MagiaSteam
鋼の殺戮者




 人の形をした、土塊である。その全身から生えた無数の毒茸が、胞子を吹きながら蠢いている。
 そんな姿のイブリースが群れをなし、襲いかかって来る。
 群れではなく1体が相手でも自分は勝てない、とシェルミーネ・グラークは思った。身の程というものを、自由騎士団によって思い知らされたばかりである。
 だから今回このイブリースたちを討滅するのは、シェルミーネではなく、この男たちの役割だ。
「ジーベル、行け!」
 伯爵が、命令を下す。
 ジーベルと呼ばれた男が咆哮を張り上げ、踏み込んで地響きを立てる。
 恐らくは男であろう。金属製の巨体は、四肢に頭1つという体格にしか、人間の原型を残していない。
 蒸気鎧装の、塊であった。様々な外付け部品で不恰好に肥大した身体。キジンとしては失敗作に近いのではないか、とシェルミーネは思う。
 だが、力は本物であった。
 機械の剛腕が、蒸気を噴射しながら弧を描き、イブリース数体を粉砕する。土が、毒茸の破片が、大量に飛び散った。
 グラーク侯爵家の領内。とある村が、イブリースの群れに襲われ、戦場と化している。
 村人たちの避難は済んだ。グラーク侯爵家の兵士たちが、避難誘導も警護も全てしてくれている。
 シェルミーネは、名目上はその兵士らの指揮官である。実質的に出来る事など何もない。
 それを伯爵が、いくらかは言葉を選んで口にした。
「貴女様の、御活躍の機会を奪ってしまった事……心苦しく申し訳なく思っておりますよ、御令嬢」
「……役立たずは現場に来るなと、はっきりお言いなさいな」
 応えつつシェルミーネは、ちらりと伯爵を睨んだ。
 こちらは、キジンの成功作と言って良いだろう。均整の取れた長身は、まるで名匠の手による全身甲冑である。
「役立たずなりに私が、こうして貴方に同行した理由……おわかりかしら?」
「……監視、ですか」
 ジーベルが、ことごとくイブリースを叩き潰してゆく様。見物しつつ、伯爵が言う。
「私とジーベルが、それほど信用ならぬとでも?」
「あのジーベルさんはともかく伯爵! 貴方には私、おぞましさしか感じませんわ」
 伯爵が、腰に取り付けてあった武器を抜き構えた。
 拳銃、と呼ぶにはいくらか大きめの銃器。
 シェルミーネの罵倒に対し、激昂した……わけでは、ないようである。
「皆様そのようにお呼び下さるのは、まあ嬉しいのですがね……私、もはや伯爵ではないのですよ」
 言葉と共に、引き金が引かれる。銃口から、烈火が迸る。
 イブリースが数体、いくらか動きの鈍っているジーベルの巨体を迂回して、こちらに襲いかかって来たところである。
 襲いかかって来たものたちが、轟音を立てて砕け散る。
「今の私は単なる傭兵……貴女のお父上が下さる報酬にのみ、忠誠を誓っております」
 非力な自分では、この銃の引き金を引いただけで手首が砕けるだろう、とシェルミーネは思う。動く標的に狙いを定めるなど、夢のまた夢だ。
 思いつつ、シェルミーネは言った。
「ならば名を呼びましょう。傭兵ゲンフェノム・トルク! 貴方の目的は何なのですか!」
「報酬ですよ。たった今、申し上げた通り」
 肥大した機械の剛腕が、イブリースの最後の1体を叩き潰す。
 ジーベルの巨体が、力尽きたように両膝をついた。
 ゲンフェノム・トルク元伯爵の引き連れて来た男たちが、そんなジーベルに駆け寄って行く。一見して技師とわかる集団である。
「私が生身であった頃から、トルク家に仕えてくれている者たちです。私にこのキジン化を施してくれたのも彼ら。私はね、ジーベルも含めたこの全員の衣食住をまずは確保しなければなりません」
 ゲンフェノムの見守る中。技師たちが、動かぬジーベルに、どうやら機械整備を施しているようであった。
 2人のキジンと、その整備を行う技師数名。
 領主オズワード・グラーク侯爵が、この集団を雇用したのは、ひと月ほど前であろうか。
「特にジーベルは、見ての通り……失敗作です。まともな戦闘行動が可能なのは、せいぜい5分から10分」
 大型銃をくるくると弄び、腰に戻しながら、ゲンフェノムは言った。
「何しろ、あやつでは様々な実験を行いましたからね。そこで失敗も問題点も出尽くした結果……私の、この美しく完璧な身体があるというわけです。だからジーベルにはね、出来る限りの事をしてあげたいのですよ」
「貴方は……御自身がキジンとなる、ただそれだけのために……他者で、実験を繰り返して……」
 おぞましさが、怒りが、シェルミーネの声を震わせた。
「……だから、貴方には監視が必要なのよ。放っておけば、グラーク家の領民にまで! 身の毛もよだつ実験を行うかも知れない!」
「ふふ、そうですね。せいぜい御用心なさる事です」
 ゲンフェノムは背を向けた。ジーベルとは比べ物にならないほど、動きも滑らかである。
「……さて、次のお仕事に赴きましょうか」
「次の、とは……」
「我らは今や、ここグラーク侯爵領における治安を司る身。情報は独自に掴んでおりますよ」
 表情のない機械の仮面に、ニヤリと笑みが浮かんだように見えた。
「……この近くの森にも、イブリースが出現しているのでしょう? 討滅せねば」


