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<<豊穣祭WBR>>豊穣祭に潜む悲劇

「……こんなものだろうか」
ヴラディオスは用意した大量のお菓子を前に首を傾げる。
先日、騎士団との逮捕という名の契約を結び、懲役という名目で此度の祭に参加することになったまではよかったが、豊穣祭ウィート・バーリィ・ライへの参加にあたり、どれだけのお菓子を用意すればいいか見当がつかなかったらしい。
屋敷の子ども達はもちろんの事、遊びに来てくれる(かもしれない)子ども達にお菓子が行き渡らない、などと言う事がないように、これでもかという程作っていた。むしろ作り過ぎてた。店でも開く気なのかこいつはってレベルである。と、いうのも。
「これだけあれば、自由騎士の連中にも行き渡るだろう……」
ふと、ヴラディオスの脳裏に過るのは、監視役の騎士を通じて伝えられた、ある『依頼』の話。
「私なぞにその手の仕事が務まるものか……特にノウブルと上手くやっていく自信が……ぬぅ」
しかし、ここはイ・ラプセル。複数の種族が文字通り仲良くやっていける貴重な国だ。
「奴らに聞いてみるのも悪くはない、か……?」
「ヴラ様、そろそろお休みになられては?」
「む、アイリスか」
少女に声をかけられて、時計を見やれば随分と集中していたらしく、夜を通り越して朝が近い。
「そうだな……いざ子ども達が遊びに来た時に、私が寝ていて菓子の一つも出せない、とあっては何のために用意したのかわからな……ん?」
調理器具を片付けようとした時だった、明らかにお菓子の量がおかしい事に気づいたのは。なんで分かったのかって? 調理用のスペースにまでお菓子が並んでたからだよ。つまり、ヴラディオスが作ってない菓子が混じってる。
「いかがしましたか?」
「あぁ、いや……こんなに作っただろうかと思ってな……」
疑問符を浮かべつつ、疲れて忘れているのだろう、などと思考の片隅に追いやった時だ、アイリスがとんでもない事を口にしたのは。
「やはり分かりませんか……実は、ヴラ様のお菓子に私が作ったものを混ぜてあります」
「……は?」
無表情でキリッとしてるが雰囲気だけはドヤァ……としているアイリスに、ヴラディオスは正体不明の怪物に恐怖する少年のような目を向ける。
「いかがですかヴラ様? もはやヴラ様が作ったものと見分けがつかないでしょう? 私も日々鍛錬してここまで来たのです……」
ふんすふんす、鼻息荒く、身を乗り出して「さぁ褒めるのです!」とワンコの尻尾を揺らすアイリス……の、幻覚を背負ったお澄まし顔のアイリスに、ヴラディオスは頭を抱えてよろめいてしまう。
「何という事を……いや待て、ならば味も……」
確実に自分のものではない場所にあるお菓子に手を伸ばすヴラディオス。彼の記憶はここで途絶えている……。
ヴラディオスは用意した大量のお菓子を前に首を傾げる。
先日、騎士団との逮捕という名の契約を結び、懲役という名目で此度の祭に参加することになったまではよかったが、豊穣祭ウィート・バーリィ・ライへの参加にあたり、どれだけのお菓子を用意すればいいか見当がつかなかったらしい。
屋敷の子ども達はもちろんの事、遊びに来てくれる(かもしれない)子ども達にお菓子が行き渡らない、などと言う事がないように、これでもかという程作っていた。むしろ作り過ぎてた。店でも開く気なのかこいつはってレベルである。と、いうのも。
「これだけあれば、自由騎士の連中にも行き渡るだろう……」
ふと、ヴラディオスの脳裏に過るのは、監視役の騎士を通じて伝えられた、ある『依頼』の話。
「私なぞにその手の仕事が務まるものか……特にノウブルと上手くやっていく自信が……ぬぅ」
しかし、ここはイ・ラプセル。複数の種族が文字通り仲良くやっていける貴重な国だ。
「奴らに聞いてみるのも悪くはない、か……?」
「ヴラ様、そろそろお休みになられては?」
「む、アイリスか」
少女に声をかけられて、時計を見やれば随分と集中していたらしく、夜を通り越して朝が近い。
「そうだな……いざ子ども達が遊びに来た時に、私が寝ていて菓子の一つも出せない、とあっては何のために用意したのかわからな……ん?」
調理器具を片付けようとした時だった、明らかにお菓子の量がおかしい事に気づいたのは。なんで分かったのかって? 調理用のスペースにまでお菓子が並んでたからだよ。つまり、ヴラディオスが作ってない菓子が混じってる。
「いかがしましたか?」
「あぁ、いや……こんなに作っただろうかと思ってな……」
疑問符を浮かべつつ、疲れて忘れているのだろう、などと思考の片隅に追いやった時だ、アイリスがとんでもない事を口にしたのは。
「やはり分かりませんか……実は、ヴラ様のお菓子に私が作ったものを混ぜてあります」
「……は?」
無表情でキリッとしてるが雰囲気だけはドヤァ……としているアイリスに、ヴラディオスは正体不明の怪物に恐怖する少年のような目を向ける。
「いかがですかヴラ様? もはやヴラ様が作ったものと見分けがつかないでしょう? 私も日々鍛錬してここまで来たのです……」
ふんすふんす、鼻息荒く、身を乗り出して「さぁ褒めるのです!」とワンコの尻尾を揺らすアイリス……の、幻覚を背負ったお澄まし顔のアイリスに、ヴラディオスは頭を抱えてよろめいてしまう。
「何という事を……いや待て、ならば味も……」
確実に自分のものではない場所にあるお菓子に手を伸ばすヴラディオス。彼の記憶はここで途絶えている……。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.お菓子を存分に楽しむ
ヒャッハー残念の残念による残念な祭の依頼だァ!!
