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【漂流少年】2章・医師と看護師から導く漂流少年の素性

●
「先生、お疲れさまでした」
医師控室にはいると、口からため息が漏れる。
担当している患者の少年は、徐々に回復している。
ただ、腹部の触診のことを思い出す。指先に残る奇妙な感触。あんなところに臓器はないはずだ。
呼吸している。半覚醒状態時に流動食飲み込ませ、ちゃんと排泄があることも確認している。
それにしては、全身の皮膚の青黒い変色は一向に改善せず、傷口で凝固しているかさぶたも沈殿血色のままだ。
「あの、少年は本当に生きているんだよな?」
つぶやきは意外に響いて、医師自身を怯えさせた。
●
「皆様。少年の容体が大分安定してきた様ですの。喜ばしいことですわね」
マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)の笑顔はゆっくり動く。
「少年の調査について許可が下りましたので、お知らせいたしますわ」
さらなる進展を期待しています。と、マリオーネは言う。
正直言って、現場にいたオラクル達も少年の印象はあまり強くない。
夕方から夕闇が迫る時刻。
樽の中から出された少年はぞっとするほど軽かった。
羽根やら角やら牙やら体毛やらの特徴はなかった。
目は閉じられていたので瞳孔の差異はわからない。
ただ――。
「ここまでの経過を申し上げますわね。重度の飢餓及び脱水状態。壊血病併発。樽に入っていた果実の食べ残しの形跡なし。まあ、腐敗を恐れて海に捨てていたと考えるのが妥当でしょうか。昏睡と短い半覚醒状態を繰り返していたが、数日前、半覚醒時にスプーンで水を口元に運んだら飲んだということで、流動食も始まり排泄も確認されたようですわ。ようございましたわね」
淡々と説明するマリオーネは錬金術師である。ホムンクルスの育成記録を読み上げているみたいだ。
「でも、楽観もしていられませんのよ。触診の結果、腹部に通常のノウブルにはないしこりというか固まりがあるそうです。ただ、病的なできものとは手触りが違うとか」
なんでしょうね。と、プラロークは言う。
「それと、全身に達したうっ血が一向にひかないというのと、一向に血色――血そのものの色ですわね――が改善されないのが医師の悩みの種との報告が上がっておりますの」
そうだ。少年の目鼻立ちの印象が全くないのは。
「全身が青ざめたように真っ青のままだそうですのよ。心配ですわね」
夜の蒼に溶けてしまいそうなほど蒼かったからだ。
「皆様にしていただいた所持品の調査から、大陸北方との関りが大と推察できますわ。では、彼は何者なのでしょう? 彼の皮膚が青い理由が後天的なもの、伝染病なら隔離をしなくてはなりません。毒物でしたらそれに備えなくてはなりません。呪いでも同様です。あるいは生来のものの可能性もあるでしょう。残念ながら彼はまだ口を利ける状態ではありません。不定期な昏睡は続いています。少年に結び付きそうな情報を精査して下さいな。今回少年が収容されているところには行けます。彼の容体がさらに安定し次第、面会できるように取り計らいます。彼に会った時、彼の心を閉ざさせるようなことを不用意に言わないための下準備だと思ってくださいませね」
プラロークはゆっくり笑った。
「場所は国防軍附属病院ですので、騒ぎが起こらないように、何分よろしくお願いしますわね」
●
「あー」
流動食を嚥下した少年がもっとと求めるように声を発した。
「先生! 患者さんが声を!」
看護婦は嬉しそうだ。
ああ、でも、本当に生きているんだろうか。心臓は動いているように思える。恐ろしくゆっくりではあるが。そんなゆっくりではいつ止まってもおかしくない。
発声したなら生きているか。だが、還リビトだって声くらい出す。昨今の還リビトは言葉を操るらしいじゃないか。
「先生?」
看護師は首をかしげた。
なんでだ。回復に向かっているなら、なんでこの患者の肌の色は青いままなんだ。
もし、新手の還リビトならば、私がどうにかしなくては。
「先生、お疲れさまでした」
医師控室にはいると、口からため息が漏れる。
担当している患者の少年は、徐々に回復している。
ただ、腹部の触診のことを思い出す。指先に残る奇妙な感触。あんなところに臓器はないはずだ。
呼吸している。半覚醒状態時に流動食飲み込ませ、ちゃんと排泄があることも確認している。
それにしては、全身の皮膚の青黒い変色は一向に改善せず、傷口で凝固しているかさぶたも沈殿血色のままだ。
「あの、少年は本当に生きているんだよな?」
つぶやきは意外に響いて、医師自身を怯えさせた。
●
「皆様。少年の容体が大分安定してきた様ですの。喜ばしいことですわね」
マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)の笑顔はゆっくり動く。
「少年の調査について許可が下りましたので、お知らせいたしますわ」
さらなる進展を期待しています。と、マリオーネは言う。
正直言って、現場にいたオラクル達も少年の印象はあまり強くない。
夕方から夕闇が迫る時刻。
樽の中から出された少年はぞっとするほど軽かった。
羽根やら角やら牙やら体毛やらの特徴はなかった。
目は閉じられていたので瞳孔の差異はわからない。
ただ――。
「ここまでの経過を申し上げますわね。重度の飢餓及び脱水状態。壊血病併発。樽に入っていた果実の食べ残しの形跡なし。まあ、腐敗を恐れて海に捨てていたと考えるのが妥当でしょうか。昏睡と短い半覚醒状態を繰り返していたが、数日前、半覚醒時にスプーンで水を口元に運んだら飲んだということで、流動食も始まり排泄も確認されたようですわ。ようございましたわね」
