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【巨神の村】眠れる神を踏みにじる

●
かつて、この村には『大太郎様』と呼ばれる神がいた。近辺の村々を統べる、偉大な神だ。
村々の民は、大太郎様に生贄を捧げていた。
月に1度、幼い子供たちを大太郎様の社に置き去りにする。男の子と女の子を、数名ずつ。
大太郎様は、その子らを喰らって力を蓄える。蓄えた力で、村々を守ってくれる。
人間という生き物は、同調圧力に支配されると、そのような話を疑わぬようになってしまうのだ。
かように愚かな種族が、海の向こうでは『のうぶる』と呼ばれているらしい。
オニヒトの侍・帯刀作左衛門は、傍らの同行者に尋ねてみた。
「いかなる意味か」
『高貴な者……かな?』
同行者が、答えながらクスクスと笑う。
筋骨隆々たる作左衛門を遥かに上回る巨体。鋼の全身甲冑に身を包んだ、大男である。
その声は、しかし幼い。まだ変声期を迎えてもいない。
『パノプティコンもイ・ラプセルも、神様を信じながら殺し合ってる……それが要するに、高貴な振る舞いという事さ』
「なるほど。神を信ずる事、それがすなわち高貴さであると」
子供たちを生贄に捧げていた村人らも、己を敬虔なる神の信徒であると疑ってもいなかった。
大太郎様の代行者として村々に支配力を及ぼしていたのは、金森幻龍という神官であった。この男が、大太郎様の御言葉と称して様々な命令を乱発し、この辺り一帯において権勢を欲しいままにしていたのだ。
世で『神州ヤオヨロズ』と呼ばれる者たちの中でも、有数の勢力であった。その支配下にある村々は、宇羅幕府に納めるべきものを金森幻龍に貢いでいた。大太郎様の神徳恩恵を授かるために。
だから、討伐の対象となったのだ。
幕府の命を受けた帯刀作左衛門は単身、大太郎様の社に乗り込んだ。
金森幻龍に用心棒として雇われた浪人者たちを、作左衛門は片っ端から殺戮した。
そして、命乞いをする金森幻龍の首を刎ねた。
生贄の子供たちは皆、殺されていた。金森の、歪んだ享楽の餌食となったのだ。
結局のところ、生贄を要求する「大太郎様」なる神は存在しなかったのである。
村々は、宇羅幕府の直轄領となった。
にもかかわらず、年貢の納めが滞っている。またしても作左衛門が出向く事になったわけだが、今回は単身ではない。
この、鋼の巨漢が一緒である。
巨大な背中のどこかから、蒸気が噴出した。
『ねえ帯刀殿……殺しちゃっても、いいんだよね? 納税の義務を果たさない連中はさ』
「そうなるやも知れぬが待て。拙者が1人も殺さぬうちは、大人しくしておれよ」
『汚れ役は全部、僕たちヴィスマルク軍に押し付けてくれればいいのさ』
鋼の甲冑の中で、異国の少年は笑っている。
『友邦アマノホカリのために、僕たちはいくらでも手を汚してあげる。頼ってくれて、いいんだよ?』
「……乗っ取られぬ程度に、な」
異国と手を結ぶ。幕府の侍として、忸怩たるものがあるのは確かである。
だが。アマノホカリとて国である以上、他国との接触は避けられないのだ。
ざわめきが、両名を取り囲み始めた。
一見のどかな田園風景の中を、のしのしと威圧的に歩み進むオニヒトの侍と鋼の巨漢。人々が警戒するのは当然であった。
野良仕事をしていた農民たちが、ざわめきながら青ざめ、息を呑んでいる。
巨大な甲冑の、兜と胸甲が開いた。
1人の、小柄な少年が現れた。身を乗り出し、愉しげに叫ぶ。農民らに向かってだ。
「みんなぁー! 殺しちゃうよぉー!」
「よさぬかアレス・クィンス。貴公は口を閉じておれ」
年端もゆかぬ男の子が玩具の如く操る、機械仕掛けの歩行甲冑。これが、異国の技術なのだ。
夷狄だ何だと言って忌避するばかりでは、アマノホカリは取り残される一方なのである。
作左衛門は、歩みを止めた。
前方で、村の主だった人々が平伏している。作左衛門は、とりあえず声をかけた。
「久しいのう、村長よ。皆々、元気良く働いておる。田畑の実りも上々と見ゆるが、如何に」
「た、帯刀様……その節は、その節は」
「お世話になりました、なぁんて言いたいのかなぁ?」
ヴィスマルクの少年兵アレス・クィンスが、停止した歩行甲冑の上から言葉を投げる。
「助けてくれた帯刀殿をさぁ……あんたたち、裏切っちゃったりなんかして。何、このアマノホカリって国にはあれかな。感謝とか恩義とか、そーいうのはないワケ? 殺すよ?」
「黙っておれと言うに」
アレスを制するように、作左衛門は1歩、前に出た。
そして村人たちを見渡し、腹の底から声を発した。
「村の衆よ、年貢を納めなさい。邪教を棄て、宇羅の民として国に尽くす。皆々あの時、拙者にそう約束してくれたではないか」
「……恩を、売りに来られたのか。幕府の方よ」
村長らの後方から、不穏な一団が進み出て来た。
この不穏さには、覚えがある。作左衛門は、そう感じた。
「約束とは往々にして、立場の強き側が弱き側に押し付けるものとなりがちだ。そのような押し付け事を、守れと迫る……何と、恐ろしい行為であろうか」
一団の先頭に立つのは、斎服姿の男である。首から上は、色彩のおどろおどろしい奇怪な仮面。
作左衛門は思わず、抜き打ちの構えを取った。
「金森幻龍! ……いや、違うか?」
「我が名は、金森牢庵。幻龍の……縁者、としておこう」
奇怪な杖を、仮面の男は揺らめかせた。
「……大太郎様の神徳を、受け継ぐ者である」
「馬鹿な! おぬしら、またしても邪教に身を委ねようと言うのか!」
「全てはな、宇羅の政の横暴なるが故よ」
「……違うね」
アレスが言った。
「お前ら結局、オニヒトが政権持ってるのが気に入らないんだ。だから、おかしな信仰に逃げ込む……ねえ帯刀殿、やっぱり殺しちゃって良くない? この連中」
可愛らしい顔が、ニコニコと歪んでいる。
「バカは殺してもいいってね、ジルヴェスター少将先生は言ってたよ……ああ、また乗りたいなあ。チャイルドギア……こいつら、轢き殺したいなあ」
●
大太郎様の社は、かつては豪奢な悦楽の館であった。
今は、周囲の森に埋れかけた廃墟である。
その森の中。廃墟に近い、とある場所で、地面が盛り上がった。
盛り上がった土の塊が砕け散り、崩れ落ち、ほっそりとした人影のようなものが出現した。
白骨死体、であった。首から上は、失われている。
