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ハーレム・エンド




 もはや、何かしらの技を繰り出す気力もない。苦し紛れに等しい一撃である。
 当然そんなものがイブリースに通用するはずもなく、跳ね返された。
 跳ね返された剣を弱々しく握り直しつつ、自由騎士アレン・ネッドは後退りをした。
 イブリースが、ずしりと距離を詰めて来る。
 岩で出来た大男。そんな姿のイブリースである。
 1体ではない。数を把握し難いほどの群れが、アレンの視界を占めていた。
 洞窟の、恐らくは最奥部。
 アレンの背後では、同じく気力も魔力も尽きかけた仲間たちが身を寄せ合っている。
 4人の仲間。全員、美少女である。
 ノウブルの魔導士フェリシアは、アレンと同じく16歳。ケモノビトのガジェット使いエミリィは最年長の18歳、ミズヒトの癒し手マチュアは最年少の11歳。マザリモノの踊り子ティアンナは15歳。
「アレン……!」
「アレン様ぁ……」
「しっ死ぬ? あたしたち死んじゃうの? ああん、こんな事なら無理矢理にでもアレン君をモノにしとくんだったぁ!」
 フェリシアが、マチュアが、ティアンナが、悲痛な声を発している。
 守らなければならない、とアレンは強く思った。自分は、この場にいる自由騎士6名の中で唯一の男なのだ。
 強く思うだけでは、しかしこの危機はどうにもならない。イブリースの群れは、アレンたちの逃げ道を塞ぎつつ全方向から迫って来る。
 その包囲の一角が突然、砕け散った。咆哮と共にだ。
「うおおおおおおおおっ!」
 17歳の乙女の、可憐な唇から発せられる声……にしては、いささか猛々しさが過ぎるかと思われる咆哮。
 それと共に、巨大な槌矛が唸りを発する。
 岩石男が2体、3体と、砕け散ってゆく。
 長い黒髪が乱れ舞い、猛牛の如き2本の角が振り立てられる。強靭な筋肉で凹凸くっきりと保たれたボディラインが、荒々しく躍動する。その度に、岩のイブリースが粉砕されてゆく。
 もう1人の仲間。オニヒトの女戦士メイフェム・グリムであった。
「アレン、みんな、早く逃げて! ここは私がっ!」
「だ、だけどメイフェム……」
「……行こう、アレン」
 エミリィが、アレンの腕を引いた。
「この洞窟を、私たちは甘く見過ぎた。体勢を立て直す必要があると思う」
 自由騎士として、イブリース退治の任務に当たった。それは無様な失敗という事になる。
「……メイフェム、死んでは駄目だよ」
 アレンの言葉に、メイフェムは応えない。
 右手で槌矛を振るって岩石男を叩き割り、左腕で別の岩石男を締め砕きながら、微笑んだだけである。
 これほど切なげな笑顔を、アレンは見た事がなかった。
 洞窟の出入口へと続く道を、メイフェムが切り拓いてくれている。
 ティアンナが、フェリシアとマチュアを先導し、その道を行く。
 アレンとエミリィで、殿を守るしかなかった。
「メイフェム……」
 言葉をかけようとしてアレンは口ごもり、そのまま背を向けた。
 かける言葉など、あるわけがない。
 メイフェムの気持ちには、ずっと気付いていたのだ。


 最後に洞窟を出たエミリィが、大量のスモークボムを洞窟内に投げ込んだ。
「エミリィ……!」
 アレンが呆然としている間に、洞窟の入り口は崩落していた。
 綺麗な指で眼鏡の高さを微調整しながら、エミリィがぴんと兎の耳を立てる。そして言う。
「……メイフェムの犠牲は、無駄にはならない」
「メイフェム様ぁあ!」
 マチュアが悲鳴を上げ、崩れた洞窟に駆け寄って行く。
 ティアンナが、豊かな胸を揺らして喜びはしゃいだ。
「あー。あんのバケモノ女、やっと死んでくれたあああ」
「マジうざかったよねー、あのバカ。筋肉女の分際でアレンに色目使ってさあ」
 フェリシアが同調する。
「あたし、わかってるもん。アレン……あの女に狙われて付きまとわれて本当、迷惑してたのよね?」
