MagiaSteam




魔女ウィッカの企み。或いは、薬と罠のカーニバル…

●ウィッカ
とある山中の洞窟に、魔女が住み着いたと聞いた。
魔女の顔を一目見ようと、山の麓を根城とする7人の盗賊たちが洞窟へ向かう。
捕らえて、その後どうするつもりかは今のところ未定であった。
自分たちの欲望のはけ口に使うなり、人に売るなりいくらでもやりようはあるだろう。
だが、彼らの目論見は見事失敗することになる。
『汚い男どもなんてアタシの趣味じゃないんだけどね。まぁ、駒ぐらいにゃなるかしらん』
白い肌と赤い目、長い白髪のひどく美しい女性であった。
魔女といえば三角錐の帽子と黒いローブがお決まりだが、どうにも彼女の服装は魔女らしいものではなかった。
額には溶接工の付けるようなゴーグル。首に巻かれた革のチョーカー。
白いシャツにベストを着用した執事のような服装である。
腰に下げられた複数の試験管には、極彩色の液体が詰まっていた。
洞窟の魔女……ウィッカはその中の一つを手に取ると、男たちへ向かって放る。
地面に置いた試験管は粉々に砕け、液体と同色の煙を周囲へまき散らす。
『これでよし』
首に下げていた防塵マスクで口を覆い、ウィッカは呟く。
煙が晴れた後には、焦点の定まらぬ視線で虚空を眺める7人の盗賊たちがいた。
『これで10人か。さぁて……手駒と薬があれば、街の一つぐらいは落とせるかしらん?』
などと呟いて、魔女は洞窟へ帰っていった。
後に残された男たちは、ぼんやりとした顔をして、けれど動きはキビキビと森の中へと消えていく。
森の中には、盗賊たちと同じようにぼんやりとした顔をし33人の男たちがいた。
彼らもまた、ウィッカによって洗脳されているのだろう。
雨に打たれ、風になぶられ、けれど彼らはその場でじっと立ち続ける。
ウィッカからの命令が下されるその瞬間を待っているのだ。
●階差演算室
「彼女は魔女……というよりも、錬金術師に近いのかもしれないな」
ふむ、と顎に手をあて『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は呟く。
魔女・ウィッカと名乗る奇妙な女性について、判明していることは存外に少ない。
彼女がどこからやって来たのか。
彼女の目的は何なのか。
「口ぶりから察するに街でも攻め落とすつもりらしいが……さて、どうなることやら」
今回、ウィッカに洗脳された盗賊は7名。
それ以前に洗脳されていた者が3名ほどいる。
その3名が問題なのだ。
「うち1人は山の麓にある街の役人でね。彼の捜索願いが出ている」
けれど、どうにも彼を誘拐したウィッカの相手をするには一般人では厳しいだろう。
そのため、自由騎士にお鉢がまわってきたというわけだ。
「ウィッカは数種類の薬液を使う。例えば【チャーム】や【ヒュプノス】、【ポイズン】の状態異常を与える薬品などだ。どれも範囲攻撃のようだから、あまりひと塊になりすぎないよう忠告するよ」
加えて、洞窟の周辺にはウィッカの仕掛けたトラップも存在する。
こちらは、空気に触れることで燃焼する類の薬液のようだ。
「洞窟の内部の様子は不明。もちろん、奥行きもだな。洞窟の入り口付近は開けているので、身を隠す場所などはないと思ってくれ」
ウィッカを山中へと誘導することができれば、その限りではないだろう。
もっとも、ウィッカが自らの意思で不利な戦場へ足を運ぶとは思えないが。
「それから10人の被害者たちの存在もある。ウィッカの命令で、こちらを襲ってくるだろうな」
うち7名は盗賊だが、3名は誘拐された一般人だ。
可能な限り、怪我をさせずに助け出したい。
「まだ大規模な事件を起こしたわけでもないが……未然に防げるのならそうするべきだ」
ウィッカの捕縛をよろしく頼むよ、と。
そう言ってクラウスは自由騎士たちを送り出した。
とある山中の洞窟に、魔女が住み着いたと聞いた。
魔女の顔を一目見ようと、山の麓を根城とする7人の盗賊たちが洞窟へ向かう。
捕らえて、その後どうするつもりかは今のところ未定であった。
自分たちの欲望のはけ口に使うなり、人に売るなりいくらでもやりようはあるだろう。
だが、彼らの目論見は見事失敗することになる。
『汚い男どもなんてアタシの趣味じゃないんだけどね。まぁ、駒ぐらいにゃなるかしらん』
白い肌と赤い目、長い白髪のひどく美しい女性であった。
魔女といえば三角錐の帽子と黒いローブがお決まりだが、どうにも彼女の服装は魔女らしいものではなかった。
額には溶接工の付けるようなゴーグル。首に巻かれた革のチョーカー。
白いシャツにベストを着用した執事のような服装である。
腰に下げられた複数の試験管には、極彩色の液体が詰まっていた。
洞窟の魔女……ウィッカはその中の一つを手に取ると、男たちへ向かって放る。
地面に置いた試験管は粉々に砕け、液体と同色の煙を周囲へまき散らす。
『これでよし』
首に下げていた防塵マスクで口を覆い、ウィッカは呟く。
煙が晴れた後には、焦点の定まらぬ視線で虚空を眺める7人の盗賊たちがいた。
『これで10人か。さぁて……手駒と薬があれば、街の一つぐらいは落とせるかしらん?』
などと呟いて、魔女は洞窟へ帰っていった。
後に残された男たちは、ぼんやりとした顔をして、けれど動きはキビキビと森の中へと消えていく。
森の中には、盗賊たちと同じようにぼんやりとした顔をし33人の男たちがいた。
彼らもまた、ウィッカによって洗脳されているのだろう。
雨に打たれ、風になぶられ、けれど彼らはその場でじっと立ち続ける。
ウィッカからの命令が下されるその瞬間を待っているのだ。
●階差演算室