頭蓋骨以外はほぼ全て揃った人骨が、ゆらりと歩み出す。濃密な瘴気を、新たな肉・臓物の如くまといながらだ。
同じようなものが、続々と地中より出現し、土をはねのけて立ち上がり歩き出す。
同じく首から上が欠落したもの。頭蓋から叩き割られたもの。鎖骨も胸骨も肋骨もひとまとめに切断されたもの。
様々に斬殺された屍が、白骨に新たな瘴気の肉をまとい、甦ったのだ。
その数、10体。村へと向かって、よろよろと揺らめき進む。村人たちに、己らと同じ死に様を晒させるべく。
社の主・金森幻龍は、幕府の侍・帯刀作左衛門によって首を刎ねられ、胴体のみ森の中に埋葬された。首は、作左衛門が討伐の証として持ち帰ったのだ。
埋葬されたものが今、還リビトと化していた。
かつて、この村には『大太郎様』と呼ばれる神がいた。近辺の村々を統べる、偉大な神だ。
村々の民は、大太郎様に生贄を捧げていた。
月に1度、幼い子供たちを大太郎様の社に置き去りにする。男の子と女の子を、数名ずつ。
大太郎様は、その子らを喰らって力を蓄える。蓄えた力で、村々を守ってくれる。
人間という生き物は、同調圧力に支配されると、そのような話を疑わぬようになってしまうのだ。
かように愚かな種族が、海の向こうでは『のうぶる』と呼ばれているらしい。
オニヒトの侍・帯刀作左衛門は、傍らの同行者に尋ねてみた。
「いかなる意味か」
『高貴な者……かな?』
同行者が、答えながらクスクスと笑う。
筋骨隆々たる作左衛門を遥かに上回る巨体。鋼の全身甲冑に身を包んだ、大男である。
その声は、しかし幼い。まだ変声期を迎えてもいない。
『パノプティコンもイ・ラプセルも、神様を信じながら殺し合ってる……それが要するに、高貴な振る舞いという事さ』
「なるほど。神を信ずる事、それがすなわち高貴さであると」
子供たちを生贄に捧げていた村人らも、己を敬虔なる神の信徒であると疑ってもいなかった。
大太郎様の代行者として村々に支配力を及ぼしていたのは、金森幻龍という神官であった。この男が、大太郎様の御言葉と称して様々な命令を乱発し、この辺り一帯において権勢を欲しいままにしていたのだ。
世で『神州ヤオヨロズ』と呼ばれる者たちの中でも、有数の勢力であった。その支配下にある村々は、宇羅幕府に納めるべきものを金森幻龍に貢いでいた。大太郎様の神徳恩恵を授かるために。
だから、討伐の対象となったのだ。
幕府の命を受けた帯刀作左衛門は単身、大太郎様の社に乗り込んだ。
金森幻龍に用心棒として雇われた浪人者たちを、作左衛門は片っ端から殺戮した。
そして、命乞いをする金森幻龍の首を刎ねた。
生贄の子供たちは皆、殺されていた。金森の、歪んだ享楽の餌食となったのだ。
結局のところ、生贄を要求する「大太郎様」なる神は存在しなかったのである。
村々は、宇羅幕府の直轄領となった。
にもかかわらず、年貢の納めが滞っている。またしても作左衛門が出向く事になったわけだが、今回は単身ではない。
この、鋼の巨漢が一緒である。
巨大な背中のどこかから、蒸気が噴出した。
『ねえ帯刀殿……殺しちゃっても、いいんだよね? 納税の義務を果たさない連中はさ』
「そうなるやも知れぬが待て。拙者が1人も殺さぬうちは、大人しくしておれよ」
『汚れ役は全部、僕たちヴィスマルク軍に押し付けてくれればいいのさ』
鋼の甲冑の中で、異国の少年は笑っている。
『友邦アマノホカリのために、僕たちはいくらでも手を汚してあげる。頼ってくれて、いいんだよ?』
「……乗っ取られぬ程度に、な」
異国と手を結ぶ。幕府の侍として、忸怩たるものがあるのは確かである。
だが。アマノホカリとて国である以上、他国との接触は避けられないのだ。
ざわめきが、両名を取り囲み始めた。
一見のどかな田園風景の中を、のしのしと威圧的に歩み進むオニヒトの侍と鋼の巨漢。人々が警戒するのは当然であった。
野良仕事をしていた農民たちが、ざわめきながら青ざめ、息を呑んでいる。
巨大な甲冑の、兜と胸甲が開いた。
1人の、小柄な少年が現れた。身を乗り出し、愉しげに叫ぶ。農民らに向かってだ。
「みんなぁー! 殺しちゃうよぉー!」
「よさぬかアレス・クィンス。貴公は口を閉じておれ」
年端もゆかぬ男の子が玩具の如く操る、機械仕掛けの歩行甲冑。これが、異国の技術なのだ。
夷狄だ何だと言って忌避するばかりでは、アマノホカリは取り残される一方なのである。
作左衛門は、歩みを止めた。
前方で、村の主だった人々が平伏している。作左衛門は、とりあえず声をかけた。
「久しいのう、村長よ。皆々、元気良く働いておる。田畑の実りも上々と見ゆるが、如何に」
「た、帯刀様……その節は、その節は」
「お世話になりました、なぁんて言いたいのかなぁ?」
ヴィスマルクの少年兵アレス・クィンスが、停止した歩行甲冑の上から言葉を投げる。
「助けてくれた帯刀殿をさぁ……あんたたち、裏切っちゃったりなんかして。何、このアマノホカリって国にはあれかな。感謝とか恩義とか、そーいうのはないワケ? 殺すよ?」
「黙っておれと言うに」
アレスを制するように、作左衛門は1歩、前に出た。
そして村人たちを見渡し、腹の底から声を発した。
「村の衆よ、年貢を納めなさい。邪教を棄て、宇羅の民として国に尽くす。皆々あの時、拙者にそう約束してくれたではないか」
「……恩を、売りに来られたのか。幕府の方よ」
村長らの後方から、不穏な一団が進み出て来た。
この不穏さには、覚えがある。作左衛門は、そう感じた。
「約束とは往々にして、立場の強き側が弱き側に押し付けるものとなりがちだ。そのような押し付け事を、守れと迫る……何と、恐ろしい行為であろうか」
一団の先頭に立つのは、斎服姿の男である。首から上は、色彩のおどろおどろしい奇怪な仮面。
作左衛門は思わず、抜き打ちの構えを取った。
「金森幻龍! ……いや、違うか?」
「我が名は、金森牢庵。幻龍の……縁者、としておこう」
奇怪な杖を、仮面の男は揺らめかせた。
「……大太郎様の神徳を、受け継ぐ者である」
「馬鹿な! おぬしら、またしても邪教に身を委ねようと言うのか!」
「全てはな、宇羅の政の横暴なるが故よ」
「……違うね」
アレスが言った。
「お前ら結局、オニヒトが政権持ってるのが気に入らないんだ。だから、おかしな信仰に逃げ込む……ねえ帯刀殿、やっぱり殺しちゃって良くない? この連中」
