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失われた神話

●
墓は、すでに造ってある。最も偉大なる王にふさわしい、巨大な陵墓である。
王家の……否。この私の威光を示すための陵墓。
そこへ入る時、しかし私は当然ながら死んでいる。どれほど立派な墓であろうと、その立派さを堪能する事など出来はしない。
それは、生きた私が、威光を示したつもりになって悦に入るための陵墓なのだ。
今まさに命尽きんとする、その時になって、私はようやく気付いたのである。
今、私は病床にある。辛うじて意識はあるが、身体が動かない。
私は思う。本当に、病であるのか。実は毒を盛られたのではないか。かつて私がそうして王位を得たように。
この国は、神を祀る事で栄えてきた。
王の言葉は、神の言葉。そのようにして、人民を飼い馴らしてきたのである。
今ならわかる。神など存在しない、と。
私はこれから、神の御もとへ召されるわけではない。ただ死んで消えるだけだ。あの豪勢な陵墓には、腐りゆく肉塊が放り込まれるだけである。
容易く腐らぬよう加工は施されるであろうが、死にゆく私にとっては同じ事だ。
徳高き者は死後、神のもとで修行を積み、完璧なる魂となって屍に戻り、神の代行者として復活を遂げる。
だから徳高き者の屍は保存しておく必要がある。
そんな神話を、我が国は数百年間でっち上げてきた。
世迷い言である、と今ならわかる。
私が徳高き王であったかどうかは後世の評価に委ねるとして、神のもとで修行しようにも神などいない。
魂だの復活する屍だの、そんなものが存在するとしたら、それは単なる化け物である。幻想種の同類だ。
死ねば、消えるだけ。それは、王も人民も同じ事である。
死にたくない、と私は思った。だが、生きていたくもない。
●
彫刻家エルトン・デヌビスにとって、青年貴族アラム・ヴィスケーノは友人である。親友である。
親友との間で、金銭のやり取りなど、したくはなかった。
親友同士であるからこそ、金銭の事を曖昧にしてはならない。アラムはそう言って、小さな彫像の代価としてはいささか高めの金をエルトンに押し付けてきた。
受け取ってしまったのは結局、金に困っていたからだ。
生活が辛くとも固辞するべきだった、とエルトンは思う。
女神アクアディーネを彫って金銭を得る事に、抵抗を感じなくなってしまったのだ。間違いなく、あれがきっかけであった。
忸怩たる思いはある。世俗にまみれるのも芸術家の在り方か、とも思う。
そういうものも含めて、自分は学ばなければならない。神を彫る。それが、いかなる事であるのかを。
「それと貴様、こんな所へ入り込む事に一体どういう関係があるのだ」
オーガーのハンマーフェイスが呆れている。エルトンにとっては時折、力仕事で路銀を稼いでもくれる恩人である。
こんな所、というのは暗い石造りの通路だ。角灯を片手に、エルトンは恐々と歩を進めている。
とある山中の洞窟が、入り口であった。
文献に記されていた通りである。山1つが、丸ごと遺跡であったのだ。
旧古代神時代の、権力者の陵墓である。
「徳高き王は死後、神に召され、神のもとで修行を積み、やがて神の偉大なる代行者として現世に帰還する」
歩きながらエルトンは、文献の一節を呟いた。
「そういう伝説が、この地にはあったらしい。イ・ラプセルという国が出来上がる遥か以前……旧古代神時代に、いくつもあった神話の1つさ」
「……お前たち人間の想像力には時折、圧倒される」
ハンマーフェイスは、呆れているのか、感心しているのか。
「単純な、死を恐れる心から……実に様々な話を捻り出すものだ」
「先人たちが捻り出したものを、僕はもっと知りたい」
通路の石壁に、エルトンは角灯を向けた。
「神無き時代の人々が信じていた神を、僕は知らなければならない。今現在の神を……アクアディーネを、彫るために」
角灯の光の中に、壮大な神話が浮かび上がった。
神無き時代の、神々の物語が、彫り込まれている。以前、山中でイブリース化を遂げた、あの巨大神もいた。
ハンマーフェイスが、ぽつりと言う。
「……何でもいいが貴様、今の自分の行いが盗掘や墓荒らしに等しいものと気付いているのか」
「そ、それを言われると」
エルトンは、石壁の神像にすがりついた。何か音がした、ような気がする。
「だけど、僕は……貴方がたを知りたいのです、古の神々よ。どうか、お許しを」
小さな音が、やがて轟音になった。通路そのものが振動している。
盗掘者を退ける、と言うより殺すための罠が、発動したのだ。
天井が、降って来た。
それを、ハンマーフェイスが巨体で受け止めた。
「逃げろ!」
かなり広範囲に渡り落下して来た岩の天井を、剛腕と両肩と背中で受け支えたまま、ハンマーフェイスが叫ぶ。
躊躇いなく、エルトンは駆け出した。この場に自分がいたところで、協力して天井を押し戻せるわけではない。いずれ2人まとめて押し潰されるだけだ。
「おい馬鹿、方向が違う。入り口は向こうだろうが!」
ハンマーフェイスの怒声が、後方に遠ざかって行く。
遺跡の奥に向かって、エルトンは走っていた。
この罠が、過去に幾度か発動した事があるとすれば。侵入者を圧殺した後、天井はいずれ自動的に上昇して元に戻るのか。元に戻すための仕掛けが、どこかにあるのか。
ある、と信じるしかなかった。
エルトンは立ち止まった。
広範囲に渡って天井が落下する、その区域からは、いつの間にか走り抜けていた。
天井がオーガーを押し潰さんとする、その轟音が遠い。
石造りの大広間に、エルトンはいた。
角灯の明かりの中に、アクアディーネでもヘルメスやミトラースでもない、異形にして荘厳な神々の姿が浮かび上がる。
それら彫像に囲まれて、その王は永遠の眠りについていた。
玄室である。
中央に安置された石製の棺が、重々しく開いてゆく。
永遠の眠りを、エルトンが妨げてしまったのだ。
「……僕は……愚かな思い違いを、していた……」
エルトンは跪いた。
「僕が許しを請うべきは、神々に……ではなかった。この大いなる墓所の主たる、貴方様に……」
か細い人影が、しかし巨大な石棺の蓋を軽々と押しのけ、ゆらりと立ち上がる。
臓物も脳髄も取り除かれた屍。干からびた肉体には布が巻かれ、その上から様々な装身具を着せられている。
首から上は、奇怪な黄金の仮面だ。
