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【信仰と侵攻】聖女は嘲る

●
アマリア・カストゥールは、ヨウセイの少女である。ヨウセイらしくと言うべきか、外見は美しい。
それだけだ。オラクルではなく、何か特別な力があるわけでもない。
そんな少女を『聖女』と呼び、女神アクアディーネ以上に崇め祭り上げる人々が、アクア神殿上層部に少なからず存在している。
エドワード王による改革で、いくつかの権益を失い、新たな旨味にもありつけなかった高位神官たち。
彼らの愚痴でも聞くところから、アマリアはまず始めたのだろう。
そして、今では聖女である。
不平不満に付け込み、これを煽り立てる事で、他人を思うように動かす。それをオラクルに劣らぬ「特別な力」と表現する事は出来るかも知れない。
その一方でアマリア・カストゥールは、物理的・実質的な力をも保有している。
それが、この男である。
岩のような筋肉の形が、法衣の上からでも見て取れる巨漢。首から上は剥き出しの頭蓋骨……いや、髑髏の仮面だ。力強い右手に携えているのは、鋼の聖杖。
そんな大男が、迫り来る5名のキジンと対峙している。
否。キジンであった者たち、である。
生身の部分はとうの昔に朽ちて果て、蒸気鎧装部分だけがイブリース化しているのだ。
とある地方貴族が、道楽でカタフラクトの研究をしていた。戦いで倒れたキジンたちの屍を、独自の伝手で収集し、様々な実験に用いていたようである。
その貴族が急死し、彼の収集物だけが遺されて、かくの如くイブリースと化したのだ。
がらんどうの機械鎧、義手や義足。そういったものが組み合わさって5体もの人型を形成し、蒸気ではなく瘴気を噴出させながら歩み迫って来る。
急死した貴族の領地であった村。
農民が2人、路上に尻餅をついていた。抱き合い、怯えている。1人は怪我をしているようだ。
この両名がイブリースに殺されかけていたところへ、我々は駆け付けた。
聖女アマリア自らが率いる、アクア神殿の聖戦士部隊。僕は、その一員である。
キジンの屍5体に、しかし僕たちは全く歯が立たなかった。瘴気を含んだカタフラクトの残骸が、聖戦士部隊の剣も銃撃もことごとく弾き返した。
そんな怪物たちが、髑髏仮面の振るう聖杖に粉砕され、大木のような脚に蹴られて破裂し、踏み潰されてゆく。
この男の素性は、誰も知らない。
知られている事は1つ。聖女アマリアの権威を守る暴力装置としての、このような確かな実績だけである。だから誰も逆らえない。
5体ものキジンの屍は、原形を失い、本当の残骸と化した。
仕事を終えた髑髏仮面が後方に下がり、アマリア・カストゥール自身がゆらりと前に出る。
「貴方たち、よく戦って下さいました」
「いえ、僕たちなど……」
僕は応えた。皆を代表する、ような形になってしまった。聖戦士部隊全員が、ギロリと険悪な視線を僕に向ける。
それを知ってか知らずか、アマリアが微笑む。
「故ゲンフェノム伯爵のお城から、このようなイブリースが数多く現れ出たとの情報があります。村の警備を、お願いいたしますね……戦いを終えたばかりの貴方たちには、本当に申し訳ないのですが」
「疲れなどありませぬ! 聖女アマリア、貴女のお言葉が我らに果てしなき癒しを与えて下さいます!」
「我らの命、聖女アマリアの御ために!」
僕以外の聖戦士たちが、熱狂している。
確かに疲労はない。疲れるほど戦う前に僕たち全員、イブリースに殺されるところだったのだ。
アマリアと髑髏仮面が、農民2名を伴い、歩み去って行く。怪我人の方は、物の如く髑髏仮面に運ばれている。
見送り、睨みつつ、聖戦士の1人が吐き捨てる。
「得体の知れぬ化け物が……聖女アマリアの傍らで、大きな顔を!」
「お、お言葉ですが隊長」
余計な事を、僕は言った。
「その化け物に、我々は助けてもらったのでは……」
「リムス・ローン! 貴様がもっとしっかり戦っておれば! イブリースどもに後れをとる事もなかったのだ!」
殴られた。
倒れた僕の懐から、お守りが転げ出た。
掌大の彫像。女神アクアディーネの、女学徒制服バージョン。
他にも、メイド服バージョンや水着鎧バージョンも出回っているらしい。手に入れなければならない。
「貴様……それは……!」
「え、エルトン・デヌビスの作品です……」
それを、僕は慌てて懐に戻し、抱いた。
「聞いて下さい隊長。神は秘匿すべし、という聖女アマリアのお考えはわかりますが、信仰にはもっと様々な形が」
「貴様のそれは信仰ではなかろうがあああっ!」
隊長が、他の全員が、僕を殴り踏みつけ蹴り転がす。
「死ね背教者!」
「アクアディーネ様を、畏れ多くも性的消費せんとする大罪人が!」
暴言と暴行を受けながら、僕は懐にあるものを守り続けた。
●
怪我をした農民が、家族に支えられながら、何度も何度も頭を下げている。
そんなふうに見送られながら、髑髏の仮面の大男が問いかけてくる。
「人を助ける、という意思が……全くないわけではないのだな、アマリア・カストゥール」
「ある程度はね。いい顔、見せとかないと」
信者たちには決して見せない笑みを、アマリアは浮かべた。
「いい顔見せて餌、与えとけばね。簡単に突っ走って人殺しでも戦争でもやらかしてくれる……アクア神殿も、シャンバラの連中と同じだよね」
「餌……エルトン・デヌビスとやらいう彫刻家か」
「別に誰でも良かったんだけどねー」
大勢の神殿関係者を、怒らせる。それが出来る人間であれば、誰でも良かった。
「ま、神なんてもの信じてる連中はどこもそう。この国の奴らだってね、シャンバラがあたしらヨウセイにしたような事……やり始めるのは時間の問題だよ。やればいい! 大いにバカを晒して自滅しちまえばいい!」
「信仰……そのものが、お前の敵か」
「あんたもそうでしょ、ねえアイアン。だから、あたしに力貸してくれてんでしょうが」
「さて、な」
仮面の巨漢が、立ち止まった。
前方で、村人たちが逃げ惑っている。鎧のようなものたちに、追われている。
イブリース。キジンの屍。
仮面の巨漢が、地響きを立てて踏み込んだ。
「人を助ける意思……捨てられないのは、あんたの方みたいね。アイアン」
アマリアの言葉には応えず巨漢は、蒸気鎧の動く残骸を片っ端から粉砕していった。
●
巨大なものが、村の広場に出現していた。
故ゲンフェノム・トルク伯爵の収集物の中でも、特に巨大な1体。生身の体型に収める事が出来ず巨体にならざるを得なかった、初期の蒸気鎧装である。
