MagiaSteam




黒い卵。或いは、黒雛怪奇譚…。

●卵の中から孵ったそれは
とある街、とある民家の庭でそれは見つかった。
それは一つの黒い卵だ。
まるで黒曜石のような、艶やかな……光を吸い込むほどに、深く黒い鶏の卵。
その民家で飼われていた鶏が産んだ卵である。
本来であれば、生んだその日に回収し食卓へとあげられる卵。
はじめは回収し損ねて腐ってしまったのだろう、と民家の男性はそう思った。
けれど、しかし……。
コツコツ、コツコツ。
卵の内側から聞こえるその音は、雛鳥がくちばしで殻を割ろうとする音だ。
生命力の強い雛だ、と。
そう思った、その直後。
卵の殻は砕け、中から雛鳥が姿を現す。
べったりと血に濡れた身体。
産毛など1本も生えていない……それどころか、表皮さえもない筋繊維が剥き出しの身体。
眼球のない虚ろな眼窩。くちばしからは血の雫がしたたる。
雛にもなりきれていない、中途半端に形成されたその身体の所々からは骨が覗いている。
「な、なんだこ……」
なんだこれ、と言い終わる間も無く。
跳び上がった雛鳥は、男の喉に食らい付きその息の根を止めてしまった。
それから1時間。
雛鳥は男の屍肉を喰らい、親鳥を喰らい、野犬を喰らい、家畜を喰らい…………。
成人男性ほどの巨体となった怪物の姿がそこにはあった。
人に似たシルエット。
鳥の顔。
その身に纏う黒い甲殻は、卵の殻が変異したものだろうか。
『ギィィ』
と、異形の怪物は金属の軋むような鳴き声をあげた。
怪異の視線の先には街の地図。
現在地と記されたのは街の西側にある農園地域だ。
街の東には工場が並び、街の南には海がある。町の東には川が流れており、川から引かれた水は地下水道を通って町全体へ運ばれる。
『ギィィ?』
地図を見ながら、怪異は鳴いた。
次はどこへ行こうかな? と。
そんなことを考えている風にも見える。
●階差演算室
「黒い卵から孵った怪異か。おまけに食欲旺盛……と。まったく、まるで出来の悪い怪奇小説のような話だね」
だけど放置はできないわね、と。
『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は、ため息交じりにそう零す。
「攻撃手段は主に近接格闘……その攻撃には[ポイズン]や[カース]が付与されているわね」
まるで毒手みたいねぇ、と。
顎に手を当て、バーバラは言う。
「後は、纏っている黒い殻ね……。頭部から上半身にかけて張り付いているけど、これがなかなか頑丈みたい」
正確に殻を避けて攻撃を当てねば、ダメージは大幅に軽減されてしまうだろう。
威力の弱い攻撃であれば、ほぼノーダメージということにもなりかねない。
「とはいえ、そういうのは全部雛……“黒雛”とでも予防かしら……と遭遇してからの話よね」
現在、黒雛は街のどこかに潜伏している。
おそらく、男性や近隣の家畜を喰らい尽くしたことで飢えが満たされたのだろう。
「まずは黒雛の捜索……その後、撃破と。一般人には被害を出したくないから、可能な限りその対策もお願いするわ」
よろしくね、と。
そういって、バーバラは自由騎士たちを送り出す。
とある街、とある民家の庭でそれは見つかった。
それは一つの黒い卵だ。
まるで黒曜石のような、艶やかな……光を吸い込むほどに、深く黒い鶏の卵。
その民家で飼われていた鶏が産んだ卵である。
本来であれば、生んだその日に回収し食卓へとあげられる卵。
はじめは回収し損ねて腐ってしまったのだろう、と民家の男性はそう思った。
けれど、しかし……。
コツコツ、コツコツ。
卵の内側から聞こえるその音は、雛鳥がくちばしで殻を割ろうとする音だ。
生命力の強い雛だ、と。
そう思った、その直後。
卵の殻は砕け、中から雛鳥が姿を現す。
べったりと血に濡れた身体。
産毛など1本も生えていない……それどころか、表皮さえもない筋繊維が剥き出しの身体。
眼球のない虚ろな眼窩。くちばしからは血の雫がしたたる。
雛にもなりきれていない、中途半端に形成されたその身体の所々からは骨が覗いている。
「な、なんだこ……」
なんだこれ、と言い終わる間も無く。
跳び上がった雛鳥は、男の喉に食らい付きその息の根を止めてしまった。
それから1時間。
雛鳥は男の屍肉を喰らい、親鳥を喰らい、野犬を喰らい、家畜を喰らい…………。
成人男性ほどの巨体となった怪物の姿がそこにはあった。
人に似たシルエット。
鳥の顔。
その身に纏う黒い甲殻は、卵の殻が変異したものだろうか。
『ギィィ』
と、異形の怪物は金属の軋むような鳴き声をあげた。
怪異の視線の先には街の地図。
現在地と記されたのは街の西側にある農園地域だ。
街の東には工場が並び、街の南には海がある。町の東には川が流れており、川から引かれた水は地下水道を通って町全体へ運ばれる。
『ギィィ?』
地図を見ながら、怪異は鳴いた。
次はどこへ行こうかな? と。
そんなことを考えている風にも見える。
●階差演算室
「黒い卵から孵った怪異か。おまけに食欲旺盛……と。まったく、まるで出来の悪い怪奇小説のような話だね」
だけど放置はできないわね、と。
