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【シャンバラ】S級指令、妖精郷へ2



●理想郷シャンバラ
 時期だけを見れば冬も近いというのに、そこには蝶が飛んでいた。
 いや、蝶だけではない。
 蜂や他の虫も同じように、羽音を小さく響かせながら咲き乱れる花へと寄っていく。
 道を歩けば、漂ってくるのはこれら花たちの甘い蜜の香り。
 ゆるやかに流れる暖かな風に揺れて、花々は常に視界のどこかを占めていた。
 空は青。雲は白。
 陽射しは程よい程度で、生きるのに最適の環境がここにある。
 イ・ラプセルも豊かな地であろうが、しかしそれでもまるで比較にならないほどの豊かな大地がそこにあった。
 ここは白き神に祝福されし約束の地。
 豊穣の理想郷――シャンバラ。
「ええ、相変わらず素晴らしい環境ね。全く反吐が出るわ」
 理想郷の地を踏みしめて、マリアンナ・オリヴェル(nCL3000042)は舌を打った。
 シャンバラに来てからずっと、彼女の顔つきは険しいままだ。
「シャンバラが豊かなのが、そんなに気にくわないのか?」
 『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)マリアンナに問う。
 言われてマリアンナはバツの悪そうな顔をして目線をそらす。
「気持ちが悪いのよ。どこに行っても空気が不味くて、怖気がして、嫌になっていただけ。……感情的になっているだけではないわ」
 妙な物言いだが、はぐらかしているわけではない。
「あなた達に分かるかしら。この、空気の中に混じっている、言葉にできない異質さっていうか、どこかいびつで、不自然さがぬぐえない感じ……」
 朗らかな陽射しの下、草原を歩きながらマリアンナは言う。
 だが自由騎士達に、そんな違和感は感じられなかった。
「少し、過敏になりすぎていないか?」
 ザルクの指摘を受けて、マリアンナは軽く苦笑した。
「そう、ね。そうかもしれないわ。……行きましょう。こっちよ」
 そして彼女は歩き出す。
 目指すべき目的地は妖精郷ティルナノグ。
 マリアンナの案内によって、自由騎士達は確実にそこへと近づきつつあった。
 だが――

●そこに立ちはだかるもの
「何……、これ……」
 そこにあるものを前に、マリアンナは絶句した。
「なかったわ。私がシャンバラを出ていくときに、こんなもの建ってなかった!」
 彼女は悲鳴にも近い声を出して、そこに立ちはだかるものを見る。

 ――砦。

 それは砦だった。
 森の入り口付近に建てられた、魔女狩り達の砦である。
 それ自体は石材と木を組み合わせた簡素なものだが、しかし、今も出入りする白い頭巾の魔女狩りの姿が見える。
「これは、些か不味いな……」
 『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が気づいた。
 ティルナノグへと向かう最中にあるこの砦、なかなか厄介な場所にあるのだ。
 東側には大きな湖。
 西側にはそそり立つ巨大な山。
 砦を避けて迂回するにしても、時間を食うのは間違いない。
 それに、迂回したところで別の魔女狩りと遭遇することだって当然ありえる。
 最悪、迂回路の先に別の砦がある可能性だってある。
 敵地へと潜入した自由騎士達はできる限り速やかにティルナノグへ到着する必要がある。
「ここ以外でティルナノグへ行ける道は?」
 問われて、マリアンナはかぶりを振った。
 ティルナノグは隠れ里である。
 魔女狩り達に見つからないよう、森林地帯の特に奥まったところにあるのだ。
 そして、そこへと辿り着ける道もまた限られていた。
「森のさえ入ってしまえば、魔女狩りから逃げるなんて簡単よ。でも……」
 マリアンナが言い淀む。
 森の入り口に建てられた魔女狩りの砦。やはり、それが邪魔だった。
「シャンバラの連中にティルナノグの場所が知られたのか?」
「多分、違うわ。ここは里に繋がるほぼ唯一の道だけど、里から近いわけじゃない」
 マリアンナの話では、魔女狩りはこうした簡易拠点を作ることが多いのだという。
 ヨウセイは森に潜むことが多い、という魔女狩りなりの経験則からだろう。
 だがこの場合、それは自由騎士達にとって最悪の偶然となってしまっていた。
「魔女狩りに気づかれずに砦を通過するのは無理だな」
 自由騎士がそう結論付ける。
 かといって、迂回が悪手なのはどう見ても明らかだ。
「どうするの? 私は、あなた達の決定に従うわ」」
 呼吸を落ち着かせながら、マリアンナは自由騎士達を見た。
 砦にいる敵の数は、少なく見積もっても二十人を下回ることはないだろう。
 押し通るならば、隠れて行くにせよ攻め落とすにせよ、相応の危険は覚悟するべきだ。
 迂回するならば、東の湖か、西の山地かを選ぶ必要も出てくるだろう。
 無論、船のあてなどありはしない。
 そして山を進むにしても、山自体がかなり高いことと、別の魔女狩りと遭遇する危険が挙げられる。
 どちらを選ぶにせよ、迂回する場合はかなり時間がかかるのは必至だ。
 突っ切るか、それとも回り込むか。
 その判断は彼らに委ねられた。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
S級指令
担当ST
吾語
■成功条件
1.森林地帯への到達
やってまいりました理想郷シャンバラ!
いきなり難題ですね、吾語です。