その内側で、眼光が燃え盛っている。イブリースの眼光。
自分は今から殺されるのだ、とエルトンは理解した。
「偉大なる王よ、どうかお許しを……」
エルトンは命乞いをした。
「どうか……ハンマーフェイスを、お助け下さい……」
墓は、すでに造ってある。最も偉大なる王にふさわしい、巨大な陵墓である。
王家の……否。この私の威光を示すための陵墓。
そこへ入る時、しかし私は当然ながら死んでいる。どれほど立派な墓であろうと、その立派さを堪能する事など出来はしない。
それは、生きた私が、威光を示したつもりになって悦に入るための陵墓なのだ。
今まさに命尽きんとする、その時になって、私はようやく気付いたのである。
今、私は病床にある。辛うじて意識はあるが、身体が動かない。
私は思う。本当に、病であるのか。実は毒を盛られたのではないか。かつて私がそうして王位を得たように。
この国は、神を祀る事で栄えてきた。
王の言葉は、神の言葉。そのようにして、人民を飼い馴らしてきたのである。
今ならわかる。神など存在しない、と。
私はこれから、神の御もとへ召されるわけではない。ただ死んで消えるだけだ。あの豪勢な陵墓には、腐りゆく肉塊が放り込まれるだけである。
容易く腐らぬよう加工は施されるであろうが、死にゆく私にとっては同じ事だ。
徳高き者は死後、神のもとで修行を積み、完璧なる魂となって屍に戻り、神の代行者として復活を遂げる。
だから徳高き者の屍は保存しておく必要がある。
そんな神話を、我が国は数百年間でっち上げてきた。
世迷い言である、と今ならわかる。
私が徳高き王であったかどうかは後世の評価に委ねるとして、神のもとで修行しようにも神などいない。
魂だの復活する屍だの、そんなものが存在するとしたら、それは単なる化け物である。幻想種の同類だ。
死ねば、消えるだけ。それは、王も人民も同じ事である。
死にたくない、と私は思った。だが、生きていたくもない。
●
彫刻家エルトン・デヌビスにとって、青年貴族アラム・ヴィスケーノは友人である。親友である。
親友との間で、金銭のやり取りなど、したくはなかった。
親友同士であるからこそ、金銭の事を曖昧にしてはならない。アラムはそう言って、小さな彫像の代価としてはいささか高めの金をエルトンに押し付けてきた。
受け取ってしまったのは結局、金に困っていたからだ。
生活が辛くとも固辞するべきだった、とエルトンは思う。
女神アクアディーネを彫って金銭を得る事に、抵抗を感じなくなってしまったのだ。間違いなく、あれがきっかけであった。
忸怩たる思いはある。世俗にまみれるのも芸術家の在り方か、とも思う。
そういうものも含めて、自分は学ばなければならない。神を彫る。それが、いかなる事であるのかを。
「それと貴様、こんな所へ入り込む事に一体どういう関係があるのだ」
オーガーのハンマーフェイスが呆れている。エルトンにとっては時折、力仕事で路銀を稼いでもくれる恩人である。
こんな所、というのは暗い石造りの通路だ。角灯を片手に、エルトンは恐々と歩を進めている。
とある山中の洞窟が、入り口であった。
文献に記されていた通りである。山1つが、丸ごと遺跡であったのだ。
旧古代神時代の、権力者の陵墓である。
「徳高き王は死後、神に召され、神のもとで修行を積み、やがて神の偉大なる代行者として現世に帰還する」
歩きながらエルトンは、文献の一節を呟いた。
「そういう伝説が、この地にはあったらしい。イ・ラプセルという国が出来上がる遥か以前……旧古代神時代に、いくつもあった神話の1つさ」
「……お前たち人間の想像力には時折、圧倒される」
ハンマーフェイスは、呆れているのか、感心しているのか。
「単純な、死を恐れる心から……実に様々な話を捻り出すものだ」
「先人たちが捻り出したものを、僕はもっと知りたい」
通路の石壁に、エルトンは角灯を向けた。
「神無き時代の人々が信じていた神を、僕は知らなければならない。今現在の神を……アクアディーネを、彫るために」
角灯の光の中に、壮大な神話が浮かび上がった。
神無き時代の、神々の物語が、彫り込まれている。以前、山中でイブリース化を遂げた、あの巨大神もいた。
ハンマーフェイスが、ぽつりと言う。
「……何でもいいが貴様、今の自分の行いが盗掘や墓荒らしに等しいものと気付いているのか」
「そ、それを言われると」
エルトンは、石壁の神像にすがりついた。何か音がした、ような気がする。
「だけど、僕は……貴方がたを知りたいのです、古の神々よ。どうか、お許しを」
小さな音が、やがて轟音になった。通路そのものが振動している。
盗掘者を退ける、と言うより殺すための罠が、発動したのだ。
天井が、降って来た。
それを、ハンマーフェイスが巨体で受け止めた。
「逃げろ!」
かなり広範囲に渡り落下して来た岩の天井を、剛腕と両肩と背中で受け支えたまま、ハンマーフェイスが叫ぶ。
躊躇いなく、エルトンは駆け出した。この場に自分がいたところで、協力して天井を押し戻せるわけではない。いずれ2人まとめて押し潰されるだけだ。
「おい馬鹿、方向が違う。入り口は向こうだろうが!」
ハンマーフェイスの怒声が、後方に遠ざかって行く。
遺跡の奥に向かって、エルトンは走っていた。
この罠が、過去に幾度か発動した事があるとすれば。侵入者を圧殺した後、天井はいずれ自動的に上昇して元に戻るのか。元に戻すための仕掛けが、どこかにあるのか。
ある、と信じるしかなかった。
エルトンは立ち止まった。
広範囲に渡って天井が落下する、その区域からは、いつの間にか走り抜けていた。
天井がオーガーを押し潰さんとする、その轟音が遠い。
石造りの大広間に、エルトンはいた。
角灯の明かりの中に、アクアディーネでもヘルメスやミトラースでもない、異形にして荘厳な神々の姿が浮かび上がる。
それら彫像に囲まれて、その王は永遠の眠りについていた。
玄室である。
中央に安置された石製の棺が、重々しく開いてゆく。
永遠の眠りを、エルトンが妨げてしまったのだ。
「……僕は……愚かな思い違いを、していた……」
エルトンは跪いた。
「僕が許しを請うべきは、神々に……ではなかった。この大いなる墓所の主たる、貴方様に……」
か細い人影が、しかし巨大な石棺の蓋を軽々と押しのけ、ゆらりと立ち上がる。
