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【水機激突】幻肢痛の王国

●
まるで赤ん坊の如く泣き叫びながら、メレス・ライアットは転げのたうち回った。
ボーゼル・ゴルマー隊長が、優しく声をかけてくる。
「どうしたメレス、一体どこが痛む?」
「……ゆ……指が……」
突っ伏したままメレスは、激痛走る右手を弱々しく掲げて見せた。
五指の失われた、今や金属の塊でしかない右手。
「おかしいンですよ隊長……親指も、中指も、まるで爪剥がされてるみてえに……痛え……痛ぇよう……指なんて、ねえのによぉお……」
「そういうものだ。俺もな、左手の指先が痒くてたまらん時がある」
言いつつボーゼルが、左手を軽く揺らす。
同じく、金属の塊である。
メレスの右手には細身の刀身が内蔵されているが、この男の左手はスパイクの生えた鉄球だ。
「こればかりは我らキジンの宿命でなあ。はっきり言って、慣れるしかない……というわけでメレス君、戦闘訓練をしようか」
生身の右手で、ボーゼルはメレスを掴んで引きずり起こした。
「無いはずの痛みは、現実の痛みで叩き潰すしかない。みっちり行くぞ」
「俺……右手しか機械になってねえのに、こんな……くそ痛ぇえ……」
隊長に引きずられながら、メレスは呻いた。
「全身、機械になっちまった連中は……一体どんな地獄を、見てやがるんでしょうね……」
「正気を失って廃棄処分になった奴を、俺は3人ほど知っている」
その廃棄処分を実行したのは、このボーゼル・ゴルマー本人である。
「人間の身体ってのは、どうも機械とは相性が悪くてな……いやまあ身体の拒絶反応は大分、抑えられるようにはなってきてる。問題は、心の方よ」
「キジンとしての心構え……俺、ぜんぜん出来てねえって事ですね……」
「俺もさ」
ボーゼルの顔面の、右半分がニヤリと歪んだ。左半分は、機械の仮面だ。
「機械化の限界は全身の8割くらい、とは言われているよな。ただ実際、3割4割で駄目になっちまう奴が結構多い。身体じゃなく精神の方がな、機械に変わっちまった自分に耐えられなくなるのさ。8割なんてのは本当に、選ばれた者の領域……そこにいらっしゃるのが、チャールズ・バベッジ陛下だ。あそこまで機械化を遂げられながら正気をお保ちになり、貧しいヘルメリアの民を富ませるための政をなさっておられる。だから俺たちは、あの御方について行くしかないんだ」
歩く蒸気鎧とも言うべき身体の中で、あの国王の脳髄は、人の正気と呼べるものを果たして本当に保っているのか。
歯車騎士団の一員として、それは思ってもならない事であった。
●
「補給部隊だから弱い、とでも思ったか!?」
怒声と共に、メレスは踏み込んで行った。機械化した右手から生え伸びた細身の刃が、一閃した。
海賊が1人、2人、細切れになって飛散する。
滑らかに切り刻んだ手応え。
無いはずの痛みを忘れるには結局、これが一番なのだ。
兵糧を満載した荷駄隊が、兵士たちに護衛されながら目的地へと進んで行く。
そこへ殺到せんとする野盗の群れを、メレスは片っ端から切り刻んでいった。
戦場荒らしの、野盗の一団……あの赤髭海賊団の下っ端である事は、こうして戦っていればわかる。
イ・ラプセル軍の補給部隊に、メレスは護衛として配属された。
国防騎士団の信頼を得る事が出来たのだろう、とメレス自身は思っている。
ヘルメリア兵である自分を、イ・ラプセルの国防騎士団は、まずは捕虜として扱った。まあ当然ではある。
待遇は良かった。恐らくは、あの自由騎士たちが口を利いてくれたのだろう。彼らと共にイブリースと戦った事も、評価してもらえたのか。
海賊たちが算を乱し、逃げて行く。
オラクルが配属されているとは思わなかったのだろう。非オラクルの兵士たちを殺戮し、物資を奪う。それだけの簡単な強盗稼業だと思っていたのだろう。
弱い者しか相手に出来ない。それが赤髭海賊団という集団なのだ。
「勝てる戦だって勝てやしねえよ……こんなクソどもと結託してるようじゃ、な」
海賊の首を1つ、細身の剣で刎ね飛ばしながら、メレスは見回した。
荷駄隊は無事。野盗の一団は、切り刻まれた大量の屍を残し逃げて行く。
追いかけて皆殺しにしたいところであるが、メレスは耐えた。まずは補給部隊を目的地へと無事、到着させなければならない。
だが結局、野盗たちは皆殺しの憂き目に遭う事となった。
逃走する彼らを、待ち受けている者たちがいたのだ。
機械化した手足が、海賊たちを引きちぎり、叩き砕き、踏み潰す。
キジンの小部隊であった。海賊たちの返り血にまみれながら、叫んでいる。
「いっ、痛い! 痛いイタイいたぁぁああい!」
「ゆゆゆゆ指が、小指が中指が薬指がぁぁあああ」
「腕、腕! うで腕オレの腕ぇええ! どこ行ったあ!」
かつての自分だ、とメレスは思った。皆、もはや存在しない手足の痛みを訴えている。
その数、7名。うち1人だけが、どうやら正気を保っている。
「お前の言う通りだよメレス・ライアット……まったく使い物にならんなあ、赤髭のところの雑魚どもは」
「ボーゼル隊長……」
「補給部隊を狙えば、少数精鋭の自由騎士団が出て来ると思ったが……まずは、お前か」
ボーゼル・ゴルマーが、生身の右半面でニヤリと笑う。
「無理矢理、他国に押し入って、産業を1つ潰して英雄気取り……そんな無法国家に与してはいけない。戻っておいで、メレス君。俺が口利きをしてあげるから」
「奴隷商売なんて……海賊どもとつるんでまで、守る産業じゃないでしょう」
言いつつメレスは、6名のキジン兵士を見回し睨んだ。
「そいつらは……?」
「見ての通り、心が保たなかった連中だ。まあ海賊どもよりはマシな戦力かと思ってな」
「今のヘルメリアそのものみたいな奴らじゃないですか……」
自分も、ボーゼル隊長も、1つ間違えば辿っていた道だ、とメレスは思った。
「……聞いて下さい隊長。戦争なんて、やってる場合じゃないんですよ」
