MagiaSteam
首無しの王国




 かつての自分たちが、そこにいる。
 益村吾三郎は、そんな事を思った。
「さあ行け、民兵1097、1098、1099、1100、1101。我らの往く道を切り拓くのだ」
「我らヴィスマルク軍が、お前たちに番号を与える。お前たちを未来永劫、管理してやる」
 そんな言葉に、パノプティコン人の若者たちは救いを見出してしまっているようであった。
 かつて「天朝様」という単語ひとつで一切の思考能力を失った、アマノホカリの若者たちのように。
「番号、番号! 新しい番号、やっともらえた……」
「新たなる管理者ヴィスマルクのために……」
 涙を流しながら幸せそうに、本当に幸せそうに、微笑む若者たち。この場には5人いて、小銃をぶっ放している。
 素人の銃撃であった。粗悪な大量生産品を民間人に与え、ろくに訓練も施していないのだ。
 今すぐ岩陰から飛び出し、5人とも斬殺する。それは容易い事である。
 彼らの後方には、しかし同じく5人のヴィスマルク軍兵士がいて、民兵たちを盾にしているのだ。
 今・イラプセルの領土である旧パノプティコンに、しかしヴィスマルク軍が入り込んでいて存在を隠そうともしていない。堂々と、このような事をしている。
 こちらの岩陰では3人、イ・ラプセル軍の兵士が倒れていて、死にかけていた。
「お……俺は、もう駄目だ……置いて逃げろ、益村……」
「弱気は損気にごわすぞ」
 負傷した仲間たちに吾三郎は今や、そんな言葉をかけるしかなかった。
 祖国アマノホカリ消失後、吾三郎はイ・ラプセルの軍に組み込まれた。
 右も左もわからぬ吾三郎に、この3人は色々と良くしてくれた。アマノホカリの田舎侍を、戦友として受け入れてくれたのだ。
 すべき事は1つしかない、と吾三郎は思う。
 自分1人この岩陰から飛び出し、ヴィスマルク軍を引き付ける。
 相手は10名、その半数は素人の民兵である。彼らを、まずは斬り殺す事になるのか。
 吾三郎の戦友3名は、それが出来ずに銃撃を喰らい、重傷を負ったのだ。
 後方のヴィスマルク兵5人が、口々に声を発した。
「イ・ラプセルの敗残兵ども、そこにいるのはわかっている!」
「出て来い。いや、隠れたままで一向に構わぬ。燻り出すだけの事よ」
 1人は、どうやら魔導師だ。杖を掲げ、攻撃魔法をぶっ放そうとしている。
 他4名のうち、3人は銃撃手。民兵たちの持ち物よりも、ずっと品質の良い小銃を携えている。
 残る1人は、キジンであった。
 大型である。強力な蒸気鎧装を、手当たり次第に盛り付けた結果、実に不格好な巨体が出来上がっている。
 吾三郎は直感した。
 ヴィスマルク兵4名とは、少なくとも会話は出来る。負傷した仲間3人に手を出させぬよう、誘導する事が不可能ではない。
 だが。この大型のキジンは、正気を失いかけている。
 吾三郎は、岩陰から飛び出した。
「いかにも敗残兵にごわす。オイ以外の者、皆々討ち死にいたしもした……仇討ちにごつ。おはんら、1人たりとも生かしておけんばい」
「ふん……サムライ、か」
 ヴィスマルク兵士たちは、民兵5人を盾にする動きを変えようとしない。
「斬り捨ててはどうだ、こやつらを……ふふ。民間人を殺すのは、お手のものだろう?」
「宇羅幕府がしでかした大殺戮、いやはや実に見事なものであった。我らヴィスマルク軍も見習わねばならんな」
 4人のヴィスマルク兵が、嘲笑う。
 吾三郎は聞かず、民兵たちに語りかけた。
「おはんら……その首、何のために付いちょるか。おのれの頭で、物ば考えるためではなかか」
「……何を……考えれば、いいと言うんだ……」
 パノプティコンの若者たちが、涙を流している。
「イ・ラプセルの神様は一体、何がしたいんだ!? 我々をどうしたい? 番号もくれない、アイドーネウス様の代わりに命令をくれるでもなし」