 領主オズワード・グラーク侯爵には、2人の息子と1人の娘がいる。
 才覚・人望、共に申し分なかった長兄ネリオ・グラーク男爵は、しかし父と諍いを起こして侯爵家を追われた。ほぼ勘当に等しい状態である。
 その弟君エリオット・グラーク子爵は、私を愛してくれた。
 兄ネリオがいる限り、自分に日の目はない。そんなふうに愚痴をこぼすエリオット様が、私は愛おしかった。
 あの方が次の領主になれなくとも、私は一向に構わない。
 この森の、2人だけの隠れ家を時折、訪れて、私を愛でてくれる。それだけで私は満足だった。
 否、2人だけの隠れ家ではない。
 エリオット様との間に私は、愛の結晶を授かったのだ。
 丸く膨らんだお腹に、私は手を触れた。
 確かな鼓動が、伝わって来る。
 必ず迎えに来る。僕の妻として子供として、父上に紹介する。
 エリオット様のその言葉を、私は疑っていない。
「メレーナさん、逃げて! あの男が貴女を殺しに来る!」
 小屋に飛び込んで来たシェルミーネ・グラーク嬢が、何やら叫んでいる。
「兄は、エリオットは、もう来ないわ!」
「……いい加減な事をおっしゃると、貴女でも許しませんよ? シェルミーネ様……」
 私の身体の一部が、大蛇のように激しくうねって床を破壊する。シェルミーネは、身軽にかわしていた。
 この令嬢は、身重になった私のために様々な世話を焼いてくれる。恩人である。だから殺したくはない。エリオット様に対する無礼な物言いは、慎んで欲しいところであった。
 エリオット様への愛が、私の全身から溢れ出す。
 溢れ出したものたちが、うねり暴れて小屋を破壊してゆく。
 愛の隠れ家が壊れてしまったが、仕方がない。愛は止められない。
 私のこの力で、家など誰かから奪い取れば良いのだ。
 エリオット様との新しい生活に必要なものは、全て奪う。そのための力なのだ。
「お願い……やめて、メレーナさん……」
 シェルミーネ嬢が、まだ何か言っている。
「兄も、それに父も……イブリースになってしまった貴女を、これ幸いと……この世から、消し去ろうとしているのよ。あの男を使って……勝てない! 今の貴女でも、あの男には勝てないわ!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリースの撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセル国内、とある森林地帯において、一般人女性メレーナ・カイン(ノウブル、23歳)がイブリース化しました。討伐もしくは浄化をお願いいたします。

