MagiaSteam




呪いの軍団

●
笑顔とは、人の心を和ませるものでは決してない、と僕は思った。
特に、この男の笑顔は格別に醜い。
「人に迷惑をかけちゃあいけませんよって、ミトラース様は教えてくれなかったのかなああ? んん?」
ヴィスマルク軍兵士ラゲム・ファレッジ。小男である。僕よりも背が低い。そのくせ力が強く、僕はこの男に片手で捻り倒された事がある。
こうして笑っていると、まるで醜い猿が牙を剥いているかのようだ。
「君たちが逃げたらぁ、俺たちゃ他の子を痛めつけなきゃいけなくなるんだよ? 君たちの分までさぁ。わかってんのかなあ?」
「わかっておらんのだろうな、まったく……」
ゴルドラル・ロッゾが溜め息をつく。こちらは大男である。
「お前たちが、あまりに使い物にならんようであれば……我々はな、女子供を引き立てて鍛え上げねばならなくなるのだぞ。男として、どう思う」
男が強くなければいけない、などというのは呪いでしかないのだ。
このヴィスマルク軍という連中は皆、呪われている。強くなければ生きる資格がない、という呪いだ。
その呪われし軍勢が今、ここシャンバラを乗っ取ろうとしているのだ。
最初は、用心棒として僕たちの村に入り込んで来た。
侵略者イ・ラプセルのせいで、この国の平和と治安は破壊された。賊徒やイブリースが数多く出没し、僕たちの平穏な暮らしを脅かすようになったのだ。
入り込んで来た用心棒たちは、賊徒もイブリースも皆殺しにして村を守ってくれた。
村長ら村の大人たちは、この押しかけ用心棒の集団をすっかり信用してしまった。
僕の住む村、だけではない。シャンバラの各地で、このような事が起こっているらしい。用心棒として押しかけて来た者たちが、町や村を乗っ取ってゆく。
その者たちはヴィスマルク軍であるから受け入れてはならない、という布告がイ・ラプセル総督府から出されてはいる。
すでに、遅かった。
多くの町や村が、シャンバラの平和を破壊したイ・ラプセルではなく、ヴィスマルクの力による庇護を、今や受け入れつつある。
頃合いを見計らったかのように、やがてヴィスマルク軍は本性を露わにした。
だから、僕たち5人は逃げ出した。
村はずれの森の中で、しかし3人のヴィスマルク兵士が僕たちを待ち受けていた。
「リオン。ケント、アドル。カイン、トーマス……村へ戻れ。今ならば不問にしておく」
ゴルドラルが、偉そうに言った。
「お前たちの村は我々を、ヴィスマルク軍と知って受け入れたのだ。ヴィスマルクのやり方に、従ってもらうぞ」
「君たちさぁ、17歳とか18歳とか、そんな年齢でろくに戦闘訓練も受けた事ないとか。恥ずかしいとは思わんのかね、ああん?」
ラゲムが、立ち竦む僕たち5人の顔を覗き込み睨め付ける。
「俺たちに頼ってばっかじゃダメなんだよ。自分らの村は、自分らで守れるようにならねえと」
「15歳以上30歳未満の男子、全員に軍事調練を受けてもらう。村長ら主だった者どもは、それを受け入れたぞ」
有無を言わせぬ口調で、ゴルドラルが言った。
「……我らの任務は、お前たちをヴィスマルク兵士として鍛え上げる事だ」
「徴兵……じゃないか、それは……」
リオンが言った。
「平和に暮らしていた俺たちを、戦争に駆り立てようって言うのか……」
「現実を見ろ。お前たちの平和はな、イ・ラプセルによって破壊されたのだ」
「いたいけなヨウセイちゃんをいじめるからよォ、正義ヅラした自由騎士団から天誅くらっちゃうんだぜ?」
ラゲムが笑うと、カインが激昂した。
「そ、そうだヨウセイ……あの魔女どもが! 大人しくボクらに命を捧げていればいいものを、おかしな騒ぎ方をして! 自由騎士団などという災いを引き入れて」
叫ぶ口元が、ぐしゃりと潰れた。
今まで黙っていた3人目のヴィスマルク兵が、拳を叩き込んだのだ。
鉄の、拳だった。
キジンである。おぞましき異端。
こんなものを正規の兵隊として使っている。ヴィスマルク人も所詮、イ・ラプセル人と変わらぬ蛮族であるという事だ。
カインに続いてリオンが、アドルが、トーマスが、おぞましきキジンに叩きのめされてゆく。
「やめろ! 落ち着け、ゼノク!」
「出来るだけ殺すなって、ドルフロッド少尉に言われてンだろ! まあ……出来るだけ、な」
僕の胸ぐらを掴むキジンを、ゴルドラルとラゲムが2人がかりで止めた。
殴り倒された4人は、血まみれで痙攣している。辛うじて生きてはいるようだ。
「ほらゼノク、おめえの好きなシーン見て落ち着け……ったく。鍛えて使いモンになんのかね、こいつら」
ラゲムに手渡された書物を、キジン兵士は開いて見つめた。総督府から配布され、教科書として用いられているものである。
半分が機械化した、醜悪なキジンの顔が、赤らんだ。
「……アクアディーネ様……かわいい……」
「ううむ、イ・ラプセル側の洗脳力も侮れん。うかうかしてはいられんな」
ゴルドラルが、続いてラゲムが言った。
「てなワケでゴミクズども。テメエらの腐った根性、叩き直さねーといけねえからよォ。まずは村に戻んぞ」
僕は、髪を掴まれた。
「……自分たちだけで逃げ出そうってのが何より気に入らねえ。てめえらは特別コースだ、覚悟しとけや」
「ひどい……ひどいよ……」
僕は、泣き出していた。
「平和を愛する、僕たちシャンバラ人に……戦争を、させようなんて……」
「てめえよォ、俺らがいきなり牙ァ剥いたらどうするつもりだ!? おい」
ラゲムが、僕の顔面を木に叩きつけた。
「男は殺して女子供はさらってく! 俺らがソレやり始めたらどーすんだオイごらぁ! てめえの村ぁテメエで守ろうって気に何でなれねえ? ンなんだからイ・ラプセルにあっさり負けちまうんだよクソゴミどもがぁああッ!」
呪われている。僕は、それだけを思った。この男たちは、本当に呪われている。
平和を愛する事を知らない、哀れな連中なのだ。
「あ……軍曹、こちらにおられましたか」
兵士が1人、村の方から駆け付けて来た。
「物見より報告。自由騎士団が、こちらへ向かっております」
「例の、水鏡だな」
ゴルドラルが言った。
「……よし、村の中で迎え撃とう。心配するなケント、村人を人質に取ろうという気はない」
「村の連中にはな、見せつける。考えさせる。イ・ラプセルとヴィスマルク、どっちに付くのが幸せかってのをなあ」
ラゲムが、血まみれの僕を引きずった。
ゴルドラルとゼノクが、他4人を物のように運ぶ。
