MagiaSteam
【万世一系】英雄の裔




 農業は、とにかく人手を必要とする。男手も女手も要る。
 村から村へと渡り歩いて、農作業を手伝う。それで生計を立てている者たちもいるほどだ。
 そういった集団として益村吾三郎たちは、この村の人々に受け入れられた。
 浪人者の集団である。当然、村人には警戒された。
 吾三郎たちが率先して力仕事をこなしているうちに、村の人々は警戒を解いてくれたようである。一緒に酒を呑んだりするようにもなった。
 子供たちも、懐いてくれた。
 ある日。特に親しく接してくれる子供を何人か引き連れて、吾三郎は山に入った。
 木を伐り、子供たちに手伝わせて解体し、薪の束にして村に戻った。
 戻ったところで、吾三郎は目の当たりにした。
 自分たちがこの村に入り込んだ、本来の目的。それが達成された様を。
「天朝様の御ためぞ……わかれ吾三郎、受け入れよ」
 中島杉之助が、涙を流している。
 時田源兵衛は、もはや泣いてすらいない。青ざめ、血染めの抜き身を構え、佇んでいる。
 その足元では、一組の夫婦がもろともに叩き斬られ、倒れていた。
「おとう……おっ母……」
 子供の1人が呆然と呟き、吾三郎にすがりつく。
 村人たちは、ほぼ全員、同じような死に様を晒している。
 殺戮の光景。その中央では勝沼与一が、1人の少女を肩に担いでいた。
 百姓・六平太の娘、お佳代。
 与一の全身を染める赤黒い汚れは、六平太の返り血に違いなかった。お佳代は気を失っている。
「見よ、吾三郎。ようやく見つけたぞ……この子に、間違いない……」
 与一は、泣きながら笑っていた。
「我ら、務めを果たしたのよ! 喜べ、喜ばんか! たわけの吾三郎が!」
「否、まだじゃ。吾三郎、その童どもを殺せ」
 相馬六蔵が、吾三郎にすがりつく子供たちに刀を向ける。
「お佳代はな、これより天朝様の御ためにのみ生くるのじゃ。泥にまみれた農民の娘として、生まれ育った過去など……あってはならぬ。この村を無かった事にせよ、と月堂様の仰せじゃ」
「吾三郎には出来ぬ、我らでやるしかあるまい」
「見て見ぬ振りをせい、吾三郎!」
 杉之助が、源兵衛が、六蔵が、子供たちに斬りかかる。
 獣の咆哮が轟いた。いや、それは吾三郎自身の声だった。
 自分の叫び声で、吾三郎は目を覚ましていた。
 上体を起こしたまま、見回す。
 子供たちは、眠っていた。
 1人、お佳代だけが目を覚ましている。気遣わしげに、吾三郎を見つめている。
「……夢を、見たの? 吾三郎さん……」
「…………恥ずかしか……」
 自分にしがみついている小太郎の頭を、吾三郎はそっと撫でた。
 あの時。自分はこの子たちの眼前で、仲間を殺した。それまで苦楽を共にしてきた同志たちを、ことごとく斬殺したのだ。
 その後、吾三郎は、お佳代を含む子供たちを引き連れ、磐成山の邪宗門に身を寄せた。行くあてなど無かったのだ。
 今こうして小屋を1つ与えられ、子供たちと共に暮らしていられるのは、邪宗門の統率者たる苫三老人の計らいによるものである。
 小屋の窓から、月明かりが射し込んで来る。
 仄かな光の中で、お佳代が俯いている。
「あたしも、ね……あの時の事、夢に見るの……」
「お佳代……」
 吾三郎は手を伸ばし、お佳代の髪を撫でようとした。
 思いとどまった。
 幼い頃から剣を振るい、肉刺を潰しながら鍛え上げてきた手。五指は、異形とも言えるほどに固い。
 人を斬る、しか能のない手。
 この手で自分は、仲間たちを斬った。そして天津朝廷に背いた。
 これは殺戮者の手、裏切り者の手、大逆者の手なのだ。
(杉之助……源兵衛、与一……六蔵……皆々、恨むならオイ1人にごわすぞ……)


 千国時代。この地の領主であった大名・八木原玄道は、現在の領主である武村重秀とは比べ物にならぬほど名君であったのだろう。今なお八木原家の治世を懐かしむ声が聞こえて来るほどだ。
