MagiaSteam
機械の慟哭




 銃撃の嵐が、全身をかすめて行く。
 ガロム・ザグは、かわさずに踏み込んだ。兜が、甲冑が、銃弾を跳ね返す。剥き出しの二の腕が、銃撃に切り裂かれて血飛沫を吹く。
 血染めの剛腕で、ガロムは剣を振り下ろしていた。
 相手は、両腕を機械化させたキジンである。銃撃は、左右の手先から迸っている。銃器と一体化した蒸気鎧装。
 それが銃弾の嵐を吐き出す度に、キジンの生身の胴体から鮮血が噴出する。脇腹が破裂し、折れた肋骨が飛び出している。
 蒸気鎧装が、肉体に適合していない。火力・破壊力に、生身の部分が耐えられなくなっているのだ。
 出来損ないのキジン、としか言いようのない存在である。
 顔面は苦痛と狂気に歪み、見開かれた両眼からは血の涙が溢れ出す。
 その凄惨な形相が、ガロムの斬撃で真っ二つになった。
 両断されたキジンの屍に対し、ガロムは片膝をつき、女神アクアディーネへの祈りの印を切った。
「片付いたようだな、兵隊長殿」
 一応は部下である若い兵士が、声をかけてくる。
 アルゴレオ・テッド。ガロムと同じくヴィスケーノ侯爵家に仕えるオラクルだ。
 ちらりと、ガロムは視線を投げた。
 アルゴレオの後方。人の死体か機械の残骸か判然としないものが2つ、転がっている。
 ガロムが仕留めた相手と同じ。失敗作として放置・放逐された、キジンたちの屍である。
「……腕を上げたな、アルゴレオ」
「修業はしたさ。あんたを殺すために、な」
 ぎろり、とアルゴレオが眼光を向けてくる。
 ガロムは微笑んだ。
「このような者たちまで現れるようになってしまった。私とお前で、戦ってゆくしかない。気に入らんだろうが耐えるのだな」
「……ふん。ハンマーフェイスの野郎がいれば、そこそこは役に立ったんだがな」
 オーガーのハンマーフェイスは数日前、彫刻家エルトン・デヌビスと共に旅立った。両名とも、領主アラム・ヴィスケーノ侯爵の居城に逗留していたのだ。
「それにしても……何だ、こいつらは」
 キジンたちの屍を、アルゴレオは観察した。
「出来損ないのキジンを、大量生産してる奴がいるのか?」
「ゲンフェノム・トルク伯爵」
 調べ上げた人名を、ガロムは口にした。
「蒸気鎧装の蒐集家として知られた人物だ。すでに故人だが……生前、どうやら蒐集以上の事を手がけていたらしい」
「……自分でキジンを作っていた、か」
「無論、非合法にな」
「大量の失敗作をほったらかして、死んじまったわけだな。まったく、道楽貴族って奴は」
「……苦しかったであろうな」
 屍に、ガロムは語りかけた。
 素人の手による蒸気鎧装化で肉体的な不具合を起こし、苦痛のあまり正気を失ったキジンたちが、こうして領民を脅かす。そんな事が、ここヴィスケーノ侯爵領以外でも起こっているようであった。
 キジンたちに襲われていた村人数名が、怯えている。
 守るべきものには優先順位がある、とガロムは思うしかなかった。
 アルゴレオが空を見上げ、呟く。
「あの連中なら……この失敗作どもを、助けてやれたのかな」


 体内で、血液と機械油が混ざり始めているような気がした。
 俺は、もう長くはない。これが最後の戦いになるだろう。
 雄叫びを上げた。悲鳴のようになってしまった。
 それを自覚しつつ、拳を叩き込む。巨大な鉄の塊である右拳。
 その一撃が、イブリースの身体にめり込んだ。
 俺の身体のどこかが破裂し、油臭い血飛沫が噴出する。キジンの馬鹿力に、俺の肉体が耐えられなくなっているのだ。
 もはや、このイブリース1体を斃すのが精一杯だろう。
 大量の土が、人型に固まっている。その全身から、無数の毒茸が生えている。
 そんな姿のイブリースが、腹部に鉄の拳を埋め込まれたまま反撃に転じた。無数の毒茸が、煙のようなものを噴射したのだ。
 猛毒の、胞子であった。
 ほぼ右半分が機械化している俺の身体、とは言え気管や心肺は生身である。
 生身の肺が、毒に灼かれた。俺は血を吐いた。
 イブリースの体内にある拳を、俺は思いきり開いた。金属製の五指から、鋼の鉤爪が伸長する。
 俺は、イブリースを体内から切り裂いていた。ズタズタに寸断された毒茸と土塊の破片が、大量に飛散する。
 斃した。
 それを確認しながら、俺は片膝をついた。
 目は、まだ見える。