 メレーナは妊娠中で、膨らんだお腹を防護する形に下半身が8本もの太い触手と化しております。
 この8本全てを、独立した敵として扱います。

 触手たちは全て前衛、攻撃手段は伸縮自在の体当たり(攻遠単、BSポイズン1及びパラライズ1)。
 後衛の位置にメレーナの本体がいて、これに一撃でもダメージを与えれば彼女は死亡し、触手は全て無力化します。当然、胎内の赤ん坊も助かりません。

 母子共に生存状態で戦いを終えるには、8本の触手全ての体力を0にしていただく必要があります。
 メレーナ本体は、術者の方が敵と認識なさらない限りは、全体攻撃の対象とはなりません。

 触手は全て、メレーナ本体を味方ガードします。

 時間帯は昼。場所は森林内の開けた場所で、周囲には小屋の残骸が散乱しています。

 現場には領主令嬢のシェルミーネ・グラーク(ノウブル、軽戦士。18歳)がいて、一応はオラクルですが戦力外です。本人も自覚していますので、皆様の指示には従ってくれるでしょう。
 ただしメレーナ本体に攻撃が及びそうな場合は、飛び込んで来て味方ガードをします。

 オラクルの攻撃によって触手全ての体力が0になった、その時点で浄化は完了となります。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
    
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
14モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年05月07日

†メイン参加者 6人†




 拳を1発、平手打ちを3発。
 それだけで、兄エリオット・グラークの美しい顔は見る影もなく腫れ上がった。
「ひぃいいいいい! ななな何をする! 妹が兄に対して!」
「妹として、兄上様にお願い申し上げますわ」
 シェルミーネ・グラークは、兄の胸ぐらを掴んだ。
「メレーナさんの所へ、お行きなさい。あの人に、お顔を見せなさい。その痛々しいお顔で一向に構いませんから、さあ早く」
「……金を、出したのは……僕だぞ……」
 エリオットが泣き呻く。
「メレーナのような平民の女が……堕胎に、いくらか使ったとしても……何年かは遊んで暮らせる金だぞ……なのにメレーナは受け取らず、産んで一緒に暮らすの一点張り……もう、知らぬふりをするしかないじゃないかぁ……」
 シェルミーネは、兄を解放した。
 床に放り出されたエリオットが、泣き喚く。
「言いつけてやる! 父上に、言いつけてやる!」
 何も応えず、シェルミーネは背を向けた。
(駄目……この男では、メレーナさんを守る事など出来はしない……)


