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茨の檻の迷宮。或いは、甘い香りにご用心。

●花園の甘い香り
甘い甘い、鼻の奥に淀み、肺の隅々まで侵すかのような濃厚な香り。
口元を手で覆ったとある女性は、その香りの正体を花粉か蜜か……花に由来するものであると理解した。
場所はある果樹園。
季節が季節なので、葉も散った果樹が立ち並ぶ殺風景な光景が視界いっぱいに広がっている……そのはずだったのだが。
『これはどういうことかしら?』
女性……果樹園を切り盛りする農家の娘だ……の視線の先には、敷地一体を覆い隠す大量の茨があった。
ところどころに赤い花をつけた茨の檻だ。
まるで外敵の侵入を拒むかのように、びっしりと……。
甘い香りは、どうやらその内部から漏れ出ているらしい。
嗅いでいると、次第に意識が遠のいていく甘い甘い香り。
ふらり、と。
女性は思わず、茨の檻へ手を触れた。
指先に走るチクリとした痛み。
その痛みに意識を取り戻す。
『何なの、いったい……』
これ以上この場に居続けては、怪我も構わず茨の中へと突き進んでいってしまうかもしれない。甘い香りに誘われる虫のように……その思いに至り、女性はぞっと表情を青ざめさせる。
『とにかく、ここにはしばらく立ち寄らないように……』
目の前の光景は明らかに異常だ。
そして、彼女にはその異常に対応する術がない。
踵を返し、果樹園から離れる女性の背後で「くすくす」と微かな笑い声がしていた。
●問題解決に向けて
「というわけで、果樹園で起きた異常の調査があなたたちのお仕事よ」
そう言って『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は胸の前で腕を組む。
彼女の手には一枚の地図。
依頼のために手に入れた、果樹園の見取り図のようだった。
「果樹園は、山の斜面に作られているわ。もともとはオレンジやアップルを育てるためのものみたいね。もっとも今は、果樹園……つまり斜面全体が茨の檻に覆われていて、木々なんて1本も見えないけれどね」
そして、問題の原因はどうやら茨の檻の内部に存在しているらしい。
果たしてそれが何なのか……バーバラにもわからないようだ。
「火を放てば問題解決! というわけにもいかないし、原因を調べて取り除く必要があるわね」
可能性としては、何かしらのイブリースという線が濃厚だろうか。
そうであれば、自由騎士たちの得意分野だ。
行って、原因となるイブリースを討伐すればいい。
だが、しかし……。
「果樹園に満ちている香りが問題ね。調べたところ、その種類は3つ……それぞれ[チャーム][パラライズ][ポイズン]の状態異常を付与する香りみたいなの」
それらの香りが混ざり合い、濃厚な甘い香りとして漂っているという。
茨の檻の内部では、その香りもより濃厚だろうことが予想された。
「さらに茨には迎撃能力……つまり、侵入者を襲う性質があるわ。飛行中に襲われたら、空中で茨の一斉攻撃を浴びることになるかもね」
果樹園のどこかにいる異常の原因となった何かの意思、ということだ。
「木々と茨のせいで、檻の中はまるで迷路よ。準備もなしに行けば、もしかすると迷ってしまうかもしれないわ。マッピングとか、道順を覚えるとか……それと匂い対策もかしら?」
迷わない準備って大切よ、と。
バーバラは手元の地図に、ペンで×印をつける。
どうやらそこが、果樹園の入り口にあたる場所らしい。
甘い甘い、鼻の奥に淀み、肺の隅々まで侵すかのような濃厚な香り。
口元を手で覆ったとある女性は、その香りの正体を花粉か蜜か……花に由来するものであると理解した。
場所はある果樹園。
季節が季節なので、葉も散った果樹が立ち並ぶ殺風景な光景が視界いっぱいに広がっている……そのはずだったのだが。
『これはどういうことかしら?』
女性……果樹園を切り盛りする農家の娘だ……の視線の先には、敷地一体を覆い隠す大量の茨があった。
ところどころに赤い花をつけた茨の檻だ。
まるで外敵の侵入を拒むかのように、びっしりと……。
甘い香りは、どうやらその内部から漏れ出ているらしい。
嗅いでいると、次第に意識が遠のいていく甘い甘い香り。
ふらり、と。
女性は思わず、茨の檻へ手を触れた。
指先に走るチクリとした痛み。
その痛みに意識を取り戻す。
『何なの、いったい……』
