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隔離里と名工の業




 イ・ラプセル西の森の奥。ここにアマノホカリからの移民のみが40人ほどで暮らす集落があった。
 集落の住人の殆どは鍛冶職人とその家族。朝から晩まで鍛治を行い、刀や鍬、鎌など様々な道具を作っては、通商連を経てアマノホカリへと輸出し、その生計を立てていた。
 何故アマノホカリでなく、イ・ラプセルなのか。その理由はいたって単純。質の良い材料が手に入るからである。
 イ・ラプセルで作られた品々はアマノホカリでも一級品として扱われている。中でも伝説の名工と謳われる「チュウベエ・モリノミヤ」の銘の刻まれたものは特にすばらしい出来と評判であった。

 ──だがその集落は突如姿を消す事になる。

「魔物がっ!! 魔物がきやがった!!!」
「みな、起きろっ!!! 男衆は武器を持って戦え! 女子供は絶対に家から出るなっ!!!」
「外が騒がしいな……」
 チュウベエ・モリノミヤは部屋の隅に飾ってあった刀を手に取る。
「こいつを自分で使う日が来るとはな……」
 そういうと鞘から刀を抜く。その刀の見事な波状紋は暗闇の中でなお美しい輝きを放っていた。

 そして翌日。たまたま立ち寄った旅の行商人によって集落の全滅が報告される。
 鞘のみが残されたチュウベエ・モリノミヤの刀の行方は知れないままであった。
 

「ある集落がイブリース化した魔物によって壊滅する」
『演算士』テンカイ・P・ホーンテン(nCL3000048)が自由騎士へ告げる。
「こんな辺鄙な場所に集落があったんだな」
 伝えられた自由騎士も閉口するような、都市部から離れた場所だった。
「ああ、だからこそ他所の文化との交流が少なく、自身の祖国の業を磨き続ける事ができたんじゃないかな」
「それは確かに。アマノホカリの『カタナ』ってヤツはイ・ラプセルや他の国で普及している剣とは全く別モノだもんな」
「その通り。アタシも別に詳しくは無いけど、なんていうかこう美しいというか……艶を感じるよな。というわけでかなり遠いけど今から急げば襲われた直後にはたどり着けるはずさ」
「了解した。で、いつもどおりイブリースを浄化すればいいんだな」
「ああ、だが今回はもう一つ大事な任務がある。これは軍事顧問のフレデリックからの言伝だ。『かの集落で生産されている素晴らしい業物を、自由騎士団にも卸して貰えるよう交渉して欲しい』だってさ。まぁ状況的には交渉はしやすいと思うが、彼らにも拘りはあるだろうから……なんとかうまく話を聞いて対応しておくれよ。あ、あと……」
「あと?」
「それとはまた別件なんだけどね……どうやらその集落では『コメ』を使った極上にうまい酒を作ってるらしいんだ。それも少しばかり分けてもらえないか聞いておくれよ。礼は弾むからさ♪」
 いつに無く楽しそうなテンカイに見送られながら自由騎士たちは辺境の森へと旅立ったのであった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
国力増強
担当ST
麺二郎
■成功条件
1.イブリース化した魔物の討伐
2.チュウベエ・モリノミヤ含む集落住人の生存
3.武器調達の交渉を行う(可否不問)
最近醤油もいいかもしれないと思い始めた麺二郎です。皆さん麺すすってますか。

イ・ラプセルの質の良い材料を使って道具を作る鍛治職人達の集落がイブリース化した魔物に襲われ、貴重な伝統の技が失われようとしています。魔物を討伐し、集落と伝統の業を守っていただければと思います。


●ロケーション

 イ・ラプセル西の辺境の森の中。40人ほどが暮らす小さな集落ウラノベ。
 アマノホカリより移民してきた人々が暮らす一級の腕を持った鍛冶職人達の集落です。
 襲われるのは草木も眠る丑三つ時。集落の人々は殆どは就寝しており、明かりなどは無く真っ暗闇です。
 そんな中、敵襲に気づいた数名の男集が自身で鍛えた刀を持ち、勇猛果敢に魔物に挑んでいます。
 ですが、戦闘経験は乏しいため、出来る事は身を守る程度。戦力としては期待できません。
 また集落には野生動物対策のトラバサミとくくり罠が仕掛けられています。罠にかかると自由騎士と言えどもダメージ必死のため、こちらにも何らかの対策が必要と思われます。