「なるほど……それで貴女が、これまでメレーナ嬢を守ってこられたのだな」
 杖を振るい、氷の荊を制御しながら『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は言った。
 後方で、シェルミーネ・グラークが俯き加減に応える。
「メレーナさんが、あのような有り様になったのは数日前……私は隠し通すつもりでしたが、出来るはずがありませんよね……」
 あのような有り様、と表現された8体ものイブリースが今、自由騎士団と激戦を繰り広げている。
 8匹もの、大蛇。あるいは、巨大なミミズか。
 人体を締め潰す大きさの、触手である。
 それらが、1つの身体から生え伸び、暴れ蠢いているのだ。
 1体のイブリースであるが、こちら6名の自由騎士にしてみれば、大蛇のような8体ものイブリースと戦うようなものである。
「邪魔を、しないで……」
 間もなく母親となる、1人の若い女性。その膨らんだ腹部を防護する形に、下半身が8本もの巨大触手と化しているのだ。
「この子のお父様が、もうすぐ来て下さるのよ! 私たちの新しい生活を脅かす者ども、この世から失せろ!」
 イブリース化した女性……メレーナ・カインの叫びに合わせて、触手の群れが荒れ狂う。
 荒れ狂うものたちを、テオドールは氷の荊で拘束し続けた。
 凍て付く身を切り裂き、体液を飛散させながら、しかし触手たちは氷の荊を振りちぎって自由騎士団を襲う。
 その猛襲を、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が手刀で受け流し、あるいは蹴りで打ち払う。真夏の日照と大時化を思わせる体術の乱舞……だが、とテオドールは思う。
 切れがない。一見、激しい攻撃が、しかしエルシーらしい思いきりを欠いている。
 そしてそれは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)も同様であった。
「まったく、貴族様のお家騒動で人死にを出すなんて! 演劇の中だけにしてもらわなきゃ!」
 憤慨しながら、オニヒトの少女が逆さまに空を飛んでいる。あまり長くはない両脚が、精一杯に伸長しながら蒸気回転翼の如く猛旋回し、襲い来る触手たちを薙ぎ払う。
 薙ぎ払われたものたちが、だが即座に勢いを取り戻し、エルシーやカノンに反撃を仕掛ける。カノンもまた、本調子の蹴りを放てずにいるのだ。
 勢い衰えぬ触手たちを、氷の荊で縛り上げながら、テオドールは言った。
「メレーナ嬢のイブリース化が結局、グラーク侯爵家の知るところとなったのだな」
 イブリースを、生かしてはおかない。それは領主として当然の選択ではあった。
 だから領主オズワード・グラーク侯爵は、イブリースを討伐するための戦力を派遣した。
 領民を守るための、苦渋の選択であったのだ。そう涙ながらに言い訳をする事は可能である。
「父は……オズワードは、民を慈しむ領主を演じております」
 シェルミーネが、暗く語る。
「ですが……平民の母親を持つ孫の存在など、あの男は決して認めはしません」
 触手の群れが、氷の荊を引きちぎりにかかる。暴れ、切り裂かれ、体液の飛沫を噴出させながらだ。
 8本の触手は、イブリースである。オラクルの呪術に、このように抵抗する事が出来る。
 だが触手たちの発生源たるメレーナ・カインの肉体は、人間の生身なのだ。氷の荊が微かに触れただけで致命傷となりかねない。
 思いきりを欠いているのは自分も同じだ、とテオドールは思った。
 オラクルの技が、術式が、オラクル自身に敵と認識されたもの以外の何かを殺傷する事はない。それは、しかし頭で知っているだけの理屈でしかないのだ。
 エルシーやカノンの攻撃が、メレーナを誤爆する事はないであろう、と見ているテオドールは断言出来る。だが彼女ら自身はどうか。自分の拳が、蹴りが、子を孕む女性を直撃してしまう。その恐怖とも戦わなければならないのだ。
「ぐっ……!」
 触手の直撃を食らった『森のホームラン王』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、牙を食いしばり後退りをする。正確無比な銃撃で容易く撃ち払えるはずの敵に、銃口を向ける事も出来ずにいる。
 シェルミーネは、さらに言った。
「まして、その平民たる母親がイブリースとなれば……」
「まさしく、これ幸いと始末にかかる」
 言いつつ『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、負傷したウェルスに魔導医療を施している。
 ウェルスだけではない。マグノリアの繊手がキラキラと振り撒く治癒の光は、この場の自由騎士全員を包み込んでいる。少々の傷であれば、自動的に治療が行われる。
