MagiaSteam
自由騎士団、闇を往く




 貧民街の子供たちは、大人の道具であり、商品であり、奴隷であり、玩具であった。
 用済みとなれば大人に殺され、路上や路地裏に打ち捨てられる。
 マダム・シープがこの店を開き、花街の顔役となるまでは、王都サンクディゼールの裏通りは常に、そのような有り様であったという。
 国王エドワードは、よくやっている。頑張ってくれてはいる。
 しかし、と蔡狼華(CL3000451)は思う。表の支配者がいかに名君であろうと、貧しい子供がいなくなる事は決してない。国とは、そういうものなのだ。
 だから、マダム・シープのような存在が必要となる。
「子供たちが何人も、いなくなっているのよ」
 彼女の言う「子供たち」とは大抵の場合、裏通りの浮浪児や貧民孤児を指す。靴磨きや物乞いをしている子供たちの顔と名前を、マダム・シープは全て一致させている。
「ミックもトビーも、靴磨きの仕事を放り出してどこかへ行くような子じゃないわ」
「屑鉄屋のゴードン爺も、心配してはりましたなあ。いつも廃品集めしてくれとる子らが、来んようになった言うて」
 狼華は頬に人差し指を当て、思案した。
 裏通りで、子供が行方不明になる。マダム・シープが現れる以前は、珍しい事ではなかったのだろう。
「……人攫い、どすか。マダムのお膝元で人攫い。度胸のええ御人がいてはりますなあ」
「まだ、そうと決まったわけではないけれど」
 マダムが言った。
「……それをね、貴方に調べて欲しいのよ。聞いた話だと、シャンバラやヘルメリアでも同じような事が起こっているらしいわ。貧しい子供たちが、行方不明になっているの」
 ここイ・ラプセルという国は、シャンバラにヘルメリアと立て続けに2つの国を滅ぼし、支配下に置いた。短期間での急激な国土拡張。混乱が起こらぬはずはない、とは狼華ならずとも思う事だ。治安維持にまで手が回っていない。
 人買い・人攫いの類が動き回るのは、むしろ当然と言える。
「子供たちは……どうしても、狙われてしまうのね」
 マダムの美貌が、愁いを帯びる。
「ヴィスマルクでも、子供を利用する兵器が造られていたのでしょう?」
「……まさか、またヴィス公の仕業ゆう事はないと思いますけど」
「子供たちを、見つけられるようなら見つけて欲しいわ」
 マダムが、まっすぐに狼華を見つめた。
「すぐに、は無理でも……一体、何が起こっているのか。誰かの仕業であるなら、誰なのか。お願いよ狼華、調べ上げてちょうだい」
「……調べるだけで済ませるつもり、当然ありまへんえ」
 狼華の端麗な唇が、歪んだ。自分が微笑んでいるのかどうか、狼華はよくわからなかった。
「あかんわ……うち、どうなってまうんやろ。口頭注意だけで終わる気が全然せぇへん」
「無茶は駄目よ、狼華」
 マダムが気遣ってくれる。
「まさかとは思うけれど貴方……独りで行くつもりじゃないわよね? 声をかけてあるから、人が集まるまで待ちなさい」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
リクエストシナリオ
シナリオカテゴリー
他国調査
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.行方不明となった子供たちの手がかりを掴む
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセル王都サンクディゼールの裏町で、貧民の子供が何人か行方不明になっております。
 誘拐犯のような者がいるとしたら、その手がかりも掴めていない状態です。

 自由騎士の皆様には、まずは調査を行っていただく事になります。

