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「吊られた男」或いは、頭と体……。

●風に揺れて……
冷たい風が吹いていた。
街から数キロほど離れた郊外の山中にその家はあった。ボロボロの壁に、何度も補修を繰り返してきたことが見て分かるつぎはぎだらけの屋根、割れた窓ガラスの貼られたビニールシート。
小さな家だ。
小さく、そしてみすぼらしい。
朽ちかけた家屋のその中で、一人の男が死んでいた。
傾いたテーブルの真上、天井に下げられたフックから吊るされたロープに首を通して。
隙間かぜに吹かれて揺れる。背が高く、そして痩せた男であった。
まだ死んでからさほど時間は経っていないのか、腐敗臭はしていないし虫が湧いた様子もない。
自殺……なのだろう。
だとすると、このボロボロの家屋は男の住処というわけだろうか。
街から離れた一軒屋、おまけに近くに他の家はなく、用事も無くこの場を通りかかるような人間もいない。最後にこの家に客人が訪れたのは、もう二年も昔のことだった……。
その事実を知る男もすでに、この世にいない。
誰からも認識されず、誰にも看取られることはなく、それでも男は死を選んだのだ。
死人に口なし。男が死んだ理由はもはや誰にも分からない。
それどころか、男の死体が発見されるのは数カ月後になるかもしれない。
腐乱し、白骨化し、元の人相さえも分からなくなった頃にやっと男の死体は発見される。少なくとも、ある種の奇跡か偶然が起きない限り、そう言う未来を辿ることは間違いない。
そしてこの日、偶然は起きた。
「ァァ……ウゥ」
ずるり、と。
男の死体の、首から下が地面に落ちた。
白目を向いたままの頭部が、意味のない言葉を吐き出し続ける。
一方で、男の身体は頭部を失ったまま歩き始めた。
還リビト……一度死んだ人間が魔素の影響により動き始めた存在だ。
生前の記憶も自我もなく、生物に対して執着し、生命力を得ようと彷徨い歩く。生者でもなく、死者でもない。男はもはや怪物であった。
●階差演算室
「還リビトの討伐。それが今回の任務である」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は集まった自由騎士に向けてそう告げた。
「今回の討伐対象である還リビト(ハングドマン)の主な特徴として、頭部と胴体が別の位置に存在することがあげられる」
そう言ってクラウスは、自由騎士たちに資料を配る。男が首を吊っていた家を中心とした、周囲の地図が載っている。
「頭部は現在、家の屋根上に移動している。身体は家の周辺を彷徨っているようだな。付近の小動物などを取り込んで、はじめの頃よりは幾分強化されているので注意が必要だ」
頭部と胴体が分断されていることにより、通常の還リビトとは違った挙動が可能となっている。早い話が、視界、認識範囲が違うのだ。
「頭部は屋根の上にあるのでな。通常よりも視野が広いと考えてほしい。屋根上の頭をどうにかせねば、不意打ちも難しくなるだろう」
無論、不意打ちなどせず真正面から挑むのも良い。
とはいえ、相手は還リビト。人ならざる力を持った相手に対し、真っ向から挑むことが必ずしも正解とは限らない。
楽に、安全に討伐できるのならば、それに越したことはない。
「頭部からはカースやアンラック、胴体からはノックバックを伴う攻撃に注意してほしい」
バサリ、と音を立ててクラウスは紙の資料をテーブルの上に放り投げた。
姿勢を正し、集まった自由騎士一人ひとりの顔を順番に見やる。
それから、一度大きく頷いて……。
「よろしく頼む」
と、そう告げた。
冷たい風が吹いていた。
街から数キロほど離れた郊外の山中にその家はあった。ボロボロの壁に、何度も補修を繰り返してきたことが見て分かるつぎはぎだらけの屋根、割れた窓ガラスの貼られたビニールシート。
小さな家だ。
小さく、そしてみすぼらしい。
朽ちかけた家屋のその中で、一人の男が死んでいた。
傾いたテーブルの真上、天井に下げられたフックから吊るされたロープに首を通して。
隙間かぜに吹かれて揺れる。背が高く、そして痩せた男であった。
まだ死んでからさほど時間は経っていないのか、腐敗臭はしていないし虫が湧いた様子もない。
自殺……なのだろう。
だとすると、このボロボロの家屋は男の住処というわけだろうか。
街から離れた一軒屋、おまけに近くに他の家はなく、用事も無くこの場を通りかかるような人間もいない。最後にこの家に客人が訪れたのは、もう二年も昔のことだった……。
その事実を知る男もすでに、この世にいない。
誰からも認識されず、誰にも看取られることはなく、それでも男は死を選んだのだ。
死人に口なし。男が死んだ理由はもはや誰にも分からない。
それどころか、男の死体が発見されるのは数カ月後になるかもしれない。
腐乱し、白骨化し、元の人相さえも分からなくなった頃にやっと男の死体は発見される。少なくとも、ある種の奇跡か偶然が起きない限り、そう言う未来を辿ることは間違いない。
そしてこの日、偶然は起きた。