「イブリースなら、我ら歯車騎士団が1匹残らず討滅する」
ボーゼルが、歩み寄って来る。ゆっくりと、踏み込んで来る。
「……なあメレスよ。俺たちはな、戦争以外の事をしている場合じゃないんだよ」
「ボーゼル隊長……!」
メレスの方からも、踏み込んでいた。
細身の刃が、ボーゼルに向かって一閃する……よりも早く。
ボーゼルの左手、スパイクのある鉄球が、メレスの鳩尾にめり込んでいた。
「イ・ラプセルの豊かな大地が手に入れば、例えば兵站軍の連中にだって、いい暮らしをさせてやれる」
血を吐き、倒れたメレスの顔面を踏みつけながら、ボーゼルは言った。
「他国を分捕って、搾取する。そうすればヘルメリアの貧しい民も豊かになる……そのための、俺たち歯車騎士団だぜ」
まるで赤ん坊の如く泣き叫びながら、メレス・ライアットは転げのたうち回った。
ボーゼル・ゴルマー隊長が、優しく声をかけてくる。
「どうしたメレス、一体どこが痛む?」
「……ゆ……指が……」
突っ伏したままメレスは、激痛走る右手を弱々しく掲げて見せた。
五指の失われた、今や金属の塊でしかない右手。
「おかしいンですよ隊長……親指も、中指も、まるで爪剥がされてるみてえに……痛え……痛ぇよう……指なんて、ねえのによぉお……」
「そういうものだ。俺もな、左手の指先が痒くてたまらん時がある」
言いつつボーゼルが、左手を軽く揺らす。
同じく、金属の塊である。
メレスの右手には細身の刀身が内蔵されているが、この男の左手はスパイクの生えた鉄球だ。
「こればかりは我らキジンの宿命でなあ。はっきり言って、慣れるしかない……というわけでメレス君、戦闘訓練をしようか」
生身の右手で、ボーゼルはメレスを掴んで引きずり起こした。
「無いはずの痛みは、現実の痛みで叩き潰すしかない。みっちり行くぞ」
「俺……右手しか機械になってねえのに、こんな……くそ痛ぇえ……」
隊長に引きずられながら、メレスは呻いた。
「全身、機械になっちまった連中は……一体どんな地獄を、見てやがるんでしょうね……」
「正気を失って廃棄処分になった奴を、俺は3人ほど知っている」
その廃棄処分を実行したのは、このボーゼル・ゴルマー本人である。
「人間の身体ってのは、どうも機械とは相性が悪くてな……いやまあ身体の拒絶反応は大分、抑えられるようにはなってきてる。問題は、心の方よ」
「キジンとしての心構え……俺、ぜんぜん出来てねえって事ですね……」
「俺もさ」
ボーゼルの顔面の、右半分がニヤリと歪んだ。左半分は、機械の仮面だ。
「機械化の限界は全身の8割くらい、とは言われているよな。ただ実際、3割4割で駄目になっちまう奴が結構多い。身体じゃなく精神の方がな、機械に変わっちまった自分に耐えられなくなるのさ。8割なんてのは本当に、選ばれた者の領域……そこにいらっしゃるのが、チャールズ・バベッジ陛下だ。あそこまで機械化を遂げられながら正気をお保ちになり、貧しいヘルメリアの民を富ませるための政をなさっておられる。だから俺たちは、あの御方について行くしかないんだ」
歩く蒸気鎧とも言うべき身体の中で、あの国王の脳髄は、人の正気と呼べるものを果たして本当に保っているのか。
歯車騎士団の一員として、それは思ってもならない事であった。
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「補給部隊だから弱い、とでも思ったか!?」
怒声と共に、メレスは踏み込んで行った。機械化した右手から生え伸びた細身の刃が、一閃した。
海賊が1人、2人、細切れになって飛散する。
滑らかに切り刻んだ手応え。
無いはずの痛みを忘れるには結局、これが一番なのだ。
兵糧を満載した荷駄隊が、兵士たちに護衛されながら目的地へと進んで行く。
そこへ殺到せんとする野盗の群れを、メレスは片っ端から切り刻んでいった。
戦場荒らしの、野盗の一団……あの赤髭海賊団の下っ端である事は、こうして戦っていればわかる。
イ・ラプセル軍の補給部隊に、メレスは護衛として配属された。
国防騎士団の信頼を得る事が出来たのだろう、とメレス自身は思っている。
ヘルメリア兵である自分を、イ・ラプセルの国防騎士団は、まずは捕虜として扱った。まあ当然ではある。
待遇は良かった。恐らくは、あの自由騎士たちが口を利いてくれたのだろう。彼らと共にイブリースと戦った事も、評価してもらえたのか。
海賊たちが算を乱し、逃げて行く。
オラクルが配属されているとは思わなかったのだろう。非オラクルの兵士たちを殺戮し、物資を奪う。それだけの簡単な強盗稼業だと思っていたのだろう。
弱い者しか相手に出来ない。それが赤髭海賊団という集団なのだ。
「勝てる戦だって勝てやしねえよ……こんなクソどもと結託してるようじゃ、な」
海賊の首を1つ、細身の剣で刎ね飛ばしながら、メレスは見回した。
荷駄隊は無事。野盗の一団は、切り刻まれた大量の屍を残し逃げて行く。
追いかけて皆殺しにしたいところであるが、メレスは耐えた。まずは補給部隊を目的地へと無事、到着させなければならない。
だが結局、野盗たちは皆殺しの憂き目に遭う事となった。
逃走する彼らを、待ち受けている者たちがいたのだ。
機械化した手足が、海賊たちを引きちぎり、叩き砕き、踏み潰す。
キジンの小部隊であった。海賊たちの返り血にまみれながら、叫んでいる。
「いっ、痛い! 痛いイタイいたぁぁああい!」
「ゆゆゆゆ指が、小指が中指が薬指がぁぁあああ」
「腕、腕! うで腕オレの腕ぇええ! どこ行ったあ!」
かつての自分だ、とメレスは思った。皆、もはや存在しない手足の痛みを訴えている。
その数、7名。うち1人だけが、どうやら正気を保っている。
「お前の言う通りだよメレス・ライアット……まったく使い物にならんなあ、赤髭のところの雑魚どもは」
「ボーゼル隊長……」
「補給部隊を狙えば、少数精鋭の自由騎士団が出て来ると思ったが……まずは、お前か」