生身の部分を失い、代わりに魔素の力を獲得したカタフラクトが、逃げ惑う村人たちに襲いかかる。ずしりと重い、だが決して鈍重ではない足取りで。蒸気ではなく瘴気を噴射しながらだ。
生身の肉体を失ってまで、人々を守るために戦い続けた勇士の屍。それが今、人々を襲う怪物と成り果てていた。
アマリア・カストゥールは、ヨウセイの少女である。ヨウセイらしくと言うべきか、外見は美しい。
それだけだ。オラクルではなく、何か特別な力があるわけでもない。
そんな少女を『聖女』と呼び、女神アクアディーネ以上に崇め祭り上げる人々が、アクア神殿上層部に少なからず存在している。
エドワード王による改革で、いくつかの権益を失い、新たな旨味にもありつけなかった高位神官たち。
彼らの愚痴でも聞くところから、アマリアはまず始めたのだろう。
そして、今では聖女である。
不平不満に付け込み、これを煽り立てる事で、他人を思うように動かす。それをオラクルに劣らぬ「特別な力」と表現する事は出来るかも知れない。
その一方でアマリア・カストゥールは、物理的・実質的な力をも保有している。
それが、この男である。
岩のような筋肉の形が、法衣の上からでも見て取れる巨漢。首から上は剥き出しの頭蓋骨……いや、髑髏の仮面だ。力強い右手に携えているのは、鋼の聖杖。
そんな大男が、迫り来る5名のキジンと対峙している。
否。キジンであった者たち、である。
生身の部分はとうの昔に朽ちて果て、蒸気鎧装部分だけがイブリース化しているのだ。
とある地方貴族が、道楽でカタフラクトの研究をしていた。戦いで倒れたキジンたちの屍を、独自の伝手で収集し、様々な実験に用いていたようである。
その貴族が急死し、彼の収集物だけが遺されて、かくの如くイブリースと化したのだ。
がらんどうの機械鎧、義手や義足。そういったものが組み合わさって5体もの人型を形成し、蒸気ではなく瘴気を噴出させながら歩み迫って来る。
急死した貴族の領地であった村。
農民が2人、路上に尻餅をついていた。抱き合い、怯えている。1人は怪我をしているようだ。
この両名がイブリースに殺されかけていたところへ、我々は駆け付けた。
聖女アマリア自らが率いる、アクア神殿の聖戦士部隊。僕は、その一員である。
キジンの屍5体に、しかし僕たちは全く歯が立たなかった。瘴気を含んだカタフラクトの残骸が、聖戦士部隊の剣も銃撃もことごとく弾き返した。
そんな怪物たちが、髑髏仮面の振るう聖杖に粉砕され、大木のような脚に蹴られて破裂し、踏み潰されてゆく。
この男の素性は、誰も知らない。
知られている事は1つ。聖女アマリアの権威を守る暴力装置としての、このような確かな実績だけである。だから誰も逆らえない。
5体ものキジンの屍は、原形を失い、本当の残骸と化した。
仕事を終えた髑髏仮面が後方に下がり、アマリア・カストゥール自身がゆらりと前に出る。
「貴方たち、よく戦って下さいました」
「いえ、僕たちなど……」
僕は応えた。皆を代表する、ような形になってしまった。聖戦士部隊全員が、ギロリと険悪な視線を僕に向ける。
それを知ってか知らずか、アマリアが微笑む。
「故ゲンフェノム伯爵のお城から、このようなイブリースが数多く現れ出たとの情報があります。村の警備を、お願いいたしますね……戦いを終えたばかりの貴方たちには、本当に申し訳ないのですが」
「疲れなどありませぬ! 聖女アマリア、貴女のお言葉が我らに果てしなき癒しを与えて下さいます!」
「我らの命、聖女アマリアの御ために!」
僕以外の聖戦士たちが、熱狂している。
確かに疲労はない。疲れるほど戦う前に僕たち全員、イブリースに殺されるところだったのだ。
アマリアと髑髏仮面が、農民2名を伴い、歩み去って行く。怪我人の方は、物の如く髑髏仮面に運ばれている。
見送り、睨みつつ、聖戦士の1人が吐き捨てる。
「得体の知れぬ化け物が……聖女アマリアの傍らで、大きな顔を!」
「お、お言葉ですが隊長」
余計な事を、僕は言った。
「その化け物に、我々は助けてもらったのでは……」
「リムス・ローン! 貴様がもっとしっかり戦っておれば! イブリースどもに後れをとる事もなかったのだ!」
殴られた。
倒れた僕の懐から、お守りが転げ出た。
掌大の彫像。女神アクアディーネの、女学徒制服バージョン。
他にも、メイド服バージョンや水着鎧バージョンも出回っているらしい。手に入れなければならない。
「貴様……それは……!」
「え、エルトン・デヌビスの作品です……」
それを、僕は慌てて懐に戻し、抱いた。
「聞いて下さい隊長。神は秘匿すべし、という聖女アマリアのお考えはわかりますが、信仰にはもっと様々な形が」
「貴様のそれは信仰ではなかろうがあああっ!」
隊長が、他の全員が、僕を殴り踏みつけ蹴り転がす。
「死ね背教者!」
「アクアディーネ様を、畏れ多くも性的消費せんとする大罪人が!」
暴言と暴行を受けながら、僕は懐にあるものを守り続けた。
●
怪我をした農民が、家族に支えられながら、何度も何度も頭を下げている。
そんなふうに見送られながら、髑髏の仮面の大男が問いかけてくる。
「人を助ける、という意思が……全くないわけではないのだな、アマリア・カストゥール」
「ある程度はね。いい顔、見せとかないと」
信者たちには決して見せない笑みを、アマリアは浮かべた。
「いい顔見せて餌、与えとけばね。簡単に突っ走って人殺しでも戦争でもやらかしてくれる……アクア神殿も、シャンバラの連中と同じだよね」
「餌……エルトン・デヌビスとやらいう彫刻家か」
「別に誰でも良かったんだけどねー」
大勢の神殿関係者を、怒らせる。それが出来る人間であれば、誰でも良かった。
「ま、神なんてもの信じてる連中はどこもそう。この国の奴らだってね、シャンバラがあたしらヨウセイにしたような事……やり始めるのは時間の問題だよ。やればいい! 大いにバカを晒して自滅しちまえばいい!」
「信仰……そのものが、お前の敵か」
「あんたもそうでしょ、ねえアイアン。だから、あたしに力貸してくれてんでしょうが」
「さて、な」
仮面の巨漢が、立ち止まった。
前方で、村人たちが逃げ惑っている。鎧のようなものたちに、追われている。
イブリース。キジンの屍。
仮面の巨漢が、地響きを立てて踏み込んだ。
「人を助ける意思……捨てられないのは、あんたの方みたいね。アイアン」