淡々と説明するマリオーネは錬金術師である。ホムンクルスの育成記録を読み上げているみたいだ。
「でも、楽観もしていられませんのよ。触診の結果、腹部に通常のノウブルにはないしこりというか固まりがあるそうです。ただ、病的なできものとは手触りが違うとか」
なんでしょうね。と、プラロークは言う。
「それと、全身に達したうっ血が一向にひかないというのと、一向に血色――血そのものの色ですわね――が改善されないのが医師の悩みの種との報告が上がっておりますの」
そうだ。少年の目鼻立ちの印象が全くないのは。
「全身が青ざめたように真っ青のままだそうですのよ。心配ですわね」
夜の蒼に溶けてしまいそうなほど蒼かったからだ。
「皆様にしていただいた所持品の調査から、大陸北方との関りが大と推察できますわ。では、彼は何者なのでしょう? 彼の皮膚が青い理由が後天的なもの、伝染病なら隔離をしなくてはなりません。毒物でしたらそれに備えなくてはなりません。呪いでも同様です。あるいは生来のものの可能性もあるでしょう。残念ながら彼はまだ口を利ける状態ではありません。不定期な昏睡は続いています。少年に結び付きそうな情報を精査して下さいな。今回少年が収容されているところには行けます。彼の容体がさらに安定し次第、面会できるように取り計らいます。彼に会った時、彼の心を閉ざさせるようなことを不用意に言わないための下準備だと思ってくださいませね」
プラロークはゆっくり笑った。
「場所は国防軍附属病院ですので、騒ぎが起こらないように、何分よろしくお願いしますわね」
●
「あー」
流動食を嚥下した少年がもっとと求めるように声を発した。
「先生! 患者さんが声を!」
看護婦は嬉しそうだ。
ああ、でも、本当に生きているんだろうか。心臓は動いているように思える。恐ろしくゆっくりではあるが。そんなゆっくりではいつ止まってもおかしくない。
発声したなら生きているか。だが、還リビトだって声くらい出す。昨今の還リビトは言葉を操るらしいじゃないか。
「先生?」
看護師は首をかしげた。
なんでだ。回復に向かっているなら、なんでこの患者の肌の色は青いままなんだ。
もし、新手の還リビトならば、私がどうにかしなくては。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.少年の素性を明らかにする。
2.国防軍附属病院で騒ぎを起こさない。
2.国防軍附属病院で騒ぎを起こさない。
田奈です。
まず、大事なところから。
この依頼はブレインストーミングの
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385) 2018年11月08日(木) 22:33:05
アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) 2018年11月08日(木) 22:41:31
アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227) 2018年11月08日(木) 23:30:24
フーリィン・アルカナム(CL3000403) 2018年11月09日(金) 00:39:20
の発言から発生しました。
名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。
シリーズ二回目です!
第一回のリプレイを踏まえたうえで調査に臨んでください。
「この少年はどういう状態?」 です。
*漂流少年
一切不明。所持品調査により大陸北方との関連がありそうです。
現在の様子はOPの通りです。声は出しますが会話はなし。ほぼ反射ですべてが行われている状態です。うまれたての乳飲み子状態だと思ってください。
話を聞けるのは、以下の人々。
*医師
触診などをしている。内科医。初期診断で青ざめているのは重度の貧血と思っていたら定着しているようなので、見立て違いをしたのかと困惑している。
大分精神的にお疲れ。実は死んでいるかもしれないと思っているが、動いているので誰にも言えない。
*看護師
専属。献身的な娘さん。肌が青いのに少し戸惑っていたが慣れた。が、いつまでも引かないので心配になってきている。
先生も日に日にやつれていっているのでそちらも心配。
*今回も、「どれ」について「どこ」で「どのように」調べるのかによって、情報の質と精度、事態が変わります。
★この依頼は全三話のシリーズです。おおよそ一か月半のシリーズになります。
参加したら次回の予約時に優先が付きます。
途中で抜けた場に別のPCが入った場合次の依頼で優先権が発生します。
シリーズ参加中も他の依頼にはいっていただいてかまいません。
途中参加の場合は何らかの理由によって合流したという流れになります。
まず、大事なところから。
この依頼はブレインストーミングの
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385) 2018年11月08日(木) 22:33:05
アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) 2018年11月08日(木) 22:41:31
アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227) 2018年11月08日(木) 23:30:24
フーリィン・アルカナム(CL3000403) 2018年11月09日(金) 00:39:20
の発言から発生しました。
名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。
シリーズ二回目です!
