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【水機激突】或いは、情報流出を阻止せよ

●とある街にて
その街では、かつて大規模な戦闘が行われたのだろう。
街の至る所には、戦いの爪痕が残されている。
たとえば、崩れた家屋。
たとえば、抉れた道路。
たとえば、踏み荒らされた畑の跡。
たとえば、打ち捨てられた武器の残骸。
そんな廃墟の街を進む一団がいた。
彼らはヘルメリア所属の騎士団……『歯車騎士団』と呼ばれる者たちである。
数こそ2個分隊……8名と少ないが、うち2名は歴戦の精鋭であった。
彼らの目的は、イ・ラプセルへの侵入である。
国外へ流出していない内部情報を、自国へ持ち帰るための拠点としてかつての戦場である廃墟街へと立ち入ったのだ。
すでに先遣隊が数度イ・ラプセルへ立ち入っており、有する戦力や派兵状況について多少の情報を取得している。
隊長を務める騎士(イラクサ)の方針か、彼らは“速さ”こそを信条としていた。これまでの経験から、戦場を生き抜き、そして勝利を掴むためにはそれこそが何より重要であると考えているのだ。
確実な勝利をその手に掴むためには、清濁併せ飲むことも時には必要となるのである。
また、装備としては主にホワイトラビットとマーチラビット、そして2名ほどがドーマウスを装備している。
「いかがしますか、イラクサ隊長。もうしばらく留まって情報を取得するか、それとも……」
副官らしき男性が、イラクサへ訊ねた。
褐色の肌に青い髪という容姿のイラクサは、目元に残る古傷を撫で「ふむ」と呟く。
「雨が降りそうだな……。それに、古傷が痛む。これで2つか……」
「2つ、とは?」
2つ、というのが何のカウントか分からず、副官の男はそう問うた。
イラクサはくっくと肩を揺らして笑う。
「自分ルールって奴だ。悪条件が3つ重なると、その仕事は失敗するんだ。悪天候に、古傷の疼きで2つさ。もう1つ、何かが起きる前に撤収した方がよさそうだろうな」
荷物を纏めろ、とイラクサは告げた。
隊長の指示を部隊へ伝えるべく、敬礼を残し副官の男は駆け去って行く。
その後ろ姿を見送り、イラクサは「ふむ」と、再度呟いた。
「案外、3つ目もすぐそこにまで迫っているかもしれんなぁ」
などと。
そう言って彼は、エイト・ポーンと呼ばれる広域殲滅兵器の使用を上層部へと打診した。
●階差演算室
「さて、話は簡単だ。街へ攻め込み、敵軍を捕縛して欲しい。言うまでもないと思うが、1人たりとも逃がしてくれるな」
淡々と。
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)はそう告げた。
「それと、もしかすると歯車騎士団との戦闘が初というものもいるかもしれない。 今回、相手の装備している兵装について、簡単にだが説明しておこう」
と、そう言ってクラウスはヘルメリアの有する上記兵装についての説明を始めた。
今回、敵の装備している兵装は以下の3つだ。
ランス型の兵装であるホワイトラビット。蒸気圧によって突撃槍を射出するものであり、遠距離からの攻撃を行える。また(ノックバック)が付与されている。
無数の炸裂弾頭をばら撒く兵装、マーチラビット。広範囲に渡って炎と衝撃を撒き散らす。【三連撃】【バーン】【ショック】の状態異常を付与するが、使用者はしばらくの間、反動で回避にマイナス修正がかかるという特徴がある。
そして3つ目。ドーマウスと呼ばれる兵装であり、鎧に設置された薬液を注射し肉体を強制賦する。ただし薬液の副作用が残り、体力回復の対価として使用者に【ウィーク】の状態異常が付与される。
上記3つが、今回ターゲットの使って来る主な兵装だ。
「そして、留意すべきは戦場だな。見ての通り、家屋などの障害物が多い。こちらも敵も、隠れながらの戦闘が可能ということだ」
街から敵を逃がしてしまえば、ヘルメリアにイ・ラプセルの情報を持ち帰られてしまう。
「後顧の憂いは潰しておかねばなるまいよ」
と、そう告げて。
クラウスは、自由騎士たちに出撃を命じた。
その街では、かつて大規模な戦闘が行われたのだろう。
街の至る所には、戦いの爪痕が残されている。
たとえば、崩れた家屋。
たとえば、抉れた道路。
たとえば、踏み荒らされた畑の跡。
たとえば、打ち捨てられた武器の残骸。
そんな廃墟の街を進む一団がいた。
彼らはヘルメリア所属の騎士団……『歯車騎士団』と呼ばれる者たちである。
数こそ2個分隊……8名と少ないが、うち2名は歴戦の精鋭であった。
彼らの目的は、イ・ラプセルへの侵入である。
国外へ流出していない内部情報を、自国へ持ち帰るための拠点としてかつての戦場である廃墟街へと立ち入ったのだ。
すでに先遣隊が数度イ・ラプセルへ立ち入っており、有する戦力や派兵状況について多少の情報を取得している。
隊長を務める騎士(イラクサ)の方針か、彼らは“速さ”こそを信条としていた。これまでの経験から、戦場を生き抜き、そして勝利を掴むためにはそれこそが何より重要であると考えているのだ。
確実な勝利をその手に掴むためには、清濁併せ飲むことも時には必要となるのである。
また、装備としては主にホワイトラビットとマーチラビット、そして2名ほどがドーマウスを装備している。
「いかがしますか、イラクサ隊長。もうしばらく留まって情報を取得するか、それとも……」
副官らしき男性が、イラクサへ訊ねた。
褐色の肌に青い髪という容姿のイラクサは、目元に残る古傷を撫で「ふむ」と呟く。
「雨が降りそうだな……。それに、古傷が痛む。これで2つか……」
「2つ、とは?」
2つ、というのが何のカウントか分からず、副官の男はそう問うた。
イラクサはくっくと肩を揺らして笑う。
「自分ルールって奴だ。悪条件が3つ重なると、その仕事は失敗するんだ。悪天候に、古傷の疼きで2つさ。もう1つ、何かが起きる前に撤収した方がよさそうだろうな」
荷物を纏めろ、とイラクサは告げた。
隊長の指示を部隊へ伝えるべく、敬礼を残し副官の男は駆け去って行く。
その後ろ姿を見送り、イラクサは「ふむ」と、再度呟いた。
「案外、3つ目もすぐそこにまで迫っているかもしれんなぁ」
などと。
そう言って彼は、エイト・ポーンと呼ばれる広域殲滅兵器の使用を上層部へと打診した。
●階差演算室
「さて、話は簡単だ。街へ攻め込み、敵軍を捕縛して欲しい。言うまでもないと思うが、1人たりとも逃がしてくれるな」
淡々と。
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)はそう告げた。
