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【狂機人間】父と子




 この男は、事故で右腕を失った。
 裕福とは程遠い男で、新しい右腕を手に入れるためには、我々の差し伸べた手にすがるしかなかったのだ。
 あの頃、我々の技術はまだ未熟で、動く右腕を取り付けるために、この男の右半身ほとんどを機械化しなければならなかった。
 結果、この男は怪物と化した。
 怪物を、人間に戻す事は出来ない。それに近付ける努力は、まあ出来ない事もない。あの頃と比べて、我々の技術も格段に進歩している。
「動かしてみたまえ」
 私は言った。
 寝台に横たわったまま、男が右手を開いて握る。機械の五指が、滑らかに動く。
「痛むかね?」
「いや……」
「それは何よりだ。これで、文具や食器をまともに扱う事くらいは出来るはず。まあ練習は必要になろうが」
「前の腕は……人を、殺す……それしか使い道なかったよ、リノックさん」
 男が言った。
「俺……人を、殺した……それまで、あんたらのせいにしちゃ……いけないんだろうけどよ……」
「それは、まあ好きにしたまえ。今しばらくは安静にな」
 自由騎士の1人が言っていた。罪滅ぼしの真似事をしてみる気はないか、と。
 その言葉に、乗ったわけではない。
 ただ我々は、罪滅ぼしどころか己の尻拭いにもならぬ事を、せずにはいられなかったのだ。
「……こんな事、してる暇あるのかいリノックさん。ここの領主がな、あんた方を殺そうとしてるんだぞ。さっさと逃げるように自由騎士の人たちも言ってたんじゃないのか」
「君が動けるようになったら、我々も逃げるさ」
 我々を殺そうとしている領主オズワード・グラーク侯爵の城館で、我々は世話になっている。いつ死んでもおかしくはない、という事か。
 城館の、一区画である。命の危険があろうと我々はまだ、ここから動くわけにはいかない。
 動かせぬキジンが、いるからだ。
 この男以外にも、安静が必要なキジンが4人いた。
 ジーベル・トルクの機体を造り上げた我々にとって、以前に手がけた出来損ないを、そこそこのキジンに改造するのは、まあ難しい事ではない。
 出来損ないのキジンが、計5人。
 4人を、怪物から人間に近い身体へと改造した。うち3人は、どうにか自力で動けるようになったので、すでにここを出た。ブレック・ディランが彼らの面倒を見ているところである。
 残る2人の片方は、あと数日で歩けるようになる。
 問題は、残る1人。
 もう1つ、大型の寝台があって、そこに残骸寸前のキジンが横たえられている。
 これはもはや改造も不可能である。すでに、様々な装置を後付けしてあるのだ。
「ゲンフェノム・トルク……」
 男が呻いた。
「……そいつの息子……生まれてすぐ死んじまったって話だが、生きてやがったんだな……」
「生かすために、君たちに犠牲になってもらった」
 それが許せない、とも言わず男は黙り込んだ。
 動けぬゲンフェノム・トルクに、私は見入った。
 ほんの一時、意識を取り戻していたゲンフェノムは今再び昏睡状態に陥り、目覚める気配もない。
 この私リノック・ハザンを含む7人の技術者が今、この男に仕えている。
 本人の命令とは言え、主君の身体を我々は実に好き放題、弄り回したものであった。
 ゲンフェノムの身体で、我々は失敗を重ねた。
 結果ジーベル・トルクという、なかなかの完成品を世に解き放つ事が出来たのだ。
 ばらばらと、不穏な足取りで入り込んで来た者たちがいる。
 兵士の一団であった。全員、小銃を携えている。
 銃口が全て、我々に向けられた。
「……初めから、こうしておれば良かったのだ」
 銃兵たちを率いているのは、我らの雇い主たるオズワード・グラーク侯爵御本人であった。
「リノック・ハザン、ただ今をもって雇いを解く。お前たちは今より傭兵でも客分でもなく、人質である」
 動けぬキジンたちを含め、9名もの人質である。何人かは、容易く殺して見せしめに出来る。ジーベルを無力化するには充分であろう。
「……このような行い。御令嬢が、悲しみますぞ」
 そんな事を言うのが、私は精一杯だった。
 オズワード侯のこのような行動を、御息女シェルミーネ・グラーク嬢がどうやら今まで止めてくれていた気配がある。
「ふん、あやつは今はおらぬ。邪魔はさせぬ……撃て。全員、手足を撃ち抜いて動けぬようにしておけ」
 オズワードの命令は、すぐには実行されなかった。
 兵士たちが全員、怯え固まっている。
 重い足音が、響き渡った。
 ゲンフェノム・トルクが、立ち上がっていた。
 巨大な残骸、とも言うべきその全身から、どす黒く揺らめく瘴気が立ちのぼっている。
 私は息を呑み、呻いた。
「イブリース……」
 銃声が轟いた。
 恐怖に駆られた兵士たちの銃撃が、ゲンフェノムの巨体に集中している。
 悪魔化を遂げた装甲が、銃弾をパチパチと跳ね返す。
 イブリースは、眼前にあるものを破壊すべく、ただ前進するだけだ。
 その動きが、しかしまるで私たちの盾になってくれているかのようであった。