 毒茸を生やした土人間の群れが、のたのたと近付いて来る様が見える。
 1体を斃すのが精一杯、などと言っている場合ではなかった。
 半機械の身体を、俺は無理矢理に立ち上がらせた。俺の後方には、無防備な村があるのだ。
 イブリースは、皆殺しにしなければならない。
 さもなくば、村が皆殺しにされる。俺の家族のようにだ。
 俺の親父は頭を叩き潰され、おふくろは真っ二つに引き裂かれ、姉貴と弟は串刺しにされた。
 俺は、右腕と右脚を食いちぎられながら這いずって逃げた。両親を、姉貴と弟を、見捨てたのだ。
 無様な半死人である俺を、ゲンフェノム・トルク伯爵が拾ってくれた。
 そして俺は、この身体を手に入れた。イブリースと戦える身体を、ゲンフェノム伯爵がくれたのだ。
 無論、親切心からではないだろう。俺は伯爵によって、実験材料にでもされたに違いない。
 構わなかった。イブリースを斃せるのであれば、何でも良い。
 俺の家族を殺したイブリースは結局、自由騎士団によって討伐された。
 関係ない。イブリースは全て、殺し尽くさなければならないのだ。
 そうしなければ今後、何百人、何千人もの俺が生まれる。
「親父、おふくろ……姉貴にチビ助……見ててくれ、俺はやる……イブリースは皆ぶち殺す……」
 機械油か鮮血か判然としないものを全身から垂れ流しながら、俺は土人間の群れに向かおうとした。
 目が、よく見えなくなり始めている。が、視界の隅で何かが動くのは見えた。
 複数の何かが、近づいて来る。新手のイブリース。上等だ、と俺は思った。
 皆殺しに、するだけだ。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(8体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 イ・ラプセル国内、とある山中に、8体のイブリースが出現しました。これらを討滅して下さい。

 土の塊が人型のイブリースと化したもので、全身に毒茸が生えています。
 攻撃手段は怪力による格闘戦(攻近単)及び毒胞子の噴射(攻遠範、BSポイズン1)。
 前衛と後衛が4体ずつ。前衛中央の位置にはキジンの少年ケニー・レインがいて単身これらと交戦中であります。
 彼は正気を失っており、視界内にある動くもの全てが敵という精神状態、すなわちイブリースのみならず自由騎士の皆様も攻撃対象となります。この錯乱はBSではありませんので、戦闘中に正気に戻る事はありません。
 ケニーは故ゲンフェノム・トルク伯爵(以前の拙シナリオ『【信仰と侵攻】聖女は嘲る』に名前だけ登場した、カタフラクト蒐集家です)による劣悪なキジン化改造のせいで余命いくばくもない上、毒を受けており(ポイズン1)、放置しておけば死亡する状態です。もちろんイブリースの攻撃で体力が0になれば普通に死んで生き返りもしません。
 彼の命を救うには、自由騎士団の攻撃によって体力を0にした上、正規の工房へ運び入れ、真っ当な技術でキジン化をし直す必要があります。
 ケニーの攻撃手段は違法カタフラクトを駆使しての白兵戦(攻近単)。パワーだけはあります。

 ケニーを味方ガード等で守る事は可能ですが、彼の存命は成功条件には含まれません。イブリースの排除が最優先であります。

 時間帯は昼、場所は広めの山道で、イブリースの行く先には村があります。まずは村を守って下さい。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年03月28日

†メイン参加者 6人†




 激しく揺れる馬上で、『慈悲の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)は、騎手の身体に両の細腕を回していた。背後から、しがみついていた。
「しっかり、掴まってて下さいよアリアさん。はあっ!」
 気合いと共に『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は、むっちりと力強い左右の太股で馬体を締め付ける。
 自由騎士2名を乗せた『黒弾』号が、山道の上り坂に蹄を打ち込み、疾駆する。
 現場が、アリアの視界に入った。広がった。
 1人のキジンが、8体ものイブリースに囲まれている。
