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【信仰と侵攻】聖女は微笑む




「神とは本来、秘匿されるべき存在なのです」
 アクア神殿内。とある区画に高位の神官数名が集い、非公式の会合を開いているところである。
 語っているのは、しかし入信して間もない下級神官の少女であった。
「見えぬ神なればこそ、民はその御姿を求めて祈り跪く。自ら姿を現してしまう神に、何の霊験がありましょうか。いかなる神威があると言うのでしょうか……畏れ多き言なれど、アクアディーネ様には神としての在りようを改めていただかねばなりません」
 その声は涼やかに、神官たちの耳孔をくすぐり、脳髄へと染み入ってゆく。
 前国王の崩御、そして新王エドワードによる改革は、この高位神官たちから、いくつかの特権を奪い去った。
 反乱者となる気概も実力もなく、ただ不遇をかこつだけの彼らの心に、少女の言葉は静かに流れ込んで行く。
「正しき信仰を」
 その言葉を、高位神官たちは復唱していた。
「正しき信仰を……」
「聖女アマリアの言う通り……正しき信仰を……」
 アマリア・カストゥール。それが少女の名である。
 女神アクアディーネをも上回る、と噂される美貌が、この場に集う神官全員に微笑みかける。端麗な唇が、なおも言葉を紡ぐ。
「神の秘匿こそが、正しき信仰……なれど、ああ何と悲しむべき事でしょう。女神の御姿を、よこしまな形で大衆に晒し、信仰を辱め貶めんとする者がいるようです」
「背教者エルトン・デヌビス!」
 高位神官たちが、声を上げる。
「罰すべし! 滅するべし!」
「不浄の彫刻家! アクアディーネ様を畏れ多くも辱める像ばかり作りおって! 罰するべし!」
「罰すべし! 滅すべし! 殺すべし!」
 騒ぐ神官たちを恫喝するが如く、地響きが起こった。
 聖女アマリアの傍に立つ巨漢が、手にした鋼の聖杖で床を突いたのだ。
 筋骨隆々たる巨体を包むのは、アクア神殿の法衣。首から上は髑髏の仮面である。
 怯え黙り込んだ神官たちに、アマリアは慈愛の笑みを向ける。
「正しき信仰を……それが、私たちの願い」
 聖女のたおやかな背中から一瞬、魔力の翅が広がった。
「我が祖国シャンバラは、信仰の誤りから悲劇の歴史を歩む事になりました……無論、シャンバラの人々に対する憎しみなどありません。私たちヨウセイの願いは1つ、イ・ラプセルの方々が正しき信仰の道を歩まれる事。シャンバラの悲劇を、どうか……お願い、繰り返さないで」


 背教者エルトン・デヌビスは、ヴィスケーノ侯爵家に身を寄せているという。
 身柄を、引き渡してもらわなければならない。
 そのための使者として、私マディック・ラザンが派遣された。
 聖女アマリア直々の指名である。栄光とは、まさにこの事だ。
 単身、私はヴィスケーノ侯爵領に入り込んだ。オラクルである私に、護衛など必要ない。
 ヨウセイの少女アマリア・カストゥールがアクア神殿に入信したのは、シャンバラ皇国との決戦が終わってから間もない頃である。
 瞬く間に彼女は、一部の高位神官たちの心を掴んだ。
 色仕掛け、のような事をしたわけではない。彼女を見ているだけで不思議と、それを確信出来てしまうのだ。
 ちなみに私は、高位神官ではない。アマリアの直接の先輩でありながら、あっという間に追い抜かれていった、無能な下級神官である。
 構わなかった。アマリア・カストゥールは特別なのだ。聖女なのだ。私は、彼女のために命を捨てられる。
「おい、どこへ行く」
 声をかけられた。
 ヴィスケーノ侯爵領、街道に貫かれた森林の中である。
 私とほぼ同じ年齢と思われる若い男が、大木にもたれ、偉そうに腕組みをしていた。
「お前……オラクルだな? 軽戦士か。たった1人で、むやみに気合いを燃やしている。今から命を捨てて要人を殺しに行くと、喧伝しているようなものだぜ」
