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【狂機人間】殺戮者と復讐者




 ゲンフェノム・トルク伯爵は、決して横暴な君主ではなかった。
 領民から搾取をしていたわけでもなく、俺たち衛兵の給与が誤魔化された事もない。
 ただ、どうしようもなく陰気な男であった。
 俺は兄貴と共に数年間、兵士として仕えたが、この主君との会話と言えば、報告と、それに対する暗い返事だけであったような気がする。
 身分の低い相手とは会話もしない、高慢な貴族……と言うより、他人との会話そのものを忌避していた。
 人と会う用事のない時は、城の地下室に籠もって何かをしていた。蒸気鎧装の蒐集に凝っていたらしいので、きっと自慢のコレクションでも愛でていたのだろう。
 こんな人物に、俺たち兄弟は兵士として仕えていた。
 兄貴は俺よりも3つ年上で、村のガキ大将だった。腕っ節が強く、それでいて弱い奴には優しかった。
 俺にとって、自慢の兄貴だった。
 だがオラクルとして力に目覚めたのは、兄貴ではなく俺の方だった。
 俺は、自由騎士団に入った。
 兄貴は、頑張れよと言ってくれた。
 やがてヘルメリア相手の戦争が長引き始め、俺は衛兵の仕事に戻れなくなった。
 その間に、ゲンフェノム伯爵は死んでいた。
 そして兄貴は。
「……誰も……恨むなよ、ブレック……」
 肉塊と鉄屑が、混ざり合っている。
 そんな姿を晒しながら、兄貴が死んでゆく。
「……ゲンフェノム伯爵様を、な……恨むんじゃねえぞ」
「奴が……ゲンフェノムの野郎が、兄貴を……こんな……」
 俺は今、イブリース化を引き起こしかねないほどに憎悪を燃やしている。
 久しぶりに会った兄貴は、キジンだった。
 自由騎士団のキジンたちは皆、気のいい奴らである。
 だが兄貴は、ゲンフェノムによって粗悪な蒸気鎧装を植え付けられ、不具合を起こして正気を失い、見境無く人を殺傷する怪物と化していた。
 だからこうして、俺が討たなければならなかった。
「噂通りだ……ゲンフェノムの野郎、蒸気鎧装集めが高じてトチ狂ったってなあ……誰彼構わずとっ捕まえて、キジンに改造してやがるってなぁあ……」
「……俺の方から……志願したのさ……」
 兄貴が、ゲンフェノムを庇おうとしている。
 義侠心も、忠誠心もある。自慢の兄貴が、死に際になってようやく帰って来た。
「俺が……オラクルになっちまった、お前を……妬んで……俺はな、力が欲しかったんだ……」
「兄貴……」
「……俺が……バカだっただけだ……」
 半分、金属屑に変わった兄貴の顔が、弱々しく微笑む。
「いいな、ブレック……誰も、恨むなよ……」
 それが兄貴の、最後の言葉となった。
 兄貴を殺したのは、俺だ。この小銃で放ったウェッジショットが、とどめとなった。
 仇を討つならば、俺は死ななければならない。
 無論、ゲンフェノム・トルクを道連れにだ。
「……ゲン……フェノム……ッッ!」
 俺は今、生まれて初めて、兄貴の言葉に逆らおうとしていた。


