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かつてヒーローだった還リビト



●もう終わったはずの物語
 ギシ……
 ギシ……
 ギギギギギ……

 音がする。
 軋んだ音がする。

 それは一体何の音か。
 恨みの音か。
 嘆きの音か。
 大いに水気を含んだ、硬く軋む鋼鉄の音。
 それは、旧ヘルメリア王都に続く山道から聞こえてくるものだった。

 山と山に挟まれた細い道を塞ぐものがある。
 それはかつて自由騎士と激闘を繰り広げた一人の戦士の墓標。
 そして、見事に山肌に食い込んで誰も動かせぬようになってしまった、鋼の壁。

 プロメテウスと呼ばれた護国の機神だったもの。
 エピメテウスを名乗った護国の鬼神だったもの。

 だが彼は死んだはずだ。
 彼の魂を受け継いだ者達も、ついに倒れたはずだ。
 なのに――、

 ギシ……
 ギシ……
 ギギギギギ……

 音がする。
 軋んだ音がする。
 恨みか、嘆きか、それはわからない。
 ただわかっているのは、今は山肌に食い込んで動けないそれが、再び動き出した。
 それは確かである、ということだ。

「話半ばに聞いていたけど、まさか、本当に……?」
 かつて訪れたそこに再びやってきたマリアンナ・オリヴェルが、軋むそれを見上げる。
 最精鋭の自由騎士達が死力を尽くすことでようやく倒したヘルメリアの英雄。
 そう、倒したはずだ。倒したはずなのだ。
 しかし、何故また動き出そうとしている。どうして。
「おそらく、蘇ったとしか……」
 同行してきた自由騎士の一人が、山肌に食い込むプロメテウスを見上げた。
 機体がここから動かせない上、搭乗者が機体と一体化していることからその亡骸も放置せざるを得なかった。それが、おそらくは還リビト化している。
「当然と言えば当然かもしれないが、な」
 自由騎士は言う。
 プロメテウスの搭乗者は――、『彼』は、そこに多くの想いを渦巻かせて、最後の戦いに望んでいたはずだから。
「さて、どうする?」
 ここに来て、自由騎士達が選ぶべき道はおそらく三つ。
 一つめ、機体内部に存在するであろう『彼』を問答無用で叩き潰す。
 これは、やろうと思えばすぐに達成できるはずだ。
 見ての通り、残骸と化したプロメテウスは動けない。外から攻撃を加えれば、いかに堅牢と言えども中にあるものを破壊するのはたやすいだろう。
 後顧を憂うならば、最も安全な策である。
 二つめ、プロメテウスをその場に押しとどめている山肌を砕き、動きを取り戻させる。
 そうすることでプロメテウスが何をしようとしているのか、それを見極める。
 いかにプロメテウスであろうと、激しい戦闘の末すでにその機体は壊れかけている。いざ戦闘となっても、今の自由騎士であれば破壊することができるだろう。
 ただし、『彼』が還リビト化していることが予想されるため、或いは未知の能力を持っている可能性もある。それは注意が必要だろう。
 三つめ、何もしない。
 文字通り、自由騎士は何もしない。プロメテウスが少し軋んだところで、機体は山肌に完全に食い込んでいる。動けるようになるには、年単位の時間が必要になるだろう。
 だったら今すぐどうにかする必要はない。
 プロメテウスが動き出したら、そのときに改めて対処すればいい。
 さて、自由騎士が選ぶ道は――?


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
吾語
■成功条件
1.動き出したプロメテウスの残骸に対処する
機体にお応えして(誤字に非ず)吾語です。
ヤツが還ってきました。ただし、どういう状態でかは不明。

参加者の皆さんは下記の3つの選択肢より1つを選んでください。
なお、選択肢は参加者全体での総意となります。
参加者Aは○○を選んで参加者Bは××を選ぶ、は、なしでお願いします。

場合によっては戦闘に発展する可能性もあるかもしれないしないかもしれない。
もし戦闘に発展した場合の難易度はハード相当っぽいです。
では、以下、選択肢。

1.機体が動けない状態から撃破する

2.機体を動ける状態にして行動を見極める

3.今のところは一切不干渉で手出ししない

それぞれの意味合いについてはOPに書いてある通りです。
皆さんが選ぶ選択肢によって、リプレイがガラッと変わるシナリオです。
担当STとしては、今回は心情重視のプレイングをお勧めします。

