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【魔弾】射手ヘクセン。或いは、捕らわれの妹を追って

●魔弾の射手
青いレンズのゴーグルを付けた小柄な女性が夜道を歩く。
青い髪に白い肌、薄紫の紅を塗った唇をにぃと吊り上げ女性は笑う。
白いコートを翻し、通りを外れ路地裏へ身を滑り込ませた。
夜間に女性1人で立ち入るには少々不穏な場所だが、彼女にはなんら気負いはない。
弾むような足取りで路地裏を進み「おや?」と抑揚のない声で呟いた。
それから彼女は、右手をポケットから抜くと人差し指をピンと伸ばして頭上へ向ける。
彼女の右腕には、指先から肘の辺りまで青い入れ墨……それは、稲妻と蛇を模したものだった……が刻まれていた。
一瞬、入れ墨が淡い光を放ち……。
「まて、お前だな。俺に依頼を寄越した女は」
家屋の屋根から飛び降りてきた長身の男は、女性の行動を制して告げた。
所々に金属のプレートが取り付けられた黒いコートに、黒い髪。
不機嫌そうな表情の男性だ。
その腰には黒い剣が吊されている。
「あぁ、アンタがブラム? 傭兵だか騎士だか武器屋だか、なんだか色々やってるって言う」
淡々と。
女性にしてはハスキーな声で、彼女は告げた。
「何でもやるさ。金さえもらえて、俺に出来ることならな。それで?」
腰の剣に手をかけたまま、男……ブラムは問いかけた。
一瞬、女性は呆けた顔をしていたがすぐに何を問われたのかに思い至る。
ブラムはおそらく、依頼の内容について問うているのだろう。
「せっかちな奴」
「時は金なりだ」
「ま、そりゃそうだ」
あはは、と。
ちっとも楽しくなさそうな笑い声を上げ、女性は右手をポケットにしまい直した。
「アタシはヘクセン。依頼の内容は、捕らわれた妹の救出ってことになるね」
「承知した。妹の名は?」
「ウィッカ」
「そうか。では、行こうか」
「おや、これ以上の説明は不要かな?」
「構わん。目的さえ分かれば、後は実行するのみだ」
「そりゃ、話が早くて助かるよ」
よろしく頼むよ、と。
ヘクセンは黒騎士・ブラムの後に続いて歩き出す。
ちらと背後を一瞥し、ブラムは眉間に皺を寄せた。
「前を歩け、魔弾の射手に背後を歩かれるのは落ち着かん」
視線をヘクセンの右手へ向けて、ブラムは小さく舌打ちを零した。
●依頼発注
「ってわけで、今回君らに頼みたいのは牢獄の警護任務だ」
壁に貼られたの地図、その1点を指さして『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は告げる。
そこに捕らわれているのは、主に自由騎士たちが任務によって捕縛した犯罪者たちである。
「連中が解き放ちたがってるのは、ヘクセンの妹、ウィッカだな」
えぇと、と小さく呟いてヨアヒムは手元の資料へ視線を落とした。
「魔女・ウィッカ……錬金術師ってことになるのかね? 何でも世界に“変化”を、なんて目的でもって街に襲撃をかけた厄介な女だそうだ」
もっとも、その厄介な女も今や囚われの身の上。
自身の武器である薬品の類いも奪われ、現在は大人しく服役しているという。
「襲撃者は2名……ブラムと名乗る男と、ヘクセンと名乗る女だな」
ブラムの攻撃には【ノックバック】や【不安】が。
ヘクセンの攻撃には【フリーズ】【バーン】が付与されている。
「ブラムは剣による接近戦を、ヘクセンは魔弾という遠距離攻撃を得意としている。ま、2人だけのパーティにしちゃ、前衛後衛揃っててバランスがいいよな」
ヘクセンの右腕に刻まれた入れ墨が、おそらくは魔弾の発動に関係しているのだろう。
だが、長く共に戦った仲間という関係ではないので、連携の有無については未知数だ。
問題は、牢獄という戦場である。
通路が狭く、長柄の武器での戦闘や、速度を活かした立ち回りには不向きなのだ。
「おまけに牢屋の中にはウィッカ以外にも犯罪者たちが沢山。うっかり牢屋をぶち壊すわけにもいかないしな」
ある程度、周囲に配慮しながら戦闘を行う必要があるということだ。
だが、相手はそんなことに配慮する必要はない。
むしろ牢屋を積極的に壊してまわることさえ予想される。
「ヘクセンとブラムに関しては、最悪逃がしちまっても構わない」
任務の主とすべきは、牢獄の維持だ。
万が一にも、街に犯罪者たちを解き放つようなことがあってはならない。
「成功条件はブラムとヘクセンの撃退、および犯罪者たちの逃亡阻止ってところかね。攻めるは易し、守は難しってね」
イブリースや還リビトの討伐任務が多い自由騎士たちにとっては慣れない仕事かもしれないな、と。
ヨアヒムは困ったような笑みを浮かべた。
「ま、よしなに頼むよ。これも平和と市民のためだと思ってさ」
なんて、言って。
ヨアヒムは仲間たちを送り出す。
青いレンズのゴーグルを付けた小柄な女性が夜道を歩く。
青い髪に白い肌、薄紫の紅を塗った唇をにぃと吊り上げ女性は笑う。
白いコートを翻し、通りを外れ路地裏へ身を滑り込ませた。
夜間に女性1人で立ち入るには少々不穏な場所だが、彼女にはなんら気負いはない。
弾むような足取りで路地裏を進み「おや?」と抑揚のない声で呟いた。
それから彼女は、右手をポケットから抜くと人差し指をピンと伸ばして頭上へ向ける。
彼女の右腕には、指先から肘の辺りまで青い入れ墨……それは、稲妻と蛇を模したものだった……が刻まれていた。
一瞬、入れ墨が淡い光を放ち……。
「まて、お前だな。俺に依頼を寄越した女は」
家屋の屋根から飛び降りてきた長身の男は、女性の行動を制して告げた。
所々に金属のプレートが取り付けられた黒いコートに、黒い髪。