『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は、ため息交じりにそう零す。
「攻撃手段は主に近接格闘……その攻撃には[ポイズン]や[カース]が付与されているわね」
まるで毒手みたいねぇ、と。
顎に手を当て、バーバラは言う。
「後は、纏っている黒い殻ね……。頭部から上半身にかけて張り付いているけど、これがなかなか頑丈みたい」
正確に殻を避けて攻撃を当てねば、ダメージは大幅に軽減されてしまうだろう。
威力の弱い攻撃であれば、ほぼノーダメージということにもなりかねない。
「とはいえ、そういうのは全部雛……“黒雛”とでも予防かしら……と遭遇してからの話よね」
現在、黒雛は街のどこかに潜伏している。
おそらく、男性や近隣の家畜を喰らい尽くしたことで飢えが満たされたのだろう。
「まずは黒雛の捜索……その後、撃破と。一般人には被害を出したくないから、可能な限りその対策もお願いするわ」
よろしくね、と。
そういって、バーバラは自由騎士たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.黒雛の討伐
●ターゲット
黒雛(イブリース)×1
黒い卵から孵ったひよこのイブリース。
人や家畜を喰らい、その姿はすでに大きく変容している。
表皮のない、筋繊維や血管もむき出しの体。
上半身から頭部にかけては、砕けた黒い殻を纏っている。
黒い殻は頑丈で、生半可な攻撃を通さない。
背丈は成人男性ほど。
姿も、鳥ではなく人間に近い。おそらく最初に食った男性の姿を模倣したのだろう。
接近格闘を得意とするようだ。
攻撃には[カース1][ポイズン2]の状態異常が付与される。
●場所
とある港町。
黒雛が生まれたのは街の西側にある農園地域。
街の東には工場が並び、街の南には海があ
北には川が流れており、川から引かれた水は地下水道を通って街全体へ運ばれる。
街は中心部へ向かうほどに民家は密集して増えていく。
現在、黒雛は農園地域を離れ東、北、南、中央、地下水道のどこかへ向かったようだ。
血痕や目撃情報、匂いなどをもとに居場所を絞れるかもしれない。
黒雛(イブリース)×1
黒い卵から孵ったひよこのイブリース。
人や家畜を喰らい、その姿はすでに大きく変容している。
表皮のない、筋繊維や血管もむき出しの体。
上半身から頭部にかけては、砕けた黒い殻を纏っている。
黒い殻は頑丈で、生半可な攻撃を通さない。
背丈は成人男性ほど。
姿も、鳥ではなく人間に近い。おそらく最初に食った男性の姿を模倣したのだろう。
接近格闘を得意とするようだ。
攻撃には[カース1][ポイズン2]の状態異常が付与される。
●場所
とある港町。
黒雛が生まれたのは街の西側にある農園地域。
街の東には工場が並び、街の南には海があ
北には川が流れており、川から引かれた水は地下水道を通って街全体へ運ばれる。
街は中心部へ向かうほどに民家は密集して増えていく。
現在、黒雛は農園地域を離れ東、北、南、中央、地下水道のどこかへ向かったようだ。
血痕や目撃情報、匂いなどをもとに居場所を絞れるかもしれない。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2020年04月12日
2020年04月12日
†メイン参加者 5人†

●
血の匂い。
そして、臓物の匂い。
地面にぶちまけられた赤黒い染みを一瞥し、氷面鏡 天輝(CL3000665)は口元に手をやった。
「ここが事件現場じゃな……うむ、ずいぶんと食い意地のはった雛鳥じゃの」
手にしたひょうたんに口を付け、中身の酒をぐびりと飲んだ。
血の匂いの漂う中でも酒を飲めるのは【吸血】スキルの恩恵か、はたまた彼女の性格によるものか。
天輝は腰をかがめると、地面にじぃっと視線を凝らす。
「うぅむ? 行先のヒントになりそうなものはないか?」
「そうですね。どちらの方向へ向かったのかも……あるいは、地下水道へ潜ったのかもしれませんが」
天輝の言葉に答えたのは、セアラ・ラングフォード(CL3000634)だった。
手にした地図には、大まかであるが地下水道の経路も記載されているようだ。
「一体何が原因で、雛鳥がイブリースになってしまったのでしょうね」
これ以上の被害を食い止めたい、という思いからかセアラの表情には焦りが滲む。
「匂いや、黒雛のモノと思われる残留物が残されていないか調べようと思ったけれど……この有様では、現実的ではないわね」
口元に手をやり、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は重いため息を零す。
事件現場となった民家の庭や、その周辺には血と臓物と肉片が、これでもかというほどにばらまかれているのだ。
その中から黒雛の手がかりを探し出すのは現実的とは言えないだろう。
「こりゃひどいな。飼育していた鶏やら家畜をみんな食べちゃったんだな」
そう呟いた『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)の手には、食肉の入った袋が一つ。
道中、肉屋で購入したものだ。
