MagiaSteam
【狂機人間】支配者と侵略者




 村人らが、用心棒を雇って自警団とする。
 それは、つまり官憲が、国が、信用されていないという事だ。
 仕方があるまい、と民政官ネリオ・グラークは思うしかなかった。
 長らく続いたシャンバラ皇国という体制が失われ、イ・ラプセルがそれに代わったばかりである。
 イ・ラプセルは、言ってみれば侵略者だ。
 しかも、これまで神の恩恵で生きてきた民に、自力の労働を強いてくる。
 信用し、全て委ねろと言うのが、どだい無理な話であった。
「何も、無法な事はしておりませんよ」
 自警団の統率者ジェローム・ギスタは一見、穏和な青年で、配下の自警団員は見るからに屈強な男ばかりである。
「とは言え、お疑いは至極当然。村を守る自警団が、そのまま村1つを食い物とする賊徒の類に変じてしまうのは、よくある事です」
「貴方がたは、そうではない……と、信じたいな」
 言いつつネリオは、村の風景を見渡した。
 人々が、農作業に勤しんでいる。
 シャンバラの民も、普通に労働をしてくれるようになった。
 労働環境を整えるための先行投資は、イ・ラプセル側から行われた。それを税という形で回収するには、しかし今少し時が必要か。
 回収に踏み切るタイミングを見極めるため、ネリオは旧シャンバラ各地を見回っていた。
 普段、護衛をしてくれているガロム・ザグが今はいない。別の場所でイブリースの出現が確認され、彼はそちらへ向かっているのだ。
 ガロムの代わりの如く、自警団員たちがネリオを護衛してくれている。ジェロームを含めて8人。道行く村人と、気軽に挨拶を交わしたりもしている。
 村人たちとの関係は良好、に見える。
 ネリオは訊いた。
「貴方がたは……オラクル、ですね?」
「お恥ずかしい。自由騎士団に入る事も出来ず……傭兵、と言うか何でも屋の集団として、さすらっておりました」
 ジェロームが笑う。
「この村の人たちが、少しばかり難儀をしておりましてね」
「……シャンバラ皇国の残党が、各地で賊徒と化している」
 その賊徒が、このような村をも襲う。
 ガロムが、徴税やイブリース退治と並行し、それら賊徒を随分と討伐してくれた。だが当然、彼1人で出来る事には限界がある。
「この村を賊徒から守ってくれたのは、貴方たちですね」
 ネリオは言った。
「……お恥ずかしいのは我々の方ですよ。本来ならば、イ・ラプセル総督府がやらなければならないところ」
「イ・ラプセルの方々は、この国を悪しき神から解放なさった。充分な偉業だと思いますよ。細かな事は、私たちのような者にお任せ下さればよろしい」
 ジェロームの笑みは、穏和である。穏和さで何かを隠しているのではないか、とネリオは感じてしまう。
 村はずれの森に、達していた。
「とにかく民政官殿、この村に関しては心配ご無用という事です。我々が、守りを引き受けておりますから」
「村長はじめ、村の主だった方々は……貴方がたを、すっかり信用しているようですね」
 思う事を、ネリオは口にした。
「僕のような総督府関係者への応対まで、貴方がた自警団に一任してしまう……今や、この村そのものを支配している、に等しいのではないですか? ジェローム殿は」
「支配などと」
「今……このような村や町が、ここ旧シャンバラ領内で増えつつある。雇われ用心棒のような形で入り込んだ者たちが、住民を懐柔し、いつの間にか支配者のような立場にいる」
 イ・ラプセルは急ぎ過ぎている、とネリオは思う。
 本来ならば数年かけて旧シャンバラの統治体制を固めるべきところ、固まらぬうちにヘルメリアをも攻め滅ぼし、ヴィスマルクやパノプティコンにまで手を出そうとしているのだ。