「ァァ……ウゥ」
ずるり、と。
男の死体の、首から下が地面に落ちた。
白目を向いたままの頭部が、意味のない言葉を吐き出し続ける。
一方で、男の身体は頭部を失ったまま歩き始めた。
還リビト……一度死んだ人間が魔素の影響により動き始めた存在だ。
生前の記憶も自我もなく、生物に対して執着し、生命力を得ようと彷徨い歩く。生者でもなく、死者でもない。男はもはや怪物であった。
●階差演算室
「還リビトの討伐。それが今回の任務である」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は集まった自由騎士に向けてそう告げた。
「今回の討伐対象である還リビト(ハングドマン)の主な特徴として、頭部と胴体が別の位置に存在することがあげられる」
そう言ってクラウスは、自由騎士たちに資料を配る。男が首を吊っていた家を中心とした、周囲の地図が載っている。
「頭部は現在、家の屋根上に移動している。身体は家の周辺を彷徨っているようだな。付近の小動物などを取り込んで、はじめの頃よりは幾分強化されているので注意が必要だ」
頭部と胴体が分断されていることにより、通常の還リビトとは違った挙動が可能となっている。早い話が、視界、認識範囲が違うのだ。
「頭部は屋根の上にあるのでな。通常よりも視野が広いと考えてほしい。屋根上の頭をどうにかせねば、不意打ちも難しくなるだろう」
無論、不意打ちなどせず真正面から挑むのも良い。
とはいえ、相手は還リビト。人ならざる力を持った相手に対し、真っ向から挑むことが必ずしも正解とは限らない。
楽に、安全に討伐できるのならば、それに越したことはない。
「頭部からはカースやアンラック、胴体からはノックバックを伴う攻撃に注意してほしい」
バサリ、と音を立ててクラウスは紙の資料をテーブルの上に放り投げた。
姿勢を正し、集まった自由騎士一人ひとりの顔を順番に見やる。
それから、一度大きく頷いて……。
「よろしく頼む」
と、そう告げた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ターゲットの討伐
●敵情報
・ハングドマン(×1)
頭部と胴体が分断された還リビト。
それぞれ、現在は別の位置にある。
どのような手段を用いるものかは不明だが、頭部だけでもある程度の移動が可能なようだ。
攻撃方法
[呪目]魔遠範【カース1】or【アンラック1】
頭部による攻撃。対象を見ることによって状態異常を付与する。
[フルスイング]攻近範【ノックB】
胴体による攻撃。両腕や全身を使った渾身の一撃を放つ。
●場所情報
昼間の山間部。家屋を中心に、50~100メートルほどは平野部が広がる。
それより離れると、林や山などがある。
家屋の傍には背の高い樹。家屋の裏手には、よく耕された畑がある。現在は何も植えられていないようだ。
現在、頭部は家屋の屋根上に。
胴体は家屋の正面付近にいる。
皆さまのご参加、お待ちしております。
・ハングドマン(×1)
頭部と胴体が分断された還リビト。
それぞれ、現在は別の位置にある。
どのような手段を用いるものかは不明だが、頭部だけでもある程度の移動が可能なようだ。
攻撃方法
[呪目]魔遠範【カース1】or【アンラック1】
頭部による攻撃。対象を見ることによって状態異常を付与する。
[フルスイング]攻近範【ノックB】
胴体による攻撃。両腕や全身を使った渾身の一撃を放つ。
●場所情報
昼間の山間部。家屋を中心に、50~100メートルほどは平野部が広がる。
それより離れると、林や山などがある。
家屋の傍には背の高い樹。家屋の裏手には、よく耕された畑がある。現在は何も植えられていないようだ。
現在、頭部は家屋の屋根上に。
胴体は家屋の正面付近にいる。
皆さまのご参加、お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
1個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
8日
8日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2019年12月01日
2019年12月01日
†メイン参加者 4人†
●
冷たい風が吹いていた。
山中の開けた場所に、ぽつんと建った一軒の家屋。
風に吹かれて、キィキイと軋んだ音を立てている。
それはまるで、誰かの泣き声のように聞こえた。
家屋の前には開けた空間。畑などが設けられているところを見るに、どうやらこの家の住人は、山中で一人自給自足の生活を送っていたのだろう。
一人……元から一人だけの生活だったのか、それもと何らかの要因で一人になってしまったのか。
それは誰にも……住んでいた住人以外には分からない。
ただ、その一人も既にいない。
残されたのは、頭部と身体が別々になった死体だけ。
屋根の上には、白目を剥いた男の首が。
家屋の前には、頭部を失い彷徨う体が。
還リ人……それは、死した後、動き始めたこの世の理から外れた存在。