ボーゼル・ゴルマーが、生身の右半面でニヤリと笑う。
「無理矢理、他国に押し入って、産業を1つ潰して英雄気取り……そんな無法国家に与してはいけない。戻っておいで、メレス君。俺が口利きをしてあげるから」
「奴隷商売なんて……海賊どもとつるんでまで、守る産業じゃないでしょう」
言いつつメレスは、6名のキジン兵士を見回し睨んだ。
「そいつらは……?」
「見ての通り、心が保たなかった連中だ。まあ海賊どもよりはマシな戦力かと思ってな」
「今のヘルメリアそのものみたいな奴らじゃないですか……」
自分も、ボーゼル隊長も、1つ間違えば辿っていた道だ、とメレスは思った。
「……聞いて下さい隊長。戦争なんて、やってる場合じゃないんですよ」
「イブリースなら、我ら歯車騎士団が1匹残らず討滅する」
ボーゼルが、歩み寄って来る。ゆっくりと、踏み込んで来る。
「……なあメレスよ。俺たちはな、戦争以外の事をしている場合じゃないんだよ」
「ボーゼル隊長……!」
メレスの方からも、踏み込んでいた。
細身の刃が、ボーゼルに向かって一閃する……よりも早く。
ボーゼルの左手、スパイクのある鉄球が、メレスの鳩尾にめり込んでいた。
「イ・ラプセルの豊かな大地が手に入れば、例えば兵站軍の連中にだって、いい暮らしをさせてやれる」
血を吐き、倒れたメレスの顔面を踏みつけながら、ボーゼルは言った。
「他国を分捕って、搾取する。そうすればヘルメリアの貧しい民も豊かになる……そのための、俺たち歯車騎士団だぜ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.歯車騎士団7名の撃破(生死不問)
お世話になっております。ST小湊拓也です。
戦場のとある一角で、イ・ラプセルの補給荷駄隊がヘルメリア歯車騎士団の襲撃を受けております。
護衛兵メレス・ライアット(以前の拙シナリオ『絶望を告げる汽笛』に登場した元ヘルメリア兵士です)が単身これに応戦中ですが、状況開始時点では敗れ力尽き死にかけています。
彼を救助する必要はありませんが、放置しておけば歯車騎士団はそのまま荷駄隊に追いつき、これを殲滅するでしょう。それを阻止していただくのが作戦目的となります。
歯車騎士団の内訳は以下の通り。
●指揮官ボーゼル・ゴルマー
キジン、男、32歳。重戦士スタイル。前衛中央。『バッシュLV3』『ライジングスマッシュLV2』を使用。
●キジン、重戦士(2名、前衛) 『バッシュLV2』を使用。
●キジン、防御タンク(2名、前衛) 『シールドバッシュLV2』を使用。
●キジン、ガンナー(2名、後衛) 『ヘッドショットLV2』を使用。
指揮官ボーゼルの目的は、1人でも多くの自由騎士を倒す事ですので、状況開始と同時に標的は自由騎士の皆様に切り替わります。荷駄隊に彼らの攻撃が及ぶ事はありません。
メレス・ライアットは、あと一撃でも受ければ死ぬ状態ですが、回復を施し戦わせる事は可能です。指示には従います。(キジン、男、20歳。軽戦士スタイル。ラピッドジーンLV2、ヒートアクセルLV2、ピアッシングスラッシュLV1を使用)体力が0になれば普通に死亡します。
時間帯は昼、場所は原野の戦場で、以下の仕掛けが施されております。
フィールド効果:エイト・ポーン
プロメテウス/フォースから射出された広域殲滅兵器です。戦場全てに特殊な音を発し、敵兵の動きを阻害します。
イ・ラプセル軍のキャラは、FBが毎ターン1ずつ増加していきます。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます。
戦場のとある一角で、イ・ラプセルの補給荷駄隊がヘルメリア歯車騎士団の襲撃を受けております。
護衛兵メレス・ライアット(以前の拙シナリオ『絶望を告げる汽笛』に登場した元ヘルメリア兵士です)が単身これに応戦中ですが、状況開始時点では敗れ力尽き死にかけています。
彼を救助する必要はありませんが、放置しておけば歯車騎士団はそのまま荷駄隊に追いつき、これを殲滅するでしょう。それを阻止していただくのが作戦目的となります。
歯車騎士団の内訳は以下の通り。
●指揮官ボーゼル・ゴルマー
キジン、男、32歳。重戦士スタイル。前衛中央。『バッシュLV3』『ライジングスマッシュLV2』を使用。
●キジン、重戦士(2名、前衛) 『バッシュLV2』を使用。
●キジン、防御タンク(2名、前衛) 『シールドバッシュLV2』を使用。
●キジン、ガンナー(2名、後衛) 『ヘッドショットLV2』を使用。
指揮官ボーゼルの目的は、1人でも多くの自由騎士を倒す事ですので、状況開始と同時に標的は自由騎士の皆様に切り替わります。荷駄隊に彼らの攻撃が及ぶ事はありません。
メレス・ライアットは、あと一撃でも受ければ死ぬ状態ですが、回復を施し戦わせる事は可能です。指示には従います。(キジン、男、20歳。軽戦士スタイル。ラピッドジーンLV2、ヒートアクセルLV2、ピアッシングスラッシュLV1を使用)体力が0になれば普通に死亡します。
時間帯は昼、場所は原野の戦場で、以下の仕掛けが施されております。
フィールド効果:エイト・ポーン
プロメテウス/フォースから射出された広域殲滅兵器です。戦場全てに特殊な音を発し、敵兵の動きを阻害します。
イ・ラプセル軍のキャラは、FBが毎ターン1ずつ増加していきます。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年01月31日
2020年01月31日
†メイン参加者 6人†
●
戦争は、始めるのは容易く、終わらせるのは難しい。
よく言われる事である。そして始めてしまった以上、終わらせなければならない。
自軍の勝利、という形でだ。
勝った後、敗者に、可能な限り救いの手を差し伸べてやる。
(そんな……いくらか傲慢な形でしか、平和は訪れない……?)
