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草原を走る精悍なイブリースを討伐しろ!

●
馬だと思ったのだ。
馬に跳ね飛ばされたのだと。
地面にたたきつけられて、見上げた空が赤い。
上から覗き込んでくるモノは逆光で黒い影に見える。
視界がぼやけるが、目は顔の横についている。
馬だと思ったのだ。
だが、たてがみはなく、頭の上には何かが付き立っていた。
顔の真ん中により濃い影が、ひくひく動いていた。
鼻の下に長く伸びた鋭いものがあった。
どすっと胸の上に何かが乗り上げた。びしびしと壊れてはいけない部分が壊れていく気配がする。
しかし、どうして。
蹄の音はしなかった。
馬だと思ったのに。
そんな馬鹿な。
これはどうみても、こんな、ばかな。こんな。
●
「皆様。悲劇は回避されないといけませんわ」
夏の間、暑気あたりで倒れていたらしいマリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)の顔が記憶にあるもの以上に悲痛だ。
「みなさんには非常に危険な獣を討伐していただきます。場所はほぼ遮蔽物のない野原。大きさは軍馬並み。踏みつぶされたらしばらく起き上がるのもつらいレベルの衝撃とはね飛ばされるのは覚悟してくださいませ。空高く舞い上がり、受け身をとれず顔面から着地の可能性がありますわ」
そむけた横顔に苦渋がにじみ出ている。猛獣なのだろうか。幻想種かもしれない。
「回避・索敵に優れ、こちらからの急襲は難しいかもしれません。追い込み漁と言いますか、回避に優れた囮役が準備万端の攻撃手に向けて誘導、挟撃による態勢を崩したところを一気呵成に――をお勧めいたします。もちろん現場の構成によりますのでその辺りは臨機応変に」
提示された作戦案が完全に闘牛。
「――わたくしとしたことが。まず、提示するべき獣の種類をお知らせすることを失念しておりました」
ごめんあそばせ。という言葉の端々に逡巡がにじんでいる。
「野兎ですわ」
ノウサギ。大きくて足が長くて顔が面長で――。
「家畜化されていない方です。人間は敵の生き物です」
つまるところ。
「かわいくありません。色々な意味で。それがイブリース化しました。目に入るヒトや亜人を無差別に平等に襲います」
親兄弟をパイにされたのかもしれない。
「ですが、放置して誰かがパイのフィリングにされたとしても、誰も幸せになれないのです。件の人物はサポート部隊の方に足止めしていただく手はずになっておりますわ。心置きなく速やかな討伐をお願いします」
日が暮れきったら、向こうの方が強い。
馬だと思ったのだ。
馬に跳ね飛ばされたのだと。
地面にたたきつけられて、見上げた空が赤い。
上から覗き込んでくるモノは逆光で黒い影に見える。
視界がぼやけるが、目は顔の横についている。
馬だと思ったのだ。
だが、たてがみはなく、頭の上には何かが付き立っていた。
顔の真ん中により濃い影が、ひくひく動いていた。
鼻の下に長く伸びた鋭いものがあった。
どすっと胸の上に何かが乗り上げた。びしびしと壊れてはいけない部分が壊れていく気配がする。
しかし、どうして。
蹄の音はしなかった。
馬だと思ったのに。
そんな馬鹿な。
これはどうみても、こんな、ばかな。こんな。
●
「皆様。悲劇は回避されないといけませんわ」
夏の間、暑気あたりで倒れていたらしいマリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)の顔が記憶にあるもの以上に悲痛だ。
「みなさんには非常に危険な獣を討伐していただきます。場所はほぼ遮蔽物のない野原。大きさは軍馬並み。踏みつぶされたらしばらく起き上がるのもつらいレベルの衝撃とはね飛ばされるのは覚悟してくださいませ。空高く舞い上がり、受け身をとれず顔面から着地の可能性がありますわ」
そむけた横顔に苦渋がにじみ出ている。猛獣なのだろうか。幻想種かもしれない。
「回避・索敵に優れ、こちらからの急襲は難しいかもしれません。追い込み漁と言いますか、回避に優れた囮役が準備万端の攻撃手に向けて誘導、挟撃による態勢を崩したところを一気呵成に――をお勧めいたします。もちろん現場の構成によりますのでその辺りは臨機応変に」
提示された作戦案が完全に闘牛。
「――わたくしとしたことが。まず、提示するべき獣の種類をお知らせすることを失念しておりました」
ごめんあそばせ。という言葉の端々に逡巡がにじんでいる。
「野兎ですわ」
ノウサギ。大きくて足が長くて顔が面長で――。
「家畜化されていない方です。人間は敵の生き物です」
つまるところ。
「かわいくありません。色々な意味で。それがイブリース化しました。目に入るヒトや亜人を無差別に平等に襲います」
親兄弟をパイにされたのかもしれない。
「ですが、放置して誰かがパイのフィリングにされたとしても、誰も幸せになれないのです。件の人物はサポート部隊の方に足止めしていただく手はずになっておりますわ。心置きなく速やかな討伐をお願いします」
日が暮れきったら、向こうの方が強い。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ウマミタイを討伐する(浄化も可)
