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今夜のことは内緒にしてくださいね?(フリ)

●
「起こらなくていい悲劇は回避させなくては」
マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)と名乗ったプラロークは、そう思われませんこと? と、薄く微笑んだ。
「どうぞ、皆様のお力をお貸しください」
口元をハンカチで隠しながら、プラロークは言う。
「イブリース化する物品で死ぬかもしれない方々をお救い下さいな。それが、イ・ラプセルの明日につながります」
プラロークは水鏡で自明の箇所の説明を省略する分、割と話が飛躍する。
が、このプラロークの飛躍はちょっと過程を飛ばし過ぎだ。まだ説明に慣れていないからかもしれないが。
オラクル達は辛抱強く、更なる説明を促した。
「イブリース化する物品は、海外より持ち込まれるものですわ。旅行者ですわね。観光目的。実際、その通りですわ。スパイではありません。イ・ラプセルで現象発生とは幸運な方々ですわね。壮年のご夫妻ですのよ」
詳細を話し始めたマリオーネが指し示したのは富裕な海外旅行者が避暑に訪れる別荘が立ち並ぶ界隈だ。
「ご夫君のステッキがイブリース化致します」
跳ねまわる1メートル弱の棒っ切れ。
そういうのではありません。と、マリオーネは詳細を話し始めた。
「そのステッキの持ち手は精巧な彫刻が施されておりますの。大きなフクロウが止まっているように見える見事なものですわ――そのステッキのフクロウがステッキ本体から飛び出して、とても大きくなります。それが、コテージで縦横無尽に暴れ出しますの。放置したら二人とも落命なさいます。本当に水鏡に映って幸運な方々ですわ」
そこも大事だが、とても大きくってどのくらいだ。
オラクル達の視線と無言のジェスチャーが説明の補足を促す。
「そうですわね。大きいと言ってもステッキの柄部分ですから、通常時のフクロウの頭は殿方の手にすっぽり収まるくらいですわね」
オラクル達はその先を促す。
「そのフクロウが――わたくしくらいの大きさになりますわ」
マリオーネは158センチある。人間大の猛禽類が室内で暴れたら、確かに大惨事だ。
「この案件の最重要要素は、ご夫妻が無事であり、ステッキのイブリース化を認識し、イ・ラプセルに好意的であり続けられるようにするという点です。説明ーー御入用ですね。後程致します」
頑張れ、新米プラローク。
「それを前提にして、皆様の選択肢に二つほど提案させて下さいませ。イブリース化のタイミングは特定できておりますから、そのタイミングでコテージのドアをノックすれば、ステッキを持ったご夫君が出ていらっしゃいますわ」
こんばんは。変わったことはありませんかというタイミングで、ステッキはイブリース化を始めるだろう。
「一つ、コテージを戦場とすること。ご夫妻がそばにいるので警護と心配りが要求されます」
確実に戦闘以外に何人か人員を割くことになるだろう。
「二つ。イブリース化した杖を預かり、任意の場所でステッキを浄化する。丁度、うってつけの廃ホールがすぐ近くにありますので手配できますわ。そこでなら心置きなく戦闘できますけれど、ご夫君との接触を間違えば、詐欺師とまでは行かないまでも、国家権力による不当な押収とイ・ラプセルの印象は最悪になりかねません」
いきなり、それをよこせと言われて、はい、そうですかとはいくまい。正論であったとしても、モノには言い様というものがある。
「皆様方の得手不得手もございましょうから、ご相談くださいませ。それでは、何故この案件がイ・ラプセルの未来につながるか申し上げます」
マリオーネはにっこり笑った。笑うと無防備な感じになる。
「通商連への外交カードとして、イ・ラプセルの権能『浄化』を使うという案が出ております。カードを指示された場合、先方はその真偽を問うでしょう。でまかせやはったりをつかまされるわけにはまいりません。先方はそれは丹念にお調べになるでしょうね。イ・ラプセルの介入が少ない――第三国に由来したイブリース化現象が『破壊』ではなく『浄化』された事を第三国民によって語ってほしいでしょうね。きっと、そういう事案を血眼で探してくださるでしょう。わたくし達が提示する情報より、そちらをはるかに重く扱ってくれると思いますわ」
カードの信ぴょう性を裏打ちするのだ。折角の交渉材料、安く見てもらっては困る。
「ですので、幸運なご夫妻には『イ・ラプセルでは不思議なことにイブリース化したものがそっくりそのまま戻ってくるのだよ。品物を諦めなくていいんだ』と『好意的』に語っていただく必要がありますの。イ・ラプセルのいい思い出として。納得していただけまして?」
ステッキ一本に外交の足掛かり。世界は絶妙なバランスで動いている。
「コテージではご夫妻は一部始終を目撃することになります。とても臨場感にあふれた情報をお話になるでしょうね。ステッキを預けた場合は、イブリース化したステッキが『なんだかよくわからないけれど』無事に帰ってきたというお話になるでしょう。どちらにもメリットはございます。皆様にお任せいたしますわ」
詳細なルポか、神秘のベール越しか。情報の見せ方も大事な選択だ。
「皆様。どうぞ、悲劇を回避し、希望の種をまいてくださいませ」
「起こらなくていい悲劇は回避させなくては」
マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)と名乗ったプラロークは、そう思われませんこと? と、薄く微笑んだ。
「どうぞ、皆様のお力をお貸しください」
口元をハンカチで隠しながら、プラロークは言う。
「イブリース化する物品で死ぬかもしれない方々をお救い下さいな。それが、イ・ラプセルの明日につながります」
プラロークは水鏡で自明の箇所の説明を省略する分、割と話が飛躍する。
が、このプラロークの飛躍はちょっと過程を飛ばし過ぎだ。まだ説明に慣れていないからかもしれないが。
オラクル達は辛抱強く、更なる説明を促した。
「イブリース化する物品は、海外より持ち込まれるものですわ。旅行者ですわね。観光目的。実際、その通りですわ。スパイではありません。イ・ラプセルで現象発生とは幸運な方々ですわね。壮年のご夫妻ですのよ」
詳細を話し始めたマリオーネが指し示したのは富裕な海外旅行者が避暑に訪れる別荘が立ち並ぶ界隈だ。
「ご夫君のステッキがイブリース化致します」
跳ねまわる1メートル弱の棒っ切れ。
そういうのではありません。と、マリオーネは詳細を話し始めた。