今回はティルナノグへと続く森林地帯を目指していただきます。
ただし、その森に続く入り口には何やらお邪魔虫の巣があるようです。

自由騎士の皆さんは3つのルートから1つを選ぶことができます。
3つのルートとは「砦・湖・山」です。

◆ルート1:砦
 森の入り口を塞ぐように立っている砦を突っ切るルートです。
 魔女狩りが最低二十人います。何人いるかは不明です。
 この砦は別にティルナノグ攻略のために建てられたワケではありません。
 ヨウセイは森に潜むことが多いため、
 それを追う魔女狩りも森近くに拠点を設置することが多いのです。
 ただ突っ切るのであれば時間はそうかかりませんが、
 魔女狩りに見つかる確率は極大です。
 また、攻め落とす場合はシナリオ難易度が二段階程度上がると思ってください。
 なお魔女狩りは、
 「軽・魔・医」と
 「重・銃・医」の三名一チームが多数存在し、
 見つかった場合は時間経過ごとにチームが増えていきます。
 空が明るいうちは見つかる可能性が高まります。
 砦敷地内に滞在する時間が長くなるほど見つかる可能性が高まります。

◆ルート2:湖
 大きな湖です。
 それ以上でもそれ以下でもありませんが、水深は20mを楽に超えます。
 船を見つけたとしても森林地帯側の岸に着くまで数時間かかります。
 また、砦で見張りをしている魔女狩りに見つかる可能性もあります。

◆ルート3:山
 かなり高い山です。標高は1500mを超えています。
 切り立った崖が多く、移動するにしてもかなりの労力を使うことになるでしょう。
 迂回に使う場合、移動に確実に一日二日はかかります。
 また、森林地帯が近いこともあり、
 ヨウセイを探している魔女狩りと遭遇する可能性があります。

行動する時間帯は自由に決定できます。
今回の主目的は戦闘で勝つことではありません。森に到達することです。

※ティルナノグ到達までに経過した時間は次回シナリオに反映し、難易度がかわります。

それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。

※今回のシナリオに参加する際には特に下記にご注意ください。

・S級指令依頼はおおよそ二ヶ月間のシリーズ依頼になります。
 4話構成でシャンバラへの少数精鋭での侵入ミッションになります。
(大まかな予定としましては、1週間の相談機関と1週間の執筆期間、執筆期間終了後に次のOPの発出になります)
 また、シリーズ依頼になりますので、参加者には予約優先権がつきます。
 2話以降予約をせずにいると、1話の参加者以外でも参加可能になった場合参加することができます。
 其の場合、実は船にこっそりと乗っていたなどの理由が付けられます。また、新規参加者にも次回以降の予約優先権がつけられます。以上ご了承お願いします。