2.日暮れまで(18ターン以内)に倒せなければ失敗。
3.上記条件で体力が半分以上残っていた場合、大失敗。
2.日暮れまで(18ターン以内)に倒せなければ失敗。
3.上記条件で体力が半分以上残っていた場合、大失敗。
田奈です。
馬みたいなノウサギ(精悍)を討伐してもらいます。
色々な意味でかわいくないので、安心して殴ったりしてください。躊躇してると踏まれます。物理的意味で。
イブリース化したノウサギ「ウマミタイ」×1
*みなさんが討伐しないと犠牲になる農夫のいまわの言葉を現実にしないため、マリオーネさんがつけたコードネームです。
*――つまり、大体馬みたいな大きさのノウサギです。巨大化かつ狂暴化。食べませんが、ヒトに対する嗜虐性が確認されています。
*サラブレッドではなく、輓馬の方の馬です。馬くらいの大きさのでかくて太くて強靭な脚をしていて、跳躍してきて、高度な三次元移動してくる重戦士相当です。
*攻撃力に反して耐久力はありません。骨がもろいのです。部位狙いは効果的です。
*巨大な前歯はよく刺さります。両手剣扱いです。刺さって抜けなくなったら躊躇なく自分で折ります。イブリース化による異常再生により、2ターン後には使用可能な状態まで伸びます。
*ウマミタイは全力移動で戦闘範囲に駆け込んできます。事前準備できる補助スキルは1種類です。それ以上は使用しても予測の誤差で効力は発揮されないでしょう。使用した分のマナは減ります。
*天気・晴れ。時間・日暮れ。場所・見渡す限りの野原。遮蔽物なし。
*日が沈み切るまでに倒せないと失敗。具体的には18ターン。再戦シナリオが発生します。その場合残存体力が半分以上あった場合、大失敗。悪条件での再戦シナリオが発生します。
*出没日時と場所の特定はできていますので、自作の罠の作成・設置の時間を二時間程度とれるとします。どのくらいの精度で効力を発するかはプレイングで判断します。(マイナス評価になることはありません)
*浄化も可ですが、野生ですのでペットにはできません。ちゃんと野生に帰してくださいね。
馬みたいなノウサギ(精悍)を討伐してもらいます。
色々な意味でかわいくないので、安心して殴ったりしてください。躊躇してると踏まれます。物理的意味で。
イブリース化したノウサギ「ウマミタイ」×1
*みなさんが討伐しないと犠牲になる農夫のいまわの言葉を現実にしないため、マリオーネさんがつけたコードネームです。
*――つまり、大体馬みたいな大きさのノウサギです。巨大化かつ狂暴化。食べませんが、ヒトに対する嗜虐性が確認されています。
*サラブレッドではなく、輓馬の方の馬です。馬くらいの大きさのでかくて太くて強靭な脚をしていて、跳躍してきて、高度な三次元移動してくる重戦士相当です。
*攻撃力に反して耐久力はありません。骨がもろいのです。部位狙いは効果的です。
*巨大な前歯はよく刺さります。両手剣扱いです。刺さって抜けなくなったら躊躇なく自分で折ります。イブリース化による異常再生により、2ターン後には使用可能な状態まで伸びます。
*ウマミタイは全力移動で戦闘範囲に駆け込んできます。事前準備できる補助スキルは1種類です。それ以上は使用しても予測の誤差で効力は発揮されないでしょう。使用した分のマナは減ります。
*天気・晴れ。時間・日暮れ。場所・見渡す限りの野原。遮蔽物なし。
*日が沈み切るまでに倒せないと失敗。具体的には18ターン。再戦シナリオが発生します。その場合残存体力が半分以上あった場合、大失敗。悪条件での再戦シナリオが発生します。
*出没日時と場所の特定はできていますので、自作の罠の作成・設置の時間を二時間程度とれるとします。どのくらいの精度で効力を発するかはプレイングで判断します。(マイナス評価になることはありません)
*浄化も可ですが、野生ですのでペットにはできません。ちゃんと野生に帰してくださいね。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年10月12日
2019年10月12日
†メイン参加者 8人†
●
気持ちの良い秋晴れの朝である。
戦闘開始予想時間は日没前。ただし、待ち合わせは、「当日なるたけ早く」
だって、これから罠設置するから。
プラロークは二時間が限度って言ってたけど、罠設置してからすぐ戦闘とか効率悪いから。さっさと済ませて中休みをし、元気な状態で討伐しようという考えだ。計画的だ。夏休み明けに花丸がもらえる。
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は、サポート部隊が調達してきてくれた工具を皆に渡した。
「脚が丸々落ちる程度のサイズの落とし穴と、茎の長い野草を編んで太くした物を結び合わせて輪にした足払い」
両足はまっても普通に跳ねちゃうから、片っぽだけハマってがくってしてほしい。
ウマミタイ、具体的に言えば軍馬ぐらい。と言っていた。軍馬の脚は太い。具体的に言うと、蹴り殺すんじゃなくて踏み殺す方向性に太い。
『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は、広大な草原をぐるりと見まわした。
「作戦の罠の設置位置と流れの確認を行う。戦闘後の復旧作業は必須だからな」
