MagiaSteam
黒刀鎮魂歌。或いは、潮騒と剣騒……。



●黒き鋼
 折れない剣を。
 曲がらない剣を。
 そして、何もかもを斬り裂く剣を。
 その刀鍛冶は、自身の思う最強の武器を作るべく、来る日も来る日もただ愚直に鉄を打ち続けた。
 そうして、数十年……その人生のほとんどをかけ彼が鍛えあげたのは黒い刀身の曲刀であった。
 折れず、曲がらず、持ち主の技量によっては鋼鉄さえも一刀両断する切れ味を持つ黒い刃。
 けれど、しかし……。
 生涯をかけた最高傑作に銘を打つことなく、鍛冶師はその命を落とした。
 鍛冶師最後の、そして最高の一振りはその後数多の剣士や好事家、貴族、骨董屋の手を渡る。
 戦場に持ち込まれれば、数十を超える敵兵を斬り裂き。
 貴族の手に渡れば、所有権を巡って血みどろの争いを引き起こし。
 そしていつしか、黒刀の所在は不明となった。
 ただ、流浪の剣士たちの間で時折噂話として囁かれるだけの伝説の刀。
 そのはずだった……。

●とある噂
「とまぁ、そういう曰く付きの剣……刀という種類の剣なんだが……この街の好事家が所有しているらしくてな」
 難しい顔をして『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)はそう告げる。
「いや、所有していた……が、正しいか。どうやら件の黒刀、盗み出されたようなんだ」
 幸い、犯人の目星は付いているけどな、とヨアヒムの口元には薄い笑みが浮かぶ。
 ハットの位置を直しながら、ヨアヒムはぐるりと集まった自由騎士たちを見回した。
「ここまで言えば、君らならもう察しは付いていると思うが……黒刀を盗んだ犯人を捕まえてもらいたい」
 黒刀にまつわる伝承から、ヨアヒムは一つの仮説を立てていた。
 それは、刀鍛冶の妄執が宿った黒刀がある種の魔道具……例えば、持ち主を凶行に走らせるなどだ……と化しているのではないか、というものである。
 もちろん、確証はない。
 けれど、ヨアヒムの調べた限りでは、これまで黒刀を所持した者全員が、何らかの不幸に見舞われている。
「可能なら黒刀もへし折ってくれ。不幸の原因は絶てるときに絶っておくべきだからな」
 頼むぜ? と、片目を閉じておどけて見せる。
「っと、忘れてた。黒刀を盗んだ犯人は“レクイエム”と名乗る剣士だ。着物っていうのか? アマノホカリ由来の特徴的な衣服に身を包んでいる女剣士だ」
 黒い着物を着た長身痩躯の女剣士だ。
 長い黒髪を頭の後ろで一つに括っており、また背には刃渡り150センチを超える鉈のような大刀を背負っている。
「小舟に乗ってイ・ラプセルを出て、どこかへ移動しようとしているみたいだな。浜辺辺りで追いつけるだろう」
 黒刀を使った攻撃には【致命】と【防御力無視】が、大刀を使った攻撃には【ブレイク2】が付与される。
「詳しい経歴は不明だが、レクイエムはこれまで多くの戦場を渡り歩いてきた傭兵らしい。深追いをして犠牲を出してもアレだしな……ひとまず、黒刀の回収か破壊を優先してくれ」
 可能であれば、レクイエムも捕えたいがな、とヨアヒムは言う。
 現在、レクイエムがこの国で行った犯罪行為は窃盗だけだ。
 けれど、彼女の目的次第では……。
「俺の勘だけどな……この女、かなり危険だぜ」
 と、そう告げて。
 ヨアヒムは仲間たちを送り出す。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
病み月
■成功条件
1.黒刀の回収、あるいは破壊
●ターゲット
レクイエム(ノウブル)×1
190センチを超える長身痩躯の女剣士。
黒い着物に黒い髪。
これまで多くの戦場を渡り歩いてきた歴戦の傭兵らしいが、詳しい経歴や性格は不明。
どこからか“黒刀”の在り処を聞きつけ、盗み出した。
現在、黒刀を持って国外へ脱出を図っている最中。
また、戦闘スタイルについても詳細は不明。
武器やスキルからある程度予想ができるだろうか……。

