MagiaSteam
偽りの聖典




 楽土陥落、と呼ばれる一連の戦いに、ガロム・ザグは参加していない。
 自由騎士団とミトラース神との戦いを、自分は全く知らない。だが、とガロムは思う。これは、明らかに違うであろう。
「何だ、これは……」
 旧シャンバラ皇国領、イ・ラプセル総督府。
 民政官の執務室で、ガロムはその書物を開き、呆れていた。
 アクア神殿風の厳かな装丁が成された書物。一見したところ、女神アクアディーネの聖典である。が、女神信仰における有り難い教義が記されているわけではない。
 漫画、であった。
 アクアディーネ自らが、自由騎士団を率いてミトラースと戦っている。
「どうだいガロム君。そのアクアディーネ様、可愛いだろう。萌えるだろう」
 民政官ネリオ・グラーク男爵が言った。
 何とも応えられぬまま、ガロムは訊いた。
「これを……学校の教科書として、使っているのか本当に」
「僕が押し通した。シャンバラの子供たちにはね、こちら方面から入ってもらう」
 ネリオの口調は、揺るぎない。
「アクアディーネ様を信仰してさえくれるなら、導入なんて萌えでも漫画でも一向に構わない。そうは思わないか」
「うーむ……」
 ガロムは頁をめくっていった。
 女神アクアディーネ自身が、これでもかというほど活躍している。胸や太股が強調され過ぎでは、と思えるものの画力は高い。構成も台詞回しも、見事なものだ。
 ミトラースは、まあ当然ながら悪役だ。ヨウセイを犠牲にしてまで人間を守る、悲壮なる慈愛の神として描かれている。
「アクアディーネ様を肯定し、ミトラースを否定する……そこだけは変えるわけにはいかないにしても、過剰に否定する事はしたくないと思ってね」
 ネリオは言った。
「何しろミトラース信仰が当たり前という環境で生まれ育った子供たちだ。信仰を否定するという事は、人生そのものを否定する事になりかねない」
「これを描いたのは……」
 感じたままを、ガロムは言った。
「……ヨウセイ、か?」
「驚いたな……わかるのか」
「ヨウセイの苦境と悲劇が、克明に描かれている。が、それほど強調されてはいない。かなり抑えた描き方だ、と思ってな」
 ガロムは、漫画書物を閉じた。
「哀れな被害者にはなりたくない、という描き手の強い意志を感じる」
 これ以上、読むのは危険だ、という気がした。
 これを描いたヨウセイの漫画家には、煽動・洗脳の技量がある。この地の治安維持に携わる身としては、少しばかり放置し難いほどの危険人物ではないのか。
 表紙に、ガロムは見入った。
 著者名はない。民政官ネリオ・グラークの名が、監修者として記されているだけである。
「苦情も抗議も攻撃も、全て……あんたが受けて立つ、という事か。ネリオ男爵」
「身の危険を感じたら、ガロム君に護衛を頼むさ」
「手が空いていれば、やってやる。今は無理だ」
 ガロムは漫画書物を卓上に置き、民政官に背を向けた。
「……聖獣の死骸が、複数の場所で発見されているらしい。そう何度もイブリース化が起こるかはわからんが、見て回る必要がある」


 増刷が掛かった。
 この地で教科書として用いられている、だけではない。個人的に買い求める者が、イ・ラプセル本国でも増えているという事だ。
 夢ではないか、と思えるほどの印税が入って来た。
 それは全て、自分マディック・ラザンが管理する事となった。著者本人が、金銭に無頓着なのである。
 民政官ネリオ・グラーク男爵は、少なくとも不正のない人物ではあった。作品に対する報酬は、ごまかしなく払ってくれる。
 ならば、こちらとしても不正なく、総督府との良好な関係を維持しなければならない。
 総督府は、と言うよりネリオ男爵は、『ミトラースを信仰していた人々を傷つける事なく怒らせる事なく、女神アクアディーネの教義を広めてゆく』ための作品を求めていた。無理難題と言って良いだろう。
 だが、あの漫画書物の作者は見事、それに応えて見せた。
 かつて、聖女と呼ばれていた女性である。
 マディックは、1人の不出来なオラクルとして彼女に仕えていた。聖女を守る、聖戦士を気取っていたのだ。
 森林地帯を貫く街道を歩きながらマディックは、これまでの事に思いを馳せた。
 かつて聖女は『信仰』そのものへの憎しみに囚われ、イブリースと化した。
 その時、助けてくれた自由騎士の1人が、あるものを聖女に贈った。
 女神アクアディーネの、彫像であった。背教者エルトン・デヌビスの作品である。