思い悩みながらも『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は、繊手を躍動させてスナイパーライフルへの装填作業を終えていた。
そして、敵を見据える。
「痛え、痛ぇえ……いてえよおぉ……」
「爪がああぁ……剥がれちまったよぉー……」
両手を機械化し、剥がれる爪などすでに無いはずの兵士が、そんな悲鳴を発しているのである。
「無いはずの痛み……ファントム・ペイン、というやつか」
6名もの、キジンの兵士たち。
彼らをじっと観察しつつ、ジーニー・レイン(CL3000647)が駆け出した。
「こいつらも助けてやりたいとこだが、まずは……おい、そこの! その汚い足をどけろぉおおおおおおッ!」
彼女の行く手で、メレス・ライアットがまたしても死にかけている。
死にかけた彼の顔面を踏みつけているヘルメリア軍人に、ジーニーは戦斧を叩きつけていった。
キジン兵6人の、指揮官。
細身のメレスよりも一回りは大型なヘルメリア軍人が、素早く後退して戦斧をかわす。
結果、メレスは解放された。
倒れたままのメレスを、ジーニーは背後に庇った。
「人を……貴様、人を踏んづけていいと思ってんのか!」
「やんちゃが過ぎる部下は、上から押さえ付ける。それも上官の役目でな」
歯車騎士団の一員、であろう。左手は鉄球を備えた義手、顔面の右半分は金属の仮面。
そんなヘルメリア軍人を、ジーニーは緋色と暗黒色のオッドアイで睨み据えた。
「上から押さえ付ける奴……私、絶対に許さない!」
「ヘルメリア軍人ボーゼル・ゴルマー……君にはメレス・ライアットを押さえ付ける権利がない。何故なら彼は、君の部下ではない……」
その言葉に合わせて、己の生命力が活発化してゆくのを、アンネリーザは感じた。
この場にいる自由騎士全員に『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、生命力強化を施してくれているのだ。
「……イ・ラプセルの、大切な人材だ。連れて帰る。邪魔は、しないでくれたまえ……」
「お前ら……」
瀕死であったメレスが、マグノリアによる回復を得て、よろよろと上体を起こす。
その身体を、『罰はその命を以って』ニコラス・モラル(CL3000453)が支えた。
「ようメレス。お前さん、どうも危険な仕事ばっかり引き当てちまう奴みたいだな」
ニコラスの魔導医学術式が、メレスをきらきらと治療してゆく。
「……運の悪い奴は、兵隊にゃ向かないぜ?」
「死にかけてもな……こうやって、助けに来てくれる連中がいる」
ニヤリと微笑みながら、メレスは立ち上がった。
「俺ほど運のいい奴、なかなかいないぜ?」
「……お前を助けに来たワケじゃあねえ」
ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、恐らくは初めて、メレスに対して口を利いた。
「戦えるんなら、ちったあ役に立ちな」
「悪いね、人手が足りてないんだ。サポートはするから」
ニコラスの言葉にメレスは、右義手の剣を構えながら応えた。
「役に立たねえと思ったら、後ろから撃ち殺してくれて構わねえぜ」
「ちょっと……!」
アンネリーザが怒る前に、同じ銃士である『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)が、
「……ふざけた事、言ってんじゃねえ」
怒りの言葉と共に、拳銃の引き金を引いた。
左右2丁の拳銃。迸った2つの銃火が、地面に突き刺さる。
地を穿つ銃撃が、ヘルメリア戦闘部隊を足元から襲った。
魔弾に仕込まれていた束縛結界が、地中より噴出してキジンたちを包み拘束する。
指揮官ボーゼルを含む敵前衛が、痙攣・硬直して動きを止める。
その結果を確認しつつ、ザルクは言った。
「おいメレス・ライアット……これからもイ・ラプセルで戦っていこうって気があるんなら、そんな考えは一切捨てろ」
「あんた……」
「6人……か。実にいい」
ボーゼル1人が、束縛結界を振りちぎり、踏み込んで来る。
「オラクルでもない兵隊なんぞは、何千人いようが後でどうにでもなる。イ・ラプセルの戦力の要は……貴様ら、自由騎士団!」
大柄なキジンの身体が、左手の鉄球を先端とする砲弾と化した。
「6人! 無理ならば1人でも2人でもいい、ここで減らしておく!」
その砲弾が、ウェルスとザルクを一緒くたに直撃し、吹っ飛ばす。
アンネリーザは息を呑んだ。
このボーゼル・ゴルマーという男は、ここで死ぬ気だ。1人でも多くの自由騎士を、道連れにするつもりなのだ。
そして。そんな戦闘目的に、この兵士たちを付き合わせようとしている。
「痛え! いてえよ、ぐぎゃああああ!」
「腕がぁ、あっああ足がぁーあ!」
後衛の兵士2名が、悲鳴を上げながら小銃をぶっ放す。痛みに耐えかねての乱射、に見えて狙いは正確だ。
その銃撃が、ジーニーに突き刺さる。
血飛沫を散らせて呻くジーニーを狙い撃ちながら、兵士が泣き叫ぶ。
「足が、足が痛ぇえ! 畜生、捻挫が治らねえよぉおおおお!」
捻挫などするはずのない機械の義足。その足首を、アンネリーザは撃ち抜いていた。
弱々しく倒れ込んだ兵士が、泣きながら微笑む。
「あ、治った……ありがとう、お姉さん……」
「違う……違うわ、そうじゃないの。貴方たちの痛みは」
元々、存在しない痛み……という言葉を、アンネリーザは呑み込んだ。
幻肢痛。それは、当人にとっては確かに存在する痛みなのだ。
幻肢痛ではない痛みに耐えているのは、ジーニーである。全身の銃痕から鮮血を噴射しながら、苦しげに笑っている。
「よし……よしよし、いいぞ……」
「いいわけないだろう、まったく」
突然、雨が降った。治療魔力の雨。ニコラスの、ハーベストレインである。
ジーニーが悲鳴を上げた。
「あっこら、やめろって痛い、いててて染みるぅうううううっ!」
「何か狙ってたようだけど。死にかけで発動する能力なんぞ、メディコとしちゃ認められるわけないだろう。おじさん、特に女の子が怪我するのは許さないからな」
「そういう事だ、ジーニー嬢……」
ウェルスが、狙撃銃をぶっ放す。1度の銃声で、2発の弾丸が放たれた。
「元気になったところで、ほら行くぞ!」
「ええい、まったくオッサンどもは!」
ジーニーが、戦斧を地面に叩き付ける。衝撃波が、土を舞い上げて迸る。
2連の銃撃が、衝撃波が、束縛結界内のキジンたちを直撃していた。
そこへマグノリアが、術式の狙いを定める。
「ボーゼル・ゴルマー……はっきり言っておこう。君たちヘルメリア軍では、イブリースを滅する事は出来ない」
魔力の大渦が、巻き起こっていた。
「一方こちらには、その手立てがある。ヘルメリアの民をイブリースの脅威から守りたいと、本気で思うならば」
