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【闇より還ルもの】人鳥ロック



 約100年前。
 この世界に蒸気機関が出現して間もない頃、はやくもその技術で天空を駆けようと試みた者がいた。
 没落貴族トイラー子爵として知られた男である。といってもこの夢を見始めた頃には、彼はまだ没落していなかった。飛行機械の研究に財産をはたいたために没落したのである。
 彼はまた愛国者であり、さらに夢想家でもあった。

 鳥のごとく空を飛ぶ蒸気飛行機械。
 自由自在に天を駆けめぐり、敵という敵に火薬玉を落として回る無敵の飛行軍団――そしてその頂点に立つ、いや舞うのが、この偉大なる英雄にして天才発明家トイラー。 
 彼の貢献で、イ・ラプセルは世界に敵のない大神国となるであろう。そしてトイラーの名は飛行機械の発明者として、最初の空軍元帥として、世界史上並ぶもののない大英雄として、永遠に語り継がれるのだ!
 頭を枕にのせたとき、彼がその夢を見ない夜はなかった。
 
 だが現実には、開発は遅々として進まなかった。
 当然の着想として彼の案はまず大きな鳥の模型をつくり、その翼にみたてた板を蒸気力でばたつかせることであった。
 だがそれはうまくいかなかった。
 そもそも翼を振り下ろすときに空に浮こうとする力が生まれるのと同じく、振り上げるときには反動で下向きの力が生まれてしまう。つまり最善でもプラスマイナス0だが、トイラーはそこまで考えなかった。
 鋼鉄の機械が重すぎるせいだ――まずはトイラーは単純にそう結論した。

 彼は寝食を忘れ研究に取り組んだ。
 他の金属や木材などで試行錯誤した結果、彼は幻想種ロック鳥を使うことにした。
そもそも飛ぶ生物の身体である以上、重すぎることはあるまいと思ったのだ。3体のロック鳥の骨を布と組み合わせて、彼は鳥の模型を組み直した。
 また翼を振り上げる際に落ちてしまうことにも気づき、翼を弁のような形にすることで対策もした。
 だが蒸気機関で推進するなら石炭と水が要る。どちらも相当な重量だ。人力での飛行はとうに諦めていた。
 そこでトイラーは水と石炭は最低限にし、離陸の時にできるだけ使ってしまうことにした。大砲のようなもので機体を発射し、持ち込んだ燃料は方向の調整などに使えばいい。

 これで飛べる――彼は崖の上に大砲をくみ上げ、崖から歴史に残る英雄的離陸を敢行した。
 そして彼は死亡した。発射の加速度に肉体が耐えられなかったのである。

 遺体は墜落した機体のなかに放置され、そのまま朽ち果てた。
 彼には家族もおらず、また領民に対しても暴君でこそなかったが、自身の夢想にかまけて領地の管理もろくにしていなかった。
 その変人殿様の遺体を、危険な崖下から引き上げようという物好きはいなかった。しばらく話の種にしただけで人々は彼のことを忘れていった。
 

「――と、いうことが昔あったらしいのだ」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は説明を終えた。
「還リビトになったのはこのトイラーという没落貴族だ。そして厄介なことに、彼の飛行機械を構成しているロック鳥の骨までもがイブリース化している。1人の人間と3体のロック鳥を組み上げた大型のスケルトンと考えていい」
「そのトイラー子爵の行動原理は?」
 自由騎士のひとりが尋ねた。
「西の山脈――そのふもとに彼の領地があったのだが――から、おおまかにはこの首都サンクディゼールに向かっている。本人は他の還リビトに影響され、ヴィスマルクの襲撃から国を護るつもりでいるらしい。
 だが、なにぶん複数の生物を組み立てた状態でイブリースになっているのでな。ロック鳥は人や動物を見れば襲うし、全体の制御を奪い合いながら飛んでいるようで、動きが相当混乱しているのだ。
 もうすぐ中央カタコンベに近づく頃だ。
 とにかく一刻も早く浄化してもらいたい。
 もし子爵が今の状態のまま首都に辿り着くことがあれば……おそらく持ち込んだ火薬と燃料で爆発を起こすことになるだろう」