 シャンバラとイ・ラプセル間ではマキナ=ギアの通信はできますが、状況によっては通じない可能性もあります。
 また、シャンバラにイ・ラプセルオラクルがいることで、水鏡の範囲が多少広がります。
 予測系は断片的ながら現地自由騎士に伝えることができるでしょう。

 
 シリーズ参加参加者は、現状発出している依頼の参加を禁止するものではありません。
 時系列が違うということで参加しても構いませんが、RPとして参加しないということも構いません。(ギルド、TOPでの発言も同様です)
 現在運営中の他のシナリオに参加していてもかまいません。(時系列がちがいます)
状態
完了
報酬マテリア
4個  4個  4個  4個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
10日
参加人数
10/10
公開日
2018年12月07日

†メイン参加者 10人†

『イ・ラプセル自由騎士団』
シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『果たせし十騎士』
ウダ・グラ(CL3000379)
『果たせし十騎士』
柊・オルステッド(CL3000152)
『英雄は殺させない』
マリア・スティール(CL3000004)


●朝露に濡れながら
「霧は出てこない、か……」
 東側を見れば、そこには大きな湖がある。
 冬も近いこの季節、気温が低くなればそこから朝霧が立つのが普通だろう。
 だがそれはなかった。
 今この場に立っても、感じられる空気はあまりにも温かい。
 ここシャンバラにいる限り、冬を実感することはできないだろう。
 その事実を改めて実感し、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は小さくため息をついた。
「ええい、何なのだこの豊かさは。季節の巡りもまるで無視か、オイ」
 毒づいても、何も事実は変わらない。
 ここで霧が出てくれればいくらかでも身を隠すのに役立っただろうに。
 だが常春の理想郷シャンバラは、彼女らに味方をしなかった。
「忌々しいわね。本当に……!」
 ツボミよりもさらに激しく、マリアンナ・オリヴェル(nCL3000042)が毒づいた。
「オイ、マリアンナ。顔隠してろって。おまえが一番ヤバイんだからよ」
 背後から、『おにくくいたい』マリア・スティール(CL3000004)がマリアンナの背中を軽い調子で叩く。
「……分かっているわよ」
 変わらず硬い声のまま、マリアンナは布で顔を覆い隠す。
 シャンバラ入国前に手に入れた軍服を裂いて作った布であった。
 指先には冷たい感触。まだ早いこの時間、纏う布は朝露に濡れていた。
「このまま行くしかないだろうな」
 木陰より、同じく身を布で覆った『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)が視線の先にそびえるそれを見る。
 木の柵で囲まれた砦があった。
 ティルナノグへと続く森を塞ぐように、それは建っていた。
「全く、厄介なモノだ……」
 呟く彼に、『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)も同意のうなずきを返した。
 砦を迂回するにしても、東には湖、西には山。
 どこに行くにしろ時間がかかるのが分かりきっている。最悪の立地だ。
 ならば最短を進もう。自由騎士達は互いに打ち合わせてそう決めた。
「夜討ち朝駆け、か。フン、これもまた一つの戦かもしれんな」
 義肢部分を布で念入りに覆い隠しながら、『ビッグ・ヴィーナス』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)が空を仰ぎ見た。
 空は未だ青ではなく深い紺色。
 陽が今まさに昇って、本格的な朝を迎えようとしている時間帯だ。
 砦突破の時間帯として自由騎士達が早朝を選んだのは、少しでも砦にいる魔女狩りに見つからないようにするためである。
「……波乱続き、なかなか落ち着けない、ね」
 自身もフードで顔を隠す『湖岸のウィルオウィスプ』ウダ・グラ(CL3000379)が、砦を眺めて呟いた。
 敵国への潜入任務である。
 当然、それは危険を孕んでいるに決まっていた。
 落ち着くことができるのは、ティルナノグに到着してからになるだろう。
「分かっていたことよね」
 『魔女を名乗る者』エル・エル(CL3000370)も言って、その顔を布で覆った。
 ウダの言葉に応じながら、だが彼女が考えていたのは別のコト。
 マリアンナが言っていた空気の違和感についてだった。
 今のところエル自身はそういったものは感じないが、他でもないマリアンナの言葉だ、警戒はしておく方に越したことはない。
「……さすがに人は少ないな。行くなら今がいいかもしれねぇ」
 樹上より、卓抜した視力によって砦の入り口付近を見張っていた『闇の森の観察者』柊・オルステッド(CL3000152)が、皆へとそう声をかけた。
 ちょうど見張りが交代するタイミング。
 檻での入り口は簡素な木組みのものでしかなく、門はついていない。
 敷地内に入る絶好のチャンスだ。
「行きましょう」
 マリアンナの言葉に、自由騎士達が揃って首肯した。
 決めた通りに隊列を組んで、先頭を行くのは深く帽子をかぶった『いつかそう言える日まで』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)である。
 そして最後尾、殿の位置には『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)がついていた。
 こちらは着ているローブで顔をなるべく隠していた。
 十一人のうち、特にマリアンナやツボミ、ウダなどは一切顔が出ないよう注意しながら進んでいく。
 逆に戦闘を行くボルカスはその顔を半ば晒していた。
 ノウブルであることが有利に働くかもしれない。そんな心理からだった。
 砦の入り口が近づいてくる。
 ミルトスは懐に隠した武器を服の上から撫でて、必死に心を落ち着かせた。
 だがどうしても緊張が強まる。
 ここから先は魔女狩りの巣窟。敵地の真っただ中を突っ切るのだ。
「真っ直ぐだ」
 ボルカスの小さな声に、皆が息を呑んだ。
 顔を隠し、隊列を組んだ十一人が、砦の敷地へと踏み込んでいく。