 神の蠱毒の期限が迫っている、らしいにしても、性急に手を広げ過ぎではないのか。
「支配地の体制固めが、今ひとつ進まない……イ・ラプセルのそんな現状につけ込んだ、巧みなやり方だと思うよ」
 黙るべきだ、とネリオは思った。
 黙る事が出来ない。それが、自分の欠点なのだ。
「戦略の進め方においては、イ・ラプセルの上をゆくかも知れないね……君たち、ヴィスマルク軍は」
「……ネリオ・グラーク男爵。イ・ラプセルにも、貴方のような知恵者がいる」
 穏和さの下にあるものを、ジェロームは剥き出しにしていた。
「惜しいかな。その知恵で暴き出したものを、胸の内に秘めてはおけない、という欠点をお持ちのようだ」
「……まさしく欠点さ。またやってしまった、と僕は今とてつもなく後悔している」
 隠し事を見抜き、自慢げに語ってしまう。
 こういうところが、父オズワード・グラークにも嫌われていたものだ。妹シェルミーネからは、改めるよう口うるさく注意された。
 自警団員……として村に溶け込みつつあったヴィスマルク軍兵士たちが、ネリオを取り囲んでいる。
 自分は殺されるのだ、とネリオは思った。悪癖が、死ぬまで治らなかった。
 地面が、揺れた。
 大量の土が噴出し、木々が倒れてゆく。腐臭が、どんよりと漂い始める。
 腐りかけた巨大なものが、地中から出現していた。
「ほう……イブリースか」
 ジェロームが片手を上げ、兵士たちを後退させる。
 ネリオ1人が、イブリースの眼前に取り残された。
 シャンバラ各地に投棄された、聖獣の屍。
 今ガロムが戦っている相手も、これの同種だ。
「ふふ、これはいい。総督府の役人を始末する、という危険を冒さずに済む」
 ジェロームが笑う。穏和さは、残っていなくもない。
「安心なさいネリオ男爵。我らは村を守る自警団、そのイブリースは必ず斃します。貴方が殺された後で、ね」
 イブリースが、地響きを立ててネリオに迫る。巨大な鉤爪を振り上げながら。
「勇敢なる民政官殿は、村を守るため身の危険も顧みずイブリースに挑み、犠牲となられた……そのようなお話に仕上げてあげましょう。総督府とは良好な関係を保ってゆかねばなりませんからね」
 自分が死ねば確かに、総督府の高官たちは大喜びであろう、とネリオは思う。思いつつ、イブリースの鉤爪を呆然と見つめる。あれが、一瞬後には自分を引き裂き叩き潰す。
 銃声が、嵐のように轟いた。
 イブリースの巨体が、腐肉の飛沫を散らせて揺らぐ。鉤爪が、あらぬ方向を薙ぐ。
「……捜したぞ、民政官ネリオ・グラーク男爵」
 工芸品の如く流麗な甲冑姿が、木陰に佇んでいた。その手に握られた大型銃が、硝煙を立ちのぼらせる。
「私は、貴方を……殺さなければならない」
「……それなら、もう少し正確に狙わないと」
 ネリオは言った。
 ジェロームが、顎に片手を当てる。
「キジン……か。ふむ、なかなかの高性能。だが軍用の蒸気鎧装とは何かが違うような」
「消え失せろ」
 言葉と共に、そのキジンが進み出て来る。生身としか思えない、滑らかな歩調。
 銃撃の1つ2つが致命傷となるはずもないイブリースの巨体が、小刻みに瘴気を噴射しながらネリオに迫る。
 それを、キジンが阻んだ。
 ネリオを背後に庇い、巨大なイブリースに銃口を向けながら、そのキジンは言った。
「ネリオ・グラークは私の標的……手出しは、させない」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
2.ヴィスマルク兵(8人)の撃破。生死不問。
3.民政官ネリオ・グラークの生存
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ【狂機人間】全5話中、第4話であります。