首を吊り、還リ人として蘇った男の名は(ハングドマン)と言う。
「屋根の上に頭部……なるほど、視野が随分とお広いようで。それではシンプルな解決策で攻めてみましょう」
木板を抱え宙を舞うのは『断罪執行官』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。
その背には“羽ばたき機械”と呼ばれる装置を取りつけており、飛行能力を有しているようだ。なるほどたしかに、屋根の上にターゲットが存在する以上、地上からよりも空中からの方が接近しやすいものだろう。
彼女の選択は、ある種の最適解であると言える。
もっとも、目立つという一点だけはどうしても回避できない事象ではあるらしく、屋根の上の頭部が、じろりと濁った視線を向ける。
「……っ!?」
瞬間、アンジェリカの全身を形容しがたい怖気が襲う。身体から何か……それは、本来人が備えている幸運などだろう……がごっそりと抜けおちる感覚。
板による視線の遮断を試みたアンジェリカだが、どうやらほんの僅かに体が板の外へ出ていたらしい。
途端に制御を失った“羽ばたき機械”がその動きを鈍くする。
あわや落下、といった所で彼女の身体を淡い燐光が包み込む。
「補助します。アンジェリカ様は、どうぞ心配なく攻勢へ」
赤い髪を風に踊らせ、駆け出したのはセアラ・ラングフォード(CL3000634)であった。
義理の祖母より受け継いだという騎士装束に身を包んだノウブルの少女だ。
地上を彷徨うハングドマンの身体を迂回し、建て物の真下へと滑り込みながら、空を舞う仲間たちの補助へと回る心算である。
とはいえ、そんな彼女を放置しておくほどにハングドマンは甘い相手ではない。
よろよろと、けれど真っすぐにセアラの元へ胴体が迫る。
還リ人と化したことで、筋力なども上昇しているのだろう。右の腕を大きく背後へ引き絞り、力任せの拳を打ち出す姿勢を取った。
助走を付けて、渾身の一撃を放つつもりか。
鍛えてもいない人の肉体では、筋肉や骨にダメージを負うであろうほどの力が籠められているのが見て取れた。
一瞬、セアラの頬が引き攣って……。
「ぐぅぅぅおぉぉおおお!」
空気を震わす大音声。
否、咆哮と形容するのが相応しいだろうか。
胴体の放った渾身の一撃を、クロスした両腕でしかと受け止めたその男は、一見すると熊だった。
びっしりと腕を覆う固い体毛と、鍛え上げた屈強な肉体で持ってウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はセアラの窮地を庇ってみせた。
「お前の相手は、俺がしてやらぁ!」
ギリ、ときつく歯を食いしばりウェルスは胴体へ向けそう告げる。
その腕からは、骨の軋む音がした。
かなりの痛みを感じているのだろうが、しかし彼は悲鳴も呻き声も口にはしない。
チラ、と視線を横へと向けて無言で小さく頷いた。
「ウェルス殿が胴体を引き受けてくれるなら、俺は安心して自由に動けるな。って事で、まずは頭部から始末するか」
黒いコートを靡かせて、音もなく家屋へ迫る長身痩躯の男であった。
彼の名は『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)。
尖った耳から、彼がヨウセイと呼ばれる種族であることが分かる。
屋根の端に投げたロープを引っ掛けて、その壁面を駆けあがる。
軽い身のこなしは、生来のものか、それとも戦闘スタイルに起因する鍛えたものか。
タン、と小気味の良い音をたてて屋根の上に着地。
左右の手に構えたダガーが、陽光を反射しキラリと不気味に輝いた。
『うぅう、あぁぁ』
じろり、と。
頭部の瞳がオルパの姿を捉えた瞬間。
「……あれ?」
ビシリ、と。
オルパの足元で、屋根の割れる不吉な音が鳴り響く。
●
「生意気に魔眼の類を使ってきやがるのか? 面倒だぜ」
屋根を蹴り飛ばし、オルパは素早く宙へと跳んだ。
それと同時に、両手に構えたダガーを左右同時に振り抜いた。
大きく弧を描くようにして、魔力で編まれた2本の刃が頭部目がけて襲いかかる。
視野は広く、けれど頭部の動向からは視線を逸らさす……精密かつ、鋭い攻撃を可能とさせたのは彼のスキルによるものか。
『あぁ……あ』
頭部に命中した魔力の刃は、その眉間と頬に深い裂傷を刻み込む。
死後、それなりの時間が経過したためか、傷口からは僅かに濁った血が零れるに留まった。
刃を振り抜いた姿勢のオルパを、アンジェリカがキャッチ。
羽ばたき機械を全力稼働させ、素早く頭部の視界の外へと離脱した。
「やはり視線が厄介ですね。ですが、これなら……」
土産とばかりに、拳大の珠を放るアンジェリカ。
コツン、ポテンと……屋根の上を数度跳ねて珠は頭部の目の前へ。
そして……。
ドガン、と。
閃光と爆音、そして大量の煙を伴いながら爆ぜたのだった。
冷たい風が吹いていた。
上方から、地上へ向けて吹きつける突風。
「けほっ……。なんてタイミングで……視界が……」
口元を覆い、セアラが咳き込む。
吹きつけられた煙によって、彼女の視界は白に染まった。