第一回のリプレイを踏まえたうえで調査に臨んでください。
「この少年はどういう状態?」 です。
*漂流少年
一切不明。所持品調査により大陸北方との関連がありそうです。
現在の様子はOPの通りです。声は出しますが会話はなし。ほぼ反射ですべてが行われている状態です。うまれたての乳飲み子状態だと思ってください。
話を聞けるのは、以下の人々。
*医師
触診などをしている。内科医。初期診断で青ざめているのは重度の貧血と思っていたら定着しているようなので、見立て違いをしたのかと困惑している。
大分精神的にお疲れ。実は死んでいるかもしれないと思っているが、動いているので誰にも言えない。
*看護師
専属。献身的な娘さん。肌が青いのに少し戸惑っていたが慣れた。が、いつまでも引かないので心配になってきている。
先生も日に日にやつれていっているのでそちらも心配。
*今回も、「どれ」について「どこ」で「どのように」調べるのかによって、情報の質と精度、事態が変わります。
★この依頼は全三話のシリーズです。おおよそ一か月半のシリーズになります。
参加したら次回の予約時に優先が付きます。
途中で抜けた場に別のPCが入った場合次の依頼で優先権が発生します。
シリーズ参加中も他の依頼にはいっていただいてかまいません。
途中参加の場合は何らかの理由によって合流したという流れになります。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
2個
6個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
5日
5日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年12月15日
2018年12月15日
†メイン参加者 8人†
●
「この間は色々教えてもろてありがとうございました。大陸北方の事に詳しい先生や研究生がおりはったら教えてほしいんですけど」
「自由騎士団の方ですね。承っております。関係ありそうな連中みんな一か所に集めてありますんで」
たらい回しを覚悟していたアリシアとしては拍子抜けという気がしないでもない。だが、案内された会議室には熱気があふれていた。
「大陸北部は遠いですから、研究材料は喉から手が出るほど欲しくてですね。この間持ってきてくださった写真、各研究室で多角的に検証されてたんですよ」
なるほど。写真でこの熱気なら、現物だったら悪気なく、なし崩しに分解されていたかもしれない。
肉体的疲労はしないで済みそうだが、別の意味でアリシアの背中に冷たいものが流れる。
(この世のまだ知りえない文化に触れることは浪漫やーってまた長い話きかされそうですわ)
「大陸北部ですね。光る石を象徴とするのは、300年前に消えたクォーツ神ですね」
話してくれる研究者の鼻息が荒い。
「常春をもたらす神です。神が去って極寒の地になったと伝承に残ってます。実際、気温がぐんぐん下がって今の気候になったことも民話とかになって残ってるんですよ」
文献としては残っていないそうだ。
「後は、『天空を超える神』ですね。空との関係が深い。それもより高い空ですね」
「『クォーツの使徒は、その身に空の色を映す』とあって、青い肌のオラクルについて民話に残ってるんです」
アリシアの目が、かっと見開かれた。
「そこんとこ詳しく。ほら、この間もシャンバラの方からヨウセイとかきはったし、もう滅びてしまった種族とか実は生きてたとかあるんやなかろうか? 今、お聞きした話、仲間と共有しますんで、ちょっと待っててもらえます?」
●
「なんでいないかな」
『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は、還リビト満載のボートの処理に当たった自由騎士から直接聞き取りしようとしたのだが。
何人かは任務中。何人かは消息不明。なんだそれは。と食い下がったが、教えてもらえなかった。イ・ラプセル全土で活動している自由騎士を捕まえるには事前にアポを取っておくべきっぽい。今回、足を棒にして情報を集めて回ることになったのはクイニィーになってしまった。
たまたま廊下を通りかかった一人を捕まえて、矢継ぎ早に質問する。
「意味のあることをしゃべりはしなかった。会話が成立しなかったから。今にして思えば、旧型ね」
「還りビトって所詮ゾンビだから肌の色なんてわからないかも知れないけど、肌の色ってどんなのだった? 青かった?」
「夜だったから、はっきりしたことはわからないわ。でも、腐れていたというか、凍っていたわよ。肉が。霜でびっしり。だから、腐った肉色。色の悪いどす黒い赤よ」
とても胸糞が悪くなるような色だ。
「肌が空色――」
アリシアから入った情報を口にしてみる。
「ああ、そういうんじゃない」
きぱっと否定された。
聞きたいことを聞いて、礼を言って別れた。
(もしかしたら彼はそのボートに乗っていて、何らかの理由で流されたのかもしれない――と思っていたけど)
その線はなくなった。明らかに状態が違うようだ。
(彼が不死者だったとして、本当に『死なない種族』なのか、北の大地からボート――じゃなくて――樽に乗って流れて? いた理由は何か、知りたい事が沢山でワクワクしちゃう!)
はやる気持ちを押さえつつ、マギナギアで情報共有。
「あたしも早く少年を観察したーい!」
思わず口をついて出た言葉に、ざわざわしていた廊下が一瞬波を打ったように静かになった。
いえ、性癖ではなく仕事中。と、無言でアピールすると、ざわざわとした喧騒が戻ってきた。自由騎士は時々首を傾げざるを得ない出来事に巻き込まれたりする。
●
「そうですね。じゃんけんで私が6回連続で勝ったら――」
ふっかふかのウサギのお嬢ちゃんがそんな風に挑んでくるのだ。受けて立たなくては、海の男が廃る。
「その話を私に聞かせてください!」