 八木原は宇羅に滅ぼされ、千国の世は終わりを告げた。
 この地には、宇羅一族の重臣であった武村家が後任の領主として配置された。先代・武村豊秀の時である。
 豊秀は、八木原を懐かしみ武村に敵愾心を抱く領民との、融和に努めた。
 次代・重秀は、そんな父親の労苦をことごとく踏みにじった。領民に、圧政と搾取で臨んだ。
 困窮した民が、農作も納税も放棄して邪宗門に逃げ込む。そんな事態が生じている。
 この地に動乱を起こそうと企てるなら、取るべき手段は何か。
 1つ、磐成山の邪宗門と手を結ぶ。
 だが、邪宗門の統率者である苫三という老人は聡明な人物で、その手の謀には決して乗らない。
 ならば、もう1つ。
 八木原の血を引く者を捜し出し、反乱の旗印に戴く。
 自分のような小物でも考えつく事だ、と仁太は思った。
 考えついただけでなく、実行に移した者たちがいる。
 結果、1つの村が皆殺しにされた。
 いや。何人かは生き残り、別の村へ逃げ込んだ。
 その村からの、帰り道である。街道ではなく林の中を、仁太は駆け抜けていた。と言うより跳んでいた。樹木から樹木への、枝から枝への跳躍。忍びの技術としては、基本である。
 物心ついた頃から、15歳の今日まで、武村家には忍びとして仕えてきた。
 前代・武村豊秀には慈悲深く扱われた。その孫娘である夏美姫とは、幼馴染のように過ごした。
 もはや姫君でも構わぬ、夏美を武村家の当主に、と考える者は大勢いる。
 現領主・重秀では、武村家は保たない。それは誰の目にも明らかであった。今の武村には、夏美しかいない。
 だから現在、彼女は多忙を極めている。
「それでも……ちょっと、お時間を作ってもらいますよ姫様。これは貴女に、直に報告しないと……」
 今この場にいない姫君に語りかけながら仁太は、突然の風を回避した。
 横合いから、いきなり斬りかかって来た疾風。
 跳躍・回避の後、仁太は樹上ではなく地上に降り立った。そして刀を抜く。
「誰だ! ……なんて、訊くまでもないかな」
 気配で、仁太は人数を探った。5人、6人……いや、10人。全員が、忍びである。
「御庭番衆……じゃあ、ないよな。幕府が武村を潰しに来るなら、こんな回りくどい事はしない」
「余計な事を考えるな、小鼠よ。物言わぬまま死んでゆけ」
 声がした。
「我ら月堂忍群の手にかかる事、光栄に思うがいい」
 10の人影が、林の中を駆ける。仁太を取り囲もうとする。
 囲まれまいと、仁太も駆けた。
「……生き残った人たちに、話を聞いて来たよ」
 逃げる事は出来る、と仁太は思った。
「女の子が1人、その場で殺されたわけでもなく行方不明になっている。村ひとつ皆殺しにしてまで、あんたらが捜してた子だ……その子は、八木原の」
 斬撃が来た。仁太は、かわした。木立ちに転がり込み、なおも言う。
「……八木原ってのは、最後まで宇羅に刃向かった千国大名だ。宇羅幕府に反感を持つ連中にとっては、英雄みたいなもの。旗印には、ちょうどいい」
「あの娘は、これより天朝様の御ためにのみ生きるのだ。汚らしい農民としての過去など、あってはならぬ」
 天朝様。
 その言葉だけで何も考えられなくなってしまう人間が、このアマノホカリという国には少なからず存在する。1つの勢力を成している。
「あんたら……生き残った人たちも、殺すつもりだな。村ひとつ、また皆殺しにする気だな」
 逃げきる事は出来る、だが 逃げられない、と仁太は思った。
「させはしない……すみません、姫様。ちょっと戻れなくなりました」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.ニンジャ10名の撃破(生死不問)
2.仁太の生存
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ『万世一系』全4話中、第1話であります。