「……おのれで考えやんせ。そいが、あくあ様のご命令ぞ」
 吾三郎は言った。
「おはんら今、能無しのオイ以上に脳味噌ば使うちょらん。いくさ場に転がる、首無しの屍と同いにごわすぞ」
 宇羅の侍たちも、結局は己の頭で考える事を放棄してしまった。結果、将軍家に命ぜられるまま凶行に走った。
「……己の頭など、要らぬ」
 大型のキジンが、ようやく声を発した。
「私が、そなたらの頭となろうぞ……さあ戦え、我が手足よ」
「おまんさぁ……」
 吾三郎は呻いた。
 戦え、我が手足よ。自分もかつて、そのような命令を受けた事がある。
「こやつもなあ、貴様と同じ、アマノホカリの死に損ないよ」
 ヴィスマルク兵らが、言った。
「何をやらかしたのかは知らんが、投獄されていたらしい。国土消失のどさくさに紛れ、我が軍が身柄を回収したのだ」
「新たな蒸気鎧装の実験試用に、ちょうど良かったのでな……こやつ、キジンの素材としてはなかなかの適性よ」
「頭の方は壊れているがな。まあ、その方が道具としては好都合よ……まさしく、自分で判断する脳味噌など要らんのだ。兵器には、な」
 この男の頭は元々、壊れていた。そんな事を吾三郎は思った。
「……益村……吾三郎……」
 顔面装甲の下で、キジンの呻きに憎悪が籠もる。
「……貴様が……私の手足として、よどみなく動いておれば……天朝様の御世は、揺るぎなきものとなったのだぞ……この、不忠大逆の徒が……」
「……オイの、やらかし……おまんさぁのせいにする気は、なか」
 かつて自分は、大勢の仲間を殺した。
 誰かに、命ぜられたわけではない。
 益村吾三郎が、益村吾三郎に命令を下したのだ。
「……オイもまた、首無しの屍にごわした。おのれの頭、拾って繋げて脳味噌ば使う……まこと苦しか事ぞ」
 吾三郎は、民兵たちを見据えた。
「おはんら、覚悟決めたもんせ」
「黙れ、この者たちは我が手足であるぞ。頭は、私だ」
 キジンが、激昂したようだ。
「皆々、私の言う事だけを聞いておれば良かったのだ。貴様たちが私の言う通りに動かなかった、それがために見よ! 宇羅の鬼どもに民が殺された! あれが、あれこそが鬼どもの本性なのだ! 天朝様の御世であれば、あのような事は起こらなかったのだぞ! わかっているのか愚か者どもがぁああああ!」
 キジンの全身から、蒸気が噴出した。
「愚か者どもが、天朝様の御威光を蔑ろにして鬼どもの跋扈と台頭を許した結果である! そうよ、鬼は人を殺めるのだ。鬼は、暴悪なのだ! 鬼は醜悪凶暴、この世で最も悪しき生き物! 鬼の統べる世など滅びて当然なのだ! アマノホカリ消失はぁあ、天罰なのだよぉおおおおおっ!」
「……首無しの屍よりも、酷か」
 吾三郎は、抜き身を構えた。
「おはんの、その有り様こそが天罰にごわすぞ……月堂血風斎」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.ヴィスマルク兵4名、及びキジン月堂血風斎の撃破(生死不問)
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 旧パノプティコン領内、とある岩山にて、イ・ラプセル軍所属のサムライ益村吾三郎が、ヴィスマルク軍の部隊と交戦中であります。

 10名から成る一部隊で、前衛5人は素人同然の民兵。
 銃を持ってはいますが、彼らの射撃でオラクルに傷を負わせる事は出来ません。自由騎士団の攻撃を回避する事も出来ず、攻撃を食らえば一撃で戦闘不能になります。不殺の権能が働いている限り殺してしまう事はありませんが、それよりも5人をまとめて捕らえ引きずって戦闘区域から遠ざけ、説得するなり脅すなりで安全な場所にとどめておく方が手っ取り早いかと思われます(自由騎士のどなたかお1人に、2ターンを費やしていただければ可能です)。
