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キッシェ・アカデミー教養ゼミ「鎮魂の花言葉」



●キッシェ・アカデミー教養ゼミの開講

「近年、イ・ラプセルを巡る情勢は危うい。こういう時期だからこそ、兵士には教養が必要なのだ。我らキッシェ・アカデミーも自由騎士団の活動にもっと積極的に貢献するべきではないか、との意見が前々より教授会から出ていてね……」

 キッシェ・アカデミーの教養部門を司る学部長は、威厳ある口調で若手のとある学者に語りかける。

「そこでね。近々、自由騎士団向けの教養ゼミを開講しようという運びになったのだよ。それで、だ、レオ先生。君に教養ゼミを担当してもらえないかという話が出ているのだが……。引き受けてくれないかな?」

「レオ先生」と呼ばれたその若き『魔導科学者』レオ・キャベンディシュ(nCL3000043)は、
ネコミミをぴくりと動かし、メガネの奥で黄色い瞳が燃えていた。

「はい。私でよろしければ、ぜひお引き受けしたいありがたい話です。ですが、私は今まで研究ばかりしていましたので、教員という意味での先生をやったことがありません。また、教養ゼミとのことですが、内容的にはどういったことを教えれば良いのでしょうか?」

 学部長は、笑顔で頷いて答える。

「うむ。良い返事だ。当校にいながらはぐれ学者の君にも、ぜひ一度、教員をやってもらいたいと我々も考えていたのだ。君は確かに若いが、その点は時間をかけて努力して教員らしくなれば良い。あと、教養ゼミの内容だが、君に一任しよう。オラクル自由騎士団の方々が学ぶに相応しい内容のゼミにしてもらえれば、こちらとしても不満はないよ」

 レオは背筋を改めて、謹んでお受け致します、と確かな口調で決意を伝えた。
 この日、この時をもって、レオ・キャベンディシュによる教養ゼミの開催が決定した。

●教養ゼミ「鎮魂の花言葉」

 教養ゼミの最初の授業が始まった。
 秋空が気持ち良いある日の午後1時、キッシェの図工室でゼミ生が集まった。

「では、皆さん、お集りになりましたので、さっそく授業を始めさせて頂きます。このたびは、私共、キッシェ・アカデミーが開催する教養ゼミにご参加頂き、誠にありがとうございます。教養ゼミの担当を務めさせて頂くのは、私、レオ・キャベンディシュです。『魔導科学』という聞きなれない分野の研究が専門ですが、こうして教養ゼミの教員として皆さんの前に立つことができ、大変光栄に思います」

 さて、とレオはメガネをかけ直す。

「初回のゼミのタイトルは『鎮魂の花言葉』です。皆さん、花言葉で『鎮魂』の意味を持つ植物をご存知ですか? …………、そう、正解です。『イチョウ』です。『イチョウ』とは、イチョウ科イチョウ属に属している裸子植物のあのイチョウです。もともとは央華大陸原産の植物です。『鎮魂』の由来は、央華大陸の民話にあります。
 民話では……。昔、とある娘さんがイチョウの花を探すために三晩家を空けてしまいました。そんな娘さんですが……彼女が男性と会うため家を空けていたと勘違いした酔っ払いの父親によって、斬り殺されてしまいました。その娘さんの魂を鎮めるのがイチョウの花言葉の由来とも言われています……」

 レオの講義は続く。

「また、アマノホカリの方でも、榊(さかき)という植物を先祖の霊に供える風習があったりもします。この風習は、イ・ラプセルの方では、イチョウの一枝を慰霊として供える風習に置き換わっています。そう、今回ゼミで扱いたいのはまさにそれです。図工室に集まって頂きましたが、まず授業の前半ではお供え用のイチョウを皆さんに加工して頂きます。その後、キッシェ・カタコンベへ移って、お墓参りをします。
 なお、イチョウを供えることで、還りビトの発生を防げるなどの特殊効果はありません。それでも民俗学では、慰霊の意味があります。加工をすることで、より魂を鎮められるとも言われています。そういうわけで、さっそくですが、イチョウの加工から始めましょうか?」

 本日、キッシェ・アカデミーの教養ゼミが半日スパンで開かれている。
 秋が深まる麗らかな日の午後、一緒に教養を深めてみてはいかがだろう?