「なあケント君。いくらテメエらが性根の腐ったゴミでもよぉ、今更イ・ラプセルに助けを求めるなんてェ恥知らずな事ぁしねえよなあ? なあ? なあ? おめえら自分の意思でヴィスマルクに付いたんだからよお」
ラゲムの、凶暴な猿のような顔が、ニヤリと歪んだ。
「誰も助けちゃくれねえって事、思い知らせてやっからよォ……観念して、心入れ替えてよ、立派なヴィスマルク兵になるんだぜ」
笑顔とは、人の心を和ませるものでは決してない、と僕は思った。
特に、この男の笑顔は格別に醜い。
「人に迷惑をかけちゃあいけませんよって、ミトラース様は教えてくれなかったのかなああ? んん?」
ヴィスマルク軍兵士ラゲム・ファレッジ。小男である。僕よりも背が低い。そのくせ力が強く、僕はこの男に片手で捻り倒された事がある。
こうして笑っていると、まるで醜い猿が牙を剥いているかのようだ。
「君たちが逃げたらぁ、俺たちゃ他の子を痛めつけなきゃいけなくなるんだよ? 君たちの分までさぁ。わかってんのかなあ?」
「わかっておらんのだろうな、まったく……」
ゴルドラル・ロッゾが溜め息をつく。こちらは大男である。
「お前たちが、あまりに使い物にならんようであれば……我々はな、女子供を引き立てて鍛え上げねばならなくなるのだぞ。男として、どう思う」
男が強くなければいけない、などというのは呪いでしかないのだ。
このヴィスマルク軍という連中は皆、呪われている。強くなければ生きる資格がない、という呪いだ。
その呪われし軍勢が今、ここシャンバラを乗っ取ろうとしているのだ。
最初は、用心棒として僕たちの村に入り込んで来た。
侵略者イ・ラプセルのせいで、この国の平和と治安は破壊された。賊徒やイブリースが数多く出没し、僕たちの平穏な暮らしを脅かすようになったのだ。
入り込んで来た用心棒たちは、賊徒もイブリースも皆殺しにして村を守ってくれた。
村長ら村の大人たちは、この押しかけ用心棒の集団をすっかり信用してしまった。
僕の住む村、だけではない。シャンバラの各地で、このような事が起こっているらしい。用心棒として押しかけて来た者たちが、町や村を乗っ取ってゆく。
その者たちはヴィスマルク軍であるから受け入れてはならない、という布告がイ・ラプセル総督府から出されてはいる。
すでに、遅かった。
多くの町や村が、シャンバラの平和を破壊したイ・ラプセルではなく、ヴィスマルクの力による庇護を、今や受け入れつつある。
頃合いを見計らったかのように、やがてヴィスマルク軍は本性を露わにした。
だから、僕たち5人は逃げ出した。
村はずれの森の中で、しかし3人のヴィスマルク兵士が僕たちを待ち受けていた。
「リオン。ケント、アドル。カイン、トーマス……村へ戻れ。今ならば不問にしておく」
ゴルドラルが、偉そうに言った。
「お前たちの村は我々を、ヴィスマルク軍と知って受け入れたのだ。ヴィスマルクのやり方に、従ってもらうぞ」
「君たちさぁ、17歳とか18歳とか、そんな年齢でろくに戦闘訓練も受けた事ないとか。恥ずかしいとは思わんのかね、ああん?」
ラゲムが、立ち竦む僕たち5人の顔を覗き込み睨め付ける。
「俺たちに頼ってばっかじゃダメなんだよ。自分らの村は、自分らで守れるようにならねえと」
「15歳以上30歳未満の男子、全員に軍事調練を受けてもらう。村長ら主だった者どもは、それを受け入れたぞ」
有無を言わせぬ口調で、ゴルドラルが言った。
「……我らの任務は、お前たちをヴィスマルク兵士として鍛え上げる事だ」
「徴兵……じゃないか、それは……」
リオンが言った。
「平和に暮らしていた俺たちを、戦争に駆り立てようって言うのか……」
「現実を見ろ。お前たちの平和はな、イ・ラプセルによって破壊されたのだ」
「いたいけなヨウセイちゃんをいじめるからよォ、正義ヅラした自由騎士団から天誅くらっちゃうんだぜ?」
ラゲムが笑うと、カインが激昂した。
「そ、そうだヨウセイ……あの魔女どもが! 大人しくボクらに命を捧げていればいいものを、おかしな騒ぎ方をして! 自由騎士団などという災いを引き入れて」
叫ぶ口元が、ぐしゃりと潰れた。
今まで黙っていた3人目のヴィスマルク兵が、拳を叩き込んだのだ。
鉄の、拳だった。
キジンである。おぞましき異端。
こんなものを正規の兵隊として使っている。ヴィスマルク人も所詮、イ・ラプセル人と変わらぬ蛮族であるという事だ。
カインに続いてリオンが、アドルが、トーマスが、おぞましきキジンに叩きのめされてゆく。
「やめろ! 落ち着け、ゼノク!」
「出来るだけ殺すなって、ドルフロッド少尉に言われてンだろ! まあ……出来るだけ、な」
僕の胸ぐらを掴むキジンを、ゴルドラルとラゲムが2人がかりで止めた。
殴り倒された4人は、血まみれで痙攣している。辛うじて生きてはいるようだ。
「ほらゼノク、おめえの好きなシーン見て落ち着け……ったく。鍛えて使いモンになんのかね、こいつら」
ラゲムに手渡された書物を、キジン兵士は開いて見つめた。総督府から配布され、教科書として用いられているものである。
半分が機械化した、醜悪なキジンの顔が、赤らんだ。
「……アクアディーネ様……かわいい……」
「ううむ、イ・ラプセル側の洗脳力も侮れん。うかうかしてはいられんな」
ゴルドラルが、続いてラゲムが言った。
「てなワケでゴミクズども。テメエらの腐った根性、叩き直さねーといけねえからよォ。まずは村に戻んぞ」
僕は、髪を掴まれた。
「……自分たちだけで逃げ出そうってのが何より気に入らねえ。てめえらは特別コースだ、覚悟しとけや」
「ひどい……ひどいよ……」
僕は、泣き出していた。
「平和を愛する、僕たちシャンバラ人に……戦争を、させようなんて……」
「てめえよォ、俺らがいきなり牙ァ剥いたらどうするつもりだ!? おい」
ラゲムが、僕の顔面を木に叩きつけた。
「男は殺して女子供はさらってく! 俺らがソレやり始めたらどーすんだオイごらぁ! てめえの村ぁテメエで守ろうって気に何でなれねえ? ンなんだからイ・ラプセルにあっさり負けちまうんだよクソゴミどもがぁああッ!」
呪われている。僕は、それだけを思った。この男たちは、本当に呪われている。
平和を愛する事を知らない、哀れな連中なのだ。
「あ……軍曹、こちらにおられましたか」
兵士が1人、村の方から駆け付けて来た。
「物見より報告。自由騎士団が、こちらへ向かっております」