「そのステッキの持ち手は精巧な彫刻が施されておりますの。大きなフクロウが止まっているように見える見事なものですわ――そのステッキのフクロウがステッキ本体から飛び出して、とても大きくなります。それが、コテージで縦横無尽に暴れ出しますの。放置したら二人とも落命なさいます。本当に水鏡に映って幸運な方々ですわ」
そこも大事だが、とても大きくってどのくらいだ。
オラクル達の視線と無言のジェスチャーが説明の補足を促す。
「そうですわね。大きいと言ってもステッキの柄部分ですから、通常時のフクロウの頭は殿方の手にすっぽり収まるくらいですわね」
オラクル達はその先を促す。
「そのフクロウが――わたくしくらいの大きさになりますわ」
マリオーネは158センチある。人間大の猛禽類が室内で暴れたら、確かに大惨事だ。
「この案件の最重要要素は、ご夫妻が無事であり、ステッキのイブリース化を認識し、イ・ラプセルに好意的であり続けられるようにするという点です。説明ーー御入用ですね。後程致します」
頑張れ、新米プラローク。
「それを前提にして、皆様の選択肢に二つほど提案させて下さいませ。イブリース化のタイミングは特定できておりますから、そのタイミングでコテージのドアをノックすれば、ステッキを持ったご夫君が出ていらっしゃいますわ」
こんばんは。変わったことはありませんかというタイミングで、ステッキはイブリース化を始めるだろう。
「一つ、コテージを戦場とすること。ご夫妻がそばにいるので警護と心配りが要求されます」
確実に戦闘以外に何人か人員を割くことになるだろう。
「二つ。イブリース化した杖を預かり、任意の場所でステッキを浄化する。丁度、うってつけの廃ホールがすぐ近くにありますので手配できますわ。そこでなら心置きなく戦闘できますけれど、ご夫君との接触を間違えば、詐欺師とまでは行かないまでも、国家権力による不当な押収とイ・ラプセルの印象は最悪になりかねません」
いきなり、それをよこせと言われて、はい、そうですかとはいくまい。正論であったとしても、モノには言い様というものがある。
「皆様方の得手不得手もございましょうから、ご相談くださいませ。それでは、何故この案件がイ・ラプセルの未来につながるか申し上げます」
マリオーネはにっこり笑った。笑うと無防備な感じになる。
「通商連への外交カードとして、イ・ラプセルの権能『浄化』を使うという案が出ております。カードを指示された場合、先方はその真偽を問うでしょう。でまかせやはったりをつかまされるわけにはまいりません。先方はそれは丹念にお調べになるでしょうね。イ・ラプセルの介入が少ない――第三国に由来したイブリース化現象が『破壊』ではなく『浄化』された事を第三国民によって語ってほしいでしょうね。きっと、そういう事案を血眼で探してくださるでしょう。わたくし達が提示する情報より、そちらをはるかに重く扱ってくれると思いますわ」
カードの信ぴょう性を裏打ちするのだ。折角の交渉材料、安く見てもらっては困る。
「ですので、幸運なご夫妻には『イ・ラプセルでは不思議なことにイブリース化したものがそっくりそのまま戻ってくるのだよ。品物を諦めなくていいんだ』と『好意的』に語っていただく必要がありますの。イ・ラプセルのいい思い出として。納得していただけまして?」
ステッキ一本に外交の足掛かり。世界は絶妙なバランスで動いている。
「コテージではご夫妻は一部始終を目撃することになります。とても臨場感にあふれた情報をお話になるでしょうね。ステッキを預けた場合は、イブリース化したステッキが『なんだかよくわからないけれど』無事に帰ってきたというお話になるでしょう。どちらにもメリットはございます。皆様にお任せいたしますわ」
詳細なルポか、神秘のベール越しか。情報の見せ方も大事な選択だ。
「皆様。どうぞ、悲劇を回避し、希望の種をまいてくださいませ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ステッキのイブリース化と浄化を認識したご夫妻が無事。
2.なおかつ、ご夫妻がイ・ラプセルに好意的。
3.条件1を満たすため、イブリース化したステッキとの戦闘。
2.なおかつ、ご夫妻がイ・ラプセルに好意的。
3.条件1を満たすため、イブリース化したステッキとの戦闘。
田奈です。
カスカ・セイリュウジ(CL3000019)さんとウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)さん、ティーナ・カミュ(CL3000359)さんのブレストより発生した依頼です。
お知恵を拝借いたしました。
イブリース化したステッキ由来のフクロウと戦っていただきます。
夜・曇り。
*ステッキのフクロウ。
象牙と金属製のフクロウ。どこで戦闘するかでいろいろ変わります。
ガタガタ動き出し、巨大化まで3ターン掛かりますので、その間に戦闘準備してください。
フクロウを倒すと元通りのステッキに戻ります。心証のため、取扱いに注意してください。
1)コテージ1階
広さは、8メートル×8メートル×3メートル。富裕層向けなのでゆったりめですが、大きなテーブルセットや調度品がありますので、動きづらいです。移動にペナルティが付きます。フクロウも飛ぶことはできず、戦闘能力を発揮しきれません。それでも一般人を殺傷するには十分です。
この戦場を選んだ場合、戦闘領域からご夫妻を完全離脱させるのにオラクルを一人つけて、10ターン掛かります。人数をかければかけるほど短くなりますが、最低5ターン掛かります。
ご夫妻の臨場感あふれる情報は、通商連へある程度の影響を与えることになるでしょう。
爪:バッシュ相当
くちばし:デュアルストライク相当
翼での殴打:オーバーブラスト相当
2)廃ホール
15メートル×10メートル×5メートル。
コテージから全力異動すれば巨大化までに到着できます。がらんとした木造建築です。
戦闘中の移動に支障はありませんが、フクロウは飛行攻撃してきます。
この戦場を選んだ場合、ご夫妻は戦闘領域にいません。精々大きな物音くらいでしょう。
ご夫妻の神秘のヴェール越しの情報は、通商連へある程度の影響を与えることになるでしょう。
爪:■■■■■相当
くちばし:デュアルストライク相当
翼での殴打:ブレイクゲイト相当
ご夫妻:通商連経由で来た第三国富裕層の観光客。
イブリース化したフクロウを見るとその場で腰をぬかすので、格好の餌食です。放置すると死にます。
ステッキはご夫妻の思い出の品なので、そう簡単には手放してくれません。誠意を見せてください。
さすがに巨大化直前でとり落とします。その場合は心証が最悪になると思ってください。