というわけで、ヴラディオスこと吸血鬼のお屋敷に行って、吸血鬼の仮装というツッコミどころの塊と化したヴラディオスさんか、ライオン耳のカチューシャをつけたアイリスさんを麦で殴ってお菓子を貰う依頼です。
……ここだけ聞けば割と平穏な依頼ですが、なんとアイリスにより地雷が埋設されています。
具体的には、ヴラディオスが作ったお菓子(美味しい)にアイリスが作ったお菓子(即死ィ)が混じっています。
当たる確率はそこまで高くありませんが……当たってしまった場合はヴラディオスの有様からお察しください。
ちなみに、お菓子はクッキー(ボックス、プレーン、ジェリーの三種)、モンブラン、ロールケーキ、パンプキンパイ、チーズタルト、スイートポテトが用意されていますが……たくさん食べると、まぁ、『当たる』確率も上がるよね?
もし、一人でも無事に生き残って?いた場合は、ヴラディオスから何やら相談があるようです。
具体的には、『自分が嫌っている連中と仲良くなる方法』を知りたいみたいですね?
それでは、皆さんがお菓子とお茶と会話を楽しめますことをお祈り申し上げます。
あ、お菓子は攻撃ではないため、回復スキルや防御スキルで当たりを回避することはできない為、悪しからず……
というわけで、ヴラディオスこと吸血鬼のお屋敷に行って、吸血鬼の仮装というツッコミどころの塊と化したヴラディオスさんか、ライオン耳のカチューシャをつけたアイリスさんを麦で殴ってお菓子を貰う依頼です。
……ここだけ聞けば割と平穏な依頼ですが、なんとアイリスにより地雷が埋設されています。
具体的には、ヴラディオスが作ったお菓子(美味しい)にアイリスが作ったお菓子(即死ィ)が混じっています。
当たる確率はそこまで高くありませんが……当たってしまった場合はヴラディオスの有様からお察しください。
ちなみに、お菓子はクッキー(ボックス、プレーン、ジェリーの三種)、モンブラン、ロールケーキ、パンプキンパイ、チーズタルト、スイートポテトが用意されていますが……たくさん食べると、まぁ、『当たる』確率も上がるよね?
もし、一人でも無事に生き残って?いた場合は、ヴラディオスから何やら相談があるようです。
具体的には、『自分が嫌っている連中と仲良くなる方法』を知りたいみたいですね?
それでは、皆さんがお菓子とお茶と会話を楽しめますことをお祈り申し上げます。
あ、お菓子は攻撃ではないため、回復スキルや防御スキルで当たりを回避することはできない為、悪しからず……
状態
完了
完了
報酬マテリア
1個
2個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/10
6/10
公開日
2018年11月15日
2018年11月15日
†メイン参加者 6人†
●まぁ、そうなるな
「……」
「ヴラ様」
「なんだ?」
「扉の前でそんなにウロウロされても、来客が早まるわけではありませんよ?」
町外れにひっそりとたたずむ屋敷、その玄関。アイリスがため息を溢したところで、ノック音がする。
「……来たか」
一度深呼吸して、ヴラディオスがドアを開けると……。
「ウィィィィィトバァァァァァリィィィィィラァァァァァイ!!」
ぺいーん! 扉を開くや否や、『翠氷の魔女』猪市 きゐこ(CL3000048)の麦による奇襲が彼の顔面を襲う!
「おお! アイリスさん! 仮装可愛いわね!」
驚き固まったヴラディオスを放置して、きゐこはいつもの給仕服に丸っこい耳のカチューシャを着けたアイリスを見やる。
「とりあえず……ウィィィィィトバァァァァァリィィィィィラァァァァァイ!!」
「うわーやられてしまいましたー」
ぺいーん、軽めに麦を当てればアイリスは無表情のまま、淡々と追い払われた悪霊の真似をする。
「そういえば、アイリスさんはちゃんと獣耳? 着けてるのに、ヴラディオスさんは何もしてないの? 仮にもお仕事なのだから、ちゃんと仮装した方がいいのではないかしら?」
不思議そうなきゐこに、ヴラディオスは自分のタキシードっぽい衣装を叩き。
「吸血鬼の仮装ですが!?」
「え……」
突然の事に、今度はきゐこが固まった。
「ヴラディオスさんが敬語使ってる……!?」
「そこですか!?」
「ごめんくださーい、勇者ですが、お菓子を貰いに来ましたよ!」
『わりとべろんべろんだった』フーリィン・アルカナム(CL3000403)が麦を左右に揺らして顔を覗かせる。青い軽鎧にスカートを揺らし、羽の頭飾りを備えたそれはまさしく勇者の姿である。
「吸血鬼の衣装が良くお似合い……って、それはもしかして普段着なのでは?」
「だから違いますって!」
ヴラディオスの背中をアイリスがポムン。
「諦めましょう?」
「アイリスライオンさん……とっても可愛いですっ♪」
「……そうでしょうか」
アイリスの姿にフーリィンがきゅんっ。しかし、目を伏せてスッと顔を背けられ、今度はガンッ。
「あ、あれ、気に障りましたか……?」
「いえ、アレは照れてます」
「すっごい無表情でしたよ!?」
すごく分かりにくいが、アイリスの心境的には真っ赤になって顔を隠すくらいには照れている。
「ヴラさんとお茶を楽しむというアイリスさんとの約束も漸く果たせそうだ。ふふ、楽しい時間を過ごせると良いね……過ごせると、良いよね」
段々不安がこみ上げてきた『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)。しかし、覚悟を決めると九つの尻尾と紅白の狩衣を揺らして、いざ玄関へ……。
「それにしてもヴラさんとアイリスさんどちらかを殴るという事だけどこれは中々難しい選択肢なのでは? どちらを殴っても後が怖い様な怖くない様な……い、いや大丈夫! 今は友好的な関係のはずさ! 大丈夫大丈夫!」
早よ行け。
「こほん、ウィート……」
「来たなこの痴れ者がァ!!」
「ヴァッフ!?」
ヴラディオスに麦を向けた瞬間、彼の姿が消えたかと思った時には既にアダムの懐に人影があり、それを認識した時には両脚が地面に別れを告げて、一瞬の浮遊感、からの木に叩き付けられた激痛が背中を襲う。
「ぜ、前回の僕の奇行を……忘れてなかった……んだね……」
がくり。
「ふ、ふふ悪い子はいねぇがぁぁあ……ッ!」
『やっぱりぷりけつまみー』タマキ・アケチ(CL3000011)があんまり体を隠せてないミイラ姿で両手と麦を振りかざし、アイリスに飛びかからんとしたポーズで文字通りピタッと停止。
「あ、間違えました。ウィート・バーリィ・ラァイ……!!」
アイリスの頭に麦を軽く乗っける程度に叩き、普通に中に通されるタマキ。外見だけアレな所で、そういう仮装と認識された……のかな?