これ以上この場に居続けては、怪我も構わず茨の中へと突き進んでいってしまうかもしれない。甘い香りに誘われる虫のように……その思いに至り、女性はぞっと表情を青ざめさせる。
『とにかく、ここにはしばらく立ち寄らないように……』
目の前の光景は明らかに異常だ。
そして、彼女にはその異常に対応する術がない。
踵を返し、果樹園から離れる女性の背後で「くすくす」と微かな笑い声がしていた。
●問題解決に向けて
「というわけで、果樹園で起きた異常の調査があなたたちのお仕事よ」
そう言って『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は胸の前で腕を組む。
彼女の手には一枚の地図。
依頼のために手に入れた、果樹園の見取り図のようだった。
「果樹園は、山の斜面に作られているわ。もともとはオレンジやアップルを育てるためのものみたいね。もっとも今は、果樹園……つまり斜面全体が茨の檻に覆われていて、木々なんて1本も見えないけれどね」
そして、問題の原因はどうやら茨の檻の内部に存在しているらしい。
果たしてそれが何なのか……バーバラにもわからないようだ。
「火を放てば問題解決! というわけにもいかないし、原因を調べて取り除く必要があるわね」
可能性としては、何かしらのイブリースという線が濃厚だろうか。
そうであれば、自由騎士たちの得意分野だ。
行って、原因となるイブリースを討伐すればいい。
だが、しかし……。
「果樹園に満ちている香りが問題ね。調べたところ、その種類は3つ……それぞれ[チャーム][パラライズ][ポイズン]の状態異常を付与する香りみたいなの」
それらの香りが混ざり合い、濃厚な甘い香りとして漂っているという。
茨の檻の内部では、その香りもより濃厚だろうことが予想された。
「さらに茨には迎撃能力……つまり、侵入者を襲う性質があるわ。飛行中に襲われたら、空中で茨の一斉攻撃を浴びることになるかもね」
果樹園のどこかにいる異常の原因となった何かの意思、ということだ。
「木々と茨のせいで、檻の中はまるで迷路よ。準備もなしに行けば、もしかすると迷ってしまうかもしれないわ。マッピングとか、道順を覚えるとか……それと匂い対策もかしら?」
迷わない準備って大切よ、と。
バーバラは手元の地図に、ペンで×印をつける。
どうやらそこが、果樹園の入り口にあたる場所らしい。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.異常の原因究明&排除
●ターゲット
果樹園の異変(???)
果樹園、茨の檻の内部に存在する何か。
果樹園を茨の檻で覆い、さらに状態異常を付与する甘い香りをまき散らしている。
また、果樹園の茨は一定の間隔で侵入者たちに襲い掛かるようだ。
・甘い香り[攻撃] A:魔遠範[ポイズン2]or[パラライズ1]or[チャーム]
茨の檻、内部に満ちる甘い香り。
様々な状態異常を引き起こす。
●場所
果樹園。
山の斜面に木々を植えて作られている。
現在は茨の檻に覆われている。
茨や木々のせいで、内部はまるで迷路のようだ。
茨は生物であるため、透過ですり抜けることは不可能。
上部も茨で封鎖されているが、層が薄いのか太陽の光が差し込んでいるため視界に問題はない。
茨の檻内のどこかに、異常を引き起こしている原因が存在している。
果樹園の異変(???)
果樹園、茨の檻の内部に存在する何か。
果樹園を茨の檻で覆い、さらに状態異常を付与する甘い香りをまき散らしている。
また、果樹園の茨は一定の間隔で侵入者たちに襲い掛かるようだ。
・甘い香り[攻撃] A:魔遠範[ポイズン2]or[パラライズ1]or[チャーム]
茨の檻、内部に満ちる甘い香り。
様々な状態異常を引き起こす。
●場所
果樹園。
山の斜面に木々を植えて作られている。
現在は茨の檻に覆われている。
茨や木々のせいで、内部はまるで迷路のようだ。
茨は生物であるため、透過ですり抜けることは不可能。
上部も茨で封鎖されているが、層が薄いのか太陽の光が差し込んでいるため視界に問題はない。
茨の檻内のどこかに、異常を引き起こしている原因が存在している。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2020年03月10日
2020年03月10日
†メイン参加者 4人†
●
甘い甘い、鼻の奥に淀み、肺の隅々まで侵すかのような濃厚な香り。
山の斜面に作られた果樹園がその発生源であった。
