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鉄腕の騎士。或いは、老騎士ゲッツ、最後の戦…

●鉄腕の騎士
その男はかつてとある国の騎士だった。
とはいえ、男が騎士を辞したのは30年ほど昔のことだ。
ある戦いで、両の腕を失ったことが原因だった。
二度と剣は握れない。
握れたとしても、腕を失ったトラウマから騎士としての再起は難しいと判断されたからだ。
事実、男は腕を失って以来、刃物や荒事に対して過度に怯えるようになった。
だが、しかし……。
それから30年、男は両の腕に鋼の義手を取り付け、トラウマを克服すべく努力した。
血反吐を吐きながら剣を握り、痛む腕で剣を振り、竦む足を殴りつけながら戦場へと赴く。
そんな日々の繰り返し。
若い頃から、騎士になるべく鍛錬を積んだ彼には、騎士以外の道が見いだせなかったのだ。
30年。
長い長い時間が流れた。
老齢に差し掛かる頃になってようやく、男は再び剣を握り、戦うことができるようになったのだ。
だが、すでに老齢……身体は衰え、もはやかつての俊敏さは失われて久しい。
そんな彼……ゲッツはこう考えた。
『戦争を。生涯最高の一戦を……』
そうして彼は生涯最高にして最後の戦相手として、自由騎士を見いだした。
偶然、自由騎士たちの戦いを目にしたことがきっかけだ。
多種多様な技を用い、密な連携でもって戦う自由騎士たちの強さは驚嘆に値する。
まさに、自身の騎士人生の最後を飾るにふさわしい相手ではないか、と。
そうしてゲッツは、自由騎士たちへ宣戦布告したのであった。
自由騎士たちとゲッツの戦には、3人の協力者がいた。
黒い甲冑を身にまとった無口な美丈夫……名をブラムと言う……と、その2名の部下である。
ブラムはゲッツの雇った傭兵だ。
生涯最高の一戦において、騎士が自分1人だけというのも寂しいものだとそう考えたことが理由でゲッツは彼を雇い入れたのだ。
最高にして最後の一戦を、見届ける者が欲しかったという思いもある。
『なに、自由騎士をおびき出すのは簡単だ。俺がその役、引き受けよう』
そうしてとゲッツは、とある遺跡……それは大昔の闘技場の跡地である……に拠を構える。
ブラムの部下という2名の騎士は闘技場の地下へ。
ゲッツとブラムは闘技場の中央に立ち、自由騎士たちを迎え撃つことに決めたのだ。
だが、ゲッツは知らない……。
自由騎士たちをおびき出すため、の部下が5名の幼子を誘拐したという事実を。
●階差演算室
「ゲッツ本人は知らないこととは言え、子供を攫うなんて許せない!」
分かりやすく憤る『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は、腕を振り上げそう叫ぶ。
だが、クラウディアが怒るのも無理はない。
何しろ誘拐された幼子たちは、ゲッツの目的とも自由騎士たちとも何ら関係が無いのだから。
「とりあえず最優先ターゲットはゲッツだよ。彼の両腕は、鋼の義手になっていてとっても力が強いみたい」
通常の斬撃には[ノックバック]が、その他の技には[]や[]が付与される。
そのことからも、ゲッツが力任せの真っ向勝負を好むパワーファイターであることが分かる。
「もう1人、ブラムは軽戦士スタイルのスキルと、それから彼自身の技を用いるみたいだね」
詳細は不明だが、どうやら目にも止まらぬ速度ですれ違いざまに対象を斬り付ける一撃必殺の剣技のようだ。
「ブラムの部下は軽戦士のスキルを使ってくるよ。ゲッツとブラムは闘技場にいるけれど、2人の軽騎士は地下道で待ち構えているみたい」
クラウディアの得た情報によれば、2名は閉所での高速戦闘と連携を得意としているとのこと。
「この2人は子供たちの監視役かな? 他に仲間がいないか気になるところだし……捕まえてちょうだい」
闘技場遺跡にいるターゲットは全部で4人。
その中でも、とくに戦意が高いのはゲッツ1人であるようだ。
「老騎士の最初にして最後の戦……華々しく負かして、終わらせてあげて」
と、そう言って。
クラウディアは仲間たちを送り出す。
その男はかつてとある国の騎士だった。
とはいえ、男が騎士を辞したのは30年ほど昔のことだ。
ある戦いで、両の腕を失ったことが原因だった。
二度と剣は握れない。
握れたとしても、腕を失ったトラウマから騎士としての再起は難しいと判断されたからだ。
事実、男は腕を失って以来、刃物や荒事に対して過度に怯えるようになった。
だが、しかし……。
それから30年、男は両の腕に鋼の義手を取り付け、トラウマを克服すべく努力した。
血反吐を吐きながら剣を握り、痛む腕で剣を振り、竦む足を殴りつけながら戦場へと赴く。
そんな日々の繰り返し。
若い頃から、騎士になるべく鍛錬を積んだ彼には、騎士以外の道が見いだせなかったのだ。
30年。
長い長い時間が流れた。
老齢に差し掛かる頃になってようやく、男は再び剣を握り、戦うことができるようになったのだ。
だが、すでに老齢……身体は衰え、もはやかつての俊敏さは失われて久しい。
そんな彼……ゲッツはこう考えた。
『戦争を。生涯最高の一戦を……』
そうして彼は生涯最高にして最後の戦相手として、自由騎士を見いだした。
偶然、自由騎士たちの戦いを目にしたことがきっかけだ。
多種多様な技を用い、密な連携でもって戦う自由騎士たちの強さは驚嘆に値する。
まさに、自身の騎士人生の最後を飾るにふさわしい相手ではないか、と。
そうしてゲッツは、自由騎士たちへ宣戦布告したのであった。
自由騎士たちとゲッツの戦には、3人の協力者がいた。
黒い甲冑を身にまとった無口な美丈夫……名をブラムと言う……と、その2名の部下である。
ブラムはゲッツの雇った傭兵だ。