 アマノホカリ。とある林の中で、忍びの少年・仁太(初登場シナリオ『血の泥濘に潜む両断者』)が謎の忍者集団と戦い、窮地に陥っております。助けてあげて下さい。
 忍者たちは計10人(前衛・後衛、各5名)。忍者刀による攻撃(攻近単、BSポイズン1)の他、以下のスキルを使用します。


体術・飛天空蝉
 解説:機に臨み変に応ず。軽やかな動きにて敵の攻撃を誘導し、自分ではなく仲間に代わりに受け止めてもらう。別名、変わり身の術。1キャラ2回まで(重複不可)
 効果ターン中、被ダメージを任意の仲間1人が1回肩代わり。効果2T。

火遁・劫火焔舞
 解説:飛んで火にいる夏の虫。毒素に反応して激しく燃焼する魔導の炎を広域にまき散らし、敵を焼き尽くす。毒と魔導の合わせ技。
 魔遠範(命+2 、魔導+(敵BS数×10))。

隠形・遁法煙玉
 解説:睡眠毒を混合した発破を地面に投げ、毒煙を展開する。
 ダメージ0、BSアンコントロール1及びヒュプノス。自身に回避×1.3、移動20m。


 自由騎士の皆様の到着時点で、仁太は負傷し、BSポイズン1及びアンコントロール1を受けております。
 回復を施し、戦わせる事は可能です。指示には従ってくれるでしょう。
 仁太の攻撃手段は忍者刀(攻近単)。あと上記スキルのうち、飛天空蝉以外の2つを使用します。

 場所は森林、時間帯は昼。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。 
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
5モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/8
公開日
2020年12月26日

†メイン参加者 6人†




「こらぁーッ! やめるんだよ!」
 叫びに合わせ、嵐が吹いた。『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)の小さな身体が、暴風と化していた。あまり長くはない両脚が、忍者たちを激烈に叩きのめす。
 その忍者たちに切り刻まれるところであった1人の少年が、血まみれのままよろめいてセアラ・ラングフォード(CL3000634)に抱き止められる。
「……要らぬ世話でしょうけれど、お怪我を治しますね」
「……あんた方……は……」
 同じく、忍びの少年である。
 名は仁太。彼を殺害せんとしていた集団は月堂忍群と名乗り、天津朝廷を崇拝している。
 水鏡が拾い上げた情報は、そこまでである。
「……噂に聞く……異国の、人たち……」
「通りすがりです。視界に入ってしまった以上、出来る事はさせていただきますよ」
 セアラの細腕から癒しの光が溢れ出し、仁太を包み込んで黙らせる。
 その間『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、もう1つの嵐となっていた。
「さあっ、行きますよ。毎年、真夏になるとイ・ラプセルに吹き荒れる大嵐と大時化と、その後に来る大日照! アマノホカリの人たちに嫌でも教えて差し上げますから!」
 鋭利な拳と強靭な美脚が、乱舞する。殴り倒され、蹴り飛ばされながら月堂忍群の者たちは、エルシーの言葉通りのものを幻視しているに違いない。
 そんな事を思いながら『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は、魔導力の錬成を続けた。
 月堂忍群。この場にいるのは10名だが、それだけという事はないだろう。「天朝様」への忠誠を叫びながら無法を働く者たちが、もっと大勢いて、恐らくは1つの勢力を成している。
 目的のために村をひとつ皆殺しにするような勢力である。天津朝廷は、少なくとも表向きには、これらと無関係である事を主張するだろう。