「例の、水鏡だな」
ゴルドラルが言った。
「……よし、村の中で迎え撃とう。心配するなケント、村人を人質に取ろうという気はない」
「村の連中にはな、見せつける。考えさせる。イ・ラプセルとヴィスマルク、どっちに付くのが幸せかってのをなあ」
ラゲムが、血まみれの僕を引きずった。
ゴルドラルとゼノクが、他4人を物のように運ぶ。
「なあケント君。いくらテメエらが性根の腐ったゴミでもよぉ、今更イ・ラプセルに助けを求めるなんてェ恥知らずな事ぁしねえよなあ? なあ? なあ? おめえら自分の意思でヴィスマルクに付いたんだからよお」
ラゲムの、凶暴な猿のような顔が、ニヤリと歪んだ。
「誰も助けちゃくれねえって事、思い知らせてやっからよォ……観念して、心入れ替えてよ、立派なヴィスマルク兵になるんだぜ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ヴィスマルク軍兵士(10名)の撃破。生死不問。
お世話になっております。ST小湊拓也です。
旧シャンバラ領のとある村を、ヴィスマルク軍の一部隊が占拠しております。
これを撃破し、村を解放して下さい。
時間帯は真昼、場所は村の中央広場。
ヴィスマルク軍の内訳は以下の通り。
●ゴルドラル・ロッゾ(前衛中央)
ノウブル、男、25歳。重戦士スタイル。『バッシュLV3』『オーバーブラストLV3』を使用。
●ラゲム・ファレッジ(前衛、ゴルドラルの右)
ノウブル、男、23歳。軽戦士スタイル。『ヒートアクセルLV3』『ピアッシングスラッシュLV3』を使用。
●ゼノク・マッシャー(前衛、ゴルドラルの左)
キジン、男、24歳。格闘スタイル。『震撃LV3』『回天號砲LV3』を使用。
●防御タンク(2名、前衛両端)『シールドバッシュLV2』『パリィングLV2』を使用。
●ガンナー(5名、後衛)『ヘッドショットLV2』『ダブルシェルLV2』を使用。
以上、10名と対峙している状態から始めていただきます。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
旧シャンバラ領のとある村を、ヴィスマルク軍の一部隊が占拠しております。
これを撃破し、村を解放して下さい。
時間帯は真昼、場所は村の中央広場。
ヴィスマルク軍の内訳は以下の通り。
●ゴルドラル・ロッゾ(前衛中央)
ノウブル、男、25歳。重戦士スタイル。『バッシュLV3』『オーバーブラストLV3』を使用。
●ラゲム・ファレッジ(前衛、ゴルドラルの右)
ノウブル、男、23歳。軽戦士スタイル。『ヒートアクセルLV3』『ピアッシングスラッシュLV3』を使用。
●ゼノク・マッシャー(前衛、ゴルドラルの左)
キジン、男、24歳。格闘スタイル。『震撃LV3』『回天號砲LV3』を使用。
●防御タンク(2名、前衛両端)『シールドバッシュLV2』『パリィングLV2』を使用。
●ガンナー(5名、後衛)『ヘッドショットLV2』『ダブルシェルLV2』を使用。
以上、10名と対峙している状態から始めていただきます。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年07月24日
2020年07月24日
†メイン参加者 6人†
●
十字架が何故、神聖なるものであるのか、知る者はいない。アクア神殿でも教えてはくれない。
ともかく『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が物心ついた時には、神聖さの象徴と言えばまず十字架であった。昔も今も世の人々は、そう認識している。
だからアンジェリカは、十字架を武器に選んだ。
旧古代神時代のとある聖人が自己犠牲的な行いをして、それが十字架の聖性の由来となっている……という話をアンジェリカは聞いた事がある。
その聖人は、大勢の人々の罪を被って自ら磔刑に処されたという。アクアディーネら実存の神々の出現と共に失われてしまった、数々の神話の1つである。
十字架が5本、村の広場に立てられていた。若い男が1人ずつ、拘束されている。
5人とも血まみれで、辛うじて生きている状態であった。
神聖なる自己犠牲とは程遠い有り様である。怪我人を、ただ見せしめにしているだけだ。
磔刑寸前の負傷者5名を監視する形に、ヴィスマルク帝国兵士10名が布陣している。
そんな殺伐とした光景を、まるで笑い飛ばすかのように明るく景気の良い音楽が、響き渡った。名乗り口上と共にだ。
「さあっ、さあ! さあ、さあさあさあ! 貴方がたの悪行、全てお見通しですのよ! この、わたくしが! 自由騎士ジュリエット・ゴールドスミスが、女神に代わって! お仕置き! いたしますわーッ!」
煌びやかな爆発の効果を背景として『思いの先に』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)が、前衛の位置に立つ。
ヴィスマルク軍部隊、隊長格3名の1人が、広場に出現した自由騎士6人を呆然と見やる。
「何だ……何だ、何だ! 何だぁこりゃああああ!」
3名のうち最も小柄な、猿を思わせるラゲム・ファレッジである。
「女ばっかりじゃねえか! どうなってんだ、こいつぁ」
「ふむ……女とは言え、一騎当千の曲者ばかりよ」
3名のうち最も大柄な巨漢ゴルドラル・ロッゾが、こちらを睨み据え、呻く。
十字架に捕われた若者たちを、ラゲムが怒鳴りつけた。
「おい、どう思う! てめえら男として一体どうよ、恥ずかしくねえのかオイごるぁあ!」
「おやめなさい」
アンジェリカは声をかけた。
「戦いの意思なき人々に戦いを強いる事は、許しませんよ」
「別に、いいじゃないですか。男が弱虫だって、臆病者だって、卑怯者だって」
にこりと笑いながら、『ローリングラビットキック』ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)が言った。
「男らしさの呪いって、なかなか解けないものですねえ。ヴィスマルクみたいな脳筋国家の人たちは、特にそう」
言葉と共に、呪法が発動しつつある。ティラミスの全身で、白く柔らかな獣毛が、風もないのに揺らめいている。
うっすらとした影のようなものが、ティラミスの身体を包み込んでいた。影の衣。