とはいえ、現在果樹園は茨の檻に覆い隠されその姿を隠してしまっているのだが……。
そんな果樹園の前に集う人影が4つ。
そのうち1人、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は茨の檻へ視線を向けて困ったような表情を浮かべる。
「……異常を引き起こしている原因は不明。この付近で似たような植物を見たことはない、と」
彼女の手には紙とペン。
迷宮と化しているらしい茨の檻の内部を探索するために、彼女が準備してきたものだ。
「とりあえず入り口は切り開くとして……茨の迷路か。こんなもの真っ直ぐ突っ切っちゃダメなのか?」
茨の檻の一部を大斧で切り付けながら『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)は仲間たちにそう問うた。
迷宮探索という、いかにも時間のかかりそうな行為を彼女は苦手としているのである。それゆえ、邪魔になる木々や茨は片っ端から切り飛ばせばよいのではないか、なんてことを考えたのだ。
「それはちょっと……農家の方々が植えた果樹もありますから」
即座にセアラによって、ジーニーの提案は却下されたが。
ジーニーの切り開いた部分から、4人は茨の檻の内部へと侵入する。
茨の内部に漂う甘い香りは、茨の檻の外に漏れていたそれはとは比べ物にならないほどに濃厚だった。
その甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はげほげほと数度咳き込んだ。
エルシーは額を抑え、よろよろと数歩後退る。
「この香りを吸い続けるのはヤバそうね。時間を掛けずに迷路を突破して問題のイブリースを浄化しないと」
「えぇ、参りましょう」
自身の自然治癒力を強化しながら『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は背負っていた大十字架を頭上へ向けて降りぬいた。
天井付近からセアラ目掛けて襲い掛かって来た茨を十字架でもって払いのけたのだ。
バキャン、と茨が砕ける音がする。
粉砕された茨の破片と水分が散った。
「セアラ様はマッピングに集中されてください。茨への対処は私が請け負います」
状態異常を引き起こす甘い香りと、茨による一定周期での攻撃。
それらに対処しながら、一行は異変の原因を探して回らねばならない。
こうして自由騎士たちによる茨の迷宮探索はスタートしたのであった。
●
茨の迷宮を進みはじめてしばらく。
「なんだか甘い、いい香りだな」
足を止めたジーニーが、ポツリとそんなことを言う。
ふとジーニーの方へと視線を向けて、エルシーは気が付いた。ジーニーの瞳はどこか虚ろで、正気を保っているようには見えないことに。
茨の迷宮に満ちる甘い香りによる[チャーム]の状態異常。
即座にそのことを理解し、エルシーはジーニーとセアラの間に飛び込んだ。
それと同時にジーニーの斧が振るわれる。
「ぐ……重っ!?」
朱色の籠手で斧を受け流し、セアラは滑るようにジーニーの懐へと潜り込んだ。ジーニーの胴に当身を食らわせると同時に、斧を握る手首に手刀を叩き込む。
カラン、とジーニーの手から斧が落ちた。
「回復します。もう少し抑えていてください」
斧を失ったまま暴れ続けようとしていたジーニーを、エルシーは必死に抑えつける。その隙にセアラはジーニーへと手を翳す。
飛び散った燐光がジーニーの体に降り注ぐ。
しばらくして、虚ろだったジーニーの瞳に正気の色が戻って来た。
「あ、おぉ?」
何が起きていたのか理解できないのだろう。
足元に転がる自分の戦斧を見下ろして、ジーニーはこてんと首を傾げる。
「それにしても、何を思って茨で迷路なんて作ったのでしょうかね。それだけ守りたい何かがあるのかしら?」
大十字架を引き摺りながらアンジェリカは歩く。
地面には大十字架を引き摺った痕跡が残っていた。その痕跡を辿っていけば、とりあえず迷宮の入り口にまでは戻れるはずだ。
そうして時折襲い掛かってくる茨の攻撃を、十字架で弾いて防御する。
茨の攻撃はさほど強力ではなく、速度も遅い。
そのためこうして迎撃することも容易なのだが、茨の迷宮の奥へ進めば進むほど、その攻撃頻度は増してきているように感じる。
「どう思いますか? 私の気のせいでなければ、茨の攻撃が激しくなっているような……」
と、アンジェリカはセアラへ問いかける。
マッピングを続けていたセアラは、茨に襲われた位置も紙面に描き込んでいたからだ。