対イブリース罠に何の罪もない農夫がかかったりしたら、目も当てられない。自由騎士団はイ・ラプセルを愛するアクアディーネに遣わされているのだ。
「私は罠とかはわからないので……次回以降は自分でも出来るようにしっかり見ておきます」
『新米自由騎士』リリアナ・アーデルトラウト(CL3000560)は言った。
(とにかく皆さんに罠は任せて、罠にかかった敵を少しでも早く倒せるように頑張ります・・・ですっ)
リリアナはまじめだった。できないことはまず差し出口をせず、学んでから。という姿勢は好感が持てる。
そんなリリアナに『カタクラフトダンサー』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)はにっこり笑った。
「そんな難しく考えなくてええんよ」
ニコニコほほ笑みながら、手に穴掘り用の鋤を握らせた。
『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)がほほ笑んだ。
「さあ、気合を入れて頑張りましょう」
実際、この罠づくりでアンジェリカの損耗率が変わってくる。
「『囮役』として『目星』で警戒し最初に動きます。敵が現れたら罠付近まで『韋駄天足』にて下がります。その後、罠にかかり次第皆様で囲み一気に浄化してしまいましょう」
ウマミタイを罠に追い込むのが大前提だ。
そのために、一つでも多い穴。一つでも多い草の結び目だ。素通しの野原には、身を隠してくれる高さの草もない。
「――ああ」
何をしたらいいのやら。という顔をしたリリアナにお医者様はにやりと笑った。
「囮役のアンジェリカと打ち合わせをして私がこのインクをぶちまけていくから、そこを掘ってくれ」
夕日に映えてキラキラしそうなすごい色だ。たっぷりラメが入っている。
「いいだろう? そろそろ祭りだからな。こういう奇抜な色もたんと出回っているという訳だ」
ツボミの手には小さな瓶がいくつも握られている。
「誘導して逃げてくる先に集中的に作るし、その際アンジェリカが余り速度を落とさず走れるように動線を確保」
ツボミは医者らしく講釈を垂れた。
「ちゃんと計算しているから信じて掘ってくれ。後で、どうしてそこなのか解説してあげよう」
もちろん、無事に帰れたら。
次回があるかどうかは、この罠の確実さにかかっている。少なくとも、アンジェリカ負担軽減にはなる。
「その可能性を上げるのが一つでも多い穴の数と結び目の数。見てるだけでは可能性が単純計算八分の七になるぞ! あ、九分の八だ。借りられる手は熊でも借りるとも」
●
ざっかざっかざっかざっか。
硬くしまった地面はなかなか掘りにくいが、面子に土木作業に慣れているものが多かったので作業自体は滞りない。
「ウサギって意外と狂暴やんね?」
アリシアがちょっと遠くを見るような目をした。
「うち、知ってる。家畜で飼ってはる所で抱っこさせてもろたら暴れて思い切り蹴られてめっちゃ痛かったわ」
家畜のイエウサギでそれである。
「それが馬サイズやって? 一発蹴られただけでも死んでまいそうやし歯が恐ろしいわ」
用意って空中に剣呑な楔型を描いた。
「あいつらのアクビみたことあるけど、ウサギサイズでもモンスターみたいな顔やったわ」
なかなか一筋縄ではいかないらしい。
「巨大なウサギってちょっと想像するのが大変なんだぞ」
『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)は、器用に草を絡めていく。さいごにぎゅっぎゅっとテオドールが締めてくれるので強度は問題なしだ。
「きっとパイにするとおいしいに違いないんだぞ」
ノウサギはパイにするものとは、先人のありがたい教えだ。
「野生で逞しく生きてるのならよい子だと思うんですけど、イブリース化してるのであれば浄化ですね」
ですよね? と、ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、周囲を見回す。潜伏予定地の草地に結び目をいっぱい作っている。穴掘りには踏鋤型ホムンクルスを使ったが結び目は自分でやった方が早い。
「特に殺したいとも思わんが。野生溢れる事自体は嫌いじゃないしー。取り敢えず浄化で」
ツボミも賛同を示す。
「イブリース化さえ解ければただの野兎ってことかな? それなら命まで取る必要はないと思うけど」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)も言う。
大体、みんな浄化の方向。そっかー。と、サシャは声を上げた。
「あれ? ダメなのか? そうだったとしたら残念なんだぞ」
だって、お肉はおいしいから。殺したら、ちゃんと感謝して食べる。は、正しい。
しかしながら、不幸にもイブリース化したのを討伐したのをパイにしても、多分胸につっかえる。
それだったら、浄化して、できることならまだ生きるチャンスはあげたい。ひょっとすると明日狩人に狩られて明後日には結局パイになるかもしれなくてもだ。
生きとし生けるものの運命がゲシュペンストに左右されるのは起こりうる事象で災害だがそれでゆがむ運命はなるたけ少ない方がいい。
「人里に現れるようになる前に浄化してやりたいな」
願わくば、ヒトに関わらない暮らしを。穏やかでは決してないだろうが。