●登場人物&敵

・チュウベエ・モリノミヤ 齢78
 集落の鍛冶職人の中でも飛びぬけた才能を持つ鍛冶職人。
 自由騎士がたどり着いたとき、自らが魂を込めて拵えた刀を構えて交戦中です。

・男衆 6人
 チュウベエと同じ鍛冶職人たちです。刀や鍬、鎌などを持って交戦中です。

・その他住人
 鍛冶職人の妻や子供、老人です。皆扉を閉め家に閉じ篭っています。魔物に襲われる心配はありません。

・ツインヘッズ 14体
 イブリース化により、双頭となった黒ヒョウ。鋭いツメと強力な牙が武器です。
 群れの中に2体リーダ格がおり、他の個体より強化されています。
 またリーダ格の2体のみ攻撃に【パラライズ2】【ヒュプノス2】の効果があります。

皆様のご参加お待ちしております。 
状態
完了
報酬マテリア
4個  4個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
6/6
公開日
2019年03月23日

†メイン参加者 6人†




『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)は腰に備えた愛刀逢瀬切に手を添えながら考えていた。
 自身の魂(アニムス)を燃やすに値する状況とは如何なる場面なのか。
 もちろんカスカ自身、まだ答えは持ち合わせてはいない。
 だが肌身離さず共に精進してきたこの愛刀。この刀と共に自らが選び極めんとする道の先にこそ場所(それ)はある。そんな予感をカスカは感じていた。


「それにしても……こんな所にアマノホカリからの移住民がいたんだ! しかも……鍛冶職人の集落!!」
 くぅ~~と、こみ上げるものを抑えきれないといった仕草をみせながら、ぴんと立った犬耳を揺らし駆けるのは『ノラ狗』篁・三十三(CL3000014)。
 三十三はアマノホカリの生まれ。生家は暗殺を生業とする一族であったが、イ・ラプセルでは年齢相応に快活な少年として日々を過ごしていた。
「やっぱり祖国だしね。色々聞きたい!」
 三十三の興味は集落の住人達。その気持ちは既に集落を救った先の未来に向かっていた。
「アマノホカリの刀は美しいからなぁ」
 艶やかな唇に指を当て頷きながらそう言うのは『艶師』蔡 狼華(CL3000451)。
(しかも切れ味抜群やし……うちも一振り欲しいもんやわぁ)
「そうですね。私も良い道具を作る人はとても尊敬してますので」
 そう言うのは『飢えた白狼』リンネ・スズカ(CL3000361)。
「戦闘にしろ鍛錬にしろ、道具が良い物であればそれだけ高い成果を見込めます故。……ついでに私の武器や防具や鍛錬道具……見てくれませんかねぇ?」
 リンネがこう思ってしまうのも無理は無い。アマノホカリの伝統と技術を受け継いだ鍛冶師に直接道具を見てもらう事など、イ・ラプセルではそうそう出来る体験ではないのだ。
「暗殺針くらいなら……ま、それもこれも無事依頼をこなした後ですね」
 これから行うは魔物との戦い。だがリンネの心はその一つ先を見据え、躍っていた。
「……見殺しにはできないわね」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は思う。集落を守るためとはいえ、戦闘経験も無いほとんど一般人のような彼らが手にした道具一つで凶悪な魔物に立ち向かう。この行動がどれだけ勇気のいることか。
 ああ、なんて高潔な精神の人達なんだろう。そしてその精神があるからこそ良いものが作り出せるのだわ──。エルシーの中に強まる思い。絶対に守らなくては──。
 また一つ自らの使命を得た戦士は、そのエメラルドグリーンに輝く瞳の奥に決意の炎を燃やし、現場へと急ぐのであった。
「うまく交渉できると良いのだが……。だがまずは邪魔者を排除するとしよう」
 リュンケウスの瞳で周囲を探りながら進んでいた『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が皆に集落が近いことを告げる。
 時刻は深夜2時過ぎ。カンテラの光が周囲を照らすも、その数メートル先には漆黒の闇が広がっていた。