「素敵なお屋敷に惹かれ遊びにきてしまいました、ふふ……! よろしくお願いいたします……!!」
「こちらこそ、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
現時点では微笑み、一礼するだけの(外見以外は)普通の紳士然りとした姿に、アイリスもスカートを軽くつまみ、返礼。
「あぁ、家主のお二人をはじめ皆さん素晴らしいお召し物ですね、ふふ……! あぁ、素敵なお菓子もいっぱいです。麦で殴られたら召し上がれるのですか?」
「……?」
ここでアイリスが首を傾げた。今回のお祭は、来客が麦でオバケに仮装した者を叩き、お菓子を受け取る物である。しかし、タマキは今、麦で殴『られ』たら、と言わなかっただろうか? まさか……。
「やあ、調子はどうだい? ……って、盛況なようだネ! 吸血鬼が祭事に参加するって聞いて興味が湧いてね」
『研究職の端くれ』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)が軽く手を挙げ語りかけた事で、とある真実に指先が届きかけたアイリスが戻ってくる。
「本日はご足労頂き……」
「小難しい話は置いといて、お菓子頂戴♪」
「……そうですね、皆さま、中へどうぞ」
挨拶を返そうとしたアイリスだったが、きゐこに促されて客人を中へ通すのだった。
●落差の罠
何故かお菓子のあったエントランスをスルーして、自由騎士達が通されたのは長いテーブルの置かれた食堂。その白いクロスの上にもお菓子が並んでいて、アイリスはスッと手で示し。
「我々悪霊より、勇者の皆さまに捧げるお菓子でございます。どうぞお召し上がりください」
「では早速……」
タマキがクッキーを一つ口へ運ぶと、ふむ、と頷く。かと思えば両手を頬に添えて恍惚の変態スマイル。
「あぁ、美味しいです、お二人で作られたのですか? とてもテクニシャンですね……!」
「そうでしょう? いつもはヴラ様が厨房に立たれるのですが、私もこっそり練習させて頂いた成果なのです」
瞳を閉じ、静かに頷くアイリスだが、その背後に両手を腰に当ててドヤァ! と満面の笑みを浮かべるアイリスの幻覚が見える自由騎士がいたとかいなかったとか。
「ふふふ、美味しいじゃないか」
トミコ・マール(CL3000192)はパイを頬張ると微笑み、アイリスの方を向く。
「これはお嬢ちゃんが作ったものだろう? 普段から調理場に立つ人間じゃぁまずやらない失敗があるからね」
「……そう、ですか」
事前に自由騎士達に伝わっていた情報となんか違う……具体的には、『当たり』を引いたっぽいトミコが割と無事。
「あぁ、なんでしょうこの刺激的で私の身体が熱に帯びる感覚に襲われ、五感と身体の力を奪われるゾクゾクとする新たな世界の扉を開くような快感……! ンンッ! オ イ ジ イ ……!」
そしてタマキもスイートポテトを頬張るなりビグンビグン。ブリッジして四足で部屋中をカサカサと動き回り始める。
「アケチさん……は、いつも通りね!」
もはや変態が通常と認識されているタマキを、きゐこがサラッと流し、奴は普段からコレなのか……? と疑いの目を向けるヴラディオス。
「皆さんに一つ、聞いてみたいのですが……」
こんな奴に聞いても大丈夫かなー、とタマキを警戒しつつ、話をするためにここまで通したこともあり。
「もし、嫌っている人と仲良くしなければならない状況に陥った場合、どうしますか?」
「ねえねえ、吸血鬼が流水を嫌うっていうのは本当なのかい?」
質問に質問で返したのは、アクアリス。
「実はね、ボクはこう見えて海水が苦手なんだ。触れるのは大丈夫なんだけど、目が触れるとすごく痛いの。だからボクは海の水害がこわいんだよね」
ミズヒトでありながら海が怖いと語る彼女は目蓋を降ろし、その瞬間を思う。
「目に入れると痛くて痛くて仕方がないものがおびただしい量で押し寄せて、何もかもを巻き込んで、壊して、奪い去っていく……最初は海なんてなくなればいいと思ってた」
懐かしむように小さく笑い、女はその目を開く。
「でもね、あることをキッカケに水についてを学ぼうと思ったんだ。知れば知るほど惹き込まれた。信じられるかい? 海は全ての生命の源だって説もあるんだ!」
子どものように語っていたアクアリスだったが、不意に苦笑する。
「……って、誰もが器用に苦手を好きになれる訳じゃないね。でも海を好きになってわかったことがあるんだ。それは、『苦手を完璧に克服する必要はない』ってこと」
そう言って取り出したのは、愛用の水中眼鏡である。