「彼女は魔女……というよりも、錬金術師に近いのかもしれないな」
ふむ、と顎に手をあて『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は呟く。
魔女・ウィッカと名乗る奇妙な女性について、判明していることは存外に少ない。
彼女がどこからやって来たのか。
彼女の目的は何なのか。
「口ぶりから察するに街でも攻め落とすつもりらしいが……さて、どうなることやら」
今回、ウィッカに洗脳された盗賊は7名。
それ以前に洗脳されていた者が3名ほどいる。
その3名が問題なのだ。
「うち1人は山の麓にある街の役人でね。彼の捜索願いが出ている」
けれど、どうにも彼を誘拐したウィッカの相手をするには一般人では厳しいだろう。
そのため、自由騎士にお鉢がまわってきたというわけだ。
「ウィッカは数種類の薬液を使う。例えば【チャーム】や【ヒュプノス】、【ポイズン】の状態異常を与える薬品などだ。どれも範囲攻撃のようだから、あまりひと塊になりすぎないよう忠告するよ」
加えて、洞窟の周辺にはウィッカの仕掛けたトラップも存在する。
こちらは、空気に触れることで燃焼する類の薬液のようだ。
「洞窟の内部の様子は不明。もちろん、奥行きもだな。洞窟の入り口付近は開けているので、身を隠す場所などはないと思ってくれ」
ウィッカを山中へと誘導することができれば、その限りではないだろう。
もっとも、ウィッカが自らの意思で不利な戦場へ足を運ぶとは思えないが。
「それから10人の被害者たちの存在もある。ウィッカの命令で、こちらを襲ってくるだろうな」
うち7名は盗賊だが、3名は誘拐された一般人だ。
可能な限り、怪我をさせずに助け出したい。
「まだ大規模な事件を起こしたわけでもないが……未然に防げるのならそうするべきだ」
ウィッカの捕縛をよろしく頼むよ、と。
そう言ってクラウスは自由騎士たちを送り出した。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.洗脳された10名の解放
●ターゲット
ウィッカ(ノウブル)×1
魔女を名乗る白髪赤目、白い肌の女性。
男性的な服装をしており、腰には各種薬液の詰まった試験管を下げている。
口ぶりから察するに近くの街を攻め落とすつもりらしいが……。
中距離戦を好む半面、近接戦闘は不得手としているようだ。
・シプトン[攻撃] A:魔遠範[ポイズン2]
赤色の毒液を周囲へ撒き散らす。
数千の針で刺されるような激痛を伴う。その痛みは、大の男を悶絶させるほどのものだと言うが……。
・エルヴィラ[攻撃] A:魔遠範[ヒュプノス2]
青色の霧を周囲へ発生させる。
じくじくとした痛みを継続的に発生させる。眠りに落ちた者は幸せだろう……小動物に皮膚を齧られるような痛みを味わうことがないのだから。
・ヴォワザン[攻撃] A:魔遠範[チャーム]
ピンク色の煙を周囲へ拡散する。
煙を吸った者は、激しく体力を消耗するようだ。内側から身体を蝕むこの煙は、ある種の毒と言えるだろう……。
被害者たち(ノウブル)×10
7名の盗賊と3名の一般人によって構成されたウィッカの兵士。
洗脳状態にあり、ウィッカの命令に忠実に従う。
盗賊たちは剣や斧を装備しているが、一般人たちは素手である。
3名の一般人の中に1人、街の役人がいる。
●場所
洞窟およびその周辺。
ウィッカの済む洞窟と、洞窟前の開けた空間。
開けた空間にはウィッカの仕掛けた罠があるが、発動条件などは不明だ。
詳しく調べるなり、観察力の高い者がいれば発動条件や設置場所を見抜く事も可能かもしれない。
燃焼する薬液をまき散らす類いの罠である。
ウィッカ(ノウブル)×1
魔女を名乗る白髪赤目、白い肌の女性。
男性的な服装をしており、腰には各種薬液の詰まった試験管を下げている。
口ぶりから察するに近くの街を攻め落とすつもりらしいが……。
中距離戦を好む半面、近接戦闘は不得手としているようだ。
・シプトン[攻撃] A:魔遠範[ポイズン2]
赤色の毒液を周囲へ撒き散らす。
数千の針で刺されるような激痛を伴う。その痛みは、大の男を悶絶させるほどのものだと言うが……。
・エルヴィラ[攻撃] A:魔遠範[ヒュプノス2]
青色の霧を周囲へ発生させる。
じくじくとした痛みを継続的に発生させる。眠りに落ちた者は幸せだろう……小動物に皮膚を齧られるような痛みを味わうことがないのだから。
・ヴォワザン[攻撃] A:魔遠範[チャーム]
ピンク色の煙を周囲へ拡散する。
煙を吸った者は、激しく体力を消耗するようだ。内側から身体を蝕むこの煙は、ある種の毒と言えるだろう……。
被害者たち(ノウブル)×10
7名の盗賊と3名の一般人によって構成されたウィッカの兵士。
洗脳状態にあり、ウィッカの命令に忠実に従う。
盗賊たちは剣や斧を装備しているが、一般人たちは素手である。
3名の一般人の中に1人、街の役人がいる。
●場所
洞窟およびその周辺。
ウィッカの済む洞窟と、洞窟前の開けた空間。
開けた空間にはウィッカの仕掛けた罠があるが、発動条件などは不明だ。
詳しく調べるなり、観察力の高い者がいれば発動条件や設置場所を見抜く事も可能かもしれない。
燃焼する薬液をまき散らす類いの罠である。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2020年02月03日
2020年02月03日
†メイン参加者 4人†
●
とある山中に住みついた魔女により、近隣の街から数名の一般人が誘拐された。
加えて魔女は山中を根城にしていた盗賊たちを配下においたようである。
