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【逆天螺旋】余命、180分

●逆天螺旋の塔、上層
塔の中は、まるで地下とは思えなかった。
「何だ、ここは……」
実際に中に入ったパーヴァリ・オリヴェルは、そこにある風景に慄然となる。
自分達が立っている石の通路。その両脇に金属製の柵があり、そこからさらに奥に動き続ける何かがあったからだ。
ガラガラと鳴りながら動く鎖。
噛み合い、軋みをあげて回り続ける巨大な歯車。
どこかでポンプから何かが排出されるような音がしている。
どこかで、何かの部品が稼働し続けている音がしている。
「……機械だ」
同行する自由騎士の一人が呟く。
地下に降りてしばし、当初は普通の遺跡と何も変わらなかったが、ある程度降りると、その様相は一変した。いきなり内部が広くなり、そして、機械の音。
「この歯車、まるで錆びていないぞ」
聞こえる機会の駆動音があまりにも澄んでいるため、部品を確認した自由騎士がそれを発見し、パーヴァリに報告する。見てみると、それは確かに、新品のようにも見えた。
「あり得ないな……」
そこにあるものは、自由騎士達を戸惑わせるに十分であった。
「一体、この機械は――」
何のためのものなのか。
そもそも、いつから動いているのか。
それが一切わからない。だからこそ、事前に得ていた情報から連想するものがあった。
「……究極の魔導」
「まさか、そんなものが」
機械の方に気を取られ、パーヴァリが立ち止まる。
その肩に、弾丸が穴を穿った。
「ぐぅ……ッ!」
「な、パーヴァリ!?」
通路の奥。闇蟠る底から、チラ、チラと光が瞬き、さらにその数だけ弾丸が飛んでくる。
「敵だ! 防具を前に! すでに敵の勢力圏内だ!」
自由騎士達がすぐさま臨戦態勢に入る。
そこへ、闇の向こうから幾つかの規則正しい足音が聞こえてきて、
「何だ、あれは……」
そこに現れたのは、石の剣、石の槍、石の盾、石の鎧で武装した石の兵士であった。
十体の石像兵士がこちらへと進撃してきている。
「魔導の人形……? いや、あれが何かはどうでもいい! 攻撃だ!」
自由騎士が各々、その言葉に従って石像兵士を攻撃する。
いかに堅固に見えても人形。最精鋭たる自由騎士の攻撃を受けて、身体の何割かが砕ける。
が、砕けたその部分が、時を巻き戻すかのようにして修復していく。
「何ッ!?」
さらに奥からは立て続けの銃撃。
その上――、
「う、ぐあああああああああああああああああああああッ!!?」
「パーヴァリ、どうし……!?」
絶叫に驚き振り向いた自由騎士が驚く。
服から覗くパーヴァリの首筋が、黒灰色に変色し、しかもそれはさらに広がりつつあった。
「……毒か!」
●番人は、四番
「悪いなぁ、おまえらを下にゃ行かせねぇよ」
新しいタバコに火をつけて、フィーア・エルベはライフルに弾を込める。
「さて、一品モノの呪毒弾頭。上手く効いてくれたみたいで何よりだ」
彼が最初に撃った一発は、薬物ではなく魔導による人体破壊効果を及ぼす弾頭だ。
錬金術師であるフィーアが、長い時間と大金をつぎ込んで作成した、奥の手である。
「普通の魔導や薬じゃ、そいつは取り除けねぇぜ。自由騎士さんよー」
遺跡内で発見した防衛システムの石像兵士に指示を下し、彼はほくそ笑むのだった。
塔の中は、まるで地下とは思えなかった。
「何だ、ここは……」
実際に中に入ったパーヴァリ・オリヴェルは、そこにある風景に慄然となる。
自分達が立っている石の通路。その両脇に金属製の柵があり、そこからさらに奥に動き続ける何かがあったからだ。
ガラガラと鳴りながら動く鎖。
噛み合い、軋みをあげて回り続ける巨大な歯車。
どこかでポンプから何かが排出されるような音がしている。
どこかで、何かの部品が稼働し続けている音がしている。
「……機械だ」
同行する自由騎士の一人が呟く。
地下に降りてしばし、当初は普通の遺跡と何も変わらなかったが、ある程度降りると、その様相は一変した。いきなり内部が広くなり、そして、機械の音。
「この歯車、まるで錆びていないぞ」
聞こえる機会の駆動音があまりにも澄んでいるため、部品を確認した自由騎士がそれを発見し、パーヴァリに報告する。見てみると、それは確かに、新品のようにも見えた。
「あり得ないな……」
そこにあるものは、自由騎士達を戸惑わせるに十分であった。
「一体、この機械は――」
何のためのものなのか。
そもそも、いつから動いているのか。
それが一切わからない。だからこそ、事前に得ていた情報から連想するものがあった。
「……究極の魔導」
「まさか、そんなものが」
機械の方に気を取られ、パーヴァリが立ち止まる。
その肩に、弾丸が穴を穿った。
「ぐぅ……ッ!」
「な、パーヴァリ!?」
通路の奥。闇蟠る底から、チラ、チラと光が瞬き、さらにその数だけ弾丸が飛んでくる。
「敵だ! 防具を前に! すでに敵の勢力圏内だ!」
自由騎士達がすぐさま臨戦態勢に入る。
そこへ、闇の向こうから幾つかの規則正しい足音が聞こえてきて、