「……メイフェムと話すのは、正直ちょっと疲れる。そう思ってたよ」
 心が、すっと軽くなってゆくのをアレンは感じた。
「メイフェム……ごめん。君の愛は、ちょっと僕には……重過ぎた」
「……さて。それでアレン、君は私たちの中から誰を選ぶ?」
 エミリィが、美しい胸の谷間を露わにしながら迫り寄って来る。
「ちょっと、抜け駆けしてんじゃないわよ! アレンはね、あたしのもの。温泉で裸見られたの、忘れてないんだからね!」
 フェリシアが、服を脱ぎ始めている。
「いいじゃん、イイじゃん。3人でさ……やっちゃおうよ。アレン君を一番キモチ良くさせた人の勝ちってコトで」
 ティアンナが、アレンの背中に胸を押し付けてくる。
 全方向から押し寄せる快楽に、アレンは抗えなかった。
 マチュア1人が、崩落した洞窟を呆然と見つめている。崩れた岩で塞がれた洞窟。
 その岩が突然、砕け散った。
 血まみれの鬼が、岩の破片を蹴散らしながら出現していた。
「メイフェム……」
 アレンが、続いてフェリシアが声を上げる。
「ち、ちょっとあんたイブリースは……」
「皆殺しに、してきたわ」
 血まみれの美貌で、メイフェムが微笑む。
 エミリィも微笑んだ。
「や、やあメイフェム。無事で良かった。すまない、ちょっとスモークボムが暴発してね」
 その美しい笑顔が、眼鏡もろとも砕け散った。
 重く唸りを立てる槌矛の一撃が、続いてフェリシアを、ティアンナを、粉砕していた。
「…………一緒……」
 呆然と座り込むアレンの身体を、メイフェムが抱き締める。
「……ずっと、一緒よ……アレン……」
 しなやかな豪腕が、豊かな胸が、アレンの全身を容赦なく圧迫し、骨を砕き内臓を破裂させていった。


 イブリースの発生源であった洞窟が、そのまま鬼の住処になってしまった。
「アレン……どうしたの? 私は、ここよ」
 メイフェム・グリムが、優しく語りかける。
 洞窟内の岩壁に鎖で繋がれたアレン・ネッドが、何やら呻き声のようなものを発した。
 そんなアレンを、メイフェムが優しく抱き締める。
 アレンが、メイフェムの首筋に噛み付いた。頸動脈は、メイフェムが巧みに外したようである。
「あらあら……おイタは駄目よ? 可愛いアレン……」
 メイフェムの微笑む口が、アレンの首筋に食らい付いた。
 美しい牙が腐肉を噛みちぎり、可愛らしい舌がドス黒い体液をジュルジュルと大量に舐め取ってゆく。
「ああ、美味しいわ……可愛いアレン、愛しいアレン、美味しいアレン……」
 うっとりと、メイフェムはアレンを抱き締めた。あの時のように。
 抱擁の中でアレンは、弱々しく暴れ痙攣している。
 あの時、オニヒトの女戦士に圧殺されたアレン・ネッドの屍は、この洞窟で還リビトと化していた。
 メイフェムの首筋の傷に、マチュアは魔導医療の光をキラキラと投げかけた。
「……ありがとう、マチュア」
 蠢き暴れる還リビトを、がっしりと抱き締めたままメイフェムは言った。
「貴女だけは、あの連中とは違うから生かしておいてあげる……これからも、私とアレンのために働きなさいね」
「……はい……メイフェム様……」
 あれから数日間、ずっとメイフェムの身のまわりの世話をさせられている。
 還リビトは、このままメイフェムに血を吸われ続ければ、いずれは朽ち果てる。
 その時、メイフェムはどうなるか。破壊と殺戮に走らない、と言えるのか。
 自由騎士団が、駆け付けるのは時間の問題であろう。仲間殺しのメイフェム・グリムは、イブリースと同じく討伐対象となる。
(……メイフェム様には……わたししか、いない……)
 それだけを、マチュアは思った。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.オニヒトの重戦士メイフェム・グリムの撃破(生死不問)