 獣のような身体つきをした、見るからに粗暴な男。
 常に聖女アマリアの傍にいる、あの髑髏の仮面の大男と、どこか雰囲気が似ている。つまり気に入らない。
 私は名乗った。
「マディック・ラザンという。アクア神殿より派遣された特使である。無礼な物言いは控えてもらおう」
「俺はアルゴレオ・テッド。ヴィスケーノ侯爵家の兵隊だ。気に入らんが、そうなっちまった」
「そうか、ちょうど良い。領主アラム・ヴィスケーノ侯爵のもとへ私を案内せよ。取り次ぎたまえ」
「……そんな必要はない。アラム侯爵なら、こう言うね」
 アルゴレオ・テッドが、牙を剥くように笑う。
「エルトン・デヌビス先生を、引き渡すわけにはいかない……以上、これで用事は済んだな。神殿へ帰れ」
「世迷い言を!」
 私は剣を抜き、この無礼な兵士に斬りかかった。
 神職としての私は劣等生だが、戦闘には自信がある。この剣技で、イブリースを倒した事もある。
 必殺の斬撃は、しかし空を切った。
 同時に、アルゴレオの拳が、私の顔面に叩き込まれていた。
「……お前じゃ無理だ」
 鼻血を噴いて倒れた私を、アルゴレオが見下ろしている。
「領主の城にはな、俺以外にも腕の立つ奴が少なくとも2人いる。お前はアラム侯爵を殺そうとして、そいつらに殺される。特使が殺されて、アクア神殿としちゃヴィスケーノ侯爵家を攻撃する大義名分がめでたく手に入ると、こういう筋書きだろう」
「……殺せ……っ!」
 そう呻くのが、私は精一杯だった。
 アルゴレオは、しかし私の話を聞いていない。
「ぶん殴ったのは、まずかったかな。関節技か何かで、もっと穏便に……むっ?」
 木が、何本も倒れた。滑らかな、幹の断面が見えた。
 鋭利な節足で木立ちを切り倒しながら、その怪物たちは姿を現していた。
 巨大な百足。よく見ると、白骨死体の塊である。数人分の人骨が、百足の形に組み上がってるのだ。
 イブリースであった。
 かつて私が倒したものとは比べ物にならないほど、危険な個体である。
 それが3体、森の奥から出現し、私とアルゴレオをもろともに切り刻まんとしている。
 恐怖のあまり、私は悲鳴を上げる事も出来なかった。
「さっさと逃げろ」
 アルゴレオが、私を背後に庇い、百足たちと対峙する。
「前の領主のやらかしでな……今のヴィスケーノ侯爵領は、こんな感じだ」
 聞いた事は、あった。
 この地では、前領主ベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵によって大勢の領民が虐殺され、その屍が今なお際限なくイブリース化し続けているという。
「今の領主は、親父に逆らえもしなかった軟弱な坊やだが……坊やなりに一生懸命やっている。おかしな横槍は入れないでやってくれ、頼むから」
 アルゴレオの言葉に私は応えず、剣を拾った。
 今なら、この男を背中から殺せる。
 失敗すれば、私はアルゴレオに殺される。成功しても、イブリースに殺される。
 構わなかった。
 ヴィスケーノ侯爵領内で、殺される。それが私の、聖なる使命なのだ。
 ここで私が死にさえすれば、あとは聖女アマリアが『アクア神殿の特使がヴィスケーノ侯爵家に殺された』という話に仕上げてくれる。神殿側は、ヴィスケーノ家にあらゆる攻撃を仕掛ける事が出来る。脅し方次第では、エルトン・デヌビスの身柄を差し出させる事も不可能ではないだろう。
(聖女アマリアに……栄光を……)
 祈りを捧げながら私は剣を構え、アルゴレオの背中に突きかかって行った。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.還リビト(3体)の撃破
2.マディック・ラザンの生存