肉の匂いにおびき出されて、黒雛が出てくるかもしれない、という考えから用意したものではあるが、どうやら不発に終わりそうな気配であった。
「仕方ねぇ……。我が瞳よ、この場に残された死の記憶を我に示せ!」
ジーニーの左目が妖しく光る。
彼女の瞳に宿る【慚愧の瞳】は、死者の見た最後の1分間の記憶を覗き見ることを可能としていた。
黒雛の飼い主であった男性の記憶を垣間見たジーニーは「うぇ」と奇妙な
声を零す。
「ダメだな、どっち行ったか分かんないわ」
記憶の途切れるその直前、男は自分の首をついばむ黒い雛鳥の姿を見た。
そしてプツリと。
男の意識は、そこで失われてしまったのだ。
「では、予定通り散開しての捜索ですね。これ以上被害を増やさない為にも、全力で見つけ出し此れを浄化致しましょう」
羽ばたき機械を背負い『常に全力浄化系シスター』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)はトンと地面を蹴って舞い上がる。
それを合図に、残る4名も街の方々へと移動を開始した。
●
黒雛。
今回、自由騎士たちが探すイブリースの名だ。黒い卵から孵化し、人や家畜を食い殺して逃走した怪物である。
その姿はすでに雛鳥のそれを大きく逸脱していた。
筋繊維をむき出しにした人間に似た体躯。
頭部が雛鳥のそれである分、まるで出来の悪いホラー小説の怪人のようだ。
羽ばたき機械に乗って街の上空を滑空、中央区画へと辿り着いたアンジェリカは、何事かと集った通行人に対して自身の名と身元を告げる。
「奇妙な怪物、あるいは食い殺された動物の死体を見かけた方はいませんか?」
そう問うたアンジェリカに対し、1人の女性が言葉を返す。
「それなら、うちの庭に血まみれのネズミが迷い込んで来たよ」
「ネズミ、ですか……」
女性の話では、その血まみれのネズミに怪我はなかったという。
それならば、どこかで血だまりの中を通って来たということで……。
「ご自宅へ窺ってもよろしいでしょうか?」
黒雛の手がかりになるかも、と考えアンジェリカはそう申し出た。
一方そのころ、街の北方。
ジーニーは肉屋で買った生肉を片手に、ぶらぶらと街を歩いていた。
街の北側の、とくに大通りから外れた路地裏などが主な捜索場所である。
片手に肉を、片手に斧を携えた彼女はとにかく人目を集めるため、大通りを歩いていると通行人から奇異な視線を向けられるのだ。
「なぁ、あんた……その、何やってんだ?」
とある路地裏に屯していたガラの悪い男たちが、恐る恐るといった様子でジーニーに声をかけた。
「見りゃ分かんだろ、探してんだよ」
「探してるって何を?」
「えっと、こーんなのだよ。こーんなの」
身振り手振りで黒雛の外見を伝えようとするジーニーだが、男たちには伝わらない。
「なんていうか、見るからに怪しくて、危なそうな奴だ。知らないか?」
「見るからに危ないって」
男たちの視線はジーニーの手元へ。
生肉と斧を交互に見やり、ゆっくりと指先をジーニーへ向けた。
「黒い人間の姿をしたモノを見ませんでしたか?」
街の東側で、エルシーは通行人たちにそう問うた。
おそらくは空振りに終わるだろう、とそんな予感はしているが。
何しろ、エルシーの言うような怪物……黒雛を見た者がいれば、通行人たちがこうも平常に歩き回っているはずがないからだ。
事実、これまで十数人に声をかけたがそれらしい手がかりは得られないでいる。
そこでエルシーは、捜査の方法を変えることを考えた。
「人間の姿になっているとはいえ、元は鶏のイブリースよね。鶏が身を隠しそうな場所ってドコかしら?」
小屋や庭で飼われている姿はよく見かけるが、そういえば鶏はどのような場所に巣を作るのか。
少なくとも、人気の多い場所ではなかろう、と。
そう考えて、エルシーは街の東側……町外れの小川へと歩を進める。
果たして……。
「あれは、血?」
小川の一部が赤く染まっているのを視認し、エルシーは首を傾げた。
近くに動物の死体などは転がっていないところを見るに、血はどこかから川に流れ込んだものだろう。
果たしてどこから?
視線をぐるりと巡らせたエルシーは、小川の隅に人1人が通れそうなサイズの排水口があるのを見つけ「あぁ」と呟いた。
「もしかして……」
周囲への警戒を怠らないよう気を滾らせながら、エルシーはゆっくりと排水口へと近づいていく。
地下水道を進むセアラは、ふと何者かの足音を聞きつけ足を止めた。
手元にはマッピングされた地下水道の地図。
現在地は、事件現場から数百メートルほど離れた町の北東付近である。
彼女のスキル【リュンケウスの瞳急】があれば、暗い地下水道であれ問題なく行動することが可能だ。
だが、だからといって油断はできない。
とくに、支援職であるセアラにとって黒雛との戦闘には不安が残る。
「血痕と匂いを手掛かりに……とも思いましたが」
地下水道にはカビや埃の匂いが充満しており、その中から血の匂いを見つけ出すのはなかなかに難しい。
万が一、黒雛を発見したら監視にとどめ仲間へ連絡を取ろう、とマキナ=ギアを手に持ち、音のした方向へと足を進める。
「あー、長閑じゃ。長閑過ぎて眠たくなる。こりゃ、外れかの?」