2.還リビト(1体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセル国内のとある洞窟に、自由騎士メイフェム・グリム(オニヒト、女、17歳。重戦士)が立て籠もっております。
 現在のところ、周辺の民に対し悪事を働いているわけではありませんが、彼女は仲間の自由騎士4名を殺害しているため捕縛令が出ております。
 説得を聞く状態ではないので、皆様には戦って彼女を捕縛していただく事になります。

 メイフェムは『吸血』『バッシュLV3』『オーバーブラストLV3』『バーサークLV2』を使用。前衛です。
 後衛には、彼女の仲間であるマチュア・レムザ(ミズヒト、女、11歳。ヒーラー)がいて、ひたすらメイフェムの治療に努めます(『メセグリンLV2』『クリアカースLV2』を使用)

 離れた場所では、メイフェムに殺された自由騎士の1人アレン・ネッド(ノウブル、男、享年16歳。軽戦士)が還リビトと化し、鎖で繋がれています。近付けば牙や爪で攻撃をしてきますが(攻近単)、メイフェムによる度重なる吸血で衰弱しています。こちらは普通に近づいて倒して浄化していただく事になりますが(メイフェム&マチュアとの戦闘区域から1ターンで到着可能)、メイフェムが戦闘可能であった場合、最優先でそれを阻止しようとします。

 メイフェムもマチュアも、普通に戦って体力が0になれば生存状態のまま戦闘不能になります。
 メイフェム・グリムは危険人物なので、捕縛令には殺害許可も含まれております。戦闘後の生殺与奪は皆様次第。
 マチュアの方は、説得のやり方次第でもしかしたら戦闘をやめてくれるかも知れません。

 場所は洞窟内の広い場所。メイフェムによって篝火が設置されています。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年05月30日

†メイン参加者 6人†




 アレン・ネッドは、幸福の絶頂にいたのだろう。
 羨ましい、という思いが『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)には、ないわけではなかった。
 複数の女の子に好意を寄せられ、悦楽に浸る。健全な若者の夢ではある。
 その夢を長続きさせる秘訣は、ただ1つ。
 女の子たちを自分の周りに、平和的に共存させる事だ。
 アレン・ネッドはそれを怠った。自分をちやほやしてくれる女の子たちを、美しい人形としか思っていなかったのだろう。だから、ちやほや扱われるまま放っておいた。
 女性に対して優しい、ようでいて実は誠意に欠ける人間でしかなかったという事だ。
「……お前さんもな、気をつけた方がいいんじゃないのか」
 ニコラスは言った。『エレガントベア』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)は応えた。
「ふん。俺はな、ちょいとモテただけで思い上がっちまうようなガキとは修羅場の経験値が違う。こんなヘマはしないさ」
「そんな事、言ってる奴に限ってねぇ、後で女に刺されたりするわけよ」
 言いつつ天哉熾ハル(CL3000678)が、今から戦場となる洞窟内の広場を見渡した。
 篝火が、焚かれている。
 地下水の採れる洞窟で、人の生活が決して不可能ではない環境ではあるようだ。
 そんな洞窟に、鬼が棲みついていた。
 その鬼を、1人の小さな少女が守っている。
「帰って下さい。お願いです、帰って下さい」
 流水の髪を煌めかせる、ミズヒトの少女マチュア・レムザ。小さな身体で、鬼を背後に庇っている。
「メイフェム様は、何も悪くないんです」
「……それは、ちがうぞ」
 その鬼の方へと視線を投げながら、『異国のオルフェン』イーイー・ケルツェンハイム(CL3000076)が言った。
「メイフェム・グリム……お前のやってることは、ちゃんと『ごめんなさい』をしなきゃいけないことだ」