「陛下―! 女神アクアディーネさまー! 英雄トイラーが参りますぞ! このトイラーが力になりますぞおーー! あ! こらお前ら変な方向に行くな! つまみ食いはやめろ! サンクディゼールに向かうのだ! 陛下―!! アクアディーネ様あー!!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
執行明
■成功条件
1.トイラー子爵の飛行機械を倒す。
2.首都サンクディゼールに辿り着かせない。
 オープニングにも少し書きましたが、トイラー子爵は他の還リビト(の発言というか思念というか)に影響されて、「ヴィスマルク決戦が現在のものである」と思っています。

 彼の飛行機械は未完成ですが、ロック鳥のイブリースなので問題なく飛べます。しかし行先の意識を持っているのは彼だけで、ロック鳥は生前の本能どおりに人や家畜を襲うだけです。そのためあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながらサンクディゼールに向かっている最中です。

 彼が中央カタコンベ付近での決戦(地形天候等は当該シナリオに準じます)に遭遇し、生者側をヴィスマルクと誤認した場合には襲ってきます。これに関連する行動はその場の状況次第です。
 爆撃なので還リビト側を巻き込むことがあるかもしれません。

 戦闘中、彼が先王を見つけた場合にはそこにはせ参じる可能性もありますが、どちらかといえば王よりも美しい女神アクアディーネのナイトな感じで自分に酔っていた面がありますので、直接見つけでもしない限りは首都到着を優先させると思わせます。

●攻撃方法
 戦闘用の火薬を彼は5発ほど持っており、爆撃をする可能性があります。水等の攻撃によって湿気させることは可能でしょう。
 火薬が無くなれば岩などで代用します。
 その他にはロック鳥のイブリースとして本能に従い、爪やクチバシによる攻撃があります。


 たとえば放水で爆弾だけを駄目にしておき、あえて首都まで辿り着かせて迎撃という方法で対応することもできますが、ロック鳥が途中で被害を出すのでおすすめできません。
 本人の英雄願望やアクアディーネに対する妄執を利用して誘導することも考えられるかもしれませんが、自由な対策を練って欲しいと思います。

 この共通タグ【闇より還ルもの】依頼は、連動イベントのものになります。同時期に発生した依頼ですが、複数参加することは問題ありません。
 すべての依頼の成否によって、決戦の結果に影響を及ぼします。
 倒しきれなかった敵は決戦のカタコンベに集合することになります。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
22モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
10/10
公開日
2018年08月14日

†メイン参加者 10人†

『幽世を望むもの』
猪市 きゐこ(CL3000048)
『私の女子力は53万ですよ』
ライチ・リンドベリ(CL3000336)
『果たせし十騎士』
柊・オルステッド(CL3000152)
『慈悲の刃、葬送の剣』
アリア・セレスティ(CL3000222)



 トイラー子爵撃退チームの十数名は、それぞれの役割に応じて、かの機械がいつ飛来してくるか警戒していた。
 子爵を誘い出すため、女神アクアディーネに扮するライチ・リンドベリ(CL3000336)と、その護衛役『見習い騎士』シア・ウィルナーグ(CL3000028)。
彼女らを探し回るヴィスマルク兵――という体で、実際にはトイラーを探して散らばっているのが4名。
 それ以外の者は、林に潜んでトイラー子爵の出現を待っている。
「しっかし、暑いねえ」
 待機組の一人、『神秘(ゆめ)への探求心』ジーニアス・レガーロ(CL3000319)は額の汗を拭ってぼやいた。木陰の中だからまだ楽な方なのだが、ケモノビトの中でも彼は雪豹である。この暑さはやはりきつい。
「還リビト達も、なんでこんな夏の盛りに大量復活するんだろうね。スケルトンや幽霊はいいとして、ゾンビなんて臭うわ腐りが速くなるわで大変だろうに」
「お盆だからじゃないですか?」
『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)は、双眼鏡から目を外さずに答えた。
「オボン? なんだいそれは?」
「アマノホカリの信仰です。私は幼い頃にあそこに暮らしていたんです。そこの伝承によると、毎年このくらいの時期に、冥界から死者の霊がいっせいに生者に会いに来るとされているんですよ」
「あ、うちもそれ聞いたことあるー。うち、ひいばあちゃんがアマノホカリの人やってん」
『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)が話に入って来た。
「え……てことは、アマノホカリでは毎年こんな大量出現があるの? なんか撃退のコツでも?」
「あ、いえ。あくまで伝承ですから、お祭りとして残ってるくらいですけど。撃退というか、帰ってもらう方法は、野菜で乗馬の模型を作って置いておくんです。そうしたらそれに乗って帰ってくれることになってますね」
「ああ、そりゃ平和でいいね」
「せやなー。そんな風に帰ってくれるんやったら、うちらもこんなクソ暑い中で戦闘準備せんでええのに」
「まあ、でもおいら達はまだ楽な方だよ」
 そう呟いて、ジーニアスは遠くに見える「アクアディーネ様」たちに視線を向けた。