・黒刀乱舞[攻撃]A:物近単【致命】【防無視】
折れず、曲がらずといった黒刀の性能にものを言わせた斬撃。
どのような体勢からでも発動可能。

・一刀両断[攻撃]A:物近範【ブレイク2】
背負った大刀を使った渾身の横一閃。一度放たれれば、初見で見切ることは困難だろう。
発動前後、動きが止まるという特徴がある。


●場所
無人の浜辺。
脱出に使う小舟が一艘ある以外は砂だらけ。
十数メートルほど移動すると、岩場へ至る。
岩場か砂浜、戦いやすい方へレクイエムを誘導することができれば戦闘を有利に運べるかもしれない。
砂浜には遮蔽物はなく、見通しが良い。一方、砂に足を取られる関係で、思うように走り回ることが難しいかもしれない。
岩場は遮蔽物が多く、場所によっては岩影に身を隠すことも可能。足場はしっかりしているが、武器を振るう際には注意が必要。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
11モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
4/8
公開日
2020年05月06日

†メイン参加者 4人†




 夜の砂浜に小舟が一艘。
 波に揺られて揺れていた。
 ざり、と砂を踏みしめて黒い着物姿の女性が姿を現す。
 その背にはまるで鉈のような巨大な刀。
 腰には黒い拵えの刀。
 黒い髪を潮風に躍らせながら、女性剣士……レクイエムは口元ににやりと笑みを浮かべた。
「あぁ? なんだぁ、てめぇ? アタシに何か用事かぁ?」
 ざらついたハスキーボイスが無人の海に響き渡る。
 空気を震わせるほどの大音声。
 狂暴な獣を思わせる、攻撃的な眼差しでレクイエムは目の前に立つ女性を睨む。
 その女性は、赤い髪を風に躍らせ胸の前で腕を組んで立っていた。
「えぇ、貴女が来るのを待っていたの。このまま逃がすわけには行かないわ。その刀、置いていってもらうわよ?」
 にやり、と。
 そう告げて、拳を構える『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)。
 それを見て、レクイエムは背中に担いだ大刀を抜いた。
「てめぇ、正気か? 徒手空拳でアタシの相手をする気かよ? 背も、得物もアタシの方が勝ってる。知らねぇわけじゃねぇんだろ?」
「もちろん。リーチとウェイトの差は、接近戦では大きいわよね。まぁ、リーチで負けているのはいつもの事よ」
 トン、と。
 軽く地面を蹴って。
 エルシーは、練り上げた気を光球へ変え、レクイエムへと撃ち込んだ。

「エルシーが戦闘を開始した。ってわけで、さっさと捕縛して帰ろーぜ? ……海風! まだ寒いし!!」
 【テレパス】で身を潜ませる仲間たちへ戦況を伝えながら、ロイ・シュナイダー(CL3000432)は銃剣を手に駈け出した。
 砂浜の端にしゃがんで、レクイエムの襲撃に備えていた彼はその間吹きすさぶ海風の冷たさに身を震わせていたのであった。
 レクイエムは、エルシーの放った【回天號砲】を大刀の腹で受け流す。
 腰の位置に大刀を構え、ぐぐっと身体を引き絞った。
 遠距離攻撃では効果が薄いと判断したのか、エルシーは砂を蹴り上げ駆け出した。直接殴りに行くつもりなのだろう。
 エルシーを援護するように、数発の銃弾を放つ。
 銃声に一瞬、レクイエムは目を見開いて……。
「ん……なっ!? 嘘だろ、あいつ!」
 避ける動作の一つも見せず、弾丸をその背中で受け止めた。

