MagiaSteam
慈愛と魅惑の女神像




 1体のイブリースが、カチカチと節足の群れを震わせている。長剣の如く、鋭利な節足。
 それらは、人骨でもあった。
 数人分の白骨が、1体の巨大な百足を組成している。
 そんな姿のイブリースが、2人連れの旅人に襲いかかる。
 貧相な青年と、筋骨隆々たる巨漢。
 その巨漢は、人間ではなかった。
 怯える青年を背後に庇い、人外の巨漢がイブリースを迎え撃ち、捕らえ、バキバキと食らう。
「食うに困らん。俺にとって、ここは理想郷だが」
 人骨の百足を補食しながら、巨漢は言った。
「……人間どもにとっては、絶望のどん底だったようだな。そういう味がする」
「こ、この地の領主は、稀代の暴君であったと聞いている」
 巨漢の背後で尻餅をついていた青年が、どうにか自力で立ち上がった。
「戯れに領民を殺すような人物だったらしい」
「まるで俺たちオーガーのようにか」
「君らは……人間を食べる事はあったとしても、愉しみのために人を殺す事はないだろう。まあ君は人食いすらせずに、こうしてイブリースばかり食べているわけだが。助けてもらった僕が言える事ではないけれど、程々にしたまえよ。また、この間のような事が」
「で、その暴君は健在なのか? 俺が戯れに殺してやってもいいが」
「亡くなった。病死、と言われている」
 夕闇迫る田園風景を、青年は見回した。
「この地では……暴君によって虐殺され、野晒しにされた領民たちの屍が、今のようにイブリースと化し、人々を襲う。そんな災いが頻発しているらしい。君にとっては、まあ御馳走が歩き回っているようなものかな。確かに理想郷かも知れないが」
「人間である貴様にとっては、そうでもなかろう。俺はイブリースがいれば食らうが、別に貴様など守ってはやらんぞ」
 人外の巨漢が、正直な事を言った。
「イブリースのうろつく、このような土地に何故、足を踏み入れようと思ったのだ」
「友がいる。久しぶりに、会っておきたいんだ」
 夕刻の空を、青年は見上げた。
「彼は以前、僕の作品を買い求めてくれた。その時、お互いの心にいる愛しのアクアディーネに関して随分と熱く語り合ったものだよ。今は……例の暴君の後を継いで、この地の領主をしている。だから会えるかどうかはわからないけどね」


 この地の前領主ベレオヌス・ヴィスケーノは、紛れもなく極悪非道の暴君であった。
 ただ1つ、とマグリア・ヴィスケーノは思う。
 夫ベレオヌスは1つだけ、まあ人間的な美点と称して良いかと思われるものを、確かに持っていたのだ。
 彼には、オラクルに対する差別意識というものがなかった。
 ベレオヌスにとって、オラクルとは有用な道具であり、厚遇し大切に扱うのはむしろ当然であったのだ。ある意味、差別とは言えるか。
 そんな方針によって、ここヴィスケーノ侯爵領からは2人のオラクルが見出され登用された。
 その1人が、ヴィスケーノ侯爵家の兵隊長ガロム・ザグ。
 彼は今、野営を繰り返しながら領内を巡回し、イブリースと戦い続けている。
 民を、守れ。
 領主の身辺警護を重んずるガロム兵長に向かって、その領主本人……アラム・ヴィスケーノ侯爵は、そう毅然と命じた。
 前領主ベレオヌスの、負の遺産と言うべきであろう。虐殺された民衆の屍が領内あちこちでイブリース化し、生き残った領民を脅かし続けている。
 ガロム・ザグを、領主の護衛という任務のみに縛り付けておける状況ではないのは確かなのだ。
 ガロム兵長が今ここにいれば、この旅人2名に、これほど容易く領主への謁見許可が下りる事はなかったであろう。
「エルトン・デヌビス先生……ようこそ、おいで下さいました」
 領主アラム侯爵自らが、二人連れの旅人を城の客間へと導いたところである。
 貧相な青年と、人外の巨漢。先生と呼ばれたのは、青年の方だ。
「すまない、アラム君……いや、今は侯爵閣下とお呼びしなければね。一夜の宿をお借り出来れば、という打算がなくもなかったところさ」
 エルトン・デヌビスが言った。
「こちらはオーガーのハンマーフェイス氏。僕の恩人なんだ」
「おい、俺のような人喰い鬼を城に入れていいのか」
「……このお城にはね、かつて貴方よりもずっと恐ろしい怪物が、人間の皮を被ったまま君臨しておりましたのよ」
 人外の巨漢に、マグリアは微笑みかけた。
「そのような場所でよろしければ、ごゆるりとお過ごしなさいませ……それよりも」
 隠し持っていたものを、マグリアは卓上に置いた。
「侯爵閣下、貴方のお部屋で見つけたものです」
「はっ、母上……! 何故それを……」
 アラムが青ざめる。
 マグリアは、ちらりとエルトンを見据えた。
「彫刻家エルトン・デヌビス、貴方の名は聞き及んでおります。このようなものばかりを作って、アクア神殿より破門を受けたとか」
 女神アクアディーネの彫像であった。
 信仰心が、よこしまな方向へと出過ぎた作品である。
「……権力で罰しよう禁じようという気はありません。ですが彫刻家よ、領主の母親として貴方に言いたい事はいくらでもありますよ」
「おやめ下さい母上! エルトン先生に罪はありません、これは私がこっそり買い求めたもので」
「恥じる事はないよ侯爵閣下、それにお母上も。アクアディーネを表現し、それを愛でる資格は万人にあるもの。そこに貴賤・種族の差別など」
 ハンマーフェイスが無言で席を外し、客間を出て行くが、エルトンは気付かず語り続けた。