「それと、もしかすると歯車騎士団との戦闘が初というものもいるかもしれない。 今回、相手の装備している兵装について、簡単にだが説明しておこう」
と、そう言ってクラウスはヘルメリアの有する上記兵装についての説明を始めた。
今回、敵の装備している兵装は以下の3つだ。
ランス型の兵装であるホワイトラビット。蒸気圧によって突撃槍を射出するものであり、遠距離からの攻撃を行える。また(ノックバック)が付与されている。
無数の炸裂弾頭をばら撒く兵装、マーチラビット。広範囲に渡って炎と衝撃を撒き散らす。【三連撃】【バーン】【ショック】の状態異常を付与するが、使用者はしばらくの間、反動で回避にマイナス修正がかかるという特徴がある。
そして3つ目。ドーマウスと呼ばれる兵装であり、鎧に設置された薬液を注射し肉体を強制賦する。ただし薬液の副作用が残り、体力回復の対価として使用者に【ウィーク】の状態異常が付与される。
上記3つが、今回ターゲットの使って来る主な兵装だ。
「そして、留意すべきは戦場だな。見ての通り、家屋などの障害物が多い。こちらも敵も、隠れながらの戦闘が可能ということだ」
街から敵を逃がしてしまえば、ヘルメリアにイ・ラプセルの情報を持ち帰られてしまう。
「後顧の憂いは潰しておかねばなるまいよ」
と、そう告げて。
クラウスは、自由騎士たちに出撃を命じた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.歯車騎士団8名の捕縛
●ターゲット
イラクサ(ノウブル)×1
歴戦の歯車騎士団。
速さを信条とし、回避や急接近からのカウンターおよび不意打ちといったヒット&アウェイ戦術を得意とする。
過去の戦争から、綺麗事だけでは戦争に勝てない、ということを理解している男である。
副官(ノウブル)×1
今回、イラクサの部隊の副官を務める男性。
イラクサ自らが選抜したらしく、素早い動作と高い状況判断能力を有する。
イラクサ&副官の兵装
・ホワイトラビット[攻撃] A:攻遠単【ノックバック】
・マーチラビット[攻撃] A:攻遠範【三連撃】【バーン】【ショック】
自身の回避を低下。
・ドーマウス[回復] A:自
自身に【ウィーク】状態を付与。
その他、イラクサ隊の隊員(ノウブル)×6
イラクサの眼鏡にかなった、素早い身のこなしを備えた歯車騎士たち。
2、3名による少人数の連携か、1対1の戦闘を得意とする反面、それ以上の人数での戦闘には不慣れ。
装備はホワイトラビットを採用している。
また、うち3名はマーチラビットを装備している。
・ホワイトラビット[攻撃] A:攻遠単【ノックバック】
・マーチラビット[攻撃] A:攻遠範【三連撃】【バーン】【ショック】
自身の回避を低下。
●戦場
倒壊した家屋や抉れた道路などが目立つ廃墟の街。
あちこちにかつての戦の名残りが覗える。
障害物が多いため、身を隠すのも容易だろう。不意打ちには注意が必要だ。
フィールド効果:エイト・ポーン
プロメテウス/フォースから射出された広域殲滅兵器です。戦場全てに特殊な音を発し、敵兵の動きを阻害します。
イ・ラプセル軍のキャラは、FBが毎ターン1ずつ増加していきます。
※その他
この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます。
イラクサ(ノウブル)×1
歴戦の歯車騎士団。
速さを信条とし、回避や急接近からのカウンターおよび不意打ちといったヒット&アウェイ戦術を得意とする。
過去の戦争から、綺麗事だけでは戦争に勝てない、ということを理解している男である。
副官(ノウブル)×1
今回、イラクサの部隊の副官を務める男性。
イラクサ自らが選抜したらしく、素早い動作と高い状況判断能力を有する。
イラクサ&副官の兵装
・ホワイトラビット[攻撃] A:攻遠単【ノックバック】
・マーチラビット[攻撃] A:攻遠範【三連撃】【バーン】【ショック】
自身の回避を低下。
・ドーマウス[回復] A:自
自身に【ウィーク】状態を付与。
その他、イラクサ隊の隊員(ノウブル)×6
イラクサの眼鏡にかなった、素早い身のこなしを備えた歯車騎士たち。
2、3名による少人数の連携か、1対1の戦闘を得意とする反面、それ以上の人数での戦闘には不慣れ。
装備はホワイトラビットを採用している。
また、うち3名はマーチラビットを装備している。
・ホワイトラビット[攻撃] A:攻遠単【ノックバック】
・マーチラビット[攻撃] A:攻遠範【三連撃】【バーン】【ショック】
自身の回避を低下。
●戦場
倒壊した家屋や抉れた道路などが目立つ廃墟の街。
あちこちにかつての戦の名残りが覗える。
障害物が多いため、身を隠すのも容易だろう。不意打ちには注意が必要だ。
フィールド効果:エイト・ポーン
プロメテウス/フォースから射出された広域殲滅兵器です。戦場全てに特殊な音を発し、敵兵の動きを阻害します。
イ・ラプセル軍のキャラは、FBが毎ターン1ずつ増加していきます。
※その他
この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2020年01月31日
2020年01月31日
†メイン参加者 5人†

●
人気の失せたとある廃街。
かつてそこは戦場だった。
今なお残る戦いの爪痕は数知れず。
たとえば、崩れた家屋。
たとえば、抉れた道路。
たとえば、踏み荒らされた畑の跡。
たとえば、打ち捨てられた武器の残骸。
そして空には黒い雲。
そんな廃墟の街に潜むは、8人の騎士。通称『歯車騎士団』と呼ばれるヘルメリアの騎士たちの中でも、とくに素早い作戦行動と高い状況判断能力を有する者たちである。
一団の隊長を務める男・イラクサは目元の傷を撫でて呟く……。
「これで3つ目、と」
そんな彼の足元には水溜まり。
所持していた水筒が割れ、中身が零れたものである。
「さて……もう少し情報を得ておきたかったが、やはりそろそろ潮時か」
そう判断し、水筒を投げ捨て立ち上がる。
歴戦の騎士である彼は、とあるルールを自身に課していた。
3の法則、とイラクサが呼ぶそのルールとは「悪条件が3つ重なると、その仕事は失敗する」というものだ。
今回で言うと、悪天候、古傷の痛み、飲み水の損失、ということになる。
「悪い予感はよく当たるんだよなぁ」
ぽつり、と。
頬に当たる雨粒を感じ、イラクサは重い溜め息を零す。
同時刻。
街の入口付近、廃屋にて。
「出し抜くのは大好きだけど、出し抜かれるのは嫌いなんだよねぇ……さて、どうしてやろうかなぁ」