破壊の力が、轟音を立てて渦を巻き、ヘルメリア戦闘部隊を強襲する。
「……君たちはイ・ラプセルに協力するべきだ。そこのメレス・ライアットのようにね」
「イブリースよりも……差し迫った問題があるのでね、我が国には」
荒れ狂う破壊の大渦巻きの中、ボーゼル1人が辛うじて倒れず踏みとどまり、言葉を発している。
その目が、ザルクとニコラスに向けられる。
「そこの2人……お前たちなら、わかるだろう?」
「そうだなあ……ヘルメリアって国は、とにかく飯が美味くない」
答えたのは、ニコラスの方だ。
「しかも、その不味い飯すらろくに食えない連中がいる」
「兵站軍だけじゃあない。大勢の民が飢えている……貴様らが奴隷商売を潰してくれたおかげでな、家族ぐるみで路頭に迷った奴らもいる」
耳を貸すまい、とアンネリーザは思い定めた。
「……待った無し、なんだよ。ヘルメリアは」
牙を剥くように、ボーゼルは呻いた。
「イ・ラプセルの豊かな大地を……一日も早く奪い取って、徹底的に搾取する。そうしなければ、どれだけの民が飢えて死ぬか」
「やめて」
アンネリーザは、黙ってはいられなくなった。
「民のために……戦争をする? その前に出来る事なんていくらでもあるでしょう!?」
「……兵站軍や奴隷どもの事を言っているのかね、お嬢さん」
ボーゼルは、微笑んだようだ。
「国を作るとなあ、そういう連中がどうしても出て来てしまうんだよ。あんたらイ・ラプセルだって、最初の頃はそうだったろう?」
「確かに、イ・ラプセルにだって問題がないわけじゃないわ。だけどそれは! 貴方たちヘルメリアのやりようを許す理由にはならない!」
「……そこまでにしとけ、アンネ」
言いつつザルクが、2丁拳銃の引き金を引く。
「このボーゼル・ゴルマーって奴……頭の中や心まで、カタフラクトの量産品に変わっちまってる。ある意味ヘルメリア軍人の見本みてえな男、話なんざぁ通じねえ!」
2つの銃口から迸ったマズルフラッシュが、それにまま爆炎と化し、ヘルメリアのキジンたちを焼き払った。
●
ボーゼルの鉄球が、ウェルスの顔面を直撃した。
血まみれになった荒熊の頭部が、牙を剥きながら眼光を燃やす。
「おい……わかってんのか、ヘルメリア人……」
殴打を食らいながらもウェルスは、ボーゼルの胸板に狙撃銃を押し当てていた。
「お前らの耳障りなオモチャのせいでな、気分が悪い。調子が出ない。手加減なんて器用な真似は出来ねえって事よ!」
爆発にも等しい銃声、飛散する鮮血。
炸薬多めの0距離射撃が、ボーゼルを吹っ飛ばしていた。
吹っ飛び、だが倒れず、よろめき踏みとどまるボーゼルに、マグノリアは狙いを定めた。ニコラスと共にだ。
2人揃って、片手で拳銃を形作る。
弾丸が、放たれた。マグノリアの指先からは猛毒の炸裂弾が。ニコラスの指先からは、水の魔力の塊が。
2つの魔弾が、ボーゼルに突き刺さる。
大柄なキジンの身体が、猛毒に蝕まれながら凍り付く。パリパリと氷の破片を散らせながら、片膝をつく。
「ぐっ……ま、まだだ……自由騎士を、1人でも多く……」
「……もう、やめましょう。ボーゼル隊長」
同じように片膝をついていたメレスが、アンネリーザに支えられて立ち上がりながら言った。
「投降して下さい。あんただって、頭じゃわかってるはずだ……ここまで来たら、もうヘルメリアの勝ちはねえよ」
「……それを判断するのは、お前でもなければ俺でもない」
ボーゼルも、立ち上がっていた。
他のキジン兵士たちは、もはや立ち上がる事も出来ず倒れたまま、弱々しく痛みを訴え続けている。
マグノリアは言った。
「君たちの神……ヘルメスかな?」
「違う……チャールズ・バベッジ陛下よ……!」
踏み込んで来ようとするボーゼルに向かって、ザルクの2挺拳銃が火を吹いた。
「度し難ぇな……!」
2つの弾丸が、ひとかたまりの銃撃となってボーゼルを穿つ。
「チャールズ・バベッジ……その名前が出ると、お前ら歯車騎士団は自分の頭で考えるって事をやめちまう。本当に、脳みそまで安物の蒸気機関かよ」
「何とでもほざけ裏切り者が!」
穿たれながらも猛然と踏み込んで来るボーゼルを、ジーニーが迎え撃った。
「お前、もうちょっと計算の出来る奴かと思ったが……」
戦斧の一撃が、ボーゼルを叩きのめした。
「歯車騎士団……その名の通り、使い捨ての歯車に徹するか……」
ボーゼルの鉄球も、ジーニーの腹部にめり込んでいた。
身を折り、血を吐きながら、ジーニーは呻く。
「お前みたいな奴……私の祖国にも、大勢いる。自分の命を捨ててまで、くそったれな体制を守ろうとする連中……お前ら、意味わかんねえよ本当に」
「わからせようって気はないんでな……」
なおも突進・強襲を試みようとするボーゼルの身体が、銃声と共に倒れ伏し、動かなくなった。
「自分の命も大切に出来ないから……平気で、人の命を踏みにじる……」
硝煙立ちのぼるスナイパーライフルを構えたまま、アンネリーザが言った。
「……それが、ヘルメリアの軍人なの……?」
「……耳が痛いぜ」
「まったくだ」
メレスとザルクが、頷き合う。アンネリーザは慌てた。
「あ……ご、ごめんなさい。貴方たちの事を言ったわけじゃないのよ」
「いや、まあ……アンネ嬢の言う通りでな」
ニコラスが頭を掻いた。
「人の命より、国の発展……ヘルメリアには、それでうまくいってた時期が確かにある。けど最終的には、うまくいかなくなっちゃうんだねえ」
泣き呻いているキジン兵士たちに、ニコラスは視線を投げた。
「だから、こういう奴らも出て来る……」
「……お前ら、降伏勧告の代わりに訊いておく」
ザルクが、彼らに歩み寄る。
「ここで楽になりたいか、それとも生きて苦しみたいのか……」
「いてえ……よぅ……指がぁあ……」
「足の爪……剥がれちまったよぅ……」
会話が出来る状態ではない。それでもザルクは言った。
「苦しみたいなら、連れてってやる。うちにはメンテの出来る頭のいいバカがいてなあ、そいつがお前らを麻酔無しで修理してくれる。死ぬほど痛いが、死なせちゃくれねえぞ」
「いてえ……」
やはり、会話など出来ていない。
「いてぇ……よおぉ……」
「……当たり前だバカ野郎、生きてりゃ痛えんだよ」
ザルクは片膝をつき、倒れた者たちと目の高さを近付けた。
「それでも、足掻け。のたうち回れ……生きてみろ」
銃声が、轟いた。
死体の如く倒れていたボーゼルが、ザルクの背後で音もなく立ち上がり、鉄球を振り上げたところである。
その不意打ちを成功させる事なく、ボーゼルは吹っ飛んで倒れ、血を吐き散らし、絶叫を張り上げた。
その絶叫を聞いただけで、マグノリアは理解した。ボーゼルの臓物は、今なお破裂し続けている。
狙撃者に、マグノリアは問いかけた。
「ねえウェルス……一体、何を撃ち込んだのかな?」
「俺がな、こういう許せねえ野郎をぶち殺すために作った特製の弾だ。ひたすら歪んだり変形したりしながら、腹の中を引っかき回す。どうだ、痛えだろう」
