MagiaSteam
幻の公演




 明かりが落ちた深夜の劇場。
 観客席は崩れ落ちた天井に潰されてしまっていたが、突き抜けるほど圧倒的なその空間は、今もなおわずかな風格を漂わせていた。
 誰一人として見る者がいない中、冷たい骸を乗せた奈落がゆっくりとせり上がってくる。
 どこか遠いところで鋭く、長い尾を引っばるような汽笛が嗚った。
 耳にしたものを不安にするような、不吉な響きが半ば崩れた劇場の壁にこだました。
 昼の熱さをたっぷりと残した風が舞台の袖をなめる。
 はらり、はらりと――。
 天国を描いた美しい天井画から花びらのように、見えぬはずの魔素が仄暗い輪郭を持って骸のに降りかかる。頭蓋骨に、大腿骨に。
 やがて、幻の肉を纏った女優が静かに体を起こした。
 両手を舞台から観客席へと向け広げ、口の端をわずかにもちあげて微笑む。彼女には生前の記憶も自我もない。だが、体が覚えているのか。
 女優は外連味たっぷりに首を回して、幻の観客を魅了した。つと、視線を舞台の左端で止める。
 さて、この続きは男優が――悪魔と契約を交わしよみがえった踊り子を見初め、城へ連れ帰る王子役がいなくては行えない。
 残念ながら、王子役は蘇らなかった。理由は解らないし、この頭ではアレコレ考えることもできない。はっきりいえばどうでもよかった。
 劇は生もの。劇作家の気まぐれで芝居の筋が変わり、台本が書き換わることなどしょっちゅう。王子さまが迎えに来ないのなら、こちらから会いに行きましょう。
 そんなことを考えたかどうかは解らないが、女優は立ち上がると街へ向かって踊るように歩き出した。
 後ろからこっそり、踊り子を殺した醜い男や口うるさい噂好きの村の女たち、それにノラ犬たちがつけてくることに気づいていながら。それもまた、新たな芝居の筋と蒼い顔に微笑みを浮かべて。


「よく来てくれたわね。そこに座って頂戴」
 プラローク、眩・麗珠良・エングホルム(nCL3000020)は集まったオラクルたちに着席を促すと、手にしたバインダーを開いた。
「昔焼け落ちた劇場の跡に還リヒトが複数出現して、アデレードを襲う予知を得たの。いまから行けば還リヒトたちが劇場を出る前につくはずよ、全部倒して頂戴」
 もちろん、引き受けてくれるわよね。眩は口だけで笑った。
 そのために集まった、とオラクルが口々に言う。
「ふふ……そう、じゃあ説明するわね。よみがえった還リヒトは八体と一匹よ。主役かしら? 投げナイフを持った踊り子が一体、ランタンを掲げ、太いロープを手にした醜い男が一体、手に箒を持った村女が三体、桶や鍋を持った村女が二体、ギザギザに尖った入れ歯の老女が一体。それに中型の犬といった構成よ」
 還リヒトたちは特殊な術を使わない。せいぜいが、手に持った武器を使う程度だ。
「数が多いけれど、ここに集まった貴方たちなら大丈夫でしょう。せっかくだから、わたしも『還リヒト討伐劇』を見に行こうかしら? 実は誕生日なの」
 プレゼント代りにせいぜい楽しませてちょうだい。眩の言葉にオラクルたちは慌てた。
 プラロークと言えば水鏡階差運命演算装置を使いこなせる貴重な職人。万が一があると大変だ。戦いの場に連れて行くわけにはいかないと止めにかかる。
「……貴方たちもお父様たちと同じこと言うのね。つまらないわ」
 


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
そうすけ
■成功条件
1.劇場跡でよみがえった還リヒト九体を全て撃破する
2.劇場から一体も出さない
ごく普通に倒してもよし、みんなで相談してミュージカル仕立てで倒してもよし。

●時刻と場所
 夜、月は出ていません。分厚い雲の後ろに隠れています。
 アデレード郊外にある劇場跡。
 昔、公演中に半壊、焼けました。原因はいまなお不明です。
 主役の女優や男優を含め、多くの人々が亡くなっています。