眼鏡の奥で、茶色い瞳が弧を描く。
にひっ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は床にしゃがみ込み、せっせと何かを精製していた。
それは、一言で表すならば「スライム状のリス」であろうか。
クイニィーの使役するホムンクルスである。
その数は全部で3体。クイニィーの左右と背後に配置させ、さらに自身を[インビシブル]により目立たなくさせる。
「先ず見つかっちゃったら話にならない。がどれだけいて、どんな陣形を組んでて、どんな得物を持っているか……全部暴かせてもらうよ」
そう告げて、クイニィーは廃屋から外へ出かけていった。
足音を殺し、気配を消して……静かに、けれど迅速に。
街に潜む『歯車騎士団』の調査へ赴く。
こうして、廃街の戦いは情報戦から幕を開けた。
クイニィーの進行からわずかに遅れて、残る4名の自由騎士たちも行動を開始した。
とはいえ緒戦はクイニィーの情報収集から開始予定となっているのでセアラ・ラングフォード(CL3000634)たちの行動は、消極的前進と言ったところか。
可能な限り目立たないよう、敵の場所を探して街を進むのだ。
「戦争の果てに“みんなが命を謳歌する未来”を望むことが、本当に可能なのかしら……?」
「多くの方々を守る為、ひいては居場所を守る為に、それでも今は戦いましょう」
セアラの問いに言葉を返す『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は、赤の瞳で近くの民家を凝視した。
物質を透過し見通すことのできる彼女の前には、多少の障害物など役に立たない。
「なかなか現実的な計算ができる男が指揮官のようだから、形勢不利とみれば逃げに転じるかもしれないわね」
朱色の籠手を開閉し、具合を確かめているのは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)だ。
降り始めた雨に濡れ、彼女の赤髪は頬にぺたりと張り付いている。
そうして、歩き始めること数分。
「……これは」
足を止め、目を見開いた『道化の機械工』アルビノ・ストレージ(CL3000095)は、それっきり言葉を失った。
何事か、と背後へ視線を向けたエルシーはアルビノの胴を貫く太い円錐を視認し、目を見開く。
今回の敵である『歯車騎士団』の主兵装でもある蒸気槍・ホワイトラビットだ。
ごぼり、と口から血を流すアルビノの身体を、横から現れた1人の騎士が体当たりで近くの民家へ押し込んだ。
さらにその直後、民家の中で激しい銃声が鳴り響く。
●
『こっちの襲撃がバレたってわけじゃないっぽいけど、なんだか敵の様子が辺だ。数名が後退、数名が散開して、索敵に回ってる!』
マギナギアを通してクイニィーからの連絡が入る。
それを聞いたセアラは「そのようですね」とそう答えた。
突如、襲いかかって来た騎士を追い、セアラ、アンジェリカ、エルシーの3人は民家へ飛び込む。
民家の中には白煙が充満し、臭いからそれが硝煙であることが知れた。
打ち砕かれ、瓦礫と化したテーブルや扉を押し退けると、その下には戦闘不能に陥ったアルビノの姿。
胴を貫く槍で床に縫いつけられたアルビノの全身には、無数の銃創が残されていた。機械化している右腕はとくに状態が酷い。
セアラの応急処置により一命こそ取り留めたものの、しばらくは意識が戻らないだろう。
「周囲に敵の姿はないですね。退いたようです」
掲げていた十字架を床に降ろし、アンジェリカはそう仲間へ告げる。
アルビノをその場に残し、3人は街を進んで行く。
雨音が邪魔だ。
自分たちの足音も、敵の足音も、そして攻撃の音も、何もかもを覆い隠す雨音。
ばしゅん、と。
辛うじて、アンジェリカの耳が火薬の爆ぜる音を捉えた。
十字架を下から上へ振り抜いて、突撃槍を弾き飛ばした。
視線を素早く槍の飛んで来た方向へと向けるアンジェリカ。
その時だ。
『そのまま右の家に入って。壁をすり抜けられるでしょ? まっすぐ突っ切って、裏にあるもう1軒に向かって』
マギナギアを通し、クイニィーからの指示が入る。
みれば、民家の窓の向こうにクイニィーとホムンクルスがいて、アンジェリカを手招きしている。
エルシーにセアラの警護を任せ、アンジェリカは[物質透過]を用いて物音も立てず民家の中を駆け抜けた。
「素早い身のこなしに自信があるのは、貴方達だけでは無いのですよ」
壁を擦り抜け現れたアンジェリカの姿に、騎士は驚き取り乱す。
だが、流石は精鋭と言うべきか。
即座に武器を構え直し、アンジェリカへと突き付けた。
突撃槍・ホワイトラビット。
騎士がその発射装置に指をかけた、その瞬間……。
「この距離なら私の方が早いようですね。そう易々とヒット&アウェイなんてさせませんよ!」
十字架の端を、槍の先端へと当てる。
たったそれだけでホワイトラビットは暴発し、騎士の手をずたずたに切り裂いた。ホワイトラビットは元々、ファンブル率の高い欠陥兵器なのである。
『ちっ……』
戦況は不利と悟ったのだろう。
破損したホワイトラビットを投げ捨て、騎士は素早く踵を返す。
だが、その直後……。
「障害物が多いってことは動線が限られるって事。じわじわ追い詰めようか」
テーブルを避け、扉へ向かった騎士の胸元へ1本の細い針が迫った。
騎士の胸に刺さった針は爆発し、毒と炎を撒き散らす。
針を投げたのは、音も無く近くへ迫っていたクイニィーであった。ダメージによろめく騎士の背後にアンジェリカが迫る。
そして……。
「貴方達全員、この場で捕らえさせて頂きます!」
降り抜かれた十字架による一撃が、騎士の頭部を打ち抜いた。
一方その頃、エルシーとセアラは先ほどホワイトラビットを射出した敵を追っていた。
どうやら更にもう1発撃ち込もうとし、そちらは失敗に終わったらしい。
民家の影から、黒煙が立ち昇っているのを発見したのだ。
「気をつけてください。深追いして、こちらが回り込まれたりしないように周囲に警戒も必要でしょう」
「んじゃ、そっちはセアラさんに任せるわ」
言うが早いか、エルシーは地面を蹴って跳び出して行く。
向かう先は民家の影……ではなく、民家の正面玄関だった。
「はぁっ!」
怒号と共に、民家の扉を打ち破る。
砕け散った扉の向こうに、破損したホワイトラビットを構える歯車騎士の姿があった。
「大人しくしてくれればこれ以上危害は加えないわ」
『それは聞けない相談だな』
騎士の硬直は一瞬だった。
撤退は無理だと悟ったのか、武器を構えてエルシーへ向き直る。
騎士が足を振り上げた。蹴り飛ばされた鉢植えが、エルシーの顔面目がけて飛来する。