臓物も脳髄も取り除かれた屍。干からびた肉体には布が巻かれ、その上から様々な装身具を着せられている。
首から上は、奇怪な黄金の仮面だ。
その内側で、眼光が燃え盛っている。イブリースの眼光。
自分は今から殺されるのだ、とエルトンは理解した。
「偉大なる王よ、どうかお許しを……」
エルトンは命乞いをした。
「どうか……ハンマーフェイスを、お助け下さい……」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.還リビトの撃破
2.エルトン・デヌビスの生存
2.エルトン・デヌビスの生存
お世話になっております。ST小湊拓也です。
イ・ラプセルのとある山中の遺跡(陵墓)。その奥深くで、旧古代神時代の権力者の遺体が還リビトと化しました。
旅の彫刻家エルトン・デヌビスが、これに殺されようとしております。助けてあげて下さい。
場所は陵墓の玄室内。完全な暗闇で、光源はエルトンの持つ角灯だけであります。
陵墓内は半ば迷宮のようなもので、玄室に至るルートは複数あります。エルトンたちの通ったルートは現在、罠の発動によって閉ざされています。自由騎士の皆様には別ルートを通って玄室に到着していただき、到着したところが状況開始です。還リビトが、跪いたエルトンを殺害せんと迫っているところです。
還リビトの攻撃手段は、怪力による白兵戦(攻近単、BSカース2)、瘴気の噴射(魔遠、範または全。BSシール1)。
遺跡内のどこかでは、エルトンの相棒である幻想種オーガーのハンマーフェイスが天井落下の罠によって圧殺されかかっております。この罠を解除する仕掛けは玄室内にあり、還リビトを倒した後でならば探し出し作動させる事が可能です。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
イ・ラプセルのとある山中の遺跡(陵墓)。その奥深くで、旧古代神時代の権力者の遺体が還リビトと化しました。
旅の彫刻家エルトン・デヌビスが、これに殺されようとしております。助けてあげて下さい。
場所は陵墓の玄室内。完全な暗闇で、光源はエルトンの持つ角灯だけであります。
陵墓内は半ば迷宮のようなもので、玄室に至るルートは複数あります。エルトンたちの通ったルートは現在、罠の発動によって閉ざされています。自由騎士の皆様には別ルートを通って玄室に到着していただき、到着したところが状況開始です。還リビトが、跪いたエルトンを殺害せんと迫っているところです。
還リビトの攻撃手段は、怪力による白兵戦(攻近単、BSカース2)、瘴気の噴射(魔遠、範または全。BSシール1)。
遺跡内のどこかでは、エルトンの相棒である幻想種オーガーのハンマーフェイスが天井落下の罠によって圧殺されかかっております。この罠を解除する仕掛けは玄室内にあり、還リビトを倒した後でならば探し出し作動させる事が可能です。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年06月24日
2020年06月24日
†メイン参加者 6人†
●
「壁は絶対触らないでね!」
元気よく指示を出しながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が通路を駆ける。『リュンケウスの瞳』で壁を、天井を、石畳を見透し、罠仕掛けの有無を確認しつつ、先頭を走っている。
照明用の光球を浮かべた『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、2番手である。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)と『1000億GP欲しい』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、それに続く。
意外な健脚を発揮しているのが『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。伊達に走り込みをさせられているわけではないようだ。
体力勝負となれば、この自分『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が最も不利である。
マグノリアが走りながら振り返り、気遣ってくれた。
「……大丈夫かい? テオドール」
「心配無用……」
いくらか息を切らせながら、テオドールは答えた。
アンジェリカが引き連れて来た盾兵部隊が、影の如くテオドールの後方を走っている。彼らは、自分など追い抜こうと思えばいつでも追い抜けるのではないか、とテオドールは思う。
「私も……日頃から、少し走り鍛えた方が良いのであろうか。この歳では、さほど効果も望めぬかな」
「そんな事はありませんよテオドールさん」
エルシーが、走りながら振り向く。目が、キラキラと輝いている。
「私、メニュー組みますよ?」
「……機会があれば、いずれ」
テオドールは誤魔化した。
息を切らせながら、見回す。
壁に触れるな、とカノンは言った。
つい触れてみたくなるほど荘厳な、神々の像。通路の壁面に彫り込まれ、果てしなく神話を展開している。
エルトン・デヌビスは心奪われ、つい触れてしまったに違いない。結果、罠が発動した。
罠よりも危険なものが、やがて自由騎士たちの視界に入った。
玄室、である。
年月を経た貴金属の輝きが、まずは見えた。豪奢な副葬品の数々が、照明光球の明かりを反射し、禍々しく煌めいている。
「……コレだよ。こういうのを待ってたんだよ、俺は……」
ウェルスが牙を剥く。飢えた獣の眼光が、玄室の中央に佇むものへと向けられる。
陵墓の、主であった。
死せる細身に布が巻かれ、その上から様々な装身具を着せられている。
とりわけ華美なのは、黄金の仮面だ。
その内側で、還リビトの凶悪な眼光が爛々と燃え盛っている。
まっすぐ見据え、ウェルスは言った。
「全部もらうぜ、王様。死んだ奴には必要なかろ?」
「独り占めは駄目ですよ、ウェルスさん」
言いつつエルシーが、修道服を脱ぎ捨てた。牝豹を思わせるバトルコスチューム姿が露わになる。
還リビトの眼前で跪く要救助者が、ようやく自由騎士団の到着に気付いたようだ。
「あ……あなた方は……」
「さあエルトンさん、還リビトに祈ったって無駄です。貴方の相棒は、貴方が助けなきゃですよ」