 それが聖女を、あらぬ方向へと覚醒させてしまったのだ。
 彼女は創作の道に入り込み、才能を開花させ、金銭的収入にも繋がった。
 口座の管理のみならず、渉外もマディックの役目である。今は、総督府からの帰り道だ。
 マディックは、立ち止まった。
 周囲の木陰から、複数の人影が現れたところである。
「……支配というものを理解していないようだな、君たちは」
 武装した男たち。全員、オラクルである。
「我らイ・ラプセルは、この地の民をアクアディーネ様へと帰依させねばならんのだぞ」
「ミトラースを信仰していた過去など、微塵も肯定してはならんのだ。徹底的に貶め、後悔させ、絶望させ、アクアディーネ様への懺悔へと導かねばならぬ」
「ミトラースが悲しき慈愛の神だと? 笑わせるな」
「ミトラースなど、ことごとく否定されるべき醜悪なる邪神でなければならぬ。この地の子供たちはな、おぞましき悪魔に騙されていた、愚かで哀れな子羊の群れなのだよ」
「……我らが、導かねばならぬ。正しき信仰へと」
 そのためには、あのような作品があってはならない。
 著者を、この世から消さねばならない。
 雄弁な殺意を立ちのぼらせた男たちが、ゆっくりとマディックを取り囲む。
「……あれの著者は、どこにいる?」
「さて……何の話やら」
 彼女は現在、複数の隠れ家を持っている。このような者たちがいるから、所在も本名も明らかにするわけにはいかないのだ。
「……かつて聖女に煽動されていた高位神官たちは、ことごとく失脚したと聞く」
 言葉と共に、マディックは剣を抜いた。腕に自信はないが、切り抜けるしかない。
「だが、過激な考え方をする者がアクア神殿から一掃されたわけではなく……そのような者たちは皆、旧シャンバラや旧ヘルメリアに活路を見出そうとしているらしいな。神が失われたばかりの地に、自分たちの先鋭的教義を広める事で」
 銃声が轟いた。男たちの中に、ガンナーがいた。
「……喋り過ぎだ、貴様」
 倒れたマディックを、男たちが捕え引きずり起こす。
「お前が喋っていいのはな、あれを描いた奴の正体と居場所だけだ」
「じっくり痛めつけて、吐かせてやるよ」
「…………君たちは……」
 マディックは呻き、血を吐いた。
「……シャンバラを……再現しようとでも、言うのか……」
 それは、聖女であった頃の、彼女の思想である。
「アクアディーネ様が唯一絶対の神、他の神はクソ。いいじゃねえか? それでよ」
 1人が、マディックの胸ぐらを掴んだ。
「神の蠱毒ってなあ、そういうモンだろーがぁ!? 違うのかよ、おい!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.マディック・ラザンの生存・救出
2.武装集団10名の撃破(生死不問)
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 旧シャンバラ皇国領内、とある森林内の街道上で、元アクア神殿聖職者マディック・ラザン(ノウブル、男、22歳。初登場シナリオ『【信仰と侵攻】聖女は微笑む』)が武装集団に襲われ拉致されようとしています。彼を救出して下さい。
 武装集団は全員ノウブル男性のオラクルで、総勢10名。内訳は以下の通り。

 重戦士……1名、前衛中央。『バッシュLV2』『オーバーブラストLV1』を使用。
 防御タンク……2名、前衛。重戦士の左右。『シールドバッシュLV2』を使用。
 軽戦士……2名、前衛両端。『ラピッドジーンLV1』『ヒートアクセルLV2』を使用。
 ガンナー……5名。後衛。『ヘッドショットLV2』を使用。

 マディック・ラザンは負傷し、中央の重戦士に捕えられています。
 この重戦士は、戦闘が始まればマディックを放り捨てて応戦します。放り捨てられたマディックを回収・救出するためには、どなたかに1ターンを費やしていただく必要があります。放置しておいても、例えば踏まれて死ぬなどといった事はありませんが、戦況次第では人質に取られるかも知れません。
 マディックは重傷の身であり、回復を施しても戦闘に参加させる事は出来ません。

 場所は森林を通る街道上。時間帯は昼。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
8モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年06月13日

