煙の中で、ジークラントは目を瞠った。
 彼の突撃を、灰色の髪の自由騎士――ランスロットは完全に受け止めてしまっていた。全てを破壊するはずの“金色の継嗣”の突撃を、だ。
「貴様は、また……ッ」
「俺だけでは、ない」
「何を……!」
「俺程度でも受け止めきれるほど君らを弱らせた、皆の功績だ!」
 さすがに衝撃までは殺せなかったのだろう、口から大量の血を吐きつつ、ランスロットはそう答えた。
 ジークラントの突撃は、いわば黄金騎士団という槍の穂先。
 それが止められてしまえば突撃自体が大きく乱れるのは必定であった。
「今だァァァァァァァァァァァァ!」
 そこを、赤い髪の自由騎士――エルシーが突いた。
 体に残った僅かな体力。その全てを振り絞って、エルシーはジークラントの馬へと体当たりをブチかました。
 衝撃は、馬自体を貫いて後方まで突き抜ける。
 それは他の騎士が乗る馬をも巻き込んで、ダメージに軍馬が動きを乱す。
「うおお!?」
 金色の突撃が、ここにいよいよ瓦解した。
「黄金騎士団。――卿らも確かに、騎士であった」
 己に死を垣間見せた敵に対し、緑髪の自由騎士――テオドールはそう呟く。
 そして彼の魔導により発生した強電磁場が、黄金騎士団を呑み込み、爆ぜた。
「…………ァ」
 金色の装備は威力に砕け、体の中までも焼け爛れたジークラントの身が傾ぐ。
 ああ、父よ。何故我らは勝てなかったのか――
 薄らぐ視界に手を伸ばし、ジークラントは虚空に問う。
 彼の目にランスロットの姿が映ったとき、何となく彼は答えを悟った。
 死兵と化した黄金騎士団と、踏ん張り続けた自由騎士。
「それが、差か」
 結局のところこの戦いは、倒れなかった者の勝ちなのだ。
 だから、最後は倒れなかった自由騎士が勝った。
 それだけのことであった。
「終わった、な……」
 黄金騎士達が倒れた後で、それを確かめたランスロットもぶっ倒れた。
 無事な者など一人もいない。皆が力を使い果たした。
 だが勝ったのは、勝ち切ったのは、自由騎士達であった。

