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【水機激突】戦いに果てをもたらす、終わりの火

●始まりの火
伝説に曰く――、人がヒトとなったのは火を手に入れたがゆえである。
火は肉を焼いて毒を消し、岩を溶かして金を取り出し、敵を焼いて勝利をもたらす。火は文明の象徴。ヒトが獣であることをやめるきっかけとなったもの。
ヒトが初めて触れた神の火。
その名を、プロメテウスと呼ぶ。
●そして、身も心も
シュゴー、と、蒸気が噴く音がする。
入り組んだ鉄のはらわたに繋がれて、エイドリアン・カーティス・マルソーは、ベッドの上で彼女のすすり泣きを聞いた。
「すまない、アルテイシア」
うつむいてこちらを見ない彼女に、言えることはそれが精いっぱい。
だがその声もかつての彼の雄々しいそれではなく、今やかすれただみ声で、音程すら一定していない。自分でも聞くに堪えないとは思っている。
「私には、謝ることしかできない」
「……止まるつもりは」
「ない」
謝りながら、しかし、エイドリアンは即答する。
「私は、ヘルメリアを守る正義のヒーロー、マスクド・エイダーだ。……迫る悪の軍団を前に、逃げるという選択肢は存在しない」
「…………」
彼の言葉に、アルテイシアは無言を返す。
イ・ラプセルの軍勢が動き出した。
その情報がもたらされたのは数刻前のこと。
状況からして、かの敵国の狙いがヘルメリアの中枢であることは明白だった。
「これが、最期の戦いとなる」
何とか首を動かし、彼はベッド脇にいるアルテイシアを見た。
「私は、すでに準備を終えた。あとは、この身を移すだけだ」
「……どうしても?」
「ああ。どうしてもだ。私は、ヒーローとして――」
「そんなの、どうだっていいじゃないですか!」
しかし、エイドリアンの言葉の最中に、アルテイシアが叫んだ。
「ヒーローとか、正義とか、どうでもいい。どうでもいいよ……。それよりも、ねぇ、逃げましょう? 私と一緒に。ここじゃない、どこかに」
「……それは、できない」
「どうして、エイドリアン? 私、あなたさえ生きていれば……!」
「僕も同じだからだよ、アルト」
「その呼び方……」
エイドリアンが告げたのは、幼いころ、まだ彼が軍に入る前に使っていた幼馴染に対する呼び方だった。それが意外過ぎて、アルテイシアは言葉を止める。
「僕にとって、君と、そして君と共に過ごしたヘルメリアは、何よりも愛するものなんだ。それを、どこかの国に踏み荒らされるなんて、耐えられない」
「でも、あなたは……、そんな体になってまで……」
「新しい体は、すでに用意されている」
それを告げると、アルテイシアの顔つきが苦々しげに歪んだ。
「あれを、体というのですね、エイド……」
そして彼女もまた、エイドリアンを幼いころの呼び方で呼ぶ。
「君には、醜く映るのだろうね」
さすがに弁明はできず、エイドリアンは苦笑する。
「けれども、あれは力だ。間違いなく、強い力だ。それだけは保証できる」
「でも……」
「力は、使いようによって正義にも悪にもなる。僕はあの力を、正しく使ってみせるよ。ダークヒーローは、多分、性に合わないだろうからね」
「エイド……」
ここまで言われては、アルテイシアももう何も言えなかった。
「戦いが起きる。アルト、君はここから逃げ――」
「私も、ついていきます」
「……! 君は、何を? これまでとは戦いの規模が違うんだぞ。それに、私はかつてのように立ち回れなくなる。それこそ君を巻き込む可能性だってある!」
「いいえ、あなたが私を守ってくれるわ」
「アルト……、いや、だがそれでも、私は……」
だがエイドリアンは、その先を言えなかった。
アルテイシアが、自分の唇で彼の口を塞いだからだ。
「ん……」
間近に聞こえる、彼女のなまめかしい吐息。
「文句は言わせません。私の居場所は、あなたの隣です」
「……何て女だ、君は」
「正義のヒーローの女房ですから」
有無を言わさぬアルテイシアの名乗りに、エイドリアンも納得するしかない。
「ならば、往こう。我らがヘルメリアを守るために」
「ええ」
共に覚悟を分かち合ってうなずき合う二人は、イ・ラプセルにとっては皮肉なことに、何も、間違っていないのだった。
●死を告げる終わりの火
主力部隊とは別に、ヘルメリア王都を目指す部隊があった。
彼らに与えられた役割は主力部隊の支援、または予備戦力である。
仮に、主力部隊が何らかの理由で王都への侵攻を阻止された際、それに助力するか、あるいは主力部隊に代わって王都への侵攻を担うが彼らであった。
だが、敵に気取られぬよう細心の注意を払った結果、この部隊はいくつかの小部隊に分かれてヘルメリア王都を目指していた。
まとまって動けば戦力を集中できるが、その分、行軍が遅くなり敵に見つかる可能性も高まる。そのリスクを最小限にした結果だった。
そして、最後を行く一団はこの部隊で主力とされる自由騎士の小部隊である。
先を進んでいる王国騎士団が、ある種での囮の役割を果たし、敵の目を引きつけている間に自由騎士達が王都へ進む。
という手はずなのだが――、
「……おかしいわ」
先頭を歩くマリアンナ・オリヴェルが突如そんなことを言い出した。
この場は小さな森の中で、彼らは木々に身を隠しながら慎重に進んでいる。
王都への経路にしても、先を行く騎士団とマキナ=ギアによる通信で連絡を取りながら決定しているのだが、その連絡が急に途絶えたのだ。
この先にあるのは山岳地帯。
さほど険しいワケではないが、最短のルートを選べなければ王都までの行軍に余計な時間を食ってしまうことになる。
だが、だからといって連絡を待つのもまた時間を浪費するワケで、自由騎士達は悩みつつも、まずは森を出ることにした。
そして、そこに待ち受けるものと、彼らは遭遇してしまった。
「こ、これは……!」
森の終わり、山の手前。
そこにあるちょっとした平原は、屍山血河と化している。
ひしゃげた鎧、千切れた手足、肉片は岩に張り付き、辺りは血臭に満ちていた。
そして、その地獄絵図の真ん中に、蒸気を噴く鋼鉄の巨人が立っている。
『――自由騎士か』
「どうやら、彼らが本命のようですね。やはり、この経路を狙ってきましたか」
それを言うのは、ヘルメリアの軍服を纏った仮面の女性。
顔を覆っているのは、ヘルメリア国章が刻まれた仮面。エイダーのものだ。
シュゴー、と、巨人から蒸気が噴きだす。
その巨人の名を、自由騎士達は聞いた噂で知っていた。
ヘルメリアが誇る国防の巨人――プロメテウス。
しかもそれは、決戦用のプロメテウス/アベルであった。
「プロメテウス……、何で、こんな場所に!?」
『違うな、自由騎士よ』
巨人はそれを否定する。もしも知っている者がいたならば、それで気づいただろう。声の主は、エイドリアン・カーティス・マルソーであると。
『確かに、この機体はプロメテウスと呼称される。しかし、一度は敗れ、壊れかけた私という部品を組み込んだこの身を、私はあえてこう呼ぼう――』
騎士達の血にまみれた超巨大剣を構えて、エイドリアンは自ら名乗る。
『戦いに果てをもたらす、終わりの火――〈エピメテウス〉と』
その全身から、灼熱の蒸気が一斉に噴き出した。
『行こう、アルテイシア。悪を挫き、正義のヘルメリアを守るために!』
「ええ、ついていきますとも。どこまでも。どこへでも」
〈エピメテウス〉とマスクド・アルテイシアが、自由騎士達へと躍りかかった!
伝説に曰く――、人がヒトとなったのは火を手に入れたがゆえである。
火は肉を焼いて毒を消し、岩を溶かして金を取り出し、敵を焼いて勝利をもたらす。火は文明の象徴。ヒトが獣であることをやめるきっかけとなったもの。
ヒトが初めて触れた神の火。
その名を、プロメテウスと呼ぶ。
●そして、身も心も
シュゴー、と、蒸気が噴く音がする。
入り組んだ鉄のはらわたに繋がれて、エイドリアン・カーティス・マルソーは、ベッドの上で彼女のすすり泣きを聞いた。
「すまない、アルテイシア」
うつむいてこちらを見ない彼女に、言えることはそれが精いっぱい。
だがその声もかつての彼の雄々しいそれではなく、今やかすれただみ声で、音程すら一定していない。自分でも聞くに堪えないとは思っている。
「私には、謝ることしかできない」
「……止まるつもりは」
「ない」
謝りながら、しかし、エイドリアンは即答する。
「私は、ヘルメリアを守る正義のヒーロー、マスクド・エイダーだ。……迫る悪の軍団を前に、逃げるという選択肢は存在しない」
「…………」
彼の言葉に、アルテイシアは無言を返す。
イ・ラプセルの軍勢が動き出した。
その情報がもたらされたのは数刻前のこと。
状況からして、かの敵国の狙いがヘルメリアの中枢であることは明白だった。
「これが、最期の戦いとなる」
何とか首を動かし、彼はベッド脇にいるアルテイシアを見た。
「私は、すでに準備を終えた。あとは、この身を移すだけだ」
「……どうしても?」
「ああ。どうしてもだ。私は、ヒーローとして――」
「そんなの、どうだっていいじゃないですか!」
しかし、エイドリアンの言葉の最中に、アルテイシアが叫んだ。
「ヒーローとか、正義とか、どうでもいい。どうでもいいよ……。それよりも、ねぇ、逃げましょう? 私と一緒に。ここじゃない、どこかに」
「……それは、できない」
「どうして、エイドリアン? 私、あなたさえ生きていれば……!」
「僕も同じだからだよ、アルト」
「その呼び方……」
エイドリアンが告げたのは、幼いころ、まだ彼が軍に入る前に使っていた幼馴染に対する呼び方だった。それが意外過ぎて、アルテイシアは言葉を止める。
「僕にとって、君と、そして君と共に過ごしたヘルメリアは、何よりも愛するものなんだ。それを、どこかの国に踏み荒らされるなんて、耐えられない」
「でも、あなたは……、そんな体になってまで……」
「新しい体は、すでに用意されている」
それを告げると、アルテイシアの顔つきが苦々しげに歪んだ。
「あれを、体というのですね、エイド……」
そして彼女もまた、エイドリアンを幼いころの呼び方で呼ぶ。
「君には、醜く映るのだろうね」
さすがに弁明はできず、エイドリアンは苦笑する。
「けれども、あれは力だ。間違いなく、強い力だ。それだけは保証できる」
「でも……」
「力は、使いようによって正義にも悪にもなる。僕はあの力を、正しく使ってみせるよ。ダークヒーローは、多分、性に合わないだろうからね」
「エイド……」
ここまで言われては、アルテイシアももう何も言えなかった。
「戦いが起きる。アルト、君はここから逃げ――」
「私も、ついていきます」
「……! 君は、何を? これまでとは戦いの規模が違うんだぞ。それに、私はかつてのように立ち回れなくなる。それこそ君を巻き込む可能性だってある!」
「いいえ、あなたが私を守ってくれるわ」
「アルト……、いや、だがそれでも、私は……」
だがエイドリアンは、その先を言えなかった。
アルテイシアが、自分の唇で彼の口を塞いだからだ。
「ん……」
間近に聞こえる、彼女のなまめかしい吐息。
「文句は言わせません。私の居場所は、あなたの隣です」
「……何て女だ、君は」
「正義のヒーローの女房ですから」
有無を言わさぬアルテイシアの名乗りに、エイドリアンも納得するしかない。
「ならば、往こう。我らがヘルメリアを守るために」
「ええ」
共に覚悟を分かち合ってうなずき合う二人は、イ・ラプセルにとっては皮肉なことに、何も、間違っていないのだった。
●死を告げる終わりの火
主力部隊とは別に、ヘルメリア王都を目指す部隊があった。
彼らに与えられた役割は主力部隊の支援、または予備戦力である。
仮に、主力部隊が何らかの理由で王都への侵攻を阻止された際、それに助力するか、あるいは主力部隊に代わって王都への侵攻を担うが彼らであった。
だが、敵に気取られぬよう細心の注意を払った結果、この部隊はいくつかの小部隊に分かれてヘルメリア王都を目指していた。
まとまって動けば戦力を集中できるが、その分、行軍が遅くなり敵に見つかる可能性も高まる。そのリスクを最小限にした結果だった。
そして、最後を行く一団はこの部隊で主力とされる自由騎士の小部隊である。
先を進んでいる王国騎士団が、ある種での囮の役割を果たし、敵の目を引きつけている間に自由騎士達が王都へ進む。
という手はずなのだが――、
「……おかしいわ」
先頭を歩くマリアンナ・オリヴェルが突如そんなことを言い出した。
この場は小さな森の中で、彼らは木々に身を隠しながら慎重に進んでいる。
王都への経路にしても、先を行く騎士団とマキナ=ギアによる通信で連絡を取りながら決定しているのだが、その連絡が急に途絶えたのだ。
この先にあるのは山岳地帯。
さほど険しいワケではないが、最短のルートを選べなければ王都までの行軍に余計な時間を食ってしまうことになる。
だが、だからといって連絡を待つのもまた時間を浪費するワケで、自由騎士達は悩みつつも、まずは森を出ることにした。
そして、そこに待ち受けるものと、彼らは遭遇してしまった。
「こ、これは……!」
森の終わり、山の手前。
そこにあるちょっとした平原は、屍山血河と化している。
ひしゃげた鎧、千切れた手足、肉片は岩に張り付き、辺りは血臭に満ちていた。
そして、その地獄絵図の真ん中に、蒸気を噴く鋼鉄の巨人が立っている。
『――自由騎士か』
「どうやら、彼らが本命のようですね。やはり、この経路を狙ってきましたか」
それを言うのは、ヘルメリアの軍服を纏った仮面の女性。
顔を覆っているのは、ヘルメリア国章が刻まれた仮面。エイダーのものだ。
シュゴー、と、巨人から蒸気が噴きだす。
その巨人の名を、自由騎士達は聞いた噂で知っていた。
ヘルメリアが誇る国防の巨人――プロメテウス。
しかもそれは、決戦用のプロメテウス/アベルであった。
「プロメテウス……、何で、こんな場所に!?」
『違うな、自由騎士よ』
巨人はそれを否定する。もしも知っている者がいたならば、それで気づいただろう。声の主は、エイドリアン・カーティス・マルソーであると。
『確かに、この機体はプロメテウスと呼称される。しかし、一度は敗れ、壊れかけた私という部品を組み込んだこの身を、私はあえてこう呼ぼう――』
騎士達の血にまみれた超巨大剣を構えて、エイドリアンは自ら名乗る。
『戦いに果てをもたらす、終わりの火――〈エピメテウス〉と』
その全身から、灼熱の蒸気が一斉に噴き出した。
『行こう、アルテイシア。悪を挫き、正義のヘルメリアを守るために!』
「ええ、ついていきますとも。どこまでも。どこへでも」
〈エピメテウス〉とマスクド・アルテイシアが、自由騎士達へと躍りかかった!