アマリアの言葉には応えず巨漢は、蒸気鎧の動く残骸を片っ端から粉砕していった。
●
巨大なものが、村の広場に出現していた。
故ゲンフェノム・トルク伯爵の収集物の中でも、特に巨大な1体。生身の体型に収める事が出来ず巨体にならざるを得なかった、初期の蒸気鎧装である。
生身の部分を失い、代わりに魔素の力を獲得したカタフラクトが、逃げ惑う村人たちに襲いかかる。ずしりと重い、だが決して鈍重ではない足取りで。蒸気ではなく瘴気を噴射しながらだ。
生身の肉体を失ってまで、人々を守るために戦い続けた勇士の屍。それが今、人々を襲う怪物と成り果てていた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
とある村で、亡くなったキジンの遺品である大型の蒸気鎧装がイブリース化し、村人たちを殺傷しようとしております。
これを討伐して下さい。
場所は村内の広場。時間は真昼。
イブリースの攻撃手段は格闘戦(攻近単)、及び瘴気の噴射(魔遠、単または範。BSカース1、ポイズン1)。
なお村の別の場所では、アクア神殿の下級神官リムス・ローン(ノウブル、男、19歳。防御タンクスタイル)が、仲間であるはずの神官6名による暴行を受けております。放置しておくと、イブリースが倒れた時には死亡しています。
彼を救うには、最初から二手に分かれていただく必要があります。すなわちイブリースと戦う方々、リムスを助けに向かう方々という形にです。
リムスに暴力を振るっている神官は6人。全員がオラクル(前衛・重戦士3名。『バッシュLV1』使用。 後衛・ガンナー3名。『ヘッドショットLV1』使用)で当然、リムスを救うためには彼らを倒していただかなければなりません(生死不問)。
ちなみにリムスの救出は成功条件には含まれません。人々を襲うイブリースの討伐が最優先であります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
とある村で、亡くなったキジンの遺品である大型の蒸気鎧装がイブリース化し、村人たちを殺傷しようとしております。
これを討伐して下さい。
場所は村内の広場。時間は真昼。
イブリースの攻撃手段は格闘戦(攻近単)、及び瘴気の噴射(魔遠、単または範。BSカース1、ポイズン1)。
なお村の別の場所では、アクア神殿の下級神官リムス・ローン(ノウブル、男、19歳。防御タンクスタイル)が、仲間であるはずの神官6名による暴行を受けております。放置しておくと、イブリースが倒れた時には死亡しています。
彼を救うには、最初から二手に分かれていただく必要があります。すなわちイブリースと戦う方々、リムスを助けに向かう方々という形にです。
リムスに暴力を振るっている神官は6人。全員がオラクル(前衛・重戦士3名。『バッシュLV1』使用。 後衛・ガンナー3名。『ヘッドショットLV1』使用)で当然、リムスを救うためには彼らを倒していただかなければなりません(生死不問)。
ちなみにリムスの救出は成功条件には含まれません。人々を襲うイブリースの討伐が最優先であります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年02月19日
2020年02月19日
†メイン参加者 8人†
●
「ぼ……暴虐背教者エルシー・スカーレット……! 貴様が神殿に叛旗を翻したという噂、真実であったのだな……」
呻く聖戦士の胸ぐらを、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は掴んだ。
「人違いしてるみたいですねえ。私は単なる通りすがりのセクシー美少女拳士です。義によって貴方たちをぶちのめしただけですよ」
「……有名人なのだな、エルシー嬢。まあ、それはともかく」
さりげなく片手を出してエルシーの拳を制止しながら、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は見回した。
6人の聖戦士は、死体寸前であった。全員エルシーに叩きのめされ、テオドールの放った氷の荊に絡め取られ、あるいは『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)のもたらした氷の棺に閉じ込められている。
テオドールは言葉をかけた。
「貴卿らは……氷の中で、少し頭を冷やす事だな」
「……こ……殺せ……」
聖戦士の1人が、声を漏らす。
テオドールは溜め息をつき、片手に持った神像を軽く掲げた。
「戦いに敗れた者は大抵そう言う。もう少し独創性を追求してみてはいかがか」
女神アクアディーネの、彫像である。
「……エルトン・デヌビス卿のように、だ」
「おぞましき背教者の名を口にするな!」
「私の知る限りアクアディーネ様は、この程度のおぞましさは許容なさる御方だ」
「これ……信じられないくらい、よく出来ていますね」
ティルダが、いささか独創性溢れ過ぎた彫像に見入っている。
「作ったのは一体、どういう方なんでしょう……」
「変態です」
エルシーが即答・断言する。
テオドールは頭を掻いた。
「……少しばかり会話の難しい御仁ではあるが、まあ悪人ではない」
エルトン・デヌビスとは、ヴィスケーノ侯爵家の居城において面識を得た。
「彼は自力で……己の意志で、信仰を究めんとしている。対して貴卿らはどうか? 己の行動がいかなるものであるのかを、己の心に問いかけてみる事を1度でもしたのか。己の頭を、1度でも働かせてみたのか。何も考えずに聖女アマリアの言葉のみを盲信してきたのか」
会った事もないヨウセイの少女が、テオドールの脳裏で歪んだ笑みを浮かべている。
「まさに……シャンバラの再現ではないか、それは」
「黙れ! 我らはあの愚か者どもとは違う!」
喚く聖戦士の頭を、近くの大木に叩き付けようとしているエルシーを止めながら、ティルダが呟く。
「ナバルさんが……こちら側でなくて、本当に良かったです」
「まったくだ。私とティルダ嬢だけでも充分であったな」
「あれっ、私ハブられちゃうんですか?」
「弱い者いじめに参加させるべきではなかった、という事さ」
「あ……あのう……」
聖戦士6名による暴行を受けていた若者が、木にもたれて座り込んだまま弱々しい声を発する。
「お助けいただいて……ありがとう、ございました……それを……返して、いただけませんでしょうか……」
