MagiaSteam




【闇より還ルもの】黒魔となりて

●黒狼は憎悪に歪む
あの戦いを夢に見ない日はない。
全てを失った戦いだった。
全てが崩れ去った戦いだった。
鉄血の国に生まれ、栄達など遠く遠く、この身はただ蔑まれた。
暴れ、血を流し、罪を犯し、投獄されて、それでも弟が二人いた。
今はいない。
今はもう、どちらもいない。
あの戦いで死んだ。両方死んだ。灰色も赤も、どちらも死んでしまった。
辛い環境でも諦めず生き続けられたのは、弟達がいたからだ。
今はいない。
今はもう、どちらもいない。
いなくなってしまった。こんな異国の地で、いいように使われて殺された。
おお。
うおおおおおお。
何故こうなったのだ。どうしてこうなった。
何でだ。
何でだ。
何でだ。
何でだ。
痛みがこの身を苛む。
熱い。熱い熱い熱くて痛くてどうしようもない。
あの日の戦いによって焼け爛れたこの肉が、どうしようもなく熱い。
傷は癒えて痕となった。
だが熱い。だが痛い。熱いのだ。痛いのだ。何も癒えてはいないのだ。
「ボーデンさん、朝ッスよ」
誰かが自分を呼ぶ声がする。
ボーデン。それが自分の名前であったのか。忘れていた。
いや、そもそもこいつは誰だ。自分の名を呼ぶこの亜人は何者だ。
「ボーデンさん……?」
「お、ォ……」
こいつは、こいつは誰だ。ここはどこだ。俺は一体何者だ。
そうだ、ここはイ・ラプセルだ。弟達が死んだ、クソ共の集まるクソ国だ。
ならばこいつは。こいつらは。自分の目の前にいる亜人共は。
ああ、そうか、こいつらか。
こいつらが弟を殺したのか。ああ、ああ、そうか。
ここはイ・ラプセルなんだから、そこにいるこいつらは仇に違いない。
それを思う俺は何者だ。
俺は獣だ。俺は狼だ。俺は捕食者だ。俺は復讐者だ。
俺は。
俺は。
俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。ピィィィィィィ――――!
汽笛の音が聞こえる。
キモチノヨイオトダッタ。
気持ちがいい音だから殺そう。殺さなきゃ。
このクソ国に生きる者。全部、全部。殺さなきゃいけない。俺は獣だから。
「ボーデンさん? ボーデ――あぎゃああああああああ!?
「何だ!?」
「そんな、ボーデンさん……!」
亜人共。
イ・ラプセルのクソ共。殺す。
「ボーデンさん、何で、な……!」
「ひぃ! ひぃぃぃぃぃ!!?」
「ボ、ボーデンさんがイブリースになっちまったァァァァァ!」
殺して、壊して、犯して、食って、殺してやる。犯して、食って――
亜人、いなくなった。
全部殺した。バラバラにした。殺した。壊した。食った。
男はすぐ殺す。
女は犯して殺す。
馬は殺して食う。
人も殺して食う。
荷物は奪って壊して燃やす。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
イ・ラプセル。ころす。
●彼らだけが全てを守れる
「村が、死者の群れに襲われるみたいなの」
集まった自由騎士達の前で、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が水鏡から得た情報を開示する。
今回、水鏡が予見したのはアデレードから少し離れた場所にある村。
近くに墓地があるその村が、還リビトの群れに襲われるという予知だった。
近頃、イ・ラプセルでは還リビトが多数出現している。
今回もそのうちの一つ、ということなのだろう。
「墓地から這い出てきた還リビトはかなり多いよ。みんな注意してね」
言われるまでもない、と、自由騎士達はうなずいた。
今から準備をして出立すれば何とか間に合うタイミングだ。
村は何としても守り切って見せる、と、彼らは一様にやる気を見せる。
クラウディアの「よろしくね!」という言葉に見送られて、自由騎士達は準備を始めようとする。
だが、そこに別のプラロークが駆け込んできた。
「クラウディア、これ……!」
そのプラロークが持ち込んだ情報を確認して、クラウディアの顔色も変わる。
一体、何があったのか。
自由騎士達が注目する中、顔を青ざめさせたクラウディアは言った。
「……還リビトの群れが襲うのとほとんど同じタイミングで、その村にボーデンが来るみたい」
ボーデン。
かつて、ヴィスマルクとの闘いの際にアデレードを襲った黒狼のケモノビト。
囚人からなるヴェーアヴォルフ隊の長であり、戦いののち盗賊に身を落としてこれまでに何人も殺してきた憎むべき男である。
よりによってそれが、還リビトと同時に村を襲撃するとは。
「しかも、イブリース化している可能性があるわ」
イブリース。
魔の権化。負の念に染まったものが成り果てる、悪魔と呼ばれるもの。
ボーデンがそれになったとしても、今さら誰も驚かない。
それどころか、
「決着のときが来た、ってことだな」
自由騎士の一人がいう。
長らく尻尾を掴めなかったボーデンがそこに来るのであれば、今度こそこれまでの戦いの決着をつけることができるだろう。
状況は一気に厳しさを増した。
還リビトの群れと、凶暴化したボーデン。
その両方から、自由騎士達は村を守らなければならない。
そう、彼らだけが、全てを守れるのだ。
あの戦いを夢に見ない日はない。
全てを失った戦いだった。
全てが崩れ去った戦いだった。
鉄血の国に生まれ、栄達など遠く遠く、この身はただ蔑まれた。
暴れ、血を流し、罪を犯し、投獄されて、それでも弟が二人いた。
今はいない。
今はもう、どちらもいない。
あの戦いで死んだ。両方死んだ。灰色も赤も、どちらも死んでしまった。
辛い環境でも諦めず生き続けられたのは、弟達がいたからだ。
今はいない。
今はもう、どちらもいない。
いなくなってしまった。こんな異国の地で、いいように使われて殺された。
おお。
うおおおおおお。
何故こうなったのだ。どうしてこうなった。
何でだ。
何でだ。
何でだ。
何でだ。
痛みがこの身を苛む。
熱い。熱い熱い熱くて痛くてどうしようもない。
あの日の戦いによって焼け爛れたこの肉が、どうしようもなく熱い。
傷は癒えて痕となった。
だが熱い。だが痛い。熱いのだ。痛いのだ。何も癒えてはいないのだ。
「ボーデンさん、朝ッスよ」
誰かが自分を呼ぶ声がする。
ボーデン。それが自分の名前であったのか。忘れていた。
いや、そもそもこいつは誰だ。自分の名を呼ぶこの亜人は何者だ。
「ボーデンさん……?」
「お、ォ……」
こいつは、こいつは誰だ。ここはどこだ。俺は一体何者だ。
そうだ、ここはイ・ラプセルだ。弟達が死んだ、クソ共の集まるクソ国だ。
ならばこいつは。こいつらは。自分の目の前にいる亜人共は。
ああ、そうか、こいつらか。
こいつらが弟を殺したのか。ああ、ああ、そうか。
ここはイ・ラプセルなんだから、そこにいるこいつらは仇に違いない。
それを思う俺は何者だ。
俺は獣だ。俺は狼だ。俺は捕食者だ。俺は復讐者だ。
俺は。
俺は。
俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。ピィィィィィィ――――!
汽笛の音が聞こえる。
キモチノヨイオトダッタ。
気持ちがいい音だから殺そう。殺さなきゃ。
このクソ国に生きる者。全部、全部。殺さなきゃいけない。俺は獣だから。
「ボーデンさん? ボーデ――あぎゃああああああああ!?