†メイン参加者 6人†




「1つ、嘆かわしい話があるのだ」
 一応は自分たちと同じオラクルである者たちに、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は語りかけた。
「アクア神殿の内部においても、派閥争いや権力闘争のようなものがあり……まあ神殿と言えど人の集まりである以上、これは致し方ない事であるとして」
 計11名。うち1人が被害者で、他全員が加害者である。
「その争いに敗れた者たちが、ヘルメリアやシャンバラに活路を求めているそうな。神の失われた地に、いち早く自分らの勢力を根付かせんとしてな」
 被害者とは面識がある。神官マディック・ラザン。かつてアクア神殿に勤めていたようだが、今は不明だ。
「そのような輩に……様々な理由で自由騎士団から除名・追放された者たちが合流し、無法者の集団を成しているという」
「……てめえら自由騎士ってえ連中は、どこにでも出しゃばって来やがんなぁ。クソうぜえ」
 重傷の身であるマディックの胸ぐらを掴んだまま、男が険しい視線を向けてくる。
 加害者10名の中で、最も体格が良い。恐らくは重戦士であろう。
 他に、棘付きの大盾を構えた防御士が2名、軽戦士が2名。後衛の5人は全員、銃士のようである。
 怒鳴っているのは、中央の重戦士だ。
「出しゃばる割に大した事ぁやらねえ。シャンバラやヘルメリアの反乱分子どもを皆殺しにもしねえ! てめえらの甘っちょろいやり方じゃあ神の蠱毒なんざ百年経っても終わらねえってんだよ!」
 小さな爆発が、起こった。
 毒性のある爆炎に灼かれ、重戦士が悲鳴を上げてのたうち回る。
 投げ出されたマディックの身体を『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が抱き止めた。
 たおやかな片手で拳銃を形作り、佇んでいるのは『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。
「君たちは……全員ノウブル、か」
 その指先から、強毒の炸薬が放たれたところであった。
「気のせい、だろうか。君たち純血種の方が、問題を起こす人々の割合が高いように思えてしまう……偏見かな?」
「偏見と思いたいが、そのように思われてしまうのも仕方がない」
 言いつつテオドールは白き短剣をかざし、呪力を練った。
 その間、銃士の1人がマグノリアに小銃を向ける。
「黙れ、このマザリモノが……!」
「あなたたちの、その言葉。その行動」
 銃声は、こちら側から発生した。
 マグノリアを狙撃せんとしていた銃士が、血飛沫を散らせて揺らぐ。
「全てが、アクアディーネ様を悲しませているのよ。それをわかりなさい」
 硝煙立ちのぼるスナイパーライフルを構え直しながら、『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が言い放つ。
 その時には、テオドールは呪力の錬成を終えていた。
「貴卿らは頭を冷やす必要がある……白き荊の縛めを、差し上げるとしよう」
 氷の荊が発生し、元自由騎士10名を縛り上げ切り苛んでゆく。
「た、助けろ! そこのお前、ヨウセイだろう!」
 裂傷と凍傷を同時に負いながら、銃士の1人が喚く。『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)に向かってだ。
「我らイ・ラプセルはな、お前たちを助けてやったのだぞ! お前たちの恨みを晴らしてやっているのだぞ! それがわからんのかぁあああ!」
「最近、多いんですよね。あなたたちみたいな人」
 微笑みながら、ティルダが指を鳴らす。
「ヨウセイをね、おかしな運動に担ぎ上げて、騒ぎ立てて」
 とてつもなく重い何かが、空から落ちて来て銃士5人を直撃し、圧迫し、拘束した。
 黒い大蛇、に見えた。蛇の形をした、重力の塊。
 それを操作しつつ、ティルダは言う。
「わたしたちヨウセイに、共感してくれるのは構いません。上から目線の同情でも、まあいいでしょう……ヨウセイを、利用するのは許しませんよ。わたしたちは道具じゃありませんから」
「被害者ってのは、利用しやすいんだよなあ」
 言葉と共に『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が、のそりと歩み出す。
「旗や看板として、実に使い勝手がいい」