 同じオラクルでありながら、俺はガロム・ザグよりも弱かった。認めざるを得ない。
 だから俺は、暴君ベレオヌス・ヴィスケーノの手から、この地の民を救う事が出来なかったのだ。
 かつてベレオヌスに反旗を翻した俺は、暴君の飼い犬と成り果てたガロムに敗れ、逃亡・雌伏を余儀なくされた。
 俺が修行鍛錬を積んでいる間に、しかしベレオヌスは死んだ。病死という事になっているが、恐らくは自由騎士団による極秘の討伐であろう。
 先を越されてしまったのは不覚である。
 だが、暴君の血筋はまだ残っている。
 政治というものは、それを行っていた一族の血統を根絶やしにしない限り、改まる事はない。
 ヴィスケーノ侯爵家を皆殺しにしなければ、この地の民が救われる事はないのだ。
 俺は、仲間を集めた。オラクルではあるが、素行に問題のあり過ぎる連中。それは、まあ俺も同様ではある。
 そいつらと共に俺は今、城壁を越えようとしているところだ。
 ガロム・ザグが不在である事は、調べがついている。
 奴と同等の障害が、しかし城壁の上で俺たちを待ち構えていた。
「何だ、貴様……」
「成り行きで、ここにいる者だが」
 1体の、オーガーであった。
「……外の空気が吸いたくなって、出て来たところだ」
「ならば勝手に吸え。まずは、そこをどけ」
「そうはいかん。貴様らがいると、どうにも空気が不味くなる」
「……行け」
 俺は、仲間たちに命じた。
「この食人鬼は、俺が片付けておく。その間に……アラム・ヴィスケーノとマグリア・ヴィスケーノ、この両名を必ず殺せ」
「任せな」
 この連中は、俺の手伝いをする事で、どこかから報酬を受け取る手筈になっているらしい。が、それは俺の知った事ではなかった。
「俺たちの本当の標的は、例の彫刻家よ。アクア神殿のお偉方になあ、また随分と嫌われている」
「勝手に女神様を彫って、売っちまったんだって? そりゃ殺されても仕方ねえな」
「そいつのついでに、領主様もそのババアも始末しておくからよ。安心しな」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.要人3名(ヴィスケーノ母子、エルトン・デヌビス)の生存
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセル国内、とある地方領主の居城に、オラクル8名が侵入しました。目的は領主母子および客人エルトン・デヌビスの殺害であります。
 これを、阻止して下さい。