不機嫌そうな表情の男性だ。
その腰には黒い剣が吊されている。
「あぁ、アンタがブラム? 傭兵だか騎士だか武器屋だか、なんだか色々やってるって言う」
淡々と。
女性にしてはハスキーな声で、彼女は告げた。
「何でもやるさ。金さえもらえて、俺に出来ることならな。それで?」
腰の剣に手をかけたまま、男……ブラムは問いかけた。
一瞬、女性は呆けた顔をしていたがすぐに何を問われたのかに思い至る。
ブラムはおそらく、依頼の内容について問うているのだろう。
「せっかちな奴」
「時は金なりだ」
「ま、そりゃそうだ」
あはは、と。
ちっとも楽しくなさそうな笑い声を上げ、女性は右手をポケットにしまい直した。
「アタシはヘクセン。依頼の内容は、捕らわれた妹の救出ってことになるね」
「承知した。妹の名は?」
「ウィッカ」
「そうか。では、行こうか」
「おや、これ以上の説明は不要かな?」
「構わん。目的さえ分かれば、後は実行するのみだ」
「そりゃ、話が早くて助かるよ」
よろしく頼むよ、と。
ヘクセンは黒騎士・ブラムの後に続いて歩き出す。
ちらと背後を一瞥し、ブラムは眉間に皺を寄せた。
「前を歩け、魔弾の射手に背後を歩かれるのは落ち着かん」
視線をヘクセンの右手へ向けて、ブラムは小さく舌打ちを零した。
●依頼発注
「ってわけで、今回君らに頼みたいのは牢獄の警護任務だ」
壁に貼られたの地図、その1点を指さして『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は告げる。
そこに捕らわれているのは、主に自由騎士たちが任務によって捕縛した犯罪者たちである。
「連中が解き放ちたがってるのは、ヘクセンの妹、ウィッカだな」
えぇと、と小さく呟いてヨアヒムは手元の資料へ視線を落とした。
「魔女・ウィッカ……錬金術師ってことになるのかね? 何でも世界に“変化”を、なんて目的でもって街に襲撃をかけた厄介な女だそうだ」
もっとも、その厄介な女も今や囚われの身の上。
自身の武器である薬品の類いも奪われ、現在は大人しく服役しているという。
「襲撃者は2名……ブラムと名乗る男と、ヘクセンと名乗る女だな」
ブラムの攻撃には【ノックバック】や【不安】が。
ヘクセンの攻撃には【フリーズ】【バーン】が付与されている。
「ブラムは剣による接近戦を、ヘクセンは魔弾という遠距離攻撃を得意としている。ま、2人だけのパーティにしちゃ、前衛後衛揃っててバランスがいいよな」
ヘクセンの右腕に刻まれた入れ墨が、おそらくは魔弾の発動に関係しているのだろう。
だが、長く共に戦った仲間という関係ではないので、連携の有無については未知数だ。
問題は、牢獄という戦場である。
通路が狭く、長柄の武器での戦闘や、速度を活かした立ち回りには不向きなのだ。
「おまけに牢屋の中にはウィッカ以外にも犯罪者たちが沢山。うっかり牢屋をぶち壊すわけにもいかないしな」
ある程度、周囲に配慮しながら戦闘を行う必要があるということだ。
だが、相手はそんなことに配慮する必要はない。
むしろ牢屋を積極的に壊してまわることさえ予想される。
「ヘクセンとブラムに関しては、最悪逃がしちまっても構わない」
任務の主とすべきは、牢獄の維持だ。
万が一にも、街に犯罪者たちを解き放つようなことがあってはならない。
「成功条件はブラムとヘクセンの撃退、および犯罪者たちの逃亡阻止ってところかね。攻めるは易し、守は難しってね」
イブリースや還リビトの討伐任務が多い自由騎士たちにとっては慣れない仕事かもしれないな、と。
ヨアヒムは困ったような笑みを浮かべた。
「ま、よしなに頼むよ。これも平和と市民のためだと思ってさ」
なんて、言って。
ヨアヒムは仲間たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ブラム・ヘクセンの撃退か捕縛
2.牢獄内の犯罪者たちの逃走阻止
2.牢獄内の犯罪者たちの逃走阻止
●ターゲット
ヘクセン(ノウブル)×1
青いレンズのゴーグルを付けた小柄な女性。
青い髪に白い肌、薄紫の紅を塗った唇。
白いコートを着用している。
右腕に刻まれた蛇と稲妻の入れ墨を介して、魔弾という魔力の弾丸を放つ技能を持つ。
・カスパール[攻撃] A:魔遠単【バーン2】
・ザミエル[攻撃] A:魔遠単【フリーズ2】
ブラム(ノウブル)×1
軽戦士スタイル
黒い騎士鎧に赤い剣を佩いた男性。
ヘクセンの妹を救出するため、ヘクセンに雇われている。
なかなかの使い手のようだ。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
・襲撃者の剣技[攻撃] A:攻近範 【ノックB】【不安】
高速の接近から、擦れ違い様に斬りつける剣技。
※拙作『鉄腕の騎士。或いは、老騎士ゲッツ、最後の戦…』に出たブラムと同じ人物です。前作を知らずとも、問題ありません。
●場所
にある牢獄。
1階と地下1階に牢屋があり、そのどこかにウィッカは捕らわれている。
収監されている犯罪者たちの人数は30人ほど。
武器などは奪われているため、戦闘能力は著しく低いが数が多い。
また、通路は狭く長柄の武器などは振るいにくいだろう。
万が一、牢屋を破壊した場合は囚われていた犯罪者たちの逃亡も予想される。
※拙作『魔女ウィッカの実験。或いは、武器化する液体金属。』に登場し、捕縛されたウィッカと同一人物です。前作を知らずとも問題ありません。
ヘクセン(ノウブル)×1
青いレンズのゴーグルを付けた小柄な女性。
青い髪に白い肌、薄紫の紅を塗った唇。