生涯最高の一戦において、騎士が自分1人だけというのも寂しいものだとそう考えたことが理由でゲッツは彼を雇い入れたのだ。
最高にして最後の一戦を、見届ける者が欲しかったという思いもある。
『なに、自由騎士をおびき出すのは簡単だ。俺がその役、引き受けよう』
そうしてとゲッツは、とある遺跡……それは大昔の闘技場の跡地である……に拠を構える。
ブラムの部下という2名の騎士は闘技場の地下へ。
ゲッツとブラムは闘技場の中央に立ち、自由騎士たちを迎え撃つことに決めたのだ。
だが、ゲッツは知らない……。
自由騎士たちをおびき出すため、の部下が5名の幼子を誘拐したという事実を。
●階差演算室
「ゲッツ本人は知らないこととは言え、子供を攫うなんて許せない!」
分かりやすく憤る『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は、腕を振り上げそう叫ぶ。
だが、クラウディアが怒るのも無理はない。
何しろ誘拐された幼子たちは、ゲッツの目的とも自由騎士たちとも何ら関係が無いのだから。
「とりあえず最優先ターゲットはゲッツだよ。彼の両腕は、鋼の義手になっていてとっても力が強いみたい」
通常の斬撃には[ノックバック]が、その他の技には[]や[]が付与される。
そのことからも、ゲッツが力任せの真っ向勝負を好むパワーファイターであることが分かる。
「もう1人、ブラムは軽戦士スタイルのスキルと、それから彼自身の技を用いるみたいだね」
詳細は不明だが、どうやら目にも止まらぬ速度ですれ違いざまに対象を斬り付ける一撃必殺の剣技のようだ。
「ブラムの部下は軽戦士のスキルを使ってくるよ。ゲッツとブラムは闘技場にいるけれど、2人の軽騎士は地下道で待ち構えているみたい」
クラウディアの得た情報によれば、2名は閉所での高速戦闘と連携を得意としているとのこと。
「この2人は子供たちの監視役かな? 他に仲間がいないか気になるところだし……捕まえてちょうだい」
闘技場遺跡にいるターゲットは全部で4人。
その中でも、とくに戦意が高いのはゲッツ1人であるようだ。
「老騎士の最初にして最後の戦……華々しく負かして、終わらせてあげて」
と、そう言って。
クラウディアは仲間たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.鉄腕の騎士・ゲッツの捕縛
2.誘拐された子供5名の救出
2.誘拐された子供5名の救出
●ターゲット
ゲッツ(ノウブル)×1
鋼の義手を持つ老騎士。
力で圧倒する戦いを好む、愚直なパワーファイターである。
若い頃に戦場で大怪我を負い、以来30年を治療に費やした過去を持つ。
生涯最後の、そして最高の一戦を夢見て自由騎士たちに宣戦布告を突きつけたようだ。
彼の通常攻撃には[ノックバック]が付与される。
・鉄腕A:攻近単 【ウィーク2】
鋼の義手より繰り出される、鍛え抜かれた騎士の剣技。
・鉄腕ブレイクA:攻近単 【ブレイク2】【防無視】
全身全霊を込めて放たれる大上段からの一撃。
ブラム(ノウブル)×1
軽戦士スタイル
黒い騎士鎧に赤い剣を佩いた男性。
ゲッツには金で雇われている。
なかなかの使い手のようだ。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
・騎士の剣技[攻撃] A:攻近範 【カース2】【防無視】
高速の接近から、擦れ違い様に斬りつける剣技。
ブラムの部下×2
軽戦士スタイル
ブラムの部下である細身の騎士。
連携と立体的な動きによる高速戦闘を得意とする。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
●場所
大昔に作られた闘技場跡地。
ヒビ割れた闘技台は、小さな体育館ほどの広さである。
障害物などは見当たらない。
また、闘技場の隅にある地下入り口がある。
地下にはかつて闘技場で戦った戦士たちの控え室がある。
そこへ至る通路に2名の騎士が控えており、控え室には5名の子供が捕らえられている。
ゲッツからの時間指定はないので、朝、昼、夕、夜と好きな時間で襲撃をかけて問題ないだろう。
ゲッツ(ノウブル)×1
鋼の義手を持つ老騎士。
力で圧倒する戦いを好む、愚直なパワーファイターである。
若い頃に戦場で大怪我を負い、以来30年を治療に費やした過去を持つ。
生涯最後の、そして最高の一戦を夢見て自由騎士たちに宣戦布告を突きつけたようだ。
彼の通常攻撃には[ノックバック]が付与される。
・鉄腕A:攻近単 【ウィーク2】
鋼の義手より繰り出される、鍛え抜かれた騎士の剣技。
・鉄腕ブレイクA:攻近単 【ブレイク2】【防無視】
全身全霊を込めて放たれる大上段からの一撃。
ブラム(ノウブル)×1
軽戦士スタイル
黒い騎士鎧に赤い剣を佩いた男性。
ゲッツには金で雇われている。
なかなかの使い手のようだ。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
・騎士の剣技[攻撃] A:攻近範 【カース2】【防無視】
高速の接近から、擦れ違い様に斬りつける剣技。
ブラムの部下×2
軽戦士スタイル
ブラムの部下である細身の騎士。
連携と立体的な動きによる高速戦闘を得意とする。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
●場所
大昔に作られた闘技場跡地。
ヒビ割れた闘技台は、小さな体育館ほどの広さである。
障害物などは見当たらない。
また、闘技場の隅にある地下入り口がある。
地下にはかつて闘技場で戦った戦士たちの控え室がある。
そこへ至る通路に2名の騎士が控えており、控え室には5名の子供が捕らえられている。