ウェルスは、ぎらりと牙を見せた。
「……苦しんで死ね、ボーゼル・ゴルマー」
「…………これしき……」
大量の血を吐きながら、ボーゼルは立ち上がっていた。
「幻肢痛、どころではない苦痛に日々……あのお身体の中で、耐えておられる……チャールズ・バベッジ陛下を思えば……これしき! 苦しみのうちに入らんわあああああああッッ!」
吐血が、絶叫が、天空にぶちまけられる。
「ヘルメスよ……チャールズ陛下に、勝利と栄光を……なあ、ヘルメスよ……」
空を睨みながら、ボーゼルは血の涙を流していた。
「あんた、陛下を……ヘルメリアを……見捨てたり、しないよなぁ……」
それが、最後の言葉であった。
立ったまま絶命しているボーゼルの屍を、じっと見据えているメレスに、ウェルスが言葉を投げる。
「……お前、前線を志願したんだってな?」
「ほう……それは興味深い」
マグノリアは会話に割り込んだ。
「その志願が通って、最も狙われやすい補給部隊に配属された結果……かつての上官と戦う事に、なってしまったわけだが」
「これからもだ。かつての仲間や上官、そんな連中とお前は対峙する事になる。わかってんだろうな?」
ウェルスの言葉に、メレスは重く微笑んだ。
「そいつらとは、とことん向き合っていかなきゃならない。俺は……ヘルメリアを、裏切った身だ」
「なるほど。かつての同胞から、裏切り者と罵られながら戦う」
馴れ馴れしいのを承知の上で、マグノリアはメレスの肩に手を置いた。
「……けじめ、のつもりかな? 無意味と言えば無意味ではある」
「本当に無意味だわ。自分に罰を与えるなんて」
アンネリーザが言った。
「罰を受けたような気にならないと、安心出来ない……私にも、そういうところがあるから偉そうには言えないけれど。でも無茶は駄目よ? 貴方、会うたびに死にかけてるじゃないの」
「荷駄隊の無事は確認したぜ」
ジーニーも声をかける。
「あんたが守ってくれたんだよ、メレスさん。本当に、ありがとうな」
「……こちらの台詞だ。俺は、あんた方に助けてもらった。恩に着る」
「これから大いに返してもらうさ。先程も言ったが、君の仕事はいくらでもある」
マグノリアは言った。
「ヘルメリアとの戦いが、終わってからがむしろ本番だ。けじめを付けるのは良いけれど、自分を擦り減らして欲しくはないな」
「ヘルメリアは……」
隊長と同じく、メレスは空を見た。
「あんたたちから見れば間違った方向だろうが、とにかくヘルメリアって国があそこまで大きくなったのは、チャールズ・バベッジ陛下のおかげさ。あの方がいなかったらヘルメリアは、もっと早い段階で駄目になっていた……イ・ラプセルにいても、俺のその思いは変わらないよ。自由騎士団としちゃ許せない事だろうが」
「ふん。かつての主君を軽んじるような奴は、それはそれで信用出来ん」
ウェルスに続いて、ニコラスが言った。
「……あの蒸気王が一代の傑物なのは、まあ間違いない。だからこそ厄介な相手なのさ」
「蒸気王チャールズ・バベッジ……」
この場にいない、異形の敵国王に、マグノリアは語りかけていた。
「君には、幻肢痛ではない痛みを……踏みにじられた者の痛みを、思い知ってもらう事になるよ」
戦争は、始めるのは容易く、終わらせるのは難しい。
よく言われる事である。そして始めてしまった以上、終わらせなければならない。
自軍の勝利、という形でだ。
勝った後、敗者に、可能な限り救いの手を差し伸べてやる。
(そんな……いくらか傲慢な形でしか、平和は訪れない……?)
思い悩みながらも『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は、繊手を躍動させてスナイパーライフルへの装填作業を終えていた。
そして、敵を見据える。
「痛え、痛ぇえ……いてえよおぉ……」
「爪がああぁ……剥がれちまったよぉー……」
両手を機械化し、剥がれる爪などすでに無いはずの兵士が、そんな悲鳴を発しているのである。
「無いはずの痛み……ファントム・ペイン、というやつか」
6名もの、キジンの兵士たち。
彼らをじっと観察しつつ、ジーニー・レイン(CL3000647)が駆け出した。
「こいつらも助けてやりたいとこだが、まずは……おい、そこの! その汚い足をどけろぉおおおおおおッ!」
彼女の行く手で、メレス・ライアットがまたしても死にかけている。
死にかけた彼の顔面を踏みつけているヘルメリア軍人に、ジーニーは戦斧を叩きつけていった。
キジン兵6人の、指揮官。
細身のメレスよりも一回りは大型なヘルメリア軍人が、素早く後退して戦斧をかわす。
結果、メレスは解放された。
倒れたままのメレスを、ジーニーは背後に庇った。
「人を……貴様、人を踏んづけていいと思ってんのか!」
「やんちゃが過ぎる部下は、上から押さえ付ける。それも上官の役目でな」
歯車騎士団の一員、であろう。左手は鉄球を備えた義手、顔面の右半分は金属の仮面。
そんなヘルメリア軍人を、ジーニーは緋色と暗黒色のオッドアイで睨み据えた。
「上から押さえ付ける奴……私、絶対に許さない!」
「ヘルメリア軍人ボーゼル・ゴルマー……君にはメレス・ライアットを押さえ付ける権利がない。何故なら彼は、君の部下ではない……」
その言葉に合わせて、己の生命力が活発化してゆくのを、アンネリーザは感じた。
この場にいる自由騎士全員に『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、生命力強化を施してくれているのだ。
「……イ・ラプセルの、大切な人材だ。連れて帰る。邪魔は、しないでくれたまえ……」
「お前ら……」
瀕死であったメレスが、マグノリアによる回復を得て、よろよろと上体を起こす。
その身体を、『罰はその命を以って』ニコラス・モラル(CL3000453)が支えた。
「ようメレス。お前さん、どうも危険な仕事ばっかり引き当てちまう奴みたいだな」
ニコラスの魔導医学術式が、メレスをきらきらと治療してゆく。
「……運の悪い奴は、兵隊にゃ向かないぜ?」
「死にかけてもな……こうやって、助けに来てくれる連中がいる」
ニヤリと微笑みながら、メレスは立ち上がった。
「俺ほど運のいい奴、なかなかいないぜ?」
「……お前を助けに来たワケじゃあねえ」
ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、恐らくは初めて、メレスに対して口を利いた。
「戦えるんなら、ちったあ役に立ちな」
「悪いね、人手が足りてないんだ。サポートはするから」
ニコラスの言葉にメレスは、右義手の剣を構えながら応えた。
「役に立たねえと思ったら、後ろから撃ち殺してくれて構わねえぜ」
「ちょっと……!」