●
所々、染色工場の失敗作のようになった野原。
そろそろ指定された時間になりそうだ。
アンジェリカの逃走経路と罠の関係、なぜこの深さの穴が効果的とされたのかなどがリリアナにお弁当と一緒にレクチャーされた。ぜひ次回以降に生かしてほしい。無事に帰れたら。もちろん、それがみんなの目標だ。
地面が揺れている。空気が震えている。何かが近づいている。
どこから来るのだと思っていた。辺りには何もない。来るならば遠距離攻撃をする時間くらいはあるだろう。
それは彼方から土煙を上げて突進してきた。
矢をつがえる隙もあらばこそ。呪文を唱え構える隙もあらばこそ。
陸蒸気を蹴散らす速度で突っ込んでくるものにいったいどうせよというのか。
「ひゃぁぁぁ!」
サシャ、お目目全開。
「巨大なウサギさんなんだぞ。本当に馬みたいなんだぞ。マリオーネのネーミングセンスは最高だとおもうぞ!」
いや、それはどうだろうか。と、オラクル達が一瞬冷静になったのでサシャはファインプレーである。
「アンジェリカ以外は口に鍵をかけて地面に伏せよう。私語は抑えて。後は戦闘情報の共有――もしく詠唱か雄たけびか勝どきだ」
ノウブルでも地に伏せることを選択せざるを得ない。それが戦闘行動である。
自力でできなきゃこれを張るというようなしぐさでツボミが膏薬をちらつかせたので、サシャは口をつぐんだ。できる女なのだ。
徐々に近づいてくるに従い、細部に目が行く。
ノウサギは顔が長い。目が横についている。敵意を前面に出したウマミタイの黒目がちな瞳。わずかにのぞく白目が真っ赤に充血している。
ウマミタイはパイを焼いたりしないだろうが、ミートパイのフィリングみたいにされるのをオラクル達は本能的に理解した。
(成る程。ペトロは可愛くないな)
ツボミはイブリースを観察した。角が生えたり耳が四つになったりとかいう変形ではなく巨大化ということで間違いないようだ。
イ・ラプセルの一部の地方で、ノウサギが「ペトロ」と呼ばれる場合がある。野っぱらに大穴を開ける古の騎士様に由来する。彼の行軍した地域と一致するので学術的にも研究が俟たれる分野だ。
(まして味方にクッソ愛らしい兎が居ると尚の事際立つ際立つ)
ツボミの視線に、横に伏せていたティラミスがぱちぱちと瞬きした。シーっと口に指をあてる。気配――あるいは瞬きや衣擦れがうるさかったのかもしれない。うさぎの耳が伏せしている。
金の髪を覆う頭巾を午後の風が撫でていく。少し冷たくなってきた。
(悲しきイブリースの被害者がまた1人……必ずや、必ずやお救いします……!)
ここでウマミタイを浄化することができれば、そう言ってこと切れる農夫は存在しなくなる。
(そのために、あなたを救いましょう)
イブリースを浄化し、元ある生に戻すは、女神の権能。それを選択するいと気高き御心に添うべく聖職者は地を駆ける。
地面を大きく蹴って頭上から突っ込んでくる巨大な前脚。蹄の代わりに強靭な詰めが地面をつかんでえぐり後方に小山を作る。
跳躍の角度速度、ウマミタイの四肢のたわみを観察しつつギリギリまで引き付け、アンジェリカは身をかわした。
ウマミタイの巨体がリリアナの七先を横切っていく。砂ぼこりでむせてしまいそう。
地面に付した体勢ではウマミタイの体躯は視界に入りきらないことにリリアナは戸惑った。
だが、アンジェリカがうまく遠ざけてくれたので、視界に全体が入るようになった。
「あなたの能力……見極めますっ!」
近接していい感じで入ったら吹き飛ばされる。戦線離脱覚悟だ。
まずは、敏捷性をそいでいく必要がある。
それを、アリシアはロープの端を握りしめて集中している。ウサギの脚にロープで引っ掛けて転がす罠が仕掛けてある。この加速でくれば、攻撃には遠く及ばなくてもウマミタイにそれなりの痛手は与えられるだろう。
土を薄くかぶせてロープ隠した場所をアンジェリカと確認した。
後はアンジェリカがうまく使ってくれれば。
その時。振らと、アンジェリカの体が揺らいだ。
知らないものが見たら、アンジェリカがつんのめってたたらを踏んだと思っただろう。
だが、ダンサーであるアリシアにはわかった。あれは敵の攻撃を誘発するのための足運びだ。
大きく深く呼吸する様子は息を切らせて諦めた獲物のように見えるかもしれない。
しかし、待ち伏せているエルシーにはわかった。
己が内の龍を呼び覚ます呼吸。その呼吸に自分の呼吸も重ねて賦活する。
捨て身のカウンター狙いを読み取った一同はバックアップと追撃のタイミングを見計らう。
( 夕映えにキラキラと渦を巻く蛍光色のインクだまりを背にして、突き立てられようとしている戦鉾のような前歯に正対した。
(兎様に罪はありませんもの……これ以上手遅れになる前に必ず救って差し上げなければ)
修道服を切り裂き、歯が致命的な内臓をえぐる前に肋骨に食い込む感触。
苦痛が重たい分銅となって上乗せされ、修道女の拳を重くする。
血肉に刺さって動かぬ顎をこじ開けるように腰だめから頭上高くぶち抜かれる拳にウマミタイの上半身が浮く。
「いまやっ!」
魔導のダンスと共に不安定な足元を跳ね上げるロープは、大海原の渦潮のごとくウサギの足をからめとった。常なら軽々飛び越え避けることもできたそれは圧倒的不運の波の相乗効果でウサギの体を半回転させ、へそを夕焼け空に向かせた。
(来た!)