 旧シャンバラ領内。とある村のはずれの森で、イ・ラプセル総督府民政官ネリオ・グラークが、ヴィスマルク軍兵士8人及びイブリース1体に殺されそうになっております。助けてあげて下さい。


 ヴィスマルク兵8人の内訳は以下の通り。

●ジェローム・ギスター(後衛)
 ノウブル、男、24歳。魔導士スタイル。『緋文字LV3』『ユピテルゲイヂLV2』を使用。

●ガンナー(3名、後衛) 『ヘッドショットLV2』『ダブルシェルLV2』を使用。

●重戦士(2名、前衛) 『バッシュLV2』『オーバーブラストLV2』を使用。

●格闘士(2名、前衛) 『震撃LV2』『影狼LV2』を使用。


 イブリースの攻撃手段は鉤爪(攻近単)、瘴気の噴射(魔遠範、BSパラライズ2)。


 現場には銃使いのキジンが1人いて、要救助者であるネリオ・グラークを庇い、イブリースと対峙しています。
 この両名がヴィスマルク軍とイブリースに挟撃されている形となっており、そこへ自由騎士の皆様に突入していただく事になります。
 このキジンは、ネリオを常に味方ガードします。

 ヴィスマルク軍にとってネリオは殺害対象ですが、イブリースが健在の間は積極的にそれを実行しようとはしません。ネリオがイブリースに殺されてくれるのが、彼らにとって最良であるからです。

 ネリオを戦闘区域から避難させるには、どなたかに1ターンを消費していただかなければなりませんが、頼めばキジンが引き受けてくれるでしょう。戦闘が完全に終了するまでは、彼がネリオに危害を加える事はありません。

 ただし、このキジンにとってもネリオは殺害目標です。思いとどまらせるためには、説得か戦闘が必要になるでしょう。
 このキジンは格闘戦(攻近単)及び銃撃(攻遠単または範)で攻撃を行います。ヴィスマルク軍とイブリース、双方が戦闘不能となるまでは皆様の指示に従ってくれます。