●敵
 ・投げナイフを持った踊り子(ヒロイン)……切る(近単・出血)、投げる(遠単、二連)
 ・ランタンを掲げ、太いロープを手にした醜い男……殴る(近単)、縛る(近単、痺れ)
 ・手に箒を持った村女/三体……振り回す(近列)
 ・桶や鍋を持った村女/二体……振り回す(近単)
 ・ギザギザに尖った入れ歯の老女天……噛みつく(近単・出血)
 ・中型のやせこけた犬……噛みつく(近単・流血)

 オラクルが劇場に到着時――
 踊り子は舞台中央の奈落の上に。
 醜い男は舞台右袖に。
 村女と老婆は舞台の後ろに。
 犬だけが、観客席の後の扉の近くにいます。


●その他
 サポートで参加のみなさんは、明かりを用意したり、音楽をかけたり、劇場の回りを固めて敵を逃さないようにしたりをお願いします。


宜しければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
23モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
10日
参加人数
8/8
公開日
2018年07月25日

†メイン参加者 8人†




 ――ポォォォォォーッ!

「いきなりなんだ?!」
 『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は劇場の大扉の取っ手を握ったまま顔を横向けると、『極彩色の凶鳥』カノン・T・ブルーバード(CL3000334)に押し殺した声で問いただした。
 月が隠れる夜は真っ暗闇。三つの目をどんなに大きく開いても、闇に塗りこめられたブルーバードの表情は読み取れなかった。
 風のようなものが走るぬるい音だけが、静まり返った闇の中に聞こえる。扉の向こうにいる還リヒトたち、それにオラクルたちも、いきなり響いた怪音に驚いているのか、自分の周りを取り囲む闇からはなんの反応も返ってこない。
 いや、待てよ。本当に仲間たちはそこにいるのか? 一緒に神殿を出たが……まさか、いま隣に立っているのは――。
 ツボミは木刀を強く握りしめた。柑橘類のさわやかな匂いが、ねっとりとした空気に香る。
「……なんだ、とは?」
 ブルーバードから戸惑いをたっぷりと含んだ声がようやく返って来た。
「僕は劇作家であり演出家だからね。音響さんがいないなら、代わりに音もやらないと」
「それはいい。いまの擬音はなんだ」
「――かくて宴は幕を開ける」
 はぁ、と間の抜けた声がツボミの口から洩れた。
「王子に惹かれた踊り子を、醜い男は許さず手にかける。踊り子の死の瀬戸際に悪魔が囁いて生き返えったのが少し前。プラロークが説明してくれただろ? その続きだよ」

 ――今度はお前が全てを奪うがいい。そうすればお前は蘇る。
 ――王子と結ばれ幸せになれる。皆、皆、狂い貪り殺し合え。
 ――悪魔は嗤う。愚かな男と愚かな女、愚かな人間の狂った恋を。