「そう……じゃ、謝るわね」
 じたばたと弱々しくもがくものを抱いたまま、鬼は笑った。美しいほど鋭い牙が見えた。
「アレンを独り占めして……うふふ。本当に、ごめんなさいね。私、今……この世で1番、幸せ……」
「そんなふうには、とても見えません」
 鬼の言葉を、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が切って捨てた。
「……1人、いたんです。今のあなたみたいな人が。自分の思い通りの事をしている、ように見えて……彼女は全然、幸せそうじゃありませんでした」
「私は……幸せよ?」
 かつてアレン・ネッドであったものを愛おしげに抱き締めたまま、オニヒトの女戦士メイフェム・グリムは幸せそうに笑っている。
 そんな仲間を、マチュアは小さな身体で庇っている。
「……マチュアさん、どうか協力して下さい」
 ティルダは頭を下げた。
「メイフェムさんは今……イブリースよりも恐ろしいものに、なりかけています。わたしたちは彼女に、これ以上の罪を犯して欲しくありません。だから」
「メイフェム様を、助けて下さる……? 無理です」
 マチュアは、涙を流さずに泣いているようだった。
「自由騎士が……誰かを助けるなんて事、出来るはずがありません……」
「……なるほど。確かに、自由騎士不信にもなりますよね」
 言葉と共に『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、修道服を脱ぎ捨てた。メイフェムに負けぬほど、力強く豊麗な肢体が露わになった。
「信じてくれない人たちをこそ、救う。それが神職者の使命です。絶対神職、ぜつ☆しん! なんですよ」
「何を言っているのか、よくわからないけど……そう。つまり貴女、あいつらと同じ?」
 メイフェムが、蠢く腐乱死体を解放し、立ち上がった。
 大型の槌矛を手に取り、マチュアの前に出る。前衛の構え。
「私から、アレンを奪おうって言うのね……死にたい、のね」
「安心したよ、鬼のお嬢さん」
 ニコラスは言った。
「小さな女の子を盾にする、なんてところまでは堕ちてないようでな」
「アレンを奪おうとする連中とは、私が戦う……それだけよ」
「なあメイフェム嬢。あんたのそれは、恋だ。愛とは違う」
 ウェルスが、大型の二丁拳銃を構えた。そして引き金を引く。
「恋っていうのはな、一方的で自分本位で、時には暴力的な代物なんだよ。あんたの歳でわかる事じゃあないがっ」
 2つの銃口から、フルオートで銃火が迸る。
 篝火が、全て砕け散った。
 洞窟内に、暗闇が満ちた。
 リュンケウスの瞳で、ニコラスは闇を見通した。メイフェムは、いくらかは動揺しているようである。
 こちらは全員、リュンケウスの瞳や装着物による対策を済ませてある。これを卑怯と感じるようでは自由騎士は務まらない、とニコラスは思っている。
 エルシーが、ハルが、イーイーが、駆け出した。ティルダは呪法の構えに入っている。
 ニコラスも、魔導術式の錬成を開始した。
 その間、闇の中で、エルシーの凹凸くっきりとしたボディラインが竜巻の如く捻転する。鋭利な美脚が斬撃の如く一閃。旋風の刃そのものの蹴りが、メイフェムを直撃していた。
 身をへし曲げ、血を吐きながら、しかしメイフェムは反撃に転じていた。
 唸りを立てる槌矛の一撃が、エルシーをぐしゃりと打ち倒していた。
「自分から、そんなふうに殴りに来る……自分の居場所を教えちゃうようなものだって、思わない?」
 血を吐き、よろめきながら、メイフェムが笑う。
「真っ暗にして、自分たちは見える……それならねえ、遠くからひたすら撃ちまくる殺り方じゃないと。せっかくガンナーさんがいるんだから」
「……俺には今回、撃ちまくるよりも大事な仕事があってな」
 言いつつウェルスが闇の中、メイフェムの傍らを通過し、すでにマチュアの近くにいた。