エルトン・デヌビスの首根っこを、エルシーが掴んで引き寄せる。
入れ替わるようにカノンが前に出て、陵墓の主にびしっと人差し指を向けた。
「そこの金ピカ仮面! カノンが相手だよっ」
「そこの金ピカ仮面、俺のものになれ。悪いようにはしない」
ウェルスが興味を示しているのは無論、黄金の仮面そのものに対してだろう。
それはともかく、アンジェリカが指示を下した。
「盾兵の方々! エルトン様の護衛を、お願いしますね」
半ば無理矢理、後方へと引きずり下げられたエルトンを、盾兵部隊が閉じ込めるように囲んで守る。
当面、彼の身の安全を過剰に警戒する必要はないだろう。
いくらか腹回りの気になる身体に鞭打って走った甲斐があった、などと思いつつテオドールは後衛に立ち、陵墓の主たる還リビトを見据えた。
隣に立ったマグノリアが、呟く。
「還リビトに、生前の意思はない……彼は、古の国王とは全く別の存在だ。脳髄も取り除かれている」
水色の瞳が、淡く輝く。細い全身から、魔導医療の光がキラキラと発生・拡散する。
その光が、この場の自由騎士6名を包み込んだ。
「……それでも知りたくなってしまうな、僕は」
「王の……心を、か」
癒しの力が自分の中で高まってゆくのを感じながら、テオドールは剣を抜いた。白き短剣。
「この復活が、王の心にかなうものではない事だけは私にもわかる……復活を望み、屍を保存する。それは、かくの如き有り様を晒すためではなかったのでしょう? 古き王国の王よ」
その刃を眼前に掲げ、テオドールは呪力を練った。
「ここはイ・ラプセル……貴方の王国では、ないのです」
●
「死んだ奴に、お宝は要らねえ……」
ウェルスは拳銃を構えた。左右2丁の、蒸気式大型自動拳銃。
今は、前衛のシスター2名が標的に嵐のような攻撃を叩き込んでいる。引き金を引くのは、その嵐が一段落した後だ。
「まずは視界を塞がせてもらいますよ!」
獲物を襲う狼の速度で踏み込んだエルシーが、還リビトに拳を叩き込む。
蒸気鎧装を一撃でスクラップに変える拳が、黄金の仮面を直撃したのである。ウェルスは、悲鳴に近い声を発していた。
「おおおおおい! やめてくれ、俺のお宝が!」
「心配ご無用、どうやら装着物まで魔素の影響を受けてます。私がぶん殴ったくらいじゃ壊れませんよっ」
言いつつエルシーは、両手で獣の顎門を形作った。鋭利な五指が、牙となる。
その牙が、還リビトの腹部に食らい付いた。咆哮そのものの気の奔流が、エルシーの両掌から流し込まれてゆく。
古の王の身体が、へし曲がり揺らいだ。
そこへアンジェリカが、容赦なく踏み込んでゆく。剛力の細腕で、巨大な十字架を構えたまま。
聖剣を内包する、十字架である。
「ここにある宝物の数々を……まさか全て御自分の懐に入れてしまうおつもりですか? ウェルス様は」
その十字架から、黄金色の閃光が走り出した。超高速の抜刀。
聖なる金色の斬撃が、古の王を薙ぎ払う。鮮血の代わりに、瘴気が噴出した。
アンジェリカは、大型の聖剣を即座に十字架の内部へと収納する。早業だった。
「程々に、なさいませんと」
重量の戻った十字架を、アンジェリカは全身で振るった。野性的なボディラインが竜巻の如く捻転し、豊かな尻尾がふっさりと躍る。
叩き斬られ、よろめき、そして硬直した還リビトに、重い打撃が立て続けに打ち込まれた。
「……欲望は、イブリース化をもたらします。オラクルがイブリースと化す事が、ないわけではありません」
「ウェルス兄さんがイブリースになっちゃったら、悪いけど手加減は出来ないよっ」
カノンが続けて踏み込む。小さな両手の五指が、小型肉食獣の牙となって還リビトに突き刺さる。
エルシーと同じ獅子吼。咆哮にも似た気力の光が迸り、古の王を灼く。
硬直したまま光に灼かれていた還リビトが、しかしその硬直を振り切って猛然と動く。干からびて筋肉も死んでいるはずの身体が、意外な高速で襲いかかって来る。乾燥しきった細腕が、重い唸りを立てる。
ウェルスが迎え撃った。
「気を付けよう。俺は金が大好きだが、金に踊らされるバカにはならねえ」
引き金を引く。
左右2丁の拳銃が、還リビトに押し当てられた状態で火を噴いた。フルオートの銃撃が、至近距離から古の王を穿つ。
血液の代わりの瘴気を大量に噴出させながら、しかし還リビトは動きを止めない。
干からびた細腕の一撃が、ウェルスの巨体にめり込んでいた。
牙を食いしばり、血を吐き、よろめきながら、ウェルスは辛うじて倒れず踏みとどまった。
とてつもなく重い痛撃と共に、何か禍々しいものを叩き込まれた、ような気がする。
呪い、の類であろう。慣れない者が今の一撃を喰らったら、重傷を負ったまま呪縛に囚われ、動けなくなって死に至る。
「ウェルス……!」
「大丈夫……だぜ、御老体」
気遣うマグノリアに向かって、ウェルスは片手を上げた。
眼前の還リビトに向かっては、語りかける。
「なあ王様よ。あんたが大昔どれだけ偉かったのかは知らねえが……富の独占は、生きてる間だけにしといてもらうぜ」
黄金の仮面を、装身具を、その他副葬品の数々を、ウェルスは見渡し見据えた。
「お宝ってのは、貯めて隠しとくものじゃあねえ。表に出て、人目に触れなきゃ意味がねえんだ! 人目に触れりゃあ評価される、価値が生まれる、金になる。俺はな、大量の金が貯まるだけ貯まって流通もせず眠ってる、そんな状況が許せねえんだよ!」
古の王が、ウェルスを黙らせるべく再び殴りかかって来る。
その動きが、固まった。
還リビトの痩せた胸に、大穴が生じていた。目に見えぬ巨大な杭でも、打ち込まれた感じである。
「相変わらずの豪商ぶり……傷の心配は無用、という事だな。ライヒトゥーム卿」
テオドールが、白き呪いの短剣を、自身の胸に突き付けていた。呪力の刺突。
古の王の胸を穿った大穴に、テオドールの呪力が流れ込んでいる。
還リビトは、呪縛されていた。
動きを止めた還リビトに向かってマグノリアが、たおやかな片手をかざす。
「僕の、この非力な腕よりも細い……ように見えて凄まじい怪力だね。ウェルスに、これほどの痛手を与えるとは。その力……弱めておく必要が、ありそうだ」
弱体化の秘法が、テオドールの呪力に混ざり込み、還リビトを胸の大穴から侵蝕してゆく。
「古の王よ……君と僕は今、錬金の秘術で繋がっている……」
マグノリアの言葉に、合わせてだ。