ご夫妻には事の顛末を流布していただく関係から、ステッキがイブリース化したのを見てもらう必要があります。
こっそりステッキを「拝借」して戦闘では、ご夫妻は無事ですが「目的」未達成なので失敗になりますのでご注意ください。
ご夫妻は、当日の昼間、コテージ前のビーチで日光浴しますので、巡回中の自由騎士団と談笑しても全然不自然ではありません。
また、騎士団が防犯のため夜分に巡回するのも不自然ではありません。
カスカ・セイリュウジ(CL3000019)さんとウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)さん、ティーナ・カミュ(CL3000359)さんのブレストより発生した依頼です。
お知恵を拝借いたしました。
イブリース化したステッキ由来のフクロウと戦っていただきます。
夜・曇り。
*ステッキのフクロウ。
象牙と金属製のフクロウ。どこで戦闘するかでいろいろ変わります。
ガタガタ動き出し、巨大化まで3ターン掛かりますので、その間に戦闘準備してください。
フクロウを倒すと元通りのステッキに戻ります。心証のため、取扱いに注意してください。
1)コテージ1階
広さは、8メートル×8メートル×3メートル。富裕層向けなのでゆったりめですが、大きなテーブルセットや調度品がありますので、動きづらいです。移動にペナルティが付きます。フクロウも飛ぶことはできず、戦闘能力を発揮しきれません。それでも一般人を殺傷するには十分です。
この戦場を選んだ場合、戦闘領域からご夫妻を完全離脱させるのにオラクルを一人つけて、10ターン掛かります。人数をかければかけるほど短くなりますが、最低5ターン掛かります。
ご夫妻の臨場感あふれる情報は、通商連へある程度の影響を与えることになるでしょう。
爪:バッシュ相当
くちばし:デュアルストライク相当
翼での殴打:オーバーブラスト相当
2)廃ホール
15メートル×10メートル×5メートル。
コテージから全力異動すれば巨大化までに到着できます。がらんとした木造建築です。
戦闘中の移動に支障はありませんが、フクロウは飛行攻撃してきます。
この戦場を選んだ場合、ご夫妻は戦闘領域にいません。精々大きな物音くらいでしょう。
ご夫妻の神秘のヴェール越しの情報は、通商連へある程度の影響を与えることになるでしょう。
爪:■■■■■相当
くちばし:デュアルストライク相当
翼での殴打:ブレイクゲイト相当
ご夫妻:通商連経由で来た第三国富裕層の観光客。
イブリース化したフクロウを見るとその場で腰をぬかすので、格好の餌食です。放置すると死にます。
ステッキはご夫妻の思い出の品なので、そう簡単には手放してくれません。誠意を見せてください。
さすがに巨大化直前でとり落とします。その場合は心証が最悪になると思ってください。
ご夫妻には事の顛末を流布していただく関係から、ステッキがイブリース化したのを見てもらう必要があります。
こっそりステッキを「拝借」して戦闘では、ご夫妻は無事ですが「目的」未達成なので失敗になりますのでご注意ください。
ご夫妻は、当日の昼間、コテージ前のビーチで日光浴しますので、巡回中の自由騎士団と談笑しても全然不自然ではありません。
また、騎士団が防犯のため夜分に巡回するのも不自然ではありません。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年08月31日
2018年08月31日
†メイン参加者 8人†
●
『裏街の夜の妖精』ローラ・オルグレン(CL3000210)は感心したのだ。
「イブリース化したアイテムの浄化をアピールかぁ。なかなか上手な商売考える人もいるんだね。むしろ今までなんで誰もやろうとしなかったんだろってカンジの盲点だよねー」
その考えた内の一人、『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)は、少々複雑な心持のようだ。
「そんな提案を言ったような記憶もありますが、まさか本当に持ち込まれるとはね」
イ・ラプセル首脳陣は、頭が柔らかく、フットワークも軽くていらっしゃる。
「この数か月前に戦争があった国に避暑に訪れるとは、富裕層の考えは俺にはわからねえな」
『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)がもっともなことを言う。そういうもの好きはディレッタントと呼ばれるのだ。
「だがま、この夫婦への対応で通商連への影響があるってんなら、気は抜けねえな」
●
「バカンスにピッタリ、色々売ってるヨー!」
遠い異国訛りを持つ行商人。情緒たっぷりの売り声が、避暑地の醍醐味だ。
「まあ、どんなものがあるのかしら」
妻が、コテージは浜に面している。庭にしつらえたパラソルの下に行商人を手招きする。
「これは最近流通再開した果実ネ。この国の自由騎士団が交渉したトカ」
そうそう。そんなものが結成されたらしい。従来からあった騎士団とは別に――戦力増強を穏便な形で進めることにしたということか。
「虫除けの精油とポプリもあるヨ。以前原料の花摘みに行ってきたノ。効果はこの目で確認済、オススメネ!」
「まあ、まあ、かわいい白い花なのね」
妻は今でも少女のようなところがある。
あれやこれやと手に取って、商売人と興じるのを毎年楽しみにしているのだ。
「旦那さんの杖も素敵な意匠ね。商売人的に出処も知りたいネ!」
「どこだろうな。これは妻の父上からいただいたものでね。私もやがては娘の夫になるものに渡してやろうと思っているんだ。娘と共に叡智を譲るんだよ」
「アイヤー。素晴らしいね。その言葉、売り文句にいただきたいくらいヨ」
来年も同じ楽しみを味わわせてやれるか微妙なところだ。
世間はきな臭くなっている。それはこの島国イ・ラプセルも例外ではない。
毎年、船を乗り継いできていたが、戦況によってはこれが最後のイ・ラプセルになるかもしれない。
長年連れ添った妻と避暑の旅。
適度な広さの管理された浜に喧騒はない。
先ほど、通商連構成員だというお嬢さんが転がったボールを拾いに来た。アデレードで宿を預かっているという。よろしくお願いしまぁす。と、語尾を跳ね上げて挨拶してきた。
素敵なコテージですね。間取りとか参考になります。と、言っていたから、若いがこれからいい商売をするようになるかもしれない。
通商連が出資しているということはまだしばらく――一、二年は大丈夫だろうか。。
デッキチェアーで本を読んでいると、さりげなく武装した一団が近づいてきた。
●