可愛らしい顔が、ニコニコと歪んでいる。
「バカは殺してもいいってね、ジルヴェスター少将先生は言ってたよ……ああ、また乗りたいなあ。チャイルドギア……こいつら、轢き殺したいなあ」
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大太郎様の社は、かつては豪奢な悦楽の館であった。
今は、周囲の森に埋れかけた廃墟である。
その森の中。廃墟に近い、とある場所で、地面が盛り上がった。
盛り上がった土の塊が砕け散り、崩れ落ち、ほっそりとした人影のようなものが出現した。
白骨死体、であった。首から上は、失われている。
頭蓋骨以外はほぼ全て揃った人骨が、ゆらりと歩み出す。濃密な瘴気を、新たな肉・臓物の如くまといながらだ。
同じようなものが、続々と地中より出現し、土をはねのけて立ち上がり歩き出す。
同じく首から上が欠落したもの。頭蓋から叩き割られたもの。鎖骨も胸骨も肋骨もひとまとめに切断されたもの。
様々に斬殺された屍が、白骨に新たな瘴気の肉をまとい、甦ったのだ。
その数、10体。村へと向かって、よろよろと揺らめき進む。村人たちに、己らと同じ死に様を晒させるべく。
社の主・金森幻龍は、幕府の侍・帯刀作左衛門によって首を刎ねられ、胴体のみ森の中に埋葬された。首は、作左衛門が討伐の証として持ち帰ったのだ。
埋葬されたものが今、還リビトと化していた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.還リビト(10体)の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
シリーズシナリオ『巨神の村』全5話中の第1話であります。
アマノホカリ、とある村はずれの森に、10体もの還リビトが出現しました。
瘴気をまとう白骨死体で、その瘴気を武器の如く振り回して攻撃を行います(魔遠単または範、BSカース1)。
前衛・後衛が各5体。
前衛中央が生前、邪教神官・金森幻龍であった個体で、他は一緒に斬殺・埋葬された用心棒です。能力に違いはありません。
場所は森の中、時間帯は昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
シリーズシナリオ『巨神の村』全5話中の第1話であります。
アマノホカリ、とある村はずれの森に、10体もの還リビトが出現しました。
瘴気をまとう白骨死体で、その瘴気を武器の如く振り回して攻撃を行います(魔遠単または範、BSカース1)。
前衛・後衛が各5体。
前衛中央が生前、邪教神官・金森幻龍であった個体で、他は一緒に斬殺・埋葬された用心棒です。能力に違いはありません。
場所は森の中、時間帯は昼。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2021年02月20日
2021年02月20日
†メイン参加者 5人†

●
いる、とセアラ・ラングフォード(CL3000634)は感じた。
足下から、地面から、地中から、とてつもなく巨大な気配が伝わって来る。
気配の主は、眠っている。何百年、何千年の眠りであろうか。旧古代神時代、あるいはそれ以前から続く眠りではないのか。
地の底で眠り続ける何者かの上に、やがて人間たちが住まい、村を作った。眠れる何かに『大太郎様』という名を与え、神として祀り、求められてもいない生贄を捧げるようになった。
「……ご迷惑で、ありましたでしょうね」
眠っているところ、ただひたすら人間たちから恩恵を要求されてきた何者かが、地の底に存在している。セアラは、まず労ってやりたい気分であった。
「大太郎様は、ただ眠っていただけ。罪はありません」
大気中のマナと自身の魔力を同調させ、深く静かに呼吸をしながら、『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が言った。
「大太郎様を拝んでた人たちにも、まあ罪はないと思います。ちょっと、おつむが弱いだけで」
前方に群れるものたちを、マリアは見据えた。
「そこへつけこんで、やらかした連中の……成れの果て、というわけですね」
白骨死体が、失った肉の代わりに瘴気をまとい、動いている。
10体いた。
頭蓋骨を失っているもの、片腕あるいは両腕が欠落しているもの、鎖骨も胸骨も肋骨もひとまとめに断ち切られているもの。
様々な形に斬殺された人々の屍が『還って』来たのだ。
斬殺の犠牲者10名を『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が観察する。
「こりゃまた派手にやられたもんだね。不謹慎かもだけど、いや壮観壮観」
白骨の断ち切られ具合を、カノンは見ているようであった。
「実に見事な斬り口だよ。これをやった人……腕前は、吾三郎さんと互角か」
「それ以上、ですね。下手すると」
言いつつ『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、綺麗な顎に片手を当てる。
「斬り殺されてから……3年くらいは経ってますね。元々この村にいた人たち、でしょうか?」
「……いや。金森幻龍が使っていた、用心棒だろう」
魔導器を掲げて何かを錬成しながら、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
金森幻龍。
眠れる神・大太郎様を、シャンバラのミトラースの如く祀り上げ、大いに私腹を肥やしていた人物。ならず者を用心棒として大勢雇い、無法を働いてもいたという。
還リビト10体に向けて、マグノリアは錬成したものを解放していた。
「幻龍本人も、この中にいるらしいが……どれかは、わからないな」
得体の知れぬ力が、死せる金森幻龍と用心棒たちを包み込む。劣化の概念、そのものであった。
「生きてた時から、ならず者と大差ない奴だったんだね! きっと」
言葉と共に、カノンが巨大化した。セアラには一瞬、そう見えた。
オニヒトの少女の小さな身体から、巨大な鬼神の姿が浮かび上がっていた。
鬼神の力が、自由騎士たちに宿ってゆく。自身の魔力の、燃え上がるような増強を、セアラは感じた。