「こうしていると……すでに失われているはずの、君の心に触れているかのようだ。君は……死にたくは、なかった? だが生きていたくもなかった。その矛盾こそが……人」
死せる者の心に、マグノリアは思いを馳せている。
金銀財宝の類には、全く興味がないようであった。
●
「さっさと成仏してよね!」
カノンが叫び、跳躍する。
成仏というのは、確かアマノホカリの言葉である。オニヒトの少女が叫ぶにふさわしい単語ではあった。
ともかく。地に伏せていた蛙が空中の獲物を襲うが如き跳躍と共に、小さな拳が赤い光をまといながら繰り出される。
真紅の拳撃が、古の王を高々と殴り飛ばしていた。玄室内に、鐘の音が鳴り響いた。
宙を舞う還リビトに、マグノリアは人差し指を向けて狙いを定めた。
「君の、心……全てを白紙にしてしまいたい『彼』にも共通する、その心の一端を……」
高速調合された劇薬が、繊細な指先から音もなく射出される。
「僕は……この戦いで、果たして知る事が出来たのだろうか……」
劇薬の弾丸が、還リビトを直撃した。
吹っ飛びながら墜落する事もなく、古の王は空中で炎に包まれ、崩れ散った。
豪奢な装身具の数々が、灰にまみれて落下する。
「おおっと、危ない!」
ウェルスの巨体がズザァーッと滑り込み、黄金の仮面を抱き止めた。
「よしよし、もうお前は俺のものだ。待ってろ、すぐに日の目を見せてやるからな」
「ちょっと待って下さいウェルスさん。ここにあるお宝は全部、一旦は国に預けるべきじゃないですか」
エルシーが言う。
「もちろん、私たちにだって賞金みたいな形でいくらかは入って来ると思います。勝手に持って帰ったらダメですよ、きっと」
「嫌だーっ! これ俺のーッ!」
「独り占めはダメだって言ってるんです! 私だって、もらって行きますよ」
「おやエルシー嬢。貴女が、金銭に目の色を変えるとは珍しい」
テオドールが、顎に片手を当てる。
「もちろん悪いと言っているわけではないが」
「そりゃ私だって年頃の娘です。欲しいものなんて山ほどありますよ。女の物欲をね、甘く見ちゃあいけません。絶対的物欲、ぜつ☆ぶつ! ですよ」
「……エルシー先輩がお世話になった孤児院、ちょっと経営が苦しくなりかけているそうですね」
アンジェリカが言った。
「こんな御時世ですし、孤児になってしまう子供も増えています。お金は、必要ですよね」
「な、何でここで孤児院のお話が出て来るんですか」
「先輩……寄付をする、おつもりでしょう? それなら出来るだけ綺麗なお金の方がいいですよ」
「なななな何を言ってるんですかシスター・アンジェは。私がそんな事をする人に」
「見えるよぉエルシーちゃん」
カノンが笑う。
「まあでも大変な戦いをしたわけだし、ちょっとくらい自分の懐に入れちゃってもバチは当たらないと思う。アクアディーネ様だって許してくれるよ……あー、ところでエルトンさん」
盾兵部隊の警護から解放されたエルトン・デヌビスが、玄室内を何やら調べて回っている。財宝類には目もくれず、いくつもの神像をまじまじと鑑賞・鑑定しているようだ。
カノンが叱りつけた。
「だから無闇にそういう事しちゃ駄目だって。また変な罠が動き出しちゃったら」
「待ちたまえカノン」
マグノリアは口を挟んだ。
「エルトン・デヌビス。君は……彼を、助けようとしているのだね? 違和感を頼りに、罠を解除する仕掛けを探し出そうと」
「……この、失われた王国の神話を……僕は少し、文献などで調べてみたんだ」
エルトンが応える。
「僕がうっかり触れて、罠を発動させてしまった神像……あの神と、確か対になる神がいたはずだ。ええと、どの神像だろう……もっと、ちゃんと調べておくべきだった……」
「一対の神……」
マグノリアの記憶・知識に、触れてくる言葉であった。
「そう、その神話は僕も調べた。例の巨神像との戦いで、いくらか興味が湧いたものでね……確か、兄弟神がいた。狩猟を司る、兄弟の神……心優しい兄と、乱暴者の弟。そんな話だったと思う」
「狩猟の神……ならば、これかな……」
弓矢を持つ精悍な若者、の姿をした神の像に、エルトンが近付こうとする。
それを、テオドールが止めた。
「待ちたまえデヌビス卿。狩猟の神ならば、そちらではないか」
そちら、と呼ばれた神像。
それは、鹿や小鳥たちと楽しげに戯れる青年の姿を彫ったものである。
アンジェリカが首を傾げた。
「……狩猟の神が、動物たちと仲良くなれるものでしょうか?」
「ここへ来る途中、石壁に神話が彫られていた。私は少し注意深く観察してみたのだ。まあ、皆よりも足が遅いのでな」
テオドールが語る。
「兄弟の狩猟神は、確かにいた。粗暴な弟は、ひたすらに獣を狩る。思慮深い兄は、狩り尽くしてしまう事を恐れ、罠にかかった動物を時には助けて手当てをする。それが、その神だ」
「これが……」
エルトンが、動物たちと戯れる神に手を触れる。
何かが動いた、とマグノリアは感じた。
やがて、轟音が聞こえた。玄室が揺れた。
「く、崩れるのか! お約束か!」
ウェルスが叫び、黄金の仮面を抱き締める。
「こいつは死んでも離さんぞ! 俺は、お前と一緒に生きてここを出るんだ!」
「落ち着いて、ウェルス兄さん」
カノンが、リュンケウスの瞳で壁を透視している。
「仕掛けが動いてる。これって……例の罠が、解除されてるんじゃないかな……」
●
通路の石畳に、オーガーのハンマーフェイスは疲れ果てた様子で座り込んでいた。
「……いやあ、すまんな。またしても、お前たちに助けられてしまった。恩に着る」
先程まで、天井に押し潰されそうになっていたのだ。その天井も、今は元に戻っている。
カノンが声をかけた。
「ハンマー兄さん、大丈夫?」
「以前、踏み潰されかけた。あれに比べれば、ましかな」
そんな事を言っているハンマーフェイスに、ウェルスが肩を貸す。
エルトンが、頭を下げる。
「……すまなかった、ハンマーフェイス。そして自由騎士の皆さん……本当に、ありがとうございました」
「夢見の悪い事にならず、幸いであった」
テオドールが鷹揚に言う。
「して。この度の経験……今後の創作のため、得られるところはあったのだろうか?」
「どうでしょうね……」
「2人とも、無事で良かったよー!」
カノンが喜び、怒った。
「駄目だよ、エルトンさん。探究心があるのはいいけど、もうちょっと準備万端にしないと」