「えぇ、気のせいではありません。攻撃頻度は確かに増えています」
「やはり……」
さらに一撃、アンジェリカは茨による襲撃を大十字架で薙ぎ払う。
砕けた茨の破片を足で突きながら、ジーニーはふむと顎に手を当て考える。
「この迷路の奥に、元凶がいるんだろ? 一体どんな奴だろうな」
茨による攻撃と、甘い香りによる妨害。
農家の者の話では、甘い香りは花のそれに似ているとのことだった。
だとするならば、この異常の原因は植物に類する何者か……なのだろうか。
「今までの進路や、茨の攻撃頻度から察するに……」
トン、と。
セアラは見取り図の一部、斜面に作られた果樹園……その山頂に近い一か所を指先でたたく。
「この辺りではないでしょうか?」
果樹園に迷宮を作った何者かの居場所、その大まかな当たりを付けて4人は果樹園を突き進む。
茨の襲撃を避け、状態異常の治療を幾度か繰り返し……。
4人は果樹園の山頂付近へとたどり着いた。
「う……これは、キツイわね」
「ハンカチじゃどうにもならねぇな、こりゃ」
口元を抑え、エルシーとジーニーが視線を交わす。
立ち込める濃厚な香りに、視界さえ霞んでいるような気がした。
「ですが異常の原因にまでたどり着くことはできました」
「あれは……イブリース、でしょうか?」
セアラの視線の先には巨大な花……否、花と人とを混ぜ合わせたかのような異形の存在がいた。
鼻を押さえたアンジェリカは、十字架を肩に担ぎ上げる。
そこにいたのは赤い花の中央から、緑肌の少女の体が生えた怪人である。
その髪は茨の蔦だ。
くすくすと、笑い声を零しながら少女は空を仰ぎ見る。
茨の檻に閉ざされた暗い空だ。
『くすくす……くすくす。ん?』
数秒の後、少女は自由騎士たちの存在に気が付いたようだ。
「とりあえず、敵……ということでしょうか」
下半身は花と同化しているとはいえ、少女の姿をした相手に攻撃を加えることに抵抗があるのか、セアラは困ったような顔を仲間たちへと向けた。
「果物系のイブリースだと思ってたが、花だったか。いや、……食虫植物系だったら怖いなと思ってたから、まだマシな方だけど」
戦斧を構え姿勢を低くし、ジーニーはそう呟いた。
今すぐにでも駈け出して行きそうなジーニーを制し、エルシーが1歩前へ踏み出した。
「貴方の目的は何? 果樹園を元に戻しなさい」
と、話が通じるか否かは不明だが、まずは交渉から開始するようである。
エルシーがフロントに立っての交渉は、けれど早速決裂した。
決裂した……というよりは、会話が成立しなかった。
エルシーの問いに対して、花の少女……アルラウネは茨による攻撃で返したからだ。
上空、左右、そして地面を突き破り襲い掛かる無数の茨をエルシーは滑るような動作で回避する。
状態異常の付与に備え、セアラは術式を展開した。
戦闘慣れした一行だ。
交渉が決裂した場合の対処に関しても、極めて迅速である。
「おいしいアップルやオレンジを守るために、微力を尽くすわ!」
スキル[龍氣螺合]によって自身の身体能力を強化したエルシーは、雷光のような速度で地面を駆け抜け、アルラウネへと肉薄。
鋭い拳を、その胸部へと叩き込む。
だが、しかし……。
「ちぃっ……」
地面から伸びた茨によって、エルシーの打撃は阻まれた。
戦斧を振り回すジーニーだったが、暴れれば暴れるほどに呼吸は深く、粗くなる。大戦斧を力いっぱい振り回すには、それなりに酸素が必要なのだ。
けれど……。
「げほっ……」
進路を阻む茨の一塊を切り刻んだところで、ジーニーは咳とともに血を吐いた。どうやらその身は毒に侵されてしまったらしい。
一旦退くか、あるいはこのまま前身するか。
ジーニーの躊躇を払うは、セアラの「行ってください!」という言葉であった。
ジーニーの体を淡い燐光が包み込む。
その身を侵す毒は消え、失われた体力が回復する。
「よっしゃ! これでまだ戦える! 戦闘なら得意だぜ!」
どらぁ! と雄叫びと共に戦斧を振り回し、駆けて行く。
「回復はお任せいたします!」
「はい!」
セアラを襲う茨の猛攻を大十字架で払い退けつつ、アンジェリカの視線はまっすぐアルラウネへと固定されていた。
視界を妨げる茨は現れる端からジーニーが切り落としていく。
アルラウネの指先や髪の動きで、およそ茨の動きが予想できるのだ。
「手数が多い……いずれ捌ききれなくなります。一刻も早く、この茨の迷路に光を取り戻しましょう」
くすくすと、アルラウネは笑い続ける。