そのような依頼を受けて、4名の自由騎士たちは魔女の住む山を訪れた。
空は快晴。
気温は低く、骨まで染みる冷たい風が吹いていた。
「さて、ここが件の魔女の住む洞窟ね」
修道服を身に纏う燃える赤髪の女性『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は腰に手を当て、眼前の洞窟を睨みつける。
洞窟の前には開けた空間。
ところどころに人の足跡が残っているが、それ以外にはこれといって奇妙な点は見られない。
「本当にここに罠があるのか? あるのなら、ウィッカ自身が罠にかからないために何かしらの目印はありそうなものだが……」
戦斧を担いだ褐色の女丈夫・ジーニー・レイン(CL3000647)の表情は、明らかに「面倒くさい」と言わんばかりのものだった。
彼女の性格を一言で表すのなら「無鉄砲」といった辺りか。
罠を調べて一つ一つ解除するぐらいなら、全部踏み抜いて乗り超えればいい、とそんな風に思考する傾向にある。
「でしたら私が空から調べてみますわね」
純白の翼に青いドレスを纏った淑女が、ふわりと宙へ浮き上がる。
魔女の仕掛けた罠はおそらく地面に埋まっていると予測し、空から地上を観察してみる心算だ。
だが、飛び立とうとした『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)を「待って」と一言、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が呼びとめた。
「広範囲に薬液を散布するなら、雨の様に上から降らす方が効率的で確実だ。少なくとも、僕ならそうするね」
「……罠があるって前提で見渡せば、不自然な箇所はある、かしら?」
どうかしら?と、疑問符を浮かべてエルシーは空を見上げていた。
そろそろとレオンティーナも高度を上げて目を凝らす。
魔女の仕掛けた罠について「燃焼する薬液を散布する」以外の詳細は不明なのだ。だが、魔女と一戦交える上で、罠の有無は重要だ。
できれば、戦闘開始前には全て……ないし、有る程度の発見と解除は済ませておきたいというのが本音である。
チラ、とエルシーの視線がジーニーへ向いた。
「な、なんだ? あれか、いっそ戦闘前に全部起動させちまうか? いや、冗談だぜ?」
「それも一つの手かもしれませんわね」
困りましたわ、とレオンティーナは頬に手を当て小首を傾げた。
と、その時だ……。
ガサリ、と周囲で草木の揺れる音がした。
●
「来たわね」
いち早く、その物音に反応したのはエルシーだった。修道服を脱ぎ捨て、戦闘態勢を整える。
草木を掻き分け、姿を現したのは都合10名の虚ろな目をした男女であった。
7名は装備や服装から山賊と判断できる。
その後方に位置する身なりのよい女性2名と男性1名は、誘拐された街人だろう。
山賊たちは剣や斧を装備しているが、街人3名が手にしているのは木の棒や石だった。後者は大した脅威ではあるまいが、一見するに完全に意識を失っているのが分かる。
なるほど、数名であれば脅威ではないが、その数は10や20、100を超えれば街の一つや二つ、落とすことも出来るかもしれない。
今回、ターゲットとされている魔女……ウィッカの目的は、近くの街を落とすことだと聞いている。
街を落としてどうするつもりか……それは現状、分からないのだが。
とにかく、だ。
「罠の方は僕がどうにかするよ。ホムンクルスに下草や木の上を調べさせる。君たちは、ウィッカの兵たちの相手を頼む」
マグノリアは、取り出した試験管を地面に落とす。
中から零れた液体は、じわじわと人の形へと集合し、凝固した。フラスコの中の小人、ホムンクルスだ。
子供のような背丈の、目鼻のない人型。
マグノリアの指示を待つよう、じっとその場に立っている。
「罠があったら踏み抜かして発動させて構わない。行け」
マグノリアの指示に従い、ホムンクルスは洞窟へ向けて歩き始めた。
ホムンクルスが燃え尽きる。
地面に埋もれていた罠を作動させた結果であった。
罠を踏んで、燃焼薬液が散布されるまでのタイムラグはほぼ無いに等しいようだ。
「罠の有効範囲は半径50センチメートルほど。地面が焦げていないところを見るに、上空へ向けて薬液を噴出させているようだね」
新たなホムンクルスを形成しながら、マグノリアは考える。
罠を踏んでしまえば、回避は困難。
けれど、周囲の仲間が巻き込まれる可能性は低く、また罠同士が連鎖し被害を拡大するといった可能性も低いと判断する。
「一気に潰せば安全になるかな?」
そう呟いて、マグノリアは洞窟へ向け手を翳す。
地上に降りたレオンティーナは、盗賊の剣を受けたジーニーの背へ手を向けた。
ジーニーの身を包む淡い燐光が、その身に受けた傷を癒す。
「回復ならお任せください」
手にした弓に矢をつがえてはいるものの、レオンティーナの主な役割は仲間に対する回復支援。
無論、10人の相手をジーニーとエルシーだけに任せるつもりは毛頭無いため、適宜矢を射て敵の牽制を行っている。
複数人が同時に仲間に襲いかかった場合など、矢による牽制でタイミングをずらすことが出来れば、接近戦を得意としているジーニー、エルシー両名であれば十全に対処が可能なのである。
「とはいえ、10人はあくまで魔女の手駒ですものね。はやめに魔女本人を叩きたいですわ」
チラ、と背後へ視線を向ける。
罠の解除はまだかしら?と、彼女の視線はそう問うていた。
「こいつらだけじゃ街は落とせないだろうが……錬金術師ってなに考えてるんだ?」
戦斧を振り回し、手近な盗賊を薙ぎ払う。
未来視のスキルを持つジーニーにとって、操られているためか動作が単調な盗賊たちの相手はさほど苦ではないようだ。