白いコートを着用している。
右腕に刻まれた蛇と稲妻の入れ墨を介して、魔弾という魔力の弾丸を放つ技能を持つ。
・カスパール[攻撃] A:魔遠単【バーン2】
・ザミエル[攻撃] A:魔遠単【フリーズ2】
ブラム(ノウブル)×1
軽戦士スタイル
黒い騎士鎧に赤い剣を佩いた男性。
ヘクセンの妹を救出するため、ヘクセンに雇われている。
なかなかの使い手のようだ。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
・襲撃者の剣技[攻撃] A:攻近範 【ノックB】【不安】
高速の接近から、擦れ違い様に斬りつける剣技。
※拙作『鉄腕の騎士。或いは、老騎士ゲッツ、最後の戦…』に出たブラムと同じ人物です。前作を知らずとも、問題ありません。
●場所
にある牢獄。
1階と地下1階に牢屋があり、そのどこかにウィッカは捕らわれている。
収監されている犯罪者たちの人数は30人ほど。
武器などは奪われているため、戦闘能力は著しく低いが数が多い。
また、通路は狭く長柄の武器などは振るいにくいだろう。
万が一、牢屋を破壊した場合は囚われていた犯罪者たちの逃亡も予想される。
※拙作『魔女ウィッカの実験。或いは、武器化する液体金属。』に登場し、捕縛されたウィッカと同一人物です。前作を知らずとも問題ありません。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2020年04月22日
2020年04月22日
†メイン参加者 5人†
●
とある牢獄。
その外周を、1体のホムンクルスがさ迷い歩く。
時折足を止め、何かの気配を探るように視線を左右へと動かしていた。そのホムンクルスの作成者の名は『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)。自由騎士の1員である、小柄な錬金術師であった。
「侵入者たちがこの牢獄へ襲撃をかけるというのなら、入口……では無く、1階牢屋側の外壁を壊した方が手っ取り早い。ホムンクルスには外壁を破壊する者から壁を守れと指示を出しているが」
どれぐらい保つだろうね、と。
難しい顔で、マグノリアは告げた。
そんなマグノリアを安心させるように、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はその細い肩に手を置き笑う。
「たった2人で、国家が管理する牢獄を襲撃するだなんて……正気とは思えないわ。返り討ちにしてあげましょう。ってことで、1階は私に任せてちょうだい」
そう言ってエルシーは修道服を脱ぎ捨てる。
動きやすいインナー姿になった彼女は、燃えるような赤い髪をなびかせながら、仲間たちに背を向け牢獄の入り口へと向かっていった。
「それなら、余は地下1階を担当しよう」
手にしたひょうたんに口を付け、氷面鏡 天輝(CL3000665)がエルシーに続く。
強い酒精の香を纏った天輝の足取りは、どこかふらふらとして頼りない。けれど、彼女の得意とする酔拳は、酔えば酔うほどにその技の冴えが増す技能である。
それを思えば、こと彼女に限っては今のように酒の回った状態は、まさにベストコンディションと言えるだろう。
「あ、待ってください。俺も地下へ向かいます!」
ふらりふらりと進んでいく天輝の後を、セーイ・キャトル(CL3000639)は慌てて追いかけた。ついでとばかりに、1階に留まるエルシーとマグノリアに【アステリズム】のスキルを行使していく。
全員が配置についたのを確認し、セアラ・ラングフォード(CL3000634)はその中心地点に移動した。
心無しか、不安そうな顔をして地下へ続く階段へと視線を向けた。
地下にある牢屋の1つに捉えられた魔女・ウィッカ。
彼女を救出するために、ウィッカの姉であるヘクセンと、ヘクセンに雇われた黒騎士・ブラムが牢獄へ襲撃をかけると情報を得たことから、彼女たちはここに集ったのである。
「妹を助けたいというのは自然感情だとは思いますけれど……」
生憎とウィッカは犯罪者。
そんな彼女を、みすみす脱獄させるわけにはいかないと、とセアラは決意も新たに、きつく拳を握りしめた。
●
青いレンズのゴーグルを付けた小柄な女性が道を歩く。
青い髪に白い肌、薄紫の紅を塗った唇をにぃと吊り上げ女性は笑う。
白いコートを翻し、隣を歩む黒いコートの男へ視線を向けた。
女性の名はヘクセン。そして、男の名はブラムという。
「やぁ、あれを見ろよ。ホムンクルスだ。こっちを向いてる」
淡々と。
女性にしてはハスキーな声で、ヘクセンは告げた。
「斬るか? 大方、俺たちの襲撃に備えて配置されたものだろう」
残しておいても邪魔なだけだ、とブラムは告げた。
にぃ、と笑みを深くしてヘクセンは右腕をコートのポケットから引き抜いた。
白い肌には、蛇と稲妻を模した入れ墨。
ヘクセンが指先をホムンクルスへと向ける。腕に刻まれた入れ墨が、青く光った。
瞬間……。
「ばぁん」
指先から放たれた青い閃光……魔弾がホムンクルスの腹部を撃ち抜く。
着弾と同時に冷気と魔力が周囲に弾け、ホムンクルスを凍り漬けにした。
ゆっくりと、牢獄の正面入り口へと2人は進む。
ホムンクルスによりすでに襲撃は、自由騎士たちに伝えられていることだろう。そう判断した2人は、小細工を弄さず真正面から牢獄を崩すことにしたらしい。
凍り漬けになり機能を停止したホムンクルスを一瞥し、ヘクセンは詰まらなそうに「ふん」と小さく鼻を鳴らす。唇の動きだけで「他愛ないな」と、そう呟いた。
その直後……。