「男らしさの呪い……解いてあげましょう。貴方たちは今からね、女の子にぶちのめされて負けるんです」
「わたくしの、美に! 屈しなさい」
ジュリエットの挑発に、ラゲムが嘲笑で応える。
「美、だと。ふん、笑わせるんじゃあねえぜ」
自由騎士6名を、ラゲムは睨んで観察した。
その視線を『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)に固定しつつ、ラゲムは鼻の下を伸ばした。
「そこの淫乱っぽいピンク髪のお嬢ちゃん! おめえだけは俺好みだなああ。美少女ってのぁおめえさんの事を言うのよ。戦いなんかやめて、お茶しに行こうぜい……他は、山猿だな。犬やら毛玉やらもいるみてえだが、まあ引っくるめてメス猿の群れだ。特に、おい。そこの」
横柄な言葉が、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)に投げかけられる。
「何だそりゃ、意味なく胸とフトモモばっか膨らませやがって。人らしい慎みってモンがまるでねえ、恥を知れ」
「ほうほう、なるほど。そうですかあ」
エルシーは微笑み、修道服を脱ぎ捨て、ずかずかとラゲムに歩み迫る。
「……ぜつ☆ころ! ですね」
「何の略かは敢えて訊かないけど少し落ち着こうエルシーちゃん」
不用心に敵陣突入を試みようとするエルシーを、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が止めた。
マグノリアが、ラゲムに微笑みかける。
「……お手柔らかに、お願いしたいね。僕は、ここにいる女性陣の誰よりも非力なんだ」
「何だあ!? 男か! 男かよテメエぇえええええ!」
ラゲムが絶望し、そして怒り狂う。
「…………全員、ぶっっっ殺す!」
「貴様たちを、男と思う事にする」
ゴルドラルが、戦斧を構えた。
「我らにとって……己の全てを捧げ奉るにふさわしき女性は、ただ御1人。国母様のみよ」
巨体が、突進して来る。
「貴様たちなど、国母様の歩まれる道を這いずり汚す虫でしかない。駆除させてもらうぞ!」
「噂に聞く、ヴィスマルク帝国の国母……いずれ、お目にかかりたいものです」
アンジェリカは、十字架を振るった。
巨大な十字架に仕込まれた多段式炸裂弾が、轟音と共に掃射される。銃撃が、そのまま爆撃となった。
盾兵が2人、ゴルドラルとラゲムを庇い、爆炎に灼かれた。
そこへ、エルシーが猛然と踏み込んで行く。
「その前に! 貴方たちには、地面を舐めてもらいますよっ!」
鋭利な美脚が、嵐となってゴルドラルや盾兵たちを薙ぎ払う。弾丸の如き拳が、ラゲムを直撃する。
鼻血を噴いてよろめくラゲムに、エルシーはなおも強襲を仕掛けた。
「どうですか、山猿の拳はっ! まだまだ、こんなものじゃあないですよ」
「させない……」
ヴィスマルク軍の隊長格3名、最後の1人がエルシーを阻んだ。鋼の拳を持つ格闘者ゼノク・マッシャー。
蒸気を噴射しながらの一撃が、エルシーを襲う。
エルシーの方からも、咆哮の如き気の奔流を撃ち込んでゆく。
「ふん、キジンの格闘スタイルとは面白いじゃあないですかっ!」
相打ちとなった。
気の奔流に吹っ飛ばされ、踏みとどまりながら、ゼノクが呻く。
「アクアディーネ様は、かわいい……だけど、お前らはかわいくない」
「アクアディーネ様の可愛さが、おわかりですか」
血飛沫を咲かせてよろめくエルシーを抱き止めつつ、アンジェリカは言った。
「でしたら、もう……このような事、おやめ下さい」
●
「死にやがれ山猿ども!」
自分勝手な怒りの激情は、しかし時として凄まじい力を生み出すものだ。
踏み込んで来たラゲムの剣は、まさに閃光であった。
それを、ジュリエットが聖剣で受け止める。切っ先は、確かに受け止められた。
だが剣閃の衝撃は、ジュリエットの細身を貫通し、後方のマグノリアをも直撃していた。
血を吐きながら、ジュリエットが叫ぶ。
「うっく……まっマグノリア様! ご無事でして!?」
「僕の事は心配無用……」
呻くマグノリアの細い全身から、淡く白い光がキラキラと頼りなく漂い出して自由騎士全員を包み込んでいる。魔導医療の光。
「……様、は要らないかな」
「ふふっ。年長の方への、敬意ですわ」
「君が……前衛に立つように、なるとはね」
「魔剣士としての修行の成果、お見せいたしますわよ老師」
緩やかな治療をもたらす癒しの光をまといながらジュリエットは、聖剣で受け止めたラゲムの刃を押し返した。
「ねえヴィスマルクの方……無礼の数々に対する罰、楽しみにお待ちなさいな。まずはね、うるさそうな方々に御退場いただきますわ!」
短めのスカートを際どく舞わせながら、ジュリエットは聖剣を閃かせた。
その一閃が、空間を切り裂いた、とカノンは感じた。
空間の裂け目に、敵をことごとく叩き落とすかのような斬撃。
ヴィスマルク軍後衛、小銃を構えた兵士5名が、こちらへ銃口を向けて引き金を引こうとしたまま硬直している。彼らの肉体ではなく魂が、空間の裂け目の奥にある奈落へと吸い込まれたのだ。
いや、うち2人だけが辛うじて奈落の底より這い戻り、息も絶え絶えになりながら引き金を引いた。さすがにヴィスマルクの精兵であった。
神に甘やかされてきたシャンバラの若者を、このレベルにまで鍛え上げるのは無理であろう、とカノンは思う。
ともかく。放たれた銃撃が、ティラミスを直撃していた。
「ふふ……どうです。毛玉って、固いでしょ?」
影の衣をまとったティラミスは、無傷である。無傷のまま、何やら術式の錬成を行っている。
村の人たちには、何かお説教でもしますか? 私からは、まあ皆さんせいぜい強く生きて下さい? くらいでしょうかね。
ここへの道中、そんな事をティラミスは語っていたものだ。
強く生きる事など無理であろう、とカノンは思う。
遠巻きにこの戦いを盗み見る村人たちの、おどおどとした顔と目つきを見ただけでわかる。
この人々は己の意思でヴィスマルク軍を受け入れておきながら、その結果からは逃げ回っている。
「……そんな人たちでもね、カノンは守るって決めたんだ」
カノンは跳躍した。小さな身体が、空中で旋風となった。あまり長くない両脚が、ヴィスマルク軍前衛を猛襲する。
嵐の如き回し蹴りが、ラゲムを、ゼノクを、ゴルドラルを、薙ぎ払った。
「ぐっ……み、見間違いではなかったようだな……貴様やはり、カノン・イスルギか」