「万世一系の、天朝様」
 同じく魔力の錬成を行いながら、『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が言った。
「……それをお題目にテロ活動をやらかす人たちがね、このアマノホカリっていう国には昔から少なからずいたそうです。うちの祖父の話ですが」
「なるほど……神の名の下に無法を行う、かつてのシャンバラ皇国のようなものかな」
「……もっと、ね。救いようのない人たちなんじゃないかと私は思いますよ。マグノリアさん」
 言いつつマリアが、ちらりと視線を動かす。
「確認をさせて下さい仁太さん。村をひとつ皆殺しにしたのは、この人たちで間違いありませんか?」
「……実行した連中はもう、あらかた死んでる。仲間割れで殺されたらしい」
 セアラによる治療を受けた仁太が、よろりと立ち上がる。
「そいつらの上にいる連中が、口封じをしようとして……こいつらを、放ってきたのさ」
「言ったはずだ小鼠、物言わぬまま死んでゆけ!」
 月堂忍群が、仁太を黙らせるべく一斉に斬りかかる。毒に濡れた何本もの忍者刀が、仁太に向かってヌラリと閃く。
 セアラとマリアが、2人がかりで仁太を庇う。
 その3人を、『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)がまとめて背後に庇った。
「旗印を掲げ、戦を行う……」
 半機械化を遂げた全身で、毒刃の雨をことごとく受けながら、デボラは言い放った。
「それを否定はしません。私たちも、している事です……が」
 斬りかかって来た忍者の1人を、デボラは捕らえていた。じたばたと暴れる大の男を、機械化した乙女の豪腕が捕獲し吊り上げる。
「……大切な旗印を、血にまみれさせてどうするのです。神聖なるものを、どれほど大層に掲げたところで、その下に髑髏が積まれているようでは」
 デボラの四肢で、機械装甲が開いてゆく。
 そこから、灼熱の弾幕が迸る……寸前でマグノリアは、練り上げた魔導力を解放していた。
 劣化の秘術が、月堂忍群を襲う。
 攻撃の力も、防御の固さも、全てが半減した忍者10名に、
「……崩れ転がり落ちて行く、だけなのですよ。歴史に学びなさい!」
 デボラは、灼熱の弾幕を撃ち込んでいた。
 月堂忍群が、吹っ飛んだ。
 吹っ飛んだ者たちに向かってマリアも、
「どうしましょうか。相手は10人、いくらか長期戦になるんじゃないかと私、思ってましたけど」
 錬成した力を、ぶちまけていた。
 電磁力の嵐が、月堂忍群を激しく掻き回す。
「……早めに、終わらせます?」
「うん、その方がいいと思う……自害を、させたくはない」
 マグノリアは言った。
「仁太、動けるのなら力を貸して欲しい……煙玉は、使えるかな」
「自慢じゃないが、遁法煙玉ならお手のものだ」
 仁太が、己の懐に片手を入れた。
「あんた方が、敵か味方か……なんて、迷ってる場合じゃないみたいだなっ」
「そういう事です少年。迷うのは戦いの後で、ね」
 エルシーが笑う。
 仁太が、懐から取り出したものを地面に叩き付ける。
 毒煙が、月堂忍群を包み込んだ。
「ここまでですよ、悪い忍者の皆さん」
 エルシーが、声を投げる。
「今や10対1、ではなく10対7です。3人くらいの戦力差ってね、結構あっさり覆りますよ?」
 毒に耐えた忍者が2人、煙の中から飛び出して来て忍者刀を振るう。
 その一撃を、エルシーは体当たりで迎撃した。2人の忍者が、重なり合って倒れ込む。
「投降して下さい。これ以上は、戦闘と言うより拷問です」
 エルシーは言い放った。
「動けない相手に鞭をぶつけるような戦いにしかなりません。絶対的拷問、ぜつ☆もん! ですよ。私そんな事したくありませんから」
「……降りはせぬ……我ら、ただ死ぬるのみ……」
 倒れていた1人が、すぐさま起き上がり毒刃を振りかざす。