エルシーが溜めに溜めて練り上げた香気は赤い夕陽の中、冴え冴えと白い。
直撃を受けたウマミタイの体が宙に浮く。それでも体をひねり足から血につこうとする前脚は、地面を踏みしめることはなく。
「まずはその脚を奪わせてもらう」
機動力が敵の攻撃の要と見定めたテオドールの詠唱によりずぶずぶとウマミタイの前足が動かなくなる。術に通じるモノにはウマミタイの前脚が底なし沼に沈んでいくのが見えただろう。
「エイルの右手の出番がなくて何より。いい方のメセグリンにしよう」
効能の差は基礎術式にくべる魔力の差だ。ツボミはたっぷり念を込めて詠唱をする。アンジェリカの潜められていた眉が幾分緩み、生じた余裕が闘気に還元される。
「なら、サシャは攻撃する! あまり猶予はないしな!」
たちまち編まれたマナは氷の檻となってウマミタイを凍てつかせた。
徹底して、ウマミタイの強味を潰し、たっぷりと弱体させ、決して不意打ちされることのないように。
テオドールは決して底なし沼を出し惜しみしなかった。
アリシアが、最後の気を吐いた。
(うさぎからするとまた食物連鎖の下位になってまうやろうから嬉しくないかもしれんけどな)
「――それでも本当の姿で過ごせるのが一番や!」
あるがままの姿でいられることが最上だ。
イブリース化した巨体が風の刃に切り刻まれる。
巨大なノウサギ、ウマミタイはもうどこにもいなくなった。
●
日が暮れ切った。
ウマミタイが引っかかっていた穴の底。不運なノウサギは本来の大きさと用心深さを取り戻していた。
「もう大丈夫ですよ、気を付けて巣に帰って下さいね」
下手に触れて人の匂いをつけるのもよくない。
「また変わらぬ生活に戻れるといいな」
テオドールは言った。あのウサギにしてやれる事は無い。ノウサギが出られない深さではないし、何なら穴を掘って出られるようにするだろう、
「では、戦闘の後片付けといこうか。このままにしては人に迷惑をかけてしまうからな」
自分達にできる最善を。
地面にぶちまけた華々しい色に染まった土の回収や盛大に空けた穴の埋め戻しなどを終わらせないと帰れないのは紛れもない現実なのだが――世界は大分厳しいので、女神ましますイ・ラプセルでくらい、束の間の夢を見てもいい。
「ノウサギさん、恐れ入りますがゲシュペンストがどちらからどちらに行ったか――あ、きゃ、ひゃうぅうんっ!?」
ウサギ同士だし、何か通じるところがあるんじゃないかと、事情聴取を試みていたティラミスが素っ頓狂な声を上げた。
「今の悲鳴はティラミス嬢。どうかしたかな?」
夕闇に沈んだ野原。少し離れるとテオドールの位置から全く見えない。
「いえ。全然まったく。何事もありませんっ!」
よもや、お話に夢中で足を滑らし、ノウサギさんのいる穴にすっぽりお尻だけがはまっちゃったなんて、絶対に知られちゃいけない。急に真っ暗になったノウサギさんがビックリしてお尻べしべししている。どうにか自分で出なければっ!
