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神亡き国を正すもの

●
支柱を失った屋根は崩れ落ちるものである。
シャンバラという国にかつて存在していた神ミトラースは滅び、国の騎士たちの多くはイ・ラプセル王国へと吸収され、国もまた吸収されていった。
それに伴いシャンバラに広まっていた様々な思想や意図的に流されていた噂話が消え、イ・ラプセルによる正常化が行なわれていく。
かつて魔女と呼ばれたもの。もといヨウセイへの偏見の解消は勿論のこと、各地で行なわれていた差別思想は消えていった。
国民の多くは戸惑いながらもそれに従い、ある意味では今までと変わらない生活を送っていると言われるが……。
「イブリースは魔女が連れてくるって噂、あれは嘘だったんだってな」
シャンバラの森林地帯。その一部にある集落でのこと。農業を行なっていた男たちがそんな話をしていた。
「今までは魔女……いや、ヨウセイを遠ざけていれば安全だと信じていたが、それが国のでっちあげた嘘だったんじゃあ、これから何を信じて生活していけばいいのか分からねえよ」
「第一、イブリースってのは何なんだ。俺は教えられてねえぞ」
「俺もさ。こんな集落にまで学を伝えるような人もいねえしな」
農作業を終え男たちが道具を持ってそれぞれの家へと帰っていく。
その様子を、茂みの奥から見つめる影が、あった。
●
「イブリース化(悪魔化)は不安や恐怖といった負の感情をもったものや人がなりやすい。っていうのは知ってるよね。そういう意味だと、今のシャンバラはイブリース発生のリスクがとても高い場所とも言えると思うんだ」
クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)はそんな風に、自由騎士たちへと語りかけていた。
所変わってシャンバラの自由騎士拠点。
広いウッドテーブルを囲むように座ったクラウディアは、マグカップの側面を爪で叩いて見せた。
「これまで信じていたことが嘘だと分かった時。これまで従っていた仕組みが間違いだと教えられた時。ひとはどうしても不安になるものだよね。
そうして蓄積した不安は、形になって表われる。
今回水鏡によって察知した未来情報によれば、こうした不安によってイブリース化した野生動物が村を襲撃する事件が起こるみたいなんだ」
映像化された内容を説明するとこうだ。
イブリース化した野生動物は『熊』『鹿』『鳥』の三種類。
具体的には熊2体と鹿5体、そして鳥5体の割合になる。
熊はフォルムこそ変わらないが恐ろしくパワーが上がっており、人間を掴んで振り回したり民家へ投げつけて壁を壊してしまったりと言った様子が予測されている。
鹿のほうは雄鹿特有の立派な角がついていて、この角が鋭利な刃物にかわって突撃してくるという凶悪さである。突進をまともに受ければ大けがをおうことだろう。
鳥は肉体から機銃のような部位が生えており、ある程度の低空飛行状態から射撃をしかけてくるというものだ。射程距離があまり長くはないらしく、こちらから飛び上がったり通り過ぎるところを狙い撃ちにすれば剣などでも攻撃が可能だという話だ。
「村へ襲撃するために一度ひとかたまりになるポイントがある。そこへ逆に襲撃を仕掛けて、このイブリースたちを倒すんだ。
できれば……そうだね。村の人たちにも安全を伝えたほうがいいんじゃないかな。
この人たちは今世界がどういう風になっているのか、実はよく分かっていないと思うんだ。
元々シャンバラの教育や福祉もさして届いていない地方だったみたいだし、国換わりの混乱でより置いていかれているとも言える。
こういうときこそ、自由騎士が安心の支えになれると思うんだ」
クラウディアはそこまで話すと、襲撃ポイントをマークした周辺地図を手渡してきた。
「あとは頼んだよ。よろしくね」
支柱を失った屋根は崩れ落ちるものである。
シャンバラという国にかつて存在していた神ミトラースは滅び、国の騎士たちの多くはイ・ラプセル王国へと吸収され、国もまた吸収されていった。
それに伴いシャンバラに広まっていた様々な思想や意図的に流されていた噂話が消え、イ・ラプセルによる正常化が行なわれていく。
かつて魔女と呼ばれたもの。もといヨウセイへの偏見の解消は勿論のこと、各地で行なわれていた差別思想は消えていった。
国民の多くは戸惑いながらもそれに従い、ある意味では今までと変わらない生活を送っていると言われるが……。
「イブリースは魔女が連れてくるって噂、あれは嘘だったんだってな」
シャンバラの森林地帯。その一部にある集落でのこと。農業を行なっていた男たちがそんな話をしていた。
「今までは魔女……いや、ヨウセイを遠ざけていれば安全だと信じていたが、それが国のでっちあげた嘘だったんじゃあ、これから何を信じて生活していけばいいのか分からねえよ」
「第一、イブリースってのは何なんだ。俺は教えられてねえぞ」
「俺もさ。こんな集落にまで学を伝えるような人もいねえしな」
農作業を終え男たちが道具を持ってそれぞれの家へと帰っていく。
その様子を、茂みの奥から見つめる影が、あった。
●
「イブリース化(悪魔化)は不安や恐怖といった負の感情をもったものや人がなりやすい。っていうのは知ってるよね。そういう意味だと、今のシャンバラはイブリース発生のリスクがとても高い場所とも言えると思うんだ」
クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)はそんな風に、自由騎士たちへと語りかけていた。
所変わってシャンバラの自由騎士拠点。
広いウッドテーブルを囲むように座ったクラウディアは、マグカップの側面を爪で叩いて見せた。
「これまで信じていたことが嘘だと分かった時。これまで従っていた仕組みが間違いだと教えられた時。ひとはどうしても不安になるものだよね。
そうして蓄積した不安は、形になって表われる。
今回水鏡によって察知した未来情報によれば、こうした不安によってイブリース化した野生動物が村を襲撃する事件が起こるみたいなんだ」
映像化された内容を説明するとこうだ。
イブリース化した野生動物は『熊』『鹿』『鳥』の三種類。
具体的には熊2体と鹿5体、そして鳥5体の割合になる。
熊はフォルムこそ変わらないが恐ろしくパワーが上がっており、人間を掴んで振り回したり民家へ投げつけて壁を壊してしまったりと言った様子が予測されている。
鹿のほうは雄鹿特有の立派な角がついていて、この角が鋭利な刃物にかわって突撃してくるという凶悪さである。突進をまともに受ければ大けがをおうことだろう。
鳥は肉体から機銃のような部位が生えており、ある程度の低空飛行状態から射撃をしかけてくるというものだ。射程距離があまり長くはないらしく、こちらから飛び上がったり通り過ぎるところを狙い撃ちにすれば剣などでも攻撃が可能だという話だ。
「村へ襲撃するために一度ひとかたまりになるポイントがある。そこへ逆に襲撃を仕掛けて、このイブリースたちを倒すんだ。
できれば……そうだね。村の人たちにも安全を伝えたほうがいいんじゃないかな。
この人たちは今世界がどういう風になっているのか、実はよく分かっていないと思うんだ。
元々シャンバラの教育や福祉もさして届いていない地方だったみたいだし、国換わりの混乱でより置いていかれているとも言える。
こういうときこそ、自由騎士が安心の支えになれると思うんだ」
クラウディアはそこまで話すと、襲撃ポイントをマークした周辺地図を手渡してきた。
「あとは頼んだよ。よろしくね」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリースの退治
■■■シチュエーションデータ■■■
森林地帯です。
人間たちの使う道を利用せず、獣道を使って移動してくるようで、イブリースたちはある程度広い場所で合流しようとしています。
周辺の木々は多く、剣を振り回せる程度のスペースはありますが自由に駆け回るには少々木が邪魔になるでしょう。
逆に木々をうまく利用すれば戦闘を有利に進めることもできるはずです。
■■■エネミーデータ■■■
『熊』×2、『鹿』×5、『鳥』×5の戦力です。
熊は近距離パワーファイター。力が強く、誰かが一対一で押さえ込む必要があるでしょう。
鹿は連携しての突進を仕掛けてきますが、角が刃になっているので直接的な対策をとりながら戦いましょう。基本的には剣や盾などを打ち付けて直撃をさけるというものになると思われます。
鳥は空中からの射撃を行ないます。有効射程が短いためこちらが空を飛べないことによる不利はありません。上手によけて、反撃してください。
■■■アフターケア■■■
これはしてもしなくても構いませんが、村人たちは現状にたいしてとても不安がっています。
誠実かつ善良に暮らしていた人々ですが、シャンバラの思想が間違っているということや差別意識をなくすべきという流れに対して戸惑いがあったり、昔から信じてきたことが間違いだと言われたことで色々なものに対して不信感を持っている状態のようです。
自由騎士が心の支えになることで、彼らの不安は取り除かれることでしょう。
また、村の人々は(旧シャンバラにおける階級では)下位神民のノウブルで構成されていますが、亜人種との交流が無かっただけであって直接的差別意識を特に持っていません。
亜人種差別をやめるという方針に対して『そうなんだあ』位の感覚しかもっていないようです。直接亜人種(ないしはヨウセイ種)を見たとしても珍しがりこそすれ、差別意識やマイナス感情を抱くことはあまりないでしょう。
森林地帯です。
人間たちの使う道を利用せず、獣道を使って移動してくるようで、イブリースたちはある程度広い場所で合流しようとしています。
周辺の木々は多く、剣を振り回せる程度のスペースはありますが自由に駆け回るには少々木が邪魔になるでしょう。
逆に木々をうまく利用すれば戦闘を有利に進めることもできるはずです。
■■■エネミーデータ■■■
『熊』×2、『鹿』×5、『鳥』×5の戦力です。
熊は近距離パワーファイター。力が強く、誰かが一対一で押さえ込む必要があるでしょう。
鹿は連携しての突進を仕掛けてきますが、角が刃になっているので直接的な対策をとりながら戦いましょう。基本的には剣や盾などを打ち付けて直撃をさけるというものになると思われます。
鳥は空中からの射撃を行ないます。有効射程が短いためこちらが空を飛べないことによる不利はありません。上手によけて、反撃してください。
■■■アフターケア■■■
これはしてもしなくても構いませんが、村人たちは現状にたいしてとても不安がっています。
誠実かつ善良に暮らしていた人々ですが、シャンバラの思想が間違っているということや差別意識をなくすべきという流れに対して戸惑いがあったり、昔から信じてきたことが間違いだと言われたことで色々なものに対して不信感を持っている状態のようです。