 ライチは悪役組の一人『エルローの七色騎士』柊・オルステッド(CL3000152)から借りた帽子を少し持ち上げた。その下のフード、さらにその下の青い長髪のウィッグの隙間から、不安げな瞳がのぞく。
「どうかな? アクアディーネ様に見えるかな?」
 覗いていた双眼鏡から目を外し、シアは前向きに励ました。
「大丈夫だよっ。顔はちゃんと隠れてるし、キミが変装してるなんて見えないからっ」
「うん、ありがと。でもそろそろ、言葉も変えたほうがいいよね。いや、えーと、いいですよね」
「ええ、アクアディーネ様っ」
 柊の帽子に加え、さらにフードつきのマントで全身を覆っている。実際、ライチを知っている者でもよほど近づいて確認しない限り、彼女の変装とは見破れないだろう。
「ところでシア」
「あ、はい、アクアディーネ様」
「トイラー子爵どのは、まだ来られないかしら」
 シアは双眼鏡を取り出し、周囲を眺めた。ここは中央カタコンベの西方、湖の南岸だ。まだこの位置からはそれらしきものは見えない」
「まだですねえ」
「……実は、これかなり暑いのですが。というか飲み物もってませんか?」
 無理もなかった。アクアディーネ風の衣装を着た上からマントをまとい、さらにつば広の帽子をかぶっているという風体である。暑くないはずがなかった。
「我慢してください。水の女神様が熱中症でよそから水分補給なんてキャラ崩壊ですよっ! たぶんっ」
(ああ……早く来てトイラー子爵)
 帽子とフードとウィッグに包まれた瞳は、ほんものの憂いを帯びてきた――そのとき。
「アクアディーネはどこだぁー! この辺にいるはずだぁぁー!」

『翠の魔焔師』猪市 きゐこ(CL3000048)の声が響き渡った。
 トイラーを見つけたら、アクアディーネを探す台詞で大声を出して仲間に知らせ、同時にトイラーを誘い出す。それが手筈だ。

「あっちですよお~! 湖の南にいますう~!」
「ほらあの女よー! 騎士と二人でいるアイツ! 捕まえるわよー!」
『八千代堂』シェリル・八千代・ミツハシ(CL3000311)と『星空の奇蹟』ヒルダ・アークライト(CL3000279)も、ただちに駆け寄って来た。適当な台詞を叫びながら。
「いたぞぉー! アクアディーネだ! アクアディーネだ! アクアディーネだあー!」
 トイラーに確実に聞こえなくては意味がない。柊もセキセイインコの面目躍如とばかりに、柊は繰り返し連呼した。
「いけないー! ヴィスマルク兵に見つかりましたわー! アクアディーネ様―! 逃げましょうーアクアディーネ様―!」
 シアも大声で女神の名を唱える。少々わざとらしいが、飛行中のトイラーを誘導するためには致しない事だ。とにかく今は声を張り上げて、アクアディーネ風のライチをトイラーに見つけさせるところまで持っていくしかない。