「おお、すまんなリムス卿」
テオドールは身を屈め、アクアディーネの彫像をリムス・ローンに手渡した。
「駆けつけるのが遅くなって申し訳なかった。後ほど手当てをさせてもらう」
「ごめんなさい……安静にして、待っていて下さい」
ティルダが、ぺこりと頭を下げる。
辛うじて生きている聖戦士たちを、荷物でも束ねるが如く縛り上げながら、エルシーが言った。
「ま、確かにテオドールさんの言う通り……この連中が相手じゃ戦った気になれません。手加減なしでぶん殴れるお仕事に、合流するとしましょうか」
●
この村の領主であった故ゲンフェノム・トルク伯爵に関して思うところが、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)には無いわけではなかった。
(命を賭して戦い続けた者の、屍を……道楽で蒐集するなど……)
そんな言葉をぶつけるべき相手は、しかしすでに故人である。
だからアンジェリカは、巨大な十字架をぶつけていった。ゲンフェノム伯爵の遺した、大型のイブリースにだ。
初期蒸気鎧装の残骸である巨体が、激しくへし曲がった。文句無しの直撃。側から見れば、そうだろう。だが。
「…………浅い……!?」
直撃の芯、とでも言うべきものが微かに外されたのを、アンジェリカは感じ取った。
この蒸気鎧をまとっていた生前のキジンは、かなりの手練れであったのだろう。敵の攻撃を一見まともに喰らいながら、衝撃の最も致命的な部分を受け逃がす。その動きが生き残っている。
へし曲がっていたイブリースが、即座に体勢を立て直しつつ巨大な拳を振るう。
いや、その拳よりも速く。
「こんな事してたら……君の持ち主だった人、悲しむと思うよっ」
猪のように姿勢低く『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が踏み込んで来ていた。
拳か体当たりか判然としない一撃が、白い気の光を迸らせながらイブリースにめり込んでゆく。膨張・爆発した白色光が、初期蒸気鎧装の巨体を揺るがせる。
間髪入れずに『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が、
「かつての英雄の御遺骸であろうと……人々に災いをもたらすものであるならばっ!」
優美な左右の五指を、獅子の牙に変えた。獣王の咆哮とも言える気の光が、イブリースを吹っ飛ばす。
吹っ飛んだ鋼の巨体が、倒れ、しかし即座に起き上がりながら地響きを立て、踏み込んで来る。巨大な残骸そのものの見た目からは想像もつかぬ敏捷性。
鉄塊である拳が、まだ十字架のフルスイングから立ち直っていないアンジェリカを襲う。
そして『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)を直撃した。
「ナバル様……!」
アンジェリカは息を呑んだ。
飛び込んで来て盾になる。求められずとも、守る。それがナバルの戦い方なのだ。
血飛沫をぶちまけて倒れたナバルを、光が包み込む。癒しの光。『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)による治療術式だ。
「敵の攻撃を喰らう事を前提とした戦い方……いくらかは改めた方が、良くはないかな」
前もって効果増強を施しておいた治療術を行使しながら、マグノリアは言った。
「確かに、僕たちも助かってはいるけれど……」
「オレ……攻撃が、今ひとつだからさ……」
癒しの光の中で、ナバルが立ち上がる。
「頑丈さしか、取り柄がない……だからさ、盾として使ってくれた方が、オレのためでもあるんだ」
「……では最強の盾が壊れてしまわないよう、こうして修理に努めるのが僕の役目かな」
「助かるよ、マグノリアさん」
ナバルは、イブリースを見据えた。
「オレは……いや、お前を哀れむのはやめておく。オレはただ、お前を止めるぞ。お前には、誰も傷付けさせない!」
●
巨大な蒸気鎧装が、蒸気ではなく瘴気を噴射した。猛毒と呪怨の波動。
それをナバルは、ほぼ1人で受けた。
「ナバル君……!」
負傷したミルトスが、アンジェリカと支え合いながら悲痛な声を発する。
ナバルは片膝をつき、応えた。
「平気……でも、ないけど……大丈夫……」
言葉と共に、血を吐いた。瘴気の毒気が、心肺を灼く。呪いに関しては対策が万全なのだが。
「オレ……こっち側で、良かったよ……」
甲冑の上から胸板を押さえながら、ナバルは呟いた。
「どうせ胸の中、気持ち悪くなるような思いするなら……イブリースと戦ってた方が、ずっといい……」
「無茶をしていると、胸焼けでは済まなくなるよ」
倒れたカノンに治療術式を施しながら、マグノリアが声を投げてくる。
負傷者を防護する形に、アンジェリカが暴れていた。巨大な十字架が猛回転し、イブリースを叩きのめして凹ませる。
その十字架から光が走り出し、凹んだ部分を直撃した。聖剣の刺突。
動く蒸気鎧をざっくりと突き刺した聖剣を、アンジェリカは即座に引き抜いて十字架に収納した。そうしながら後方に跳び、鉄塊の拳をかわす。
聖剣に穿たれながらも、イブリースは攻勢を止めない。
「手強い……!」
アンジェリカが、続いてカノンが呻く。
「パワーも、凄いよ……柳凪でも、受け流し……きれなかった……」
小さな身体が、よろりと立ち上がる。
「……ああ、ありがとうね。マグノリアお兄さん……お姉さん? そろそろ教えてくれないかな」
「ふふ……さてね」
マグノリアも、消耗している。
自然治癒の術式が機能してはいるが、回復を待ってくれるような甘い相手ではない。
イブリースの巨体が、踏み込んで来る。
その真っ正面に、ナバルは立ち塞がった。
「いくらでも来い……オレが受けてやる……!」
装着者の存命中は数多くのイブリースを粉砕したであろう鋼の拳が、しかしナバルを直撃する寸前で止まった。
イブリースは拘束されていた。巨大な全身に、氷の荊が絡み付いている。
ミルトスが声を上げた。
「テオドールさん……!」
「遅くなった。すまない」
杖を掲げ、氷の荊を制御しているテオドールの傍らでは、エルシーが1人の負傷者を背負っている。
「ごめんなさい、手加減するのに手間取っちゃいました」
その負傷者を、大木の根元にそっと座り込ませながら、エルシーは言った。
「すみませんが、ちょっと待ってて下さいねブラザー・リムス。お仕事しないといけませんので」