とはいえ、流石に多勢に無勢。
同時に斬りかかられては、ダメージを負うこともある。
また、あくまで操られているだけの者たちである。盗賊は元々犯罪者なのでおいておくとしても、時折混ざる一般人は完全な被害者。
怪我をさせまいと、斧の柄で突く程度に留めようと手加減していることもジーニーには不利に働いていた。
力いっぱいに斧を振り回せれば、一撃で意識を奪ったり、骨を粉砕することも不可能ではないのだ。
「魔女さんよぉ! どっかで聞いてんだろ? 自由騎士だ。投降して役人たちを解放しろ!」
駄目でもともと、と言った気分で怒鳴りつけるが、当然のように魔女・ウィッカからの返事はなかった。
盗賊の剣を受け流し、一般人の足を払う。
そうして出来た隙に打撃を見舞い、意識を刈り取る。
「まだ罠は解除できないかしら?」
盗賊の剣を裏拳でへし折りつつ、エルシーはマグノリアへと言葉を投げた。
「いや、そろそろだ」
と、淡々とした返答。
それと同時に、エルシーの背後で大規模な魔力が渦を巻く。
マグノリアの放った[大渦海域のタンゴ]だ。洞窟前の空間を覆う魔力の渦が、次々と罠を作動させる。
飛び散る燃焼薬液で、魔力の渦は炎の渦へと形を変えた。
熱波に煽られ、エルシーの赤髪が激しくたなびく。
魔力の渦が消えて、しばらく……。
『あーあぁぁ、ったくさぁ。罠も手駒もめちゃくちゃにしてくれちゃってさぁ。一体全体、どう責任を取ってくれるのかしらん?』
なんて、言って。
間延びした声が、洞窟の中から響く。
その声を耳にするのと同時、エルシーは素早く踵を返し洞窟目がけて駆け出した。
「貴女には誘拐・監禁容疑が掛かっています。降伏して街の役人を解放する気はありません?」
などと、問いかけながら。
マグノリアの頭上を跳びこし、エルシーはウィッカ目がけて襲撃をかける。
額には溶接工の付けるようなゴーグル。首に巻かれた革のチョーカー。
白いシャツにベストを着用した執事のような仕立ての良い服。
腰に下げられた複数の試験管には、極彩色の液体が詰まっていた。
魔女・ウィッカ。
山中の洞窟に住み付き、近くの街を落とそうと計画していた傍迷惑な錬金術師は、赤い瞳を眠たそうに瞬かせ、くぁぁ、と暢気に欠伸を零した。
『寝足りないわぁ。そして、最悪の目覚めだわぁ』
腰に下げた試験管を投げながら、ウィッカはそう呟いた。
砕けた試験管から溢れたのは青色の霧。
霧を浴びたエルシーは、ギリと歯を食いしばる。彼女の全身を襲うじくじくとした痛みは、まるで無数の虫やネズミに皮膚を齧られているような痛みと不快感にも似ていた。
一瞬、エルシーの意識が遠のきかける。
痛みによるもの、ではなく薬液に付与された状態異常によるものだ。
とはいえ、精神的な状態異常には耐性を持つエルシーはそれを堪えて、速度を落とさずウィッカの直近にまで迫った。
「ぁぁああああああああああああああああああ!」
獣のような咆哮が、ウィッカの全身を震わせる。
『う……っそだぁ?』
信じられない、と目を見開いたウィッカ。
慌てて新たな薬瓶を手に取るが、その眼前でマグノリアの放った光球が炸裂。
目が眩み、ウィッカの動きが一瞬止まる。
その、直後……。
ウィッカの顔面をエルシーの拳が打ち抜いた。
「ウィッカが出てきましたわ。エルシーさんの援護を!」
弓を構えたレオンティーナは、雑兵を相手取るジーニーへとそう声をかけた。
ジーニーは、褐色の肌に汗を浮かべて困ったように眉根を下げた。
「そうしたいが、こいつらが救助対象なんだろ? 盗賊はともかく、洗脳された一般人を攻撃するのはやりづらいぜ……」
全力で攻撃を当てられないことから、ジーニーは兵の対処に手間取っているようだった。
そうしているうちにも、操られた兵たちのうち4名ほどがウィッカの元へと向かって行く。
「なるべくやさしく、なんて器用な真似、私にできるか……いや、善処はするが」
これ以上は時間をかけていられない、と判断しジーニーは重い溜め息を零す。
一旦、バックステップで兵たちから距離を取ると手にした戦斧を大上段へと振り上げた。
チラ、と向かって来る兵たちへ視線を向けると都合の良いことに全員盗賊のようだった。
これならば、とジーニーの口元に笑みが浮かんだ。
「お前達はあとで事情聴取だ。まぁ、それは私達の役目じゃないがな!」
そう叫ぶと、ジーニーは斧を力任せに地面へと叩きつける。
轟音と共に、激しい衝撃派が周囲へ散った。
飛び散る土砂。それに飲み込まれた都合3名の盗賊たちは意識を失い倒れ伏す。
残る兵は、ウィッカの元に向かった4名だけだ。
『い、ったぁい……いきなり女の顔面、グーで殴るかなぁ?』
鼻の骨が折れたのか、ウィッカは顔面を手で押さえよたよたと立ち上がる。
「い、っつぅ……」
ウィッカに追撃を加えるべく拳を構えたエルシーだが、全身を襲う激痛に怯み歩を止めていた。
殴り飛ばされた直後、エルシーの身体にウィッカが赤の薬液をかけていったのだ。
全身を数千の針で刺されるような激しい痛みと、体力を奪う[毒]を伴う薬液だ。
『もういっちょ追加といこうかしらん』
そう言ってウィッカは、血に濡れた手で新たな薬瓶を放り投げる。
だが……。
「そうはさせません。戦乙女の矢、受けてご覧なさい!」
射出されたレオンティーナの矢が、空中でウィッカの薬瓶を打ち砕く。
飛び散る赤い薬液を、ウィッカは慌てて回避した。
「どこか痛む所はございませんか?」
翼を広げ、レオンティーナはマグノリアの元まで移動。
手を翳し、エルシーの負ったダメージと毒を治療する。
『んぁ……回復かぁ。ずるいなぁ』
パチン、と。
ウィッカが指を鳴らすと同時に、4名の兵たちがレオンティーナの元へと迫る。
