MagiaSteam




グレムリン。或いは、鉱山に巣食う悪妖精……。

●機械騒乱
ギギ、と軋む音を響かせ、1台のトロッコが走行途中で破損した。
回転を止めたタイヤが、レールと摩擦し火花を散らす。
トロッコには2人の男。
汗と煤に塗れた顔に、泥だらけの作業着、傍らにはツルハシを備えている。
彼らは鉱山夫であった。
街から少し離れた山中にある鉱山だ。資源が豊富なのか、鉱山内部はまるで迷路のように細い道が四方へと伸びていた。
より良質な鉱石を掘り返すため、長い年月をかけて作業場を広げていった結果だ。
当然、徒歩で移動するのも大変になるし、鉱石を運び出すだけでも人の手だけでは重労働となってしまう。
そのため、鉱山内部にはトロッコのレールが引かれている。
そして、それらのメンテナンスには鉱山で働くすべての人間が細心の注意を払っていた。
なにしろ、それが壊れてしまうと、翌日からの仕事が一気に大変になるからだ。
だが……。
「どうなってんだぁ? タイヤは昨日取り替えたばっかで、異常は見当たらないって聞いていたが」
「応急処置で済ませられれば良いのだが」
トロッコを降りた2人は、地面に這いつくばるようにしてトロッコの真下を覗き込む。
果たして、2人が目にした光景は……。
「なんだぁ、これ?」
トロッコを支えるタイヤと、その下のレールは何かに囓られたかのように欠けていた。
欠けはよくよく観察すれば、まるで歯形のようにも見える。
「ずっと先まで続いてるぞ?」
「見ろ、分岐器も囓られている。それに……おい、なんだか奥へ行けば行くほど、歯形が大きくなっていないか?」
「……マジかよ」
レールは鉱山の奥へと続く。
そして、レールに刻まれた何かの歯形も。
ゴクリ、と。
唾を飲み込む音がした。
それから、男の1人はツルハシを手に壁へとすすむ。
カンテラの明かりを頼りに配電盤へと手を伸ばし、鉱山内に明かりを灯した。
『キィィィ!』
瞬間、甲高い悲鳴が響き渡る。
レールの先に浮かび上がったシルエット。
背丈は2メートルほどだろうか。長い手足に、ネズミのような尖った鼻先。
白濁した瞳で、2人の男をにらむそれは、一言で言えば化け物だった。
人に似た体躯、けれど体毛は存在せず、開いた口には釘のような鋼の牙が生えている。
「に、逃げろ!」
悲鳴をあげて、2人の男は一目散に逃げ出した。
怪物はそれを、ただ黙って見送って……。
『キィ』
配電盤へと歩を進め、それを美味そうに囓り始めた。
ブツン---。
明かりが消えて、辺りは再び闇に飲まれた。
●
「トロッコやライトを食べるぐらいなら、甘いお菓子を食べればいいのに」
悪魔(イブリース)の味覚は分からないよ、と『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は言う。
彼女の……というよりも世間一般の感覚として……トロッコやライトは食物ではない。
それを好んで食らうこの悪魔は、よほど特異な味覚をしていると見える。
「機械にいたずらなんて、まるで昔話のグレムリンみたい」
こうして、今回のターゲットの名は“グレムリン”と命名された。
「まずはグレムリンの習性から話すね。どうやら人工物が好きで、それを食べたり、壊したりしちゃうみたいなの」
事実、トロッコのレールやライト、分岐器はグレムリンによって食らわれていた。
鉱山内には、そう言った人工物が無数にある。
加えて、自由騎士たちの装備にも……。
「食べれば食べるほどグレムリンのサイズは大きくなっていくよ。鉱道の奥の方にいるけど、これまで長く発掘作業が行われている鉱山だから横道なんかも多いし、迷っちゃわないようにしないとね」
加えて、通路は狭く横に並んで移動できるのはせいぜいが3人ほどだろう。
武器を扱おうと思えば、1人が限度か。
「配電盤が壊れたから、っていうか食べられたから今、鉱山内部は真っ暗だよ。ところどころ、非常用電源が生きているのか、明るいところもあるけど……。そういうところは作業場だから、スペースも広く確保されているね。戦うのならそこがおすすめだよ」
数の利を最大限に活かすのなら、視界とスペースの開けた場所が良いだろう。
もっとも、その分グレムリンも自由に動けるようになるというデメリットもあるのだが。
「グレムリンを探すところから始めないとね……狭いし暗いし、不意打ちには気を付けてね。グレムリンの攻撃には[ポイズン]や[ショック]、[ウィーク]が付いているから注意して」
現在のところ、グレムリンが積極的に人を襲うようなことはない。
だが、この先もそうであるとは限らない。
人工物を求めて、街へ降りることもあるだろう。そうなってしまえば、大混乱は必至である。
「どんな事情があるのか知らないけど、見つけた以上は放置できないよね」
しっかり退治してきてね、と。
そう言って、クラウディアは仲間たちを送り出した。
ギギ、と軋む音を響かせ、1台のトロッコが走行途中で破損した。
回転を止めたタイヤが、レールと摩擦し火花を散らす。
トロッコには2人の男。
汗と煤に塗れた顔に、泥だらけの作業着、傍らにはツルハシを備えている。
彼らは鉱山夫であった。
街から少し離れた山中にある鉱山だ。資源が豊富なのか、鉱山内部はまるで迷路のように細い道が四方へと伸びていた。
より良質な鉱石を掘り返すため、長い年月をかけて作業場を広げていった結果だ。
当然、徒歩で移動するのも大変になるし、鉱石を運び出すだけでも人の手だけでは重労働となってしまう。
そのため、鉱山内部にはトロッコのレールが引かれている。