身軽になった尼僧の肢体が、牝獅子の如く疾駆する。
気の光をまとう拳が、イブリースに突き刺さっていた。
「やっぱりイブリースをぶん殴ってた方が気分いいです!」
その拳から、獅子の咆哮にも似た白色光の奔流が迸る。
吹っ飛んだイブリースが、しかし即座に立ち上がって逆襲に転じた。巨大な鋼の拳が、エルシーを襲う。
ナバルが飛び込む、前にミルトスが動いていた。
「ごめんなさいシスター・エル! ここは私がッ」
イブリースの巨大な拳と、ミルトスの細く鋭利な拳が一瞬、交錯したように見えた。
イブリースは激しく揺らぎ、ミルトスは吹っ飛んでエルシーに抱き止められる。
初期型蒸気鎧装の鳩尾に、ミルトスの綺麗な拳の形が刻印されていた。巨体のあちこちで小規模な破裂が起こり、血飛沫の如く瘴気が噴出する。これまで与えてきた痛手が、一気に顕在化していた。
それでもまだ、動きに衰えは見られない。
なおも踏み込んで来ようとする鋼の巨体が、その時。目に見えぬ巨人の手に掴まれ捕らわれた、とナバルは感じた。
「……大丈夫ですか? ナバルさん」
ティルダが、いつの間にか、そこにいた。たおやかな片手を、イブリースに向けている。愛らしい五指で、目に見えぬ何かを掴んでいる。
「わたし……わからなくなって、しまいました」
巨大な鋼のイブリースが、不可視の五指にメキメキと握り潰されてゆく。
それはティルダの片手と繋がった、呪縛の巨手であった。
「アクアディーネ様に、お仕えする方々が……あんな事を……」
「シャンバラと同じ……なんて、思われちゃったかな」
ナバルは苦笑し、ティルダは可憐な表情を引き締めた。
「そんなふうには、わたしがしません……させません! あの国の人たちが出来なかった事、わたしがイ・ラプセルで成し遂げて見せます!」
イブリースが、歪んだ装甲の一部もろとも呪いの五指を振りちぎりにかかる。
戦いは、まだ続く。
●
テオドールが、存在しない弓を引き、呪力の塊である矢を放った。
呪いの矢が2本、別方向からイブリースを穿つ。鋼の巨体が硬直・痙攣する。
それでも動き出そうとするイブリースの巨体が次の瞬間、清冽な蒼色の煌めきに包まれた。
氷だった。異形化した蒸気鎧装が、蒼く煌めく氷の棺に閉じ込められている。
それは、マグノリアの瞳の色でもあった。
両眼を蒼く発光させ、マナを氷に変換しながら、彼は呻く。
「さあ……カノン、とどめを……」
「お任せっ、はぁああああああッッ!」
オニヒト少女の小さな身体が、気合いを放ちながら砲弾と化し、イブリースを直撃する。
鐘の音が鳴り響いた、ようにミルトスには聞こえた。
氷の棺が、砕け散っていた。内包物である、蒸気鎧装の残骸もろともだ。
鋼の破片が降り注ぐ中、カノンが残心の構えを取る。
「ふう……とりあえず終わり、かな。ところで」
すぐさまカノンは、とてとてとリムス・ローンの元へ向かった。
「それ、もしかしなくても、エルトンさんの作品だよね?」
「は、はい……」
マグノリアによる治療を受けながら、リムスが言った。
「あの方が、何年か前の豊穣祭で……とある町の祭礼に出品したもの」
「なるほど、そんな感じに出回っているんですね」
エルシーが、ずいと会話に割り込んで来た。
「他にもあるんですよね。アクアディーネ様の色んなバージョン……た、体操服とかブルマとかないんですか? どこで入手出来ますか!? 教えて下さい! 絶対、秘密にしますから! ぜつ☆みつ! ですから!」
「落ち着いて下さい先輩。そんな有り様で、あの方を変態などとは呼べませんよ」
エルシーをなだめながらアンジェリカが、ミルトスの様子に気付いたようだ。
「……どうしました? シスター・ミルトス」
「そのエルトン・デヌビス氏……自分で作ったアクアディーネ様を、人にあげたり売ったりしてるんですよね」
懸念を、ミルトスは口にした。
「あげるのはともかく、金銭が発生しちゃうのは……ちょっと、まずいかも知れませんよ」
「確かに」
テオドールが腕組みをする。
「アクアディーネ様で商売をしている、となればな……」
「不埒と言えば、そうなんでしょうけど……でも、すごいですよ。この彫像」
ティルダが、芸術家の目をしていた。
「制服の皺、髪の1本1本に至るまで作り込まれているのに全然、くどさを感じない……わたし、この人の背中もまだ見えていません。脱帽です」
「……うん、まあ見ない方がいいかも知れない。会わない方が」
言いかけて、ナバルが固まった。
エルシーとアンジェリカが、2人がかりでリムスを背後に庇う。
「……よくぞ来てくれた。自由騎士団」
圧倒的な気配を隠す事もなく、その男は歩み寄って来ていた。筋骨たくましい巨体、そして髑髏の仮面。
「すまぬ。最大の難物を、貴殿らに押し付ける形となってしまった」
「何の。貴卿の動きがなければ、この村は酷い事になっていただろう」
テオドールが、まずは言った。
「我らは共に、イブリースと戦う同志……そうありたいものだ」
「貴殿らとは違う。我々が人助の真似事をしているのは、打算あっての事よ」
「……それでも実際、助かってる人たちがいる」
髑髏の仮面をじっと見据え、ナバルが言った。
「実際に行動してる人たちを、オレは信じたい」
「実際の行動者たる君は何故、アマリア・カストゥールを守っているのか」
マグノリアが、髑髏仮面に問いを投げる。
「……差し支えなければ、聞かせてはくれないか。僕には君が、自分では何も出来ない少女の癇癪に、情けで付き合っているように見えてしまうんだ」
「言ってくれるものね」
髑髏仮面の傍に立つ少女が、ニヤリと美貌を歪めた。
「そうよ、私は自分では何も出来ない。だってオラクルではないから……だから、こうしてアイアンを利用しているのよ」
「聖女アマリア・カストゥール」
ミルトスは名を呼んだ。
「どうなんでしょうね。私には、あなたの方が……そちらのアイアン氏に、言ってはなんですが利用されているように思えます。このままですと、あなた『神殿の膿を出し切って殉死した聖女』になりかねませんよ」
「そう……君が、聖女さん」
カノンも言った。
「ねえ君……誰にも救えない何かに自分がなりかけてるの、気付いている? 復讐って、そこまでしてやらなきゃいけないもの?」
「僕たちは君に、同情する事は出来る。だけどね、そこまでだ……アマリア・カストゥール。君のしている事は、単なる八つ当たりに過ぎない」
マグノリアの言葉も、しかしアマリア・カストゥールはすでに聞いてはいない。