 小舟から身を乗り出すようにして、ノーヴェ・キャトル(CL3000638)はカタールとカランビットを両手に構えて、冷や汗を流す。
「黒の刀……の、持つところ……が……見え、ない。駄目……壊せ……ない」
 エルシーが攻撃した隙を突き、腰に下げた黒刀の柄を破壊する心算だったのだが、体勢が悪く生憎とそれは叶わない。
 レクイエムは、腰を限界まで絞り腰だめに構えた大刀を大きく背後へ振りかぶる。
 力を溜めているのだろう。
 その間にロイの銃弾が命中するが、それを意に介した様子もない。
「なん……なの……あの人」
 驚愕に目を見開くノーヴェ。
「ぁぁぁぁあああああ!!」
「ぉぉおおおおおおおらぁぁあああ!!」
 雄たけびを上げるエルシーとレクイエム。
 獣染みた咆哮が、海に響いた。

「何でどっちも叫ぶんじゃ……?」
 煩くて敵わん、と耳を塞いで氷面鏡 天輝(CL3000665)は言う。
 岩陰から顔を覗かせ、エルシーとレクエイムの戦いを見守る天輝は、困ったような顔をする。雄叫びをあげるエルシーが、作戦を覚えているか不安に思ったのだろう。
 エルシーやロイが、レクイエムを岩場へと誘導。
 気配を殺して岩場に隠れた天輝が、奇襲をかけるという……作戦なのだが、果たして上手くいくのだろうか。
 のっけから不安が急上昇だ。
「効率的に仕事を片付けたい……そう言っていたはずなんじゃが」
 覚えておらんのじゃろうなぁ、と。
 そう呟いて、天輝はひょうたんに入れた酒を煽った。


 限界まで腰を引き絞り、限界まで力を溜めて……。
 その間、撃ち込まれる銃弾も、打ち込まれる拳も、エルシーの背後で隙を伺うノーヴェの動向も無視をして、レクイエムはただその時を待ち続けた。
「っ……ぉぉぉぉおおおおおお!」
 咆哮と共に、溜め込んだ力のすべてを解き放つ。
 フルスイングの斬撃が、エルシーの身体を弾き飛ばした。
 咄嗟に籠手でガードするが、衝撃は骨にまで響く。ギシ、と骨の軋む音。
 弾き飛ばされたエルシーの身体から鮮血が噴き出す。
 軌道を逸ら直撃を避けたとはいえ、完全には防ぎきれなかったのだろう。胸から腹部にかけて、深い裂傷が刻まれていた。
「ち……ぃぃ!?」
 血を吐きながら、エルシーの身体が砂浜に落ちた。
 白い砂が朱に染まる。
「すごい……威力。でも……今なら、届く。捕まえ……られる。捕まえる」
 肩を激しく上下させるレクイエムは、その動きを止めていた。
 見れば、踏み込んだ両足が深く砂に埋もれている。
 今なら隙だらけだ。黒刀を奪い、破壊できるかもしれないとノーヴェは駆けた。
 エルシーの安否は気にかかるが、幸い意識はあるようだ。
 今は戦闘を終わらせることを優先しよう……同じことを考えたのか、ノーヴェとは逆方向からロイが迫る。
「大丈夫……エルシーは……強い……から。行く……よ……」
 【タイムスキップ】。
 止まった時の中を移動するかの如く、一瞬でノーヴェはレクイエムの目の前へと至る。
 そんなノーヴェの脳裏に、ロイの声が響く。
『腕を止める。合わせてくれ!』
「了……解……」
 銃剣から放たれる弾丸が1発。
 大刀を持ったレクイエムの左肘を撃ち抜いた。
 レクイエムの手から大刀が落ちる。よほどの重さがあるのか、砂埃が舞った。
 レクイエムの左腕を血が滴った。
 左側から回り込むように、ノーヴェはその腰へカタールを放つ。
 だが……。
「さっきの女ぁ、随分頑丈だったよなぁ。アタシの技を受けて、まだ生きてるんだもんなぁ」
 骨は逝ったみたいだけどな、と。
 犬歯を剥き出しにして、レクイエムが笑う。
 援護のために、遠くからその様子を観察していたロイの背筋に怖気が走る。
 普通、銃で撃たれれば僅かなりとも怯むはずだ。
 痛みは戦意を鈍らせる。
 だが、レクイエムにそれはなかった。
 思えば初めからそうだ。
 彼女はほとんど攻撃を避けたり、防いだりといったアクションを取りはしなかった。
 痛みをありのままに受け止め、戦意へと変換しているかのように……。
 その考えに思い至ったその瞬間、ロイは叫んだ。
「止まれ! ノーヴェ!」
 しかし……ロイの忠告は遅きに失した。
 右の手で、腰の黒刀を掴み引き抜くと同時に、迫るノーヴェへ切り付ける。
 体勢と溜めが不完全だったからだろう。重さの乗っていない、単なる抜き打ち。
 刃も立っていない斬撃……否、殴打に過ぎないが。
「おっらぁ!」
 小柄なノーヴェを弾き飛ばすには十分だった。