「だったら、これならどうかしら!」
ヘクセンの頭上から声が響く。
赤い影……否、牢獄の外壁を跳び越えて来たエルシーだ。
跳び下りる勢いも乗せた拳の一撃。
それを受け止めたのは、ブラムの剣だ。
籠手と剣が衝突する激しい音。
驚いたように目を丸くするヘクセンが、エルシーを見上げる。
ブラムは手首を使って剣を翻し、エルシーの拳を弾く。
流れるような動作で一閃。
エルシーは、剣の軌道を掻い潜るように着地して、ブラム目掛けて足払いをかける。
「先に行け」
と、ブラムは告げた。
その声に従い、ヘクセンは牢獄の入り口へと歩を進める。
赤い魔弾による一撃が、牢獄の扉を粉砕した。
魔弾により燃え上がる扉。吹き荒れる熱風。
牢獄内へと足を踏み入れるついでに、牽制のために魔弾を1発。
再度、爆炎が吹き荒れて、着弾地点付近の牢屋に入っていた囚人数名が炎に飲まれた。
悲鳴を上げる囚人たち。
通路に燻る紅蓮の炎。
焦げた匂いを放つ黒い煙。
そして、その中に立つ、小さな人影……。
「別行動か……。好都合だ」
マグノリアだ。
ヘクセンとの距離はおよそ20メートル。
両者にとって、攻撃の届くギリギリの距離だ。
マグノリアが手を翳す。小さな手のひらに魔力が収縮し、光の弾を形作った。
「君はそのままそこにいろ。すぐに僕の仲間も駆け付けてくれるだろうからね」
放たれた青い魔弾が、ヘクセンを襲う。
「似た技を使うじゃないか」
と、言葉を返しヘクセンもまた魔弾を撃ち出す。
通路の中央で、2人の魔弾が激突し周囲に冷気をまき散らす。
剣と拳の激しい応酬。
リーチの差か、わずかにだがエルシーの方が押されているように、傍目には映る。
事実、少しずつだがエルシーは後退していた。
そして、牢獄の入り口付近へと差し掛かったころ……。
「何をモタモタしている?」
ブラムの問いは、牢獄の入り口付近に留まっていたヘクセンへと向けられたものだ。
にぃ、と口角を吊り上げてヘクセンは笑う。
「なかなか面倒な相手でね」
その言葉と共に放たれた魔弾は、マグノリアの造り出したホムンクルスが身を挺して受け止めた。
焼け落ちるホムンクルスの背後には、じっとヘクセンを観察するマグノリア。
そして、そんなマグノリアの背後で回復術を行使するセアラの姿。
「牢屋がめちゃくちゃですね……囚人の皆さん、逃げないでくださいね。もしも逃げたら……申し訳ないですが、攻撃させていただきます」
身に纏った魔力を誇示しながら、セアラは囚人たちへ警告を発した。
へし折れた鉄格子の隙間から逃げ出そうとしていたスキンヘッドの囚人が、慌てて牢の奥へと戻る。
囚人が退避したのを見届け、セアラは回復スキルを入り口付近のエルシーへと行使。
淡い燐光がエルシーの体を包み込み、その身に負った傷を癒した。
「……まずはあの女から斬るべきか。ヘクセン」
「はいはい、っと。っていうか、命令するのはアタシのはずじゃ?」
「俺の方が場慣れしているからな」
「それもそうか。そうだね。よし」
両の手を前へ突き出し、ヘクセンは青と赤の魔弾を交互に放つ。
その射線上へ、ブラムはエルシーの身体を蹴り込んだ。
疾駆する赤い魔弾がエルシーの肩を焼く。苦痛に表情を歪めたエルシーの真横を、剣を構えたブラムが駆ける。
すれ違い様に一閃。エルシーの脚を斬りつける。
着弾し、吹き荒れる爆風。
粉塵に紛れ、ブラムは通路を駆け抜けていく。
「しまった。視界が……セアラ、君の方は?」
「私の目なら、ブラム様の位置は分かりますが……」
マグノリアの問いに言葉を返し、セアラは一歩後ろへと下がる。
セアラの持つ【リュンケウスの瞳】なら、粉塵に紛れたブラムの位置を特定できる。だが、後衛での支援を得意とするセアラでは、接近戦でブラムに打ち勝つことは難しい。
だからといって、敵に背を向けるつもりは毛頭なく……。
「説得……も、無理そうですね」
せめて時間を稼ごうと、セアラは聖遺物である剣を抜く。
だが……。
「一つ訪ねるが、この狭い通路で、ブラムとやらは、お得意の高速戦闘を十全に発揮できるかの?」
セアラの背後からかけられた、妙に間延びした女性の声。
そして強い酒精の香。
ふらり、とセアラの前に出たのは天輝であった。「ブラムはどこから来る?」と、短くセアラにそう問うた。
セアラは咄嗟に、ブラムの位置へ指先を向ける。
にやり、と天輝は笑みを浮かべて倒れ込むように示された方向へと足を踏み出した。
「ちょうど良い頃合いじゃ。余の酔拳をたっぷり堪能させてやろう」
「何を……なに?」
振り抜かれたブラムの剣を、紙一重で天輝が回避する。
天輝の鼻先から血飛沫が舞った。ギリギリのところで、剣の切っ先がかすめたらしい。
だが、それに驚いたのはブラムの方だ。
ブラムの剣は、たしかに天輝の首を捉えた……はずだった。
けれど、まるで倒れ込むような奇妙な動作でその一撃は回避されたのだ。
酔拳……数多の戦場を駆け抜け、多くの強者と剣を交わしたブラムにとっても初めて相手取る武術であった。
そのまま、天輝はブラムの懐へ潜り込み、その胸部へと掌打を放つ。
練り上げられた気の塊が、ブラムの胸部を打ち抜き爆ぜる。
反撃の剣を、手の平で受け流しその腹部へ頭突きを放つ。そのまま、よろけるように後退。
セーイの胸部を剣の切っ先がかすめる。
「っとと、速いな。避けきれんわ」
「ぐ……」
血を吐き、その場に倒れ込んだブラムの元へエルシーが迫る。
エルシーの追撃を阻むべく、ヘクセンが魔弾を放つが……。
「5秒先……今っ!」
粉塵に紛れ、前に出ていたセーイが魔力の障壁を展開。
魔弾と冷気を完全に遮断してみせた。
さらに、セーイは床を蹴ってヘクセンへ迫る。