 旧シャンバラ領より、得るものなく帰還したところであるが、悄然としている場合でなかった。
 領主オズワード侯の城館。
 壁を破壊しながら、巨大なものが庭園に躍り出て地響きを立てる。
 兵士たちが、銃を放り捨て逃げ散って行く。
 彼らに見捨てられたオズワード侯が、転倒し立ち上がれぬまま這いずろうとしている。
「ひいぃ……ひぃいいい……」
 泣き怯える領主に、動く残骸とも言える巨体が迫る。瘴気の揺らめきを、まといながらだ。
 ジーベルは、呆然と呟いた。
「…………父上……」
「父上!」
 誰かが、叫びを重ねてきた。
「貴方はッ! 私がメレーナさんの所にいる間! 一体何という事を!」
「し、シェルミーネ……助けよ、父を助けよ……」
 父を、助けなければならないのか。ジーベルは、そう思った。
 オズワードの眼前に、シェルミーネは立った。剣も抜かず、動く残骸と対峙した。
「ジーベル……いえ、ゲンフェノム・トルク伯爵……罰は、私が受けます。愚かな父を、どうか許して……」
「愚か者は貴女だ御令嬢!」
 ジーベルは飛び込んだ。
 グラーク家親子を、背後に庇う格好となった。
「早く逃げろ。そのような男のために、命を捨ててはならない」
「……このような男でも……私の、父なのよ……」
 シェルミーネは言った。
「私は、この愚かな父から贅沢三昧のおこぼれを預かる事で……今まで、生きて育ってきたのよ……」
 父。
 その単語が、背後からジーベルの胸を刺した。
「……戦え……ジーベル……」
 ゲンフェノムが、言葉を発した。
「私は、そやつを許せぬ……故に殺す……守りたければ、戦え……お前の道を、往くために……」
「父上……」
「……私に、負い目を感じる必要など……ないのだぞ……」
 ゲンフェノムの巨大な全身で、瘴気が燃える。
「私はただ、お前という出来損ないの肉塊を……完璧なるキジンに仕上げ、悦に入っていただけだ。蒸気鎧装に魂を売った、狂える機人……それが私だ」
「父上……私は……」
「父と呼ぶな! 私は、もはや貴様の父ではない」
 言葉と共に、ゲンフェノムの背中から複数の砲身が迫り出して来る。
「……我が名は……狂機人間ゲンフェノム……」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 シリーズシナリオ『狂機人間』最終話であります。

 イ・ラプセル国内、とある地方領主の城館庭園で、死にかけていたキジン……ゲンフェノム・トルクがイブリースと化しました。そして領主オズワード・グラーク侯爵を殺そうとしております。
 オズワードの生存は成功条件に含まれませんが、イブリースによる殺人が彼1人で終わる保証はありません。
 倒して、止めて下さい。