嵐のような咳払いを聞くという稀有な経験をしたティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、、通商連の北方航路の船着き場に来ていた。
(……図書館はしばらく行けそうにないですからね……)
これも仕事だ。気を取り直さねば。
(彼らなら世界中を回って商売している可能性が高いですし、もしかしたら何か聞いたことがあるかもしれません)
「北の大地で変わった身体的特徴を持つ種族を見たり聞いたことがありませんか?」
「なんだい。お嬢ちゃん、お勉強かい?」
「そうだなあ。今、おいちゃんたちの目の前にいる子は大陸じゃああまり見ねえなぁ。かわいいからお船に乗せて連れてっちまうぞ?」
大陸では亜人は奴隷の国もある。もちろん、商売で来ている者たちはイ・ラプセルではそういう態度はご法度と分かっているがそれが末端の水夫にまで浸透しているとは言えない。
「まあ、いいや。北の方かい。ヴィスマルクじゃ北の内に入らねえんだな?」
「聞いて気持ちのいい話じゃないぜ」
「聞かせて下さい」
「え~。でもよ~。ちょっとお嬢ちゃんに聞かせるのはためらっちまう話だなぁ」
そして、冒頭に戻る。
「じゃんけんぽん!」
●
『荒ぶる好奇心』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は、にっこり笑った。
「少年を保護した自由騎士なのですが、少しお話良いですか?」
医師は、疲れを押し殺した表情をしていたが、興味をひかれたように少し目を見開いた。
「浜辺の清掃活動してたんですよ。そしたら、岩場に大きな樽があってですね。中をのぞいたら、少年がいたんです」
フーリィンは正直に言った。
「もう、自由騎士の職業病っていうかですね。もしかしたら還りビトかと思ってしまいましたよ!」
医師の表情がこわばった。スラムでも見かける追い詰められている人特有の空気。それが招くかもしれない不幸な想像。いやな予感がしたから調査は仲間に託したが、それでよかった。と、フーリィンは思った。
「いやー、食事や排泄をしていると聞き、還りビトではないってわかってよかったですー」
力強く断定した。
「仲間からの受け売りですけど、還リビトが青黒いのは皮膚そのものの色じゃなくって、腐れて色が悪くなってるって意味ですし。襲って食べるとかはともかく、還リビトは排泄とかしませんからねー」
この夏前までは、還リビトに遭遇することは一生に一度もないものだった。それが夏の大発生を受け、身近な脅威となり常識が書き換えられる一方、遭遇していない医師のイメージの暴走が彼のストレスの一因だ。
現場の自由騎士からの力強い一言。演技という訳ではなく、話に聞いて本当にそう思っての言葉だと誰が聞いてもわかる。真実のにおいがする。
医師の常識から矛盾する少年の状態を説明するためにこじつけられた思考の迷宮破滅ルートに、「こっちは間違い」という大きな立て看板がたてられた。
『貫く正義』ラメッシュ・K・ジェイン(CL3000120)は、医師をねぎらった。
「大丈夫だ、貴方は優秀な医師だ。だからこそ感じた違和感をしっかりと伝えていただきたい。どんな突拍子も無いことでもいい。それは貴方の勘違いではなく、真実なのかもしれないのだから――今、仲間から、青い肌をした種族が大陸にいた記録があると、研究機関から示唆された」
マギナギアでアリシアが伝えてきたのだ。
「は? 新種族? どういうことだ。何が起こってる」
医師としては、診断の前提が崩れて困惑している。同時に、還リビトを治療しているという考えから解放されたのも事実だ。
「先生。根を詰めては体に障りますよ。手土産を持ってきたので、一息入れませんか?」
と、『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は、持ってきた箱を差し出した。
「お茶を淹れてきましょう」
●
「ない」
『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)は、凝り固まった肩をグルグル回した。
図書館で用意してもらった個室。積み上げた文献で部屋が狭い。
以前、女海賊アルヴィダが「未開地には死なないヒトがいるって聞く。肌は青く……って、まあ、戯言だろうさ。死なないなんておとぎ話だ」と言っていたことを小耳にはさんでいたのだ。
パノプティコン関連の文献を中心に、不死者に関する記述がないか探したが、それらしい記述がない。
マキナギアが鳴動する。
「はい、マリアです。アリシアさん? はい? パノプティコンは神様が違うから全然関係ない!? 今はもういない神様関連?――はい。はい。山の方。了解です。はい。ありがとうございます。何かわかったら、連絡入れますね」
いいじゃないか。パノプティコンとは無関係。 という裏付けは取れた。
マリアは、パノプティコン関連の文献を脇によけた。
見なくてはいけない本が一気に減った。よかった。
マリアは猛然と他のページをめくりだした。
●
少年の担当看護師は、時間を割いてくれたようだ。
「今は、ぐっすり眠っていますから」
『エルローの歌姫』カノン・イスルギ(CL3000025)は、豊穣祭で手に入れたとっておきのぶどうジュース持参だ。自腹である。
「肌の青みが引かないのは心配だよね」
お菓子を勧めつつ、カノンは看護婦に水を向けた。
「それなんですよね」
看護師は、顔を曇らせた。
「あれが彼の自然な肌の色で、だからひかないんじゃないかって。うっ血や皮下出血ならむらになるんですけれど、彼の皮膚はすごく自然にあの色なんです。あの、彼の今後が心配だから、今まで言わなかったんですけど――」
普通じゃないことが分かったら。ここは軍附属病院だ。
カノンは、仲間に、看護師が言う自然な青い肌の情報を伝え、さらに質問する。
「んと、昏睡状態の間少年は身じろぎ一つしなかったのかな? 例えば手をパタパタと動かしたりとかは? 鳥みたいに」
鳥の幻想種とのマザリモノ。鳥の特徴を持ったケモノビト、ソラビトの新種――可能性はいくらでも思いつける。