●敵地にて
 傍目から見れば、明らかに怪しい十一人である。
 ほぼ全員が布で顔を隠し、先頭のノウブルも帽子を目深にかぶっている。
 怪しい。
 どう見ても怪しい。
 全方位どこから見ても完全に怪しい。
 そんなことは当の自由騎士達自身が一番よく分かっていることだ。
 魔女狩りに見つかれば直ちに包囲されるかもしれない。
 危険度でいえば間違いなく、取れる選択肢の中で最も高いだろう。
 だが、早く森へ進むべきだ。
 その判断から、自由騎士達は最短の道を選んだ。
 そして彼らの選択は――
「……誰も、いないのか?」
 彼らの選択は、まさに最善と呼ぶに相応しいものだった。
 砦を囲う木の柵を超えて、数分も歩いて彼らは砦の入り口に差し掛かる。
 魔女狩りと、一度も遭遇しないまま。
 たった数分の道のり。
 しかし、それは同時に極度の緊張を強いられた数分であった。
 けれども誰も外におらず、ついには入り口まで来ることができてしまった。
 ボルカスが口を開いた。
「何だ、何故誰もいない……?」
 その声は強い疑念に満ちていた。
 朝である。人の動きが少ない時間帯ではあろうが、しかし、それでもこれは。
「……巡回もしてないの? ここの魔女狩りは?」
 警戒しきりだったアンネリーザも、さすがに拍子抜けしてしまう。
 入り口まで来ても誰もいない。
 見張りの交代要員も未だ姿を現していない。
 何故出てこない。どうしてこんなに無防備を晒しているのか。
 無論、なるべく見つかりにくい建物の陰などを進路に選んではいるものの、
「――オラトリオが近いな」
 曲がり角の向こう、男の声が聞こえてきた。
「…………」
 気づいたボルカスが足を止め、後を振り向いて他の皆に止まるよう促す。
 そっと覗き込んでみると、そこには顔を頭巾で覆った魔女狩りが二人。
 手には何も持たず、服装はただの普段着。巡回ではないのは明らかだった。
「――――ッ」
 その姿を見た瞬間、エルが大きく身じろぎをする。
 皆の視線が彼女へと集まった。
 しかし、エルはすぐに動きを止めた。
 飛び出しそうになる身体を、彼女は己の精神力で押し留めたのだ。
「……こりゃ、まさか」
 一方、魔女狩り達の様子を一目見たツボミが何かに気づく。
 とりあえず連中が立ち去るまで、一行は物陰に身を潜めることにした。
 魔女狩り二名の話声がまた聞こえてきた。
「そろそろ、こっちも出なきゃいけないな」
「ああ、何せ年に一度のオラトリオ、央都に行かねばな」
 オラトリオ・オデッセイ。
 その催しはどうやらこの国でも行われているようだ。
 聞いている自由騎士達は、魔女狩りの声にほのかな興奮の色を感じ取った。
「俺達が央都に入れる唯一の機会だ、去年は行けなかったが、今年こそは」
「何だ、行けてなかったのか。俺は去年も行ったぞ」
 片方の魔女狩りが、さも自慢げに笑って言った。
 それは、思いがけない情報であった。
 魔女狩りがシャンバラの王都に入れるのは、オラトリオの際だけらしい。