 同じくキジンであるジーベル・トルクと、オズワード侯の息女シェルミーネ・グラークが、ゲンフェノムの眼前にいます。
 シェルミーネはオズワードを、ジーベルはシェルミーネを、必ず味方ガードします。ただ両者とも、ゲンフェノムに攻撃を加える事は出来ません。

 ゲンフェノムの攻撃手段は、怪力による白兵戦(攻近、単または範)、瘴気の砲撃(魔遠、範または全。BSウィーク3)。

 シェルミーネは一応オラクルの軽戦士ですが、今回の相手に対しては完全に戦力外です。皆様の指示には従ってくれるでしょう。

 ジーベルの方は、心情的に戦う事も逃げる事も出来ない状態です。退避させるにせよ共に戦わせるにせよ、指示に従わせるには説得が必要となるでしょう。
 放っておいても戦いの邪魔にはなりませんが、その場合、最終的に自分なりの考えに行き着いて何かをするかも知れません。
 彼は、格闘戦(攻近単)及び銃撃(攻遠単)で戦います。

 場所は庭園、時間帯は真昼。

 ゲンフェノム・トルクは、機械部分も生身の部分も限界に達しておりますので、倒して浄化しても遠からず死亡します。あるいは、この戦いで死ぬかも知れません。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年07月15日