街の南方、ベンチに腰掛けた天輝はひょうたんの中身をぐいっと煽る。
酒精の混じった吐息を吐いて、通行人たちの様子を眺めていた。
おそらくは、いつも通りの日常の風景。
つまり、街の南方では黒雛による被害が出ていないことが予想された。
「あー、誰ぞおれば一杯勧めてみるんじゃが、1人だしのぅ。いや、これがセアラなどであれば任務中だと怒られてしまうかの?」
かたいのぅ、と小さく笑い、天輝は立ち上がる。
「どれ、本格的に探してみるか。余が最初に遭遇したら、どうするかの。余だけではやられてしまうからの」
彼女とて自由騎士の1人。
荒事には慣れているが、それでも限度がある。
黒雛の正確な強さは判然としないが、事前に得ている情報から天輝は1対1では分が悪いと踏んだのだ。
さて、とひょうたんを腰につるし、歩き出そうとしたその瞬間。
「ん?」
天輝の懐で、マキナ=ギアが音を鳴らした。
暗闇の中から、血と臓物の雫を散らし襲い掛かる人の影。
濁った瞳に、鋭い嘴。
人に似た体躯。けれど表皮は存在せず、筋繊維が剥き出しとなっていた。
加えて、体の各所を覆う黒い殻……まるで鎧のようではないか。
「ん……のぉっ!!」
地下水道の角を曲がったその瞬間、襲い掛かる黒雛の姿を視界に捉えエルシーは咄嗟に地面に伏した。
頭上を通過する異形の怪物。
「あぁぁぁぁああああ!!」
雄たけびと共に拳を放つ。
けれど、エルシーの拳は黒雛の腹部を覆う黒い殻に阻まれた。
着地と同時に黒雛は姿勢を低くしたエルシーの頭部へ蹴りを放った。
鳥類の爪が、エルシーの頬から額にかけてを深く切り裂く。
「くっ……なるほど。あの殻が装甲代わりってわけね」
流れる血もそのままに、エルシーは再度拳を連打。
大半の攻撃は殻に阻まれ通用しないが、中には殻を避けて命中したものもある。そのたびに、ぐちゃり、と肉と血の潰れる音が鳴り響く。
攻撃を加えたエルシーの拳には、赤い血とどす黒い体液がこびりついていた。
「う……」
顔をしかめた、その瞬間。
「------!!」
雄たけびと共に放たれた黒雛の蹴りが、エルシーの喉に突き刺さる。
血と唾液をまき散らし、エルシーは地面に倒れ込んだ。
身体に走る激痛から、自身が毒に侵されたことを知る。
黒雛の攻撃を回避し、隙を見ては反撃を繰り出すエルシーだが、このままではいずれ体力が尽き果てる。
焦りによるものか、エルシーの頬に一筋に冷や汗。
だが、その直後。
「お待たせしました! ほかの皆様にも連絡しています。さぁ、存分に力を振るってください!」
エルシーの体を淡い燐光が包み込む。
ダメージと毒が回復し、エルシーはにやりと獣のような笑みを浮かべた。
声と術の主はセアラだ。
戦場に駆け込み、エルシーの後方へと移動する。
エルシーと黒雛が交戦する音を聞きつけ、セアラは戦場へと駆け付けたのだ。その手にはマッピングされた地図もある。
彼女の連絡を受け、今ごろ仲間たちがこの場へ向かっているころだろう。
「申し訳ありませんが、それまでは……」
1人で耐えてほしいと言外に告げるセアラに向けて、エルシーはサムズアップで答えて見せた。
セアラの支援があれば、自分はまだまだ戦える。
そう確信し、両の拳を打ち鳴らす。
「余裕」
と、そう呟いて。
エルシーは黒雛の蹴りを、拳でもって受け止めた。
「お~、やっとるのぉ。余も混ぜてくれ」
戦闘開始からしばらく、戦場へと跳び込んで来たのは天輝だ。
よたりふらりとした独特の歩法。
闘志の欠片も感じられないうえに、その身には濃い酒気を纏っていた。
けれど、しかし……。
「直線的な攻撃じゃの」
するり、と。
放たれた黒雛の蹴りを、まるで風に吹かれる柳のような動きで回避し呵々と天輝は笑って見せた。
「余の酔拳の技の切れ。イブリースごときに披露するにはもったいない気もするが、冥途の土産に目に焼き付けておくがよい」
「ちょっと、横取りしないでくれる?」
「エルシーがもたもたしているのが悪いのじゃろ?」
憎まれ口を交わし合いながら、けれど2人の視線はまっすぐ黒雛を捉えていた。
放たれる攻撃を回避し、受け流し、お返しとばかりに拳を放つ。
ダメージを受ければ、後衛のセアラによる支援が即座に届く。
万全のサポートを受けた2人の拳士は、殴打をもって黒雛の体力をじわじわと削っていた。
「ほいっと!」
天輝の練り上げた闘気が光球と化し、黒雛の胴を撃ち抜いた。
もんどり打って地面に倒れた黒雛は、自身の不利を察知し起き上がるなり踵を返す。
どうやら、逃走を選ぶ程度の知能は持ち合わせているらしい。
けれど、しかし……。
「逃がさねぇぜ!」
黒雛の進行方向から飛び出してきた人影が、手にした斧を振りぬいた。
ガツン、と硬い音が鳴り響く。
「くぅ~、なるほど。情報通り、頑丈みたいだな!」
影から現れたのはジーニーだ。
振りぬいた斧は、生憎と黒雛の殻に防がれダメージにつながらなかったようだが、それでも一瞬、怯ませることには成功したようだ。
数歩後退した黒雛に向け、ジーニーは一気に駆け寄って……。
「殻のないところを狙った方がいいんだろうけど、私はそんなに器用じゃないからな! 全力でぶっ叩くのみ!」
大上段に構えた斧を、渾身の力で叩きつけた。
バキ、と硬い音が響いて黒雛の額を覆う殻が砕けた。