彼女と同様、地上にいたウェルスもそれは同じだ。
「ぐ、おおっ!」
戸惑いを多分に含んだ叫び声。
次いで、煙を突き破り宙を舞ったウェルスの身体がセアラの眼前に迫りくる。
「え、きゃっ!」
セアラの華奢な身体では、2メートルを上回るウェルスの巨体を咄嗟に受け止めることはできなかった。縺れ合うようにして、2人は地面に倒れ込む。
煙に視界を覆われたことによる隙を突かれて、胴体の攻撃をまともに浴びてしまったのだろう。
ウェルスの口元からは血が零れていた。
「大変っ……すぐに回復を」
倒れ込んだ姿勢のまま、セアラはウェルスの背へと手を触れた。
地面から湧きあがる燐光がウェルスの全身を包みこむ。
自然より引き上げた魔力を癒しの力へと還元する、彼女の十八番。回復術である。
「すまん! あんたは上の奴らの援護にまわってくれ。きっと今頃、援護もないまま困ってるだろうからな」
「分かりました。どうぞご無事で」
「おう!」
立ち上がり、煙の外へと駆けて行くセアラを見送り、ウェルスは両手の銃を構える。
視線を素早く左右へ走らせ、耳をそばだて、白い世界で獲物の姿をサーチする。その目は冷たく、そして呼吸は浅かった。
ゆらり、と。
白の世界に、ほんの一瞬何かの影が横切った。
胴体だ。
どうやら、煙の外へと移動しているセアラを追っているらしい。
「はっ、お前の相手は俺だろうが!」
口にするなり、銃の引き金を引き絞る。
放たれた弾丸は、寸分たがわず胴体の脚部を撃ち抜いた。バランスを崩し、胴体はその場に倒れ込む。
よし、と一言呟いてウェルスは再度銃を構えた。
「一瞬でも視界に映れば、俺の弾丸からは逃れられねェぜ」
セアラが白煙から飛び出すと同時、彼女の前にどさりと落ちたスイカのような何かがあった。
『あぁぁぁ』
「ひっ……な」
それは、ハングドマンの頭部であった。
どうやら屋根から地上へ落下して来たようである。
ハングドマンの視線がセアラを捉える。
「……っ!」
セアラの背筋を、悪寒と怖気が駆け抜けた。
内臓がひっくり返るような不快感。
ごっそりと、身体から目には見えない力が抜ける、そんな感覚。
「あなたに、なにがあったのは、知りませんが……」
セアラの全身を燐光が包む。
自身にかかった呪いの力を打ち払い、セアラはすぅと大きく息を吸い込む。
そして……。
「何か、仰りたいことがあるのならどうか教えてください」
交霊術を行使して、ハングドマンへと問いを投げかけたのだった。
脳裏に過るセピアに染まった光景は、どうやらハングドマンの記憶のようだ。
彼はただ、両親から受け継いだこの家と畑と山を守り続けて生きて来た。
貧しいながらも、幸せな日々。
生来、人と関わることが苦手な性質だったこともあり、季節を感じながら穏やかに送る自給自足の日々は彼にとって幸福だった。
だが、ある日彼の幸福は壊される。
彼の住んでいた山を切り開き、広い道路を造ろうという計画が立ちあがったためだった。
その日以来、彼の生活は一変する。
「山を売ってくれ」と、交渉人はそう言った。
彼はそれを断った。
両親から受け継いだ山を守りたいと思ったからだ。
それならば、と。
その日から、彼に対する嫌がらせが始まった。
たとえばそれは、彼の畑を荒らすという行為であった。
その度に彼は、畑を耕し直すことで抗った。
次に、彼の家へ岩が投げ込まれ始めた。
彼は家を修理しながら生活を続けた。
そんな生活が半年間ほど続いただろうか。
畑をめちゃくちゃにされたことや、保存食を盗まれたこと、そして度重なる嫌がらせに辟易し、彼はすっかり憔悴していた。
果たして、彼に何の罪があったのだろう。
ある日、彼の家の玄関先に飼っていた犬の……たった一頭の家族の首が転がっていた。
あぁ、どうか……。
どうか、彼らに災いあれと。
そんな呪いを最後に唱え、彼は自身の首を括った。
「……っ!? なんて惨い」
口元を押さえ、セアラは数歩後退る。
「セアラ様! ご無事ですか!」
頭部から距離を取るセアラに向かって、頭上から声が投げかけられた。
声の主は、屋根の端に捕まって地上を見下ろすアンジェリカである。
そんなアンジェリカに支えられるようにして、強張った表情のオルパの姿。
どうやらセアラとウェルスが煙の中でまごついている間に、オルパはカースの影響を受けてしまったらしい。
「すいません、サポートが遅れてしまいました。すぐにそちらへ向かいます」
「いや、待って。俺たちがそっちへ行った方が早い」
「そうですね。では、失礼して……」
言うが早いか、アンジェリカはオルパの身体を抱え上げ、そのまま屋根から地上へ跳んだ。
ぎょっ、としたのは抱えられたオルパと、それを見ていたセアラである。
特にオルパは表情を強張らせたまま、アンジェリカの顔を凝視していた。
「痩せてみえる割に、なかなかパワーがあるんだな」
「鍛えていなければ、これが扱えませんから」
そう言ってアンジェリカは、オルパの身体を地面に降ろし、背中から巨大な十字架を降ろして見せる。
ドス、と重たい音を鳴らして、十字架が地面に突き刺さった。