 侵入者の内訳は以下の通り。

●アルゴレオ・テッド
 ノウブル、男、22歳。格闘スタイル。『震撃LV2』『回天號砲LV3』を使用。

●ノウブル、軽戦士(2名、前衛) 『ヒートアクセルLV2』を使用。
●ノウブル、重戦士(2名、前衛) 『バッシュLV2』を使用。
●ノウブル、ガンナー(3名、中衛) 『ヘッドショットLV2』を使用。 

 時間帯は夜。場所は城壁の上で、集団戦の出来る広さがあり、篝火も設置されています。

 アルゴレオは、城の客人である幻想種オーガーのハンマーフェイスと1対1で戦っており、それ以外の7人が城内へ突入せんとしているところで、自由騎士の皆様にはまずその7人を阻んでいただく事になります。
 7人の目的は要人殺害ですが、成功後の退路確保のためにも、まずは邪魔者である自由騎士団の排除を優先させるでしょう。

 7人全員が撃破される(生死不問)と同時に、アルゴレオとハンマーフェイスは相討ちとなって双方共に死亡します。その事態を防ぐためには、どなたかに7人相手の戦域から離脱し、両者の一騎打ちに介入していただく必要があります(移動に1ターン消費)。自由騎士の攻撃がとどめの一撃となった場合のみ、アルゴレオは生存状態のまま戦闘不能となります。
 ハンマーフェイスの攻撃手段は怪力による白兵戦(攻近単)のみ。一騎打ちに介入した場合、アルゴレオを相手に彼と共闘していただく事になります。
 この両名の生存は成功条件には含まれません。面倒でしたら放置して共倒れをさせてしまうのも有りでしょう。
 最優先事項は、7人による殺人の阻止であります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年01月15日

†メイン参加者 6人†




 夜闇を薄める篝火の明かりに、舞い踊る妖精の姿、に似たものが浮かび上がる。
 7人の暗殺者が、立ち竦み、立ち止まる。
 彼らの行く手を阻む格好で、『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)は石畳の上へと踊り出し、舞っていた。
 明るい楽の音が聞こえて来るかのような、軽やかな舞踏。
 彼女も、こんなふうに明るく楽しく踊る事がようやく出来るようになったのだ。
 思いつつ『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は、細い全身に陽の気が漲ってゆくのを感じていた。味方全員に強化をもたらす、それは力の舞いであった。
 戦いは、すでに始まっている。
 アリアを護衛する形に、2人の聖女が前衛に出た。
 まずは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、暗殺者たちに声を投げる。
「はい、ここから先は通行止め」
「むしろ私たちの一方通行です。貴方たちを、蹴散らします」
 続いて告げたのは、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。
「きっと、痛いですよ」
「痛いのが嫌なら大人しくする事。ちょっとね、貴方たちとお話をしたいだけです。お話だけで済ませたいです」
 オラクルであれば越えるのは容易い、城壁の上。
 オラクルでありながら自由騎士団には所属していない男たちが、この城に押し入って要人を暗殺と言うより強行殺害せんとしている。
「……どきな、嬢ちゃんたち」
 自分も含まれているのか、とマグノリアは思った。
「俺たちゃ忙しいのよ。そうでなきゃゆっくり遊んでやってもイイんだがなぁー」
「遊んでやがンのぁテメーか? 貴族のオッサン」
 男たちの嘲弄が『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)に向けられた。
「綺麗どころ集めやがって、ハーレムかよ。うらやましいじゃねえかオイこら」
「……私よりも腕の立つ御婦人ばかりでね」
 テオドールが言った。
「ハーレムどころか……生きた心地がしないというのが、正直なところだ」
「ちょっと」
 反応したのは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だ。
「失礼な事言わないでよ、テオドール……お兄さん」
「気を遣っていただく必要はないよカノン嬢。おじさん、とお呼び願おう」
「ふむ、ハーレム……ですか」
 エルシーが、ちらりと振り向いてくる。
「マグノリアさんが……男の子なのか女の子なのか、そろそろ教えてくれませんかね。体力作りのメニュー、性別次第で若干変えなきゃいけないところがあるんですよ」
「ふふふ。誰しも謎の1つ2つは抱えているものだよ、シスター・エルシー」
 美少女そのものの繊細な五指を宙に躍らせ、攻撃術式の構えに入りながら、マグノリアは男たちを見据えた。
 オラクルの力を悪用している、7人の男。
「もっとも……君たちの謎は、今ここで解明させてもらうよ。目的、それに背景。僕の性別などよりもずっと剣呑な秘密を洗いざらい、ね」