どうやらアルラウネは人語を介さないようだ……後衛から戦況を観察していたセアラは敵をそう判断した。
仲間が傷つけば即座に回復を。
香りによる状態異常も、早々に解除を試みる。
「香りが強いですね。これでは回復が間に合いません」
呼吸を荒げ、セアラは告げた。
視線の先では、今もエルシーがアルラウネへと猛攻を仕掛けている。ほんの一瞬さえも動きを止めることはなく、ただただ肉薄し拳を放つ。
エルシーへと襲い掛かる茨は片っ端からジーニーが斬り落とす。
その繰り返し……今だ決定打を与えるには至っていない。
救いといえば、アルラウネがその場を動こうとはしないことだろうか。
否、動けないのだとセアラは敵の特性を見て取った。
下半身が花と一体化した異形である。
地面に根を張り、果樹園一帯を支配下に置く制圧力は大したものだが、代償として行動に大きな制限がかかっているようなものだ。
けれど、しかし……。
「この場が敵の支配下にあることは間違いありませんし……」
「けほっ……。動けば動くほど、香りを吸い込まざるを得なくなってしまいますね」
口元に付着した血を拭い、アンジェリカはセアラの言葉にそう返す。
アンジェリカの十字架が、地面から生えたばかりの茨を一撃の元に打ち砕いた。
茨自体の強度はさほど高くはない。
全力を出さずとも、セアラはともかくアンジェリカやエルシー、ジーニーであれば一撃で粉砕できる程度だ。
所詮は植物ということか。
「そうです……香りが邪魔だというのなら」
砕け散った茨の破片を一瞥し、セアラは策を閃いたようだ。
●
「ジーニー様、壁に穴を開けられますか?」
セアラの問いに、ジーニーは一も二も無く「応!」と答えた。
彼女にとって……彼女と、その相棒たる戦斧にとって植物の壁を打ち破ることなど造作もないことだ。
セアラの指示に果たしてどのような意味があるのか、ジーニーは理解していない。だが、仲間の指示に意味がないとは思えない。
それゆえ彼女は、踵を返しアルラウネから距離を取る。
そして……。
「どぉぉぉぉりゃぁあああああああ‼!」
怒声とともに、振り回される戦斧が茨の迷宮のその壁面に大穴を穿つ。
砕け散った茨が地面に落ちる。
開いた大穴から辺りに満ちていた甘い香りが外へと漏れた。
『あー……』
ぽかん、と。
口を開いたアルラウネが動きを止めた。
そして慌てたようにその細い腕を上下へ動かす。その動きに指揮されるようにして、地面から伸びた茨が絡み合い迷宮の壁を塞いだ。
「あ、そういうことね!」
納得、と。
塞がった端からジーニーの斧が茨を斬り落とす。
茨の迷宮に穴が開けば、そこから甘い香りが漏れる。
そして、穴を塞ぐべく茨の攻勢が弱まるのだ。
ジーニーへと指示を出したセアラを要敵と判断したのか、集中して茨が襲い掛かる。だが、それはアンジェリカが許さない。
「はぁっ!」
大十字架による一撃が、茨を千々に打ち砕く。
茨による一撃を胸部に受け、エルシーの体が大きく後方へと跳んだ。
ミシ、とその胸から骨の軋む音が鳴る。
内臓にダメージを負ったのか、エルシーの口から血が零れた。
「っ……!!」
さらなる追撃を受ける前に、エルシーは地面を蹴って駆け出した。
まるで一つの弾丸のように、ただまっすぐ……アルラウネへと肉薄する。
駆ける勢いそのままに、一撃。
『------っ!?』
胸部を打たれたアルラウネが声にならない悲鳴をあげる。
さらに一撃、着地と同時に踵を返し側頭部へと拳を打ち込む。
次いで、右脇腹へ。
次いで、背へ。
腹へ、胸へ、首筋へ、後頭部へ。
速度を落とさず、連撃に次ぐ連撃。
『----------------------っ』
そして最後に、その顔面にエルシーの拳が叩き込まれた。
その一撃を最後に、アルラウネは意識を失い大きく後ろへと倒れ込む。
後に残ったのはただ一つ……アルラウネの下半身を構成していた巨大な一輪の花であった。
「突然変異? それとも、こういう花なのでしょうか? 変わった植物なら育ててみたい気もしますが……ううん?」
どうしましょう?とセアラは問うた。
イブリース化していた奇妙な花は、元の植物へと戻ったのだが問題はそのサイズである。
直径にしておよそ一メートル。
血のような赤く、肉厚の花弁。
そして、むせるような甘い香り。
「……農家の人にお任せしたら?」
しばらく考え込んだのち、エルシーはそう言葉を返した。
この巨大な花を、持って帰る気にはなれなかったからである。
甘い甘い、鼻の奥に淀み、肺の隅々まで侵すかのような濃厚な香り。