「なあマチュア嬢……おっとすまん。いきなり暗がりから男に声かけられたら、そりゃ怖いよな」
 左右の拳銃を、ウェルスは地面に置いた。
「足元に転がってるもの、ちょいと触ってごらん。子供に触らせるものじゃあないが、まあ自由騎士なら大丈夫だろう……そう、そいつは俺の銃だ。俺が今、無手の丸腰だって事だけは理解してくれないか」
「……何、考えてるんですか……」
 マチュアが息を呑んでいる。
「戦いの最中に、いえ最中じゃなくても……武器を、手放すなんて……」
「そういう考え方が出来るところは、さすが自由騎士だな。頼もしいぜ」
「……あなた、バカですか?」
「バカの世迷い言を、まあちょっと聞いてはもらえないか」
 そんな会話をするマチュアとウェルスを、メイフェムは放置しておかなかった。
「マチュアに、おかしな事を吹き込もうと言うの……許さないわよ」
 何かをしようとするメイフェムに向かって、ニコラスは錬成した魔導術式を解放していた。
「マチュア嬢は11歳だってな? 女の子の11歳ってのは案外、大人だ。男と話くらい、させてやりなさい」
 煌めく冷気が、メイフェムを襲う。闇を切り裂いてだ。
「と……やばいか? 意外と光が出るもんだな……」
 ニコラスがいささか慌てた時には、すでに遅い。冷たい光が一瞬だけ、闇を照らしていた。
 一瞬の明かりの中。メイフェムの傍らを走り抜けて行くハルの姿が、浮かび上がる。
「貴女……あなたも、そうなの……?」
 冷気の直撃を受け、凍り付いたメイフェムが、氷の破片を飛び散らせながら無理矢理に動いた。
「私から……アレンを、奪うのね……許さない」
 岩壁に鎖で繋がれたまま、じたばたと弱々しく暴れるもの。かつて自由騎士アレン・ネッドであったもの。
 腐敗した還リビトに、ハルは狼の如く走り寄っていた。倭刀を、抜き放ちながら。
 凍て付きながらも、それを阻止せんとするメイフェムに向かって、ティルダが片手をかざした。
 愛らしい五指が、存在しない何かを握り潰しにかかる。
 メイフェムの肢体が、メキメキッと歪んだ。目に見えない巨大な手に、握り潰されようとしている。
 絶叫を吐くメイフェムに、ティルダは語りかけた。
「お願いです。アレンさんを……もう、解放してあげて下さい」


 暗黒の洞窟内に、咆哮が響き渡った。
 イーイーが、細い身体に闘志を漲らせ、炎の形の大型剣を振るっている。剣に引きずられているかのような、懸命な斬撃だった。
 それが、メイフェムに叩き込まれる。
 致命傷には程遠い一撃が、しかし牝鬼そのものの女戦士をいくらかは怯ませる。
 その間。メイフェムと同じオニヒトの女戦士が、鎖で繋がれた還リビトに言葉をかける。
「見るからに、つまんない男……だけどメイフェム、そうね。アナタにとっては、この上なく大切な存在なのよね」
 ハルは、倭刀を構えた。
「アナタの思い……本物なのよねぇ、メイフェム。そのキレイな恋心、ずっと大切にしながらでいい。次へ進まなきゃダメよ」
 倭刀が、一閃した。
「こんな腐った人形……もう、要らないでしょ」
 メイフェムが、悲鳴を上げた。
 ニコラスの魔導術式で凍傷を負い、ティルダの呪法で圧迫拘束され、その上からイーイーの斬撃を受けた、その痛手による悲鳴ではない。
 彼女にとって、最もかけがえのないものが今、失われたのだ。
 否、とウェルスは思う。本当は、すでに失われていたのである。メイフェム自身の手によってだ。
 今や斬り捨てられた腐乱死体でしかないアレン・ネッドを見やりながら、ウェルスは問いかけた。
「アレン・ネッドってのは、どんな男だったのかな?」
「優しい人でした。けど、それだけです」
 マチュアが即答した。
「フェリシア様もメイフェム様も、どうしてあんなにアレン様に夢中だったのか……わたし、わかりません」
「うん、まあ……いるんだよ、そういう奴」
「みんなでアレン様を奪い合って……雰囲気、最悪でした。そのうち、メイフェム様だけが仲間外れにされるようになって」