「自由騎士団による巡回なんですよ。イ・ラプセルを楽しんでおられますか。それはよかった」
気遣いが自然。
『いつかそう言える日まで』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)はやはり上流階級の出であるのだなぁ。と、後ろでおとなしく控えている『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)はよしよしと思っている。
よその土地ではあまり見ないマザリモノにぶしつけな視線を注がない程度にはイ・ラプセルに来慣れているらしい。
この異国情緒もイ・ラプセルの強みである。多様性という観点において。
談笑の内容もラグジュアリーな夏の楽しみについてだったりして、どこそれ何それおいしーの? という感じで右から左に抜けていく。
波打ち際には、ローラと『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)が日光浴に興じている。
ローラは、近づいてくる若者を適当にあしらって遊んでいるようだ。
先ほど、老夫婦と接触していたのを確認している。
死にそうな顔をしている『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は、周囲を見回しているように見せかけて、水着のお嬢さんから目を背けているのにツボミは気が付いた。耳が赤いのは日光のせいだけではあるまい。音なく動く唇は「アツイ」を切れ目なく連呼しているが、暑いなのか日光に熱せられ、脱ぐに脱げずに放熱できないカタフラクトが熱いなのかは本人に聞かなくてはわからない。
ザルクは、そういえば錆止めを塗っていた。
今は、アダムとは別方向から見回りをしているはずだ。老夫婦の周囲に本物のスパイが張り付いていないか確認中なのだ。スパイでなくともこちらの動きを見るために誘導されたデコイである蓋然性もある。
目が合うと、異常なしというようにわずかに顎を動かした。
●
穏やかな波。南国の日差し。乾いた風。少しばかり含みを持たせた会話。
少しづつ日が傾いていく。
昼間、夜の見回りまでは自由時間だと言っていた娘さんが、妻に声をかけてきた。これから仕事だという。
「私達が巡回しているので大丈夫ですが……」
夜盗とか獣とかは。と、彼女は前置きする。
「イブリースなどはいつ現れるか分からないので、気を付けて下さいね」
妻と私は顔を見合わせた。
まあ確かに、そんな話も聞かなくはないが。
「お心遣いありがとう」
空を見上げたが、美しい夕焼けだ。幽霊列車など煙突の煙も見えなかった。
●
「大分お近づきになれたネ。お国に帰ってもコネになってほしいヨ。かなりの年代物っぽいけど、杖の出所は不明ネ」
行商人――『有美玉』ルー・シェーファー(CL3000101)は、夫人とたっぷり談笑した。さりげなく、売り物にはとても高価なものもあるということもアピール済みだ。
「庭越しだけど、間取り確認してきたよ。狭くないけど物は多いね」
ローラは商売柄、部屋の間取りのチェックが早い。邪魔になりそうなものを仲間に伝える。
「よし。あとは日が暮れてからだな」
アダムはカンテラの用意を始めた。この季節のオールモストには、夜は絶好調なのだ。
●
毎年訪れているレストラン、料理も葡萄酒も素晴らしかった。
そろそろ休もうかと思っていた頃。コテージのベルが鳴った。
こんな時間に――。
窓からそっと見てみると、気づかわしげな顔をした自由騎士と名乗った一団が立っている。
なんだ。何が起こったのだ。
ドアを開けずに返事をすると、
「お昼はどうも」
夕方、浜で別れた娘さんが頭を下げた。
「その杖にイブリース化の兆候があるので一度渡してほしい」
昼間は、控えていた娘――医師だと紹介された――が口を開いた。バカンスの夜に聞きたくない言葉だった。
●
夫妻ともに思考停止状態になっている。
なかなかイブリース化事件の当事者になることはない。
ツボミの直截的な物言いに、いっそ経緯は伏せてごり押すのも念頭に入れていたボルカスは咳払いをした。
「先ほど情報が入ったんだ。事態はひっ迫している。事前に訪問をお知らせしたかったんだが申し訳ない――」
失礼のないようにするのは難しいことではない。自分だったらどう感じるかを考えればいいのだ。
問題は、この時期に通商連のつてをたどって大陸からわざわざバカンスに来るのが可能な人間の気持ちというのはなかなか扱いが難しいということだ。
この時ばかりは、甘やかしながらもしっかりしつけてくれた家の者に感謝せねばなるまい。あの時の苦労が今役に立っている。
ツボミは、頷いた。ここは譲歩の時だ。
「不安なら見ていてくれて構わない。安全の為少しだけ離れてくれれば良いとしよう。その際の危険からは我々がお守りするし、もし悪魔化しなかったら普通に謝って返そう」
言葉の端々にボルカスは冷や冷やするが、昼間の談笑が互いの距離を縮めているようだ。
いかにも騎士のアダムが誠意の塊みたいな顔をして無言で事態の行方を見守っていたりする。
カスカは沈黙を保っている。こういうことは得意なものがやるべきだ。
●
昼間、妻と話していた行商人が集団の後ろから前に出てきた。
「泥棒や詐欺じゃないヨ。担保として、これ、預けるネ。アタシの商売道具と今日の売上が入ってるヨ」
妻が目を大きく見開いている。中にかなり高価なものも入っていると耳打ちしてきた。
しかし、本当に信用していいのだろうか。自由騎士団というのも初耳なのだ。実際、発足したばかりの組織と聞くが目の前の一団が本当にそうかという確証はない。第一、イブリース化したものは徹底的に破壊するものなのだ。
何かの間違いだ。私のステッキがイブリース? 彼らが正規の組織の者だとしても、無事に帰ってくる訳がない。戻ってくるのはせいぜい欠片か灰が関の山だ。
長年手首にかけ、体重を預けてきたステッキを知らず握りしめていた。
これは、私が舅から譲り受け以来ずっと手元に置いていた、言うなれば、騎士にとっての愛剣のようなものなのだ。
その時、重量に違和感を感じた。妙な振動。私のステッキがおかしい。
長年私を導いてきた叡智のフクロウが醜悪に膨れ伸び縮みし、ステッキの木製部分が哀れなほどに床の上で踊っている。体にステッキが当たる。そんな。
「あ、あああ、あああああっ!」
妻が金切り声を上げた。
「あなた、捨てて。それを早く。その人達に渡して。逃げて!」
どの国でも、発音の若干の違いはあれどこう叫ぶしかない。
『イブリース!』
ああ、何ということだ。私の生涯を共に歩いたステッキがよからぬものに魅入られてしまった。私の脇をバカげた列車が通ったというのか?