「かくて宴は幕を開ける……悪魔の笑い声でね」
「笑い声? おいらは蒸気機関車の汽笛に聞こえたよ。違った?」
 微かな風の動きをヒゲが捕えた。『神秘(ゆめ)への探求心』ジーニアス・レガーロ(CL3000319)には暗闇の中でもブルーバードが頷いたのが判った。
「汽笛に聞こえなかったと言われたら、傷ついてしまうな」
「ええっと……じゃあ、汽笛であってたんだ。でも、どうして汽笛なの?」
 ジーニアスは手探りでカンテラの下段にカーバイドを入れた。つづいて給水口のツマミを回し、上部に入っている水を下部へ落とす。
 カーバイドと水が化学反応を起こし、火口から小さくシューとガスが出る音がした。
 『見習い騎士』シア・ウィルナーグ(CL3000028)も自分のカンテラに火をつけた。
「あ、ボクわかった! 悪魔の役を幽霊列車(ゲシュペンスト)にさせようっていうんだね。それなら音だけで悪魔の存在を表すことができるし」
 幽霊列車(ゲシュペンスト)――。
 大陸を縦横無尽に走る、謎の列車だ。曰く、見たものは狂う。曰く、さらわれてしまうと噂されているが、いまのところ姿を見たものは誰もいない。このところ不気味な汽笛を聞いた、という話がラ・イプセル中に出回っていた。
 『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)が左手の上に拳をポンと落とす。
「そっか。なるほど、考えたね。さすが劇作家……あ、カンテラの光量は絞ったほうがいいよ。もう火事になることはないと思うけど」
 明るくしすぎたままカンテラをほっておくと、口火が異常に熱くなる。それが原因で火事が起こることが実際にあるのだ。
(「あ……れ? もしかして、この劇場が焼け落ちた原因って」)
 シアは劇場崩壊の原因がわかったような気がした。裏方の誰かが書き割りのすぐ近くに、最大光量にしたままカンテラを放置。火が出たのではないだろうか。ろくな防災設備がなかったであろう大昔の劇場だ。カンテラ一つの不審火で、天井が崩れ落ちるほどの大火になってしまったとしても不思議ではない。
 『豪拳猛蹴』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)はガシリ、と胸の前でガントレットに包まれた拳を突きあわわせた。
「それはそうと、早く中に入ろう。扉の向こうで犬が唸りだしたよ。役者たちに変更される話の筋を説明する前に、勝手に動きだしたら大変」
 そうだな、と言って『炎の駿馬』奥州 一悟(CL3000079)は背中に腕を回した。矢筒から矢を取り、弓につがえる。扉が開かれたら、出だしの台詞とともに真っ先にゾンビ犬に矢を打ち込むのだ。
「こっちに都合のいい運びにするためにも、あんまり連中を待たせない方がいいな。王子もそう思うだろ?」
「ふふふ……。ああ、愛しの我が君よ。いま、プリンス・タマキ、略してプリタマが会いにいきますよ(はぁと)」
 『ノンストップ・アケチ』タマキ・アケチ(CL3000011)は、架空の薔薇を一輪、手にするフリをした。そこに本物があるかのように鼻を近づけて、キザなしぐさで匂いをかいだ。
 特別役に入り込んでいるわけではない。通常運転。これがタマキの普通なのだ。
「……そうか。しかし、これから先は打合せていないことをいきなりやらんでくれ」
 こめかみをさするツボミ。
 ブルーバードへの苦言だったのだが、返事をしたのはなぜかタマキだった。
「そうはいってもこの劇はぶっつけ本番、アドリブが入るのは仕方がないでしょう。今宵、絶対にゆるがないのは私の美貌だけなのです……ふふっ」
 少し離れたところで、討伐劇を見に来た観客、もといサポーターの二人が笑い声をかみ殺す。
「……犬を倒す場面は演出を曲げたんだ。このぐらいはいいじゃないか」
「まあまあ、今日は眩さんの御誕生日です。ケンカはやめて。みんなで仲良くお芝居しましょう、ふふ」
 タマキのさわやかな王子スマイルに、ブルーバードはなぜか胸やけに似た不安を感じた。