「わたしたちは……少なくとも、わたしは被害者じゃありません」
 はっきりと、ティルダは言った。
「今、自力で復讐をしている最中なんです。誰か、特にこんな人たちには頼りませんよ」
 ロンベルが、ニヤリと牙を剥いた。
「……ってなワケでよ、今度はお前らが被害者になってみるか?」
 一瞬、暴風が吹いた。
 鎖で繋がれた双斧が、ロンベルの巨体に蛇の如く巻き付いていた。
 氷の荊の、一部が切断されている。双斧の一閃。
 重戦士が縛めから解放され、倒れ込み、よろりと起き上がってロンベルを見る。そして青ざめる。
「て……てめえは……」
「生かしといてやったばっかりに、この醜態……ごめんなあ。殺してやるべきだったな」
「知り合いなの?」
 アンネリーザが訊く。ロンベルが答える。
「こいつらの名前なんざ覚えちゃいないが、面は覚えてる。1度ブチのめしてやった面さ」
「……聞いた事がある」
 またしてもテオドールは、嘆くべき話を思い出していた。
「へルメリアとの戦のさなか……とある村で、物資の調達と称して略奪行為を働いた者たちがいるらしい」
「……自由騎士団に、かい?」
 マグノリアの問いに、テオドールは重く頷くしかなかった。
 アンネリーザが言う。
「わかった。その連中を叩きのめしたのがロンベル、貴方ってわけね」
「この人……割としょっちゅう、そういう事をしています」
 ティルダが言うと、アンネリーザは何とも言えぬ感じの笑みを浮かべた。
「うん……だから、悪い噂が広がっていくんじゃない?」
「はっはっは、そうか。ろくでもねえ噂、広めてやがんのはコイツらか。殺すか」
 ロンベルが笑い、双斧を振るう。
 暴風の如き斬撃が、重戦士を、他数名を、もろともに打ち倒す。
 そこへ、もう1つの暴風が突っ込んで来た。
「あっ、ちょっと皆さん何やってるんですか。私が要救助者を避難させている間に!」
 マディック・ラザンを戦闘区域外へと運んで行ったエルシーが、猛然と戻って来たのである。
「私の取り分、残しといてくれなきゃ困ります!」
 踏み込みと同時の、拳の一撃。それに続く体当たり。
 嵐のような連続攻撃が、防御士と銃士をまとめて吹っ飛ばす。
「さあっ、アクアディーネ様の敬虔なる信徒同士。絶対敬虔、ぜつ☆けい! ですよ。まずは拳で、お互いの信じるトコロを語り合いましょうか。信仰問答です! 第1問、貴方たちは私のパンチ何発耐えられるでしょうかーっ!?」
 これ以上は弱い者いじめにしかならない、とテオドールは思った。


 銃士の1人が、喚きながら小銃をぶっ放している。
 アンネリーザは身を翻した。左右の翼が、マントの如く細身にまとわりつく。
 銃撃が、その翼をかすめて通過する。
 微かな痛みを感じながらアンネリーザは、スナイパーライフルの引き金を引いた。1度だけ、銃声が轟いた。
 喚いていた銃士が、沈黙しつつ血飛沫を噴いてのけぞり倒れる。
 殺しては、いないはずだ。
「お見事」
 テオドールが褒めてくれた。
 見渡しながら、アンネリーザは応えた。
「充分に手加減の出来る相手で……まあ良かったわ、本当に」
 元自由騎士10名、全員が倒れている。死亡者はいない。
 弱々しく呻き、よろよろと身を起こそうとする彼らに向かって、マグノリアが片手をかざす。
 銃に馴染んだ自分の手よりも綺麗だ、とアンネリーザは思った。
「正義という名の邪神は何処にでも、誰の心の中にも在る……といったところかな」
 死神の手だ、とも思った。死と破滅をもたらす力を、マグノリアは今、錬成しようとしている。
「君たちの仕える神は、アクアディーネではなく……そちらだ。僕たちから見れば異教徒、という事になる」
 10人が、青ざめている。
 腐ってもオラクル、と言うべき者たちである。命に関わるほどの出血はしていないはずだが全員、血の気を失っている。
「異教徒を、どう扱うべきなのだろう……ここはひとつ、君たちの信念と流儀に従ってみようと思うが」
 とてつもなく禍々しい力が今、マグノリアの細身から溢れ出そうとしている。
「死に方は選ばせてあげよう。身体が腐るほどの猛毒か、溺れるほどの流血か。あるいは……飢えて死ぬまで呪いに縛られ、朽ち果ててゆくのか。全て望むのならば、くれてやろう」
「やめましょう、マグノリアさん」
 マディック・ラザンの身体を包帯でぐるぐる巻きにしながら、エルシーが言った。
「とっておきの秘術でしょ? こんな人たち相手に使うのは、もったいない。決め技は大切にしないと」