「お姉さんの腕の紋章……それを焼かせていただきます!」
指先を空中に走らせる。
緋き火のマナによって空中に書き出されたのは「別れ」を意味する古代文字。
ヘクセンの右手に文字が刻まれ、瞬間それは業火と化した。
腕を抑え、ヘクセンは後退。
ブラムと地下階段、そして迫るセーイ、その後方で魔弾を構えるマグノリア。
それらすべてを素早く見やり、思考に費やした時間は一瞬。
「分が悪いなぁ……もう」
焼けた右腕を頭上へ向けて、業火の魔弾を天井目掛けて解き放つ。
着弾。そして、崩壊。
降り注ぐ瓦礫から身を護るべく、セーイは魔力障壁を展開するが……。
「俺はウィッカも囚人達も逃がさない様にしたい!! でも、目の前で危険な目に合っている人を見捨てることもできない!」
咄嗟に、魔力障壁の対象を近くの牢内にいた囚人へと変える。
落下する瓦礫が、セーイの額へ衝突。流れた血が、セーイの顔面を朱に濡らす。
途切れそうになる意識を、唇を噛みしめることでどうにか繋ぎ止めるセーイ。
そんなセーイへ、ばいばい、とヘクセンは小さく手を振って……。
「あ、それとね。これ、お返し」
と、一言。
セーイの胸部へ、氷の魔弾を撃ち込んだ。
●
「どうやら雇い主は逃げ出したらしい。さて……」
口元の血を拭い、ブラムは視線を背後へ向けた。
牢獄の出入り口は崩壊した瓦礫によって塞がれている。崩れた牢の中では、戦闘の余波に巻き込まれた囚人たちが呻いていた。
幸いなことに、重傷者はいても死者は1人もいないように見える。
瓦礫の中から、血まみれのセーイが這い出して来る。
「今、治療をいたします! 動かないで!」
悲鳴のような叫びをあげて、セアラはセーイへ手を翳す。
淡い燐光がセーイを包み、傷を癒す。
悔し気に唇を噛みしめ、セーイは視線を足元へ向けた。
「すいません。俺、魔弾のお姉さんを……」
「気に病むことはない。あとはこやつを倒せば、任務は達成じゃからの。おそらくは、ヘクセンとやらの目的達成のためにウィッカのスキルが必要なのであろう。どんな企みかは知らぬが、ろくでもない事に違いない。それを阻めたのじゃから、良しとしよう」
呵々と笑って天輝は告げる。
吊られたように、ブラムもまた口元に獣のような笑みを浮かべた。
「俺を倒すか。できるものならやってみろ」
静かに、けれど強い意思を込めた口調でブラムは告げた。
剣を構え、その切っ先を天輝へ向ける。
「先輩……はい!」
天輝の言葉によって、セーイは調子を取り戻したようだ。
腕を一振り。
白き風のマナが通路を吹き抜け、ブラムを包む。バチバチと電気の弾ける音がする。
「電磁場……重力操作か」
剣を床に突き立て、ブラムはその場に立ちすくむ。動くことができないわけではないが、通常よりも多くの体力を消耗することは明らかだ。
体力の消費を避けるべく、ブラムはその場を動かずに自由騎士たちと交戦する構えを見せた。
その心意気を汲んだ、というわけでもないのだろうが……。
「ピッタリとくっついておれば技自体を出せないのではないか?」
するり、と。
流れるような動作で、天輝はブラムの懐へ潜り込む。
鋭い掌打による連撃。
ブラムは最低限の動作で、それを捌く。
そんなブラムへ、セアラは問うた。
「雇われて仕事をしているというなら私たちに雇われる気はありませんか? 雇い主も逃げてしまいましたし、悪い話ではないのでは?」
そんなセアラの問いに、ブラムはくっくと肩を揺らして笑ってみせた。
「それも悪くはないのだがな……なかなかどうして、貴様ら相手に死力を尽くすのも面白いのだ」
だから断る、と。
剣の柄で、ブラムは天輝の腹部を打った。
咳き込み、後退する天輝。
それをカバーするように、マグノリアの造り出したホムンクルスが前に出る。
「君の突破力は厄介だ。波状攻撃で攻めさせてもらうよ」
「ならばすべて捌き切るまでよ」
ブラムの蹴りが、ホムンクルスの腹部を捉えた。よろめき、倒れたホムンクルスの頭上を跳び超え、エルシーがブラムへ殴りかかる。
迎撃のために、ブラムは剣を振り抜いた。
横一閃。
間合いもタイミングも完璧だ。攻撃態勢に入った今のエルシーには、それを回避する術はない。
だが、しかし……。
「その攻撃は……私の拳で叩き落とす!」
回避できないのであれば、弾き飛ばせばいいだけだ。
朱色の籠手で、エルシーはブラムの剣を弾いた。
「くっ……」
ほんの一瞬。
ブラムの剣が、エルシーの反射速度を凌駕した。剣を捌いたのとは逆の拳が、ブラムの頬を打ち抜くと同時に、エルシーの腹部から血が噴き出す。
結果は痛み分け、といったところか。
エルシーとブラムは互いに数歩、後退る。
「お……おぉぉぉぉぉぉ!!」
気合一声。
重力の縛りを振り払うように、ブラムは四肢に力を込めた。
大上段に振り上げた剣を、全力でエルシーへ向け叩きつける。
「ぬ……ぉぉぉ!」
咄嗟に剣の間合いへ割り込んだ天輝が、ブラムの斬撃を受け流す。
天輝の腕に走る深い裂傷。
零れた血が床を朱に濡らした。
ブラムは天輝を蹴り飛ばし、再度剣を腰の位置で構えた。
天輝が稼いだ時間は、ほんの数秒。
けれど、その数秒が勝負を分けた。
「ぉぉっ……らぁぁ!!」
セアラによる治療を受けたエルシーが、咆哮と共にブラムへ迫る。
友情・努力・勝利・美容・強壮・彼氏がいるの羨ましい等あらゆる想いを乗せた渾身の一撃が、ブラムの胸部へ叩き込まれた。
ズドン、と。
牢獄全体が揺れたと錯覚するほどの衝撃。
「ふ……はは。俺の実力では、一騎当千とはいかなかったか。仲間とは案外、良いものなのかもしれないな」
と、掠れた声でそう呟いて。