「……近くに他の還リビトがいないのが幸いでしたね」
 マリアは、双眼鏡を覗きこんだまま呟いた。トイラー誘導のためには必要なことだが、大声でヴィスマルクを名乗っていて他の還リビトに聞かれでもしたら、彼らが悪役組に襲いかかってくることになるだろう。もしそうなったら場合、臨機に応戦する準備はできているが数が増えると厄介だ。その危険は、トイラーとの戦いの場がカタコンベに近づくほど高まることになるだろう。できれば早いうちに始末しておきたいのが本音だ。
「しかしなぁ、トイラーは反応してるっぽいんだけど、どうも誘導が上手くいってないような……」
 ジーニアスがぼやく。
 彼の言う通り、トイラーは反応してはいるようだ。アクアディーネ様とかヴィスマルクとか、断片的な叫び声が、確かに聞こえる。ライチ達のところにも徐々に近づいてくる。だが飛行機械はどうもフラフラと方向が定まっていない。
「やっぱりあれ、ポンコツなんやろ。ほっといても落ちて終いちゃう?」
 疑問を呈するアリシアだが、『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)はそれとは違う意見を持っていた。
「いえ……あの機械はロック鳥の骨でできています。機械としての性能ではなく、鳥のイブリースとして飛べているんです。たとえ落ちたとしてもそれで壊れて終わりというわけじゃありません。ただ問題はあれが、1羽の骨だけで組み立てられていないことなんです」
「だろうね。3体使っていると聞いてたが、全部の骨を使い切ってるわけじゃないから大きさはそれほどでもない。でも頭部は3つとも使ってるみたいで、コントロールを奪い合いながら飛行してるようだね。子爵の判断だけで動かせてない」
「え、じゃあアクアディーネ様作戦って無駄やったん?」
「そうでもないさ。騙された子爵をこっちの狙い通りに動かしやすくする方法は2つだね。1つは、アクアディーネ様に対する彼の感情を刺激してもっと強めること。もう1つは……」
「ロック鳥の頭蓋を破壊して、トイラーだけを残すことですね」
「じゃあうちも!」
 いうが早いかマリアとアリシアは飛び出して行った。
 走りながらマリアが緋文字を飛行機械の中心めがけて、アリシアはブレイクゲイトをロック鳥の頭蓋を狙って撃つ。
 部分的に破壊できるものなら、できるだけ近づかれる前にそうした方がいい。特に火系の攻撃は、燃料などに引火すれば爆発の恐れがある。相手が上空にいるうちの方が巻き込むものが少ない。
 だが、不規則な動きの敵には、そうそう当たるものではない。2人の狙いは決して下手ではなかったが、どちらも虚空を掠めていった。
「あ、でもこっち見た! 逃げよ!」
 むろんただ逃げるのではない。二人は炎と気刃を撃ちながらヒットアンドアウェイでじりじりと偽女神たちの方向に近づいていく。


 いっぽう偽ヴィスマルク軍、そして偽女神と従者の方でも、トイラーをより刺激する必要性に気付いていた。
「アクアディーネ様こちらへっ!」
「ああ、暑い……まだなの、トイラー子爵……」
「……うふふ、さぁ! 観念しなさいアクアディーネ! 我が魔力の前に神の力など無意味である事を知らしめてあげましょう!!」
「ふへへ、その綺麗な体を(ニャー!)してやるわぁ♪」
「ついにアクアディーネを手にいれたぞ、そうれ! 縛って天空を舞うロック鳥のいけにえにするぜ!」
「ほーっほっほっ! あんただけじゃないわよお~! ヴィスマルクがアクアディーネを倒した暁には、この国中の女の子も手篭めにしてやるわ!」
「誰かあーっ! どなたかアクアディーネ様を助けてくださる立派なお方はおりませんかーっ!」
 肝心の偽アクアディーネが暑さの中の厚着でへばっているので、追う側も全速では走れない。それでも大声で演技しながら、なるべく円を描くように追い回す。
「おおお……っ、アクアディーネ様……! いずこに……」
 トイラーは確かに来ようとはしている。だがそれでも、動き回る3羽の猛禽の本能と、1人の男の執着という不利は覆しがたいもののようだった。

 女神と従者を追い回しながら、悪役チームは小声で相談する。
「うーん、もう一押し要りそうですかぁ?」
「何かが足りないのかしらね? もっとこうトイラー子爵の心に訴えかけるような……」
 ぽん、とヒルダは手を叩いた。
「なんだ、簡単じゃないの。見た目よ」
『見た目?』
 シェリル、柊、きゐこは顔を見合わせる。一拍おいて、3人にもヒルダの言わんとするところが分かった。
「あ、そういうことね!」