「何だ!?」
「そんな、ボーデンさん……!」
亜人共。
イ・ラプセルのクソ共。殺す。
「ボーデンさん、何で、な……!」
「ひぃ! ひぃぃぃぃぃ!!?」
「ボ、ボーデンさんがイブリースになっちまったァァァァァ!」
殺して、壊して、犯して、食って、殺してやる。犯して、食って――
亜人、いなくなった。
全部殺した。バラバラにした。殺した。壊した。食った。
男はすぐ殺す。
女は犯して殺す。
馬は殺して食う。
人も殺して食う。
荷物は奪って壊して燃やす。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
イ・ラプセル。ころす。
●彼らだけが全てを守れる
「村が、死者の群れに襲われるみたいなの」
集まった自由騎士達の前で、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が水鏡から得た情報を開示する。
今回、水鏡が予見したのはアデレードから少し離れた場所にある村。
近くに墓地があるその村が、還リビトの群れに襲われるという予知だった。
近頃、イ・ラプセルでは還リビトが多数出現している。
今回もそのうちの一つ、ということなのだろう。
「墓地から這い出てきた還リビトはかなり多いよ。みんな注意してね」
言われるまでもない、と、自由騎士達はうなずいた。
今から準備をして出立すれば何とか間に合うタイミングだ。
村は何としても守り切って見せる、と、彼らは一様にやる気を見せる。
クラウディアの「よろしくね!」という言葉に見送られて、自由騎士達は準備を始めようとする。
だが、そこに別のプラロークが駆け込んできた。
「クラウディア、これ……!」
そのプラロークが持ち込んだ情報を確認して、クラウディアの顔色も変わる。
一体、何があったのか。
自由騎士達が注目する中、顔を青ざめさせたクラウディアは言った。
「……還リビトの群れが襲うのとほとんど同じタイミングで、その村にボーデンが来るみたい」
ボーデン。
かつて、ヴィスマルクとの闘いの際にアデレードを襲った黒狼のケモノビト。
囚人からなるヴェーアヴォルフ隊の長であり、戦いののち盗賊に身を落としてこれまでに何人も殺してきた憎むべき男である。
よりによってそれが、還リビトと同時に村を襲撃するとは。
「しかも、イブリース化している可能性があるわ」
イブリース。
魔の権化。負の念に染まったものが成り果てる、悪魔と呼ばれるもの。
ボーデンがそれになったとしても、今さら誰も驚かない。
それどころか、
「決着のときが来た、ってことだな」
自由騎士の一人がいう。
長らく尻尾を掴めなかったボーデンがそこに来るのであれば、今度こそこれまでの戦いの決着をつけることができるだろう。
状況は一気に厳しさを増した。
還リビトの群れと、凶暴化したボーデン。
その両方から、自由騎士達は村を守らなければならない。
そう、彼らだけが、全てを守れるのだ。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.村を守る
2.還リビトの群れ討伐
3.イブリースボーデン討伐
2.還リビトの群れ討伐
3.イブリースボーデン討伐
夏ですね、暑いですね、ゾンビと悪魔の季節ですね。
吾語です。
ついに来ました、ボーデンと最終決戦です。
最初の決戦シナリオから続くこの因縁に終止符を打ちましょう。
このシナリオはEXシナリオです。
通常シナリオより、ボリュームのあるリプレイになる分、プレイングも800文字+EX100文字になります。
このシナリオは特別にフラグメントの残量にはよらない死亡判定が起きる可能性があります。
ご注意ください。
◆敵
・還リビト×20
村の東にある墓地から這い出たスケルトンの群れです。
一体辺りの戦力は低いですが、数が多く、また体力だけはかなり高いです。
村の東側から押し寄せてきます。
・イブリースボーデン
イブリース化したボーデンです。
元の彼から一回り巨大化しており、見た目は大きな漆黒の人狼です。
攻撃力・反応速度・会心率が非常に高くなっています。
また、攻撃時に相手の生命力をドレインして自分の傷を癒すことができます。
攻撃手段は自分の爪と牙を主に用います。
他にも睨んだ相手を麻痺させる視線を使い、口からは強酸性のガスを吐きます。
ガスは範囲攻撃扱いとなります。
イブリースボーデンは村の西側から攻めてきます。
◆舞台
・村
さほど人口が多くない村が舞台となります。
避難勧告などをしている余裕はないと思ってください。
出発し、村に着くころにはすでに敵は村に接近している感じです。
村の西側と東側はそれぞれ平原となっています。
東西の戦場の距離は直線距離で1㎞ほど離れています。
敵は東西から同時に襲撃を仕掛けてきます。時間帯は昼間です。
吾語です。
ついに来ました、ボーデンと最終決戦です。
最初の決戦シナリオから続くこの因縁に終止符を打ちましょう。
このシナリオはEXシナリオです。
通常シナリオより、ボリュームのあるリプレイになる分、プレイングも800文字+EX100文字になります。
このシナリオは特別にフラグメントの残量にはよらない死亡判定が起きる可能性があります。
ご注意ください。
◆敵
・還リビト×20
村の東にある墓地から這い出たスケルトンの群れです。
一体辺りの戦力は低いですが、数が多く、また体力だけはかなり高いです。
村の東側から押し寄せてきます。
・イブリースボーデン
イブリース化したボーデンです。
元の彼から一回り巨大化しており、見た目は大きな漆黒の人狼です。
攻撃力・反応速度・会心率が非常に高くなっています。
また、攻撃時に相手の生命力をドレインして自分の傷を癒すことができます。
攻撃手段は自分の爪と牙を主に用います。
他にも睨んだ相手を麻痺させる視線を使い、口からは強酸性のガスを吐きます。
ガスは範囲攻撃扱いとなります。
イブリースボーデンは村の西側から攻めてきます。
◆舞台
・村
さほど人口が多くない村が舞台となります。
避難勧告などをしている余裕はないと思ってください。
出発し、村に着くころにはすでに敵は村に接近している感じです。
村の西側と東側はそれぞれ平原となっています。
東西の戦場の距離は直線距離で1㎞ほど離れています。
敵は東西から同時に襲撃を仕掛けてきます。時間帯は昼間です。
状態
完了
完了
報酬マテリア
7個
3個
3個
3個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
10/10
10/10
公開日
2018年08月15日
2018年08月15日
†メイン参加者 10人†
●村落:死は耐えて超えるもの
薄暗い昼間のことだった。
村には漠然とした不安の空気が広がっていた。
ここ最近、イ・ラプセルで頻発している還リビトの事件。
さらにはこんな村にまで流れてくる、幽霊列車が出現したという噂。
村の東側には割と大きな規模の墓地があり、村人達はいつそこから死者が這い出てくるのかという不安を抱きながら日々を過ごしていた。
その不安は、今日、現実のものとなる。
「――見えた! 多い!?」
村の上空、飛行によって先行していた『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が、村の全景とその周辺を見渡す。
すると、東側に今まさに迫らんとしている白骨の群れがはっきり見えた。
アンネリーザはマキナギアを通じて、その事実を直ちに仲間に伝える。
「分かりました。そのまま、敵の位置と村の状況の確認をお願いします」
連絡を受け取った『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)はギアを懐にしまうと、その場にいた自由騎士達に今聞いた情報を伝達した。
すると、その場からすぐに村へと飛び出す者がいた。
「よーし、ひとっ走り行ってくるよ!」
『全力全開!』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)である。
すでに自由騎士は村の近くまで来ている。走れば、還リビトの群れが来る前に着くはずだ。
そう思っての全力疾走によって、ほどなく村は見えてくる。
「還リビトとイブリースが来るよ――――!」
村の東側、そこにいた村人達は大層驚いた。
カーミラの叫びは、彼らの不安を的確に射抜いていたからだ。
「危険だから家の中に隠れて、扉も窓も固く閉じて外に出ないで――!」
オラクルの力によって声量を強化しながら、彼女はその警告を叫んで回った。
村人の間に、瞬く間に動揺が広がっていった。
どうしよう、どうしようと、彼らは互いに顔を見合わせる。
そこへ、さらに村の西側からやってきたのが『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)であった。
「我々はイ・ラプセル自由騎士団だ!」
村人達が自由騎士達の警告を受け入れた決め手は、まさにその一言であった。
いきなり現れて危機を訴える者。
本来であれば、村人達はそれを受け入れなかっただろう。
彼らが動くことになった理由は、元より抱えていた不安と、自由騎士という称号だ。
イ・ラプセルの国民にとってその名が持つ意味は軽くはない。
不安によって浮き足立ち、自由騎士の名に導かれて彼らは次々家へと戻る。
そして村の少し奥まで入ったところで、ツボミの耳にカーミラの声が聞こえた。
「あちらも上手くやったか」
それだけ確認できればいい。
今回、戦場は二か所。そして戦いはすでに始まっているだろう。
二人はそれぞれ踵を返し、自分の戦うべき舞台へと戻っていく。
後に残ったのは、生きるために静まり返った、薄暗い村の光景だった。
●東側:葬列は生者を求めて
カシャカシャと、人のものではない足音を立てながら、葬列は一路村を目指す。
その数は二十。死者の群れとしても、かなり大きい規模だ。
痛みも恐怖も感じずに、ただ生者を襲う群れが村に押し寄せればどうなるか。
わざわざ想像するまでもない。
村へと続く一本道。
それを阻むようにして、『極彩色の凶鳥』カノン・T・ブルーバード(CL3000334)が死者の群れの前に立ちはだかる。
「…………」
彼は迫る白骨の群れを見る。
還リビト。
かつて生者であった死者。
本来であれば永劫、墓の下で安らかなる眠りについているべき人々。
そして明らかなる脅威。
「――論外だ」
その無機質なる姿の、何と心寒いことか。この死人には美学がない。
カノンは芸術家を自称する。
その観点において、この敵は美しくない。ただただ、腹が立つ。
「む。カーミラ君が戻ってくるぞ!」
耳に届く、カーミラの足音。彼は周囲の音を抑えて仲間に指示を出した。
その場にいるのは、アンネリーゼとカスカ。
つまりはわずか四名で、二十体からなる還リビトを殲滅しなければならない。
空に浮いたカノンは、自分を目印にしてカーミラに位置を知らせる。すると、
「うおっしゃ――! このまま突っ込む!」
仲間を通り過ぎ、彼女は敵陣へと突っ走っていった。
「敵は特に陣形を組むでもなく、ただ群れてただ進む。実に与しやすい」
そしてカスカもまた、己の愛刀をスラリと抜き放って身を低くした。
「カスカ・セイリュウジ――、参る!」
己の肉体を即時加速。
地を蹴った彼女の姿は影となってスケルトンに肉薄する。
放たれた一閃は、鋭さを意識した斬撃。それは死者の腕を直撃して切り落とす。
だが相手は反応しない。
カシャリと蠢いて、拳を振るってくるのみだ。
「……面倒くさいですね」
まず思ったのが、それだった。
拳は何とかかわすことはできた。動きは遅くはないが、対応はできる。
だが、攻撃しても相手が反応しないのはなかなか厄介だ。
相手は、当然ではあるが痛みを感じず、そして完全に砕かない限りは活動しようとするそのしつこさは、ただ人を殺すより何倍も厄介だ。
これはタフな戦いになる。
カスカは今のうちから覚悟を固めた。
「オ、オ、オ、オ、オ……」
カタカタとあごを鳴らしながら骨一体が前へと進む。
その頭部がいきなり弾けた。
「……命中」
アンネリーゼだ。
彼女のライフルが、敵頭部に着弾した。
骨片を散らしながら、人骨は動きを止める。そこへ、カーミラが踏み込んだ。
「我流! 神・獣・撃ッッ!」
グワシャア、と、これまでで最も大きな破砕音。
ただ全力で踏み込んで全力で殴りつける。それだけの技ではあるが、思い切って行く分、殴りつけた拳には彼女の全力が乗っている。
弱いワケがなかった。
だが迂闊。相手は恐怖も感じぬ死者の葬列である。
殴った直後、別のスケルトンがカーミラへ抱き着き、その首にかじりついた。
「あ、うああああ!」
「カーミラ、助太刀します!」
慌ててカスカがフォローに入った。
くり出された一閃が、かじりついていたスケルトンの背中を断つ。
スケルトンはくらった衝撃に吹き飛ばされて、カーミラから離れた。
「うう、痛つつ……」
「勢いをつけすぎるのも考え物だな」
飛行し、上に立つカノンがカーミラの傷を癒す。
ここから始まるのは目に見えている持久戦。傷は癒せるうちに癒すに限る。
「ア、ア、ア、ア、ア……」
「オ、ア、ア、ア、ア……」
迫る、迫る。死者の葬列が生者を求めて迫りくる。
「村には、絶対に行かせない!」
決意を秘めて、アンネリーゼが引き金を引いいた。
この村の反対側では、今、別の自由騎士達がイブリースと戦っているだろう。
そのイブリースはかつてイ・ラプセルを襲撃したヴィスマルク軍の残党にして、これまでに何人もの民を殺してきたアデレードの災厄ボーデン。
最悪に最悪が重なっているこの状況で、だからこそ踏ん張らねばならない。
自分達は、国と民の命を守る自由騎士なのだから。
「そうだよ。行かせたりするもんか――!」
カーミラが、再びスケルトンの群れに突っ込んでいった。
●西側:黒魔来たれり
い・らぷせる、ころす。
い・らぷせる、ころす。
い・らぷせるって、何だ……?