 大量の土が、大柄な人の形に固まり、全身から毒茸を生やしている。そんな姿のイブリースたちである。
 8体ものそれらと、満身創痍のキジンが1人で戦っているのだ。歪なほどに巨大な鉄の塊である、右腕を武器に。
 まだ少年である。17歳の自分よりも年下ではないのか、とアリアは思った。成長期の肉体は、しかし右半分が痛々しく機械化し、もはや成長など望めないようにも見える。
「……また、来やがったな……イブリースども……」
 キジンの少年は言った。
 血走った両眼は、駆け付けたエルシーとアリアを、新手のイブリースとしか見ていないようである。
「……生かしちゃ、おかねえぞ」
「違います、私たちは自由騎士団!」
 エルシーが、黒弾の鞍上からひらりと飛び降りた。
「ケニー・レインさん、ですね。余計なお世話でしょうけど貴方を助けます、安全な場所まで下がって!」
「……下がって、早く!」
 アリアも飛び降り、爪先が地に触れると同時に駆け出した。
 毒茸を生やした土人間の1体が、背後からケニー・レインを襲う。土塊の豪腕が、唸りを立ててキジンの少年を撲殺せんとする。
「させない……!」
 アリアは剣を抜き、踏み込み、光となった。
 星の瞬きにも等しい剣閃が、土の豪腕を切り裂いていた。切断には至らぬものの、撲殺を止める事は出来た。
 一閃を繰り出したばかりのアリアを、鉄の塊が襲う。ケニーの右手。巨大な金属製の鉤爪が、叩き付けられて来る。
 その時には、エルシーが動いていた。
「力ずくで……落ち着いてもらうしか、ないみたいですねっ」
 衝撃の塊、とも言うべき体当たりがケニーを直撃する。
 その衝撃がケニーを貫通し、後方のイブリースに叩き込まれる。
 よろめいたケニーが、血飛沫を噴きながらも踏みとどまり、こちらを睨み、叫んだ。狂気の咆哮。
 視界に入るもの全てがイブリース、という状態である。
 仲間たちが、追い付いて来た。
「おおい、無事か!?」
「うわ、あの子! ボロボロだよ!」
 まずは『森のホームラン王』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、獲物に忍び寄る肉食獣の速度でケニーを強襲する……否、彼の脇を擦り抜ける。
「悪いなケニー・レイン。まず、お前さんには孤立してもらうっ」
 ケニーとイブリースたちの間に猛然と割り込みながら、ウェルスは巨体を屈め、毛むくじゃらの拳を地面に叩き込んでいた。
 殴打と共に叩き込まれた気の波動が、周囲に激しく広がってイブリースたちを吹っ飛ばし、ケニーをも吹っ飛ばす。
 形として、土人間たちによる包囲から脱出したケニーではあるが、自由騎士団を味方と認識してくれたわけではない。吹っ飛んで倒れ込みそうになりつつ踏みとどまり、鉤爪を折り畳んで拳を握る。巨大な鉄塊である拳が、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)を襲う。
「目を覚ましてケニー君!」
 かわしながら、カノンは踏み込んでいた。小さな身体が、ケニーの懐と言うか足元で跳躍し、拳を突き上げる。羽虫を捕食する蛙のような跳躍。
 高らかに鐘の音を響かせながら、ケニーは吹っ飛んだ。
 残心を決めながら、カノンは言う。
「君の敵は、イブリース……カノンたちは味方、仲間だよっ」
 同じく吹っ飛んだイブリース数体が、のたのたと体勢を立て直し、群がり迫って来る。
 アリアは、軽やかに地を蹴った。細身が柔らかく捻転し、豊かな胸が横殴りに揺れた。
 螺旋状の斬撃が、繰り出されていた。剣が、刀身の固定を解いて鞭に変わり、アリアの周囲を取り巻きながら、疾風の速度でイブリースを切り裂いてゆく。
 土塊の巨体にいくつもの裂傷が刻み込まれ、何本もの毒茸が切り落とされたが、さほどの痛手になっていないのはアリアにもわかる。
 速度のみを追求した剣技。だが、速度だけでは限界がある。
 重さが、足りない。
 軽い負傷で怯んでくれる人間が相手ならば、それで良い。だが痛覚など無いに等しいイブリースが相手では。
(疾風の……さらに、先へ……)
 土塊の巨体の群れが、アリアを取り囲みにかかる。
 色合いの禍々しい、無数の毒茸。棒状の醜悪な突起物が、アリアの周囲でおぞましく屹立している。