 場所は森林地帯。時間帯は真昼。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年07月02日

†メイン参加者 8人†




「お見事」
 まずは『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が言った。
「戦争だもんね。こういうやり方、ありだと思うよ。結果的にだけど人助けにもなってるワケだし」
「そう……結果だ」
 8人のヴィスマルク軍人を、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は見据えた。
 こちら自由騎士団側が引き連れて来た盾兵や装甲歩兵の部隊が、猛然と整然と雪崩れ込み、ヴィスマルク軍と要救助者とを分断してゆく。
 要救助者……総督府民政官ネリオ・グラーク男爵。
 彼を、マグノリアは一瞥した。
「僕は……ネリオ・グラーク、君の救助をいくらか遅らせようかとも考えていたのさ。君には若干、負傷してもらった方が良いと。この地にヴィスマルク軍が入り込んでいる事実を、人々に広く知らしめるためにね」
「悪くない手だ、と思う」
 ヴィスマルク軍の指揮官、ジェローム・ギスタが褒めてくれた。
 彼らによって命を狙われていたネリオ男爵は、今や盾兵たちの分厚い警護の中に隔離されている。
 装甲歩兵部隊が、ヴィスマルク兵たちをそちらへ行かせまいとしている。
 現時点では無理にネリオの命を狙おうとはせず、ジェロームは言った。
「……何故、それをしない?」
「思い直したからさ。君たちの正体がヴィスマルク軍である、と大いに喧伝したところで……それが、この地の民衆にとって、どれほどの意味があるものか」
「民は……自分たちを守ってくれる支配者でありさえすれば、それがイ・ラプセルであろうとヴィスマルクであろうと構いはするまいよ」
 黒き杖を重々しく構えながら、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が言った。
「まさしくカノン嬢の言う通り……見事と言うしかない。何しろ貴卿らは、民を守っているのだからな。我らイ・ラプセルの出る幕ではない、とは言える。それはそれとして、ネリオ・グラーク卿の身柄はこちらで引き取らせていただこう」
「民を守る、という結果さえ伴っていれば……いずれ、この地は君たちヴィスマルク帝国に、血を流す事なく併呑されてしまうかも知れない」
「それが理想。だが今はまだ、余計な騒ぎ方をされては困る段階でな」
 マグノリアの言葉に、ジェロームが応える。
 そして『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)が言う。
「だからネリオ男爵の命を狙う、か……させはしないぞ、ヴィスマルクの戦人たちよ」
 名乗りの大音声が、響き渡った。
「我が名は騎士アダム・クランプトン! 誇りある者は前に出よ! 誇りなき者は去れ!」
「……このような所にまで、来てしまうのだな。貴方がたは」
 今までネリオ男爵の護衛をしていた1人のキジンが、言った。
 名工の手による全身甲冑のような、流麗なる機体。銃を構え、巨大なものと対峙している。
 イブリースであった。
 形だけ見れば、まるでヴィスマルク軍と共闘しているかのようである。
「ゲンフェノム……じゃない、ジーベルさん。よね?」
 キジンの肩を、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が軽く叩く。
「私たちも共闘といきましょう。積もる話は後」
「話す事など……」
「いっぱいありますよ。だけど、まずは……お話と無関係な方々に、退場していただくとしましょうか!」
 エルシーは修道服を脱ぎ捨てた。刺激的なバトルコスチューム姿が、気合いを発散させながら露わになる。
 自身がジーベル・トルクである事を否定しないキジンと、エルシーが手を組んでイブリースに当たる格好となった。
「こちらは、こちらで状況開始といこうか。まずは正面の敵を制圧する」
 言葉と共に『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が、全身の装甲から蒸気を噴出させる。
 出力制限を解除しての突進が、ヴィスマルク軍の前衛を直撃した。
 カノンがそれに続いた。小さな身体が旋風と化し、あまり長くはない両脚が激しく一閃してヴィスマルク兵たちを薙ぎ払った。
 その間マグノリアは、片手で拳銃を作っていた。人差し指をジェロームに向ける。
 繊細な指先で、強毒性の炸薬が調合されてゆく。
 ジェロームの方は、空中に炎の文字を書き綴っている。
 双方、同時に放たれていた。
 毒の炸薬がジェロームを直撃し、炎の文字がマグノリアの細身を灼く。
「ぐっ……!」
 マグノリアが耐えている間、ジェロームも燃え盛る毒に苦しみよろめく。
 ヴィスマルク軍前衛が、ジェロームを護衛する形で反撃を開始していた。手甲まとう拳を、重い戦斧の一撃を、叩き付けて来る。
 その全てを、アダムが受けた。全身で跳ね返していた。
 ヴィスマルク兵たちが、ことごとく吹っ飛んで行く。
「修羅よ……万象を破れ……」
 よろめき、踏みとどまりながら、アダムが言い放つ。
「我が身は不動の盾、何人たりとも破る事は出来ない!」
 反応したかの如く、後衛のヴィスマルク兵たちが小銃をぶっ放す。
 その銃撃を、アデルが受けた。アダムを庇った、ようにも見えてしまう。
「アデル……君は……」
「俺も、ある程度は喰らわんとエンジンがかからん体質でな。独り占めはさせん」
「エンジンかかる前に壊れちゃったら意味ないぞ!」
 叫び、踏み込んで行った『水底に揺れる』ルエ・アイドクレース(CL3000673)が、黒く燃え上がる剣を一閃させた。暗黒色の炎。
 黒炎の斬撃に灼かれるヴィスマルク軍を、続いて白き氷の荊が襲う。
「炎に斬られ、氷に縛られる……この寒暖差、貴卿らの身体に悪かろう。体調を崩す前に降服すべきと思うが、如何に」
 テオドールが、厳しい儀式の手つきで杖を操り、氷の荊を制御している。凍て付く拘束が、ヴィスマルク兵たちを切りさいなんでゆく。
 そこへ、天哉熾ハル(CL3000678)が容赦なく斬りかかって行った。
「トロメーアから、ジュデッカへ……ふふっ。終焉の奈落に、転げ落ちて行くといいわ」
 空間を切り裂き、その裂け目に全ての敵を叩き落とすかのような斬撃。
 一連の攻撃に、しかしヴィスマルク兵たちは耐え抜いた。絡み付く氷の荊を引きちぎるようにして、反撃を繰り出して来る。
「……手強い、ね」
 マグノリアは、魔導医療の準備に入った。いくらか長期戦になる。回復力の地道な底上げから、始めたほうが良い。
 敵は、精兵である。
 認めるしかない、とマグノリアは思った。
 最初の敗戦から今まで。イ・ラプセルがシャンバラやヘルメリアと戦っている間も、ずっと。
 ヴィスマルク帝国は、力を鍛え蓄え続けてきたのだ。