「先ほどは不覚を取りましたが、今度こそ……煙の中でも、サーモグラフィーを使えば位置はきっと分かるでしょうから」
ひょい、と。
ハングドマンの視線が自身へ向いた、その瞬間。
アンジェリカは、再びスモークボムを放った。
●
「では、後はよろしくお願いします。この方の遺体をこのままにしておく訳にはいきませんから」
ふぅ、と小さな吐息を零しセアラはオルパへ向けてそう告げた。
「こうして相対したのも何かの縁だろう。せめて埋葬ぐらいはしてやるか」
体の調子を確認し、オルパはふっと笑みを浮かべた。
先ほどまで感じていた違和感は、きれいさっぱり取り除かれている。失われていた体力も回復し、まさに絶好調といった具合だ。
そうしてオルパは、ダガーを構え、地面を蹴って駆け出した。
疾風のごとく、或いは限界まで引き絞られた矢の如く、漂う白煙を纏いながらハングドマンへと斬りかかる。
これで一体、何発の弾丸がハングドマンを撃ち抜いただろう。
両の脚はすでに千切れ、残るは片腕のみ。
支えを失ったハングドマンに対し、ウェルスは銃弾を撃ち込み続けた。
むろん、ハングドマンとてただ黙ってやられているばかりではない。
両脚を失ってからも、地面を腕で叩き、ハンドスプリングの要領でウェルスへと跳びかかり、殴りつけた。
その度にウェルスは、お返しとばかりに胴や腕へ鉛の弾丸を撃ち込んだ。
ダメージを与え、与えられ。
何度それを繰り返したのか。
とうとう最後の腕が落ち、ハングドマンは身動きを止める。
白煙により頭部の視界に胴が映らなくなったことも原因だろう。ハングドマンの動作は、ここ暫く鈍かったように思われる。
「アンジェリカさんに感謝だな」
いつの間にか白煙は晴れ、家屋の近くではアンジェリカとオルパが頭部を相手に立ちまわっている姿が見える。
そちらに一瞬視線を向けて、ウェルスは銃をゆっくりと掲げた。銃口は、寸分違わず胴体の心臓部分に向けられている。
「じゃあな。今度こそ、安らかに眠ってくれ」
装填された弾丸はただ一発。
だがこの一発は、これまで何度も立ちはだかる敵を撃ち倒して来た、ウェルス特製の弾丸だ。
名を特製炸裂共振弾と言う。
撃鉄が落ち、火薬が爆ぜた。
放たれた弾丸は、吸い込まれるように心臓へ。
哀れな男の胴体は、こうしてただの肉塊へと変わったのだった。
背後で轟く爆音と、空から降り注ぐ肉の破片。
そして強い火薬と硝煙の臭い。
「あちらは終わったようですね」
脚を開き、地面に根を張るように構えたアンジェリカ。
腰の位置で大きく背後へ引かれた十字架。
じりじりと、力を溜め込み眼前の頭部へ狙いを定める。
冷たい風が吹いていた。
ひゅるり、と。
思わず身を震わせてしまうほど、その風はひどく冷えていて。
キィ、と鳴った家屋の軋むその音は。
まるで誰かが泣いているかのように思えて。
視界を覆う白煙が、風に流され空へと消える。
『あぁ……』
ハングドマンの濁った瞳が、アンジェリカの姿を捉えた。
ハングドマンが技を発動させるよりも早く、アンジェリカは渾身の力で持って十字架を振り抜く。
ズドン、と。
その時地面が、一瞬揺れた。
頭蓋骨が砕け、眼窩からは濁った眼球が飛び出した。
遥か頭上へ、ハングドマンの首が飛ぶ。
とはいえ、さすがは還リ人と言うべきか。
脳漿が零れ、顔の半分が陥没しても、まだ辛うじて生きていた。
否、すでに死人の身の上だ。生きているという言葉は正しくはないだろう。
まだ、活動を停止していない、というべきか。
今は、まだ……。
「畑を見れば、いかに作物を大事にしていたかが分かる。そこに埋めてやるから、せいぜい安らかに眠ってくれ」
地面を蹴って、オルパが跳んだ。
上昇するオルパと、落下するハングドマンが交差する。
ほんの一瞬。
ハングドマンは、オルパを見つめ……。
『あぁ……』
「……っ!?」
果たしてそれは、オルパの見間違いだったのか。
オルパの刃が、ハングドマンの頭部を抉る、その刹那。
濁った瞳で、歯の砕けた口で、陥没した頬で。
“彼”はきっと、笑っていた。
こうして、人知れず首を括った男は消えた。
その死体は浄化され、男の世話していた畑の隅に埋められる。
立ち去っていく四人の男女だけが、彼の死に様を知っていた。
自ら死を選び、そして還リ人と化した哀れな男の死に様を……。
「…………」
最後に一度、セアラは男の墓所を見やる。
彼女の添えた花が一輪、冷たい風に揺れていた。
冷たい風が吹いていた。
山中の開けた場所に、ぽつんと建った一軒の家屋。
風に吹かれて、キィキイと軋んだ音を立てている。
それはまるで、誰かの泣き声のように聞こえた。
家屋の前には開けた空間。畑などが設けられているところを見るに、どうやらこの家の住人は、山中で一人自給自足の生活を送っていたのだろう。
一人……元から一人だけの生活だったのか、それもと何らかの要因で一人になってしまったのか。
それは誰にも……住んでいた住人以外には分からない。
ただ、その一人も既にいない。
残されたのは、頭部と身体が別々になった死体だけ。
屋根の上には、白目を剥いた男の首が。
家屋の前には、頭部を失い彷徨う体が。