そして、それらのメンテナンスには鉱山で働くすべての人間が細心の注意を払っていた。
なにしろ、それが壊れてしまうと、翌日からの仕事が一気に大変になるからだ。
だが……。
「どうなってんだぁ? タイヤは昨日取り替えたばっかで、異常は見当たらないって聞いていたが」
「応急処置で済ませられれば良いのだが」
トロッコを降りた2人は、地面に這いつくばるようにしてトロッコの真下を覗き込む。
果たして、2人が目にした光景は……。
「なんだぁ、これ?」
トロッコを支えるタイヤと、その下のレールは何かに囓られたかのように欠けていた。
欠けはよくよく観察すれば、まるで歯形のようにも見える。
「ずっと先まで続いてるぞ?」
「見ろ、分岐器も囓られている。それに……おい、なんだか奥へ行けば行くほど、歯形が大きくなっていないか?」
「……マジかよ」
レールは鉱山の奥へと続く。
そして、レールに刻まれた何かの歯形も。
ゴクリ、と。
唾を飲み込む音がした。
それから、男の1人はツルハシを手に壁へとすすむ。
カンテラの明かりを頼りに配電盤へと手を伸ばし、鉱山内に明かりを灯した。
『キィィィ!』
瞬間、甲高い悲鳴が響き渡る。
レールの先に浮かび上がったシルエット。
背丈は2メートルほどだろうか。長い手足に、ネズミのような尖った鼻先。
白濁した瞳で、2人の男をにらむそれは、一言で言えば化け物だった。
人に似た体躯、けれど体毛は存在せず、開いた口には釘のような鋼の牙が生えている。
「に、逃げろ!」
悲鳴をあげて、2人の男は一目散に逃げ出した。
怪物はそれを、ただ黙って見送って……。
『キィ』
配電盤へと歩を進め、それを美味そうに囓り始めた。
ブツン---。
明かりが消えて、辺りは再び闇に飲まれた。
●
「トロッコやライトを食べるぐらいなら、甘いお菓子を食べればいいのに」
悪魔(イブリース)の味覚は分からないよ、と『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は言う。
彼女の……というよりも世間一般の感覚として……トロッコやライトは食物ではない。
それを好んで食らうこの悪魔は、よほど特異な味覚をしていると見える。
「機械にいたずらなんて、まるで昔話のグレムリンみたい」
こうして、今回のターゲットの名は“グレムリン”と命名された。
「まずはグレムリンの習性から話すね。どうやら人工物が好きで、それを食べたり、壊したりしちゃうみたいなの」
事実、トロッコのレールやライト、分岐器はグレムリンによって食らわれていた。
鉱山内には、そう言った人工物が無数にある。
加えて、自由騎士たちの装備にも……。
「食べれば食べるほどグレムリンのサイズは大きくなっていくよ。鉱道の奥の方にいるけど、これまで長く発掘作業が行われている鉱山だから横道なんかも多いし、迷っちゃわないようにしないとね」
加えて、通路は狭く横に並んで移動できるのはせいぜいが3人ほどだろう。
武器を扱おうと思えば、1人が限度か。
「配電盤が壊れたから、っていうか食べられたから今、鉱山内部は真っ暗だよ。ところどころ、非常用電源が生きているのか、明るいところもあるけど……。そういうところは作業場だから、スペースも広く確保されているね。戦うのならそこがおすすめだよ」
数の利を最大限に活かすのなら、視界とスペースの開けた場所が良いだろう。
もっとも、その分グレムリンも自由に動けるようになるというデメリットもあるのだが。
「グレムリンを探すところから始めないとね……狭いし暗いし、不意打ちには気を付けてね。グレムリンの攻撃には[ポイズン]や[ショック]、[ウィーク]が付いているから注意して」
現在のところ、グレムリンが積極的に人を襲うようなことはない。
だが、この先もそうであるとは限らない。
人工物を求めて、街へ降りることもあるだろう。そうなってしまえば、大混乱は必至である。
「どんな事情があるのか知らないけど、見つけた以上は放置できないよね」
しっかり退治してきてね、と。
そう言って、クラウディアは仲間たちを送り出した。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ターゲットの討伐
●ターゲット
グレムリン(悪魔)×1
悪魔化したネズミ。
一般的な食物ではなく、ライトなどの人工物を捕食する。
身長2メートルほど。
食べれば食べるほどに巨大化していくようだ。
また、暗所での俊敏な行動が可能。
・グレムリン・ボム【ポイズン2】魔遠範
爆発する腐泥のような球体を放つ。
・グレムリン・ナパーム【ショック】攻近範
地面を殴りつけ、衝撃派をまき散らす。
・グレムリン・ショット【ウィーク3】攻近単
対象の急所を狙った精密な攻撃。
※戦闘開始から5ターン経過後に使用。急所を見極めるのにそれだけの時間がかかるようだ。
※グレムリンの攻撃を受けると、銃火器や羽ばたき機械、カンテラなどの道具に2~3ターンの間、不調が生じる場合があります。
不調が起きている道具を使用する場合、高確率で失敗判定となります。
●場所
鉱山内部の鉱道。
トロッコのレールが敷かれている。
ライトもあるが、現在は機能していない。
作業場となる区画のライトのみ、非常用のものが稼働している状態。
作業場は全部で7カ所あるが、広さはマチマチ。
全員が問題無く動き回れる広さの場所もあれば、最大4人程度しか満足に行動できないような場所もある。
通路は狭くこちらは横に3人並ぶのが精一杯。