「くっ……ジーベルがいなければ、こんなものか……」
 呻きながらゲンフェノム・トルクは、大型ハンドガンに新しい弾倉を叩き込んだ。
 飛び退る。炎の渦が、足元をかすめる。
 距離を隔てて、ゲンフェノムはイブリースと対峙した。
 岩場である。
 岩石が、巨大な人型を形成している。そんな姿のイブリースだ。岩で出来た牙を剥きつつ、その口に炎をまとわりつかせている。
 無骨な岩の巨人と、流麗な全身甲冑の如きキジンが、銃撃戦の間合いで睨み合っているのだ。
 弾倉1つ分の銃弾を叩き込んだ。どれほどの痛手となったのかは、わからない。
 無傷のようにも見える岩石の巨体が、ずしりとゲンフェノムに迫る。
 この巨大な敵を、普段であれば白兵戦で足止めしてくれるジーベル・トルクが、今日はいない。
 リノック・ハザンたち技術陣による修復整備が、長引いているのだ。
 もはや限界かも知れませぬ。リノックは、そう言っていた。
 退却するわけにはいかない。ここグラーク侯爵領に出現するイブリースは全て、ゲンフェノムが斃さなければならないのだ。息子ジーベル、それに技術者たちの生活のために。
「生きろよ、ジーベル……貴方を、死なせるわけにはいかない……!」
 またしても炎を吐こうとするイブリースに、ゲンフェノムは銃を向けた。
 引き金を引く前に、銃声が轟いた。
 銃撃が、イブリースの口内に突き刺さる。
 血反吐の如く炎を吐き散らしながら、岩の巨人は倒れ、地響きを立てた。
 ちらりと、ゲンフェノムは視線を動かした。横から、後方へと。
 1人の銃士が、そこにいた。
 硝煙立ちのぼる小銃が、ゲンフェノムに向けられる。
「……貴殿は?」
「ブレック・ディラン。自由騎士団所属の銃撃手だ。もっとも、すぐに除名処分を受けるだろうがな」
 眼光鋭い、ノウブルの若者である。
「俺は今から、オラクルの力で私的な復讐をする。今のイブリース退治が、最後の仕事だ」
「……なるほど。私に復讐を」
 ゲンフェノムは笑った。来るべきものが来た、というだけの話である。
「捜したぜ、ゲンフェノム・トルク……ここの領主様んとこで用心棒やってんだってなあ。死んだって聞いてたけどよ、そりゃつまり人間をやめたって事か」
「いかにも。大勢の人々を犠牲にして、私は生まれ変わったのだ」
 銃口を向けられたまま両腕を広げ、秀麗なるキジンの姿を見せびらかす。
「ブレック・ディラン……ふむ、レオナード・ディラン君の弟御か。貴殿の兄上は、この完璧なる機体の礎となったのだ。光栄に思うがいい」
「俺の兄貴……だけじゃあねえ。大勢の人間を実験台にして、その完璧な機体とやらを造ったわけか」
「レオナード君は、偉大なる失敗作だ。まさしく成功の元」
 ゲンフェノムが笑っていると言うのに、ブレックは無表情である。もっと憎しみを燃やすべきであると言うのに。
「さあ撃ちたまえ、遠慮はいらない、貴公には復讐の権利がある。無論、反撃はさせていただくゆえ……一撃で、私の命を奪う事だな」
「……あんた、本当にゲンフェノム伯爵か?」
 ブレックが、おかしな事を言い始めている。
 見違えるのは当然か、とゲンフェノムは思った。
「今の私は、伯爵ではない。もはや人間の爵位など必要としない、完璧なるキジンなのだ」
「ゲンフェノム・トルク伯爵は……そんなに喋る男じゃあなかった」
 ブレックが、小銃を下ろしてしまう。
「……お前、誰だ。ゲンフェノム・トルクを、どこに隠してやがる」
「世迷言を……!」
 激昂しかけながら、ゲンフェノムは息を呑んだ。
 倒れていた岩の巨人が、立ち上がったところである。立ち上がりながら、炎を吐く。
 火山弾の如き火の玉が、ブレックを襲う。
 ゲンフェノムは、ブレックを突き飛ばした。火球が、ゲンフェノムを直撃した。
 赤熱し、倒れ伏したキジンの身体に、凄まじい重圧が叩き付けられる。岩の巨人の、拳だった。
 ブレックの、叫び声が聞こえる。
 装甲のあちこちを破裂させ、そこから火花を噴射しながら、ゲンフェノムは呻いた。
「……ゲンフェノム・トルクは……この私だ……償い、罰を受けるのは……この私、1人なのだ……」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ『狂機人間』全5話のうち、第2話目であります。