 まるで、墓石の下から現れた還リビトの動きである。
「忍者とは、還リビトのようなもの……か? おっと失礼。君は違うね、仁太」
 マグノリアは微笑んだ。
「火遁・劫火焔舞。続いて、行けるかい?」
「……あんた、割と仕切る奴だな。別にいいけど」
「年長の方ですからね」
 セアラが、そんな事を言いながら魔力の錬成に入った。治療や防御、ではなく攻撃のために。
 早期決着、というマグノリアの意向に賛同してくれたようである。
「還リビト、ってのは……マガツキの事? ふん。だとしたら、あながち間違いでもないよ」
 微かに苦笑をしながら、仁太が素早く印を切る。
「……忍者って連中はさ、生きてる脳みそ持ってない奴が本当に多いんだ」
 炎が生じ、月堂忍群を焼き払う。
 森林火災が起こる心配はない、とマグノリアは見た。仁太の炎もデボラの弾幕も、火力制御は精密を極めている。
 マグノリアも、魔力を錬り続けた。
 セアラの方は、錬り上げたものの解放に入っていた。
「容易く己の命を捨ててしまう……確かに、脳の働きがどこか麻痺しているとしか思えませんね。ただ死ぬるのみ? そのような事、許しはしません!」
 たおやかな肢体を、しなやかに力強く、セアラは躍動させた。
 魔力の大渦を巻き起こす、破壊の舞踏。
 月堂忍群の殺戮者たちが、大渦に搾り上げられ、鮮血をぶちまけながら宙を舞った。
 そこへマリアが容赦なく、電磁力の嵐をぶつけてゆく。
「忍者の人たち、だけじゃないですね……天朝様のため。この言葉だけで自分の考えを無くしちゃう人、かなり多いみたいです。この国は」
 魔法の杖をちょいちょいと振るい、電磁力嵐を操作しながら、マリアは言う。
「宇羅幕府を倒すため、そういう人たちを煽動して利用する……戦略としてはまあ、有りかも知れないですよね。自分で言ってて気持ち悪くなってきましたけど」


「はいっ、身代わりなんてさせないよーっ!」
 カノンの小さな身体が砲弾と化し、月堂忍群の2人をまとめて直撃した。仲間を盾にしようとした者、盾にされかけた者。
 一緒くたに吹っ飛んだ両名が次の瞬間、他の者たちもろとも、よくわからぬ何かに巻き込まれていた。
 謎めいた、力の嵐。
 マグノリアが、時間をかけて錬成した魔力。それが解き放たれたのだ。
 月堂忍群、全員が吹っ飛んで落下し、倒れ伏し、動かなくなった。
 いや、全員ではなかった。動けぬ7名を放置して、3人が跳躍したところである。跳躍し、林の奥へ消えようとしている。
「……逃げて、どうなると言うのです」
 デボラが、灼熱の弾幕を放った。
「事の次第を報告した後、殺される……貴方がたのなさりようを見ていれば、それはわかりますよ」
 忍者3人が、撃墜されていた。
 デボラの四肢が弾幕を撃ち尽くし、装甲を閉じてゆく。
「この度、私たちの目的は仁太様の救出であって貴方たちの助命ではありません……が、助けられる命は助けます。アクアディーネ様の使徒として」
「助けを拒む資格、負けちゃった人たちにはありませんからね」
 言いつつエルシーが手際良く、動けぬ忍者たちを縛り上げてゆく。
「さて貴方たち、生きてはいますよね? 口をきく事も出来るはず……口をきいて下さるかどうかは、ともかく」
 捕縛と尋問を、エルシーは同時に行っていた。
「……私たちはイ・ラプセルの者です。あなた方がどこの何者なのか、まずは教えてくれませんか? ……駄目ですか。いやまあ予想通り」
 憎悪の眼光を燃やすだけで言葉を発しようとしない10名を、エルシーは途方に暮れた様子で見回した。
 まだ縛り上げられていない1人が、動いた。微かな動き。当然、エルシーに攻撃を加える事など出来はしない。
 カノンは踏み込んだ。拳を、その1人の口元に叩き込んだ。
 拳撃に必要な動作を全て、ほぼ同時に行った。忍者の目をもってしても、見えなかったはずである。