「そんなメイフェム嬢を1人、気にかけていた。今も、こうして一緒にいる」
 闇の中でウェルスは巨体を屈め、マチュアと目の高さを合わせた。
「……マチュア嬢は、優しいな」
「わたし……わたしが、もっと早く……もっと……」
「1人で出来る事には限界がある。マチュア嬢は1人ぼっちだったんだな、だけど今は俺たちがいる。自由騎士が信用出来ないのは、わかるけどな」
 メイフェムが、憎しみの咆哮を轟かせながら、ティルダの圧迫呪法を振りほどく。振り上げられた槌矛が、ハルを襲う。
 いや。その直前、血まみれのエルシーが立ち上がった。
「……やってくれるじゃあ、ないですか。ここにいたイブリースを皆殺しにした人の力、甘く見てましたよ。ちょっと敬意を払わなきゃ駄目ですねっ!」
 凶暴なほどに敬意を宿した拳が、蹴りが、疾風の速度でメイフェムを叩きのめす。
 鮮血を散らせ、よろめくメイフェムに向かって、ハルが踏み込んで行った。
「大丈夫よ、メイフェム」
 倭刀が、螺旋状に突き込まれてゆく。
「お気に入りのオモチャってね、無くした時は悲しいけど……所詮はねぇ、オモチャなわけ。自分には大して必要なものじゃなかったってコト、いずれわかるわ」
 螺旋の刺突を打ち込まれたメイフェムが、血飛沫を噴射しながらも倒れず、踏みとどまる。
 そんなメイフェムに魔導医療を施すか否か、マチュアは迷っているようであった。
 ここでメイフェムの体力が回復すれば、この戦いは際限なく続く。マチュアは、それを理解しているのだ。
「わたし……メイフェム様のために、何も出来なかった……」
 涙を流さずに泣いていたマチュアが、ようやく涙を流し始める。
「わたしも含めて、自由騎士なんて……なんにも、出来ない……」
「出来るさ」
 マチュアの眼前で、ウェルスは毛むくじゃらの拳を握った。
「俺たち、自由騎士の力……メイフェム嬢に、見せてやろうじゃないか」


 指が、折れてちぎれそうだった。
 震える左手をかざしたまま、ティルダは歯を食いしばった。
 満身創痍のメイフェムが、圧殺の呪法に抗いながら暴れている。憎悪の絶叫に合わせて、槌矛が暴風の如く振り回される。
 エルシーも、ハルも、イーイーも、近付きあぐねている。
 左手で呪法を制御しながら、ティルダは右手で藍花晶の杖を掲げた。荒れ狂う牝鬼を止めるために、マナの力を借りねばならない。
「……おれ、わかんないよ」
 細い手で重そうに大型剣を構えながら、イーイーが言った。
「すきな人を、鎖でつないで……腐らせて、おくなんて。それ……恋、なのか?」
 恋とは、そのように一方的で自分本位なもの。ウェルスならば、改めてそう言うだろう。
「2人きりで、そんなこと、するより……みんなで、楽しくあそんだ方がよかったんじゃないか? お前が、殺しちゃった奴らとだって」
 咆哮が、洞窟を揺るがした。牝鬼の咆哮。メイフェムは今やイブリース化に近い状態にあるのではないか、とティルダは思った。
 巨大な槌矛が、地面に叩き込まれる。衝撃波が、岩の破片を蹴散らしながらエルシーを、ハルを、イーイーを、吹っ飛ばしていた。
 吹っ飛び、倒れ、すぐには立ち上がらぬ3人を、メイフェムは見据えている。燃え上がる憎悪の眼光。
 地面に埋まっていた槌矛が、剛力で引き抜かれ、振り回される。さらなる猛撃が3人を襲う……直前で、ティルダはマナの錬成を完了した。
「現実を……どうか見て下さい、メイフェムさん……!」
 青く煌めく水のマナが、氷の奔流となってメイフェムを直撃する。
「いいですか。アレンさんはね、あなたが殺したんです!」
 暴れ狂うオニヒトの女戦士が、氷の棺に閉じ込められていた。
 その氷に、亀裂が走る。力で脱出されるのは時間の問題だ。
 ニコラスが、負傷したイーイーの細身を助け起こす。
「……お前さん、なかなか踏み込んで行くね」
 微笑みかけながら、ニコラスが魔導医療の光でイーイーを包む。