血を吐き、ブラムはその場に倒れた。
「さて、これで任務は完了だけど……」
ホムンクルスを1階に残し、マグノリアとセアラは地下へと向かう。
1階ではエルシーや天輝、セーイが囚人たちやブラムを見張っている。その間に、2人は地下に拘束されているウィッカの様子を確認しに向かっているわけだが……。
「……やられました。これは……」
「ブラムを囮に使ったか。元々、こうしてウィッカを救出するつもりだったのだろうね」
地上へと続く大穴と、空の牢獄。
ブラムと交戦している隙を突いて、逃げ出したヘクセンは牢獄の裏へ回り、壁と床を破壊してウィッカを脱獄させたのだ。
ブラムを捕らえることには成功した。
ヘクセンを撃退することにも成功した。
囚人たちも逃がしてはいない。
ただ1人……ウィッカを除いて。
とある牢獄。
その外周を、1体のホムンクルスがさ迷い歩く。
時折足を止め、何かの気配を探るように視線を左右へと動かしていた。そのホムンクルスの作成者の名は『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)。自由騎士の1員である、小柄な錬金術師であった。
「侵入者たちがこの牢獄へ襲撃をかけるというのなら、入口……では無く、1階牢屋側の外壁を壊した方が手っ取り早い。ホムンクルスには外壁を破壊する者から壁を守れと指示を出しているが」
どれぐらい保つだろうね、と。
難しい顔で、マグノリアは告げた。
そんなマグノリアを安心させるように、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はその細い肩に手を置き笑う。
「たった2人で、国家が管理する牢獄を襲撃するだなんて……正気とは思えないわ。返り討ちにしてあげましょう。ってことで、1階は私に任せてちょうだい」
そう言ってエルシーは修道服を脱ぎ捨てる。
動きやすいインナー姿になった彼女は、燃えるような赤い髪をなびかせながら、仲間たちに背を向け牢獄の入り口へと向かっていった。
「それなら、余は地下1階を担当しよう」
手にしたひょうたんに口を付け、氷面鏡 天輝(CL3000665)がエルシーに続く。
強い酒精の香を纏った天輝の足取りは、どこかふらふらとして頼りない。けれど、彼女の得意とする酔拳は、酔えば酔うほどにその技の冴えが増す技能である。
それを思えば、こと彼女に限っては今のように酒の回った状態は、まさにベストコンディションと言えるだろう。
「あ、待ってください。俺も地下へ向かいます!」
ふらりふらりと進んでいく天輝の後を、セーイ・キャトル(CL3000639)は慌てて追いかけた。ついでとばかりに、1階に留まるエルシーとマグノリアに【アステリズム】のスキルを行使していく。
全員が配置についたのを確認し、セアラ・ラングフォード(CL3000634)はその中心地点に移動した。
心無しか、不安そうな顔をして地下へ続く階段へと視線を向けた。
地下にある牢屋の1つに捉えられた魔女・ウィッカ。
彼女を救出するために、ウィッカの姉であるヘクセンと、ヘクセンに雇われた黒騎士・ブラムが牢獄へ襲撃をかけると情報を得たことから、彼女たちはここに集ったのである。
「妹を助けたいというのは自然感情だとは思いますけれど……」
生憎とウィッカは犯罪者。
そんな彼女を、みすみす脱獄させるわけにはいかないと、とセアラは決意も新たに、きつく拳を握りしめた。
●
青いレンズのゴーグルを付けた小柄な女性が道を歩く。
青い髪に白い肌、薄紫の紅を塗った唇をにぃと吊り上げ女性は笑う。
白いコートを翻し、隣を歩む黒いコートの男へ視線を向けた。
女性の名はヘクセン。そして、男の名はブラムという。
「やぁ、あれを見ろよ。ホムンクルスだ。こっちを向いてる」
淡々と。
女性にしてはハスキーな声で、ヘクセンは告げた。
「斬るか? 大方、俺たちの襲撃に備えて配置されたものだろう」
残しておいても邪魔なだけだ、とブラムは告げた。
にぃ、と笑みを深くしてヘクセンは右腕をコートのポケットから引き抜いた。
白い肌には、蛇と稲妻を模した入れ墨。
ヘクセンが指先をホムンクルスへと向ける。腕に刻まれた入れ墨が、青く光った。
瞬間……。
「ばぁん」
指先から放たれた青い閃光……魔弾がホムンクルスの腹部を撃ち抜く。
着弾と同時に冷気と魔力が周囲に弾け、ホムンクルスを凍り漬けにした。
ゆっくりと、牢獄の正面入り口へと2人は進む。
ホムンクルスによりすでに襲撃は、自由騎士たちに伝えられていることだろう。そう判断した2人は、小細工を弄さず真正面から牢獄を崩すことにしたらしい。
凍り漬けになり機能を停止したホムンクルスを一瞥し、ヘクセンは詰まらなそうに「ふん」と小さく鼻を鳴らす。唇の動きだけで「他愛ないな」と、そう呟いた。
その直後……。
「だったら、これならどうかしら!」
ヘクセンの頭上から声が響く。
赤い影……否、牢獄の外壁を跳び越えて来たエルシーだ。
跳び下りる勢いも乗せた拳の一撃。
それを受け止めたのは、ブラムの剣だ。
籠手と剣が衝突する激しい音。
驚いたように目を丸くするヘクセンが、エルシーを見上げる。
ブラムは手首を使って剣を翻し、エルシーの拳を弾く。
流れるような動作で一閃。
エルシーは、剣の軌道を掻い潜るように着地して、ブラム目掛けて足払いをかける。
「先に行け」
と、ブラムは告げた。
その声に従い、ヘクセンは牢獄の入り口へと歩を進める。
赤い魔弾による一撃が、牢獄の扉を粉砕した。
魔弾により燃え上がる扉。吹き荒れる熱風。
牢獄内へと足を踏み入れるついでに、牽制のために魔弾を1発。