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
日常α
■成功条件
1.イチョウを加工し、キッシェ・カタコンベに供える。
お陰様で3本目のシナリオリリースとなります。
秋のガーデニングに勤しむST、ヤトノカミです。

<キッシェ・アカデミーの紹介>

さて今回ですが、キッシェ・アカデミーからのシナリオ依頼となります。
キッシェ・アカデミーって、聞きなれない学校名かもしれませんが、イ・ラプセルにあるんです、そういう学校!
詳しくは公式マニュアルの世界観説明で出ていますが、要するに貴族が経営している教養系の学校です。自由騎士団の皆さんにも公開されているゼミなどがありますので、今回のシナリオみたいな感じでこの学校に参加することもできます。

<概略>

では、今回のシナリオに関する実際的な話に移ります。

今回の教養ゼミでやることは大きく分けて2つあります。

1.「鎮魂の花言葉」の意味を持つイチョウ1枝の加工。
2.その「イチョウ」を持って「キッシェ・カタコンベ」でお供えをすること。

この2点のステップがシナリオクリアに必要です。

<当日のスケジュール予定情報など>

・午後1時 キッシェの図工室に集合。イチョウの加工作業。
・午後3時 キッシェ・カタコンベへ移動。お墓参り。
・午後4時 授業終了。現地解散。

・天候は秋空が気持ち良いよく晴れた日。
・場所は、キッシェ・アカデミーの図工室と学校裏にあるカタコンベ。

<具体的な「プレイング」について>

今回、皆さんにやって頂きたい「プレイング」は【A】(図工室)と【B】(カタコンベ)の2パートに分かれます。【A】と【B】どちらも「プレイング」入力をお願いします。(どちらかがない場合、その箇所が描写されないこともあります)

【A】

皆さんは、キッシェ・アカデミーの図工室からゲームを開始します。
担当教員のレオからイチョウ1枝(紅葉した黄色の葉付き)を受け取りますので、これを加工します。

加工する器材や用具などは図工室に一通りそろっています。
以下、例をあげますと……。

・絵の具や筆で加工(イチョウの葉に色が塗れます。丁寧で細かい加工におススメ)
・カラーリング加工機(イチョウ1枝全体に色を付けます。大雑把で早い加工におススメ)
・フリーズドライ加工機(イチョウをフリーズドライにできます)
・防腐剤加工(イチョウを枯れにくくします。液状です)
・お香加工(イチョウにお線香のような匂いを付けます。粉状です)

特にこうしないといけない、という加工方法はありません。
皆さんのお好きなようにご自由にイチョウを加工できます。

また、お供えをする際に、イチョウをそのままお墓や慰霊碑に置くこともできますが、「容器」に入れてお供えすることもできます。その場合、容器も図工室でもらえますので、加工することもできます。容器の加工は上記の「絵の具や筆で加工」や「カラーリング加工機」の他、「ピーズや貝殻」などを容器に貼ることもできます。その辺もご自由にどうぞ。

パートAの図工室での制限時間は2時間です。2時間以内に終わる加工でお願いします。

【B】

図工室での加工が終わったら、全員でキッシェ・アカデミー敷地にある「キッシェ・カタコンベ」(地下墓地)へ移動します。(学校裏門から歩いて数分から十数分程度の場所)

地理的なことを言いますと、「キッシェ・カタコンベ」は地上がちょっとした庭園になっていて、地下が広々とした威厳のある地下墓地になっています。ゼミ生8人参加+教員レオの9人の場合であっても、ゆったりとしたスペースでお参りができます。

キッシェのカタコンベには、キッシェ家や当校に関係する者たちが埋まっています。

・学長アルブレヒト・キッシェゆかりのキッシェ家代々の墓。(現学長は生きています)
・キッシェ家に貢献した家令やメイドなどの墓。
・キッシェ・アカデミーに貢献した教員や学者などの墓。
・キッシェ・カタコンベ地上の中央にそびえ立つ大きな慰霊碑。