「本当に……貴方の探究心と行動力、素晴らしいとは思います」
アンジェリカが、天井を見る。
「ご一緒なのがハンマー様で良かったですね。普通の人なら今頃、石畳と天井に貼り付いて広がって……ちょっと、パスタも食べられないような有り様に」
「ご迷惑を、おかけしました……」
「迷惑とは思っていないよエルトン・デヌビス」
マグノリアが、じっとエルトンの目を見た。
「君は……もしかしたら、今の自分にアクアディーネを彫る資格がない、などと考えてはいないか?」
「……はい。今の僕に彫られては、アクアディーネがかわいそう」
「僕は芸術を知らない。だけど……芸術とは、自分で資格を決めてしまうものではないと思う」
マグノリアは微笑んだ。
「今の段階で、君が感じているアクアディーネを……1度、彫ってみてはどうかな」
「いいですね。私、見てみたいです」
エルシーが言う。
「それにしても……テオドールさんは凄いですね。壁の彫刻、走りながらざっと見しただけで、よくあんな」
「まあ私も、身体の鍛えが足りぬ分、学識はな」
照れ臭そうに、テオドールは話を切り上げた。
「また罠が発動してしまわぬうちに、ここを出るとしよう。財宝類の運び出しに関しては、改めて手配をせねば」
「この黄金の仮面は、渡さねえからな」
「見るからに呪われていそうな仮面ですが」
アンジェリカは言った。
「御遺体も残っておりませんし……この仮面に、パスタをお供えするとしましょうか。お供えの儀式が終わったら勿論、美味しくいただくんですよ?」
「壁は絶対触らないでね!」
元気よく指示を出しながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が通路を駆ける。『リュンケウスの瞳』で壁を、天井を、石畳を見透し、罠仕掛けの有無を確認しつつ、先頭を走っている。
照明用の光球を浮かべた『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、2番手である。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)と『1000億GP欲しい』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、それに続く。
意外な健脚を発揮しているのが『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。伊達に走り込みをさせられているわけではないようだ。
体力勝負となれば、この自分『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が最も不利である。
マグノリアが走りながら振り返り、気遣ってくれた。
「……大丈夫かい? テオドール」
「心配無用……」
いくらか息を切らせながら、テオドールは答えた。
アンジェリカが引き連れて来た盾兵部隊が、影の如くテオドールの後方を走っている。彼らは、自分など追い抜こうと思えばいつでも追い抜けるのではないか、とテオドールは思う。
「私も……日頃から、少し走り鍛えた方が良いのであろうか。この歳では、さほど効果も望めぬかな」
「そんな事はありませんよテオドールさん」
エルシーが、走りながら振り向く。目が、キラキラと輝いている。
「私、メニュー組みますよ?」
「……機会があれば、いずれ」
テオドールは誤魔化した。
息を切らせながら、見回す。
壁に触れるな、とカノンは言った。
つい触れてみたくなるほど荘厳な、神々の像。通路の壁面に彫り込まれ、果てしなく神話を展開している。
エルトン・デヌビスは心奪われ、つい触れてしまったに違いない。結果、罠が発動した。
罠よりも危険なものが、やがて自由騎士たちの視界に入った。
玄室、である。
年月を経た貴金属の輝きが、まずは見えた。豪奢な副葬品の数々が、照明光球の明かりを反射し、禍々しく煌めいている。
「……コレだよ。こういうのを待ってたんだよ、俺は……」
ウェルスが牙を剥く。飢えた獣の眼光が、玄室の中央に佇むものへと向けられる。
陵墓の、主であった。
死せる細身に布が巻かれ、その上から様々な装身具を着せられている。
とりわけ華美なのは、黄金の仮面だ。
その内側で、還リビトの凶悪な眼光が爛々と燃え盛っている。
まっすぐ見据え、ウェルスは言った。
「全部もらうぜ、王様。死んだ奴には必要なかろ?」
「独り占めは駄目ですよ、ウェルスさん」
言いつつエルシーが、修道服を脱ぎ捨てた。牝豹を思わせるバトルコスチューム姿が露わになる。
還リビトの眼前で跪く要救助者が、ようやく自由騎士団の到着に気付いたようだ。
「あ……あなた方は……」
「さあエルトンさん、還リビトに祈ったって無駄です。貴方の相棒は、貴方が助けなきゃですよ」
エルトン・デヌビスの首根っこを、エルシーが掴んで引き寄せる。
入れ替わるようにカノンが前に出て、陵墓の主にびしっと人差し指を向けた。
「そこの金ピカ仮面! カノンが相手だよっ」
「そこの金ピカ仮面、俺のものになれ。悪いようにはしない」
ウェルスが興味を示しているのは無論、黄金の仮面そのものに対してだろう。
それはともかく、アンジェリカが指示を下した。
「盾兵の方々! エルトン様の護衛を、お願いしますね」
半ば無理矢理、後方へと引きずり下げられたエルトンを、盾兵部隊が閉じ込めるように囲んで守る。
当面、彼の身の安全を過剰に警戒する必要はないだろう。
いくらか腹回りの気になる身体に鞭打って走った甲斐があった、などと思いつつテオドールは後衛に立ち、陵墓の主たる還リビトを見据えた。
隣に立ったマグノリアが、呟く。
「還リビトに、生前の意思はない……彼は、古の国王とは全く別の存在だ。脳髄も取り除かれている」
水色の瞳が、淡く輝く。細い全身から、魔導医療の光がキラキラと発生・拡散する。
その光が、この場の自由騎士6名を包み込んだ。
「……それでも知りたくなってしまうな、僕は」
「王の……心を、か」
癒しの力が自分の中で高まってゆくのを感じながら、テオドールは剣を抜いた。白き短剣。
「この復活が、王の心にかなうものではない事だけは私にもわかる……復活を望み、屍を保存する。それは、かくの如き有り様を晒すためではなかったのでしょう? 古き王国の王よ」