武器を振るおうと思えば、1人が限界だろうか。
グレムリン(悪魔)×1
悪魔化したネズミ。
一般的な食物ではなく、ライトなどの人工物を捕食する。
身長2メートルほど。
食べれば食べるほどに巨大化していくようだ。
また、暗所での俊敏な行動が可能。
・グレムリン・ボム【ポイズン2】魔遠範
爆発する腐泥のような球体を放つ。
・グレムリン・ナパーム【ショック】攻近範
地面を殴りつけ、衝撃派をまき散らす。
・グレムリン・ショット【ウィーク3】攻近単
対象の急所を狙った精密な攻撃。
※戦闘開始から5ターン経過後に使用。急所を見極めるのにそれだけの時間がかかるようだ。
※グレムリンの攻撃を受けると、銃火器や羽ばたき機械、カンテラなどの道具に2~3ターンの間、不調が生じる場合があります。
不調が起きている道具を使用する場合、高確率で失敗判定となります。
●場所
鉱山内部の鉱道。
トロッコのレールが敷かれている。
ライトもあるが、現在は機能していない。
作業場となる区画のライトのみ、非常用のものが稼働している状態。
作業場は全部で7カ所あるが、広さはマチマチ。
全員が問題無く動き回れる広さの場所もあれば、最大4人程度しか満足に行動できないような場所もある。
通路は狭くこちらは横に3人並ぶのが精一杯。
武器を振るおうと思えば、1人が限界だろうか。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2019年12月23日
2019年12月23日
†メイン参加者 5人†

●
埃と煤と土と黴の混じった臭い。
真っ暗闇のただ中に、カンテラの灯がポっと灯った。
地面に引かれたトロッコのレールに灯を寄せて『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は形の良い眉をひそめてみせた。
「ずいぶんと大きな口をしているのね……それに、金属を齧り取るほどの咬合力」
レールの一部が、半円形に欠けていた。
その断面には、鋭い歯型が残っている。
鉱山に現れた悪魔(イブリース)・グレムリンの仕業だ。
「それにしても、なぜレールや機械を? 鉱山ですし、あまり食べるものが無いからでしょうか……?」
不思議そうに首を傾げてセアラ・ラングフォード(CL3000634)は疑問の声を零した。
白い騎士装束のところどころが、泥で茶色く汚れている。
いくら気をつけて歩こうと、明かりのない鉱道を進んで汚れゼロとはいかなかったようである。
「たしかに豊富に有る「鉱石」では無く「人工物」を食べる……という特性は気にはなるかな」
壁面を小さな手で撫でながら、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は呟いた。
錬金術の心得があるマグノリアとしては、この鉱山で採掘される鉱石がどのようなものか気になるらしい。
「金属のレールを齧るくらいですから、きっと硬いモノがお好みなのではないかしら?」
翼に付いた土汚れを払う『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)は、なにやら難しい顔をしていた。
パタパタと白い翼を羽ばたかせ、諦めたように小さな溜め息を零す。
ソラビトである彼女の背には、鳥のそれに似た大きな翼が生えている。
その様子をみる限り、どうやら自由に飛び回れないことがストレスになっているようだ。
「理由がどうであれ、被害が出ている以上見逃す訳にはいきません」
先へ進みましょう、と。
『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は仲間を促し、鉱道のさらに奥へと進む。
●
鉱道を進むこと数十分。
途中で見つけた休憩室らしき小部屋で5人は一時の休みを取った。
「あら、これは……地図、のようですね」
小部屋の真ん中にあった傾いたテーブルのその上に1枚の紙片が置かれっぱなしになっていた。
色あせ、湿気た安紙だ。
それが地図だと気付いたセアラは、紙を取り上げカンテラの灯に近づける。
「えぇと……ここがこうで、こっちが……」
地図と自身で付けていたマッピングを照らし合わせながら、セアラは自分たちの現在地を割り出して行く。
「随分入り組んでいますね。慎重に進めば、迷うことはないかと思いますが」
セアラの手元を覗き込み、エルシーはそう呟いた。
地図上では、この先へもう5分も歩いたところに広間がある。
そこで、道は3つに分岐しているようである。
喰い散らかされたレール、トロッコの残骸、砕けて割れたランプの破片。
「まるで“これ以上、人はこの場所へ来るな”とでも言っているかの様だ……」
パキ、とマグノリアの足元でガラスの砕ける音がした。
「後方に異常なしですわ。これ以上先は道も狭いようですし、戦闘するならここがベストなのでしょうが……」
チラ、と背後へ視線を向けてレオンティーナがそう呟いた。
5人の進行方向には3つに別れた狭い鉱道。
「それなら一番右が怪しいでしょうか」
アンジェリカの喚んだ光球が、暗い道を明るく照らす。
最初に異常に気が付いたのはアンジェリカだった。
「っ! 来ました!」
背負った十字架を降ろし、防御の姿勢を整える。
鉱道の先から迫る何者かの……おそらくは、グレムリンの熱源を視認したのだ。
地面を、壁を、天井を這うようにしてそれは迫る。
2メートルの長身に長い手足。
蜘蛛か、台所の黒い悪魔のようにも見えるその動き。元となったのは鼠のはずだが、生理的に受け付けられない怖気にアンジェリカの毛が粟立つ。