いいえ。と看護師は返した。
「彼は文字通りピクリとも動きません。心臓も呼吸も辛うじてしている状態です。そして、ぽかりと目を開けます。まるで息継ぎでもするように。そして、また眠るんです。もうずっとそんな状態が続いているんですよ」
看護師は、彼の皮膚がこすれないように体勢をしょっちゅう変えるのも仕事の一つだといった。
「お腹にしこりがあるらしいけど、病気、とかではないの? しこりが回復を妨げている可能性はないのかな?」
「そういうことは私ではなくて先生でないとわかりませんね。そういうのを判断するのは、先生のお仕事で看護士が口出しするようなことではないので」
「そうかぁ」
「この辺の子供を樽に詰め込んだんじゃ? って話もあったから、仮にそうされたとして少年のような状態になる事はあり得る?」
「それも私では何とも――」
カノンは、さっき給湯室を借りて持参の茶を淹れていたアリスタルフに連絡を入れた。
看護師では答えられない質問を医師に尋ねてもらうために。
●
茶の薫香は、場に和やかさをもたらした。
「一つ一つのこれまでの診察を確認していき、すべては誤診ではなく、おそらくは未知の物であり、計り知れなくて当たり前なのだとという認識を共有しましょう」
ラロッシュは、アリシアが研究者を巻き込んだように、医師を少年の味方につけようとしている。
「その上でさ、らに細かく、これまでの診察であなたが感じた違和感を正確にまとめていきましょう」
フーリィンは、医師の顔つきが明るくなってきたので、にこにこしている。
「ああ。ああ。その質問は回答をもらった。――なるほど。確かにそれは医師の領分だ。――わかった」
失礼と、医師に穏やかな笑顔を見せたアリスタルフは、医師に向き直った。
「まず少年の腹のしこりですが、何か異物を埋め込まれているという可能性はないでしょうか? たとえば機械とか」
医師が、眉をひそめた。
「まだ内臓などを機械で補うのは実用化に至っていないはずですが、我が国以外では治験――悪く言えば人体実験など行われているという話を先生はご存じないでしょうか?」
「どう答えても軍務違反になるな。ここは国防軍附属の病院で私も軍籍にある」
国際的には平和ボケと大陸から揶揄されるこの国も、内情は一枚岩とは言い難い。壁に耳ありだ。どこで上げ足をとられるかわからない。
「だが、お伝えできることはもちろんお話ししよう。腫瘍はあるものが病変した状態で、あるはずのないものが生えてくることじゃない。亜人なら浮袋とか翼とかあるだろう。あれは、少なくともノウブルにはない器官だ」
新種族の可能性が示唆されたので、医師としてもそれに触れることにためらいはなくなったようだ。
「少年は、お祭りで仮装したこの辺の子供を樽に入り込んでしまって漂流し、衰弱してしまったのではないかという仮説が出ておりまして。 仮にそうされたとして少年のような状態になる事はあり得ますか?」
「ありえない」
医師は、断言した。
「イ・ラプセルの、少なくとも現在確認されている亜人のどれとも当てはまらない。マザリモノの特異なケースくらいしか思いつかない。だが、一体どんな幻想種と混じればあんな風になるんだ? あまりにも自然すぎるんだ! それにそうだとしても、彼には、イ・ラプセルのノウブルの骨格や筋肉量などの特徴がない。人種が違う。だからイ・ラプセルで生まれたマザリモノとも考えにくい。この辺りはわかるかな。新しい学問だから神への冒涜と聞こえてしまうかもしれないが――」
とにかく、イ・ラプセルの子供が入り込んだという線はないと医者は言っている。ということは。
「昨今増えた他地域からの流入民という線もある。だが、彼らはとても用心深い。イ・ラプセルとて大陸で語られるほど楽園ではない。彼らにはまだイ・ラプセル風の豊穣祭を楽しむ余裕はないだろう」
(やっぱり少年は北の方から流れ着いた可能性が強くなる)
オラクル達は大きく頷き、仲間に情報を伝えた。
●
「この布、いただいた写真から模型をこしらえました!」
専門的な話が続き、天井をさ迷いだしていたアリシアの意識が急速浮上した。船の帆にしては小さい。用途はなんでしょうね。と、首をひねっていたあれだ。
「この筒状になってるところに添うように木を突っ込んでみたんですけど――」
原寸大とはいかなかったらしい。てのひらサイズだ。
「翼っぽくないですか!?」
いびつな多角形は骨格を得て、羽を広げた翼に見える。
「ここにも木を通せばですね――ヒトをぶら下げて飛べるんじゃないかと思うんですよ!」
興奮した研究者の言に、場内はひょっとする。という雰囲気になった。
「実際、クォーツの民は神の恵みによって、空を滑ることができたという伝承があるんです。今までは、天候観測に優れていたという意味で捉えていたんですが。――本当に滑るように移動していたかもしれません。これが本当に使えると立証できれば」
わあわあと場が騒がしくなる。
「食事をあまり取らなくても大丈夫な種族とか――北の方なら食べもんも少ないし――そういうのもありそう。冬眠状態になって生命力維持できるとか?」
アリシアは、少年の状態を踏まえながら質問した。
「『死ににくい』がどういうことなのか非常に抽象的です。『クウォーツの民の某は空から落ちた。だが、青い民なので死ななかった』みたいな感じなんです」
突っ込みどころ満載だが、300年前辺りに書かれた大陸周辺の文章はそういう感じだ。大体神に起因するので過程を描く必要がない。
「ちょっと待ってな。ここまでのこと仲間に連絡とって聞いてもらうわ」
●
アリシアからの連絡に、マリアは歓声を上げた。
「山の神様に赤い実を届けに行く青いサルが、歩いていくのは大変なので、布で羽根を作る方法を神様に教えてもらう話っていうのがあるんですけど。はい、これって関係ありそうな感じがします。ええ、大陸北方の小さな国の民話集にありました! はい。みんなにも知らせますね!」
お話だなあと流し読みしていたんだが、ほんとに布の羽根があるなんて!