 その言葉に従ったのか、最初から脅しで済ませるつもりであったのか、とにかくマグノリアは禍々しい力の練成を止めた。死神の繊手を下ろし、マディックの方を向く。
「……無事なのかい?」
「無事ではないな……めり込んでいた銃弾を、無理矢理に押し出された」
 苦しげに、マディックが微笑む。
「死ぬかと思った……」
「生きてるじゃないですかブラザー。いや本当、あれから今まで、よくぞ生きていて下さいました」
 エルシーは嬉しそうだ。
「心配したんですよ?」
「……私が、弱いからか」
 マディックは、包帯でがっちりと固められている。
「その分……世渡りは、君たちよりも上手でね」
「……なかなか、見事な応急手当て」
 アンネリーザは感心した。
「エルシー、貴女が?」
「いえ、ハルさんが手伝ってくれました。凄い速さで。さっき少しだけここにいて、もう風のようにどっか行っちゃいましたけど」
「……相変わらず、多忙なのだな。自由騎士団は」
 マディックが言った。
「ともあれ感謝する。またしても、あなた方に助けていただいた。本当にありがとう」
「感謝は、僕がしなければならない」
 立てぬマディックに向かって、マグノリアが跪く。
「君は、あれからもずっと……彼女を、守っていてくれたのだね」
「彼女の代理人として貴卿、様々な交渉事を単身こなしておられるそうだな」
 テオドールが感嘆している。
「大したものだ。我ら6名の中に、それが出来る者は1人もおらぬよ」
「違えねえな」
 交渉事には最も不適任なロンベルが、会話に加わってきた。
「ところで1つ訊きてえ。まさか、たぁ思うが……あの髑髏面の野郎が、いたりするのか?」
「あの男は、行方知れずのままだ」
 マディックが答える。
「……居れば、もっと物騒な事になっている」
「ま、こんな連中は跡形も残らねえだろうな」
 あの子、彼女、髑髏面、と呼ばれている者たちと、アンネリーザは面識がない。
「……もう1度あの野郎と、殺し合ってみてえな。さもなきゃ、ちょい強めのイブリースでもいいからよ。とにかく暴れ足りねえんだよ」
「貴卿がな、弱い者いじめをしない御仁であるのは知っている」
 テオドールが、ロンベルの分厚い肩を軽く叩く。
「だからな、今少し普段の言動をだな」
「それよ。おかしな噂を流してやがる奴ぁ許せねえ」
 ロンベルは牙を剥き、この場にいない誰かを睨んだ。
「まあ噂を流してやがるかどうかはともかく。俺の悪口を言ってやがんのが、どいつなのかは大体わかる」
 誰の事かは、アンネリーザにもわかる。
「……貴方と彼。仲がいいのか悪いのか、わからないわねえ」
「はっはっは。アンネ嬢、俺あの野郎の事ぁ尊敬してるぜ?」
 ロンベルが笑う。
「特に、あの毛皮がいい。丁寧に剥がして、ふっかふかの敷物にしてえくらいだ」
「……あの人も同じ事、言ってましたよ。ロンベルさんについて」
 ティルダが言う。ロンベルは笑うだけだ。
 アンネリーザは、軽く溜め息をついた。
「……それはともかく。この連中、どうしようかしら?」
 倒れている10人を見やる。
 その全員を、エルシーが手際よく縛り上げているところだ。
 テオドールが、顎に片手を当てた。
「ふむ……野放しというわけにもゆくまいな」
「殺人未遂ですからね」
 エルシーが言った。
「このまま当局……さしあたっては総督府に連行、という事で」
「銃口を突き付けて歩かせるのが私の役目、という事ね……ほら、立ちなさい」
 拘束された10名に、アンネリーザはライフルを向けた。
「歩く体力くらいは、残っているはずよ」
「……こ……殺せ……」
「そういうのはいいから」
 妄言を、アンネリーザは切り捨てた。
「言ってもわからないでしょうけど言っておくわ。あなたたちみたいな連中でもね、死んだらアクアディーネ様は悲しむのよ」
「……我らは! アクアディーネ様の御ためとあらば、命など」
「やめましょうアンネさん。この人たちには、何を言っても無駄です」
 ティルダの口調には容赦がない。
 同じ思いは、アンネリーザの中にもある。
「……今は、ね。少しばかり時間かけて頭、冷やす必要はあると思う」
 それでも、アンネリーザは言った。
「これだけは、わかって……ミトラースは、ヨウセイを犠牲にして安寧の国を作ろうとした。ヘルメスは国民を、道具や玩具のように扱った。私たちが今それらを否定出来るのはね、運が良かったからよ」
 楽土陥落。