天井から跳ぶようにして襲いかかって来たグレムリンの攻撃を、流れるような動作で回避しその背後へと回り込む。
代わりにグレムリンの攻撃を防いだのはエルシーだった。
「辺り構わずかじられると、私達人間が困るのよ。悪いけど、討伐させてもらうわよ」
グレムリンの攻撃を両の腕でガードし、エルシーはカビ臭い空気を肺一杯に吸い込んだ。
「ぁぁああああああああああああ!!」
咆哮。
狭い鉱道に反響した大音声がグレムリンに叩きつけられる。
身を強張らせ、動きの鈍ったグレムリンの背にアンジェリカの大十字架が叩き込まれた。
『グ……ジィ!?』
血を吐きながら、グレムリンの長身が地面に落ちた。
背を押さえ、のたうちまわるグレムリン目がけエルシーが拳を放った。
武器を携行しない彼女にとっては、鉱道という狭い戦場は何の足かせにもならない。むしろターゲットとの距離を詰めやすくなる利点の方が大きいのだ。
だが……。
『キィイィィ!!』
拳を浴びるその直前、グレムリンは両腕で地面を殴りつける。
ズン、と。
一瞬、世界が揺れた。
天井からパラパラと土くれが零れ、周囲に衝撃波が撒き散らされる。
「くっ!?」
「きゃぁっ!」
「あぅ……きゅぅ」
グレムリンの襲撃を警戒し、前衛との距離を詰めていたセアラ、マグノリア、レオンティーナの3人が衝撃波に押され地面に倒れる。
本来であれば、戦闘開始と同時に後衛へと下がる手はずだったのだが、グレムリンの襲撃が早く後退が間に合わなかったのである。
一瞬、陣形の崩れたその隙にグレムリンは地面を滑るようにして駆け出した。
「足を……壊せばっ!」
逃げるグレムリンへ向け、アンジェリカが大十字架を叩きつけるべく構えを取った。
だが……。
「ごめんなさい!」
ショック状態に陥り身動きの取れないエルシーが障害物となり、アンジェリカの攻撃は不発に終わる。
その隙にグレムリンは鉱道を、5人が進んで来た方向へ向け駆け抜けて行った。
通り過ぎざまに長い両腕を振り回し、セアラのレオンティーナへと攻撃を加える。
頭部を殴られた2人が地面に伏せた。
「い、痛いですわ……」
額を押さえ、レオンティーナが悲鳴をあげる。
そんな彼女の傍らで、攻撃を受けなかったマグノリアがスキルを行使。
グレムリンの背に向け、錬金術で生み出した毒薬を放つ。
「体勢が悪いな……狙いが付けられない」
放たれた毒薬はグレムリンを外れ、鉱道の壁にぶつかり爆ぜた。
あっという間に、グレムリンは5人の前から遠ざかる。
それを追って、硬直から回復したエルシーとアンジェリカが駆け出した。
「待って……今、癒しを」
去りゆく2人の背中に向けて、セアラが回復術を放った。
淡い燐光が体力を回復させていく。
エルシーは、軽く手を数度握り締め自身のコンディションを確認した。
グレムリンとの距離は詰まらない。
さすがは鼠と言ったところか。狭い鉱道の移動は得意とするもののようである。
このままでは逃走を許してしまうかもしれないという焦りから、エルシーは内心冷や汗を垂らす。
再遭遇自体は不可能ではないが、戦いが長引けば長引くほどにグレムリンの逃走確率が上がってしまう。鉱道から外に出られては、一般人に被害が出る可能性だって上がる。
それだけは避けたい……その思いはあるのだが、いかんせん相手が早すぎる。
逃げに徹するターゲットに追いつくのは、存外大変なものなのだ。
けれど、しかし……。
「よくもやりましたわね! 先ほどの借りは返させていただきますわよ。さぁ、戦乙女の矢を受けて御覧なさい!」
背後から聞こえる高い声。
そして、風を切り裂き何かが飛来する気配。
咄嗟に身を伏せたエルシーの頭上を、1本の矢が疾駆する。
その矢はまっすぐ、グレムリンの右足を射抜いた。
ガクン、と。
グレムリンの身体が傾ぐ。
どうやら矢に付与された【ヒュプノス】の効果により、一時的な眠りに陥ったらしい。
その隙を逃してなるものか、とエルシーは加速。
「はぁっ!」
裂帛の気合と共に、グレムリンの背を打ち抜いた。
殴り飛ばされたグレムリンは、3つの分岐点のある広間へ落下。
その後を追って、エルシーとアンジェリカが広間へ跳び出し左右へ開いた。
鉱道から広間へ向かって後衛3名が駆けて来る。
そのうち1人、最も背の低い人影の手元が僅かに光った。
「僕たちを誘導しようとしたようだが……」
暗闇の中、マグノリアの呟く声が聞こえた。
『ギ……ィ!?』
意識を取り戻したグレムリンの眼前に、禍々しい色の薬弾が迫る。
マグノリアの放った毒薬だ。
グレムリンの顔に命中した薬弾は爆ぜ、その全身に毒液を浴びせた。
肌の焼ける痛みと、耐え難い異臭。
身を侵す毒のダメージにグレムリンは悲鳴をあげた。
「奥に何があるんだ? グレムリンは僕たちをこちらへと誘導しようとしたようだけど……」
広間へと出たマグノリアは足を止め背後を見やる。
だが、すぐに本来の目的を思い出しグレムリンへと向き直った。
毒に侵されながらも、グレムリンはゆっくりと立ち上がり長い腕を頭上へ掲げる。
その両手の平には、黒く濁った泥の塊が握られていた。
「怒っています……すごく」
「……まぁ、だろうね」
感情探査でグレムリンの怒りを感じ取ったセアラが仲間へと注意を促した。
グレムリンの顔面に毒薬を浴びせたマグノリアとしては、それも当然といったところか。
散開を開始する自由騎士たちの中心目がけ、グレムリンが毒の腐泥を投げつけた。
腐泥が爆ぜて、周囲に毒液が飛び散った。