彼女の目は、同じヨウセイの少女に向けられている。
「貴女……オラクル、なのね……」
聖女の言葉に、ティルダは応えない。眼光を、ただ正面から受け止めるだけだ。
「同じヨウセイなのに……ふふっ。貴女と私……一体、何が違うのかしらね。何が、運命を分けて……」
微笑みながら、アマリアが怒り狂っている。
「貴女は、力あるオラクルに……私は、力なき被害者のまま……」
燃え盛る憎悪の眼光を、ティルダはただ無言で受け止めている。
「……そこまでにしておけ。村の人々が、聖女の姿を見ているのだぞ」
髑髏仮面の言葉に従っての事かどうか、とにかくアマリアは自由騎士団に背を向け、憎しみを隠さぬ歩調で立ち去った。
「そこの娘」
髑髏の仮面の下から、鋭い眼差しがミルトスに向けられる。
「貴様の言う通りだ。確かに私は、あの哀れな聖女もどきを……利用している」
言葉を残し、髑髏仮面も歩み去って行く。
「……また会おう、自由騎士団」
「恐らくは、戦場で」
アンジェリカの言葉に、仮面の巨漢は軽く片手を上げた。
遠ざかって行く広い背中を見つめながら、テオドールが呟く。
「見立てが、どうやら誤っていた。あの男……聖堂騎士団の生き残りではないかと、私は思っていたのだが」
「……彼、そもそもオラクルですらないですね」
エルシーが言う。
「ちょっと信じられないですけど」
「イブリースの群れを1人で片付ける……非オラクル、か」
ナバルが、続いてカノンが呻く。
「オラクルじゃなくても強い人、いないわけじゃないけど……」
もはや姿の見えぬ髑髏仮面を、じっと見送りながら、やがて、マグノリアが言葉を発した。
「…………幻想種……」
「ぼ……暴虐背教者エルシー・スカーレット……! 貴様が神殿に叛旗を翻したという噂、真実であったのだな……」
呻く聖戦士の胸ぐらを、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は掴んだ。
「人違いしてるみたいですねえ。私は単なる通りすがりのセクシー美少女拳士です。義によって貴方たちをぶちのめしただけですよ」
「……有名人なのだな、エルシー嬢。まあ、それはともかく」
さりげなく片手を出してエルシーの拳を制止しながら、『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は見回した。
6人の聖戦士は、死体寸前であった。全員エルシーに叩きのめされ、テオドールの放った氷の荊に絡め取られ、あるいは『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)のもたらした氷の棺に閉じ込められている。
テオドールは言葉をかけた。
「貴卿らは……氷の中で、少し頭を冷やす事だな」
「……こ……殺せ……」
聖戦士の1人が、声を漏らす。
テオドールは溜め息をつき、片手に持った神像を軽く掲げた。
「戦いに敗れた者は大抵そう言う。もう少し独創性を追求してみてはいかがか」
女神アクアディーネの、彫像である。
「……エルトン・デヌビス卿のように、だ」
「おぞましき背教者の名を口にするな!」
「私の知る限りアクアディーネ様は、この程度のおぞましさは許容なさる御方だ」
「これ……信じられないくらい、よく出来ていますね」
ティルダが、いささか独創性溢れ過ぎた彫像に見入っている。
「作ったのは一体、どういう方なんでしょう……」
「変態です」
エルシーが即答・断言する。
テオドールは頭を掻いた。
「……少しばかり会話の難しい御仁ではあるが、まあ悪人ではない」
エルトン・デヌビスとは、ヴィスケーノ侯爵家の居城において面識を得た。
「彼は自力で……己の意志で、信仰を究めんとしている。対して貴卿らはどうか? 己の行動がいかなるものであるのかを、己の心に問いかけてみる事を1度でもしたのか。己の頭を、1度でも働かせてみたのか。何も考えずに聖女アマリアの言葉のみを盲信してきたのか」
会った事もないヨウセイの少女が、テオドールの脳裏で歪んだ笑みを浮かべている。
「まさに……シャンバラの再現ではないか、それは」
「黙れ! 我らはあの愚か者どもとは違う!」
喚く聖戦士の頭を、近くの大木に叩き付けようとしているエルシーを止めながら、ティルダが呟く。
「ナバルさんが……こちら側でなくて、本当に良かったです」
「まったくだ。私とティルダ嬢だけでも充分であったな」
「あれっ、私ハブられちゃうんですか?」
「弱い者いじめに参加させるべきではなかった、という事さ」
「あ……あのう……」
聖戦士6名による暴行を受けていた若者が、木にもたれて座り込んだまま弱々しい声を発する。
「お助けいただいて……ありがとう、ございました……それを……返して、いただけませんでしょうか……」
「おお、すまんなリムス卿」
テオドールは身を屈め、アクアディーネの彫像をリムス・ローンに手渡した。
「駆けつけるのが遅くなって申し訳なかった。後ほど手当てをさせてもらう」
「ごめんなさい……安静にして、待っていて下さい」
ティルダが、ぺこりと頭を下げる。
辛うじて生きている聖戦士たちを、荷物でも束ねるが如く縛り上げながら、エルシーが言った。
「ま、確かにテオドールさんの言う通り……この連中が相手じゃ戦った気になれません。手加減なしでぶん殴れるお仕事に、合流するとしましょうか」
●
この村の領主であった故ゲンフェノム・トルク伯爵に関して思うところが、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)には無いわけではなかった。
(命を賭して戦い続けた者の、屍を……道楽で蒐集するなど……)
そんな言葉をぶつけるべき相手は、しかしすでに故人である。
だからアンジェリカは、巨大な十字架をぶつけていった。ゲンフェノム伯爵の遺した、大型のイブリースにだ。
初期蒸気鎧装の残骸である巨体が、激しくへし曲がった。文句無しの直撃。側から見れば、そうだろう。だが。
「…………浅い……!?」
直撃の芯、とでも言うべきものが微かに外されたのを、アンジェリカは感じ取った。
この蒸気鎧をまとっていた生前のキジンは、かなりの手練れであったのだろう。敵の攻撃を一見まともに喰らいながら、衝撃の最も致命的な部分を受け逃がす。その動きが生き残っている。
へし曲がっていたイブリースが、即座に体勢を立て直しつつ巨大な拳を振るう。
いや、その拳よりも速く。