拳による一撃でそれをいなすと、エルシーは素早くその場で身を伏せた。
先ほどまで彼女の頭部があった場所を、槍の先端が通過する。
『くっ……』
「痛い目見なきゃ、分からないってことかしら?」
なんて、言って。
立ち上がる勢いを乗せたアッパーカットが、騎士の意識を刈り取った。
家屋の外で待機していたセアラの前に2人の騎士が姿を現す。
片方はホワイトラビット、もう片方はマーチラビットを装備していた。
槍と銃口がセアラへと向けられ……引き金が絞られるその瞬間。
『きゅー!』
奇妙な鳴き声とともに、2人の足元へホムンクルスが飛び出した。
ホムンクルスによる体当たり。それを受け、2人の男はよろめいた。
『ぐぉ、か、身体が……』
騎士たちの手から装備が落ちる。
胸を押さえ、自身の身に起きた異変に驚愕した表情を浮かべていた。見れば、鎧の胸元を中心に赤錆が広がっているではないか。
「上手いこと纏められたね」
物影から姿を現したのはクイニィーである。その足元へ、ホムンクルスが駆け戻って行く。
視覚外からの不意打ちを受け、困惑する騎士たち。
その隙を逃すセアラではなかった。
「離脱は許しません。ここで倒させていただきます」
宣言と共に、両手を翳す。
それと同時、2人の騎士を不可視の魔力が飲み込んだ。
[大渦海域のタンゴ]に捕らわれ、騎士たちの身体が宙へ浮く。
荒れ狂う大渦に飲み込まれ、掻きまわされ……。
渦が消え去る頃には、2人とも意識を失っていた。
初めに異変に気がついたのはエルシーだった。
足を止め、軽く虚空へジャブを放って首を傾げる。
「なんだか身体が重いわね。これが、エイト・ホーンとやらの効果かしら? 近くにあるなら思い切り殴って破壊してしまいたいわ」
そう呟いて、エルシーは視線をクイニィーへと向けた。
どこにあるの?とそう問うているのだろう。
「いや、わかんないけど」
あっちじゃない、とクイニィーが指差した方向は街の中央部。
とくに建物が密集している区画であった。
『あぁ、来たか。やっぱ駄目だったか。ほらな、俺の勘は当たるだろ?』
目元の傷を指でなぞって、イラクサは副官の男へそう告げる。
困ったような顔をして、副官は「いかがしますか?」とそう問うた。
さらには2人……騎士たちも副官の隣に並ぶ。
その2人を見比べて、イラクサはうち片方を指差した。
『お前、逃げろ。国に戻って、情報を伝えろ』
『なっ……しかし、隊長たちは』
『俺らはあれだ、囮になるよ。連中、すでに4人もうちの隊員を撃破してんだ。誰かが残らなきゃ、あっという間に追いつかれて一網打尽だよ』
『でしたら、隊長が逃げるべきでは……』
そう告げた部下を一瞥し、イラクサは「わかってねぇなぁ」と言葉を零す。
『お前らじゃ囮にもならねぇって言ってんだ。だが、俺なら連中を返り打ちにできるかもしれねぇ』
任せときな、と。
イラクサはにやりと笑ってみせる。
廃街、中央区格。
家屋の密集したその場において、最も迅速に戦闘を開始したのは『歯車騎士団』副官の男だった。
息を潜め、物影から様子を窺い……家屋の影に自由騎士たちが隠れたのを目にするや否や駆け出したのだ。
迎撃すべく、エルシーが前へ出るが副官の男は素早い動作でそれを回避。
そのまま、後衛のセアラへ狙いを定めマーチラビットを射出した。
ダダダン、と鳴り響く3つの銃声。
放たれた弾頭はセアラの周囲で爆発し、火炎の衝撃を撒き散らす。
「あっぶな……回避って大事よね。当たったら痛いし!」
更に後方へとバックステップで回避し、攻撃を避けたクイニィーは額の汗を拭いながらそう呟いた。
そんな彼女の背後へ迫るは『歯車騎士団』の隊長、イラクサだった。
『あー、お前さんか? こそこそと単独で動いてる奴がいるって報告は聞いていたが』
突撃槍による刺突がクイニィーの肩を貫いた。
副官の突撃を合図に、彼もまた前線へと赴いていたのだ。
セアラの元へ駆け戻るエルシーの目の前に、射出されたランスが突き刺さる。
遠距離から放たれたホワイトラビットによる一撃。索敵スキルを有さないエルシーには、敵の居場所が分からない。
このまま後衛に戻るべきか、それともその場で敵の1人を引き付けるべきか。
判断に迷ったのは一瞬。
エルシーの視線の端に、街の外へ向け駆け去って行く騎士の後姿が映る。
「情報だけでも持ち帰るつもりね。させないわ」
ぴゅい、と口笛を鳴らすエルシー。
その音は、遠く街の外にまで響き渡ったことだろう。
街の外に待機させていた愛馬・黒弾を呼ぶ合図である。
副官の男の胸に、十字架が叩きつけられた。
「まずは貴方から優先的に倒させていただきます!」
ゆらり、と流れるような動作で振り回される巨大な十字架。決して速い動きではない……だと言うのに、副官の目には、その動きが酷く曖昧で、捕えがたいもののように見えた。
そういうスキルだ、と気付いた時にはもう遅い。
『隊長! 後退を!』
そう叫ぶなり、副官は自身の身体にドーマウスを注入。
弱体化と引き換えに、体力を回復させる。
さらには構えたマーチラビットを、アンジェリカへと向けた。
放たれる砲弾と、アンジェリカの十字架が空中で激突し辺りに爆音を響かせる。
スキル[ノートルダムの息吹]による回復を終え、セアラは戦場から離脱する。
そんな彼女の視線の先には、クイニィーと相対するイラクサの姿。
クイニィーの援護のために手を翳したセアラだが、彼女が攻撃に移るより早くイラクサはその場を離脱した。
猛攻からの、即座の撤退。
そこには微塵の躊躇もなかった。
「やはり地の利は向こうにあるようですね」
少しの間とはいえ『歯車騎士団』たちはこの街を拠点にしていたのだ。そう考えれば、なるほど連中がこの街の作りや潜伏場所に詳しいことも頷ける。
事実、あっという間にイラクサの姿は見えなくなった。
射抜かれた肩を押さえるクイニィーにも、既に補足出来ない場所へ逃れたらしい。
「敵が1人、外へ逃げたわ。私はそっちを追いかける」
後衛へ戻って来たエルシーがそう告げた。
彼女の視線の先には、大通りを駆けて来る黒馬の姿。
それを見て、クイニィーはにやりと笑う。
「っても、向こうは1人なんでしょ? こっちにはまだ3人……いや、2人か」
ドガン、と轟音が響き渡る。
硝煙が晴れ、中から現れたのは額から血を流すアンジェリカと、その足元で倒れ伏した副官の男。
近距離戦はアンジェリカに軍配が上がったらしい。
「イラクサとやらは、火力の高い人達がボッコボコにしてくれるよね! あたしひ弱だからそうゆうのは任せた!」
ポン、とクイニィーはエルシーの肩に手を置いてすたすたと大通りへと歩を進める。