筋骨たくましい鬼神が、エルシーの背中を押した、ように見えた。
鬼神の後押しを受けたエルシーが、吹っ飛んだように踏み込んで行く。
「せっかく埋葬されていたんだから、大人しく安らかに眠っていて下さい!」
アマノホカリにおける真夏の嵐……台風を思わせる、拳と蹴りの乱撃が、還リビトたちを猛襲していた。
そこへカノンも、攻撃を合わせてゆく。
「生きてた時と、同じ事! させるわけにはいかないっ!」
長くはない両脚が、瘴気の鎧まとう白骨死体たちに連続で叩き込まれる。
その様を見つめながらセアラは、鬼の力を得て燃え上がる己の魔力を、たおやかな全身に静かに行き渡らせていった。
「マグノリア様は……おわかり、でしょうか?」
「……ああ、いるね。大太郎様、と呼ばれる何かが」
マグノリアの細身からも、鬼神の鼓舞を受けて燃え盛る魔力が、今にも溢れ出しそうである。
「人間たちに、愚行の免罪符として利用されている……無念、だろうね」
「愚行は、私たちが止めます」
アマノホカリの神楽舞を、セアラは見た事があった。神に捧げる、奉納の舞い。
「大太郎様……どうか、御照覧あれ……」
今、この時だけは、セアラは眠れる神・大太郎様の巫女であった。
しとやかな巫女舞に合わせ、燃え盛る魔力が渦を巻きながら迸る。
「大太郎様……恐らくは、太古の幻想種。この国では、妖怪と呼ばれるもの」
セアラが差し伸べた片手を取って、マグノリアも舞う。燃え盛る魔力が、溢れ出して渦を巻く。
「……すまない。僕たちの戦いは、君を……目覚めさせて、しまうかも知れない」
2人分の魔力の大渦が、激しく燃え猛りながら還リビト10体を直撃する。
劣化の秘術で弱体化を遂げたところへ、エルシーとカノンによる打撃の嵐を喰らい、魔力の大渦巻を叩き込まれた。
それら全ての攻撃を、ゆっくりと押しのけるようにして、瘴気まとう骸骨たちは間合いを詰めて来る。
不気味に蠢く瘴気の鎧に、マリアが電磁力の奔流を叩き付けている。
「……強い、ですよ。この還リビトたち」
掲げた杖で、電磁力の嵐を制御しながら、マリアは呻いた。
「生前ただのゴロツキでしかなかった人たちが……とんでもない、怪物になってます」
「ここ最近、明らかにイブリースの強さが増していますねっ」
エルシーが、鉄山靠の動きで還リビトたちに突っ込んで行く。
片手で拳銃を形作り、繊細な指先で退魔弾を錬成しながら、マグノリアは呟いた。
「大詰めが近い、という事かな……神の蠱毒の、終わりの始まり……」
●
動く白骨死体たちを包む瘴気の鎧は、鎧であると同時に剣であり、槍であり、鞭であった。
様々な形に襲い来る瘴気が、カノンの小さく頑強な身体を切り苛み、打ち据える。
その度に、見たくもないものが脳内に流れ込んで来る。
「忘れえぬ、享楽の日々……ってわけ?」
吐血を噛み殺しながら、カノンは呻いた。
この還リビトたちの、生前の悪行。
数々のおぞましい行為が、カノンの頭の中で繰り返し繰り返し、再生される。
同じものを見せられているのであろうセアラが、
「そう……ですか。貴方がた、あの頃に帰りたい……と」
血に染まった美貌に、凜と気合いを漲らせた。
静かなる巫女舞が、静かなまま激しさを増した、ようにカノンには見えた。
「イブリースと化した時点で、生前の自我は失われる……にしても、妄執は残ってしまうのですね」
静かなる怒りと、それを上回る憐憫の思いを宿した魔力の大渦が、還リビトたちのまとう瘴気を削り取ってゆく。その下の白骨が、ひび割れてゆく。何体かが、そのまま砕け散る。
「何とも哀れな……せめて安らかに、永遠に、お眠り下さい」
「絶対永眠! ぜつ☆みん、ですよーッ!」
エルシーが、対照的な躍動の舞を披露した。獰猛な美脚が左右立て続けに一閃し、ひび割れた還リビトたちを強襲する。
緋色の衝撃光が、人骨の破片と共に飛散した。数体の還リビトが、粉々になっていた。
エルシーが、残心の構えを取る。
「新技の的になってくれた事、感謝しますよ。功徳を積みましたね」
「それでも君たちは地獄行きだろうけどねっ」
言葉と拳を、カノンは叩き込んだ。小さく頑強な身体が竜巻状に捻転し、鋭利な左拳が斬撃のように弧を描く。
会心の手応え、である。
動く白骨死体がまた1つ、瘴気の鎧もろとも砕けて吹っ飛んだ。
「回復をしていただく必要は、なさそうですね」
言いつつマリアが杖を振るい、風を起こす。涼やかな風。
それが、氷雪を含む冷気の暴風となり、還リビトの1体を凍らせて粉砕した。
「まあ、イブリースが強くなっているとは言っても」
「僕たちだって、怠けているわけではないからね……」
マグノリアが、存在しない弓を引き、存在しない弦を手放した。
魔力の矢が、存在を開始しながら飛翔した。
「……少しくらい怠けても良いのではないかな、とは思うけれど」
「少しくらい休憩したら、走り込みと型稽古いきましょうか」
エルシーがマグノリアの小さな肩を叩いている間。還リビトの最後の1体が、魔力の矢に穿たれ、砕け、崩壊していた。
エルシーが、頭を掻いた。
「やれやれ……今回、死に際の馬鹿力に出番はありませんでした」
「あんなのに頼ってたら、そのうち本当に死んじゃいますよ」
マリアが言うと、エルシーは人差し指を振った。
「そう言われるからね、今回ちょっと戦い方を考えてきたんですよ。破邪の力で攻撃力強化……それをやる前に終わっちゃいましたけどね。残念残念」
「まあ次回のお楽しみという事で。それにしても」
砕けた人骨が散乱する、森の中の光景を、カノンは見回した。
「……埋葬、し直しておく?」
「丁重に、葬ってあげましょうか。また還リビトにでもなったら面倒ですし」
言いつつエルシーが、還リビトたちの出て来た墓穴を掘り直す。カノンは手伝った。
他3名は、散らばった骨を拾い集めている。
マリアが、ぽつりと言った。
「まあ……どんな弔い方をしてもね。イブリース化は、起こる時には起こりますけどね」
「アクアディーネ様が」
セアラが、天を仰いだ。
「死せる人々の魂を、護り導いて下さるのであれば……良いのですが」
「この国に」
マリアが、マグノリアと顔を見合わせた。
「アクアディーネ様への信仰を、根付かせる……という事に、なってしまうんでしょうか。イ・ラプセルが」