ぼこぼこと湧き上がる溶岩のような音を立てるステッキ。
彼らは私から奪い取ることはしなかった。
「私にすらそう言う物はまあ何なとある。別に無いと死ぬと言う類ではないが、あると嬉しい物だし無くしたいとは思わんものだ。そりゃ大切だろうとも」
医師が言った。
私の迷いをわかっている。その上で、ただ、私がステッキに別れを言うのを待っていた。
彼らは、わたしが色々なものを振り切って、ようやく差し出したそれを両手でしっかり握った。
「突然このような話をされて、困惑なされているのは重々承知の上です。 それでも、どうか信じてほしい。どうか、我々に貴方たちの思い出を守らせてほしいのです……!」
昼間、私達に話しかけてくれた青年が姿勢を正した。
それが優しいウソになることはわかっていた。
若くもない二人が仮住まいするコテージとしてはそこそこの広さだろうが、何人も大立ち回りするにはいささか狭いだろう。
何もかも無事ではすむまい。と、覚悟を決めた。
●
カスミが、ステッキと夫妻の間に入った。
慣れた様子で構え、柄に手をかけるのに夫妻が息をのんだ。解き放たれる力のくびき。場の雰囲気が闘争の気配を帯びる。
夫妻からできるだけ離れた位置に注意深く置かれたステッキの変容は続く。
ステッキの飾りに過ぎないフクロウが、巨大に膨れ上がり、ステッキ本体がフクロウの飾り羽根のような大きさになる。
巨大な黄色い目にオラクルの顔が反射することはない。生命体ではないのだ。そこは瞳の形をした何かだ。
ソファーセットと真夏なので使われていないマントルピースの間で広げられた猛禽類の翼はオラクルが思っていたより窮屈そうだ。
「私のステッキが――」
「なんてこと――」
イブリース化を目の当たりにした夫妻の口から神への祈りが漏れる。海の向こうの神のご加護は届くだろうか。
「準備できた! 安全第一ヨ! こっちへ!」
幸い、アクアディーネのオラクルの救いの手はすぐ届いた。
ルーとアリアが素早く夫妻を向き直る。
「大丈夫、お二人は私が必ず守ります」
二人の保護専任の自由騎士の誘導で外に連れ出す。避難経路は確保されている。
夫人は歩行に支障をきたすほどだ。
「失礼します!」
アリアが、ひょいっと夫人を背負って走り出した。
安全圏にたどり着くと、ルーは鞄をその場に置いた。
「ここで待っててほしいヨ。商売道具よろしくネ!」
仲間に後を託し、コテージに戻ろうとするルーとアリアに夫人は声をかけた。
「まって。あなた達はどうするの」
「仲間が待っていますから――あの杖も大丈夫です。私達が浄化して、お返ししますからね」
彼らがそう言う心持で挑むのなら、例え欠片も戻らなくてもかまわないと思えた。
浄化。浄化とは何だろう。
●
パーンという破裂音に、コテージに急ぎ戻ってきたルーは叫んだ。
「遅かったー!」
すでに、カスカの超音速に耐えきれなかった鞘が粉砕している。
フクロウの風切り羽根がばらばらとピカピカに磨き上げられた床に落ちる。
「コテージ内の物品、特に夫妻の私物は傷つけないよう気を払うネ」
心証大事ヨ! と、ルーが注文を付けた。
「だよな。みんなそこのテーブルより前に出るな。結界に巻き込まれる」
ザルクはフクロウの後方、部屋の隅めがけて不可視の銃弾を放った。フクロウの動きが目に見えて緩慢になる。
「このコテージがあの夫婦の物なら、杖だけでなく室内を荒らすのもまずいだろう」
ザルクが、カタコンベから持ち帰った麻痺の結界をもたらす技だ。
「痛い。まだモノにしてないな」
苦虫をつぶしたような顔で弾を食らったわき腹をさする。
技を使うと、忘れるなとばかりに痛みがぶり返すのだ。
これで、フクロウの行動は大幅に制限されるし、オラクルの技はいいところに当たりやすくなる。
「さあ、あとはひたすら殴るぞ。ご夫妻にも、積極的に戦う姿を見せねばな!」
●
先程、銃声が聞こえた。
聞き慣れない金属音は剣戟なのだろう。
それでも、コテージから私と妻がいるところまで物が飛んできたりはしなかった。
海に面した大きな窓越しに彼らの奮闘が見えた。
こちらに向けられた背中が私たちを守っているのだと知れた。
その向こうで先程妻を背負ってくれた娘さんが宙で身をひるがえしていた。
もう一人、フクロウの脇をすり抜けるようにして今まで口をきいていなかった娘さんが武器を振るっている。あの長い刃物だろうか。
「あなた。あの光っているのは氷かしら」
「そうだね。ああ、あれは治癒魔法か。実際使っているところは初めて見るが――」
「キラキラしてきれいなものなのね。ピンク色だったり、フラッシュしたり。花火みたい」
不謹慎ながら、もう怯えることはないのではないかという気がしていた。
●
カスカが、不意のフクロウの羽ばたきによってできた陣形の穴を埋めながら、調度の上をはねるように斬撃を加える中、アダムはフクロウに貼りつくようにして戦っていた。
イブリースは倒すべきだが、浄化された後のステッキを守るのが彼が自らに課した使命だった。
だから、誰よりも近くにいなくてはならない。
滑らかな動きは、仲間の攻撃の邪魔にならないポジショニングをしつつ、フクロウのくちばしを受け止める。
ボルカスの渾身の一撃に、フクロウの様子が変わった。
ぴきぱきと音がして、フクロウの体がひび割れた。
ボロボロと崩れて床に落ちては消える破片。
アダムは、飾り場へのように飛び出たステッキ部分に意識を集中させていた。
床に向かって落ちる前に、アダムはステッキを受け止めた。
「思い出の品という事だからね、大切に扱わないと。思い出を守るのも騎士の務めさ」
●
コテージから出てきた彼らは元気なように見えたが、傷ついた鎧や裂けた布にぞっとする。