こっそり「テオドールさんに知られないようティラミス救出作戦」が実行されたのは全く別の話になるのでここでは割愛する。
気持ちの良い秋晴れの朝である。
戦闘開始予想時間は日没前。ただし、待ち合わせは、「当日なるたけ早く」
だって、これから罠設置するから。
プラロークは二時間が限度って言ってたけど、罠設置してからすぐ戦闘とか効率悪いから。さっさと済ませて中休みをし、元気な状態で討伐しようという考えだ。計画的だ。夏休み明けに花丸がもらえる。
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は、サポート部隊が調達してきてくれた工具を皆に渡した。
「脚が丸々落ちる程度のサイズの落とし穴と、茎の長い野草を編んで太くした物を結び合わせて輪にした足払い」
両足はまっても普通に跳ねちゃうから、片っぽだけハマってがくってしてほしい。
ウマミタイ、具体的に言えば軍馬ぐらい。と言っていた。軍馬の脚は太い。具体的に言うと、蹴り殺すんじゃなくて踏み殺す方向性に太い。
『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は、広大な草原をぐるりと見まわした。
「作戦の罠の設置位置と流れの確認を行う。戦闘後の復旧作業は必須だからな」
対イブリース罠に何の罪もない農夫がかかったりしたら、目も当てられない。自由騎士団はイ・ラプセルを愛するアクアディーネに遣わされているのだ。
「私は罠とかはわからないので……次回以降は自分でも出来るようにしっかり見ておきます」
『新米自由騎士』リリアナ・アーデルトラウト(CL3000560)は言った。
(とにかく皆さんに罠は任せて、罠にかかった敵を少しでも早く倒せるように頑張ります・・・ですっ)
リリアナはまじめだった。できないことはまず差し出口をせず、学んでから。という姿勢は好感が持てる。
そんなリリアナに『カタクラフトダンサー』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)はにっこり笑った。
「そんな難しく考えなくてええんよ」
ニコニコほほ笑みながら、手に穴掘り用の鋤を握らせた。
『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)がほほ笑んだ。
「さあ、気合を入れて頑張りましょう」
実際、この罠づくりでアンジェリカの損耗率が変わってくる。
「『囮役』として『目星』で警戒し最初に動きます。敵が現れたら罠付近まで『韋駄天足』にて下がります。その後、罠にかかり次第皆様で囲み一気に浄化してしまいましょう」
ウマミタイを罠に追い込むのが大前提だ。
そのために、一つでも多い穴。一つでも多い草の結び目だ。素通しの野原には、身を隠してくれる高さの草もない。
「――ああ」
何をしたらいいのやら。という顔をしたリリアナにお医者様はにやりと笑った。
「囮役のアンジェリカと打ち合わせをして私がこのインクをぶちまけていくから、そこを掘ってくれ」
夕日に映えてキラキラしそうなすごい色だ。たっぷりラメが入っている。
「いいだろう? そろそろ祭りだからな。こういう奇抜な色もたんと出回っているという訳だ」
ツボミの手には小さな瓶がいくつも握られている。
「誘導して逃げてくる先に集中的に作るし、その際アンジェリカが余り速度を落とさず走れるように動線を確保」
ツボミは医者らしく講釈を垂れた。
「ちゃんと計算しているから信じて掘ってくれ。後で、どうしてそこなのか解説してあげよう」
もちろん、無事に帰れたら。
次回があるかどうかは、この罠の確実さにかかっている。少なくとも、アンジェリカ負担軽減にはなる。
「その可能性を上げるのが一つでも多い穴の数と結び目の数。見てるだけでは可能性が単純計算八分の七になるぞ! あ、九分の八だ。借りられる手は熊でも借りるとも」
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ざっかざっかざっかざっか。
硬くしまった地面はなかなか掘りにくいが、面子に土木作業に慣れているものが多かったので作業自体は滞りない。
「ウサギって意外と狂暴やんね?」
アリシアがちょっと遠くを見るような目をした。
「うち、知ってる。家畜で飼ってはる所で抱っこさせてもろたら暴れて思い切り蹴られてめっちゃ痛かったわ」
家畜のイエウサギでそれである。
「それが馬サイズやって? 一発蹴られただけでも死んでまいそうやし歯が恐ろしいわ」
用意って空中に剣呑な楔型を描いた。
「あいつらのアクビみたことあるけど、ウサギサイズでもモンスターみたいな顔やったわ」