「こんな事してたら……君の持ち主だった人、悲しむと思うよっ」
猪のように姿勢低く『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が踏み込んで来ていた。
拳か体当たりか判然としない一撃が、白い気の光を迸らせながらイブリースにめり込んでゆく。膨張・爆発した白色光が、初期蒸気鎧装の巨体を揺るがせる。
間髪入れずに『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が、
「かつての英雄の御遺骸であろうと……人々に災いをもたらすものであるならばっ!」
優美な左右の五指を、獅子の牙に変えた。獣王の咆哮とも言える気の光が、イブリースを吹っ飛ばす。
吹っ飛んだ鋼の巨体が、倒れ、しかし即座に起き上がりながら地響きを立て、踏み込んで来る。巨大な残骸そのものの見た目からは想像もつかぬ敏捷性。
鉄塊である拳が、まだ十字架のフルスイングから立ち直っていないアンジェリカを襲う。
そして『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)を直撃した。
「ナバル様……!」
アンジェリカは息を呑んだ。
飛び込んで来て盾になる。求められずとも、守る。それがナバルの戦い方なのだ。
血飛沫をぶちまけて倒れたナバルを、光が包み込む。癒しの光。『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)による治療術式だ。
「敵の攻撃を喰らう事を前提とした戦い方……いくらかは改めた方が、良くはないかな」
前もって効果増強を施しておいた治療術を行使しながら、マグノリアは言った。
「確かに、僕たちも助かってはいるけれど……」
「オレ……攻撃が、今ひとつだからさ……」
癒しの光の中で、ナバルが立ち上がる。
「頑丈さしか、取り柄がない……だからさ、盾として使ってくれた方が、オレのためでもあるんだ」
「……では最強の盾が壊れてしまわないよう、こうして修理に努めるのが僕の役目かな」
「助かるよ、マグノリアさん」
ナバルは、イブリースを見据えた。
「オレは……いや、お前を哀れむのはやめておく。オレはただ、お前を止めるぞ。お前には、誰も傷付けさせない!」
●
巨大な蒸気鎧装が、蒸気ではなく瘴気を噴射した。猛毒と呪怨の波動。
それをナバルは、ほぼ1人で受けた。
「ナバル君……!」
負傷したミルトスが、アンジェリカと支え合いながら悲痛な声を発する。
ナバルは片膝をつき、応えた。
「平気……でも、ないけど……大丈夫……」
言葉と共に、血を吐いた。瘴気の毒気が、心肺を灼く。呪いに関しては対策が万全なのだが。
「オレ……こっち側で、良かったよ……」
甲冑の上から胸板を押さえながら、ナバルは呟いた。
「どうせ胸の中、気持ち悪くなるような思いするなら……イブリースと戦ってた方が、ずっといい……」
「無茶をしていると、胸焼けでは済まなくなるよ」
倒れたカノンに治療術式を施しながら、マグノリアが声を投げてくる。
負傷者を防護する形に、アンジェリカが暴れていた。巨大な十字架が猛回転し、イブリースを叩きのめして凹ませる。
その十字架から光が走り出し、凹んだ部分を直撃した。聖剣の刺突。
動く蒸気鎧をざっくりと突き刺した聖剣を、アンジェリカは即座に引き抜いて十字架に収納した。そうしながら後方に跳び、鉄塊の拳をかわす。
聖剣に穿たれながらも、イブリースは攻勢を止めない。
「手強い……!」
アンジェリカが、続いてカノンが呻く。
「パワーも、凄いよ……柳凪でも、受け流し……きれなかった……」
小さな身体が、よろりと立ち上がる。
「……ああ、ありがとうね。マグノリアお兄さん……お姉さん? そろそろ教えてくれないかな」
「ふふ……さてね」
マグノリアも、消耗している。
自然治癒の術式が機能してはいるが、回復を待ってくれるような甘い相手ではない。
イブリースの巨体が、踏み込んで来る。
その真っ正面に、ナバルは立ち塞がった。
「いくらでも来い……オレが受けてやる……!」
装着者の存命中は数多くのイブリースを粉砕したであろう鋼の拳が、しかしナバルを直撃する寸前で止まった。
イブリースは拘束されていた。巨大な全身に、氷の荊が絡み付いている。
ミルトスが声を上げた。
「テオドールさん……!」
「遅くなった。すまない」
杖を掲げ、氷の荊を制御しているテオドールの傍らでは、エルシーが1人の負傷者を背負っている。
「ごめんなさい、手加減するのに手間取っちゃいました」
その負傷者を、大木の根元にそっと座り込ませながら、エルシーは言った。
「すみませんが、ちょっと待ってて下さいねブラザー・リムス。お仕事しないといけませんので」
身軽になった尼僧の肢体が、牝獅子の如く疾駆する。
気の光をまとう拳が、イブリースに突き刺さっていた。
「やっぱりイブリースをぶん殴ってた方が気分いいです!」
その拳から、獅子の咆哮にも似た白色光の奔流が迸る。
吹っ飛んだイブリースが、しかし即座に立ち上がって逆襲に転じた。巨大な鋼の拳が、エルシーを襲う。
ナバルが飛び込む、前にミルトスが動いていた。
「ごめんなさいシスター・エル! ここは私がッ」
イブリースの巨大な拳と、ミルトスの細く鋭利な拳が一瞬、交錯したように見えた。
イブリースは激しく揺らぎ、ミルトスは吹っ飛んでエルシーに抱き止められる。
初期型蒸気鎧装の鳩尾に、ミルトスの綺麗な拳の形が刻印されていた。巨体のあちこちで小規模な破裂が起こり、血飛沫の如く瘴気が噴出する。これまで与えてきた痛手が、一気に顕在化していた。
それでもまだ、動きに衰えは見られない。
なおも踏み込んで来ようとする鋼の巨体が、その時。目に見えぬ巨人の手に掴まれ捕らわれた、とナバルは感じた。
「……大丈夫ですか? ナバルさん」
ティルダが、いつの間にか、そこにいた。たおやかな片手を、イブリースに向けている。愛らしい五指で、目に見えぬ何かを掴んでいる。
「わたし……わからなくなって、しまいました」
巨大な鋼のイブリースが、不可視の五指にメキメキと握り潰されてゆく。
それはティルダの片手と繋がった、呪縛の巨手であった。
「アクアディーネ様に、お仕えする方々が……あんな事を……」
「シャンバラと同じ……なんて、思われちゃったかな」
ナバルは苦笑し、ティルダは可憐な表情を引き締めた。