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.30ターン以内の〈エピメテウス〉撃破
マスクド・エイダー最強フォーム・エピメテウスフォーム!
どうも、吾語です。
長かったマスクド・エイダーとの戦いも、これが最終回となります。
彼は二度目のキジン化によって、プロメテウス/アベルという超ド級カタクラフトボディを手に入れました。オールモストどころじゃねーや。
ちなみに、プロメテウスにエイドリアンが搭乗しているワケではありません。
彼はプロメテウスの部品として組み込まれました。全高4mを超える巨大人型兵器そのものが、エイドリアン・カーティス・マルソーとなったのです。
なお、この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。
依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます。
それでは、以下、シナリオ詳細です。
◆敵勢力
・〈エピメテウス〉
決戦用国防兵器プロメテウス/アベルとエイドリアンが融合した姿。
エイドリアンは兵器内部で操縦者の代替部品として組み込まれています。
形状は人型で、攻撃力・超。防御力・超。魔導力・高。魔抗力・高。
また、その巨大さと出力の高さゆえ、ブロック不可。
・主兵装〈キングメイカー〉
刃渡り3mに及ぶ巨大剣です。近接範囲+スクラッチ2付与
確率で二連撃をカマしてきます。超強い。超痛い。
・修復機構〈イグニション〉
HPを一定量消費してBS自動回復。
・浮遊装甲〈ナイツ〉
〈エピメテウス〉とマスクド・アルテイシアの周囲を浮遊して守る盾。
破壊しない限り、近接範囲内にいる自由騎士に対して永続的にブロック。
・蒸気供給装置〈アイオロス〉
機体に常時蒸気を供給します。永続リジェネ効果。
・必殺特攻戦術〈ヘルメリアランペイジ〉
機体への負荷を考えずに行われる超高速突撃。威力極大。貫通100・100。
ただし使用時にHP一定量消費。
・広域焼却熱波〈ホワイトエピローグ〉
超高熱の蒸気を遠距離範囲に噴射。バーン2、ウィーク2付与。
・切り札〈????〉
攻撃ではなく防御的性質のものですが、
ギリギリまで追い込まれない限りこの手段はとらないでしょう。
・マスクド・アルテイシア
エイドリアンの女房。現在のヘルメリアでは不遇な凄腕ヒーラー。
ランク2レベル4までのヒーラースキルを全て使います。
また、ランク2レベル3までの魔導士スキルも使用してきます。
なお――
スキル名:祖国に捧ぐ熱き血潮(EX)
味全・魔導・補助
故郷の想う心を源とし、力となして周囲の同胞に分け与える勝利への尊き祈り。
◆戦場
・王都に繋がる山の前の平原
かなりの広さを持った平原です。戦う分には支障ないでしょう。
王都に続く経路ですが、エイドリアンを排除しない限りは通れないでしょう。
エイドリアンを回避して王都に向かうことはできません。
・時間制限
ヘルメリア王都にほど近い場所なので、時間が経てば援軍が駆けつけます。
援軍が駆けつけた場合は作戦失敗、この依頼も失敗となります。
援軍が駆けつけるまで、五分かかります。
・マリアンナ
ランク2レベル3までのレンジャースキルを全て使えます。
皆さんの指示に従って行動します。
どうも、吾語です。
長かったマスクド・エイダーとの戦いも、これが最終回となります。
彼は二度目のキジン化によって、プロメテウス/アベルという超ド級カタクラフトボディを手に入れました。オールモストどころじゃねーや。
ちなみに、プロメテウスにエイドリアンが搭乗しているワケではありません。
彼はプロメテウスの部品として組み込まれました。全高4mを超える巨大人型兵器そのものが、エイドリアン・カーティス・マルソーとなったのです。
なお、この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。
依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます。
それでは、以下、シナリオ詳細です。
◆敵勢力
・〈エピメテウス〉
決戦用国防兵器プロメテウス/アベルとエイドリアンが融合した姿。
エイドリアンは兵器内部で操縦者の代替部品として組み込まれています。
形状は人型で、攻撃力・超。防御力・超。魔導力・高。魔抗力・高。
また、その巨大さと出力の高さゆえ、ブロック不可。
・主兵装〈キングメイカー〉
刃渡り3mに及ぶ巨大剣です。近接範囲+スクラッチ2付与
確率で二連撃をカマしてきます。超強い。超痛い。
・修復機構〈イグニション〉
HPを一定量消費してBS自動回復。
・浮遊装甲〈ナイツ〉
〈エピメテウス〉とマスクド・アルテイシアの周囲を浮遊して守る盾。
破壊しない限り、近接範囲内にいる自由騎士に対して永続的にブロック。
・蒸気供給装置〈アイオロス〉
機体に常時蒸気を供給します。永続リジェネ効果。
・必殺特攻戦術〈ヘルメリアランペイジ〉
機体への負荷を考えずに行われる超高速突撃。威力極大。貫通100・100。
ただし使用時にHP一定量消費。
・広域焼却熱波〈ホワイトエピローグ〉
超高熱の蒸気を遠距離範囲に噴射。バーン2、ウィーク2付与。
・切り札〈????〉
攻撃ではなく防御的性質のものですが、
ギリギリまで追い込まれない限りこの手段はとらないでしょう。
・マスクド・アルテイシア
エイドリアンの女房。現在のヘルメリアでは不遇な凄腕ヒーラー。
ランク2レベル4までのヒーラースキルを全て使います。
また、ランク2レベル3までの魔導士スキルも使用してきます。
なお――
スキル名:祖国に捧ぐ熱き血潮(EX)
味全・魔導・補助
故郷の想う心を源とし、力となして周囲の同胞に分け与える勝利への尊き祈り。
◆戦場
・王都に繋がる山の前の平原
かなりの広さを持った平原です。戦う分には支障ないでしょう。
王都に続く経路ですが、エイドリアンを排除しない限りは通れないでしょう。
エイドリアンを回避して王都に向かうことはできません。
・時間制限
ヘルメリア王都にほど近い場所なので、時間が経てば援軍が駆けつけます。
援軍が駆けつけた場合は作戦失敗、この依頼も失敗となります。
援軍が駆けつけるまで、五分かかります。
・マリアンナ
ランク2レベル3までのレンジャースキルを全て使えます。
皆さんの指示に従って行動します。

状態
完了
完了
報酬マテリア
4個
8個
4個
4個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
10/10
10/10
公開日
2020年01月31日
2020年01月31日
†メイン参加者 10人†
●終わりの火に焼き尽くされて
――シュゴー、と。
鋼の噴出口から、熱い蒸気が噴きだした。
相変わらず、ヘルメリア王都への道を塞ぐ鋼鉄の守護者は、そこに立っている。
だが一方で自由騎士達は、全員倒れていた。
動く者はいない。皆、満身創痍の状態で血に染まった大地に伏している。
『これが、戦いの果てだ』
鋼鉄の守護者は巨大な剣を杖のように地面に突いて、静かに告げた。
それに答えるだけの余力を残している者もはなく、ただただ、沈黙だけがそこにある。
自由騎士達の敗北は、もはや誰の目から見ても明らかであった。
『まだ生きているのは分かっている。禍根は絶対に残さない。全員、ここで仕留める』
ただ一人、戦場に立つ鋼鉄の守護者は言って、トドメを刺そうと巨大剣を振り上げた。
そのときのことだった。
全身を血と泥にまみれさせながら、自由騎士の一人が、立ち上がる。
その自由騎士は――、不敵にも笑っていた。
●決戦開始、エピメテウス
ときを、四分ほどさかのぼる。
『行こう、アルテイシア。悪を挫き、正義のヘルメリアを守るために!』
「ええ、ついていきますとも。どこまでも。どこへでも」
〈エピメテウス〉とマスクド・アルテイシアが、自由騎士達へと躍りかかった!
前に出るのは〈エピメテウス〉。そして後方にアルテイシア。
それは、自由騎士も重々承知しているフォーメーションであった。
「来るぞ、まずはこの初撃を何としても凌げ!」
『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が仲間達に向かって大声で叫ぶ。
「だったら、こっちから間合いを潰して先に攻撃を――!」
と、『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が接近を試みるも、いきなり目の前に浮遊する大盾の如き金属板が立ちはだかった。
「これは……!?」
「くっ、邪魔なのよ!」
同じく立ちはだかった浮遊装甲〈ナイツ〉に向かって、『遠き願い』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)が苛立ち紛れに拳を振るうも、硬い。一撃では壊せそうにない。
自由騎士達が〈ナイツ〉に苦心している間にも〈エピメテウス〉はどんどんと彼らに肉薄してきている。それを見て、『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)は、だが逆に笑みを浮かべていた。
「問答無用か。……いいぜ、こっちこそお前を叩き潰すいい機会だ」
そして彼は後方に下がって〈エピメテウス〉を狙いやすいよう間合いを空けた。
他の自由騎士達もおのおの散開する中で、しかし、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は苦笑するしかなかった。敵の狙いが自分のようだからだ。
「これは、どうしたものかね」
しかし間一髪、『悪の尖兵『未来なき絶壁』の』キリ・カーレント(CL3000547)が駆けつけて、彼の前に立って守りを固めた。
「大丈夫ですか、もっと下がって!」
「……すまない。恩に着る」
素直に頭を下げて、テオドールは下がった。
それを見たのち、キリは突進してくる〈エピメテウス〉を睨みつけた。
今や敵の決戦兵器と化した男エイドリアンに対し、彼女は思うところが様々あった。しかし、もはやすべて過去の話。今はもう、相対する敵同士でしかなく。
「――負けません!」
『その意気やよし。だが!』
〈エピメテウス〉が防御態勢に入ったキリへと突っ込んでいく。
そして、凄まじいまでの激突音。自由騎士達は、揺れる地面を確かに感じた。
「あぁッ!?」
キリは、高く空中に吹き飛ばされていた。完全な力負けだった。
「危ない!」
あわや地面に墜落というところで、翼を広げ空に上がった『静かなる天眼』リュリュ・ロジェ(CL3000117)が彼女の体を何とか抱きとめる。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、構わないが。まさか、ここまでの威力か」
空中で、ロジェは〈エピメテウス〉を見下ろす。キリの防御力は相当なもののはずだが、それを軽々と弾き飛ばすなどと、にわかには信じがたい出力だ。
「……いや、自らをプロメテウスにしてしまうような男だ、こうもなるか」
言いながら、だがロジェは思うのだ。
そこまでして一体どうなるというのか。
例え、その力で国を守れたとしても、人の身を捨てて、後に何が残るのか。と。
問うだけ無駄ではあろう。そこに迷いを残すほど生半可な覚悟ではあるまい。
ロジェが見ている先で〈エピメテウス〉は巨大剣〈キングメイカー〉を高々と振り上げて、今まさに二度目の攻撃に転じようとしていた。
しかし、突然鳴り響く軽快な鼻唄!