その刃を眼前に掲げ、テオドールは呪力を練った。
「ここはイ・ラプセル……貴方の王国では、ないのです」
●
「死んだ奴に、お宝は要らねえ……」
ウェルスは拳銃を構えた。左右2丁の、蒸気式大型自動拳銃。
今は、前衛のシスター2名が標的に嵐のような攻撃を叩き込んでいる。引き金を引くのは、その嵐が一段落した後だ。
「まずは視界を塞がせてもらいますよ!」
獲物を襲う狼の速度で踏み込んだエルシーが、還リビトに拳を叩き込む。
蒸気鎧装を一撃でスクラップに変える拳が、黄金の仮面を直撃したのである。ウェルスは、悲鳴に近い声を発していた。
「おおおおおい! やめてくれ、俺のお宝が!」
「心配ご無用、どうやら装着物まで魔素の影響を受けてます。私がぶん殴ったくらいじゃ壊れませんよっ」
言いつつエルシーは、両手で獣の顎門を形作った。鋭利な五指が、牙となる。
その牙が、還リビトの腹部に食らい付いた。咆哮そのものの気の奔流が、エルシーの両掌から流し込まれてゆく。
古の王の身体が、へし曲がり揺らいだ。
そこへアンジェリカが、容赦なく踏み込んでゆく。剛力の細腕で、巨大な十字架を構えたまま。
聖剣を内包する、十字架である。
「ここにある宝物の数々を……まさか全て御自分の懐に入れてしまうおつもりですか? ウェルス様は」
その十字架から、黄金色の閃光が走り出した。超高速の抜刀。
聖なる金色の斬撃が、古の王を薙ぎ払う。鮮血の代わりに、瘴気が噴出した。
アンジェリカは、大型の聖剣を即座に十字架の内部へと収納する。早業だった。
「程々に、なさいませんと」
重量の戻った十字架を、アンジェリカは全身で振るった。野性的なボディラインが竜巻の如く捻転し、豊かな尻尾がふっさりと躍る。
叩き斬られ、よろめき、そして硬直した還リビトに、重い打撃が立て続けに打ち込まれた。
「……欲望は、イブリース化をもたらします。オラクルがイブリースと化す事が、ないわけではありません」
「ウェルス兄さんがイブリースになっちゃったら、悪いけど手加減は出来ないよっ」
カノンが続けて踏み込む。小さな両手の五指が、小型肉食獣の牙となって還リビトに突き刺さる。
エルシーと同じ獅子吼。咆哮にも似た気力の光が迸り、古の王を灼く。
硬直したまま光に灼かれていた還リビトが、しかしその硬直を振り切って猛然と動く。干からびて筋肉も死んでいるはずの身体が、意外な高速で襲いかかって来る。乾燥しきった細腕が、重い唸りを立てる。
ウェルスが迎え撃った。
「気を付けよう。俺は金が大好きだが、金に踊らされるバカにはならねえ」
引き金を引く。
左右2丁の拳銃が、還リビトに押し当てられた状態で火を噴いた。フルオートの銃撃が、至近距離から古の王を穿つ。
血液の代わりの瘴気を大量に噴出させながら、しかし還リビトは動きを止めない。
干からびた細腕の一撃が、ウェルスの巨体にめり込んでいた。
牙を食いしばり、血を吐き、よろめきながら、ウェルスは辛うじて倒れず踏みとどまった。
とてつもなく重い痛撃と共に、何か禍々しいものを叩き込まれた、ような気がする。
呪い、の類であろう。慣れない者が今の一撃を喰らったら、重傷を負ったまま呪縛に囚われ、動けなくなって死に至る。
「ウェルス……!」
「大丈夫……だぜ、御老体」
気遣うマグノリアに向かって、ウェルスは片手を上げた。
眼前の還リビトに向かっては、語りかける。
「なあ王様よ。あんたが大昔どれだけ偉かったのかは知らねえが……富の独占は、生きてる間だけにしといてもらうぜ」
黄金の仮面を、装身具を、その他副葬品の数々を、ウェルスは見渡し見据えた。
「お宝ってのは、貯めて隠しとくものじゃあねえ。表に出て、人目に触れなきゃ意味がねえんだ! 人目に触れりゃあ評価される、価値が生まれる、金になる。俺はな、大量の金が貯まるだけ貯まって流通もせず眠ってる、そんな状況が許せねえんだよ!」
古の王が、ウェルスを黙らせるべく再び殴りかかって来る。
その動きが、固まった。
還リビトの痩せた胸に、大穴が生じていた。目に見えぬ巨大な杭でも、打ち込まれた感じである。
「相変わらずの豪商ぶり……傷の心配は無用、という事だな。ライヒトゥーム卿」
テオドールが、白き呪いの短剣を、自身の胸に突き付けていた。呪力の刺突。
古の王の胸を穿った大穴に、テオドールの呪力が流れ込んでいる。
還リビトは、呪縛されていた。
動きを止めた還リビトに向かってマグノリアが、たおやかな片手をかざす。
「僕の、この非力な腕よりも細い……ように見えて凄まじい怪力だね。ウェルスに、これほどの痛手を与えるとは。その力……弱めておく必要が、ありそうだ」
弱体化の秘法が、テオドールの呪力に混ざり込み、還リビトを胸の大穴から侵蝕してゆく。
「古の王よ……君と僕は今、錬金の秘術で繋がっている……」
マグノリアの言葉に、合わせてだ。
「こうしていると……すでに失われているはずの、君の心に触れているかのようだ。君は……死にたくは、なかった? だが生きていたくもなかった。その矛盾こそが……人」
死せる者の心に、マグノリアは思いを馳せている。
金銀財宝の類には、全く興味がないようであった。
●
「さっさと成仏してよね!」
カノンが叫び、跳躍する。
成仏というのは、確かアマノホカリの言葉である。オニヒトの少女が叫ぶにふさわしい単語ではあった。
ともかく。地に伏せていた蛙が空中の獲物を襲うが如き跳躍と共に、小さな拳が赤い光をまといながら繰り出される。
真紅の拳撃が、古の王を高々と殴り飛ばしていた。玄室内に、鐘の音が鳴り響いた。
宙を舞う還リビトに、マグノリアは人差し指を向けて狙いを定めた。
「君の、心……全てを白紙にしてしまいたい『彼』にも共通する、その心の一端を……」
高速調合された劇薬が、繊細な指先から音もなく射出される。
「僕は……この戦いで、果たして知る事が出来たのだろうか……」
劇薬の弾丸が、還リビトを直撃した。
吹っ飛びながら墜落する事もなく、古の王は空中で炎に包まれ、崩れ散った。
豪奢な装身具の数々が、灰にまみれて落下する。
「おおっと、危ない!」
ウェルスの巨体がズザァーッと滑り込み、黄金の仮面を抱き止めた。
「よしよし、もうお前は俺のものだ。待ってろ、すぐに日の目を見せてやるからな」
「ちょっと待って下さいウェルスさん。ここにあるお宝は全部、一旦は国に預けるべきじゃないですか」