ああ、あたまがいたい。あたまがいたい。
うずく。むねのおく、うずいてやける。やけしんでしまう。
しにたくない。しんでもいい。ころしてやる。ころしてやる。
ころす。
ころす。
ころす。
い・らぷせる、ころす。
い・らぷせる、ころす! ころす!
「……何てザマだ」
そこに見てしまった姿に、『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はまず息を飲んだ。
ヴェーアヴォルフ隊のボーデン。
今や自由騎士にとって因縁深き存在となった亜人は、ついにその身をイブリースに変えた。
見るがいい、そのおぞましき姿を。
焼け爛れた肌はまるで熱を宿してうねる溶岩のようだ。
乱れる毛並みはまるで全てを焼き尽くす黒き炎のようだ。
鋭い爪は首を掻っ切る死神の鎌。
濡れた牙は心臓を貫く邪悪の鉄鎚。
ギョロギョロとせわしなく動く眼球は、常に獲物を求めているがゆえ。
化物。
怪物。
そうとした形容できない、巨大な体躯の彼がそこにいる。
「ころす。ころす。イ・ラプセル、ころす……」
「これが、アデレードの災厄の末路か」
ウェルスは、ボーデンについてあまり多くを知らない。
しかし聞いた限りでも推測できることはある。
もしかしたらこの怪物が抱く憎悪や怒りの幾分かは、正当なものかもしれない。
だが――
「その殺戮は不毛なだけだ」
殺していっとき満ちようと、またすぐに乾くのみ。結局、何も解決しない。
「そうです。もう終わりにします。今度こそ、貴方と言う災禍を止めます!」
『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)もまた叫ぶ。
かつてボーデンとやり合った彼女にとって、怪物は憎悪の対象ではない。
もはやそれは台風などと同じただ災厄としてあるもの。
ならば、ただ止めるのみである。
「オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
アリアの姿を見たボーデンが、天に向かって吼え狂う。
そして、地面を大きく凹ます脚力で、巨体が高速疾駆した。
「――――!?」
まずその速度に、アリアもウェルスも度肝を抜かれた。
そのままであれば、自由騎士達はボーデンに突っ切られていただろう。
しかし、受け止める者がいた。
「君をこのまま通すわけにはいかない!」
『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)である。
「あの日から僕は『優しい世界』を願うようになった、だから……ッッ!」
受け止めて、全身に強烈な圧力と負荷がかかる。
骨は軋み、肉はつぶれ、肌が裂けて傷口から血が噴いた。だが、
「だから、僕は君を止める。そして、救ってみせる!」
だがアダムは、ボーデンのブチかましを見事に受けきった。
或いは、それはこの黒狼の弟を看取った彼だからこそ成せた業かもしれない。
しかし止められても、ボーデンの激情は少しも収まらない。
「い・らぷせる、ころす。い・らぷせる。ころす。い・らぷせる、ころすゥ!」
その言葉を幾度も繰り返し、災禍の黒狼がアダムの首を噛もうとする。
だが響く、二度の銃声。
神速の連続射撃を肩にくらって、ボーデンが一歩下がった。
「イ・ラプセル自由騎士団、ジークベルト・ヘルベチカ。ボーデン、あなたを捕縛します」
名乗ったのは『鷹狗』ジークベルト・ヘルベチカ(CL3000267)だった。
彼は騎士としてこの戦いに臨んでいる。
意味がどうこうではない。これが流儀であり、彼にとっての戦の作法なのだ。
「オオ、オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
果たして、今のボーデンは痛みを感じるのか。それすら疑わしい。
しかし怒りを駆り立てることは確かにできていたようで、この咆哮である。
「哀れといえば哀れ。だが、負ければ終わり。それはどこでも共通の真理だ」
アダムに並び、ボーデンの行く手を阻もうと『戦場《アウターヘヴン》の落し子』ルシアス・スラ・プブリアス(CL3000127)がそこに立ちはだかる。
ボーデンがその血走った目を彼へと向ける。
途端、ルシアスはその視線に何かおぞましいモノを感じ取った。
「おっと!」
急ぎ、目をそらす。
その判断は半分正解だった。
イブリースと化したボーデンが得た能力。その一つが束縛をもたらす視線だ。
もしもルシアスが化物の目を直視していれば、体が動かなくなっていた可能性があった。
そして同時に、その判断は半分不正解だった。
「い・らぷせる――、ころす!」
振るわれる、刃よりも鋭い爪。
目をそらしてしまったがゆえに、ルシアスはその一閃を回避しきれなかった。
そして浅いながらも爪は彼の肉を引き裂き、
「アハ、アハハァ……」
「傷が治っていく、だって……!?」
それを見ていたアダムが、戦慄に顔を青ざめさせた。
ジークベルトの銃撃による傷が、たちまち消えていったのだ。
敵を傷つけることで生命力を奪う。それもまた恐るべき、イブリースの能力だ。
「――不味いかもしれないな」
身を抉られたルシアスが、己の傷の具合を確かめながら呟いた。
ボーデン一体に対してこちらは六人。
数の上では有利だが、しかしその考え方は危ういと彼は感じていた。
むしろ六人ぽっち。そう認識するべきだ。
「ころす、ころす、ころす、い・らぷせる、ころすゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
アデレードの災厄が、全身から濃密な殺気を解き放つ。
苦しい戦いになる。
それが場にいる自由騎士達全員の共通認識であった。
●東側:凱歌は歌うに値しない
圧倒的な個であるボーデンに比べれば、群れるだけの死者は楽な相手だろうか。
――無論、そんなはずはない。
カシャンカシャンと音を立てて、沈黙の葬列が村を目指す。
「この! 止まりなさい!」
アンネリーゼの撃つ弾丸が、スケルトンの一体に命中した。
肩口。肩甲骨を粉砕して腕がポロリと落ちた。だが止まらない。
さらに狙いを定め、アンネリーゼはもう一発。
これも着弾し、今度は眉間に突き刺さる。
頭蓋骨が破裂したように割れて、だが止まらない。
彼女の狙撃は決して無力ではない。
これは単純に、相手が悪いのだ。
生物であれば痛みにもがく。苦しむ。
しかし相手は生きていない。痛みはない。苦しみもない。死しかない。
だから撃たれても、打たれても、討たれても、平然と向かってくる。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
突貫するのはカーミラだ。
たった今、アンネリーゼがダメージを与えたスケルトンに追撃を仕掛ける。
ブチ込んだ拳が、骨を砕く感触を得た。
手ごたえあり。
しかし、その手を掴まれる。
「うっそ……」
頭をなくしながらもスケルトンは動き、カーミラにのしかかった。
そこへ別のスケルトンも次々集まって、たちまちカーミラが潰されてしまう。
「鋭!」
そこへ閃きが走った。
カスカが振りぬいた刃が、スケルトン一体を上下に両断した。
包囲にできるかすかな隙間。見逃さずにカーミラがそこから脱する。
「ハァ、ハッ……、危なかったよ……!」
伝う血と汗を手で拭った。
ひっかかれ、噛みつかれ、全身に小さな傷が無数にできていた。
「いえ、どうということは」
応じるカスカも、しかし同じような有様だ。
ここまでで、自由騎士はすでに四体のスケルトンを破壊している。
短い時間で上々な結果といえるだろう。
しかし、それでも戦力差はまだ大きい。多勢に無勢は戦いの真理の一つだ。
「全く、見ていられないな!」
悪ぶった風に言って、カノンが前線に出ている二人を医術の魔導で何とか癒す。
彼の存在こそがこの場における生命線だ。
カノンの魔力が尽きたとき、この戦いは考えたくもない結末を迎えるだろう。
ゆえに、無理をしてでもここで敵を押し留める必要がある。
「いっくよ――!」
飛び出したカーミラが、スケルトンの頭部に回し蹴りをブチ当てた。
ガシャンと割れる感触が足に伝わってくる。しかし、やはりスケルトンは止まらない。
村へ侵入させるわけにはいかない。討ち漏らしは絶対に許されないのだ。
だがだからこそ、カーミラとカスカに傷は増える。
「ふッッ!」
キレのある呼気と共に放たれる剣閃が、スケルトン一体の腕を斬り飛ばした。
だがその一撃に対し、押し寄せる骨の攻撃はあまりに多い。