「やるじゃない、エピメテウス!」
その身を跳躍させて、彼女は〈エピメテウス〉めがけて飛び蹴りを放とうとする。
しかし残念ながら〈ナイツ〉がその蹴りを受け止め、彼女は地面に降り立った。
『何者だ』
「よくぞ聞いたわ! よく聞きなさい、エピメテウス! そう、私こそはイ・ラプセルに咲くセクシー&キュートなゆるふわ戦士! エルシー仮面よ!」
叫び、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)がビシッとポーズをキメた。
ご丁寧なことに、彼女はわざわざ覆面をつけて、それをやっていた。
緊迫感満ちる戦場に、若干ゆるい空気が流れる。
『エルシー仮面。……そうか、いたのか。イ・ラプセルにも。ヒーローが』
だが〈エピメテウス〉はそれを受け入れた。テオドール辺りは、正直、若干ヒいた。
と、鋼鉄の守護者の意識がエルシーに割かれている隙を突き、今度は『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が攻めにかかる。
狙いは〈エピメテウス〉――、ではなく、その奥にいるアルテイシアだ。
「御覚悟を」
『悪いが、見えている!』
だが、アンジェリカを邪魔したのは〈キングメイカー〉の横薙ぎの一閃だった。
アンジェリカも相当に大きな得物を持つが、人のサイズを優に超える巨大剣を受け止めるには、それでも足りなかった。今度は、彼女の体が派手に飛ばされてしまう。
「あらあら」
しかし、半ばこの展開を予想していたアンジェリカは空中で身を翻し、着地。
身にダメージは残れども、何とか受け流すことに成功する。
こうして、キリが大きなダメージを受けたものの、自由騎士側は〈エピメテウス〉の初手をかいくぐることに成功した。そしてここから、本当の戦いが始まる。
――その前に、
「ヘッ、エピメテウスだの何だのと、知ったことかよ」
言いながら、わざわざ〈エピメテウス〉の死角まで大回りしたウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が狙撃銃でアルテイシアに狙いを定めようとする。
さてさて、正義のヒーローは後ろから狙われることを我慢できるのか。
そんな興味を抱きつつ、彼は狙い澄ましてトリガーを引こうとした。
『見えていると、言ったが?』
しかし、こっちを見ていないはずの〈エピメテウス〉から、警告の声。
「な、にッ!?」
『意識は常に配ってるさ。――ここは、戦場だ』
そして〈エピメテウス〉の蒸気噴出口から噴き出した真っ白い蒸気が、ウェルスへと浴びせかけられた。その温度、当然ながら数百度に達する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
全身を灼熱に晒されて吼えるウェルスの声を聞きながら〈エピメテウス〉は言った。
『我らの正義、ぬるくはないぞ。イ・ラプセル』
●譲れないもののために
莫大な魔力が、かざした手を中心に渦を巻く。
「エイド!」
『構わない、やってくれ』
マスクド・アルテイシアが、魔導を行使する。
それは場に強力な電磁力場を生成して〈ナイツ〉に阻まれていた自由騎士を巻き込んだ。
「く、うううううううッ!?」
前に出ようとしていたエルシーが、全身を打つ衝撃に耐えかね、声を上げる。
走る激痛。さらに肉体に強烈な負荷がかかってきた。
しかし、彼女は呼吸を乱すことなく、それどころか笑みさえ浮かべた。
「なるほど、苛烈ね。……こうやって他の人達も屠ったのね」
エルシーは斃れた騎士達に目をやってアルテイシアと〈エピメテウス〉に問いかけた。
そのうち、アルテイシアに答えはなく、〈エピメテウス〉は低く応じた。
『護国こそが我らの義。外敵など、潰す以外の選択肢はない』
「いえ、非難するつもりはないのよ」
と、エルシーは肩をすくめる。
「随分と血生臭いけど、それも正義のためなんでしょ? 人は己の正義のためならいくらでも残酷になれる。良い実例を見させてもらったわ」
そして、彼女は重みを増した体を強引に衝き動かし、いきなり駆けだした。
「だから今度は、こっちの正義を見せる番よ!」
『来るか、悪の大幹部』
「セクシー&キュートなゆるふわ戦士、エルシー仮面だっての!」
大きく跳躍し、彼女は眼前の〈ナイツ〉を踏み台にしてさらに二段跳躍。
〈エピメテウス〉が咄嗟に〈キングメイカー〉を構えるも、だが彼女の狙いは鋼鉄の守護者ではなく――、その後方に控えている仮面のヒーラーであった。
彼女が動くと同時に、数人の自由騎士もアルテイシアめがけて動きだした。
浮遊装甲〈ナイツ〉がそれを阻もうとするも――、
「邪魔を、しないでくださいね!」
アンジェリカの重剣が、装甲板を一撃のもとに吹き飛ばし、そこに活路を開く。
空いた場所へ、エルシーが突っ込んでいった。
「やはり、そう来ますか」
迫る自由騎士を前に、マスクド・アルテイシアはどこか悟った風に言う。
だがそれも当然だろう。状況を考えれば、自由騎士側に残されている時間は少ない。ここでの戦いに時間をかけてしまえば、王都からヘルメリア軍の増援が駆けつける。
敵の主要拠点を狙うということは逆説、多数の敵兵を相手取るということでもあった。
ならば、自由騎士はまず〈エピメテウス〉よりも先にアルテイシアを狙う。
ヒーラーである彼女を潰してしまえば〈エピメテウス〉の継戦能力を著しく制限することができるからだ。要するに、自由騎士達の動きは、理に適ったものだった。
「卑怯、非道、とは言わせんよ?」
テオドールが、アルテイシアに強烈な呪縛の一撃を放たんとする。
さらにはマリアンナも、彼女を狙って弓を引き絞っている。
〈エピメテウス〉がアルテイシアへと向こうとした。
しかし、それを阻まんとライカとアンジェリカが、彼の前に立ちはだかる。
「行かせないわよ、エイドリアン!」
「ええ、ここでしばし、釘付けになっていただきます」
『――弱い方から、先に叩くか』
「そうです。あなたにあなたの正義があるように、私達には私達の正義があります。それを貫くために、私達は、この作戦を採らせていただきました」
アンジェリカが重剣を振り回して〈ナイツ〉の一つを断ち切った。
『正義を騙るな、悪のイ・ラプセルが――』
〈エピメテウス〉が、再び〈キングメイカー〉を振るおうとするも、
「『これ』が正義じゃないとしても、キリは構いません!」
しかし、今度はキリがその重すぎる一閃を己の身をもって完全にブロック。
〈エピメテウス〉の動きが一瞬だが、止まる。
「そう、正義じゃなくても構わない。悪でも、何でもいい。でも――!」
そして、今度はキリが思い切り前へと踏み込む。
「今この体に宿る意地を! 意志を! 全力で貫きます!」
かつて、彼女はエイドリアンに正義の何たるかと問われた。
そしてキリなりに考えて、得た結論がそれ。
『…………ッ!』
答えを出した彼女の歩みは〈エピメテウス〉の巨体を一歩分退かせるほど、力強かった。
「アルテイシアのところには行かせないよ、エイドリアン!」
そして、今度はライカが拳を握って牽制を仕掛けようとする。
だが、熱い蒸気がそれを阻んだ。
『――勘違いを、しているな?』
「な……?」
ウェルスを焼いた純白の圧縮蒸気が〈プロメテウス〉の各噴出口から一気に放出される。
それは、アルテイシアを狙っていた多くの自由騎士を、彼女ごと巻き込んだ。
「あああああああああああ!」
響く、アルテイシアの悲鳴。
だが〈エピメテウス〉はそれに取り合わず〈キングメイカー〉を高々と振り上げた。
「ま、さか……!?」
全身を焼かれながら、テオドールが目を剥く。
そんな馬鹿な、とすら思った。
〈エピメテウス〉が、アルテイシアを囮にした――!?
『我が心、我が身と同じく、すでに鋼なり!』
咆哮と共に二度、〈イングメイカー〉が轟風を巻き起こしながら戦場を薙いだ。
その圧倒的リーチは、後方にいたはずのザルク達をも巻き込み、蹴散らす。
「ぐ、おおおおおおおお!!?」
「貴様……!」
空中に投げ出されたザルクが、受け身も考えずに二連射。
弾丸は見事に〈エピメテウス〉の装甲の隙間を貫くも、さすがにそれだけでは足らない。
『ハァァァァァァァァァァァ――――』
バシュウ、と排気を噴き出す〈エピメテウス〉。その瞳がギラリと光る。
「……どういうつもりだ、エイドリアン」
問いかけたのは、立ち上がったアデルであった。
〈エピメテウス〉の視線が、彼へと移る。
「何故、アルテイシアごと攻撃した」
『…………』
「アルテイシアは、おまえが愛する――」
だが、アデルが言いかけたところで〈エピメテウス〉の体を光が包む。
ザルクが抉った傷痕が、みるみるうちに修復されていった。
起き上がったアルテイシアが癒しの魔導を使ったのだ。そして彼女は言う。
「何も、不思議なことなんてないですよ」
「何を……?」
『お前達が彼女を先に狙うのは分かっていた。それを利用しただけだ』
「そういうことです」
こともなげにいう〈エピメテウス〉に、アルテイシアも同意する。
それは、アデルをして驚きをもって受け止めるしかない返答であった。
「愛する者を犠牲にする。それさえも、作戦に含むというのか……」
『「全ては我らの正義のために」』
一機と一人は声を揃えて、そう返した。
自由騎士達は絶句する。
〈エピメテウス〉とアルテイシアは、完全に通じ合っていた。
敵を屠るために、己を犠牲にすることも厭わない。強固すぎる絆がそこにあった。
「そんな正義、本末転倒だろうがよォ!」
『悪しきイ・ラプセルよ。おまえ達の理解など、元より我らは求めていない』
吼えるザルクに、〈エピメテウス〉はただ冷たくそう返すのみ。
「そうか、つまり――」
アデルが、突撃槍を構え直して、諦観をもって二人を断ずる。
「お前達の正義は、鋼の冷たさをも得てしまったということなのだな」
『今さら過ぎる認識だな、イ・ラプセル』
そして〈エピメテウス〉が、再び蒸気を噴き出した。
●何を捨てても、ただ勝利を
自由騎士十人に対し、敵は一機と一人だけ。
数の差は歴然であろう。
しかし、自由騎士全員が狙うその一人が、かなりしぶとかった。
「まだまだ、倒れられるか!」
アルテイシアが手をかざせば、そこから解き放たれた雷撃が周りの自由騎士を襲う。
「クッ、ソ! いい加減、倒れやがれ!」
走る雷電に焼かれながらも、ウェルスが毒づき、ライフルを斉射。
弾丸は、アルテイシアの肩と脇腹を抉り、血が派手に噴き出す。
「……ッ、ぐ、ああ!」
苦悶の悲鳴。されど、傷はすぐに塞がった。
アルテイシアの体に施された持続型の癒しの魔導が、傷を癒したのだ。
「単発では崩せないか、やはり畳みかけるしかない!」
テオドールの指示が飛ぶ。それに応じたのは、ライカとミルトスだった。
「行くわよ、アルテイシア!」
「御覚悟を」
ライカは、一気に間合いを縮めて迫り、ミルトスは〈ナイツ〉を前に呼吸を整える。
アルテイシアは当然、その動きには対応しきれない。
できるのは、自分の傷を魔導で癒して相手の攻撃に備えることだけだった。
そして、二人の拳士が立て続けにアルテイシアめがけて技を放つ。
ライカは、目にも映らぬ瞬速の連打を。
ミルトスは〈ナイツ〉の邪魔をものともせぬ、衝撃貫通のブチかましを。
鍛え上げられた自由騎士二人の攻撃に、アルテイシアの体は折れ曲がり、肉が潰れる。
「ぐう、ううううううううううう!!?」
何とか耐えようとしても耐え切れず、くぐもった悲鳴が漏れた。
だがかろうじて、彼女はその場に立つ。
その根性に、ライカが舌を打った。
「いつまでもしつこい……!」
いきり立って、彼女はアルテイシアに追撃を仕掛けようとする。
しかし、このいっときの感情が、彼女の認識を鈍らせた。
アルテイシアの方に意識を割くということは即ち――、
『隙が見えたぞ、悪の自由騎士!』
〈エピメテウス〉に、余裕を与えるということだ。
『――必殺特攻ッ』
ギシギシと、全身の関節部を激しく軋ませながら〈エピメテウス〉が蒸気機関を瞬間的に過剰駆動。そうして生み出された突進力は、何者にも防ぎきれない。
「あ、あぶ――!」
咄嗟に前に出て壁になろうとするキリごと、ライカは空中高く放り出された。
「ライカさ……」
「私は、まだ、倒れない……!」
そしてミルトスも、アルテイシアの放った強烈な寒波を浴びることとなった。
「うあああああ!?」
身を凍てつかせ、吹き飛ぶミルトス。
アルテイシアは呼吸を激しく乱しながら、まだ、そこに健在だった。
『アルト』
「気にしないで、エイド。あなたは勝つことだけを考えて」
『――もちろんだ』
熱を宿した蒸気が〈エピメテウス〉から噴き出す。それはまるで、エイドリアンが自分の感情を外に吐き出しているようでもあった。
どれだけ傷つこうとも揺るがないアルテイシアの挺身に、攻める自由騎士側がむしろ気圧されていた。そして、当然の如く湧き出る迷い。
――攻撃対象を〈エピメテウス〉に切り替えた方がいいんじゃないか?