「12歳だったな。男の12歳ってのは、はっきり言って子供だ。大人みたいに空気を読まずガンガン行く。結果、相手を怒らせて痛い目に遭う……それがきっかけで、物事が前に進む場合もあってな。大人と子供、どっちがマシかは一概に言えん」
 癒しの光がキラキラと、エルシーとハルの方へも拡散してゆく。2人が、肩を貸し合うようにして立ち上がる。
 イーイーが、ニコラスの腕の中で目を開けた。
「……おっさん……あんた、大人なのか。大人なのに子供みたいな奴、自由騎士団にいっぱいいるぞ」
「まあ男の40代50代ってのは、色々と面倒臭くてなあ。下手すると思春期の若者よりもな」
 憎しみを捨てられない自分も子供なのだろう、とティルダは思った。


 孤児院でも、それは色々とあった。
 ある時イーイーの親友が1人、今思えば実につまらない原因で孤立し、他の皆から攻撃された。
 イーイーはその親友の味方をして、そのせいで袋叩きに遭った。殴り返し、大騒ぎになった。
 殴り返して良かった、とイーイーは今でも思っている。結局、皆と仲直りする事が出来た。
 メイフェムは、つまり殴り返しただけなのだろうか。
 恋、などという意味不明なものが絡んだせいで、仲直りなど出来ず人死にが出た。
「そんな、お前に……わかってるのかよ! マチュアだけが、味方してくれたんだぞ!」
 イーイーは叫び、大型剣に引きずられながら斬りかかった。斬撃は、命中した。
 メイフェムは揺らぎ、だが即座に反撃を繰り出してくる。
 襲い来る槌矛を見つめたまま、しかしイーイーは膝をついていた。もはや、かわす力もない。
 ティルダが、イーイーを庇い抱き起こしてくれた。
 そしてエルシーが、メイフェムにぶつかった。
「……私もね、貴女のマチュアさんに対するやりようだけは許せませんよ」
 鬼と掴み合い、血まみれの額をゴツゴツとぶつけ合いながら、エルシーは言った。
「貴女はね、大事にしなきゃいけないものの優先順位を完ッッ全に間違えてます。頭ぁ冷やしなさい!」
 平手打ちが、メイフェムの顔面を直撃する。自分がこれを食らったら脳みそが耳から出る、とイーイーは思った。
 倒れたメイフェムが、牙を剥き、立ち上がろうとする。
 そこへ、マチュアの小さな身体が飛びついて行った。
「もう……やめましょう、メイフェム様……」
 仮に今、エルシーやハルが何かしらの攻撃をメイフェムに叩き込んだら、マチュアは躊躇いもなく身代わりとなるだろう。
 それを、理解したのであろうか。
 メイフェムはそのまま立ち上がらず、マチュアを弱々しく抱きしめたまま俯いた。
 先程のマチュアのように、涙を流さず泣いているのかも知れない。
「……助かったぜ」
 ウェルスが、銃を下ろした。
「目の利かない相手を、一方的に撃ち殺す……なんて戦い方、しなくて済んだ。みんなに感謝する」
「どういたしまして……と、いうわけよメイフェム」
 ハルが、マチュアの頭を撫でた。
「1人の時間を持て余すのは、ここまで。アナタにはね、これから見つけなきゃいけないもの、いっぱいあるわ」
「……汚れ役、押し付けちまって悪かったな」
 アレンの屍を見やりながら、ニコラスが言う。
「浄化は、俺の役目かとも思ってたんだが」
「ふふ……つまらない男は斬って捨てる。それだけよ」
「アレンさんは……」
 イーイーを抱き支えたまま、ティルダが言った。心地よい柔らかさの中で、イーイーは呆然としていた。
「還リビトになるほど、心残りだった事……謝罪の思い、だったんでしょうか? それなら、少しは救いのあるお話だと思うのは甘いでしょうか」
「甘くて一向に構わないとは思うけど……ま、そんなタマじゃないわね。アイツは」
 アレンの屍を一瞥し、ハルは言った。
「あれはね、ただハーレムを夢見てただけ。死んでからも、ずっとね」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済