「……この国には……神が、存在しないからね」
その事実を目の当たりにして確認したのは、この場にいる者の中ではマリアとマグノリアだけである。
「存在しない神を……『天朝様』として捏造し、狂乱に走る者たちもいる」
「私、いいと思いますよ。この国の人たちがアクアディーネ様を信仰してくれるようになれば、そんな事もなくなるでしょうから」
エルシーが言う。
「布教にうってつけの人材なら私、2人ほど知ってますよ」
カノンも知っている。1人は漫画書物を描き、1人は像を彫る。
埋葬の作業が、終わった。
墓石を置き直しながら、カノンは呟く。
「エルトンさんなら……この石に、アクアディーネ様の可愛い像でも彫ってくれるかな」
「うーん、あの人ですか。まあ、凄い人なのはわかりますけど」
マリアが呻く。
エルシーが、アクア神殿の教義の一節を暗唱し、祈りの印を結んだ。全員が、それに倣った。
「さて……と。どうします? あそこも、ちょっと調べてみましょうか?」
木立の向こう、森と一体化しかけている崩れかけの建造物に、エルシーは視線を投げた。
大太郎様の、社。今は廃墟でしかない。
「今回の揉め事、これで終わりとは思えませんからね。私たちが前情報として知っておくべき事、何か掴めるかも」
「掴めはせんよ。その中には、何もない」
声がした。
森を揺るがすような、足音も聞こえた。
「訊きたい事があるなら拙者が答えよう。マガツキを仕留めてくれた礼だ」
「貴方がたは……!」
セアラが息を呑む。
筋骨たくましいオニヒトの侍と、それを大きさで上回る鋼の巨体。木陰から、木を押しのけるようにして現れたところである。
「斬滅奉行・帯刀作左衛門と申す」
オニヒトの侍が名乗り、鋼の巨人が頭部と胸板を開いた。開閉装甲だった。
操縦席から、1人の小柄な少年が身を乗り出して来る。
「やあ自由騎士団の人たち。ジルヴェスター先生は元気にしてる? もう死刑にしちゃった?」
「そんな事はしない……今は、まだ」
会話に応じたのは、マグノリアだった。
「ヴィスマルク軍兵士アレス・クィンス……僕は、マグノリア・ホワイトという。君は、ジルヴェスター・エルトル・ウーリヒ少将を……助けたいのかな?」
「まさか」
少年兵アレス・クィンスは、即答した。
「ジルヴェスター先生は言ったよ。敗者を顧みるな、ってね……先生は、君たちに負けたんだ。刑死・獄死の覚悟くらい出来ているはずさ。助けるなんて失礼な事はしない。僕はただ、少将先生の教えを胸に戦い続けるだけだよ」
「君は……チャイルドギアに、適応してしまったんだね……」
マグノリアは、アレスを見つめた。
「君を、助けたい……などというのは、滑稽な思い上がりでしかないのだろうね……」
「難しい事を考えちゃ駄目だよ、それより今ここで僕と戦おう! 雑魚相手の戦いで、ちょっと暴れ足りてないのは見ればわかるぞ。力が有り余ってるなら、さあさあ、全力で」
「よさぬか」
帯刀作左衛門が、片手を上げた。
「……御無礼、容赦願いたい。マガツキをよく討滅する異国の面々というのは、おぬしらの事であるな」
「私たちは、単なる通りすがり……という事には、なりませんよね」
セアラが、優雅に苦笑した。
「貴方は……私たちを、斬らねばならないお立場?」
「今ここでそれを行うのは、命懸けであるな」
帯刀も、笑ったようだ。ニヤリと牙が見えた。
カノンは、社の廃墟に親指を向けた。
「……お社にいた人たちを、皆殺しにしたのは帯刀さん? 凄い腕だよね」
「マガツキにしてしまうようでは、まだまだよ。おぬしらには面倒をかけた」
「帯刀さんは」
マリアが訊いた。
「月堂血風斎という人を、ご存じですか?」
「1度、戦った」
「オニヒトがね、トラウマになってたみたいですけど……帯刀さん、苛めました?」
「斬っておくべきであった」
言いつつ帯刀が、強い眼差しを向けてくる。カノンに、マリアに。
「月堂がごとき輩……のうぶる、と呼ぶらしいな? おぬしらの国では。高貴なる種族と」
「あんなのと一緒にされたら困ります」
エルシーが言った。
「まあね、あんなのが決して少なくないのは事実ですけど」
「おぬしらが、高貴なる心の持ち主である事は認めよう」
帯刀の言葉はエルシーとセアラに、強い眼差しはカノンとマリアに、向けられている。
「だがな、ノウブルどもに国の治めを任せておく事は出来ぬ……オニヒトの娘2人よ、拙者と共に来い。宇羅幕府に仕えるのだ。おぬしらの力であれば、栄達が叶うであろう」
「うん、栄達とかは別に望んでないから」
カノンは即答し、マリアも言った。
「私、この国の出身です。9歳の時に家族共々、イ・ラプセルへ引っ越しました。両親は詳しい事を教えてくれませんが……もしかしたら幕府の方々と上手くいかなかったんじゃないかって私、最近思ってます」
「上手くゆくよう拙者が取り計らってやる」
「お気持ちだけ、いただいておきましょう」
帯刀の眼光を、マリアはまっすぐに受け止めていた。
「……帯刀さん。私、貴方の言葉の節々から選民意識みたいなものを感じてしまいます。そんなオニヒトは見たくありません」
「選民だと? ふん、誰がオニヒトを選んでくれると言うのだ。神か? アマノホカリか?」
帯刀の口調に、武張った顔に、いくらか凶暴なものが出始めた。
「オニヒトはな、選ばれなかったのだ。だから自力で這い上がるしかなかった。ノウブルどもの引き起こした戦乱の世を、力で統一するしかなかったのだよ」
「……長らく、この国ではオニヒトが差別を受けていた」
マグノリアが語る。
「卑しき鬼と蔑まれ、石を投げられ、野の獣も同然に扱われていた……一方ノウブルは天津朝廷という支配階級にあって富貴を独占し、享楽を追い求め、やがて戦乱を引き起こした。血で血を洗う千国時代……それを終わらせたのは、被差別民であったオニヒトの棟梁・宇羅一族」
「お互い様、だと思いますよ。宇羅の方々も、千国統一の過程で……それはもう色々、やらかしたそうじゃないですか」
マリアが、はっきりと帯刀を睨みつける。
「あんまり被害者面をするのも、どうかと思います」
「戦乱を終わらせたるは宇羅一族……我らが神君・宇羅明炉公であらせられる。それだけは否定させぬぞ」
「否定はしない。宇羅の偉業を、僕も否定はさせない」
帯刀の言葉に、マグノリアが応えた。