ゴルドラルがよろめき、踏みとどまり、踏み込んで来る。大型の戦斧が、振り下ろされる。
「イ・ラプセルで大人しくしておれば良いものを! シャンバラ人の憎しみを、わざわざ浴びるために来たのか!」
その一撃が地面を直撃し、衝撃の波動を迸らせる。
土の破片を大量に含んだ波動が、カノンを、ジュリエットを、エルシーとアンジェリカを直撃し吹っ飛ばした。
吹っ飛び、地面に激突し、よろりと立ち上がりながら、カノンは呻く。
「……覚悟、だよ」
口に出してしまうと、これほど空々しくなってしまう言葉もない、とカノンは思う。
雨が降った。癒しの力の、雨であった。
「……女性の覚悟は、強いね」
マグノリアの、ハーベストレインであった。
「覚悟を決めた時の、頼もしさ……ああ、もちろん男が弱いと言っているわけじゃあない」
カノンだけでなくジュリエットが、エルシーが、アンジェリカが、降り注ぐ魔導医療を浴びて立ち上がる。
マグノリアは、なおも言う。
「向き不向きがあって、個性もある……男がどう女がどうという決め付け押し付けに、一体どんな意味がある?」
「……戦いの出来ぬ男に、存在価値はない。それが我らヴィスマルク人のありようでな」
言葉と共に、ゴルドラルの巨体が踏み込んで来る。
「自国の価値観を他国に押し付ける、それは貴様らイ・ラプセルの現在進行形ではないのか!」
「……まさしく」
アンジェリカが、迎え撃った。
巨大な十字架が、聖なる祈りの念を宿して黄金色の輝きを放つ。
「私たちは、この国の人々から神を奪った……それは、この村における貴方がたの行いと比べてっ」
細くしなやかな剛腕が、金色の光の塊と化した十字架を、ゴルドラルに叩き込んでいた。巨体が、へし曲がった。
「一体……どうなのでしょう、ね」
吹っ飛んだゴルドラルと代わるように、ラゲムが高速で飛び出し突っ込んで来る。
「悪い事じゃあねーだろ。おめえらはよォ、かわいそうなヨウセイちゃんを助けたんだぜえ!? 堂々としてろや、自分ら正義の味方です逆らったら殺しちゃうぞうってなァー!」
「黙れ……!」
カノンは思わず、ラゲムの眼前に立ちふさがっていた。襲い来る高速斬撃に向かって、踏み込んでいた。
小さな両手を獣の顎門に変え、咆哮を放つ。気の奔流。
それが、ラゲムを直撃した。
ラゲムの剣も、カノンの小さな身体を切り苛んでいた。
血まみれでうずくまるカノンの肩に、ティラミスが片手を置く。
吹っ飛び倒れたラゲムを庇うように、ゼノクが立ち構えた。金属製の手首が外れ、砲口が現れる。
光の砲弾が、発射された。
マグノリアの眼前で、爆発が起こった。
光の砲撃が、マグノリアの盾となった何者かに命中したのである。
潰れかけた、小柄な生き物。ホムンクルスであった。
「回復の要であるマグノリアさんを狙うとは抜け目ない事。でもね、手は打ってあるんですよ」
ティラミスが、ホムンクルスを操縦しつつ、カノンの肩に癒しの力を流し込んでくれる。魔導医療であった。
傷が塞がってゆくのを体感し確認しながら、カノンは視線を投げた。
アンジェリカの引き連れて来た衛生部隊が、若者5人を十字架から解放し、医療行動に取りかかっている。
これで、しかし彼らが、シャンバラ人特有の差別意識を捨て去ってくれるとは思えなかった。ヨウセイを差別し、キジンやマザリモノを差別する。そうして平和を保ってきた人々なのだ。
(そんな平和でも、平和……救われた人たちは、大勢いる……)
カノンは、心の中で語りかけていた。
(貴方は、それを守りたかったんだね……ヨハネス教皇……)
「ティラミスのホムンクルス……よくぞ、僕を守ってくれた」
マグノリアが、治療術式を実行している。潰れかけていたホムンクルスが、元の形に盛り上がってゆく。
ヨハネス、と名付けようとして、カノンは思いとどまった。
「シャンバラとは、ヨウセイさんたちを救うために」
カノンの傷を癒しながら、ティラミスが言う。
「ヘルメリアとは、奴隷の人たちを救うために戦争を始めて……うふふ。ヴィスマルクへは一体、誰を助けるために攻め込むんでしょうねえ。私たち自由騎士団は」
「パノプティコンに……アマノホカリとまで、何か始まりそうな感じだよね」
「ねえカノン先生。私たち、さあいつまで正義の味方でいられるんでしょうか」
「先生はやめてったら」
カノンは思う。
自分たちは、教皇ヨハネスが守っていたものを破壊した。
だから、それを受け継ぎ、守ってゆかねばならない。ヨハネス教皇とは違うやり方でだ。
●
「決め! に、させていただきますわっ」
ジュリエットが、長い金髪をなびかせながら疾風となった。
聖剣が、螺旋状に突き込まれてラゲムを直撃する。
「お見事!」
殴り倒したゼノクを取り押さえ縛り上げながら、エルシーは賞賛の言葉を投げた。
「申し分なしの魔剣士ぶり、見違えましたよジュリエットさん」
「ふふ……まだまだ、ですわ。こんな大怪我を、させてしまうようでは」
鮮血を噴いて倒れ伏したラゲムに、ジュリエットが歩み寄る。
死んではいないが力尽きたラゲムが、呻く。
「……畜生……殺しやがれ……」
「死ぬ……それが一体どういう事であるのか、まるでわかっておられませんのね」
ジュリエットは身を屈め、ラゲムと目の高さを近付けた。
「……めっ、ですわよ」
ラゲムが歯を食いしばったようだが、言葉はもはや出ない。
ゴルドラルも、他のヴィスマルク兵士たちも、全員が辛うじて生きたまま力尽き、捕縛されている。
彼らに向かって、ティラミスが語る。
「いいですかヴィスマルクの皆さん。貴方たちのやり方、間違ってはいないと思いますよ。敵国に入り込んでの工作、戦争なんだから当たり前です。私もやってます。でもね? 貴方がたのやり方は粗暴なんですよ。もっと私みたいに、スマートにいきませんと……まあ、スマートにやれなかった貴方たちは今から尋問のお時間です」
末端の戦闘部隊に、それほど重要な事は知らされていないだろう、とエルシーは思う。
ただ、あのドルフロッド・バルドーの居場所だけは知りたい、とも思う。
視線を、感じた。村人たちの視線。
ヴィスマルク軍よりも、イブリースよりも恐ろしいものを見る視線だ、とエルシーは感じた。
アンジェリカが話しかけてくる。
「ヴィスマルク軍の危険性を……村の方々が、これで少しでも理解して下さったのなら良いのですが」
「……私たちの方が危険視されちゃってる感じですよ、これは」
「さもありなん、だね」