「何だ、あれは……」
そこに現れたのは、石の剣、石の槍、石の盾、石の鎧で武装した石の兵士であった。
十体の石像兵士がこちらへと進撃してきている。
「魔導の人形……? いや、あれが何かはどうでもいい! 攻撃だ!」
自由騎士が各々、その言葉に従って石像兵士を攻撃する。
いかに堅固に見えても人形。最精鋭たる自由騎士の攻撃を受けて、身体の何割かが砕ける。
が、砕けたその部分が、時を巻き戻すかのようにして修復していく。
「何ッ!?」
さらに奥からは立て続けの銃撃。
その上――、
「う、ぐあああああああああああああああああああああッ!!?」
「パーヴァリ、どうし……!?」
絶叫に驚き振り向いた自由騎士が驚く。
服から覗くパーヴァリの首筋が、黒灰色に変色し、しかもそれはさらに広がりつつあった。
「……毒か!」
●番人は、四番
「悪いなぁ、おまえらを下にゃ行かせねぇよ」
新しいタバコに火をつけて、フィーア・エルベはライフルに弾を込める。
「さて、一品モノの呪毒弾頭。上手く効いてくれたみたいで何よりだ」
彼が最初に撃った一発は、薬物ではなく魔導による人体破壊効果を及ぼす弾頭だ。
錬金術師であるフィーアが、長い時間と大金をつぎ込んで作成した、奥の手である。
「普通の魔導や薬じゃ、そいつは取り除けねぇぜ。自由騎士さんよー」
遺跡内で発見した防衛システムの石像兵士に指示を下し、彼はほくそ笑むのだった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.フィーア・エルベの撃破
2.下の階への進行
3.パーヴァリ・オリヴェルの生存
2.下の階への進行
3.パーヴァリ・オリヴェルの生存
つまりあと3時間でパーヴァリは死にます。
吾語です。
このシリーズは全4回でお届けする予定です。今回はその第2回となります。
1回目は楽な仕事でしたね。
2回目から皆さんには地獄を味わっていただきます。
具体的には、シリーズ全体でタイムリミットが設けられました。
時間がかかると塔を攻略できてもパーヴァリが死にます。
逆天螺旋の塔RTA、スタートです。
なお、どれだけの時間でフィーアを撃破できたかによって、
ボーナス、もしくはペナルティが発生します。
次回の話のタイトルにつく「余命、○○分」の部分が減ったり増えたりします!
なお、現状について、下記を参照してください。
機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械
――――――――――――――――――――――――――――
石 石 石
4 石 石 石 石 兄
石 石 石
――――――――――――――――――――――――――――
機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械
4=フィーア
石=石像兵士
兄=パーヴァリ
こんな感じの位置関係になってます。
フィーアと石像兵士の距離はおよそ200m、
パーヴァリと石像兵士の距離はおよそ50mほどとなっています。
石像兵士は防御タンク+重戦士の能力を持ち、両方のスキルを用います。
ダメージを与えることは可能ですが、即座に全回復します。
仮にBSを受けていても、HP回復時に全て解消されてしまいます。
要するに、破壊できないし動きも止められません。それは諦めてくださいませ。
石像兵士はフィーアの指示に従っており、その指示を狂わせることもできません。
石像兵士は積極的に接近し、ブロックを多用してきます。
動きとしては「とにかく自由騎士をフィーアに近づけないこと」を徹底します。
また、フィーアは何があっても前に出てきません。
彼は今回、自分の技術で開発した長距離狙撃用のライフルを使って、戦闘の有効射程範囲外から攻撃を仕掛けてきます。準備に時間がかかるため、攻撃は偶数ターンのみで、また範囲攻撃スキルは使用できません。
ただし、一発一発がかなり強力です。
この狙撃に対しては自由騎士側の防御力1/3でダメージの計算が行われます。
なお、自由騎士が接近した時点で彼は狙撃用ライフルを破壊し、戦闘に加わります。
以上の状況で、皆さんにはフィーア撃破、下への進行、パーヴァリ救援。
それらを担っていただきます。
パーヴァリに支援を要請することもできますが、
その場合、支援の内容によって「余命」の限界が早まります。ご注意ください。
それでは、共に地獄に参りましょう。
皆さんのプレイングをお待ちしています。
吾語です。
このシリーズは全4回でお届けする予定です。今回はその第2回となります。
1回目は楽な仕事でしたね。
2回目から皆さんには地獄を味わっていただきます。
具体的には、シリーズ全体でタイムリミットが設けられました。
時間がかかると塔を攻略できてもパーヴァリが死にます。
逆天螺旋の塔RTA、スタートです。
なお、どれだけの時間でフィーアを撃破できたかによって、
ボーナス、もしくはペナルティが発生します。
次回の話のタイトルにつく「余命、○○分」の部分が減ったり増えたりします!