「ヒトが、本当の意味で分かり合う事……全てを共有するという意味だけではなく、互いが信じた領域を認めあう事は……ヒトに私欲がある限り不可能なのだろうか、と僕は思い始めていた。ならば、その私欲を……権力と暴力で、上から押さえつける。制限をかける。宇羅将軍家の、その手法は……間違い、ではないのかも知れない。帯刀作左衛門、君も」
「さよう。いざとなれば権力と暴力を使わねばならぬ……この村々の民を、斬って捨てねばならなくなる。金森幻龍一党の如く、な」
「……もしかして。それを、やっちゃった後だったりする?」
カノンは訊いた。
「村の人たちと、ちょっと一触即発だったみたいだけど」
「見たところ、何とか話し合いで済んだみたいですね。血を流した気配は、ありません」
エルシーが、いくらか不穏な微笑みを浮かべる。
「……その調子でいきましょう。お互いに、ね」
「帯刀様。この地では、大いなる方が眠っておられます」
セアラが言った。
「この地は、オニヒトでもノウブルでもなく、元々はその方のものです。血を流すような争い事は……大いなる先住者を、踏みにじる行いにしかなりません。どうか」
「眠ったままの先住者など、知らぬ」
帯刀が背を向け、歩き出す。アレスが、それに続く。
歩き出した鋼の巨体を従えたまま、帯刀はなおも言った。
「姿を消したままの神など、知らぬ。今更戻ったところで、任せられる事などないわ」
言葉だけを残し、帯刀作左衛門は立ち去って行く。
「忘れるな。ここアマノホカリは今や、我らオニヒトの国……鬼の、統べる国よ」
いる、とセアラ・ラングフォード(CL3000634)は感じた。
足下から、地面から、地中から、とてつもなく巨大な気配が伝わって来る。
気配の主は、眠っている。何百年、何千年の眠りであろうか。旧古代神時代、あるいはそれ以前から続く眠りではないのか。
地の底で眠り続ける何者かの上に、やがて人間たちが住まい、村を作った。眠れる何かに『大太郎様』という名を与え、神として祀り、求められてもいない生贄を捧げるようになった。
「……ご迷惑で、ありましたでしょうね」
眠っているところ、ただひたすら人間たちから恩恵を要求されてきた何者かが、地の底に存在している。セアラは、まず労ってやりたい気分であった。
「大太郎様は、ただ眠っていただけ。罪はありません」
大気中のマナと自身の魔力を同調させ、深く静かに呼吸をしながら、『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が言った。
「大太郎様を拝んでた人たちにも、まあ罪はないと思います。ちょっと、おつむが弱いだけで」
前方に群れるものたちを、マリアは見据えた。
「そこへつけこんで、やらかした連中の……成れの果て、というわけですね」
白骨死体が、失った肉の代わりに瘴気をまとい、動いている。
10体いた。
頭蓋骨を失っているもの、片腕あるいは両腕が欠落しているもの、鎖骨も胸骨も肋骨もひとまとめに断ち切られているもの。
様々な形に斬殺された人々の屍が『還って』来たのだ。
斬殺の犠牲者10名を『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が観察する。
「こりゃまた派手にやられたもんだね。不謹慎かもだけど、いや壮観壮観」
白骨の断ち切られ具合を、カノンは見ているようであった。
「実に見事な斬り口だよ。これをやった人……腕前は、吾三郎さんと互角か」
「それ以上、ですね。下手すると」
言いつつ『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、綺麗な顎に片手を当てる。
「斬り殺されてから……3年くらいは経ってますね。元々この村にいた人たち、でしょうか?」
「……いや。金森幻龍が使っていた、用心棒だろう」
魔導器を掲げて何かを錬成しながら、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
金森幻龍。
眠れる神・大太郎様を、シャンバラのミトラースの如く祀り上げ、大いに私腹を肥やしていた人物。ならず者を用心棒として大勢雇い、無法を働いてもいたという。
還リビト10体に向けて、マグノリアは錬成したものを解放していた。
「幻龍本人も、この中にいるらしいが……どれかは、わからないな」
得体の知れぬ力が、死せる金森幻龍と用心棒たちを包み込む。劣化の概念、そのものであった。
「生きてた時から、ならず者と大差ない奴だったんだね! きっと」
言葉と共に、カノンが巨大化した。セアラには一瞬、そう見えた。
オニヒトの少女の小さな身体から、巨大な鬼神の姿が浮かび上がっていた。
鬼神の力が、自由騎士たちに宿ってゆく。自身の魔力の、燃え上がるような増強を、セアラは感じた。
筋骨たくましい鬼神が、エルシーの背中を押した、ように見えた。
鬼神の後押しを受けたエルシーが、吹っ飛んだように踏み込んで行く。
「せっかく埋葬されていたんだから、大人しく安らかに眠っていて下さい!」
アマノホカリにおける真夏の嵐……台風を思わせる、拳と蹴りの乱撃が、還リビトたちを猛襲していた。
そこへカノンも、攻撃を合わせてゆく。
「生きてた時と、同じ事! させるわけにはいかないっ!」
長くはない両脚が、瘴気の鎧まとう白骨死体たちに連続で叩き込まれる。
その様を見つめながらセアラは、鬼の力を得て燃え上がる己の魔力を、たおやかな全身に静かに行き渡らせていった。
「マグノリア様は……おわかり、でしょうか?」
「……ああ、いるね。大太郎様、と呼ばれる何かが」
マグノリアの細身からも、鬼神の鼓舞を受けて燃え盛る魔力が、今にも溢れ出しそうである。
「人間たちに、愚行の免罪符として利用されている……無念、だろうね」
「愚行は、私たちが止めます」
アマノホカリの神楽舞を、セアラは見た事があった。神に捧げる、奉納の舞い。
「大太郎様……どうか、御照覧あれ……」
今、この時だけは、セアラは眠れる神・大太郎様の巫女であった。
しとやかな巫女舞に合わせ、燃え盛る魔力が渦を巻きながら迸る。
「大太郎様……恐らくは、太古の幻想種。この国では、妖怪と呼ばれるもの」
セアラが差し伸べた片手を取って、マグノリアも舞う。燃え盛る魔力が、溢れ出して渦を巻く。