 イ・ラプセル国内とある岩場に、イブリース『岩の巨人』が出現しました。これを討滅して下さい。

 岩の巨人の攻撃手段は、巨体と怪力を駆使しての白兵戦(攻近単)、それに口から吐き出す炎(魔遠、単または範。BSバーン2)。いくらかはダメージを負った状態です。

 現場には自由騎士ブレック・ディラン(ノウブル、男、21歳、ガンナー)がいて岩の巨人と戦っていますが、皆様の到着時点では敗れ死にかけております。
 すぐ近くにはキジンの傭兵ゲンフェノム・トルクが同じく瀕死の状態で倒れており、両名ともにあと1撃でも攻撃を受ければ死亡します。
 ブレックの方は回復を施し、戦わせる事が出来ますが、ゲンフェノムの身体は専属の技術陣でなければ戦闘可能状態に戻す事が不可能なので、今シナリオにおいては完全に行動不能であります。助けるためには、戦闘勝利後に皆様の手で領主グラーク侯爵家の居城まで搬送していただかなければなりません。

 ブレックは『ヘッドショットLV2』『ウェッジショットLV2』を使用。皆様の指示には従います。

 場所は岩場、時間帯は昼。

 ゲンフェノムの助命は成功条件には含まれませんが、彼が死亡した場合、シリーズ『狂機人間』は次回第3話で終了となります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
11モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年06月06日

†メイン参加者 8人†




 罰を受ける。
 何と心地良く甘美である事か、と『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)は思う。イブリースの吐き出した炎を、全身に浴びながらだ。
 全身の装甲が赤熱し、体内が容赦なく加熱され灼かれてゆく。
 灼熱の苦痛に苛まれる事で、罪を償った気分に浸る。それは安直な心の平安であった。
(ゲンフェノムさん……僕と、貴方は……同じ……なのかも、知れないね……)
 アダムは今、そのゲンフェノム・トルクを全身で庇っていた。盾となっていた。
「……自由騎士団……余計な、事を……」
 破損した身体を、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)とルエ・アイドクレース(CL3000673)によって抱え起こされながら、ゲンフェノムが呻く。
 そちらへ行きそうな炎の荒波を、アダムは全身でせき止め続けた。
「……余計な事をするために、僕たちは来た……誰かの許しを得よう、という気はない……」
 灼かれた機体内に、清涼な心地良さが染み込んで来るのをアダムは感じた。癒しの雨が、降り注いでいる。アダム、のみならずゲンフェノムの身体にも。
 魔導医療。『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)によるものだ。
「……応急処置にしかならぬだろう。退け、ゲンフェノム・トルク卿」
 アダムの機体は、応急処置さえ受ければまだ充分に戦える。
 よろめくアダムの視界内で、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)と『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が、それぞれ別方向からイブリースに向かって踏み込んで行く。
 岩の巨人、と言うべき形状のイブリースである。巨大な口の周りで、炎の吐息がチロチロと揺らめいている。
 その岩石質の巨体に、エルシーが拳を打ち込む。
 続いてアデルが、
「ゲンフェノム。貴様のその機体、高性能ではあるが……過信したな」
 岩巨人にアームバンカーを叩きつける。空の薬莢が2つ、ほぼ同時に排出された。
 どれほどの痛手を負ったのか判然としないイブリースの巨体に、マグノリアが人差し指を向けている。
 人型岩石の表面で、強毒の炸薬が調合され、爆ぜた。毒の爆炎が、イブリースを灼く。これもまた、どれほどの痛撃となったものか。
 ともかく、この間。要救助者の身柄を、戦闘区域から遠ざけておく必要がある。
 ルエが、ゲンフェノムに肩を貸した。
「……俺たちは、あんた方を助けに来た。拒否権なんか、ないって事さ」
 半ば引きずられて戦場から遠ざかるゲンフェノムに、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が声をかけた。
「生きて、償わなきゃいけないんでしょ? ダメだよっ、死んだら!」
 言葉と共に疾駆。可愛らしい両手の五指が、牙となってイブリースの岩石外皮を穿つ。
 猛獣の咆哮そのものの、気の奔流が、岩の巨人の体内に激しく流し込まれた。
 僅かな岩の破片を飛ばしながら、イブリースが即座に反撃に出る。岩塊の拳が、カノンを襲う。
 それを、天哉熾ハル(CL3000678)が阻んだ。踏み込みと同時の、抜刀・斬撃。
 疾駆する狼の牙、にも等しい一撃が、イブリースに叩き込まれていた。
 岩の巨体がよろめき、カノンを叩き潰そうとしていた拳が、あらぬ方向へと流れてゆく。
「カノンちゃん、平気?」
「大丈夫……」
 ハルの言葉に応えながら、カノンが息を呑む。
「こいつ……カノンたちの攻撃、効いてるのかな……」
「イブリースって、顔に出ない奴、多いものね」
 ハルが、倭刀を構え直す。
「こっちが先に、へばっちゃうかもね。ああんもう、岩が相手じゃ吸血も出来ないし」