 行方不明になっているのは、普段は靴磨きや廃品回収あるいは物乞いをしている子供たちです。同業者たちに聞き込みを行う、裏街の住民に混ざり込んで情報を集める、あるいはマダム・シープのお店でホストやホステスあるいは客に化ける……等、手がかりを探すための手段をプレイングに記述していただければと思います。記述がない場合は小湊が勝手に考えて書きます。

 場所は王都の花街や裏通り。ならず者は大勢いますが、それほどタチの悪い連中ではありません。悪事を働くにしてもカツアゲ程度。自由騎士の力なら容易に叩きのめす事が出来ます。
 ただ、もしかしたら悪質な人買いや人攫いが紛れ込んでいるかも知れません。

 時間帯も自由。昼間に動くか夜間に動くか、それも記していただけると助かります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
1個  1個  1個  5個
2モル 
参加費
100LP
相談日数
7日
参加人数
3/6
公開日
2021年01月12日

†メイン参加者 3人†

『鬼神楽』
蔡 狼華(CL3000451)
『キセキの果て』
ニコラス・モラル(CL3000453)
『未来の旅人』
瑠璃彦 水月(CL3000449)



 肥満体である。
 豪奢な衣服は、その体型に合わせて仕立てた特注品であろう。
 下品に馬鹿笑いをしている顔は、脂ぎっていて血色が良い。年の頃は、30を少し過ぎた辺りか。
 左右、瞳の色が異なっていた。右は淡く青く、左は深い緑色をしている。オッドアイは美男美女、という固定概念を粉砕してくれる容姿ではある。
 何にせよ、絵に描いたような金持ちである、と『何やってんだよお父さん』ニコラス・モラル(CL3000453)は思った。商人か、貴族か、あるいはその両方か。
 ある程度以上の金持ちであれば、この店には商人も来る。貴族も来る。人に言えない金儲けをしている輩も来る。
 そんな店で、ニコラスは働いている。
「あの人? そうそう。最近あんな感じに羽振りがいいのよねえ」
 女性客たちが、訊いてもいないところまで教えてくれた。
「前はねえ。お店の隅っこの方でねえ、若い子1人しどろもどろに口説いてた人がねえ。今はほら、両手に花だもの」
 その男には、店の綺麗どころが数人で付いていた。
 艶やかに着飾った美少女……のような少年たちである。様々な需要がある、という事だ。
 少年たちを侍らせて、その男は本当に幸せそうである。肥満体が悦びに満ちている。
 女性客たちが、その様を盗み見ながら声を潜めた。
「お貴族様って言っても、自分で使えるお金なんてあんまり無かったんでしょ? あの人」
「あの人、お父様がほら、いくつも会社持ってるじゃない。1つ貰ったみたいよ」
 男が、女を買う。男が、男を買う。女が、男を買う。女が、女を買う。
 ここは、そのような店だ。
 ニコラス自身は「売り物」ではなく従業員である。客のもとへ、酒や料理を運ぶのが仕事だ。
 運んだ先で、こんなふうに客に捕まってしまう事もある。
「ここのお料理は最高だけどぉ、あたしニコさんの事も食べちゃいたーい」
「ははは、俺なんかよりも若くてピチピチした子がいくらでもいるよ」
「ピチピチしてるだけじゃなくてえ。もっとこう、味わい深さって言うかぁー……あ、でもロウちゃんがいるんなら御指名したーい」
「あの子は、今日はちょっとお休み。体調崩しちゃってね」
「とか何とか言ってえ、実は誰かがもうお持ち帰りしちゃったんじゃないのォ!? ロウちゃんいないんならニコさんが欲しーぃ」
「こら、やめなさいって……ごめんなさいねえニコさん。こいつロウちゃんがいないと、こんな感じになっちゃうのよ」