 見えざる一撃を叩き込まれた忍者の顔が、歪んで伸びた。顎が外れている。舌を噛む事も出来ない。
 だらりと開きっぱなしになった男の口の中を、マグノリアが覗き込む。
「……奥歯に、爆薬が仕込まれている」
「舌じゃなくて、歯を噛み締めようとしてたんだね」
 カノンは見据えた。
 口を閉じられないまま、男が睨み返してくる。
 殺せ。眼光が、そう言っている。
「自分のしている事は正しい。たとえ殺されても、その正しさを押し通す……そんなつもりで、いるんだね」
 カノンは天を仰いだ。そして思う。違う、と。
 この忍者たちは、あの男とは違う。
 あの純粋な信仰・信念とは似て非なる、おぞましい心の歪みが、この男たちを死へと駆り立てているのだ。
 エルシーが、男の口の中に片手を突っ込んだ。
 悲鳴が、くぐもった。奥歯が、容赦なく抜き取られていた。
「さすが……容赦がないね、シスター」
「マグノリアさんもね、虫歯になったら言って下さい。私が抜いてあげますから」
 言いつつエルシーが、抜き取ったものを親指で弾き飛ばした。
「……お気持ちだけ、もらっておこう」
 マグノリアが、存在しない弓を引き、弦を手放す。魔力の矢が放たれる。
 弾き飛ばされた奥歯が、空中で爆発した。
 至近距離での自爆に成功されていたら、自分もエルシーも無傷では済まなかっただろう、とカノンは思った。希少な爆薬を有効に活かす機会を、この男は狙っていたのだ。
「これは……!」
 デボラが息を呑む。
「これほどの爆発……キジンでもない方の、生身のお身体に仕込む技術が……」
「……間違いなく、ヴィスマルクから伝わったものだろうね」
「お待ち下さいマグノリア様、それは……宇羅幕府の関係者に、ヴィスマルクの技術が伝わっているのならば話はわかりますが……天津朝廷側の勢力が……」
 デボラは、いささか混乱しているようだ。
「……ヴィスマルクは、天津朝廷側にも技術を供与している……と?」
「それも、無くはないでしょうが」
 セアラが言った。
「そもそも、この月堂忍群という方々は……天津朝廷側の勢力、というわけではないと思います。天津朝廷あるいはアマノホカリ様への忠誠を、掲げ叫んでいるだけの」
「……そう、単なるテロ組織」
 マリアが、腕組みをしながら目を閉じている。
 感情を押し殺している、とカノンは感じた。
「ヴィスマルクの最終目的は、この国を乗っ取る事ですからね。テロ組織に技術を流す事もあるでしょう」
「……わかるかな。君たちはね、利用されてるだけなんだよ」
 カノンは無理矢理、男の顎関節をはめ込んでやった。白目を剥いて気絶しかけていた男が、完全に気を失った。
「…………夷狄どもが……」
 他の者たちが、口々に罵声を漏らす。
「神国アマノホカリを穢す者ども……ここで我らの命を奪ったとて、うぬらの命運……長くは保たぬぞ」
「アマノホカリ様の御罰が、いずれ下ろうぞ……」
「かの邪宗門ともども滅びるが良い……」
「させませんよ」
 セアラが言い放った。
「私たちの命であれば今後、機会があれば、いくらでも狙っていただいて構いません。受けて立ちます……磐成山の方々に手を出す事は、許しませんよ」
「……ならば、我らを殺すが良い」
 1人が言った。
「許さぬなどと、言葉にしたところで意味はない……そうは思わぬか」
「思います。言葉って全然、意味ありませんよね」
 マリアは相変わらず、感情を押し殺しているようだ。
「だからもう、貴方たちに何か言うのはやめておきましょう。時間の無駄です……お話なら、こちらの仁太さんに伺った方が」
「あんた方は……名乗ったわけでもないのに知ってるんだな。僕の名を」
「……失敗した」
 マグノリアが、軽く頭を掻いた。仁太が苦笑する。
「いいさ。僕の名前は確かに仁太、忍びの者だ。武村家に仕えている……姫様が言っていたのは、あんたたちの事だな」
「そうでした。御領主家の姫君が、私たちの事をすでにご存じでしたね」