なお、現状について、下記を参照してください。
機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械
――――――――――――――――――――――――――――
石 石 石
4 石 石 石 石 兄
石 石 石
――――――――――――――――――――――――――――
機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械機械
4=フィーア
石=石像兵士
兄=パーヴァリ
こんな感じの位置関係になってます。
フィーアと石像兵士の距離はおよそ200m、
パーヴァリと石像兵士の距離はおよそ50mほどとなっています。
石像兵士は防御タンク+重戦士の能力を持ち、両方のスキルを用います。
ダメージを与えることは可能ですが、即座に全回復します。
仮にBSを受けていても、HP回復時に全て解消されてしまいます。
要するに、破壊できないし動きも止められません。それは諦めてくださいませ。
石像兵士はフィーアの指示に従っており、その指示を狂わせることもできません。
石像兵士は積極的に接近し、ブロックを多用してきます。
動きとしては「とにかく自由騎士をフィーアに近づけないこと」を徹底します。
また、フィーアは何があっても前に出てきません。
彼は今回、自分の技術で開発した長距離狙撃用のライフルを使って、戦闘の有効射程範囲外から攻撃を仕掛けてきます。準備に時間がかかるため、攻撃は偶数ターンのみで、また範囲攻撃スキルは使用できません。
ただし、一発一発がかなり強力です。
この狙撃に対しては自由騎士側の防御力1/3でダメージの計算が行われます。
なお、自由騎士が接近した時点で彼は狙撃用ライフルを破壊し、戦闘に加わります。
以上の状況で、皆さんにはフィーア撃破、下への進行、パーヴァリ救援。
それらを担っていただきます。
パーヴァリに支援を要請することもできますが、
その場合、支援の内容によって「余命」の限界が早まります。ご注意ください。
それでは、共に地獄に参りましょう。
皆さんのプレイングをお待ちしています。

状態
完了
完了
報酬マテリア
4個
8個
4個
4個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2021年02月07日
2021年02月07日
†メイン参加者 7人†
●余命、179分
ジワジワと、己の命の基盤が蝕まれていくのを感じる。
「僕は……」
「……いいから、喋らないでください! 下がって!」
起き上がろうとするパーヴァリを押さえ、セアラ・ラングフォード(CL3000634)が告げる。
前方では、壁を作る石像兵士へと向けて自由騎士数名が飛び出していた。
「奥のヤツを叩けば勝ちだぜ!」
超越的な脚力によって一気に戦闘に躍り出た『キセキの果て』ニコラス・モラル(CL3000453)が、石像兵士の向こう側に控えている人影を視認し、それを目指す。
奥にいるのはエルベ隊のフィーア・エルベ。
彼は逃げようとはせずにその場に腰を下ろして、ライフルのスコープ越しに石像兵士の群れと、自由騎士達をしっかりと見つめ、呼吸を整えていた。
「そうだよな、来るよなぁ、来ないと仲間が死ぬモンなぁ」
彼は、小さくほくそ笑んだ。
スコープが拡大する向こう側で、動きだした石像兵士がニコラスの行く手を阻んでいた。
「チッ、この……!」
ニコラスの速度が一気に落ちる。
その健脚は、戦いの中で使えるものではなかった。
「支援する、さっさと奥へ行け」
石像兵士に体から当たっていきながら、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)がニコラスへと告げて、彼を、そして駆け抜けようとする仲間達の援護をする。
「……これはッ」
体当たりをしたアデルであったが、身に感じた手応えに驚く。予想よりはるかに重い。
「動かせ、とにかく道を開けろ! 中央を抜くぞ!」
しかし彼は叫ぶ。不利な要素など、これまで幾つも乗り越えてきた。
その声に兵士達は奮起し、石像の動きを阻もうとした。
「私達も、行きましょう!」
その中に『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)も参加する。
「装甲歩兵隊! 私と共に奮起しなさい!」
「「了解!」」
ミルトスが率いる歩兵隊が、石像兵士の動きを止めにかかった。
そこに、隙ができる。
「突っ切る」
「ええ、そうしましょう!」
機を見るに敏。『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)と『未来を切り拓く祈り』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が金属の柵に立って駆け抜けようとする。
アデルとミルトスが作る囲みから、石像兵士は簡単には抜けられない。
彼女の判断に間違いはない。しかし、それを超えるものを、石像兵士は有していた。
「……なっ」
囲まれながらも、兵士に抑えつけられながらも、石像兵士の動きは止まらない。
「この、膂力!?」
アデルさえもが、驚愕に声を震わせる。
縋りつく兵士をそのままに、石像兵士がヨツカとアンジェリカを阻もうとする。
しかしその頭上を、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が駆け抜けようとする。走るのは天井。最も邪魔が少ない間隙であろう。
「ここなら、抜ける」
「そうだな。確かに走りやすい。――だから、狙いやすい」
銃声。
狭い空間にそれは轟き、マグノリアの脇腹に穴を穿つ。
「ぐ……!?」
「何で隙間を残してたのか、よく考えればわかるだろうに」
スコープ越しに、地面に落ちたマグノリアを確認し、フィーアは笑いもせずに呟いた。
●余命、175分
苦戦を強いられていた。
「鈍れ、石像」
マグノリアが魔導を解き放ち、石像兵士を一時的に劣化させようとする。
一瞬、魔導の効果によって石像兵士の動きは目に見えて鈍った。
それを見逃さず、アデルが号令をかける。