●第一幕
 ツボミとブルーバードが大扉を押し開くと、カンテラの光が劇場の中央階段をさっと滑り下りて行った。
 階段の真ん中で光にさらされたゾンビ犬の目が赤く光る。
「やや、こんな時間に野良犬が?! 様子がおかしいぞ」
 台詞棒読みの一悟が、牙をむくゾンビ犬へ威嚇の矢を放つ。
 あまりの大根役者っぷりに、後ろでカノンたちが鼻にしわを寄せる。大丈夫か、コイツ。
 ゾンビ犬が怯んだ隙に、村の子役のジーニアスがばがれきに埋まった座席の間を駆け下りていった。舞台の後方にいる村女たちと合流するためだ。
 ブルーバードとツボミとたち観客組もジーニアスの後に続いた。
「シッ、シッ! あっちへ行け!」
 一悟は続けて矢を放った。
 そのうち一本が、ゾンビ犬の毛が抜け落ちた背に突き刺さった。
 ゾンビ犬の唸り声は一段と殺気を増し、いまにも飛びかかろうとする気配になった。
「王子さま、危険です! 我らの後ろにお隠れ下さい!」
「野良犬ごとき、すぐに倒して御覧に入れます」
 一悟が脇にどくと、シアとカーミラは武器を手にタマキの前へ出た。
「ふふ……頼もしい。さすが我が家臣。あとで私のブロマイドをあげましょう。家宝にしたまへ」
 いりません、とすげなく言われて凹むプリタマではない。
「そうか。では、脱ごう!」
 一悟が止めに入るも間に合わず、タマキはさっと上着を脱いで高々と夜空へ放り投げた。
 ゾンビ犬は腕を上げたままポーズを決める半裸のプリタマにはまったく興味を示さず、落ちてくる黒い上着に飛び掛かった。
「いまだ!」
 シアはゾンビ犬の腹に、長い方のレイピアを鋭く突き入れた。
 キャン、と呻いたところへ、今度は横手からこっそり近づいいていたカノンが拳を叩き込む。衝撃でぼわわっと、ゾンビ犬の腹が波打った。
 ゾンビ犬は着地と同時に反撃に出た。カーミラのふくらはぎに噛みつこうと口を開く。
 だが、一悟に遠くから目を射られ、牙を立てる前に口を閉じてしまった。
「ナイスアシスト! よし、トドメだ!」
 カーミラは大きく腕を引くと、思いっきり振り抜いて拳でゾンビ犬の頭を砕いた。
「さあ、倒し――って、王子ぃ!?」
 振り返った先に王子はいなかった。
「下! 階段を下りていく!」
「わー、早くも段取りが無茶苦茶だよ!」
 シアとカノンが悲鳴に近い声を上げた。
 一悟は脱げたプリタマのズボンを手にひっくり返っていた。
 いつのまにか、タマキが一人で舞台へ向かっていた。
 夢見るようなまなざしで踊り子を見つめ、両腕を差し出しながら階段を駆け下りていく。
「貴女のお相手はこの私です、目を逸らさないでくださいね、ふふ……!(はぁと)」
 舞台で村女たちが子供――ジーニアスを囲んで騒いでいるのを、遠くから見ていた踊り子が驚いて振り返った。
 え、なんで? また話が変わったの? 踊り子はそんな顔を一瞬だけ見せた後、蕩けるような微笑みを王子様へ向けた。さすがプロである。
 タマキのアドリブに誰よりも焦ったのは、還リヒトの役者たちではなくブルーバードの方だった。
 少し前、闖入者に戸惑いを隠せない様子の役者たちに大急ぎで話の筋を聞かせところだったのだ。
「せっかく会えた姉ちゃんなのに!!」
 村の子供は実は踊り子の異母弟という設定にした。姉の姿が村のどこにもないのは踊り子の美しさに嫉妬した村女たちが追いだしたからだ、とジーニアスに殴りかからせて村女たちを怒らせ、踊り子たちの所へ導いていこうとしていたのだ。
 ブルーバードは演出と称し、観客席から様々な攻撃を仕掛けてジーニアス一人に負担がかからないよう配慮した。
 それでも多勢に無勢でジーニアスが怪我をすると、ツボミがすかさず声援と言う名目で回復術を発動、たちまちのうちに傷を治した。
 王子一行の到着まで持つように、しっかりと計算していたのだ。それが……。
「カーット! ストップだ。聞いてくれ、たったいま素晴らしいアイデアが天から降りて来た!」
 もうこうなったら自棄だ。ブルーバードは艶のある白髪をくしゃくしゃにして、零式奏鳴魔杖を振り回した。おどろおどろしい音楽が劇場に響く。
「再会した二人。舞台の上でひしと抱き合う。王子、すぐに踊り子を突き倒して。バケモノを見るような目つきで、倒れた踊り子を見るんだ」
 どうせ老婆の役どころが思つかなかったのだ。このまま乱闘シーンになだれ込ませてしまえ。
「もう二度と王子に愛されないと悟り、絶望する踊り子。そこで老婆、そうそこの君の出番だ。踊り子の耳元で囁いて。今度はお前が全てを奪うがいい。みんな殺して、新しくやり直すのだ、と」
 事前にホンを手に入れることができていたなら――それでもあちらこちらに手を入れて現代風にアレンジしただろうが、もっとちゃんと筋の通った話になっていただろう。とにかく、きちんと幕を下ろさなくてはならない。未練を残したまま倒しても、また蘇ってしまうかもしれないからだ。
「だが、踊り子は老婆の言葉を拒絶、ひとり寂しく立ち去ろうとする。そこに悪魔の笑い声、否、悪魔の汽笛が響いてみんな狂気に取りつかれてしまう。ちょうど踊り子の弟を追いかけてやって来た村人たちも一緒に」
 ここまで一気にまくし立てると、ブルーバードは「スタート!」と声を張り上げた。