「……すまない。僕たちの戦いは、君を……目覚めさせて、しまうかも知れない」
2人分の魔力の大渦が、激しく燃え猛りながら還リビト10体を直撃する。
劣化の秘術で弱体化を遂げたところへ、エルシーとカノンによる打撃の嵐を喰らい、魔力の大渦巻を叩き込まれた。
それら全ての攻撃を、ゆっくりと押しのけるようにして、瘴気まとう骸骨たちは間合いを詰めて来る。
不気味に蠢く瘴気の鎧に、マリアが電磁力の奔流を叩き付けている。
「……強い、ですよ。この還リビトたち」
掲げた杖で、電磁力の嵐を制御しながら、マリアは呻いた。
「生前ただのゴロツキでしかなかった人たちが……とんでもない、怪物になってます」
「ここ最近、明らかにイブリースの強さが増していますねっ」
エルシーが、鉄山靠の動きで還リビトたちに突っ込んで行く。
片手で拳銃を形作り、繊細な指先で退魔弾を錬成しながら、マグノリアは呟いた。
「大詰めが近い、という事かな……神の蠱毒の、終わりの始まり……」
●
動く白骨死体たちを包む瘴気の鎧は、鎧であると同時に剣であり、槍であり、鞭であった。
様々な形に襲い来る瘴気が、カノンの小さく頑強な身体を切り苛み、打ち据える。
その度に、見たくもないものが脳内に流れ込んで来る。
「忘れえぬ、享楽の日々……ってわけ?」
吐血を噛み殺しながら、カノンは呻いた。
この還リビトたちの、生前の悪行。
数々のおぞましい行為が、カノンの頭の中で繰り返し繰り返し、再生される。
同じものを見せられているのであろうセアラが、
「そう……ですか。貴方がた、あの頃に帰りたい……と」
血に染まった美貌に、凜と気合いを漲らせた。
静かなる巫女舞が、静かなまま激しさを増した、ようにカノンには見えた。
「イブリースと化した時点で、生前の自我は失われる……にしても、妄執は残ってしまうのですね」
静かなる怒りと、それを上回る憐憫の思いを宿した魔力の大渦が、還リビトたちのまとう瘴気を削り取ってゆく。その下の白骨が、ひび割れてゆく。何体かが、そのまま砕け散る。
「何とも哀れな……せめて安らかに、永遠に、お眠り下さい」
「絶対永眠! ぜつ☆みん、ですよーッ!」
エルシーが、対照的な躍動の舞を披露した。獰猛な美脚が左右立て続けに一閃し、ひび割れた還リビトたちを強襲する。
緋色の衝撃光が、人骨の破片と共に飛散した。数体の還リビトが、粉々になっていた。
エルシーが、残心の構えを取る。
「新技の的になってくれた事、感謝しますよ。功徳を積みましたね」
「それでも君たちは地獄行きだろうけどねっ」
言葉と拳を、カノンは叩き込んだ。小さく頑強な身体が竜巻状に捻転し、鋭利な左拳が斬撃のように弧を描く。
会心の手応え、である。
動く白骨死体がまた1つ、瘴気の鎧もろとも砕けて吹っ飛んだ。
「回復をしていただく必要は、なさそうですね」
言いつつマリアが杖を振るい、風を起こす。涼やかな風。
それが、氷雪を含む冷気の暴風となり、還リビトの1体を凍らせて粉砕した。
「まあ、イブリースが強くなっているとは言っても」
「僕たちだって、怠けているわけではないからね……」
マグノリアが、存在しない弓を引き、存在しない弦を手放した。
魔力の矢が、存在を開始しながら飛翔した。
「……少しくらい怠けても良いのではないかな、とは思うけれど」
「少しくらい休憩したら、走り込みと型稽古いきましょうか」
エルシーがマグノリアの小さな肩を叩いている間。還リビトの最後の1体が、魔力の矢に穿たれ、砕け、崩壊していた。
エルシーが、頭を掻いた。
「やれやれ……今回、死に際の馬鹿力に出番はありませんでした」
「あんなのに頼ってたら、そのうち本当に死んじゃいますよ」
マリアが言うと、エルシーは人差し指を振った。
「そう言われるからね、今回ちょっと戦い方を考えてきたんですよ。破邪の力で攻撃力強化……それをやる前に終わっちゃいましたけどね。残念残念」
「まあ次回のお楽しみという事で。それにしても」
砕けた人骨が散乱する、森の中の光景を、カノンは見回した。
「……埋葬、し直しておく?」
「丁重に、葬ってあげましょうか。また還リビトにでもなったら面倒ですし」
言いつつエルシーが、還リビトたちの出て来た墓穴を掘り直す。カノンは手伝った。
他3名は、散らばった骨を拾い集めている。
マリアが、ぽつりと言った。
「まあ……どんな弔い方をしてもね。イブリース化は、起こる時には起こりますけどね」
「アクアディーネ様が」
セアラが、天を仰いだ。
「死せる人々の魂を、護り導いて下さるのであれば……良いのですが」
「この国に」
マリアが、マグノリアと顔を見合わせた。
「アクアディーネ様への信仰を、根付かせる……という事に、なってしまうんでしょうか。イ・ラプセルが」
「……この国には……神が、存在しないからね」
その事実を目の当たりにして確認したのは、この場にいる者の中ではマリアとマグノリアだけである。
「存在しない神を……『天朝様』として捏造し、狂乱に走る者たちもいる」
「私、いいと思いますよ。この国の人たちがアクアディーネ様を信仰してくれるようになれば、そんな事もなくなるでしょうから」
エルシーが言う。
「布教にうってつけの人材なら私、2人ほど知ってますよ」
カノンも知っている。1人は漫画書物を描き、1人は像を彫る。
埋葬の作業が、終わった。
墓石を置き直しながら、カノンは呟く。
「エルトンさんなら……この石に、アクアディーネ様の可愛い像でも彫ってくれるかな」
「うーん、あの人ですか。まあ、凄い人なのはわかりますけど」
マリアが呻く。
エルシーが、アクア神殿の教義の一節を暗唱し、祈りの印を結んだ。全員が、それに倣った。
「さて……と。どうします? あそこも、ちょっと調べてみましょうか?」
木立の向こう、森と一体化しかけている崩れかけの建造物に、エルシーは視線を投げた。
大太郎様の、社。今は廃墟でしかない。
「今回の揉め事、これで終わりとは思えませんからね。私たちが前情報として知っておくべき事、何か掴めるかも」
「掴めはせんよ。その中には、何もない」
声がした。
森を揺るがすような、足音も聞こえた。
「訊きたい事があるなら拙者が答えよう。マガツキを仕留めてくれた礼だ」
「貴方がたは……!」
セアラが息を呑む。