 それでも厳しい戦いだ、とテオドールは思わざるを得ない。
「シェルミーネ・グラーク……君は、孤独な戦いを……ずっと強いられていたのだね」
 マグノリアは言った。
「先日の非礼を詫びよう。すまなかった……」
「そんな事よりも、お願い! メレーナさんを助けて……」
 暴れ狂う触手が、エルシーとカノンを襲う。
 その一撃を、『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)が受けた。白銀色の蒸気鎧装が、血飛沫のような火花を飛ばした。
「こっ……これも、世界の歪みがもたらした悲劇……だと言うのですか、アクアディーネ様……」
 赤熱する剣を構えたまま、しかしアダムもまた攻撃に転ずる事が出来ずにいる。
 蠢き暴れる触手たちのすぐ背後にいるのは、子を宿した女性。この世でも最も甚しく、アダム・クランプトンを無力化する存在なのである。
 暴力性を封じられた自由騎士たちの戦いぶりを、シェルミーネは涙目で見つめていた。
「私が自由騎士団に助けを求めなかったのは……ごめんなさい、恐かったからです」
「自由騎士団を……ふふっ。今ひとつ信用出来なかったのかな?」
 微笑みながら、マグノリアが何かをしている。
 涙を拭い、シェルミーネが応える。
「自由騎士団には、嬉々としてイブリースと戦う……人助けよりも、イブリースを斃す事に喜びを見出す人もいると聞いていました。もちろん貴方たちは違う。けれど、そのような人たちが来てしまったら……メレーナさんは、殺されるかも知れない……」
「ああ、確かにいるなぁ! 人助けよりもイブリース殺しが大好きって野郎がよ!」
 太い指を滑らかに躍動させて装填作業を完了させながら、ウェルスが吼える。
「ったく、とんだ風評被害だぜ。あのバカ」
 誰の事であるのか、テオドールは即座に理解した。
「……まあ、思われているほど無分別な御仁ではないが。いかんせん日頃の言動がな」
「私が、メレーナさんを浄化する……それが出来れば……だけど、私の力では……」
「イブリースとの戦い、浄化の仕方! いずれ教えますよシェルミーネ様。だから焦らないで」
 いくらか無理矢理に元気な声を出しながらエルシーが、触手に打ち倒されたアダムの身体を抱き支える。
 普通に戦う事さえ出来れば、それほど苦戦する相手ではない。
 そんなイブリースと対峙したまま、エルシーもアダムも、じりじりと後退を強いられていた。
「……どうやら、出番のようだね」
 マグノリアが、謎めいた作業を終えていた。
 マグノリアが2人いる。一瞬、テオドールにはそう見えた。
「それは……ホムンクルス、か」
「使い捨ての命さ。僕を軽蔑したければ、するといい」
 2人のマグノリアが、駆けた。エルシーやウェルスの傍を、走り抜けた。荒れ狂う触手たちの中を、駆け抜けようとしている。
 血飛沫が噴出した。
 エルシーが、悲鳴のような怒声を張り上げる。
「ちょっと! 何やってるんですかマグノリアさん!」
「シスター……君に鍛えられた身体の頑丈さ、披露する時が来たよ」
 マグノリアの笑顔を、鮮血がつたう。
 触手の一撃を食らいながら、2人のマグノリアは、メレーナの傍らに到着していた。
「メレーナは……僕が、守る」
 マグノリアは言った。
「誤爆の類は、僕とホムンクルスが全て受ける。だから皆……全力で、イブリースに対処して欲しい」
「……お見事だぜ、御老体」
 装填したものを、ウェルスがぶっ放した。
「誤射なんざねえ、だが万一やっちまったら化けて出てくれ!」
 大型の狙撃銃が、烈火を噴いた。
 触手の1つが、砕け散った。肉片と体液の飛沫、そして聖なる銀の煌めきが飛び散った。
「……そうだ。世界の歪みを……嘆いたところで、何も変わらない。誰も、救えはしない……」
 エルシーの腕の中から、アダムが立ち上がる。
「守ると決めた……救うと、決めた。ならば進むしかないだろう、アダム・クランプトン……ありがとうエルシーさん、すまない」
「無茶は駄目ですよアダムさん。男の人に守ってもらうのは嬉しいですけどね、程々にしてもらわないと」
「気をつけよう」
「行こうか、アダム兄さん!」
 カノンが元気よく跳躍し、触手の塊に蹴りを叩き込む。
「マグノリアちゃん大丈夫? うっかり当たっちゃったら、ごめんねー!」
「……生きた心地もしないけど、大丈夫さ」
「僕も……いかせてもらうよ、マグノリア君」
 アダムが踏み込んだ。
「我が名は騎士アダム・クランプトン! 貴女と、貴女の御子を守るためにメレーナ・カイン、御身の浄化を決行する!」
 白銀色の全身が、蒸気を噴射しながら気の波動を迸らせていた。