●聖域はここに潰える
 ゲオルグは裏をかかれた。
 それは覆しようのない事実である。
 無論、自らの言葉通り彼は自由騎士を一切侮っていなかった。
 だがそれでも彼は裏をかかれ、カノンを通してしまった。
 それについて、ゲオルグは客観的に分析していた。
「つまり、結局侮ってしまったのですよ、あの瞬間」
 石の床を歩き、固い靴音を鳴らしながら、彼はやれやれと肩をすくめる。
「そう、あのとき、突っ込んでくる姿を見て『またか』と思ってしまった。自由騎士とは学ばないのかと、そう考えてしまった」
 カツンカツンと、靴音は響くことなくただ鳴って、
「それこそが油断。自由騎士を侮ってしまった。己に対して戒めながら、それでも下に見てしまった。……その結果が」
 彼は、カノンの方を見た。
 大聖堂の地下の底、その拳によって聖櫃を破壊し、中に囚われていた痩せたヨウセイの少女を助け出そうとしていた彼女の方を。
「この有様だ」
「ゲオルグ……!」
 気づいたカノンが衰弱しきっているヨウセイを庇うようにして振り返った。
 拳を構える彼女へと、ゲオルグは無造作に近寄る。
「見事でしたよ、ええ。あのソラビトの手を取ったあのとき、あなたは確かに私の想定を超えた。私の油断を見事に突いた上で」
「そ、それ以上近寄るな!」
 威嚇してくるカノンへとゲオルグはさらに近寄ろうとする。
「警告は、したからね!」
 鋭く叫び、カノンが殴りかかった。
 ネクロマンサーは恐ろしい存在だが魔術師のたぐいだ。近づけば一人でも勝機はある。カノンは、そう考えていた。
 しかし彼女の自信が込められた拳を、ゲオルグはヒラリと避けた。
「な……!」
 反撃を警戒し、カノンはすぐに後退してヨウセイの前まで戻る。
「どうされました?」
 言いつつ、ゲオルグは腰に差していた短剣をスラリと抜いた。
 構える彼を見て、カノンは一つの確信を持った。
「この距離での戦い方、知ってるね……?」
 ゲオルグの笑みが粘着質めいたものに変わる。
「この革鎧」
 彼は自分の革鎧を指先でいとおしそうに撫でた。
「ただ自慢するためだけに着ているとでも思いましたか?」
 ――“魔女狩り将軍”。
 シャンバラ史上最も多くの魔女を狩ったという経歴は、伊達ではないのだ。
「あ、うぅ……」
 場に満ちる空気に気圧されてか、ヨウセイが弱々しく声を漏らす。
 ゲオルグは妖精の方を見て、片眉を上げた。
「その魔女は……、そうか。ふむ……」
「な、何さ……!」
「いえ、別に。まぁ、せめてあなたくらいは縊り殺しておきましょうか。その聖櫃を破壊された以上、大管区は制圧され、聖央都を包む聖域にも綻びが生じることとなる。……少しくらい、こちらも功を積まねば、ね」
 ゲオルグがゆっくり歩みを進める。
 正直、カノンはこの男に勝てるビジョンが見えなかった。
 気力も体力もほぼ限界。底の底まで振り絞って、一矢報えるかどうか。
「退かないのですね」
「当たり前だよ! 絶対に退くもんか!」
「そうですか。では……」
 ゲオルグが短剣を軽く掲げた。
「その命だけでも、まずは摘み取り――」
 短い刀身が灼熱の弾丸によって撃ち砕かれた。
「…………」
 振り向けば、地上に繋がる階段を次々に降りてくる四人の自由騎士。
 撃ったのは最初にこの場に到着したアンネリーザであった。
「追い詰めたわ、ゲオルグ・クラーマー!」
 階段前で、彼女を中心として他の三人が左右に展開する。
 そして聖櫃の方ではカノンが変わらず警戒しており、状況として、ゲオルグは完全に挟まれていた。
「詰みだ、ゲオルグ」
 ボルカスが槍を構えた。そこには、絶対に逃がさないという気迫があった。
「我が精鋭でも抑えられませんでしたか……」
 ゲオルグは呟いて短剣を放り捨てると、両手を挙げた。
 観念したのか。そう思いつつも、自由騎士達は油断なく彼を監視する。
「ところで――」
 そんな彼らをあえて挑発するように、ゲオルグは口を開き、ヨウセイを見た。
「そこにいる魔女のお嬢さんですが」
「何だ……?」
「彼女は知っていますよ。――マリアンナ嬢の両親の所在をね」
「「なっ!?」」
 自由騎士達の間に動揺が走った。
 刹那、階段側にいる四人の足元が泥化する、が、フーリィンが動いた。
「無駄です!」
「知っていますとも」
 泥化を解除したフーリィンへ、ゲオルグは叫ぶとカノンの方へと突っ込んだ。
「え、あ……!?」
 狙いは階段ではなく、聖櫃の方向。
 虚を突かれたカノンはそれでもヨウセイを抱きしめて守ろうとする。
 足音は、そんな彼女の横をそのまま通り過ぎていった。
 すると直後、部屋が鳴動して奥の天井が大きな音を立てて崩れ始めた。
「しまった、逃走用の隠し通路……!」
 まさかそんなものまで用意してあるとは、と、ザルクが唇を噛む。
「今日のことは覚えておきますよ、自由騎士。ククク、フフフハハハ!」
 崩落の音が響く中、ゲオルグの声は遠ざかっていった。
 天井を崩したのは隠し通路の入り口を完全に塞いでしまうためだろう。
 事実、今の疲れ切った五人に、瓦礫をどうにかする余力は残っていなかった。
「本当に、こっちを侮ってなかったってことか」
 ザルクは悔しげに言って、積まれた瓦礫を殴りつけた。
「そうね。ゲオルグを逃がしたのは残念だったけど、でも……」
 アンネリーザは破壊された聖櫃を見た。
「こっちの目的は達成できたわ」
「うん。今はそれだけでいいと思うよ」
 カノンもうなずいた。
「ああ、まぁな……」
 同意して、ザルクはその場に座り込んだ。さすがに限界だった。
「あいつとの決着も、そう遠い話ではないだろうしな」
 壁に寄りかかりボルカスが言った。
 おそらく決戦はもう近い。だが、そのときのことはそのとき考えればいい。
 大きな戦いを終えたばかりの今は、とにかく、少し休みい。
「ハァ……、疲れたぜ」
 崩れていない階段側の天井を見上げて、ザルクはそう弱く零したのだった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『窮状凌ぐ灰の鉄壁』
取得者: ランスロット・カースン(CL3000391)

†あとがき†

目的は何とか達成できました。
これまでなく厳しい戦いでしたが、勝つことはできましたね。

これでシャンバラとの戦いも一気に動くことになるでしょう。
それでは、また次の機会にお会いしましょう。

ご参加いただきありがとうございました。
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