自由騎士が心の支えになることで、彼らの不安は取り除かれることでしょう。
また、村の人々は(旧シャンバラにおける階級では)下位神民のノウブルで構成されていますが、亜人種との交流が無かっただけであって直接的差別意識を特に持っていません。
亜人種差別をやめるという方針に対して『そうなんだあ』位の感覚しかもっていないようです。直接亜人種(ないしはヨウセイ種)を見たとしても珍しがりこそすれ、差別意識やマイナス感情を抱くことはあまりないでしょう。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年06月02日
2019年06月02日
†メイン参加者 8人†
●日の差さぬ土にも草は生える
馬車の車輪ががたがたと揺れ、石を踏んでは上下する。
ひどくあれた道の様子は『平和の盾』ナバル・ジーロン(CL3000441)の目にも明らかだった。
頻繁に人が通らず、そして税金が使われる様子も無い。
市民たちはただ最低限の通行さえできればよいと舗装を諦めている。
「国の力ってのは道に出るもんだ……ってのは、どこで来た話だっけな」
軽馬車に骨と皮の天幕をつけただけの、スプリングもきいていない馬車の揺れに顔をしかめる。
端々の村にも気配りが届きやすいイ・ラプセルにくらべ、シャンバラの村々は多くの問題を蓄積していそうだった。
「この国にとってオレらってなんだったんだろうな……」
ナバルは時々戦争の意味を考える。
神による世界の滅びを避けるため、という理由は一般市民として暮らしたナバルにはピンとくるものではないらしく、一見して国をひどく破壊したように思えていた。
「許せないことも沢山あったけどさ、フツーの人たちには、悪いことしたなって感じがしてるんだよ」
「この人たちは実際、何も知らなかったのですしねー」
ある特定の層にとって、情報は力である。
スラム育ちの『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)にとっても、それは同じことだった。
知らないということは弱いということで、知らないということは奪われるということだ。
そこまで酷い目にあったわけでないにしろ、何も知らずにいたらフーリィンは今頃生きてはいなかっただろう。
「良くも悪くもミトラースの存在は大きく、それが失われた影響も大きいのでしょう。
それに係わった私達ですし、知らない顔も出来ませんよね」
「ま、そういうことだよな」
フーリィンは森に流れる暖かい空気に手を翳した。
知らないことは多いけれど、知っていることも沢山ある。
神のありかた。魔導の使い方。海の渡り方。確かに知らなくても生活はできただろうけれど……。
「考えられることが増えれば、機会も選択も増えるはずですよ」
さて、ここで実際的な状況を振り返ろう。
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)はコルクボードの上にピンを刺して、今回の迎撃陣形と迎撃ポイントについて話し合っていた。
「森林地帯のなかにある村を防衛するのがワシたちの任務じゃ。
イブリースの進行ルートは特定できておるから、ワシらは迎え撃つ形で……ここに展開する」
村とはずっと離れたポイントに赤いピンを刺すシノピリカ。
そこへリリアナ・アーデルトラウト(CL3000560)が熊さんのピンを刺した。
「えっと、敵は熊タイプと鹿タイプ、それと鳥タイプの三種類なんでしたよね」
「『熊』は力が強く、押さえこむメンバーが必要じゃ。ここにはワシたちが入ろう」
熊さんピンにイラストシールをはった黄色いピンを寄せるシノピリカ。
「しかし……まさか熊と正面からがっぷりと組み合うことになるとは。いやはや……」
「ゼッペロン……」
熊と戦うのは恐いのかな、という目で顔を覗き込むリリアナ。
「武者震いがするな!」
どうやら心配はいらないようだ。
『革命の』アダム・クランプトン(CL3000185)が穏やかに苦笑して、味方の展開図をピンで組み立てていく。
「前後衛の配置は作戦通りに。そして戦い方もいつもどおりだ。そう、いつも通り……」
アダムは目を瞑り、左腕の炸薬式のインパクトアームを撫でた。
「民を守る事こそ騎士の務め。そこがどこであれ、この想いが変わる事はないさ」
「よく言った。村人を守る。いつも通りのことじゃのぅ」
『アイギスの乙女』フィオレット・クーラ・スクード(CL3000559)もうんうんと頷いて、背負った大きな盾を揺すった。
盾が大きすぎるのか、それともフィオレットが小柄すぎるのか、どこか亀のような印象を持たせる。
「いかにも。どのような思想であれ、平穏に暮らしてきた村がイブリースに破壊される悲劇は避けねばならない」
『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は男らしいあごひげを中指で小さく撫でると、思い出したように金色の懐中時計を取り出した。
「人はひとりで生きられるほど強くはない。それゆえに階級があり、相互の関係を循環させることで国が成り立つ。シャンバラも少なからずそうであったとはいえ、完成したシステムとは言えなかった。イ・ラプセル式の庇護を、彼らに教え導く必要もあるだろうな」
それまでビスケットをかじって話を聞いていた『新緑の歌姫(ディーヴァ)』秋篠 モカ(CL3000531)が、水筒の水を飲み干して手を叩いた。