ゲッツからの時間指定はないので、朝、昼、夕、夜と好きな時間で襲撃をかけて問題ないだろう。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2020年02月25日
2020年02月25日
†メイン参加者 7人†

●
重厚な鋼の鎧に、幅の広い巨大な剣。
両の腕は黒鋼の義手。
年のころはすでに老齢。
騎士然とした態度で胸を張り、彼はじっと闘技場の真ん中に佇んでいた。
頭上には太陽。雲一つない快晴。
けれど吹く風は冷たく、老騎士……ゲッツは義手の付け根にわずかな痛みを覚えた。
そんな彼の視線の先には、ゆっくりとこちらへ向けて歩いてくる5つの人影があった。
「来たか」
と、小さな声でゲッツの傍らに控えた黒騎士がそう言った。
黒騎士はその名をブラムと言う。
生涯最高にして最後の戦いを彩るためにゲッツが雇った流れの騎士だ。
「どいつもこいつも良い面構え……良い戦いが出来そうだ」
冷たい風が、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)の長髪を煽る。
マグノリアが見つめる先には、帯刀したままそこに佇む黒騎士ブラムの姿があった。
「彼、ブラムの目的は何だろう……金儲け? それとも別の何かだろうか」
以前、とある依頼でマグノリアはブラムと遭ったことがある。
その時も彼は、金で雇われ犯罪行為に加担していた。
「さてね。でも、どうせ今回も死力を尽くしてまで戦うつもりはないでしょう」
マグノリアの囁きに、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はそう言葉を返す。
胸の前で拳を打ち合わせているその様子からも、その戦意の高さが窺えた。
闘技場の台へと足を乗せ、エルシーは仲間たちの前へ出る。
どうやら一番手を切るつもりのようだ。
そんなエルシーの肩に、冷たく大きな手が置かれる。
「待ってくれ。騎士を名乗る者が最後の戦いを願うのなら、僕は同じ騎士としてその願い叶えたい」
全身を白い蒸気鎧装で包んだ彼の名は『真なる騎士の路』アダム・クランプトン(CL3000185)。
平和を守る騎士である。
「おい、どっちでも構わねぇから、さっさと戦いを始めようぜ? 行かねぇってんなら、俺が出てもいいが」
アダムとエルシーのやり取りを傍から眺めつつも、待ちきれないといった様子で猛る獣面の巨漢……『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は、唸るようにそう言った。
しばしの沈黙の後、エルシーは一歩脇へと逸れる。
「我が名は騎士アダム・クランプトン! 誇り持つ者ならば名を問おう!」
剣を胸の前に掲げて、アダムは声も高らかに自身の名を告げたのであった。
●
「我が名はゲッツ! いざ、最高にして最後の戦いを! 命も魂も削りつくすほどの一戦を!」
アダムの問いかけにゲッツは応えた。
闘技場の床に突き刺していた大剣を掲げ持ち、腰を落とす。
そんなゲッツの隣で、ブラムもまた剣を抜いた。露払いでも務めるつもりか、その場に留まり迎撃の姿勢を取るゲッツと違い、ブラムは滑るような足取りで自由騎士たちへと迫る。
そんな彼に相対すべく駈け出したのは『断罪執行官』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)だ。
「では、ブラム様のお相手は私が務めましょう」
腰を沈めたアンジェリカは、渾身の力を込めて大十字架を振り抜いた。
風を切り裂き、眼前に迫る大質量をブラムは軽くしゃがむことで回避する。
お返しとばかりに放たれた一閃が、アンジェリカの肩を切り裂いた。
「遅いな。戦場では命取りだぞ?」
口元に笑みを浮かべて、ブラムは嘲るようにそう言った。
そんなブラムの言葉にセアラ・ラングフォード(CL3000634)はむっと表情を曇らせる。
「ご安心を。そのために私たちが……共に戦う仲間がいるのですから」
そう応えたセアラの手から、淡い燐光が飛び散った。
ふわりと風に舞うように……燐光はアンジェリカの肩へ降り注ぎ、その傷を癒す。
事前に付与された支援スキルの効果も相まって、アンジェリカの受けたダメージはあっという間に回復する。
一方そのころ。
「無関係の子ども達を攫うなんて許せない! ここは通してもらうわよ!」
地下通路に『慈悲の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)の怒鳴り声が木霊した。
剣を片手に構えたアリアは、通路を塞ぐように立った2人の騎士と相対していた。
そんなアリアに[アンチトキシス]を付与しつつ、マグノリアは2人の騎士の様子を窺う。
低い姿勢で疾駆するアリアを、2人の騎士は半身になって迎撃する。
わずかに高さとタイミングをずらした騎士剣による2連撃がアリアを襲う。
寸でのところでアリアはその攻撃を防ぎ、壁へと跳んだ。
壁を蹴って、上方へ。
相手の頭上を取る、閉所ならではの戦法だ。
だが、しかし……。
「え……っ!?」
騎士の1人がその場にしゃがむ。その背を蹴ってもう1人が跳んだ。
跳躍に合わせ、土台となった騎士が立ち上がったのか、その勢いは壁を蹴って跳んだアリアよりも格段に速く、力強い。
騎士はそのまま、肩からアリアの腹部へタックルを放つ。
「あっ、がはっ……!?」
血と胃液を吐きながら、アリアの身体は地下通路の天井に叩きつけられた。
「これは少々、難航するかもしれないね」
と、そう呟いて。
マグノリアはアリアを援護すべく、氷雨の矢を解き放つ。
「ぬぅっ! おぉぉおおおおお!!」
雄叫びと共に放たれる、力任せの剣の一撃。
決して速いとは言えないゲッツの技は、けれど騎士としての研鑽を積んだ年月によるものか、タイミングも迫力も申し分のないものだった。