「今だ!」
「わかった、行こう」
「ええ、参りましょう。前へ、前へ!」
装甲歩兵と自由騎士が石像の何体かを阻もうとし、その側面をヨツカとアンジェリカが走ろうとする。しかし、闇の奥より銃撃。弾丸が、アンジェリカを直撃した。
「く、ぅ……!」
「アンジェリカ……、しかし!」
ヨツカが走る。今度こそ、抜けられる。そう思った。
石像兵士の一体が、自分を阻もうとする兵士達を振りほどき、金属製の柵に石の武器を叩きつける。そこに巻き起こった衝撃波が、ヨツカの体を後方に吹き飛ばした。
「……チィッ!」
「どうにも参ったね、こいつは」
自分も行く手を阻まれたニコラスが、殴られて切れた口元の血を軽く手で拭う。
「石像まで近づくのは簡単だが、そっから先に進めやしねぇ」
「抜けたと思えば、弾丸が飛んでくる。……あの命中精度は一体、何事だ?」
ヨツカの疑問も当然であろう。
神の加護により、20m以上の距離からの射撃は極端に当たりにくいはずなのだ。
しかし、当たる。どうやっても、避けることができない。
「何かの手段があるんだろうよ、何かのよ……」
ふぅ、と一息ついたのち、ニコラスが再び、走り出していく。
――当然、フィーアは何かをしていた。端的に言えば、無理を。
「さて、次はどこだい?」
傍らに置かれた蓋の空いた缶の中から、彼は錠剤を一掴み取り出し、口の中に放る。
味のないそれを吸収しやすいようにバリボリかじって飲み下すと、体の底から強烈な熱量が発生するのを感じる。途端に、フィーアの全身が血の混じった汗に濡れた。
加護は確かに働いている。それなのに彼の射撃は当たる。
それは何故か。
何のことはない。フィーアはただ、自由騎士と同じく奇跡を起こしているだけだ。魂を燃やし、できないことをできるようにしている。ただそれだけ。
しかし自由騎士ではない彼がそれをなすためには、遥かに大きな対価が必要となる。
パツン、と小さく何かが爆ぜる音がする。
「おっと……」
頬に伝う濡れた感触に、フィーアは息をついた。
強化によって圧力を増した血流に耐え切れず、血管が切れて血が噴いたのだ。
「あと、どれだけもつかね」
無理な強化によって寿命が縮むことなど、何とも思わない。彼にとって重要なのは、あとどれだけの時間、あの自由騎士達をこの場に釘付けにして、時間を稼げるか、だ。
フィーア・エルベはここで死ぬ。
しかし、彼は己の死を恐れない。むしろ誇りにさえ思う。
敬愛すべき主を守っているという実感が、今まさに、彼の心の中に咲き誇っていた。
「クククク、一世一代の大勝負ってヤツだぜ、こいつは」
笑うフィーアの唇の端から、赤黒い血が零れた。
●余命、174分
「バカなのか、あの男は」
ヨツカは見た。
石像兵士の壁を抜け、走ろうとした矢先に、自分を撃つフィーアを。
その血走った目、大量の鼻血、赤みの混じった汗。浮き出た血管。それらを見て、彼は長距離射撃の理由について、全てを察した。その上での感想だった。
「己の命を対価に、アニムスを燃やすのと同等の効果を得た。ということか」
ヨツカの話を聞き、アデルがそのように例える。
「信じがたいですね……」
ミルトスも戦慄に体を冷たくした。
「決死と言っても、死が決まっているワケではありません。必死と言っても、必ず死ぬワケではありません。でも、あそこにいる狙撃手はまさしく、決死にして必死なのですね」
自由騎士でない者がアニムスを燃やすことはできない。
しかし、己の過去、己の未来、その全てを対価として、己の現在にアニムスを燃やすのに等しい効果を得る。それは、不可能ではないのだ。
「よほど、入念に準備していたようですね」
アンジェリカが確信に近いモノを感じながら、呟いた。
「長い時間をかけて準備を整えていたはずです。それなしに、こんなことはできません」
固い決意と死の覚悟、さらには莫大な予算と膨大な時間をかけた入念な下準備。
それら全てが揃ってこそ、人は初めて短時間に限り、神の加護に優位を得られる。
それは逆説的に、そんな準備なくても、超越の奇跡を起こしうる自由騎士という存在の特異性をも証明するものでもあった。
「――パーヴァリはどうだ?」
「ダメ、みたいです。全く、回復を受け付けません」
アデルに問われ、セアラが沈んだ顔つきでかぶりを振る。
浅い呼吸を繰り返すパーヴァリの肌が、ジワリジワリと黒く変じつつある。毒か、魔導か、呪によるものか、それすら不明だが、放置すれば死ぬ。それは明らかだ。
「すまん、パーヴァリ。俺はおまえの寿命の幾らかを、無駄遣いする」
「何言ってんだ、いきなり!?」
アデルの突然の宣言に、ニコラスが面食らった。
「それは、そうせざるを得ないからですか?」
厳しい目つきでアデルを睨み、アンジェリカが彼に真意を問う。
「そうだ。相手の状況を考えれば、ここは確実性を重視すべきだ。俺はそう提案する」
「確実性、ですか……?」
「無限に俺達を阻んでくる石像の群れと、闇からの狙撃。敵の布陣は厄介だ。俺達は、俺達の都合だけを考えてここを突破することはできない。それは余計に時間を食うだけだ」
「急がば回れ、か。僕は、賛成だよ」
誰あろうパーヴァリが、アデルの案に賛意を示した。
「わかりました。やりましょう」
そしてミルトスがそれに続く。
「やるだけやるかぁ。ここでまごまごしてても仕方ねぇもんなぁ!」
さらにニコラスが続き、ヨツカが「うむ」を腕を組む。
「こちらも、退くわけにはいかない。ヨツカも腹をくくろう」
「やろうか。それしかないのなら」
マグノリアもそれにうなずき、自由騎士側の作戦は決まった。
●余命、172分
「……どういうことだ?
超強化されたフィーアの感覚が、自由騎士の動きの変化を敏感に察知する。
隙あらばこちらに向かって駆け抜けようとしていた連中が、いきなり来なくなった。それを感じ取り、彼はスコープを覗き込んだ。
「うおおおお!」
スコープの向こうで、全身を走行に包んだ自由騎士――アデルが突撃槍を振り下ろす。
穂先は地面を叩き、巻き起こった衝撃波が石像兵士をわずかに後退させた。
「全力で行ってもこの程度か、さすがに重いな」
「ですが、動かないワケではありません」
続いて、ミルトスが気のこもった拳によって、同じように石像を吹き飛ばしにかかる。