 セアラが、続いてエルシーが言った。
「では仁太さん、聞かせて下さい。貴方は……例の、皆殺しにされた村に関して色々と調べていた。だから命を狙われたと、そういう事ですか?」
「……姫様の知り合いで、僕にとっては命の恩人。隠し事は、するべきじゃないよな」
 仁太が答える。
「その通り。あの皆殺し事件を調べ上げるのが、僕の仕事さ。それを邪魔してくれたのが、この月堂忍群って連中……月堂って名前は、皆殺しを実行した奴らが口にしていたらしい。月堂様の命令だ、ってね」
「皆殺しを実行した者たち、というのは」
 マグノリアが、捕縛された月堂忍群を見渡した。
「……彼らと同じく、忍者だったのかな?」
「いや、浪人者の集団だったらしい。最初のうちは気のいい連中で、畑仕事なんかを手伝って村に溶け込んで……そうしながら、きっと捜していたんだな」
「……旗印として、掲げるべき存在を?」
 デボラの問いかけに仁太は、一瞬の迷いの後、頷いた。
「八木原の血を引く子供が、領内のどこかで生き残っている……そんな話は前々から、あるにはあったんだ」
「八木原玄道……あれは確かに、怪物でした。生前よほど英傑だったんだろうと思えるくらいに」
 エルシーが言う。
「……もう、静かに眠らせてあげるべきです」
「八木原の名前は大きいからね。宇羅幕府に反感を持ってる大名連中の中には、八木原玄道を英雄視してる奴が大勢いる」
「そんな英雄の末裔を旗印に掲げて、宇羅幕府への反抗勢力を糾合する……か」
 マグノリアが、繊細な顎に片手を当てた。
「成功すれば大乱になるね……第一歩で、つまずいてしまったようだけど」
「……益村……吾三郎……!」
 月堂忍群の1人が、憎悪の呻きを漏らす。
「裏切り者が……殺魔の蛮人が……ッッ!」
 数日前に磐成山で出会った、1人の若い侍を、カノンは思い浮かべていた。
 益村吾三郎。彼は、皆殺しの罪科を1人で着込もうとしていた。
 あの時、傍にいて吾三郎を庇おうとしていた少女が、恐らくは八木原の末裔。大乱を企む者たちが、旗印として捜し求めていた存在なのだ。
「益村吾三郎様……子供たちと共に、そんな事情を抱えていらしたとは」
 セアラの口調は、まるで祈るようだ。
「あの子たちを助けるために、益村様は……ご自分のお仲間を、殺めて……」
「……お話をする必要があると思います。吾三郎様とは、私たちが」
 デボラは、決意を固めているのであろうか。
「あの方の、凄絶な自責の念……こじれた方向に走り出せば、惨たらしく痛ましい事が起こるような気がします。受け止めなければ……」
「受け止めるのが自分の役目、なぁんて思ってませんかデボラさん。私だって受け止めますよ」
 エルシーが言いながら、
「それにしても……ここで天津朝廷とイザコザ起こして大丈夫かな、と思ってましたが」
 憎しみを燃やす忍者たちに、視線を投げている。
「この月堂忍群っていう方々が、朝廷とは関係ない単なるテロ組織なら……そういう心配は、無用ですね」
「朝廷とは無関係、でありながら朝廷を崇める。アマノホカリという神の名を、崇拝すべきものとして唱える」
 マグノリアが言った。
「忠誠や信仰……とは、少し違う気がするね」
「……アマノホカリという神様は、いませんでした。千年以上もの間」
 マリアが、目を開いた。
「この国の人たちは、いない神様を崇めてきたんです。いない神様と、その代行者たる天津朝廷、両方を引っくるめて『天朝様』です。今ある朝廷と、つい最近になって帰還した神様……両方と似て非なる『天朝様』という存在が、千年以上の時をかけて育っちゃったんです。この国の人たちの、心の中に」
 押し殺しされていた感情が、少しだけ露わになっていた。
「……シャンバラより、たち悪いと思います」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済