「ボクは未だに海水は目が痛くなって苦手だけど、水中眼鏡さえかければ平気なんだ。眼鏡が目と海水を分け隔ててくれる。それってヒトとの関係にも言えるんじゃないカナ。苦手なものを全部受け容れる必要はないと思う。だからって全部排除する必要もない」
眼鏡を目元に添えて、レンズ越しにヴラディオスを見つめる……あるいは、レンズ越しにヴラディオスに自分の目を『見させる』。
「自分が許容できるものとできないものをしっかりお互い認識して、そこにはどちらも踏み込まないようにする。自分と外界との水中眼鏡。それで誰も傷付かないってイイコトじゃない?」
人にとって踏み込まれたくない部分というものは、必ずしも人の目に映るものではないが、だからこそ眼鏡になぞらえて語ったアクアリスは自分の腹に触れる。
「話し込んだらお腹空いちゃったね。ボクもお菓子頂こうカナ。いただきま……」
す。その最後の一文字を、彼女は口にすることができなかった。
「ンッ……グ……ム……」
サァッと、潮が引くようにアクアリスの肌は色彩を失い、何かを察したアイリスがバケツを差し出すと……。
※しばらくお待ちください。
●行動的に必中な人を除いて命中率は三割でした
「……え、待って、二人とも平気だったじゃないか!?」
気絶したアクアリスをヴラディオスが横抱きにして客室へ寝かせて戻って来ると、アダムが戦々恐々と震えだす。畑の肥やしを追加して戻って来たアイリスが小首を傾げ、トミコが笑う。
「全身をナイフで切り付けられて、その傷口に塩でできたミミズがはいずり回るような刺激に襲われる程度の味で倒れてたら、料理人は務まりゃしないよ」
「ふ、ふふ、お腹に入れたのにお腹の中から引きずり出されるようなこの快感……意識を手放すだなんてとんでもありません……!」
その道のプロと、一線を越えてしまった系変態だから耐えただけっぽい。爆発物でも見るかのような目でアダムはクッキーを一枚手に取り。
「あのヴラさんが倒れる程のお菓子なんて相当だしね……とはいえ女性が用意したお菓子を無碍にするのも紳士としてどうなのかという思いも……それにそれにまた誰かに倒れられては騎士の名折れ」
長々と自分を説得するアダムだが、体の生存本能的な何かが目の前の焼き菓子を口に運ぶことを拒んで震えている。そんな彼をジッと見るアイリスの背後に、「食べて……くれないのですか?」とウルウルと瞳を揺らし、見上げてくるアイリスの幻覚を見てしまったアダムのメンタルに罪悪感という毒矢が突き刺さる。
「……えぇい!」
覚悟を決めて両手にクッキーを掬い、ガバッと頬張るアダム。もっしゃもっしゃ。
「美味しい……!」
無事に生存したアダムがアクアディーネに感謝するように片膝をつき、神殿の方角に向けて礼拝する傍ら、きゐこがロールケーキを手に。
「なぁに! こう見えても胃は強いわ! 毒じゃ無ければ食べられるわよ!」
盛大にフラグを建築しながらもぐもぐ。
「何これ……美味しいじゃない……」
予想外のクオリティに驚いたきゐこが口元を手で隠すようにして齧ったケーキを見やる。どうやら彼女も生存組らしい。
「ところで、ヴラディオスさんて作り笑いとか上辺だけ仲良くとか適当な嘘とか苦手?」
前回騎士団の班長と撮った写真の事を思い返すきゐこが問うと。
「ハハハ……」
乾燥した笑い声が帰って来た。大体察したきゐこは頬に指を添えて虚空を見上げ。
「う~ん、じゃぁ相手の嫌いな処を良い処に言いかえる。例えば『不器用』を『筋が通ってる』とかに言いかえれば少しはましにならないかしら?」
「……は?」
首を傾げられ、きゐこは方向性を変えて。
「後は相手の好きな処を見つける。多少嫌いな処があっても沢山好きな処があれば多少は我慢できる物よ! まぁ……それはそれとして、どうやっても嫌いって奴は出て来るだろうし、その為にも処世術はしっかり身に付けた方がいいわよ」
まずは笑顔の練習ね。そう言ってニヤァと笑うきゐこに合わせて笑うのだが、どう見ても抹殺対象を追い詰めた顔である。
「……なんで敬語は使えるのに接待スマイルはできないのかしらね?」
「私は敬意を払うべき相手には敬意を払うだけですから……」
「え、僕は出会い頭に殴り飛ばされたんだけど……」
「黙れ痴れ者」
「あ、はい」
アダムは完全に露出狂として記憶されているらしい。
「いきなり複数人と仲良くなるのも大変ですので、気が合いそうな人とまずは仲良くなってみるのもいいのではないでしょうかね、ふふ……!」
若干剣呑とした気配が流れ始めたが、タマキの一言で穏やかに……。
「ちなみに私はどんな方でもウェルカムです抱いてください」
「貴方も変態でしたか……」
「冗談です」
ならなかった。
●初めての……