 衝撃が身体を突き抜ける。
 その瞬間、ノーヴェは悟った。
 黒刀を使った一撃は、斬撃にあって斬撃に在らず。
 衝撃を、ダメージを直接相手の身体に叩きつける技術のようだ。
 その衝撃の大きさは、生半可な剣では耐え切れずにへし折れる。
 日頃、頑丈な大刀を得物に使っているのはそのためだろう。だが、その大刀でもレクイエムの剣技に適用してはいないのだ。
 そのために必要なのが、技を放つための集中と溜めだ。
 がむしゃらに剣を振り回しているように見えたが、その実かなり繊細な一撃だったのだろう。相手には最大限のダメージを、剣には最小の負担を……。
 だが、黒刀にはその気遣いが必要ないのだ。
 折れず、曲がらず、よく斬れる。
 レクエイムの剣技を活かすには、黒刀が必要だったのだ。
「う……うぅ」
 内臓を貫いたダメージは大きい。
 砂浜に転がったまま、ノーヴェは腹部を押さえて蹲る。
 隣では同じようにエルシーが痛みに喘いでいた。

「奴に剣を振らせちゃならないよねぇ……ここは」
 当初の作戦通り、岩場に追い込むべきだ。
 ロイは素早くそう判断し、牽制として射撃を繰り返しながら砂浜を駆ける。
「ホラホラ、逃げ回らないと捕まっちゃうよー?」
 いかにレクイエムとて、不要なダメージを受けたいわけではないのだろう。
 大刀を拾い上げたまま、遅い動きで……けれど、最小限の動作でロイの射撃を回避する。
 狙いが正確な【ピンポイントシュート】だけは、右手の黒刀か、左手の大刀で受け止めているが、それでも少しずつロイの射撃に押されて移動している。
『そろそろ着くよ。準備は?』
 【テレパス】で岩場に隠れた天輝へとそう問うた。
 返って来たのは『待ちくたびれたわ』という言葉である。どことなく呂律の回っていないその口調から、どうやら天輝がいい感じに酔っていることを悟る。
 それでいい。
 天輝の酔拳は、酔えば酔うほどにその技の冴えを増すのだから。

 近づいて来ないロイの牽制に苛立ちを覚えたのか、砂浜を滑るような動きでレクエイムは彼との距離を詰めた。
 引きずるような大刀の軌跡が地面に残る。
「おっとー! コッチ来ちゃいますか!」
 嘲るように……内心では、冷や汗を流しながらロイが言う。挑発だ。
 しかし……。
「ちまちまちまちま鬱陶しいんだよぉ!」
 レクイエムは存外短気な性質らしい。
 そして、彼女は大刀を一閃。
 巻きあがる砂埃がロイの視界を覆う。
 よろけたロイの背が、岩に当たる。それ以上背後に下がることはできない。
「もう逃げらんねぇぞ!」
 大刀を地面に突き刺し、両手で黒刀を握りなおす。
 切っ先を頭上に向けた大上段の構えから、ロイの脳天目掛けて鋭い振り下ろしを見舞う。
 その瞬間……。
「やはりのぅ。自由騎士との戦闘中、殺気を消した余の気配を察知するのは至難じゃろう」  
 刀の軌道を追うように、天輝の踵がレクイエムの手首を蹴った。