 銃声が、まるで悲鳴か慟哭のように響き渡った。
 襲い来るイブリースの牙をかいくぐり、時にはかわしきれず浅手を負いながら、ジーベル・トルクは大型ハンドガンをぶっ放す。銃撃を、近距離からイブリースに撃ち込み続ける。
 戦わずにはいられないのだろう、とハルは思った。
 現実逃避に近い戦いだ、とも思う。
「ま、それが悪いわけじゃないけれど」
 大柄なヴィスマルク兵が、戦斧を叩きつけて来る。
 ハルは倭刀を一閃させ、その戦斧を弾き飛ばした。
 立ちすくむヴィスマルク兵の首筋に、切っ先を突き付ける。
 獣の咆哮が聞こえた。エルシーの叫びと共にだ。
「無茶はダメですよ、ジーベルさん!」
 よろめいたジーベルを庇うように踏み込んだエルシーが、両手の五指を牙にしてイブリースに突き刺し、咆哮そのものの気の波動を迸らせたところである。
 へし曲がったイブリースが、即座に口吻を伸ばして反撃を繰り出す。エルシーの力強い太股に、牙が突き刺さる。
「うっぐ……ま、まだ! こんなもので私の美脚を食いちぎろうなんて甘いですよ。絶対美脚、ぜつ☆きゃく! ですよッ!」
 獣王の咆哮が、イブリースの巨体をなおも圧し曲げ、小刻みに破裂させる。汚らしい体液の飛沫が散る。
「ちょっとねえ、アレを美味しくいただこうって気にはなれないから」
 ハルは、眼前で立ちすくむヴィスマルク兵の首筋にキスをした。美しい牙が、強固な筋肉を穿つ。
 溢れ出す鮮血を、ハルは啜り飲んで己の体内に流し込んだ。いくらか消耗していた力が、回復してゆく。
 大柄なヴィスマルク兵が、弱々しい悲鳴を引きずりながら揺らぎ、よろめき、そしてカノンの蹴りに巻き込まれた。
「ハル姉さんは知ってるかな。イブリースの血ってね、見た目ほどマズくないんだよっ」
「うーん。まあ今は、他に美味しそうな血がいくらでもあるし」
 カノンが吹かせる蹴りの旋風に運ばれてゆくヴィスマルク兵たちを、ハルは追った。魂魄捕食の邪気を倭刀にまとわせ、斬りかかって行った。
 鍛え抜かれた精兵たちの命を、もっともっと味わい尽くしたい。血まみれの唇を、ハルは舐めた。