 集落中央の開けた場所。そこには道具を持ち、ツインヘッズの群れと対峙する男達が居た。
「くそっ! なんとしても集落から追い出さないと……」
「それにしても……数が多すぎるっ」
「泣き言を言っても始まりゃせん。一匹ずつだ。確実に仕留めていくしかあるまい」
 動揺する男衆を先導するのはチュウベエ・モリノミヤ。集落イチの鍛治職人である。眉間に刻まれた深いしわ。それは常に自分を律し、周りをも厳しく指導してきた男の象徴であった。
 その手には自身が打ち鍛えた中でも最高の出来と自負する刀が握られていた。
(死ぬかもしれんな)
 一匹ですら自分達には手が負えなそうな双頭の魔物。それが目の前に十数匹。
 チュウベエ達が覚悟を決め、魔物の群れに突っ込もうとしたまさにその時だった。
「ハァァーーーーーッ!!!!」
 まず最初に飛び込んできたのはリンネ。集落が見えるや否やリンネは韋駄天足を発動。一気に加速し、誰よりも速く現場へとたどり着いたのだった。
 勢いのままに男衆を横切り魔物たちの目の前に躍り出ると凝縮した気を一気に解き放つ。
「キャオォォォーーーン!?」
 リンネの攻撃に数頭のツインヘッズが吹き飛ぶ。
「ここは私たちが引き受けます。皆さんは安全な場所へ」
「しかし……この魔物の数を貴方1人では……」
 この少女は強い。それはこの一瞬の出来事の中でも男衆に理解できた。だがこの数を相手するとなるとどうなのか。やはり我々も戦う──そう言いかけた時、更なる守る者たちが颯爽と現れる。
「我らイ・ラプセルの自由騎士団! 演算の未来より救済に参上!」
 三十三が威勢よく名乗りを上げる。そこには自由騎士が5人。
「だから言ったでしょう。私『たち』と」
 リンネは穏やかに微笑むと今一度避難するよう伝える。
「刀鍛冶は刀を作るのが仕事、折角の業を無くす訳にはいかしまへん。刀を扱うんはうちらに任せとくれやす」
 男衆に薄笑みを見せると狼華が小刀を構える。
「私はイ・ラプセルの自由騎士、エルシー。義によって助太刀します!」
 そういうとエルシーはチュウベエの前へと歩み出る。
「ここは私達にお任せください。貴方達は下がって。アレは危険な相手です」
 チュウベエは自由騎士たちを見渡す。
「……わかった。言うとおりにしよう」
 魔物を前に常に険しい表情を浮かべていたチュウベエ。だが自由騎士たちに向ける表情は違う。
「ムチャはせんでくれ」
 それだけ言うと男衆に避難の指示をする。避難する男達の傍らにはリンネの姿。回復と攻撃。その両方が卒なく行えるリンネは彼らを守るのに適任であろう。
「あ、あんた達も、き、気をつけてくれ! ええと……そうだ、あと、ここ、このしゅ、集落にはわ──」
「罠があるんだよね。場所、教えてくれる?」
 集落に罠がある事を思い出し、伝えようとした男。動揺してうまく言葉が紡げないその男の意を汲み取り三十三が罠の場所を聞き出す。
「──わかった。みんな! 罠の位置はわかったよ!!」
 罠の位置を伝えると、先をいく皆に追いつかんと自由騎士たちに背を向け走り出した男。しかしその目の前には──
「うわぁぁああああっ!!!!!」
 襲い掛かる2匹のツインヘッズ。凶悪な牙と爪が男に襲い掛かる。
 そのまま男の命は果てるかに思われた。
「「あぶないっ!!」」
 そこには男を庇い、ツインヘッズの牙をその腕で受け止めるエルシーと三十三の姿。二人の腕からは温かく赤い血が滴る。
 エルシーが右拳に力を込める。三十三もまた己が速度をその一撃にのせる。
「ハァアアアアーーーッ!!!」
「そう来ると思ってたんだ!! くらえっ!!!」
「キャォォォオオオオン!!」
 2人の拳はツインヘッズの意識を奪い去る。その拳に込められるは自由騎士としての矜持。