これもアデル同様、さほど効果はない。しかし、その陣形がかすかに崩れる。
「今です!」
アンジェリカの号令に従って、控えていた兵士が一斉に突撃し、石像兵士の動きを阻みにかかった。そうすることで、自由騎士の前に僅かながら隙間が空く。
「こいつは、地道だね。何とも……」
「確かに効率は悪い。しかし、確実だ」
こぼすニコラスに、ヨツカがうなずきながらも、この作戦を肯定する。
アデルが決断し、フィーアが歯噛みするその作戦。つまりは、自由騎士達は石像兵士の陣形を崩すことに全てを注ぎ始めたのだ。
石像兵士は破壊できない。
僅かな隙間から抜けようとすればフィーアに撃たれる。
ならば、隙間を広げればいい。時間をかけて、確実に、石像兵士を動かすことで。
「仲間を見殺しにする気か、あいつらッ」
それは、確実だが、同時にどうやっても時間がかかる方法だ。
今や、パーヴァリの命はゐ分一秒単位で削れ続けている。それを考えれば、連中の行動は自殺行為にも等しいものではないか――ッ、
「ぐ、が……!」
胃の底からせり上がってくるものを堪えきれず、彼は床に血をブチまけた。
「そう、かよ。そういうことか……」
激痛に呼吸を乱しながら、フィーアはもう一つの自由騎士の狙いを悟る。連中は、自分の時間切れを待つ方向に切り替えたのだ。だからこそ、時間をかけようとしている。
これは、フィーアと自由騎士の我慢比べなのだ。
「やってやるよ、自由騎士」
フィーアの瞳に、凄絶な光が迸る。
一方、自由騎士側、後方。
「見えますか、パーヴァリ様。皆さんが、今、がんばっていますよ」
セアラが、パーヴァリの手を握って必死に呼びかけ、癒しの魔導をかけ続けていた。
「ああ、見えてるよ、大丈夫だ」
言いつつも、彼の顔はまるで見当違いの方を向いている。
目が見えていない。いや、まだそこまでは悪化していないはずだと、セアラは信じる。
「すまない。僕の不手際で、みんなに――」
「いいえ、それは違います。こうなったのは私達全員の責任です。だから、自分を悪く言わないでください。体が悪い今なんですから、せめて心は健やかなままにいてください」
セアラがパーヴァリの手を強く握りしめ、彼に訴え続けた。
パーヴァリはそれにうなずき、手を握り返すが、その握力は明らかに弱い。
「皆さん、どうですか!」
強い焦燥に駆られ、セアラが前方の仲間達へと声を張り上げる。
それはいかにも切羽詰まった声。彼女の焦りようが、他の自由騎士にも伝播する。
「……まだだ、もう少し」
マグノリアが、まっすぐに前を見ながら答えた。
行使した劣化の魔導によって、石像兵士の動きは鈍る。その間に、また兵士が石像兵士の抑え込みにかかるも、鈍った動きはすぐさま戻り、抑えるのが一気に難しくなる。
「もう一度」
しかし、マグノリアは冷静さを保ちながら、もう一度劣化の魔導の準備を始めた。
その傍らで、アンジェリカとヨツカ、そしてニコラスが呼吸を整えている。
仲間達が懸命に道をこじ開けようとする中で、彼らには別の役割が与えられていた。
道ができたその瞬間にフィーアへと一直線に駆け抜ける、鉄砲玉である。
「まだか、まだかよ……!」
焦れたニコラスが奥歯を軋ませる。
「耐えろ。道は必ず開く」
「戦いの中でただ待つというのも、辛いものですね」
トントンと爪先で足踏みしながらアンジェリカが言う。今この瞬間、時間を最も長く感じているのが、この三人であろう。
目の前では、アデルとミルトスとが、懸命に石像兵士に向かっている。
かなりの時間が経過しているように感じる。だが、その甲斐もあって石像兵士の陣形はだいぶ崩れていた。これならば、そう遠からず穴が――、銃声。
「痺れを切らしたか」
内心に快哉をあげながら、アデルが通路の向こうを見る。そこから再度の銃声。
ついにフィーアが我慢の限界を迎え、能動的な攻撃を始めたのだ。
それが意味するところは――、
「今です、行ってください!」
待ちに待ったミルトスの合図。そして、三人は一斉に駆け出した。
●余命、161分
クソ、クソ、クソ、クソ――――!
フィーアが錠剤を頬張りながら、スコープに目を押し付ける。
石像兵士の陣形はもはや形をなさず、そこに大きな隙間が空こうとしている。
さらには、自分の体の限界が想定より早く訪れようとしていた。もう、痛みも、熱さも、冷たさも感じない。無感という感覚が、フィーアの全身を少しずつ満たしつつある。
それは、死の実感だ。体が、死のうとしている。
もっともつはずだった。
もっと余裕をもって、焦りに逸る敵を狙撃しているはずだった。
それが何だ、これはどういうことだ。
仲間を死毒に冒されながら、自由騎士共は悠長にも石像の排除に取り掛かって、自分はといえば予想よりはるかに早い肉体の自壊に追い詰められている有様。
こうなったら、自分から打って出て、一人でも多くの自由騎士を――!
「そこまでだぜ」
「……なっ!?」
近くで聞こえたその声に、フィーアは戦慄する。
だが、近くに人影などない。気配も何も感じない。幻聴か? 聞き違いか?
そう思い、周りを必死になって見回すフィーアを、アンジェリカとヨツカ、ニコラスの三人が囲んでいた。
フィーアの狙撃による傷を、ニコラスが癒す。
そうして辺りを見回せば、そこには錠剤の詰まった缶と、大きな血だまり。
「こいつはまた、ひでぇ有様だな」
間近でニコラスがそう言っても、フィーアは辺りを見回し続けている。
「ヨツカ達の存在に気づいていない。いや、もう気づけないのか」
「感覚のほとんどが失われているようですね」
「瀕死じゃねぇかよ……」
それでもライフルを手放さない辺り、精神力のすさまじさを感じずにはいられない。
「もう終わりだよ。大人しく、武器を下ろしてくれないか」
やってきたマグノリアが、フィーアに呼びかけた。
彼の姿を見て、マグノリアはすぐにわかった。目の前のエルベ隊の男はおそらく、自分から志願して軍の実験体にでもなったのだ。そうして、超強化を手にした。
過去に、幾度か見てきたパターンである。
「でも、もう君の負けだ。だから――」
「……いるんだな」
マグノリアの再度の呼びかけ。
するとフィーアが応じ、手にしていたライフルがいきなり爆発した。