とある民家の庭でアンジェリカが目にしたそれは、血にまみれたネズミの足跡だった。
足跡を追い、辿り着いた先には古い枯れ井戸。
井戸の底……おそらく地下水道に黒雛がいると判断したアンジェリカは、地下水道へ降りるべく夜間用眼鏡を装着して井戸の淵へと足をかけた。
そんなアンジェリカに、民家の女性は待ったをかける。
「ねぇ、あなたが探しているのはもしかして鶏かしら?」
「鶏? いいえ、ひよこですね、どちらかといえば。なぜ鶏だと?」
「ちょっと前にね、黒い鶏が野良犬を襲ったっていう噂を聞いてね。ごめんなさい。勘違いだったみたいだわ」
よくわからないけど、気を付けてね。
そういって女性は、アンジェリカを見送った。
アンジェリカが仲間たちに合流し、黒雛との戦闘に参加したのはこの数分後のことである。
●
拳を、蹴りを、嘴を。
流れるような動作で天輝は次々と受け流す。
現在、黒雛の逃げ込んだ地下水道はひどく狭い。
そのため、追撃は天輝1人が担ったのだが……。
「よっ、ほっ……うぅん、なかなかやるのぅ」
黒雛と天輝の戦闘はさきほどから一進一退という有様。
とくに、状態異常の付与がきつい。
けれど、天輝は的確に殻のない部分を狙って攻撃を続ける。
ダメージを負った黒雛は、おそらく怒っているのだろう。次第に行動は荒々しく、そして雑になっていく。
そうなってしまえば、後は簡単。
適度に攻撃を加えつつ、天輝は後退し黒雛を広い区画へとおびき出すことに成功した。
「今日はちょっと調子が悪いのでな。あとは若いのに任せて後ろにさがらせてもらうぞ……」
パチン、と控えていたアンジェリカの手を叩き天輝は後衛へ下がる。
アンジェリカの振るう大十字架が、黒雛の顎を打ち抜いた。
アンジェリカの振るう大十字架が、地下水道の壁を砕いた。
元々、大した広さのない地下水道では彼女の武器を十全に振り回すことはできない。
だが、アンジェリカが大十字架を体の前に構えればそれだけで黒雛の進行や攻撃を大幅に妨害することができた。
くるり、と。
最小限の動作で振り上げた大十字架が、黒雛の顎を打ちぬき殻を砕く。
「敵は幸い近接攻撃のみなので、移動さえ封じれば被害は最小限で済むはず……」
アンジェリカが腰の位置に十字架を構えると、それを見た仲間たちは素早く散開。
「崩落に注意を!」
セアラの忠告が地下水道に木霊して……。
「はぁっ!」
振り抜かれた渾身の一撃が、水路の壁ごと黒雛の体を打ち据えた。
「きたキタ来た! みなぎってキターっ!」
動きの止まった黒雛へ、斧を手にしたジーニーが迫る。
放たれた斧の一撃が、背後から黒雛の肩を穿った。
殻が砕け、右腕が切断されて地に落ちる。
腐臭を放つ黒い血が、水道の床に血だまりを作る。
当たるを幸いに、ジーニーは前に出ながらただがむしゃらに斧を振るった。
例えるならば、まるで台風のように……けれど、硬直の解けた黒雛によるカウンターが、ジーニーの喉をかすめる。
「げほっ……」
毒に侵されたジーニーが吐血。
黒雛の追撃が放たれるより早く、ジーニーの身を淡い燐光が包み込む。
セアラによる回復術だ。
毒を取り除かれたジーニーは、ハンドサインで後衛のセアラに礼を述べると黒雛を迎え撃つべく1歩前進。
だが、しかし……。
「トドメは私が決めてみたいわ」
ジーニーの頭上を飛び越えて、エルシーが黒雛へ躍りかかった。
「あ、ちょ」
制止の声を振り切って、エルシーが放つ全力の一撃。
それを受けるべく、黒雛は鋭い手刀を繰り出すが……。
「生まれたばかりで私と格闘戦をやろうっての!? 生意気よ!」
手刀に脇腹を抉られながらも、エルシーは黒雛へ肉薄する。
そして至近距離から繰り出されたのは寸勁であった。
怒りや戦意、その他あらゆる感情を乗せたエルシー・スカーレット最強の一撃。その名も【緋色の衝撃】が黒雛の胸部を覆う分厚い殻へと叩き込まれる。
果たして……。
貫通した衝撃が、黒雛の心臓を射貫いたのだろう。
嘴から黒い血を吐いて、黒雛はその生を終えるのだった。
地下水道での戦闘から数分。
地上に出たセアラは「はて?」と小さく首を傾げた。
「……野良犬を襲う黒い鶏ですか。もしかしたら、それが黒雛の親なのかもしれませんね」
アンジェリカが聞いたという黒い鶏。
その正体はイブリースか、それとも単なる鶏か。
「分かりませんが……その鶏もきっと」
黒雛に食われてしまっているだろう。
視線を伏せて、セアラはそう呟いた。
血の匂い。
そして、臓物の匂い。
地面にぶちまけられた赤黒い染みを一瞥し、氷面鏡 天輝(CL3000665)は口元に手をやった。
「ここが事件現場じゃな……うむ、ずいぶんと食い意地のはった雛鳥じゃの」
手にしたひょうたんに口を付け、中身の酒をぐびりと飲んだ。
血の匂いの漂う中でも酒を飲めるのは【吸血】スキルの恩恵か、はたまた彼女の性格によるものか。
天輝は腰をかがめると、地面にじぃっと視線を凝らす。
「うぅむ? 行先のヒントになりそうなものはないか?」
「そうですね。どちらの方向へ向かったのかも……あるいは、地下水道へ潜ったのかもしれませんが」
天輝の言葉に答えたのは、セアラ・ラングフォード(CL3000634)だった。