「うっ……ぐぉ!」
少なくとも、その剣を斧で受け止めたロンベルの巨体を、勢いに任せ地面に薙ぎ倒す程度には強烈な一撃であるようだ。
「っ! アダム!」
「あぁ、分かっている。彼の全力の一撃は僕が受け止めてみせるよ!」
エルシーの声に反応し、アダムは最前線へ躍り出る。
振り抜かれたゲッツの剣を、右腕の剣で受け止めた。
金属同士のぶつかる音。飛び散る火花。
「おぉ、やるな!」
喜色満面と言った様子でゲッツは叫ぶ。
剣を振るう力が増して、アダムの身体はじりじりと後ろへ下がっていった。
「今が好機……!」
そんなアダムの背後から、エルシーはするりとゲッツの懐へ潜り込む。
アダムに集中しがら空きになった胸部へ向けて、赤い籠手に覆われた拳を打ち込むが……。
「剣技だけが騎士の戦う術ではないわ!」
ゲッツは脚を振り上げて、エルシーの腹部を蹴り飛ばす。
「きゃっ!」
「あぁ? あ、うぉっ!!」
大きく後方へと蹴り飛ばされたエルシーは、今まさに立ち上がろうとしていたロンベルを巻き込み、闘技場に倒れこむ。
ちら、とそちらを一瞥しゲッツは視線をアダムへ戻した。
どうやら、倒れた相手に追い打ちをかけるつもりはないようだ。
ゲッツの相手はあくまで自身に立ち向かって来る者だけ。
それ以外の……たとえば、ダメージを受けて倒れた者に興味はない様子であった。
だが、それはあくまでゲッツの話。
「頭数は減らせる時に減らしておかねばな」
と、そう呟いて。
ブラムはくるりと踵を返す。剣を腰の位置に構え、疾駆するブラム。
向かう先には、倒れたままのエルシーとロンベルの姿があった。
「そらっ!」
目にも止まらぬ斬撃が、ロンベルの背を切り裂いた。
血を吐き、苦悶の表情を浮かべるロンベル。エルシーは、不意打ちで仲間を傷つけたブラムへ、怒りの視線を注ぐ。
「ひさしぶりね。その剣、この前みたいなナマクラじゃないでしょうね?」
「試してみるか?」
血に濡れた剣を肩の位置で構え、ブラムは笑う。
だが……。
「貴方のお相手は私です。さぁ、ダンスパーティーの続きと洒落込みましょう!」
渾身の力を込めたフルスイング。
アンジェリカの十字架がブラムの胴を打ち抜いた。鎧が軋む音がする。
ブラムの身体が宙へ浮き、衝撃の波がその全身を駆け抜ける。
「今のうちに治療を! エルシーさんとロンベルさんは、ゲッツさんの相手をお願いします!」
「あ……えぇ、そうだったわね」
アンジェリカの猛攻に抑え、後退するブラムを横目に見ながらセアラは仲間たちへ回復術を行使した。
淡い光が降り注ぐ。
きらきらと、まるで光りの雨のようだ。
傷が癒えたエルシーとロンベルは、戦線に復帰すべくゲッツの元へと駆けていく。
それを見届け、セアラは戦場全体を見渡した……と、その時だ。
『こちらもじきに片付きそうだよ』
なんて、聞きなれた声。
地下通路へ向かったマグノリアから[テレパス]を通じて連絡が入った。
床を蹴って、軽騎士は左右へと跳んだ。
一瞬、アリアの動きが止まる。彼女の手に剣は1本。敵は2人。どちらを優先して対処すべきかと、アリアが判断に悩んだその隙は、けれど連携を得意とする軽騎士2人相手には致命的な隙だった。
壁を蹴って、2人の騎士は急転換。
アリアの背後に着地する瞬間、交差するようにその背を切り裂いた。
「う……っく!」
アリアの白い背には深い傷。零れた血が床に鉄臭い水溜まりを作る。
「……でも、いい位置に来てくれたわ」
口の端から血をこぼしながらアリアは身をよじるようにして剣を振る。
無理な動きに傷口が広がり、激痛と共に出血量が増すが彼女はそれを気に留めず、ただ1点……軽騎士の足首へと狙いを定めた。
敵の攻撃から身を守るための武装……金属の鎧とはいえ、足首や肩、手首、肘など間接部分の強度はどうしたって弱くなる。
アリアの刺突は、騎士1人の足首を刺し貫いた。
痛みに怯む軽騎士。
アリアに向けて剣を振るうが、それより先に彼女はその場を離脱した。地を這うようにして、素早く通路の先へと駆ける。
軽騎士たちが塞いでいた通路のその先へ……。
ぎょっとしたのは軽騎士たちだ。彼らの役割は、通路の先にいる子供たちの監視である。
アリアを止めるべく、走り始めるのだが……。
「……!?」
足首を穿たれた1人の騎士が、たたらを踏んだ。
これまで、ほぼ同じ動作を取っていた騎士たちの連携にずれが生じる。
「隙を見せたね。君たちの真意が気になってるんだ……捕まえて、話してもらうよ」
戦況を俯瞰していたマグノリアが、騎士たちに向け手を翳す。
禍々しい気配が、騎士を覆う。
「……?」
2人の騎士が身をよじる。
鎧の隙間から血が零れた。
付与された「悪化」の概念が、騎士たちの古傷を開かせたのだ。
「こちらもじきに片付きそうだよ」
セアラの[テレパス]に戦況を報告し、マグノリアは通路の先へと視線を向けた。
床を蹴って方向転換。肩の上に剣を構えて、全力疾走を開始するアリアの姿がそこにはあった。
駆ける勢いそのままに、アリアの剣は騎士の1人を切り裂いた。
さらに同様したもう1人の騎士の身体は、マグノリアの放った氷雨の矢に射貫かれる。
「さて……拘束して、次は」
「子供たちを助けましょう。子ども達がお腹を空かせているかもしれないのでお弁当を用意してきたの!」
倒れ伏した軽騎士たちを縛り上げ、アリアとマグノリアは通路の先へと進んでいった。
マグノリアのスキル[目星]を持ってすれば、子供たちの居場所を探すのも比較的容易に済むだろう。
所かわって闘技場。
その中央では、大上段に構えた大剣を力任せに振り下ろすゲッツの姿。
気合一声、叩きつけられた大剣がアダムの胸部を切り裂いた。
「どぉっっせえええい!」
鋼の鎧が大きく歪む。
「ぬぅ、大したものだね。まさに鍛え抜かれた一撃と呼ぶにふさわしい!」