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 とある森林地帯に、イブリース(還リビト)である『骨の百足』が3体、出現しました。これを討伐して下さい。
(以前の拙シナリオ「煉獄」に登場したものたちと同種ですが、あれらよりも大型です)
 領主家の兵士アルゴレオ・テッド(ノウブル、男、22歳。格闘スタイル。初登場は拙シナリオ「慈愛と魅惑の女神像」)が現在これらと戦っていますが、彼を背後から攻撃せんとしている者がいます。
 アクア神殿の特使(公式の使者ではなく、一部の高位神官たちが勝手に派遣したものですが)、マディック・ラザンです。
 ここへ、自由騎士の皆様にはまず突入していただきます。


 骨の百足(3体、全て前衛)の攻撃手段は、鋭利な節足による斬撃(攻近単または範、BSカース1)、ブーメラン状に飛ばす骨の刃(攻遠単または範、BSカース1)。口から猛毒の瘴気を噴射する事もあります(魔遠範または全、BSポイズン2)。

 アルゴレオ・テッドは、皆様との合流共闘を快く受け入れます。指示には従いますので、戦わせるのも良いでしょう。(『震撃LV2』『回天號砲LV3』を使用)。

 マディック・ラザン(ノウブル、男、22歳。軽戦士スタイル。「ヒートアクセルLV1」を使用)は、アルゴレオを前衛とすれば後衛の位置にいますが、彼を背後から攻撃せんとしております。
 これを制止するためには、アルゴレオを味方ガードするか、マディックと戦っていただく必要があります。
 マディックからは、アルゴレオと自由騎士の皆様、全員が攻撃対象となります。
 マディックは、自由騎士の攻撃がとどめの一撃となった場合のみ、生存状態のまま戦闘不能になります。イブリースにとどめを刺されたら死亡します(イブリース側から見れば、彼も攻撃対象です)。
 この度の成功条件にはマディックの生存が含まれますので御注意下さい。

 時間帯は昼。場所は森林を貫く街道上で、広くはありませんが、この規模の集団戦闘には支障ありません。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
11モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年02月07日

†メイン参加者 8人†




「もういい、やめろ! 死んじまうから!」
 アルゴレオ・テッドが、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)を止めに入った。
「弱い……これほどとは」
 アンジェリカが、優雅に返り血を拭っている。
「ブラザー・マディック・ラザン……貴方のような修業の全く足りていない人に、格好を付けて命を捨てる資格などありません。生きて精進をやり直しなさい」
 彼女の足元で、アクア神殿の特使マディック・ラザンは血まみれで死にかけている。
 見下ろしつつ、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
「……と、いうわけでアルゴレオ・テッド、彼の身の安全に関しては君に一任したいが」
「任された」
 意識のないマディックを、アルゴレオが縛り上げる。
 それを、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が手伝った。
「ここで頑張ってるんだね、アルゴ兄さん」
「……貴様に負けてしまったから仕方ない。それにしてもまあ、都合良く駆け付けるもんだ」
「便利な水鏡があるものでな」
 溜め息混じりに『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が言った。
「神殿の方々は……御自分らの愚行だけは映らない、とでも思っていたのか」
「今のアクア神殿って、もしかして……ちょっと考え無しな人たちしかいなかったりして? ねえシスター・エル」