還リ人……それは、死した後、動き始めたこの世の理から外れた存在。
首を吊り、還リ人として蘇った男の名は(ハングドマン)と言う。
「屋根の上に頭部……なるほど、視野が随分とお広いようで。それではシンプルな解決策で攻めてみましょう」
木板を抱え宙を舞うのは『断罪執行官』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。
その背には“羽ばたき機械”と呼ばれる装置を取りつけており、飛行能力を有しているようだ。なるほどたしかに、屋根の上にターゲットが存在する以上、地上からよりも空中からの方が接近しやすいものだろう。
彼女の選択は、ある種の最適解であると言える。
もっとも、目立つという一点だけはどうしても回避できない事象ではあるらしく、屋根の上の頭部が、じろりと濁った視線を向ける。
「……っ!?」
瞬間、アンジェリカの全身を形容しがたい怖気が襲う。身体から何か……それは、本来人が備えている幸運などだろう……がごっそりと抜けおちる感覚。
板による視線の遮断を試みたアンジェリカだが、どうやらほんの僅かに体が板の外へ出ていたらしい。
途端に制御を失った“羽ばたき機械”がその動きを鈍くする。
あわや落下、といった所で彼女の身体を淡い燐光が包み込む。
「補助します。アンジェリカ様は、どうぞ心配なく攻勢へ」
赤い髪を風に踊らせ、駆け出したのはセアラ・ラングフォード(CL3000634)であった。
義理の祖母より受け継いだという騎士装束に身を包んだノウブルの少女だ。
地上を彷徨うハングドマンの身体を迂回し、建て物の真下へと滑り込みながら、空を舞う仲間たちの補助へと回る心算である。
とはいえ、そんな彼女を放置しておくほどにハングドマンは甘い相手ではない。
よろよろと、けれど真っすぐにセアラの元へ胴体が迫る。
還リ人と化したことで、筋力なども上昇しているのだろう。右の腕を大きく背後へ引き絞り、力任せの拳を打ち出す姿勢を取った。
助走を付けて、渾身の一撃を放つつもりか。
鍛えてもいない人の肉体では、筋肉や骨にダメージを負うであろうほどの力が籠められているのが見て取れた。
一瞬、セアラの頬が引き攣って……。
「ぐぅぅぅおぉぉおおお!」
空気を震わす大音声。
否、咆哮と形容するのが相応しいだろうか。
胴体の放った渾身の一撃を、クロスした両腕でしかと受け止めたその男は、一見すると熊だった。
びっしりと腕を覆う固い体毛と、鍛え上げた屈強な肉体で持ってウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はセアラの窮地を庇ってみせた。
「お前の相手は、俺がしてやらぁ!」
ギリ、ときつく歯を食いしばりウェルスは胴体へ向けそう告げる。
その腕からは、骨の軋む音がした。
かなりの痛みを感じているのだろうが、しかし彼は悲鳴も呻き声も口にはしない。
チラ、と視線を横へと向けて無言で小さく頷いた。
「ウェルス殿が胴体を引き受けてくれるなら、俺は安心して自由に動けるな。って事で、まずは頭部から始末するか」
黒いコートを靡かせて、音もなく家屋へ迫る長身痩躯の男であった。
彼の名は『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)。
尖った耳から、彼がヨウセイと呼ばれる種族であることが分かる。
屋根の端に投げたロープを引っ掛けて、その壁面を駆けあがる。
軽い身のこなしは、生来のものか、それとも戦闘スタイルに起因する鍛えたものか。
タン、と小気味の良い音をたてて屋根の上に着地。
左右の手に構えたダガーが、陽光を反射しキラリと不気味に輝いた。
『うぅう、あぁぁ』
じろり、と。
頭部の瞳がオルパの姿を捉えた瞬間。
「……あれ?」
ビシリ、と。
オルパの足元で、屋根の割れる不吉な音が鳴り響く。
●
「生意気に魔眼の類を使ってきやがるのか? 面倒だぜ」
屋根を蹴り飛ばし、オルパは素早く宙へと跳んだ。
それと同時に、両手に構えたダガーを左右同時に振り抜いた。
大きく弧を描くようにして、魔力で編まれた2本の刃が頭部目がけて襲いかかる。
視野は広く、けれど頭部の動向からは視線を逸らさす……精密かつ、鋭い攻撃を可能とさせたのは彼のスキルによるものか。
『あぁ……あ』
頭部に命中した魔力の刃は、その眉間と頬に深い裂傷を刻み込む。
死後、それなりの時間が経過したためか、傷口からは僅かに濁った血が零れるに留まった。
刃を振り抜いた姿勢のオルパを、アンジェリカがキャッチ。
羽ばたき機械を全力稼働させ、素早く頭部の視界の外へと離脱した。
「やはり視線が厄介ですね。ですが、これなら……」
土産とばかりに、拳大の珠を放るアンジェリカ。
コツン、ポテンと……屋根の上を数度跳ねて珠は頭部の目の前へ。
そして……。
ドガン、と。
閃光と爆音、そして大量の煙を伴いながら爆ぜたのだった。
冷たい風が吹いていた。
上方から、地上へ向けて吹きつける突風。
「けほっ……。なんてタイミングで……視界が……」