上記のどれかにお参りができます。

特にお参りしたいお墓がある場合は、そのお墓へイチョウを供えます。
特にお参りしたいお墓がない場合は、慰霊碑へイチョウを供えます。
それぞれお参りして、鎮魂の祈りを捧げます。
(「鎮魂の祈りの言葉」や「故人への思い」を「プレイング」で入力してもいいですね)

なお過去シナリオやステータスシートからキッシェと関係のあるPCさんは、「キッシェ・カタコンベ」の存在が既知設定でもかまいません。また、その場合、お参りしたいお墓に埋まっている人と既知設定もできます。(無理のない範囲で)

パートBのお参りは1時間かからない程度です。終わったら現地解散で本日の授業は終了です。

<NPC紹介>

今回からレオ・キャベンディシュというキッシェ・アカデミーの教員NPCが登場です。
ネコミミで、メガネで、学究肌の優男です。
彼は、オラクルの皆さんや学生さんが好きですので、気兼ねなく話しかけることができます。
「リプレイ」で特に彼と絡みたい方は、「プレイング」入力があれば可能な限り対応します。
(基本的に彼の役割は、司会進行です)

レオとお話をするとき、皆さんのPCさんの口調はそのままでも大丈夫です。
「キャベンディシュ先生」よりも「レオ先生」の方が呼ばれ慣れているそうです。

<サポート参加の場合>

サポート要員で参加される方は、ゼミ生モブ、お墓参りモブ、お墓掃除モブなどがおススメです。

<EXについて>

アドリブや他のPCさんとの絡みが特に欲しい方はEXで「アドリブ歓迎」や「絡み歓迎」など一言ください。


解説は以上です。
では、よろしくお願いいたします。
状態
完了
報酬マテリア
2個  1個  1個  1個
16モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2018年10月03日

†メイン参加者 8人†



●イチョウの加工

 兎頭のティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、真剣に講義内容を羊皮紙のノートに取っていた。

(へぇ? 鎮魂効果を高めるためイチョウを加工するのですか? 私がやっている錬金術の調合実験みたいなものでしょうか?)

「皆さん、イチョウを配りますよ? 制限時間は2時間です! 私は巡回していますので、質問があれば遠慮なく聞いてくださいね?」

 ティラミスは、担当教員の『魔導科学者』レオ・キャベンディシュ(nCL3000043)からイチョウを受け取るとさっそく質問。

「時間配分は、イチョウと容器の加工で1時間ずつ……? あ、でも乾燥に時間のかかる色塗りを先にした方が良いですか? うぅん、どうしましょう、先生?」

 レオがにこにこしていると、ティラミスと同じ丸テーブルで隣の席に座っている『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)が、静かに手を挙げた。

「レオ先生、あの……。ボタニカルキャンドルを作れれば良いけれど……。ロウを溶かすところから始めると、時間制限的にどうなのかしらね?」

 レオは、図工室の戸棚から瓶を取り出して、アリアに手渡した。

「できますよ? やり方を工夫すればね。例えば、この瓶にジェルを入れるでしょう? ジェルの中には、防腐剤とイチョウを混ぜましょう。で、瓶の真ん中にロウソクの小瓶を入れるんです。お香付きロウソクもありますので、どうぞ」

 そのやり取りを見ていたティラミスは……。

「そう、それです! ボタニカルキャンドルならば、イチョウと容器の加工が同時にできるんです!」

 レオは、ティラミスの分の瓶も、はい、どうぞ、と渡した。

 アリアはお隣さんに優しく問いかける。

「あら? 同じ作業になるわね? 一緒にやってみる?」
「はい、もちろんです!」

***

 アリアたちが隣で作業しているのをじっと見ていた『ヘヴィガンナー』ヒルダ・アークライト(CL3000279)はアイデアを思いつき、席を立った。
 彼女がイチョウを手に持って向かった先はフリーズドライ加工機だ。

「レオ先生~! この機械、どうやって使うのかしら?」

 その機械はシュレッダーに似ていた。レオの説明によると、細くて長いゾーンに植物をそのまま入れるらしい。ただし、落とすと危険なので、取っ手の先端部分はヒルダが手に持つ。

 ガガガガガ!!
 加工機の中でイチョウが一瞬で凍り、水分が蒸発して、フリーズドライになった!