 言葉と共に、拳が飛んで来た。
 それを『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は受け流し、返礼の肘打ちを叩き込んだ。
 ガッシリと受け防ぎながら、『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が微笑んでいる。
「いっそのこと貴女が力ずくで神殿のてっぺん取っちゃった方が、色々うまくいくんじゃないですか?」
「考え無しは、私も同じですけどね」
 エルシーとは時折こうして不意打ち有りの組み手に励む間柄である。ホワイトカラント修道院まで、エルシーは出稽古に赴いた事もある。
「でもまあ……この人たちよりは少し、ましなのかな」
 じろりとエルシーに見下ろされながら、マディックが意識を取り戻す。
「……ひっ……シスター・エルシー……」
 出血こそ多めだが、こんな口は利ける。アンジェリカの力加減は絶妙だ。
 テオドールが、ちらりとエルシーを見た。
「……随分、恐れられているようだが?」
「誰かと間違えちゃってるみたいですねえ。私は単なる、通りすがりの美人武闘家です」
 エルシーは微笑みかけた。
「ねえブラザー・マディック・ラザン? 私を一体誰と勘違いしてるんですか。何、こんな美人が他にもいるんですか? 教えて下さいよ、どこの誰ですか。ねえちょっと」
 マディックは答えず、青ざめ震え上がっている。
 彼の肩を、マグノリアが優しく叩いた。
「恐いのか……そうか、このシスターが恐いんだね。君」
 そして、じっとエルシーを見上げる。
「やめようシスター、彼をあまり虐めてはいけない。何やら他人とは思えなくなってきた」
「ちょっと、どういう意味ですかマグノリアさん。特訓メニュー追加希望ですか、しょうがないなぁ」
「いや、死ぬから……」
「おおい、そろそろ戦ってくれねえかな」
 言葉と共に、『血濡れの咎人』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が血まみれで吹っ飛んで来た。
 そして木に激突し、ずり落ちて倒れ伏し、即座に起き上がる。
「俺はまあ、ボロボロでも一向に構わねえけどよ」
「……オレも、まだ大丈夫だよロンベルさん……」
 イブリース3体の攻撃を、ひたすら防御しながら『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)が呻く。
 無数の人骨で組成された、巨大な百足。
 そんなものが3匹、鋭利な節足でナバルを滅多打ちしている。ナバルでなければ、とうの昔に切り刻まれているところだ。
「あ……ご、ごめんなさい……」
 ミルトスが、それにアンジェリカも、猛然とそちらへ踏み込んで行く。
「失礼……さあ、参りますよっ」
 マディックの血で少しだけ汚れた十字架が、人骨の百足を殴打する。
 その十字架から、即座に聖剣が引き抜かれ、一閃した。
 殴打で揺らいだ百足の巨体に、続いて斬撃が叩き込まれる。
 アンジェリカの剣舞に魅了されたかの如く、人骨百足が硬直・痙攣した。
 別の1体が、アンジェリカに斬りかかる。
 それを、エルシーは阻んだ。
「ナバルさん、ごめんなさい! お待たせです!」
 拳の一撃。
 続いて手刀、肘打ち、回し蹴り。真夏の日照と海荒れを思わせる連続攻撃が、骨の百足を叩きのめす。
 いくらか大型で強力、とは言え基本的には以前に戦ったものたちと同種である。攻撃手段は、近遠の斬撃のみ。対処は難しいものではない。
 エルシーがそう思った瞬間。
 凄まじい毒気が、自由騎士8名を襲った。
 百足の1体が、瘴気を吐き出していた。
「迂闊……!」
 エルシーは咄嗟に鼻と口を覆ったが、猛毒の瘴気は肌から体内へと染み入って来る。筋肉が、血が、骨が、毒気に灼かれる。