「なかなかどうして、貴公の頑丈さも賞賛に値する!」
アダムの剣とゲッツの剣が衝突した。
硬直は一瞬。
弾き飛ばされたのはアダムの方だ。後方へと転がっていくアダムの体を飛び越して、エルシーとロンベルが前へ出た。
鋭い拳と斧による斬撃。
鋼の腕で、エルシーの拳を弾くとゲッツは剣でロンベルの腹部を突き刺した。
振り下ろされたロンベルの斧は、恐るべき反射神経でもって鎧の肩で受け止めたのだ。
ギシ、と鎧の軋む音がする。
「な!? こいつ、少しずれたら……」
肩を切り落とされる、と戦慄するロンベルだった。
にやり、とゲッツは笑う。
「腕なら既に一度失ったものでな」
今更怖くない、と。
トラウマを乗り越えた老騎士の覚悟を見誤ったことが、ロンベルの敗因だったのだろう。
「おぉぉおおおおお!」
防御のことなど考えず、ただ目の前の敵を打ち倒すことだけを目的に放たれた力任せの一撃が、ロンベルの肩から腹にかけてを切り裂いた。
「ぐ……」
血を吐き、ロンベルは意識を失う。
倒れ伏した敵に興味はないのか、ゲッツは即座にターゲットをエルシーへと切り替えた。
「武器を持たぬ相手と戦うのは気が進まぬのだがな」
「ご心配どうも。私の武器は、鍛え抜かれたこの拳よ!」
ゲッツの剣をわずかな動きで回避し、その胸めがけて渾身の拳を放つ。
怒りを、矜持を、誇りを……ありとあらゆる想いを乗せて放たれる必殺の一撃を前にして、ゲッツの脳裏から回避や防御の思いが消えた。
なるほど、彼女は覚悟を決めてこの場にいるのだ。
武器は持たずとも、彼女もまた戦士。
女だから、武器を持たぬからと侮ることはできない。
「その意気や、よし!」
ゲッツは剣を振りかぶる。
その胸に、エルシーの拳が突き刺さる。
衝撃は鎧を突き抜け、ゲッツの全身を激しく揺さぶる。
激痛と、ショック。
よろり、と1歩後退したゲッツだが……。
「まだまだぁ!!」
唇を噛みしめ、彼はその場に踏みとどまる。
技を放った直後の硬直。
回避も防御も間に合わないであろうエルシー目掛け、大上段からの一撃を……すべての想いと力を乗せた一撃をゲッツは放つ。
「その一撃、僕が受け止める! 真向から、正々堂々とね!」
ゲッツとエルシーの間に割って入るは、満身創痍のアダムである。
ゲッツの大剣を真正面から受け止めたアダムの剣が、鎧が、ギシと軋んだ音を鳴らした。
痛みがアダムの全身を襲う。
だが、アダムは後退しない。
ゲッツの剣を受け流し、鎧の側面を削られながらもアダムは1歩踏み込んだ。
ゲッツの技の威力をそのまま乗せた一撃がゲッツの首筋を打つ。
「ぬ……お、ぉ」
アダム渾身の一撃を受け、ゲッツは意識を失った。
倒れ伏す、その寸前……。
「よい、一戦であった」
と、そんな呟きが聞こえた気がした。
●
「カースが厄介ですね……このまま続くと、いずれ追いつかなくなりそうです」
額に滲んだ汗を拭い、セアラは言う。
飛び散る燐光が、アンジェリカに降り注ぐ。
肩から流れていた血が止まり、その身に負った状態異常が癒される。
「回復か。厄介だな」
血混じりの唾を吐きだし、ブラムはそう呟いた。
黒い鎧のところどころには大きなへこみ。場所によっては罅まで入っている。
いかに頑丈な鋼の鎧とはいえ、アンジェリカの大十字架を受ければ無事では済まないようだ。
もっとも、そのアンジェリカにしろブラムの剣を浴び全身に無数の傷を負っていた。
金の髪も、体毛も、血に濡れて赤い。
「人を攫った以上それなりの覚悟をして頂きます」
「覚悟などいつでも出来ているさ。このような行為を生業としている身なのでな」
地面を蹴ってブラムは駆ける。
腰の位置に溜めた細身の剣にアンジェリカは視線を向けた。禍々しい気配を感じるブラムの剣は、おそらく何か曰く付きのものなのだろう。
鎧といい剣といい、なかなか名のある鍛冶師の打ったものだと予想される。
すれ違いざまに放たれる高速の斬撃がアンジェリカの脇腹を切り裂いた。
「う……あぁ!!」
血を吐きながらも、アンジェリカは十字架による三連撃を敵へ見舞った。
一撃は回避したブラムだが、残る2発は避けきれず直撃を浴びた。
「回復を!」
セアラの回復術がアンジェリカの傷を癒す。
ブラムの視線がセアラへ向くが……。
「来るなら来なさい! 受けて立ちます!」
回復役であるセアラでは、ブラムと対峙しても勝利を掴むことは難しいだろう。けれど、セアラはブラム相手に一歩も引く姿勢を見せなかった。
そんなセアラを守るようにアンジェリカが動く。
「貴方の罪を数えなさい……尤も、数え終わる前にどちらかが倒れ伏すでしょうけど」
「罪の数か。数えきれないな……そして、どちらかが倒れ伏すというのなら、それはお前だ」
ブラムは笑う。
果たして、それは一体どういう理屈か。
一瞬、ブラムの瞳が赤に染まった。
ブラムとアンジェリカが同時に駈け出す。
渾身の力をもって放たれた大十字架の一撃を、ブラムは剣で受け流す。
するり、と……。
潜り込むようにアンジェリカの懐へ。
「雇い主も倒れたようだし……俺はそろそろ撤退しよう」
一閃。
ブラムの剣が、アンジェリカの腕を切り裂く。
痛みと衝撃に十字架を取り落としたアンジェリカの脇を駆け抜け、ブラムはセアラへと迫る。
ブラムの放った蹴りを受け、セアラはバランスを崩す。
ハイバランサーの効果によるものか、倒れこそしなかったもののその隙を突かれブラムの逃走を許してしまう。
追跡しようと立ち上がったアンジェリカだが……。
「ぐ……」
傷ついた腕で巨大十字架を持ち上げることは叶わず。
ブラムの背を、ただ悔し気に見送った。
「なるほど。そっちもか……」
「こちらも、いつの間にか騎士たちがいなくなっていのよね」
子供たちを連れ地下から戻ってきたマグノリアとアリアは、困ったようにそう言った。