エルシーが言う。
「もちろん、私たちにだって賞金みたいな形でいくらかは入って来ると思います。勝手に持って帰ったらダメですよ、きっと」
「嫌だーっ! これ俺のーッ!」
「独り占めはダメだって言ってるんです! 私だって、もらって行きますよ」
「おやエルシー嬢。貴女が、金銭に目の色を変えるとは珍しい」
テオドールが、顎に片手を当てる。
「もちろん悪いと言っているわけではないが」
「そりゃ私だって年頃の娘です。欲しいものなんて山ほどありますよ。女の物欲をね、甘く見ちゃあいけません。絶対的物欲、ぜつ☆ぶつ! ですよ」
「……エルシー先輩がお世話になった孤児院、ちょっと経営が苦しくなりかけているそうですね」
アンジェリカが言った。
「こんな御時世ですし、孤児になってしまう子供も増えています。お金は、必要ですよね」
「な、何でここで孤児院のお話が出て来るんですか」
「先輩……寄付をする、おつもりでしょう? それなら出来るだけ綺麗なお金の方がいいですよ」
「なななな何を言ってるんですかシスター・アンジェは。私がそんな事をする人に」
「見えるよぉエルシーちゃん」
カノンが笑う。
「まあでも大変な戦いをしたわけだし、ちょっとくらい自分の懐に入れちゃってもバチは当たらないと思う。アクアディーネ様だって許してくれるよ……あー、ところでエルトンさん」
盾兵部隊の警護から解放されたエルトン・デヌビスが、玄室内を何やら調べて回っている。財宝類には目もくれず、いくつもの神像をまじまじと鑑賞・鑑定しているようだ。
カノンが叱りつけた。
「だから無闇にそういう事しちゃ駄目だって。また変な罠が動き出しちゃったら」
「待ちたまえカノン」
マグノリアは口を挟んだ。
「エルトン・デヌビス。君は……彼を、助けようとしているのだね? 違和感を頼りに、罠を解除する仕掛けを探し出そうと」
「……この、失われた王国の神話を……僕は少し、文献などで調べてみたんだ」
エルトンが応える。
「僕がうっかり触れて、罠を発動させてしまった神像……あの神と、確か対になる神がいたはずだ。ええと、どの神像だろう……もっと、ちゃんと調べておくべきだった……」
「一対の神……」
マグノリアの記憶・知識に、触れてくる言葉であった。
「そう、その神話は僕も調べた。例の巨神像との戦いで、いくらか興味が湧いたものでね……確か、兄弟神がいた。狩猟を司る、兄弟の神……心優しい兄と、乱暴者の弟。そんな話だったと思う」
「狩猟の神……ならば、これかな……」
弓矢を持つ精悍な若者、の姿をした神の像に、エルトンが近付こうとする。
それを、テオドールが止めた。
「待ちたまえデヌビス卿。狩猟の神ならば、そちらではないか」
そちら、と呼ばれた神像。
それは、鹿や小鳥たちと楽しげに戯れる青年の姿を彫ったものである。
アンジェリカが首を傾げた。
「……狩猟の神が、動物たちと仲良くなれるものでしょうか?」
「ここへ来る途中、石壁に神話が彫られていた。私は少し注意深く観察してみたのだ。まあ、皆よりも足が遅いのでな」
テオドールが語る。
「兄弟の狩猟神は、確かにいた。粗暴な弟は、ひたすらに獣を狩る。思慮深い兄は、狩り尽くしてしまう事を恐れ、罠にかかった動物を時には助けて手当てをする。それが、その神だ」
「これが……」
エルトンが、動物たちと戯れる神に手を触れる。
何かが動いた、とマグノリアは感じた。
やがて、轟音が聞こえた。玄室が揺れた。
「く、崩れるのか! お約束か!」
ウェルスが叫び、黄金の仮面を抱き締める。
「こいつは死んでも離さんぞ! 俺は、お前と一緒に生きてここを出るんだ!」
「落ち着いて、ウェルス兄さん」
カノンが、リュンケウスの瞳で壁を透視している。
「仕掛けが動いてる。これって……例の罠が、解除されてるんじゃないかな……」
●
通路の石畳に、オーガーのハンマーフェイスは疲れ果てた様子で座り込んでいた。
「……いやあ、すまんな。またしても、お前たちに助けられてしまった。恩に着る」
先程まで、天井に押し潰されそうになっていたのだ。その天井も、今は元に戻っている。
カノンが声をかけた。
「ハンマー兄さん、大丈夫?」
「以前、踏み潰されかけた。あれに比べれば、ましかな」
そんな事を言っているハンマーフェイスに、ウェルスが肩を貸す。
エルトンが、頭を下げる。
「……すまなかった、ハンマーフェイス。そして自由騎士の皆さん……本当に、ありがとうございました」
「夢見の悪い事にならず、幸いであった」
テオドールが鷹揚に言う。
「して。この度の経験……今後の創作のため、得られるところはあったのだろうか?」
「どうでしょうね……」
「2人とも、無事で良かったよー!」
カノンが喜び、怒った。
「駄目だよ、エルトンさん。探究心があるのはいいけど、もうちょっと準備万端にしないと」
「本当に……貴方の探究心と行動力、素晴らしいとは思います」
アンジェリカが、天井を見る。
「ご一緒なのがハンマー様で良かったですね。普通の人なら今頃、石畳と天井に貼り付いて広がって……ちょっと、パスタも食べられないような有り様に」
「ご迷惑を、おかけしました……」
「迷惑とは思っていないよエルトン・デヌビス」
マグノリアが、じっとエルトンの目を見た。
「君は……もしかしたら、今の自分にアクアディーネを彫る資格がない、などと考えてはいないか?」
「……はい。今の僕に彫られては、アクアディーネがかわいそう」
「僕は芸術を知らない。だけど……芸術とは、自分で資格を決めてしまうものではないと思う」
マグノリアは微笑んだ。
「今の段階で、君が感じているアクアディーネを……1度、彫ってみてはどうかな」
「いいですね。私、見てみたいです」
エルシーが言う。
「それにしても……テオドールさんは凄いですね。壁の彫刻、走りながらざっと見しただけで、よくあんな」
「まあ私も、身体の鍛えが足りぬ分、学識はな」
照れ臭そうに、テオドールは話を切り上げた。
「また罠が発動してしまわぬうちに、ここを出るとしよう。財宝類の運び出しに関しては、改めて手配をせねば」
「この黄金の仮面は、渡さねえからな」
「見るからに呪われていそうな仮面ですが」
アンジェリカは言った。
「御遺体も残っておりませんし……この仮面に、パスタをお供えするとしましょうか。お供えの儀式が終わったら勿論、美味しくいただくんですよ?」