なかなか一筋縄ではいかないらしい。
「巨大なウサギってちょっと想像するのが大変なんだぞ」
『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)は、器用に草を絡めていく。さいごにぎゅっぎゅっとテオドールが締めてくれるので強度は問題なしだ。
「きっとパイにするとおいしいに違いないんだぞ」
ノウサギはパイにするものとは、先人のありがたい教えだ。
「野生で逞しく生きてるのならよい子だと思うんですけど、イブリース化してるのであれば浄化ですね」
ですよね? と、ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、周囲を見回す。潜伏予定地の草地に結び目をいっぱい作っている。穴掘りには踏鋤型ホムンクルスを使ったが結び目は自分でやった方が早い。
「特に殺したいとも思わんが。野生溢れる事自体は嫌いじゃないしー。取り敢えず浄化で」
ツボミも賛同を示す。
「イブリース化さえ解ければただの野兎ってことかな? それなら命まで取る必要はないと思うけど」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)も言う。
大体、みんな浄化の方向。そっかー。と、サシャは声を上げた。
「あれ? ダメなのか? そうだったとしたら残念なんだぞ」
だって、お肉はおいしいから。殺したら、ちゃんと感謝して食べる。は、正しい。
しかしながら、不幸にもイブリース化したのを討伐したのをパイにしても、多分胸につっかえる。
それだったら、浄化して、できることならまだ生きるチャンスはあげたい。ひょっとすると明日狩人に狩られて明後日には結局パイになるかもしれなくてもだ。
生きとし生けるものの運命がゲシュペンストに左右されるのは起こりうる事象で災害だがそれでゆがむ運命はなるたけ少ない方がいい。
「人里に現れるようになる前に浄化してやりたいな」
願わくば、ヒトに関わらない暮らしを。穏やかでは決してないだろうが。
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所々、染色工場の失敗作のようになった野原。
そろそろ指定された時間になりそうだ。
アンジェリカの逃走経路と罠の関係、なぜこの深さの穴が効果的とされたのかなどがリリアナにお弁当と一緒にレクチャーされた。ぜひ次回以降に生かしてほしい。無事に帰れたら。もちろん、それがみんなの目標だ。
地面が揺れている。空気が震えている。何かが近づいている。
どこから来るのだと思っていた。辺りには何もない。来るならば遠距離攻撃をする時間くらいはあるだろう。
それは彼方から土煙を上げて突進してきた。
矢をつがえる隙もあらばこそ。呪文を唱え構える隙もあらばこそ。
陸蒸気を蹴散らす速度で突っ込んでくるものにいったいどうせよというのか。
「ひゃぁぁぁ!」
サシャ、お目目全開。
「巨大なウサギさんなんだぞ。本当に馬みたいなんだぞ。マリオーネのネーミングセンスは最高だとおもうぞ!」
いや、それはどうだろうか。と、オラクル達が一瞬冷静になったのでサシャはファインプレーである。
「アンジェリカ以外は口に鍵をかけて地面に伏せよう。私語は抑えて。後は戦闘情報の共有――もしく詠唱か雄たけびか勝どきだ」
ノウブルでも地に伏せることを選択せざるを得ない。それが戦闘行動である。
自力でできなきゃこれを張るというようなしぐさでツボミが膏薬をちらつかせたので、サシャは口をつぐんだ。できる女なのだ。
徐々に近づいてくるに従い、細部に目が行く。
ノウサギは顔が長い。目が横についている。敵意を前面に出したウマミタイの黒目がちな瞳。わずかにのぞく白目が真っ赤に充血している。
ウマミタイはパイを焼いたりしないだろうが、ミートパイのフィリングみたいにされるのをオラクル達は本能的に理解した。
(成る程。ペトロは可愛くないな)
ツボミはイブリースを観察した。角が生えたり耳が四つになったりとかいう変形ではなく巨大化ということで間違いないようだ。
イ・ラプセルの一部の地方で、ノウサギが「ペトロ」と呼ばれる場合がある。野っぱらに大穴を開ける古の騎士様に由来する。彼の行軍した地域と一致するので学術的にも研究が俟たれる分野だ。
(まして味方にクッソ愛らしい兎が居ると尚の事際立つ際立つ)
ツボミの視線に、横に伏せていたティラミスがぱちぱちと瞬きした。シーっと口に指をあてる。気配――あるいは瞬きや衣擦れがうるさかったのかもしれない。うさぎの耳が伏せしている。
金の髪を覆う頭巾を午後の風が撫でていく。少し冷たくなってきた。
(悲しきイブリースの被害者がまた1人……必ずや、必ずやお救いします……!)