手にした地図には、大まかであるが地下水道の経路も記載されているようだ。
「一体何が原因で、雛鳥がイブリースになってしまったのでしょうね」
これ以上の被害を食い止めたい、という思いからかセアラの表情には焦りが滲む。
「匂いや、黒雛のモノと思われる残留物が残されていないか調べようと思ったけれど……この有様では、現実的ではないわね」
口元に手をやり、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は重いため息を零す。
事件現場となった民家の庭や、その周辺には血と臓物と肉片が、これでもかというほどにばらまかれているのだ。
その中から黒雛の手がかりを探し出すのは現実的とは言えないだろう。
「こりゃひどいな。飼育していた鶏やら家畜をみんな食べちゃったんだな」
そう呟いた『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)の手には、食肉の入った袋が一つ。
道中、肉屋で購入したものだ。
肉の匂いにおびき出されて、黒雛が出てくるかもしれない、という考えから用意したものではあるが、どうやら不発に終わりそうな気配であった。
「仕方ねぇ……。我が瞳よ、この場に残された死の記憶を我に示せ!」
ジーニーの左目が妖しく光る。
彼女の瞳に宿る【慚愧の瞳】は、死者の見た最後の1分間の記憶を覗き見ることを可能としていた。
黒雛の飼い主であった男性の記憶を垣間見たジーニーは「うぇ」と奇妙な
声を零す。
「ダメだな、どっち行ったか分かんないわ」
記憶の途切れるその直前、男は自分の首をついばむ黒い雛鳥の姿を見た。
そしてプツリと。
男の意識は、そこで失われてしまったのだ。
「では、予定通り散開しての捜索ですね。これ以上被害を増やさない為にも、全力で見つけ出し此れを浄化致しましょう」
羽ばたき機械を背負い『常に全力浄化系シスター』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)はトンと地面を蹴って舞い上がる。
それを合図に、残る4名も街の方々へと移動を開始した。
●
黒雛。
今回、自由騎士たちが探すイブリースの名だ。黒い卵から孵化し、人や家畜を食い殺して逃走した怪物である。
その姿はすでに雛鳥のそれを大きく逸脱していた。
筋繊維をむき出しにした人間に似た体躯。
頭部が雛鳥のそれである分、まるで出来の悪いホラー小説の怪人のようだ。
羽ばたき機械に乗って街の上空を滑空、中央区画へと辿り着いたアンジェリカは、何事かと集った通行人に対して自身の名と身元を告げる。
「奇妙な怪物、あるいは食い殺された動物の死体を見かけた方はいませんか?」
そう問うたアンジェリカに対し、1人の女性が言葉を返す。
「それなら、うちの庭に血まみれのネズミが迷い込んで来たよ」
「ネズミ、ですか……」
女性の話では、その血まみれのネズミに怪我はなかったという。
それならば、どこかで血だまりの中を通って来たということで……。
「ご自宅へ窺ってもよろしいでしょうか?」
黒雛の手がかりになるかも、と考えアンジェリカはそう申し出た。
一方そのころ、街の北方。
ジーニーは肉屋で買った生肉を片手に、ぶらぶらと街を歩いていた。
街の北側の、とくに大通りから外れた路地裏などが主な捜索場所である。
片手に肉を、片手に斧を携えた彼女はとにかく人目を集めるため、大通りを歩いていると通行人から奇異な視線を向けられるのだ。
「なぁ、あんた……その、何やってんだ?」
とある路地裏に屯していたガラの悪い男たちが、恐る恐るといった様子でジーニーに声をかけた。
「見りゃ分かんだろ、探してんだよ」
「探してるって何を?」
「えっと、こーんなのだよ。こーんなの」
身振り手振りで黒雛の外見を伝えようとするジーニーだが、男たちには伝わらない。
「なんていうか、見るからに怪しくて、危なそうな奴だ。知らないか?」
「見るからに危ないって」
男たちの視線はジーニーの手元へ。
生肉と斧を交互に見やり、ゆっくりと指先をジーニーへ向けた。
「黒い人間の姿をしたモノを見ませんでしたか?」
街の東側で、エルシーは通行人たちにそう問うた。
おそらくは空振りに終わるだろう、とそんな予感はしているが。
何しろ、エルシーの言うような怪物……黒雛を見た者がいれば、通行人たちがこうも平常に歩き回っているはずがないからだ。
事実、これまで十数人に声をかけたがそれらしい手がかりは得られないでいる。
そこでエルシーは、捜査の方法を変えることを考えた。
「人間の姿になっているとはいえ、元は鶏のイブリースよね。鶏が身を隠しそうな場所ってドコかしら?」
小屋や庭で飼われている姿はよく見かけるが、そういえば鶏はどのような場所に巣を作るのか。
少なくとも、人気の多い場所ではなかろう、と。
そう考えて、エルシーは街の東側……町外れの小川へと歩を進める。
果たして……。
「あれは、血?」
小川の一部が赤く染まっているのを視認し、エルシーは首を傾げた。
近くに動物の死体などは転がっていないところを見るに、血はどこかから川に流れ込んだものだろう。
果たしてどこから?