最も近くに居たアンジェリカが毒を浴び、苦痛に表情を歪ませる。
「すぐに治療をいたしますね」
彼女とチームを組むのも慣れたものだ。
セアラはアンジェリカへと視線を向けると、その手をゆっくり彼女へ翳す。
セアラの周囲に燐光が灯り、それは空中を泳ぐようにしてアンジェリカの身体へ。
その身を侵す毒を取り除いていく。
一方、その頃。
腐泥を投げると同時に、グレムリンは駆け出していた。
地面を這うようにして、向かった先にはレオンティーナ。
「うわっ、来ましたわ!」
咄嗟に弓を構えるが、間に合わない。
弦を引き絞り、狙いを定め、射るという動作を必要とする弓では、グレムリンの急襲に対処は難しいだろう。ましてや今は、攻撃を回避した直後。
隙を突かれた形である。
左右へ開くように振り抜かれたグレムリンの両腕が、レオンティーナの両手を弾く。
弓と矢を取り落とし、よろけるレオンティーナの首筋へ向け、グレムリンは鋭い前歯を突き刺した。
レオンティーナは咄嗟に地面を蹴って跳びあがり、グレムリンの攻撃を避ける。
ガキン、と硬質な音が響いてグレムリンの前歯がレオンティーナの鎧へ突き刺さった。
「あら、私の鎧をかじっても、おいしくありませんわよ?」
などと嘯いてみせるが、タイミングはギリギリだった。
その証拠に、レオンティーナの表情は強張りその白い頬には冷や汗が一筋伝っている。
「暗闇を住処としているのなら、強い明かりには慣れていないんじゃないか?」
マグノリアが腕を振るうと、それに合わせてグレムリンの眼前に光の球が現れた。
一瞬、暗い鉱道が真白い光に包まれる。
「眩しいですわ!」
『キィィ!?』
悲鳴をあげるレオンティーナとグレムリン。
「今度こそ足を封じます! レオンティーナ様、お下がりください!」
その隙を突き、アンジェリカはグレムリンの足元へ拳大の爆弾を放った。
目を何度もしばたかせながら、レオンティーナは言われた通りにグレムリンから距離を取る。
『キ……!?』
爆弾が爆ぜた。
撒き散らされるは極寒の冷気。
そして瞬間的に周囲の空気が凍りつき、グレムリンの半身はあっという間に氷に覆われた。
そして……。
「思いっきり拳をぶち込んでやるわ」
地面を這うようにして駆け込んだエルシーが、その胸部へと拳の一撃を見舞うのだった。
●
氷が砕け、飛び散った。
グレムリンの皮膚が、氷と一緒に剥離する。飛び散る鮮血がエルシーの白い頬を朱に染めた。
グレムリンは着地と同時に身を翻し、エルシーとの距離を詰める。
その長い腕で、エルシーの腕と膝を同時に殴打。
バランスを崩したエルシーの背後へ、絡みつくような動きで回り込む。
「くっ……射線が!」
戦線に復帰し、矢を構えていたレオンティーナが悔しげに唇を噛み締めた。
エルシーの身体が壁となり、グレムリンへ矢を打ち込むことが出来ないでいるのだ。
そしてそれは、アンジェリカやセアラにしても同じこと。
それぞれ氷の爆弾と、氷の術式を展開したままエルシーとグレムリンの高速戦闘を見守っていた。
「ガタイのわりに素早い……でも、速さ勝負で遅れを取るわけにはいかないわ」
グレムリンの殴打を捌き、その懐へ自身の拳を叩き込む。
一方のグレムリンも、殴られっぱなしでは終わらない。おかえしとばかりに、エルシーの喉元へ鋭い手刀を喰らわせた。
血を吐き、よろめくエルシーの喉元へグレムリンが顔を寄せる。
そこが急所だと見抜いたのだろう。グレムリンの攻撃に一切の迷いは存在しない。
鋭い前歯が……トロッコのレールさえ齧り取るほどの硬度と咬合力を誇る前歯が、その喉笛を食いちぎろうと、突き立てられて。
「前衛として退くわけにも倒れるわけにもいかないわ。パーティーの矛となり盾となって敵を討つのが私の役割だもの……それに、こうすればいくら素早くったって意味がないわよね?」
ガシ、と。
前歯が皮膚に突き刺さったその瞬間、エルシーは両の手でもってグレムリンの頭部を掴んでみせた。
喉から血を流すエルシーの身体を淡い燐光が包み込む。
セアラの行使した回復スキルだ。
途切れそうになっていたエルシーの意識は、寸でのところで繋ぎとめられた。
「エルシー様に倒れられては困ります。攻撃の主力なのですから」
「投げてくれ」
と、そう言ったのはマグノリアだ。
その言葉に従って、エルシーはグレムリンの身体を宙へと放る。
皮膚が食いちぎられ、勢いよく鮮血が噴き上がる。とっさに首を押さえたエルシーの傍へ、レオンティーナが駆け寄り、傷を癒した。
長い手足をばたつかせ、宙を舞うグレムリンの身体を魔力の大渦が飲み込む。
マグノリアが指揮するように腕を振るうと、それに合わせてグレムリンを包む魔力の渦が加速した。
魔力の大渦から解放されたグレムリンが地に落ちる。
それを待ちかまえていたのはエルシーだ。体内で練りあげた気力を拳に集め、渾身の力でそれを放つ。
眩いほどの閃光が、グレムリンを飲み込んだ。
「これでお終い。帰ってシャワーを浴びたいわ」
血で頬に張り付いた髪を掻き上げて、エルシーはそう呟いた。
その足元に、焼け焦げた鼠の死体が落ちて来る。
ガサリ、と。
死体はすぐに、灰と化して崩れ去った。
「いや、まだだ。確認しなければならないことが残っている」
今すぐにでも帰りたいと言うエルシーを、マグノリアが呼びとめる。
視線の先はグレムリンのいた鉱道の奥へ向いていた。
鉱道の最奥には、大量のガラクタが溜めこまれていた。
レールやトロッコ、ライトやつるはし、ヘルメットなどどれも鉱山での採掘に使う道具ばかりだ。
どうやらそこはグレムリンのねぐららしい。