戦闘が始まって、すでに二分半が過ぎようとしている。
それだけの時間を過ぎてもまだアルテイシアが健在なのは、〈エピメテウス〉からの苛烈な攻撃と、その周りを浮遊する〈ナイツ〉の邪魔もあってのことだが、何より、アルテイシア自身の奮闘が大きかった。その気合、まさに尋常にあらず。
彼女を倒すのに、あとどれだけ時間がかかるのか。
それが、彼らの中に生じた迷い。
アルテイシアを倒しきれないならば、先に〈エピメテウス〉を倒すべきでは――?
だが、一発の銃声が、自由騎士達の迷いに風穴を穿った。
弾丸はアルテイシアの頬を掠め、過ぎていく。
「お笑い草だぜ、お前ら」
ザルクであった。
その顔に露骨なまでの侮蔑の笑みを浮かべて、復讐の銃士は正義の味方をあざ笑う。
「やっぱりお前らもヘルメリアだったなぁ、エイドリアン。アルテイシア!」
『……何を言う?』
「勝つために犠牲を許すその姿勢が、心底気に食わねぇって言ってんだよ」
言って、ザルクは愛用の拳銃に弾丸を詰め直した。
「なぁ、〈エピメテウス〉さんよ。お前さん、そのプロメテウスは蒸気王の許可を得た上で自分の体にしたのかい? それとも、神様にそそのかされでもしたのか?」
『…………』
「答える気がないならいい。どうせ、お前らはここで終わる。俺達が終わらせる。自ら進んで国のために犠牲になろうとするようなバカに、俺達が負けるワケがねぇ」
『言ってくれるな、悪しき自由騎士が』
「黙らせたきゃ、やってみろ。女房を巻き込まなきゃ何もできないようなザコ野郎が!」
全身から蒸気を放出し〈エピメテウス〉が突進する。
それに対して拳銃を連射しながら、ザルクが周りの仲間に向かって叫んだ。
「迷ってるヒマなんか、あるか! 作戦通りやればいいんだよ!」
直後に、彼は超熱蒸気を浴びせられた。
「全く、無茶をする!」
と、ロジェが苦々しげに言いながら、癒しの魔導をもって彼を癒した。
「だが、結構スッキリしたぜ。……ああ、いい啖呵だった!」
援護に入ったウェルスがザルクを称えてアルテイシアを狙う。
「オラ、オラ、オラオラオラオラ!」
「そんな、雑な狙いで……!」
アルテイシアは、彼の銃撃を何とかかわそうとする。
しかし、そのとき膝がいきなりガクンと落ちた。血を、体力を、失いすぎたのだ。
「く、ァ……ッ!?」
「大したものだよ、本当に。それしか言えない」
間合いに入っていたのは、ライカ。そして後方には、テオドール。
「ああ、リンドヴルム嬢に同意しよう。まさに、驚異的な粘りであった」
そしてテオドールが放った呪縛が、アルテイシアの身を厳しく戒める。
「だがもう、倒れたまえ」
「ま、まだ……、まだ私、は……!」
限界に達し、身を傾がせながらも、だが仮面の奥にある瞳は未だ光を失わず、
「いいえ、終わりよ」
しかし無情にも、その不断の意志もライカの一撃の前には風前の灯火であった。
「――これは戦争だから」
そして放たれた一撃は、アルテイシアの仮面を砕き、長い髪がパァっと広がる。
倒れゆくなか、光を失いかけたアルテイシアの瞳が〈エピメテウス〉を見た。
刹那、二人の心は確かに繋がって、
――ごめんね、エイド。負けちゃった。
――気にすることはない、アルト。ここまで、ありがとう。
――エイド、私、役に立てた、かな?
――当然だとも、アルト。とても、とても役に立ってくれたさ。
――そう、よかった。……ねぇ、エイド。
――何だい、アルト。
――勝って、ね。
――ああ、勝つよ。必ず、勝つ。
――勝って、守りたいものを守ってね、私のヒーロー。
そしてアルテイシアは、地に倒れた。
『…………』
〈エピメテウス〉が、動きを止めてアルテイシアの方に釘付けになる。
しかし、倒れたままアルテイシアは二度と動くことはなかった。
「…………仕留めた」
トドメを刺したライカは、しかし、全身を冷や汗で濡らしていた。
当初は、自分一人でもイケるだろうと高をくくっていた相手。しかし、それはとんでもない思い違いであることを知らされた。心底、恐るべき相手であった。
「敵の動きが止まったぞ、一気に攻撃を集中させろ!」
アデルが号令をかけ、自由騎士達が〈エピメテウス〉に総攻撃を仕掛けようとする。
しかし――、
『我が正義に、揺るぎなし!』
周りを囲もうとする自由騎士達に超熱蒸気〈ホワイトエピローグ〉が襲い掛かる!
皆が間合いを詰めていただけに、回避できる者はいなかった。
「ま、まずい!」
被害は明らかに甚大。ロジェが慌てて回復の魔導を使おうとするも、その動くはすでに〈エピメテウス〉によって読まれていた。
『そちらの癒し手がお前だけなのは、すでに分かっている!』
突っ込んでくる。超威力の必殺特攻〈ヘルメリアランペイジ〉だ。
「く、ううううう……!」
傷だらけになった体を無理に動かし、キリがそれを阻もうとする。
『しゃらくさい!』
だが〈キングメイカー〉の一閃が、すでに踏ん張りも利かなくなっていた彼女の小柄な体を、派手に吹き飛ばした。そして直後に、ロジェも。
「ぐ、ああ……!?」
近くの木にしたたかに打ちつけられ、ロジェはそのまま動かなくなる。
こうして、回復手段を失った自由騎士を、さらに〈エピメテウス〉は全力で攻撃を仕掛け、追い詰めようとする。
当然、自由騎士も反撃に出るのだが……、
「あっちだって回復手段はなくなったんだ! 圧しきれ! 攻め勝つんだ!」
弾丸が、拳撃が、斬撃が、波涛の如く〈エピメテウス〉の巨体を襲う。
浮遊装甲〈ナイツ〉はこの猛攻の前に一枚、また一枚と破壊され、そして〈エピメテウス〉の全身も凹みや損傷が目立つまでになってきた。
それでも――、
『私の正義が、ヘルメリアを守るのだァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!』
〈エピメテウス〉は、止まらなかった。
灼熱の蒸気を到るところから噴き出して、決戦兵器は自由騎士を屠っていく。
防御も、回避も、ほとんど意味をなさない。鋼鉄の守護者の力は圧倒的であった。
自由騎士達は一人、また一人と倒れ、最後に残ったのはザルクと、ウェルス。
「クソがァァァァァァァァ!」
「全くよォ、こういうときばっかりは他より頑丈な体ってのも考え物だよなぁ!」
突っ込んでくる〈エピメテウス〉に、二人は銃弾を浴びせまくる。
金属に穴が開く甲高い音。火花を派手に散らせながら、だがなおも巨体は止まらずに、
『終われェェェェェェェ!』
二人の銃士を、必殺特攻の餌食にしたのだった。
そして、
――シュゴー、と。
鋼の噴出口から、熱い蒸気が噴きだした。
相変わらず、ヘルメリア王都への道を塞ぐ鋼鉄の守護者は、そこに立っている。
だが一方で自由騎士達は、全員倒れていた。
動く者はいない。皆、満身創痍の状態で血に染まった大地に伏している。
『これが、戦いの果てだ』
鋼鉄の守護者は巨大な剣を杖のように地面に突いて、静かに告げた。
●儚い正義が眩しくて
守護者に答えるだけの余力を残している者もはなく、ただただ、沈黙だけがそこにある。
自由騎士達の敗北は、もはや誰の目から見ても明らかであった。
『まだ生きているのは分かっている。禍根は絶対に残さない。全員、ここで仕留める』
ただ一人、戦場に立つ鋼鉄の守護者は言って、トドメを刺そうと巨大剣を振り上げた。
そのときのことだった。
全身を血と泥にまみれさせながら、自由騎士の一人が、立ち上がる。
その自由騎士は――、不敵にも笑っていた。
「あなたはまるで、昼に見える星のよう」
立ったのは、ミルトスだった。
「きっともう、自分の死を覚悟しているですね。……それでも、自分の胸に宿る正義を諦めきれなかったのですね。覚悟をもって、自分の正義に殉じようとしたのですね」
『…………』
〈エピメテウス〉は、立ったミルトスに対して何も答えなかった。
「今まで、多くの戦いの中で、多くの願いを見てきました。多くの正義を見てきました。あなたがなそうとする正義を含めて、きっとそれらは全て等しく尊いのでしょう」
『ならばお前も、己の正義を賭して私に立ち向かうか?』
「――まさか」
ミルトスはかぶりを振った。そして、笑みを深める。
「ただ私は知りたいだけです」
そして彼女は握った拳を〈エピメテウス〉に向かって突き出した。
「私の拳で、あなたの正義を砕けるかどうか」
『な、に……?』
「私に、あなたのような心の強さはありません。堂々と正義を名乗れるだけの信念など、あるはずもありません。私にできるのは、あなたの正義を私の拳で砕くことだけ。そしてそれを成したとき、きっと私は、勝利の喜びにこの身を打ち震わせるでしょう」
恍惚とした顔で告げるミルトスに、〈エピメテウス〉は身を震わせ戦慄した。
『お、お前は……ッ。た、愉しもうとしているのか、この戦いを!』
「ええ、恥ずかしながら。自分でも、罪深いとは思っていますが」
ミルトスは苦笑する。
しかし、この極まった状況で、どうしても彼女の心は弾んでいた。
自分がこの戦いでどこまでできるのか。目の前の尊き正義を超えることができるのか。
それが知りたくて、それを確かめたくて、楽しみで楽しみで、こみ上げてくるものを抑えきれず、顔に笑みがこぼれてしまう。
心底嫌だと思いながらも認めざるを得ない。そうだ結局、自分はそういう人間。
戦いの中にしか自らの生きる道を見いだせない、愚かしく悪しき人種なのだ。
「さぁ、始めましょう。〈エピメテウス〉」
突き出した拳を開き、ミルトスはちょいちょいと指先で誘う。
「どうぞ、あなたの信念(せいぎ)で、私の悦楽(じゃあく)を砕いてみてください」
『ウ、オオ……! オオオオオ、オォォォォォォ……!?』
それは、今まで触れたことがないものだった。
〈エピメテウス〉が見てきた、どんな存在よりも異質にして不可解。理解できないもの。
反射的に〈エピメテウス〉は全力の一撃を選択していた。
目の前に立つ女の形をした悪鬼を消し飛ばし、さっさと忘れるがために。
だが悪鬼は、その反応にすらも笑みを深めるのだった。
「さすがに力も落ちていますね。でもダメです。どうか、最高の一撃を私にください」
至上なる戦いを求める悪鬼の一念が、ここに運命を捻じ曲げる。
『オッ! ウオオ!? こ、これは……!!?』
〈エピメテウス〉は驚いたことだろう。