 もう1人の要救助者に、マグノリアがキラキラと魔導医療を施している。
「ブレック・ディラン……君は、戦えるかな?」
「……すまん、助かった」
 銃士ブレック・ディランが、マグノリアの細腕から立ち上がる。
「やるさ。助けられっ放しは我慢ならん」
「まあ、よろしく頼むよ」
 そんな事を言いながら、マグノリアが何かを始めている。錬金術系統の、術式の準備であろう。
 ブレックが、後衛の位置から小銃をぶっ放す。
 銃撃を喰らいながら、岩の巨人は暴れ狂っている。
 自分も早急に、戦列へと復帰しなければならない。
 ルエは、ゲンフェノムの身体を巨岩の陰にそっと座らせた。
「これだけ離れりゃ大丈夫だろ……動けるんなら自力で逃げて欲しいとこだけど、動けないから……まあ、大人しくしててくれよな」
「……動けるなら……戦っている……」
「……そりゃそうか」
 暴れ狂う岩巨人の拳を、アダムがぐしゃりと受けた。誰かを庇った、ようである。
「アダム兄さん、無茶は駄目だよ!」
 叫びと共にカノンが、光の球を投げ付ける。気の塊、である。
 それが、岩巨人の腹部に命中し、爆発した。
 イブリースが、ほぼ口だけの顔面をカノンに向ける。その大口から炎が迸る……寸前、ハルが跳躍した。
 倭刀が、巨人の喉首を真下から直撃する。相手が岩でなければ斬首に成功していただろう、と思える一撃だ。
 その刃が、イブリースから僅かながら生命力を吸い奪ったのを、ルエは見て取った。
 岩巨人が、いくらかは苦しげに身をよじり、あらぬ方向に炎を吐く。
 ハルが、美貌をしかめながら着地する。
「ああん、やっぱり美味しくない」
「……すごいね、その剣」
 カノンが言った。
「思いっきり岩をぶん殴ったように見えたけど全然、刃こぼれもしてない。もちろん腕もあるんだろうけど」
「うふふ。これがねえ、アマノホカリの剣よ」
 優美に湾曲した刃を、ハルが構え直す。
 その刀身の煌めきと同じものを、ゲンフェノムの装甲は確かに宿している。今は、あちこちが歪んで破裂してはいるが。
「戦えないのは……辛いよな」
 動けぬゲンフェノムに、ルエは言葉をかけてみた。
「あんた……罰を受ける事が、償いをする事が、生きる目的になっちゃってるのか」
 戦場ではテオドールが、存在しない短剣を己の胸に突き刺している。呪力で出来た短剣。
 岩の巨人の胸部中央に、小さな穴が穿たれた。そこから細かな亀裂が広がってゆく。
 自分も戦いに戻らなければ、と思いつつルエは問いかけを止められなかった。
「力を求めて、いろんな物や人を犠牲にして、その完璧な機体とやらを手に入れて……償いをするなって言ってるわけじゃあない。ただ結局、あんた一体何がやりたいんだよって気がしてさ」
「……私は……罪人のままで、いたくない」
 ゲンフェノムが、会話に応じてくれた。
「私の罪は、重い……神でさえ、アクアディーネでさえ、私を許す事など出来はしない。私は、己の力で罪を償い、己の身で罰を受けなければならないのだ」
「キジンは、生まれつき罪を背負ってる……そんな事、言ってたよな」
「神に、私の罪を清める事は出来ない……アクアディーネに、私を許す資格などないのだ」
 ゲンフェノムは弱々しく片手をかざした。機械の五指を、掌を、前腕を、じっと睨んだ。
「神と呼ばれる者どもが、言われているほど万能の存在であるならば……そもそも、最初から生まれて来るわけがないのだよ。自力で這う事も出来ぬ赤ん坊など……ただ息をしているだけの、無様な肉塊など……」
 ルエは、ゲンフェノムをその場に残し、駆け出していた。
 他人に語れるような根拠はない。だがルエは今、頭ではないところで理解していた。
 駆け、踏み込み、剣を振るう。斬撃の軌跡が、空中に黒く残る。
 斬撃の影。影の、斬撃。
 それが発射され、イブリースの胸を直撃する。テオドールが開いてくれた突破口。亀裂が、分厚い岩の胸板から胴体全域に広がってゆく。
「おっ、なかなかの一撃じゃあないですかルエさん」
 エルシーが褒めてくれた。口調は明るいが、血まみれの傷だらけである。先程、確かイブリースの拳をまともに喰らっていた。
 治療してもらうべきでは、とルエは思うのだが、エルシーなりに何かを狙っているようでもあった。
「……テオドールさんの、おかげさ」
「ふふ。連携が上手くいった、という事で良かろう」
 テオドールが微笑み、エルシーが言う。
「何か、吹っ切れた感じがしましたよ。今の一撃」
「ちょっとした疑問みたいなもの、あってさ……それが今、晴れたんだ」
 根拠なく理解した事を、ルエは口にした。
「今あそこで死にかけてるキジン……多分だけど、ゲンフェノム・トルクじゃあないよ」
「……私も何となく、そんな気はしていたんです。まあその話は後で」
(だけど……どうすればいい?)
 岩陰で死にかけているキジンに、ルエは一瞬だけ視線を投げた。
(俺の思った通り、だとしたら……あいつのために、してやれる事なんて……あるのかよ……)