アンネリーザが怒る前に、同じ銃士である『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)が、
「……ふざけた事、言ってんじゃねえ」
怒りの言葉と共に、拳銃の引き金を引いた。
左右2丁の拳銃。迸った2つの銃火が、地面に突き刺さる。
地を穿つ銃撃が、ヘルメリア戦闘部隊を足元から襲った。
魔弾に仕込まれていた束縛結界が、地中より噴出してキジンたちを包み拘束する。
指揮官ボーゼルを含む敵前衛が、痙攣・硬直して動きを止める。
その結果を確認しつつ、ザルクは言った。
「おいメレス・ライアット……これからもイ・ラプセルで戦っていこうって気があるんなら、そんな考えは一切捨てろ」
「あんた……」
「6人……か。実にいい」
ボーゼル1人が、束縛結界を振りちぎり、踏み込んで来る。
「オラクルでもない兵隊なんぞは、何千人いようが後でどうにでもなる。イ・ラプセルの戦力の要は……貴様ら、自由騎士団!」
大柄なキジンの身体が、左手の鉄球を先端とする砲弾と化した。
「6人! 無理ならば1人でも2人でもいい、ここで減らしておく!」
その砲弾が、ウェルスとザルクを一緒くたに直撃し、吹っ飛ばす。
アンネリーザは息を呑んだ。
このボーゼル・ゴルマーという男は、ここで死ぬ気だ。1人でも多くの自由騎士を、道連れにするつもりなのだ。
そして。そんな戦闘目的に、この兵士たちを付き合わせようとしている。
「痛え! いてえよ、ぐぎゃああああ!」
「腕がぁ、あっああ足がぁーあ!」
後衛の兵士2名が、悲鳴を上げながら小銃をぶっ放す。痛みに耐えかねての乱射、に見えて狙いは正確だ。
その銃撃が、ジーニーに突き刺さる。
血飛沫を散らせて呻くジーニーを狙い撃ちながら、兵士が泣き叫ぶ。
「足が、足が痛ぇえ! 畜生、捻挫が治らねえよぉおおおお!」
捻挫などするはずのない機械の義足。その足首を、アンネリーザは撃ち抜いていた。
弱々しく倒れ込んだ兵士が、泣きながら微笑む。
「あ、治った……ありがとう、お姉さん……」
「違う……違うわ、そうじゃないの。貴方たちの痛みは」
元々、存在しない痛み……という言葉を、アンネリーザは呑み込んだ。
幻肢痛。それは、当人にとっては確かに存在する痛みなのだ。
幻肢痛ではない痛みに耐えているのは、ジーニーである。全身の銃痕から鮮血を噴射しながら、苦しげに笑っている。
「よし……よしよし、いいぞ……」
「いいわけないだろう、まったく」
突然、雨が降った。治療魔力の雨。ニコラスの、ハーベストレインである。
ジーニーが悲鳴を上げた。
「あっこら、やめろって痛い、いててて染みるぅうううううっ!」
「何か狙ってたようだけど。死にかけで発動する能力なんぞ、メディコとしちゃ認められるわけないだろう。おじさん、特に女の子が怪我するのは許さないからな」
「そういう事だ、ジーニー嬢……」
ウェルスが、狙撃銃をぶっ放す。1度の銃声で、2発の弾丸が放たれた。
「元気になったところで、ほら行くぞ!」
「ええい、まったくオッサンどもは!」
ジーニーが、戦斧を地面に叩き付ける。衝撃波が、土を舞い上げて迸る。
2連の銃撃が、衝撃波が、束縛結界内のキジンたちを直撃していた。
そこへマグノリアが、術式の狙いを定める。
「ボーゼル・ゴルマー……はっきり言っておこう。君たちヘルメリア軍では、イブリースを滅する事は出来ない」
魔力の大渦が、巻き起こっていた。
「一方こちらには、その手立てがある。ヘルメリアの民をイブリースの脅威から守りたいと、本気で思うならば」
破壊の力が、轟音を立てて渦を巻き、ヘルメリア戦闘部隊を強襲する。
「……君たちはイ・ラプセルに協力するべきだ。そこのメレス・ライアットのようにね」
「イブリースよりも……差し迫った問題があるのでね、我が国には」
荒れ狂う破壊の大渦巻きの中、ボーゼル1人が辛うじて倒れず踏みとどまり、言葉を発している。
その目が、ザルクとニコラスに向けられる。
「そこの2人……お前たちなら、わかるだろう?」
「そうだなあ……ヘルメリアって国は、とにかく飯が美味くない」
答えたのは、ニコラスの方だ。
「しかも、その不味い飯すらろくに食えない連中がいる」
「兵站軍だけじゃあない。大勢の民が飢えている……貴様らが奴隷商売を潰してくれたおかげでな、家族ぐるみで路頭に迷った奴らもいる」
耳を貸すまい、とアンネリーザは思い定めた。
「……待った無し、なんだよ。ヘルメリアは」
牙を剥くように、ボーゼルは呻いた。
「イ・ラプセルの豊かな大地を……一日も早く奪い取って、徹底的に搾取する。そうしなければ、どれだけの民が飢えて死ぬか」
「やめて」
アンネリーザは、黙ってはいられなくなった。
「民のために……戦争をする? その前に出来る事なんていくらでもあるでしょう!?」
「……兵站軍や奴隷どもの事を言っているのかね、お嬢さん」
ボーゼルは、微笑んだようだ。
「国を作るとなあ、そういう連中がどうしても出て来てしまうんだよ。あんたらイ・ラプセルだって、最初の頃はそうだったろう?」
「確かに、イ・ラプセルにだって問題がないわけじゃないわ。だけどそれは! 貴方たちヘルメリアのやりようを許す理由にはならない!」
「……そこまでにしとけ、アンネ」
言いつつザルクが、2丁拳銃の引き金を引く。
「このボーゼル・ゴルマーって奴……頭の中や心まで、カタフラクトの量産品に変わっちまってる。ある意味ヘルメリア軍人の見本みてえな男、話なんざぁ通じねえ!」
2つの銃口から迸ったマズルフラッシュが、それにまま爆炎と化し、ヘルメリアのキジンたちを焼き払った。
●
ボーゼルの鉄球が、ウェルスの顔面を直撃した。
血まみれになった荒熊の頭部が、牙を剥きながら眼光を燃やす。
「おい……わかってんのか、ヘルメリア人……」
殴打を食らいながらもウェルスは、ボーゼルの胸板に狙撃銃を押し当てていた。
「お前らの耳障りなオモチャのせいでな、気分が悪い。調子が出ない。手加減なんて器用な真似は出来ねえって事よ!」
爆発にも等しい銃声、飛散する鮮血。
炸薬多めの0距離射撃が、ボーゼルを吹っ飛ばしていた。
吹っ飛び、だが倒れず、よろめき踏みとどまるボーゼルに、マグノリアは狙いを定めた。ニコラスと共にだ。
2人揃って、片手で拳銃を形作る。
弾丸が、放たれた。マグノリアの指先からは猛毒の炸裂弾が。ニコラスの指先からは、水の魔力の塊が。
2つの魔弾が、ボーゼルに突き刺さる。
大柄なキジンの身体が、猛毒に蝕まれながら凍り付く。パリパリと氷の破片を散らせながら、片膝をつく。
「ぐっ……ま、まだだ……自由騎士を、1人でも多く……」
「……もう、やめましょう。ボーゼル隊長」
同じように片膝をついていたメレスが、アンネリーザに支えられて立ち上がりながら言った。
「投降して下さい。あんただって、頭じゃわかってるはずだ……ここまで来たら、もうヘルメリアの勝ちはねえよ」