 悪夢のそのものの様々な記憶が、アリアの中に蘇ってくる。
「先へ……行かないと……きゃああああああっ!?」
 土の巨体に、アリアは捕獲されていた。
 凹凸のくっきりとした少女の全身に、震え蠢く毒茸の群れが擦り付けられて来る。
 それら毒茸が、ことごとく砕けちぎれた。
 エルシーの手刀が、蹴りが、嵐の如く吹き荒れていた。真夏の日照と大時化を思わせる乱舞が、毒茸の群れを片っ端から粉砕する。
 なおもアリアに、エルシーに迫ろうとする土人間たちの巨体に、氷の荊が絡み付いていった。
「アリア嬢、気負い過ぎてはいけない」
 宝玉の杖をかざし、発光させ、氷の荊を操ってイブリースたちを拘束しながら、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は言った。
「それにしても今回の敵は……まるで、動く土壁だな。全て崩すのは骨が折れそうだ」
「土塊とは言え、ヒトの形をしている。それが、いくらか気になるのは事実……だけど」
 よろりと立ち上がり、鉄の鉤爪を振りかざすケニーに、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言葉を投げる。
「……今は君だ、ケニー・レイン。僕の声が、聞こえるかい」
「……殺す……イブリースは、どいつもこいつも……ぶち殺す……」
「それなら生きなければ駄目だよ、ケニー・レイン。ここで命を落としてしまったら……君の、その想い、その願い、全てが叶わない」
 マグノリアの繊細な両手が、目に見えぬ書物を広げた、ように見えた。
 目に見えぬ頁から、目に見えぬ禍々しい何かが放たれた、ように思えた。
 そして、目に見える効果が発生した。
 氷の荊で束縛されたイブリースたちが、大量の土と毒茸の破片を飛び散らせている。血飛沫のようにだ。
 凶器のない裂傷が、土人間たちに刻み込まれていた。
 その間エルシーが、震え崩折れかけたアリアの身体を支えてくれている。
「アリアさん、しっかり」
「エルシー……さん……私……」
 声が震えるのを、アリアは止められなかった。
「……ごめんなさい、私……まだ……全然、駄目……」
「テオドールさんも言ってましたけど気負っちゃ駄目、焦っちゃ駄目です。ゆっくり、ね。いきましょう」
 エルシーが微笑む。
「私たちがいます。アリアさん、言ってたじゃないですか。みんながいるから大丈夫って」
 微笑みながら、拳を握る。
「絶対、大丈夫。ぜつ☆じょぶ! ですよ」
「……今回は、いつもにも増して無理矢理ね」
「うーん、そうですかあ?」
 戦闘中だと言うのに、アリアとエルシーは笑い合った。
 そして、血まみれで立ち上がるケニーに視線を向ける。
「……助けようね、ケニーさんを」
「もちろんです」
 エルシーが、左掌に右拳を打ち込んだ。良い音がした。
「彼は……私たちと、同じですからね」


 イブリースたちの進行方向には、村がある。
 このケニー・レインという少年は、人々を守るために戦っているのだ。
 守るための力を、欲してやまなかったのである。
 ゲンフェノム・トルク伯爵という貴族は、少年のその心を利用した。
「まったく、貴族という人種は……暇をもてあますと、ろくな事をしないものだな」
 呟きながらテオドールは杖をかざし、念じ、氷の荊を制御し続けた。
 凍てつく束縛に切り裂かれながらも、イブリースたちは動きを止めない。全身の毒茸から小刻みに胞子を吹きながら、こちらに迫り来る。
 少し前、生前のゲンフェノム伯爵が領主を務めていた村で、イブリースと戦った。動く蒸気鎧装。この土人間たちは、あれほど強敵ではないが何しろ数が多い。
 エルシーもアリアも、カノンも、ウェルスも、いくらか消耗し、負傷し、膝をついたり肩を貸し合ったりしている。
 その中でウェルスが、
「……ちょいと、な。花火を打ち上げさせてもらうぜっ」
 空に向かって、銃撃をぶっ放した。
 轟砲。
 放たれたのは銃弾ではなく、医療魔力の塊である。
 それが空中で破裂・爆散し、雨となって自由騎士たちに降り注ぐ。癒しの雨。
 負傷し、膝をついていたカノンが、治療を得て立ち上がり、駆けた。迫り来るイブリースたちに向かってだ。
「土から生まれたものはね、土に還るんだよっ!」
 オニヒトの少女の小さな身体が跳躍し、空中で逆立ちをしながら猛回転して旋風と化す。