先程私に心臓がつぶれるほどの宣告をした医師の娘さんが、私の前にそれを差し出した。
しっとりとした触感から布か何かで拭ってくれたことがわかる。
「この状態が元通りかどうか、こちらではわからないんだが――」
私のステッキだ。傷、へこみ、塗料の剥げ。フクロウの彫刻。完璧に私のステッキだ。
「何故だ――」
こんなことは聞いたことがない。イブリース化したものは全てが破壊されるのだ。それが生きている人間だろうとも。
「それは――ええと、イ・ラプセルでは可能というか――」
彼らの視線がおのおのさまよう。
奇蹟としか言いようがない。大陸になくて、この国にだけある奇跡。
思い当たった。先程娘さんが浄化と言っていたそれは――。
彼らは、私が何かに気づいたことを悟ったようだった。 彼らの内のいかにも騎士と言った青年が、至極真面目な顔をして言った。
「このことはどうかご内密に。コテージの修復や今日お泊りになる場所はこちらでご用意いたします」
宿を営んでいるという娘さんが頷いた。ツテがあるらしい。
そう。彼らの立場としてはそう言わざるを得ない。
この国にとっては、異邦人に大っぴらにしていいことではないだろう。
戦時中。私たちは異邦人――にも関わらず、彼らは私と妻を救ってくれた。私の感傷に応じてくれた。
「ありがとう。君達に不利益があるようなことはするまいよ」
私は、私が最善と思える機会に最善と思える相手に最善と思える言い方で、君たちの命を賭した献身に報いることにしよう。
『裏街の夜の妖精』ローラ・オルグレン(CL3000210)は感心したのだ。
「イブリース化したアイテムの浄化をアピールかぁ。なかなか上手な商売考える人もいるんだね。むしろ今までなんで誰もやろうとしなかったんだろってカンジの盲点だよねー」
その考えた内の一人、『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)は、少々複雑な心持のようだ。
「そんな提案を言ったような記憶もありますが、まさか本当に持ち込まれるとはね」
イ・ラプセル首脳陣は、頭が柔らかく、フットワークも軽くていらっしゃる。
「この数か月前に戦争があった国に避暑に訪れるとは、富裕層の考えは俺にはわからねえな」
『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)がもっともなことを言う。そういうもの好きはディレッタントと呼ばれるのだ。
「だがま、この夫婦への対応で通商連への影響があるってんなら、気は抜けねえな」
●
「バカンスにピッタリ、色々売ってるヨー!」
遠い異国訛りを持つ行商人。情緒たっぷりの売り声が、避暑地の醍醐味だ。
「まあ、どんなものがあるのかしら」
妻が、コテージは浜に面している。庭にしつらえたパラソルの下に行商人を手招きする。
「これは最近流通再開した果実ネ。この国の自由騎士団が交渉したトカ」
そうそう。そんなものが結成されたらしい。従来からあった騎士団とは別に――戦力増強を穏便な形で進めることにしたということか。
「虫除けの精油とポプリもあるヨ。以前原料の花摘みに行ってきたノ。効果はこの目で確認済、オススメネ!」
「まあ、まあ、かわいい白い花なのね」
妻は今でも少女のようなところがある。
あれやこれやと手に取って、商売人と興じるのを毎年楽しみにしているのだ。
「旦那さんの杖も素敵な意匠ね。商売人的に出処も知りたいネ!」
「どこだろうな。これは妻の父上からいただいたものでね。私もやがては娘の夫になるものに渡してやろうと思っているんだ。娘と共に叡智を譲るんだよ」
「アイヤー。素晴らしいね。その言葉、売り文句にいただきたいくらいヨ」
来年も同じ楽しみを味わわせてやれるか微妙なところだ。
世間はきな臭くなっている。それはこの島国イ・ラプセルも例外ではない。
毎年、船を乗り継いできていたが、戦況によってはこれが最後のイ・ラプセルになるかもしれない。
長年連れ添った妻と避暑の旅。
適度な広さの管理された浜に喧騒はない。
先ほど、通商連構成員だというお嬢さんが転がったボールを拾いに来た。アデレードで宿を預かっているという。よろしくお願いしまぁす。と、語尾を跳ね上げて挨拶してきた。
素敵なコテージですね。間取りとか参考になります。と、言っていたから、若いがこれからいい商売をするようになるかもしれない。
通商連が出資しているということはまだしばらく――一、二年は大丈夫だろうか。。
デッキチェアーで本を読んでいると、さりげなく武装した一団が近づいてきた。
●
「自由騎士団による巡回なんですよ。イ・ラプセルを楽しんでおられますか。それはよかった」
気遣いが自然。
『いつかそう言える日まで』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)はやはり上流階級の出であるのだなぁ。と、後ろでおとなしく控えている『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)はよしよしと思っている。
よその土地ではあまり見ないマザリモノにぶしつけな視線を注がない程度にはイ・ラプセルに来慣れているらしい。
この異国情緒もイ・ラプセルの強みである。多様性という観点において。
談笑の内容もラグジュアリーな夏の楽しみについてだったりして、どこそれ何それおいしーの? という感じで右から左に抜けていく。
波打ち際には、ローラと『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)が日光浴に興じている。