「村の皆さんを守るため、イブリース達を私達で倒しましょう!」
全ては結局、その一点にたどり着く。
世界をむしばむ歪みか、はたまた神の落とした悪意か。少なくとも人々のネガティブから生まれ出るイブリースを倒し、彼らを平和な明日へと導くのだ。
●獣の通り道
馬車のついた先で、無口な老人が道案内をした。
アダムやシノピリカたちはそのシチュエーションに既視感を覚えたが、目を合わせずあまり口を開かない様子に、あの場所との大きな違いを感じざるを得なかった。
自由騎士という存在が国の精神的支柱になっているイ・ラプセルと違い、シャンバラは今不安に揺らいでいる。
神を滅ぼし、国を制圧するということは、それらの責任を負うということでもあるように、彼らには思えた。
森の中に残され、近づく獣の足音を聞く。
相手もこちらの存在に感づいているのか、慎重に接近しているように感じた。
「配置完了。皆、あまり離れるな」
草に手を添え、獣道を確かめるアダム。
イブリースが出方を考えている、その間に――。
「『蒸気変形・連射の型(おーばーひーと・らぴっどふぁいあ)』――!」
吠えるように叫び、アダムは大地を殴りながら跳躍した。
炸裂による反動で跳躍し、木を蹴り枝を蹴り、茂みからこちらの様子を探ろうとしていたイブリースたちの上をとった。
エネルギーソードの右腕とインパクトアームの左腕がそれぞれ変形し、リボルバー弾倉のガンモードとなる。拳を突き下ろす姿勢で、全弾を払うように乱射。
着弾地点で爆発を起こした弾にあおられ、イブリースたちは驚いたように飛び退いた。
勿論、それを逃がすアダムたちではない。
フーリィンは爆風に煽られたイブリースたちの様子を確認して、突撃の合図を放った。
「皆さん、今です!」
魔力を治癒力に変換し、仲間の体力を補助する術式。フーリィンの得意とするところである。
「応……!」
シノピリカは補助の後押しを受けて熊型イブリースへ突撃。
咄嗟にこちらに対応する熊の打撃を、鋼の左腕を叩き付けることで相殺した。
「これが熊型のイブリース……なるほどのう!」
ベースは熊そのものだが、身体の各所に金色の鎧めいたものを纏い、眼球が全て金色に変色していた。
シャンバラによる庇護を喪った不安。その表われと言ったところだろう。
「もはやおぬしは必要ない。『我は汝の糧にあらず、汝の死なり』!」
シノピリカはまるで獣のように吠え、熊イブリースと猛烈に殴り合いを始めた。
それを横から妨害しようと突進するもう一体の熊イブリース。
が、しかし。
「やらせるかよ!」
鎧を纏ったナバルはライオットシールドをあえて横広に構えると、突進中の熊イブリースめがけて真横から突撃した。
例えば正面からの衝突に強い頑丈な馬車や蒸気自動車があったとしても、走行中真横から強い打撃を受けると無防備になってしまうものである。
金の鎧に包まれた熊イブリースといえど、それは例外ではなかった。
猛烈なナバルのタックルに押し倒され、草地を派手に転倒する。
それを予期して盾を横長に構えていたナバルは熊イブリースの上を転がるように反対側へ回り、盾裏にセットしていた槍を抜いて格闘姿勢へと転向した。
獣の性質か本能か、槍によってちくちくとつつかれてなお別の対象に注意を向けることはできないようだ。咆哮し殴りかかる熊イブリースの攻撃を盾で受け、ナバルはにやりと笑った。
「そうだ。どんどん打ってこい!」
ナバルやシノピリカが速攻で熊イブリースを抑えにいったことには当然わけがある。
フィオレットは馬車での作戦会議を思いだし、盾を背負うためのリュックサックバンドを外して前面に持ち替えた。
「くーたちは鹿の相手じゃ! リリアナさん、行くぞ!」
「は、はい!」
アダム、シノピリカ、ナバルが先行したことでこの三人が敵集団の真ん中にめりこんだ状態にある。
当然鹿イブリースや鳥イブリースたちは彼らを集中攻撃しようと迫るところだが、フィオレットたちはその動きこそを利用した。
巨大なフリスビーでも投げるように、もしくはハンマー投げ競技でも行なうように身体ごと回転して盾を投擲するフィオレット。
角が黄金の刃になり軽鎧を纏った鹿イブリースがそれに反応。
咄嗟に振り向いて盾をはじき返すが、猛烈に走り込んでジャンプしたフィオレットがそれをキャッチ、腕に装着すると展開レバーを握り込んだ。
ぶしゅんという蒸気機関の音と共に盾が倍ほどに巨大化。間を展開装甲が埋めることで身の丈を覆うほどの盾へと変わった。
鹿イブリースの突進をその盾で受けながら、リリアナに目で合図を送る。
リリアナはその後ろから猛烈に助走をつけ、フィオレットの背と肩を踏み台にして大きくジャンプ。
盾を裏から乗り越えると、鹿イブリースの背に跨がるようにして組み付いた。
振り落とそうと暴れる鹿イブリースに抵抗し、逆手に握り込んだ短剣を突き立てる。
鎧の間を抜くことに優れたスティレットは、彼女の組み付きを維持することにも優れていた。
「さ、下がってください!」
振り落とされないように両手の短剣と足でしっかりと鹿イブリースに組み付きながら、さらなる攻撃をしかけていくリリアナ。
その一方で、鳥イブリースが上空からの攻撃を始めていた。
鹿イブリースと平面的なぶつかりをするフィオレットたちの頭上から、金色の機銃からサブマシンガンのような射撃を仕掛けてくる。
「こいつは厄介じゃな……!」
「迎撃は任せておけ」
木の幹に身体をかくしていたテオドールは、手袋に刻んだ模様をなぞるように指で描き術式を発動。