それは、長距離狙撃を実現するために長い時間をかけて改良してきたライフルだ。絶対に敵に渡してはならない、フィーアにとっての虎の子である。
「これでいい、これで……」
そして、四人の自由騎士に囲まれながら、彼はもう何も映さない目で床を見た。
「アインス、すまん」
その言葉を最期に、フィーアは崩れ落ちる。
エルベ隊四番目の男の、あまりにもあっけない最後であった。
「かなり、時間を稼がれたな……」
動きを止めた石像兵士の間を通って、階下への階段を見つけたのち、アデルが呟く。
ここで過ごした時間は、おそらく三十分もない。
しかし、パーヴァリの容体を思えば、とても楽観視できるものではなかった。
「戻るか?」
「いや、進もう」
それを言ったのは、誰でもないパーヴァリ自身であった。
「戻るまでに、僕の命は間違いなく尽きる。だったら……」
「奥に進んだ方が、まだ可能性がある、か」
あるいは――、究極の魔導。それならば。
そう思いながら、自由騎士は下に続く階段を降り始めるのであった。
ジワジワと、己の命の基盤が蝕まれていくのを感じる。
「僕は……」
「……いいから、喋らないでください! 下がって!」
起き上がろうとするパーヴァリを押さえ、セアラ・ラングフォード(CL3000634)が告げる。
前方では、壁を作る石像兵士へと向けて自由騎士数名が飛び出していた。
「奥のヤツを叩けば勝ちだぜ!」
超越的な脚力によって一気に戦闘に躍り出た『キセキの果て』ニコラス・モラル(CL3000453)が、石像兵士の向こう側に控えている人影を視認し、それを目指す。
奥にいるのはエルベ隊のフィーア・エルベ。
彼は逃げようとはせずにその場に腰を下ろして、ライフルのスコープ越しに石像兵士の群れと、自由騎士達をしっかりと見つめ、呼吸を整えていた。
「そうだよな、来るよなぁ、来ないと仲間が死ぬモンなぁ」
彼は、小さくほくそ笑んだ。
スコープが拡大する向こう側で、動きだした石像兵士がニコラスの行く手を阻んでいた。
「チッ、この……!」
ニコラスの速度が一気に落ちる。
その健脚は、戦いの中で使えるものではなかった。
「支援する、さっさと奥へ行け」
石像兵士に体から当たっていきながら、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)がニコラスへと告げて、彼を、そして駆け抜けようとする仲間達の援護をする。
「……これはッ」
体当たりをしたアデルであったが、身に感じた手応えに驚く。予想よりはるかに重い。
「動かせ、とにかく道を開けろ! 中央を抜くぞ!」
しかし彼は叫ぶ。不利な要素など、これまで幾つも乗り越えてきた。
その声に兵士達は奮起し、石像の動きを阻もうとした。
「私達も、行きましょう!」
その中に『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)も参加する。
「装甲歩兵隊! 私と共に奮起しなさい!」
「「了解!」」
ミルトスが率いる歩兵隊が、石像兵士の動きを止めにかかった。
そこに、隙ができる。
「突っ切る」
「ええ、そうしましょう!」
機を見るに敏。『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)と『未来を切り拓く祈り』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が金属の柵に立って駆け抜けようとする。
アデルとミルトスが作る囲みから、石像兵士は簡単には抜けられない。
彼女の判断に間違いはない。しかし、それを超えるものを、石像兵士は有していた。
「……なっ」
囲まれながらも、兵士に抑えつけられながらも、石像兵士の動きは止まらない。
「この、膂力!?」
アデルさえもが、驚愕に声を震わせる。
縋りつく兵士をそのままに、石像兵士がヨツカとアンジェリカを阻もうとする。
しかしその頭上を、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が駆け抜けようとする。走るのは天井。最も邪魔が少ない間隙であろう。
「ここなら、抜ける」
「そうだな。確かに走りやすい。――だから、狙いやすい」
銃声。
狭い空間にそれは轟き、マグノリアの脇腹に穴を穿つ。
「ぐ……!?」
「何で隙間を残してたのか、よく考えればわかるだろうに」
スコープ越しに、地面に落ちたマグノリアを確認し、フィーアは笑いもせずに呟いた。
●余命、175分
苦戦を強いられていた。
「鈍れ、石像」
マグノリアが魔導を解き放ち、石像兵士を一時的に劣化させようとする。
一瞬、魔導の効果によって石像兵士の動きは目に見えて鈍った。
それを見逃さず、アデルが号令をかける。
「今だ!」
「わかった、行こう」
「ええ、参りましょう。前へ、前へ!」
装甲歩兵と自由騎士が石像の何体かを阻もうとし、その側面をヨツカとアンジェリカが走ろうとする。しかし、闇の奥より銃撃。弾丸が、アンジェリカを直撃した。
「く、ぅ……!」
「アンジェリカ……、しかし!」
ヨツカが走る。今度こそ、抜けられる。そう思った。
石像兵士の一体が、自分を阻もうとする兵士達を振りほどき、金属製の柵に石の武器を叩きつける。そこに巻き起こった衝撃波が、ヨツカの体を後方に吹き飛ばした。
「……チィッ!」
「どうにも参ったね、こいつは」
自分も行く手を阻まれたニコラスが、殴られて切れた口元の血を軽く手で拭う。
「石像まで近づくのは簡単だが、そっから先に進めやしねぇ」
「抜けたと思えば、弾丸が飛んでくる。……あの命中精度は一体、何事だ?」
ヨツカの疑問も当然であろう。
神の加護により、20m以上の距離からの射撃は極端に当たりにくいはずなのだ。
しかし、当たる。どうやっても、避けることができない。
「何かの手段があるんだろうよ、何かのよ……」
ふぅ、と一息ついたのち、ニコラスが再び、走り出していく。
――当然、フィーアは何かをしていた。端的に言えば、無理を。
「さて、次はどこだい?」
傍らに置かれた蓋の空いた缶の中から、彼は錠剤を一掴み取り出し、口の中に放る。