はぁ?と疑問の表情を浮かべるエルシーに手を振ると、そのままひらりと軍馬・黒弾の背へと跳び乗ったではないか。
「ちょっと借りるね」
「……そう言うことね」
黒弾の脚力があれば、今からでも逃げた騎士に追いつけるだろう。
索敵能力を持たないエルシーに比べれば、なるほどたしかにクイニィーの方が逃げた敵の補足には向いている。
クイニィーを見送ったエルシーたちは、背中合わせに3方向へと視線を向ける。
この近くにはまだ2人、イラクサと騎士が潜んでいるはずだ。
ホワイトラビットによる遠距離攻撃を警戒し、3人は建て物の影へと移動する。
その直後……。
『こっちに来ると思ったぜ。赤髪の姉ちゃんは、他2人よりも目が悪いのか?』
エルシーの眼前に、槍の先が突き付けられた。
アンジェリカとセアラの視界から外れながら、イラクサはここまで接近してきていたらしい。
だが、エルシーとて[イェソド]により第六感を強化した身。
不意打ちへの対応は、むしろアンジェリカやセアラよりも得意と言える。
「ちょうどいいわ。貴方に指揮を取られると厄介なのよね」
『もう指揮するほど、数は残っちゃいないがな』
槍と拳が交差する。
エルシーの拳はイラクサの頬へ。
イラクサの槍はエルシーの脇腹へ。
リーチの差か、深手を負ったのはエルシーだった。
セアラが即座に治癒へと移るが、その瞬間、イラクサは『やれ!』と叫ぶ。
それを合図に、建物の屋根の上から飛び降りて来た騎士。
落下しながら、マーチラビットを乱射する。
爆音と爆炎、地面が揺れる。
「こちらは私が!」
セアラによる回復を受けながら、アンジェリカは低い位置で十字架を構えた。
騎士の落下に合わせて、十字架を上段へと振り抜く。
ズガン、と。
激しい音がして、騎士の身体は大きく吹き飛ぶ。
砕けた蒸気鎧が、バラバラと廃街へ降り注いだ。
●
『あーあー、あぁったくもう。皆、やっちまいやがった』
困ったねぇ、と。
さして困った様子もなく、イラクサは装備していたマーチラビットをその場に捨てる。
手にした武器は突撃槍のみ。
さらには自身にドーマウスを注射し、ダメージの回復を図る。
『んじゃ、俺1人で頑張ろうか』
なんて、言って。
イラクサは槍をセアラへ向けた。
『補給を絶つのが、戦に勝つ一番の近道さ』
射出された槍を、アンジェリカが受け止める。
その隙にエルシーはイラクサの懐へと潜り込んだ。
だが、イラクサはよろり、とよろめくような動きでエルシーの拳を回避する。
「このっ……不利を悟ったのなら降伏しなさい」
『そう言うわけにもいかないんだよ』
なんて、言って。
イラクサ―はエルシーの回し蹴りを回避。
その視線は、まっすぐセアラを捉えたままだ。
セアラによる支援。
アンジェリカによるガード。
エルシーによる猛攻。
それに対するイラクサは1人。
支援を潰すべく、攻撃は常にセアラを狙う。
何度ガードされようとお構いなしだ。
さらには視線を合わせることもなく、エルシーの攻撃を回避し続ける反射速度と勘を備えている。致命傷を避け、攻撃を受けても最小限のダメージで済ませる。
加えて、エイト・ポーンによる自由騎士たちの弱体化もある。
なるほど、たしかにイラクサは歴戦の騎士なのだろう。
こと回避と継戦能力に関しては、熟練の域に達している。
だが、しかし……。
『ま、多勢に無勢だよなぁ』
エルシーの攻撃を回避した、その直後。
地面が揺れるほどの踏み込みから放たれた、十字架による3連撃をその身に受けてイラクサの鎧は砕け散った。
破砕の音はほんの一回。けれど、3発の打撃を受けたことをイラクサは悟る。
彼が敵の攻撃を見きれなかったなど、一体何年ぶりだろう。
世間は広いな、と。
口の端から血を零し、彼はくっくと肩を震わせ笑みを零した。
「申し訳ありませんが、。一人残らず倒させていただきます!」
「降伏しないと言うのなら、少し眠ってもらうわよ!」
獣のような咆哮を上げ、エルシーはイラクサの背後へ迫る。
『ちっ……身体が重い』
負けたかな、と。
そう呟いて。
エルシーの拳が、イラクサの背中へ突き刺さる。
背後から聞こえていた戦闘の音が鳴り止んだ。
戦いは終わったのだと、戦線を離脱した騎士は悟る。
それも恐らく、自分たちの敗北という形で。
散っていた仲間や、副官、そして隊長のためにも彼は逃げのびなければならない。
涙を堪え、走り続けなければならない。
だが……。
『馬?』
彼の視線の先には1頭の黒馬。
その体躯から、それが軍馬であることが分かる。
なぜ、こんなところに軍馬が?と、疑問に思ったその直後。
「まずは、お得意の速さと回避、削ぎ落としてあげるよ」
トス、と。
騎士の足首に1本の針が突き刺さる。
『な……』
小規模な爆発。
それと同時に、騎士の身体を毒が蝕む。
傷を受け、その場に膝をついた騎士の前に小柄な女性が現れた。
手にしたマーチラビットを構え、弾丸を放つがその時にはすでに女性……クイニィーはその場を離脱した後だ。
そうしている間にもじわじわと騎士の体力は減っている。
「ねぇねぇどんな気持ち? 速さが売りだったのに回避を捨てて捨て身の攻撃したのにこの結果どう?」
どこからかクイニィーの声が聞こえる。
受けたダメージと状態異常を分析し、逃走は無理だと騎士は悟った。
「さぁ、次はこっちがそっちの情報を引き出す番だよねぇ? さぁて、どうしたら喋ってくれるかなぁ?」
トス、と。
微かな音と共に、騎士の眼前に1本の針が突き立った。
今もお前を狙っているぞ、という合図だろうか。
『申し訳ありません、隊長』
任務は失敗です、と。
心のうちで仲間に謝罪し、彼はきつく唇を噛み締めた。
そうして彼は、意識を失うその瞬間まで呻き声一つあげずに耐え続けたのだ。
自由騎士たちに、得た情報の一片たりとも渡すことがないように。
こうして、廃街での戦いは幕を降ろした。
イラクサをはじめとする8人の歯車騎士は捕縛されたが、今もって情報については沈黙を貫いている。
人気の失せたとある廃街。
かつてそこは戦場だった。
今なお残る戦いの爪痕は数知れず。
たとえば、崩れた家屋。
たとえば、抉れた道路。
たとえば、踏み荒らされた畑の跡。
たとえば、打ち捨てられた武器の残骸。
そして空には黒い雲。
そんな廃墟の街に潜むは、8人の騎士。通称『歯車騎士団』と呼ばれるヘルメリアの騎士たちの中でも、とくに素早い作戦行動と高い状況判断能力を有する者たちである。
一団の隊長を務める男・イラクサは目元の傷を撫でて呟く……。
「これで3つ目、と」
そんな彼の足元には水溜まり。
所持していた水筒が割れ、中身が零れたものである。