「わわ!? すごいわね、これ? どうなってるの?」

 ヒルダの疑問にレオが答える。

「マイナス30℃で、一瞬で凍結します。圧縮して真空状態にした上、水分を蒸発させて乾燥させたのです」

 もうひと手間加えたいとヒルダは思った。

「お香ももらえるかしら?」
「ええ、こちらですよ、どうぞ」

 ヒルダは席に戻ると、お香の粉末をイチョウにペタペタと塗ってみた。

「う、うん? こんな感じね? アマノホカリ産のお線香の匂いね?」

 ヒルダが作業している隣で、アリアとティラミスは着々とキャンドルを完成させていた。

「ねえ、アリアさん? イチョウは枝ごと切った上でジェルに入れればいいのですか?」
「ん? 枝はいらないと思うよ? 葉っぱ部分だけをジェルに埋めていくのかな?」

 二人が黙々と作業している中、ヒルダは余裕だ。

「じゃ~ん! 完成よ! 色を着けるのも悪くなさそうだけど……。自然の物ならやっぱり自然の形と色のままの方がいいかなって思ったから、あえてこのままよ!」

 ヒルダは自慢げに二人に見せた。
 アリアが驚く。

「ヒルダちゃん、早すぎ!? あ? でもアート的な加工じゃないんだね?」
「べ、別に絵心に自信がないとかそういう話じゃないから!」

 その後、早めに終わったヒルダは、アリアたちをせっせと手伝った。
 アリアたちも作業が進み、ほっとした。

***

 孤児院出身のヒーラー、フーリィン・アルカナム(CL3000403)は、レオからイチョウを受け取ると、すぐに防腐剤を取りに行った。
 防腐剤は、バケツ一杯の中に液状で入っている。

 フーリィンは、レオの指示を仰ぐ。
 そして、イチョウをバケツの中でびちゃびちゃと浸した後、蒸気ドライヤーの低温で軽く乾かせてみた。
 傍にいるレオに質問もする。

「先ほどの講義では、イチョウの花言葉は『鎮魂』です、とレオ先生はおっしゃいました。ですが、花言葉って、複数の意味を持つ植物もありますよね? もしかして、イチョウにも他の花言葉があったりしますか?」

 レオはメガネをかけ直して答える。

「イチョウはとても長生きです。樹齢千年以上のものもあるんです。ですので『長寿』の花言葉もありますね」

 へぇ、とフーリィンはレオの話を聞きながらも、無事に加工を終えることができた。

「お供え用とは別にもう1枝頂けないでしょうか?」
「ふむ? なぜですか?」

「孤児院の弟や妹たちに見せてあげたいんです! レオ先生から受けた講義の内容と合わせて語ろうかと。まあ、実を言えば、姉の凄さをアピールして、きちんとマウントを取ろうと思いまして!」

 あはは、と二人で声を合わせて笑ってしまった。

「1枝、余りがあります。本日、サブロウタさんという方も引き続き出席する予定だったのですが、早退されました。その分を差し上げますよ。ぜひお持ち帰って、ご家族の皆さんに教えてあげてくださいね」

 本日の講義前半では、『書架のウテナ』サブロウタ リキュウイン(CL3000312)も出席していた。だが、彼のもとに政治家の使いが来て……。「申し訳ありません! 政治家見習いの仕事で急用が入りましたので、早退します!」とのことであった。

 新しいイチョウを受け取ると、フーリィンは再び加工作業に取り掛かった。

***

 絵筆を使ってイチョウの枝や葉に鮮やかな色を着けていくのは、『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)だ。彼が今、黙々と着色している色は、黄色の強い赤、銀朱である。

(花言葉か……。幾つか習ったが、イチョウの言葉は初めて知ったな。鎮魂とは、戦い続けるこの国には大事な言葉だ。イチョウを供える人がいるのはそういう訳か……。知らないことを知るのはやはり楽しいものだな)

 そこにレオがやって来る。

「おや? これはまた綺麗な色のイチョウですね?」

 ウィリアムも先生と目が合うと微笑して答える。

「私の槍の師は東方出身なのだが、昔はこの色で死者を送ったと聞いたのでね。でも、イチョウ本来の黄色も美しいから、塗るのは半分だけにしておこうかと」

 ウィリアムは、イチョウ全体を俯瞰し、バランスよく塗っていく。
 そして、作業がある程度進んだ所で、一度、教室の状況を確認する。

(他の皆はどうしているかな? お? ボタニカルキャンドル? ん? 手の込んだ作業をしている者もいるな?)