 メレーナ・カインが、表記不可能な絶叫を放つ。怒号か、悲鳴か。
 悲鳴である、としたら、触手たちの受けている痛手を感じているという事か。
 マグノリアが、メレーナに間近から何か語りかけているようだ。声は聞こえない。
 その間ウェルスとアダムが、銃撃の轟音を響かせていた。
「騎士の旦那、限界まで頼むぜ! ぶっ壊れたら、いい修理屋を手配するからよ」
「心配無用。我が白銀の機体、限界の1つ2つ超えた程度で壊れはしないさ。守るためならば、救うためならば!」
 ウェルスの狙撃銃が、紅蓮の弾幕をぶちまける。
 アダムの腕が大型銃器に変形し、弾倉を猛回転させながら速射の嵐を吹かせている。
 自由騎士2名による銃火の豪雨が、氷の荊に縛られた触手たちを粉砕していた。
 粉砕を免れた大型触手が、3本。手負いの大蛇の如く鎌首をもたげ、カノンを、エルシーを襲う。
 襲撃に合わせて、カノンは跳躍した。
 小さな身体が空中で回転躍動し、短い両脚が竜巻の如く旋回して2本の触手を蹴り砕く。
 残る1本を、エルシーが拳で迎え撃っていた。
 触手が破裂し、肉片となって飛散する。直撃の瞬間は、カノンの動体視力をもってしても見えなかった。
 8本の大型触手、その最後の1本が砕け散った瞬間、メレーナはマグノリアの細腕の中に倒れ込んだ。
 エルシーの拳によって浄化が完了し、メレーナの肉体は人間のそれに戻っている。
「メレーナさんは、私が……」
 意識のないメレーナの肉体を、特に膨らんだお腹に細心の注意を払って抱き支えつつ、エルシーは言った。
「マグノリアさんは……その子を、最後に抱っこしてあげて下さい。そのくらい、やるべきだと思います」
 その子、と呼ばれたものが、マグノリアの傍らで膝をつき、崩壊しかけている。
「……聞こえるか、ホムンクルス」
 崩れゆく、もう1人の自分を、マグノリアは細い全身で受け止めた。
「お前に、意識というものがあるならば……僕を、憎め。大勢の兄弟と共に、虚無の海にて僕を待て。いずれは行く……僕を、引き裂きながら引きずり込むがいい」
 マグノリアと瓜二つの顔が、完全に崩壊する寸前、微笑んだように見えた。
 カノンは、アクアディーネへの祈りの印を切った。そうしながら、心の中で名を付ける。出来る事など、他にない。
 サラサラと崩れゆく屍を抱いたまま、マグノリアは俯いている。その細い肩を、テオドールが軽く叩く。
 俯いたまま、マグノリアは言った。
「シェルミーネ、君は……ずっと1つの、いや2つの命を守ってきたのだね」
「守ってくれたのは、あなたたちよ……本当に、ありがとう」
 シェルミーネが、メレーナの頰にそっと手を触れる。涙にまみれた頰。
「エリオット……さまぁ……」
 メレーナが呻く。うわ言か。いや、実は意識があるのか。
(愛してても、どうにもならない事って……きっと、あるんだよ。メレーナさん)
 カノンはそう、心の中から語りかけるだけにとどめておく事にした。
 そして。エルシーもろとも、メレーナを背後に庇う。小さな身体で、対峙する。
 ずしり……と重く不吉な足音を立てる、巨大なものと。
「……もう、用はないはずだよ。イブリースはいなくなったから」
 キジン、であった。巨体である。様々な不具合を、様々な後付けの装置で無理矢理に抑え込んだ結果であろう。
 そんな巨大なキジンが、カノンの言葉に応えた。
「そのようですね。いや、ひと足遅かった」
 違う。応えたのは、もう1人のキジンである。巨大な相方の、傍らに佇んでいる。
 すらりとした金属製の長身は、まるで名匠の手による全身甲冑である。これほど美しいキジンを、カノンは見た事がなかった。