味のないそれを吸収しやすいようにバリボリかじって飲み下すと、体の底から強烈な熱量が発生するのを感じる。途端に、フィーアの全身が血の混じった汗に濡れた。
加護は確かに働いている。それなのに彼の射撃は当たる。
それは何故か。
何のことはない。フィーアはただ、自由騎士と同じく奇跡を起こしているだけだ。魂を燃やし、できないことをできるようにしている。ただそれだけ。
しかし自由騎士ではない彼がそれをなすためには、遥かに大きな対価が必要となる。
パツン、と小さく何かが爆ぜる音がする。
「おっと……」
頬に伝う濡れた感触に、フィーアは息をついた。
強化によって圧力を増した血流に耐え切れず、血管が切れて血が噴いたのだ。
「あと、どれだけもつかね」
無理な強化によって寿命が縮むことなど、何とも思わない。彼にとって重要なのは、あとどれだけの時間、あの自由騎士達をこの場に釘付けにして、時間を稼げるか、だ。
フィーア・エルベはここで死ぬ。
しかし、彼は己の死を恐れない。むしろ誇りにさえ思う。
敬愛すべき主を守っているという実感が、今まさに、彼の心の中に咲き誇っていた。
「クククク、一世一代の大勝負ってヤツだぜ、こいつは」
笑うフィーアの唇の端から、赤黒い血が零れた。
●余命、174分
「バカなのか、あの男は」
ヨツカは見た。
石像兵士の壁を抜け、走ろうとした矢先に、自分を撃つフィーアを。
その血走った目、大量の鼻血、赤みの混じった汗。浮き出た血管。それらを見て、彼は長距離射撃の理由について、全てを察した。その上での感想だった。
「己の命を対価に、アニムスを燃やすのと同等の効果を得た。ということか」
ヨツカの話を聞き、アデルがそのように例える。
「信じがたいですね……」
ミルトスも戦慄に体を冷たくした。
「決死と言っても、死が決まっているワケではありません。必死と言っても、必ず死ぬワケではありません。でも、あそこにいる狙撃手はまさしく、決死にして必死なのですね」
自由騎士でない者がアニムスを燃やすことはできない。
しかし、己の過去、己の未来、その全てを対価として、己の現在にアニムスを燃やすのに等しい効果を得る。それは、不可能ではないのだ。
「よほど、入念に準備していたようですね」
アンジェリカが確信に近いモノを感じながら、呟いた。
「長い時間をかけて準備を整えていたはずです。それなしに、こんなことはできません」
固い決意と死の覚悟、さらには莫大な予算と膨大な時間をかけた入念な下準備。
それら全てが揃ってこそ、人は初めて短時間に限り、神の加護に優位を得られる。
それは逆説的に、そんな準備なくても、超越の奇跡を起こしうる自由騎士という存在の特異性をも証明するものでもあった。
「――パーヴァリはどうだ?」
「ダメ、みたいです。全く、回復を受け付けません」
アデルに問われ、セアラが沈んだ顔つきでかぶりを振る。
浅い呼吸を繰り返すパーヴァリの肌が、ジワリジワリと黒く変じつつある。毒か、魔導か、呪によるものか、それすら不明だが、放置すれば死ぬ。それは明らかだ。
「すまん、パーヴァリ。俺はおまえの寿命の幾らかを、無駄遣いする」
「何言ってんだ、いきなり!?」
アデルの突然の宣言に、ニコラスが面食らった。
「それは、そうせざるを得ないからですか?」
厳しい目つきでアデルを睨み、アンジェリカが彼に真意を問う。
「そうだ。相手の状況を考えれば、ここは確実性を重視すべきだ。俺はそう提案する」
「確実性、ですか……?」
「無限に俺達を阻んでくる石像の群れと、闇からの狙撃。敵の布陣は厄介だ。俺達は、俺達の都合だけを考えてここを突破することはできない。それは余計に時間を食うだけだ」
「急がば回れ、か。僕は、賛成だよ」
誰あろうパーヴァリが、アデルの案に賛意を示した。
「わかりました。やりましょう」
そしてミルトスがそれに続く。
「やるだけやるかぁ。ここでまごまごしてても仕方ねぇもんなぁ!」
さらにニコラスが続き、ヨツカが「うむ」を腕を組む。
「こちらも、退くわけにはいかない。ヨツカも腹をくくろう」
「やろうか。それしかないのなら」
マグノリアもそれにうなずき、自由騎士側の作戦は決まった。
●余命、172分
「……どういうことだ?
超強化されたフィーアの感覚が、自由騎士の動きの変化を敏感に察知する。
隙あらばこちらに向かって駆け抜けようとしていた連中が、いきなり来なくなった。それを感じ取り、彼はスコープを覗き込んだ。
「うおおおお!」
スコープの向こうで、全身を走行に包んだ自由騎士――アデルが突撃槍を振り下ろす。
穂先は地面を叩き、巻き起こった衝撃波が石像兵士をわずかに後退させた。
「全力で行ってもこの程度か、さすがに重いな」
「ですが、動かないワケではありません」
続いて、ミルトスが気のこもった拳によって、同じように石像を吹き飛ばしにかかる。
これもアデル同様、さほど効果はない。しかし、その陣形がかすかに崩れる。
「今です!」
アンジェリカの号令に従って、控えていた兵士が一斉に突撃し、石像兵士の動きを阻みにかかった。そうすることで、自由騎士の前に僅かながら隙間が空く。
「こいつは、地道だね。何とも……」
「確かに効率は悪い。しかし、確実だ」
こぼすニコラスに、ヨツカがうなずきながらも、この作戦を肯定する。
アデルが決断し、フィーアが歯噛みするその作戦。つまりは、自由騎士達は石像兵士の陣形を崩すことに全てを注ぎ始めたのだ。
石像兵士は破壊できない。
僅かな隙間から抜けようとすればフィーアに撃たれる。
ならば、隙間を広げればいい。時間をかけて、確実に、石像兵士を動かすことで。
「仲間を見殺しにする気か、あいつらッ」
それは、確実だが、同時にどうやっても時間がかかる方法だ。
今や、パーヴァリの命はゐ分一秒単位で削れ続けている。それを考えれば、連中の行動は自殺行為にも等しいものではないか――ッ、
「ぐ、が……!」
胃の底からせり上がってくるものを堪えきれず、彼は床に血をブチまけた。
「そう、かよ。そういうことか……」
激痛に呼吸を乱しながら、フィーアはもう一つの自由騎士の狙いを悟る。連中は、自分の時間切れを待つ方向に切り替えたのだ。だからこそ、時間をかけようとしている。
これは、フィーアと自由騎士の我慢比べなのだ。