 マグノリアが、よくわからぬ事をした。
 ルエの目には「よくわからぬ事」としか映らない。
 ともかく、ヴィスマルク兵たちが血飛沫を噴いた。紫色の鮮血。どうやら猛毒に冒されている。
 マグノリアのその秘術に、ルエは自分の剣技を合わせていった。敵を終焉の奈落へと誘う技。
 自分では、まだ使いこなしているとは言えない。それでも、いくらかの痛撃にはなったようだ。
 そして、破壊の嵐が吹き荒れた。
 アダムが、大量の空薬莢を噴射している。
 銃撃の暴風が、ヴィスマルク軍とイブリースを差別なく薙ぎ払っていた。
 砕け散りかけたイブリースに向かって、カノンが駆け出す。
「君たちの事……この国の人たちも、いつか気付いてくれると思うから……だから」
 小さな拳が、紅い光を宿す。
「哀れなる魂よ、今は! 塵へと還れ!」
 天を衝く跳躍。
 紅く燃え輝く拳が、イブリースを粉砕しつつ浄化した。
 ヴィスマルク軍は、指揮官ジェローム以外の全員が倒れ伏して動かない。
 後ずさりをしながら、ジェロームは杖を振るった。
 重力の嵐が、自由騎士団を襲った。
「ぐっ……うぅ……」
 ルエは打ち倒され、動けなくなった。
 だがアデルとエルシーは、無理矢理に動いてゆく。
「ジェローム・ギスタ……大将首、貰い受けるぞ」
 アデルが、全身から蒸気を噴出させる。
「美男子ミスター・ジェローム。その綺麗な人相、変わらないうちに降服する事をお勧めしますよ」
 エルシーが、拳を鳴らす。
 ジェロームが、後ずさりを逃走に変えようとしている。
「ひ……っ……」
「……逃がしはせぬよ」
 ジェロームの身体に絡み付く氷の荊が、テオドールの言葉に合わせて拘束を強めていった。
 縛られ凍てつくジェロームに向かって、アデルとエルシーが交差する形に踏み込んで行く。
 爆撃の槍、衝撃の拳。
 爆炎が、緋色の閃光が、迸った。
 ジェロームは倒れ、起き上がらない。
 形をとどめているだけでも大したものだ、と思いつつルエは立ち上がり、よろめいた。
 誰かが、支えてくれた。機械の腕だった。
「私の心を……貴方は、随分と容赦なく暴き立ててくれたもの」
「ジーベル……」
「私の、全てを知られてしまうという気がする。貴方は……一体、何者なのだと思ってしまうな」
「俺は……」
 ルエは頭を掻いた。
「……人の心が、何となくわかっちゃう……そんな仕事を、やってた時期があってさ。だから、わかるよジーベル……あんた、ネリオ男爵を殺したいわけじゃないだろ」
「……仕事だ。好き嫌いで選べるものではない」
「仕事は、もう成立しないよ」
 辛うじて死んではいないヴィスマルク兵たちを縛り上げながら、カノンが言った。
「あのオズワード侯爵はね、君がお屋敷に残してきた人たちを……殺そうとしたんだから。ああ大丈夫、みんな助かったよ」
「何人かは人質として、最終的には貴卿の命も奪う。そのような手筈であったようだ」
 カノンの手伝いをしつつ、テオドールも言う。
「当然、報酬など払うつもりもなかろうな。これを仕事とは言うまい?」
「……何を、言っている?」
 ジーベルは理解をしていない。
「オズワード侯に、そのような事をする理由などあるわけがない。我々が邪魔ならば、解雇すれば良いだけの話」
「……あんた、そう言えば15歳くらいだっけ。俺よりずっと年下か」
 ルエは言った。
「世の中、そういう事をする奴がいるんだって、そろそろ知っといてもいいと思う。ごめん、偉そうで」
「父……オズワード・グラーク侯爵は」
 ネリオ・グラーク男爵が、盾兵部隊の包囲の輪から歩み出て来た。
「有能な者を許さない人なんだ。自分の地位が脅かされる、と思ってしまうんだな」
「だからアナタは、追い出されてここにいる、と。ふうん」
 ハルが、まじまじとネリオを見つめる。
「……アナタが、シェルミーネのお兄さん? ここのお偉い様なのよねぇ。かわいそうな貧乏人じゃないんだから、ただで助けてあげるのは失礼よね?」
「か、かわいそうな貧乏人だよ。総督府の薄給で日々いろいろとやりくりしなければならない身さ」
 ネリオが咳払いをした。
「何にせよ、あなた方が来てくれて本当に助かった。ありがとう」
「仕事をしたまでだ。そして仕事は、やり残しがあってはならない」
 アデルが、倒れたままのジェロームに歩み迫る。ジョルトランサーに炸薬を装填しながらだ。
「……正体の露見したスパイの末路、わかっているな? 覚悟してもらおう」
「待て……」
 と、テオドールが止めるまでもなかった。