 今すぐ役に立つ情報ではあるまいが、しかし、シャンバラ皇国に関する情報であることに間違いはない。覚えておいて損はないだろう。
「……ふぅ」
 魔女狩りの一人が息をつく。
「さっさと村に戻りたいモンだな」
「ああ、こんな場所にいつまでもいても退屈なだけだ」
「もうこの辺に魔女はいないだろうにな。何日見つかってない?」
「三週間ちょっと、か?」
「馬鹿馬鹿しい。この管区の司教は何を考えて俺達をここに留めてんだ」
 吐き捨てるように言うその声には強い侮蔑がにじんでいた。
「聖櫃の管理権を握ってるからって、あの野郎……」
「言うな言うな、気が滅入るだけだ。……そろそろ戻ろう」
「ああ、そうだな。すまん」
 そして足音は遠のいていき、やがて人の気配はそこから消えた。
「やはりか」
 しばしして、ツボミが言った。
「ええ、何となく分かったわ」
 エルも彼女と同じように、何かに納得したような顔をする。
「お、何だ何だ? 何が分かったって?」
 食いついてきたマリアに、ツボミがあごに手を当てて説明を始めた。
「あの魔女狩り共、武器無し、防具無し、露骨に無防備だったろう」
「そういえば、そうね」
 ミルトスも言われて気が付いたようにうなずく。
「多分だが、この砦、砦じゃないぞ」
「……ああ、そういうことか」
 ツボミの言葉を受けて、ウダも、そして他の皆も察した。
「ここは魔女狩りの拠点だが、基地でもなく詰所でもない、ということだな」
 言ったのはザルク。
 つまり、この砦はあくまで魔女狩り達の生活の拠点でしかないということだ。
 砦の形はしていても、中に兵士がいるわけではない。
 そう、すでに分かっていたことだ。
 魔女狩りは魔女を追う狩人だが、騎士でもなく兵士でもない。
 戦うことに、警戒することに、まるで慣れていないのだ。
 いや、警戒する必要を感じていない可能性すらあった。
 彼らは魔女という弱者を追う者でしかないから。
「国が豊かさから来る緩みからかもしれないが、それにしても酷いな」
 ボルカスもそう言わずにはいられなかった。
「うむ。どこをどう間違えればここまで堂々と油断できるのか……」
 シノピリカも理解できない油断っぷりである。
 しかしそれは同時に、砦を突っ切るルートが正解であることも示していた。
 虎穴に入らずんば何とやら。
 傍目に見れば最も危険な選択が、この場合は大正解だったのだ。
 さらに早朝を選んだのも大きい。
 日中だったならば、魔女狩り達の動きも活発になっていたはずだ。
「私達は、こうはならないようにしないとね」
 アンネリーザが己を戒めるようにして目を伏せた。
「いやいや、油断なんて怖すぎてできないって。今だって安全じゃないしな」
 柊がかぶりを振る。
 確かにその通り。ここは未だ敵地真っただ中である。
「常に最悪を考えておくべきよね。ええ、だから進みましょう」
 ミルトスの言葉に、皆が同意の視線を送る。
 最悪を想定し続ける限り、最短を目指すという意識が変わることはない。
 自由騎士達は砦の出口を目指し、また進み始めた。