結局、捕らえられたのは老騎士ゲッツのみ。
「まったく、何が狙いなのやら……」
マグノリアの呟きは、青い空へと飲まれて消えた。
重厚な鋼の鎧に、幅の広い巨大な剣。
両の腕は黒鋼の義手。
年のころはすでに老齢。
騎士然とした態度で胸を張り、彼はじっと闘技場の真ん中に佇んでいた。
頭上には太陽。雲一つない快晴。
けれど吹く風は冷たく、老騎士……ゲッツは義手の付け根にわずかな痛みを覚えた。
そんな彼の視線の先には、ゆっくりとこちらへ向けて歩いてくる5つの人影があった。
「来たか」
と、小さな声でゲッツの傍らに控えた黒騎士がそう言った。
黒騎士はその名をブラムと言う。
生涯最高にして最後の戦いを彩るためにゲッツが雇った流れの騎士だ。
「どいつもこいつも良い面構え……良い戦いが出来そうだ」
冷たい風が、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)の長髪を煽る。
マグノリアが見つめる先には、帯刀したままそこに佇む黒騎士ブラムの姿があった。
「彼、ブラムの目的は何だろう……金儲け? それとも別の何かだろうか」
以前、とある依頼でマグノリアはブラムと遭ったことがある。
その時も彼は、金で雇われ犯罪行為に加担していた。
「さてね。でも、どうせ今回も死力を尽くしてまで戦うつもりはないでしょう」
マグノリアの囁きに、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はそう言葉を返す。
胸の前で拳を打ち合わせているその様子からも、その戦意の高さが窺えた。
闘技場の台へと足を乗せ、エルシーは仲間たちの前へ出る。
どうやら一番手を切るつもりのようだ。
そんなエルシーの肩に、冷たく大きな手が置かれる。
「待ってくれ。騎士を名乗る者が最後の戦いを願うのなら、僕は同じ騎士としてその願い叶えたい」
全身を白い蒸気鎧装で包んだ彼の名は『真なる騎士の路』アダム・クランプトン(CL3000185)。
平和を守る騎士である。
「おい、どっちでも構わねぇから、さっさと戦いを始めようぜ? 行かねぇってんなら、俺が出てもいいが」
アダムとエルシーのやり取りを傍から眺めつつも、待ちきれないといった様子で猛る獣面の巨漢……『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は、唸るようにそう言った。
しばしの沈黙の後、エルシーは一歩脇へと逸れる。
「我が名は騎士アダム・クランプトン! 誇り持つ者ならば名を問おう!」
剣を胸の前に掲げて、アダムは声も高らかに自身の名を告げたのであった。
●
「我が名はゲッツ! いざ、最高にして最後の戦いを! 命も魂も削りつくすほどの一戦を!」
アダムの問いかけにゲッツは応えた。
闘技場の床に突き刺していた大剣を掲げ持ち、腰を落とす。
そんなゲッツの隣で、ブラムもまた剣を抜いた。露払いでも務めるつもりか、その場に留まり迎撃の姿勢を取るゲッツと違い、ブラムは滑るような足取りで自由騎士たちへと迫る。
そんな彼に相対すべく駈け出したのは『断罪執行官』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)だ。
「では、ブラム様のお相手は私が務めましょう」
腰を沈めたアンジェリカは、渾身の力を込めて大十字架を振り抜いた。
風を切り裂き、眼前に迫る大質量をブラムは軽くしゃがむことで回避する。
お返しとばかりに放たれた一閃が、アンジェリカの肩を切り裂いた。
「遅いな。戦場では命取りだぞ?」
口元に笑みを浮かべて、ブラムは嘲るようにそう言った。
そんなブラムの言葉にセアラ・ラングフォード(CL3000634)はむっと表情を曇らせる。
「ご安心を。そのために私たちが……共に戦う仲間がいるのですから」
そう応えたセアラの手から、淡い燐光が飛び散った。
ふわりと風に舞うように……燐光はアンジェリカの肩へ降り注ぎ、その傷を癒す。
事前に付与された支援スキルの効果も相まって、アンジェリカの受けたダメージはあっという間に回復する。
一方そのころ。
「無関係の子ども達を攫うなんて許せない! ここは通してもらうわよ!」
地下通路に『慈悲の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)の怒鳴り声が木霊した。
剣を片手に構えたアリアは、通路を塞ぐように立った2人の騎士と相対していた。
そんなアリアに[アンチトキシス]を付与しつつ、マグノリアは2人の騎士の様子を窺う。
低い姿勢で疾駆するアリアを、2人の騎士は半身になって迎撃する。
わずかに高さとタイミングをずらした騎士剣による2連撃がアリアを襲う。
寸でのところでアリアはその攻撃を防ぎ、壁へと跳んだ。
壁を蹴って、上方へ。
相手の頭上を取る、閉所ならではの戦法だ。
だが、しかし……。
「え……っ!?」
騎士の1人がその場にしゃがむ。その背を蹴ってもう1人が跳んだ。
跳躍に合わせ、土台となった騎士が立ち上がったのか、その勢いは壁を蹴って跳んだアリアよりも格段に速く、力強い。
騎士はそのまま、肩からアリアの腹部へタックルを放つ。
「あっ、がはっ……!?」
血と胃液を吐きながら、アリアの身体は地下通路の天井に叩きつけられた。
「これは少々、難航するかもしれないね」
と、そう呟いて。
マグノリアはアリアを援護すべく、氷雨の矢を解き放つ。
「ぬぅっ! おぉぉおおおおお!!」
雄叫びと共に放たれる、力任せの剣の一撃。
決して速いとは言えないゲッツの技は、けれど騎士としての研鑽を積んだ年月によるものか、タイミングも迫力も申し分のないものだった。
「うっ……ぐぉ!」
少なくとも、その剣を斧で受け止めたロンベルの巨体を、勢いに任せ地面に薙ぎ倒す程度には強烈な一撃であるようだ。