「ちょっと、どういう意味ですかマグノリアさん。メニュー追加をお望みですか、それとも女装しますか」
「や、やめたまえシスター。村の人々が見ている」
マグノリアが言った。
「皆……ただ幸せになりたいだけ、なのだろうけどね」
「……願ってるだけじゃ、幸せになんかなれないよ」
カノンの言葉は、衛生兵の看護を受けている若者5人に向けられてのものだ。
その5人に、エルシーは足取り強く歩み寄った。
「侵略者の言葉、聞いてもらいますよ」
怯える若者たちに、語りかける。
「貴方たちの幸せはね、他の誰かを犠牲にして成り立っていたものです。まずは、それを受け入れて下さい」
「……いない……ヨウセイなんて、いない……」
1人が、言った。
「いたのは魔女だ……魔女は、いくら犠牲にしてもいいんだ……ミトラース様がそう言って」
「駄目です! 先輩!」
アンジェリカの剛力が、エルシーを止めた。
その若者の胸倉を、エルシーは掴んでいた。
マグノリアが、溜め息をつく。
「この国は……農業が、生活の基盤か。神の奇跡で糧を得ていた人々に、大地との、自然との、果てしない戦いを強いる……憎まれて当然なのかな、僕たちは」
「……手伝う、なんて言わないで下さいよマグノリアさん」
エルシーが、続いてアンジェリカが言った。
「私たち自由騎士団には、マグノリア様が必要です。農業に専従されては困ります」
マグノリアから村人たちへと、アンジェリカの優しい言葉と眼差しが移って行く。
「農業をするのは、貴方がたですよ。土を耕し、麦を育て、豊かな暮らしを御自身の力で手に入れて下さい……至高のパスタ作りはね、麦の種蒔きから始まるのです」
十字架が何故、神聖なるものであるのか、知る者はいない。アクア神殿でも教えてはくれない。
ともかく『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が物心ついた時には、神聖さの象徴と言えばまず十字架であった。昔も今も世の人々は、そう認識している。
だからアンジェリカは、十字架を武器に選んだ。
旧古代神時代のとある聖人が自己犠牲的な行いをして、それが十字架の聖性の由来となっている……という話をアンジェリカは聞いた事がある。
その聖人は、大勢の人々の罪を被って自ら磔刑に処されたという。アクアディーネら実存の神々の出現と共に失われてしまった、数々の神話の1つである。
十字架が5本、村の広場に立てられていた。若い男が1人ずつ、拘束されている。
5人とも血まみれで、辛うじて生きている状態であった。
神聖なる自己犠牲とは程遠い有り様である。怪我人を、ただ見せしめにしているだけだ。
磔刑寸前の負傷者5名を監視する形に、ヴィスマルク帝国兵士10名が布陣している。
そんな殺伐とした光景を、まるで笑い飛ばすかのように明るく景気の良い音楽が、響き渡った。名乗り口上と共にだ。
「さあっ、さあ! さあ、さあさあさあ! 貴方がたの悪行、全てお見通しですのよ! この、わたくしが! 自由騎士ジュリエット・ゴールドスミスが、女神に代わって! お仕置き! いたしますわーッ!」
煌びやかな爆発の効果を背景として『思いの先に』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)が、前衛の位置に立つ。
ヴィスマルク軍部隊、隊長格3名の1人が、広場に出現した自由騎士6人を呆然と見やる。
「何だ……何だ、何だ! 何だぁこりゃああああ!」
3名のうち最も小柄な、猿を思わせるラゲム・ファレッジである。
「女ばっかりじゃねえか! どうなってんだ、こいつぁ」
「ふむ……女とは言え、一騎当千の曲者ばかりよ」
3名のうち最も大柄な巨漢ゴルドラル・ロッゾが、こちらを睨み据え、呻く。
十字架に捕われた若者たちを、ラゲムが怒鳴りつけた。
「おい、どう思う! てめえら男として一体どうよ、恥ずかしくねえのかオイごるぁあ!」
「おやめなさい」
アンジェリカは声をかけた。
「戦いの意思なき人々に戦いを強いる事は、許しませんよ」
「別に、いいじゃないですか。男が弱虫だって、臆病者だって、卑怯者だって」
にこりと笑いながら、『ローリングラビットキック』ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)が言った。
「男らしさの呪いって、なかなか解けないものですねえ。ヴィスマルクみたいな脳筋国家の人たちは、特にそう」
言葉と共に、呪法が発動しつつある。ティラミスの全身で、白く柔らかな獣毛が、風もないのに揺らめいている。
うっすらとした影のようなものが、ティラミスの身体を包み込んでいた。影の衣。
「男らしさの呪い……解いてあげましょう。貴方たちは今からね、女の子にぶちのめされて負けるんです」
「わたくしの、美に! 屈しなさい」
ジュリエットの挑発に、ラゲムが嘲笑で応える。
「美、だと。ふん、笑わせるんじゃあねえぜ」
自由騎士6名を、ラゲムは睨んで観察した。
その視線を『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)に固定しつつ、ラゲムは鼻の下を伸ばした。
「そこの淫乱っぽいピンク髪のお嬢ちゃん! おめえだけは俺好みだなああ。美少女ってのぁおめえさんの事を言うのよ。戦いなんかやめて、お茶しに行こうぜい……他は、山猿だな。犬やら毛玉やらもいるみてえだが、まあ引っくるめてメス猿の群れだ。特に、おい。そこの」
横柄な言葉が、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)に投げかけられる。
「何だそりゃ、意味なく胸とフトモモばっか膨らませやがって。人らしい慎みってモンがまるでねえ、恥を知れ」
「ほうほう、なるほど。そうですかあ」
エルシーは微笑み、修道服を脱ぎ捨て、ずかずかとラゲムに歩み迫る。
「……ぜつ☆ころ! ですね」
「何の略かは敢えて訊かないけど少し落ち着こうエルシーちゃん」
不用心に敵陣突入を試みようとするエルシーを、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が止めた。
マグノリアが、ラゲムに微笑みかける。
「……お手柔らかに、お願いしたいね。僕は、ここにいる女性陣の誰よりも非力なんだ」