「そんなふうには、わたしがしません……させません! あの国の人たちが出来なかった事、わたしがイ・ラプセルで成し遂げて見せます!」
イブリースが、歪んだ装甲の一部もろとも呪いの五指を振りちぎりにかかる。
戦いは、まだ続く。
●
テオドールが、存在しない弓を引き、呪力の塊である矢を放った。
呪いの矢が2本、別方向からイブリースを穿つ。鋼の巨体が硬直・痙攣する。
それでも動き出そうとするイブリースの巨体が次の瞬間、清冽な蒼色の煌めきに包まれた。
氷だった。異形化した蒸気鎧装が、蒼く煌めく氷の棺に閉じ込められている。
それは、マグノリアの瞳の色でもあった。
両眼を蒼く発光させ、マナを氷に変換しながら、彼は呻く。
「さあ……カノン、とどめを……」
「お任せっ、はぁああああああッッ!」
オニヒト少女の小さな身体が、気合いを放ちながら砲弾と化し、イブリースを直撃する。
鐘の音が鳴り響いた、ようにミルトスには聞こえた。
氷の棺が、砕け散っていた。内包物である、蒸気鎧装の残骸もろともだ。
鋼の破片が降り注ぐ中、カノンが残心の構えを取る。
「ふう……とりあえず終わり、かな。ところで」
すぐさまカノンは、とてとてとリムス・ローンの元へ向かった。
「それ、もしかしなくても、エルトンさんの作品だよね?」
「は、はい……」
マグノリアによる治療を受けながら、リムスが言った。
「あの方が、何年か前の豊穣祭で……とある町の祭礼に出品したもの」
「なるほど、そんな感じに出回っているんですね」
エルシーが、ずいと会話に割り込んで来た。
「他にもあるんですよね。アクアディーネ様の色んなバージョン……た、体操服とかブルマとかないんですか? どこで入手出来ますか!? 教えて下さい! 絶対、秘密にしますから! ぜつ☆みつ! ですから!」
「落ち着いて下さい先輩。そんな有り様で、あの方を変態などとは呼べませんよ」
エルシーをなだめながらアンジェリカが、ミルトスの様子に気付いたようだ。
「……どうしました? シスター・ミルトス」
「そのエルトン・デヌビス氏……自分で作ったアクアディーネ様を、人にあげたり売ったりしてるんですよね」
懸念を、ミルトスは口にした。
「あげるのはともかく、金銭が発生しちゃうのは……ちょっと、まずいかも知れませんよ」
「確かに」
テオドールが腕組みをする。
「アクアディーネ様で商売をしている、となればな……」
「不埒と言えば、そうなんでしょうけど……でも、すごいですよ。この彫像」
ティルダが、芸術家の目をしていた。
「制服の皺、髪の1本1本に至るまで作り込まれているのに全然、くどさを感じない……わたし、この人の背中もまだ見えていません。脱帽です」
「……うん、まあ見ない方がいいかも知れない。会わない方が」
言いかけて、ナバルが固まった。
エルシーとアンジェリカが、2人がかりでリムスを背後に庇う。
「……よくぞ来てくれた。自由騎士団」
圧倒的な気配を隠す事もなく、その男は歩み寄って来ていた。筋骨たくましい巨体、そして髑髏の仮面。
「すまぬ。最大の難物を、貴殿らに押し付ける形となってしまった」
「何の。貴卿の動きがなければ、この村は酷い事になっていただろう」
テオドールが、まずは言った。
「我らは共に、イブリースと戦う同志……そうありたいものだ」
「貴殿らとは違う。我々が人助の真似事をしているのは、打算あっての事よ」
「……それでも実際、助かってる人たちがいる」
髑髏の仮面をじっと見据え、ナバルが言った。
「実際に行動してる人たちを、オレは信じたい」
「実際の行動者たる君は何故、アマリア・カストゥールを守っているのか」
マグノリアが、髑髏仮面に問いを投げる。
「……差し支えなければ、聞かせてはくれないか。僕には君が、自分では何も出来ない少女の癇癪に、情けで付き合っているように見えてしまうんだ」
「言ってくれるものね」
髑髏仮面の傍に立つ少女が、ニヤリと美貌を歪めた。
「そうよ、私は自分では何も出来ない。だってオラクルではないから……だから、こうしてアイアンを利用しているのよ」
「聖女アマリア・カストゥール」
ミルトスは名を呼んだ。
「どうなんでしょうね。私には、あなたの方が……そちらのアイアン氏に、言ってはなんですが利用されているように思えます。このままですと、あなた『神殿の膿を出し切って殉死した聖女』になりかねませんよ」
「そう……君が、聖女さん」
カノンも言った。
「ねえ君……誰にも救えない何かに自分がなりかけてるの、気付いている? 復讐って、そこまでしてやらなきゃいけないもの?」
「僕たちは君に、同情する事は出来る。だけどね、そこまでだ……アマリア・カストゥール。君のしている事は、単なる八つ当たりに過ぎない」
マグノリアの言葉も、しかしアマリア・カストゥールはすでに聞いてはいない。
彼女の目は、同じヨウセイの少女に向けられている。
「貴女……オラクル、なのね……」
聖女の言葉に、ティルダは応えない。眼光を、ただ正面から受け止めるだけだ。
「同じヨウセイなのに……ふふっ。貴女と私……一体、何が違うのかしらね。何が、運命を分けて……」
微笑みながら、アマリアが怒り狂っている。
「貴女は、力あるオラクルに……私は、力なき被害者のまま……」
燃え盛る憎悪の眼光を、ティルダはただ無言で受け止めている。
「……そこまでにしておけ。村の人々が、聖女の姿を見ているのだぞ」
髑髏仮面の言葉に従っての事かどうか、とにかくアマリアは自由騎士団に背を向け、憎しみを隠さぬ歩調で立ち去った。
「そこの娘」
髑髏の仮面の下から、鋭い眼差しがミルトスに向けられる。
「貴様の言う通りだ。確かに私は、あの哀れな聖女もどきを……利用している」
言葉を残し、髑髏仮面も歩み去って行く。
「……また会おう、自由騎士団」
「恐らくは、戦場で」
アンジェリカの言葉に、仮面の巨漢は軽く片手を上げた。
遠ざかって行く広い背中を見つめながら、テオドールが呟く。
「見立てが、どうやら誤っていた。あの男……聖堂騎士団の生き残りではないかと、私は思っていたのだが」
「……彼、そもそもオラクルですらないですね」
エルシーが言う。
「ちょっと信じられないですけど」
「イブリースの群れを1人で片付ける……非オラクル、か」
ナバルが、続いてカノンが呻く。
「オラクルじゃなくても強い人、いないわけじゃないけど……」
もはや姿の見えぬ髑髏仮面を、じっと見送りながら、やがて、マグノリアが言葉を発した。
「…………幻想種……」