「っ! アダム!」
「あぁ、分かっている。彼の全力の一撃は僕が受け止めてみせるよ!」
エルシーの声に反応し、アダムは最前線へ躍り出る。
振り抜かれたゲッツの剣を、右腕の剣で受け止めた。
金属同士のぶつかる音。飛び散る火花。
「おぉ、やるな!」
喜色満面と言った様子でゲッツは叫ぶ。
剣を振るう力が増して、アダムの身体はじりじりと後ろへ下がっていった。
「今が好機……!」
そんなアダムの背後から、エルシーはするりとゲッツの懐へ潜り込む。
アダムに集中しがら空きになった胸部へ向けて、赤い籠手に覆われた拳を打ち込むが……。
「剣技だけが騎士の戦う術ではないわ!」
ゲッツは脚を振り上げて、エルシーの腹部を蹴り飛ばす。
「きゃっ!」
「あぁ? あ、うぉっ!!」
大きく後方へと蹴り飛ばされたエルシーは、今まさに立ち上がろうとしていたロンベルを巻き込み、闘技場に倒れこむ。
ちら、とそちらを一瞥しゲッツは視線をアダムへ戻した。
どうやら、倒れた相手に追い打ちをかけるつもりはないようだ。
ゲッツの相手はあくまで自身に立ち向かって来る者だけ。
それ以外の……たとえば、ダメージを受けて倒れた者に興味はない様子であった。
だが、それはあくまでゲッツの話。
「頭数は減らせる時に減らしておかねばな」
と、そう呟いて。
ブラムはくるりと踵を返す。剣を腰の位置に構え、疾駆するブラム。
向かう先には、倒れたままのエルシーとロンベルの姿があった。
「そらっ!」
目にも止まらぬ斬撃が、ロンベルの背を切り裂いた。
血を吐き、苦悶の表情を浮かべるロンベル。エルシーは、不意打ちで仲間を傷つけたブラムへ、怒りの視線を注ぐ。
「ひさしぶりね。その剣、この前みたいなナマクラじゃないでしょうね?」
「試してみるか?」
血に濡れた剣を肩の位置で構え、ブラムは笑う。
だが……。
「貴方のお相手は私です。さぁ、ダンスパーティーの続きと洒落込みましょう!」
渾身の力を込めたフルスイング。
アンジェリカの十字架がブラムの胴を打ち抜いた。鎧が軋む音がする。
ブラムの身体が宙へ浮き、衝撃の波がその全身を駆け抜ける。
「今のうちに治療を! エルシーさんとロンベルさんは、ゲッツさんの相手をお願いします!」
「あ……えぇ、そうだったわね」
アンジェリカの猛攻に抑え、後退するブラムを横目に見ながらセアラは仲間たちへ回復術を行使した。
淡い光が降り注ぐ。
きらきらと、まるで光りの雨のようだ。
傷が癒えたエルシーとロンベルは、戦線に復帰すべくゲッツの元へと駆けていく。
それを見届け、セアラは戦場全体を見渡した……と、その時だ。
『こちらもじきに片付きそうだよ』
なんて、聞きなれた声。
地下通路へ向かったマグノリアから[テレパス]を通じて連絡が入った。
床を蹴って、軽騎士は左右へと跳んだ。
一瞬、アリアの動きが止まる。彼女の手に剣は1本。敵は2人。どちらを優先して対処すべきかと、アリアが判断に悩んだその隙は、けれど連携を得意とする軽騎士2人相手には致命的な隙だった。
壁を蹴って、2人の騎士は急転換。
アリアの背後に着地する瞬間、交差するようにその背を切り裂いた。
「う……っく!」
アリアの白い背には深い傷。零れた血が床に鉄臭い水溜まりを作る。
「……でも、いい位置に来てくれたわ」
口の端から血をこぼしながらアリアは身をよじるようにして剣を振る。
無理な動きに傷口が広がり、激痛と共に出血量が増すが彼女はそれを気に留めず、ただ1点……軽騎士の足首へと狙いを定めた。
敵の攻撃から身を守るための武装……金属の鎧とはいえ、足首や肩、手首、肘など間接部分の強度はどうしたって弱くなる。
アリアの刺突は、騎士1人の足首を刺し貫いた。
痛みに怯む軽騎士。
アリアに向けて剣を振るうが、それより先に彼女はその場を離脱した。地を這うようにして、素早く通路の先へと駆ける。
軽騎士たちが塞いでいた通路のその先へ……。
ぎょっとしたのは軽騎士たちだ。彼らの役割は、通路の先にいる子供たちの監視である。
アリアを止めるべく、走り始めるのだが……。
「……!?」
足首を穿たれた1人の騎士が、たたらを踏んだ。
これまで、ほぼ同じ動作を取っていた騎士たちの連携にずれが生じる。
「隙を見せたね。君たちの真意が気になってるんだ……捕まえて、話してもらうよ」
戦況を俯瞰していたマグノリアが、騎士たちに向け手を翳す。
禍々しい気配が、騎士を覆う。
「……?」
2人の騎士が身をよじる。
鎧の隙間から血が零れた。
付与された「悪化」の概念が、騎士たちの古傷を開かせたのだ。
「こちらもじきに片付きそうだよ」
セアラの[テレパス]に戦況を報告し、マグノリアは通路の先へと視線を向けた。
床を蹴って方向転換。肩の上に剣を構えて、全力疾走を開始するアリアの姿がそこにはあった。
駆ける勢いそのままに、アリアの剣は騎士の1人を切り裂いた。
さらに同様したもう1人の騎士の身体は、マグノリアの放った氷雨の矢に射貫かれる。
「さて……拘束して、次は」
「子供たちを助けましょう。子ども達がお腹を空かせているかもしれないのでお弁当を用意してきたの!」
倒れ伏した軽騎士たちを縛り上げ、アリアとマグノリアは通路の先へと進んでいった。
マグノリアのスキル[目星]を持ってすれば、子供たちの居場所を探すのも比較的容易に済むだろう。
所かわって闘技場。
その中央では、大上段に構えた大剣を力任せに振り下ろすゲッツの姿。
気合一声、叩きつけられた大剣がアダムの胸部を切り裂いた。
「どぉっっせえええい!」
鋼の鎧が大きく歪む。
「ぬぅ、大したものだね。まさに鍛え抜かれた一撃と呼ぶにふさわしい!」
「なかなかどうして、貴公の頑丈さも賞賛に値する!」
アダムの剣とゲッツの剣が衝突した。
硬直は一瞬。