筋骨たくましいオニヒトの侍と、それを大きさで上回る鋼の巨体。木陰から、木を押しのけるようにして現れたところである。
「斬滅奉行・帯刀作左衛門と申す」
オニヒトの侍が名乗り、鋼の巨人が頭部と胸板を開いた。開閉装甲だった。
操縦席から、1人の小柄な少年が身を乗り出して来る。
「やあ自由騎士団の人たち。ジルヴェスター先生は元気にしてる? もう死刑にしちゃった?」
「そんな事はしない……今は、まだ」
会話に応じたのは、マグノリアだった。
「ヴィスマルク軍兵士アレス・クィンス……僕は、マグノリア・ホワイトという。君は、ジルヴェスター・エルトル・ウーリヒ少将を……助けたいのかな?」
「まさか」
少年兵アレス・クィンスは、即答した。
「ジルヴェスター先生は言ったよ。敗者を顧みるな、ってね……先生は、君たちに負けたんだ。刑死・獄死の覚悟くらい出来ているはずさ。助けるなんて失礼な事はしない。僕はただ、少将先生の教えを胸に戦い続けるだけだよ」
「君は……チャイルドギアに、適応してしまったんだね……」
マグノリアは、アレスを見つめた。
「君を、助けたい……などというのは、滑稽な思い上がりでしかないのだろうね……」
「難しい事を考えちゃ駄目だよ、それより今ここで僕と戦おう! 雑魚相手の戦いで、ちょっと暴れ足りてないのは見ればわかるぞ。力が有り余ってるなら、さあさあ、全力で」
「よさぬか」
帯刀作左衛門が、片手を上げた。
「……御無礼、容赦願いたい。マガツキをよく討滅する異国の面々というのは、おぬしらの事であるな」
「私たちは、単なる通りすがり……という事には、なりませんよね」
セアラが、優雅に苦笑した。
「貴方は……私たちを、斬らねばならないお立場?」
「今ここでそれを行うのは、命懸けであるな」
帯刀も、笑ったようだ。ニヤリと牙が見えた。
カノンは、社の廃墟に親指を向けた。
「……お社にいた人たちを、皆殺しにしたのは帯刀さん? 凄い腕だよね」
「マガツキにしてしまうようでは、まだまだよ。おぬしらには面倒をかけた」
「帯刀さんは」
マリアが訊いた。
「月堂血風斎という人を、ご存じですか?」
「1度、戦った」
「オニヒトがね、トラウマになってたみたいですけど……帯刀さん、苛めました?」
「斬っておくべきであった」
言いつつ帯刀が、強い眼差しを向けてくる。カノンに、マリアに。
「月堂がごとき輩……のうぶる、と呼ぶらしいな? おぬしらの国では。高貴なる種族と」
「あんなのと一緒にされたら困ります」
エルシーが言った。
「まあね、あんなのが決して少なくないのは事実ですけど」
「おぬしらが、高貴なる心の持ち主である事は認めよう」
帯刀の言葉はエルシーとセアラに、強い眼差しはカノンとマリアに、向けられている。
「だがな、ノウブルどもに国の治めを任せておく事は出来ぬ……オニヒトの娘2人よ、拙者と共に来い。宇羅幕府に仕えるのだ。おぬしらの力であれば、栄達が叶うであろう」
「うん、栄達とかは別に望んでないから」
カノンは即答し、マリアも言った。
「私、この国の出身です。9歳の時に家族共々、イ・ラプセルへ引っ越しました。両親は詳しい事を教えてくれませんが……もしかしたら幕府の方々と上手くいかなかったんじゃないかって私、最近思ってます」
「上手くゆくよう拙者が取り計らってやる」
「お気持ちだけ、いただいておきましょう」
帯刀の眼光を、マリアはまっすぐに受け止めていた。
「……帯刀さん。私、貴方の言葉の節々から選民意識みたいなものを感じてしまいます。そんなオニヒトは見たくありません」
「選民だと? ふん、誰がオニヒトを選んでくれると言うのだ。神か? アマノホカリか?」
帯刀の口調に、武張った顔に、いくらか凶暴なものが出始めた。
「オニヒトはな、選ばれなかったのだ。だから自力で這い上がるしかなかった。ノウブルどもの引き起こした戦乱の世を、力で統一するしかなかったのだよ」
「……長らく、この国ではオニヒトが差別を受けていた」
マグノリアが語る。
「卑しき鬼と蔑まれ、石を投げられ、野の獣も同然に扱われていた……一方ノウブルは天津朝廷という支配階級にあって富貴を独占し、享楽を追い求め、やがて戦乱を引き起こした。血で血を洗う千国時代……それを終わらせたのは、被差別民であったオニヒトの棟梁・宇羅一族」
「お互い様、だと思いますよ。宇羅の方々も、千国統一の過程で……それはもう色々、やらかしたそうじゃないですか」
マリアが、はっきりと帯刀を睨みつける。
「あんまり被害者面をするのも、どうかと思います」
「戦乱を終わらせたるは宇羅一族……我らが神君・宇羅明炉公であらせられる。それだけは否定させぬぞ」
「否定はしない。宇羅の偉業を、僕も否定はさせない」
帯刀の言葉に、マグノリアが応えた。
「ヒトが、本当の意味で分かり合う事……全てを共有するという意味だけではなく、互いが信じた領域を認めあう事は……ヒトに私欲がある限り不可能なのだろうか、と僕は思い始めていた。ならば、その私欲を……権力と暴力で、上から押さえつける。制限をかける。宇羅将軍家の、その手法は……間違い、ではないのかも知れない。帯刀作左衛門、君も」
「さよう。いざとなれば権力と暴力を使わねばならぬ……この村々の民を、斬って捨てねばならなくなる。金森幻龍一党の如く、な」
「……もしかして。それを、やっちゃった後だったりする?」
カノンは訊いた。
「村の人たちと、ちょっと一触即発だったみたいだけど」
「見たところ、何とか話し合いで済んだみたいですね。血を流した気配は、ありません」
エルシーが、いくらか不穏な微笑みを浮かべる。
「……その調子でいきましょう。お互いに、ね」
「帯刀様。この地では、大いなる方が眠っておられます」
セアラが言った。
「この地は、オニヒトでもノウブルでもなく、元々はその方のものです。血を流すような争い事は……大いなる先住者を、踏みにじる行いにしかなりません。どうか」
「眠ったままの先住者など、知らぬ」
帯刀が背を向け、歩き出す。アレスが、それに続く。
歩き出した鋼の巨体を従えたまま、帯刀はなおも言った。
「姿を消したままの神など、知らぬ。今更戻ったところで、任せられる事などないわ」
言葉だけを残し、帯刀作左衛門は立ち去って行く。
「忘れるな。ここアマノホカリは今や、我らオニヒトの国……鬼の、統べる国よ」