ローラは、近づいてくる若者を適当にあしらって遊んでいるようだ。
先ほど、老夫婦と接触していたのを確認している。
死にそうな顔をしている『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は、周囲を見回しているように見せかけて、水着のお嬢さんから目を背けているのにツボミは気が付いた。耳が赤いのは日光のせいだけではあるまい。音なく動く唇は「アツイ」を切れ目なく連呼しているが、暑いなのか日光に熱せられ、脱ぐに脱げずに放熱できないカタフラクトが熱いなのかは本人に聞かなくてはわからない。
ザルクは、そういえば錆止めを塗っていた。
今は、アダムとは別方向から見回りをしているはずだ。老夫婦の周囲に本物のスパイが張り付いていないか確認中なのだ。スパイでなくともこちらの動きを見るために誘導されたデコイである蓋然性もある。
目が合うと、異常なしというようにわずかに顎を動かした。
●
穏やかな波。南国の日差し。乾いた風。少しばかり含みを持たせた会話。
少しづつ日が傾いていく。
昼間、夜の見回りまでは自由時間だと言っていた娘さんが、妻に声をかけてきた。これから仕事だという。
「私達が巡回しているので大丈夫ですが……」
夜盗とか獣とかは。と、彼女は前置きする。
「イブリースなどはいつ現れるか分からないので、気を付けて下さいね」
妻と私は顔を見合わせた。
まあ確かに、そんな話も聞かなくはないが。
「お心遣いありがとう」
空を見上げたが、美しい夕焼けだ。幽霊列車など煙突の煙も見えなかった。
●
「大分お近づきになれたネ。お国に帰ってもコネになってほしいヨ。かなりの年代物っぽいけど、杖の出所は不明ネ」
行商人――『有美玉』ルー・シェーファー(CL3000101)は、夫人とたっぷり談笑した。さりげなく、売り物にはとても高価なものもあるということもアピール済みだ。
「庭越しだけど、間取り確認してきたよ。狭くないけど物は多いね」
ローラは商売柄、部屋の間取りのチェックが早い。邪魔になりそうなものを仲間に伝える。
「よし。あとは日が暮れてからだな」
アダムはカンテラの用意を始めた。この季節のオールモストには、夜は絶好調なのだ。
●
毎年訪れているレストラン、料理も葡萄酒も素晴らしかった。
そろそろ休もうかと思っていた頃。コテージのベルが鳴った。
こんな時間に――。
窓からそっと見てみると、気づかわしげな顔をした自由騎士と名乗った一団が立っている。
なんだ。何が起こったのだ。
ドアを開けずに返事をすると、
「お昼はどうも」
夕方、浜で別れた娘さんが頭を下げた。
「その杖にイブリース化の兆候があるので一度渡してほしい」
昼間は、控えていた娘――医師だと紹介された――が口を開いた。バカンスの夜に聞きたくない言葉だった。
●
夫妻ともに思考停止状態になっている。
なかなかイブリース化事件の当事者になることはない。
ツボミの直截的な物言いに、いっそ経緯は伏せてごり押すのも念頭に入れていたボルカスは咳払いをした。
「先ほど情報が入ったんだ。事態はひっ迫している。事前に訪問をお知らせしたかったんだが申し訳ない――」
失礼のないようにするのは難しいことではない。自分だったらどう感じるかを考えればいいのだ。
問題は、この時期に通商連のつてをたどって大陸からわざわざバカンスに来るのが可能な人間の気持ちというのはなかなか扱いが難しいということだ。
この時ばかりは、甘やかしながらもしっかりしつけてくれた家の者に感謝せねばなるまい。あの時の苦労が今役に立っている。
ツボミは、頷いた。ここは譲歩の時だ。
「不安なら見ていてくれて構わない。安全の為少しだけ離れてくれれば良いとしよう。その際の危険からは我々がお守りするし、もし悪魔化しなかったら普通に謝って返そう」
言葉の端々にボルカスは冷や冷やするが、昼間の談笑が互いの距離を縮めているようだ。
いかにも騎士のアダムが誠意の塊みたいな顔をして無言で事態の行方を見守っていたりする。
カスカは沈黙を保っている。こういうことは得意なものがやるべきだ。
●
昼間、妻と話していた行商人が集団の後ろから前に出てきた。
「泥棒や詐欺じゃないヨ。担保として、これ、預けるネ。アタシの商売道具と今日の売上が入ってるヨ」
妻が目を大きく見開いている。中にかなり高価なものも入っていると耳打ちしてきた。
しかし、本当に信用していいのだろうか。自由騎士団というのも初耳なのだ。実際、発足したばかりの組織と聞くが目の前の一団が本当にそうかという確証はない。第一、イブリース化したものは徹底的に破壊するものなのだ。
何かの間違いだ。私のステッキがイブリース? 彼らが正規の組織の者だとしても、無事に帰ってくる訳がない。戻ってくるのはせいぜい欠片か灰が関の山だ。
長年手首にかけ、体重を預けてきたステッキを知らず握りしめていた。
これは、私が舅から譲り受け以来ずっと手元に置いていた、言うなれば、騎士にとっての愛剣のようなものなのだ。
その時、重量に違和感を感じた。妙な振動。私のステッキがおかしい。
長年私を導いてきた叡智のフクロウが醜悪に膨れ伸び縮みし、ステッキの木製部分が哀れなほどに床の上で踊っている。体にステッキが当たる。そんな。
「あ、あああ、あああああっ!」
妻が金切り声を上げた。
「あなた、捨てて。それを早く。その人達に渡して。逃げて!」
どの国でも、発音の若干の違いはあれどこう叫ぶしかない。
『イブリース!』
ああ、何ということだ。私の生涯を共に歩いたステッキがよからぬものに魅入られてしまった。私の脇をバカげた列車が通ったというのか?