素早く身体を晒すと、白く発光した手のひらの魔導放射板から空に向けて砲撃を行なった。
白い光が空に打ち上がり、周辺に電磁力場を展開。鳥イブリースが翼でとらえていた風をまるごと見出し、動きを強引に鈍らせる。
更に、手袋を強く握って圧縮された呪詛を唱えることで魔導の光を爆発させた。
「――『無慈悲たる不帰の奔流(ありとん・るーすれす)』」
明確な乱れ。明確な隙。
モカは助走をつけて飛び上がり、翼を展開して上空へと飛び上がった。
小さなバックラーを翳し、腰から下げたレイピアを抜く。
鳥イブリースの上をとると、すれ違うように背を切り裂いていった。
切り裂かれ血を流す鳥イブリース。
他の鳥イブリースたちが風を強引にきってターン。
モカも上や後ろをとろうと複雑に展開し、四方から三次元的な射撃をしかけてきた。
「負けません……!」
ナバルたちが熊イブリースを押さえている以上、鹿イブリースと鳥イブリースは残る六人だけで対処しなければならない。モカの責任もまた重大だ。
激しくバレルロール機動をとることで射撃を回避すると、鳥イブリースと高速ですれ違う。木々の上に出ると、急速にターンをかけて降下した。
モカの突きが、鳥イブリースの大きな肉体を貫いていく。
猛烈な射撃や鹿イブリースによる刃角の突撃に晒されるリリアナとフィオレット。
モカはそれを少しでも短くすべく、鳥イブリースを次々と切り裂いては天空をターンしていった。
身体を丸め、枝を蹴り、クイックターンをかけるモカ。
正面からにらみ合った鳥イブリースの射撃をバックラーで最低限しのぎつつ突進し、レイピアを鳥イブリースへと突き立てた。
胴体を貫く剣。
そのまま自重を使って自由降下し、大地に剣を突き立てんばかりに着地した。
鳥イブリースは二度ほど翼を動かしたのち、地面に縫い付けられたまま動かなくなる。
ハッとして、モカが振り返った。
「フーリィンさん! 後ろです!」
呼びかけられたことで慌てて反転するフーリィン。
大きく回り込んだ鹿イブリースがフーリィンめがけて突進を仕掛けてくるのがわかった。
直撃をうければただではすまない。
が、防御姿勢をとることはなかった。
割り込むように右手の剣を突き出したアダムが鹿イブリースの突撃を正面から受けたからだ。
物理エネルギーをこらえるべく踵で土をえぐりながら、刃角に剣を食い込ませて踏ん張るアダム。
「フォローを!」
「任せてください!」
フーリィンはぐっと片手でガッツポーズをとると、腕輪を撫でるように手を触れた。
あふれ出る力がそのまま癒しの力となり、アダムのダメージを急速に回復させていく。
アダムは鹿イブリースの衝撃を完全に押さえ込むと、左腕を鹿イブリースの脇腹へと叩き付けた。
弾薬が炸裂し、鎧を破壊して内蔵までを打ち抜いていく。
「そろそろ仕上げだな」
ナバルは汗の流れるヘルメット内で顔をしかめつつ、熊イブリースに槍による突撃を仕掛けた。
槍という武器が古来より重宝される理由は、リーチの長さとは別に『動きを阻む』効果があるからである。馬でも熊でも、槍に刺されれば身をよじることが困難になる。これを複数人で行なうことで無傷で完封することも理論上は可能、なのだ。
リリアナとフィオレットが別々の方向から突撃を開始。
熊イブリースに短剣を突き立て、盾で殴りつけ、無理矢理に動きを止める。
その一方で、テオドールは再び手袋に魔導術式を描き青白く発光させていた。
「シノピリカ嬢、避けろ」
「――!」
絶好のタイミングで放たれたテオドールのコキュートス術式が発動。
放射された青白い光が熊イブリースに直撃し、精神と肉体を鎧ごと凍てつかせた。
転がるようにかわしたシノピリカは左腕にエネルギーを集中。
「トドメじゃ」
立ち上がりと共に繰り出されたアッパーカットが、熊イブリースに直撃。
肘部から噴出される蒸気によって推進した拳が、熊イブリースの巨体を豪快に殴り飛ばした。
●支柱となるもの
「お裾分けです!」
倒した熊イブリースからその歪みを取り払われ、ただの熊の死体となり果てる。それがアクアディーネの権能である。
自ら意図したことではないとはいえ殺してしまったことへの責任として、ナバルは熊の死体を担いで村へと持ち込んだ。
熊に捨てるところなしと言われるほど、森の民にとって熊は貴重な資源である。
「イブリース化していたものを食べる……か」
テオドールはどこか複雑そうな顔で村人たちの対応を眺めていた。
世の中には喰うことによって恐怖を克服するという文化があるというが……。
「ま、これも責任だよ、責任。熊や鹿も好きで暴れたわけじゃないしな」
解体作業を一通り手伝いながら、ナバルはタオルで汗をぬぐった。
テオドールはその様子に、複雑ながらも頷いた。
「イブリースは不安や恐怖、負の感情を強く持つ場所に現れやすい。それらを全く無くせというのは無理な話だが、我々も手は差し伸べられる」
頼る先があれば、きっと不安も晴れるだろう。
夜は宴が催された。
弦楽器の演奏にのってモカが舞い踊り、大人たちは酒と沢山の肉で歌った。
フーリィンはたき火のそばで絵本を開いて子供たちに神やイブリースの事実を伝え、リリアナやフィオレットたちもその中に混じって語り聞かせる手伝いをしていた。
一方で、シノピリカやアダムはシャンバラの田舎暮らしではまず見たことが無いらしいキジンの性質について説明していた。
「怖い物でも邪悪な存在でもないのじゃ。この通り」