では、よろしくおねがいしまーす。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
8/8
公開日
2020年06月04日

†メイン参加者 8人†



●そこはかつて戦場だった
 ギシ……
 ギシ……
 ギギギギギ……

 音がする。
 軋んだ音がする。
 今も、決してやむことなく。
「彼が、果たして何をしようとしているのか、だ」
 山肌に挟まって動けないでいるプロメテウスの残骸を見上げ、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)がまずはそれを考える。
「ええ、それを確かめる必要があります。……彼に、今も正義があるのかどうか」
 テオドールの隣に並び立ち、『マスクド・パスター』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が神妙な面持ちで言葉を紡いだ。
 それは、何もアンジェリカだけが思っていることではない。
「…………」
 無言でプロメテウスを眺めている『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)なども含めた、全員が思っていることの代弁でもあった。
「ただヘルメリアに帰りたいというのならば問題はない。しかし――」
「そうだな。もしまだ戦うつもりであれば、放置はできない」
 『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)の危惧に、『水銀を伝えし者』リュリュ・ロジェ(CL3000117)もまた同調する。
「もう、戦いたくはないです」
 両手を祈る形に握って、『望郷のミンネザング』キリ・カーレント(CL3000547)が苦しげに表情をゆがめて呻く。彼女はプロメテウスの中にいる男が嫌いではなかった。
 しかし、還リビトであるならば、民草に被害を与える可能性は十分に考えられた。
 もし、中にいる彼がそうしたモノになり果てていたならば――。
 そのときは、戦わざるを得まい。自由騎士として。
「ここにいる全員が、彼に何某かの想いを抱いているのがわかるな……」
 周りにいる仲間の話を聞きながら、『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)がひとりごちる。
 ここに集まった自由騎士の中で、唯一彼だけはプロメテウスの中にいる者について詳しいことを知らない。だからこそ、詩人としてそれを知りに来たのだ。
 そして――、
「……かつてヒーローを名乗った者の成れの果て、か」
 乾いた声で、『機神殺し』ザルク・ミステル(CL3000067)が呟いた。
 プロメテウスの中にいるものを殺した男。
 それが彼だ。
 そして今や人生の絶頂を迎えつつあるザルクは、今、何を考えるのか。
「……回収してなかったんだな、残骸」
「そんな余裕など一体どこにあるというのだね」
 彼の疑問を聞いて、テオドールが肩をすくめる。
「ヘルメリアとの最終決戦からそれなりに日が空いたが、それは余裕ができたということではない。パノプティコンやヴィスマルクとの件もあることだしな。この言い方は私自身あまり好むところではないが――『終わったこと』に手を出せるだけの余力を、我々はまだ持てていない。国力が上がろうと、それに馴染めていないのだ」
「――国のお偉方は大変だな」
「なぁに、それを乗り切るだけの活力なら、我がいとしき妻がくれるさ」
 笑うテオドールに、同じく妻帯者となったザルクも「それはわかるよ」と苦笑い。
「そろそろ、始めましょう。みんな」
 会話が一段落したところで、マリアンナが皆に促す。
「ああ。見届けようじゃないか。ヒーローの行き先を」
 アデルもそれに同意し、そして、プロメテウスを解放するための作業が始まった。