 アダムが、ジェロームを背後に庇い、アデルと対峙している。
「……やはり、お前はそうか」
「守るさ、守るとも」
 ジョルトランサーを突き付けられても、アダムの口調と眼差しは変わらない。
「敵国の兵であろうと、守る……それが僕の、信念だから」
「……こんな事言ったら、差別とかになっちゃうのかな?」
 ハルが、キジン2人の間に割って入る。
「でも言っちゃう。キジンって、アナタたちみたいなの多いわよねえ。信念で、がっちがちに固まって……そこのギラギラした彼氏、アナタもよ」
 ジーベルに、ハルは微笑みかけた。
「戦ってないと……生きてる事自体、やってられないんでしょ? そのストレス、良ければアタシたちが引き受けるわよ」
「今はやめませんかあ? 私、もうクタクタです」
 言いつつエルシーが、死体寸前のジェロームを手際良く縛り上げる。
 アデルが、やがてジョルトランサーを下ろし、ジェロームに背を向けながらジーベルの方を向く。
「……聞いての通りだ。ネリオ・グラークを殺す事に、もはや意味はない」
「…………」
 ジーベルは、何も言わない。
 ルエは言葉をかけた。
「あんたは何も悪くない……それだけは言っておくぞ、ジーベル」
「私は……」
「あんたの贖罪は筋が違う。相手にだって失礼だ……もちろん、親父さんを守りたいってのもあるだろうけど」
「……あなた方に、わかるのか」
 ジーベルは、片手をかざした。
「初めて、この身体が動いた時……私が、何を思ったか。己の意思で手足が動く。歩き、走り、物を使い、戦う事さえ出来る。その時、私が何を感じたのか」
「喜びを」
 アダムが言う。
「数多くの、犠牲の結果……それを理解はしていながら、貴方は喜びを止められなかった。恥じる事はない、と思うよ」
「……そんな私は、父と同罪だ」
「君だけではない。君たち、キジンだけではないよ」
 沈思していたマグノリアが、言葉を発した。
「僕も含めて、全ての者は生きている。それだけで罪を背負っているんだ。君は……生かされた、そこで時が止まってしまっている。自分の足で、歩き出してはみないか?」
「初めて、その身体が動いた時のように」
 まっすぐに、アダムはジーベルを見据えた。
「僕は、貴方に救われて欲しい。自分の幸福を、掴んで欲しいんだ……誰よりも、僕がそう望む」
「俺からも、もう1つ言っておこう」
 アデルだった。
「グラーク侯爵領には、お前を慕う声がある。応えてみてはどうだ」
「私を……慕う? 馬鹿な」
「貴卿はな、人を救っている。守っている。紛れもない事実なのだよ」
 テオドールが言った。
「他者の掌で転がり続けた結果、であるにしてもだ。自身の足跡を1度、振り返って見ると良い……人の憎しみを身に受ける事で、己の証とする。そんな道を歩むのは、もうやめろ。それは何も生まぬ道だ」
「私は……何かを生み出そうなどと」
「出来る。貴卿には、何かを生み出す事が出来るのだ」
 テオドールの言葉が、眼差しが、ジーベルを圧す。
「どうか、足掻いて欲しい……頼む」
 圧されるまま、ジーベルは背を向けた。そして足早に去って行く。
 逃げて行く。それは仕方がない、とルエは思う。彼には、自分で自分を見つめる時間がまだ必要なのだ。
 見送りつつ、エルシーが言った。
「今回は……まあ、ネリオさんが思った事そのまま口に出しちゃったのが原因という事で。ダメですよ」
「そうだよ。ちょっと腹芸ってもの覚えないと」
 ルエが言うと、ネリオは頭を掻いた。
「妹にも随分、注意はされたよ」
「まあ、シェルミーネさんも相当なもんだと思いますけどね」
 捕縛されたヴィスマルク兵たちを、エルシーは見下ろした。
「それにしても……ヴィスマルク軍が、こんな形で動いていたとは」
「……この分では、総督府にも手が回っているのではないか?」
「そこは心配御無用ですよテオドール伯爵。独自に動いてくれている人がいます」
 ネリオが言うのは、あの公爵家の青年の事であろう。
 カノンが腕組みをした。
「うかうかしてると……シャンバラの人たちが、ヴィスマルク軍を完全に受け入れちゃうね。その方が幸せなら、しょうがなかったりして」
「……そうは、ならんな」
 断言したのは、アデルである。
「国民1人1人が強くあって当然という鉄血国家のやり方を、神に甘やかされてきた国の連中が本当に受け入れるとは思えん……いずれ、どこかで破綻が来る」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済