受け止めるにしても防ぎきれず、傷がまた刻まれる。
「そこよ!」
後方より、アンネリーゼの支援砲火。
弾丸が骨片を散らし、敵一体の動きを阻む。
「ふぅ、ふぅ……!」
「まだです、まだ来ますよ!」
「分かってる!」
カーミラもカスカも、すでにかなり呼吸が荒い。
後方で支援に徹しているアンネリーゼもまた、負傷こそないが全身汗まみれだ。
一刻も早い殲滅をと思いながら、しかし時間はかかっていた。
ジリジリと死者の群れに押されながら、防衛線はゆっくり後退している。
無声、無感、無痛、無反応、無表情。
連なる静寂の軍勢は、だからこそ圧力が高かった。
倒すことはできている。
徐々にではあるが着実に、自由騎士は葬列の戦力を削っているのだ。
だが止まらない。だが押し切れない。死とは、こんなにも重いものなのか。
「――だからって!」
幾度目かになる、カーミラの突撃。
半ば壊れたスケルトンに、必殺の拳をお見舞いする。
「だからって、こっちも止まっていられないんだ!」
カーミラの咆哮は、他の三人を鼓舞するのに十分だった。
カノンが笑う。
「こういった泥臭さも、たまには悪くないかもね」
そして施された癒しにカスカがニヤリと笑う。
「こちらも、まだまだいけますよ」
「そうよ!」
狙いをつけて、アンネリーゼがトリガーを引き絞った。
「私達は――止まれない! 止めてみせる!」
次々に火を噴くライフル。
火力支援を受けて、二人の自由騎士が死者のただ中を舞い躍る。
葬列の脅威が死の脅威ならば、それに対抗するは生の躍動。闇を覆す命の光。
「見えた、そこだ――――!」
そして戦いの流れを変える一撃を、カーミラが解き放つ。
全身を使った、全力全霊の体当たり。収束された衝撃が死者を数体巻き込んだ。
強烈な一撃であった。
後方の数体諸共に、その一撃はスケルトンを粉砕せしめたのだ。
「――この戦い、凱歌は歌うに値しない」
カノンが、まるで指揮棒のように杖を振るって癒しの業を使う。
生と死がぶつかり合い、そして生が死を覆す。
必要なのは勝利の凱歌ではない。弔いのための鎮魂歌でもない。
行進曲を、止まらず進み続けるための行進曲をこそ、今は奏でるべきなのだ。
そして、自由騎士が押し始める。
これまで退がるばかりであった四人が、いよいよ押す側へと翻る。
スケルトンは一体、また一体と駆逐されていき、そして――
「残り、三体!」
いよいよ数の差も覆った。
だが自由騎士側も限界が近い。
体が重い。息が上がる。痛みは意識を苛み、脱力感に目がかすむ。
カノンの魔力もほぼ尽きて、複数を一度に回復することはもうできない。
未だ倒れる者こそ出ていないが、ギリギリ優位を保てている。それが現状だ。
「――今にも倒れそうですよ」
カスカが己の状態を口にする。だが、刃はそれでも閃いた。
「ええ、だからこそ、我が刃はこの死線にて冴え渡る!」
そして放たれた渾身の抜き打ちが、スケルトン一体を見事に割断する。
残り――二体。
「でぇぇぇぇぇぇりゃああああああああああ!」
そしてカーミラは、もうなりふりなんて構っちゃいない。
体に残る力、それを全て振り絞っての一撃をスケルトンに叩きつけて、粉砕!
残り――一体。
「最後の、一発!」
アンネリーゼの弾丸が、スケルトンの頭部を吹き飛ばす。
「やった……!?」
だがまだ。
頭を失いながらも、最後の一体は倒れずしてそこに立ち、
「蛇足は好きじゃないんだけどね」
カノンの杖による攻撃が、スケルトンにトドメを刺した。
砕かれた骨はしばしカサカサと動きながら、やがて静かになる。
「…………」
だがカーミラとカスカはまだ構えを解かない。
さらに十秒ほど経って、ようやく二人は構えを解いて息をつく。
「お――」
カーミラと、カスカと、アンネリーゼと、三人は同時に言った。
「「「終わった~……」」」
そのまま脱力して座り込んだ三人を見てカノンも嘆息を一つ。
「西側に加勢に行くのは、さすがに無理そうだね」
かくいう彼も、魔力を完全に使い切ったワケだが。
とにもかくにも、村の東側、還リビトの軍勢はこうして駆逐できたのだった。
●西側:彼は最後にようやく笑う
――だが、災厄はまだ終わらない。
押し寄せる闇は、つまりは黒い霧状のガスだった。
「くっ、肌が、焼ける……!」
「う、ああああああ!」
巻き込まれたのはアダムとルシアス。さらにはアリアも範囲から逃れることはできなかった。
「……この程度!」
ボーデンが吐いた強酸性のガスに焼かれ、三人の肌は爛れた。
それを見て、黒狼の悪魔はおかしそうに牙をむき出しにして笑う。
「ゲハ、ギハハハハハハハハ! ヒハハハハハハハハ!」
「自由騎士が苦しむのがそんなにおかしいかよ、ボーデン!」
ウェルスが顔をしかめながら癒しの魔導で三人の傷を塞ぐ。
彼の言う通りだ。
ボーデンは楽しんでいるのだ。
自由騎士が苦しむ姿を見て、心から悦に浸っているのだ。
「ふ――!」
息を吐き、ジークベルトが連射をする。
弾丸は身を抉るも、ボーデンはさしたる反応も見せずに彼へと視線を向けた。
目が、合ってしまった。
「しま……!」
言いかけて止まる。舌も痺れて言葉を作れなかった。
「い・らぷせる、い・らぷせる、い・らぷせるゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
ボーデンは突進し、ジークベルトへと間合いを詰めようとする。
「行かせは、しない!」
だがアダムがまた受け止めた。
こうして壁になるのは何度目か。
大質量をその身で止めて、アダムの筋肉が幾つか破断する。
走る激痛を歯をくいしばって耐えながら、彼は叫んだ。
「やめるんだ、もうやめろ! 誰も、誰もこんなことは――」
「キハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ!」
だが彼の訴えは、狂える獣には通じない。
振るわれた爪がアダムの身を深く切り裂いた。そしてボーデンの傷は癒えて、
「このままじゃ、ジリ貧ですね。でも――!」
躍りかかったアリアの剣閃が、黒い巨体に新たな傷を刻む。
東側と違ってこちらは多対一。だがその一がとにかく強く、厄介だった。
「大丈夫か?」
「何とか。……助かりました」
ツボミによって麻痺を解かれ、ジークベルトがうなずいた。
「ハハハハハハハハハハ! ギハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
ボーデンはずっと笑っている。ずっとずっと、あの調子で笑っている。
「俺達が苦しんでて、嬉しいんだろうな」
ルシアスが呼吸を整えながら言う。
己の優位を悟り、弱者をいたぶり、そして悦に浸って笑い続ける。
狂えども、歪んだその性根はまさしくボーデンのものだった。
「でも、彼も無傷じゃありません」
疲れと痛みの中でも冷静さを保ち、アリアはボーデンを観察していた。
あの怪物は、こちらの生命力を吸収するとという極めて厄介な能力を持つが、しかし一度に吸収できる生命力には限りがあるようだった。
吸われる分より、減らす分が優っていれば、ボーデンもいずれは倒れる。
「ダメージレースだな、こりゃ……」
ウェルスが苦い顔をして頭を掻く。だが悪戦になるのは分かりきっていたこと。
「ボーデンを止める。それだけだ」
言うは易い。だがこの状況でそれを言うのはそんな容易いことではない。
自由騎士達はうなずき合う。傷つこうとも彼らの意志は曲がっていなかった。
「ボーデン!」
アダムが自ら前に出た。
放つ一撃は蒸気鎧装の熱を帯び、山吹色に光り輝く。
「オオ、オオオオオオオオ!」
みぞおちにまともに受けながら、だがボーデンも闇色のガスを吐き出した。
「むうう!」
身を焼かれる覚悟で、ルシアスは突進。
痛みを気にせず大剣をブチ当てる。
「グギッ!」
そのとき、ボーデンが明らかに鼻白んだ。隙ができる。
「ボーデェェェェェェェェェン!」
飛び込んだのはアリアだった。疾風の如き剣撃が魔に染まった身を切り裂く。
血しぶきすらも黒に近い、今のボーデン。
だが傷つけば傷つくほどに、弱るどころかこの怪物は荒れ狂う。
「オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオ!」
「そんなに俺達が許せないかよ、ボーデンの旦那よぉ!」
仲間の傷を癒しながら、隙を見つけたウェルスがボーデンに銃を向けた。
ああそうだろう。
許せないのだろう。
殺したいのだろう。
それほどまでに憎々しいのだろう。
だが――!