 後衛5人のうちヴィスマルク軍兵士は4名、内訳は魔導士1人(『緋文字LV2』『ユピテルゲイヂLV2』を使用)とガンナー3人(『ヘッドショットLV2』『バレッジファイヤLV1』を使用)。
 残る1名、後衛中央のキジン月堂血風斎は、以下の攻撃手段を用います。
●右手・機械毒刃(攻近単、BSポイズン2)
●左手・魔導爆雷射出(魔遠範、BS致命)
●胸部・殲滅発破射出(攻全、BSバーン2)
●両眼・不動金縛光線(攻遠範、ダメージ0、BSパラライズ2、BS解除率-10%(効果3T))
 民兵5人は、戦闘区域内で行動可能である限り常時、後衛を味方ガードします。

 近くの岩陰では、イ・ラプセル軍兵士3名が重傷で死にかけています。最初のターンで回復を施してあげないと死亡します。回復しても、戦わせる事は出来ません。
 益村吾三郎は彼らを守って戦闘中ですが、皆様の現場到着時には劣勢強いられ負傷しております。こちらは回復させて戦わせる事が可能。指示には従ってくれるでしょう。彼は通常の斬撃(攻近単)の他、スキルとして『一刀両断』(EP20/近距離/攻撃:命-5 攻撃+140 必殺 効果3T)を使用します。

 時間帯は真昼。
 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
5モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2021年06月12日

†メイン参加者 6人†




 長くはない。『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は、そう思った。
 この月堂血風斎という男は、放っておいても近いうちに死ぬ。
 ヴィスマルク軍に囚われ、切り刻まれ、金属機械を埋め込まれ、拒絶反応を調べ上げられ、どこまで生きていられるかを徹底的に実験された。
 その全てに耐え抜いた怪物が、全身から蒸気を噴射しながら吼える。
「私は! この国に、天朝様の御世を作り上げる! 妨げとなるもの全てを滅ぼす! 貴様たちの屍を糧に、万世一系の大樹は世を覆い尽くすのだ!」
「……何とも、哀れなものよなァ。鉄屑が夢を見る様は」
 ヴィスマルク兵4名が、嘲笑う。
「叶わぬ夢に、しがみつく。もはや、それしか残っておらぬと見える」
「人生いかに追い詰められたとて、こうはなりたくないものよ」
 嘲笑など、しかし月堂血風斎には聞こえていないようである。
 どれほど笑われようと、打ちのめされようと、兵器として利用されようと、この男の中では『天朝様』という燃料が尽きる事なく燃え盛っている。
 他者には決して理解されぬ『天朝様』のために、他者をことごとく憎んで滅する。気概、と呼べるものであるかどうかは、わからない。
 ひとつの原動力である事に違いはない、とロンベルは思う。
「鉄屑が……夢を見る……」
 こちら側からもキジンが1名、ずしりと進み出た。『天を征する盾』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)であった。
「それが……そこまで、おかしい事ですか?」
「何だ小娘、貴様もキジンか」
 ヴィスマルク兵たちの嘲笑が、デボラに向いた。
「玉の輿でも夢見ているのか?」
「鉄の人形に欲情する物好きも、探せばいるかも知れんしなあ」
 嘲笑に耐えられなくなったのは、デボラ本人ではなく『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)だった。
「……はいヴィスマルクの皆さん、そろそろ黙りましょうか。その悪いお口に私の拳を」
「待ちたまえシスター。その前に、彼らを」
 エルシーを止めながら、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が片手を振るう。
 合図であった。