「これ、貸出――厳禁。筆写はあり。カメラは光で紙が痛むから、無し。――写します」
マリアは腕まくりした。
●
未来視持ちのティラミスにじゃんけんにおいて負けはない。だが、聞いて嬉しくない話なのもまた現実だった。
「大陸の北の方ではたまーに布で空を飛ぶ肌の青いガキが空から落っこちてくるんだ。そいつらは、他の奴が死んじまうようなところでもなかなか死なねえ。怪我は普通にするが死なねえ。あっという間に治っちまう。色々話はあるが、食ったり寝たりしなくてもいいってやつまでいたそうだ。だから、それを拾って売り飛ばすんだよ。丈夫な奴隷として売ると高値が付く――ああ、だから、嬢ちゃんにするには酷な話だって言っただろう?――そうだな。一番売りやすいのはヘルメリアだな。そんで奴隷船が沈んだとすれば、そいつだけ生き残ってもおかしくはねえな」
話を聞かせてもらった礼を言い、ティラミスは仲間に連絡を入れる。
彼は多分売り飛ばされたのだ。マリアが見つけた民話になぞらえれば、神様に届ける赤い実と布の翼を大事に抱えて。
「この間は色々教えてもろてありがとうございました。大陸北方の事に詳しい先生や研究生がおりはったら教えてほしいんですけど」
「自由騎士団の方ですね。承っております。関係ありそうな連中みんな一か所に集めてありますんで」
たらい回しを覚悟していたアリシアとしては拍子抜けという気がしないでもない。だが、案内された会議室には熱気があふれていた。
「大陸北部は遠いですから、研究材料は喉から手が出るほど欲しくてですね。この間持ってきてくださった写真、各研究室で多角的に検証されてたんですよ」
なるほど。写真でこの熱気なら、現物だったら悪気なく、なし崩しに分解されていたかもしれない。
肉体的疲労はしないで済みそうだが、別の意味でアリシアの背中に冷たいものが流れる。
(この世のまだ知りえない文化に触れることは浪漫やーってまた長い話きかされそうですわ)
「大陸北部ですね。光る石を象徴とするのは、300年前に消えたクォーツ神ですね」
話してくれる研究者の鼻息が荒い。
「常春をもたらす神です。神が去って極寒の地になったと伝承に残ってます。実際、気温がぐんぐん下がって今の気候になったことも民話とかになって残ってるんですよ」
文献としては残っていないそうだ。
「後は、『天空を超える神』ですね。空との関係が深い。それもより高い空ですね」
「『クォーツの使徒は、その身に空の色を映す』とあって、青い肌のオラクルについて民話に残ってるんです」
アリシアの目が、かっと見開かれた。
「そこんとこ詳しく。ほら、この間もシャンバラの方からヨウセイとかきはったし、もう滅びてしまった種族とか実は生きてたとかあるんやなかろうか? 今、お聞きした話、仲間と共有しますんで、ちょっと待っててもらえます?」
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「なんでいないかな」
『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は、還リビト満載のボートの処理に当たった自由騎士から直接聞き取りしようとしたのだが。
何人かは任務中。何人かは消息不明。なんだそれは。と食い下がったが、教えてもらえなかった。イ・ラプセル全土で活動している自由騎士を捕まえるには事前にアポを取っておくべきっぽい。今回、足を棒にして情報を集めて回ることになったのはクイニィーになってしまった。
たまたま廊下を通りかかった一人を捕まえて、矢継ぎ早に質問する。
「意味のあることをしゃべりはしなかった。会話が成立しなかったから。今にして思えば、旧型ね」
「還りビトって所詮ゾンビだから肌の色なんてわからないかも知れないけど、肌の色ってどんなのだった? 青かった?」
「夜だったから、はっきりしたことはわからないわ。でも、腐れていたというか、凍っていたわよ。肉が。霜でびっしり。だから、腐った肉色。色の悪いどす黒い赤よ」
とても胸糞が悪くなるような色だ。
「肌が空色――」
アリシアから入った情報を口にしてみる。
「ああ、そういうんじゃない」
きぱっと否定された。
聞きたいことを聞いて、礼を言って別れた。
(もしかしたら彼はそのボートに乗っていて、何らかの理由で流されたのかもしれない――と思っていたけど)
その線はなくなった。明らかに状態が違うようだ。
(彼が不死者だったとして、本当に『死なない種族』なのか、北の大地からボート――じゃなくて――樽に乗って流れて? いた理由は何か、知りたい事が沢山でワクワクしちゃう!)
はやる気持ちを押さえつつ、マギナギアで情報共有。
「あたしも早く少年を観察したーい!」
思わず口をついて出た言葉に、ざわざわしていた廊下が一瞬波を打ったように静かになった。
いえ、性癖ではなく仕事中。と、無言でアピールすると、ざわざわとした喧騒が戻ってきた。自由騎士は時々首を傾げざるを得ない出来事に巻き込まれたりする。
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「そうですね。じゃんけんで私が6回連続で勝ったら――」
ふっかふかのウサギのお嬢ちゃんがそんな風に挑んでくるのだ。受けて立たなくては、海の男が廃る。
「その話を私に聞かせてください!」
嵐のような咳払いを聞くという稀有な経験をしたティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、、通商連の北方航路の船着き場に来ていた。
(……図書館はしばらく行けそうにないですからね……)
これも仕事だ。気を取り直さねば。
(彼らなら世界中を回って商売している可能性が高いですし、もしかしたら何か聞いたことがあるかもしれません)
「北の大地で変わった身体的特徴を持つ種族を見たり聞いたことがありませんか?」
「なんだい。お嬢ちゃん、お勉強かい?」
「そうだなあ。今、おいちゃんたちの目の前にいる子は大陸じゃああまり見ねえなぁ。かわいいからお船に乗せて連れてっちまうぞ?」
大陸では亜人は奴隷の国もある。もちろん、商売で来ている者たちはイ・ラプセルではそういう態度はご法度と分かっているがそれが末端の水夫にまで浸透しているとは言えない。
「まあ、いいや。北の方かい。ヴィスマルクじゃ北の内に入らねえんだな?」
「聞いて気持ちのいい話じゃないぜ」
「聞かせて下さい」