いきなり全身の出力が倍増したのだ。
それは、ミルトスが運命を捻じ曲げた結果。〈エピメテウス〉の中枢を構成する強力無比な蒸気機関が暴走状態に陥ったからだった。
仮にエイドリアンが肉の体のままだったならば、あり得ない奇跡である。
そして、彼は暴走によって得た力を厭うことなく、そのままミルトスに向けた。
『わ、私の前から消えろ、自由騎士ィィィィィィィィィ!』
〈エピメテウス〉は渾身の力をもって〈キングメイカー〉を振り下ろす。
限界を超えた力による一撃。それを、ミルトスは避けなかった。
上から降り注ぐ斬撃。
それは肩から入って体を斜めに切り裂いた。
あばらが断たれ、筋肉がブチブチと千切れていく音を耳に聞く。
あっという間に脳髄が地獄の激痛に焼かれ、己の死が形となって背に近づいてきた。
だが、ミルトスは死ななかった。耐えた。耐えてしまった。
そして次の瞬間、彼女は動く。
〈エピメテウス〉の至上の一撃の威力が、自分の中にまだ生きているうちに、その勢いを己の動きの中に呑み込んで自分のモノとして利用するのだ。
これぞ、今の自分に出きる最強の一発。
敵の攻撃を利用した、零距離でのカウンターである。
「感謝します、エイドリアン・カーティス・マルソー」
盛大に血を吐きながら、彼女は穏やかな笑みで呟いた。
痛みの中に湧く確信。
この一撃こそまさに、全てを貫く邪道の一拳。
そして放たれた拳は〈エピメテウス〉の胸部に突き刺さり、巨体を吹き飛ばした。
『グ、ガァァァァァァァァァァァ――――ッ!!?』
衝撃が、巨体に爆発を生む。
それはさらに連鎖して、鋼鉄の守護者を壊していった。
拳をグシャグシャに砕かせながらも、ミルトスは満足げにうなずき、失神した。
『オ、オオ! ウオオオ! ……パ、パージだ! 緊急パージ!』
小爆発を繰り返す〈エピメテウス〉が叫ぶと、その身を覆う装甲が部品ごと爆ぜ飛んだ。
それは〈エピメテウス〉にとっての最終手段。
機体が大ダメージを負った際に、主要骨格部分のみを残して他全てを廃棄することでダメージを無効化する、切り札とも呼ぶべき機能であった。
『凌い、だ? 凌いだ、ぞ……! 何とか、凌ぎ切ったぞ!』
そるべき一撃であったが、しかし〈エピメテウス〉の中枢を破壊するには至らなかったようだ。まさしく不幸中の幸いという他ないだろう。
『だ、だが、これで……、これでやっと! 我が正義を……!』
だが、飛んできた弾丸が、彼の言葉を遮った。
「チッ、外しちまった……!」
撃ったのは、ウェルスであった。
『お、お前は……!?』
「だから言ったろうが、俺は、他より丈夫なんだよ!」
叫び、彼はさらにライフルを撃つ。
彼だけではない。他にも何人か、倒したはずの自由騎士が立ち上がっていた。
『バカな、何故……』
「こっちの増援の方が、先に間に合ったということだ」
ロジェが言う。傷だらけの彼に肩を貸しているのは、新たに現れた自由騎士だった。
他のヘルメリア軍との戦いを潜り抜けて辿り着いた援軍が、残り少ないリソースを注いでロジェ達をかろうじて動ける程度まで治したのだ。
「仕切り直しだ〈エピメテウス〉」
『……そうか。私はまだ、ヘルメリアを守り切れていないのだな』
シュウシュウと、蒸気が漏れる。
しかしその勢いは装甲パージ前に比べれば随分と弱いものだった。
『だが!』
〈エピメテウス〉が〈キングメイカー〉を両手に握り、高々と構えた。
『何を失おうとも、私はここで勝つ。勝って、ヘルメリアの正義を守る!』
「やってみろよ。できるモンならなァ!」
ザルクの銃撃を皮切りに、戦いは再開された。
もはやここまで来れば、自由騎士達にもほとんど力は残されていない。
〈エピメテウス〉も随分と追い込めはしたものの、仕留めきれるかどうか。ここから先は純粋な意地と意地とのぶつかり合いだ。
「倒れろ! 倒れろ! 倒れろォォォォォォォ!」
ウェルスが放つ銃撃はただの弾丸ではなかった。
それは内部を破壊するのに適した、軟質弾頭。衝撃を効率よく中に伝えられる。
『グ、オオオオオオオオオ!!?』
装甲を捨てた〈エピメテウス〉に、それは甚大なるダメージを与えた。
そして鋼鉄の守護者の進撃がここでついに止まる。
そこにできた隙に、泣きそうな顔になっているアンジェリカが飛び込んでいった。
「愛する人を失ってまで貫く正義に、意味があるというのですか!」
『黙れ、私は……、私は、正義を……! 』
「言って止まらないことは分かっています。だから、この刃で!」
振るった一閃は衝撃波を生み出し〈エピメテウス〉の中枢部を激しく叩いた。
『グ、オオオオ……! だが、まだ……、まだァァァァァァァァ!』
身を激しく揺さぶりながら〈エピメテウス〉は無理やりに必殺特攻を繰り出そうとする。
「……そんなナリになってまで、何をしようってのよ、バカ」
だがそこに、エルシーが立ちふさがった。
『決まっている、私は、正義を……!』
「――もう、やめなさいよ!」
だが〈エピメテウス〉の特攻戦術も、その動きをすでに見切っていたエルシーによってかわされ、そして反撃のカウンターによって打ち破られた。
〈エピメテウス〉の身に、小爆発が幾つも起きる。
『う、お、ォ……』
もはや力の大半を失い、〈エピメテウス〉は敗北を待つばかりの状態だった。
『勝てないのか……、ここまで、しても……』
エイドリアンの内心にも徐々に諦念がにじみつつあった。
しかし――、その目に、倒れたアルテイシアの姿が飛び込んでくる。
――勝って、ね。
耳の奥によみがえる、今はもう聞けない、彼女の声。
『オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!』
ヘルメリアの守護者は、まだ、倒れなかった。
「こいつ……!?」
目を剥くエルシーが、〈エピメテウス〉の前蹴りをまともに喰らった。
「エルシーさん!? こ、のぉ!」
キリもとっておきの一撃をここで使い、見事〈エピメテウス〉に命中。その右腕をついに切り落とすことに成功した。だが――、
『腕の一本程度、くれてやるぞォォォォォ!』
左手に握られた〈キングメイカー〉が、キリを薙ぎ払った。
さらに〈エピメテウス〉は蒸気機関を過剰駆動させ、圧縮した蒸気で自由騎士達を攻め立てる。だが同時に、小爆発がそこかしこに生じた。
「今しかないな」
「ああ。合わせろ、テオドール」
動いたのは、アデルとテオドールだった。
二人共に余力など微塵も残っていない。どちらにとってもこれが最後の攻撃だ。
だがテオドールはためらわずに力を振り絞って〈エピメテウス〉に呪詛の一撃を放った。
「止まりたまえよ、哀れな守護者。卿はもはや、己の正義にすがっているだけだ」
『何を、言うか! まだだ、まだ私は、我が正義は――』
「だがお前はミルトスに負けた」
テオドールの呪いによって動きを鈍らせた〈エピメテウス〉にアデルが突き付ける。
「あいつの悦楽(じゃあく)に敗れた以上、もうお前の信念(せいぎ)は力を持たない。悪を討てない正義などに、一体、どれほどの意味がある!」
『う、お……、オオ! オオオ、そ、そんな。そんなことォォォォ……!』
〈エピメテウス〉がアデルへと襲いかかる。
それこそが、彼が待ちわびていた瞬間だった。
「戦いの果てはおまえにこそ訪れる!」
そして、アデルの胸部が爆ぜて、仕込まれていた弾丸が間近で炸裂した。
『ガ……』
爆発に巻き込まれ〈エピメテウス〉の全身はズタズタになった。
それでも鋼鉄の守護者は、なお立とうとし続けて――、
「終いだ」
声は冷たく告げて、銃撃は二度。
弾丸は露わになった機関部に容赦なく突き刺さり、その奥に組み込まれていたエイドリアンの心臓のド真ん中に穴を穿った。
「どうだ、効くだろう」
撃ったのは、ザルクであった。
「この日のために積み上げてきた研鑽の結果だ。ありがたく頂戴して、死ね」
復讐者に告げられて、〈エピメテウス〉の巨体がゆらりと傾いだ。
しかし、エイドリアンは何とか踏みとどまり、ゆっくりと後退していく。
彼は王都へと続く山道の入り口に立って、左手で近くの岩を掴んだ。
『こ、この先は……、決して、通さぬ。お前、達を、ヘルメリアには、行かせない……』
残された力を使って、彼は自分を壁にしたのだ。
『ヘルメリアを、守る……、民を、街を、国を……、私は、正義の……』
そしてエイドリアンは弱々しく呟きながら――、
『……アルテイシア』
その口が最期に漏らしたのは、愛しい人の名前であった。
「死んでまで国を守ろうとする、その気概は認めてやるよ」
ザルクは言って、拳銃をホルスターに収めた。
ほどなく、遠くからヘルメリア軍が近づく音が聞こえてきた。
テオドールは舌を打つと、仕方なく撤退を皆に告げる。
〈エピメテウス〉を撃破したはいいが、こちらもあまりに傷つきすぎた。
これから王都に向かったところで、足手まといにしかならないことは分かりきっていた。
かくして、自由騎士達は王都への侵入を断念した。
正義のヒーロー、マスクド・エイダーは最後の最後までヘルメリアを守ったのだ。
――シュゴー、と。
鋼の噴出口から、熱い蒸気が噴きだした。
相変わらず、ヘルメリア王都への道を塞ぐ鋼鉄の守護者は、そこに立っている。
だが一方で自由騎士達は、全員倒れていた。
動く者はいない。皆、満身創痍の状態で血に染まった大地に伏している。
『これが、戦いの果てだ』
鋼鉄の守護者は巨大な剣を杖のように地面に突いて、静かに告げた。
それに答えるだけの余力を残している者もはなく、ただただ、沈黙だけがそこにある。
自由騎士達の敗北は、もはや誰の目から見ても明らかであった。
『まだ生きているのは分かっている。禍根は絶対に残さない。全員、ここで仕留める』
ただ一人、戦場に立つ鋼鉄の守護者は言って、トドメを刺そうと巨大剣を振り上げた。
そのときのことだった。
全身を血と泥にまみれさせながら、自由騎士の一人が、立ち上がる。
その自由騎士は――、不敵にも笑っていた。
●決戦開始、エピメテウス
ときを、四分ほどさかのぼる。
『行こう、アルテイシア。悪を挫き、正義のヘルメリアを守るために!』
「ええ、ついていきますとも。どこまでも。どこへでも」
〈エピメテウス〉とマスクド・アルテイシアが、自由騎士達へと躍りかかった!