回復役から潰そうと、そう言う心算なのだろう。
だが、しかし……。
「おっと、こっちは私に任せておきな」
横合いから割り込んだジーニーが、その身を持って兵たちの剣を受け止めた。
「僕も君と同じ錬金術師でね。興味があるんだ。君がどんな事に興味や好奇心を抱くか……どうして、兵を揃えて街を落とそうとしているのか、ね」
ウィッカの投げた薬瓶を魔力の渦が飲み込んだ。
マグノリアの問いに対し、ウィッカは「おや?」と首を傾げる。
『目的までバレてんの? うわ、やり辛いなぁ……まぁ、いいけどさ』
そう言って、新たな薬瓶を放る。
桃色の薬液の詰まった瓶だ。兵たちを[魅了]するのに使っているものである。
どうやらレオンティーナを狙っているようだ。彼女を操り、回復を自身にかけさせるつもりなのかもしれない。
「君を捕縛したくはないかな。僕も同行するから出頭しては貰えないかい?」
そう言ってマグノリアは、レオンティーナの肩を掴んで、自身の後方へ退避させる。
マグノリアの放った魔力の渦は兵諸共、薬瓶を飲み込んだ。
地面が抉れるほどの大規模攻撃に、ウィッカの表情が強張ったのが視認できる。
『あぁ、もう。嫌になるなぁ』
なんて、呟いて。
ウィッカの身体は、魔力の渦に飲まれて消えた。
●
血と泥に汚れたウィッカが、よろよろと立ち上がる。
続いて、3名の兵たちのウィッカを守るように起き上がって剣を構えた。
『私はさぁ、実験したいだけなんだよ。私の作った薬でさぁ、この世界にどれだけ“変化”を与えられるか。その実験の第一歩が、街を落とす、ってことなわけ』
街の次は国を。
さらには、世界を。
自身の作った薬で、どれだけのことができるのか。
ウィッカはそれが知りたかった。
恨みも辛みも、大望さえもそこにない。
あるのは単なる“好奇心”だけ。
「洗脳技術といい、作成された薬品の数々といい、ウィッカさんは非常に優れたスキルの持ち主ですわね。ぜひ改心していただいて、世の中のためにそのお力を使っていただきたいですわ」
レオンティーナの放った矢を、盗賊の剣が叩き落とす。
ウィッカは血に濡れた顔を拭いながら、ひどく退屈そうな視線をレオンティーナへ向けていた。
『悪いけど、興味ないんだわ。世のため人のためとかさ』
ぽい、っと。
放り投げられた薬瓶。
兵の投げた石の礫が、空中でそれを砕き割る。
飛び散る赤い薬液が降り注ぐ中……。
「面倒を掛けやがって……。私の本気をみせてやる!」
両手を広げたジーニーが、自身の身体で毒の薬液を受け止めた。
咆哮と共にジーニーが駆ける。
彼女のスキル[バーサーク]による強化された身体能力は圧倒的の一言だった。
降り抜く斧の一撃で、地面が抉れ土砂が舞う。
体力が20%以下まで減少した状態でなければ使えないスキルなだけあって、その強化値は圧巻であった。
『うっそ……めちゃくちゃ』
頬を引き攣らせ、ウィッカはそう呟いた。
ウィッカを守るべく移動した兵たちも、ジーニーの斧により意識を奪われ地に伏した。
「いまだ、エルシーの姉御」
「えぇ、お任せを」
いつの間に、そこへ迫っていたのか。
飛び散る土砂に紛れるように、エルシーがウィッカの眼前へと迫る。
ジーニーに気を取られていたウィッカには、エルシーの攻撃に反応することは出来なかった。
間に合わない、と。
判断する暇もなく。
ウィッカの胸にエルシーの拳が突き刺さった。
「もう降参したらどう? 錬金術師が殴り合い続けるの?」
洞窟の中に倒れたウィッカへ、エルシーはそう問いかけた。
口や鼻から血を流しながら、ウィッカはどうにか顔だけを起こす。
『あー、いや。殴り合いは勘弁』
「それなら……」
『でも、捕まるのも勘弁なのよん』
にやり、と。
ウィッカは笑い、自身の頭上へ薬瓶を放り投げる。
中に詰まった薬液の色は黒かった。
「今度は何を……」
薬瓶を射るべくレオンティーナが弓を構える。
だが、マグノリアは慌ててそれを制止した。
「エルシー、戻って来るんだ。ジーニーも連れて、急いで!」
「え? わ、分かったわ」
珍しく慌てたようなマグノリアの様子にただならぬものを感じたのだろう。
エルシーは、血塗れのジーニーを引き摺るようにしてマグノリアたちの元へと戻る。
レオンティーナの行使した治癒スキルがジーニーの傷を癒していく。これで、万が一にも即座にジーニーが戦線離脱することはなくなった。
「伏せて。あれは、罠に使われていたのと同じ薬液だ」
洞窟前の罠を解除していたマグノリアには、今し方ウィッカの放った薬液の正体が理解できた。
空気に触れると同時に激しく燃焼する薬液。
洞窟前の地面に埋め込まれていたそれだった。
罠として設置されていた状態では、真上に噴出するよう仕込まれていたが……。
『いい判断ねぇ。貴方も優秀な錬金術師なのかしらん?』
なんて、言ってウィッカは笑う。
それと同時……。
洞窟の天井に当たった薬瓶は砕け、周囲に炎を撒き散らす。
爆薬でも仕掛けられていたのだろうか。
激しい炎と、連鎖する爆音。
洞窟は崩れ、ウィッカの姿は瓦礫の中に消えていく。
「駄目ですわ。書類も実験器具も、燃えてしまっています」
「ウィッカもいないね。逃げられたかな……」
瓦礫を撤去し、洞窟内を調査するマグノリアとレオンティーナ。
ウィッカの姿は、どれだけ探しても見当たらない。
どうやら既に、どこかへ逃げてしまった後だ。
「……盗賊7名と一般人3名は無事だったんだ。帰ろう」
これ以上ここに残っても仕方がない、と。
焼け焦げた紙片を瓦礫の山へと投げ捨てて、マグノリアはそう呟いた。
とある山中に住みついた魔女により、近隣の街から数名の一般人が誘拐された。