「え~。でもよ~。ちょっとお嬢ちゃんに聞かせるのはためらっちまう話だなぁ」
そして、冒頭に戻る。
「じゃんけんぽん!」
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『荒ぶる好奇心』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は、にっこり笑った。
「少年を保護した自由騎士なのですが、少しお話良いですか?」
医師は、疲れを押し殺した表情をしていたが、興味をひかれたように少し目を見開いた。
「浜辺の清掃活動してたんですよ。そしたら、岩場に大きな樽があってですね。中をのぞいたら、少年がいたんです」
フーリィンは正直に言った。
「もう、自由騎士の職業病っていうかですね。もしかしたら還りビトかと思ってしまいましたよ!」
医師の表情がこわばった。スラムでも見かける追い詰められている人特有の空気。それが招くかもしれない不幸な想像。いやな予感がしたから調査は仲間に託したが、それでよかった。と、フーリィンは思った。
「いやー、食事や排泄をしていると聞き、還りビトではないってわかってよかったですー」
力強く断定した。
「仲間からの受け売りですけど、還リビトが青黒いのは皮膚そのものの色じゃなくって、腐れて色が悪くなってるって意味ですし。襲って食べるとかはともかく、還リビトは排泄とかしませんからねー」
この夏前までは、還リビトに遭遇することは一生に一度もないものだった。それが夏の大発生を受け、身近な脅威となり常識が書き換えられる一方、遭遇していない医師のイメージの暴走が彼のストレスの一因だ。
現場の自由騎士からの力強い一言。演技という訳ではなく、話に聞いて本当にそう思っての言葉だと誰が聞いてもわかる。真実のにおいがする。
医師の常識から矛盾する少年の状態を説明するためにこじつけられた思考の迷宮破滅ルートに、「こっちは間違い」という大きな立て看板がたてられた。
『貫く正義』ラメッシュ・K・ジェイン(CL3000120)は、医師をねぎらった。
「大丈夫だ、貴方は優秀な医師だ。だからこそ感じた違和感をしっかりと伝えていただきたい。どんな突拍子も無いことでもいい。それは貴方の勘違いではなく、真実なのかもしれないのだから――今、仲間から、青い肌をした種族が大陸にいた記録があると、研究機関から示唆された」
マギナギアでアリシアが伝えてきたのだ。
「は? 新種族? どういうことだ。何が起こってる」
医師としては、診断の前提が崩れて困惑している。同時に、還リビトを治療しているという考えから解放されたのも事実だ。
「先生。根を詰めては体に障りますよ。手土産を持ってきたので、一息入れませんか?」
と、『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は、持ってきた箱を差し出した。
「お茶を淹れてきましょう」
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「ない」
『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)は、凝り固まった肩をグルグル回した。
図書館で用意してもらった個室。積み上げた文献で部屋が狭い。
以前、女海賊アルヴィダが「未開地には死なないヒトがいるって聞く。肌は青く……って、まあ、戯言だろうさ。死なないなんておとぎ話だ」と言っていたことを小耳にはさんでいたのだ。
パノプティコン関連の文献を中心に、不死者に関する記述がないか探したが、それらしい記述がない。
マキナギアが鳴動する。
「はい、マリアです。アリシアさん? はい? パノプティコンは神様が違うから全然関係ない!? 今はもういない神様関連?――はい。はい。山の方。了解です。はい。ありがとうございます。何かわかったら、連絡入れますね」
いいじゃないか。パノプティコンとは無関係。 という裏付けは取れた。
マリアは、パノプティコン関連の文献を脇によけた。
見なくてはいけない本が一気に減った。よかった。
マリアは猛然と他のページをめくりだした。
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少年の担当看護師は、時間を割いてくれたようだ。
「今は、ぐっすり眠っていますから」
『エルローの歌姫』カノン・イスルギ(CL3000025)は、豊穣祭で手に入れたとっておきのぶどうジュース持参だ。自腹である。
「肌の青みが引かないのは心配だよね」
お菓子を勧めつつ、カノンは看護婦に水を向けた。
「それなんですよね」
看護師は、顔を曇らせた。
「あれが彼の自然な肌の色で、だからひかないんじゃないかって。うっ血や皮下出血ならむらになるんですけれど、彼の皮膚はすごく自然にあの色なんです。あの、彼の今後が心配だから、今まで言わなかったんですけど――」
普通じゃないことが分かったら。ここは軍附属病院だ。
カノンは、仲間に、看護師が言う自然な青い肌の情報を伝え、さらに質問する。
「んと、昏睡状態の間少年は身じろぎ一つしなかったのかな? 例えば手をパタパタと動かしたりとかは? 鳥みたいに」
鳥の幻想種とのマザリモノ。鳥の特徴を持ったケモノビト、ソラビトの新種――可能性はいくらでも思いつける。
いいえ。と看護師は返した。
「彼は文字通りピクリとも動きません。心臓も呼吸も辛うじてしている状態です。そして、ぽかりと目を開けます。まるで息継ぎでもするように。そして、また眠るんです。もうずっとそんな状態が続いているんですよ」
看護師は、彼の皮膚がこすれないように体勢をしょっちゅう変えるのも仕事の一つだといった。
「お腹にしこりがあるらしいけど、病気、とかではないの? しこりが回復を妨げている可能性はないのかな?」
「そういうことは私ではなくて先生でないとわかりませんね。そういうのを判断するのは、先生のお仕事で看護士が口出しするようなことではないので」
「そうかぁ」
「この辺の子供を樽に詰め込んだんじゃ? って話もあったから、仮にそうされたとして少年のような状態になる事はあり得る?」
「それも私では何とも――」
カノンは、さっき給湯室を借りて持参の茶を淹れていたアリスタルフに連絡を入れた。
看護師では答えられない質問を医師に尋ねてもらうために。