 自由騎士団の引き連れて来た盾兵隊が、マグノリアに『彼ら』と呼ばれた者たちの身柄を確保する。
 ヴィスマルク兵たちの前衛にされていた、民兵5名。
 ろくに訓練も施されず、ただ粗悪品の小銃を与えられただけの、パノプティコン人の若者たちである。
 マグノリアが盾兵隊を使って、彼らを連行し、戦場から遠ざけて行く。
 月堂が、そちらを睨んだ。
「……どこへ行く! 我が手足となって戦う、それが貴様らの役目であろうが!」
「させないよ」
 月堂の眼前に、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が、すでに回り込んでいる。
「醜悪凶暴、この世で最悪の生き物……鬼が来たよ。カノンの事、覚えてるかな」
「鬼……鬼、鬼! 鬼がぁああああッ!」
 月堂が、猛り狂う。
「私には鬼を滅する力がある! 恐れはせぬ、恐れはせぬぞ貴様など!」
「……見せてもらおうか、そいつを」
 言いつつロンベルは、剛力の親指で、己の胸板にザックリと傷を刻んだ。
 身体能力を引き上げる、自己暗示である。
 自分は今から、潜在能力の全てを解放して敵を斃す。いかなる惨劇になろうと後悔はしない。
「……手足となって戦え? だと? 笑わせるな、お前の手足はそこにある。不細工な身体にくっ付いた、不細工な鉄の塊」
 武骨な刃を生やした右手、投射兵器を内蔵した左手。金属の巨体を支える、不格好な両脚。
 美しい、とロンベルは思った。まさに暴力そのものの姿。
「ヴィス公の兵器じゃない……もはや蒸気が動力のキジンでもねえ。憎悪と執念を燃やし、自壊しながら進み続ける化け物……そいつを今ここで証明してみせろ、月堂血風斎」


 エルシーの長い手足は、いつ見ても美しい凶器であった。
 拳が、手刀が、肘打ちが、蹴りが、月堂血風斎を含むヴィスマルク兵の一団を叩きのめしている。
 まずは体当たりで突っ込んだエルシーの身体が、そのまま拳足の暴風と化していた。
 暴風に吹っ飛ばされるヴィスマルク兵たちの中にあって、月堂の巨体だけが強固に踏みとどまっている。
 その様を見据えながらセアラ・ラングフォード(CL3000634)は、負傷者たちに魔導医療の光を降らせていた。
「かたじけなか……おはんらには、世話になり通しでごわすな」
 光を浴びながら、益村吾三郎が言う。
 彼と、その戦友であるイ・ラプセル軍兵士3名に、セアラのたおやかな片手から癒しの光が降り注ぐ。
「……吾三郎様の事は、心配でした」
 負傷していた吾三郎の治癒を確認しつつ、セアラは思うところを正直に言った。
「貴方には本当に、危なっかしいところがありましたから……」
「……返す言葉も、なか」
「余分な事かも、知れませんけれど」
 イ・ラプセル軍兵士3名に、セアラは同じく治療を施しながら微笑みかけた。
「吾三郎様と、仲良くして下さって……本当に、ありがとうございます」
「……俺たちも、あんたら自由騎士団には世話になりっ放しだなあ」
 1人が、言った。
「あんた方が、アイドーネウスを倒してくれた……その後の処理くらいは、俺たちがきっちりやらなきゃいけないのに」
「そのような事おっしゃらないで。自由騎士団が、貴方たちにどれほど助けていただいているか……言葉では、言い尽くせません」
 血飛沫が見えた。
 月堂が、巨大な右手をカノンに叩き付けたところである。研ぎ澄まされた鉄塊とも言うべき刃が、オニヒトの少女の小さな身体を切り裂いていた。
「……こんな、もんじゃ……鬼は、殺せないよっ」
 鮮血を吹きながら、カノンが呻く。
「ほら、ほら……カノンを殺す、せっかくのチャンス。きっちり活かさないとぉ……今度はね、皆の前でお漏らし程度じゃ済まないよ?」
 月堂が、表記不可能な絶叫を張り上げ、さらなる一撃を叩き込もうとする。
 そこへ、巨大な猛獣が踏み込んだ。
 ロンベルだった。