山の斜面に作られた果樹園がその発生源であった。
とはいえ、現在果樹園は茨の檻に覆い隠されその姿を隠してしまっているのだが……。
そんな果樹園の前に集う人影が4つ。
そのうち1人、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は茨の檻へ視線を向けて困ったような表情を浮かべる。
「……異常を引き起こしている原因は不明。この付近で似たような植物を見たことはない、と」
彼女の手には紙とペン。
迷宮と化しているらしい茨の檻の内部を探索するために、彼女が準備してきたものだ。
「とりあえず入り口は切り開くとして……茨の迷路か。こんなもの真っ直ぐ突っ切っちゃダメなのか?」
茨の檻の一部を大斧で切り付けながら『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)は仲間たちにそう問うた。
迷宮探索という、いかにも時間のかかりそうな行為を彼女は苦手としているのである。それゆえ、邪魔になる木々や茨は片っ端から切り飛ばせばよいのではないか、なんてことを考えたのだ。
「それはちょっと……農家の方々が植えた果樹もありますから」
即座にセアラによって、ジーニーの提案は却下されたが。
ジーニーの切り開いた部分から、4人は茨の檻の内部へと侵入する。
茨の内部に漂う甘い香りは、茨の檻の外に漏れていたそれはとは比べ物にならないほどに濃厚だった。
その甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はげほげほと数度咳き込んだ。
エルシーは額を抑え、よろよろと数歩後退る。
「この香りを吸い続けるのはヤバそうね。時間を掛けずに迷路を突破して問題のイブリースを浄化しないと」
「えぇ、参りましょう」
自身の自然治癒力を強化しながら『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は背負っていた大十字架を頭上へ向けて降りぬいた。
天井付近からセアラ目掛けて襲い掛かって来た茨を十字架でもって払いのけたのだ。
バキャン、と茨が砕ける音がする。
粉砕された茨の破片と水分が散った。
「セアラ様はマッピングに集中されてください。茨への対処は私が請け負います」
状態異常を引き起こす甘い香りと、茨による一定周期での攻撃。
それらに対処しながら、一行は異変の原因を探して回らねばならない。
こうして自由騎士たちによる茨の迷宮探索はスタートしたのであった。
●
茨の迷宮を進みはじめてしばらく。
「なんだか甘い、いい香りだな」
足を止めたジーニーが、ポツリとそんなことを言う。
ふとジーニーの方へと視線を向けて、エルシーは気が付いた。ジーニーの瞳はどこか虚ろで、正気を保っているようには見えないことに。
茨の迷宮に満ちる甘い香りによる[チャーム]の状態異常。
即座にそのことを理解し、エルシーはジーニーとセアラの間に飛び込んだ。
それと同時にジーニーの斧が振るわれる。
「ぐ……重っ!?」
朱色の籠手で斧を受け流し、セアラは滑るようにジーニーの懐へと潜り込んだ。ジーニーの胴に当身を食らわせると同時に、斧を握る手首に手刀を叩き込む。
カラン、とジーニーの手から斧が落ちた。
「回復します。もう少し抑えていてください」
斧を失ったまま暴れ続けようとしていたジーニーを、エルシーは必死に抑えつける。その隙にセアラはジーニーへと手を翳す。
飛び散った燐光がジーニーの体に降り注ぐ。
しばらくして、虚ろだったジーニーの瞳に正気の色が戻って来た。
「あ、おぉ?」
何が起きていたのか理解できないのだろう。
足元に転がる自分の戦斧を見下ろして、ジーニーはこてんと首を傾げる。
「それにしても、何を思って茨で迷路なんて作ったのでしょうかね。それだけ守りたい何かがあるのかしら?」
大十字架を引き摺りながらアンジェリカは歩く。
地面には大十字架を引き摺った痕跡が残っていた。その痕跡を辿っていけば、とりあえず迷宮の入り口にまでは戻れるはずだ。
そうして時折襲い掛かってくる茨の攻撃を、十字架で弾いて防御する。
茨の攻撃はさほど強力ではなく、速度も遅い。
そのためこうして迎撃することも容易なのだが、茨の迷宮の奥へ進めば進むほど、その攻撃頻度は増してきているように感じる。
「どう思いますか? 私の気のせいでなければ、茨の攻撃が激しくなっているような……」
と、アンジェリカはセアラへ問いかける。