●鋼の巨人を解き放つ
「……前言を撤回するぜ」
 プロメテウス解放作業が始まって数分、ザルクがうんざり顔で眉をしかめる。
「確かにこりゃあ難物だ。簡単な話じゃなかったな」
 彼が思わずそう言ってしまうくらい、プロメテウスの巨体は山肌にしっかり食い込んでいたのだ。元々、それは中にいる彼が自由騎士への最後の抵抗として、自らを壁とするためにしたこと。そうそう簡単に外れるはずがないのだ。
「あの英雄の意志の強さの表われでもある」
 すでにそれを知っていたテオドールが、そう告げる。
 彼は元より、この解放作業が簡単に行くとは思っていなかった。
「こ、の!」
 キリが、岩肌に勢いよく盾を叩きつける。
 しかしそれは、あまり効果的とは言えないようで、何度も叩きつけてやっとかすかに崩れる程度。どうやら、この辺りはそもそも土壌からして頑固なようだ。
「憎たらしいほどにベストな位置取りだ。動かしにくい、という意味ではな」
 突撃槍を岩にぶつけているアデルですら、そんな愚痴をこぼしている。
「元より戦う準備は済ませておりましたが……」
 アンジェリカも、そう呟きながら大剣を岩肌に叩きつけた。
 徐々に、本当に徐々に、プロメテウスを戒めている山肌が取り除かれていく。
 しかしそれは何というか、どこまでも地味な土木作業だった。
「力を得た自由騎士といえども、何でも思うようにはいかない、ということですね」
「つまり、いつも通りの我々ということだ」
 岩壁に向かって拳を振るうミルトスに、ロジェが応えて苦笑する。
 全くその通りだ、と、何人かがそれに同調した。
 だが、認めたところで状況が変わるはずもなく、土木作業は続く。
 そのうち、リュエルが口を開いた。
「今のうちに話を聞いておきたいんだが」
 彼は吟遊詩人だ。
 プロメテウスの中にいる者を詩にするべく、今回参加している。
「エイドリアン・カーティス・マルソーとは、どんな人間だったんだ?」
 彼としては絶対に知っておかなければならないことだ。
「……難しい質問だ」
 しかし、近くにいたアデルがその問いに若干言い淀む。
「英雄であることに疑いはない。だが、少しばかり――、頭がおかしかったな」
「ああ、うむ……」
 テオドールもそれに消極的な賛同を示す。
「確かに、頭がおかしかったな。……あれも色々と理由があったのだろうが」
「でも頭はおかしかったですね」
 さらにミルトスまでもがそれに追随する。
「……そうか、彼は頭がおかしかったんだな」
 釈然としないものを感じつつ、ヨシュアはそれを記憶にとどめた。
「そうですね、あとは、正義の味方でした」
 アンジェリカが感慨深げにそう語る。
「正義……」
「フン、どうにも話を聞く限り、そうらしいな」
 ザルクが鼻を鳴らした。
「そんなコテコテのヒーローなんぞ、気に食わないばかりだがな」
 イ・ラプセルきってのアウトローとも呼ぶべき彼の反応から、リュエルは「なるほど、そこまで正義の味方なのか」と逆説的な説得力を感じ取った。
「そうですね……」
 何かを思い出すように、呟くミルトス。
「彼の信念(せいぎ)は本当に素晴らしいものでした。そう、全てを振り切って私の中の悦楽(あく)をぶつけるに値する、本物の英雄でしたね」
 フッと彼女が浮かべる笑みに、聞いているリュエルがちょっとうすら寒いものを感じる。見ていたテオドールが、そこでコホンと咳ばらいを一つ。
「ホワイトカラント嬢……、その、何だ。殺気を漏らすのはやめてほしいのだが」
「あら、すみません。つい――」
 つい、何だというのか。
 見目麗しいシスター姿のミルトスだが、その中身を垣間見てリュエルは「人は外見では推し量れない」ということを痛感するのだった。
「エイダーさんは立派な方です。キリだったらあそこまで国のために身を捧げられるかどうかわからない。そう思えるくらいの人でした」
 キリは、エイドリアンをかなり評価しているようだった。
 彼女の話を聞きながら、もし、プロメテウスの中にいる彼がヘルメリアではなくイ・ラプセルにいたならば、と、ついついそんな想像をしてしまうリュエルであった。
 ガツン、と、重い音がする。
 話を聞きながら作業を進めるうち、山肌がついに大きく崩れ始めた。

 ギシ……、ギギ、ギギギギ……、グギギギギギギ……!

 プロメテウスが鳴らす軋みが、ここで一気に大きくなる。
「動くぞ!」
 アデルの叫びに、自由騎士達が一斉に散開する。
 直後、プロメテウスをつっかえさせている最後の岩場が動こうとする圧力に負けて崩れ、破片が地面に向かって落下した。そして、

 ゴゴ、ギゴゴゴゴゴゴ……!