村人たちはそもそもの知識がなかったためか、キジンの存在を比較的スムーズに受け入れたようだ。
それ以上にイブリースから守る自由騎士という存在に、感謝や憧れを抱いているようにも見える。
アダムはそんな様子を眺めながら、胸に手をやった。
(目指すべき場所へと一歩ずつ進もう 権能の呪縛もない今なら、進めるはずだ……)
歌と音楽が、夜の空へと登っていくかのようだ。
馬車の車輪ががたがたと揺れ、石を踏んでは上下する。
ひどくあれた道の様子は『平和の盾』ナバル・ジーロン(CL3000441)の目にも明らかだった。
頻繁に人が通らず、そして税金が使われる様子も無い。
市民たちはただ最低限の通行さえできればよいと舗装を諦めている。
「国の力ってのは道に出るもんだ……ってのは、どこで来た話だっけな」
軽馬車に骨と皮の天幕をつけただけの、スプリングもきいていない馬車の揺れに顔をしかめる。
端々の村にも気配りが届きやすいイ・ラプセルにくらべ、シャンバラの村々は多くの問題を蓄積していそうだった。
「この国にとってオレらってなんだったんだろうな……」
ナバルは時々戦争の意味を考える。
神による世界の滅びを避けるため、という理由は一般市民として暮らしたナバルにはピンとくるものではないらしく、一見して国をひどく破壊したように思えていた。
「許せないことも沢山あったけどさ、フツーの人たちには、悪いことしたなって感じがしてるんだよ」
「この人たちは実際、何も知らなかったのですしねー」
ある特定の層にとって、情報は力である。
スラム育ちの『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)にとっても、それは同じことだった。
知らないということは弱いということで、知らないということは奪われるということだ。
そこまで酷い目にあったわけでないにしろ、何も知らずにいたらフーリィンは今頃生きてはいなかっただろう。
「良くも悪くもミトラースの存在は大きく、それが失われた影響も大きいのでしょう。
それに係わった私達ですし、知らない顔も出来ませんよね」
「ま、そういうことだよな」
フーリィンは森に流れる暖かい空気に手を翳した。
知らないことは多いけれど、知っていることも沢山ある。
神のありかた。魔導の使い方。海の渡り方。確かに知らなくても生活はできただろうけれど……。
「考えられることが増えれば、機会も選択も増えるはずですよ」
さて、ここで実際的な状況を振り返ろう。
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)はコルクボードの上にピンを刺して、今回の迎撃陣形と迎撃ポイントについて話し合っていた。
「森林地帯のなかにある村を防衛するのがワシたちの任務じゃ。
イブリースの進行ルートは特定できておるから、ワシらは迎え撃つ形で……ここに展開する」
村とはずっと離れたポイントに赤いピンを刺すシノピリカ。
そこへリリアナ・アーデルトラウト(CL3000560)が熊さんのピンを刺した。
「えっと、敵は熊タイプと鹿タイプ、それと鳥タイプの三種類なんでしたよね」
「『熊』は力が強く、押さえこむメンバーが必要じゃ。ここにはワシたちが入ろう」
熊さんピンにイラストシールをはった黄色いピンを寄せるシノピリカ。
「しかし……まさか熊と正面からがっぷりと組み合うことになるとは。いやはや……」
「ゼッペロン……」
熊と戦うのは恐いのかな、という目で顔を覗き込むリリアナ。
「武者震いがするな!」
どうやら心配はいらないようだ。
『革命の』アダム・クランプトン(CL3000185)が穏やかに苦笑して、味方の展開図をピンで組み立てていく。
「前後衛の配置は作戦通りに。そして戦い方もいつもどおりだ。そう、いつも通り……」
アダムは目を瞑り、左腕の炸薬式のインパクトアームを撫でた。
「民を守る事こそ騎士の務め。そこがどこであれ、この想いが変わる事はないさ」
「よく言った。村人を守る。いつも通りのことじゃのぅ」
『アイギスの乙女』フィオレット・クーラ・スクード(CL3000559)もうんうんと頷いて、背負った大きな盾を揺すった。
盾が大きすぎるのか、それともフィオレットが小柄すぎるのか、どこか亀のような印象を持たせる。
「いかにも。どのような思想であれ、平穏に暮らしてきた村がイブリースに破壊される悲劇は避けねばならない」
『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は男らしいあごひげを中指で小さく撫でると、思い出したように金色の懐中時計を取り出した。
「人はひとりで生きられるほど強くはない。それゆえに階級があり、相互の関係を循環させることで国が成り立つ。シャンバラも少なからずそうであったとはいえ、完成したシステムとは言えなかった。イ・ラプセル式の庇護を、彼らに教え導く必要もあるだろうな」
それまでビスケットをかじって話を聞いていた『新緑の歌姫(ディーヴァ)』秋篠 モカ(CL3000531)が、水筒の水を飲み干して手を叩いた。
「村の皆さんを守るため、イブリース達を私達で倒しましょう!」
全ては結局、その一点にたどり着く。
世界をむしばむ歪みか、はたまた神の落とした悪意か。少なくとも人々のネガティブから生まれ出るイブリースを倒し、彼らを平和な明日へと導くのだ。
●獣の通り道
馬車のついた先で、無口な老人が道案内をした。