「ここから進ませるわけには、いかないのです」
ジークベルトが冷たく言い放つ。
事情はあれど、理由はあれど、感情はあれど、憤怒はあれど、憎悪はあれど、
「そんなもん、悲劇を生む理由にゃならないんだよ!」
仲間を癒して、ツボミが言葉を叩きつけた。
――状況が変わり始める。
イブリースボーデンは一対一ならばここにいる誰も勝てない怪物だ。
しかし、自由騎士は仲間を信じ、己を張ってここに立っている。
個としては圧倒すれども、個でしかないボーデンは、他に頼れるものなどない。
「オオオ、オオオオオオオオ! い・らぷせるゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
暴れる黒き災厄にも、かつて従う者はいた。
弟がいた。手下がいた。自分を慕う者たちがいた。
だが死んだ。
弟は死に、手下の大半も死に、そして残った手下達は――
「こ、ろ、す……!」
彼自身が殺して喰った。
ボーデンは強い。圧倒的に強い。肉体的に能力的にも、どうしようもなく強い。
だがその心は、この場にいる誰よりも弱い。
「テ、メ、ェ、ラ、ノ、セ、イ、ダ、ァァァァァァァァァァァ!」
全身に傷を作り、黒い血を散らしながら、だが流した涙は血の赤だった。
「あああああああああああああ、もう!」
だがボーデンの絶叫よりもさらに大きな声で叫んで、ツボミがダンと地面を一度踏み鳴らす。
「ギャーギャーうるせぇ! 何がイブリースだ災厄だ!」
ビシっと指を突き付けて、彼女は黒い巨体に向かってさらに怒鳴った。
「貴様はボーデンだろうが!」
「グ……ッ!」
「あっさりイブリース化して狂って、それで暴れて復讐か? ふざけるなよ気に入らん。ああ気に入らん気に入らん! 復讐も八つ当たりも、やるならしっかり自分の意思と意地でやれ! 少なくとも私らは自分の意思でここにいるぞ!」
誰もが、その啖呵に目を向けてしまった。
ツボミとしても何か考えがあったわけではなく、言葉通りに気に入らなかっただけだ。
だから叫んだ。
だから怒鳴った。
彼女は自分の意志と意地でもって、ボーデンへとその激情をぶつけたのだ。
そして、ボーデンは動きを止めた。
何故かその場に、棒立ちになっていた。
この一瞬こそまさに千載一遇。自由騎士達が一斉に動いた。
「ボーデン!」
アダムが意志を乗せて、拳を振るう。
「ボーデン!」
ルシアスがに打倒のために、大剣を振り下ろす。
「ボーデン!」
ジークベルトが守るために、トリガーをひく。
「ボーデンの旦那よぉ!」
ウェルスが憐憫をこらえて、弾丸を撃ち放つ。
「今こそこの悲観を終わらせます、ボーデンッッ!」
そして願いと想いをありったけ込めて、アリアの双剣の一撃が――
「イ・ラプセルの自由騎士……!」
ボーデンの胸を深く、深く切り裂いた。
「グ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
天を衝く、その絶叫。
漆黒の巨体が縮まっていく。
アクアディーネの権能が、ボーデンのイブリース化を解いたのだ。
「アアアアアアアア、アアアアアアアアアアアア……!」
長い、長い数秒を経て、元のケモノビトとなったボーデンが地にひざまずいた。
自由騎士達がそれを取り囲む。
「自由騎士のクソ共ォ……!」
半死半生どころか明らかな死の一歩手前。それでもボーデンは憎悪を滾らせる。
「君は連行する。罪を償い、やり直してくれ」
呼吸を乱したまま、アダムが勧告した。
「……あァ?」
「君の弟はヴィスマルク生まれではやり直せないと言っていた。だがそんなことはない。人はやり直せる。罪を見つめ、前を向き、弟の分まで生きてくれ」
それは、アダムの切なる願い。
正真正銘、彼の心からの本音であった。
だがそれをボーデンは嘲笑う。
「カッハッハ、キッハッハッハッハッハッハッハ! アーッハハハハハ!」
笑うボーデンを止める者はいなかった。
もはやこのケモノビトに抗う力は残されていない。それは明らかだ。
それでもボーデンは、自由騎士に悪意を向けてきた。
「傲慢だな、オイ。俺を見下ろし、上から叩くように生きろと来たモンだ!」
「どう言われようとも僕は自分の意志を曲げるつもりはない」
「フン、知ってたさ」
そしてボーデンはチラリとツボミの方を見る。
「……何だよ」
「ケッ!」
何も言わずにつばを吐き捨て、ボーデンはゆるりと右手を挙げた。
自由騎士は警戒する。だがボーデンはアダムを見て、
「答えてやるよ、優男」
そして瀕死の黒狼は、
「いやなこった」
最後の力を振り絞り、自分の耳に指を突っ込んでその脳に爪を突き立てた。
「しま……ッ!?」
倒れるボーデンに、ツボミとウェルスが駆け寄った。
そのツボミの耳に黒狼の最後の一言が届く。
「――これが俺だ、クソッタレ共」
急いで治療が行われる。
残された少ない魔力でできる限りの治癒をして、ボーデンは死にこそ至らなかったものの、
「うー、あ、あぁ……。あ?」
そこに、アデレードの災厄はもういなかった。
黒狼のケモノビトは、赤子のように声をあげるだけの廃人と成り果てていた。
自分という人格を殺す。
それこそが、ボーデンが選んだ、最後の抵抗だったのだ。
「チッ……」
ほとんどの自由騎士が言葉もない中、ツボミが小さく舌を打ち、
「それがおまえの意思か、ボーデン」
ルシアスはただ一度うなずいた。
戦いは終わった。自由騎士達の勝利だ。
イブリースは消えて、アデレードの災厄もついに倒れた。
村の方から幾つかの声。サポートに回ってくれた自由騎士達の姿が見える。
そう、村は守られたのだ。
結果は最良といってよいだろう。しかし――
「こいつぁ、苦いな」
ウェルスが呟く。
彼らが噛み締めた勝利の味は、その言葉通り、とても苦いものだった。
薄暗い昼間のことだった。
村には漠然とした不安の空気が広がっていた。
ここ最近、イ・ラプセルで頻発している還リビトの事件。
さらにはこんな村にまで流れてくる、幽霊列車が出現したという噂。
村の東側には割と大きな規模の墓地があり、村人達はいつそこから死者が這い出てくるのかという不安を抱きながら日々を過ごしていた。
その不安は、今日、現実のものとなる。
「――見えた! 多い!?」
村の上空、飛行によって先行していた『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が、村の全景とその周辺を見渡す。
すると、東側に今まさに迫らんとしている白骨の群れがはっきり見えた。
アンネリーザはマキナギアを通じて、その事実を直ちに仲間に伝える。
「分かりました。そのまま、敵の位置と村の状況の確認をお願いします」
連絡を受け取った『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)はギアを懐にしまうと、その場にいた自由騎士達に今聞いた情報を伝達した。
すると、その場からすぐに村へと飛び出す者がいた。
「よーし、ひとっ走り行ってくるよ!」
『全力全開!』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)である。
すでに自由騎士は村の近くまで来ている。走れば、還リビトの群れが来る前に着くはずだ。
そう思っての全力疾走によって、ほどなく村は見えてくる。
「還リビトとイブリースが来るよ――――!」
村の東側、そこにいた村人達は大層驚いた。
カーミラの叫びは、彼らの不安を的確に射抜いていたからだ。
「危険だから家の中に隠れて、扉も窓も固く閉じて外に出ないで――!」
オラクルの力によって声量を強化しながら、彼女はその警告を叫んで回った。
村人の間に、瞬く間に動揺が広がっていった。
どうしよう、どうしようと、彼らは互いに顔を見合わせる。
そこへ、さらに村の西側からやってきたのが『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)であった。
「我々はイ・ラプセル自由騎士団だ!」
村人達が自由騎士達の警告を受け入れた決め手は、まさにその一言であった。
いきなり現れて危機を訴える者。
本来であれば、村人達はそれを受け入れなかっただろう。