 炎の牙。セアラには、そう見えた。
 大刀・虎杖丸が、抜き放たれると同時に燃え上がったのだ。紅蓮の一閃が、月堂の巨体をへし曲げる。
 へし曲がった機械の巨体が、炎に包まれながらも荒れ狂い、自由騎士たちに襲いかかる。
 このような怪物がいる限り、とセアラは思う。
「自由騎士団が用済みとなるのは、まだ先の遠い未来……神様を倒した程度で、私たちはお払い箱にはなりませんよ」


「貴方は……浅はかです。月堂血風斎様」
 言葉と共に、デボラが全身各所で装甲を開く。
 銃火が、迸った。
「恥も外聞もなく、その浅はかさを押し通す……そこが貴方の恐ろしさ、敬服いたします!」
 デボラの全身から放たれた炸裂弾幕が、ヴィスマルク軍を灼き払う。
 兵士たちは吹っ飛び、動かなくなった。
 月堂1人が、爆炎を巨体で掻き分け、斬りかかる。右手の刃が、負傷しているカノンを襲う。
「同じキジンとして……貴方のようになりたい、とは思いませんがっ」
 その斬撃を、デボラが受けた。閉じた装甲に、鉄塊そのものの刃が叩き付けられる。
「デボラさん……!」
「カノン様……無理は、なさらないで。オニヒトに執着する敵の攻撃を引き付ける、それはわかりますが」
 グシャリと歪み、よろめきながらも、デボラは立った。
 その戦いぶりに、パノプティコン人の民兵たちが、震える眼差しを向けている。
「強い……なあ……あんたたちは、本当に……」
「オラクルだから、そこそこの力はある……それだけの事に過ぎない」
 マグノリアは言った。
 盾兵隊に護衛された民兵5名を、まるで生徒に対する教師のように見渡しながら。
「改めて言う事ではないけれど……君たちの神を討ったのは、僕ら自由騎士団だ。憎ければ撃つといい……もっとも、その銃では難しいかな」
 オラクルは、そう容易くは死なない。同時に、ヒトの命を容易く壊せてしまう。
 マグノリアに言わせれば、呪いのようなものだ。
 この民兵たちに言わせれば、しかし恩恵でしかないだろう。羨望あるいは嫉妬の対象だ。
「別に……あんた方が、憎いわけじゃあない」
 パノプティコンの若者たちは言った。
「ただ……アイドーネウス様を、殺してしまったのなら」
「そうだよ、アイドーネウス様の代わりをやってもらわなきゃ困る。無責任じゃないか」
「……朗報だ」
 マグノリアは、にやりと笑って見せた。
「君たちは、責任という言葉を知っている。ならば、もう一歩……君たちが、君たち自身に対し責任を負う。そこまで進んでみようじゃないか」
 民兵たちが、青ざめた。
 自分に、責任を負う。
 この若者たちにとって、それは死にも勝る恐怖と苦難なのであろう。
「責任など持つくらいならば、死んだ方がまし……そう思っているんだね。僕も……かつては、命を重要視していなかった。命は道具、死ねば何者かの栄養になるだけ」
 道具である事、部品である事。物として、管理国家の存続に役立つ事。
 この若者たちにとっては、それが当然であったのだ。
 責任とは似て非なるもの、とマグノリアは思う。
「その意識が変わる……出来事が、あった。それは『僕1人』だけでは得られなかったもの……僕が、他者という未知の存在と関わる事で起きた」
「変わりたく……ない……」
 1人が、泣いている。
「道具でいい……部品で、いいじゃないかよ……」
「変わる事は恐怖だろう。わかるよ」
 生きて、変わってゆく。
 それは時として、変わらず死んでゆく事に勝る恐怖となるのだ。
「出来る事が、見えてくるものが……突然、増える。考えなければならない事もだ。それらのいくつかに対して……責任を、持たなければならなくなる……辛いよ」
 マグノリアは言った。
「なのに何故、僕は生きているのか……それはね、素晴らしいものや楽しい事も、沢山あるからだよ」


 吾三郎の白刃が、ロンベルの振るう炎の刃が、別方向から交差する感じに月堂を直撃する。