前に出るのは〈エピメテウス〉。そして後方にアルテイシア。
それは、自由騎士も重々承知しているフォーメーションであった。
「来るぞ、まずはこの初撃を何としても凌げ!」
『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が仲間達に向かって大声で叫ぶ。
「だったら、こっちから間合いを潰して先に攻撃を――!」
と、『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が接近を試みるも、いきなり目の前に浮遊する大盾の如き金属板が立ちはだかった。
「これは……!?」
「くっ、邪魔なのよ!」
同じく立ちはだかった浮遊装甲〈ナイツ〉に向かって、『遠き願い』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)が苛立ち紛れに拳を振るうも、硬い。一撃では壊せそうにない。
自由騎士達が〈ナイツ〉に苦心している間にも〈エピメテウス〉はどんどんと彼らに肉薄してきている。それを見て、『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)は、だが逆に笑みを浮かべていた。
「問答無用か。……いいぜ、こっちこそお前を叩き潰すいい機会だ」
そして彼は後方に下がって〈エピメテウス〉を狙いやすいよう間合いを空けた。
他の自由騎士達もおのおの散開する中で、しかし、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は苦笑するしかなかった。敵の狙いが自分のようだからだ。
「これは、どうしたものかね」
しかし間一髪、『悪の尖兵『未来なき絶壁』の』キリ・カーレント(CL3000547)が駆けつけて、彼の前に立って守りを固めた。
「大丈夫ですか、もっと下がって!」
「……すまない。恩に着る」
素直に頭を下げて、テオドールは下がった。
それを見たのち、キリは突進してくる〈エピメテウス〉を睨みつけた。
今や敵の決戦兵器と化した男エイドリアンに対し、彼女は思うところが様々あった。しかし、もはやすべて過去の話。今はもう、相対する敵同士でしかなく。
「――負けません!」
『その意気やよし。だが!』
〈エピメテウス〉が防御態勢に入ったキリへと突っ込んでいく。
そして、凄まじいまでの激突音。自由騎士達は、揺れる地面を確かに感じた。
「あぁッ!?」
キリは、高く空中に吹き飛ばされていた。完全な力負けだった。
「危ない!」
あわや地面に墜落というところで、翼を広げ空に上がった『静かなる天眼』リュリュ・ロジェ(CL3000117)が彼女の体を何とか抱きとめる。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、構わないが。まさか、ここまでの威力か」
空中で、ロジェは〈エピメテウス〉を見下ろす。キリの防御力は相当なもののはずだが、それを軽々と弾き飛ばすなどと、にわかには信じがたい出力だ。
「……いや、自らをプロメテウスにしてしまうような男だ、こうもなるか」
言いながら、だがロジェは思うのだ。
そこまでして一体どうなるというのか。
例え、その力で国を守れたとしても、人の身を捨てて、後に何が残るのか。と。
問うだけ無駄ではあろう。そこに迷いを残すほど生半可な覚悟ではあるまい。
ロジェが見ている先で〈エピメテウス〉は巨大剣〈キングメイカー〉を高々と振り上げて、今まさに二度目の攻撃に転じようとしていた。
しかし、突然鳴り響く軽快な鼻唄!
「やるじゃない、エピメテウス!」
その身を跳躍させて、彼女は〈エピメテウス〉めがけて飛び蹴りを放とうとする。
しかし残念ながら〈ナイツ〉がその蹴りを受け止め、彼女は地面に降り立った。
『何者だ』
「よくぞ聞いたわ! よく聞きなさい、エピメテウス! そう、私こそはイ・ラプセルに咲くセクシー&キュートなゆるふわ戦士! エルシー仮面よ!」
叫び、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)がビシッとポーズをキメた。
ご丁寧なことに、彼女はわざわざ覆面をつけて、それをやっていた。
緊迫感満ちる戦場に、若干ゆるい空気が流れる。
『エルシー仮面。……そうか、いたのか。イ・ラプセルにも。ヒーローが』
だが〈エピメテウス〉はそれを受け入れた。テオドール辺りは、正直、若干ヒいた。
と、鋼鉄の守護者の意識がエルシーに割かれている隙を突き、今度は『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が攻めにかかる。
狙いは〈エピメテウス〉――、ではなく、その奥にいるアルテイシアだ。
「御覚悟を」
『悪いが、見えている!』
だが、アンジェリカを邪魔したのは〈キングメイカー〉の横薙ぎの一閃だった。
アンジェリカも相当に大きな得物を持つが、人のサイズを優に超える巨大剣を受け止めるには、それでも足りなかった。今度は、彼女の体が派手に飛ばされてしまう。
「あらあら」
しかし、半ばこの展開を予想していたアンジェリカは空中で身を翻し、着地。
身にダメージは残れども、何とか受け流すことに成功する。
こうして、キリが大きなダメージを受けたものの、自由騎士側は〈エピメテウス〉の初手をかいくぐることに成功した。そしてここから、本当の戦いが始まる。
――その前に、
「ヘッ、エピメテウスだの何だのと、知ったことかよ」
言いながら、わざわざ〈エピメテウス〉の死角まで大回りしたウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が狙撃銃でアルテイシアに狙いを定めようとする。
さてさて、正義のヒーローは後ろから狙われることを我慢できるのか。
そんな興味を抱きつつ、彼は狙い澄ましてトリガーを引こうとした。
『見えていると、言ったが?』
しかし、こっちを見ていないはずの〈エピメテウス〉から、警告の声。
「な、にッ!?」
『意識は常に配ってるさ。――ここは、戦場だ』
そして〈エピメテウス〉の蒸気噴出口から噴き出した真っ白い蒸気が、ウェルスへと浴びせかけられた。その温度、当然ながら数百度に達する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
全身を灼熱に晒されて吼えるウェルスの声を聞きながら〈エピメテウス〉は言った。
『我らの正義、ぬるくはないぞ。イ・ラプセル』
●譲れないもののために
莫大な魔力が、かざした手を中心に渦を巻く。
「エイド!」
『構わない、やってくれ』
マスクド・アルテイシアが、魔導を行使する。
それは場に強力な電磁力場を生成して〈ナイツ〉に阻まれていた自由騎士を巻き込んだ。
「く、うううううううッ!?」
前に出ようとしていたエルシーが、全身を打つ衝撃に耐えかね、声を上げる。
走る激痛。さらに肉体に強烈な負荷がかかってきた。
しかし、彼女は呼吸を乱すことなく、それどころか笑みさえ浮かべた。
「なるほど、苛烈ね。……こうやって他の人達も屠ったのね」
エルシーは斃れた騎士達に目をやってアルテイシアと〈エピメテウス〉に問いかけた。
そのうち、アルテイシアに答えはなく、〈エピメテウス〉は低く応じた。
『護国こそが我らの義。外敵など、潰す以外の選択肢はない』
「いえ、非難するつもりはないのよ」
と、エルシーは肩をすくめる。
「随分と血生臭いけど、それも正義のためなんでしょ? 人は己の正義のためならいくらでも残酷になれる。良い実例を見させてもらったわ」
そして、彼女は重みを増した体を強引に衝き動かし、いきなり駆けだした。
「だから今度は、こっちの正義を見せる番よ!」
『来るか、悪の大幹部』
「セクシー&キュートなゆるふわ戦士、エルシー仮面だっての!」
大きく跳躍し、彼女は眼前の〈ナイツ〉を踏み台にしてさらに二段跳躍。
〈エピメテウス〉が咄嗟に〈キングメイカー〉を構えるも、だが彼女の狙いは鋼鉄の守護者ではなく――、その後方に控えている仮面のヒーラーであった。
彼女が動くと同時に、数人の自由騎士もアルテイシアめがけて動きだした。
浮遊装甲〈ナイツ〉がそれを阻もうとするも――、
「邪魔を、しないでくださいね!」
アンジェリカの重剣が、装甲板を一撃のもとに吹き飛ばし、そこに活路を開く。
空いた場所へ、エルシーが突っ込んでいった。
「やはり、そう来ますか」
迫る自由騎士を前に、マスクド・アルテイシアはどこか悟った風に言う。
だがそれも当然だろう。状況を考えれば、自由騎士側に残されている時間は少ない。ここでの戦いに時間をかけてしまえば、王都からヘルメリア軍の増援が駆けつける。
敵の主要拠点を狙うということは逆説、多数の敵兵を相手取るということでもあった。
ならば、自由騎士はまず〈エピメテウス〉よりも先にアルテイシアを狙う。
ヒーラーである彼女を潰してしまえば〈エピメテウス〉の継戦能力を著しく制限することができるからだ。要するに、自由騎士達の動きは、理に適ったものだった。
「卑怯、非道、とは言わせんよ?」
テオドールが、アルテイシアに強烈な呪縛の一撃を放たんとする。
さらにはマリアンナも、彼女を狙って弓を引き絞っている。
〈エピメテウス〉がアルテイシアへと向こうとした。
しかし、それを阻まんとライカとアンジェリカが、彼の前に立ちはだかる。
「行かせないわよ、エイドリアン!」
「ええ、ここでしばし、釘付けになっていただきます」
『――弱い方から、先に叩くか』
「そうです。あなたにあなたの正義があるように、私達には私達の正義があります。それを貫くために、私達は、この作戦を採らせていただきました」
アンジェリカが重剣を振り回して〈ナイツ〉の一つを断ち切った。
『正義を騙るな、悪のイ・ラプセルが――』
〈エピメテウス〉が、再び〈キングメイカー〉を振るおうとするも、
「『これ』が正義じゃないとしても、キリは構いません!」
しかし、今度はキリがその重すぎる一閃を己の身をもって完全にブロック。
〈エピメテウス〉の動きが一瞬だが、止まる。
「そう、正義じゃなくても構わない。悪でも、何でもいい。でも――!」
そして、今度はキリが思い切り前へと踏み込む。
「今この体に宿る意地を! 意志を! 全力で貫きます!」
かつて、彼女はエイドリアンに正義の何たるかと問われた。
そしてキリなりに考えて、得た結論がそれ。
『…………ッ!』
答えを出した彼女の歩みは〈エピメテウス〉の巨体を一歩分退かせるほど、力強かった。
「アルテイシアのところには行かせないよ、エイドリアン!」
そして、今度はライカが拳を握って牽制を仕掛けようとする。
だが、熱い蒸気がそれを阻んだ。
『――勘違いを、しているな?』
「な……?」
ウェルスを焼いた純白の圧縮蒸気が〈プロメテウス〉の各噴出口から一気に放出される。
それは、アルテイシアを狙っていた多くの自由騎士を、彼女ごと巻き込んだ。
「あああああああああああ!」
響く、アルテイシアの悲鳴。
だが〈エピメテウス〉はそれに取り合わず〈キングメイカー〉を高々と振り上げた。
「ま、さか……!?」
全身を焼かれながら、テオドールが目を剥く。
そんな馬鹿な、とすら思った。
〈エピメテウス〉が、アルテイシアを囮にした――!?