彼らが動くことになった理由は、元より抱えていた不安と、自由騎士という称号だ。
イ・ラプセルの国民にとってその名が持つ意味は軽くはない。
不安によって浮き足立ち、自由騎士の名に導かれて彼らは次々家へと戻る。
そして村の少し奥まで入ったところで、ツボミの耳にカーミラの声が聞こえた。
「あちらも上手くやったか」
それだけ確認できればいい。
今回、戦場は二か所。そして戦いはすでに始まっているだろう。
二人はそれぞれ踵を返し、自分の戦うべき舞台へと戻っていく。
後に残ったのは、生きるために静まり返った、薄暗い村の光景だった。
●東側:葬列は生者を求めて
カシャカシャと、人のものではない足音を立てながら、葬列は一路村を目指す。
その数は二十。死者の群れとしても、かなり大きい規模だ。
痛みも恐怖も感じずに、ただ生者を襲う群れが村に押し寄せればどうなるか。
わざわざ想像するまでもない。
村へと続く一本道。
それを阻むようにして、『極彩色の凶鳥』カノン・T・ブルーバード(CL3000334)が死者の群れの前に立ちはだかる。
「…………」
彼は迫る白骨の群れを見る。
還リビト。
かつて生者であった死者。
本来であれば永劫、墓の下で安らかなる眠りについているべき人々。
そして明らかなる脅威。
「――論外だ」
その無機質なる姿の、何と心寒いことか。この死人には美学がない。
カノンは芸術家を自称する。
その観点において、この敵は美しくない。ただただ、腹が立つ。
「む。カーミラ君が戻ってくるぞ!」
耳に届く、カーミラの足音。彼は周囲の音を抑えて仲間に指示を出した。
その場にいるのは、アンネリーゼとカスカ。
つまりはわずか四名で、二十体からなる還リビトを殲滅しなければならない。
空に浮いたカノンは、自分を目印にしてカーミラに位置を知らせる。すると、
「うおっしゃ――! このまま突っ込む!」
仲間を通り過ぎ、彼女は敵陣へと突っ走っていった。
「敵は特に陣形を組むでもなく、ただ群れてただ進む。実に与しやすい」
そしてカスカもまた、己の愛刀をスラリと抜き放って身を低くした。
「カスカ・セイリュウジ――、参る!」
己の肉体を即時加速。
地を蹴った彼女の姿は影となってスケルトンに肉薄する。
放たれた一閃は、鋭さを意識した斬撃。それは死者の腕を直撃して切り落とす。
だが相手は反応しない。
カシャリと蠢いて、拳を振るってくるのみだ。
「……面倒くさいですね」
まず思ったのが、それだった。
拳は何とかかわすことはできた。動きは遅くはないが、対応はできる。
だが、攻撃しても相手が反応しないのはなかなか厄介だ。
相手は、当然ではあるが痛みを感じず、そして完全に砕かない限りは活動しようとするそのしつこさは、ただ人を殺すより何倍も厄介だ。
これはタフな戦いになる。
カスカは今のうちから覚悟を固めた。
「オ、オ、オ、オ、オ……」
カタカタとあごを鳴らしながら骨一体が前へと進む。
その頭部がいきなり弾けた。
「……命中」
アンネリーゼだ。
彼女のライフルが、敵頭部に着弾した。
骨片を散らしながら、人骨は動きを止める。そこへ、カーミラが踏み込んだ。
「我流! 神・獣・撃ッッ!」
グワシャア、と、これまでで最も大きな破砕音。
ただ全力で踏み込んで全力で殴りつける。それだけの技ではあるが、思い切って行く分、殴りつけた拳には彼女の全力が乗っている。
弱いワケがなかった。
だが迂闊。相手は恐怖も感じぬ死者の葬列である。
殴った直後、別のスケルトンがカーミラへ抱き着き、その首にかじりついた。
「あ、うああああ!」
「カーミラ、助太刀します!」
慌ててカスカがフォローに入った。
くり出された一閃が、かじりついていたスケルトンの背中を断つ。
スケルトンはくらった衝撃に吹き飛ばされて、カーミラから離れた。
「うう、痛つつ……」
「勢いをつけすぎるのも考え物だな」
飛行し、上に立つカノンがカーミラの傷を癒す。
ここから始まるのは目に見えている持久戦。傷は癒せるうちに癒すに限る。
「ア、ア、ア、ア、ア……」
「オ、ア、ア、ア、ア……」
迫る、迫る。死者の葬列が生者を求めて迫りくる。
「村には、絶対に行かせない!」
決意を秘めて、アンネリーゼが引き金を引いいた。
この村の反対側では、今、別の自由騎士達がイブリースと戦っているだろう。
そのイブリースはかつてイ・ラプセルを襲撃したヴィスマルク軍の残党にして、これまでに何人もの民を殺してきたアデレードの災厄ボーデン。
最悪に最悪が重なっているこの状況で、だからこそ踏ん張らねばならない。
自分達は、国と民の命を守る自由騎士なのだから。
「そうだよ。行かせたりするもんか――!」
カーミラが、再びスケルトンの群れに突っ込んでいった。
●西側:黒魔来たれり
い・らぷせる、ころす。
い・らぷせる、ころす。
い・らぷせるって、何だ……?
ああ、あたまがいたい。あたまがいたい。
うずく。むねのおく、うずいてやける。やけしんでしまう。
しにたくない。しんでもいい。ころしてやる。ころしてやる。
ころす。
ころす。
ころす。
い・らぷせる、ころす。
い・らぷせる、ころす! ころす!
「……何てザマだ」
そこに見てしまった姿に、『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はまず息を飲んだ。
ヴェーアヴォルフ隊のボーデン。
今や自由騎士にとって因縁深き存在となった亜人は、ついにその身をイブリースに変えた。
見るがいい、そのおぞましき姿を。
焼け爛れた肌はまるで熱を宿してうねる溶岩のようだ。
乱れる毛並みはまるで全てを焼き尽くす黒き炎のようだ。
鋭い爪は首を掻っ切る死神の鎌。
濡れた牙は心臓を貫く邪悪の鉄鎚。
ギョロギョロとせわしなく動く眼球は、常に獲物を求めているがゆえ。
化物。
怪物。
そうとした形容できない、巨大な体躯の彼がそこにいる。
「ころす。ころす。イ・ラプセル、ころす……」
「これが、アデレードの災厄の末路か」
ウェルスは、ボーデンについてあまり多くを知らない。
しかし聞いた限りでも推測できることはある。
もしかしたらこの怪物が抱く憎悪や怒りの幾分かは、正当なものかもしれない。
だが――
「その殺戮は不毛なだけだ」
殺していっとき満ちようと、またすぐに乾くのみ。結局、何も解決しない。
「そうです。もう終わりにします。今度こそ、貴方と言う災禍を止めます!」
『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)もまた叫ぶ。
かつてボーデンとやり合った彼女にとって、怪物は憎悪の対象ではない。
もはやそれは台風などと同じただ災厄としてあるもの。
ならば、ただ止めるのみである。
「オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
アリアの姿を見たボーデンが、天に向かって吼え狂う。
そして、地面を大きく凹ます脚力で、巨体が高速疾駆した。
「――――!?」
まずその速度に、アリアもウェルスも度肝を抜かれた。
そのままであれば、自由騎士達はボーデンに突っ切られていただろう。
しかし、受け止める者がいた。
「君をこのまま通すわけにはいかない!」
『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)である。
「あの日から僕は『優しい世界』を願うようになった、だから……ッッ!」
受け止めて、全身に強烈な圧力と負荷がかかる。
骨は軋み、肉はつぶれ、肌が裂けて傷口から血が噴いた。だが、
「だから、僕は君を止める。そして、救ってみせる!」
だがアダムは、ボーデンのブチかましを見事に受けきった。
或いは、それはこの黒狼の弟を看取った彼だからこそ成せた業かもしれない。
しかし止められても、ボーデンの激情は少しも収まらない。
「い・らぷせる、ころす。い・らぷせる。ころす。い・らぷせる、ころすゥ!」
その言葉を幾度も繰り返し、災禍の黒狼がアダムの首を噛もうとする。
だが響く、二度の銃声。
神速の連続射撃を肩にくらって、ボーデンが一歩下がった。
「イ・ラプセル自由騎士団、ジークベルト・ヘルベチカ。ボーデン、あなたを捕縛します」