加えて魔女は山中を根城にしていた盗賊たちを配下においたようである。
そのような依頼を受けて、4名の自由騎士たちは魔女の住む山を訪れた。
空は快晴。
気温は低く、骨まで染みる冷たい風が吹いていた。
「さて、ここが件の魔女の住む洞窟ね」
修道服を身に纏う燃える赤髪の女性『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は腰に手を当て、眼前の洞窟を睨みつける。
洞窟の前には開けた空間。
ところどころに人の足跡が残っているが、それ以外にはこれといって奇妙な点は見られない。
「本当にここに罠があるのか? あるのなら、ウィッカ自身が罠にかからないために何かしらの目印はありそうなものだが……」
戦斧を担いだ褐色の女丈夫・ジーニー・レイン(CL3000647)の表情は、明らかに「面倒くさい」と言わんばかりのものだった。
彼女の性格を一言で表すのなら「無鉄砲」といった辺りか。
罠を調べて一つ一つ解除するぐらいなら、全部踏み抜いて乗り超えればいい、とそんな風に思考する傾向にある。
「でしたら私が空から調べてみますわね」
純白の翼に青いドレスを纏った淑女が、ふわりと宙へ浮き上がる。
魔女の仕掛けた罠はおそらく地面に埋まっていると予測し、空から地上を観察してみる心算だ。
だが、飛び立とうとした『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)を「待って」と一言、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が呼びとめた。
「広範囲に薬液を散布するなら、雨の様に上から降らす方が効率的で確実だ。少なくとも、僕ならそうするね」
「……罠があるって前提で見渡せば、不自然な箇所はある、かしら?」
どうかしら?と、疑問符を浮かべてエルシーは空を見上げていた。
そろそろとレオンティーナも高度を上げて目を凝らす。
魔女の仕掛けた罠について「燃焼する薬液を散布する」以外の詳細は不明なのだ。だが、魔女と一戦交える上で、罠の有無は重要だ。
できれば、戦闘開始前には全て……ないし、有る程度の発見と解除は済ませておきたいというのが本音である。
チラ、とエルシーの視線がジーニーへ向いた。
「な、なんだ? あれか、いっそ戦闘前に全部起動させちまうか? いや、冗談だぜ?」
「それも一つの手かもしれませんわね」
困りましたわ、とレオンティーナは頬に手を当て小首を傾げた。
と、その時だ……。
ガサリ、と周囲で草木の揺れる音がした。
●
「来たわね」
いち早く、その物音に反応したのはエルシーだった。修道服を脱ぎ捨て、戦闘態勢を整える。
草木を掻き分け、姿を現したのは都合10名の虚ろな目をした男女であった。
7名は装備や服装から山賊と判断できる。
その後方に位置する身なりのよい女性2名と男性1名は、誘拐された街人だろう。
山賊たちは剣や斧を装備しているが、街人3名が手にしているのは木の棒や石だった。後者は大した脅威ではあるまいが、一見するに完全に意識を失っているのが分かる。
なるほど、数名であれば脅威ではないが、その数は10や20、100を超えれば街の一つや二つ、落とすことも出来るかもしれない。
今回、ターゲットとされている魔女……ウィッカの目的は、近くの街を落とすことだと聞いている。
街を落としてどうするつもりか……それは現状、分からないのだが。
とにかく、だ。
「罠の方は僕がどうにかするよ。ホムンクルスに下草や木の上を調べさせる。君たちは、ウィッカの兵たちの相手を頼む」
マグノリアは、取り出した試験管を地面に落とす。
中から零れた液体は、じわじわと人の形へと集合し、凝固した。フラスコの中の小人、ホムンクルスだ。
子供のような背丈の、目鼻のない人型。
マグノリアの指示を待つよう、じっとその場に立っている。
「罠があったら踏み抜かして発動させて構わない。行け」
マグノリアの指示に従い、ホムンクルスは洞窟へ向けて歩き始めた。
ホムンクルスが燃え尽きる。
地面に埋もれていた罠を作動させた結果であった。
罠を踏んで、燃焼薬液が散布されるまでのタイムラグはほぼ無いに等しいようだ。
「罠の有効範囲は半径50センチメートルほど。地面が焦げていないところを見るに、上空へ向けて薬液を噴出させているようだね」
新たなホムンクルスを形成しながら、マグノリアは考える。
罠を踏んでしまえば、回避は困難。
けれど、周囲の仲間が巻き込まれる可能性は低く、また罠同士が連鎖し被害を拡大するといった可能性も低いと判断する。
「一気に潰せば安全になるかな?」
そう呟いて、マグノリアは洞窟へ向け手を翳す。
地上に降りたレオンティーナは、盗賊の剣を受けたジーニーの背へ手を向けた。
ジーニーの身を包む淡い燐光が、その身に受けた傷を癒す。
「回復ならお任せください」
手にした弓に矢をつがえてはいるものの、レオンティーナの主な役割は仲間に対する回復支援。
無論、10人の相手をジーニーとエルシーだけに任せるつもりは毛頭無いため、適宜矢を射て敵の牽制を行っている。
複数人が同時に仲間に襲いかかった場合など、矢による牽制でタイミングをずらすことが出来れば、接近戦を得意としているジーニー、エルシー両名であれば十全に対処が可能なのである。
「とはいえ、10人はあくまで魔女の手駒ですものね。はやめに魔女本人を叩きたいですわ」
チラ、と背後へ視線を向ける。
罠の解除はまだかしら?と、彼女の視線はそう問うていた。
「こいつらだけじゃ街は落とせないだろうが……錬金術師ってなに考えてるんだ?」
戦斧を振り回し、手近な盗賊を薙ぎ払う。