「ハンマー兄さん! ちょっと、何やってんの!」
 カノンが呼びかけた。
 オーガーのハンマーフェイスは、しかし返事が出来る状況にない。
 何をしているのかと言えば、殺し合いである。殴り合いである。
 体格のたくましい、とは言えオーガーよりは小柄な1人の青年に、巨大な拳を叩きつけている。それよりもずっと小さな拳に、殴り返されている。
 鮮血の飛沫を空中に咲かせながら戦い続ける、イブリース喰らいの鬼とノウブルの拳士。
 7人の男たちと油断なく向かい合ったまま、エルシーがそちらを一瞥・観察した。
「あれが……水鏡の情報にあったアルゴレオ・テッドさん。なるほど、あの人喰わない鬼と互角とは、なかなかやるじゃないですか」
「ええ、本当に互角……あのままでは相討ちですよ」
 下手をすると双方、共に死ぬ、とアンジェリカは見立てた。
「ごめん、カノンちょっと行ってくる!」
「お願い致しますね」
 アンジェリカは十字架を構え、7人の男たちを牽制した。その間にカノンが駆け出し、ハンマーフェイスの方へと向かう。
 これで、こちらは5名。それも過半数が女性である。
「へっへへへ……どうしても、やり合おうってんだなお嬢さん方。どうなっても知らねえぞお?」
 7人いる男たちから見れば、獲物でしかないのだろう。
 アリアが、恐らくは無意識にであろうが、エルシーに身を寄せている。緊迫した美貌には、隠しきれない怯えの色がある。
 彼女をそっと背後に庇いながら、エルシーは言った。
「どうなっても知らない、はこちらの台詞。まあ貴方たちには色々訊かなきゃいけませんから、命まで取らない努力はしますよ。絶対努力、ぜつ☆どり! です」
 アルゴレオ・テッドの目的は、この城の主アラム・ヴィスケーノ侯爵の殺害である。アルゴレオの同行者である、この7人の目的も同じであろう。普通に考えれば、そうだ。
 だがアラム侯爵は現在、城内で1人の客人を迎えている。
「エルシー先輩……ご存じない、ふりをしていらっしゃいますよね」
 その客人の名を、アンジェリカは口にした。
「エルトン・デヌビスには、神殿から捕縛令が出ています。私たちアクア神殿関係者は、彼を見つけ次第、捕えなければなりません」
「その令状、燃やしてパスタ茹でたのアンジェでしょ。あれは美味しかったです」
「まさか……」
 7人を見据えたまま、マグノリアが言った。
「アクア神殿が……彼らを雇った、とでも言うのかい。シスター……」
「仕事をしない私たちの代わりに、仕事をさせるため? そうではない事を、祈りたいところっ」
 男7人が剣を抜き、銃を構え、いよいよ戦闘を開始しようとしている。
 その時には、アンジェリカは踏み込んでいた。
 牝獣そのもののボディラインを激しく柔らかく捻転させながらの、十字架の薙ぎ払いが、男たちを叩きのめす。
 打ち倒された男たちの中から、特に大柄で頑強な1名が、よろよろと弱々しくも立ち上がった。
 その大男に狙いを定め、アリアが石畳を蹴った。怯えを振り切って、駆ける。跳ぶ。舞う。
「……剣の閃きに、惑いなさいっ」
 背徳的だ、とアンジェリカは思った。アリアの胸の躍動がだ。魔法剣士のドレスでは瑞々しい肉感を隠せない膨らみが、揺れる。暴れる。それに合わせて、左右の双剣が優雅かつ鋭利な弧を描く。
 その斬撃が、大男を打ち据えていた。切り刻む事も出来たであろうが、『慈悲の刃』がアリア・セレスティの戦いなのだ。