「痛タタ……でも大丈夫! 気をつけてねっ!」
 三十三が笑顔で男を送り出す。
「これで住民の退避は完了したな。あとは……目の前の敵を倒すのみ」
 ハーベストレインでエルシーと三十三の傷を回復するテオドール。
 前で戦うカスカ、狼華によってすでに2体が倒れているが、それでも残るツインヘッズは10体。リーダー格も健在だ。
「さて、避難も終わったようですね」
「そうですなぁ」
 では──。カスカと狼華の動きが変わる。2人はこれまで敢えてツインヘッズの目を惹くように動いていた。行動の中に敢えて隙を作る。敢えて所作を大きく振舞う。その行動一つ一つがツインヘッズに2人の力量を違わせ、仲間を倒されつつも『もう一息で倒せる』ターゲットと見せ続けていたのだ。
「ここからは本気でいきますよ」
 カスカが刀を構えなおす。凜とした表情を見せたカスカの照準はリーダーの2体へ向かう。もう敵の気を引く無駄な動きは必要ない。ここからはただ滅するのみ。
「ふふふ……楽しませておくんなまし」
 狼華がその動作をとめて一呼吸おく。カツン、と靴が鳴る音がした。狼華が靴を打ち鳴らす。その情熱のタップ音は聞くものの心を狂わせる──突然同士討ちを始めるツインヘッズたち。
「頭が2つおうても猫は猫。害獣同士仲良く喧嘩しておくれやす」
 狼華は踊り続ける。そのしなやかな身体は様々な踊りを体現し、ツインヘッズを翻弄し続けるのであった。
「皆さん安全な場所へ移動完了しました。さて……まだ始まったばかりですかねぇ?」
 男衆の誘導を終えたリンネが戦線に戻る。その目に映るのは多くの魔物。
 私の実戦経験の糧になってもらいますよ──リンネが構えを取る。自らの経験した戦いの全てが彼女にとっては糧となるのだ。
「こっちこっち!!」
 三十三の挑発にのり、無防備な猛然と襲い掛かかろうとしたツインヘッズ。たが突然、前足を猛烈な痛みが襲う。
 そこにあったのは強力なトラバサミ。ツインヘッズがどれだけもがこうと一向に外れる様子は無い。
「よしっ! 作戦成功っと」
 罠の位置を把握した三十三は巧みにそれを利用する。既に3匹が三十三によって罠にかかり、その行動力を奪われていた。
「クッ!?」
 さすがにやるわね──リーダー格の1匹とそれを取り巻く数匹を一度に相手するエルシー。その脅威の身体能力で魔物たちの攻撃を可能な限り避けてはいるものの、やはりその全てを避けきることは出来ず、徐々にダメージが蓄積していく。
 傷だらけになりながらも強い眼差しを持って魔物たちと対峙するエルシー。自ら課した使命。それを果たさずに倒れる事は許されない。少し痺れの残る拳を強く握る。
「私の限界は私が決める。そして今この場に限界(そんなもの)は存在しないっ!!!」
 エルシーは一気にリーダー格の1体に詰め寄ると、ゼロ距離からの寸勁を叩き込む。その拳には様々な思い(彼氏がいるの羨ましいの割合2%上昇)が乗っている。その果てしなく重い拳。
 ドサリ、と音がして目の前のツインヘッズが倒れる。
「ハァ……ハァ……やった、わ」
 満身創痍のエルシーに心地よい回復の魔力が注がれる。リンネのハーベストレインだ。
「残るは5匹。いい感じに温まってきましたよ」
 その言動にリンネは心底この戦闘を楽しんでいる事が見て取れる。
「さぁそろそろ幕引きと行きましょか」
 狼華が新たに奏でるはタンゴのリズム。そのリズムから生み出されし目に見えない大渦はツインヘッズを巻き込み、その場から一歩たりとも動かさせない。
「白きマナよ。かの者達へ重圧を」
 そこへテオドールの放った白きマナが強力な電磁力場を起こし、ツインヘッズ達に更に強力な重力を課す。
「これで終わりだっ!」
「これで終わりです」
 