†メイン参加者 8人†




 いくつもの砲身が、まるで翼の如く背部から広がっている。
 死と破壊の翼だ、と『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は思った。
 領主オズワード・グラーク侯爵の城館。その壊れた壁から、神経質そうな1人の男が顔を出している。その顔が、青ざめている。
「あ、あれは……」
「ちょっと、リノックさん」
 詰め寄ったのは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)である。
「イブリース化で、形が変わっちゃう事はありますけど……あれ、違いますよね。元からの武装ですよね」
「は、はい。ただその、やはり我々の財力では実弾を用意する事が出来ず」
 リノック・ハザンが言った。
「……よもや、このような形で日の目を見る事に」
「大砲……付けてみたかったんだね。まったくもう」
 カノンは苦笑した。
 ゲンフェノムの背負った翼の如き大砲たちは、今や実弾を必要としていなかった。ほぼ無尽蔵の瘴気が、砲弾として装填されている。
 リノックたちには、避難してもらうしかない。
 壁の内側を、カノンは覗き込んだ。
 リノックら技術者7名の他に、キジンが1人。寝台に横たえられたまま、怯えている。安静が必要な状態であるようだ。
「逃げて欲しいとこだけど、動かせない人がいるのか……」
「お任せを」
 いつの間にか『魔剣聖』クレヴァニール・シルヴァネール(CL3000513)が、そこにいた。
「この方々は、私が守り通します」
「頼みますよ。それじゃカノンさん、行きましょうか!」
「おっけ!」
 エルシーとカノンは、共に駆け出し、踏み込んで行った。まるで2頭の、地を駆ける獣のように。
 エルシーの鋭利な五指が、カノンの愛らしい指先が、獣の牙となった。
 そして左右から、ゲンフェノムの巨体に突き刺さる。
 獣の咆哮、そのものの気の奔流が、両者の掌から迸った。
 よろめくゲンフェノムから、カノンもエルシーも即座に距離を取った。
 手応えで、わかる。
 この怪物の機体内では、注ぎ込まれた気の奔流を押し返すほどの瘴気が満ち渦巻いている。
 そんな怪物と今まで対峙していた1人のキジンが、言った。
「……あなた方か」
「迷惑でも来るよ、ジーベル」
 カノンは応えた。
 エルシーは無言で、ジーベル・トルクの肩装甲を軽く叩いた。そして彼が今まで背後に庇っていた一組の親子に、言葉をかける。
「シェルミーネさん。お父様と一緒に、安全な所まで下がって」
「エルシー……あなたたち……」
 領主令嬢シェルミーネ・グラークには、声を発する気力がある。
 領主本人たるオズワード・グラーク侯爵は、ただ怯えるだけだ。
 グラーク父子の盾となる形に、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が進み出る。
「この場は、俺たちが引き受ける……!」
 その機体が、蒸気を噴射しながらゲンフェノムにぶつかって行く。
 イブリース化を遂げた巨大なる機体に、アームバンカーが打ち込まれた。
 微かに揺らぎつつ、ゲンフェノムは言った。
「守る……か。お前たち自由騎士団は、やはり……守るのだな」
 翼の形を成す砲身が、轟音を発した。
 瘴気の砲撃が、自由騎士団を強襲していた。
 自分の身体が粉々に砕け散った、とカノンは錯覚した。
 カノン1人ではない。エルシーが、アデルが、それに天哉熾 ハル(CL3000678)と『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が、瘴気の爆撃に薙ぎ払われ、倒れてゆく。
 声がした。
「……無論……守るとも……」
 血まみれの顔で、『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)が微笑んでいる。『水底に揺れる』ルエ・アイドクレース(CL3000673)と、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)を、背後に庇いながらだ。
 計3人分の痛手を一身に受けたアダムは、しかし倒れず、片膝をついている。