●懐かしき森の中
「クッソー、薪が濡れてちゃ火もつけられねぇよ」
 砦敷地内。マリアが苦い顔をする。
 積み上げられた薪に火をつけてボヤ騒ぎでも起こせば魔女狩り連中の注意を引けるだろうと考えたが、しかし残念、薪は朝露で湿っていた。
「何してるのよ。急ぐわよ」
「分ァかってるっての。……ちぇ」
 不満げに舌を打ち、ミルトスに急かされたマリアは足早に去っていった。
 そして――
「……見えたな。出口だ」
 あっさりと。
 余りにもあっさりと彼らは砦の出口間近まで来てしまった。
「…………」
 簡単すぎる。
 それが偽らざる自由騎士達の本音であった。
 だから罠ではないか。誘い込まれてはいまいか。そう疑うのも無理はない。
 しかし警戒を重ねても、周囲に視線を配っても、何もない。
 何も、なかった。
 出口とおぼしき木製のゲートはもう目と鼻の先。その先には森が見えている。
「このまま行ける、のか……?」
 さすがに確信を持てぬ様子で、ザルクが眉をひそめて呟く。
 抱いていた警戒が、出口を前に僅かに薄らいだ。
 彼でさえそうなのだ。他の皆もほぼ同様であった。だからこそ、
「あ」
 出口の向こうから現れた頭巾の男達と出くわしたとき、声が出てしまった。
「何者だ!?」
 斧を手にした魔女狩りが気色ばんだ声で叫ぶ。
 ――しまった!
 内心に、ザルクは舌を打った。
 ここは森を探索する魔女狩り達の拠点。
 ならば、探索に出ている魔女狩りが戻ってくる可能性だってあり得たはず。
 出口を前に、そこに考えが及ぼさなかったのは、明らかな失態。
「何呆けてるの、走って!」
 鋭く叫んだのはアンネリーザだった。
 翼を広げ空へ上がった彼女が、魔女狩りの足元に銃弾を突き刺す。
「うお!?」
 先頭の重戦士が驚きに声をあげた瞬間、自由騎士達が一斉に地面を蹴った。
「マリアンナ、道を示して!」
「分かっているわ! こっちよ!」
 アンネリーザに促され、マリアンナが進むべき先を皆へと告げた。
「油断はすまいと思いながらこれか、全く、我ながら度し難い!」
 苦々しくも叫んで、ツボミがマリアンナの隣を走りゆく。
「……仕方がない、とは言えないかな」
 ウダも、その声に自分への呆れを含ませてそう言った。
 アンネリーザの一射によって相手が浮足立ったところに自由騎士全員が一丸となって全力で突撃。
 魔女狩りが本格的に動き出す前にそれができたのが、不幸中の幸いだった。
 まだ驚きから脱していない連中を突き飛ばし、一路森を目指して走る。
「ク、クソ! 何者だ、貴様ら! 魔女か、魔女だな!」
「うる、……ッさい!」
 魔女というワードに反応し、エルが苛烈な炎をお見舞いする。
 殺しはしない。だが、見逃しもしない。魔女狩りは相変わらず彼女の敵だ。
「このまままっすぐ進め! まっすぐだ!」
 叫び、ボルカスが獲物を地面に叩きつける。
 衝撃が、巻き上がった土砂ごと敵を吹き飛ばし、そこに道を作った。
 それでもなお、敵二人は進路を塞ごうと立ちはだかってくるが、
「邪魔じゃあァァァァァ――――ッ!」
 咆哮と共に放たれたシノピリカの一撃が、軽戦士一人をブチのめした。
 そしてもう一方は、
「遅ェ! 懐、いただくぜ!」
 身を低く保って突っ込んだ柊が、敵銃士のふとももをレイピアで貫く。
「ぎひぃ!?」
 情けない声をあげ、その敵は地面に寝転がった。