「っ……まだいやがったのか。しかし、酒臭い奴が来たもんだ」
「そういうお前は血なまぐさいの」
 そう言って天輝は、ひょうたんに残った酒を飲み干した。
 酒精の混じる吐息と共に、ひょうたんを浜辺に投げ捨てる。そのまま、流れるような動作でもって、レクイエムに掌打を叩き込んでいく。
「っとと……また鬱陶しい攻撃だな」
 そう言ってレクイエムは、爪先で黒刀を蹴り上げる。
 くるくると宙を舞う黒刀を、しかし後方から放たれたノーヴェのカランビットが弾き飛ばした。
 舌打ちを零し、レクイエムは地面に伏せる。
 長い黒髪の先端を、天輝の手刀が掠め切り裂いた。パラパラと海風に舞う黒髪。
 それを視界の端に捉えながら、ロイは援護射撃を放つ。
 転がるようにしてロイの放った銃弾を回避したレクイエムの手には、大刀の柄が握られていた。
 大刀を低い位置で構え、レクイエムはその場に片膝を突いてしゃがみ込む。
 腰を捻って力を溜めるレクイエムへ、天輝が近づいていく。
 よろけるような動作で砂を蹴飛ばし目つぶしを狙うが、レクイエムは動じない。目に砂が入ろうと、極限まで集中を高めた彼女にとっては何ら妨害にはならないようだ。
 そして……。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
 空気を震わす大音声。
 天輝が大刀の射程に入った瞬間、解き放たれる渾身の斬撃。
 だが、しかし……。
「前衛でも後衛でもイケるが、今回は後衛メインなのでな……ところでその服、貴様もアマノホカリ縁の者か?」
 ふらり、と。
 砂を蹴って、天輝は大きく後ろへ下がる。
 空振りに終わったレクイエムの斬撃が、近くの岩に叩きつけられた。
 衝撃が岩に罅を走らせる。
 一方、レクイエムの持つ大刀は刃こぼれこそしているものの、いまだその原型をとどめていた。呆れるほどの頑丈さに「嘘だろ……」とロイが頬を引きつらせる。
 舌打ちを零して、レクイエムは大刀を投げ捨てた。
 岩場では、大刀を十全には振るえないと判断したのだ。
 身軽になったレクイエムは、素早く岩の上へと跳んだ。先ほどまでレクイエムの居た位置に、天輝の放った青い魔弾が命中し、冷気と冷風を撒き散らす。


 脱ぎ捨てていた修道服で、腹部の傷を止血する。ようやく体も言うことを聞くようになってきた。震える拳に力を込めて、エルシーは血を吐きながら立ち上がる。
 エルシーの隣には、同じように立ち上がったノーヴェの姿。
 2人とも、レクイエムの攻撃を受けて大きなダメージを負っていた。
 けれど、まだ戦える。
 視線を交わした時間は一瞬。互いの意思と、やるべきことの確認はたったそれだけで終了した。後は戦場へ向かうだけだ。
 支え合うようにしながら、2人はよろよろと岩場へ向かう。
 
 天輝は、岩の影に身を隠すようにしながら移動を続ける。
 振るわれた刀の切っ先を【回天號砲】によって逸らすこと数回。それだけの数、攻撃を当てても、黒刀は未だに折れることはない。
 一か所に留まり続けてしまえば、レクエイムの剣をその身に浴びてしまうからだ。どうやらレイクエムは一撃に重きを置いた斬撃を得意とするらしい。反面、刺突の精度は今一つのようだ。
 けれど、しかし……。
「いつまでも逃げ切れると思うなよ、酔っ払い!」
 レクイエムは、確実に岩場での戦闘に慣れつつあった。
 このまま戦いが長引けば、地形の有利も活かせなくなる。できるだけ早めに勝負を決める必要がありそうだ……と天輝は判断した。
「酔拳だけが余のすべてではないぞ……一級の魔導使いである所もみせてやろう」
 素早く空中に文字を刻む。古代文字で「別れ」を意味する朱文字は、赤いマナで描かれた。
 文字を刻まれたレクイエムの右腕に炎が灯る。
 一瞬、驚いた顔をしたレクイエムだが……。
「明るくなっていいじゃねぇかよ」
 痛みが無いわけではないのだろう。
 しかし、彼女は炎に慌てることもなく天輝に駆け寄った。