 耳障りな金属の軋み音を派手に鳴らしながら、プロメテウスがついに動き出さんとする。
 しかし、直後にその巨体は傾いた。
「……倒れる!」
 誰が言ったかその叫び。
 そして、自由騎士達が見ている前で、錆びついた鋼の巨神は傾き、そのまま倒れた。

●彷徨う巨人
 誰もが、言葉を呑み込んでいた。
 狭い谷間につっかえていたプロメテウスは、自由騎士の地道な作業によってようやく解放された。しかし、解放された直後に倒れ、そして数分。まだ起き上がれていない。
「――皆、警戒を解こう」
 テオドールが判断を下し、自由騎士達に告げた。
「ああ、戦う気はなさそうだぞ」
 リュエルもそれに同調する。
 彼は、対象の抱く感情を知るすべによって、プロメテウスの中にあるモノが戦意を抱いていないことをすでに読み取っていた。
 プロメテウスが動こうとしている目的は、或いは自由騎士への怨恨。イ・ラプセルへの逆襲なのではないか。
 そんな当然すぎる危惧を抱き、戦闘の準備をしてきた自由騎士達であったが、どうやらそれは杞憂であったようだ。
 仮に、自由騎士側から攻撃を仕掛けていれば違ったのかもしれない。
 しかし、そんな蛮行、そもそも考える人間すらいなかった。
 死者を想うがゆえなのか、それともエイドリアン・カーティス・マルソーという一個人に対する敬意なのか、それはリュエルにはわからなかった。
 ギシギシとプロメテウスがゆっくり起き上がる。
 その寸前、アンジェリカがおもむろにプロメテウスに近づき、冷たい装甲に触れる。
「……そう、でしたか」
 一体、彼女は何を読み取ったのか。
 そこに浮かぶ沈痛な面持ちに、皆が逆に興味をそそられる。
 一方、起き上がったプロメテウスはぎこちない足取りでどこかに向かおうとし始めていた。しかし、半壊した機体はバランスも悪く、歩行自体がそもそも簡単ではなかった。
「どこに向かおうってんだ?」
「ついていけばわかるかと」
 問うザルクに、アンジェリカは答えをはぐらかす。
「……ヴァレンタイン嬢。危険はないのだな?」
「はい。私が保証いたします」
 確認を寄越してくるテオドールに、アンジェリカはこくりとうなずく。
「なるほど、そうだな。危険はなさそうだ」
 同じく、死者の想いを読み取ったリュエルも彼女と同じ見解を持ったようだった。
「ついていきましょう」
 ミルトスも皆に促し、自由騎士達は歩き出したプロメテウスを追うことにした。
 しかし、おやはり機体が壊れているせいもあって、鋼の巨人の足取りは緩慢だった。しかも、十歩も進まないうちにまたバランスを崩して転び、起き上がるまでに数分。
 これでは、目的の場所に辿り着くまでかなりの時間がかかるだろう。
 しかし、それに文句を言う者は誰もいなかった。
「見届けよう。俺達と同じ正義を抱く、俺達の好敵手だった男の歩みを」
 アデルのその言葉が、全てを言い表していた。
「別に、俺は好敵手だったつもりはないけどな」
 ザルクだけは眉をしかめてそんなことを言うが、それでも彼も、プロメテウスの後ろについている。この場から去るつもりは毛頭ないのだ。
 プロメテウスが動き出してしばらく、緩やかではあったがその進みは順調だった。
 しかし、ここで思いもよらない障害が巨人のゆく手を阻んだ。
 川だ。
 幅がそこそこ広く、深さも多少ある上、何より流れが速い。
 今のプロメテウスでは、流されることこそなかろうが、超えられるかどうか。
 だが川が見えていないかのように歩みを進め、当然の如く、プロメテウスは川に足を取られて水中に半ば以上身を浸すこととなってしまう。
 息を呑む自由騎士達。
 しかし、彼らだけではプロメテウスの巨体を動かすことさえできないだろう。
 もはやこれまでか。と、リュエルが思ったとき――、

「何をしているのです、マスクド・エイダー!」

 突如として響く、何者かの声。
 川を超えた先に何故かパピヨンマスクをつけたアンジェリカが立っていた。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! ついでに茹でた麺が呼ぶ! 私こそはイ・ラプセルの正義の味方、マスクド・パスタァ――――ッッ!」
「いきなり景気よくシリアスを殺すな」
 ポーズを取るマスクド・パスター、もといアンジェリカに、アデルが冷ややかに告げる。
 しかしアンジェリカはそれをシカトして、水に没しつつあるプロメテウスを指差す。
「ヘルメリアの正義のヒーローよ、あなたは何をしているのです! 望むものがあるならば、その程度の障害は軽く超えてみせなさい! ヒーローであるならば!」
 声を張り上げ、彼女は叫ぶ。
 プロメテウスの中にいる者を叱咤しようというのだろう。
『ォ……、ォ――』
 そして、プロメテウスの中から小さく声がする。
 水中に沈んでいた巨体がゆっくりと立ち上がっていった。
 プロメテウスは再び歩き出す。
 その目指す先を、自由騎士達は半ば理解していた。