アダムやシノピリカたちはそのシチュエーションに既視感を覚えたが、目を合わせずあまり口を開かない様子に、あの場所との大きな違いを感じざるを得なかった。
自由騎士という存在が国の精神的支柱になっているイ・ラプセルと違い、シャンバラは今不安に揺らいでいる。
神を滅ぼし、国を制圧するということは、それらの責任を負うということでもあるように、彼らには思えた。
森の中に残され、近づく獣の足音を聞く。
相手もこちらの存在に感づいているのか、慎重に接近しているように感じた。
「配置完了。皆、あまり離れるな」
草に手を添え、獣道を確かめるアダム。
イブリースが出方を考えている、その間に――。
「『蒸気変形・連射の型(おーばーひーと・らぴっどふぁいあ)』――!」
吠えるように叫び、アダムは大地を殴りながら跳躍した。
炸裂による反動で跳躍し、木を蹴り枝を蹴り、茂みからこちらの様子を探ろうとしていたイブリースたちの上をとった。
エネルギーソードの右腕とインパクトアームの左腕がそれぞれ変形し、リボルバー弾倉のガンモードとなる。拳を突き下ろす姿勢で、全弾を払うように乱射。
着弾地点で爆発を起こした弾にあおられ、イブリースたちは驚いたように飛び退いた。
勿論、それを逃がすアダムたちではない。
フーリィンは爆風に煽られたイブリースたちの様子を確認して、突撃の合図を放った。
「皆さん、今です!」
魔力を治癒力に変換し、仲間の体力を補助する術式。フーリィンの得意とするところである。
「応……!」
シノピリカは補助の後押しを受けて熊型イブリースへ突撃。
咄嗟にこちらに対応する熊の打撃を、鋼の左腕を叩き付けることで相殺した。
「これが熊型のイブリース……なるほどのう!」
ベースは熊そのものだが、身体の各所に金色の鎧めいたものを纏い、眼球が全て金色に変色していた。
シャンバラによる庇護を喪った不安。その表われと言ったところだろう。
「もはやおぬしは必要ない。『我は汝の糧にあらず、汝の死なり』!」
シノピリカはまるで獣のように吠え、熊イブリースと猛烈に殴り合いを始めた。
それを横から妨害しようと突進するもう一体の熊イブリース。
が、しかし。
「やらせるかよ!」
鎧を纏ったナバルはライオットシールドをあえて横広に構えると、突進中の熊イブリースめがけて真横から突撃した。
例えば正面からの衝突に強い頑丈な馬車や蒸気自動車があったとしても、走行中真横から強い打撃を受けると無防備になってしまうものである。
金の鎧に包まれた熊イブリースといえど、それは例外ではなかった。
猛烈なナバルのタックルに押し倒され、草地を派手に転倒する。
それを予期して盾を横長に構えていたナバルは熊イブリースの上を転がるように反対側へ回り、盾裏にセットしていた槍を抜いて格闘姿勢へと転向した。
獣の性質か本能か、槍によってちくちくとつつかれてなお別の対象に注意を向けることはできないようだ。咆哮し殴りかかる熊イブリースの攻撃を盾で受け、ナバルはにやりと笑った。
「そうだ。どんどん打ってこい!」
ナバルやシノピリカが速攻で熊イブリースを抑えにいったことには当然わけがある。
フィオレットは馬車での作戦会議を思いだし、盾を背負うためのリュックサックバンドを外して前面に持ち替えた。
「くーたちは鹿の相手じゃ! リリアナさん、行くぞ!」
「は、はい!」
アダム、シノピリカ、ナバルが先行したことでこの三人が敵集団の真ん中にめりこんだ状態にある。
当然鹿イブリースや鳥イブリースたちは彼らを集中攻撃しようと迫るところだが、フィオレットたちはその動きこそを利用した。
巨大なフリスビーでも投げるように、もしくはハンマー投げ競技でも行なうように身体ごと回転して盾を投擲するフィオレット。
角が黄金の刃になり軽鎧を纏った鹿イブリースがそれに反応。
咄嗟に振り向いて盾をはじき返すが、猛烈に走り込んでジャンプしたフィオレットがそれをキャッチ、腕に装着すると展開レバーを握り込んだ。
ぶしゅんという蒸気機関の音と共に盾が倍ほどに巨大化。間を展開装甲が埋めることで身の丈を覆うほどの盾へと変わった。
鹿イブリースの突進をその盾で受けながら、リリアナに目で合図を送る。
リリアナはその後ろから猛烈に助走をつけ、フィオレットの背と肩を踏み台にして大きくジャンプ。
盾を裏から乗り越えると、鹿イブリースの背に跨がるようにして組み付いた。
振り落とそうと暴れる鹿イブリースに抵抗し、逆手に握り込んだ短剣を突き立てる。
鎧の間を抜くことに優れたスティレットは、彼女の組み付きを維持することにも優れていた。
「さ、下がってください!」
振り落とされないように両手の短剣と足でしっかりと鹿イブリースに組み付きながら、さらなる攻撃をしかけていくリリアナ。
その一方で、鳥イブリースが上空からの攻撃を始めていた。
鹿イブリースと平面的なぶつかりをするフィオレットたちの頭上から、金色の機銃からサブマシンガンのような射撃を仕掛けてくる。
「こいつは厄介じゃな……!」
「迎撃は任せておけ」
木の幹に身体をかくしていたテオドールは、手袋に刻んだ模様をなぞるように指で描き術式を発動。
素早く身体を晒すと、白く発光した手のひらの魔導放射板から空に向けて砲撃を行なった。
白い光が空に打ち上がり、周辺に電磁力場を展開。鳥イブリースが翼でとらえていた風をまるごと見出し、動きを強引に鈍らせる。
更に、手袋を強く握って圧縮された呪詛を唱えることで魔導の光を爆発させた。