そして、そのガラクタの山の中には小さな鼠が十数匹ほど……。
「グレムリンの子供?」
と、そう問うたのはセアラであった。
「あるいは、飢えた同族か……どちらにせよ、ただの鼠です」
アンジェリカが言葉を返す。
「……保存食を置いていってみましょうか、気休めですけれど」
なんて、言って。
セアラは所持していた保存食を、ガラクタの山の前に置く。
しばらくの間、ガラクタの山を睥睨していたマグノリアは小さな溜め息を零すと踵を返した。
「貴重な鉱物は見当たらないな……残念だ」
などと言う割に、マグノリアの表情はどこか満足そうだった。
そんなマグノリアの態度を見て、レオンティーナは首を傾げる。
「錬金術師のお考えは分かりませんわ」
果たしてマグノリアが何を確認したかったのか。
彼女にはそれが分からなかった。
埃と煤と土と黴の混じった臭い。
真っ暗闇のただ中に、カンテラの灯がポっと灯った。
地面に引かれたトロッコのレールに灯を寄せて『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は形の良い眉をひそめてみせた。
「ずいぶんと大きな口をしているのね……それに、金属を齧り取るほどの咬合力」
レールの一部が、半円形に欠けていた。
その断面には、鋭い歯型が残っている。
鉱山に現れた悪魔(イブリース)・グレムリンの仕業だ。
「それにしても、なぜレールや機械を? 鉱山ですし、あまり食べるものが無いからでしょうか……?」
不思議そうに首を傾げてセアラ・ラングフォード(CL3000634)は疑問の声を零した。
白い騎士装束のところどころが、泥で茶色く汚れている。
いくら気をつけて歩こうと、明かりのない鉱道を進んで汚れゼロとはいかなかったようである。
「たしかに豊富に有る「鉱石」では無く「人工物」を食べる……という特性は気にはなるかな」
壁面を小さな手で撫でながら、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は呟いた。
錬金術の心得があるマグノリアとしては、この鉱山で採掘される鉱石がどのようなものか気になるらしい。
「金属のレールを齧るくらいですから、きっと硬いモノがお好みなのではないかしら?」
翼に付いた土汚れを払う『てへぺろ』レオンティーナ・ロマーノ(CL3000583)は、なにやら難しい顔をしていた。
パタパタと白い翼を羽ばたかせ、諦めたように小さな溜め息を零す。
ソラビトである彼女の背には、鳥のそれに似た大きな翼が生えている。
その様子をみる限り、どうやら自由に飛び回れないことがストレスになっているようだ。
「理由がどうであれ、被害が出ている以上見逃す訳にはいきません」
先へ進みましょう、と。
『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は仲間を促し、鉱道のさらに奥へと進む。
●
鉱道を進むこと数十分。
途中で見つけた休憩室らしき小部屋で5人は一時の休みを取った。
「あら、これは……地図、のようですね」
小部屋の真ん中にあった傾いたテーブルのその上に1枚の紙片が置かれっぱなしになっていた。
色あせ、湿気た安紙だ。
それが地図だと気付いたセアラは、紙を取り上げカンテラの灯に近づける。
「えぇと……ここがこうで、こっちが……」
地図と自身で付けていたマッピングを照らし合わせながら、セアラは自分たちの現在地を割り出して行く。
「随分入り組んでいますね。慎重に進めば、迷うことはないかと思いますが」
セアラの手元を覗き込み、エルシーはそう呟いた。
地図上では、この先へもう5分も歩いたところに広間がある。
そこで、道は3つに分岐しているようである。
喰い散らかされたレール、トロッコの残骸、砕けて割れたランプの破片。
「まるで“これ以上、人はこの場所へ来るな”とでも言っているかの様だ……」
パキ、とマグノリアの足元でガラスの砕ける音がした。
「後方に異常なしですわ。これ以上先は道も狭いようですし、戦闘するならここがベストなのでしょうが……」
チラ、と背後へ視線を向けてレオンティーナがそう呟いた。
5人の進行方向には3つに別れた狭い鉱道。
「それなら一番右が怪しいでしょうか」
アンジェリカの喚んだ光球が、暗い道を明るく照らす。
最初に異常に気が付いたのはアンジェリカだった。
「っ! 来ました!」
背負った十字架を降ろし、防御の姿勢を整える。
鉱道の先から迫る何者かの……おそらくは、グレムリンの熱源を視認したのだ。
地面を、壁を、天井を這うようにしてそれは迫る。
2メートルの長身に長い手足。
蜘蛛か、台所の黒い悪魔のようにも見えるその動き。元となったのは鼠のはずだが、生理的に受け付けられない怖気にアンジェリカの毛が粟立つ。
天井から跳ぶようにして襲いかかって来たグレムリンの攻撃を、流れるような動作で回避しその背後へと回り込む。
代わりにグレムリンの攻撃を防いだのはエルシーだった。
「辺り構わずかじられると、私達人間が困るのよ。悪いけど、討伐させてもらうわよ」
グレムリンの攻撃を両の腕でガードし、エルシーはカビ臭い空気を肺一杯に吸い込んだ。
「ぁぁああああああああああああ!!」
咆哮。
狭い鉱道に反響した大音声がグレムリンに叩きつけられる。
身を強張らせ、動きの鈍ったグレムリンの背にアンジェリカの大十字架が叩き込まれた。
『グ……ジィ!?』
血を吐きながら、グレムリンの長身が地面に落ちた。
背を押さえ、のたうちまわるグレムリン目がけエルシーが拳を放った。