 4人は女神を追い回すふりをするのをやめ、距離を詰めて一気に飛びかかった。
「え……? ちょ、どうして……あっ、やぁんっ」
 可憐な悲鳴をおもわず漏らしてしまう偽女神。
 ヒルダはぐっと顔を近づけて、言った。
「あなた、厚着すぎるのよ!」
 ぽん、とシアが手を打った。
「なるほど、そういうことですか」
 扮装は確かによく出来ていた。だが、正体を見破られまいと、上からフードやら帽子やらを沢山つけてしまったのが失敗だったのだ。ライチであることは隠せているが、女神アクアディーネらしさまでフードや帽子で上から隠してしまっている。
「大丈夫だ、オレ達が自然に脱がしてやる!」
 言い終わると同時に、柊はライチのマントをまくり上げた。
 フリルつきのスカートと、暑さで汗だくの白い太腿が露わになる。
「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 きゐことシェリルがライチの手足を押さえつける。
「あら、ずいぶんじっとりしてますね」
「この人の身体、湿り気がすっごいですねぇ~」
 ヒルダは楽しそうにライトのマントを剥いでいった。
「うわ服の中ぐっしょぐしょ!」
「なんかどこ触ってもぬるっとするわ。さっすが水の女神様ってもんじゃないかい、ねえアクアディーネ?」
 悪役たちの嬌声は、次第に熱を帯びたものになってくる。
 彼女らの言う通りで、ライチの身体は全身ぐしょ濡れになっていた。無理もなかった。アクアディーネの服の上にさらにフードつきのマントやらウィッグやら帽子やらで、サウナの中にいるような状態だったのだ。それをやや誤解を招きそうな表現にして、ヒルダは楽しそうにマントやフードをはぎ取っていく。
「お、おいお前ら。アクアディーネ様のお姿にするのはいいが、それ以上は脱がすなよ。正体を出してしまったら元も子も……」
 小声で柊がたしなめる。
「分かってるわよ! これはあくまで、アクアディーネ様の姿を自然にトイラーに晒すために剥いてるんだから!」
「そうそう! これは必要だから(ニャー!)するのよ! ニャー!!」
「いやあ! 助けてええええええ!」
 
「貴様ラアアア! アクアディーネ様に何をするかあああ!」
 今度こそ、狙いは的中した。
 アクアディーネが目に見える姿を現し、あられもない蛮行を働かれそうになっている姿が功を奏したのだ。
 トイラーはロック鳥たちの本能を制圧し、飛行機械の操縦を取り戻していた。
「ああ……その飛行機械、あなたがトイラー子爵ですね……良かった……」
 囚われの偽女神は、ぼんやりした目をして、うわごとのように覚えていた台詞を呟く。

「ああっトイラー子爵! お願いです! アクアディーネ様をお助けください!」
「トイラー子爵ですってぇ~! あの有名なぁ~!?」
「空軍元帥か!!」
「イ・ラプセルの大英雄を倒せば出世間違いなし!手柄は私のものよ!」
 お膳立ては、できた。
 適当に子爵を持ち上げる台詞を叫びながら、悪役軍は攻撃を放つ。
 猛然と飛来する機体に向けて、真っ先にきゐこが緋文字を放つ。炎の呪力はトイラーとすれ違い、空中に消えた。
「な、なにぃ! あれを避けるとはー!?」
 わざと大袈裟に驚いて見せる。
「フヒャハハハハハハ! そんなものがこの私に通用するものか!」
 続いてシェリルのアイスコフィン、アリシアのブレイクゲイト、ヒルダのダブルシェルが機体を襲う。
 後方からマリアとジーニアスも、緋文字やナイフの仕込み刃を飛ばして襲う。
 飛行機や生きている巨鳥なら、パイロットや急所に命中することで実質的に倒せたかもしれない。だがイブリースは基本的に「急所」や「苦痛」が存在しない。浄化以外では、頭か骨格を大きく破壊して物理的に動けなくするしかないのだ。ロック鳥の強靭な骨格に対して、それは難しかった。
 興奮したトイラーは、火薬玉を投げ散らかした。
「危ないっ! 『黄泉路返しの白灰』!」
 きゐこが咄嗟に、周囲の空間を冷却したのが効を奏した。
 悪役組の方向へ投げられた火薬は、点火されていた炎を消されて地面に転がる。
 だが、後方のジーニアスたちに向けて放られた火薬玉はそうはいかなかった。
 一瞬の判断だった。
 炸裂と同時にアリアはジーニアスに飛びついた。爆風を受けると同時に、空中二段飛びで衝撃を最小限に抑える。だがダメージはかなりのものだ。
「あ……ううっ……」
 治療してもしばらくは動けないだろう。
「ジニー、アリアを連れて逃げろ!  退け! 退けえ!」
 いちばん軍人風の格好をしているヒルダが、指揮官の体で号令をかける。演技半分だが、想定以上に相手が頑丈だったのも事実だ。
 相手の火薬玉があと幾つ残っているかは分からないが、少なくともあるうちは近接戦はしない方が無難そうだった。