「……それを判断するのは、お前でもなければ俺でもない」
ボーゼルも、立ち上がっていた。
他のキジン兵士たちは、もはや立ち上がる事も出来ず倒れたまま、弱々しく痛みを訴え続けている。
マグノリアは言った。
「君たちの神……ヘルメスかな?」
「違う……チャールズ・バベッジ陛下よ……!」
踏み込んで来ようとするボーゼルに向かって、ザルクの2挺拳銃が火を吹いた。
「度し難ぇな……!」
2つの弾丸が、ひとかたまりの銃撃となってボーゼルを穿つ。
「チャールズ・バベッジ……その名前が出ると、お前ら歯車騎士団は自分の頭で考えるって事をやめちまう。本当に、脳みそまで安物の蒸気機関かよ」
「何とでもほざけ裏切り者が!」
穿たれながらも猛然と踏み込んで来るボーゼルを、ジーニーが迎え撃った。
「お前、もうちょっと計算の出来る奴かと思ったが……」
戦斧の一撃が、ボーゼルを叩きのめした。
「歯車騎士団……その名の通り、使い捨ての歯車に徹するか……」
ボーゼルの鉄球も、ジーニーの腹部にめり込んでいた。
身を折り、血を吐きながら、ジーニーは呻く。
「お前みたいな奴……私の祖国にも、大勢いる。自分の命を捨ててまで、くそったれな体制を守ろうとする連中……お前ら、意味わかんねえよ本当に」
「わからせようって気はないんでな……」
なおも突進・強襲を試みようとするボーゼルの身体が、銃声と共に倒れ伏し、動かなくなった。
「自分の命も大切に出来ないから……平気で、人の命を踏みにじる……」
硝煙立ちのぼるスナイパーライフルを構えたまま、アンネリーザが言った。
「……それが、ヘルメリアの軍人なの……?」
「……耳が痛いぜ」
「まったくだ」
メレスとザルクが、頷き合う。アンネリーザは慌てた。
「あ……ご、ごめんなさい。貴方たちの事を言ったわけじゃないのよ」
「いや、まあ……アンネ嬢の言う通りでな」
ニコラスが頭を掻いた。
「人の命より、国の発展……ヘルメリアには、それでうまくいってた時期が確かにある。けど最終的には、うまくいかなくなっちゃうんだねえ」
泣き呻いているキジン兵士たちに、ニコラスは視線を投げた。
「だから、こういう奴らも出て来る……」
「……お前ら、降伏勧告の代わりに訊いておく」
ザルクが、彼らに歩み寄る。
「ここで楽になりたいか、それとも生きて苦しみたいのか……」
「いてえ……よぅ……指がぁあ……」
「足の爪……剥がれちまったよぅ……」
会話が出来る状態ではない。それでもザルクは言った。
「苦しみたいなら、連れてってやる。うちにはメンテの出来る頭のいいバカがいてなあ、そいつがお前らを麻酔無しで修理してくれる。死ぬほど痛いが、死なせちゃくれねえぞ」
「いてえ……」
やはり、会話など出来ていない。
「いてぇ……よおぉ……」
「……当たり前だバカ野郎、生きてりゃ痛えんだよ」
ザルクは片膝をつき、倒れた者たちと目の高さを近付けた。
「それでも、足掻け。のたうち回れ……生きてみろ」
銃声が、轟いた。
死体の如く倒れていたボーゼルが、ザルクの背後で音もなく立ち上がり、鉄球を振り上げたところである。
その不意打ちを成功させる事なく、ボーゼルは吹っ飛んで倒れ、血を吐き散らし、絶叫を張り上げた。
その絶叫を聞いただけで、マグノリアは理解した。ボーゼルの臓物は、今なお破裂し続けている。
狙撃者に、マグノリアは問いかけた。
「ねえウェルス……一体、何を撃ち込んだのかな?」
「俺がな、こういう許せねえ野郎をぶち殺すために作った特製の弾だ。ひたすら歪んだり変形したりしながら、腹の中を引っかき回す。どうだ、痛えだろう」
ウェルスは、ぎらりと牙を見せた。
「……苦しんで死ね、ボーゼル・ゴルマー」
「…………これしき……」
大量の血を吐きながら、ボーゼルは立ち上がっていた。
「幻肢痛、どころではない苦痛に日々……あのお身体の中で、耐えておられる……チャールズ・バベッジ陛下を思えば……これしき! 苦しみのうちに入らんわあああああああッッ!」
吐血が、絶叫が、天空にぶちまけられる。
「ヘルメスよ……チャールズ陛下に、勝利と栄光を……なあ、ヘルメスよ……」
空を睨みながら、ボーゼルは血の涙を流していた。
「あんた、陛下を……ヘルメリアを……見捨てたり、しないよなぁ……」
それが、最後の言葉であった。
立ったまま絶命しているボーゼルの屍を、じっと見据えているメレスに、ウェルスが言葉を投げる。
「……お前、前線を志願したんだってな?」
「ほう……それは興味深い」
マグノリアは会話に割り込んだ。
「その志願が通って、最も狙われやすい補給部隊に配属された結果……かつての上官と戦う事に、なってしまったわけだが」
「これからもだ。かつての仲間や上官、そんな連中とお前は対峙する事になる。わかってんだろうな?」
ウェルスの言葉に、メレスは重く微笑んだ。
「そいつらとは、とことん向き合っていかなきゃならない。俺は……ヘルメリアを、裏切った身だ」
「なるほど。かつての同胞から、裏切り者と罵られながら戦う」
馴れ馴れしいのを承知の上で、マグノリアはメレスの肩に手を置いた。
「……けじめ、のつもりかな? 無意味と言えば無意味ではある」
「本当に無意味だわ。自分に罰を与えるなんて」
アンネリーザが言った。
「罰を受けたような気にならないと、安心出来ない……私にも、そういうところがあるから偉そうには言えないけれど。でも無茶は駄目よ? 貴方、会うたびに死にかけてるじゃないの」
「荷駄隊の無事は確認したぜ」
ジーニーも声をかける。
「あんたが守ってくれたんだよ、メレスさん。本当に、ありがとうな」
「……こちらの台詞だ。俺は、あんた方に助けてもらった。恩に着る」
「これから大いに返してもらうさ。先程も言ったが、君の仕事はいくらでもある」
マグノリアは言った。
「ヘルメリアとの戦いが、終わってからがむしろ本番だ。けじめを付けるのは良いけれど、自分を擦り減らして欲しくはないな」
「ヘルメリアは……」
隊長と同じく、メレスは空を見た。
「あんたたちから見れば間違った方向だろうが、とにかくヘルメリアって国があそこまで大きくなったのは、チャールズ・バベッジ陛下のおかげさ。あの方がいなかったらヘルメリアは、もっと早い段階で駄目になっていた……イ・ラプセルにいても、俺のその思いは変わらないよ。自由騎士団としちゃ許せない事だろうが」
「ふん。かつての主君を軽んじるような奴は、それはそれで信用出来ん」
ウェルスに続いて、ニコラスが言った。
「……あの蒸気王が一代の傑物なのは、まあ間違いない。だからこそ厄介な相手なのさ」
「蒸気王チャールズ・バベッジ……」
この場にいない、異形の敵国王に、マグノリアは語りかけていた。
「君には、幻肢痛ではない痛みを……踏みにじられた者の痛みを、思い知ってもらう事になるよ」