マッピングを続けていたセアラは、茨に襲われた位置も紙面に描き込んでいたからだ。
「えぇ、気のせいではありません。攻撃頻度は確かに増えています」
「やはり……」
さらに一撃、アンジェリカは茨による襲撃を大十字架で薙ぎ払う。
砕けた茨の破片を足で突きながら、ジーニーはふむと顎に手を当て考える。
「この迷路の奥に、元凶がいるんだろ? 一体どんな奴だろうな」
茨による攻撃と、甘い香りによる妨害。
農家の者の話では、甘い香りは花のそれに似ているとのことだった。
だとするならば、この異常の原因は植物に類する何者か……なのだろうか。
「今までの進路や、茨の攻撃頻度から察するに……」
トン、と。
セアラは見取り図の一部、斜面に作られた果樹園……その山頂に近い一か所を指先でたたく。
「この辺りではないでしょうか?」
果樹園に迷宮を作った何者かの居場所、その大まかな当たりを付けて4人は果樹園を突き進む。
茨の襲撃を避け、状態異常の治療を幾度か繰り返し……。
4人は果樹園の山頂付近へとたどり着いた。
「う……これは、キツイわね」
「ハンカチじゃどうにもならねぇな、こりゃ」
口元を抑え、エルシーとジーニーが視線を交わす。
立ち込める濃厚な香りに、視界さえ霞んでいるような気がした。
「ですが異常の原因にまでたどり着くことはできました」
「あれは……イブリース、でしょうか?」
セアラの視線の先には巨大な花……否、花と人とを混ぜ合わせたかのような異形の存在がいた。
鼻を押さえたアンジェリカは、十字架を肩に担ぎ上げる。
そこにいたのは赤い花の中央から、緑肌の少女の体が生えた怪人である。
その髪は茨の蔦だ。
くすくすと、笑い声を零しながら少女は空を仰ぎ見る。
茨の檻に閉ざされた暗い空だ。
『くすくす……くすくす。ん?』
数秒の後、少女は自由騎士たちの存在に気が付いたようだ。
「とりあえず、敵……ということでしょうか」
下半身は花と同化しているとはいえ、少女の姿をした相手に攻撃を加えることに抵抗があるのか、セアラは困ったような顔を仲間たちへと向けた。
「果物系のイブリースだと思ってたが、花だったか。いや、……食虫植物系だったら怖いなと思ってたから、まだマシな方だけど」
戦斧を構え姿勢を低くし、ジーニーはそう呟いた。
今すぐにでも駈け出して行きそうなジーニーを制し、エルシーが1歩前へ踏み出した。
「貴方の目的は何? 果樹園を元に戻しなさい」
と、話が通じるか否かは不明だが、まずは交渉から開始するようである。
エルシーがフロントに立っての交渉は、けれど早速決裂した。
決裂した……というよりは、会話が成立しなかった。
エルシーの問いに対して、花の少女……アルラウネは茨による攻撃で返したからだ。
上空、左右、そして地面を突き破り襲い掛かる無数の茨をエルシーは滑るような動作で回避する。
状態異常の付与に備え、セアラは術式を展開した。
戦闘慣れした一行だ。
交渉が決裂した場合の対処に関しても、極めて迅速である。
「おいしいアップルやオレンジを守るために、微力を尽くすわ!」
スキル[龍氣螺合]によって自身の身体能力を強化したエルシーは、雷光のような速度で地面を駆け抜け、アルラウネへと肉薄。
鋭い拳を、その胸部へと叩き込む。
だが、しかし……。
「ちぃっ……」
地面から伸びた茨によって、エルシーの打撃は阻まれた。
戦斧を振り回すジーニーだったが、暴れれば暴れるほどに呼吸は深く、粗くなる。大戦斧を力いっぱい振り回すには、それなりに酸素が必要なのだ。
けれど……。
「げほっ……」
進路を阻む茨の一塊を切り刻んだところで、ジーニーは咳とともに血を吐いた。どうやらその身は毒に侵されてしまったらしい。
一旦退くか、あるいはこのまま前身するか。
ジーニーの躊躇を払うは、セアラの「行ってください!」という言葉であった。
ジーニーの体を淡い燐光が包み込む。
その身を侵す毒は消え、失われた体力が回復する。
「よっしゃ! これでまだ戦える! 戦闘なら得意だぜ!」
どらぁ! と雄叫びと共に戦斧を振り回し、駆けて行く。
「回復はお任せいたします!」
「はい!」
セアラを襲う茨の猛攻を大十字架で払い退けつつ、アンジェリカの視線はまっすぐアルラウネへと固定されていた。
視界を妨げる茨は現れる端からジーニーが切り落としていく。
アルラウネの指先や髪の動きで、およそ茨の動きが予想できるのだ。
「手数が多い……いずれ捌ききれなくなります。一刻も早く、この茨の迷路に光を取り戻しましょう」