再度、爆炎が吹き荒れて、着弾地点付近の牢屋に入っていた囚人数名が炎に飲まれた。
悲鳴を上げる囚人たち。
通路に燻る紅蓮の炎。
焦げた匂いを放つ黒い煙。
そして、その中に立つ、小さな人影……。
「別行動か……。好都合だ」
マグノリアだ。
ヘクセンとの距離はおよそ20メートル。
両者にとって、攻撃の届くギリギリの距離だ。
マグノリアが手を翳す。小さな手のひらに魔力が収縮し、光の弾を形作った。
「君はそのままそこにいろ。すぐに僕の仲間も駆け付けてくれるだろうからね」
放たれた青い魔弾が、ヘクセンを襲う。
「似た技を使うじゃないか」
と、言葉を返しヘクセンもまた魔弾を撃ち出す。
通路の中央で、2人の魔弾が激突し周囲に冷気をまき散らす。
剣と拳の激しい応酬。
リーチの差か、わずかにだがエルシーの方が押されているように、傍目には映る。
事実、少しずつだがエルシーは後退していた。
そして、牢獄の入り口付近へと差し掛かったころ……。
「何をモタモタしている?」
ブラムの問いは、牢獄の入り口付近に留まっていたヘクセンへと向けられたものだ。
にぃ、と口角を吊り上げてヘクセンは笑う。
「なかなか面倒な相手でね」
その言葉と共に放たれた魔弾は、マグノリアの造り出したホムンクルスが身を挺して受け止めた。
焼け落ちるホムンクルスの背後には、じっとヘクセンを観察するマグノリア。
そして、そんなマグノリアの背後で回復術を行使するセアラの姿。
「牢屋がめちゃくちゃですね……囚人の皆さん、逃げないでくださいね。もしも逃げたら……申し訳ないですが、攻撃させていただきます」
身に纏った魔力を誇示しながら、セアラは囚人たちへ警告を発した。
へし折れた鉄格子の隙間から逃げ出そうとしていたスキンヘッドの囚人が、慌てて牢の奥へと戻る。
囚人が退避したのを見届け、セアラは回復スキルを入り口付近のエルシーへと行使。
淡い燐光がエルシーの体を包み込み、その身に負った傷を癒した。
「……まずはあの女から斬るべきか。ヘクセン」
「はいはい、っと。っていうか、命令するのはアタシのはずじゃ?」
「俺の方が場慣れしているからな」
「それもそうか。そうだね。よし」
両の手を前へ突き出し、ヘクセンは青と赤の魔弾を交互に放つ。
その射線上へ、ブラムはエルシーの身体を蹴り込んだ。
疾駆する赤い魔弾がエルシーの肩を焼く。苦痛に表情を歪めたエルシーの真横を、剣を構えたブラムが駆ける。
すれ違い様に一閃。エルシーの脚を斬りつける。
着弾し、吹き荒れる爆風。
粉塵に紛れ、ブラムは通路を駆け抜けていく。
「しまった。視界が……セアラ、君の方は?」
「私の目なら、ブラム様の位置は分かりますが……」
マグノリアの問いに言葉を返し、セアラは一歩後ろへと下がる。
セアラの持つ【リュンケウスの瞳】なら、粉塵に紛れたブラムの位置を特定できる。だが、後衛での支援を得意とするセアラでは、接近戦でブラムに打ち勝つことは難しい。
だからといって、敵に背を向けるつもりは毛頭なく……。
「説得……も、無理そうですね」
せめて時間を稼ごうと、セアラは聖遺物である剣を抜く。
だが……。
「一つ訪ねるが、この狭い通路で、ブラムとやらは、お得意の高速戦闘を十全に発揮できるかの?」
セアラの背後からかけられた、妙に間延びした女性の声。
そして強い酒精の香。
ふらり、とセアラの前に出たのは天輝であった。「ブラムはどこから来る?」と、短くセアラにそう問うた。
セアラは咄嗟に、ブラムの位置へ指先を向ける。
にやり、と天輝は笑みを浮かべて倒れ込むように示された方向へと足を踏み出した。
「ちょうど良い頃合いじゃ。余の酔拳をたっぷり堪能させてやろう」
「何を……なに?」
振り抜かれたブラムの剣を、紙一重で天輝が回避する。
天輝の鼻先から血飛沫が舞った。ギリギリのところで、剣の切っ先がかすめたらしい。
だが、それに驚いたのはブラムの方だ。
ブラムの剣は、たしかに天輝の首を捉えた……はずだった。
けれど、まるで倒れ込むような奇妙な動作でその一撃は回避されたのだ。
酔拳……数多の戦場を駆け抜け、多くの強者と剣を交わしたブラムにとっても初めて相手取る武術であった。
そのまま、天輝はブラムの懐へ潜り込み、その胸部へと掌打を放つ。
練り上げられた気の塊が、ブラムの胸部を打ち抜き爆ぜる。
反撃の剣を、手の平で受け流しその腹部へ頭突きを放つ。そのまま、よろけるように後退。
セーイの胸部を剣の切っ先がかすめる。
「っとと、速いな。避けきれんわ」
「ぐ……」
血を吐き、その場に倒れ込んだブラムの元へエルシーが迫る。
エルシーの追撃を阻むべく、ヘクセンが魔弾を放つが……。
「5秒先……今っ!」
粉塵に紛れ、前に出ていたセーイが魔力の障壁を展開。
魔弾と冷気を完全に遮断してみせた。
さらに、セーイは床を蹴ってヘクセンへ迫る。
「お姉さんの腕の紋章……それを焼かせていただきます!」
指先を空中に走らせる。
緋き火のマナによって空中に書き出されたのは「別れ」を意味する古代文字。
ヘクセンの右手に文字が刻まれ、瞬間それは業火と化した。
腕を抑え、ヘクセンは後退。
ブラムと地下階段、そして迫るセーイ、その後方で魔弾を構えるマグノリア。
それらすべてを素早く見やり、思考に費やした時間は一瞬。
「分が悪いなぁ……もう」
焼けた右腕を頭上へ向けて、業火の魔弾を天井目掛けて解き放つ。
着弾。そして、崩壊。
降り注ぐ瓦礫から身を護るべく、セーイは魔力障壁を展開するが……。
「俺はウィッカも囚人達も逃がさない様にしたい!! でも、目の前で危険な目に合っている人を見捨てることもできない!」