 イブリースが、炎を吐いた。
 その紅蓮の荒波を蹴散らして、アデルが踏み込んで行く。
「捕捉完了……これより殲滅する」
 言葉と共に、アデルの胸部装甲が開いていた。
 そして爆炎が迸る。
 ひび割れた岩巨人の全身に、零距離爆撃が叩き込まれていた。無数の散弾、そしてジョルトランサーの一撃。
 岩の破片を大量に飛び散らせながら、イブリースはしかし原形をとどめている。崩壊しかけた岩の巨体が、倒れず踏みとどまり、アデルに拳を叩きつけようとする。
 だが。火炎を蹴散らし、踏み込んで行ったのは、アデルだけではない。
「やってくれますね……髪、焦げちゃいましたよ」
 エルシーが、岩巨人の眼前で、すでに身構えている。
「限界を超えた私の力、見せてあげます……絶対必殺、正中線六連撃!」
 美しい背筋が、超高速で躍動した。
「……ぜつ☆ろく! ですよ」
 エルシーが、残心の構えを取る。
 イブリースの巨体、顔面から腹部にかけて、鋭利な拳の跡が縦一直線に計6つ、穿ち込まれていた。
 6つの刻印から、鮮血のように炎が溢れ出す。
 それをかわしながら、エルシーはよろめき、片膝をついた。
 爆発寸前にも見えるイブリースが、そこへ襲いかかる。岩の拳が、隕石の如くエルシーに降り注ぐ。
「させない……!」
 満身創痍のアダムが、盾となってエルシーの前に立つ。
 隕石にも似た拳が、しかしアダムを直撃する事なく空を切った。狙いが、外れていた。
 岩巨人の片足に、小柄な何者かがしがみついている。非力な身体で、だが死力を尽くし、イブリースの巨体を引っ張ったのだ。
 痛撃など、与えられるわけがない。拳の狙いを狂わせるのが関の山だ。
「ホムンクルス……!」
 息を呑むアダムの視界内で、小さなホムンクルスは岩巨人に踏み潰されていた。
「マグノリア君!」
「守られる、というのは……こういう事だよ、アダム」
 残り少なくなった魔力を体内で練り直しながら、マグノリアは応えた。
「己が身を盾に、他者を守る……それが君の生き方、否定はしない。ただ、守られる側の気持ちを知る事も無駄ではないと思う。黙って守られていろ、と君は言うだろうけど」
「………………」
 うなだれ、歯を食いしばるアダムの肩に、テオドールが左手を置いた。
「要は皆、無茶をし過ぎであるという事だ」
 言葉に合わせ、魔導医療の光が降り注ぐ。
「瀕死の状態で発動する力……頼るのはわかるが、まあ程々にしておきなさい」
 テオドールは、アデルとエルシーに言っているようであった。
 言われた2人が、まずは治療を得て、よろよろと体勢を立て直す。
 癒しの雨は、他の自由騎士たちにも降り注いでいた。倒れていたハルが、カノンの小さな肩を借りて立ち上がる。
「ハル姉さん、しっかり。もう一息だよっ」
「そ、そうねカノンちゃん……ここからが長いって気もするけど」
 ハルが、苦しげに微笑む。
 同じく倒れていたルエが、ブレックに助け起こされている。
 そして、もう1人。自由騎士でもオラクルでもない者が、テオドールによって味方と認識され、魔導医療の恩恵を受けて立ち上がっていた。
 小さな身体で、岩巨人の足を持ち上げてだ。
「テオドール……それは、駄目だ……」
 マグノリアは言った。
「ホムンクルスは、単なる道具だ……仲間意識など、抱いてはいけない……」
「仲間だよ、ホワイト卿」
 テオドールが、有無を言わせぬ笑みを浮かべた。
「彼もまた、我らの仲間……抱く思いは、それだけで良いと思う」
「抱く……思い……」
 アダムが、顔を上げた。
 そして、吼えた。言葉にならぬ、闘志の咆哮。
 アダムの腕が、破壊そのものの形状へと変化した。
 そして、轟音を放つ。弾倉が猛回転し、銃撃の嵐を迸らせる。
 イブリースが、岩の破片を飛散させ、血飛沫の代わりに炎をぶちまけた。