 活路が切り開かれた。自由騎士達が砦出口を駆け抜けて森が近づいてくる。
 だが最後尾、そこでミルトスが身を翻した。
「来なさい!」
 彼女は殿、追いかけてくる敵に向かって、強く拳を握り込んだ。
「クソめがァァァァ!」
 破れかぶれに攻めかかってくる敵に、お見舞いするのは強烈な拳撃。
 衝撃はロスなく敵の体内まで浸透して、鈍い音が響いた。
「が、は……」
 敵が倒れたその直後、死角よりザルクが大口径の銃を構え、
「隙だらけだッ」
 ミルトスの方に意識を向けていた別の敵へと、二発、銃弾を叩き込んだ。
 悲鳴が、大きく場に響いた。
 そのときにはもうミルトスもザルクも、森に向かって走り出していた。
 追ってきた敵は今倒した二人だけ、他は、仲間を呼びに砦へと戻っている。
 魔女狩りがさらに追撃を仕掛けてきていれば危なかった。
 だが、彼らが増援を呼びに行ってくれたおかげで、その時間を逃走に使えた。
 森の中に入ってしまえばこっちのもの。
 木々と心を通わせあえるマリアンナがいる以上、有利なのはこちらだった。
「……ここまで来れば、もう大丈夫ね」
 走って、走って、走って、さすがの自由騎士達も体力が尽きかけた頃、やっとマリアンナがそれを言った。
「ハァ、ハァ……」
「かなり、走ったな。……さすがに疲れた」
 ウダは木に寄りかかって己を支え、ボルカスですらそう呻く。
 今頃、魔女狩り共は自分達を探しているのだろうが、少なくとも周囲に人の気配はない。
 あるのは降り積もった落ち葉と連なる木々だけだ。
「……少し寒いな」
 ひんやりとした場の空気に、ツボミが小さく身を震わせた。
「待て」
 そして、その表情が一変する。
「寒い、だと……?」
 その言葉にマリアンナ以外の全員がハッと目を見開いた。
 シャンバラは常春の理想郷。
 どこに行っても生存のための最適環境が約束されているのではないのか?
「懐かしい空気だわ」
 マリアンナは目を閉じて、満喫するように胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 自由騎士が吸うそれは、湿った感触の冷たい空気。
 だがヨウセイの少女が吸うそれは間違いなく、故郷の空気であった。
「どういうこと、マリアンナ」
「……分からないわ」
 エルの問いへの返答は、簡潔なものだった。
「分からないの。でも、森と森以外じゃ全然違うの、シャンバラは。分かるでしょ」
 彼女の言う通り、確かに違う。
 ここに来るまでの間に見てきた理想郷と、今、冬の空気に満ちたここ。
 同じ国にしては、環境があまりにも違いすぎる。
「――いやな予感しかしないんだが」
 ツボミがギアを手にひとりごちた。
 だがこの違和感の正体、今のところは知りようがないのも事実。
「行きましょう。ティルナノグは、もうすぐよ」
 そして皆が多少休まったところでマリアンナがそう告げて、歩き始めた。
 謎は深まり、不安は増す。
 されど彼らの目的地、妖精郷はもう近い。


†シナリオ結果†

大成功

†詳細†


†あとがき†

シリーズ2本目、お疲れさまでした。
ルート、時間帯、ほぼ最適解を撃ち抜かれました。
ちくせう。

出口付近で敵と遭遇したのもご愛敬な感じですね。
そして、ついにヨウセイの森に入りました。

いよいよこのシリーズも佳境に入ってきます。
次回を楽しみに待っていてください!
FL送付済