 ゲンフェノムが呻いた。
「うぬ……出力が……?」
「……当然。こんなものを、まともに貰ってはたまらない」
 マグノリアが、たおやかな片手をかざしている。
「ゲンフェノム・トルク。君の力は今、半減している……それでも、この威力か……」
 マグノリアによる『劣化』の術式。
 それがなかったら自分は、錯覚ではなく本当に砕け散っていた。
 思いながらカノンは、よろよろと立ち上がった。
 よろめく全身が、淡く白い光をまとっている。カノンだけでなく、この場の自由騎士全員がだ。
 同じくマグノリアによる、癒しの術式であった。ちぎれ飛んだかと錯覚するほど力の入らなかった手足で、少しずつ力が蘇ってゆく。
 ルエが言った。
「アダム……俺たちを守るために、無茶をしたらダメだ」
「守るさ……」
 淡く白い癒しの輝きに包まれたまま、アダムは立ち上がった。
「守るために、戦う。己の道を往くために……そうだろう? ジーベルさん」
 立ち尽くしたまま、ジーベルは答えない。
 自由騎士8名全員で、瘴気の砲撃からジーベルを守った、ような形でもある。
 テオドールも、立ち上がっていた。
「ゲンフェノム・トルク伯爵。貴卿は、御子息の運命を……形はどうあれ、未来へと繋げたのだ」
 立ち上がりながら、白い呪いの短剣を引き抜き、己を斬る。そう見えた。
 呪いの斬撃が、術者の肉体を門・通路として、ゲンフェノムへと至っていた。巨大な機体が、鮮血の如く火花と瘴気を噴出させ、揺らぐ。
「それに応えて欲しい……と、私は切に願う。ジーベル・トルク卿」
「私は……」
 言いかけ口ごもったジーベルに、
「見ての通り俺たちは今、あんたの親父さんを攻撃している」
 語りかけながらルエが、氷の魔剣を一閃させた。
「親父さんを……守りたい、だろうなあ。あんたの中には今、俺たちと戦うって選択肢もあるはずだ。それを選ばれると困る、とは言っておく」
 その一閃が、空中に黒い弧を描き残す。闇の、新月形。
 それが発射され、ゲンフェノムを直撃する。
 硬直するゲンフェノムを、さらなる斬撃が襲った。
 空間を切り裂き、その裂け目に対象を叩き落とすかのような斬撃だった。
 硬直したまま、ゲンフェノムは微動だにせず、ただ血飛沫の如く瘴気を噴いた。身体は、そこに残っている。だが魂は空間の裂け目に、どこか得体の知れぬ奈落へと叩き落とされてしまったのではないか、とカノンは思った。
「……ねぇ、ギラギラ君」
 ハルの斬撃だった。
「アナタがねえ、お父さん思いのイイ子なのは充分、知ってるワケよアタシたち。どうなの? 最後までイイ子を押し通す?」
 立ち竦むジーベルに向かって、ハルが微笑む。白く鋭い牙が光る。
「それとも……反抗期、いってみる?」
 カノンの両親は、事故で亡くなった。その時、カノンはそこにいなかった。
 父母の、最後の言葉を、最後の思いを、カノンは知る事が出来なかった。
 そんな個人的事情を重ねられたところで、ジーベルにとっては迷惑なだけであろう、とカノンは思う。
 マグノリアが言った。
「ジーベル。僕たちは君に、何かを強いる事は出来ない。ただ……」
 硬直していたゲンフェノムの巨体が、ゆらりと動き始めている。
 油断なく見据え、マグノリアは続ける。
「君は……これまで『ゲンフェノム・トルク』を名乗り、演じてきた。だけど今、真のゲンフェノムがそこにいる……彼の息子ジーベルに戻り、父親と向かい合う、これが恐らく最後の機会となるだろう。彼は……」
 一瞬だけ、マグノリアは躊躇ったようだ。
「……もう、保たない」
「君にとって、すごく辛い事になると思う。でも」
 迷惑を、カノンは押し通す事にした。
「……カノンは、戦って欲しいと思う。君に、お父さんと」
 拳を、握っていた。
 自分は、拳士とは、救いようもなく愚かな生き物だ、とカノンは思う。
「拳で、語り合う……バカだよね。それしか、想いを伝え合う方法がないなんて」
「……想いなど、必要ない」
 ゲンフェノムが言った。奈落に落ちた魂が、戻って来ている。
「見ての通り私は、おぞましきイブリース……ジーベルの父、などではない……」
「違う! 貴方は、ジーベル・トルクの父親だ。立派な父だ」
 血を吐きながら、アダムが吼える。
「僕は……守るべきものを、また1つ見出したぞ。それは、親子の絆!」