 走る勢いそのままに、レクイエムは黒刀を振るう。
 天輝はその一撃を受け、岩の上から転がり落ちた。見れば、肩から肘にかけて深い裂傷が刻まれている。
 傷口を押え、立ち上がろうとする天輝の目の前にレクイエムが迫る。
 放たれる2度目の斬撃。
 それを防いだのは、咄嗟に飛び込んだロイだった。
「ろ、ロイ!?」
「ま、男だからね!」
 にやりと笑うロイの口端から血が零れる。
 その身を挺して天輝を庇ったロイの胸には深い傷。滴る血もそのままに、ロイは全力で銃剣の刃をレクイエムへと叩きつけた。
【ギアインパクト】……衝撃がレクイエムの身体を貫く。
「ぐ……動けねぇ」
 レクイエムの身体に付与されたのは【移動不能】の状態異常。
 動きを止めらレクイエムの元へ、エルシーとノーヴェが辿り着く。

「随分と動き難そうね。まぁ、私の拳には何の問題もないですけどね!」
 助走をつけてエルシーが跳んだ。
 雄叫びと共に放たれたエルシーの拳が、レクイエムの胸部へ迫る。
 咄嗟に黒刀を持ちあげて、レクイエムはそれを防いだ。
 甲高い音が鳴り響く。
 衝撃が、周囲の砂を巻き上げた。
「ぐ……また、身体が重く……」
 呻き声をあげるレクイエム。
 片腕で握った黒刀で、エルシーの拳を受け止めてみせる彼女の膂力には目を見張るものがある。
 万全の姿勢と状態であれば、そのままエルシーを払いのけることも可能だったかもしれない。
 けれど……。
「はぁぁっ‼」
 着地と同時に、大きく一歩を踏み込んでエルシーの拳は黒刀を弾き飛ばした。
 くるくると宙を舞う黒刀。
 その切っ先部分はへし折れていた。どうやら、これまでの戦闘で大きな負荷がかかっていたらしい。天輝の攻撃は、着実に黒刀の刀身にダメージを蓄積し続けていた。
それでも今まで保ったのは流石と言うべきか。
『折れず、曲がらず、使い手の技量次第では何でも切れる銘刀』と、そう唄われるだけはある。
 しかし……。
「そんな……黒刀が」
 茫然とした声をあげるレクイエム。
 彼女は、黒刀が折れるなどとは思ってもみなかったのだろう。事実、切っ先の部分以外はつながっているし、曲がるどころか刃こぼれ一つみせてはいない。
 折れないはずの黒刀をへし折り、エルシーは口角を上げて笑って見せた。
「い、いや……まだ、まだアタシは」
 戦える、と。
 切っ先の折れた黒刀を振り上げるレクイエムだが……。
「……レク、イエム……には、私……は、切れ……な、い……よ」
 一迅の風が吹き抜ける。
 否、それはノーヴェであった。
 駆ける勢いそのままに、ノーヴェはレクイエムの腹部を斬り裂いたのだ。
 未来視によって“覗いだ”5秒後の光景……岩に身体をぶつけ、蹲るノーヴェと、その背後で地面に伏したレクイエムの姿があった。

「いい刀と、使い手の腕と、強い意思がありゃぁ、何だって斬れるし刃こぼれもしねぇ。刃も折れねぇ……そのはずだったんだけどなぁ」
 捕縛されたレクイエムは、地面に転がる黒刀と、愛用していた大刀を一瞥しそう呟いた。
 そんなレクイエムの元へ、ノーヴェは近づき、言葉を紡ぐ。
「私……たち、の……意思の、方が……少し、だけ……「あたたかい」……」
「……そうかよ」
 意思で負けたら、どうにもならねぇ。
 肩を揺らして、レクイエムは笑う。
 それから……折れた黒刀の切っ先に視線を向ける。
「そこの女……同郷の誼だ。それはアンタにくれてやるよ。アンタの技で溜まった負荷が原因で折れたようだしな」
 と、そう言って。
 レクイエムは、その場に座り目を閉じた。
 体力の限界だったのだろう。
 静かな寝息が聞こえ始めたのだった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

特殊成果
『折れた黒刀』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:氷面鏡 天輝(CL3000665)
FL送付済