 シェルミーネが、カノンと並んでメレーナの盾となりながら呻く。
「ゲンフェノム・トルク……!」
「おやおや御令嬢。私から、名乗り口上の機会を奪ってしまわれるのですか?」
「聞くわけねえだろ、そんなもの」
 ウェルスが、ゲンフェノムに銃口を向けた。
「……失せろ。お前なんぞは、お貴族様の城でチェスの名人でも気取ってるのがお似合いだ」
「ここで、何かをするのは許しませんよ。絶対に……」
 言葉と共に、エルシーの身体から静かな闘気が立ちのぼる。
「……ぜつ☆ゆる! です」
「ゲンフェノム・トルク伯爵。君は死んだって聞いたけど、何かの間違い?」
 カノンは身構えた。
「間違いなら、それでいいじゃない……命は、大切にしなきゃ」
 巨大なキジンが、ゲンフェノムを庇う形に進み出てカノンと睨み合う。
 それを、ゲンフェノムが制した。
「やめろ、ジーベル……ふむ、それにしても」
 端正な顔面装甲の内側から、アダムに向かって眼光が漏れる。
「……貴方、なかなか良い身体をお持ちですね。火力も装甲も申し分なしと見ました。素晴らしい」
「貴殿ほどではないよ、ゲンフェノム・トルク伯爵」
 アダムが、騎士の礼をする。
「その機体……キジンとして、完璧と言って良い仕上がりではないかと見受ける」
「この、ジーベルのおかげです」
 相方の巨体を、ゲンフェノムは軽く叩いた。
 あの時のケニー・レインよりも酷い状態にあるキジンの巨体を、テオドールが見据えている。重く暗い眼差しで。
「……ジーベル・トルク卿」
 名を、テオドールは呟いた。
「ゲンフェノム・トルク伯爵。貴卿の、御子息であろう?」
「私の妻は、生まれたばかりのこやつを見た瞬間、正気を失った。数日後、自ら命を絶った」
 ゲンフェノムが語る。
「まあ無理もあるまい。赤ん坊とも呼べぬ、出来損ないの肉塊が、己の体内からおぞましく現れ出たのだからな」
 殴ってでも黙らせなければならない、とカノンは思った。だがジーベルが、ゲンフェノムの巨大な盾となっている。
「私は蒸気鎧装の蒐集をしておりましてね……その趣味の延長で、こやつにせめて自力で歩行の出来る身体を与えてみようと思ったのですよ」
「……実験を……したってのか、てめえの息子で……」
 ウェルスが呻く。ゲンフェノムが笑う。
「こやつで実験を重ねた結果……私は、これこの通り完璧な身体を手に入れる事が出来ました。孝行息子のジーベル。私はね、こやつのために出来る限りの事をしてやりたいのですよ」
「……ここまで吐き気を催すキジン……ヘルメリアにだって、そうはいねえぞ……!」
 ウェルスが、このままでは引き金を引いてしまうのではないか。そうなれば戦闘になる。
 身重の女性を守りながら戦える相手ではない、とカノンが思った、その時。
「はい、そこまでー。赤ちゃんとおっ母さんがいるのにドンパチやるとか、あり得ねーし」
 声がした。
 人影が、4つ。周囲の木陰に佇んでいる。
「やめときな、ゲンフェノム殿。俺たちは10対2の戦いだって躊躇いはしない……引き際を誤るなよ」
「えへへ。今の俺たちってさー、何か悪の四天王の初登場シーンみたいじゃない? 顔はボカされてるんだけど」
「いいですね。私、風のクレヴァニールとでも名乗りましょうか」
 ゲンフェノムが、腰の銃を抜き放とうとして思いとどまった。
 ウェルスも、銃を下ろした。
「……やらねえよ。こちとら、命を救いに来てるんだ」
「ふふ……私とて、人殺しをしたいわけではありませんよ」
 言いつつゲンフェノムが、ジーベルを伴い、歩み去って行く。
 4つの人影も、消え失せていた。 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済