「さて……もう少し情報を得ておきたかったが、やはりそろそろ潮時か」
そう判断し、水筒を投げ捨て立ち上がる。
歴戦の騎士である彼は、とあるルールを自身に課していた。
3の法則、とイラクサが呼ぶそのルールとは「悪条件が3つ重なると、その仕事は失敗する」というものだ。
今回で言うと、悪天候、古傷の痛み、飲み水の損失、ということになる。
「悪い予感はよく当たるんだよなぁ」
ぽつり、と。
頬に当たる雨粒を感じ、イラクサは重い溜め息を零す。
同時刻。
街の入口付近、廃屋にて。
「出し抜くのは大好きだけど、出し抜かれるのは嫌いなんだよねぇ……さて、どうしてやろうかなぁ」
眼鏡の奥で、茶色い瞳が弧を描く。
にひっ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は床にしゃがみ込み、せっせと何かを精製していた。
それは、一言で表すならば「スライム状のリス」であろうか。
クイニィーの使役するホムンクルスである。
その数は全部で3体。クイニィーの左右と背後に配置させ、さらに自身を[インビシブル]により目立たなくさせる。
「先ず見つかっちゃったら話にならない。がどれだけいて、どんな陣形を組んでて、どんな得物を持っているか……全部暴かせてもらうよ」
そう告げて、クイニィーは廃屋から外へ出かけていった。
足音を殺し、気配を消して……静かに、けれど迅速に。
街に潜む『歯車騎士団』の調査へ赴く。
こうして、廃街の戦いは情報戦から幕を開けた。
クイニィーの進行からわずかに遅れて、残る4名の自由騎士たちも行動を開始した。
とはいえ緒戦はクイニィーの情報収集から開始予定となっているのでセアラ・ラングフォード(CL3000634)たちの行動は、消極的前進と言ったところか。
可能な限り目立たないよう、敵の場所を探して街を進むのだ。
「戦争の果てに“みんなが命を謳歌する未来”を望むことが、本当に可能なのかしら……?」
「多くの方々を守る為、ひいては居場所を守る為に、それでも今は戦いましょう」
セアラの問いに言葉を返す『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は、赤の瞳で近くの民家を凝視した。
物質を透過し見通すことのできる彼女の前には、多少の障害物など役に立たない。
「なかなか現実的な計算ができる男が指揮官のようだから、形勢不利とみれば逃げに転じるかもしれないわね」
朱色の籠手を開閉し、具合を確かめているのは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)だ。
降り始めた雨に濡れ、彼女の赤髪は頬にぺたりと張り付いている。
そうして、歩き始めること数分。
「……これは」
足を止め、目を見開いた『道化の機械工』アルビノ・ストレージ(CL3000095)は、それっきり言葉を失った。
何事か、と背後へ視線を向けたエルシーはアルビノの胴を貫く太い円錐を視認し、目を見開く。
今回の敵である『歯車騎士団』の主兵装でもある蒸気槍・ホワイトラビットだ。
ごぼり、と口から血を流すアルビノの身体を、横から現れた1人の騎士が体当たりで近くの民家へ押し込んだ。
さらにその直後、民家の中で激しい銃声が鳴り響く。
●
『こっちの襲撃がバレたってわけじゃないっぽいけど、なんだか敵の様子が辺だ。数名が後退、数名が散開して、索敵に回ってる!』
マギナギアを通してクイニィーからの連絡が入る。
それを聞いたセアラは「そのようですね」とそう答えた。
突如、襲いかかって来た騎士を追い、セアラ、アンジェリカ、エルシーの3人は民家へ飛び込む。
民家の中には白煙が充満し、臭いからそれが硝煙であることが知れた。
打ち砕かれ、瓦礫と化したテーブルや扉を押し退けると、その下には戦闘不能に陥ったアルビノの姿。
胴を貫く槍で床に縫いつけられたアルビノの全身には、無数の銃創が残されていた。機械化している右腕はとくに状態が酷い。
セアラの応急処置により一命こそ取り留めたものの、しばらくは意識が戻らないだろう。
「周囲に敵の姿はないですね。退いたようです」
掲げていた十字架を床に降ろし、アンジェリカはそう仲間へ告げる。
アルビノをその場に残し、3人は街を進んで行く。
雨音が邪魔だ。
自分たちの足音も、敵の足音も、そして攻撃の音も、何もかもを覆い隠す雨音。
ばしゅん、と。
辛うじて、アンジェリカの耳が火薬の爆ぜる音を捉えた。
十字架を下から上へ振り抜いて、突撃槍を弾き飛ばした。
視線を素早く槍の飛んで来た方向へと向けるアンジェリカ。
その時だ。
『そのまま右の家に入って。壁をすり抜けられるでしょ? まっすぐ突っ切って、裏にあるもう1軒に向かって』
マギナギアを通し、クイニィーからの指示が入る。
みれば、民家の窓の向こうにクイニィーとホムンクルスがいて、アンジェリカを手招きしている。
エルシーにセアラの警護を任せ、アンジェリカは[物質透過]を用いて物音も立てず民家の中を駆け抜けた。
「素早い身のこなしに自信があるのは、貴方達だけでは無いのですよ」
壁を擦り抜け現れたアンジェリカの姿に、騎士は驚き取り乱す。
だが、流石は精鋭と言うべきか。
即座に武器を構え直し、アンジェリカへと突き付けた。
突撃槍・ホワイトラビット。
騎士がその発射装置に指をかけた、その瞬間……。
「この距離なら私の方が早いようですね。そう易々とヒット&アウェイなんてさせませんよ!」
十字架の端を、槍の先端へと当てる。
たったそれだけでホワイトラビットは暴発し、騎士の手をずたずたに切り裂いた。ホワイトラビットは元々、ファンブル率の高い欠陥兵器なのである。
『ちっ……』
戦況は不利と悟ったのだろう。
破損したホワイトラビットを投げ捨て、騎士は素早く踵を返す。
だが、その直後……。
「障害物が多いってことは動線が限られるって事。じわじわ追い詰めようか」
テーブルを避け、扉へ向かった騎士の胸元へ1本の細い針が迫った。
騎士の胸に刺さった針は爆発し、毒と炎を撒き散らす。
針を投げたのは、音も無く近くへ迫っていたクイニィーであった。ダメージによろめく騎士の背後にアンジェリカが迫る。
そして……。
「貴方達全員、この場で捕らえさせて頂きます!」
降り抜かれた十字架による一撃が、騎士の頭部を打ち抜いた。
一方その頃、エルシーとセアラは先ほどホワイトラビットを射出した敵を追っていた。
どうやら更にもう1発撃ち込もうとし、そちらは失敗に終わったらしい。
民家の影から、黒煙が立ち昇っているのを発見したのだ。