 ウィリアムが座っている丸テーブルの隣では『一刃にて天つ国迄斬り往くは』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)が、鋏を器用に動かしてイチョウの外見を整えていた。

 そこでレオが質問する。

「おや? 随分と綺麗に整いましたね? プロみたいですね?」

 いやいや、とカスカが答える。

「一応、私の本業は庭師なもので……。この手の植物いじりには慣れていましてね」

 カスカは、パレットに藍色の絵の具を出し、筆に付けると、着色を開始する。

「ほお? 藍色とはまたなぜ?」
「慰霊の供え物ですから。彩を加えつつもさほど派手にはせず落ち着いた色合いにしますね」

 レオは楽しそうにカスカの着色を見守っている。
 今度はカスカが話しかける。

「そうそう、さっきの講義ですが……。アマノホカリでは榊の他に柳も霊魂と関連付けられることが多いですね。まあ、どちらかといえば慰霊というより怪談の類ですが……」

 ふふ、とレオは笑う。

「よくご存じですね。そちらのご出身ですか?」
「ええ、まあ」

 カスカは作業を黙々と進めつつも、あることが気になり始めていた。

(アンネはこの手の工作とか好きそうですよね……。前衛的なイチョウに仕上げてしまいそうで少し嫌な予感がしないでもないですが?)

 カスカの隣では、アンネ、いや、『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が背の翼をぴくぴくさせ、上機嫌で加工作業をしていた。

***

 工作開始直後、アンネリーザは、インスピレーションを膨らますため、しばらくはイチョウの枝を掲げてじっと見ていた。

(うーん、なるほど……。黄色く色付いたイチョウって素敵よね? この色を活かしたいわ……)

 着色の色は同色系が良いだろう。アンネリーザは、黄色複数を数本の筆に付け、葉の一枚一枚に波の絵を描いてみた。大波だったり、小波だったり、崩れた波だったり。様々な波が抽象的に彩られる。

 着色が一通り終わると、細いナイフを取り出し、波の絵が描かれた葉を薄く削っていく。そおっと、ゆっくりと、間違いなく。

………………。時間はかかってしまったが、精巧なガラス細工のように加工された1枝のイチョウが完成した。まさに「細工師」の「器用」さが発揮された作品だ。

 さあ、最後の確認だ。
 アンネリーザは、完成品を窓際へ持って行く。
 午後の淡い日差しが芸術品のイチョウを照らすと……。

「あ、アンネのイチョウ、陽の光を透かすと、絵が浮かび上がるんですね?」

 いつもは無表情なことが多いカスカもさすがにこれには驚きだ。
 アンネは得意そうに笑って答える。

「セフィロトの海って、魂が揺蕩っているのよね? そんなイメージよ。あとは、香りも付けたいけれど……」

 周囲を見渡せば、皆、作業が完了していた。
 誰一人責める者はいず、むしろアンネリーザの精巧な芸術品の完成を見守っていた。

「あー! ごめん! どうも作業に集中しちゃうとねぇ……」

 バツが悪そうなアンネリーザをウィリアムとレオがフォロー。

「いいんじゃないか? 完成度では随一だと思う」
「素敵な加工ですよ! きっとキッシェの霊たちも浮かばれることでしょうね」

 ガラス細工のようなイチョウにさらに丁寧に香料を付けるのはまた時間がかかる。
 そこだけ無念だったが、アンネリーザも完成品に対する満足度は高いようだ。

「でも不思議よね、国によって弔いの形が違うことが。榊にしてもイチョウにしても、植物には癒しの効果があるから、きっと、死者も生者も慰められるんだわ」

●お参り

 秋空が気持ち良い午後の昼下がり、レオゼミの一同はキッシェ・カタコンベへ場所を移した。
 裏門を出て、十数分歩くと、小さな森に出くわす。
 秋の森林に囲まれた庭園の中央では、巨大な杖のような慰霊碑が銀色に輝いていた。