未来視のスキルを持つジーニーにとって、操られているためか動作が単調な盗賊たちの相手はさほど苦ではないようだ。
とはいえ、流石に多勢に無勢。
同時に斬りかかられては、ダメージを負うこともある。
また、あくまで操られているだけの者たちである。盗賊は元々犯罪者なのでおいておくとしても、時折混ざる一般人は完全な被害者。
怪我をさせまいと、斧の柄で突く程度に留めようと手加減していることもジーニーには不利に働いていた。
力いっぱいに斧を振り回せれば、一撃で意識を奪ったり、骨を粉砕することも不可能ではないのだ。
「魔女さんよぉ! どっかで聞いてんだろ? 自由騎士だ。投降して役人たちを解放しろ!」
駄目でもともと、と言った気分で怒鳴りつけるが、当然のように魔女・ウィッカからの返事はなかった。
盗賊の剣を受け流し、一般人の足を払う。
そうして出来た隙に打撃を見舞い、意識を刈り取る。
「まだ罠は解除できないかしら?」
盗賊の剣を裏拳でへし折りつつ、エルシーはマグノリアへと言葉を投げた。
「いや、そろそろだ」
と、淡々とした返答。
それと同時に、エルシーの背後で大規模な魔力が渦を巻く。
マグノリアの放った[大渦海域のタンゴ]だ。洞窟前の空間を覆う魔力の渦が、次々と罠を作動させる。
飛び散る燃焼薬液で、魔力の渦は炎の渦へと形を変えた。
熱波に煽られ、エルシーの赤髪が激しくたなびく。
魔力の渦が消えて、しばらく……。
『あーあぁぁ、ったくさぁ。罠も手駒もめちゃくちゃにしてくれちゃってさぁ。一体全体、どう責任を取ってくれるのかしらん?』
なんて、言って。
間延びした声が、洞窟の中から響く。
その声を耳にするのと同時、エルシーは素早く踵を返し洞窟目がけて駆け出した。
「貴女には誘拐・監禁容疑が掛かっています。降伏して街の役人を解放する気はありません?」
などと、問いかけながら。
マグノリアの頭上を跳びこし、エルシーはウィッカ目がけて襲撃をかける。
額には溶接工の付けるようなゴーグル。首に巻かれた革のチョーカー。
白いシャツにベストを着用した執事のような仕立ての良い服。
腰に下げられた複数の試験管には、極彩色の液体が詰まっていた。
魔女・ウィッカ。
山中の洞窟に住み付き、近くの街を落とそうと計画していた傍迷惑な錬金術師は、赤い瞳を眠たそうに瞬かせ、くぁぁ、と暢気に欠伸を零した。
『寝足りないわぁ。そして、最悪の目覚めだわぁ』
腰に下げた試験管を投げながら、ウィッカはそう呟いた。
砕けた試験管から溢れたのは青色の霧。
霧を浴びたエルシーは、ギリと歯を食いしばる。彼女の全身を襲うじくじくとした痛みは、まるで無数の虫やネズミに皮膚を齧られているような痛みと不快感にも似ていた。
一瞬、エルシーの意識が遠のきかける。
痛みによるもの、ではなく薬液に付与された状態異常によるものだ。
とはいえ、精神的な状態異常には耐性を持つエルシーはそれを堪えて、速度を落とさずウィッカの直近にまで迫った。
「ぁぁああああああああああああああああああ!」
獣のような咆哮が、ウィッカの全身を震わせる。
『う……っそだぁ?』
信じられない、と目を見開いたウィッカ。
慌てて新たな薬瓶を手に取るが、その眼前でマグノリアの放った光球が炸裂。
目が眩み、ウィッカの動きが一瞬止まる。
その、直後……。
ウィッカの顔面をエルシーの拳が打ち抜いた。
「ウィッカが出てきましたわ。エルシーさんの援護を!」
弓を構えたレオンティーナは、雑兵を相手取るジーニーへとそう声をかけた。
ジーニーは、褐色の肌に汗を浮かべて困ったように眉根を下げた。
「そうしたいが、こいつらが救助対象なんだろ? 盗賊はともかく、洗脳された一般人を攻撃するのはやりづらいぜ……」
全力で攻撃を当てられないことから、ジーニーは兵の対処に手間取っているようだった。
そうしているうちにも、操られた兵たちのうち4名ほどがウィッカの元へと向かって行く。
「なるべくやさしく、なんて器用な真似、私にできるか……いや、善処はするが」
これ以上は時間をかけていられない、と判断しジーニーは重い溜め息を零す。
一旦、バックステップで兵たちから距離を取ると手にした戦斧を大上段へと振り上げた。
チラ、と向かって来る兵たちへ視線を向けると都合の良いことに全員盗賊のようだった。
これならば、とジーニーの口元に笑みが浮かんだ。
「お前達はあとで事情聴取だ。まぁ、それは私達の役目じゃないがな!」
そう叫ぶと、ジーニーは斧を力任せに地面へと叩きつける。
轟音と共に、激しい衝撃派が周囲へ散った。
飛び散る土砂。それに飲み込まれた都合3名の盗賊たちは意識を失い倒れ伏す。
残る兵は、ウィッカの元に向かった4名だけだ。
『い、ったぁい……いきなり女の顔面、グーで殴るかなぁ?』
鼻の骨が折れたのか、ウィッカは顔面を手で押さえよたよたと立ち上がる。
「い、っつぅ……」
ウィッカに追撃を加えるべく拳を構えたエルシーだが、全身を襲う激痛に怯み歩を止めていた。
殴り飛ばされた直後、エルシーの身体にウィッカが赤の薬液をかけていったのだ。
全身を数千の針で刺されるような激しい痛みと、体力を奪う[毒]を伴う薬液だ。
『もういっちょ追加といこうかしらん』
そう言ってウィッカは、血に濡れた手で新たな薬瓶を放り投げる。
だが……。
「そうはさせません。戦乙女の矢、受けてご覧なさい!」
射出されたレオンティーナの矢が、空中でウィッカの薬瓶を打ち砕く。
飛び散る赤い薬液を、ウィッカは慌てて回避した。
「どこか痛む所はございませんか?」
翼を広げ、レオンティーナはマグノリアの元まで移動。
手を翳し、エルシーの負ったダメージと毒を治療する。