「嫌いな相手なら無理に仲良くならなくても良いんじゃないですかね?」
小食なのか、パンプキンパイをちょびっとずつサクサクしていたフーリィンに視線が集まる。一個食べきって無事だった彼女はヴラディオスを見上げた。
「嫌いなのはノウブル、更に言えば皆さんを虐げていたノウブル、ですよね。確かにこの国のノウブル全員が良い人とは言えませんが、それでも――」
きっと、彼の根底を変える事はできない。それでもフーリィンは言の葉を紡ぐ。
「私はノウブルです。でも、それだけではなくて……ヴラディオスさんが吸血鬼でヴラディオスさんであるように、私もノウブルでフーリィンなんです。名前も知らないノウブルと仲良くなれなくても、名前を知っている私達と仲良くなる事はできないでしょうか」
小さく微笑み、右手を差し出して。
「ここからはじめて、少しずつ仲良くなりませんか? 名前を呼んで、言葉を交わして、同じ時間を過ごして……気付いたら自然とこの国で仲良くやれるようになってますよ、きっと」
ヴラディオスはフーリィンに応えない。だが、否定もしなかった。
「ゆっくりで良いと思います。大丈夫、これからはこの国が――私達が守りますから」
「……」
ヴラディオスは眼下の女性を、氷のような目で見つめる。殺意すら匂わせるその視線に、フーリィンは身動きが取れなくなるが。
「なにおっかない顔してんだい!」
「ゴフッ!?」
トミコが背中をバーン! 突然引っ叩いて豪快に笑う。
「アンタに必要のなのは真正面から相手とぶつかることなんじゃぁないのかい? まぁ初めて会ったアタシが言うことでもないかも知れないけどね。歳を重ねている分少しは色々経験してるのさ」
できの悪い息子でも見るような目で微笑むトミコは両手を腰に当てて。
「善は急げだ、すぐいっといで! 腹を割って話せばなんとかなるもんさ」
「僕も手っ取り早く拳と拳を交えるのもいいんじゃないかと思うよ」
目を白黒させるヴラディオスにアダムがサムズアップ。
「口だけでは分からない事も拳なら分かり合えるさ」
「やはり、それが手っ取り早い、か」
「待って待って、この場はさすがにないよね!?」
ため息をつくヴラディオスからアダムが飛び退くが、彼は別段追おうとはせず。
「騎士団長殿より、公開模擬戦闘を提案されている。その目的は私の戦い方の広報にあるらしい」
一度だけではあるが、彼の戦闘を目撃したアダムときゐこの脳裏にフラッシュバックするのは、自由騎士の攻撃を物ともしない彼の姿。
「私のように、防衛に特化した型は珍しいらしくてな……便宜的に【ガーディアン】と呼ぶそうだ」
新しいバトルスタイル、という事なのだろう。これを機に、自由騎士達にその戦い方を広めてくれるらしい。
「私はノウブルが嫌いだ。そして、イ・ラプセルには私に恨みを持つ者もいるだろう……貴様らの話を聞いて、決心がついた」
「殴り合って今までの事を清算するって事だね、いいじゃないか! 喧嘩して仲良くなるだなんて、まるで子どもみたカハッ!?」
ヴラディオスの鉄拳がアダムの体を吹っ飛ばし、アイリスがサッと窓を開けてイケメン騎士はフェードアウト。
「近いうちに正式に募集があるだろうが、私に恨みを抱く者は来るがいい。その剣、受けて立つ」
自由騎士達に宣戦布告したヴラディオスに、フーリィンがきょとん。
「あれ、つまり私達を受け入れてくださるんですか……?」
「……」
「そうかいそうかい。じゃあ殴って斬って、全部片付いたらうちの店においで。おいしい料理を用意して待ってるからさ」
トミコが笑い、ヴラディオスは舌打ちして背を向ける。
「気難しい方ですね……」
「本当にそうです」
ジッと彼の背を見つめるアイリスを、フーリィンがじー。
「な、何か……?」
「これを機にお友達になりましょう!」
「えぇ……?」
眉を潜め、怪訝な顔をするアイリスにグイグイ迫るフーリィン。彼女が若干強引に行くのは、迷惑そうなアイリスの獅子耳がピコピコ動く幻覚を見たからかもしれない。
「ふふっ、丸く収まったみたいだね……」
屋敷の外、一人涙するアダムは気づかない。自分が雑な扱いを受ける本当の理由に……。
「……」
「ヴラ様」
「なんだ?」
「扉の前でそんなにウロウロされても、来客が早まるわけではありませんよ?」
町外れにひっそりとたたずむ屋敷、その玄関。アイリスがため息を溢したところで、ノック音がする。
「……来たか」
一度深呼吸して、ヴラディオスがドアを開けると……。
「ウィィィィィトバァァァァァリィィィィィラァァァァァイ!!」
ぺいーん! 扉を開くや否や、『翠氷の魔女』猪市 きゐこ(CL3000048)の麦による奇襲が彼の顔面を襲う!