 金属成分を大量に含んだ隕石が、飛び回っている。
 例えるならば、それがゲンフェノム・トルクの拳であった。
 エルシーが、アデルが、カノンが、隕石の直撃を喰らい倒れている。
 マグノリアがよろめき、倒れそうになってテオドールに支えられる。テオドールも、肩で息をしている。
「うむ……回復が、追い付かぬ。こちらが与える呪縛や麻痺からも、ことごとく立ち直られてしまう……恐るべし」
「これが……父親……」
 アダムは片膝をついていた。
 血まみれである。装甲の各所も痛々しく凹み、蒸気が漏れ溢れている。
 そんな身体に、ルエはもたれかかっていた。自力で立てない。
 ハルも、倒れている。
 全員を踏み潰すべく、ゲンフェノムが迫り来る。地響きを立て、巨大な全身から瘴気を噴射しながらだ。
 アダムが両腕を広げ、よろよろと立ち上がり、それを身体で止めようとする。
 銃声が轟いた。
 ゲンフェノムが、全身から火花を噴いて突進を止める。
「そんな有り様でも……貴方がたは、他者を守る事をやめようとしないのだな。自由騎士団」
 ジーベルが、アダムを背後に庇って立つ。構えた大型ハンドガンから、硝煙が立ちのぼっている。
 キジンの父子が、対峙した、
「……そうだ、それで良い」
 ゲンフェノムが、踏み込んで来る。その巨大な全身あちこちが、銃撃を打ち込まれて火花を散らす。
 ジーベルが、またしても引き金を引いていた。
 だが、ゲンフェノムの拳は止まらない。
 隕石の如き一撃を喰らい、グシャリと吹っ飛びながら、ジーベルは呻く。
「父上……貴方は……」
 吹っ飛んだ機体が、地面に激突する。
「……自力で、這う事すら出来ない肉塊に……一体、何を託そうとしたのです……」
 弱々しく立ち上がり、揺らぎ、倒れそうになったジーベルを、背後から支えた者がいる。
「……今のお前は、自力で立ち、歩き、戦う事も出来る」
 アデルだった。
「俺たちは、お前に……自分勝手な思いを、押し付けている。そんなものに左右されず、お前は……己の意志で、戦場に立った。俺たちを、助けるためにな」
「……別に、あなた方を助けるつもりなど」
「私たちから見ればね、助けてもらったって事にしかならないんですよ!」
 エルシーが立ち上がり、血まみれのまま駆け出していた。手負いの獣のようにだ。
 気の輝きをまとう両手の五指が、猛獣の牙となってゲンフェノムに突き刺さる。
「ゲンフェノム様……貴方は、立派な父親だと思います」
 エルシーの言葉に合わせ、気の光が迸り、獣王の咆哮となった。
「ジーベルさんも、立派な御子息です……だから並び立たず、なんですね。ぶつかり合わずには、いられない!」
 ゲンフェノムの巨体が、へし曲がりながら吹っ飛んだ。
「それは、見ていて辛いです……シェルミーネさんのところを見習って下さいよ。立派なお子さんがダメダメな親御を守ってあげる、その方が上手くいくと思いませんか。親子で戦うなんて……やっぱり、駄目です」
「貴様たちは……」
 吹っ飛んだゲンフェノムが、辛うじて倒れず踏みとどまる。
「……親子というものに、どうやら幻想を抱いているようだな」
「絶対幻想、ぜつ☆げん! ですよ。私、親がいないもので」
「俺もさ……」
 言いつつ、ルエも無理矢理に立ち上がり、半ばよろめくように踏み込んでいた。
「だから……ジーベル! このくらいに、しておいてくれ。殺し合いなんか、させない」
 死にかけの細い全身に、捻りを加えてゆく。その捻りが、氷の魔剣に伝播してゆく。
 螺旋の刺突が、ゲンフェノムを穿った。手応えを握り締めながら、ルエは叫ぶ。
「なあゲンフェノム。ジーベルはな、あんたの罪をしょいこもうとしてるんだぞ! その上、父親殺しの罪まで押し付けようってのか!」
 その罪は、自分たちが引き受ける……と口に出して言う事はなく、ルエは剣を引き抜き飛びすさった。
 ゲンフェノムの装甲にルエが残した、螺旋状の穿痕。そこに間髪入れず、凄まじい爆撃が撃ち込まれる。
 アデルの、ジョルトランサーだった。
「ジーベル……お前の言う通り、俺たちキジンは生まれながらに背負っている」
 爆発が、ゲンフェノムの装甲を何枚か吹っ飛ばしていた。巨大な機体が、爆炎と瘴気を噴出させながら膝をつく。
 アデルが、爆発に押し戻されて踏みとどまる。そして呟く。
「……重いな、本当に」
「重荷……などと、感じてはならん。悦んでみろ、その機械の身体を……」
 ゲンフェノムは立ち上がった。
「……狂ってみろ……私のように……」
「貴方が……狂ってなど、いるものかああああっ!」
 アダムの、満身創痍と言うべき機体が、蒸気を噴きながらゲンフェノムにぶつかって行く。
「ゲンフェノム・トルク! 貴方は狂気に逃げ込もうとしているだけだ。だが狂う事も出来ず、苦しんでいるだけだ! そんな事をして何になる!?」
「そう……アナタに出来る事はね、反抗期のお子さんときっちり向かい合って、受け止める。それだけよ」
 屍の如く倒れていたハルが、いつの間にかゲンフェノムの傍らにいた。
 装甲の剥離した部分に、倭刀が突き刺さっている。
 突き刺さった刃が、ゲンフェノムの体内から何かを吸い出している。刀身から柄へ、ハルの優美かつ強靭な両手へと、その何かが流入してゆく。
「……アナタ、色々と濃過ぎるわね。ちょっと胸焼けしそう……」
 ハルは倭刀を引き抜き、よろめいて後退し、ジーベルにぶつかって止まった。
「……いいじゃない、ギラギラ君。お父さんに反抗しながら、お父さんを助ける。イイ子とやんちゃっ子、両方を選ぶってワケね」
「何を……選べと言うのだ、私に……」
 ハルを抱き支えるようにしながら、ジーベルは呻く。
「自分で選ぶ……自力で、立つ……これほどまでに、過酷な事であったのか……私は……」
「肝心な部分がまだ、自力で動けぬ不完全な肉塊のまま……とでも思っているのかな、ジーベル・トルク」
 言葉と共にマグノリアが、目に見えぬ弓を引き、目に見えぬ矢の雨を降らせていた。
 癒しの力が、矢となったものだ。
「……それでいい。不完全ながら這いずり、足掻く様を、僕に見せておくれよ。君がどこかへ辿り着くまで、僕はずっと見ていたいな」
 最後の魔力を、マグノリアは搾り出したのだろう。その微笑みは、苦しげである。
 最後の治療回復を施された自由騎士たちが、ゲンフェノムと対峙する。
 同じく最後の力を、満身創痍の機体に漲らせているゲンフェノムに、マグノリアは語りかけていた。
「……ゲンフェノム・トルク、君は1人のキジンをこの世にもたらした。彼を作り上げた技術は……まごう事なき財産である、と僕は思うよ。これからも世の人々を救い得る財産……ジーベル、苦しみ足掻きながらでいい。それを、受け継いではみないか」