 そして自由騎士達はツインヘッズ全ての討伐に至る。
 こうしてアマノホカリの伝統を受け継ぐ集落は、誰一人の犠牲者を出すこともなく、守られたのであった。


 そして夜は明け辺りが明るくなると、その医学知識で負傷した集落の人々を見て回っているリンネ以外の自由騎士達は、改めて集落の代表の者たちとの交渉の場にいた。
「先ずは礼をいわせてもらいたい。あなた方のおかげで我々は命を救われた。本当に感謝する」
 そういうと男達は深々と頭を下げた。
「どうか頭を上げてください。私達はするべき事を行ったまでです」
 エルシーは傅くチュウベエ達に声を掛ける。
「さて、チュウベエ殿。折り入ってお願いがあるのだが宜しいだろうか」
 テオドールはもう一つの目的である交渉への話を進める。
「貴方達が丹精込めて拵えた業物。我ら自由騎士団にも卸してはいただけないだろうか?」
 思っても見なかった申し出に男達はざわめく。
「こうして話を出来る事、何かの縁だろう。故に一考してはいただけないだろうか?」
 礼節を重んじ、相手に最大限の敬意を払うテオドール。
「この集落の作る業物の素晴らしさ。その噂をきいて、交渉しに参ったのです」
 エルシーが言葉を続ける。
「俺は……この刀で諸悪と戦う所存です。そしてより良い世界に……イ・ラプセルはそれが出来る国と俺は思っています」
 三十三は自らの刀を男達へ見せる。そしてこの刀で何を求め、何を目指すのかを宣言する。 
「貴殿の刀をぜひイ・ラプセルの為に使わせて頂きとうございます!」
「なるほど。仰る事はわかりました。あなた方には命を救っていただいた。その恩は必ずお返しする。ですが──」
 自由騎士たちの言葉を黙って聞いていた集落の面々。その1人が重い口を開く。
 その男の説明はこうだった。この村の業物はその精巧さによりアマノホカリでも高く評価されている。そのため殆どがアマノホカリへの献上品である事。それ以外も殆どは作成を約束されたものである事。故に自由騎士へ回せるほどの数を用意する事は出来ないのだという。
「なるほど……」
 テオドールは表情こそ崩さないものの、この交渉の難しさを感じていた。他の自由騎士たちも同様のようだ。
「という状況がありますので……」
 交渉は不成立か。誰もがそう思ったときだった。
 戦闘服から衣替えした狼華がその場に現れた事で状況を一転させる。
「改めまして、蔡狼華と申します。以後お見知り置き願います、皆様方」
 三指をついて深く頭を下げる狼華。ほぉ……皆が息を呑む。
 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花──皆の脳裏に過ぎったのはアマノホカリ出身者であれば誰もが知るであろうその言葉。狼華の魅せたその所作の一つ一つが花のごとく凜と咲く。
「その刀の美しさは分かる者にはちゃんと分かります。美しさだけでなく、その性能や刀のプライドも。うちはその刀に認められる剣士に成りたいので御座います。どうか、どうかその機会を与えていただきたいのです」
 その言葉は職人達の心に深く響く。道具に見合う人間になりたい──作り手にとってこれほどの賛辞があろうか。まさに最上級ともいえる賛辞であった。
「見てのとおりアマノホカリに縁を持つ者は自由騎士団の中にも多い。貴方達が丹精込めて打ち鍛えた刀を無碍に扱う者はいないだろう。勿論、それによって絶たれる命に対しても」
「……あいわかった」
 テオドールの言葉に答えたのはチュウベエ。
「さっきも言ったとおり、すぐには無理なのは変わらん。だが……約束されたものを全て納めた後はそちらへも卸せるように都合しよう」
「ほんとに!?」
「ワシは嘘は言わん」
 三十三が喜びで飛び跳ねる。
「(……武器や防具や鍛錬道具……良い物が欲しいのですよねぇ……)まぁ防具や符は兎も角、暗殺針などもお願いできるのでしょうか」
 そこへ治療を終えたリンネがやってきて尋ねる。
「暗殺とはまた物騒じゃのぅ……。だが針は専門で作っている者がいる。可能じゃろう」
 駄目元で尋ねたリンネにとっては何よりの朗報だったのであろう。その耳はピンと立ち、大きく柔らかな尻尾はふぁさふぁさと揺れていた。
「モリノミヤさんの刀は特に名刀だとお聞きしました。見せていただいても?」
「構わんぞい」
 エルシーもその美しい造形に興味深々のようだ。
「そういえばもう一つ。此処には珍しい酒があると聞いたのだが──」
 その後、お礼も兼ねた宴が行われる事になる。もちろんその場には極上のサケも振舞われ、大人たちは皆舌鼓を打ったのであった。