『んぁ……回復かぁ。ずるいなぁ』
パチン、と。
ウィッカが指を鳴らすと同時に、4名の兵たちがレオンティーナの元へと迫る。
回復役から潰そうと、そう言う心算なのだろう。
だが、しかし……。
「おっと、こっちは私に任せておきな」
横合いから割り込んだジーニーが、その身を持って兵たちの剣を受け止めた。
「僕も君と同じ錬金術師でね。興味があるんだ。君がどんな事に興味や好奇心を抱くか……どうして、兵を揃えて街を落とそうとしているのか、ね」
ウィッカの投げた薬瓶を魔力の渦が飲み込んだ。
マグノリアの問いに対し、ウィッカは「おや?」と首を傾げる。
『目的までバレてんの? うわ、やり辛いなぁ……まぁ、いいけどさ』
そう言って、新たな薬瓶を放る。
桃色の薬液の詰まった瓶だ。兵たちを[魅了]するのに使っているものである。
どうやらレオンティーナを狙っているようだ。彼女を操り、回復を自身にかけさせるつもりなのかもしれない。
「君を捕縛したくはないかな。僕も同行するから出頭しては貰えないかい?」
そう言ってマグノリアは、レオンティーナの肩を掴んで、自身の後方へ退避させる。
マグノリアの放った魔力の渦は兵諸共、薬瓶を飲み込んだ。
地面が抉れるほどの大規模攻撃に、ウィッカの表情が強張ったのが視認できる。
『あぁ、もう。嫌になるなぁ』
なんて、呟いて。
ウィッカの身体は、魔力の渦に飲まれて消えた。
●
血と泥に汚れたウィッカが、よろよろと立ち上がる。
続いて、3名の兵たちのウィッカを守るように起き上がって剣を構えた。
『私はさぁ、実験したいだけなんだよ。私の作った薬でさぁ、この世界にどれだけ“変化”を与えられるか。その実験の第一歩が、街を落とす、ってことなわけ』
街の次は国を。
さらには、世界を。
自身の作った薬で、どれだけのことができるのか。
ウィッカはそれが知りたかった。
恨みも辛みも、大望さえもそこにない。
あるのは単なる“好奇心”だけ。
「洗脳技術といい、作成された薬品の数々といい、ウィッカさんは非常に優れたスキルの持ち主ですわね。ぜひ改心していただいて、世の中のためにそのお力を使っていただきたいですわ」
レオンティーナの放った矢を、盗賊の剣が叩き落とす。
ウィッカは血に濡れた顔を拭いながら、ひどく退屈そうな視線をレオンティーナへ向けていた。
『悪いけど、興味ないんだわ。世のため人のためとかさ』
ぽい、っと。
放り投げられた薬瓶。
兵の投げた石の礫が、空中でそれを砕き割る。
飛び散る赤い薬液が降り注ぐ中……。
「面倒を掛けやがって……。私の本気をみせてやる!」
両手を広げたジーニーが、自身の身体で毒の薬液を受け止めた。
咆哮と共にジーニーが駆ける。
彼女のスキル[バーサーク]による強化された身体能力は圧倒的の一言だった。
降り抜く斧の一撃で、地面が抉れ土砂が舞う。
体力が20%以下まで減少した状態でなければ使えないスキルなだけあって、その強化値は圧巻であった。
『うっそ……めちゃくちゃ』
頬を引き攣らせ、ウィッカはそう呟いた。
ウィッカを守るべく移動した兵たちも、ジーニーの斧により意識を奪われ地に伏した。
「いまだ、エルシーの姉御」
「えぇ、お任せを」
いつの間に、そこへ迫っていたのか。
飛び散る土砂に紛れるように、エルシーがウィッカの眼前へと迫る。
ジーニーに気を取られていたウィッカには、エルシーの攻撃に反応することは出来なかった。
間に合わない、と。
判断する暇もなく。
ウィッカの胸にエルシーの拳が突き刺さった。
「もう降参したらどう? 錬金術師が殴り合い続けるの?」
洞窟の中に倒れたウィッカへ、エルシーはそう問いかけた。
口や鼻から血を流しながら、ウィッカはどうにか顔だけを起こす。
『あー、いや。殴り合いは勘弁』
「それなら……」
『でも、捕まるのも勘弁なのよん』
にやり、と。
ウィッカは笑い、自身の頭上へ薬瓶を放り投げる。
中に詰まった薬液の色は黒かった。
「今度は何を……」
薬瓶を射るべくレオンティーナが弓を構える。
だが、マグノリアは慌ててそれを制止した。
「エルシー、戻って来るんだ。ジーニーも連れて、急いで!」
「え? わ、分かったわ」
珍しく慌てたようなマグノリアの様子にただならぬものを感じたのだろう。
エルシーは、血塗れのジーニーを引き摺るようにしてマグノリアたちの元へと戻る。
レオンティーナの行使した治癒スキルがジーニーの傷を癒していく。これで、万が一にも即座にジーニーが戦線離脱することはなくなった。
「伏せて。あれは、罠に使われていたのと同じ薬液だ」
洞窟前の罠を解除していたマグノリアには、今し方ウィッカの放った薬液の正体が理解できた。
空気に触れると同時に激しく燃焼する薬液。
洞窟前の地面に埋め込まれていたそれだった。
罠として設置されていた状態では、真上に噴出するよう仕込まれていたが……。
『いい判断ねぇ。貴方も優秀な錬金術師なのかしらん?』
なんて、言ってウィッカは笑う。
それと同時……。
洞窟の天井に当たった薬瓶は砕け、周囲に炎を撒き散らす。
爆薬でも仕掛けられていたのだろうか。
激しい炎と、連鎖する爆音。
洞窟は崩れ、ウィッカの姿は瓦礫の中に消えていく。
「駄目ですわ。書類も実験器具も、燃えてしまっています」
「ウィッカもいないね。逃げられたかな……」
瓦礫を撤去し、洞窟内を調査するマグノリアとレオンティーナ。
ウィッカの姿は、どれだけ探しても見当たらない。
どうやら既に、どこかへ逃げてしまった後だ。
「……盗賊7名と一般人3名は無事だったんだ。帰ろう」
これ以上ここに残っても仕方がない、と。
焼け焦げた紙片を瓦礫の山へと投げ捨てて、マグノリアはそう呟いた。