武器を携行しない彼女にとっては、鉱道という狭い戦場は何の足かせにもならない。むしろターゲットとの距離を詰めやすくなる利点の方が大きいのだ。
だが……。
『キィイィィ!!』
拳を浴びるその直前、グレムリンは両腕で地面を殴りつける。
ズン、と。
一瞬、世界が揺れた。
天井からパラパラと土くれが零れ、周囲に衝撃波が撒き散らされる。
「くっ!?」
「きゃぁっ!」
「あぅ……きゅぅ」
グレムリンの襲撃を警戒し、前衛との距離を詰めていたセアラ、マグノリア、レオンティーナの3人が衝撃波に押され地面に倒れる。
本来であれば、戦闘開始と同時に後衛へと下がる手はずだったのだが、グレムリンの襲撃が早く後退が間に合わなかったのである。
一瞬、陣形の崩れたその隙にグレムリンは地面を滑るようにして駆け出した。
「足を……壊せばっ!」
逃げるグレムリンへ向け、アンジェリカが大十字架を叩きつけるべく構えを取った。
だが……。
「ごめんなさい!」
ショック状態に陥り身動きの取れないエルシーが障害物となり、アンジェリカの攻撃は不発に終わる。
その隙にグレムリンは鉱道を、5人が進んで来た方向へ向け駆け抜けて行った。
通り過ぎざまに長い両腕を振り回し、セアラのレオンティーナへと攻撃を加える。
頭部を殴られた2人が地面に伏せた。
「い、痛いですわ……」
額を押さえ、レオンティーナが悲鳴をあげる。
そんな彼女の傍らで、攻撃を受けなかったマグノリアがスキルを行使。
グレムリンの背に向け、錬金術で生み出した毒薬を放つ。
「体勢が悪いな……狙いが付けられない」
放たれた毒薬はグレムリンを外れ、鉱道の壁にぶつかり爆ぜた。
あっという間に、グレムリンは5人の前から遠ざかる。
それを追って、硬直から回復したエルシーとアンジェリカが駆け出した。
「待って……今、癒しを」
去りゆく2人の背中に向けて、セアラが回復術を放った。
淡い燐光が体力を回復させていく。
エルシーは、軽く手を数度握り締め自身のコンディションを確認した。
グレムリンとの距離は詰まらない。
さすがは鼠と言ったところか。狭い鉱道の移動は得意とするもののようである。
このままでは逃走を許してしまうかもしれないという焦りから、エルシーは内心冷や汗を垂らす。
再遭遇自体は不可能ではないが、戦いが長引けば長引くほどにグレムリンの逃走確率が上がってしまう。鉱道から外に出られては、一般人に被害が出る可能性だって上がる。
それだけは避けたい……その思いはあるのだが、いかんせん相手が早すぎる。
逃げに徹するターゲットに追いつくのは、存外大変なものなのだ。
けれど、しかし……。
「よくもやりましたわね! 先ほどの借りは返させていただきますわよ。さぁ、戦乙女の矢を受けて御覧なさい!」
背後から聞こえる高い声。
そして、風を切り裂き何かが飛来する気配。
咄嗟に身を伏せたエルシーの頭上を、1本の矢が疾駆する。
その矢はまっすぐ、グレムリンの右足を射抜いた。
ガクン、と。
グレムリンの身体が傾ぐ。
どうやら矢に付与された【ヒュプノス】の効果により、一時的な眠りに陥ったらしい。
その隙を逃してなるものか、とエルシーは加速。
「はぁっ!」
裂帛の気合と共に、グレムリンの背を打ち抜いた。
殴り飛ばされたグレムリンは、3つの分岐点のある広間へ落下。
その後を追って、エルシーとアンジェリカが広間へ跳び出し左右へ開いた。
鉱道から広間へ向かって後衛3名が駆けて来る。
そのうち1人、最も背の低い人影の手元が僅かに光った。
「僕たちを誘導しようとしたようだが……」
暗闇の中、マグノリアの呟く声が聞こえた。
『ギ……ィ!?』
意識を取り戻したグレムリンの眼前に、禍々しい色の薬弾が迫る。
マグノリアの放った毒薬だ。
グレムリンの顔に命中した薬弾は爆ぜ、その全身に毒液を浴びせた。
肌の焼ける痛みと、耐え難い異臭。
身を侵す毒のダメージにグレムリンは悲鳴をあげた。
「奥に何があるんだ? グレムリンは僕たちをこちらへと誘導しようとしたようだけど……」
広間へと出たマグノリアは足を止め背後を見やる。
だが、すぐに本来の目的を思い出しグレムリンへと向き直った。
毒に侵されながらも、グレムリンはゆっくりと立ち上がり長い腕を頭上へ掲げる。
その両手の平には、黒く濁った泥の塊が握られていた。
「怒っています……すごく」
「……まぁ、だろうね」
感情探査でグレムリンの怒りを感じ取ったセアラが仲間へと注意を促した。
グレムリンの顔面に毒薬を浴びせたマグノリアとしては、それも当然といったところか。
散開を開始する自由騎士たちの中心目がけ、グレムリンが毒の腐泥を投げつけた。
腐泥が爆ぜて、周囲に毒液が飛び散った。
最も近くに居たアンジェリカが毒を浴び、苦痛に表情を歪ませる。
「すぐに治療をいたしますね」
彼女とチームを組むのも慣れたものだ。
セアラはアンジェリカへと視線を向けると、その手をゆっくり彼女へ翳す。
セアラの周囲に燐光が灯り、それは空中を泳ぐようにしてアンジェリカの身体へ。
その身を侵す毒を取り除いていく。
一方、その頃。
腐泥を投げると同時に、グレムリンは駆け出していた。
地面を這うようにして、向かった先にはレオンティーナ。
「うわっ、来ましたわ!」
咄嗟に弓を構えるが、間に合わない。
弦を引き絞り、狙いを定め、射るという動作を必要とする弓では、グレムリンの急襲に対処は難しいだろう。ましてや今は、攻撃を回避した直後。
隙を突かれた形である。
左右へ開くように振り抜かれたグレムリンの両腕が、レオンティーナの両手を弾く。