 大男が、盛大に鼻血を噴射して倒れゆく。
 他の男たちは、尻餅をついたまま戦意を喪失している。
「ひぃ……た、助けて……」
「エルシーさんと同じ事を言っておくわ。痛いのが嫌なら大人しくしてね」
 アリアは、彼らに微笑みかけた。
「……もう充分、痛い目に遭ったでしょ? 私たちは、貴方たちに訊きたい事があるだけよ。大丈夫、拷問みたいな事はしないわ。私が、させない……」
 言葉は、そこで凍りついた。
 座り込み怯えていた男たちの1人が、俊敏に立ち上がりながら、剣を振るったのだ。
 その一閃が、魔法剣士のドレスの、前面の紐を断ち切っていた。
 綺麗な鎖骨を、深く柔らかな谷間を、純白の下着を露わにしながら、アリアは青ざめた。いくらか幼げな美貌が、やがて初々しく赤らんでゆく。
 戦意を失っていたはずの男たちが、完全に蘇っていた。
「見ててわかったぜぇ嬢ちゃんよォ、おめえ男にヤられた事あんだろ!?」
「ヒャハハハハハハ思い出しちまったかぁ? もっとよぉおく思い出させてやっかあ!」
 十字架で、完全に撲殺するしかないのか。
 一瞬でもそう考えてしまった自分は、神職としてまだまだ修行が足りないのであろう、とアンジェリカが思ったその時。
 真夏の嵐が吹き荒れた。地表を灼き尽くす陽光、荒れ狂う海原。
 そんなものを思わせる拳撃で、蹴りで、男たちを叩きのめし黙らせながら、エルシーが、
「……私も見せてあげます。アリアさんに負けていませんよ、ほら」
 ばさり、と修道服を脱ぎ捨てた。刺激的なバトルコスチューム姿が、篝火に照らされた。
「最後の眼福です。さ、この世にお別れしましょう」
「落ち着きたまえシスター、絶対努力はどうしたのか」
 マグノリアが、言葉と共に細身を翻す。たおやかな細腕を振るう。
 魔力解放の舞い。ぶちまけられた破壊の力が、大渦を成して男たちを吹っ飛ばした。
 城壁の上から放り出す事も出来たであろうが、マグノリアもどうやら加減をしたようだ。
 石畳の上に落下し、倒れ伏した男たちの中で、数名が辛うじて身を起こし、銃を向けてくる。
「こ、このバケモノどもがあああっ!」
 銃撃を、マグノリアはまともに食らった。小柄な細身が、のけぞって血を噴き、倒れる。
 胸の谷間を露わにしたままアリアが、彼を抱き起こした。
「マグノリアさん……!」
「……大丈夫。この銃撃では、オラクルは殺せない」
 マグノリアは、男たちに微笑みかけた。悲しげな笑顔だった。
「かわいそうに……君たちは、もう助からないよ。最も、怒らせてはいけない相手を……怒らせてしまったね」
 言われるまでもない、といったところであろうか。
 エルシーの眼光に抗えなくなった男たちが、悲鳴を上げながら逃げて行く。負傷した身体で、互いに肩を貸し合いながら。
 その動きが、止まった。
 氷は見えない。だが7人とも、凍りついていた。目に見えぬ氷が、彼ら全員を凍てつかせ固めている。
「逃走……この場においては、これ以上ない悪手と言えるな」
 テオドールが軍服の上着を脱ぎ、それをアリアに着せ掛けている。目に見えぬ氷の荊で、男たちを拘束しながら。
「貴卿らに生存の道は2つしかない。我ら全員を斃して退路を確保した上、要人暗殺を仕遂げて意気揚々と帰還するか……それとも即この場で投降するか。選びたまえ。選択の余地があると思うならば、な」