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茶の薫香は、場に和やかさをもたらした。
「一つ一つのこれまでの診察を確認していき、すべては誤診ではなく、おそらくは未知の物であり、計り知れなくて当たり前なのだとという認識を共有しましょう」
ラロッシュは、アリシアが研究者を巻き込んだように、医師を少年の味方につけようとしている。
「その上でさ、らに細かく、これまでの診察であなたが感じた違和感を正確にまとめていきましょう」
フーリィンは、医師の顔つきが明るくなってきたので、にこにこしている。
「ああ。ああ。その質問は回答をもらった。――なるほど。確かにそれは医師の領分だ。――わかった」
失礼と、医師に穏やかな笑顔を見せたアリスタルフは、医師に向き直った。
「まず少年の腹のしこりですが、何か異物を埋め込まれているという可能性はないでしょうか? たとえば機械とか」
医師が、眉をひそめた。
「まだ内臓などを機械で補うのは実用化に至っていないはずですが、我が国以外では治験――悪く言えば人体実験など行われているという話を先生はご存じないでしょうか?」
「どう答えても軍務違反になるな。ここは国防軍附属の病院で私も軍籍にある」
国際的には平和ボケと大陸から揶揄されるこの国も、内情は一枚岩とは言い難い。壁に耳ありだ。どこで上げ足をとられるかわからない。
「だが、お伝えできることはもちろんお話ししよう。腫瘍はあるものが病変した状態で、あるはずのないものが生えてくることじゃない。亜人なら浮袋とか翼とかあるだろう。あれは、少なくともノウブルにはない器官だ」
新種族の可能性が示唆されたので、医師としてもそれに触れることにためらいはなくなったようだ。
「少年は、お祭りで仮装したこの辺の子供を樽に入り込んでしまって漂流し、衰弱してしまったのではないかという仮説が出ておりまして。 仮にそうされたとして少年のような状態になる事はあり得ますか?」
「ありえない」
医師は、断言した。
「イ・ラプセルの、少なくとも現在確認されている亜人のどれとも当てはまらない。マザリモノの特異なケースくらいしか思いつかない。だが、一体どんな幻想種と混じればあんな風になるんだ? あまりにも自然すぎるんだ! それにそうだとしても、彼には、イ・ラプセルのノウブルの骨格や筋肉量などの特徴がない。人種が違う。だからイ・ラプセルで生まれたマザリモノとも考えにくい。この辺りはわかるかな。新しい学問だから神への冒涜と聞こえてしまうかもしれないが――」
とにかく、イ・ラプセルの子供が入り込んだという線はないと医者は言っている。ということは。
「昨今増えた他地域からの流入民という線もある。だが、彼らはとても用心深い。イ・ラプセルとて大陸で語られるほど楽園ではない。彼らにはまだイ・ラプセル風の豊穣祭を楽しむ余裕はないだろう」
(やっぱり少年は北の方から流れ着いた可能性が強くなる)
オラクル達は大きく頷き、仲間に情報を伝えた。
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「この布、いただいた写真から模型をこしらえました!」
専門的な話が続き、天井をさ迷いだしていたアリシアの意識が急速浮上した。船の帆にしては小さい。用途はなんでしょうね。と、首をひねっていたあれだ。
「この筒状になってるところに添うように木を突っ込んでみたんですけど――」
原寸大とはいかなかったらしい。てのひらサイズだ。
「翼っぽくないですか!?」
いびつな多角形は骨格を得て、羽を広げた翼に見える。
「ここにも木を通せばですね――ヒトをぶら下げて飛べるんじゃないかと思うんですよ!」
興奮した研究者の言に、場内はひょっとする。という雰囲気になった。
「実際、クォーツの民は神の恵みによって、空を滑ることができたという伝承があるんです。今までは、天候観測に優れていたという意味で捉えていたんですが。――本当に滑るように移動していたかもしれません。これが本当に使えると立証できれば」
わあわあと場が騒がしくなる。
「食事をあまり取らなくても大丈夫な種族とか――北の方なら食べもんも少ないし――そういうのもありそう。冬眠状態になって生命力維持できるとか?」
アリシアは、少年の状態を踏まえながら質問した。
「『死ににくい』がどういうことなのか非常に抽象的です。『クウォーツの民の某は空から落ちた。だが、青い民なので死ななかった』みたいな感じなんです」
突っ込みどころ満載だが、300年前辺りに書かれた大陸周辺の文章はそういう感じだ。大体神に起因するので過程を描く必要がない。
「ちょっと待ってな。ここまでのこと仲間に連絡とって聞いてもらうわ」
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アリシアからの連絡に、マリアは歓声を上げた。
「山の神様に赤い実を届けに行く青いサルが、歩いていくのは大変なので、布で羽根を作る方法を神様に教えてもらう話っていうのがあるんですけど。はい、これって関係ありそうな感じがします。ええ、大陸北方の小さな国の民話集にありました! はい。みんなにも知らせますね!」
お話だなあと流し読みしていたんだが、ほんとに布の羽根があるなんて!
「これ、貸出――厳禁。筆写はあり。カメラは光で紙が痛むから、無し。――写します」
マリアは腕まくりした。
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未来視持ちのティラミスにじゃんけんにおいて負けはない。だが、聞いて嬉しくない話なのもまた現実だった。
「大陸の北の方ではたまーに布で空を飛ぶ肌の青いガキが空から落っこちてくるんだ。そいつらは、他の奴が死んじまうようなところでもなかなか死なねえ。怪我は普通にするが死なねえ。あっという間に治っちまう。色々話はあるが、食ったり寝たりしなくてもいいってやつまでいたそうだ。だから、それを拾って売り飛ばすんだよ。丈夫な奴隷として売ると高値が付く――ああ、だから、嬢ちゃんにするには酷な話だって言っただろう?――そうだな。一番売りやすいのはヘルメリアだな。そんで奴隷船が沈んだとすれば、そいつだけ生き残ってもおかしくはねえな」
話を聞かせてもらった礼を言い、ティラミスは仲間に連絡を入れる。
彼は多分売り飛ばされたのだ。マリアが見つけた民話になぞらえれば、神様に届ける赤い実と布の翼を大事に抱えて。