「ロウちゃんの代わりにニコさんなんて、失礼にも程があるわよねえ……ちなみに私、誰かの代わりじゃなくて最初からニコさん一筋で来てるんだけどぉ」
「お気持ちだけ、いただいておくよ。本当に、ありがとう」
 恭しく、ニコラスは一礼した。
 女性客たちが、それだけで何やら熱に浮かされたようになっている。早くも酔っているのだろう、とニコラスは思った。
「ねえニコさん……あの人の事だけど」
 1人が言った。オッドアイの肥満男を、ちらりと見やりながら。
「……あんまり、関わらない方がいいわよ。ちょっと変な人たちと付き合ってるみたいだし……急に羽振りが良くなったのだって、何か悪い事しているって噂もあるし」
「気をつけるよ。何から何まで、本当にありがとう」
 ニコラスは微笑み、片手を上げ、その席を離れた。
 カウンターの近くで、この店の経営者が待ち構えていた。
「貴方を指名したい、というお客がね。このところ多いのよ」
 マダム・シープだった。今ニコラスが応対していた女性客たちに、ちらりと視線を向けている。
「御覧なさいな。貴方が微笑みかけただけで、あんなに夢見心地」
「……見ての通り、単なるしょぼくれた高齢者だぜ? 俺なんて」
「それがいいのよ。上手くやれていれば避けられたはずの苦労をね、散々味わってきた人じゃないと醸し出せないもの……貴方には、あるわ。女って、そういうもの割と見抜くわよ」
「若い連中の反面教師、くらいにはなるかも知らんけどね」
 ニコラスは苦笑し、話題を変えた。
「あそこにいる、お客……お得意様、だったっけ? あのほら、男の子に囲まれて御満悦な、着飾ったおデブさん」
「ボッフル・ドーラント男爵ね」
 マダム・シープが、声を潜めた。
「ドーラント侯爵家の、まあ一言で言うとドラ息子。親御さんからも金遣いを制限されて、なけなしのお小遣いでたまにこのお店に来ていたものよ」
「今日は随分と金遣いが荒いようだ。制限を、解かれたのかな」
 ドーラント侯爵家と言えば、いくつもの会社を保有し発展させている、大貴族にして豪商である。
「会社を1つ、親御さんから貰ったらしい。ま、持て余し気味のドラ息子を飾り物の社長に据えて、大人しくさせようって事かな。逆効果にしか見えんけど」
「……疑っているの? あの人を」
 王都サンクディゼールの裏通りで、何人もの子供が行方不明になっていた。靴磨きや廃品集めや物乞いをしている、身寄りのない子供たち。
「人買い、人攫いの類なら……貴族や権力者で、何かしら手引きをしてる奴らがいるのかも知れない。ってのは彦の見解だけどな」
「……ボッフル男爵にね、1度声をかけられたわ」
 口説かれたのかい、などとニコラスは思わず言ってしまうところであった。
「この裏町に、子供たちは何人いるのか、どこに誰がいるのか、しつこく訊かれたのよ。もちろん教えなかったけど」
 貧民街の子供たちがどれほどいて、誰がどこでどういう仕事をしているのか、主にどこで寝起きをしているのか。おおよそ把握しているのは、このマダム・シープただ1人である。
「ふむ……もしかして、アレか。オーナーからそれを聞き出すために、なけなしのお小遣いを振り絞って、ここへ通い詰めていると」
 ニコラスは、顎に片手を当てた。
「……ま、決めつける段階じゃあねえやな。あの太っちょな男爵様が、白なら白だとハッキリさせておきたい。ちょっと調べに出るぜ」
「……狼華の事、気にかけてあげて」
 マダムが言った。
「私の気のせい、なら良いのだけど……あの子、少し気負い過ぎているように見えるの。子供絡みの事件だから、だと思うけれど」


「……と、マダム・シープはおっしゃるわけだが狼華君はどう思う」
 ニコラスの言葉に、『鬼神楽』蔡狼華(CL3000451)は苦笑した。