ここでウマミタイを浄化することができれば、そう言ってこと切れる農夫は存在しなくなる。
(そのために、あなたを救いましょう)
イブリースを浄化し、元ある生に戻すは、女神の権能。それを選択するいと気高き御心に添うべく聖職者は地を駆ける。
地面を大きく蹴って頭上から突っ込んでくる巨大な前脚。蹄の代わりに強靭な詰めが地面をつかんでえぐり後方に小山を作る。
跳躍の角度速度、ウマミタイの四肢のたわみを観察しつつギリギリまで引き付け、アンジェリカは身をかわした。
ウマミタイの巨体がリリアナの七先を横切っていく。砂ぼこりでむせてしまいそう。
地面に付した体勢ではウマミタイの体躯は視界に入りきらないことにリリアナは戸惑った。
だが、アンジェリカがうまく遠ざけてくれたので、視界に全体が入るようになった。
「あなたの能力……見極めますっ!」
近接していい感じで入ったら吹き飛ばされる。戦線離脱覚悟だ。
まずは、敏捷性をそいでいく必要がある。
それを、アリシアはロープの端を握りしめて集中している。ウサギの脚にロープで引っ掛けて転がす罠が仕掛けてある。この加速でくれば、攻撃には遠く及ばなくてもウマミタイにそれなりの痛手は与えられるだろう。
土を薄くかぶせてロープ隠した場所をアンジェリカと確認した。
後はアンジェリカがうまく使ってくれれば。
その時。振らと、アンジェリカの体が揺らいだ。
知らないものが見たら、アンジェリカがつんのめってたたらを踏んだと思っただろう。
だが、ダンサーであるアリシアにはわかった。あれは敵の攻撃を誘発するのための足運びだ。
大きく深く呼吸する様子は息を切らせて諦めた獲物のように見えるかもしれない。
しかし、待ち伏せているエルシーにはわかった。
己が内の龍を呼び覚ます呼吸。その呼吸に自分の呼吸も重ねて賦活する。
捨て身のカウンター狙いを読み取った一同はバックアップと追撃のタイミングを見計らう。
( 夕映えにキラキラと渦を巻く蛍光色のインクだまりを背にして、突き立てられようとしている戦鉾のような前歯に正対した。
(兎様に罪はありませんもの……これ以上手遅れになる前に必ず救って差し上げなければ)
修道服を切り裂き、歯が致命的な内臓をえぐる前に肋骨に食い込む感触。
苦痛が重たい分銅となって上乗せされ、修道女の拳を重くする。
血肉に刺さって動かぬ顎をこじ開けるように腰だめから頭上高くぶち抜かれる拳にウマミタイの上半身が浮く。
「いまやっ!」
魔導のダンスと共に不安定な足元を跳ね上げるロープは、大海原の渦潮のごとくウサギの足をからめとった。常なら軽々飛び越え避けることもできたそれは圧倒的不運の波の相乗効果でウサギの体を半回転させ、へそを夕焼け空に向かせた。
(来た!)
エルシーが溜めに溜めて練り上げた香気は赤い夕陽の中、冴え冴えと白い。
直撃を受けたウマミタイの体が宙に浮く。それでも体をひねり足から血につこうとする前脚は、地面を踏みしめることはなく。
「まずはその脚を奪わせてもらう」
機動力が敵の攻撃の要と見定めたテオドールの詠唱によりずぶずぶとウマミタイの前足が動かなくなる。術に通じるモノにはウマミタイの前脚が底なし沼に沈んでいくのが見えただろう。
「エイルの右手の出番がなくて何より。いい方のメセグリンにしよう」
効能の差は基礎術式にくべる魔力の差だ。ツボミはたっぷり念を込めて詠唱をする。アンジェリカの潜められていた眉が幾分緩み、生じた余裕が闘気に還元される。
「なら、サシャは攻撃する! あまり猶予はないしな!」
たちまち編まれたマナは氷の檻となってウマミタイを凍てつかせた。
徹底して、ウマミタイの強味を潰し、たっぷりと弱体させ、決して不意打ちされることのないように。
テオドールは決して底なし沼を出し惜しみしなかった。
アリシアが、最後の気を吐いた。
(うさぎからするとまた食物連鎖の下位になってまうやろうから嬉しくないかもしれんけどな)
「――それでも本当の姿で過ごせるのが一番や!」
あるがままの姿でいられることが最上だ。
イブリース化した巨体が風の刃に切り刻まれる。
巨大なノウサギ、ウマミタイはもうどこにもいなくなった。
●
日が暮れ切った。
ウマミタイが引っかかっていた穴の底。不運なノウサギは本来の大きさと用心深さを取り戻していた。
「もう大丈夫ですよ、気を付けて巣に帰って下さいね」
下手に触れて人の匂いをつけるのもよくない。
「また変わらぬ生活に戻れるといいな」
テオドールは言った。あのウサギにしてやれる事は無い。ノウサギが出られない深さではないし、何なら穴を掘って出られるようにするだろう、
「では、戦闘の後片付けといこうか。このままにしては人に迷惑をかけてしまうからな」
自分達にできる最善を。
地面にぶちまけた華々しい色に染まった土の回収や盛大に空けた穴の埋め戻しなどを終わらせないと帰れないのは紛れもない現実なのだが――世界は大分厳しいので、女神ましますイ・ラプセルでくらい、束の間の夢を見てもいい。
「ノウサギさん、恐れ入りますがゲシュペンストがどちらからどちらに行ったか――あ、きゃ、ひゃうぅうんっ!?」
ウサギ同士だし、何か通じるところがあるんじゃないかと、事情聴取を試みていたティラミスが素っ頓狂な声を上げた。
「今の悲鳴はティラミス嬢。どうかしたかな?」
夕闇に沈んだ野原。少し離れるとテオドールの位置から全く見えない。
「いえ。全然まったく。何事もありませんっ!」
よもや、お話に夢中で足を滑らし、ノウサギさんのいる穴にすっぽりお尻だけがはまっちゃったなんて、絶対に知られちゃいけない。急に真っ暗になったノウサギさんがビックリしてお尻べしべししている。どうにか自分で出なければっ!
こっそり「テオドールさんに知られないようティラミス救出作戦」が実行されたのは全く別の話になるのでここでは割愛する。