「気をつけてください。深追いして、こちらが回り込まれたりしないように周囲に警戒も必要でしょう」
「んじゃ、そっちはセアラさんに任せるわ」
言うが早いか、エルシーは地面を蹴って跳び出して行く。
向かう先は民家の影……ではなく、民家の正面玄関だった。
「はぁっ!」
怒号と共に、民家の扉を打ち破る。
砕け散った扉の向こうに、破損したホワイトラビットを構える歯車騎士の姿があった。
「大人しくしてくれればこれ以上危害は加えないわ」
『それは聞けない相談だな』
騎士の硬直は一瞬だった。
撤退は無理だと悟ったのか、武器を構えてエルシーへ向き直る。
騎士が足を振り上げた。蹴り飛ばされた鉢植えが、エルシーの顔面目がけて飛来する。
拳による一撃でそれをいなすと、エルシーは素早くその場で身を伏せた。
先ほどまで彼女の頭部があった場所を、槍の先端が通過する。
『くっ……』
「痛い目見なきゃ、分からないってことかしら?」
なんて、言って。
立ち上がる勢いを乗せたアッパーカットが、騎士の意識を刈り取った。
家屋の外で待機していたセアラの前に2人の騎士が姿を現す。
片方はホワイトラビット、もう片方はマーチラビットを装備していた。
槍と銃口がセアラへと向けられ……引き金が絞られるその瞬間。
『きゅー!』
奇妙な鳴き声とともに、2人の足元へホムンクルスが飛び出した。
ホムンクルスによる体当たり。それを受け、2人の男はよろめいた。
『ぐぉ、か、身体が……』
騎士たちの手から装備が落ちる。
胸を押さえ、自身の身に起きた異変に驚愕した表情を浮かべていた。見れば、鎧の胸元を中心に赤錆が広がっているではないか。
「上手いこと纏められたね」
物影から姿を現したのはクイニィーである。その足元へ、ホムンクルスが駆け戻って行く。
視覚外からの不意打ちを受け、困惑する騎士たち。
その隙を逃すセアラではなかった。
「離脱は許しません。ここで倒させていただきます」
宣言と共に、両手を翳す。
それと同時、2人の騎士を不可視の魔力が飲み込んだ。
[大渦海域のタンゴ]に捕らわれ、騎士たちの身体が宙へ浮く。
荒れ狂う大渦に飲み込まれ、掻きまわされ……。
渦が消え去る頃には、2人とも意識を失っていた。
初めに異変に気がついたのはエルシーだった。
足を止め、軽く虚空へジャブを放って首を傾げる。
「なんだか身体が重いわね。これが、エイト・ホーンとやらの効果かしら? 近くにあるなら思い切り殴って破壊してしまいたいわ」
そう呟いて、エルシーは視線をクイニィーへと向けた。
どこにあるの?とそう問うているのだろう。
「いや、わかんないけど」
あっちじゃない、とクイニィーが指差した方向は街の中央部。
とくに建物が密集している区画であった。
『あぁ、来たか。やっぱ駄目だったか。ほらな、俺の勘は当たるだろ?』
目元の傷を指でなぞって、イラクサは副官の男へそう告げる。
困ったような顔をして、副官は「いかがしますか?」とそう問うた。
さらには2人……騎士たちも副官の隣に並ぶ。
その2人を見比べて、イラクサはうち片方を指差した。
『お前、逃げろ。国に戻って、情報を伝えろ』
『なっ……しかし、隊長たちは』
『俺らはあれだ、囮になるよ。連中、すでに4人もうちの隊員を撃破してんだ。誰かが残らなきゃ、あっという間に追いつかれて一網打尽だよ』
『でしたら、隊長が逃げるべきでは……』
そう告げた部下を一瞥し、イラクサは「わかってねぇなぁ」と言葉を零す。
『お前らじゃ囮にもならねぇって言ってんだ。だが、俺なら連中を返り打ちにできるかもしれねぇ』
任せときな、と。
イラクサはにやりと笑ってみせる。
廃街、中央区格。
家屋の密集したその場において、最も迅速に戦闘を開始したのは『歯車騎士団』副官の男だった。
息を潜め、物影から様子を窺い……家屋の影に自由騎士たちが隠れたのを目にするや否や駆け出したのだ。
迎撃すべく、エルシーが前へ出るが副官の男は素早い動作でそれを回避。
そのまま、後衛のセアラへ狙いを定めマーチラビットを射出した。
ダダダン、と鳴り響く3つの銃声。
放たれた弾頭はセアラの周囲で爆発し、火炎の衝撃を撒き散らす。
「あっぶな……回避って大事よね。当たったら痛いし!」
更に後方へとバックステップで回避し、攻撃を避けたクイニィーは額の汗を拭いながらそう呟いた。
そんな彼女の背後へ迫るは『歯車騎士団』の隊長、イラクサだった。
『あー、お前さんか? こそこそと単独で動いてる奴がいるって報告は聞いていたが』
突撃槍による刺突がクイニィーの肩を貫いた。
副官の突撃を合図に、彼もまた前線へと赴いていたのだ。
セアラの元へ駆け戻るエルシーの目の前に、射出されたランスが突き刺さる。
遠距離から放たれたホワイトラビットによる一撃。索敵スキルを有さないエルシーには、敵の居場所が分からない。
このまま後衛に戻るべきか、それともその場で敵の1人を引き付けるべきか。
判断に迷ったのは一瞬。
エルシーの視線の端に、街の外へ向け駆け去って行く騎士の後姿が映る。
「情報だけでも持ち帰るつもりね。させないわ」
ぴゅい、と口笛を鳴らすエルシー。
その音は、遠く街の外にまで響き渡ったことだろう。
街の外に待機させていた愛馬・黒弾を呼ぶ合図である。
副官の男の胸に、十字架が叩きつけられた。
「まずは貴方から優先的に倒させていただきます!」
ゆらり、と流れるような動作で振り回される巨大な十字架。決して速い動きではない……だと言うのに、副官の目には、その動きが酷く曖昧で、捕えがたいもののように見えた。
そういうスキルだ、と気付いた時にはもう遅い。
『隊長! 後退を!』
そう叫ぶなり、副官は自身の身体にドーマウスを注入。
弱体化と引き換えに、体力を回復させる。
さらには構えたマーチラビットを、アンジェリカへと向けた。
放たれる砲弾と、アンジェリカの十字架が空中で激突し辺りに爆音を響かせる。
スキル[ノートルダムの息吹]による回復を終え、セアラは戦場から離脱する。
そんな彼女の視線の先には、クイニィーと相対するイラクサの姿。
クイニィーの援護のために手を翳したセアラだが、彼女が攻撃に移るより早くイラクサはその場を離脱した。
猛攻からの、即座の撤退。
そこには微塵の躊躇もなかった。
「やはり地の利は向こうにあるようですね」
少しの間とはいえ『歯車騎士団』たちはこの街を拠点にしていたのだ。そう考えれば、なるほど連中がこの街の作りや潜伏場所に詳しいことも頷ける。
事実、あっという間にイラクサの姿は見えなくなった。
射抜かれた肩を押さえるクイニィーにも、既に補足出来ない場所へ逃れたらしい。
「敵が1人、外へ逃げたわ。私はそっちを追いかける」