「久しぶりー!」
 カノンの小さな身体が、挨拶と共に砲弾と化した。愛らしくも鋭利な拳を先端として、アルゴレオ・テッドに激突する。
 砲撃の如き一撃にへし曲げられたアルゴレオの身体が、吹っ飛んで石畳に墜落する。
 残心をするカノンに、オーガーのハンマーフェイスが半ば呆然と声をかける。
「オニヒトのカノン・イスルギ……か。また会うとはな」
「武道の試合じゃなく実戦だからね。加勢、させてもらうよ」
「加勢……だと……」
 アルゴレオが、よろりと立ち上がる。
「ふん、なかなか骨のあるオーガーと思っていたが見損なったぞ。そんな小娘の加勢に頼るとは」
「その小娘に今ぶちのめされたばかりの貴様なら、わかるだろう。こやつ、俺よりも強いぞ」
「ああもう。ハンマー兄さんまで! そんな失礼な事を言うっ!」
 踏み込むカノンを、アルゴレオは掌撃の構えで迎え撃った。
 回天號砲。
 アルゴレオの掌から、輝ける気の塊が発射され、カノンを直撃していた。
 血飛沫をぶちまけ吹っ飛びながら、カノンは思った。
(何て……綺麗な、気……)
 邪念のかけらもない、純真なる闘争の気力。
 民を守る。そのためだけに、このアルゴレオという青年は修行鍛錬を積んできたのだろう。
 ハンマーフェイスが、カノンを抱き止めてくれた。
 オーガーの剛腕に支えられながら、カノンはアルゴレオに語りかけた。
「……わかるよ……君なら、ここの領主様とも仲良くやれる……」
「領主? アラム・ヴィスケーノの事か!? 笑わせるな小娘! 結局はベレオヌスに逆らえもしなかった軟弱者に、この地の民を守れるとでも思うのか!」
 アルゴレオが再び、回天號砲の構えを取る。
「ハンマー兄さん……!」
「承知」
 カノンの小さな身体を放り投げながら、ハンマーフェイスが踏み込み突進する。そして巨大な拳をアルゴレオに叩き付ける。
 隕石のような一撃を、アルゴレオはかわした。回天號砲の構えが解けた。
 その間、カノンは彼の背後に着地していた。
「貴様……!」
 気付き、振り向こうとしたアルゴレオの身体が、鐘の音にも似た轟音を響かせ歪んだ。
 その脇腹の辺りに、カノンの小さな拳がめり込んでいる。
 血を吐き、倒れ伏したアルゴレオを、ハンマーフェイスが見下ろす。
「……とどめを刺さんのか? 俺がやってやろうか」
「君には……人を殺さないオーガーで、いて欲しいな」
 己の拳を見つめながら、カノンは言った。
「1度でも、人の命を奪ったら……それまでの自分じゃ、いられなくなっちゃうんだ」
「……俺が何故、人間の肉の不味さを知っているのか、お前は考えもせんのか」
「それでも、だよ」
 カノンは、ちらりと視線を動かした。
 テオドールが、目に見えぬ魔力の大蛇で、男たちを押し潰しにかかる。潰れかけた男たちを、マグノリアが猛毒炸薬で狙い撃つ。
 これ以上の戦いは、もはや弱い者いじめでしかなかった。