 同じく猛毒に身を折り苦悶するミルトスに、鋭利な節足の群れが襲いかかる。
 その斬撃を、ナバルが受けた。鮮血が飛び散った。
 猛毒に青ざめたミルトスの顔が、さらに血の気を失った。
「ナバル君……!」
「オレは平気……」
 ナバルの顔も、血まみれでありながら青ざめている。毒によって……それ以上に、怒りによって。
「……身体の痛みなら、いくらだって耐えられる」
「心が……痛い?」
 言いつつカノンが、猿の如く樹上から降って来た。
 小さな身体が、骨百足の巨体に激突する。拳か蹴りか体当たりか、とにかく流星のような一撃。
 人骨の破片を蹴散らして、カノンは着地した。
「まあね……」
 堅固な防御でカノンもミルトスも庇いながら、ナバルは言う。
「……気持ち、悪いよ。生かしておけないって思える……憎しみをガンガン燃やせる連中には、今まで出会ってきたけど」
 ナバルに守られつつ、ミルトスが攻撃に転じていた。形良い両手に気の光を宿し、人骨製イブリースに叩き込む。美しい左右の五指が、輝ける牙となる。
 食らい付きながら吼える獅子、を思わせる一撃にへし曲げられながらも、巨大な百足は凶暴に節足を振り立てる。その様を見つめ、ナバルはなおも呻く。
「こんな……不愉快な気持ちは初めてだ。まだ……こいつらの方が、まともに思える……」
「違ぇねえな!」
 ロンベルが牙を剥き、大型の戦斧をイブリースに叩き付けてゆく。
「この手強い連中には……八つ当たりの相手を、してもらおうぜ。俺も昔よくやったもんだ」
「不向きな司祭職で、溜まりに溜まった鬱憤を」
 猛毒の痛手に耐えながらテオドールが、儀式の如く厳かに杖を振るう。氷の茨が生じ、禍々しく這う。
「戦いで晴らしていた、というわけか」
「ふふ……実に健全な話だと思うよ、ロンベル司祭」
「よせやい」
 マグノリアが、毒に侵された細身を軽やかに踊らせ、攻撃魔力を渦巻かせる。
「そう……偽りの聖女に傅く者たちよりは、ずっとね」
 氷の茨が、骨百足3体を拘束しながら切り裂いてゆく。そこへ魔力の大渦が激突し、人骨の破片を大量に飛散させる。
 テオドールが言った。
「偽り、と断定してしまうのだな? マグノリア卿」
「当然」
 マグノリアは、青ざめ怯えるマディックを一瞥した。
「彼を見ていれば、わかる。アマリア・カストゥールは……単なる扇動者に過ぎない」


 アンジェリカが、剛力の細腕で十字架を猛回転させ、人骨の百足たちに殴りかかる。
 イブリースの討伐。
 今回の作戦、最優先で果たすべき目的は、それである。見失ってはならない、とミルトスは思う。
 現在、アクア神殿の目に見えぬところで進行しつつある不穏な何かに関しては、とりあえず後回しにするしかない。
 ナバルも同じ事を考えているようであった。3体もの人骨百足と正面から向かい合い、降り注ぐ節足の斬撃を、盾で防ぎ、槍で弾き、甲冑で受けている。血飛沫を散らせながらの防御。
 彼が防御を、エルシーが攻撃を受け持つ。そんな形であった。
「シスター・ミル! 続いて行けますか!?」
「お任せを……!」
 エルシーに続いて、ミルトスは踏み込み、疾駆し、拳を叩き込んでいた。影狼の拳。
 人骨の破片が、大量に飛び散った。
 粉砕の手応え、と一緒にミルトスは、何やら妙な感触を握り締めていた。
 続いて、雄叫びが轟いた。
 森を震わせる咆哮と共に、血まみれの猛虎が1頭、骨の百足に激突して行く。
 ロンベルだった。
 戦斧の一撃が、イブリースの巨体に埋まった。粉末状に砕けた人骨が、鮮血の如く噴出する。
「こっ……こいつぁ、たまんねええ……」
 戦斧を握り締めたまま、ロンベルは震えている。
 妙な感触、とミルトスが思うものを、彼も感じているようだ。その負傷した全身に、治癒力が漲ってゆくのが、見ていてわかる。
「イブリースを……食って回復、してる感じがするぜぇ。こいつぁいい、俺向きだ」