●祖国に祈りを、貴方に眠りを
 辿り着いたのは、空が夕焼けに染まり始めた頃のことだった。
「ここが、エイダーの遺した想いの在処か」
 やってきたのは小高い丘の上。大きな木が一本だけそそり立っているその場所からは、ヘルメリアの景色が広く一望できた。
 連なる山々の影、生い茂る豊かな森。そしてそこに見える、ヘルメリアの街並み。
 果てに沈もうとする夕陽によって、全てが橙色に染まっているそれは、まるで見事な絵画のようであった。どこをとっても非のつけどころがない、見事すぎる美しさ。
 丘の上に立って、プロメテウスは完全に動きを止めていた。
 その姿は、景色を懐かしんでいるようにも見える。
「……これ。見てください」
 丘に伸びる木の幹に、ミルトスが何かを見つけた。
 皆がそれを見てみると、幹には文字が刻みこまれていた。

〈 守るべきものは、ここにある 〉

「…………」
 ここに、自由騎士達全員が理解する。
 この文字を刻んだのが誰なのか。
 何故、プロメテウスがここまで時間をかけて歩いてきたのか。
 そもそも、どうして彼が虚無から戻ってきたのか。
 全てを、理解する。
「ヘルメス神は消えました。けれど、ヘルメリアの民は新たな道を歩んでいます」
 アンジェリカが、プロメテウスの背中に言葉を投げる。
「貴卿が抱く心配は無用だ。すでに貴卿は役目を終えている。眠られよ」
「全く、心配性もここまで来ると感嘆するしかないぞ、エイドリアン」
 それに続いて、テオドールとロジェも言葉を向けた。
「……エイダーさんは、キリが思っていたとおりの人でした!」
 キリは、ヘルメリアの地を見下ろしている往路メテウスの姿に、どこか喜びを感じているようだった。
「エイダー。お前は守ったぞ、この国を、な」
 アデルが向けるその言葉は、自ら国士と認めた男に対する別れの言葉。
「チッ、どう文句言えばいいってんだ、こんなの」
 一瞬、もしも自分が彼と同じ場所に属していたら、そんなことを考えてしまったザルクが、これまで以上に顔をしかめて舌を打った。
 そしてミルトスは――、何を言えばいいのかわからなかった。
 目の前にある巨人の姿はあまりにも眩しく、だからこそ、彼女はこの世界に確かな正義が存在することを確信した。それに対する礼でも言えばいいのだろうか。
 違う気がした。そんなことではない。
 目の前の、あまりにも儚く美しい景色に対して、自分がするべきことは、
「いつか、戦いに果てがあらんことを」
 彼女は両手を重ねて、目を伏せる。
「私は自らの全霊をもってそれを目指すと、ここに誓います」
 すると、プロメテウスが動いた。
 まるでミルトスと同じように、軋む両手を組み合わせてグッと握り、膝を突く。
 それは祈りの姿。
 自由騎士達が見守る中、プロメテウスはヘルメリアの空へと祈りを捧げ、動きを止めた。
 鋼の巨人が動き出すことは、二度となかった。
 その後の浄化の経緯については、今さら記すのも野暮というものであろう。

 数か月後、この顛末と、エイドリアン・カーティス・マルソーという男の生き様を一通りまとめ、リュエルはそれらを『鋼の正義を抱くもの』という英雄譚にして発表する。
 彼の詩によって、エイドリアンの名はイ・ラプセルで知られることとなるのだった。
 かつてヘルメリアにいた、正義の味方の名前として。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

おつかれさまでした!
これを持ちまして、マスクド・エイダーの話は完結となります。

ヘルメリアのヒーローが皆様の心に少しでも残っていたら、
吾語としても望外でございます。

ありがとうございました!
FL送付済