名乗ったのは『鷹狗』ジークベルト・ヘルベチカ(CL3000267)だった。
彼は騎士としてこの戦いに臨んでいる。
意味がどうこうではない。これが流儀であり、彼にとっての戦の作法なのだ。
「オオ、オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
果たして、今のボーデンは痛みを感じるのか。それすら疑わしい。
しかし怒りを駆り立てることは確かにできていたようで、この咆哮である。
「哀れといえば哀れ。だが、負ければ終わり。それはどこでも共通の真理だ」
アダムに並び、ボーデンの行く手を阻もうと『戦場《アウターヘヴン》の落し子』ルシアス・スラ・プブリアス(CL3000127)がそこに立ちはだかる。
ボーデンがその血走った目を彼へと向ける。
途端、ルシアスはその視線に何かおぞましいモノを感じ取った。
「おっと!」
急ぎ、目をそらす。
その判断は半分正解だった。
イブリースと化したボーデンが得た能力。その一つが束縛をもたらす視線だ。
もしもルシアスが化物の目を直視していれば、体が動かなくなっていた可能性があった。
そして同時に、その判断は半分不正解だった。
「い・らぷせる――、ころす!」
振るわれる、刃よりも鋭い爪。
目をそらしてしまったがゆえに、ルシアスはその一閃を回避しきれなかった。
そして浅いながらも爪は彼の肉を引き裂き、
「アハ、アハハァ……」
「傷が治っていく、だって……!?」
それを見ていたアダムが、戦慄に顔を青ざめさせた。
ジークベルトの銃撃による傷が、たちまち消えていったのだ。
敵を傷つけることで生命力を奪う。それもまた恐るべき、イブリースの能力だ。
「――不味いかもしれないな」
身を抉られたルシアスが、己の傷の具合を確かめながら呟いた。
ボーデン一体に対してこちらは六人。
数の上では有利だが、しかしその考え方は危ういと彼は感じていた。
むしろ六人ぽっち。そう認識するべきだ。
「ころす、ころす、ころす、い・らぷせる、ころすゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
アデレードの災厄が、全身から濃密な殺気を解き放つ。
苦しい戦いになる。
それが場にいる自由騎士達全員の共通認識であった。
●東側:凱歌は歌うに値しない
圧倒的な個であるボーデンに比べれば、群れるだけの死者は楽な相手だろうか。
――無論、そんなはずはない。
カシャンカシャンと音を立てて、沈黙の葬列が村を目指す。
「この! 止まりなさい!」
アンネリーゼの撃つ弾丸が、スケルトンの一体に命中した。
肩口。肩甲骨を粉砕して腕がポロリと落ちた。だが止まらない。
さらに狙いを定め、アンネリーゼはもう一発。
これも着弾し、今度は眉間に突き刺さる。
頭蓋骨が破裂したように割れて、だが止まらない。
彼女の狙撃は決して無力ではない。
これは単純に、相手が悪いのだ。
生物であれば痛みにもがく。苦しむ。
しかし相手は生きていない。痛みはない。苦しみもない。死しかない。
だから撃たれても、打たれても、討たれても、平然と向かってくる。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
突貫するのはカーミラだ。
たった今、アンネリーゼがダメージを与えたスケルトンに追撃を仕掛ける。
ブチ込んだ拳が、骨を砕く感触を得た。
手ごたえあり。
しかし、その手を掴まれる。
「うっそ……」
頭をなくしながらもスケルトンは動き、カーミラにのしかかった。
そこへ別のスケルトンも次々集まって、たちまちカーミラが潰されてしまう。
「鋭!」
そこへ閃きが走った。
カスカが振りぬいた刃が、スケルトン一体を上下に両断した。
包囲にできるかすかな隙間。見逃さずにカーミラがそこから脱する。
「ハァ、ハッ……、危なかったよ……!」
伝う血と汗を手で拭った。
ひっかかれ、噛みつかれ、全身に小さな傷が無数にできていた。
「いえ、どうということは」
応じるカスカも、しかし同じような有様だ。
ここまでで、自由騎士はすでに四体のスケルトンを破壊している。
短い時間で上々な結果といえるだろう。
しかし、それでも戦力差はまだ大きい。多勢に無勢は戦いの真理の一つだ。
「全く、見ていられないな!」
悪ぶった風に言って、カノンが前線に出ている二人を医術の魔導で何とか癒す。
彼の存在こそがこの場における生命線だ。
カノンの魔力が尽きたとき、この戦いは考えたくもない結末を迎えるだろう。
ゆえに、無理をしてでもここで敵を押し留める必要がある。
「いっくよ――!」
飛び出したカーミラが、スケルトンの頭部に回し蹴りをブチ当てた。
ガシャンと割れる感触が足に伝わってくる。しかし、やはりスケルトンは止まらない。
村へ侵入させるわけにはいかない。討ち漏らしは絶対に許されないのだ。
だがだからこそ、カーミラとカスカに傷は増える。
「ふッッ!」
キレのある呼気と共に放たれる剣閃が、スケルトン一体の腕を斬り飛ばした。
だがその一撃に対し、押し寄せる骨の攻撃はあまりに多い。
受け止めるにしても防ぎきれず、傷がまた刻まれる。
「そこよ!」
後方より、アンネリーゼの支援砲火。
弾丸が骨片を散らし、敵一体の動きを阻む。
「ふぅ、ふぅ……!」
「まだです、まだ来ますよ!」
「分かってる!」
カーミラもカスカも、すでにかなり呼吸が荒い。
後方で支援に徹しているアンネリーゼもまた、負傷こそないが全身汗まみれだ。
一刻も早い殲滅をと思いながら、しかし時間はかかっていた。
ジリジリと死者の群れに押されながら、防衛線はゆっくり後退している。
無声、無感、無痛、無反応、無表情。
連なる静寂の軍勢は、だからこそ圧力が高かった。
倒すことはできている。
徐々にではあるが着実に、自由騎士は葬列の戦力を削っているのだ。
だが止まらない。だが押し切れない。死とは、こんなにも重いものなのか。
「――だからって!」
幾度目かになる、カーミラの突撃。
半ば壊れたスケルトンに、必殺の拳をお見舞いする。
「だからって、こっちも止まっていられないんだ!」
カーミラの咆哮は、他の三人を鼓舞するのに十分だった。
カノンが笑う。
「こういった泥臭さも、たまには悪くないかもね」
そして施された癒しにカスカがニヤリと笑う。
「こちらも、まだまだいけますよ」
「そうよ!」
狙いをつけて、アンネリーゼがトリガーを引き絞った。
「私達は――止まれない! 止めてみせる!」
次々に火を噴くライフル。
火力支援を受けて、二人の自由騎士が死者のただ中を舞い躍る。
葬列の脅威が死の脅威ならば、それに対抗するは生の躍動。闇を覆す命の光。
「見えた、そこだ――――!」
そして戦いの流れを変える一撃を、カーミラが解き放つ。
全身を使った、全力全霊の体当たり。収束された衝撃が死者を数体巻き込んだ。
強烈な一撃であった。
後方の数体諸共に、その一撃はスケルトンを粉砕せしめたのだ。
「――この戦い、凱歌は歌うに値しない」
カノンが、まるで指揮棒のように杖を振るって癒しの業を使う。
生と死がぶつかり合い、そして生が死を覆す。
必要なのは勝利の凱歌ではない。弔いのための鎮魂歌でもない。
行進曲を、止まらず進み続けるための行進曲をこそ、今は奏でるべきなのだ。
そして、自由騎士が押し始める。
これまで退がるばかりであった四人が、いよいよ押す側へと翻る。
スケルトンは一体、また一体と駆逐されていき、そして――
「残り、三体!」
いよいよ数の差も覆った。
だが自由騎士側も限界が近い。
体が重い。息が上がる。痛みは意識を苛み、脱力感に目がかすむ。
カノンの魔力もほぼ尽きて、複数を一度に回復することはもうできない。
未だ倒れる者こそ出ていないが、ギリギリ優位を保てている。それが現状だ。
「――今にも倒れそうですよ」
カスカが己の状態を口にする。だが、刃はそれでも閃いた。
「ええ、だからこそ、我が刃はこの死線にて冴え渡る!」
そして放たれた渾身の抜き打ちが、スケルトン一体を見事に割断する。
残り――二体。
「でぇぇぇぇぇぇりゃああああああああああ!」
そしてカーミラは、もうなりふりなんて構っちゃいない。
体に残る力、それを全て振り絞っての一撃をスケルトンに叩きつけて、粉砕!