視線をぐるりと巡らせたエルシーは、小川の隅に人1人が通れそうなサイズの排水口があるのを見つけ「あぁ」と呟いた。
「もしかして……」
周囲への警戒を怠らないよう気を滾らせながら、エルシーはゆっくりと排水口へと近づいていく。
地下水道を進むセアラは、ふと何者かの足音を聞きつけ足を止めた。
手元にはマッピングされた地下水道の地図。
現在地は、事件現場から数百メートルほど離れた町の北東付近である。
彼女のスキル【リュンケウスの瞳急】があれば、暗い地下水道であれ問題なく行動することが可能だ。
だが、だからといって油断はできない。
とくに、支援職であるセアラにとって黒雛との戦闘には不安が残る。
「血痕と匂いを手掛かりに……とも思いましたが」
地下水道にはカビや埃の匂いが充満しており、その中から血の匂いを見つけ出すのはなかなかに難しい。
万が一、黒雛を発見したら監視にとどめ仲間へ連絡を取ろう、とマキナ=ギアを手に持ち、音のした方向へと足を進める。
「あー、長閑じゃ。長閑過ぎて眠たくなる。こりゃ、外れかの?」
街の南方、ベンチに腰掛けた天輝はひょうたんの中身をぐいっと煽る。
酒精の混じった吐息を吐いて、通行人たちの様子を眺めていた。
おそらくは、いつも通りの日常の風景。
つまり、街の南方では黒雛による被害が出ていないことが予想された。
「あー、誰ぞおれば一杯勧めてみるんじゃが、1人だしのぅ。いや、これがセアラなどであれば任務中だと怒られてしまうかの?」
かたいのぅ、と小さく笑い、天輝は立ち上がる。
「どれ、本格的に探してみるか。余が最初に遭遇したら、どうするかの。余だけではやられてしまうからの」
彼女とて自由騎士の1人。
荒事には慣れているが、それでも限度がある。
黒雛の正確な強さは判然としないが、事前に得ている情報から天輝は1対1では分が悪いと踏んだのだ。
さて、とひょうたんを腰につるし、歩き出そうとしたその瞬間。
「ん?」
天輝の懐で、マキナ=ギアが音を鳴らした。
暗闇の中から、血と臓物の雫を散らし襲い掛かる人の影。
濁った瞳に、鋭い嘴。
人に似た体躯。けれど表皮は存在せず、筋繊維が剥き出しとなっていた。
加えて、体の各所を覆う黒い殻……まるで鎧のようではないか。
「ん……のぉっ!!」
地下水道の角を曲がったその瞬間、襲い掛かる黒雛の姿を視界に捉えエルシーは咄嗟に地面に伏した。
頭上を通過する異形の怪物。
「あぁぁぁぁああああ!!」
雄たけびと共に拳を放つ。
けれど、エルシーの拳は黒雛の腹部を覆う黒い殻に阻まれた。
着地と同時に黒雛は姿勢を低くしたエルシーの頭部へ蹴りを放った。
鳥類の爪が、エルシーの頬から額にかけてを深く切り裂く。
「くっ……なるほど。あの殻が装甲代わりってわけね」
流れる血もそのままに、エルシーは再度拳を連打。
大半の攻撃は殻に阻まれ通用しないが、中には殻を避けて命中したものもある。そのたびに、ぐちゃり、と肉と血の潰れる音が鳴り響く。
攻撃を加えたエルシーの拳には、赤い血とどす黒い体液がこびりついていた。
「う……」
顔をしかめた、その瞬間。
「------!!」
雄たけびと共に放たれた黒雛の蹴りが、エルシーの喉に突き刺さる。
血と唾液をまき散らし、エルシーは地面に倒れ込んだ。
身体に走る激痛から、自身が毒に侵されたことを知る。
黒雛の攻撃を回避し、隙を見ては反撃を繰り出すエルシーだが、このままではいずれ体力が尽き果てる。
焦りによるものか、エルシーの頬に一筋に冷や汗。
だが、その直後。
「お待たせしました! ほかの皆様にも連絡しています。さぁ、存分に力を振るってください!」
エルシーの体を淡い燐光が包み込む。
ダメージと毒が回復し、エルシーはにやりと獣のような笑みを浮かべた。
声と術の主はセアラだ。
戦場に駆け込み、エルシーの後方へと移動する。
エルシーと黒雛が交戦する音を聞きつけ、セアラは戦場へと駆け付けたのだ。その手にはマッピングされた地図もある。
彼女の連絡を受け、今ごろ仲間たちがこの場へ向かっているころだろう。
「申し訳ありませんが、それまでは……」
1人で耐えてほしいと言外に告げるセアラに向けて、エルシーはサムズアップで答えて見せた。
セアラの支援があれば、自分はまだまだ戦える。
そう確信し、両の拳を打ち鳴らす。
「余裕」
と、そう呟いて。
エルシーは黒雛の蹴りを、拳でもって受け止めた。
「お~、やっとるのぉ。余も混ぜてくれ」
戦闘開始からしばらく、戦場へと跳び込んで来たのは天輝だ。
よたりふらりとした独特の歩法。
闘志の欠片も感じられないうえに、その身には濃い酒気を纏っていた。
けれど、しかし……。
「直線的な攻撃じゃの」
するり、と。
放たれた黒雛の蹴りを、まるで風に吹かれる柳のような動きで回避し呵々と天輝は笑って見せた。
「余の酔拳の技の切れ。イブリースごときに披露するにはもったいない気もするが、冥途の土産に目に焼き付けておくがよい」
「ちょっと、横取りしないでくれる?」
「エルシーがもたもたしているのが悪いのじゃろ?」
憎まれ口を交わし合いながら、けれど2人の視線はまっすぐ黒雛を捉えていた。
放たれる攻撃を回避し、受け流し、お返しとばかりに拳を放つ。
ダメージを受ければ、後衛のセアラによる支援が即座に届く。
万全のサポートを受けた2人の拳士は、殴打をもって黒雛の体力をじわじわと削っていた。