「何だあ!? 男か! 男かよテメエぇえええええ!」
ラゲムが絶望し、そして怒り狂う。
「…………全員、ぶっっっ殺す!」
「貴様たちを、男と思う事にする」
ゴルドラルが、戦斧を構えた。
「我らにとって……己の全てを捧げ奉るにふさわしき女性は、ただ御1人。国母様のみよ」
巨体が、突進して来る。
「貴様たちなど、国母様の歩まれる道を這いずり汚す虫でしかない。駆除させてもらうぞ!」
「噂に聞く、ヴィスマルク帝国の国母……いずれ、お目にかかりたいものです」
アンジェリカは、十字架を振るった。
巨大な十字架に仕込まれた多段式炸裂弾が、轟音と共に掃射される。銃撃が、そのまま爆撃となった。
盾兵が2人、ゴルドラルとラゲムを庇い、爆炎に灼かれた。
そこへ、エルシーが猛然と踏み込んで行く。
「その前に! 貴方たちには、地面を舐めてもらいますよっ!」
鋭利な美脚が、嵐となってゴルドラルや盾兵たちを薙ぎ払う。弾丸の如き拳が、ラゲムを直撃する。
鼻血を噴いてよろめくラゲムに、エルシーはなおも強襲を仕掛けた。
「どうですか、山猿の拳はっ! まだまだ、こんなものじゃあないですよ」
「させない……」
ヴィスマルク軍の隊長格3名、最後の1人がエルシーを阻んだ。鋼の拳を持つ格闘者ゼノク・マッシャー。
蒸気を噴射しながらの一撃が、エルシーを襲う。
エルシーの方からも、咆哮の如き気の奔流を撃ち込んでゆく。
「ふん、キジンの格闘スタイルとは面白いじゃあないですかっ!」
相打ちとなった。
気の奔流に吹っ飛ばされ、踏みとどまりながら、ゼノクが呻く。
「アクアディーネ様は、かわいい……だけど、お前らはかわいくない」
「アクアディーネ様の可愛さが、おわかりですか」
血飛沫を咲かせてよろめくエルシーを抱き止めつつ、アンジェリカは言った。
「でしたら、もう……このような事、おやめ下さい」
●
「死にやがれ山猿ども!」
自分勝手な怒りの激情は、しかし時として凄まじい力を生み出すものだ。
踏み込んで来たラゲムの剣は、まさに閃光であった。
それを、ジュリエットが聖剣で受け止める。切っ先は、確かに受け止められた。
だが剣閃の衝撃は、ジュリエットの細身を貫通し、後方のマグノリアをも直撃していた。
血を吐きながら、ジュリエットが叫ぶ。
「うっく……まっマグノリア様! ご無事でして!?」
「僕の事は心配無用……」
呻くマグノリアの細い全身から、淡く白い光がキラキラと頼りなく漂い出して自由騎士全員を包み込んでいる。魔導医療の光。
「……様、は要らないかな」
「ふふっ。年長の方への、敬意ですわ」
「君が……前衛に立つように、なるとはね」
「魔剣士としての修行の成果、お見せいたしますわよ老師」
緩やかな治療をもたらす癒しの光をまといながらジュリエットは、聖剣で受け止めたラゲムの刃を押し返した。
「ねえヴィスマルクの方……無礼の数々に対する罰、楽しみにお待ちなさいな。まずはね、うるさそうな方々に御退場いただきますわ!」
短めのスカートを際どく舞わせながら、ジュリエットは聖剣を閃かせた。
その一閃が、空間を切り裂いた、とカノンは感じた。
空間の裂け目に、敵をことごとく叩き落とすかのような斬撃。
ヴィスマルク軍後衛、小銃を構えた兵士5名が、こちらへ銃口を向けて引き金を引こうとしたまま硬直している。彼らの肉体ではなく魂が、空間の裂け目の奥にある奈落へと吸い込まれたのだ。
いや、うち2人だけが辛うじて奈落の底より這い戻り、息も絶え絶えになりながら引き金を引いた。さすがにヴィスマルクの精兵であった。
神に甘やかされてきたシャンバラの若者を、このレベルにまで鍛え上げるのは無理であろう、とカノンは思う。
ともかく。放たれた銃撃が、ティラミスを直撃していた。
「ふふ……どうです。毛玉って、固いでしょ?」
影の衣をまとったティラミスは、無傷である。無傷のまま、何やら術式の錬成を行っている。
村の人たちには、何かお説教でもしますか? 私からは、まあ皆さんせいぜい強く生きて下さい? くらいでしょうかね。
ここへの道中、そんな事をティラミスは語っていたものだ。
強く生きる事など無理であろう、とカノンは思う。
遠巻きにこの戦いを盗み見る村人たちの、おどおどとした顔と目つきを見ただけでわかる。
この人々は己の意思でヴィスマルク軍を受け入れておきながら、その結果からは逃げ回っている。
「……そんな人たちでもね、カノンは守るって決めたんだ」
カノンは跳躍した。小さな身体が、空中で旋風となった。あまり長くない両脚が、ヴィスマルク軍前衛を猛襲する。
嵐の如き回し蹴りが、ラゲムを、ゼノクを、ゴルドラルを、薙ぎ払った。
「ぐっ……み、見間違いではなかったようだな……貴様やはり、カノン・イスルギか」
ゴルドラルがよろめき、踏みとどまり、踏み込んで来る。大型の戦斧が、振り下ろされる。
「イ・ラプセルで大人しくしておれば良いものを! シャンバラ人の憎しみを、わざわざ浴びるために来たのか!」
その一撃が地面を直撃し、衝撃の波動を迸らせる。
土の破片を大量に含んだ波動が、カノンを、ジュリエットを、エルシーとアンジェリカを直撃し吹っ飛ばした。
吹っ飛び、地面に激突し、よろりと立ち上がりながら、カノンは呻く。
「……覚悟、だよ」
口に出してしまうと、これほど空々しくなってしまう言葉もない、とカノンは思う。
雨が降った。癒しの力の、雨であった。
「……女性の覚悟は、強いね」
マグノリアの、ハーベストレインであった。
「覚悟を決めた時の、頼もしさ……ああ、もちろん男が弱いと言っているわけじゃあない」
カノンだけでなくジュリエットが、エルシーが、アンジェリカが、降り注ぐ魔導医療を浴びて立ち上がる。
マグノリアは、なおも言う。
「向き不向きがあって、個性もある……男がどう女がどうという決め付け押し付けに、一体どんな意味がある?」
「……戦いの出来ぬ男に、存在価値はない。それが我らヴィスマルク人のありようでな」
言葉と共に、ゴルドラルの巨体が踏み込んで来る。
「自国の価値観を他国に押し付ける、それは貴様らイ・ラプセルの現在進行形ではないのか!」
「……まさしく」
アンジェリカが、迎え撃った。
巨大な十字架が、聖なる祈りの念を宿して黄金色の輝きを放つ。
「私たちは、この国の人々から神を奪った……それは、この村における貴方がたの行いと比べてっ」
細くしなやかな剛腕が、金色の光の塊と化した十字架を、ゴルドラルに叩き込んでいた。巨体が、へし曲がった。