 武骨な胴体装甲が、深々と裂ける。
 その裂け目から、爆炎が噴出した。
 月堂の内蔵した、殲滅発破。
 装甲を粉砕しながら迸った爆発が、ロンベルと吾三郎を灼き払い吹っ飛ばしながら、後衛のセアラとマグノリアにも迫る。
 迫り来る爆炎を、デボラは全身で止めた。セアラとマグノリアの、盾となった。
「くっ……! こ、この火力……」
 全身各所で装甲が破裂するのを体感しつつ、デボラは歯を食いしばった。
 この月堂血風斎という男、もはや長くはない。
 死に近付くにつれ、その執念は激しく燃え上がり、己以外の全てを灼き払う。
「力は、半減している……はずであるのに……」
 デボラの背後で『劣化』の術式を行使しながら、マグノリアが呻く。
「月堂血風斎……これが、この男の……執念の、炎」
「天朝様の御世など、もはや存在しない……この先も、存在し得ないのですよ」
 同じくデボラの背後でセアラが、女神アクアディーネへの祈りの印を結ぶ。
「思考が、止まってしまったのですね。天朝様への忠誠を叫んでいれば、他に何も考えずにいられた」
 美しい左右の五指が、柔らかく絡み合いながら光を発する。
 癒しの光、であった。
「自身の頭で考え、自分の行動を決める……それは、とても難しい事……」
 デボラの全身で、破裂した装甲が修復されてゆく。
 無機物にさえ癒しをもたらす光が、全員に優しく降り注いだ。
 倒れていたロンベルが、吾三郎が、エルシーが、よろよろと立ち上がる。
 そこへ月堂が、左手を向けた。
「うぬら、貴様ら……まだ、私に刃向かうか……」
 火器の内蔵された、左手。
「天朝様の御世を……泰平の世を……」
「……変わらないねえ、君は本当に」
 月堂の巨体が、揺らいだ。
 その巨大な左足に踏み潰されていたカノンが、癒しの光に包まれながら立ち上がったのだ。
「このっ……鬼がぁ……ッ!」
「そう、鬼はね……こんなもんじゃあ、潰れないよっ!」
 月堂の足を全身で持ち上げながら、カノンは鬼を解放していた。
 巨大な鬼神の姿が出現し、月堂を跳ね飛ばす。
 鬼神は、すぐに消えた。
 鬼の力を、しかしデボラは体内に感じた。鬼神の力が、付与されたのだ。
 この場にいる、全員に。
「勝負どころ、かな……デボラ、合わせられるかい」
 マグノリアの華奢な両手で、鬼の力と融合した魔力が発現し、光の弓となる。
「……ええ、参りましょう!」
 爆煙の如く蒸気を噴射しながら、デボラは踏み込んだ。
 月堂が、よろりと立ち上がる。
 装甲の剥離した、金属製の還リビトを思わせる巨体に、まずは光が突き刺さる。燃え盛る光の矢が、2本。マグノリアの放ったものだ。
 間髪入れずデボラは、最大出力の輝剣を叩き込んだ。鬼の力を宿す斬撃。6連。
 強烈な手応えが、デボラの全身を揺るがした。
 そこへ、鉄塊そのものの刃が襲いかかる。
 残骸も同然の有り様を晒しながら、月堂はしかし辛うじて原形をとどめ、動いていた。
「まだ……動けるとは……っ」
 息を呑むデボラに、月堂の斬撃がめり込む寸前。
 旋風が、弧を描いた。
「死なせてあげた方が幸せなのかも知れない、って……思わない事、ないよ」
 カノンの拳だった。
 鬼神の力を宿す一撃が、月堂の巨体をグシャリとへし曲げる。
「けれど、それは……君がやった事の償いには、ならない。苦しみながら生きてもらうよ」


 月堂の右手。巨大な刃が、死に際の力で一閃する。
 それを、ロンベルが大刀・虎杖丸で迎え撃つ。
 斬撃と斬撃が、ぶつかり合った。
 月堂の右腕が、切断された。
 その時には、ロンベルの巨体の陰から、カノンの小さな身体が跳躍していた。
 落雷。エルシーには、そう見えた。
 カノンの手刀が、いまや巨大な残骸になりかけた月堂の身体を、真上から真下へと切り裂いてゆく。
 月堂は、しかしまだ残骸ではなかった。
 その左手から、魔導爆雷が発射される。