「おお! アイリスさん! 仮装可愛いわね!」
驚き固まったヴラディオスを放置して、きゐこはいつもの給仕服に丸っこい耳のカチューシャを着けたアイリスを見やる。
「とりあえず……ウィィィィィトバァァァァァリィィィィィラァァァァァイ!!」
「うわーやられてしまいましたー」
ぺいーん、軽めに麦を当てればアイリスは無表情のまま、淡々と追い払われた悪霊の真似をする。
「そういえば、アイリスさんはちゃんと獣耳? 着けてるのに、ヴラディオスさんは何もしてないの? 仮にもお仕事なのだから、ちゃんと仮装した方がいいのではないかしら?」
不思議そうなきゐこに、ヴラディオスは自分のタキシードっぽい衣装を叩き。
「吸血鬼の仮装ですが!?」
「え……」
突然の事に、今度はきゐこが固まった。
「ヴラディオスさんが敬語使ってる……!?」
「そこですか!?」
「ごめんくださーい、勇者ですが、お菓子を貰いに来ましたよ!」
『わりとべろんべろんだった』フーリィン・アルカナム(CL3000403)が麦を左右に揺らして顔を覗かせる。青い軽鎧にスカートを揺らし、羽の頭飾りを備えたそれはまさしく勇者の姿である。
「吸血鬼の衣装が良くお似合い……って、それはもしかして普段着なのでは?」
「だから違いますって!」
ヴラディオスの背中をアイリスがポムン。
「諦めましょう?」
「アイリスライオンさん……とっても可愛いですっ♪」
「……そうでしょうか」
アイリスの姿にフーリィンがきゅんっ。しかし、目を伏せてスッと顔を背けられ、今度はガンッ。
「あ、あれ、気に障りましたか……?」
「いえ、アレは照れてます」
「すっごい無表情でしたよ!?」
すごく分かりにくいが、アイリスの心境的には真っ赤になって顔を隠すくらいには照れている。
「ヴラさんとお茶を楽しむというアイリスさんとの約束も漸く果たせそうだ。ふふ、楽しい時間を過ごせると良いね……過ごせると、良いよね」
段々不安がこみ上げてきた『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)。しかし、覚悟を決めると九つの尻尾と紅白の狩衣を揺らして、いざ玄関へ……。
「それにしてもヴラさんとアイリスさんどちらかを殴るという事だけどこれは中々難しい選択肢なのでは? どちらを殴っても後が怖い様な怖くない様な……い、いや大丈夫! 今は友好的な関係のはずさ! 大丈夫大丈夫!」
早よ行け。
「こほん、ウィート……」
「来たなこの痴れ者がァ!!」
「ヴァッフ!?」
ヴラディオスに麦を向けた瞬間、彼の姿が消えたかと思った時には既にアダムの懐に人影があり、それを認識した時には両脚が地面に別れを告げて、一瞬の浮遊感、からの木に叩き付けられた激痛が背中を襲う。
「ぜ、前回の僕の奇行を……忘れてなかった……んだね……」
がくり。
「ふ、ふふ悪い子はいねぇがぁぁあ……ッ!」
『やっぱりぷりけつまみー』タマキ・アケチ(CL3000011)があんまり体を隠せてないミイラ姿で両手と麦を振りかざし、アイリスに飛びかからんとしたポーズで文字通りピタッと停止。
「あ、間違えました。ウィート・バーリィ・ラァイ……!!」
アイリスの頭に麦を軽く乗っける程度に叩き、普通に中に通されるタマキ。外見だけアレな所で、そういう仮装と認識された……のかな?
「素敵なお屋敷に惹かれ遊びにきてしまいました、ふふ……! よろしくお願いいたします……!!」
「こちらこそ、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
現時点では微笑み、一礼するだけの(外見以外は)普通の紳士然りとした姿に、アイリスもスカートを軽くつまみ、返礼。
「あぁ、家主のお二人をはじめ皆さん素晴らしいお召し物ですね、ふふ……! あぁ、素敵なお菓子もいっぱいです。麦で殴られたら召し上がれるのですか?」
「……?」
ここでアイリスが首を傾げた。今回のお祭は、来客が麦でオバケに仮装した者を叩き、お菓子を受け取る物である。しかし、タマキは今、麦で殴『られ』たら、と言わなかっただろうか? まさか……。
「やあ、調子はどうだい? ……って、盛況なようだネ! 吸血鬼が祭事に参加するって聞いて興味が湧いてね」
『研究職の端くれ』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)が軽く手を挙げ語りかけた事で、とある真実に指先が届きかけたアイリスが戻ってくる。
「本日はご足労頂き……」
「小難しい話は置いといて、お菓子頂戴♪」
「……そうですね、皆さま、中へどうぞ」
挨拶を返そうとしたアイリスだったが、きゐこに促されて客人を中へ通すのだった。
●落差の罠
何故かお菓子のあったエントランスをスルーして、自由騎士達が通されたのは長いテーブルの置かれた食堂。その白いクロスの上にもお菓子が並んでいて、アイリスはスッと手で示し。
「我々悪霊より、勇者の皆さまに捧げるお菓子でございます。どうぞお召し上がりください」
「では早速……」
タマキがクッキーを一つ口へ運ぶと、ふむ、と頷く。かと思えば両手を頬に添えて恍惚の変態スマイル。
「あぁ、美味しいです、お二人で作られたのですか? とてもテクニシャンですね……!」
「そうでしょう? いつもはヴラ様が厨房に立たれるのですが、私もこっそり練習させて頂いた成果なのです」
瞳を閉じ、静かに頷くアイリスだが、その背後に両手を腰に当ててドヤァ! と満面の笑みを浮かべるアイリスの幻覚が見える自由騎士がいたとかいなかったとか。
「ふふふ、美味しいじゃないか」
トミコ・マール(CL3000192)はパイを頬張ると微笑み、アイリスの方を向く。
「これはお嬢ちゃんが作ったものだろう? 普段から調理場に立つ人間じゃぁまずやらない失敗があるからね」