咄嗟に、魔力障壁の対象を近くの牢内にいた囚人へと変える。
落下する瓦礫が、セーイの額へ衝突。流れた血が、セーイの顔面を朱に濡らす。
途切れそうになる意識を、唇を噛みしめることでどうにか繋ぎ止めるセーイ。
そんなセーイへ、ばいばい、とヘクセンは小さく手を振って……。
「あ、それとね。これ、お返し」
と、一言。
セーイの胸部へ、氷の魔弾を撃ち込んだ。
●
「どうやら雇い主は逃げ出したらしい。さて……」
口元の血を拭い、ブラムは視線を背後へ向けた。
牢獄の出入り口は崩壊した瓦礫によって塞がれている。崩れた牢の中では、戦闘の余波に巻き込まれた囚人たちが呻いていた。
幸いなことに、重傷者はいても死者は1人もいないように見える。
瓦礫の中から、血まみれのセーイが這い出して来る。
「今、治療をいたします! 動かないで!」
悲鳴のような叫びをあげて、セアラはセーイへ手を翳す。
淡い燐光がセーイを包み、傷を癒す。
悔し気に唇を噛みしめ、セーイは視線を足元へ向けた。
「すいません。俺、魔弾のお姉さんを……」
「気に病むことはない。あとはこやつを倒せば、任務は達成じゃからの。おそらくは、ヘクセンとやらの目的達成のためにウィッカのスキルが必要なのであろう。どんな企みかは知らぬが、ろくでもない事に違いない。それを阻めたのじゃから、良しとしよう」
呵々と笑って天輝は告げる。
吊られたように、ブラムもまた口元に獣のような笑みを浮かべた。
「俺を倒すか。できるものならやってみろ」
静かに、けれど強い意思を込めた口調でブラムは告げた。
剣を構え、その切っ先を天輝へ向ける。
「先輩……はい!」
天輝の言葉によって、セーイは調子を取り戻したようだ。
腕を一振り。
白き風のマナが通路を吹き抜け、ブラムを包む。バチバチと電気の弾ける音がする。
「電磁場……重力操作か」
剣を床に突き立て、ブラムはその場に立ちすくむ。動くことができないわけではないが、通常よりも多くの体力を消耗することは明らかだ。
体力の消費を避けるべく、ブラムはその場を動かずに自由騎士たちと交戦する構えを見せた。
その心意気を汲んだ、というわけでもないのだろうが……。
「ピッタリとくっついておれば技自体を出せないのではないか?」
するり、と。
流れるような動作で、天輝はブラムの懐へ潜り込む。
鋭い掌打による連撃。
ブラムは最低限の動作で、それを捌く。
そんなブラムへ、セアラは問うた。
「雇われて仕事をしているというなら私たちに雇われる気はありませんか? 雇い主も逃げてしまいましたし、悪い話ではないのでは?」
そんなセアラの問いに、ブラムはくっくと肩を揺らして笑ってみせた。
「それも悪くはないのだがな……なかなかどうして、貴様ら相手に死力を尽くすのも面白いのだ」
だから断る、と。
剣の柄で、ブラムは天輝の腹部を打った。
咳き込み、後退する天輝。
それをカバーするように、マグノリアの造り出したホムンクルスが前に出る。
「君の突破力は厄介だ。波状攻撃で攻めさせてもらうよ」
「ならばすべて捌き切るまでよ」
ブラムの蹴りが、ホムンクルスの腹部を捉えた。よろめき、倒れたホムンクルスの頭上を跳び超え、エルシーがブラムへ殴りかかる。
迎撃のために、ブラムは剣を振り抜いた。
横一閃。
間合いもタイミングも完璧だ。攻撃態勢に入った今のエルシーには、それを回避する術はない。
だが、しかし……。
「その攻撃は……私の拳で叩き落とす!」
回避できないのであれば、弾き飛ばせばいいだけだ。
朱色の籠手で、エルシーはブラムの剣を弾いた。
「くっ……」
ほんの一瞬。
ブラムの剣が、エルシーの反射速度を凌駕した。剣を捌いたのとは逆の拳が、ブラムの頬を打ち抜くと同時に、エルシーの腹部から血が噴き出す。
結果は痛み分け、といったところか。
エルシーとブラムは互いに数歩、後退る。
「お……おぉぉぉぉぉぉ!!」
気合一声。
重力の縛りを振り払うように、ブラムは四肢に力を込めた。
大上段に振り上げた剣を、全力でエルシーへ向け叩きつける。
「ぬ……ぉぉぉ!」
咄嗟に剣の間合いへ割り込んだ天輝が、ブラムの斬撃を受け流す。
天輝の腕に走る深い裂傷。
零れた血が床を朱に濡らした。
ブラムは天輝を蹴り飛ばし、再度剣を腰の位置で構えた。
天輝が稼いだ時間は、ほんの数秒。
けれど、その数秒が勝負を分けた。
「ぉぉっ……らぁぁ!!」
セアラによる治療を受けたエルシーが、咆哮と共にブラムへ迫る。
友情・努力・勝利・美容・強壮・彼氏がいるの羨ましい等あらゆる想いを乗せた渾身の一撃が、ブラムの胸部へ叩き込まれた。
ズドン、と。
牢獄全体が揺れたと錯覚するほどの衝撃。
「ふ……はは。俺の実力では、一騎当千とはいかなかったか。仲間とは案外、良いものなのかもしれないな」
と、掠れた声でそう呟いて。
血を吐き、ブラムはその場に倒れた。
「さて、これで任務は完了だけど……」
ホムンクルスを1階に残し、マグノリアとセアラは地下へと向かう。
1階ではエルシーや天輝、セーイが囚人たちやブラムを見張っている。その間に、2人は地下に拘束されているウィッカの様子を確認しに向かっているわけだが……。
「……やられました。これは……」
「ブラムを囮に使ったか。元々、こうしてウィッカを救出するつもりだったのだろうね」
地上へと続く大穴と、空の牢獄。
ブラムと交戦している隙を突いて、逃げ出したヘクセンは牢獄の裏へ回り、壁と床を破壊してウィッカを脱獄させたのだ。
ブラムを捕らえることには成功した。
ヘクセンを撃退することにも成功した。
囚人たちも逃がしてはいない。
ただ1人……ウィッカを除いて。