弓と矢を取り落とし、よろけるレオンティーナの首筋へ向け、グレムリンは鋭い前歯を突き刺した。
レオンティーナは咄嗟に地面を蹴って跳びあがり、グレムリンの攻撃を避ける。
ガキン、と硬質な音が響いてグレムリンの前歯がレオンティーナの鎧へ突き刺さった。
「あら、私の鎧をかじっても、おいしくありませんわよ?」
などと嘯いてみせるが、タイミングはギリギリだった。
その証拠に、レオンティーナの表情は強張りその白い頬には冷や汗が一筋伝っている。
「暗闇を住処としているのなら、強い明かりには慣れていないんじゃないか?」
マグノリアが腕を振るうと、それに合わせてグレムリンの眼前に光の球が現れた。
一瞬、暗い鉱道が真白い光に包まれる。
「眩しいですわ!」
『キィィ!?』
悲鳴をあげるレオンティーナとグレムリン。
「今度こそ足を封じます! レオンティーナ様、お下がりください!」
その隙を突き、アンジェリカはグレムリンの足元へ拳大の爆弾を放った。
目を何度もしばたかせながら、レオンティーナは言われた通りにグレムリンから距離を取る。
『キ……!?』
爆弾が爆ぜた。
撒き散らされるは極寒の冷気。
そして瞬間的に周囲の空気が凍りつき、グレムリンの半身はあっという間に氷に覆われた。
そして……。
「思いっきり拳をぶち込んでやるわ」
地面を這うようにして駆け込んだエルシーが、その胸部へと拳の一撃を見舞うのだった。
●
氷が砕け、飛び散った。
グレムリンの皮膚が、氷と一緒に剥離する。飛び散る鮮血がエルシーの白い頬を朱に染めた。
グレムリンは着地と同時に身を翻し、エルシーとの距離を詰める。
その長い腕で、エルシーの腕と膝を同時に殴打。
バランスを崩したエルシーの背後へ、絡みつくような動きで回り込む。
「くっ……射線が!」
戦線に復帰し、矢を構えていたレオンティーナが悔しげに唇を噛み締めた。
エルシーの身体が壁となり、グレムリンへ矢を打ち込むことが出来ないでいるのだ。
そしてそれは、アンジェリカやセアラにしても同じこと。
それぞれ氷の爆弾と、氷の術式を展開したままエルシーとグレムリンの高速戦闘を見守っていた。
「ガタイのわりに素早い……でも、速さ勝負で遅れを取るわけにはいかないわ」
グレムリンの殴打を捌き、その懐へ自身の拳を叩き込む。
一方のグレムリンも、殴られっぱなしでは終わらない。おかえしとばかりに、エルシーの喉元へ鋭い手刀を喰らわせた。
血を吐き、よろめくエルシーの喉元へグレムリンが顔を寄せる。
そこが急所だと見抜いたのだろう。グレムリンの攻撃に一切の迷いは存在しない。
鋭い前歯が……トロッコのレールさえ齧り取るほどの硬度と咬合力を誇る前歯が、その喉笛を食いちぎろうと、突き立てられて。
「前衛として退くわけにも倒れるわけにもいかないわ。パーティーの矛となり盾となって敵を討つのが私の役割だもの……それに、こうすればいくら素早くったって意味がないわよね?」
ガシ、と。
前歯が皮膚に突き刺さったその瞬間、エルシーは両の手でもってグレムリンの頭部を掴んでみせた。
喉から血を流すエルシーの身体を淡い燐光が包み込む。
セアラの行使した回復スキルだ。
途切れそうになっていたエルシーの意識は、寸でのところで繋ぎとめられた。
「エルシー様に倒れられては困ります。攻撃の主力なのですから」
「投げてくれ」
と、そう言ったのはマグノリアだ。
その言葉に従って、エルシーはグレムリンの身体を宙へと放る。
皮膚が食いちぎられ、勢いよく鮮血が噴き上がる。とっさに首を押さえたエルシーの傍へ、レオンティーナが駆け寄り、傷を癒した。
長い手足をばたつかせ、宙を舞うグレムリンの身体を魔力の大渦が飲み込む。
マグノリアが指揮するように腕を振るうと、それに合わせてグレムリンを包む魔力の渦が加速した。
魔力の大渦から解放されたグレムリンが地に落ちる。
それを待ちかまえていたのはエルシーだ。体内で練りあげた気力を拳に集め、渾身の力でそれを放つ。
眩いほどの閃光が、グレムリンを飲み込んだ。
「これでお終い。帰ってシャワーを浴びたいわ」
血で頬に張り付いた髪を掻き上げて、エルシーはそう呟いた。
その足元に、焼け焦げた鼠の死体が落ちて来る。
ガサリ、と。
死体はすぐに、灰と化して崩れ去った。
「いや、まだだ。確認しなければならないことが残っている」
今すぐにでも帰りたいと言うエルシーを、マグノリアが呼びとめる。
視線の先はグレムリンのいた鉱道の奥へ向いていた。
鉱道の最奥には、大量のガラクタが溜めこまれていた。
レールやトロッコ、ライトやつるはし、ヘルメットなどどれも鉱山での採掘に使う道具ばかりだ。
どうやらそこはグレムリンのねぐららしい。
そして、そのガラクタの山の中には小さな鼠が十数匹ほど……。
「グレムリンの子供?」
と、そう問うたのはセアラであった。
「あるいは、飢えた同族か……どちらにせよ、ただの鼠です」
アンジェリカが言葉を返す。
「……保存食を置いていってみましょうか、気休めですけれど」
なんて、言って。
セアラは所持していた保存食を、ガラクタの山の前に置く。
しばらくの間、ガラクタの山を睥睨していたマグノリアは小さな溜め息を零すと踵を返した。
「貴重な鉱物は見当たらないな……残念だ」
などと言う割に、マグノリアの表情はどこか満足そうだった。
そんなマグノリアの態度を見て、レオンティーナは首を傾げる。
「錬金術師のお考えは分かりませんわ」
果たしてマグノリアが何を確認したかったのか。
彼女にはそれが分からなかった。