「……そう、ですか」
事前に自由騎士達に伝わっていた情報となんか違う……具体的には、『当たり』を引いたっぽいトミコが割と無事。
「あぁ、なんでしょうこの刺激的で私の身体が熱に帯びる感覚に襲われ、五感と身体の力を奪われるゾクゾクとする新たな世界の扉を開くような快感……! ンンッ! オ イ ジ イ ……!」
そしてタマキもスイートポテトを頬張るなりビグンビグン。ブリッジして四足で部屋中をカサカサと動き回り始める。
「アケチさん……は、いつも通りね!」
もはや変態が通常と認識されているタマキを、きゐこがサラッと流し、奴は普段からコレなのか……? と疑いの目を向けるヴラディオス。
「皆さんに一つ、聞いてみたいのですが……」
こんな奴に聞いても大丈夫かなー、とタマキを警戒しつつ、話をするためにここまで通したこともあり。
「もし、嫌っている人と仲良くしなければならない状況に陥った場合、どうしますか?」
「ねえねえ、吸血鬼が流水を嫌うっていうのは本当なのかい?」
質問に質問で返したのは、アクアリス。
「実はね、ボクはこう見えて海水が苦手なんだ。触れるのは大丈夫なんだけど、目が触れるとすごく痛いの。だからボクは海の水害がこわいんだよね」
ミズヒトでありながら海が怖いと語る彼女は目蓋を降ろし、その瞬間を思う。
「目に入れると痛くて痛くて仕方がないものがおびただしい量で押し寄せて、何もかもを巻き込んで、壊して、奪い去っていく……最初は海なんてなくなればいいと思ってた」
懐かしむように小さく笑い、女はその目を開く。
「でもね、あることをキッカケに水についてを学ぼうと思ったんだ。知れば知るほど惹き込まれた。信じられるかい? 海は全ての生命の源だって説もあるんだ!」
子どものように語っていたアクアリスだったが、不意に苦笑する。
「……って、誰もが器用に苦手を好きになれる訳じゃないね。でも海を好きになってわかったことがあるんだ。それは、『苦手を完璧に克服する必要はない』ってこと」
そう言って取り出したのは、愛用の水中眼鏡である。
「ボクは未だに海水は目が痛くなって苦手だけど、水中眼鏡さえかければ平気なんだ。眼鏡が目と海水を分け隔ててくれる。それってヒトとの関係にも言えるんじゃないカナ。苦手なものを全部受け容れる必要はないと思う。だからって全部排除する必要もない」
眼鏡を目元に添えて、レンズ越しにヴラディオスを見つめる……あるいは、レンズ越しにヴラディオスに自分の目を『見させる』。
「自分が許容できるものとできないものをしっかりお互い認識して、そこにはどちらも踏み込まないようにする。自分と外界との水中眼鏡。それで誰も傷付かないってイイコトじゃない?」
人にとって踏み込まれたくない部分というものは、必ずしも人の目に映るものではないが、だからこそ眼鏡になぞらえて語ったアクアリスは自分の腹に触れる。
「話し込んだらお腹空いちゃったね。ボクもお菓子頂こうカナ。いただきま……」
す。その最後の一文字を、彼女は口にすることができなかった。
「ンッ……グ……ム……」
サァッと、潮が引くようにアクアリスの肌は色彩を失い、何かを察したアイリスがバケツを差し出すと……。
※しばらくお待ちください。
●行動的に必中な人を除いて命中率は三割でした
「……え、待って、二人とも平気だったじゃないか!?」
気絶したアクアリスをヴラディオスが横抱きにして客室へ寝かせて戻って来ると、アダムが戦々恐々と震えだす。畑の肥やしを追加して戻って来たアイリスが小首を傾げ、トミコが笑う。
「全身をナイフで切り付けられて、その傷口に塩でできたミミズがはいずり回るような刺激に襲われる程度の味で倒れてたら、料理人は務まりゃしないよ」
「ふ、ふふ、お腹に入れたのにお腹の中から引きずり出されるようなこの快感……意識を手放すだなんてとんでもありません……!」
その道のプロと、一線を越えてしまった系変態だから耐えただけっぽい。爆発物でも見るかのような目でアダムはクッキーを一枚手に取り。
「あのヴラさんが倒れる程のお菓子なんて相当だしね……とはいえ女性が用意したお菓子を無碍にするのも紳士としてどうなのかという思いも……それにそれにまた誰かに倒れられては騎士の名折れ」
長々と自分を説得するアダムだが、体の生存本能的な何かが目の前の焼き菓子を口に運ぶことを拒んで震えている。そんな彼をジッと見るアイリスの背後に、「食べて……くれないのですか?」とウルウルと瞳を揺らし、見上げてくるアイリスの幻覚を見てしまったアダムのメンタルに罪悪感という毒矢が突き刺さる。
「……えぇい!」
覚悟を決めて両手にクッキーを掬い、ガバッと頬張るアダム。もっしゃもっしゃ。
「美味しい……!」
無事に生存したアダムがアクアディーネに感謝するように片膝をつき、神殿の方角に向けて礼拝する傍ら、きゐこがロールケーキを手に。
「なぁに! こう見えても胃は強いわ! 毒じゃ無ければ食べられるわよ!」
盛大にフラグを建築しながらもぐもぐ。
「何これ……美味しいじゃない……」
予想外のクオリティに驚いたきゐこが口元を手で隠すようにして齧ったケーキを見やる。どうやら彼女も生存組らしい。
「ところで、ヴラディオスさんて作り笑いとか上辺だけ仲良くとか適当な嘘とか苦手?」
前回騎士団の班長と撮った写真の事を思い返すきゐこが問うと。
「ハハハ……」
乾燥した笑い声が帰って来た。大体察したきゐこは頬に指を添えて虚空を見上げ。
「う~ん、じゃぁ相手の嫌いな処を良い処に言いかえる。例えば『不器用』を『筋が通ってる』とかに言いかえれば少しはましにならないかしら?」
「……は?」
首を傾げられ、きゐこは方向性を変えて。
「後は相手の好きな処を見つける。多少嫌いな処があっても沢山好きな処があれば多少は我慢できる物よ! まぁ……それはそれとして、どうやっても嫌いって奴は出て来るだろうし、その為にも処世術はしっかり身に付けた方がいいわよ」