 ――ポォォォォォーッ!

 幽霊列車の汽笛が崩壊した劇場に響き渡る。もちろん、本物ではない。しかし、還リヒト役者たちはもちろんのこと、オラクルの役者たちもブルーバードの演出に沿って動き出した。
 シアが発狂した護衛の役を迫真の演技で魅せる。
「お前ら全員皆殺しだー!」
 歯を剥きだし、ヒャッハー状態で老婆に突撃した。
「一番弱そうなお前からだー!」
 老婆に逃げる間を与えず、喉に素早くレイピアを突き立てた。
「あー、ずるーい。おいらも混ぜてよ!」
 ジーニアスは即興で役割を作り替えた。
「おいらには皆に見えない友達がいるの! 影のお友達! その影がさっき言ったんだ……『そのお婆さんは悪い魔女で、いずれ君ら子供達を食べる気だよ。食べられる前に殺さなきゃダメだ』って」
 きゃははは、と甲高い笑い声をあげながら悪魔にもらった(という設定)の武器を振るって穴のあいた老婆の首を切り飛ばした。
 カノンはギザギザの歯を手に狂ったように喜ぶジーニアスの横を通り過ぎ、村女たちにふらふらと近づいた。
「ああ、悪い噂を流された踊り子を庇った為に♪ 私まで悪い噂をながされた~♪ 村人に指さされ笑われて、私はどうすればいいの♪」
 トボトボと俯きながら歩く姿から、何とも言えぬ悲壮感が漂っている。
「ああ、でもさっき聞こえてきたのは――。貴方は悪魔? ああ、でも悪魔の声が私の心を惹き付ける♪ そうよ、そうよ♪ 噂を流す元を絶ってしまえば、もう誰も私を笑わないわ♪」
 いきなり狂気を秘めた笑い声を立てると、カノンは村女たちへの攻撃を開始した。前後に並んだ手に箒を持った村女たちを、拳から突き出した気の槍で串刺しにする。すでにツボミやブルーバード、ジーニアスがそこそこダメージを入れていたので、村女たちは気持ちよく一撃で倒れた。
 カノンはがっくりと膝を落とすと、天を振り仰いだ。
 見せ場を盛り上げるために、そしてカーテンコールまで彼らをつなぎとめておくために、ツボミがハーベストレインを舞台に降らせる。
「もう私は天国へは行けない けれど後悔はしないわ♪」
 歌姫の頬を濡らすのは涙か、闇夜に降る雨か。
 カノンは日ごろから鍛えられている演技力をいかんなく発揮すると、実際に涙を流しながら笑い狂う様を見せ、糸が切れたようにぱったりと伏せて歌を結んだ。
「右! 桶をもった連中がヒマしちゃってるよ! 誰か行って」
 ツボミがヤジを飛ばして、敵の動きを舞台の上のオラクルたちに知らせる。
 万が一を考えて、観劇していた二人がこっそりと大割れしている壁の方へ移動した。
「くくく……前から人を狩ってみたいと思っていたんだ。せいぜい、楽しませてくれよ」
 相変わらずの台詞棒読みで、一悟は弓を引いた。
 矢は桶のガードをやすやすと貫き、村女の胸に刺さった。
 それを見たもう一体が、あわてて逃げ出す。舞台の袖から観客席に飛び降りたところに、ブルーバードが立ちふさがった。
「……残念だよ。舞台を途中で投げ出すような大根役者は僕の歌劇に必要ない」
 君は首だ。そういって零式奏鳴魔杖を還リヒトの頭に叩きつけた。
 カーミラは嫉妬に狂う醜い男をぶっ飛ばした。後ろで仲良く殴りあっている王子と踊り子には近づけさせない。
「今こっちは取り込み中だから引っ込んでろー!」