 あまり長くはない両脚が、精一杯の伸長をしながらイブリース数体を薙ぎ払った。
 薙ぎ払われたものたちが、そのまま砕け散った。
 まだ生き残っている土人間が、反撃に出た。無数の毒茸が、煙のようなものを噴射したのだ。
 猛毒の、胞子。
 テオドールは血を吐いた。胞子の毒煙が、肺を、気管を、容赦なく灼く。
 身体は、自由騎士としては丈夫な方ではない。身体的な治癒力は、今回集まった6名の中では恐らく最弱であろう。
 最弱の治癒力が、しかしテオドールの体内で頼もしく巨大化して毒成分を押し潰しにかかる。
 マグノリアが、声をかけてきた。
「治療が……必要かな? テオドール」
「……いや。先程、貴卿の施してくれた術式が、効いている」
 口元の、吐血の汚れを拭いながら、テオドールは答えた。
「こちらへの心配は無用。そちらは……」
「……大丈夫。そういう事なら僕も、こちらに専念する事が出来る」
 マグノリアは、半死半生のキジンと対峙していた。
 ケニー・レイン。
 痛ましいほどに禍々しく機械化した右半身は、生身の左半身を貪り食らいながら生存し続ける怪物のようでもある。
「殺す……ぶち滅ぼしてやるぞ、イブリースどもがぁ……」
 眼前のマグノリアが、イブリースに見えている。
 そんな状態のケニーの全身が、白く硬直してゆく。
 霜、いや氷。
「ケニー・レイン。君の目的は……イブリースの討滅、なのだろう?」
 マグノリアの魔力であった。
「それは僕の目的でもある……少なくとも、目的の一部に関わりある事だ。だから君と僕は、いや僕たちは……同じ道を、往けるはずなんだよ」
 通じぬ会話をしながら、マグノリアは嫋やかな片手を掲げ、ケニーを術式で止めようとしている。
 そこへ、イブリースの1体が向かおうとする。土の巨体を無理矢理にちぎり裂きながら、氷の荊を振りほどこうとしている。
「……行かせはせぬよ」
 テオドールは己の左胸に、存在しない短剣を突き刺した。呪いの連結。
 氷の荊から脱出せんとする土人間の左胸に、ボコリと大穴が生じた。心臓を抜き取られたかのように。
 その大穴から、全身に亀裂が広がってゆく。土塊の巨体が、崩壊してゆく。
 その間、ケニーの全身が凍り付いてゆく。マグノリアの言葉に合わせてだ。
「ふふ……互いに利用し合うような道でも、いいじゃないか。共に少しでも多くのイブリースを斃し、『多くの君』を救ってゆこう。そのためには、生き延びなければ」
 ケニーが、何か呻いたようである。悲鳴か、呪詛か。
 判然としないまま、キジンの少年は動きを止めていた。


「あー……イブリースと殺し合う、よりも疲れたぜ」
 ウェルスは、大木の根元にぐったりと座り込んでいた。
 残った気力の全てを、仲間たち及び要救助者に対する治療術式に注ぎ込んだところである。
 イブリース8体は全て崩壊して土に戻った。浄化の済んだ、単なる土である。
 アリアが、山道に片膝をついて地面を調べているようだ。他にイブリース化するものが近辺に無いかどうかが気になるのだろう。
 カノンが、言葉をかけてきた。
「助かったよウェルス兄さん。ありがとね、お疲れ様」
「いや、俺よりも……お疲れ様、どころじゃない奴がいる」
 ウェルスは視線を投げた。
 ケニー・レインが、エルシーの膝の上で死にかけている。凍り付いていた身体はウェルスが今、ハーベストレインで流水解凍したところだ。
「あいつがいなかったら……この先の村から、人死にが出てたかも知れん」
「カノンたちが来るまで、頑張ってくれてたんだよね……」
「紛れもない勇者さ、助かって欲しいもんだ。臆病者は助からなくていいってわけじゃあないが」
 言いつつウェルスは、ちらりと顔を上げた。
 マグノリアが、歩み寄って来る。
「前準備は……済ませておいてくれた、ようだね」
「まあな。俺とカノン嬢とで、少しばかり走り回った」
 あの劣悪な蒸気鎧装を、ケニーの肉体から取り外さなければならない。そして適正なキジン化を施し直す。
 真っ当なカタフラクト職人が必要である。
 ここへ来る前に、正規の工房をいくつか回って要請をしておいたのだ。
 それに応じてくれた職人たちが今頃、ケニーを受け入れる準備を整えているはずだ。
「ただなあ……あいつらだって仕事だ。ただ働きをさせるわけにゃいかない」