「綺麗な庭園ねー!」

 アンネリーザが真っ先に声を上げる。
 紅葉を彩る様々な木花が庭園の造形美をより際立てていた。

 隣にいるカスカに問いかける。

「カスカが産まれた国は火葬なのね? 国によって供養の仕方も様々ね?」

 カスカも秋風に銀髪をなびかせながら答える。

「そう、私の故郷だとまず火葬してから地上に埋める形ですね。私からすると、地下に埋葬されるというのは正直、不気味な感じもしますが……」

 カタコンベの庭園には既に先客がいた。

「あら? メリーちゃんたち! どうしたの?」
「アリアちゃん! うん、お墓参りよ」

 アリアが笑顔で挨拶したのは、クラスメイトたちだ。ちなみにアリアは、自由騎士団に所属することを条件に在学することが許された特待生である。

「おや? ティラミスさんでは?」
「あら! ローズ先生もお墓参りですか?」

 ティラミスの方もばったりと知人と再会。ローズ先生は、その昔、グラスホイップ家で錬金術基礎の家庭教師をしていた女性である。キッシェで職を得たとのことで家庭教師を辞退された方だ。

「にゃー! にゃー!」
「きゃー!」

 フーリィンは、日向ぼっこしていた黒猫たちに集られていた。
 ごろごろ、もふもふ、と気持ち良さそう(?)だ。
 スキルのねこまっしぐらが発動中!

 ウィリアムとヒルダは世間話をしていた。

「どうも私は自由騎士団の近況に疎くてね……。そのカタコンベでの騒動の件も、研究で山の中にいたから全く知らないしな……」
「そう? ウィリアムはご研究されているのね? どんな感じなの?」
「錬金術の学術研究を少々……。キッシェ・アカデミーの研究生として、所属する研究室の教授を手伝うこともあれば……。友人が開いた私塾で非常勤講師などもやるかな……」

 レオはゼミ生たちを見失わないように最後尾を一人で歩いていた。
 本日参加の全七名がいることを確認すると、一度、全員を集合させた。

「では、本日のゼミ最後の予定を行います。特に誰かのお墓をお参りしたい人は、地下墓地の方へ行きましょうか。特定の誰かのお参り予定がない人は、このまま慰霊碑の方でイチョウを捧げましょう」

 レオがゼミ生に確認を取った。
 すると、ヒルダがキッシェの前学長などにお参りをしたい、と言った。

 そこに、豪勢な背広を着た厳つい魔術師風の年配男が現れた。

「自由騎士団の皆様、ごきげんよう。レオ先生のゼミでは、教養を楽しんで学べているかな? ははは、失礼! 私は、現学長のアルブレヒト・キッシェ。以後、お見知りおきを!」

 学長の突然の登場にその場にいる全員が驚いた。
 特に驚いたのは、キッシェ関係者のウィリアム、アリア、ヒルダだ。

「あら? アルブレヒトのおじ様では? ごきげんよう?」
「ん? おや、アークライトのお嬢さんか? わはは、そうか、今は自由騎士団だもんな?」

 アークライト家とキッシェ家は特別仲が良い訳ではないが、貴族繋がりだ。
 ヒルダの父が開いたパーティなどでキッシェ一族の者とも会ったことがあるのだ。

「ええと、学長……。もしや、お墓参りですか?」

 レオは上司の意図を確認する。

「まあ、私も学長なので、教養ゼミの開催にあたり、自由騎士団の方々へご挨拶をとね。では、地下墓地へ行こうか! 誰が来る?」
「もちろん、あたし! あ、あとアリアもね!」
「え? 私も!?」