「砕けろぉおーッ!」
 鐘の音が、高らかに鳴り響いた。
 カノンの小さな身体が、空中の獲物を狙う蛙の如く跳躍していた。突き上げられた拳が、岩巨人の頭部を粉砕した。
 生き物が相手であれば、これで決着だ。
 しかし。頭部を失ったイブリースの巨体が、胴体や手足の原形をまだ完全には失わず、岩の破片や炎を飛び散らせながら襲いかかって来る。着地したばかりのカノンにだ。
 細い人影が、いくらか頼りない足取りで、傍を通過した。
 マグノリアであった。
 カノンよりも嫋やかな掌が、練り上げられた魔力の光を宿したまま、岩巨人に叩き込まれる。
 その魔力光が、岩巨人を打ち砕いた。
 大量の岩の破片が、マグノリアに降り注ぐ。
 カノンは無理矢理、マグノリアを押さえつけて地に伏せさせた。その上から、覆い被さった。
 岩の破片が1つ、カノンの頭を直撃した。たんこぶが出来た。
「……大丈夫かい?」
 マグノリアが声をかけてくる。カノンは涙ぐんだ。返事も出来ないほどの激痛だった。
 傍らではホムンクルスが、たんこぶでは済まず、岩の下敷きになって絶命している。屍が、崩れてゆく。
 岩の巨人は、もはや跡形も残っていない。
「お見事です、マグノリアさん」
 エルシーが、拍手をしている。
「実戦で出すの、初めてでしたっけ? やっぱりマグノリアさんは、ぶっつけ本番に強いですよね」
「……君のおかげさ、シスター」
「にしても、無茶は駄目」
 カノンは、ようやく声を出せた。
「マグノリアちゃんに何かあったら……ピンキーも、バディも、ドリッピーも、悲しむよ」
「……名前を、付けていたのか」
「心の中で、ね」
 カノンは、岩を持ち上げた。ドリッピーの屍は、完全に崩れ去って、どこにあったのかもわからない。
 ブレックが、話しかけてきた。
「……世話に、なっちまったな」
「貴卿、これからどうするつもりかな」
 テオドールが言う。
「……今からでも良い。兄君の最後の言葉、汲み取ってはどうなのだ。慕っていたのだろう?」
「そうよ。大好きな人の遺言くらい、ちゃーんと聞かなきゃ」
 言いつつハルが、抜き身の倭刀を揺らめかせる。
「アマノホカリじゃ、そういうの大切にするもんよ? こっちは違うのかしらねぇ」
「共に来い。ゲンフェノム・トルク卿の、これからを見届けようではないか」
 テオドールが、ブレックの目をまっすぐ見据えた。
「あえて偉そうな事を言わせてもらう……私には、わかるぞ。貴卿、復讐の意志が揺らいでいるのだろう」
「……ゲンフェノム・トルクが今、どういう有り様なのか」