 猿轡を噛ませる必要はなかろう、とテオドールは判断した。この男たちに、舌を噛み切ってまで依頼主の秘密を守る気概があるとは思えない。
「要人の命を狙った罪は、重いぞ」
 拷問の必要もない。脅しながらの尋問で充分だ。
「よ、要人じゃねえよ……」
 縛り上げられた血まみれの7人が、城壁上に出て来た3名を見て、口々に自白をする。
「俺たちが殺す予定だったのは、そこの彫刻家だ……」
「ききき貴族様じゃねえんだから、いいじゃねえか別に……」
 テオドールは、夜空を仰いだ。
「殺してもよい者などいない……と言葉で教えねばならんのか、貴卿らには」
「めんどくさいですねえ、本当」
 エルシーが、拳を鳴らしている。
「少し数、減らしておきましょうかテオドールさん。7人は要らないでしょう、官憲に引き渡すにしても」
「駄目よ! エルシーさん……」
 止めに入ったアリアの肩に手を置きながら、エルシーはなおも言う。
「アリアさんの優しさに応えてもらいましょうか……ねえ貴方たち。こちらのエルトン・デヌビス氏を上手いこと始末したとして、一体どこの誰から報酬をもらう予定だったんですか?」
「アクア神殿の上層部、だろうね」
 答えたのは、エルトン・デヌビス本人だった。
「あの連中は僕に、アクアディーネを彫る事を禁じた。僕はそれに従わない。だから……また、お世話になってしまったねシスターお2人、カノンさん。それに初対面の方々」
 アンジェリカそれにハンマーフェイスと3人でパスタを食べながら、カノンが片手を上げる。
 テオドールは自己紹介をした。
「初めまして、テオドール・ベルヴァルドと申す。見知りおき願おうエルトン・デヌビス卿……ご無沙汰をしております、マグリア・ヴィスケーノ夫人」
「貴方がおいで下さるとは思いませんでしたわ、テオドール伯爵」
「……お知り合い、なんですか? テオドールさん……あ、上着ありがとうございました」
「まだ着ていなさいアリア嬢……そう、ヴィスケーノ家とベルヴァルド家は旧知の間柄」
 7人とは別に束縛されているアルゴレオ・テッドに、テオドールは視線を投げた。
「……で、ありながらベレオヌス侯の暴虐を止められなかった私も、貴卿から見れば誅殺すべき存在なのであろうな」
「…………」
 アルゴレオが何も言わないのは、アンジェリカが半ば無理矢理にパスタを食わせているからだ。
 テオドールの知るベレオヌス・ヴィスケーノは、英邁な君主であった。
 そんな彼が心を病み、暴君へと変貌してゆく間、自分は自由騎士として多忙な戦いの日々を送っていた。
(言い訳にもなるまい、が……)
 ベレオヌスの面影を僅かに残す若者に、テオドールは語りかけた。
「……アラム侯、御立派になられた」
「背丈が伸びただけですよ、テオドール伯」
 にこりと笑いながらアラム・ヴィスケーノが、さりげなく後ろ手で何かを隠す。
「……なるほど、これが君のアクアディーネ信仰か」
 アラムの背後に、しかしマグノリアが回り込んでいた。
「これを信仰と呼ぶのかはともかく、こういうものを否定するのが」
 びくりと硬直するアラムから、縛り上げられた7人へと、マグノリアは視線を移した。
「君たちの雇い主の、目的というわけか。そんな事をして、得られる利益とは?」
「……親しみやすい女神様じゃ困るって連中が居やがんのさ。アクア神殿の、上の方になあ」
 7人の1人が言った。
 それが全ての答えだ、とテオドールは思った。
(女神アクアディーネの神秘性・秘匿性を高める事によって、宗教的権威を独占する……それが狙い、か)
「エルトンさんもさ、開き直ってもう商売始めちゃいなよ」
 パスタのお代わりをしながら、カノンが言った。
「アクアディーネ様いっぱい作ってさ。何と言うか、そっち系の需要があるわけだし」
「まだまだ。僕の作るアクアディーネは、まだ人様からお金をいただくレベルには達していない。アラムは同好の士だから買ってくれただけでね……僕はこれからも人々の心の中にいるアクアディーネを知り、僕のアクアディーネとの折り合いを」
「……こやつの話が、俺は一向に理解出来んのだが」
「無理に理解を示しちゃいけないやつだよ、ハンマー兄さん」
 そんな会話を背景に、アラムがアルゴレオに歩み寄る。そして言う。
「……私に、何かを言う資格はないと思う。ただ見ていて欲しい」
「そうだよアルゴレオ・テッド。君はもっと、見て、見極めてから動くべきだったね」
 マグノリアも言った。
「この地に暮らす民の事を思った上で、こんな行動を取ったのなら尚更だ。まあ僕たちと一緒に、見ていこうじゃないか……ここヴィスケーノ領では恐らく、これからも色々と起こる。君の力も、自惚れ承知で言えば僕たちの力も、まだまだ必要になる」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

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