弾き飛ばされたのはアダムの方だ。後方へと転がっていくアダムの体を飛び越して、エルシーとロンベルが前へ出た。
鋭い拳と斧による斬撃。
鋼の腕で、エルシーの拳を弾くとゲッツは剣でロンベルの腹部を突き刺した。
振り下ろされたロンベルの斧は、恐るべき反射神経でもって鎧の肩で受け止めたのだ。
ギシ、と鎧の軋む音がする。
「な!? こいつ、少しずれたら……」
肩を切り落とされる、と戦慄するロンベルだった。
にやり、とゲッツは笑う。
「腕なら既に一度失ったものでな」
今更怖くない、と。
トラウマを乗り越えた老騎士の覚悟を見誤ったことが、ロンベルの敗因だったのだろう。
「おぉぉおおおおお!」
防御のことなど考えず、ただ目の前の敵を打ち倒すことだけを目的に放たれた力任せの一撃が、ロンベルの肩から腹にかけてを切り裂いた。
「ぐ……」
血を吐き、ロンベルは意識を失う。
倒れ伏した敵に興味はないのか、ゲッツは即座にターゲットをエルシーへと切り替えた。
「武器を持たぬ相手と戦うのは気が進まぬのだがな」
「ご心配どうも。私の武器は、鍛え抜かれたこの拳よ!」
ゲッツの剣をわずかな動きで回避し、その胸めがけて渾身の拳を放つ。
怒りを、矜持を、誇りを……ありとあらゆる想いを乗せて放たれる必殺の一撃を前にして、ゲッツの脳裏から回避や防御の思いが消えた。
なるほど、彼女は覚悟を決めてこの場にいるのだ。
武器は持たずとも、彼女もまた戦士。
女だから、武器を持たぬからと侮ることはできない。
「その意気や、よし!」
ゲッツは剣を振りかぶる。
その胸に、エルシーの拳が突き刺さる。
衝撃は鎧を突き抜け、ゲッツの全身を激しく揺さぶる。
激痛と、ショック。
よろり、と1歩後退したゲッツだが……。
「まだまだぁ!!」
唇を噛みしめ、彼はその場に踏みとどまる。
技を放った直後の硬直。
回避も防御も間に合わないであろうエルシー目掛け、大上段からの一撃を……すべての想いと力を乗せた一撃をゲッツは放つ。
「その一撃、僕が受け止める! 真向から、正々堂々とね!」
ゲッツとエルシーの間に割って入るは、満身創痍のアダムである。
ゲッツの大剣を真正面から受け止めたアダムの剣が、鎧が、ギシと軋んだ音を鳴らした。
痛みがアダムの全身を襲う。
だが、アダムは後退しない。
ゲッツの剣を受け流し、鎧の側面を削られながらもアダムは1歩踏み込んだ。
ゲッツの技の威力をそのまま乗せた一撃がゲッツの首筋を打つ。
「ぬ……お、ぉ」
アダム渾身の一撃を受け、ゲッツは意識を失った。
倒れ伏す、その寸前……。
「よい、一戦であった」
と、そんな呟きが聞こえた気がした。
●
「カースが厄介ですね……このまま続くと、いずれ追いつかなくなりそうです」
額に滲んだ汗を拭い、セアラは言う。
飛び散る燐光が、アンジェリカに降り注ぐ。
肩から流れていた血が止まり、その身に負った状態異常が癒される。
「回復か。厄介だな」
血混じりの唾を吐きだし、ブラムはそう呟いた。
黒い鎧のところどころには大きなへこみ。場所によっては罅まで入っている。
いかに頑丈な鋼の鎧とはいえ、アンジェリカの大十字架を受ければ無事では済まないようだ。
もっとも、そのアンジェリカにしろブラムの剣を浴び全身に無数の傷を負っていた。
金の髪も、体毛も、血に濡れて赤い。
「人を攫った以上それなりの覚悟をして頂きます」
「覚悟などいつでも出来ているさ。このような行為を生業としている身なのでな」
地面を蹴ってブラムは駆ける。
腰の位置に溜めた細身の剣にアンジェリカは視線を向けた。禍々しい気配を感じるブラムの剣は、おそらく何か曰く付きのものなのだろう。
鎧といい剣といい、なかなか名のある鍛冶師の打ったものだと予想される。
すれ違いざまに放たれる高速の斬撃がアンジェリカの脇腹を切り裂いた。
「う……あぁ!!」
血を吐きながらも、アンジェリカは十字架による三連撃を敵へ見舞った。
一撃は回避したブラムだが、残る2発は避けきれず直撃を浴びた。
「回復を!」
セアラの回復術がアンジェリカの傷を癒す。
ブラムの視線がセアラへ向くが……。
「来るなら来なさい! 受けて立ちます!」
回復役であるセアラでは、ブラムと対峙しても勝利を掴むことは難しいだろう。けれど、セアラはブラム相手に一歩も引く姿勢を見せなかった。
そんなセアラを守るようにアンジェリカが動く。
「貴方の罪を数えなさい……尤も、数え終わる前にどちらかが倒れ伏すでしょうけど」
「罪の数か。数えきれないな……そして、どちらかが倒れ伏すというのなら、それはお前だ」
ブラムは笑う。
果たして、それは一体どういう理屈か。
一瞬、ブラムの瞳が赤に染まった。
ブラムとアンジェリカが同時に駈け出す。
渾身の力をもって放たれた大十字架の一撃を、ブラムは剣で受け流す。
するり、と……。
潜り込むようにアンジェリカの懐へ。
「雇い主も倒れたようだし……俺はそろそろ撤退しよう」
一閃。
ブラムの剣が、アンジェリカの腕を切り裂く。
痛みと衝撃に十字架を取り落としたアンジェリカの脇を駆け抜け、ブラムはセアラへと迫る。
ブラムの放った蹴りを受け、セアラはバランスを崩す。
ハイバランサーの効果によるものか、倒れこそしなかったもののその隙を突かれブラムの逃走を許してしまう。
追跡しようと立ち上がったアンジェリカだが……。
「ぐ……」
傷ついた腕で巨大十字架を持ち上げることは叶わず。
ブラムの背を、ただ悔し気に見送った。
「なるほど。そっちもか……」
「こちらも、いつの間にか騎士たちがいなくなっていのよね」
子供たちを連れ地下から戻ってきたマグノリアとアリアは、困ったようにそう言った。
結局、捕らえられたのは老騎士ゲッツのみ。
「まったく、何が狙いなのやら……」
マグノリアの呟きは、青い空へと飲まれて消えた。