残り――一体。
「最後の、一発!」
アンネリーゼの弾丸が、スケルトンの頭部を吹き飛ばす。
「やった……!?」
だがまだ。
頭を失いながらも、最後の一体は倒れずしてそこに立ち、
「蛇足は好きじゃないんだけどね」
カノンの杖による攻撃が、スケルトンにトドメを刺した。
砕かれた骨はしばしカサカサと動きながら、やがて静かになる。
「…………」
だがカーミラとカスカはまだ構えを解かない。
さらに十秒ほど経って、ようやく二人は構えを解いて息をつく。
「お――」
カーミラと、カスカと、アンネリーゼと、三人は同時に言った。
「「「終わった~……」」」
そのまま脱力して座り込んだ三人を見てカノンも嘆息を一つ。
「西側に加勢に行くのは、さすがに無理そうだね」
かくいう彼も、魔力を完全に使い切ったワケだが。
とにもかくにも、村の東側、還リビトの軍勢はこうして駆逐できたのだった。
●西側:彼は最後にようやく笑う
――だが、災厄はまだ終わらない。
押し寄せる闇は、つまりは黒い霧状のガスだった。
「くっ、肌が、焼ける……!」
「う、ああああああ!」
巻き込まれたのはアダムとルシアス。さらにはアリアも範囲から逃れることはできなかった。
「……この程度!」
ボーデンが吐いた強酸性のガスに焼かれ、三人の肌は爛れた。
それを見て、黒狼の悪魔はおかしそうに牙をむき出しにして笑う。
「ゲハ、ギハハハハハハハハ! ヒハハハハハハハハ!」
「自由騎士が苦しむのがそんなにおかしいかよ、ボーデン!」
ウェルスが顔をしかめながら癒しの魔導で三人の傷を塞ぐ。
彼の言う通りだ。
ボーデンは楽しんでいるのだ。
自由騎士が苦しむ姿を見て、心から悦に浸っているのだ。
「ふ――!」
息を吐き、ジークベルトが連射をする。
弾丸は身を抉るも、ボーデンはさしたる反応も見せずに彼へと視線を向けた。
目が、合ってしまった。
「しま……!」
言いかけて止まる。舌も痺れて言葉を作れなかった。
「い・らぷせる、い・らぷせる、い・らぷせるゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
ボーデンは突進し、ジークベルトへと間合いを詰めようとする。
「行かせは、しない!」
だがアダムがまた受け止めた。
こうして壁になるのは何度目か。
大質量をその身で止めて、アダムの筋肉が幾つか破断する。
走る激痛を歯をくいしばって耐えながら、彼は叫んだ。
「やめるんだ、もうやめろ! 誰も、誰もこんなことは――」
「キハハハハハ、ハハハハハハハハハハハ!」
だが彼の訴えは、狂える獣には通じない。
振るわれた爪がアダムの身を深く切り裂いた。そしてボーデンの傷は癒えて、
「このままじゃ、ジリ貧ですね。でも――!」
躍りかかったアリアの剣閃が、黒い巨体に新たな傷を刻む。
東側と違ってこちらは多対一。だがその一がとにかく強く、厄介だった。
「大丈夫か?」
「何とか。……助かりました」
ツボミによって麻痺を解かれ、ジークベルトがうなずいた。
「ハハハハハハハハハハ! ギハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
ボーデンはずっと笑っている。ずっとずっと、あの調子で笑っている。
「俺達が苦しんでて、嬉しいんだろうな」
ルシアスが呼吸を整えながら言う。
己の優位を悟り、弱者をいたぶり、そして悦に浸って笑い続ける。
狂えども、歪んだその性根はまさしくボーデンのものだった。
「でも、彼も無傷じゃありません」
疲れと痛みの中でも冷静さを保ち、アリアはボーデンを観察していた。
あの怪物は、こちらの生命力を吸収するとという極めて厄介な能力を持つが、しかし一度に吸収できる生命力には限りがあるようだった。
吸われる分より、減らす分が優っていれば、ボーデンもいずれは倒れる。
「ダメージレースだな、こりゃ……」
ウェルスが苦い顔をして頭を掻く。だが悪戦になるのは分かりきっていたこと。
「ボーデンを止める。それだけだ」
言うは易い。だがこの状況でそれを言うのはそんな容易いことではない。
自由騎士達はうなずき合う。傷つこうとも彼らの意志は曲がっていなかった。
「ボーデン!」
アダムが自ら前に出た。
放つ一撃は蒸気鎧装の熱を帯び、山吹色に光り輝く。
「オオ、オオオオオオオオ!」
みぞおちにまともに受けながら、だがボーデンも闇色のガスを吐き出した。
「むうう!」
身を焼かれる覚悟で、ルシアスは突進。
痛みを気にせず大剣をブチ当てる。
「グギッ!」
そのとき、ボーデンが明らかに鼻白んだ。隙ができる。
「ボーデェェェェェェェェェン!」
飛び込んだのはアリアだった。疾風の如き剣撃が魔に染まった身を切り裂く。
血しぶきすらも黒に近い、今のボーデン。
だが傷つけば傷つくほどに、弱るどころかこの怪物は荒れ狂う。
「オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオ!」
「そんなに俺達が許せないかよ、ボーデンの旦那よぉ!」
仲間の傷を癒しながら、隙を見つけたウェルスがボーデンに銃を向けた。
ああそうだろう。
許せないのだろう。
殺したいのだろう。
それほどまでに憎々しいのだろう。
だが――!
「ここから進ませるわけには、いかないのです」
ジークベルトが冷たく言い放つ。
事情はあれど、理由はあれど、感情はあれど、憤怒はあれど、憎悪はあれど、
「そんなもん、悲劇を生む理由にゃならないんだよ!」
仲間を癒して、ツボミが言葉を叩きつけた。
――状況が変わり始める。
イブリースボーデンは一対一ならばここにいる誰も勝てない怪物だ。
しかし、自由騎士は仲間を信じ、己を張ってここに立っている。
個としては圧倒すれども、個でしかないボーデンは、他に頼れるものなどない。
「オオオ、オオオオオオオオ! い・らぷせるゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
暴れる黒き災厄にも、かつて従う者はいた。
弟がいた。手下がいた。自分を慕う者たちがいた。
だが死んだ。
弟は死に、手下の大半も死に、そして残った手下達は――
「こ、ろ、す……!」
彼自身が殺して喰った。
ボーデンは強い。圧倒的に強い。肉体的に能力的にも、どうしようもなく強い。
だがその心は、この場にいる誰よりも弱い。
「テ、メ、ェ、ラ、ノ、セ、イ、ダ、ァァァァァァァァァァァ!」
全身に傷を作り、黒い血を散らしながら、だが流した涙は血の赤だった。
「あああああああああああああ、もう!」
だがボーデンの絶叫よりもさらに大きな声で叫んで、ツボミがダンと地面を一度踏み鳴らす。
「ギャーギャーうるせぇ! 何がイブリースだ災厄だ!」
ビシっと指を突き付けて、彼女は黒い巨体に向かってさらに怒鳴った。
「貴様はボーデンだろうが!」
「グ……ッ!」
「あっさりイブリース化して狂って、それで暴れて復讐か? ふざけるなよ気に入らん。ああ気に入らん気に入らん! 復讐も八つ当たりも、やるならしっかり自分の意思と意地でやれ! 少なくとも私らは自分の意思でここにいるぞ!」
誰もが、その啖呵に目を向けてしまった。
ツボミとしても何か考えがあったわけではなく、言葉通りに気に入らなかっただけだ。
だから叫んだ。
だから怒鳴った。
彼女は自分の意志と意地でもって、ボーデンへとその激情をぶつけたのだ。
そして、ボーデンは動きを止めた。
何故かその場に、棒立ちになっていた。
この一瞬こそまさに千載一遇。自由騎士達が一斉に動いた。
「ボーデン!」
アダムが意志を乗せて、拳を振るう。
「ボーデン!」
ルシアスがに打倒のために、大剣を振り下ろす。
「ボーデン!」
ジークベルトが守るために、トリガーをひく。
「ボーデンの旦那よぉ!」
ウェルスが憐憫をこらえて、弾丸を撃ち放つ。
「今こそこの悲観を終わらせます、ボーデンッッ!」
そして願いと想いをありったけ込めて、アリアの双剣の一撃が――
「イ・ラプセルの自由騎士……!」
ボーデンの胸を深く、深く切り裂いた。
「グ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
天を衝く、その絶叫。
漆黒の巨体が縮まっていく。
アクアディーネの権能が、ボーデンのイブリース化を解いたのだ。
「アアアアアアアア、アアアアアアアアアアアア……!」
長い、長い数秒を経て、元のケモノビトとなったボーデンが地にひざまずいた。
自由騎士達がそれを取り囲む。
「自由騎士のクソ共ォ……!」
半死半生どころか明らかな死の一歩手前。それでもボーデンは憎悪を滾らせる。
「君は連行する。罪を償い、やり直してくれ」
呼吸を乱したまま、アダムが勧告した。
「……あァ?」
「君の弟はヴィスマルク生まれではやり直せないと言っていた。だがそんなことはない。人はやり直せる。罪を見つめ、前を向き、弟の分まで生きてくれ」
それは、アダムの切なる願い。
正真正銘、彼の心からの本音であった。
だがそれをボーデンは嘲笑う。
「カッハッハ、キッハッハッハッハッハッハッハ! アーッハハハハハ!」
笑うボーデンを止める者はいなかった。
もはやこのケモノビトに抗う力は残されていない。それは明らかだ。
それでもボーデンは、自由騎士に悪意を向けてきた。
「傲慢だな、オイ。俺を見下ろし、上から叩くように生きろと来たモンだ!」
「どう言われようとも僕は自分の意志を曲げるつもりはない」
「フン、知ってたさ」
そしてボーデンはチラリとツボミの方を見る。
「……何だよ」
「ケッ!」
何も言わずにつばを吐き捨て、ボーデンはゆるりと右手を挙げた。
自由騎士は警戒する。だがボーデンはアダムを見て、
「答えてやるよ、優男」
そして瀕死の黒狼は、
「いやなこった」
最後の力を振り絞り、自分の耳に指を突っ込んでその脳に爪を突き立てた。
「しま……ッ!?」
倒れるボーデンに、ツボミとウェルスが駆け寄った。
そのツボミの耳に黒狼の最後の一言が届く。
「――これが俺だ、クソッタレ共」
急いで治療が行われる。
残された少ない魔力でできる限りの治癒をして、ボーデンは死にこそ至らなかったものの、
「うー、あ、あぁ……。あ?」
そこに、アデレードの災厄はもういなかった。
黒狼のケモノビトは、赤子のように声をあげるだけの廃人と成り果てていた。
自分という人格を殺す。
それこそが、ボーデンが選んだ、最後の抵抗だったのだ。
「チッ……」
ほとんどの自由騎士が言葉もない中、ツボミが小さく舌を打ち、
「それがおまえの意思か、ボーデン」
ルシアスはただ一度うなずいた。
戦いは終わった。自由騎士達の勝利だ。
イブリースは消えて、アデレードの災厄もついに倒れた。
村の方から幾つかの声。サポートに回ってくれた自由騎士達の姿が見える。
そう、村は守られたのだ。
結果は最良といってよいだろう。しかし――
「こいつぁ、苦いな」
ウェルスが呟く。
彼らが噛み締めた勝利の味は、その言葉通り、とても苦いものだった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
軽傷
†あとがき†
お疲れさまでした。
完全に近い勝利です。ですが完全な勝利ではありません。
ボーデンについては皆さんも思うところはあるかもしれませんが、
今回のシナリオではこの通りの結末となりました。
それでは、またどこかのシナリオでお会いしましょう!
完全に近い勝利です。ですが完全な勝利ではありません。
ボーデンについては皆さんも思うところはあるかもしれませんが、
今回のシナリオではこの通りの結末となりました。
それでは、またどこかのシナリオでお会いしましょう!
FL送付済