 直撃に、エルシーは耐えた。
 爆炎を蹴散らし、踏み込んで行く。
「……アマノホカリ消失はね、天罰なんかじゃありませんよ。私たちが必ず原因を突き止めます」
 同じ事がイ・ラプセルで起こらない、とは言えないのだ。
「磐成山の人たちは、故郷の消滅を悲しみながらも乗り越えて、次へ進もうとしていますよ……比べて、貴方は何? 悲しみもしない、そのくせ乗り越えようともしない。同じ場所にしがみついて人に迷惑かけるだけ! そんなんだからね、勝てないんですよッ!」
 拳を、エルシーは打ち込んだ。
 真紅の衝撃光が、爆発のように噴出・飛散する。
 金属を抉り粉砕した手応えを握り締めながら、エルシーは残心の構えを取り、そのまま崩れ落ちて尻餅をついた。
 月堂は今度こそ残骸と化し、倒れている。
「大丈夫……ではありませんね、エルシー様」
 セアラが、倒れかけたエルシーを支えてくれた。
「……アマノホカリの消失は、やはり大勢の方々の運命を狂わせてしまったのですね」
「イ・ラプセルが消えちゃったら……あんなふうにトチ狂う奴が、もしかしたら自由騎士団から出るかも知れません」
 倒れた月堂を見つめ、エルシーは言う。
「もしも私が、そうなったら……ぶった斬ってくれますよね? 吾三郎さん」
「……オイに、その資格はなか」
 辛うじて死んではいないヴィスマルク兵士たちを捕縛しながら、吾三郎が応える。
「トチ狂ったは、オイも同じにごつ……」
「過去の事をうじうじ考えてますねえ。女の私が敢えて言います。男らしくありませんよ?」
 エルシーは立ち上がった。
「もう少しドーンと構えましょう。そんなんじゃ貴方だけじゃなく周りの人も幸せになりません。お友達が出来たんですから、もっとポジティブにね? 自分を許すって大事ですよ」
「けっこう難しいけど、ね」
 カノンが、俯く吾三郎の背中をぽんと叩いた。
「難しくても辛くても、自分の頭で考えて動く……吾三郎さんは”生きて”いるよ」
「……あの方々にも、そうあって欲しいですが」
 セアラの気遣わしげな視線の先では、民兵たちがデボラに説教をされている。
「貴方たちが、自分の事を自分で決められない……これはもう、アイドーネウス神ばかりのせいではありませんよ。自分が何をしたいのか、何をすれば心を満たされるのか、それすら考えようとしない貴方がた自身に問題があります。その首から上は何のためにあるのですか」
「まあまあデボラさん。パノプティコンの人たちにね、いきなり『自由に生きろ』はキツいですよ」
 エルシーは言った。
「というわけで皆さん。そんなに管理されたいなら、私と一緒にアクア神殿で働きましょう。朝から晩までみっちり管理してあげます」
「……やめたまえシスター。僕は彼らに『楽しい事も沢山ある』と言ってしまったばかりなんだ」
「ああ、もちろんマグノリアさんの事も楽しく管理しますよ」
 エルシーは、マグノリアの頭をがくがくと撫でた。
 デボラが、溜め息をついた。
「……とりあえず、食事でも作りましょうか? 自分を芽生えさせる、きっかけくらいには」
「……私が……生きる目的を、与えてやる……」
 おぞましい声が、聞こえた。
「戦え……天朝様の、御ために……」
「……月堂血風斎。貴方の行く先は、捕虜収容所になるでしょう」
 セアラが言った。
「そこでも、同じ事を言い続けるのですか? 誰も聞いてはくれませんよ」
「……まったくもって、その通りだな」
 言葉と共にロンベルが、月堂の首を刎ねていた。
 全員が、息を呑んだ。
 セアラ1人が、辛うじて声を発する。
「……武士の、情け……というもの、ですか?」
「そんな上等なモンじゃねえよ」
 虎杖丸を鞘に収め、ロンベルは言った。
「……化け物は、きっちり退治しねえとな」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済