 破壊の翼が、またしても開いた。瘴気の砲撃が迸ろうとしている。
 寸前、テオドールは弓を引いた。存在しない弓。
 放たれたのは、呪力の矢である。
 不可視の矢が、砲身を全て粉砕していた。
「今……ッッ!」
 カノンが狼の如く駆け、そして蛙のように跳躍した。
 鐘の音が鳴り響き、真紅の光が飛散する。浄化の光。
「終わった……か」
 ゲンフェノムの巨体が、カノンの拳にへし曲げられて倒れ伏す、その様を見やりながらテオドールは呟いた。
「汚れ役を……カノン嬢に押しつけてしまったか」
「死なせやしない、起きろ!」
 ルエが叫び、ゲンフェノムの巨大な上体を細腕で抱き起こす。
「なあゲンフェノム。あんた、いい加減にしろよ? 戦えだの何だの、そんなのよりジーベルに言ってやるべき言葉があるだろ!」
 ルエの魂の一部が、ゲンフェノムの死せる機体に注入された……と見えたのは、テオドールの錯覚であろうか。
「……面倒事が1つ、残っちゃたわね」
 ハルが言った。
「あのオズワード侯爵……何事もなく、領主サマのまま? ちょっと嫌ねえ、それは。せめて1発ぶちのめして」
「やめなさい」
 テオドールは止めた。
「オズワード侯は……言うならば今回、ただイブリースに襲われただけだ。領主としての進退にまで話を及ばせるのは、難しかろうな」
「辛い思いをするのはね、シェルミーネよ。それに、あのギラギラ君……」
 倒れたゲンフェノムの傍らでジーベルが膝をつく、その様を眺めながらハルが言う。
「親御さんのやらかしを、子供が背負う……大変よね。あっと、ごめんなさいテオドール伯爵。アナタも親御さんだったかしら?」
「いや、まだ子はおらぬ。が……」
 テオドールは思う。愛する妻が、自力で這う事も出来ぬ赤ん坊を産んだとしたら。
「私を……」
 微かに、だが確かに、ゲンフェノムは言葉を発した。
「……殺しては、くれんのか……」
 生きている。
 ゲンフェノム・トルクは、今やイブリースではない。余命いくばくもない、1人のキジンとして、生き残ったのだ。
 安堵の息をごまかしながら、テオドールは告げた。
「生き恥を晒す、それが貴卿に下された裁きであるはずだ。ゲンフェノム・トルク卿」
 マグノリアが、ゲンフェノムに魔導医療の光を振りかけている。それで傷は治るであろう。
 だが、と思いつつテオドールは言った。
「今後、貴卿がどれほど生きられるのかは知らぬ。その僅かな時を……どうか御子息と共に過ごして欲しい、と思う」
「語り合え。悔いを、残すな」
 アデルが、ジーベルの背中を軽く叩いた。
 テオドールは、もう1つ、言った。
「ゲンフェノム・トルク……貴卿は、私かも知れぬ……」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済