口元を覆い、セアラが咳き込む。
吹きつけられた煙によって、彼女の視界は白に染まった。
彼女と同様、地上にいたウェルスもそれは同じだ。
「ぐ、おおっ!」
戸惑いを多分に含んだ叫び声。
次いで、煙を突き破り宙を舞ったウェルスの身体がセアラの眼前に迫りくる。
「え、きゃっ!」
セアラの華奢な身体では、2メートルを上回るウェルスの巨体を咄嗟に受け止めることはできなかった。縺れ合うようにして、2人は地面に倒れ込む。
煙に視界を覆われたことによる隙を突かれて、胴体の攻撃をまともに浴びてしまったのだろう。
ウェルスの口元からは血が零れていた。
「大変っ……すぐに回復を」
倒れ込んだ姿勢のまま、セアラはウェルスの背へと手を触れた。
地面から湧きあがる燐光がウェルスの全身を包みこむ。
自然より引き上げた魔力を癒しの力へと還元する、彼女の十八番。回復術である。
「すまん! あんたは上の奴らの援護にまわってくれ。きっと今頃、援護もないまま困ってるだろうからな」
「分かりました。どうぞご無事で」
「おう!」
立ち上がり、煙の外へと駆けて行くセアラを見送り、ウェルスは両手の銃を構える。
視線を素早く左右へ走らせ、耳をそばだて、白い世界で獲物の姿をサーチする。その目は冷たく、そして呼吸は浅かった。
ゆらり、と。
白の世界に、ほんの一瞬何かの影が横切った。
胴体だ。
どうやら、煙の外へと移動しているセアラを追っているらしい。
「はっ、お前の相手は俺だろうが!」
口にするなり、銃の引き金を引き絞る。
放たれた弾丸は、寸分たがわず胴体の脚部を撃ち抜いた。バランスを崩し、胴体はその場に倒れ込む。
よし、と一言呟いてウェルスは再度銃を構えた。
「一瞬でも視界に映れば、俺の弾丸からは逃れられねェぜ」
セアラが白煙から飛び出すと同時、彼女の前にどさりと落ちたスイカのような何かがあった。
『あぁぁぁ』
「ひっ……な」
それは、ハングドマンの頭部であった。
どうやら屋根から地上へ落下して来たようである。
ハングドマンの視線がセアラを捉える。
「……っ!」
セアラの背筋を、悪寒と怖気が駆け抜けた。
内臓がひっくり返るような不快感。
ごっそりと、身体から目には見えない力が抜ける、そんな感覚。
「あなたに、なにがあったのは、知りませんが……」
セアラの全身を燐光が包む。
自身にかかった呪いの力を打ち払い、セアラはすぅと大きく息を吸い込む。
そして……。
「何か、仰りたいことがあるのならどうか教えてください」
交霊術を行使して、ハングドマンへと問いを投げかけたのだった。
脳裏に過るセピアに染まった光景は、どうやらハングドマンの記憶のようだ。
彼はただ、両親から受け継いだこの家と畑と山を守り続けて生きて来た。
貧しいながらも、幸せな日々。
生来、人と関わることが苦手な性質だったこともあり、季節を感じながら穏やかに送る自給自足の日々は彼にとって幸福だった。
だが、ある日彼の幸福は壊される。
彼の住んでいた山を切り開き、広い道路を造ろうという計画が立ちあがったためだった。
その日以来、彼の生活は一変する。
「山を売ってくれ」と、交渉人はそう言った。
彼はそれを断った。
両親から受け継いだ山を守りたいと思ったからだ。
それならば、と。
その日から、彼に対する嫌がらせが始まった。
たとえばそれは、彼の畑を荒らすという行為であった。
その度に彼は、畑を耕し直すことで抗った。
次に、彼の家へ岩が投げ込まれ始めた。
彼は家を修理しながら生活を続けた。
そんな生活が半年間ほど続いただろうか。
畑をめちゃくちゃにされたことや、保存食を盗まれたこと、そして度重なる嫌がらせに辟易し、彼はすっかり憔悴していた。
果たして、彼に何の罪があったのだろう。
ある日、彼の家の玄関先に飼っていた犬の……たった一頭の家族の首が転がっていた。
あぁ、どうか……。
どうか、彼らに災いあれと。
そんな呪いを最後に唱え、彼は自身の首を括った。
「……っ!? なんて惨い」
口元を押さえ、セアラは数歩後退る。
「セアラ様! ご無事ですか!」
頭部から距離を取るセアラに向かって、頭上から声が投げかけられた。
声の主は、屋根の端に捕まって地上を見下ろすアンジェリカである。
そんなアンジェリカに支えられるようにして、強張った表情のオルパの姿。
どうやらセアラとウェルスが煙の中でまごついている間に、オルパはカースの影響を受けてしまったらしい。
「すいません、サポートが遅れてしまいました。すぐにそちらへ向かいます」
「いや、待って。俺たちがそっちへ行った方が早い」
「そうですね。では、失礼して……」
言うが早いか、アンジェリカはオルパの身体を抱え上げ、そのまま屋根から地上へ跳んだ。
ぎょっ、としたのは抱えられたオルパと、それを見ていたセアラである。
特にオルパは表情を強張らせたまま、アンジェリカの顔を凝視していた。
「痩せてみえる割に、なかなかパワーがあるんだな」
「鍛えていなければ、これが扱えませんから」
そう言ってアンジェリカは、オルパの身体を地面に降ろし、背中から巨大な十字架を降ろして見せる。