 ブレックが視線を外し、一瞥を投げる。岩陰でアダムに介抱されている、ゲンフェノムにだ。
「わかるまで、保留だ」
「復讐は、という事か」
 アデルが言った。
「あれがゲンフェノム・トルク伯爵ではない……と、お前は思うのだな?」
「何年か仕えていた。わかるさ」
「別人だとしたら……誰なのだろうな」
 アデルが、ハルの倭刀を見やる。
「……アマノホカリの、関係者か?」
「この剣……キジンの装甲に応用出来れば、なかなかのモノにはなるわよねぇ確かに」
 言いつつハルが、ゲンフェノムの方を見る。
「ふふ……彼、ギラギラしてるわね。装甲だけじゃなく中身も、この剣みたいに。嫌いじゃないわ、ああいう感じ」
 死にかけのキジンが、アダムの肩を借りて立ち上がっていた。
「俺は昔、戦場で、アマノホカリから流れて来た連中と戦った事がある」
 アデルが言い、ハルが微笑む。
「おかしいでしょ? あいつら」
「ああ、常軌を逸していた。連中はな、その剣を振るって……キジンの装甲も、普通に切り裂いてしまう」
 アデルが、ゲンフェノムに向かってギロリと光学装置を輝かせた。
「連中の剣を、蒸気鎧装関連の技術に上手く使えば……高性能の機体にはなるだろう。だがゲンフェノム・トルク、貴様はそれに頼り過ぎだ。鍛錬が足りん」
「…………礼は、言わぬ」
 ゲンフェノムは、アダムの肩を借りて弱々しく歩行し、アデルの眼前を通過した。
「……いずれ、借りは返す……」
 大型の馬車が、近付いて来ていた。
 何人かを載せている。ゲンフェノムが連れている技術者たちであろう。
 ここにはいない誰かが手配したのだろう、とカノンは思った。誰なのか見当はつく。
「貴卿……一体、どこを目指しているのだ」
 テオドールが、ゲンフェノムに言葉をかける。
「私に大金を押し付けてまで、贖罪にこだわる。もはや妄執に近いものと思えてしまう。罪を償い、罰を受けねば……不安なのか、貴卿は」
「まさしく、それね。返せない借りを、いろんな人たちに作っちゃってる」
 ゲンフェノムに無視されても構う事なく、ハルが言った。
「無理矢理にでも返さないと気が済まない、誰より自分が救われない。誰しも自分のため好き勝手に生きるものだけど、アナタの好き勝手は呪いに近いわね」
「……あんたが自分自身に、自分の意思で、かけちまった呪いだぞ。ゲンフェノム」
 黙っていたルエが、ようやく言葉を発した。
「呪いを解けるのは、あんた自身だけだ。本当はわかってるんだろ、ゲンフェノム……いや、ジーベル・トルク」 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済