『我が心、我が身と同じく、すでに鋼なり!』
咆哮と共に二度、〈イングメイカー〉が轟風を巻き起こしながら戦場を薙いだ。
その圧倒的リーチは、後方にいたはずのザルク達をも巻き込み、蹴散らす。
「ぐ、おおおおおおおお!!?」
「貴様……!」
空中に投げ出されたザルクが、受け身も考えずに二連射。
弾丸は見事に〈エピメテウス〉の装甲の隙間を貫くも、さすがにそれだけでは足らない。
『ハァァァァァァァァァァァ――――』
バシュウ、と排気を噴き出す〈エピメテウス〉。その瞳がギラリと光る。
「……どういうつもりだ、エイドリアン」
問いかけたのは、立ち上がったアデルであった。
〈エピメテウス〉の視線が、彼へと移る。
「何故、アルテイシアごと攻撃した」
『…………』
「アルテイシアは、おまえが愛する――」
だが、アデルが言いかけたところで〈エピメテウス〉の体を光が包む。
ザルクが抉った傷痕が、みるみるうちに修復されていった。
起き上がったアルテイシアが癒しの魔導を使ったのだ。そして彼女は言う。
「何も、不思議なことなんてないですよ」
「何を……?」
『お前達が彼女を先に狙うのは分かっていた。それを利用しただけだ』
「そういうことです」
こともなげにいう〈エピメテウス〉に、アルテイシアも同意する。
それは、アデルをして驚きをもって受け止めるしかない返答であった。
「愛する者を犠牲にする。それさえも、作戦に含むというのか……」
『「全ては我らの正義のために」』
一機と一人は声を揃えて、そう返した。
自由騎士達は絶句する。
〈エピメテウス〉とアルテイシアは、完全に通じ合っていた。
敵を屠るために、己を犠牲にすることも厭わない。強固すぎる絆がそこにあった。
「そんな正義、本末転倒だろうがよォ!」
『悪しきイ・ラプセルよ。おまえ達の理解など、元より我らは求めていない』
吼えるザルクに、〈エピメテウス〉はただ冷たくそう返すのみ。
「そうか、つまり――」
アデルが、突撃槍を構え直して、諦観をもって二人を断ずる。
「お前達の正義は、鋼の冷たさをも得てしまったということなのだな」
『今さら過ぎる認識だな、イ・ラプセル』
そして〈エピメテウス〉が、再び蒸気を噴き出した。
●何を捨てても、ただ勝利を
自由騎士十人に対し、敵は一機と一人だけ。
数の差は歴然であろう。
しかし、自由騎士全員が狙うその一人が、かなりしぶとかった。
「まだまだ、倒れられるか!」
アルテイシアが手をかざせば、そこから解き放たれた雷撃が周りの自由騎士を襲う。
「クッ、ソ! いい加減、倒れやがれ!」
走る雷電に焼かれながらも、ウェルスが毒づき、ライフルを斉射。
弾丸は、アルテイシアの肩と脇腹を抉り、血が派手に噴き出す。
「……ッ、ぐ、ああ!」
苦悶の悲鳴。されど、傷はすぐに塞がった。
アルテイシアの体に施された持続型の癒しの魔導が、傷を癒したのだ。
「単発では崩せないか、やはり畳みかけるしかない!」
テオドールの指示が飛ぶ。それに応じたのは、ライカとミルトスだった。
「行くわよ、アルテイシア!」
「御覚悟を」
ライカは、一気に間合いを縮めて迫り、ミルトスは〈ナイツ〉を前に呼吸を整える。
アルテイシアは当然、その動きには対応しきれない。
できるのは、自分の傷を魔導で癒して相手の攻撃に備えることだけだった。
そして、二人の拳士が立て続けにアルテイシアめがけて技を放つ。
ライカは、目にも映らぬ瞬速の連打を。
ミルトスは〈ナイツ〉の邪魔をものともせぬ、衝撃貫通のブチかましを。
鍛え上げられた自由騎士二人の攻撃に、アルテイシアの体は折れ曲がり、肉が潰れる。
「ぐう、ううううううううううう!!?」
何とか耐えようとしても耐え切れず、くぐもった悲鳴が漏れた。
だがかろうじて、彼女はその場に立つ。
その根性に、ライカが舌を打った。
「いつまでもしつこい……!」
いきり立って、彼女はアルテイシアに追撃を仕掛けようとする。
しかし、このいっときの感情が、彼女の認識を鈍らせた。
アルテイシアの方に意識を割くということは即ち――、
『隙が見えたぞ、悪の自由騎士!』
〈エピメテウス〉に、余裕を与えるということだ。
『――必殺特攻ッ』
ギシギシと、全身の関節部を激しく軋ませながら〈エピメテウス〉が蒸気機関を瞬間的に過剰駆動。そうして生み出された突進力は、何者にも防ぎきれない。
「あ、あぶ――!」
咄嗟に前に出て壁になろうとするキリごと、ライカは空中高く放り出された。
「ライカさ……」
「私は、まだ、倒れない……!」
そしてミルトスも、アルテイシアの放った強烈な寒波を浴びることとなった。
「うあああああ!?」
身を凍てつかせ、吹き飛ぶミルトス。
アルテイシアは呼吸を激しく乱しながら、まだ、そこに健在だった。
『アルト』
「気にしないで、エイド。あなたは勝つことだけを考えて」
『――もちろんだ』
熱を宿した蒸気が〈エピメテウス〉から噴き出す。それはまるで、エイドリアンが自分の感情を外に吐き出しているようでもあった。
どれだけ傷つこうとも揺るがないアルテイシアの挺身に、攻める自由騎士側がむしろ気圧されていた。そして、当然の如く湧き出る迷い。
――攻撃対象を〈エピメテウス〉に切り替えた方がいいんじゃないか?
戦闘が始まって、すでに二分半が過ぎようとしている。
それだけの時間を過ぎてもまだアルテイシアが健在なのは、〈エピメテウス〉からの苛烈な攻撃と、その周りを浮遊する〈ナイツ〉の邪魔もあってのことだが、何より、アルテイシア自身の奮闘が大きかった。その気合、まさに尋常にあらず。
彼女を倒すのに、あとどれだけ時間がかかるのか。
それが、彼らの中に生じた迷い。
アルテイシアを倒しきれないならば、先に〈エピメテウス〉を倒すべきでは――?
だが、一発の銃声が、自由騎士達の迷いに風穴を穿った。
弾丸はアルテイシアの頬を掠め、過ぎていく。
「お笑い草だぜ、お前ら」
ザルクであった。
その顔に露骨なまでの侮蔑の笑みを浮かべて、復讐の銃士は正義の味方をあざ笑う。
「やっぱりお前らもヘルメリアだったなぁ、エイドリアン。アルテイシア!」
『……何を言う?』
「勝つために犠牲を許すその姿勢が、心底気に食わねぇって言ってんだよ」
言って、ザルクは愛用の拳銃に弾丸を詰め直した。
「なぁ、〈エピメテウス〉さんよ。お前さん、そのプロメテウスは蒸気王の許可を得た上で自分の体にしたのかい? それとも、神様にそそのかされでもしたのか?」
『…………』
「答える気がないならいい。どうせ、お前らはここで終わる。俺達が終わらせる。自ら進んで国のために犠牲になろうとするようなバカに、俺達が負けるワケがねぇ」
『言ってくれるな、悪しき自由騎士が』
「黙らせたきゃ、やってみろ。女房を巻き込まなきゃ何もできないようなザコ野郎が!」
全身から蒸気を放出し〈エピメテウス〉が突進する。
それに対して拳銃を連射しながら、ザルクが周りの仲間に向かって叫んだ。
「迷ってるヒマなんか、あるか! 作戦通りやればいいんだよ!」
直後に、彼は超熱蒸気を浴びせられた。
「全く、無茶をする!」
と、ロジェが苦々しげに言いながら、癒しの魔導をもって彼を癒した。
「だが、結構スッキリしたぜ。……ああ、いい啖呵だった!」
援護に入ったウェルスがザルクを称えてアルテイシアを狙う。
「オラ、オラ、オラオラオラオラ!」
「そんな、雑な狙いで……!」
アルテイシアは、彼の銃撃を何とかかわそうとする。
しかし、そのとき膝がいきなりガクンと落ちた。血を、体力を、失いすぎたのだ。
「く、ァ……ッ!?」
「大したものだよ、本当に。それしか言えない」
間合いに入っていたのは、ライカ。そして後方には、テオドール。
「ああ、リンドヴルム嬢に同意しよう。まさに、驚異的な粘りであった」
そしてテオドールが放った呪縛が、アルテイシアの身を厳しく戒める。
「だがもう、倒れたまえ」
「ま、まだ……、まだ私、は……!」
限界に達し、身を傾がせながらも、だが仮面の奥にある瞳は未だ光を失わず、
「いいえ、終わりよ」
しかし無情にも、その不断の意志もライカの一撃の前には風前の灯火であった。
「――これは戦争だから」
そして放たれた一撃は、アルテイシアの仮面を砕き、長い髪がパァっと広がる。
倒れゆくなか、光を失いかけたアルテイシアの瞳が〈エピメテウス〉を見た。
刹那、二人の心は確かに繋がって、
――ごめんね、エイド。負けちゃった。
――気にすることはない、アルト。ここまで、ありがとう。
――エイド、私、役に立てた、かな?
――当然だとも、アルト。とても、とても役に立ってくれたさ。
――そう、よかった。……ねぇ、エイド。
――何だい、アルト。
――勝って、ね。
――ああ、勝つよ。必ず、勝つ。
――勝って、守りたいものを守ってね、私のヒーロー。
そしてアルテイシアは、地に倒れた。
『…………』
〈エピメテウス〉が、動きを止めてアルテイシアの方に釘付けになる。
しかし、倒れたままアルテイシアは二度と動くことはなかった。
「…………仕留めた」
トドメを刺したライカは、しかし、全身を冷や汗で濡らしていた。
当初は、自分一人でもイケるだろうと高をくくっていた相手。しかし、それはとんでもない思い違いであることを知らされた。心底、恐るべき相手であった。
「敵の動きが止まったぞ、一気に攻撃を集中させろ!」
アデルが号令をかけ、自由騎士達が〈エピメテウス〉に総攻撃を仕掛けようとする。
しかし――、
『我が正義に、揺るぎなし!』
周りを囲もうとする自由騎士達に超熱蒸気〈ホワイトエピローグ〉が襲い掛かる!
皆が間合いを詰めていただけに、回避できる者はいなかった。
「ま、まずい!」
被害は明らかに甚大。ロジェが慌てて回復の魔導を使おうとするも、その動くはすでに〈エピメテウス〉によって読まれていた。
『そちらの癒し手がお前だけなのは、すでに分かっている!』
突っ込んでくる。超威力の必殺特攻〈ヘルメリアランペイジ〉だ。
「く、ううううう……!」
傷だらけになった体を無理に動かし、キリがそれを阻もうとする。
『しゃらくさい!』
だが〈キングメイカー〉の一閃が、すでに踏ん張りも利かなくなっていた彼女の小柄な体を、派手に吹き飛ばした。そして直後に、ロジェも。
「ぐ、ああ……!?」
近くの木にしたたかに打ちつけられ、ロジェはそのまま動かなくなる。
こうして、回復手段を失った自由騎士を、さらに〈エピメテウス〉は全力で攻撃を仕掛け、追い詰めようとする。
当然、自由騎士も反撃に出るのだが……、
「あっちだって回復手段はなくなったんだ! 圧しきれ! 攻め勝つんだ!」
弾丸が、拳撃が、斬撃が、波涛の如く〈エピメテウス〉の巨体を襲う。
浮遊装甲〈ナイツ〉はこの猛攻の前に一枚、また一枚と破壊され、そして〈エピメテウス〉の全身も凹みや損傷が目立つまでになってきた。
それでも――、
『私の正義が、ヘルメリアを守るのだァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!』
〈エピメテウス〉は、止まらなかった。
灼熱の蒸気を到るところから噴き出して、決戦兵器は自由騎士を屠っていく。
防御も、回避も、ほとんど意味をなさない。鋼鉄の守護者の力は圧倒的であった。
自由騎士達は一人、また一人と倒れ、最後に残ったのはザルクと、ウェルス。
「クソがァァァァァァァァ!」
「全くよォ、こういうときばっかりは他より頑丈な体ってのも考え物だよなぁ!」
突っ込んでくる〈エピメテウス〉に、二人は銃弾を浴びせまくる。
金属に穴が開く甲高い音。火花を派手に散らせながら、だがなおも巨体は止まらずに、
『終われェェェェェェェ!』
二人の銃士を、必殺特攻の餌食にしたのだった。
そして、
――シュゴー、と。
鋼の噴出口から、熱い蒸気が噴きだした。
相変わらず、ヘルメリア王都への道を塞ぐ鋼鉄の守護者は、そこに立っている。
だが一方で自由騎士達は、全員倒れていた。
動く者はいない。皆、満身創痍の状態で血に染まった大地に伏している。
『これが、戦いの果てだ』
鋼鉄の守護者は巨大な剣を杖のように地面に突いて、静かに告げた。
●儚い正義が眩しくて
守護者に答えるだけの余力を残している者もはなく、ただただ、沈黙だけがそこにある。
自由騎士達の敗北は、もはや誰の目から見ても明らかであった。
『まだ生きているのは分かっている。禍根は絶対に残さない。全員、ここで仕留める』
ただ一人、戦場に立つ鋼鉄の守護者は言って、トドメを刺そうと巨大剣を振り上げた。
そのときのことだった。
全身を血と泥にまみれさせながら、自由騎士の一人が、立ち上がる。