ドス、と重たい音を鳴らして、十字架が地面に突き刺さった。
「先ほどは不覚を取りましたが、今度こそ……煙の中でも、サーモグラフィーを使えば位置はきっと分かるでしょうから」
ひょい、と。
ハングドマンの視線が自身へ向いた、その瞬間。
アンジェリカは、再びスモークボムを放った。
●
「では、後はよろしくお願いします。この方の遺体をこのままにしておく訳にはいきませんから」
ふぅ、と小さな吐息を零しセアラはオルパへ向けてそう告げた。
「こうして相対したのも何かの縁だろう。せめて埋葬ぐらいはしてやるか」
体の調子を確認し、オルパはふっと笑みを浮かべた。
先ほどまで感じていた違和感は、きれいさっぱり取り除かれている。失われていた体力も回復し、まさに絶好調といった具合だ。
そうしてオルパは、ダガーを構え、地面を蹴って駆け出した。
疾風のごとく、或いは限界まで引き絞られた矢の如く、漂う白煙を纏いながらハングドマンへと斬りかかる。
これで一体、何発の弾丸がハングドマンを撃ち抜いただろう。
両の脚はすでに千切れ、残るは片腕のみ。
支えを失ったハングドマンに対し、ウェルスは銃弾を撃ち込み続けた。
むろん、ハングドマンとてただ黙ってやられているばかりではない。
両脚を失ってからも、地面を腕で叩き、ハンドスプリングの要領でウェルスへと跳びかかり、殴りつけた。
その度にウェルスは、お返しとばかりに胴や腕へ鉛の弾丸を撃ち込んだ。
ダメージを与え、与えられ。
何度それを繰り返したのか。
とうとう最後の腕が落ち、ハングドマンは身動きを止める。
白煙により頭部の視界に胴が映らなくなったことも原因だろう。ハングドマンの動作は、ここ暫く鈍かったように思われる。
「アンジェリカさんに感謝だな」
いつの間にか白煙は晴れ、家屋の近くではアンジェリカとオルパが頭部を相手に立ちまわっている姿が見える。
そちらに一瞬視線を向けて、ウェルスは銃をゆっくりと掲げた。銃口は、寸分違わず胴体の心臓部分に向けられている。
「じゃあな。今度こそ、安らかに眠ってくれ」
装填された弾丸はただ一発。
だがこの一発は、これまで何度も立ちはだかる敵を撃ち倒して来た、ウェルス特製の弾丸だ。
名を特製炸裂共振弾と言う。
撃鉄が落ち、火薬が爆ぜた。
放たれた弾丸は、吸い込まれるように心臓へ。
哀れな男の胴体は、こうしてただの肉塊へと変わったのだった。
背後で轟く爆音と、空から降り注ぐ肉の破片。
そして強い火薬と硝煙の臭い。
「あちらは終わったようですね」
脚を開き、地面に根を張るように構えたアンジェリカ。
腰の位置で大きく背後へ引かれた十字架。
じりじりと、力を溜め込み眼前の頭部へ狙いを定める。
冷たい風が吹いていた。
ひゅるり、と。
思わず身を震わせてしまうほど、その風はひどく冷えていて。
キィ、と鳴った家屋の軋むその音は。
まるで誰かが泣いているかのように思えて。
視界を覆う白煙が、風に流され空へと消える。
『あぁ……』
ハングドマンの濁った瞳が、アンジェリカの姿を捉えた。
ハングドマンが技を発動させるよりも早く、アンジェリカは渾身の力で持って十字架を振り抜く。
ズドン、と。
その時地面が、一瞬揺れた。
頭蓋骨が砕け、眼窩からは濁った眼球が飛び出した。
遥か頭上へ、ハングドマンの首が飛ぶ。
とはいえ、さすがは還リ人と言うべきか。
脳漿が零れ、顔の半分が陥没しても、まだ辛うじて生きていた。
否、すでに死人の身の上だ。生きているという言葉は正しくはないだろう。
まだ、活動を停止していない、というべきか。
今は、まだ……。
「畑を見れば、いかに作物を大事にしていたかが分かる。そこに埋めてやるから、せいぜい安らかに眠ってくれ」
地面を蹴って、オルパが跳んだ。
上昇するオルパと、落下するハングドマンが交差する。
ほんの一瞬。
ハングドマンは、オルパを見つめ……。
『あぁ……』
「……っ!?」
果たしてそれは、オルパの見間違いだったのか。
オルパの刃が、ハングドマンの頭部を抉る、その刹那。
濁った瞳で、歯の砕けた口で、陥没した頬で。
“彼”はきっと、笑っていた。
こうして、人知れず首を括った男は消えた。
その死体は浄化され、男の世話していた畑の隅に埋められる。
立ち去っていく四人の男女だけが、彼の死に様を知っていた。
自ら死を選び、そして還リ人と化した哀れな男の死に様を……。
「…………」
最後に一度、セアラは男の墓所を見やる。
彼女の添えた花が一輪、冷たい風に揺れていた。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
この度はご参加いただきありがとうございました。
お楽しみいただけたなら幸いです。
今後もコンスタントに依頼を出して行きたいと思いますので、御縁があればまたどこかでお会いしましょう。
お楽しみいただけたなら幸いです。
今後もコンスタントに依頼を出して行きたいと思いますので、御縁があればまたどこかでお会いしましょう。
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