くすくすと、アルラウネは笑い続ける。
どうやらアルラウネは人語を介さないようだ……後衛から戦況を観察していたセアラは敵をそう判断した。
仲間が傷つけば即座に回復を。
香りによる状態異常も、早々に解除を試みる。
「香りが強いですね。これでは回復が間に合いません」
呼吸を荒げ、セアラは告げた。
視線の先では、今もエルシーがアルラウネへと猛攻を仕掛けている。ほんの一瞬さえも動きを止めることはなく、ただただ肉薄し拳を放つ。
エルシーへと襲い掛かる茨は片っ端からジーニーが斬り落とす。
その繰り返し……今だ決定打を与えるには至っていない。
救いといえば、アルラウネがその場を動こうとはしないことだろうか。
否、動けないのだとセアラは敵の特性を見て取った。
下半身が花と一体化した異形である。
地面に根を張り、果樹園一帯を支配下に置く制圧力は大したものだが、代償として行動に大きな制限がかかっているようなものだ。
けれど、しかし……。
「この場が敵の支配下にあることは間違いありませんし……」
「けほっ……。動けば動くほど、香りを吸い込まざるを得なくなってしまいますね」
口元に付着した血を拭い、アンジェリカはセアラの言葉にそう返す。
アンジェリカの十字架が、地面から生えたばかりの茨を一撃の元に打ち砕いた。
茨自体の強度はさほど高くはない。
全力を出さずとも、セアラはともかくアンジェリカやエルシー、ジーニーであれば一撃で粉砕できる程度だ。
所詮は植物ということか。
「そうです……香りが邪魔だというのなら」
砕け散った茨の破片を一瞥し、セアラは策を閃いたようだ。
●
「ジーニー様、壁に穴を開けられますか?」
セアラの問いに、ジーニーは一も二も無く「応!」と答えた。
彼女にとって……彼女と、その相棒たる戦斧にとって植物の壁を打ち破ることなど造作もないことだ。
セアラの指示に果たしてどのような意味があるのか、ジーニーは理解していない。だが、仲間の指示に意味がないとは思えない。
それゆえ彼女は、踵を返しアルラウネから距離を取る。
そして……。
「どぉぉぉぉりゃぁあああああああ‼!」
怒声とともに、振り回される戦斧が茨の迷宮のその壁面に大穴を穿つ。
砕け散った茨が地面に落ちる。
開いた大穴から辺りに満ちていた甘い香りが外へと漏れた。
『あー……』
ぽかん、と。
口を開いたアルラウネが動きを止めた。
そして慌てたようにその細い腕を上下へ動かす。その動きに指揮されるようにして、地面から伸びた茨が絡み合い迷宮の壁を塞いだ。
「あ、そういうことね!」
納得、と。
塞がった端からジーニーの斧が茨を斬り落とす。
茨の迷宮に穴が開けば、そこから甘い香りが漏れる。
そして、穴を塞ぐべく茨の攻勢が弱まるのだ。
ジーニーへと指示を出したセアラを要敵と判断したのか、集中して茨が襲い掛かる。だが、それはアンジェリカが許さない。
「はぁっ!」
大十字架による一撃が、茨を千々に打ち砕く。
茨による一撃を胸部に受け、エルシーの体が大きく後方へと跳んだ。
ミシ、とその胸から骨の軋む音が鳴る。
内臓にダメージを負ったのか、エルシーの口から血が零れた。
「っ……!!」
さらなる追撃を受ける前に、エルシーは地面を蹴って駆け出した。
まるで一つの弾丸のように、ただまっすぐ……アルラウネへと肉薄する。
駆ける勢いそのままに、一撃。
『------っ!?』
胸部を打たれたアルラウネが声にならない悲鳴をあげる。
さらに一撃、着地と同時に踵を返し側頭部へと拳を打ち込む。
次いで、右脇腹へ。
次いで、背へ。
腹へ、胸へ、首筋へ、後頭部へ。
速度を落とさず、連撃に次ぐ連撃。
『----------------------っ』
そして最後に、その顔面にエルシーの拳が叩き込まれた。
その一撃を最後に、アルラウネは意識を失い大きく後ろへと倒れ込む。
後に残ったのはただ一つ……アルラウネの下半身を構成していた巨大な一輪の花であった。
「突然変異? それとも、こういう花なのでしょうか? 変わった植物なら育ててみたい気もしますが……ううん?」
どうしましょう?とセアラは問うた。
イブリース化していた奇妙な花は、元の植物へと戻ったのだが問題はそのサイズである。
直径にしておよそ一メートル。
血のような赤く、肉厚の花弁。
そして、むせるような甘い香り。
「……農家の人にお任せしたら?」
しばらく考え込んだのち、エルシーはそう言葉を返した。
この巨大な花を、持って帰る気にはなれなかったからである。