その自由騎士は――、不敵にも笑っていた。
「あなたはまるで、昼に見える星のよう」
立ったのは、ミルトスだった。
「きっともう、自分の死を覚悟しているですね。……それでも、自分の胸に宿る正義を諦めきれなかったのですね。覚悟をもって、自分の正義に殉じようとしたのですね」
『…………』
〈エピメテウス〉は、立ったミルトスに対して何も答えなかった。
「今まで、多くの戦いの中で、多くの願いを見てきました。多くの正義を見てきました。あなたがなそうとする正義を含めて、きっとそれらは全て等しく尊いのでしょう」
『ならばお前も、己の正義を賭して私に立ち向かうか?』
「――まさか」
ミルトスはかぶりを振った。そして、笑みを深める。
「ただ私は知りたいだけです」
そして彼女は握った拳を〈エピメテウス〉に向かって突き出した。
「私の拳で、あなたの正義を砕けるかどうか」
『な、に……?』
「私に、あなたのような心の強さはありません。堂々と正義を名乗れるだけの信念など、あるはずもありません。私にできるのは、あなたの正義を私の拳で砕くことだけ。そしてそれを成したとき、きっと私は、勝利の喜びにこの身を打ち震わせるでしょう」
恍惚とした顔で告げるミルトスに、〈エピメテウス〉は身を震わせ戦慄した。
『お、お前は……ッ。た、愉しもうとしているのか、この戦いを!』
「ええ、恥ずかしながら。自分でも、罪深いとは思っていますが」
ミルトスは苦笑する。
しかし、この極まった状況で、どうしても彼女の心は弾んでいた。
自分がこの戦いでどこまでできるのか。目の前の尊き正義を超えることができるのか。
それが知りたくて、それを確かめたくて、楽しみで楽しみで、こみ上げてくるものを抑えきれず、顔に笑みがこぼれてしまう。
心底嫌だと思いながらも認めざるを得ない。そうだ結局、自分はそういう人間。
戦いの中にしか自らの生きる道を見いだせない、愚かしく悪しき人種なのだ。
「さぁ、始めましょう。〈エピメテウス〉」
突き出した拳を開き、ミルトスはちょいちょいと指先で誘う。
「どうぞ、あなたの信念(せいぎ)で、私の悦楽(じゃあく)を砕いてみてください」
『ウ、オオ……! オオオオオ、オォォォォォォ……!?』
それは、今まで触れたことがないものだった。
〈エピメテウス〉が見てきた、どんな存在よりも異質にして不可解。理解できないもの。
反射的に〈エピメテウス〉は全力の一撃を選択していた。
目の前に立つ女の形をした悪鬼を消し飛ばし、さっさと忘れるがために。
だが悪鬼は、その反応にすらも笑みを深めるのだった。
「さすがに力も落ちていますね。でもダメです。どうか、最高の一撃を私にください」
至上なる戦いを求める悪鬼の一念が、ここに運命を捻じ曲げる。
『オッ! ウオオ!? こ、これは……!!?』
〈エピメテウス〉は驚いたことだろう。
いきなり全身の出力が倍増したのだ。
それは、ミルトスが運命を捻じ曲げた結果。〈エピメテウス〉の中枢を構成する強力無比な蒸気機関が暴走状態に陥ったからだった。
仮にエイドリアンが肉の体のままだったならば、あり得ない奇跡である。
そして、彼は暴走によって得た力を厭うことなく、そのままミルトスに向けた。
『わ、私の前から消えろ、自由騎士ィィィィィィィィィ!』
〈エピメテウス〉は渾身の力をもって〈キングメイカー〉を振り下ろす。
限界を超えた力による一撃。それを、ミルトスは避けなかった。
上から降り注ぐ斬撃。
それは肩から入って体を斜めに切り裂いた。
あばらが断たれ、筋肉がブチブチと千切れていく音を耳に聞く。
あっという間に脳髄が地獄の激痛に焼かれ、己の死が形となって背に近づいてきた。
だが、ミルトスは死ななかった。耐えた。耐えてしまった。
そして次の瞬間、彼女は動く。
〈エピメテウス〉の至上の一撃の威力が、自分の中にまだ生きているうちに、その勢いを己の動きの中に呑み込んで自分のモノとして利用するのだ。
これぞ、今の自分に出きる最強の一発。
敵の攻撃を利用した、零距離でのカウンターである。
「感謝します、エイドリアン・カーティス・マルソー」
盛大に血を吐きながら、彼女は穏やかな笑みで呟いた。
痛みの中に湧く確信。
この一撃こそまさに、全てを貫く邪道の一拳。
そして放たれた拳は〈エピメテウス〉の胸部に突き刺さり、巨体を吹き飛ばした。
『グ、ガァァァァァァァァァァァ――――ッ!!?』
衝撃が、巨体に爆発を生む。
それはさらに連鎖して、鋼鉄の守護者を壊していった。
拳をグシャグシャに砕かせながらも、ミルトスは満足げにうなずき、失神した。
『オ、オオ! ウオオオ! ……パ、パージだ! 緊急パージ!』
小爆発を繰り返す〈エピメテウス〉が叫ぶと、その身を覆う装甲が部品ごと爆ぜ飛んだ。
それは〈エピメテウス〉にとっての最終手段。
機体が大ダメージを負った際に、主要骨格部分のみを残して他全てを廃棄することでダメージを無効化する、切り札とも呼ぶべき機能であった。
『凌い、だ? 凌いだ、ぞ……! 何とか、凌ぎ切ったぞ!』
そるべき一撃であったが、しかし〈エピメテウス〉の中枢を破壊するには至らなかったようだ。まさしく不幸中の幸いという他ないだろう。
『だ、だが、これで……、これでやっと! 我が正義を……!』
だが、飛んできた弾丸が、彼の言葉を遮った。
「チッ、外しちまった……!」
撃ったのは、ウェルスであった。
『お、お前は……!?』
「だから言ったろうが、俺は、他より丈夫なんだよ!」
叫び、彼はさらにライフルを撃つ。
彼だけではない。他にも何人か、倒したはずの自由騎士が立ち上がっていた。
『バカな、何故……』
「こっちの増援の方が、先に間に合ったということだ」
ロジェが言う。傷だらけの彼に肩を貸しているのは、新たに現れた自由騎士だった。
他のヘルメリア軍との戦いを潜り抜けて辿り着いた援軍が、残り少ないリソースを注いでロジェ達をかろうじて動ける程度まで治したのだ。
「仕切り直しだ〈エピメテウス〉」
『……そうか。私はまだ、ヘルメリアを守り切れていないのだな』
シュウシュウと、蒸気が漏れる。
しかしその勢いは装甲パージ前に比べれば随分と弱いものだった。
『だが!』
〈エピメテウス〉が〈キングメイカー〉を両手に握り、高々と構えた。
『何を失おうとも、私はここで勝つ。勝って、ヘルメリアの正義を守る!』
「やってみろよ。できるモンならなァ!」
ザルクの銃撃を皮切りに、戦いは再開された。
もはやここまで来れば、自由騎士達にもほとんど力は残されていない。
〈エピメテウス〉も随分と追い込めはしたものの、仕留めきれるかどうか。ここから先は純粋な意地と意地とのぶつかり合いだ。
「倒れろ! 倒れろ! 倒れろォォォォォォォ!」
ウェルスが放つ銃撃はただの弾丸ではなかった。
それは内部を破壊するのに適した、軟質弾頭。衝撃を効率よく中に伝えられる。
『グ、オオオオオオオオオ!!?』
装甲を捨てた〈エピメテウス〉に、それは甚大なるダメージを与えた。
そして鋼鉄の守護者の進撃がここでついに止まる。
そこにできた隙に、泣きそうな顔になっているアンジェリカが飛び込んでいった。
「愛する人を失ってまで貫く正義に、意味があるというのですか!」
『黙れ、私は……、私は、正義を……! 』
「言って止まらないことは分かっています。だから、この刃で!」
振るった一閃は衝撃波を生み出し〈エピメテウス〉の中枢部を激しく叩いた。
『グ、オオオオ……! だが、まだ……、まだァァァァァァァァ!』
身を激しく揺さぶりながら〈エピメテウス〉は無理やりに必殺特攻を繰り出そうとする。
「……そんなナリになってまで、何をしようってのよ、バカ」
だがそこに、エルシーが立ちふさがった。
『決まっている、私は、正義を……!』
「――もう、やめなさいよ!」
だが〈エピメテウス〉の特攻戦術も、その動きをすでに見切っていたエルシーによってかわされ、そして反撃のカウンターによって打ち破られた。
〈エピメテウス〉の身に、小爆発が幾つも起きる。
『う、お、ォ……』
もはや力の大半を失い、〈エピメテウス〉は敗北を待つばかりの状態だった。
『勝てないのか……、ここまで、しても……』
エイドリアンの内心にも徐々に諦念がにじみつつあった。
しかし――、その目に、倒れたアルテイシアの姿が飛び込んでくる。
――勝って、ね。
耳の奥によみがえる、今はもう聞けない、彼女の声。
『オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!』
ヘルメリアの守護者は、まだ、倒れなかった。
「こいつ……!?」
目を剥くエルシーが、〈エピメテウス〉の前蹴りをまともに喰らった。
「エルシーさん!? こ、のぉ!」
キリもとっておきの一撃をここで使い、見事〈エピメテウス〉に命中。その右腕をついに切り落とすことに成功した。だが――、
『腕の一本程度、くれてやるぞォォォォォ!』
左手に握られた〈キングメイカー〉が、キリを薙ぎ払った。
さらに〈エピメテウス〉は蒸気機関を過剰駆動させ、圧縮した蒸気で自由騎士達を攻め立てる。だが同時に、小爆発がそこかしこに生じた。
「今しかないな」
「ああ。合わせろ、テオドール」
動いたのは、アデルとテオドールだった。
二人共に余力など微塵も残っていない。どちらにとってもこれが最後の攻撃だ。
だがテオドールはためらわずに力を振り絞って〈エピメテウス〉に呪詛の一撃を放った。
「止まりたまえよ、哀れな守護者。卿はもはや、己の正義にすがっているだけだ」
『何を、言うか! まだだ、まだ私は、我が正義は――』
「だがお前はミルトスに負けた」
テオドールの呪いによって動きを鈍らせた〈エピメテウス〉にアデルが突き付ける。
「あいつの悦楽(じゃあく)に敗れた以上、もうお前の信念(せいぎ)は力を持たない。悪を討てない正義などに、一体、どれほどの意味がある!」
『う、お……、オオ! オオオ、そ、そんな。そんなことォォォォ……!』
〈エピメテウス〉がアデルへと襲いかかる。
それこそが、彼が待ちわびていた瞬間だった。
「戦いの果てはおまえにこそ訪れる!」
そして、アデルの胸部が爆ぜて、仕込まれていた弾丸が間近で炸裂した。
『ガ……』
爆発に巻き込まれ〈エピメテウス〉の全身はズタズタになった。
それでも鋼鉄の守護者は、なお立とうとし続けて――、
「終いだ」
声は冷たく告げて、銃撃は二度。
弾丸は露わになった機関部に容赦なく突き刺さり、その奥に組み込まれていたエイドリアンの心臓のド真ん中に穴を穿った。
「どうだ、効くだろう」
撃ったのは、ザルクであった。
「この日のために積み上げてきた研鑽の結果だ。ありがたく頂戴して、死ね」
復讐者に告げられて、〈エピメテウス〉の巨体がゆらりと傾いだ。
しかし、エイドリアンは何とか踏みとどまり、ゆっくりと後退していく。
彼は王都へと続く山道の入り口に立って、左手で近くの岩を掴んだ。
『こ、この先は……、決して、通さぬ。お前、達を、ヘルメリアには、行かせない……』
残された力を使って、彼は自分を壁にしたのだ。
『ヘルメリアを、守る……、民を、街を、国を……、私は、正義の……』
そしてエイドリアンは弱々しく呟きながら――、
『……アルテイシア』
その口が最期に漏らしたのは、愛しい人の名前であった。
「死んでまで国を守ろうとする、その気概は認めてやるよ」
ザルクは言って、拳銃をホルスターに収めた。
ほどなく、遠くからヘルメリア軍が近づく音が聞こえてきた。
テオドールは舌を打つと、仕方なく撤退を皆に告げる。
〈エピメテウス〉を撃破したはいいが、こちらもあまりに傷つきすぎた。
これから王都に向かったところで、足手まといにしかならないことは分かりきっていた。
かくして、自由騎士達は王都への侵入を断念した。
正義のヒーロー、マスクド・エイダーは最後の最後までヘルメリアを守ったのだ。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
重傷
称号付与
†あとがき†
おつかれさまでございます!
吾語シナリオ史上最ギリギリの勝利!
正義の味方マスクド・エイダーの物語はこれで終わりとなります。
このシナリオで皆さんの中に何かが残れば嬉しいです。
ご参加いただきありがとうございました!
吾語シナリオ史上最ギリギリの勝利!
正義の味方マスクド・エイダーの物語はこれで終わりとなります。
このシナリオで皆さんの中に何かが残れば嬉しいです。
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FL送付済