「……さすが、マダムはよう見てはる。気合いが空回りしとるの、うち自分でもわかるわ」
「ふむ。今ひとつ上手くいってない、と」
 ニコラスが、まじまじと狼華の姿を観察した。
「……浮浪児に化けて情報収集の真っ最中、ってところかな」
「貧民街の子供に……見えへん?」
「うーん、残念ながら」
 このニコラス・モラルという男はいつも、穏やかな口調で容赦なく的確な評価をくれる。
「サロン・シープの稼ぎ頭が、ただ汚れ物を着ているようにしか見えんぜ」
「うう……やっぱり。うち、大抵の汚れ仕事はこなしてきたつもりやったけど」
 路上生活者の子供と、着ているものを交換した。
 今、狼華のしなやかな身体に貼り付いているのは、服と言うより汚れきったボロ布である。
「あかんわ、こないな汚い格好しとうない……しとうないけど、マダムのためや。ああん汚い、くっさい、何やベトベトしとる、けどマダムのためや。日頃お風呂も入れへん子供に、上手く成りきらなあかん」
「ぶれないよなあ、そういうところ」
 ニコラスが、褒めてくれたのか。呆れているだけか。
「着道楽のお前さんがそこまでやったのは、まあ高く評価するけどなあ。向き不向きってものはある。汚れた格好で這い回るような調べ物、あいつに任せといた方が良くはないか」
 ニコラスの言葉に応えるが如く、物音がした。
 貧民街の路地裏の一角に、狼華は声を投げた。
「……おるんやろ、彦。出てきいや」
「…………にゃーん」
「何だ猫か……なぁんて、言うとでも思ったわけじゃあるまい」
「猫ですぞ。今のあっしは彦にあらず猫、あっ何をなさる」
 ニコラスが、うず高いゴミの山から、大きな猫を引っ張り出した。
 いや、猫ではない。小柄な、ケモノビトの少年である。少年に見えるが、20歳を超えている。
 瑠璃彦・水月(CL3000449)であった。
 何匹もの野良猫が、一緒にゴミの山から溢れ出して来る。
 そして、ニコラスと狼華をフーッ! と威嚇する。
「おおっと、ごめんよ。お友達を虐めようってわけじゃあないんだ」
 ニコラスが言った。
「猫と話してたのか。邪魔して悪かったな、何か掴めたかね」
「まったく、もう少しで重要な情報が掴めるところだったのですぞ……と、申し上げたいところですが」
 瑠璃彦が、頭を掻いた。
「どうも、この辺りが限界のようですな。この猫たち曰く、普段は見かけぬ人間たちが、やはり動き回っておるようです。そ奴らが、お店によく出入りしているお貴族様と、例えばこういった路地裏でひそひそ話をしている所、猫たちが目撃しております」
 サロン・シープの常連で貴族階級の者ならば、何人もいる。もう少し絞り込みたいところではあった。
「でっぷりと太って、左右の目の色が違う……そんな、お貴族様であるとか」
「……ボッフル・ドーラント男爵」
 ニコラスの口調が、緊迫感を帯びた。
「男の子好きのドラ息子だ。このところ懐景気がいいらしい……おかしな連中と結託して子供を売り捌いている、なんて話ならまあ、わかりやすいんだが」
「うちの出番どすな」
 野良猫たちの頭を撫でながら、狼華は微笑んだ。
「彦も撫でたる。頭、出しぃや」
「結構。それより狼華殿は何をなさるおつもりか?」
「男の子好きなお貴族様が相手なら」
 瑠璃彦の頭を無理矢理に撫でながら、狼華は口調を変えた。
「……僕に、任せてもらうよ」


 ボッフル・ドーラント男爵は、目的と言うか自身の欲望を満たすために、骨惜しみする人物ではないようであった。裏町まで、使用人を走らせたりせず自分の身体を運んで来る。でっぷりと豪奢に肥え太った身体をだ。
 ボッフル男爵に関して、1つ情報が入った。
 それが決定的なものであるかどうかを、今から確かめなければならない。
「……ね、おじさん」