 自由騎士たちが宴に参加している頃、チュウベエの鍛冶場。
 そこにはカスカの姿があった。
「……まったく、私はどうにも良くないですね。価値やら危険を天秤に掛けて望むモノから目を背ける癖がある」
 そういうとため息を一つ。自身が不器用な事は誰よりも自分がわかっている。
「あの鍛冶師達は言いましたよね。刀には魂が宿る……とその言葉に迷いは見られなかった。だったら私の取る行動は剣客として実に明瞭です」
 そういうと逢瀬切を鞘から取り出す。
「……この場所でなら」
 職人が魂を削りながら日々過ごす場所。私の望みは適うかもしれない──なれば我が魂《アニムス》をこの剣に宿すには即ち自明の理。
 私が私として純粋にただ望むだけの事。
 覚悟、価値、危険……純然たる『望み』を前に、斯様な感情に遮られる道理など無い──

『風の如く己が思うがまま駆け抜けろ』

 声が聞こえた気がした。カスカが僅かに微笑む。……そうでしたよね、鞍馬のお師匠。
 カスカが逢瀬切に全てを注ごうとしたその時だった。
「やはりここにおったか」
 振り返るカスカ。そこにいたのは腕を組み厳しい表情のチュウベエ。
 言葉もなく、カスカの元へと歩み寄ると逢瀬切を手に取る。
「使い込まれたいい刀だ。こりゃぁワシにも今はまだ打ち直せんな」
 チュウベエの言葉にカスカは落胆の色を隠さない。
「だからこそ、私は私の魂を使っ──」
「だがな」
 強い口調でチュウベエが言い放つ。
「刀に命を吹き込むのは他の誰でも無い、ワシら刀鍛治の仕事(いきがい)だ」
 チュウベエの目は語っていた。例え今は出来なくともいつか打ち直してみせる。ヌシの望むものを必ずワシの手で作ってみせる──と。
「私は……」
 憑き物が取れたようにカスカから力が抜ける。
「ワシとてまだ道半ば。いずれヌシが望む以上の物を拵えてみせるわい」
 そういうとチュウベイはニカッと笑った。
「その時が来れば使いを出そう。それまでこの刀、預けておく」
「預けるも何も逢瀬切は私の刀ですよ。……全く、年の功には敵いませんね」
 そう答えたカスカは穏やかに微笑んでいた。

「では、またその時に」
「ああ、またじゃ。必ずじゃぞ」
 カスカはチュウベエの鍛冶場を後にする。いつ果たされるとも知らぬ、だが決して破られる事は無いであろうその約束を胸に秘めて──。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『刃狗』
取得者: 篁・三十三(CL3000014)
『ネゴシエイター』
取得者: テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)
『我戦う、故に我あり』
取得者: リンネ・スズカ(CL3000361)

†あとがき†

自由騎士によって集落は守られました。今後も伝統の技は磨かれていきます。

MVPはその美しい所作できっかけを作った貴方へ。

ご参加ありがとうございました。
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