「ほいっと!」
天輝の練り上げた闘気が光球と化し、黒雛の胴を撃ち抜いた。
もんどり打って地面に倒れた黒雛は、自身の不利を察知し起き上がるなり踵を返す。
どうやら、逃走を選ぶ程度の知能は持ち合わせているらしい。
けれど、しかし……。
「逃がさねぇぜ!」
黒雛の進行方向から飛び出してきた人影が、手にした斧を振りぬいた。
ガツン、と硬い音が鳴り響く。
「くぅ~、なるほど。情報通り、頑丈みたいだな!」
影から現れたのはジーニーだ。
振りぬいた斧は、生憎と黒雛の殻に防がれダメージにつながらなかったようだが、それでも一瞬、怯ませることには成功したようだ。
数歩後退した黒雛に向け、ジーニーは一気に駆け寄って……。
「殻のないところを狙った方がいいんだろうけど、私はそんなに器用じゃないからな! 全力でぶっ叩くのみ!」
大上段に構えた斧を、渾身の力で叩きつけた。
バキ、と硬い音が響いて黒雛の額を覆う殻が砕けた。
とある民家の庭でアンジェリカが目にしたそれは、血にまみれたネズミの足跡だった。
足跡を追い、辿り着いた先には古い枯れ井戸。
井戸の底……おそらく地下水道に黒雛がいると判断したアンジェリカは、地下水道へ降りるべく夜間用眼鏡を装着して井戸の淵へと足をかけた。
そんなアンジェリカに、民家の女性は待ったをかける。
「ねぇ、あなたが探しているのはもしかして鶏かしら?」
「鶏? いいえ、ひよこですね、どちらかといえば。なぜ鶏だと?」
「ちょっと前にね、黒い鶏が野良犬を襲ったっていう噂を聞いてね。ごめんなさい。勘違いだったみたいだわ」
よくわからないけど、気を付けてね。
そういって女性は、アンジェリカを見送った。
アンジェリカが仲間たちに合流し、黒雛との戦闘に参加したのはこの数分後のことである。
●
拳を、蹴りを、嘴を。
流れるような動作で天輝は次々と受け流す。
現在、黒雛の逃げ込んだ地下水道はひどく狭い。
そのため、追撃は天輝1人が担ったのだが……。
「よっ、ほっ……うぅん、なかなかやるのぅ」
黒雛と天輝の戦闘はさきほどから一進一退という有様。
とくに、状態異常の付与がきつい。
けれど、天輝は的確に殻のない部分を狙って攻撃を続ける。
ダメージを負った黒雛は、おそらく怒っているのだろう。次第に行動は荒々しく、そして雑になっていく。
そうなってしまえば、後は簡単。
適度に攻撃を加えつつ、天輝は後退し黒雛を広い区画へとおびき出すことに成功した。
「今日はちょっと調子が悪いのでな。あとは若いのに任せて後ろにさがらせてもらうぞ……」
パチン、と控えていたアンジェリカの手を叩き天輝は後衛へ下がる。
アンジェリカの振るう大十字架が、黒雛の顎を打ち抜いた。
アンジェリカの振るう大十字架が、地下水道の壁を砕いた。
元々、大した広さのない地下水道では彼女の武器を十全に振り回すことはできない。
だが、アンジェリカが大十字架を体の前に構えればそれだけで黒雛の進行や攻撃を大幅に妨害することができた。
くるり、と。
最小限の動作で振り上げた大十字架が、黒雛の顎を打ちぬき殻を砕く。
「敵は幸い近接攻撃のみなので、移動さえ封じれば被害は最小限で済むはず……」
アンジェリカが腰の位置に十字架を構えると、それを見た仲間たちは素早く散開。
「崩落に注意を!」
セアラの忠告が地下水道に木霊して……。
「はぁっ!」
振り抜かれた渾身の一撃が、水路の壁ごと黒雛の体を打ち据えた。
「きたキタ来た! みなぎってキターっ!」
動きの止まった黒雛へ、斧を手にしたジーニーが迫る。
放たれた斧の一撃が、背後から黒雛の肩を穿った。
殻が砕け、右腕が切断されて地に落ちる。
腐臭を放つ黒い血が、水道の床に血だまりを作る。
当たるを幸いに、ジーニーは前に出ながらただがむしゃらに斧を振るった。
例えるならば、まるで台風のように……けれど、硬直の解けた黒雛によるカウンターが、ジーニーの喉をかすめる。
「げほっ……」
毒に侵されたジーニーが吐血。
黒雛の追撃が放たれるより早く、ジーニーの身を淡い燐光が包み込む。
セアラによる回復術だ。
毒を取り除かれたジーニーは、ハンドサインで後衛のセアラに礼を述べると黒雛を迎え撃つべく1歩前進。
だが、しかし……。
「トドメは私が決めてみたいわ」
ジーニーの頭上を飛び越えて、エルシーが黒雛へ躍りかかった。
「あ、ちょ」
制止の声を振り切って、エルシーが放つ全力の一撃。
それを受けるべく、黒雛は鋭い手刀を繰り出すが……。
「生まれたばかりで私と格闘戦をやろうっての!? 生意気よ!」
手刀に脇腹を抉られながらも、エルシーは黒雛へ肉薄する。
そして至近距離から繰り出されたのは寸勁であった。
怒りや戦意、その他あらゆる感情を乗せたエルシー・スカーレット最強の一撃。その名も【緋色の衝撃】が黒雛の胸部を覆う分厚い殻へと叩き込まれる。
果たして……。
貫通した衝撃が、黒雛の心臓を射貫いたのだろう。
嘴から黒い血を吐いて、黒雛はその生を終えるのだった。
地下水道での戦闘から数分。
地上に出たセアラは「はて?」と小さく首を傾げた。
「……野良犬を襲う黒い鶏ですか。もしかしたら、それが黒雛の親なのかもしれませんね」
アンジェリカが聞いたという黒い鶏。
その正体はイブリースか、それとも単なる鶏か。
「分かりませんが……その鶏もきっと」
黒雛に食われてしまっているだろう。
視線を伏せて、セアラはそう呟いた。