「や、やめて下さいよロンベルさん。イブリースは食べ物じゃないですから」
 骨百足から生命力を吸い奪った感触が、ミルトスの拳から消えてくれない。回復は、確かにありがたいのだが。
 生命力奪取の呪術を施してくれたテオドールが、
「ヴィスケーノ侯爵家にはな、イブリースを好んで食する鬼がいる。まあ見習えというわけではないが」
 新たな攻撃呪術の構えに入っていた。儀式の如くかざした杖の先端を、禍々しく輝かせている。
 させまいとするかのように、人骨百足たちが一斉に毒瘴気を吐き出そうとするが、
「やらせはしない……君たちには、殺傷の概念そのものを付与してあげよう」
 マグノリアが何かをした。
 何をしたのかは、よくわからない。錬金術師のする事は基本的に、ミルトスにとっては意味不明である。
 とにかく。人骨の百足3体が、大量の破片を散らせて吹っ飛んだ。うち1体は、完全に砕け散った。
 残る2体の片方が、硬直し、崩れ落ちる。テオドールの放った呪いに絡め取られ、締め潰されていた。
 そして最後の1体が、
「アルゴ兄さん、一緒に!」
「応よ」
 光の砲弾に粉砕され、跡形も無くなった。オラクル2人分の、気力の塊だった、
 カノンとアルゴレオ、両名による回天號砲である。
「終わりましたね……この度の任務のうち、とりあえず半分は」
 アンジェリカが、巨大な十字架をずんと地面に置いて息をつく。
 傍に倒れているマディック・ラザンを、そのまま磔にでもしてしまいそうな、アンジェリカの様子であった。
「残る半分。さあ、貴方をどう扱ったものでしょうか。ブラザー」
「こっ、こここ殺せ。一思いに殺してくれ」
 縛り上げられたまま、マディックは虚勢を張る。
 舌を噛む様子は無さそう、と判断したのか、テオドールが猿轡を外してやったところである。
「私は、ここで死ななければ……聖女アマリアに、合わせる顔がないんだ。頼む、殺してくれ……」
「死んじゃったら合わせる顔も何もないでしょうが」
 ミルトスは呆れた。
「私は、叙階も受けていない一介の修道女。偉そうな事は言えませんし、貴方の信仰を否定する事も出来ませんが……行動は否定させてもらいますよ。こんな事をして、アクアディーネ様がどうお思いになるか」
「関わりなき事! 我ら地上の下僕の行いになど、アクアディーネ様は一切お関わり無し! そうでなければならぬ」
 マディックが喚く。
「神とは常に、いと高きところにおわす。超然たる存在として」
「ふっ……ざっ、け、んなぁあ……ッッ!」
 マグノリアによる治療術式を受けながら、ナバルが激怒している。
「アクアディーネ様を何だと思ってる! あの方はなあ、お前らに都合いい看板じゃないんだぞ!」
 マディックが縛り上げられていなかったら、ナバルは手を出していたかも知れない。
 テオドールとマグノリアが、2人がかりで彼をなだめている。
 アルゴレオが、咳払いをした。
「……ロンベル殿、あんたの言った通りだったよ。警戒していて良かった」
 彼の後方で、何人かの武装した男たちが倒れている。全員、辛うじて生きている。
 ミルトスたちがイブリースと戦っている間、アルゴレオはこの集団と戦っていたのだ。
「こいつらがな、木陰からマディック・ラザンの命を狙っていた」
「刺客……!?」
 ミルトスは息を呑んだ。
「アクア神殿が? そんな……」
「神殿の、一部の連中さ。死亡報告なんざ、そいつらが大人しく待ってるワケがねえと思ってな」
 ロンベルが言う。
「ま、それでもアクア神殿の連中は大人しいよな。シャンバラのクソったれどもなら、もっと派手に殺しに来てるぜ」
「シャンバラ……か」
 テオドールが身を屈め、転がされているマディックと目の高さを近付けた。
「ご存じないわけではあるまい神官殿。神をいと高きところに秘匿してしまったシャンバラ皇国が、いかなる道を辿ったのか。信仰の自由を廃した結果として、我らイ・ラプセルの民が記しておくべき歴史ではないのか」