「――『無慈悲たる不帰の奔流(ありとん・るーすれす)』」
明確な乱れ。明確な隙。
モカは助走をつけて飛び上がり、翼を展開して上空へと飛び上がった。
小さなバックラーを翳し、腰から下げたレイピアを抜く。
鳥イブリースの上をとると、すれ違うように背を切り裂いていった。
切り裂かれ血を流す鳥イブリース。
他の鳥イブリースたちが風を強引にきってターン。
モカも上や後ろをとろうと複雑に展開し、四方から三次元的な射撃をしかけてきた。
「負けません……!」
ナバルたちが熊イブリースを押さえている以上、鹿イブリースと鳥イブリースは残る六人だけで対処しなければならない。モカの責任もまた重大だ。
激しくバレルロール機動をとることで射撃を回避すると、鳥イブリースと高速ですれ違う。木々の上に出ると、急速にターンをかけて降下した。
モカの突きが、鳥イブリースの大きな肉体を貫いていく。
猛烈な射撃や鹿イブリースによる刃角の突撃に晒されるリリアナとフィオレット。
モカはそれを少しでも短くすべく、鳥イブリースを次々と切り裂いては天空をターンしていった。
身体を丸め、枝を蹴り、クイックターンをかけるモカ。
正面からにらみ合った鳥イブリースの射撃をバックラーで最低限しのぎつつ突進し、レイピアを鳥イブリースへと突き立てた。
胴体を貫く剣。
そのまま自重を使って自由降下し、大地に剣を突き立てんばかりに着地した。
鳥イブリースは二度ほど翼を動かしたのち、地面に縫い付けられたまま動かなくなる。
ハッとして、モカが振り返った。
「フーリィンさん! 後ろです!」
呼びかけられたことで慌てて反転するフーリィン。
大きく回り込んだ鹿イブリースがフーリィンめがけて突進を仕掛けてくるのがわかった。
直撃をうければただではすまない。
が、防御姿勢をとることはなかった。
割り込むように右手の剣を突き出したアダムが鹿イブリースの突撃を正面から受けたからだ。
物理エネルギーをこらえるべく踵で土をえぐりながら、刃角に剣を食い込ませて踏ん張るアダム。
「フォローを!」
「任せてください!」
フーリィンはぐっと片手でガッツポーズをとると、腕輪を撫でるように手を触れた。
あふれ出る力がそのまま癒しの力となり、アダムのダメージを急速に回復させていく。
アダムは鹿イブリースの衝撃を完全に押さえ込むと、左腕を鹿イブリースの脇腹へと叩き付けた。
弾薬が炸裂し、鎧を破壊して内蔵までを打ち抜いていく。
「そろそろ仕上げだな」
ナバルは汗の流れるヘルメット内で顔をしかめつつ、熊イブリースに槍による突撃を仕掛けた。
槍という武器が古来より重宝される理由は、リーチの長さとは別に『動きを阻む』効果があるからである。馬でも熊でも、槍に刺されれば身をよじることが困難になる。これを複数人で行なうことで無傷で完封することも理論上は可能、なのだ。
リリアナとフィオレットが別々の方向から突撃を開始。
熊イブリースに短剣を突き立て、盾で殴りつけ、無理矢理に動きを止める。
その一方で、テオドールは再び手袋に魔導術式を描き青白く発光させていた。
「シノピリカ嬢、避けろ」
「――!」
絶好のタイミングで放たれたテオドールのコキュートス術式が発動。
放射された青白い光が熊イブリースに直撃し、精神と肉体を鎧ごと凍てつかせた。
転がるようにかわしたシノピリカは左腕にエネルギーを集中。
「トドメじゃ」
立ち上がりと共に繰り出されたアッパーカットが、熊イブリースに直撃。
肘部から噴出される蒸気によって推進した拳が、熊イブリースの巨体を豪快に殴り飛ばした。
●支柱となるもの
「お裾分けです!」
倒した熊イブリースからその歪みを取り払われ、ただの熊の死体となり果てる。それがアクアディーネの権能である。
自ら意図したことではないとはいえ殺してしまったことへの責任として、ナバルは熊の死体を担いで村へと持ち込んだ。
熊に捨てるところなしと言われるほど、森の民にとって熊は貴重な資源である。
「イブリース化していたものを食べる……か」
テオドールはどこか複雑そうな顔で村人たちの対応を眺めていた。
世の中には喰うことによって恐怖を克服するという文化があるというが……。
「ま、これも責任だよ、責任。熊や鹿も好きで暴れたわけじゃないしな」
解体作業を一通り手伝いながら、ナバルはタオルで汗をぬぐった。
テオドールはその様子に、複雑ながらも頷いた。
「イブリースは不安や恐怖、負の感情を強く持つ場所に現れやすい。それらを全く無くせというのは無理な話だが、我々も手は差し伸べられる」
頼る先があれば、きっと不安も晴れるだろう。
夜は宴が催された。
弦楽器の演奏にのってモカが舞い踊り、大人たちは酒と沢山の肉で歌った。
フーリィンはたき火のそばで絵本を開いて子供たちに神やイブリースの事実を伝え、リリアナやフィオレットたちもその中に混じって語り聞かせる手伝いをしていた。
一方で、シノピリカやアダムはシャンバラの田舎暮らしではまず見たことが無いらしいキジンの性質について説明していた。
「怖い物でも邪悪な存在でもないのじゃ。この通り」
村人たちはそもそもの知識がなかったためか、キジンの存在を比較的スムーズに受け入れたようだ。
それ以上にイブリースから守る自由騎士という存在に、感謝や憧れを抱いているようにも見える。
アダムはそんな様子を眺めながら、胸に手をやった。
(目指すべき場所へと一歩ずつ進もう 権能の呪縛もない今なら、進めるはずだ……)
歌と音楽が、夜の空へと登っていくかのようだ。