まずは笑顔の練習ね。そう言ってニヤァと笑うきゐこに合わせて笑うのだが、どう見ても抹殺対象を追い詰めた顔である。
「……なんで敬語は使えるのに接待スマイルはできないのかしらね?」
「私は敬意を払うべき相手には敬意を払うだけですから……」
「え、僕は出会い頭に殴り飛ばされたんだけど……」
「黙れ痴れ者」
「あ、はい」
アダムは完全に露出狂として記憶されているらしい。
「いきなり複数人と仲良くなるのも大変ですので、気が合いそうな人とまずは仲良くなってみるのもいいのではないでしょうかね、ふふ……!」
若干剣呑とした気配が流れ始めたが、タマキの一言で穏やかに……。
「ちなみに私はどんな方でもウェルカムです抱いてください」
「貴方も変態でしたか……」
「冗談です」
ならなかった。
●初めての……
「嫌いな相手なら無理に仲良くならなくても良いんじゃないですかね?」
小食なのか、パンプキンパイをちょびっとずつサクサクしていたフーリィンに視線が集まる。一個食べきって無事だった彼女はヴラディオスを見上げた。
「嫌いなのはノウブル、更に言えば皆さんを虐げていたノウブル、ですよね。確かにこの国のノウブル全員が良い人とは言えませんが、それでも――」
きっと、彼の根底を変える事はできない。それでもフーリィンは言の葉を紡ぐ。
「私はノウブルです。でも、それだけではなくて……ヴラディオスさんが吸血鬼でヴラディオスさんであるように、私もノウブルでフーリィンなんです。名前も知らないノウブルと仲良くなれなくても、名前を知っている私達と仲良くなる事はできないでしょうか」
小さく微笑み、右手を差し出して。
「ここからはじめて、少しずつ仲良くなりませんか? 名前を呼んで、言葉を交わして、同じ時間を過ごして……気付いたら自然とこの国で仲良くやれるようになってますよ、きっと」
ヴラディオスはフーリィンに応えない。だが、否定もしなかった。
「ゆっくりで良いと思います。大丈夫、これからはこの国が――私達が守りますから」
「……」
ヴラディオスは眼下の女性を、氷のような目で見つめる。殺意すら匂わせるその視線に、フーリィンは身動きが取れなくなるが。
「なにおっかない顔してんだい!」
「ゴフッ!?」
トミコが背中をバーン! 突然引っ叩いて豪快に笑う。
「アンタに必要のなのは真正面から相手とぶつかることなんじゃぁないのかい? まぁ初めて会ったアタシが言うことでもないかも知れないけどね。歳を重ねている分少しは色々経験してるのさ」
できの悪い息子でも見るような目で微笑むトミコは両手を腰に当てて。
「善は急げだ、すぐいっといで! 腹を割って話せばなんとかなるもんさ」
「僕も手っ取り早く拳と拳を交えるのもいいんじゃないかと思うよ」
目を白黒させるヴラディオスにアダムがサムズアップ。
「口だけでは分からない事も拳なら分かり合えるさ」
「やはり、それが手っ取り早い、か」
「待って待って、この場はさすがにないよね!?」
ため息をつくヴラディオスからアダムが飛び退くが、彼は別段追おうとはせず。
「騎士団長殿より、公開模擬戦闘を提案されている。その目的は私の戦い方の広報にあるらしい」
一度だけではあるが、彼の戦闘を目撃したアダムときゐこの脳裏にフラッシュバックするのは、自由騎士の攻撃を物ともしない彼の姿。
「私のように、防衛に特化した型は珍しいらしくてな……便宜的に【ガーディアン】と呼ぶそうだ」
新しいバトルスタイル、という事なのだろう。これを機に、自由騎士達にその戦い方を広めてくれるらしい。
「私はノウブルが嫌いだ。そして、イ・ラプセルには私に恨みを持つ者もいるだろう……貴様らの話を聞いて、決心がついた」
「殴り合って今までの事を清算するって事だね、いいじゃないか! 喧嘩して仲良くなるだなんて、まるで子どもみたカハッ!?」
ヴラディオスの鉄拳がアダムの体を吹っ飛ばし、アイリスがサッと窓を開けてイケメン騎士はフェードアウト。
「近いうちに正式に募集があるだろうが、私に恨みを抱く者は来るがいい。その剣、受けて立つ」
自由騎士達に宣戦布告したヴラディオスに、フーリィンがきょとん。
「あれ、つまり私達を受け入れてくださるんですか……?」
「……」
「そうかいそうかい。じゃあ殴って斬って、全部片付いたらうちの店においで。おいしい料理を用意して待ってるからさ」
トミコが笑い、ヴラディオスは舌打ちして背を向ける。
「気難しい方ですね……」
「本当にそうです」
ジッと彼の背を見つめるアイリスを、フーリィンがじー。
「な、何か……?」
「これを機にお友達になりましょう!」
「えぇ……?」
眉を潜め、怪訝な顔をするアイリスにグイグイ迫るフーリィン。彼女が若干強引に行くのは、迷惑そうなアイリスの獅子耳がピコピコ動く幻覚を見たからかもしれない。
「ふふっ、丸く収まったみたいだね……」
屋敷の外、一人涙するアダムは気づかない。自分が雑な扱いを受ける本当の理由に……。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
『信頼に礼儀無し』
取得者: アダム・クランプトン(CL3000185)
『変態さんは倒れない』
取得者: タマキ・アケチ(CL3000011)
『吸血鬼の理解者』
取得者: フーリィン・アルカナム(CL3000403)
取得者: アダム・クランプトン(CL3000185)
『変態さんは倒れない』
取得者: タマキ・アケチ(CL3000011)
『吸血鬼の理解者』
取得者: フーリィン・アルカナム(CL3000403)
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