***

 地下墓地はまるで魂の揺りかごかのように、静かに、厳かに、ゆったりとしていた。
 蒸気の力か、魔導の力か定かではないが、ゆらゆらと蠢く炎が幻想的だ。

「さあ、ここが我らキッシェ一族の墓だ!」

 学長に案内され、ヒルダとアリアは棺がクモの巣状に並んでいる所の真ん中へ来た。

 ヒルダがフリーズドライで香るイチョウを置く。
 アリアもボタニカルキャンドルのイチョウをその隣に置く。
 暗闇の中で輝くキャンドライトは、ジェルに埋まったイチョウの葉を仄かに照らす。

 ヒルダは、目を閉じ、胸に手を当てて、静かに祈った。

(あたしの幼少期に親交があった前学長に慰霊の祈りを捧げるわ……。還りビト騒動であたしが撃ってしまったキッシェ家の者たちへも……。彼らが永遠に安らかに眠ってくれるようにね……)

 アリアも落ち着いた表情で、穏やかな気持ちで、心から祈る。

(今ある命を護ることが大事……。還リビトになってしまったあなた方もセフィロトの海へ帰ることを望んでいたことでしょう。素直な想いで祈りを捧げるわ。今度こそ、どうぞ、安らかに眠ってくださいね……)

***

 地上にそびえ立つ慰霊碑の元で、ゼミ生たちもそれぞれがイチョウを捧げ、祈る。

(自由騎士団に入って実感しますが、今は戦争のご時勢。こういう平和な講義を受けることが、次はいつできることでしょうか……。この慰霊碑に祈りましょう、そして誓いましょう。世界が平和になりますように!)

 ティラミスは、ボタニカルキャンドルを慰霊碑前に置く。
 炎から生じるお線香の香ばしい匂いが彼女の気持ちを改めて刺激する。

(とりあえず慰霊碑に……特にお参りしたいお墓がある訳でもありませんし……。いいえ、違いますね! 私の祈りは、特定の誰かだけに向けたものではないのでしょう! どうか、私の知らないあなた方の慰めになりますように……)

 フーリィンは、防腐剤加工のイチョウを慰霊碑前へ寝かす。
 防腐剤で加工したイチョウには、いつまでも朽ちることのない鎮魂の想いが込められている。

 カスカは藍色の整ったイチョウを置き、目を閉じ、手を合わせる。
 アンネリーザも芸術的に加工した繊細なイチョウを立てかけた。
 優しい陽だまりが、葉を透き通って、冷たい碑石を照らしてくれる。

「静かですね、ここの墓地……。戦争のことなど忘れさせてくれるぐらい落ち着きますよ……。この下にある地下墓地もきっと、安らかに眠るには良さそうな場所なのでしょう。ねえ、アンネ? もし、戦死するとしたら、地上と地下、どっちに埋まりたいですか?」

 カスカの儚げな質問に、アンネリーザは苦笑いして答える。

「地上でも地下でも、結局、同じじゃない? 死んだら、セフィロトの海へ還るんだもの……。自分がイブリースにならなければ、私はどちらでも構わないわ? でも、そうね……自分の死は、なかなか想像できないわ……」

 ウィリアムは、銀朱と自然色の半々で彩られたイチョウをそっと慰霊碑前に置いた。
 慰霊碑を通じて、アカデミーに関わった全ての魂に深い祈りを捧げる。

(彼らが発見し、発展させ、支えることで、今の学問があり、我々がこの激動の世を生きるための力となっている。……遺して頂いたものは必ず次代へ繋げます。どうか見守っていてください)

 それぞれが鎮魂の祈りを胸に抱き、本日のゼミは無事に終了した。

 了

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『キッシェ学長のお友達』
取得者: ヒルダ・アークライト(CL3000279)
特殊成果
『イチョウ(鎮魂の花言葉)』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:フーリィン・アルカナム(CL3000403)

†あとがき†


シナリオへのご参加ありがとうございました。
キッシェの初回ゼミも無事に終わりましたね。

MVPは、ウィリアムさんです。鎮魂の祈りの言葉が特に力が入っていました。
称号は、ヒルダさんです。まさかの現学長登場でした。
ドロップは、フーリィンさんです。ぜひイチョウを孤児院の子たちに見せてあげてください。

キッシェシナリオは今度も出す予定です。
またお会いできれば幸いです!
FL送付済