 邪魔者がいなくなると、トイラー子爵の機械はゆっくりとライチ――いやアクアディーネの前に降り立った。
「アクアディーネ様……」
「トイラー子爵……助けに来てくださったのですね……」
感動の対面であった。トイラーにとっては。瞳を失った眼窩にも、アクアディーネの姿はロマンティックな薄桃色の光に包まれて見えた。シアが気を利かせて幻想で出現させていたのだが。
「助けて……乗せてください、あなたの素晴らしい発明に」
「喜んで、アクアディーネ様」
 トイラーはうやうやしく答え、ライチとシアは後部座席に乗り込む。
「すみません、水を頂けますか」
「申し訳ございません。水はそこの機関用タンクにしかないのです。水の再利用を高率にすることが軽量化の鍵で、これこそが私の苦心の……」
「でも、蒸気で飛んでないよね?」
「……は?」
 トイラーが呆けた返事をするのと同時に、ライチは水タンクを力任せに斬りつけた。100年間放置されたタンクからは、一滴の水も零れ落ちはしなかった。
「もう止めよう、トイラー子爵。あなたは飛行機械を成功なんてさせてない。あなたが今飛べるのは、骨組みのロック鳥がイブリース化してるだけなんだよ?」
 ウィッグを脱ぎ捨てたライチは、シアとともに片翼の付け根に剣を振り下ろした。
「ギィエエエエ!!」
 途端にロック鳥が暴れ出すが、片翼を斬られているので飛び立つことができない。その場でもがくばかりだ。
 2人が飛び降りると、すぐさま仲間たちが次々と緋文字を撃ちこみ……やがてそれは、トイラーが持っていた火薬と燃料の石炭に引火して、爆発した。
 

 残骸から頭蓋骨を拾い上げたシアに、アリアはスカーフを手渡した。
「これに包みましょう」
「ありがとう。さすが『死人の声に寄り添う者』だね」
「……結局、トイラー子爵は英雄になり損ねたんですね」
 少しの同情を込めて、マリアは慨嘆する。そんな彼女の肩をライチは抱いて言った。
「私、思うんだ 英雄はなろうとしてなれるものじゃない、英雄である事を望まれてなるものじゃないかって。彼が英雄になれなかったのは、自分でなろうとしたから」
「なるほどね。なら、まだ彼は英雄になれるかもしれないよ」
「どういう意味、ジニー?」
「彼の飛行機械、外から見るだけでもなかなか捨てたものじゃなかった。特に軽量化については相当な積み重ねがあったんだと思うよ。おそらく、最初の射出で彼が死亡しなければ、そのまま飛べていたんじゃないだろうか」
きゐこが後を続ける。
「彼の城に放置してある研究資料を当たれば、ひょっとしたらヴィスマルクの飛行船にも対抗できる技術のヒントがあるかもしれないわ。そしたら彼は研究史上の英雄よ」
「そっか……まだ終わってないんだね、この人の夢は」
「まあ、それを調べるのは、この戦いが終わってからだけどね」
 騎士たちは頷きあった。
 今、国内に大量発生している還リビトたちの迎撃作戦。彼らもまた、すぐに戦いに加わらなければならない。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『フェイク・ニューフェイス』
取得者: ライチ・リンドベリ(CL3000336)
FL送付済