 路地裏で1人、何やらそわそわとしているボッフル男爵に、狼華は声をかけた。
「僕、汚いでしょ? おじさんと一緒に……お風呂、入りたいなぁ」
「ほぉ……君、確かに汚れているね。臭う。が、それは着ているものだけだ」
 男爵が、青と緑の瞳をギラギラと輝かせる。肥え太った顔面が、だらしなく緩む。
 オッドアイの面汚しだ、と狼華は思わなくもなかった。
「君の身体そのものは、良い匂いがするよ」
「いくらでも嗅がせてあげるからぁ、ね? 一緒にさ、いい香りの石鹸使おうよ」
 男爵の肥満した腕に、狼華はすがりついていった。
「……物乞いのリックとか、橋の下のルーカス兄妹とか、そんな小さな子たちばっかりじゃなくてぇ。僕の事も可愛がって欲しいな?」
 ボッフル男爵の脂ぎった顔が、青ざめた。
「……何故……その子たちの事を……」
「子供たちが大勢いなくってるの、おじさん知ってるでしょ?」
 青ざめた顔を覗き込むように、狼華は微笑みかけた。
「その子たちの何人かがね、こういう暗がりで、おじさんと会ってるところ……見たって人が、いるんだよね」
 浮浪児の格好をして、どうにか集めた情報の1つである。
「おじさん、さ……この裏町で一番、顔の広いマダムに、子供たちの居場所を訊いて教えてもらえなかったんだって?」
 ニコラスが言っていた。
「だから、自分で子供たちを集めようとした。人捜しと人攫いの得意な連中を、雇ってね……その連中の方から、売り込んで来たのかな」
 男爵の耳元で、狼華は囁いた。
「そいつらが、裏町のあちこちから子供たちを攫って来る。おじさんはこうやって、どこそこのお店の裏とか場所を指定して、それを待っているわけだ。で、攫われて来た子供をこんなふうに受け取って」
 ボッフル男爵の太った腕を、狼華は己の身体に巻き付けた。この腕を今、即座に折る事も出来る。
「……一体どこへ連れて行くのかなぁ。リックも、ジョンもアンナも、今はどこに?」
「わ……私は……」
 男爵の声が、震え、かすれる。
「あの子たちを……助けようと……」
 このまま捕らえて拷問にでもかけるか、と狼華が思いかけた、その時。
 不穏な気配が、周囲に降り立った。
 一見、裏通りのごろつきにしか見えない男たち。
 脅し文句の類を口にする事もなく短剣を抜き構え、ボッフル男爵を、狼華を、取り囲んでいる。
 男爵の肥満体を、全方向から切り刻む構えであった。当然、狼華を生かしておくつもりもないだろう。
 男たちが、一斉に動きかけた、その時。風が吹いた。
 風、としか思えなかった。
 男たちが、1人残らず倒れていた。死んではいないが意識を失っている。
 瑠璃彦が着地し、残心の構えを取った。
「こやつら……躊躇いもなく、殺しにかかるところでしたな」
「……殺す……躊躇いも、なく……」
 狼華は呟いた。
 関わった人間が用済みとなれば、躊躇いなく切り刻んで野良犬や烏の餌に変える。
 あの国の犯罪組織であれば、そのくらいの事はする。狼華は、そんな事を思った。
「な……何だ、何だと言うのだ……」
 ボッフル男爵が、へなへなと路面に尻餅をつく。
「何故、私が……こやつらに、命を狙われなければならない……?」
「貴方に雇われ、裏町のあちらこちらから子供たちを攫っていたのは……こやつらですな? ボッフル男爵殿」
 頭を撫でようとする狼華の手をかわしながら、瑠璃彦が言った。
「こやつらの方はまあ、もはや貴方のために働く気など無いようですがの」
「用済み、っちゅう事でんなあ。男爵はん」
 脂ぎって青ざめた男爵の顔を、狼華はそっと撫でた。
「なら、うちらの用……済ませてもらいますえ」
「な……何かな、君たちの用とは……」
「まずは、さっきの質問に答えや。リックもジョンもアンナも一体どこにおんねん」