 しつこく立ち上がっては襲いかかってくる醜い男に、容赦なく拳をぶち込む、ぶち込む、ぶち込む!
 次第にカーミラの顔が狂気に歪んでいく。
(「はっ……?!」)
 観客の息を飲む音が聞えなかったら、醜い男がぐちゃぐちゃになるまで続けていただろう。演技のつもりが雰囲気にのまれて、いつの間にか本当に狂いかけていた。
(「あぶない、あぶない。……アッチもそろそろ終わらないとね。本当に仲間を傷つけてしまいそう」)
 カーミラは立ち上がると、狂ったようにシアとジーニアスに向けて矢を飛ばしまくる一悟に近づいた。後ろから声をかけて振り返ったところで、力いっぱい殴りつけて倒す。それから、シアたちに目配せして矢が当たっていたフリで倒れさせた。
「王子……申し訳ありま、せ……ん。もはや、ここまで」
 最後の台詞を口にすると、カーミラは自分も力尽きたフリ――いや本当に疲労困憊して舞台の床に倒れた。
「♪なんたるグラン・ギニョール!」
 プリンス・タマキ、略してプリタマは腕を広げると、惨劇にうっとりと酔いしれる狂人の恍惚の表情を顔に浮かべた。これまた演技なのか、地なのか判別がつかない。演技力のスキルを持っているからたぶん演技なのだろう。たぶん。
「しかし、もう終わったようです。さぁ、私のヒロインよ。やっと二人だけになれましたね、ふふ……!」
 頬を赤く染めたタマプリの目が怪しく揺れる。
「♪私の手で気持ちよく葬ってさしあげましょう。ふ、ふふ、ふふふ……!!」
 恍惚ド変態に一瞬だけ怯えを見せたものの、そこはヒロイン、しっかりとナイフを手に握ってタマプリに切りかかった。
 白い肌に赤い血のラインが次々と引かれていく。だが、いずれも致命傷ではない。変態的な腰つきで絶妙にかわしていた。
「あぁ、貴方の愛が私に染み、入ります……! これは私からの愛の倍返し、どうかお受け取り下さい!」
 タマキは己が持つ最高の技を繰り出し、踊り子に全力でぶち込んだ。
 床の上から仲間たちも
踊り子を攻撃する。
 踊り子はつま先立ちでくるくると回転して舞ったあと、切なげな眼差しとともに指先をプリタマに向け、奈落へ落ちた。
「ふっ……かい・かん(はぁ――!!?」
 いきなりプリタマが腰砕けで奈落に落ちる。と同時に土砂降りの雨。
 ツボミが後ろからプリケツを蹴り倒し、ブルーバードがハーベストレインを降らせて終幕となった。


 劇場の淀んだ空気を払うように強い風が吹き、夜空を覆っていた分厚い雲が逃げ出した。
 月光が照らし出す中、音もなくゆっくりと奈落がせり上がってくる。
 踊り子に引っ張り上げられる形でタマキが舞台に姿を見せると、観客たちは惜しみなく拍手を送った。
 主役の二人が体を折って観客たちに感謝の意を示すと、脇から役者たち――還リヒトの役者とオラクルたちが手をつないで進み出て来た。
 全員でもう一度お辞儀。観客たちも目に涙を浮かべ、スタンディングオベーションで応じる。
 一悟が手配した花束が、オラクルたちから還リヒトたちに送られた。

 ――ありがとう。素晴らしい公演だったわ。ありがとう、ありがとう。

 実際に声が聞こえたわけではない。
 しかし、足元から消えていく還リヒトたちはみな歓喜の涙で濡れ光っていた。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†

FL送付済