「一体……どうなのでしょう、ね」
吹っ飛んだゴルドラルと代わるように、ラゲムが高速で飛び出し突っ込んで来る。
「悪い事じゃあねーだろ。おめえらはよォ、かわいそうなヨウセイちゃんを助けたんだぜえ!? 堂々としてろや、自分ら正義の味方です逆らったら殺しちゃうぞうってなァー!」
「黙れ……!」
カノンは思わず、ラゲムの眼前に立ちふさがっていた。襲い来る高速斬撃に向かって、踏み込んでいた。
小さな両手を獣の顎門に変え、咆哮を放つ。気の奔流。
それが、ラゲムを直撃した。
ラゲムの剣も、カノンの小さな身体を切り苛んでいた。
血まみれでうずくまるカノンの肩に、ティラミスが片手を置く。
吹っ飛び倒れたラゲムを庇うように、ゼノクが立ち構えた。金属製の手首が外れ、砲口が現れる。
光の砲弾が、発射された。
マグノリアの眼前で、爆発が起こった。
光の砲撃が、マグノリアの盾となった何者かに命中したのである。
潰れかけた、小柄な生き物。ホムンクルスであった。
「回復の要であるマグノリアさんを狙うとは抜け目ない事。でもね、手は打ってあるんですよ」
ティラミスが、ホムンクルスを操縦しつつ、カノンの肩に癒しの力を流し込んでくれる。魔導医療であった。
傷が塞がってゆくのを体感し確認しながら、カノンは視線を投げた。
アンジェリカの引き連れて来た衛生部隊が、若者5人を十字架から解放し、医療行動に取りかかっている。
これで、しかし彼らが、シャンバラ人特有の差別意識を捨て去ってくれるとは思えなかった。ヨウセイを差別し、キジンやマザリモノを差別する。そうして平和を保ってきた人々なのだ。
(そんな平和でも、平和……救われた人たちは、大勢いる……)
カノンは、心の中で語りかけていた。
(貴方は、それを守りたかったんだね……ヨハネス教皇……)
「ティラミスのホムンクルス……よくぞ、僕を守ってくれた」
マグノリアが、治療術式を実行している。潰れかけていたホムンクルスが、元の形に盛り上がってゆく。
ヨハネス、と名付けようとして、カノンは思いとどまった。
「シャンバラとは、ヨウセイさんたちを救うために」
カノンの傷を癒しながら、ティラミスが言う。
「ヘルメリアとは、奴隷の人たちを救うために戦争を始めて……うふふ。ヴィスマルクへは一体、誰を助けるために攻め込むんでしょうねえ。私たち自由騎士団は」
「パノプティコンに……アマノホカリとまで、何か始まりそうな感じだよね」
「ねえカノン先生。私たち、さあいつまで正義の味方でいられるんでしょうか」
「先生はやめてったら」
カノンは思う。
自分たちは、教皇ヨハネスが守っていたものを破壊した。
だから、それを受け継ぎ、守ってゆかねばならない。ヨハネス教皇とは違うやり方でだ。
●
「決め! に、させていただきますわっ」
ジュリエットが、長い金髪をなびかせながら疾風となった。
聖剣が、螺旋状に突き込まれてラゲムを直撃する。
「お見事!」
殴り倒したゼノクを取り押さえ縛り上げながら、エルシーは賞賛の言葉を投げた。
「申し分なしの魔剣士ぶり、見違えましたよジュリエットさん」
「ふふ……まだまだ、ですわ。こんな大怪我を、させてしまうようでは」
鮮血を噴いて倒れ伏したラゲムに、ジュリエットが歩み寄る。
死んではいないが力尽きたラゲムが、呻く。
「……畜生……殺しやがれ……」
「死ぬ……それが一体どういう事であるのか、まるでわかっておられませんのね」
ジュリエットは身を屈め、ラゲムと目の高さを近付けた。
「……めっ、ですわよ」
ラゲムが歯を食いしばったようだが、言葉はもはや出ない。
ゴルドラルも、他のヴィスマルク兵士たちも、全員が辛うじて生きたまま力尽き、捕縛されている。
彼らに向かって、ティラミスが語る。
「いいですかヴィスマルクの皆さん。貴方たちのやり方、間違ってはいないと思いますよ。敵国に入り込んでの工作、戦争なんだから当たり前です。私もやってます。でもね? 貴方がたのやり方は粗暴なんですよ。もっと私みたいに、スマートにいきませんと……まあ、スマートにやれなかった貴方たちは今から尋問のお時間です」
末端の戦闘部隊に、それほど重要な事は知らされていないだろう、とエルシーは思う。
ただ、あのドルフロッド・バルドーの居場所だけは知りたい、とも思う。
視線を、感じた。村人たちの視線。
ヴィスマルク軍よりも、イブリースよりも恐ろしいものを見る視線だ、とエルシーは感じた。
アンジェリカが話しかけてくる。
「ヴィスマルク軍の危険性を……村の方々が、これで少しでも理解して下さったのなら良いのですが」
「……私たちの方が危険視されちゃってる感じですよ、これは」
「さもありなん、だね」
「ちょっと、どういう意味ですかマグノリアさん。メニュー追加をお望みですか、それとも女装しますか」
「や、やめたまえシスター。村の人々が見ている」
マグノリアが言った。
「皆……ただ幸せになりたいだけ、なのだろうけどね」
「……願ってるだけじゃ、幸せになんかなれないよ」
カノンの言葉は、衛生兵の看護を受けている若者5人に向けられてのものだ。
その5人に、エルシーは足取り強く歩み寄った。
「侵略者の言葉、聞いてもらいますよ」
怯える若者たちに、語りかける。
「貴方たちの幸せはね、他の誰かを犠牲にして成り立っていたものです。まずは、それを受け入れて下さい」
「……いない……ヨウセイなんて、いない……」
1人が、言った。
「いたのは魔女だ……魔女は、いくら犠牲にしてもいいんだ……ミトラース様がそう言って」
「駄目です! 先輩!」
アンジェリカの剛力が、エルシーを止めた。
その若者の胸倉を、エルシーは掴んでいた。
マグノリアが、溜め息をつく。
「この国は……農業が、生活の基盤か。神の奇跡で糧を得ていた人々に、大地との、自然との、果てしない戦いを強いる……憎まれて当然なのかな、僕たちは」
「……手伝う、なんて言わないで下さいよマグノリアさん」
エルシーが、続いてアンジェリカが言った。
「私たち自由騎士団には、マグノリア様が必要です。農業に専従されては困ります」
マグノリアから村人たちへと、アンジェリカの優しい言葉と眼差しが移って行く。
「農業をするのは、貴方がたですよ。土を耕し、麦を育て、豊かな暮らしを御自身の力で手に入れて下さい……至高のパスタ作りはね、麦の種蒔きから始まるのです」