 何かが止まらなくなり始めている、と狼華は自覚してはいた。このままでは本当に、この男爵を拷問にかけてしまうかも知れない。
「助かった、なんて思うたらあきまへん。ここで野良わんこの餌にでもなっとった方がマシやった、なぁんて死に様さらしとうなかったら……きっちり、答えておくれやす」
「ろ、狼華殿。落ち着かれよ」
 倒れている男たちを縛り上げながら、瑠璃彦がこちらを気遣う。
「無事だよ」
 声がした。
 ニコラスが、いつの間にか、そこに佇んでいた。
 子供を3人、伴っている。小さな、男の子が2人、女の子が1人。清潔で身なりが良い。貴族の子供たちであろうか。
 否。物乞いのリック、それに普段は橋の下に住んでいるジョンとアンナの兄妹だった。
「男爵様……」
「男爵さまぁ!」
 リックとアンナが、男爵の肥満体に泣きついてゆく。
 ジョンが、涙目で狼華を見上げた。
「ロウファちゃん……男爵様を、いじめないで……」
「ジョン……」
「ま、見ての通りだ」
 ニコラスが言った。
「なあボッフル男爵。あんた、親御さんから貰った会社の経営なかなか上手くやってるようじゃないか? 売り上げが伸びている。その御褒美にドーラント侯爵家が、この子たちの面倒を見てくれている」
「……私は……貧しい子供たちを、助けたかったのだ……」
 リックとアンナの頭を撫でながら、ボッフルは俯き加減に語る。
「だから父に頼んだ。私が1人の経営者として、ある程度の結果を出したら……ドーラント侯爵家で可能な限り、子供たちを引き取り面倒を見て欲しいと。マダム・シープにも協力を求めたのだがな」
 可能な限り。
 つまりドーラント侯爵家に、拾ってもらえる子と見捨てられる子が出て来る。いかに大貴族とは言え、貧民街の子供たちを1人残らず救う事など出来はしないのだ。
 公平ではない。
 だからマダム・シープは、ボッフル男爵に協力をしなかったのだろう。
「あんさんは……」
 狼華は思わず、ボッフルを睨み据えていた。
「裏町の子らを……ペットか何かと、思うてはる……?」
「……拾って、世話をする。他に、子供たちを救う手段があると言うのかね」
 まっすぐに、ボッフルが見つめ返してくる。
 リックが、ジョンとアンナが、裕福な貴族に拾われて幸せに暮らし始めている。それは、紛れもない事実なのだ。
 瑠璃彦が、咳払いをした。
「ニコ殿は……ドーラント侯爵家のお屋敷に、行かれていたのですか? 入れてもらえたのですか」
「まあ自由騎士だからな。貴族方面にコネが無い事もない。ドーラント侯爵が、直に会ってくれたよ」
 言いつつニコラスが、引き連れて来た子供たちに視線を投げる。
「侯爵家の屋敷で世話になってるのは、その3人だけだ。他の子供たちは依然、行方知れず……」
 視線が、縛り上げられた男たちに移る。
「攫ったのが、この連中だとしても……その子供たちが今どこにいるのか、こいつらがそこまで知ってるかどうか。取り調べで、わかるといいんだけどな」
「つまりその、どういう事かと申しますと」
 瑠璃彦が懸命に、頭を回転させているようだ。
「こやつら、ボッフル男爵殿に……人攫いの罪を、全て押し被せようと」
「貧しい子供たちを探し回ってる貴族様がいた。だからまあ、利用したんだろうな。最終的には……ボッフル男爵が、ってよりドーラント侯爵家が、子供たちを攫って売り捌いてたと。そういう方向に話を持ってくつもりだったんだろ」
「こういう事ですぞ男爵殿! 子供たちを助けるためとは言え、このような者どもと結託するのは災いにしかならぬという」
 会話を聞きながら狼華は、誰にも聞こえぬ声を漏らした。
「この、手口……まさか……」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済