「やってやるよ、自由騎士」
フィーアの瞳に、凄絶な光が迸る。
一方、自由騎士側、後方。
「見えますか、パーヴァリ様。皆さんが、今、がんばっていますよ」
セアラが、パーヴァリの手を握って必死に呼びかけ、癒しの魔導をかけ続けていた。
「ああ、見えてるよ、大丈夫だ」
言いつつも、彼の顔はまるで見当違いの方を向いている。
目が見えていない。いや、まだそこまでは悪化していないはずだと、セアラは信じる。
「すまない。僕の不手際で、みんなに――」
「いいえ、それは違います。こうなったのは私達全員の責任です。だから、自分を悪く言わないでください。体が悪い今なんですから、せめて心は健やかなままにいてください」
セアラがパーヴァリの手を強く握りしめ、彼に訴え続けた。
パーヴァリはそれにうなずき、手を握り返すが、その握力は明らかに弱い。
「皆さん、どうですか!」
強い焦燥に駆られ、セアラが前方の仲間達へと声を張り上げる。
それはいかにも切羽詰まった声。彼女の焦りようが、他の自由騎士にも伝播する。
「……まだだ、もう少し」
マグノリアが、まっすぐに前を見ながら答えた。
行使した劣化の魔導によって、石像兵士の動きは鈍る。その間に、また兵士が石像兵士の抑え込みにかかるも、鈍った動きはすぐさま戻り、抑えるのが一気に難しくなる。
「もう一度」
しかし、マグノリアは冷静さを保ちながら、もう一度劣化の魔導の準備を始めた。
その傍らで、アンジェリカとヨツカ、そしてニコラスが呼吸を整えている。
仲間達が懸命に道をこじ開けようとする中で、彼らには別の役割が与えられていた。
道ができたその瞬間にフィーアへと一直線に駆け抜ける、鉄砲玉である。
「まだか、まだかよ……!」
焦れたニコラスが奥歯を軋ませる。
「耐えろ。道は必ず開く」
「戦いの中でただ待つというのも、辛いものですね」
トントンと爪先で足踏みしながらアンジェリカが言う。今この瞬間、時間を最も長く感じているのが、この三人であろう。
目の前では、アデルとミルトスとが、懸命に石像兵士に向かっている。
かなりの時間が経過しているように感じる。だが、その甲斐もあって石像兵士の陣形はだいぶ崩れていた。これならば、そう遠からず穴が――、銃声。
「痺れを切らしたか」
内心に快哉をあげながら、アデルが通路の向こうを見る。そこから再度の銃声。
ついにフィーアが我慢の限界を迎え、能動的な攻撃を始めたのだ。
それが意味するところは――、
「今です、行ってください!」
待ちに待ったミルトスの合図。そして、三人は一斉に駆け出した。
●余命、161分
クソ、クソ、クソ、クソ――――!
フィーアが錠剤を頬張りながら、スコープに目を押し付ける。
石像兵士の陣形はもはや形をなさず、そこに大きな隙間が空こうとしている。
さらには、自分の体の限界が想定より早く訪れようとしていた。もう、痛みも、熱さも、冷たさも感じない。無感という感覚が、フィーアの全身を少しずつ満たしつつある。
それは、死の実感だ。体が、死のうとしている。
もっともつはずだった。
もっと余裕をもって、焦りに逸る敵を狙撃しているはずだった。
それが何だ、これはどういうことだ。
仲間を死毒に冒されながら、自由騎士共は悠長にも石像の排除に取り掛かって、自分はといえば予想よりはるかに早い肉体の自壊に追い詰められている有様。
こうなったら、自分から打って出て、一人でも多くの自由騎士を――!
「そこまでだぜ」
「……なっ!?」
近くで聞こえたその声に、フィーアは戦慄する。
だが、近くに人影などない。気配も何も感じない。幻聴か? 聞き違いか?
そう思い、周りを必死になって見回すフィーアを、アンジェリカとヨツカ、ニコラスの三人が囲んでいた。
フィーアの狙撃による傷を、ニコラスが癒す。
そうして辺りを見回せば、そこには錠剤の詰まった缶と、大きな血だまり。
「こいつはまた、ひでぇ有様だな」
間近でニコラスがそう言っても、フィーアは辺りを見回し続けている。
「ヨツカ達の存在に気づいていない。いや、もう気づけないのか」
「感覚のほとんどが失われているようですね」
「瀕死じゃねぇかよ……」
それでもライフルを手放さない辺り、精神力のすさまじさを感じずにはいられない。
「もう終わりだよ。大人しく、武器を下ろしてくれないか」
やってきたマグノリアが、フィーアに呼びかけた。
彼の姿を見て、マグノリアはすぐにわかった。目の前のエルベ隊の男はおそらく、自分から志願して軍の実験体にでもなったのだ。そうして、超強化を手にした。
過去に、幾度か見てきたパターンである。
「でも、もう君の負けだ。だから――」
「……いるんだな」
マグノリアの再度の呼びかけ。
するとフィーアが応じ、手にしていたライフルがいきなり爆発した。
それは、長距離狙撃を実現するために長い時間をかけて改良してきたライフルだ。絶対に敵に渡してはならない、フィーアにとっての虎の子である。
「これでいい、これで……」
そして、四人の自由騎士に囲まれながら、彼はもう何も映さない目で床を見た。
「アインス、すまん」
その言葉を最期に、フィーアは崩れ落ちる。
エルベ隊四番目の男の、あまりにもあっけない最後であった。
「かなり、時間を稼がれたな……」
動きを止めた石像兵士の間を通って、階下への階段を見つけたのち、アデルが呟く。
ここで過ごした時間は、おそらく三十分もない。
しかし、パーヴァリの容体を思えば、とても楽観視できるものではなかった。
「戻るか?」
「いや、進もう」
それを言ったのは、誰でもないパーヴァリ自身であった。
「戻るまでに、僕の命は間違いなく尽きる。だったら……」
「奥に進んだ方が、まだ可能性がある、か」
あるいは――、究極の魔導。それならば。
そう思いながら、自由騎士は下に続く階段を降り始めるのであった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
お疲れさまでした。
それでは、次のシナリオでお会いしましょう。
それでは、次のシナリオでお会いしましょう。
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