 何も言わぬマディックに、カノンが懐から取り出した何かを見せる。
「ほら」
 写真であった。水着姿の女神アクアディーネが、微笑んでいる。
「これで、カノンも殺害対象? でもね、カノンはこんなアクアディーネ様が大好きだよ」
「それではいかん……これが、いかんのだ……アクアディーネ様は……」
 マディックが呻き、叫ぶ。
「神としての自覚に欠ける! そうだ、こんなものは! あんなものはアクアディーネ様ではない! 真の女神を我らの手で」
「誰か……そのアンポンタンを、縄解いて自由にしてやってくれないか……あと回復も……」
 ナバルが、今にもイブリース化しそうである。
「……オレと勝負しろ、マディック・ラザン。剣、どっかに落っことしちゃったのか。ならこの槍を貸してやる。何なら盾も……お前なんか、素手でいい……」
「ナバルさん駄目! 気持ちはわかりますけど絶対ダメです、ぜっ☆ため! です」
 エルシーが止めた。アンジェリカが、それを手伝う。
 ミルトスは溜め息をついた。
「ねえテオドールさん……猿轡、取るべきじゃなかったですね……」
「まったくだ。いやはや、ここまで度し難い事になっているとは」
「信仰……いえ、これはもはや盲信、あるいは狂信……」
 ナバルを優しく押しとどめながら、アンジェリカが言った。
「アマリア・カストゥールは……狂信者を増やそう、としているのでしょうか? 何のために……」
「ふむ。アクア神殿を、狂信者の巣窟に作り変えようとしている……それが、偽りの聖女の目的なのだとしたら」
 マグノリアが、細い腕を組んでいる。
 アマリア・カストゥールの目的。それは彫刻家エルトン・デヌビスの捕縛あるいは殺害ではなかったのか。
「……おかしい、と思っていました」
 考えをまとめる努力をしながら、ミルトスは言った。
「エルトン・デヌビス氏の作品、私も見た事あります。まあその、何と言うか、かんと言うか、ですけど……でも、ああいうもの作ってるからと言って、血眼になって命まで狙うのかな、という」
「1匹の異端を狩り出すためなら、いくらだって血眼になる。シャンバラの連中はそうだった」
 ロンベルが牙を剥き、マディックを睨む。
「アクア神殿はそうじゃねえ……と、信じてえとこなんだがな」
「それは、まあ私たちを見ていていただくしかありませんが」
 アンジェリカが微笑む。
 しばし沈思していたマグノリアが、言った。
「エルトン・デヌビスは、つまり利用されている……アマリア・カストゥールという扇動者に。そんな仮説をミルトス、君は思い付いたのだね?」
「そこまでは……いえ、そうだとしたら……」
「信仰ってぇ暴れ馬の鼻っ先に、人参ぶら下げたと。要するにそういう事じゃねえのか」
 ロンベルの言う「人参」が、エルトンであるとしたら。
「信仰の、暴走……それが、偽りの聖女の目的ならば」
 テオドールの口調が、重い。
「まさか……ここイ・ラプセルで、シャンバラを再現しようと……」
「……復讐、だよね。それって、ある意味」
 カノンが呟いた。
 復讐。
 まだ会った事もないアマリアという美少女が、脳裏で微笑んでいる。ミルトスは、そう感じた。
 翳り、歪みきった、憎悪の笑みだった。
「実際……会ってみるしか、ないと思う。その聖女様と」
「……そうだな」
 カノンの言葉で、ナバルがいくらか冷静さを取り戻したようだった。
「最終的には……話、つけなきゃいけなくなるもんな」
「話だけじゃ済まなくなる、にしてもね」
 カノンが、拳を握っている。
 その小さな拳で、この少女はかつて1人の敵を葬り去ったのだ。
「戦場の礼儀……なんて、通用しない戦いになるかもね」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済