 かの戦いの過酷さは、記憶として思い出さずとも蘇ってくる。
「運良く、私たちが勝てたから。何か1つでも間違えていたら……アクアディーネ様が、否定される側に堕ちてしまう。これから先だって、そうならないとは限らないのよ?」


 山中の小屋である。
 その扉の前に、『魔剣聖』クレヴァニール・シルヴァネール(CL3000513)が門番の体で佇んでいた。
 武装した男たちが、何人か倒れている。
 天哉熾ハル(CL3000678)は、まずは確認した。
「……殺しちゃった?」
「まさか」
 クレヴァニールが答える。
「ここは神聖なる仕事場です。血で汚す事は出来ませんよ」
「周りが血まみれでも、平気で描き続けていそうな感じはするけれど」
 ハルは一応、ノックをした。返事がないので、勝手に扉を開けた。
 1人の、ヨウセイの女性が、机に向かっている。ひたすらペンを走らせている。
 まだ少女と呼べる年齢の、若い娘である。
 ハルは声をかけた。
「お疲れ様ね、センセイ。少しくらい休んだら?」
「今は、手が止まらないの」
 創作をする者には、そういう時があるらしい。
 吊られ乾かされている完成原稿に、ハルは見入った。
「宗教……信仰って、難しいわよね」
 少し読めば、わかる事はある。
「もっともアナタ、そういうものを描いてるワケじゃないのよね」
「あたしは……信仰ってものを、コケにしたいだけ」
 卓上に置かれた彫像を、彼女は睨んだ。
「……利用したい奴は、すればいい。あたしは、ひたすらアクアディーネをバカにするだけよ」


 加害者10名は捕縛・投獄され、被害者マディック・ラザンは入院措置を受けた。
 見本を1冊、彼は譲ってくれた。6人で、つい読み込んでしまった。
 読ませる力は、確かにある。
「……娯楽作品としちゃ、いいセンいってると思うぜ」
 まずは、ロンベルが評価を下す。
「だが教科書としちゃ0点だ。嘘を書いちゃいけねえよ」
「教科書というものが基本、嘘ばかりであるにしても……ね」
 マグノリアは微笑んだ。
「君が幼い頃に読まされた、シャンバラ皇国の教科書も、そうだったのだろう?」
「……まぁな」
「日頃あんなふうに振る舞っているけれど。子供の教育に関しては色々、思うところあるのよね? ロンベルは」
 アンネリーザの言葉に対し、ロンベルはいくらか俯き加減になったようだ。
「……アクアディーネに、こんなふうに戦う力はねえ。アクアディーネの代わりに戦ったオラクルが、ほとんど居なかった事になっちまってる。俺がとやかく言う事じゃねえけどよ」
「これ描いた人、そんな事ぜんっぜん考えてませんねえ」
 エルシーが言った。
「相変わらず、信仰も神様も、たぶん私たちオラクルの事も大嫌い。ひたすらアクアディーネ様をバカにする目的で描いてますよ、これは」
「執拗に執拗に、な」
 テオドールが、腕組みをしている。
「結果として、アクアディーネ様の御活躍がこれでもかというほど強調される形になってしまった。教科書としては、うむ。いささか男児向けに過ぎるのでは、とは思う。まあ以前のものよりは、ましかも知れんが」
 以前この地の学校で用いられていた教科書を、マグノリアも一読した事がある。
 ただアクアディーネを礼讃しミトラースを貶めるだけの、罵詈雑言にも等しい内容であった。
 あのようなものを教育として押し付けられた子供たちは、どう育つのか。
 まさしく、あの10名のようになってしまうのではないか。己を主張するばかりで、他を許容しない。
(……それも、ひとつの……心、なのだろうか)
 自分にはないものを、彼らは確かに持っていたのかも知れない、とマグノリアは思う。
(ノウブルとは……純血種とは、あのように突き進んでしまう人々なのだろうか……熱狂……それが、素晴らしいものを生み出す事は無論ある。だけど)
「……ミトラースの描き込みが凄いですね、この作品」
 ティルダが言った。
「ミトラースが……悲劇の悪役に、なっちゃってます。キャラクターとして、もしかしたらアクアディーネ様より魅力的かも知れません。ミトラースに憧れを抱く人が出て来ますね、これはきっと」
「……君としては、許せない?」
「創作物に文句を言うつもりは、ないですよ。わたしだって色々作りますし」
 マグノリアの問いに、ティルダは笑って答えた。
「この作品に、それだけ力があるという事です……凄いです」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済