ぼこぼこと湧き上がる溶岩のような音を立てるステッキ。
彼らは私から奪い取ることはしなかった。
「私にすらそう言う物はまあ何なとある。別に無いと死ぬと言う類ではないが、あると嬉しい物だし無くしたいとは思わんものだ。そりゃ大切だろうとも」
医師が言った。
私の迷いをわかっている。その上で、ただ、私がステッキに別れを言うのを待っていた。
彼らは、わたしが色々なものを振り切って、ようやく差し出したそれを両手でしっかり握った。
「突然このような話をされて、困惑なされているのは重々承知の上です。 それでも、どうか信じてほしい。どうか、我々に貴方たちの思い出を守らせてほしいのです……!」
昼間、私達に話しかけてくれた青年が姿勢を正した。
それが優しいウソになることはわかっていた。
若くもない二人が仮住まいするコテージとしてはそこそこの広さだろうが、何人も大立ち回りするにはいささか狭いだろう。
何もかも無事ではすむまい。と、覚悟を決めた。
●
カスミが、ステッキと夫妻の間に入った。
慣れた様子で構え、柄に手をかけるのに夫妻が息をのんだ。解き放たれる力のくびき。場の雰囲気が闘争の気配を帯びる。
夫妻からできるだけ離れた位置に注意深く置かれたステッキの変容は続く。
ステッキの飾りに過ぎないフクロウが、巨大に膨れ上がり、ステッキ本体がフクロウの飾り羽根のような大きさになる。
巨大な黄色い目にオラクルの顔が反射することはない。生命体ではないのだ。そこは瞳の形をした何かだ。
ソファーセットと真夏なので使われていないマントルピースの間で広げられた猛禽類の翼はオラクルが思っていたより窮屈そうだ。
「私のステッキが――」
「なんてこと――」
イブリース化を目の当たりにした夫妻の口から神への祈りが漏れる。海の向こうの神のご加護は届くだろうか。
「準備できた! 安全第一ヨ! こっちへ!」
幸い、アクアディーネのオラクルの救いの手はすぐ届いた。
ルーとアリアが素早く夫妻を向き直る。
「大丈夫、お二人は私が必ず守ります」
二人の保護専任の自由騎士の誘導で外に連れ出す。避難経路は確保されている。
夫人は歩行に支障をきたすほどだ。
「失礼します!」
アリアが、ひょいっと夫人を背負って走り出した。
安全圏にたどり着くと、ルーは鞄をその場に置いた。
「ここで待っててほしいヨ。商売道具よろしくネ!」
仲間に後を託し、コテージに戻ろうとするルーとアリアに夫人は声をかけた。
「まって。あなた達はどうするの」
「仲間が待っていますから――あの杖も大丈夫です。私達が浄化して、お返ししますからね」
彼らがそう言う心持で挑むのなら、例え欠片も戻らなくてもかまわないと思えた。
浄化。浄化とは何だろう。
●
パーンという破裂音に、コテージに急ぎ戻ってきたルーは叫んだ。
「遅かったー!」
すでに、カスカの超音速に耐えきれなかった鞘が粉砕している。
フクロウの風切り羽根がばらばらとピカピカに磨き上げられた床に落ちる。
「コテージ内の物品、特に夫妻の私物は傷つけないよう気を払うネ」
心証大事ヨ! と、ルーが注文を付けた。
「だよな。みんなそこのテーブルより前に出るな。結界に巻き込まれる」
ザルクはフクロウの後方、部屋の隅めがけて不可視の銃弾を放った。フクロウの動きが目に見えて緩慢になる。
「このコテージがあの夫婦の物なら、杖だけでなく室内を荒らすのもまずいだろう」
ザルクが、カタコンベから持ち帰った麻痺の結界をもたらす技だ。
「痛い。まだモノにしてないな」
苦虫をつぶしたような顔で弾を食らったわき腹をさする。
技を使うと、忘れるなとばかりに痛みがぶり返すのだ。
これで、フクロウの行動は大幅に制限されるし、オラクルの技はいいところに当たりやすくなる。
「さあ、あとはひたすら殴るぞ。ご夫妻にも、積極的に戦う姿を見せねばな!」
●
先程、銃声が聞こえた。
聞き慣れない金属音は剣戟なのだろう。
それでも、コテージから私と妻がいるところまで物が飛んできたりはしなかった。
海に面した大きな窓越しに彼らの奮闘が見えた。
こちらに向けられた背中が私たちを守っているのだと知れた。
その向こうで先程妻を背負ってくれた娘さんが宙で身をひるがえしていた。
もう一人、フクロウの脇をすり抜けるようにして今まで口をきいていなかった娘さんが武器を振るっている。あの長い刃物だろうか。
「あなた。あの光っているのは氷かしら」
「そうだね。ああ、あれは治癒魔法か。実際使っているところは初めて見るが――」
「キラキラしてきれいなものなのね。ピンク色だったり、フラッシュしたり。花火みたい」
不謹慎ながら、もう怯えることはないのではないかという気がしていた。
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カスカが、不意のフクロウの羽ばたきによってできた陣形の穴を埋めながら、調度の上をはねるように斬撃を加える中、アダムはフクロウに貼りつくようにして戦っていた。
イブリースは倒すべきだが、浄化された後のステッキを守るのが彼が自らに課した使命だった。
だから、誰よりも近くにいなくてはならない。
滑らかな動きは、仲間の攻撃の邪魔にならないポジショニングをしつつ、フクロウのくちばしを受け止める。
ボルカスの渾身の一撃に、フクロウの様子が変わった。
ぴきぱきと音がして、フクロウの体がひび割れた。
ボロボロと崩れて床に落ちては消える破片。
アダムは、飾り場へのように飛び出たステッキ部分に意識を集中させていた。
床に向かって落ちる前に、アダムはステッキを受け止めた。
「思い出の品という事だからね、大切に扱わないと。思い出を守るのも騎士の務めさ」
●
コテージから出てきた彼らは元気なように見えたが、傷ついた鎧や裂けた布にぞっとする。
先程私に心臓がつぶれるほどの宣告をした医師の娘さんが、私の前にそれを差し出した。
しっとりとした触感から布か何かで拭ってくれたことがわかる。
「この状態が元通りかどうか、こちらではわからないんだが――」
私のステッキだ。傷、へこみ、塗料の剥げ。フクロウの彫刻。完璧に私のステッキだ。
「何故だ――」
こんなことは聞いたことがない。イブリース化したものは全てが破壊されるのだ。それが生きている人間だろうとも。
「それは――ええと、イ・ラプセルでは可能というか――」
彼らの視線がおのおのさまよう。
奇蹟としか言いようがない。大陸になくて、この国にだけある奇跡。
思い当たった。先程娘さんが浄化と言っていたそれは――。
彼らは、私が何かに気づいたことを悟ったようだった。 彼らの内のいかにも騎士と言った青年が、至極真面目な顔をして言った。
「このことはどうかご内密に。コテージの修復や今日お泊りになる場所はこちらでご用意いたします」
宿を営んでいるという娘さんが頷いた。ツテがあるらしい。
そう。彼らの立場としてはそう言わざるを得ない。
この国にとっては、異邦人に大っぴらにしていいことではないだろう。
戦時中。私たちは異邦人――にも関わらず、彼らは私と妻を救ってくれた。私の感傷に応じてくれた。
「ありがとう。君達に不利益があるようなことはするまいよ」
私は、私が最善と思える機会に最善と思える相手に最善と思える言い方で、君たちの命を賭した献身に報いることにしよう。