「い、いくらかかるのかな。キジン化って」
 カノンが、心細げに財布を取り出した。
 ウェルスは、軽く片手を上げた。
「まあ待てカノン嬢、そいつは出来ればやめた方がいい。そりゃ俺たちが払えるなら一番手っ取り早いんだろうが」
「……私、構わないわよ」
 アリアが言った。
「お金なんて、あっても大して使わないし……」
「だから他人に恵んでやるって考え方はなあ、まあ美徳なんだろうけどちょっと待て。他人のために金を出すってのは、そう軽々しくやる事じゃあないんだ」
「まさしく商人の思想だな、ウェルス卿。だが私も、その通りだと思う」
 テオドールが頷き、ケニーの方を見る。
「一時的に私が立て替えておくのは、やぶさかではないが……まあゲンフェノム伯の類縁の方々に、固い財布の紐を緩めていただく事になろうな」
「……いや。俺がそいつらに貸し付けて取り立ててもいいぜ」
 ウェルスは言った。
 金貸し・借金取りに近い事を行う。この面子の中では、どう見ても自分が一番の適任者であろう。
「……俺……は……」
 ケニーが、意識を取り戻した。
「……生きて……いるのか……?」
「応急処置が済んだだけだ。遠からず、お前さんは死ぬぜ」
 ウェルスは声を投げた。
「助けるための手はずは一応、整っている。シスター、頼めるかい」
「お任せを」
 エルシーが、ケニーを抱き上げたまま『黒弾』号にひらりと飛び乗り跨った。今更言う事ではないが、凄まじい身体能力ではある。
「見たところ安静はそんなに必要じゃなさそうですね。山道かっ飛ばしても大丈夫そうですね。急ぎますよ」
「何を……」
「ウェルスさんとカノンさんが手配してくれた工房に、貴方を運ぶんです。拒否権はありません」
「あんた方は……そうか、自由騎士団か……」
 お姫様のように抱かれたまま、ケニーは呻く。
「結局……俺は、何も出来なかった……ってわけだな……」
「君には、まず生きてもらうよケニー・レイン」
 マグノリアが言った。
「何かをするのは、それからだ」
「……あんたの声は、聞こえた……ような気がする……」
「ふふ、それはきっと悪い夢を見ていたのさ」
 マグノリアが笑う。
 カノンが、馬上の少年に向かって背伸びをする。
「何も出来なくたっていいよ、ただ命を粗末にしないでね……君の家族の事、覚えていてあげられるのは君だけなんだから」
「俺は……」
 ケニーは泣いている、ようだが涙が出ていない。涙腺が死んでいるのかも知れない、とウェルスは思った。
「おふくろを、親父を、助けられなくて……姉貴とチビを、見捨てて逃げて……」
「……いいじゃないの。無様だって、いいじゃない」
 アリアが言った。
「比べるものじゃないけれど私だって随分……無様な目に、遭ってきたわ。だから、ね? 一緒に生きましょう」
「まずは生きる事だ。こればかりはな、何度でも強調しておく」
 テオドールが、いくらか無理矢理にケニーと握手をした。
「我々は貴卿の感謝など求めてはいない。だからな、いくらでも余計な世話を焼くぞ。覚悟するがいい」
「世話焼きその1、貴方を運びます。行きますよ、はいっ!」
 エルシーの気合と共に、『黒弾』号が走り出す。
 見送りながら、ウェルスは呟いた。
「……身体に機械を繋ぐってのも、まあ便利なところはあるんだろうが考え物だな」
「考えもしない人がいるんだよね」
 カノンが憤慨している。
「ゲンフェノム伯爵って人……ほんと、ろくな事しない人だったんだねっ」
「まあ故人を裁く事は出来ぬがな」
 テオドールの言葉に、マグノリアが一言を付け加えた。
「そう……本当に故人なら、ね」
「どういう事だい」
 ウェルスが問う。
「……そう言えば、ゲンフェノム伯爵ってのは殺されたんだよな確か。で、犯人はまだ見つかってないと」
「あの村の人々に、少し話を聞いてみたのさ」
 マグノリアは言った。
「ゲンフェノム・トルク伯爵は……居城の地下室で、切り刻まれていたらしい。両腕両脚その他、様々なものが散乱していたと……だけどね、臓物や脳髄は見つかっていないという」
「それって……」
 アリアが息を呑む。
 ウェルスも、口走りかけた言葉を呑み込んだ。明言出来るような事ではなかった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済