後衛へ戻って来たエルシーがそう告げた。
彼女の視線の先には、大通りを駆けて来る黒馬の姿。
それを見て、クイニィーはにやりと笑う。
「っても、向こうは1人なんでしょ? こっちにはまだ3人……いや、2人か」
ドガン、と轟音が響き渡る。
硝煙が晴れ、中から現れたのは額から血を流すアンジェリカと、その足元で倒れ伏した副官の男。
近距離戦はアンジェリカに軍配が上がったらしい。
「イラクサとやらは、火力の高い人達がボッコボコにしてくれるよね! あたしひ弱だからそうゆうのは任せた!」
ポン、とクイニィーはエルシーの肩に手を置いてすたすたと大通りへと歩を進める。
はぁ?と疑問の表情を浮かべるエルシーに手を振ると、そのままひらりと軍馬・黒弾の背へと跳び乗ったではないか。
「ちょっと借りるね」
「……そう言うことね」
黒弾の脚力があれば、今からでも逃げた騎士に追いつけるだろう。
索敵能力を持たないエルシーに比べれば、なるほどたしかにクイニィーの方が逃げた敵の補足には向いている。
クイニィーを見送ったエルシーたちは、背中合わせに3方向へと視線を向ける。
この近くにはまだ2人、イラクサと騎士が潜んでいるはずだ。
ホワイトラビットによる遠距離攻撃を警戒し、3人は建て物の影へと移動する。
その直後……。
『こっちに来ると思ったぜ。赤髪の姉ちゃんは、他2人よりも目が悪いのか?』
エルシーの眼前に、槍の先が突き付けられた。
アンジェリカとセアラの視界から外れながら、イラクサはここまで接近してきていたらしい。
だが、エルシーとて[イェソド]により第六感を強化した身。
不意打ちへの対応は、むしろアンジェリカやセアラよりも得意と言える。
「ちょうどいいわ。貴方に指揮を取られると厄介なのよね」
『もう指揮するほど、数は残っちゃいないがな』
槍と拳が交差する。
エルシーの拳はイラクサの頬へ。
イラクサの槍はエルシーの脇腹へ。
リーチの差か、深手を負ったのはエルシーだった。
セアラが即座に治癒へと移るが、その瞬間、イラクサは『やれ!』と叫ぶ。
それを合図に、建物の屋根の上から飛び降りて来た騎士。
落下しながら、マーチラビットを乱射する。
爆音と爆炎、地面が揺れる。
「こちらは私が!」
セアラによる回復を受けながら、アンジェリカは低い位置で十字架を構えた。
騎士の落下に合わせて、十字架を上段へと振り抜く。
ズガン、と。
激しい音がして、騎士の身体は大きく吹き飛ぶ。
砕けた蒸気鎧が、バラバラと廃街へ降り注いだ。
●
『あーあー、あぁったくもう。皆、やっちまいやがった』
困ったねぇ、と。
さして困った様子もなく、イラクサは装備していたマーチラビットをその場に捨てる。
手にした武器は突撃槍のみ。
さらには自身にドーマウスを注射し、ダメージの回復を図る。
『んじゃ、俺1人で頑張ろうか』
なんて、言って。
イラクサは槍をセアラへ向けた。
『補給を絶つのが、戦に勝つ一番の近道さ』
射出された槍を、アンジェリカが受け止める。
その隙にエルシーはイラクサの懐へと潜り込んだ。
だが、イラクサはよろり、とよろめくような動きでエルシーの拳を回避する。
「このっ……不利を悟ったのなら降伏しなさい」
『そう言うわけにもいかないんだよ』
なんて、言って。
イラクサ―はエルシーの回し蹴りを回避。
その視線は、まっすぐセアラを捉えたままだ。
セアラによる支援。
アンジェリカによるガード。
エルシーによる猛攻。
それに対するイラクサは1人。
支援を潰すべく、攻撃は常にセアラを狙う。
何度ガードされようとお構いなしだ。
さらには視線を合わせることもなく、エルシーの攻撃を回避し続ける反射速度と勘を備えている。致命傷を避け、攻撃を受けても最小限のダメージで済ませる。
加えて、エイト・ポーンによる自由騎士たちの弱体化もある。
なるほど、たしかにイラクサは歴戦の騎士なのだろう。
こと回避と継戦能力に関しては、熟練の域に達している。
だが、しかし……。
『ま、多勢に無勢だよなぁ』
エルシーの攻撃を回避した、その直後。
地面が揺れるほどの踏み込みから放たれた、十字架による3連撃をその身に受けてイラクサの鎧は砕け散った。
破砕の音はほんの一回。けれど、3発の打撃を受けたことをイラクサは悟る。
彼が敵の攻撃を見きれなかったなど、一体何年ぶりだろう。
世間は広いな、と。
口の端から血を零し、彼はくっくと肩を震わせ笑みを零した。
「申し訳ありませんが、。一人残らず倒させていただきます!」
「降伏しないと言うのなら、少し眠ってもらうわよ!」
獣のような咆哮を上げ、エルシーはイラクサの背後へ迫る。
『ちっ……身体が重い』
負けたかな、と。
そう呟いて。
エルシーの拳が、イラクサの背中へ突き刺さる。
背後から聞こえていた戦闘の音が鳴り止んだ。
戦いは終わったのだと、戦線を離脱した騎士は悟る。
それも恐らく、自分たちの敗北という形で。
散っていた仲間や、副官、そして隊長のためにも彼は逃げのびなければならない。
涙を堪え、走り続けなければならない。
だが……。
『馬?』
彼の視線の先には1頭の黒馬。
その体躯から、それが軍馬であることが分かる。
なぜ、こんなところに軍馬が?と、疑問に思ったその直後。
「まずは、お得意の速さと回避、削ぎ落としてあげるよ」
トス、と。
騎士の足首に1本の針が突き刺さる。
『な……』
小規模な爆発。
それと同時に、騎士の身体を毒が蝕む。
傷を受け、その場に膝をついた騎士の前に小柄な女性が現れた。
手にしたマーチラビットを構え、弾丸を放つがその時にはすでに女性……クイニィーはその場を離脱した後だ。
そうしている間にもじわじわと騎士の体力は減っている。
「ねぇねぇどんな気持ち? 速さが売りだったのに回避を捨てて捨て身の攻撃したのにこの結果どう?」
どこからかクイニィーの声が聞こえる。
受けたダメージと状態異常を分析し、逃走は無理だと騎士は悟った。
「さぁ、次はこっちがそっちの情報を引き出す番だよねぇ? さぁて、どうしたら喋ってくれるかなぁ?」
トス、と。
微かな音と共に、騎士の眼前に1本の針が突き立った。
今もお前を狙っているぞ、という合図だろうか。
『申し訳ありません、隊長』
任務は失敗です、と。
心のうちで仲間に謝罪し、彼はきつく唇を噛み締めた。
そうして彼は、意識を失うその瞬間まで呻き声一つあげずに耐え続けたのだ。
自由騎士たちに、得た情報の一片たりとも渡すことがないように。
こうして、廃街での戦いは幕を降ろした。
イラクサをはじめとする8人の歯車騎士は捕縛されたが、今もって情報については沈黙を貫いている。